この女神の居ない世界に祝福を   作:名代

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誤字脱字の訂正ありがとうございます。


六花の少女22

「やっと見つけました、今の内に帰りますよ」

 

黒いフードを深く被った女性は俺の姿を見て探し人が俺だと確信したのか、そう言いながら俺に手を伸ばす。

 

「誰だよお前は?」

「え?」

 

伸ばされた手が俺に触れる前に質問を投げかけると、その女性は複雑そうに驚きながら伸ばした手を引っ込めた。

折角俺の事を探しにこんな辺境の地まで来たのに申し訳ないなと思ったが、よく考えてみれば俺たちの後を追ってくるという事はそいつは俺達を連れ戻そうとする刺客と言う事になる。

 

「…やっぱり記憶を消されているんですね」

「やっぱり?どう言う事だ?」

 

彼女の発言に驚きながら拾った細めの木の幹を彼女に構えながら凄む。彼女から感じる巨大な気配に対しての対抗手段としては頼りないが、それでも無いよりかはマシだろう。

 

しかし、記憶を消されたと言うことは一体どう言う事だろうか?

アイリから聞いた話では俺の記憶は俺達を追いかけて来た刺客と戦った際に負ったケガが原因だと聞いたのだが、その刺客に消されたのだろうか?

 

「あっ‼︎ちょっと待ってください‼︎」

 

折角来ていただいた彼女には悪いが、ここは一度退散させていただく事にする。

村は掃除を始めているとは言えまだ完全に残骸が片付いている訳では無いので土地勘の無い彼女ならそう早く追いかける事はできないだろう。

パッと見た感じ俺に対して敵意や悪意を感じないので味方かもしれないが、念には念を入れて一度アイリと合流して確認するに越したことは無い。

 

瓦礫に塗れた畦道を駆け抜けながら状況を整理する。

 

俺達がこの村に住むきっかけになった刺客と違うのであればフードで顔を隠している彼女は最初に俺達を追ってきた刺客とはまた別の組織の人間で、そいつらとはまた別の理由で俺達を追って来ているのだろううか?

仮にそう考えるとしたら最初に追って来た刺客は俺が交戦した事を踏まえるとアイリ側の刺客で、今回追って来たのは俺側の刺客だろうか?

 

畑のオッサンが言っていたアイリは俺には無い気品を感じるという言葉を信じればアイリは貴族の令嬢で俺は庶民の筈になる。

ならば俺サイドの刺客がいると言うのは一体どう言う事だろうか?

 

もしかして俺とアイリはそれぞれ敵対する家の時期当主同士で俺達がくっ付いてしまうと困る勢力がいてそいつらが最初に俺達を追いかけてきて俺達に負傷を負わせ、今しがた姿を見せた彼女は俺たち側の安全を確認しにきた仲間のかもしれない。

 

であればその勢力に気づかれない様に一人単身でこの村までやって来た事にも納得できる。彼女からは只者ならぬ気配が近くに居るだけでヒシヒシと伝わってくるのは単身で襲われても対応できるという周囲の信頼を勝ち取った実力の証明だろう。

 

だが、もし彼女が俺側の刺客だとして何故俺の元に来たのか?安全確認だけなら俺の姿を遠目に確認すれば分かるものなのにわざわざ接触する意味はなんなのだろうか?

疑問が疑問を呼ぶ。

 

そしてやはり記憶がないとはどういう事だろうか?

俺の記憶喪失が戦闘によるものなら俺の記憶喪失に関して予測する事は出来ないだろう。もし俺がここに居る理由が記憶喪失でなければあり得ないとあの女性が考えるのであれば、俺側の人達からは俺がアイリとここまで逃げて来た事は予想できなかったという事になる。

 

俺はアイリと逃げることを誰にも言っていなかったのだろうか?

俺の荷物が一つも無かったと考えると計画的な逃走ではなく、そうならざるを得ない状況だった事が窺えるがだとしても俺側の人間の一人には事情を説明していそうだと思うだが…

 

しかし…これはあくまで可能性の話だが

もしかしてアイリが意図的に俺の記憶を消したのでは無いだろうかという可能性が俺の頭に浮かんでくる。

 

もし彼女が俺の記憶を消したのであれば、彼女が俺に記憶を失う前の話を頑なにしない理由が説明できる。

だが、それだと彼女が俺の記憶を消す理由が見当たらない。

 

ありえもしない考えはやめて今の状況を整理しよう。

 

刺客が俺を見つけた以上彼女は仲間にそれを知らせるだろう。

もし彼女が俺の仲間であれば俺の無事を確認して返ってくれるだろうが、もしそうでなければ援軍を呼ばれる前にこの村から次の拠点へと移動しないといけなくなってしまう。

 

一応アイリが村長に状況によっては迷惑をかける前にこの村を出ていくと説明していた様なのですぐ出て行って言っても問題は無いが、問題はアイリが何処に居るのかという事とどのルートを使って逃げるかだ。

アイリの場所と逃走ルートの場所の位置関係によってアイリに会うルートを決めないと、最悪逃走ルートの入り口とアイリの間に刺客が居るかたちになってしまい刺客と一戦交える可能性が出てしまう。

 

「待ってくださいカズマさん⁉︎私ですゆんゆんです、思い出してください‼︎」

「え?」

 

刺客はものすごい速度で瓦礫をものともせずに踏み潰し俺の後を追い掛けながらフードを外して隠していた顔を見せる。

フードに隠されていたのは幼さが少しあるがそれでも整った女の子で、髪型はここまで来るのに崩れてしまったのか少し解れたお下げをぶら下げていた。

そして俺の名前はカズマだという事が判明した。

 

しかし、可愛いからと言って足を止めてはいけない。

刺客が美人で有ればある程標的の油断を誘いやすいと言うのはよくある事なので、これは罠なのだろう。と言うかアイリ程の美人を侍らせて居るのにこんな美人な女の子と仲が良かったなんて普通あり得ないだろう。

 

美人局に騙される程俺は馬鹿では無いのでこのままアイリに合流しようと足を早める。

 

 

 

 

 

 

 

「アイリ!そんな所にいたのか‼︎」

「お兄様⁉︎」

 

お兄様とはいえ全力疾走で汗を振り撒きながら自分に向かって来る人間を見て彼女は一瞬ギョッとするが、俺の後ろにいるゆんゆんと名乗る少女を見て全てを察したのか彼女の表情は今まで見たこともない程に恐ろしいものになった。

 

「追手に見つかった‼︎早く逃げ…え?」

 

このままアイリに道案内させながらまた別の村へ逃げようかと思っていたが、彼女は何処かに隠し持っていたのだろうかいつの間にか少し古びた剣を携え俺の居る方向…つまりゆんゆんがいる方向へと向かっていく。

その物凄い速度に唖然としながらも自身の走りを止め速度を制動させるとそのまま二人のいる方向へと視線を向ける。

 

「ようやく見つけたわよこの泥棒猫‼︎私のカズマさんを返して‼︎」

「折角ここまで来たのに…何で来たんですか‼︎」

 

俺が速度を制動して向き直る一瞬のうちに二人は互いに攻撃を仕掛けていた。

アイリは何処かに隠し持っていた剣でゆんゆんを斬りつけ、対しての彼女は魔法なのだろうか物凄い量の魔力を凝縮して作られる巨大な魔法剣をさらに圧縮して普通の剣サイズにした魔法剣でアイリの剣を防いでいた。

俗にいう鍔競り合いというものだろうか、状況が膠着したまま互いに言葉を発し合いながら攻撃を押し合っている。  

 

「お兄様?笑わせないで貴女とカズマさんに血の繋がりなんて有りもしないのに何言っているのよ‼︎」

「お兄様はお兄様です、例え血が繋がっていなかったとしてもかけがえの無い家族です‼︎」 

「へぇ?その割には髪と目の色を変えて居るじゃない、本当に家族だと思うのならそんな細工はしないでありのままの姿を見せなさいよ‼︎」

「そ、それは‼︎」

 

互いに攻撃を押し付けあいながら心理戦なのだろうか恐ろしい口撃戦も始まっている。

ゆんゆんの話が確かなら、やはりアイリの髪と目の色は本来の物とは別物で此間調合して髪に塗っていたのは染髪料だったのだろう。何故わざわざそんな事をするのか分からないが彼女なりの理由があったのだろう。

 

「貴女こそお兄様が私の問題を解決して居る間蚊帳の外に追いやられて居たと聞いています‼︎私がパートナーと言いながらその実信用されていなかったのでは無いでしょうか‼︎」

「そ、そんな事ないわよ‼︎」

 

互いに攻撃の鍔競り合いをしながらの言葉の応戦が続き、両者共に口撃に手札が無くなったのかゆんゆんが剣から魔力を噴出させ距離を取る。

俺も加勢したいが、二人の行う高次元の戦いに手を出せば止めるどころか巻き添えを食らうだけだろう。

 

ゆんゆんはウィザードなのだろうか魔法を放つ為に距離を取ろうと後方に下がるが、アイリはそんな事はさせまいと即座に踏み込み距離を縮め剣を構える。

 

「くっ…」

 

距離を詰めてくるアイリに対してゆんゆんは眉を顰めながらも手を突き出し雷の中級魔法を詠唱無しで放つ。

アイリに対してその程度の魔法ではダメージを与えられないが、それでも牽制という意味では功を奏したようでアイリは雷を躱し彼女の側方へと避難する。

 

そのずれた姿勢のままアイリは剣を振り上げるが、中級魔法で時間を稼ぎ出来た隙を利用してゆんゆんは体を逸らしてそれを躱し剣を振り切って隙ができたアイリに向かって上級魔法を放つ。

 

やはり俺が感じとった気配は間違ってはいなかった様で、ゆんゆんと名乗る少女は上級魔法の詠唱を少ないワードで構築しているようで、短い単語を物凄い速度で唱え一瞬にして高出力の魔法を放っている。

だが、ゆんゆんが魔法のエキスパートであればアイリは剣技のエキスパートだった様で一緒に暮らしていた時には考えられない程卓越した動きをしている。

 

ゆんゆんが放った上級魔法がアイリに直撃する前に彼女は軸足を折曲げ姿勢を極限まで下段に下げそれを回避し、残った脚を後方から回し畳んだ軸足を再び伸ばし反動を利用してもう一撃ゆんゆんに放つ。

しかし、ゆんゆんは既にそれを予測していたのか、魔法を放った腕とは反対の腕を地面に向け魔法を放ちその反動で上方へと浮上し彼女の攻撃を回避しながら二次的作用で発生した土煙でアイリの視界を妨害する。

 

そして、砂煙の中目掛けて黒い雷の魔法を上方から下方にいるアイリに向けて放つが、アイリは魔法を剣で弾いたのか砂埃の中から周囲に花火の暴発の様に魔法が飛び散り、それが止んだ後に剣を振り回して風を起こし周囲の砂煙を吹き飛ばす。

 

砂埃がかっ消えた後に再び黒雷が放たれるが、アイリはそれを側方に逸れる事で躱しながらゆんゆんとの距離を詰め再び剣を振り斬るが即座に生成された魔法剣により彼女の攻撃は防がれるが、彼女はそんな事はお構無しに剣をでゆんゆんを斬り続ける。

 

物凄い速さの剣戟だが、ゆんゆんはそれを必死に防ぐ。

このまま攻められたらジリ貧だろうと思った所で彼女はアイリの剣が離れる一瞬の隙を突き空いた方の手で魔法を放ち牽制するが、アイリは後退せずそれを絶妙なタイミングと角度で剣を当て魔法を逸らしつつ彼女を斬りつけようを剣を振り続ける。

 

そろそろゆんゆんの息が切れると思った所で彼女は魔法剣の圧縮を解き、押さえ付けられた魔法剣の魔力が元のサイズに戻ろうと急激に拡張しその衝撃で擬似的に魔力爆発が発生する。

 

「うわっ⁉︎」

 

思わず腕で視界を覆い爆発に耐えて再び二人を確認すると、爆心地であるゆんゆんは被爆を免れないためコートの腕が焼け焦げて右肩までの袖がなくなっているが、腕は魔力で保護していたのか綺麗なままだった。

アイリは咄嗟に回避したのだろう、ゆんゆんから距離を取らされてしまってはいるが服が少し焦げているだけだった。

 

「見た目に反してしつこいんですね…」

「そっちこそ、ただのお姫様かと思ったけど意外にやるみたいね」

 

どうやらこの戦いで互いに実力を認め合ったのか口撃の際には見られなかった賞賛の言葉をかけている。

このまま和解すればいいのだが二人の関係を見るにそれは不可能だろう。ゆんゆんから語られる言葉を聞く限りでは元の二人の関係性と俺との関係性に関してアイリの話とで矛盾が生じてしまっているのでこの場を治める方法が思い浮かばない。

 

そんな事を考えているうちに互いに息が整ったのか2回戦が始まってしまう。

一見アイリが優勢に見えるかもしれないが、魔法を防ぎながら攻撃する事は並大抵の事ではないため肉体的負担が大きいようでアイリの顔にもゆんゆんと同じ様に疲労が見える。

正確には防ぐでは無く逸らすが殆どだが、逸らすには剣に魔力を貯めて魔法の出力方向に対して一寸の狂いも無く剣を当てなくてはいけないと誰かに言われた記憶が存在する。もし魔力が少しでも多過ぎたり少な過ぎたり角度が1ミリでもズレれば剣が弾かれ敵前で無防備になってしまうらしい。

 

アイリはそんな芸当をこの戦いで息をする様にしており、ゆんゆんは負担が大きいであろう上級魔法を冷却時間無しのノータイムで放っている。

特に魔法剣の絶妙な出力調整は記憶が無いので他人と比較できないがかなりのものだろう、魔法剣は本来常に最大出力なので発動しているだけで魔力を消費するが彼女はアイリの剣が当たっている瞬間だけ出力を上げ、剣が離れば即座に出力を極限まで抑えている、これにより魔力の消費は抑えられるがそれを維持する精神力は並大抵のものではい筈だ。

 

その様はまるで某ホラー映画の幽霊役同士を戦わせた様な感じだ…って一体俺は何を思い出しているのだろうか?

ヒョコっと思い出されるどうでもいい記憶に対し、もっと重要な事思い出せと突っ込みたくなる気持ちを抑えながら二人の戦いを観戦する。

 

そして、再び始まった二人の戦いだが、今度はゆんゆんが攻勢に出たようで圧縮した魔法剣を携えながらアイリに斬りかかり、それを受けたアイリはまさかウィザードであるゆんゆんから近距離攻撃が放たれるとは思っていなかった様で驚きながらも彼女の攻撃を剣で受け止める。

 

自身の攻撃を受け止められたゆんゆんは鍔競り合いになった一瞬のうちに、空いたもう片方の手で互いの剣の隙間からアイリ目掛けて黒雷を放つ。

上級魔法を最大出力で発動しながらさらに上級魔法を放つという芸当を彼女は成し遂げたのだ。

アイリは驚愕した後にさらに驚愕するが、そこで怯む程彼女もやわではなく即座にその状況を理解して体を倒し回避するが、そこを付け狙ってゆんゆんが蹴りを放ちアイリの腹部へと直撃する。

 

腹部を蹴られ怯んだ隙に彼女は雷の魔法を放つが、それを何とか寸で弾く。

ウィザードの蹴りではアイリに決定打を与える事は出来ない様だ。

 

腹部に全力の蹴りを受けたアイリに上級魔法の最大出力を同時に放ったゆんゆん、二人の体力魔力は共に限界が近いのか互いに肩で息をしながら互いに睨み合っている。

 

そして彼女らを包んでいた空気の色が変わる。

次の一撃を最終打にする為、互いに持ち得る魔力を集中させている様で、周囲は彼女らの魔力により現状を保てなくなり軽い地割れや暴風が吹き荒れている。

 

ゆんゆんの目は元々赤かったのだが、さらに赤みが掛かり発光し始めており、アイリに至っては髪の毛の色が魔力の上昇と共に金色に戻りつつある。

時間が進むにつれゆんゆんの腕に魔力が溜まったのか小さい雷が発生し始め、アイリの剣はその剣の力なのか聖なる輝きを放ち始めている。

 

互いに魔力が溜まったであろうタイミング互いが動き出した。

ゆんゆんは腕をアイリに向け照準を合わせようとするが、一瞬のうちにアイリが距離を詰め突きだしたゆんゆんの腕を空いている自身の腕で掴みそのまま上に突き出し無防備になった所に剣に纏った輝きを彼女に向けて振り切ろうとしたが、ゆんゆんの魔法を放とうとした腕は実はフェイクで実際は反対の腕で腕に纏っていた雷はいつの間には空いていた方の腕に移動しておりその照準は彼女の体を捉えている。

 

そして掴まれていた腕でアイリの腕をさらに掴み両者ともに腕を掴み合う形になり、残った反対の腕同士は共に自身の現状行える最大出力の魔力を纏っている。

 

互いに逃げ場を封じ合いながら、互いに持ち得る最大出力の攻撃を放った。

近隣の村人は逃げられただろうかと思いながらその瞬間を刮目したが、その結末を確認することは出来なかった。

 

「何すんだよ‼︎」

 

二人の攻撃がぶつかりあう瞬間、つまり二人の意識が互いのみに集中したタイミングを狙ってどこかに隠れて居たのかゆんゆんと同じローブを被っている奴が突如現れたかと思うと力任せに俺を抱き抱えてその場から撤退したのだ。

体躯はアイリと同じ位だが、その力は俺を瞬時に抱き抱えられる程に強く逃げてアイリの元に向かおうとする俺を簡単に押さえ付けるなど、その見た目からは想像できない程だ。

 

「いいから黙って大人しくして下さい‼︎」

 

抵抗しようとするとまるで子供に叱る様なトーンでローブの少女に叱られる。

ゆんゆんの仲間だろう事は服装でわかるが、彼女もまた強力なウィザードなのだろうか?気配はゆんゆんと同等のものを感じるが、悍ましい何かを感じるのは気のせいだろうか。

 

後方では両者の攻撃がぶつかり合った轟音が鳴り響き地面はまるで地震が起きた様に揺れている。

ローブの少女は抵抗する俺を力付くで押さえつけながら村の外れまで走って行き、誰かに気づかれたくないのか人の手が入った道ではなく険しい獣道をわざわざ選んで進んでいる。

 

「もう少しですよ、森を抜ければ馬車が止まっていますのでそこから逃げましょう」

「おい、そんな事までして俺をつれてどうするつもりなんだよ」

「カズマ?さっきから一体何を…?いえ、やはりあの仮面の悪魔の言ったように記憶が無くなっているのですか?」

 

今更気づいたのかローブの少女は俺に記憶が無いことを確認するとローブ越しでも分かるくらいに驚きの声を上げる。

一体記憶を失う前の俺はどんな立ち位置の自分だったのかいまだに掴めないがあの馬車に乗った際に聞けば全てが明かされるのではないだろうか?

 

しかし、あの馬車に乗ってしまえばこの先アイリに会え無くなってしまう可能性がある。

記憶を失っているとはいえあそこまで献身に尽くしてくれていた彼女を残して自分だけ安全な場所に行こうなどと誰が考えようか。

 

だが俺の想像以上に彼女の力は強く、力で振り解く事は出来ない。

追手からアイリを守り通した話は本当だったのかと思うほどに俺は無力だが、きっと腕っ節ではなく知識を活かした戦い方をして居たのだろう。

俺の頭には知識は残っているが経験に関する記憶が抜け落ちているため彼女たちの様に能力的なものを使う事が出来ないのだ。

 

だが、だからと言って何もしない訳にはいかない。

 

「こら暴れないでください‼︎私は今力を上げるスクロールを使っていますので加減を間違えたら潰してしまうかもしれないんですよ‼︎」

「え?」

 

どうやら彼女の強力な腕力の正体はスクロールによるものだそうで、あの小さい体躯からあんな力が出る理由が分かって納得出来たが、それと同時にもしかしてこのまま握り潰されるのではないだろうかという光景が頭に過ぎる。

しかし、ここで捕まり続けるわけには行かないのだ。

 

「いい加減にしないと右腕でも潰しま…ぐっ⁉︎」

「うわっ⁉︎」

 

暴れているとローブの少女がバランスを崩し転倒し、そのまま森の中を転がる。

地面に叩きつけられて全身に結構強めの痛みが走るが、そこは根性で我慢し立ち上がりローブの少女に向き直る。どうやら強く打ち付けたのかそれとも足を挫いたのか足を押さえながら悶えている。

転んだ拍子にフードが捲れ隠れていた顔が顕になり、この少女もまたゆんゆんとはまた別方向の美少女という事が明かされる。

 

「悪いな待たせている子…え?」

 

少女に向き直り謝罪をしてからアイリの方へ向かおうと思い近付くと、彼女は足を挫いたのでも体を強く打ち付けたのでも無く。

大きめのナイフが彼女の太腿に突き刺さって居たのだ。

 

「…くっ…やはり私達をつけて来たのですね…」

 

てっきり俺が暴れて彼女がバランスを崩したと思っていたが、実際には何処からか投擲されたそのナイフが脚に突き刺さりその衝撃と痛みでバランスを崩したのだろう。

少女はナイフの刺さった太腿を押さえながらある方向を睨み付ける。

 

「えぇ、闇雲にアイリス様を探すより貴方達二人の行方を辿った方が早いと我々は判断しました…その証拠に見事あなた達はアイリス様の元へと辿り着いた」

 

彼女が声をかけると今まで気配を隠して居たのか、木々の隙間から装備を整えた兵士たちとリーダなのか銀髪のいかにも貴族といった感じの女性が姿を表した。

 

「よく言いますよ…その褒美がこれですか?」

 

少女はキッとその女性を睨みながら憎まれ口を叩く。

 

「いえいえとんでもございません、これは褒美では無く罰です。我が主人であるアイリス様に手を出した愚かな犬に対してのね」

 

話の流れからしてアイリスはアイリの事で女性の方がアイリ側の追手で、この少女が俺側の追手で間違いないようだ。

そしてゆんゆんがアイリに手を出した事に対しての報復をこの少女にしているのがこの現状だろう。

 

「何を偉そうに…先に私達に手を出したのはあなた達の王女様の方ではありませんか‼︎」

「いえいえ、先にアイリス様を誑かしたあなた方が最初です。私が長年かけて大事に面倒を見てきたのは私なのに…なのにその男はそれを横から‼︎」

 

少女はスクロールの反動なのかそれともナイフに何か仕込まれていたのか、苦しそうにもがきながら女性に喧嘩を吹っ掛ける。

 

「何を…話を聞けば貴方はカズマに助けられなければ檻の中で拘束されたままだったそうではありませんか‼︎肝心な時に貴方が役に立たないからこうしてカズマが手を焼く羽目になったのですよ‼︎」

「言わせておけばこの小娘が‼︎」

「ーーっ‼︎」

 

図星を突かれたのかそれとも言われたくない傷を抉られたのかそれとも両方か、少女の言葉に苛立ちを覚えた女性は感情に任せて横たわっている少女の腹を蹴り上げる。

 

「…何がおかしい」

 

痛みに悶えている少女だが、苦悶の表情は最初だけで途中から何かを嘲笑うかの様に笑みを浮かべながら笑っている。

 

「…これが笑わずにいられますか‼︎貴方のしている事は下の姉妹に関心を取られて構ってもらえない姉が母親の気を引きたくて必死に悪戯する様なものですよ…それとも今回の件を美談として語って褒めて貰いたかったのですか?あんな子供に?」

「…貴様‼︎」

「図星ですか?…貴方はシンフォニア家の当主と聞きま…すが、存外大した事は…無いのですね…」

 

少女は煽るだけ煽って体力を消費したのか、追い討ちをかける頃には息が途切れ途切れになってしまっている。

だが、その甲斐あって女性の方は怒りで我を忘れそうになっている。

 

「小娘…貴様を殺す事はアイリス様の手紙で禁止されているが、だからと言って何も出来ないと思うなよ」

「ぐっ…がはっ⁉︎」

 

怒りに我を忘れても大好きなご主人様の命令は背けないのか、女性は殺さないといいながも手加減はせずに横たわっている少女を蹴り飛ばす。

流石に大の女性に蹴られた少女はそのまま後方へと飛ばされ木に激突する。

 

「何のつもりだサトウカズマ…貴様が生きて居た事には驚いたが、貴様はアイリス様に手すら出すなと言われてしまっている以上あの夜のように切り捨てる事は出来ない。記憶を無くしているのであればその小娘の事も分かるまい。悔しいがそこで見ていれば危害は与えん」

「はっ‼︎何処までおめでたい頭をしていれば気が済むんだ?」

「…カズマ?…逃げて下さい」

「お前は黙って寝ていろ」

 

女性に喧嘩を売っていると目を覚ましたのか少女が俺に逃げるように促す。

しかし、ここで逃げれば男が廃るというものだ。掌返しよろしくこの女には生理的に苛つくものがあるのだ。

 

「ほう、貴様私に逆らうというのか?覚えては居ないとは思うが貴様は一度私に殺されかけているのだぞ?」

「だからどうした?記憶が無ければ敗戦記録はリセットだろ?」

「アイリス様を無事回収するまでは貴様は傷つけたくは無かったが仕方あるまい」

「やれるもんならや…ごふっ⁉︎」

 

カッコつけてみたのは良いものの記憶が無ければ戦えないのは変わらないらしく、あの猪戦の動きは一体何だったのかと思うほどに女性にボコボコに痛め付けられる。

 

「記憶を無くした冒険者が無力な事はよく知っている。貴様が記憶を失うきっかけになった薬は元々王都が冒険者を無力化する時に使っていったものだ、今は破棄されて変な商店で売られていると聞いたがな」

 

どうやら俺が記憶を失った元凶は薬だった様だったが、今はそんな事はどうでもいい。

なんとかこの少女を連れてアイリの元へ行き、ゆんゆんとの勝敗を確認し余裕があれば皆で一度安全な場所へ避難するしか無いだろう。

 

だが周囲は女性の部下である騎士に囲まれて逃げ場が見当たらない。

…ハッキリ言って万事休すだ。

 

「…このまま行けば私達はいずれ殺されます…ならば…せめての可能性に‼︎」

「これは⁉︎なんのつもりだ小娘!こんな事をすれば貴様もコイツも死ぬぞ‼︎」

 

どうするか地に伏せながら考えていると彼女の言葉と共に地面に魔法陣が展開されている事に気づく。

どうやら彼女が何か大掛かりな魔法をを放つ準備をしている様だ。

 

「カズマ私の元へ…例え近距離で放っても術者の近くにいればある程度は安全です…」

「早まるな小娘‼︎」

 

どうやら少女は一か八かの賭けに出た様でここら一体を爆発させるようだ。

 

「面白い賭けだ乗った‼︎」

 

残った体力で彼女の元へ駆け抜ける。

 

「エクスプロ…え?」

「お兄様‼︎」

 

彼女の魔力が臨界点に達した所で、何者かがこの場に現れた為少女の魔法の掛け声が止まる。

 

「…アイリ?」

 

突然の来訪者はアイリだった。

彼女は戦闘で負傷しているのか全身ボロボロで服には血が滲んでおり体力はほぼ尽きているのか肩で息をしている。

そして、剣を持っている方とは反対の手で何故か満身創痍のゆんゆんを掴んで引きずっている、表情を確認すると虚な瞳をしながら何かをぶつぶつ呟いているので死んだ訳ではなさそうだ。多分俺と彼女で人質交換するつもりだったのだろう。

 

「あぁ…アイリス様…再び会えて光栄です…怪我をされているのですか⁉︎」

 

さっきとは打って変わって気持ちが悪いほどに女性はアイリに付き纏いながら戦闘で負った怪我を心配する。

 

「クレア…貴方も追いかけて来たのですね…」

「ええ‼︎勿論でございます‼︎アイリス様のためであれば例え火の中水の中…」

「そんな事はいいです‼︎何故お兄様が怪我をされているのですか‼︎」

「それは…」

「私は例え何があっても手を出すなと書いたはずですよ‼︎」

「申し訳ありませんアイリス様…ですがその男はアイリス様を…」

「もう良いです、クレア…シンフォニア家は今日をもって改易します。今まで王都に尽くして頂いたので今までの事は目を瞑って来ましたが流石に今回の件は度が過ぎます」

「そんな…考え直して下さいアイリス様‼︎私はアイリス様の為を思…」

 

その瞬間女性の横を斬撃が素通りする。

これはアイリなりの警告だ。

本来であれば動くのがやっとな程に弱っており多分俺でも今のアイリなら組み伏せられる程だが彼女なりの意地が今の彼女を限界以上に動かしているのだろう。

 

「そうですか…それは残念です」

「では早くその兵士を…ぐっ」

 

あまりのショックに女性は項垂れていたが、それは彼女に気を逸らす動きで、気付けば何処かでみたことのある剣を取り出して空を斬り何をしているかと思った瞬間にアイリは膝から崩れ落ちた。

 

「何のつもりですか…クレア」

「安心して下さい峰打ちです…やはりアイリス様貴方は変わられてしまった…それも悪い方向に…」

 

女性の目はいつぞやのアイリよりも澱み、まるで御伽噺で出てくる悪魔を彷彿とさせた。

 

「これはあまり使いたくはありませんが…」

 

女性はそう言いながら薬を取り出す。その薬はアイリの部屋で見た事があったがそれよりも純度が高いのか澄んだ色をしていた。

 

「やめなさいクレア…」

「大丈夫です…また一からやり直しましょう…」

「止めろ‼︎」

 

効果不明の薬を飲ませようとするクレアに体当たりをかまそうとするが、それは叶わず蹴り飛ばされる。

 

「邪魔をするな…お前に危害は…そうだな…」

 

突撃する俺を蹴り飛ばし俺に危害は加えるつもりは無いと言いかけた所で彼女は暗黒の笑みを浮かべた。

 

「折角だアイリス様の前で貴様を処刑してやる」

「やめて下さいクレア‼︎お兄様…お兄様だけは‼︎」

「…くっ‼︎」

 

アイリスの静止も虚しく転がった俺はあっという間に女性に押さえつけられ首元に剣を突きつけられる。

 

「今度は仕留め損なわぬよう直接首を切り落としてやろう」

 

万事休す、全員が満身創痍の状態で逃れる術などは…無い。

流石にこれは無理だと思いながら目を瞑り死を覚悟する。

 

「さらばだサトウカズマ、貴様がアイリス様を思う気持ちだけは尊敬するぞ」

「クソったれが‼︎」

 

これで俺の人生も終わりかと思い再び覚悟を決める。

 

「テレポート‼︎」

「何⁉︎」

 

剣が振り上げられたタイミングで満員創痍だったゆんゆんが起き上がり俺達に転移魔法を掛け俺達の足元に魔法陣が敷かれ光に包まれる。

どうやら何か呟いていたのは呪言では無く魔法の詠唱だったようだ。

 

テレポートは1日にそうそう使えるものでは無いはずだが、転移魔法の光に包まれる最中に彼女の周囲の草木が枯れている事に気づく、多分詠唱を弄って周囲の植物からも魔力を集めたのだろう。

 

「やられたか…だがサトウカズマ‼︎貴様は逃すか」

「しまっ‼︎」

 

転移の最中に空間は断離されるので俺に傷をつける事は出来ないが、それでも悪あがきなのか女性…クレアは俺の足元の魔法陣を切り付けた。

 

 

転移の魔法は一度発動すれば例え魔法陣を破壊されてもキャンセルすることできない。

これはボツリヌス菌を煮沸消毒して殺しても吐き出された毒素は他の菌の毒素のように消えずに残り続けると言った物だろう。

 

だが彼女が斬ったのは転移先を記している場所でこれは転移する3人の内の俺だけ違う場所へ飛ばされる事を指すのであろう事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

妨害転移された俺は何処かの山の草むらに突っ込みそのまま斜面を転がりながらも山道でようやく止まる。

窮地を逃れたが、それはそれで新しい困難が生まれてしまう。まさに一難去ってまた一難だろう。

 

二人は無事だとして、アイリをどうするかと、痛みで動けないので地面に寝そべりながら記憶の整理をしようとする。

 

「そんな所で転がってどうしたのかしら坊や?」

「え?」

 

考え事をしていると偶然俺が寝転んでいる道を通って来たのか赤髪の女性に不審そうに声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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