この女神の居ない世界に祝福を   作:名代

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遅くなりました誤字脱字の訂正ありがとうございます。
先ほど書き終わったので名称が前後で違ったりしますm(_ _)m


赤髪の悪魔2

「今回の試合はこの大会には珍しく人間の青年が出場することとなりました‼︎本来であれば人間がこの大会に参加する事はないのですが、今回はスカーレット様の紹介により特別枠としての参戦です!」

 

あれから俺は姐さんに促されるままに大会の手続きを済ませ、気づけばリングの上へと立たされている。

リングと言っても地面を円錐状に掘って作られた空間に柵のついた階段が設置されているだけの簡易的な物だが、参加者が簡単に逃げ出さない構造としては最も単純で効果的な構造だろう。

少し視線を上に上げれば俺の居る空間を包み込むように設置された観客席から喧騒が聞こえてくる。

 

放送で呼ばれていたスカーレットは姐さんが現役の時に名乗っていたリングネームだそうで、訳がわからないが姐さんはウィザードでありながらもそれなりに名の通ったファイターだった様だ。

…まあこの試合自体なんでもアリらしいので魔法を使っても問題は無いらしいが。

 

ちなみに俺のリングネームはシュガーらしい。

俺の名前をそのまま公表するには色々不便があるそうなので、姐さんが俺の苗字を捩ってつけてくれたらしい。

 

「私の顔に泥を塗るんじゃ無いわよ」

「へいへい…分かりましたよ」

 

観客席の最前列と言うか俺の真後ろで俺の背中を眺めているであろう姐さんから激励の言葉を貰う。確かに俺が参加した時の口上に名前が出てしまっている以上初戦で負ければその名前に泥を塗ってしまうことになる。

 

「へぇ、人間の小僧が相手か?これは初戦は貰ったな‼︎」

 

そして俺の正面に居るのは俺よりもだいぶ小さい小鬼だ。

確かに体躯だけ見れば圧倒的に俺が有利だが、それはあくまで同じ種族同じ人種だった場合の話でこいつらは俺とは違い魔物に分類される。

構造が違う以上細い腕だとしてもただの人間を捻り潰すのは簡単だろう。人間と魔物ではそれくらいの差があると誰かが言っていたのを思い出す。例外として身体能力を鍛えている冒険者等々があるが、自身がその分類に入る人間かどうかを確かめる術は今は無い。

 

姐さん曰くあの子鬼は小手調べらしく、この小鬼くらいに負ける様では話にすらならないようだ。

 

「いいか人間、この大会はな準決勝戦になるまでは相手を殺すか降参を相手が認めるまで続くんだ、意味がわかるか?お前が降参してそれを俺が認めるまではこの戦いは終わらないってわけだ」

「そうなのか?…いやそんなこと言ってた気がするな?」

「だがよ、俺は優しい奴だから今降参すれば何も危害を加えないで終わらせてやるよ。まあお前の飼い主には呆れらるがな‼︎」

 

ガハハハと小鬼は笑いながら俺を挑発する。

まあ煽っているのか本当は優しくてその言い方が照れ隠しなのかは不明だが、言葉だけ聞くと本当に恐ろしいルールの大会に足を踏み入れてしまったみたいだ。

 

「悪いけどご主人がああ言っているから降参は無いかな、気遣い感謝するよ」

「けっそうかよ」

 

小鬼は皮肉を好意で返された事に面食らったのか少し悔しそうにそう言うと審判の方へと何か合図すると、それを試合準備の完了を捉えたのか審判が俺に目線を向ける。

どうやら俺からも準備完了の合図を送らなければいけないようで、特に何かする事もないので合図を返す。

 

「お互い準備完了なので試合開始‼︎」

 

やはり初戦という事もあるのと両者ともに名を馳せていない事もあってかかなりざっくばらんに試合開始の合図が済まされ戦いの火蓋がきられた。

 

「それじゃあ悪いけど死ねや‼︎」

 

人間相手に警戒などしないと言うかのように飛び掛かる小鬼の攻撃を側方に飛んで躱し、その際に小鬼の腕を掴み肘を支点にしそのまま後方へと倒す。

 

「何⁉︎」

 

まるでお決まりの言葉のように小鬼は驚愕の声をあげるが、そんな事は気にせずに体を小鬼の後方へと回し倒れてきた背中に膝蹴りを放つ。

やはりモンスターと言っても小鬼の為骨の耐久値は低かったようで俺の膝から小鬼の背骨が折れる音が響いてくる。

 

「グガガガガガ…」

 

蹴りを放ち、背骨を折られた痛みで悶え苦しみながら地面をのたうち回っている。

体の感覚に任せて動いてみたが、やはり記憶がなくても雑魚相手ならある程度のことは動いてくれる様だ。あの時動かなかったのはやはり恐怖心が原因だったのだろうか?

 

「どうする降参する?」

「この…クソガキが‼︎この俺を馬鹿にしてんのか‼︎」

 

のたうち回る小鬼の顔面の前でしゃがみ顔を覗き込みながら慈悲を返すようにそう言うと、それを不快に感じたのか小鬼は逆上しながら俺の事を睨みつけながら怒鳴った。

足が完全に動いていないので多分脊髄を痛めてしまったのだろう。

 

「そうかよ」

 

この試合は相手が降参し俺がその降参を受け入れなければ終了しないと小鬼が言っており、審判はそれを否定しなかった。そして小鬼に降参を促したが帰って来たのは暴言の類の言葉。

こうなってしまった以上この試合を終わらせる方法は一つしかない。

 

我ながら躊躇いもなくこんな冷徹な判断を下して実行するなんてビックリだが、もしかして記憶を失う前の俺は非情な人間だったのだろうか?

取り敢えず倒れて悶えている小鬼の頭に足を乗せる。

 

「なあ、今からでも遅くないから降参しないか?お前からしたら冗談の一つだったかもしれないけど最初に俺の命を気遣ってくれたのはお前だけだったからさ」

 

正直記憶がないので命の奪い合いした回数はほとんど無いので出まかせ行ってみたが、嘘を言っていないという事情が後ろめたさを無くしたのか予想以上にスラスラと言葉が出てくる。

そしてこれが出まかせで無い事を証明する様に徐々に力を入れていき、放っておけば本当に頭蓋骨が砕ける程の計算で挑む。

 

「なあ、あんたにも色々あってこの大会に参加したんだろ?今回は降参して次の大会で頑張れよ、今からでも遅くは無いんじゃないか?」

 

徐々に足の力を上げていく

 

「なあ、このままだと死んじまうぞ?」

「人間風情が俺を憐れむな‼︎だったらお前が降参すればいいだろ…この俺がこんなガキ相手に、油断しちまったから…」

「確かに‼︎…じゃなかった。お前にも家族とかいるだろ?大切なひとを放ってこんな所でのたれ死んでもいいのか?お前が死んで困る人が居るんじゃ無いのか?」

「止めろクソガキがァァァァァァァァァァァァァァーっ‼︎知った風な口をきいてんじゃあないぞォォォォォォォォォォォーーっ‼︎」

 

「そうかよ」

 

何の躊躇いもなく小鬼の頭を踏み潰し、周囲に脳漿を飛び散らせながら小鬼の命を絶った。

 

そして我ながら何やってんだろうなと、まるでせっかくの休日を携帯を弄っているだけで終わらせてしまったサラリーマンの後悔みたいな、なんとも言えない罪悪感に襲われる。

だが、この残酷な殺し方は周囲の観客からしたらパフォーマンスのように見えたようで、周囲からは俺を評価するような声援が聞こえてくる。

 

やっぱりこんな大会を観戦しに来るだけあってみんな歪んでんな、と思いながら靴の汚れを地面に擦り付けると控室へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあなた性格が悪いんじゃ無いの?」

「…やっぱりそう思います?」

 

控室に戻ると片手で頭を抱えた姐さんが溜息を吐きながら迎えてくれた。

周囲には控室なだけあってこの大会に参加する選手らが待機しており、中には恐ろしい程の殺気を放っている者も混じっている。

 

大会はトーナメント方式で展開され、試合が進むにつれてこの控室にいる選手の数が減っていく流れになるのだろう。

今回は相手が弱かったので怪我をしなかったが、これから先強力な相手が現れれば怪我をせずに勝ち抜くのは難しいだろう。

 

「姐さん、怪我した場合はどうすればいいんですか?救護班とか居るんですか?」

「それに関しては安心して頂戴、ここの救護班はそこら辺のアークプリーストよりも腕が立つわ。まあ準決勝まで勝ち上がらないとかなりの金額を取られるのだけれどね」

「そうなんですか」

 

どうやら医療機関は存在するようだったが、それはあくまで準決勝まで勝ち進んだ者で多分試合を見物する上で互いに死力を尽くせる様に配慮されたものだろう。

あの姐さんがわざわざ値段をの後した所を見ると相当な金額を取られるのだろう。

 

「あら?随分と懐かしい顔が居るじゃない」

「ん?」

 

姐さんとルールについて確認していると、後ろから俺たちの事を知っているのかまるで偶然旧友会ったようなテンションで誰かが話しかけてくる。

 

「誰だあんた?」

「もう、忘れちゃったの?私よ私、スワティナーゼよ。貴方と前に貞操を掛けて戦ったじゃない」

「え?誰?」

 

話しかけてきた人物の正体は全く身の覚えのない巨大な人形モンスターだった。

型は人型だが全長は俺を優に肥えておりその肉体は恐ろしいくらいに筋肉質で頭には角を生やし鼻は動物のそれである、そして片目は誰かに潰されたのか眼帯で覆われている。まあ要するに筋肉モリモリのムキムキマッチョマンの変態という事だ。

 

…いや多分オークだろう。記憶はないので正しい判断は出来ないが俺の頭にある知識がそれを物語った。

 

「あら、あんなに情熱的な交わりを交わしたのに忘れちゃったのかしら?」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ‼︎」

 

手を組みそれを顔面に持っていくとオークは体をくねらせながらぶりっ子のようにそう振る舞った。

正直言って気持ち悪いが、残された隻眼から放たれる闘志が俺の精神に重圧を掛けている。

 

「まあ、あれだよ。今記憶を無くしているからあんたの事を覚えていないんだ、悪いな」

「…え?そうなの?それは残念ね、私としてはあの時の続きをしたかったのだけれども…」

 

俺が記憶を失っている事を伝えると、オークは悲しそうな表情を浮かべながら目を細めた。

きっと俺が記憶を失う前は互いに技術を磨きあったライバルか、敵対する組織のメンバーか何かだったのだろうか?真相は忘却の彼方だがあのガッカリとした表情を見るに記憶を失う前の俺と何かあったのだろう。

 

何だか少し悪い事したなと思うが、何故か心の奥底からあのオークを拒絶しているようなそんな気がしてくる。

 

「まあでも何も知らない貴方を再び染め上げるって言うのも悪くないわね‼︎本当は貴方と当たるまでは我慢だと思っていたけど個室までお持ち帰るわ‼︎」

 

急に興奮し出したと思ったら目にも見えない速さで俺の肩を掴もうと手が伸びてくる。

まさかここで手を出してくるとは思っていなかった為か反応が遅れ奴の伸びてくる手に対応ができずに相手の間合に入ってしまう。

 

「え?」

「止めときな、この子に何か因縁があるかは分からないけどそれだったら少し待って試合ですればいいでしょ?」

「あら…貴方は」

 

オークに掴み掛かれる瞬間に姐さんはオークを超える速度で奴の腕を掴み、俺に触れる事を直前で止める。

眼前で腕が止まった事に恐怖の感情が湧いてくるが、今はそれどころでは無いのだ。

 

「へぇ、傷んだ赤髪じゃない…久しぶりに姿を見たと思ったらいつの間に少年趣味に走ったのよ」

「あ?」

 

オークが姐さんを別名で呼んだ瞬間、控え室の空気が一瞬にして殺伐なモノへと切り替わった事を肌で感じ取る。

先程までオークが放っていた殺気とは比べ物にならない程鋭く、控えに素人がいたならその巨悪さに失神してしまうだろう。それ程までにその殺気は重く、なんなら殺気だけで雑魚なら即死魔法になるくらいだ。

 

「あなた…」

 

(只今より次の試合を開始します。スワティナーゼ選手対戦相手が既に待機しておりますので速やかに指定された場所に来てください)

 

「あら、ごめんなさい?折角いい所だったのにね」

 

姐さんが何かを言うタイミングで無情にもアナウンスがなりオークの女性は俺たちに一瞥くれるとそのまま会場の方へと歩いていった。

 

「姐さん大丈夫ですか?」

「ええそうね、私らしくなかったわ。それより貴方記憶は戻らないの?さっきまで普通に戦っていたようだけど」

「はい、全く戻らないですね…戦い方なら体が覚えているので大丈夫そうなんですけど」

「…そう。次の貴方の試合まであとどれくらいの時間があったかしら?」

「…?まだ時間ならありますけど」

 

姐さんは片手で顔を覆い表情を悟られない様にしながら俺を何処かに案内し始めた。

案内と言っても試合の関係があってそう遠くまでは行けないので行けるのは近場しか無いのだが、姐さんが俺を案内したのは先程俺達が使用した転移の部屋に似た部屋だった。

 

「ここから誰も無い部屋に行けるわ、瞑想やウォーミングアップしたい選手はこの転移部屋で与えられた部屋に行って色々できるのよ」

「そうなんですか、なんか高待遇ですねここの選手達は」

「当たり前よ、この大会の出れば基本的に生き残るのは殆ど一人だもの」

「準決勝になれば相手が降参すれば終わるんじゃ無いんですか?」

「違うわよ、準決勝になった所で殺すか殺さないかを相手が判断するところは結局変わらないわ」

「どう言う事ですか?」

「この大会は出場者が限られているのはわかっているわよね、一度にたくさんの応募が来るから参加者を殺していかないと大会がマンネリになってしまうのよ。だから準決勝まで残れない奴は殺すのがルールになっているわ。まあ降参した魔物はよっぽどのことが無いと再び参加できないわね」

「準決勝まで残れた奴は見込みがあるから生き残れる選択肢を与えられるって事ですか?」

「そうね。でもそれは相手が貴方のことを認めた上で貴方が意識を失ったり戦闘不能と判断された場合に相手が慈悲で貴方の命を取らない事を選択できるくらいね」

「…要するに実力を上げて再び私の前に戻ってこいって事ですか?」

「そう言うことよ。その戦いはねリベンジ戦と言ってかなり盛り上がるらしいわよ。まあ準決勝だとその相手が決勝で殺される可能があるからなんとも言えないけど」

「…さいですか」

 

要するに準決勝まで生き残る事から生きて帰れる選択肢が出てくると言うわけか、まあ結局相手の許可が必要なのは変わらないので多分期待するだけ無駄だろう。

 

「それでこの誰もいない部屋に飛んできましたけどここで何をするんですか?」

「そうね」

 

話している間に転移の魔法は起動し、気づけば全体が大理石の様な鉱石で作られた壁でかこまれた部屋に立っていた。

生活感の無い部屋に案内して一体何をするのだろうか謎だが、わざわざここまで連れて来たからには何かしらの意味はあるのだろう。

 

「あなた、記憶は無いけど体が戦い方を覚えているのよね?」

「ええ、まあそうですけど」

「本当なら最後まであなたに任せようと思ったのだけれど事情が変わったわ」

「?」

 

姐さんは事情が変わったと言いながら羽織っていたローブを脱ぐとそれを畳んで床に置いた。

 

「このままだと貴方あのオークにヤられるわよ」

「げぇ」

「だから少しだけ身体の使い方を教えてあげる。けど期待しないで頂戴ね、私はこれでもウィザードだから」

「マジすか…」

「ええ、まずは貴方の戦い方を見させて貰うわね」

 

そう言いながら姐さんの方から俺に距離を取るとポケットにしまっていたコインを取り出す。

 

「いいかしら、私がこのコインを投げて地面についたら開始よ。全力でかかって来なさい、もし私の眼鏡に適わなければここで殺すわよ」

「マジか…」

 

姐さんに促されるままに構える。

嵐が過ぎ去ってから散々な目にあってきたが、ここまで連続して酷い目に遭うのはいったいどういうことなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね…大体わかったわ。記憶が無い分少し動きがふわついているけどそれなりには動けているみたいね」

「…はぁ…はぁ…ありが…とう…ございます」

 

コインが落ちて金属音が部屋に鳴り響いた瞬間に姐さんに殴りかかったのはいいが、結局俺の攻撃は全て躱され・いなされて結局一度もダメージを入れる事なく最初の手合わせは終わった。

反撃が無い分自由に動き回ることができたが、全ての攻撃が当たらない上に俺の行動一手一手を注意深く見られているのでやっている方からしたら中々に生きた心地のしない戦いだった。

 

「基礎は時間が無いからそれくらいでいいとしてあとは力の使い方ね」

「…使い方…ですか?」

 

手合わせを終えてから息を整えようと必死になっている俺の前で姐さんは息一つ切らさないでレクチャーを始めた。

 

一体この人は何者なんだと心の奥底で思いながら話の内容を頭の中に詰め込んでいく。

そして姐さんの言葉を聞いているうちに何処かで似た様な光景があった様な気がしてくる。

 

「それと記憶が無い以上推測でしかないのだけれど、貴方の戦い方はオークの様に力で相手を蹂躙するのではなくて、多彩な技術で相手を組み敷きながら追い詰めていく物だと思うわ」

「技術ですか?」

「そうよ、だから記憶が無い貴方の戦い方は何処かふわついているのよ」

 

考えながら行動している癖を指摘された時からそんな気がしていたが、やはり俺は考えながら戦っていたようで現在その積み重ねてきた経験が肉体に刻まれた反射的な物だけなので、出汁の入れ忘れた味噌汁の様な感じになっているのだろう。

 

「だから今から貴方に教えるのは力の無い人が強き者と争う為に編み出された昔の武術よ」

「おぉ‼︎」

 

何か凄そうな言葉が出てきたので驚いては見るが、たいてこう言う時は碌でも無いことが起こる事は記憶に無くても体が覚えているのだ。

 

「まあ、時間も無い様だし実戦を交えて教えていくわね」

「嘘…だろ?」

 

姐さんはにっこりと笑いながら再びコインを投げるとそのまま俺の顔面に拳をめり込ませてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…姐さん容赦ないっすね…」

「御免なさい、何だか少し鬱憤が溜まっていたみたいだったわ」

「マジすか…」

 

身をもって戦いを教えられた訳だが、姐さんの教え方はすぐ覚えられる様に配慮された為かかなり厳しく、もしかしたら俺が記憶を失った史上最も命の危険を感じた瞬間だったかも知れなかった。

だが、少し新しい戦い方の知見を得られた様な気がした。

 

「それじゃ私の試合に出る事になったから」

「え?大丈夫なんですかそれ?」

「ええ、問題ないわよ。この大会には実力者がいつでも挑戦できるように必ず空きのシードがあるもの、今回はそれを使わせてもらう形になるわ」

「…そうですか、姐さんこの界隈で結構有名ですもんね」

「…まあ昔色々あったのよ」

 

姐さんはそう言うと俺に手を振りながら颯爽とリングの方へ向かっていった。

 

剛ではなく技。

姐さんから教わったものは俺の考えとはかけ離れ過ぎて最早反対の考え方と言っても過言ではない。

俺はアイリに連れられてから今まで、いや多分記憶を失う前からいかに力を持って相手を捻じ伏せるかを考え鍛錬や型などを学んでいたが、姐さんから教わったのはその逆で如何に力を抜き脱力した状態を維持できるかと言うものだ。

 

それでも脱力が必要な事は分かっており、いかに力を抜いていくかと考えてはいたが今回は全てが脱力だった。

そう、最初から力を入れていないのである。

 

まあ正確に言えば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ致しました、今回期待の新人…まあ基本的に参加者は基本的に全員新人なのですが…シュガー選手の2回戦が始まります」

 

リングに上がり対戦相手と向き合うと、審判がお決まりの口上を言い始める。

 

あれから考えを反芻しながらそれを実践へと持ち込める様にイメージトレーニングと言う名の思考訓練を何度も行った。

新しい戦法は感覚に任せていた俺の戦い方とは真逆の戦い方を強いるものであり、最悪今まで出来ていた戦い方が出来なくなってしまうリスクを孕んでいる。

あと姐さんは相手を瞬殺したらしく俺が着いた時には既に試合は終了していて見る事は出来なかった。

 

「…」

 

相手に視線を向ける。

相手はゴブリンだろうか?先程のオーク程巨体ではなく少し俺より背が高いだけだが、人間が何の防具も無しにゴブリンの攻撃をまともに受ければタダでは済まないだろう。

 

相手のゴブリンは人間には興味ないのか小鬼の様に話しかけてくる事は無く、目線を向けるとただ静かに睨み返してくるだけだった。

 

「両者準備は整いましたね、それでは試合開始‼︎」

 

審判の合図と共いゴブリンがこちらに向かって拳を振るってくる。

小鬼の件と同じで丸腰の人間だと思って侮っている事に腹が立たない事はないが、これはこれで色々試せるので文句は言えない。

 

姐さんに言われたのは、常に脱力。

本当に全ての力を抜いたら立てなくなるのでそこら辺の力は残しても大丈夫だろう。

 

振るわれた拳の軌道を予想してその運動に必要な支点を直ぐに見抜き、そこに手を当て相手の力の流れと自身の力をシンクロさせその力の流れを掌握し相手の力を我がものの様に操作し、支配する。

 

「…⁉︎」

 

ゴブリンは俺の腕の一振りで側方へと勢いよく飛ばされる。

その腕の一振りだけに全神経を集中させ永遠に感じる様な刹那の時間に感覚でしか説明できないタスクをこなしたのだ。

 

当然ゴブリンからしたら腕で攻撃を払われただけで自身が予想以上に吹き飛ばされたという、訳の分からない現象に理解が追いついていないのだろう。

 

「これは行けるかもしれない」

 

オーク相手にこれ程上手く立ち回れはしないだろうが、このゴブリン位の奴ならもしかするかもしれない。

自身の起こした成功体験を頭で反芻させ記憶と体性感覚に刻みつける。

 

そして再び起き上がったゴブリンは俺を警戒しているのか、少し距離を取り様子を窺いながらもこちらに打って出ようとしてくる。

 

人間は一度成功するとそれが自信となり、恐怖心を鈍磨させると言うがこれがそうなのだろう。まあ多分アドレナリンとか出て興奮しているだけだと思うが…

なので今度は俺の方から出向いてやろうと思い、構えもしないでゴブリンの元に歩きながら距離を詰めていく。

 

一瞬奴はギョッとしながらこいつ正気かと言いたげな表情を浮かべる隙に奴の手を掴み重心を崩す。

感覚としては赤ん坊をあやす時に乗せるバウンサーを操る様な感覚に遠からずといった感じで、人型の生物には2本の支点で立つと重心がどうしてもブレてしまうのだ。

これは武道を極めれば極めるほど少なくなっていくものだが、それでも多少のブレは存在しているらしい。

 

なのでそのブレをバウンサーを操る様な感覚で相手の重心のリズムを狂わせコントロールすると言ったものだ。

 

「ーーーっ⁉︎」

「これで終わりだよ‼︎」

 

腕を掴み反対の腕の攻撃を躱し、相手の重心を崩し地面にへたり込ませる。

何をされたのか相手が理解する前に俺はゴブリンの頭を全力で蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた意外に筋がいいのね驚いたわ」

「自分で教えておいて何いってるんですか…まあ姐さんの教え方が上手かっただけですよ」

「へぇ、言うようになったじゃない」

 

ゴブリンと倒し、俺は3回戦への切符を手に入れた。

今回は上手くいったが、次からうまくいく保証は無い、俺の予想だがこのトーナメントは俺と言うゲストを痛ぶるためにワザと弱いモンスターを当たらせている可能性が高い。

であれば、多分次くらいからは忖度のない実力でのしあがった奴と当たる事になるだろう。

 

 

 

 




ゴブリンは記憶を失う前のカズマでしたら一捻りで終わり位の実力です。
大会編は次で終わるかもしれません…
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