バイト帰り、佐伯は先輩から『海岸線の幽霊』と言う怪談を聞く。てっきり【スサノオ】の仕業かと思った佐伯だったが、どうやら真相は全く違うようで……。翌日、予想外の広がりを見せる噂に驚く佐伯の元に、風紀委員の五十嵐が訪れ……。ただの怪談だと思っていたが、事態は誰も予想していなかった大騒ぎと化す。
 A.C.E学院の学生メンバーがわちゃわちゃするコメディーです。

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 アイサガの短編小説です。
 時系列的にはスイカイベの後の学院になります。


A.C.E学院のとある一日~季節遅れの幽霊騒ぎ~

「なあ佐伯(さえき)、『海岸線の亡霊』……って知ってるか?」

「亡霊……っすか?」

 

 夜のコンビニ。

 バイトを終え身支度を整えていた佐伯(かえで)は、得意げな先輩の言葉に鸚鵡返しで聞き返した。

 話の長さと行方不明な脈絡に定評のある先輩。二転三転する話を手を止めずに聞くこと十分ほど。まとめると、こういうことらしかった。

 

 

 

『ある月のない夜、仕事終わりのN・Aさん(仮名・以下Aさん)は、息を切らせて海岸線を駆けていた。

 時刻はとっくに日が変わっている。もし終電を逃せば、最悪職場に泊まる羽目になる。

 

 ロクに点検もされていないのか街灯もほとんどが落ち、車の通りもなく、ザザァン……ザザァン……と、時折波の音が響く。

 まるで、そのまま夜闇に吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚さえ覚えてしまう不気味な夜。

 

 波の音に混じって聞こえる微かな声に、Aさんは思わず足を止めた。

 耳を澄ませてみると、確かに人の声が聞こえる。

 声が聞こえる方を向けば、そこには墨を落としたように黒く染まった海面が広がっている。

 目を凝らしても、暗闇が広がるばかりで何も見えない。

 

 けれど声だけは、変わらず響く。

 酷く興奮したような、獣の唸り声にも似た奇声。

 

 気味が悪くなって走り去ろうとしたAさんだったが――その瞬間、彼女は見てしまった。

 それまでただ暗闇が広がるのみだった海面に、突如、ぽうっ……と赤々とした火が灯り、一瞬で目を焼くような炎へと燃え上がったのを。

 Aさんが呆然と見つめる中、炎は更に燃え盛り、声はどんどん大きくなって――――

 

 

 

 ガヅンッ!!

 

「……~~ッ!?」

「お、おい……大丈夫か?」

「おっ、お気になさらず……」

 

 勢いよく机にぶつけた肘を擦りながら、佐伯は先輩から聞いた内容を反芻した。

 真っ先に思い当たったその存在について考えを巡らせること十秒ほど。

 やがて、佐伯は大きな溜め息を吐いて机に突っ伏した。

 そして、心の中で『それ』の名を呟く。

 

(おい……何やってんだよ【スサノオ】……ッ!?)

 

【スサノオ】。数カ月前に巻き込まれた高橋でのある騒ぎで、佐伯の『相棒』となった高橋の最新鋭機。

 かつての戦いでは、追手から佐伯を逃がすために海に沈んだが、つい先日のスイカ塗れの騒ぎでは海底からワカメをボディに巻きつけてやってきた【スサノオ】と暴れたのは記憶に新しい。

 

 海岸線の亡霊、海から聞こえる奇声、海面に浮かぶ火の玉。

 一度結びついてしまえば、もはやそうとしか思えなかった。

 

 海から聞こえる奇声は、【スサノオ】の声。BMらしからぬとても人間らしい(・・・・・)思考能力を持つ【スサノオ】だ。

 またぞろドラマやらアニメなどに感動して声を上げてしまったのだろう。

 

 海面に浮かぶ火の玉とは、恐らく【スサノオ】の後頭部から伸びるケーブルのことだ。

【スサノオ】最大の特徴である神経リンクシステムが発動すると、あのケーブルは赤く発熱し、宛ら炎のように真っ赤に染まる。

 

 状況からして、ほぼ間違いないだろう。

 

「……ハァ」

「おっ? 何だ、もう帰るのか」

「シフトも終わりましたし……お疲れ様です」

「お疲れー」

 

 簡単に挨拶を交わしてコンビニの外へ出た佐伯は、一つ深呼吸。

 鞄を固定し、靴紐を確かめ――そして、徐に駆け出した。

 向かう先は、件の海。

 先輩の口ぶりでは、どうやら被害はAさん一人に留まらないらしい。これ以上怯える人間が増えないように一言言っておかねばなるまい。

 

 走ること十分ほど。すぐに海が見えてきた。

 時間も遅く、車の通りは皆無。道路を横切り、ガードレールに足を掛けて石垣を跳び越え砂浜に着地。地面が柔らかい砂浜だったおかげで足を挫くようなこともなかった。

 そのままテトラポッドの上をトッ、トッと跳びはね、端まで辿り着いたところで、

 

「おい、【スサノオ】! 聞こえてる……って待て待て待て! 勢いよく上がってくるな叫ぶな馬鹿人目につくしオレが濡れるだろうが!」

『ウオォォォ、佐伯ど…………む、すまぬ』

 

 勢いよく水面を突き破って登場しようとした【スサノオ】だったが、佐伯の言葉を聞いて勢いを緩めると、頭部の先だけをちょこんと水面から突き出した。まるでぷかぷか浮かぶブイか何かのようである。

 屈みこんだ佐伯に、【スサノオ】はその状態のまま質問を投げてくる。

 

『して、佐伯殿。拙者を呼んだのは果たして如何なる用件でござるか? 見たところ、またぞろ戦いが起こったと言うわけではないようでござるが……』

「ああいや、そう言うわけじゃない。ただ、少し困ったことになってな……」

『ふむ?』

 

 人間らしく首を傾げる【スサノオ】に苦笑しながらも、事情を説明する佐伯。

 口を挟まず最後まで聞き終えた【スサノオ】はしかし、不思議そうに逆側へと首を傾げた。

 

『……何の話でござるか?』

「は? いや、お前のことじゃないのか、と……」

『拙者はオイルの節約のために、普段は索敵レーダーと一部インターネット以外のシステムは全てスリープ状態にして待機しているでござる。つまり、拙者の声などが外に聞こえるはずがないのでござるよ』

「……マジで?」

『マジでござる』

 

(……どういうことだ?)

 

【スサノオ】の言葉通りならば、この事件の犯人(というより元凶か)は他に居ると言うことになる。

 これで解決かと高を括っていたが、どうにもそういうわけにもいかないようだった。

 

『おーい、佐伯殿―。まさか用事とはこれだけでござるか……?』

 

 

 

§

 

 

 

 翌日、A・C・E学院、昼休みの教室。

 予想以上にと言うべきか、例の亡霊騒ぎは既に学校中で噂になっているようだった。

 いかにも学生が喜びそうな話題だとは思うが、恐ろしい拡散速度である。

 収拾を付けるのが大変だ、と他人事のように佐伯は思った。

 

(アテが外れた以上、オレに出来ることはもうない……ん?)

 

 購買で昼食を確保しようと立ち上がった佐伯は、向かう先のドアから教室へ入ってきた人影に目を見張った。

 長く艶やかな黒髪、小生意気ながらも整った顔立ち、小柄な体躯、左腕に嵌められた腕章……。

 その少女は入り口から教室を見回すと……何故か、佐伯に向かって歩き始めた。

 面倒事の匂いを感じ取った佐伯は逃げ出そうとするが、もう片方の入り口は何が起こるのか興味津々と言う顔をしたクラスの女子生徒によって固められていた。

 

「なっ……」

「――御機嫌よう、佐伯楓君」

「…………」

 

 畜生、逃げられなかった。

 佐伯は無言で天井を仰いだ。

 

 

 

§

 

 

 

 連れ出された佐伯と少女が向かった先は、屋上だった。

 屋上には数人の生徒がいたが、少女の姿を目にした瞬間、げっ、という表情をして去って行く。

 そんなことは気にも留めず、少女はくるり、と佐伯に振り向き小さく笑みを浮かべた。

 

「さて、やっとゆっくり話が出来るわね」

「…………」

「初めまして、あるいはお久しぶり? 自己紹介は必要かしら」

「……風紀委員様がオレみたいな善良な一般生徒に何の御用ですかね」

 

 皮肉を混ぜた佐伯に応えに、少女はむしろ嬉しそうに微笑む。

 

「安心してくれていいわ。別にあなたを取り締まろうとかそう言う話ではないから」

「…………」

「じゃあ何で呼んだんだ、って顔してるわね。ふふっ……一応、改めて自己紹介しておくわね? 風紀委員、五十嵐(いがら)命美(めいみ)よ。よろしくね、佐伯テスト員?」

 

 よろしくしなくていいです、と言いかけたのを寸前で呑み込んだ。

 そんな佐伯の表情の変化を見逃さず、嗜虐的な表情で舌なめずりをする少女――五十嵐。

 この娘、真正のドSだ……佐伯は心底神を呪った。

 平凡な暮らしをこそ望む佐伯にとっては、風紀委員など全力で避けて通るべきものである。

 更に五十嵐と言えば、あの(・・)高橋を代表する研究者一族の一つだ。絶対に関わりを持ちたくない地雷筆頭だ。

 だと言うのに、どうしてこんなことになっているのか。

 

 どうせ佐伯のことも、高橋工業からのテストパイロットとしてのデータから知られたのだろう。

 

「それで、佐伯君。早速本題に入ってもいいかしら? どうやらあなたはあまり私と一緒に居たくないらしいしね……?」

「……早く言ってくれよ」

 

 わざとらしく萎れる仕草を見せる五十嵐に、呆れ交じりにツッこむ。

 

「――あなた、【海岸線の亡霊】って知ってるかしら?」

「……!」

 

 つい最近、似たような言葉を聞いたな……そう思いながら、軽く頷く。

 

「聞いたことはあるけど、それがどうした? まさか、幽霊なんてものを信じてるとでも?」

「念動力なんてものが存在している以上有り得ないことでもないとは思うけど、私が気にしているのは、噂の真偽よりその存在の方よ」

「……て言うと?」

「多感で好奇心旺盛な年頃の学生よ、こんな噂を聞いたらどうなると思う?」

「自分で確かめようとする、と?」

「その通りよ。けど問題の時間は日付が変わった直後の深夜……つまり、深夜徘徊する生徒が続出することになるのよ。風紀委員として、学院の風紀が乱れるのを放置してはおけないわ」

「なるほどな」

 

(いや、まあ、それは分かったが……)

 

 そもそもの話、

 

「それなら、何でオレは呼ばれたんだ?」

「……。この事態を回避するためにはどうするのが一番早いと思う?」

「元凶である噂を排除する、か?」

「そのためにはどうすればいい?」

「そりゃ、噂の真偽を確かめて眉唾だと証明する……あんた、まさか」

「察しがいいわね。そうよ、風紀委員であるこの私自らが乗り込んで、確かめてやろうと言うわけよ!」

 

 フフン、と偉そうに慎ましい胸を張る五十嵐。

 ……つまりは、

 

「一人で行くのは怖いから付いてきてほしいって?」

「違うわよっ! 誰がいつ怖いって言ったのかしら!? 私みたいなか弱い女の子が深夜に一人で海に行くなんて色々危険だから、ボディーガードを雇おうと思っただけよ!」

「ボディーガードねぇ……それこそ、何でオレなんだよ? 友達にでも頼めば…………あー、すまん。デリカシーが足りなかったな……」

「何よ、言いたいことがあるなら言いなさいよ。ほら、言ってみなさいよ」

 

 何だかんだと言いつつも、佐伯自身真実が気になっていたことは否定できない。

 自意識過剰を抜きにしても、もし本当に目の前の少女が襲われでもしたらと思うと落ち着かない。何というか、肝心なところでドジをして大変なことになりそうな……。

 ここで断ったとしても、今度は五十嵐としての権力やらを持ち出してくることだろう。

 詰まるところ、この話を聞いた時点で佐伯には選択肢などなかったのだ。

 

 ただ、もう一度言わせてほしい。

 どうしてこうなった、と。

 

 

 

§

 

 

 

 兵は拙速を尊ぶ、決行は今夜になった。

 日付が変わる数分前。バイト帰りの佐伯は一人海岸線から暗闇に沈む海を眺めていた。

 

「しかし……幽霊、ねぇ」

 

 五十嵐も言っていたが……学院の会長のように、『本物の超能力者』が存在する以上、今回の幽霊が『本物の幽霊』でない確証はない。

 そしてもし、相手が『本物の幽霊』だった場合は……

 

「考えても仕方ないか……」

「何をブツブツと独り言を言ってるのかしら?」

「……五十嵐」

 

 軽い靴音を鳴らして現れた五十嵐は、当然と言おうか制服のままだった。

 別に私服姿なんてものを期待していたわけではないが、こんな時間に制服を着ているのはかなり目立ったのではないかと心配になってしまう。逆にこちらが補導されてしまいそうだ。

 

「何でもないさ。それで? 早速向かうのか?」

「ええ。こんなこと、さっさと済ませてしまいしょう」

 

 特に挨拶もなしにスタスタと歩き出す五十嵐の後を追う。

 さっさと終わらせて寝たいのは佐伯も同じだ。

 品行方正な風紀委員らしく、佐伯が【スサノオ】に会いに行った時のように石垣を飛び越えることもなく、階段を使って砂浜に降り立つ。

 

 暫し、無言で海を見やる二人。

 

「……何もないわね」

「……何もないな」

 

 五分ほど、二手に分かれて周囲を捜索してみる。もちろんお互いが目視できる距離を保った上でだ。

 足場の悪さに辟易しつつ辺りを見回していると……

 

「お、モップ?」

 

 不法投棄された品だろうか。ステンレス製の柄を持つモップが打ち捨てられていた。

 拾い上げて観察してみる。錆具合からして、それほど長く放置されていたわけではないらしい。

 ヒュンヒュン、と素振りしてみる。

 

「……まあ、いざという時の武器にはなる、か?」

「――佐伯君!」

「……――ッ⁉」

 

 こちらの声を呼ぶ五十嵐の声に、何事かと慌てて駆け寄った佐伯は……目を点にした。

 そこで五十嵐と向かい合っていたのは、長い桃色の髪をリボンで束ね、肩に竹刀袋を掛けた一人の少女だった。

 佐伯と少女は、同時に互いの名前を口にした。

 

「……佐々木(ささき)先輩?」

「……佐伯君?」

 

 そこに居たのは、かつてBM科の試験会場で切り合った剣道少女、佐々木光子(ひかるこ)だった。

 

「何であんたがここに居るんだ?」

「それはこちらのセリフです……しかも、五十嵐さんと一緒に……もしや、お二人も例の噂を……?」

「ええ、風紀委員としてね。そこの彼はボディーガードとして連れてきたのよ。……二人とも、ってことはあなたも?」

「はい、その通りです。……実は、その」

 

 言いにくそうに声を濁した佐々木だったが、二人の追求するような視線に結局観念したらしく、

 

「夏美会長が、今回の幽霊騒ぎで……大変怖がっておりまして……」

「……そういえば彼女、大の怖がりだったわね」

 

 納得したように頷く五十嵐。

 何はともあれ、佐々木も目的は同じなようだ。学生の域をはるかに超えた剣の実力を持つ佐々木の存在は、とても心強い。

 というか佐々木が居ればもう自分は必要ないんじゃないか、と真剣に考える佐伯だった。

 

 とりあえず今後の方針を話し合おうと口を開きかけたところで――――――人の、気配。

 

「……っ、佐伯君!」

「ああ。五十嵐、こっちだ」

 

 逸早く気付いたのは、やはり佐々木だった。

 遅れて気配に気付いた佐伯は、何のことか分からず困惑する五十嵐を連れて近くの物陰に走る。

 海岸にポツンと立つ木造の一軒家だ。おそらく昼は海の家として多くの人々が訪れていたのだろう。

 遅れてやってきた佐々木が佐伯の隣に飛び込む。

 三人はそぉっと頭だけを出して、砂浜に現れた人影を注視する。

 驚いたことに、人影は一人だけではなかった。

 

「……多いな、二十、いや三十は居るか?」

「それに、あれは学院の生徒、でしょうか……? 背格好に見覚えがあります」

「マジかよ……」

「全員黒いローブを被っててよく分からないわね」

 

 思わず漏れた呻き声は、これだけの人数の不審者が集結していることへのモノか、あるいは背格好で個人を判別できる佐々木へのモノか。

 実に三十を超える人数に加え、五十嵐が言った通り全身をすっぽりと覆うローブに身を包んでいるため、その全容は把握できない。

 

「不気味だな」

「不気味ね」

「不気味ですね」

 

 満場一致であった。

 

 彼ら、あるいは彼女らは整然とした動きで砂浜を進み、やがて頭目と思しきその内の一人を中心に円になって立ち止まった。

 中心に立った頭目は、徐に両手を掲げて、やけに芝居がかった口調で何事かを語り始めた。

 

「親愛なる【ファイア団】の同志諸君……よく集まってくれた。このよき日に君たちの顔をこうして見ることが出来たこと、嬉しく思う」

 

 

 

「……顔、見えてるのかしらあれ」

「てか【ファイア団】って一体……」

「【ファイア団】ねぇ……」

「知ってるのか?」

「何度か取り締まったことがあったのだけど……まさかここまで馬鹿な集団だったとは思わなかったわ……」

 

 

 

「諸君らに集まってもらったのは、私のこのどうしようもないほどの嘆きと怒りを、君たちと分かち合いたかったからだ……」

 

 ざわっ、と黒ローブの集団が一瞬ざわめく。

 控えめに言って気味が悪い。

 頭目は天に掲げた拳を握り、まるで語り掛けるように言葉を続ける。

 

「諸君らも参加したであろう……この夏休み、A.C.E学院にて行われたマトルフ島への修学旅行……。多くの愚昧なる生徒たちはきっと能天気に騒ぎ、大いに楽しんだことだろう。だが私は違う。この三日間、私にとっては耐え難い屈辱の時間だった。何故か?」

 

 佐伯たちは首を傾げた。

 ちょっとした(?)騒ぎこそあったものの、十分に遊び、十分に体を休め、とても充実した旅行であった。

 だというのに、一体何が気に食わなかったのか。

 

 果たして彼は、まるで世界の真理を語るような声音で、

 

「修学旅行では……カップルが増える」

 

 カッ!! と集中線が走りそうな気迫の籠った言葉に、【ファイア団】とやらの面々は電撃が走ったように身を震わせた。

 

「…………」

 

 対照的にしらっとした空気なのが覗き見していた三人だ。

 何を言い出すかと思えば、余りにも下らない。

 

「ただでさえ、長期休暇で羽目を外しやすい夏……そこに被せるように実施された離島への生徒全員での旅行……ッ! もはや悪夢と言う他ない、地獄と地獄の最悪のコラボネーション……ッ! 何たる非道、何たる暴虐! この学院に慈悲はないのか……ッ!?」

 

 血を吐かんばかりに叫ぶ頭目。

【ファイア団】は悲しみの涙を滲ませるばかり。

 もはや女性陣の彼らへ向ける視線は凍えるばかり。

 

「そもそも学生の本分は勉学であるはずだろうッ! 健全な魂は、健全な精神、健全な肉体に宿る!! 恋愛などと言う不純な行為に現を抜かしている暇などないはずだ! ……だと言うのに奴等と来れば、まるで見せつけるようにイチャイチャイチャイチャ…………クソッ、全員爆発しろぉっ!!」

 

 

 

「あぁ……そういうことですか……」

「佐々木先輩? あれ、知り合いなのか?」

「断じてそんなものではありませぬ。……彼は、同じクラスの者なのです。勉学運動共に真面目に励んでおり、感心していたのですが……」

「「あー……」」

 

 

 

「この正当な怒りと崇高な意志の元に、私は彼らに制裁を下すことにした! だが奴等の数は膨大だ、口惜しいが、私一人ではどうにも手が回らない……故に、君たちに協力を要請したい。我こそはと言う者は…………流石だ同志たちよ、まさか全員が立候補してくれるとはな。君たちの勇気に、心からの敬意を表す――」

 

「待ちなさいな、お馬鹿さんたち」

 

「むぅっ!? 何奴!?」

 

 頭目の言葉を遮るように、自信に満ちた口調で口を挟んだのは、美しい黒髪の少女であった。

 ……と言うか五十嵐だった。

 

 

 

「あれっ!? あいついつの間に!?」

「拙者としたことが……! と、とにかく行きましょう!」

 

 五十嵐の動く気配を欠片も感じられなかったことに半ば呆然としつつも、二人は慌てて五十嵐の元へ駆け寄った。

 

「な、貴様らは……!?」

「私は風紀委員、五十嵐命美。あんたたち救いのない馬鹿を取り締まりに来たわ!」

「バカな、風紀委員だと!? 何故ここが……!」

 

「なぜも何も……」

「あれだけ噂になってればな……」

 

 実はと言うか、やはりと言うか。

 こいつ、馬鹿なんじゃなかろうか。

 

「黙って聞いてれば……あなた、バカでしょ? 一から十までただの逆恨みじゃない」

「ば、バカ、だと!? 逆恨みだとぉ……!? ぐっ、き、規則の奴隷如きに、我らの崇高な理念をできる筈が……」

「ただの醜い嫉妬が崇高な理念ですって? まったく笑わせてくれるわね、そんな趣味の悪いローブ脱いで芸人にでもなれば? どちらにしても趣味が悪いのは変わらないけれど」

 

 ……煽る煽る。

 頭目は怒り心頭、プルプルとおこりのように全身を震わせて意味のない言葉を垂れ流すばかり。

 

「おいおい……あまり刺激するなよ」

「そうです、少なくとも数の上では拙者たちが圧倒的に不利なのだから……」

「あら、ごめんあそばせ」

「「…………」」

 

 全く悪びれない五十嵐に閉口する二人。

 デコピンの一つでもしてやろうかと思ったところで、

 

「あっ……あいつ、佐伯楓!」

「えっ?」

 

 いきなり名指しで呼ばれて思わずすっとんきょうな声を上げる佐伯。

 佐伯の名を呼んだ黒ローブは、まるで弾劾するように指を突き付けて、

 

「お、俺見たことあります! あいつが、光子先輩に壁ドンされていたのを!!」

「な……何だとぉっ!?」

「え、拙者?」

 

 当事者の筈なのに置いてけぼりな佐伯と光子を置いて、益々ヒートアップしていく【ファイア団】。

 

「おのれ、佐々木……! 脇目も振らず剣に打ち込み見上げた奴だと思っていたら!」

「いや、貴殿ら一体何を……」

「あ、ぼ、僕も! そこの佐伯が、ソフィア先輩に壁ドンされてたのを見たことが……!」

「二股だとぉっ!?」

「はぁっ!?」

 

 何故に二股呼ばわりされなければならないのか。

 流石に見過ごせず抗弁しようとしたが、彼らは聞いちゃいなかった。

 

「そう言えばこいつ、今日もそこの風紀委員と屋上に……!」

「三、股……だと……?」

「おいふざけんな! 人を勝手に最低な野郎にすんじゃねぇよ!!」

「佐伯とやら……貴様、恋愛に現を抜かすどころか、複数の女を誑かし玩具とするとは、見下げた男よ!」

「誑かしてねぇよ言い掛かりだろうが!」

「と言うか何で貴様にばかり美少女が寄ってくるんだよおかしいだろクソォッ!! やっぱり世の中不公平だぁぁぁっ!!」

「人の話を聞きやがれぇっ!」

 

 腹の底から叫ぶ佐伯。

 しかし反論も虚しく、

 

「……佐伯君、まさか本当に……」

「……ちょっと近付かないでもらえるかしら」

「何でだよお前ら当事者だろうがっ!?」

 

 味方の筈の二人までこの反応。

 散々な状況に泣きそうである。

 

 頭目の男はローブからそこだけ見える目を血走らせて、【ファイア団】に号令を掛けた。

 

「どちらにしろ、我々の存在を知られた以上ただで済ませる訳にはゆかぬ! 我が同志たちよ、取っ捕まえろ! 特にそこの男は念入りに痛め付けろッ!!」

「ウオオオオッ!!」

 

 雄叫びと共に襲いかかってくる黒尽くめの集団に、思わず頬が引きつる。

 

「結局こうなるのかよ……」

「私の挑発よりあなたの存在の方が彼らにとっては癇に障ったみたいね?」

「いずれにせよ、これで噂の真実は分かりました。後は、彼らを全員叩きのめせば、この事件は解決です」

「簡単に言ってくれるぜ……」

 

 既に竹刀袋から取り出した竹刀を構える佐々木の横に並ぶ佐伯。

 肉弾戦は専門外な五十嵐は後方待機である。

 

「佐伯君、武器はそれでよろしいので?」

「得物があればそれで十分さ。あんたこそ、その竹刀袋もう一本入ってるみたいだけど?」

「これは真剣です」

「……まぁ、いいか」

 

「えぇ、それより来ますよ」

「了解了解っと!」

 

 斯くして、二対三十の数の上では絶望的な乱戦が幕を開けた。

 

 

 

§

 

 

 

「よっ、と!」

「ぐぁっ……」

 

 右から殴りかかってきた黒ローブの拳をかわし、モップの柄で鳩尾を突き、他の黒ローブへ突き飛ばす。

 動きを止めずに、モップを手首で回して背後に突き出す。手応えあり。

 

 一瞬で三人を叩きのめした佐伯に怯んだのか、襲いかかろうとしていた黒ローブたちの動きが止まる。

 油断せずに構える佐伯は、内心で舌打ちした。

 

(こいつら全員喧嘩の素人か……厄介だな、素人ってのは加減を知らない)

 

 喧嘩をしたことがない彼らには、どこまでやったらいいのか、どこで退くべきなのかが分からない。

 故に、プロとのそれよりも数段シビアな戦いになる。

 加えて足場は踏み込みにくい砂浜。硬い地面とは勝手が違う。

 

(まぁもっとも……そんなことは気にせずに派手にやってるのも居るみたいだが)

 

 佐伯が視線を向けた先。

 そこには、縦横無尽に砂浜を駆け巡り、竹刀一本で次々と黒ローブを昏倒させていく佐々木の姿があった。

 彼女の剣にもはや迷いはなく、見惚れるほどに美しい剣筋があるのみ。

 と、

 

(チッ、痺れを切らしたか……!)

 

 睨み合いに耐えられなくなったか、突如奇声を上げて襲いかかる黒ローブたち。

 十人以上は居るだろうが――佐伯にとっては、この程度であれば何も問題はない。

【スサノオ】と神経リンクシステムを起動して以降拡張された佐伯の感覚は、彼らの一挙一動を正確に知覚する。

 

 行われるのは、もはや戦闘ではない。

 圧倒的強者による蹂躙だ。

 

 瞬く間に、黒ローブたちは砂浜に沈むことになった。

 

「さて、あとは……ッ!?」

「う、動くな!」

 

 振り向けば、五十嵐を背後から羽交い締めにして、どこから取り出したのかカッターナイフを突きつける頭目の姿が。

 要するに、人質だ。

 

 予想外の刃物の登場に、佐伯も佐々木も咄嗟に動けない。

 

「そ、そうだ、それでいい……お、お前たち、そのまま……」

 

「やりなさい、ゆきちゃん」

「キュー!」

 

「なっ――ぎゃぁっ!?」

 

 五十嵐がポツリと呟いた直後、彼女のポケットから飛び出した一匹の白いフェレットが、頭目の指に噛み付いた。

 堪らずカッターナイフを取り落とし、身悶える頭目。

 その隙に五十嵐が彼を突き飛ばし、飛び出した佐伯が取り押さえる。

 

「ありがとう、ゆきちゃん」

 

 白いフェレットの頭を指で一撫でした五十嵐は、砂浜に落ちていたカッターナイフを拾い上げた。

 剥き出しの刃を眺めて、詰まらなそうに、

 

「まさか刃物を取り出してくるとはね……一線を超えたわね」

「これは流石に、内々で処理すると言うわけにはいかないでしょう」

 

 女性陣の彼を見る目は冷たい。仕方のないことだろう。

 ここまで来てしまえば、警察沙汰になるのは免れない……。

 

 弛緩した空気に水を差すように、突然ローブを剥ぎ取られた頭目が叫んだ。

 

「く、くそっ……おいっ! あれを出せっ!」

「っ!?」

 

 言下に、夜風にそよいでいた海面が、突如として大きく盛り上がった。

 佐伯たちが呆然と見守る中で、海中から姿を現したのは……一機の赤いBM(・・・・・・・)

 

「なっ……」

 

 唖然と見上げる三人。最初に我に返ったのは、五十嵐だった。

 

「……バイエルンの……【フレイムウインド】……!?」

「んなっ……軍用機と言うことですか……!? どうしてこんなころに……!」

「さぁてね……けど、これで分かったわね。例の噂の『火の玉』って言うのは、十中八九【フレイムウインド】に搭載されたフレイムガンのことよ」

「な、なるほど……って、そんなことを言っている場合ではないでしょう! 早く逃げなければ……五十嵐さん?」

 

 慌てふためく佐々木だったが、対する五十嵐は平然とした表情で、沈黙した佐伯に視線を向けた。

 

「佐伯君」

「……分かってるよ」

 

 名指しされた佐伯は、深い溜め息を吐いて……告げた。

 

 

 

「やれ、【スサノオ】」

『承知ッ!』

 

 

 

 言下に、どこからともなく飛来した巨大な剣(・・・・)が、【フレイムウインド】のコックピットを貫いた。

 

 

 

『これでよろしいか、佐伯殿?』

「……コックピットぶち抜かれてんだけど」

『ご安心めされよ、操縦者は居らぬ。あれはただの無人機でござる』

「そうかい……まぁ、助かった」

 

 崩れ落ちる【フレイムウインド】。【スサノオ】が調節していたのか、直後に爆発するようなことはなかった。

 蒼白な顔でそれを見つめていた頭目は、既に気絶していた。暢気なものである。

 

 この場で自分の足で立っている三人は、疲労感を滲ませた顔を見合わせて、曖昧に笑った。

 

「何はともあれ……」

「一件落着、でござるな」

「すっげー疲れた……」

 

 そんな彼らを慰めるように、一陣の夜風が砂浜を駆け抜けた。

 

 

 

§

 

 

 

 こうして、季節外れの幽霊騒ぎは大騒ぎを伴って、終わりを告げたのだった。



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