祈り   作:hakagi


原作:涼宮ハルヒの憂鬱
タグ:
pray for Kyoani.
決して忘れてはいけない祈りのお話。

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祈り

襲来はあまりに突然だった。

 

よく晴れた日の朝。世界を炎が包んだ。

比喩でも何でもない。全てが燃えていた。

町も、通学路も、学校も。そこら中から火の手が上がる。

 

世界が終わる。

 

何も理解できなかったけれど、直感的にそう感じた。

 

妙な静けさに窓の外から視線を戻すと、先ほどまで騒がしかったはずの教室にはいつの間にか誰もいなくなっていた。

これはーーいったいーー?

 

「こちらです!」

 

教室の外から呼ぶ声で我に返る。

そちらに目を向けると珍しく焦った表情の古泉がいた。

 

「古泉!これは一体何なんだ!?」

 

「今はまず部室へ向かいましょう。細かいことは道中で。」

 

そう言って走り出す。

 

部室。

そうだ。

あそこには長門がいる。

 

炎に照らされて赤く染まった廊下を走る。

不思議なことに熱さは感じなかった。

走りながら古泉が口を開く。

 

「何が起きているかですが――すみません。分からないというのが正直なところです。森さん達とも連絡がつかない状態でして。」

 

それでいつも冷静なコイツがこれだけ焦ってるのか。

 

「ここは閉鎖空間なのか?」

 

「おそらくは。ただ僕の力が使えないところを見るにいつもの空間とは少し異なるようです。どちらかというと以前あなたと涼宮さんが閉じ込められたような――と、着きましたね。」

 

部室のドアを開けると涙目の朝比奈さんが立っていた。

 

「キョ、キョンくん~。」

 

安堵したように俺の名前を呼ぶ。可愛い。い、いやそうじゃない。

 

 

「朝比奈さん!無事で良かったです。」

 

「これからどうなっちゃうんでしょう…。未来とも一切連絡が取れないし、長門さんも――」

 

 

そう言う朝比奈さんの後ろを見ると長門が座ったまま目を閉じ、微動だにしていない。

 

――いや、よく見るとものすごい速さで口元が動いている。コンピ研との対決の時のように高速の情報処理を行っているのだろうか――。

 

「おそらく今の長門さんの邪魔をしてはまずいです。待っている間に少し状況の整理をしませんか?」

 

長門の姿を見て落ち着いたのか、古泉がそう提案する。

 

 

「ああ。と言っても俺もさっぱりではあるんだが。いつも通り学校に来て、ふと窓の外を見たら世界中が燃えてたんだ。で、気づいたら他の奴らが消えていた。そっからは知っての通り、お前と合流して部室まで来たわけだ。」

 

 

「なるほど…。朝比奈さんはどうですか?」

 

 

「ふぇ、わ、私ですか?えーっと、私は最初火事には気づかなかったんですけど、喋ってたはずの鶴屋さんが急に目の前から消えて。周りを見たら他の人達も消えてて――。怖くなって急いで未来と連絡を取ろうとしたんですけど、繋がらなくて…。」

 

 

話している内にどんどん顔色が悪くなってくる。目の前で親友が消えるのを見たんだ。そうなるのも仕方ないだろう。

 

 

「僕も大体同じですね。異変に気づいて機関と連絡を取ろうとしましたが失敗しました。おそらくはどこかのタイミングでこの閉鎖空間へと僕らが迷い込んでしまったのだと――」

「――それは違う。」

 

 

静かな声がして慌ててそちらを振り向く。長門が目を開けてこちらを見ていた。

いつもと変わらない無表情。

だが、そのはずなのになぜか嫌な予感がした。

 

 

「違う、とはどういうことですか?」

 

「先に謝らなければならない。情報統合思念体を通じて今回の異変の解決を図ったが、失敗に終わった。」

 

 

な…!?長門が、失敗?

古泉と朝比奈さんが驚いたように息を飲む音が聞こえる。

 

 

「この世界が位置する座標外からの攻撃。私達がそれに干渉することは不可能。」

 

 

座標外…?どういうことだ?

 

 

「なるほど。僕たちの世界の外側からということですか。」

 

「そう。」

 

「おい、一人で納得してないで教えてくれ。外側って何のことだよ?」

 

 

「そうですね…。時間がないので端的に言うと、異世界から侵略を受けていると言うことです。――ですよね、長門さん。」

 

 

「厳密には少し異なる。攻撃の目的は不明であり、このままだと世界ごと消滅する。簒奪を目的とした侵略とは矛盾する。」

 

 

「世界が消滅って――。」

 

 

思わず絶句してしまう。だってそうだろう?

今朝起きた時は何の変哲もない一日で。あくびをしながら学校に来て。

そんな毎日がきっと続いていくと思ってたのに。

 

それが――終わる?

 

あまりの衝撃に二の句が継げない俺の代わりに古泉が長門に尋ねる。

 

「涼宮さんでもどうにもならないのでしょうか?彼女の願望実現能力であればあるいは――」

 

そうだ、ハルヒだ!

これまでアイツのトンデモ能力には振り回されてばかりだったが、今こそその能力を使う時じゃないか!

だが無情にも長門は首を横に振った。

 

 

「彼女が干渉できるのはこの世界で起きる事象だけ。世界の外側には彼女の権能も及ばない。」

 

「そんな――。涼宮さんでもダメだなんて…。」

 

 

朝比奈さんの絶望した声が部屋に落ちる。

 

 

「しかし物は試しという言葉もあります。座して死を待つよりは涼宮さんに賭けてみるのも手ではないでしょうか?」

 

 

確かに一理ある。どこかの朝倉の言葉じゃないが、やらずに後悔するよりはやって後悔というやつだ。

まあそれをやった朝倉は消されちまったわけだが…。

 

 

「じゃあとりあえずハルヒを探すぞ!長門、どこにいるか分かるか?」

 

 

その問いに長門は答えず、スッとドアの方を指さした。

 

 

「みんな、無事!?」

 

 

バタン!というドアを開ける大きな音とともに消火栓を持った我らが団長がやってきた。

 

 

「ハルヒ!お前も無事だったか!」

 

「当たり前じゃない!というかこんなことしてる場合じゃないわ、早く逃げるわよ!」

 

「逃げるって―どこへだ?」

 

「それは――。」

 

 

言葉に詰まるハルヒに対して言葉を続ける。

 

 

「廊下も外も火の海だ。お前は見たか分からんが、学校の外も世界中が火に包まれてる。」

 

「――!じゃあどうしろってのよ!?このまま諦めるつもり!?」

 

「――いいや。」

 

 

肩に手を置き、じっと目を見つめる。綺麗な目だ。

昔は喋らなければ可愛いもんだとか思ってたが、今となっちゃ物静かなハルヒなんて考えられない。

 

 

「ちょ、な、何よ…。」

 

「なあ、ハルヒ。この世界は退屈か?」

 

「はぁ?そんなこと言ってる場合じゃ――」

 

「いいから答えてくれ。大事なことなんだ。」

 

 

そう言うと戸惑いながらも考え込む。

 

 

「そう、ね…。宇宙人も未来人も超能力者も見つからないし、退屈かもしれないわ。」

 

 

「じゃあ、こんな退屈な世界、なくなってしまえばいいと思うか?」

 

 

「あんた、さっきから何なのよ!わけわかんない質問ばっかり――!」

 

 

「頼む。答えてくれ。」

 

 

目をそらさずに問いかける。視界の端では炎が踊っている。

もう部室の中まで火が回ってきているようだ。タイムリミットは近い。

 

 

「――、思わないわよ!不思議なものが見つからなくたって、それでも皆で、SOS団で一緒にいられるのが楽しいんだもの!!」

 

 

目に涙を浮かべてハルヒは叫ぶ。

 

ああ、そうだ。この一年は信じられないくらい楽しかった。

 

長門がいて、朝比奈さんがいて、古泉がいて、そしてハルヒがいる。

 

この部室でくだらないことを喋りながらボードゲームをしたり、休日に不思議散策という名の散歩をしたり、そんな日常がどうしようもなく楽しかった。

 

だから、絶対に終わらせない。

 

 

この世界を、消させない。

 

 

「ハルヒ。信じてくれ。必ず明日を迎えられると。」

 

「…信じる?」

 

「ああ。強く、本気で、心から。」

 

「涼宮さん、僕からもお願いします。心を込めた祈りを。」

 

「わ、私も一緒に願いますから!」

 

「…信じて。」

 

 

「…わかったわよ!団員にそこまで言われてやらないわけにはいかないじゃない!」

 

 

そう言ってハルヒは目を閉じる。それに合わせて俺たちも目を閉じ、祈る。

 

 

 

そして炎が俺たちを包んだ。

 

 


 

京アニのために祈ろう。

 

なかったことにしてはいけない。

 

原画が失われ

データが失われ

 

それでも「涼宮ハルヒ」は失われない。

 

画面の外で現実を生きる俺たちには、超能力も、宇宙人パワーも、禁則事項も、願望実現能力もありはしない。

 

だけど、そんな俺たちでも、君たちの世界を守れるなら。

 

君たちが生きた証を

命を吹き込んだ人々を

 

決して忘れないから。 

 

 

だから、どうか。

 

 

どうか、あの優しい世界をもう一度。

 

もう俺たちは大丈夫だから。

 

君たちから十分生きる力をもらったから。

 

だから今度は俺たちがあげる番だ。

 

 

見えなくてもいい。感じられなくてもいい。

 

君たちがあの世界で明日を迎えられるように。

 

 

祈りを――――。

 

 


 

 

闇の中で漂う。

 

そうか、俺は死んだのか。

そう思うと意識がどんどん闇の底へと沈んでいく。

 

ああ、これはきっと走馬燈のようなもので。

じきに意識もなくなってしまうんだろう。

 

ずぶずぶと沈んでいく。

 

ああ、そうだ。世界がなくなってしまったんだから、今更俺の意識だけが残っていたってしょうがない。

 

帰る場所もないのだから、いっそこのまま―――。

 

 

 

――声が聞こえた。

 

日本語で、英語で、数え切れないいくつもの言語で、祈りの声が。

 

 

Pray For Kyoani.

 

 

それが何なのか俺には分からない。

 

けれどきっとそれは俺たちにとって魂のようなもので。

 

決して失われてはならなかったもので。

 

きっと俺たちの世界そのものだったんだ。

 

祈りの声が、願いが俺たちの元へ届く。

 

 

Pray For Kyoani.

 

 

今にも消えそうだった意識を何とか繋ぎ止める。

 

ああ、そうか。

 

失われてしまっても。全て燃えてしまっても。消えてしまうわけじゃない。

 

「涼宮ハルヒ」は終わらない。

 

こんなに俺たちを信じてくれている人がいるんだ。俺自身が信じてやれなくてどうする。

 

闇に包まれていた世界に光が差し込む。

 

 

そうだ、俺は――。

 

 


 

 

目が覚めると自分の部屋のベッドだった。

――何か前もこんなことあったな。そんなことを思いながら体を起こす。

 

玄関を出て、いつものように学校へ向かう。

あれだけ炎に包まれていた世界は何事もなかったかのようにその姿を取り戻していた。

 

まるで悪夢のようにも思える出来事だったけれど、きっと夢じゃないんだろう。

 

ここじゃない、どこかはわからないけれど

そこできっと俺たちの大切な物や人が失われてしまったんだろう。

 

 

だけどそれで終わりになんてしてやるものか。

 

どれだけの悲しみに包まれようと、これまで積み上げてきたものはなくならない。

 

そして俺たちがこれから積み上げていく物語も、誰にも止められやしないんだから。

 

登校の喧噪の中、まっすぐ部室へとその足を向ける。

 

俺たちの始まりの場所。

――そして、一度俺たちの世界が終わった場所。

 

深呼吸してドアを開ける。

 

 

「――よう。お前ならいてくれると思ったぜ、長門。」

 

 

読んでいた本から視線を上げてわずかにうなずく。

 

 

「あれは夢――じゃないんだよな?」

 

 

これで実はただの悪夢でしたとなったら赤面ものだが、幸か不幸か本当に世界の危機だったらしい。長門が口を開く。

 

 

「昨日、外界からの干渉により私達の世界は存在そのものの危機に陥った。手段や目的は不明。情報統合思念体もその存在を知覚できず、一切の干渉が許されない状態だった。」

 

 

「世界は一度消滅し、本来ならばそれに伴い私達も消滅するはずだった。ただ、涼宮ハルヒの能力により世界の消滅後も私達の意識は少しの間保たれた。」

 

 

「その間に私達情報統合思念体は外界からの祈りを観測。それに接続する形でこの世界の依り代を外の世界の記憶に託した。」

 

 

「とても分の悪い賭け。普通であれば人の記憶や思いという不確かなものでは世界の情報を支えきれない。」

 

 

「けれど」

 

 

「消えることを良しとしない人達がいた。失われることを悲しむ人達がいた。この世界を救うために、祈りを捧げる人達がいた。」

 

 

「Pray For Kyoani…」

 

 

つぶやくと長門がうなずく。

 

 

「そう。彼らの思いが、祈りが、今この世界を形作っている。ただ、もしそれも失われたらその時は――」

 

 

「―大丈夫さ。きっと、大丈夫。」

 

 

思わずそう口にしていた。何も根拠はない。

 

長門の言った通り、人の思いや記憶は不確かで。

こんなものは希望的観測に過ぎないのかもしれない。

 

だけどそれでも。

 

あの言葉に、思いに触れたから。

 

だからきっと大丈夫だ。

 

長門はしばらくじっとこちらを見つめた後、口を開いた。

 

「情報統合思念体としては現在の不安定な状態を看過できない。よってこの世界が単体で存在できる方法を模索していく。ただ――。」

 

少し逡巡し、続ける。

 

「私は、信じてみたい。きっと、大丈夫だと。」

 

ああ、そうだ。大丈夫。

 

俺たちの明日は続いていく。

俺たちを忘れない人がいる限り。

俺たちが明日を信じている限り。

 

そうだろう?なあ、我らが団長さんよ――。

 




ニュースを見る度に苦しい気持ちになる日々でした。
一人でも多くの方に祈りの輪が広がりますように。

京都アニメーション「預かりご支援金の移管に関するご報告」
https://www.kyotoanimation.co.jp/information/?id=3096


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