黒木智子と出会ってから変わっていく自分を見つめ直すゆりちゃんのお話です。

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喪131+i イヤホンを外して

「別に何でもいいよ」

 イヤホンを耳に戻しながら答えたその言葉。それがはじめての会話だった。

 机の目の前に立ってモジモジしていたから何かと思ってイヤホンを外してみたら、修学旅行で行きたいところが聞きたかったらしい。

 そういえば同じ班なんだっけ。ある意味目立つ吉田さんや、まこと仲のいい内さんと違って「同じクラスだったんだな」という印象しかない。班を決める時にも早退してたし。

 まこに約束を破られて、仲がいいわけでもない人たちと行く修学旅行。どこに行ったって同じ、楽しくなるわけがない。

 だからそう答えた。イヤホンをしながら、彼女の言葉を遮って。

 

 

 

 修学旅行一日目は行きの新幹線から最悪だった。

 顔も合わせたくないしまこと離れて座ろうと思ったのに、先生は出席番号順に席に付けと言う。

 田中と田村、元々出席番号が近いよしみで仲良くなれたけど、今日だけはその近さを呪った。

 旅館に付いてからも、同じ部屋の3人とは何も話さなかった。いや、今思えば何か話しかけてくれていたのかもしれない。それをイヤホンで遮っていたのは相変わらず私の方だ。

 二日目も昨日と同じように班の人に付いていって、お互い話すこともなく観光地を回る。そうなると思っていた。

 朝起きて2人の仲裁、観光先で2人の仲裁、正直今まで拗ねてたのが馬鹿らしくなるような忙しさ。今まで自分から誰かをフォローしたり、取り繕ったりしたことは無かったかもしれない。少しだけまこの気持ちがわかった気がした。

 午後になると少しずつ会話が増えてきた。いつも居眠りしていたりふらりと一人でいなくなってしまうからよく知らなかったけど、吉田さんはとても素直な感想を口にする。自分から話題を振るのが苦手な私でも、なんとなく会話になるので居心地は悪くなかった。

 その後トラブルがだいぶ重なったけど、最後にまことも仲直りできた。

「明日の自由行動、一緒に回ろう?」まこにはそう言われたけど、先生から聞いた言葉が胸に残る。

「みんなと仲良くなりたいからこの班に入ったのよ」

 …だからあんなに必死に頑張ってたのかな。

 私には最初から仲良くする気なんて無かったのに。

 

 

 

 旅行が終わった後、自分から声をかけてみた。同じくらいの時間に登校してたことも、思いの外朝早いこともこの時初めて知った。

「この3人でいると修学旅行を思い出すね」

 つまらないはずの修学旅行は、いつの間にか大切な思い出になっていた。

 それから一緒に帰ったりお昼を食べたり、休校の日に本を選んでもらったりもしたっけ。一緒にいるうちにまこも加わって、4人でいることがとても好きになった。

 3年のクラス替えで二人の名前を見つけた時、自分でも驚くくらいにやけてしまったのをよく覚えている。

「4人で一緒にご飯食べるの最後かもね」

「4人だけでもうちょっとだけいれればよかったかな」

「私はこうやって4人でいれればいいんだけどね」

 4人で、4人で、4人で…

 4人でいるから楽しい。4人でいるのが好き。

 今まではそう思っていた。

 ネズミーでの遠足中、それは正しくないと思い知らされた。

 泣いてる南さんの所に行きたそうなまこを許せた時。

 友達と仲直りできた吉田さんを自分から行かせた時。

「4人でいるのが好き」な今までの自分だったら考えられないことばかりだ。

 最初に自分の中の違和感に気付いたのは、カフェでの一件だった。私の知らない彼女の話、私の知らない顔、私ではできないあだ名でのやり取り…

 何かと世話を焼いてくれるまことはまた違う、初めて本音でやり取りできる友達ができたと思っていたら、彼女には私の知らない友達がいた。それがなぜかとても嫌だった。

 そしてネズミーでの根元さんとのやりとり。

 いつの間に仲良くなっていて、あだ名で呼ばれる根元さんを見た時ようやく確信したんだ。

 4人でいるのよりももっと、私は彼女の隣にいたかったんだと。

 でもそれに気が付いたと同時に不安にもなってきた。この気持ちを持っているのは自分だけなんじゃないかと。

 あだ名で呼ばれる2人と比べて、私は名字ですら呼ばれたことがない。

 いつか南さんの背中にポツリと呟いた乱暴な言葉遣いを根元さんにも使っていた。もしかしたらそれがあの人の素なんじゃないか。本音のやり取りが出来ると思っていたのは自分だけだったんじゃないか。

 まぁ、結局はそれも考えすぎだってすぐにわかったんだけど。

 彼女はコワリィッチのアトラクションでは私のことを気にかけて必死になってくれた。

 自分の乗りたいアトラクションに私を誘ってくれた。

 呼び方なんて関係ない。彼女はちゃんと私のことも友達だと思ってくれている。ただ私と違って、色々な人への気遣いができるだけなんだ。

 勝手に不安になって、勝手に不機嫌になって、私の方は修学旅行の時と何も変わっていない。

 

 

 スマホのアラームが鳴る。早く目が覚めてしまったから去年からの写真を見ていたらこんな時間になってしまった。

 たまに撮る綺麗な料理や野良猫くらいしか入っていなかったスマホは、いつの間にか友達との思い出が増えていった。

 稲荷山からの夕焼け、一緒に作ったチョコレート、いきなり送られてきた腐った魚、吉田さんに撮ってもらったまことの2ショット、こっそり撮ったコワリィッチでの写真、うまく写らなかった花火。

 2年のクラス替えの時は、こんな風に過ごせるとは思わなかった。これもあの時、同じ班になれたからなのかな。

 イヤホンを付けて玄関を一歩出る。雲の切れ間から差す日差しに少し目を細め、足早に木陰に入り込んだ。そろそろ初夏が近づく頃だろうか。あまり暑くならないといいんだけど。

 これから夏がきて、冬が来て、受験になって、卒業する。

 ゴールデンウィークや夏休み、どこかに遊びにいけるかな。どこの大学受けるのかな。そもそも進路って考えてるのかな。

 卒業したら、離れ離れになっちゃうのかな。 

 最後の3学期のあの日寂しがってなかったけど、今でも寂しいのはきっと私だけじゃないよね。

 

 

 しばらく歩くと目の前に彼女の姿を認めた。

 少し猫背の小さい背中。

 自然に早足になる。

 重たそうな黒髪が揺れている。

 信号が赤になる。

 学生鞄の紐がねじれて細い肩に食い込んでる。

 距離が縮まる。

 こっちに気がついた。

 イヤホンを外して、ポケットに突っ込む。

 

 今までずっと与えられてばかりだったから。

 今度は私から。

 

「おはよう、黒木さん」

 



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