24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

1 / 50
 なんかノリと勢いで書いてたらできた。

 かいている内に、チノウシスウがおちていくようなかんじがしました。

 ひまつぶしにでも、みてくれたらうれしいよ。




アラサー女子を愛でる話

 どうしてこうなった、とか。なんでよりにもよって、とか。

 考えても仕方ないと、女として生まれたことを割り切ったのが十歳の年。

 

 二十一世紀の日本で生きた記憶を持ちながら、おファンタジーな世界に転生したような。ようわからんフワッとした感覚を覚えながら生きて幾星霜。

 数えてみれば二十四歳。潤いのない乾いた日々を送っております。衣食住には不安のない生活が出来ているだけ、上等と言うべきか。

 

――本当、世の中ままならない。

 

 それでも前世とか今生とか来世とか乱世とか。微妙に暇になったときにでも考えるくらいに、私は今の人生を余裕をもって過ごしている。

 哲学っていうほど上等なものじゃないけど、自分なりの倫理観を保持したまま生活できているのは、きっと幸運な事なんだろう。

 

「モリー副隊長、ザラ隊長がお呼びですよ。何でもこの度、急に決まった遠征について話し合いたいとか」

「わかりました。すぐに行きます」

 

 モリーというのが、私の名であった。生んで名付けてくれた親は、わりかしすぐになくなってしまったが、感謝の気持ちに偽りはない。両親に恥じない生き方をしたいとは思う。

 女騎士なんて奇特な立場を求めたのも、それゆえだ。なんだかんだで国家公務員と言う立場は得難いものだし、女性の身でそれなりに稼ぎたいなら、鉄火場は避けて通れない。

 

 しかし日本で生まれた時は、どんな気性をしていたのだろう? 知識や趣味嗜好は鮮明なのに、個人的な思い出に関してはあんまり覚えていない。

 ちょっとした実務的な部分の記憶があるくらいだが、まあトラウマとか覚えていても困るし、思い出す必要のないことなんだ、きっと。

 実はボッチだったとか、いじめられっ子だったとか。そんなことは覚えていても苦しいだけだからね。仕方ないね。

 

 ついでに思い返すなら、前世はなんか男だった気がするけど。

 もう女として二十四年も過ごしているんだから、昔のことなんてどうでもいい気はする。

 かつては男でも今の私は女で、別の世界に生まれ、こうして騎士として仕事をしているんだから、それでいいじゃないか。

 

「隊長は、執務室で? あいもかわらず残業ですか」

 

 不相応にも、副隊長などと言う地位すら与えられて、ここにいる。

 ならば期待に応えたいと、本心からそう思う。少なくとも、仕事中毒の上官を思いやるくらいには、私だって義理を感じているんだ。

 

「ええ、いつも通り。……あの人も、もっと気楽になればいいのに。仕事人間にもほどがあると思わない?」

 

 そう言って、呆れ気味に話しかけてくれる彼女とは、割と長い付き合いだ。騎士として王家に仕え、特殊部隊に配属されてから、副隊長に昇進するまで同室で過ごした相手である。

 気心も知れているから、遠慮なく口を利いてくれる。飾り気のない付き合いは、貴重ともいうべきで。親友がそうしてくれるのは、ある種の気遣いでもあると、私にはわかっていた。

 わかっていたから、朗らかに返事ができる。

 

「ええ、ええ。そうですね。でも、あの人はあれで良いのですよ。仕事中毒というか――他にすることが見つけられない、仕事以外の出来事に興味を持てない人は、そこそこいるものでしょう。……だからこそ気遣ってあげたいと、私は思います」

 

 ワーカーホリックは男性に多いと見られがちだが、女性にだって、もちろんいる。

 別段トラウマとかPTSDとか、御大層な理由なんて必要ない。あるがままに生きるだけで、痛々しく見える。そんな人種だって、存在する。

 同時に、そうした手合いを愛好する性的嗜好の持ち主がいたって、いいじゃないか。具体的には私とか。

 

「甘やかすのは私の仕事ですから、彼女を優しい目で見ないように。一隊員として、隊長には敬意を払いましょう。それが道理ですね?」

「はいはい、モリーはいつもそうなんだから。わかってるって。……私の目が届くところでは、隊長の威厳を損ねたりはしないよ」

 

 気持ちを理解してくれる友人は貴重で、さらに有能で周囲に気を配ってくれる相手ともなれば、どれだけ感謝しても足りない。

 私は得難い友を得たと、幾度も感慨を覚えたし、今も本気でそう思っている。

 

「ありがとう。貴方のような友人をもてて、私は幸せです」

「――ああ、うん、どうも。……なんてことはないよ」

 

 本気で感謝しているから、頭を下げるのも、優しみのこもった言葉で答えるのも、当然の対応だと思う。

 目を背けて顔を赤らめる。彼女の反応は、一目で照れているな、と分かる。まっすぐな言葉に弱いのは、入隊した時から変わっていない。

 ここでからかうのは、礼を失する。もとより、感謝しかない相手なのだから、遊びを入れるのは非礼にあたろう。

 頭を下げて、礼を言うくらいしか返してやれないのが、歯がゆいくらいだった。給金がもうちょっと上がってくれれば、何かしらの形で報いてあげられるのに。

 

「では、失礼します。――また休日にでも、遊びに行きましょう。出来れば、他の皆も誘って」

「ありがたい話だこと! 隊長殿の機嫌が悪くなければ、そうするのもいいでしょうね」

 

 彼女はそう言って、早々にその場を立ち去った。

 何か、機嫌を損ねるような言い方をしてしまったのかと省みるけれども、とんと思いつかない。二人だけで出かけるより、皆でワイワイやったほうが賑やかだし、気兼ねせずに済むと思ったんだけどなー。

 言い方が悪かったのかな。なんとも、女性の精神は複雑怪奇である。いや、最近付き合いが悪いと言われれば、返す言葉もないんだけど。隊長に付き合っていると、どうしても残業が常態化するし……。

 でも子供のころからの経験上、女同士の付き合いは割と淡白な部分が多いし、あんまり気に掛けるのも違う気がする。ああもう、わからない。

 面倒くさいけど、そうした手間に悪感情を覚えないのは、やっぱり私の中に、男としての意識があるからだろう。

 自分と違う、理解しがたい一面があるからこそ、惹かれてしまう。まこと、男女の感情は複雑かつ解しがたい。だからこそ、面白いともいえるのだが。

 

 我が身が女になろうと、かつては男であったらしいこの魂では、どうにも推し量ることは難しい。何かしらの形で、お返しが出来ればいいのに。

 ――贈り物とか、あからさま過ぎて嫌がられる案件なのはもうわかっているので、結構気を使ってしまうのだ。

 

「おっと」

 

 隊長に呼ばれているなら、急がなくては。友人には、そのうち口実を設けて飲みに誘ってみよう。理由さえあれば、嫌がられないだろうと思う。たぶん。

 まあ、彼女はさっぱりした性格の持ち主だし、私の悪癖(変人とか戦闘狂とかはともかく、タラシとか呼ばれる覚えはないよ! 首級は取っても男の手すら握ったことないのに!)を指摘してくれる貴重な相手だ。

 

 埋め合わせはいつか必ずするとして、伝えられた命は速やかに遂行するのが筋だろう。ここでもたつけば、伝えてくれた友に対し非礼である。

 速やかに執務室まで出向いて、ドアをノックする。許可の声を聞いてから、礼に従って入室した。

 開け閉めの動作から、隊長の机の前までの歩数とその間隔、言葉を発する姿勢に至るまで、礼法に則った正しい動きを行ってこその礼儀だ。

 

 前世では就活での面接練習とか社内教育とかで、この手の作法は死ぬほど練習したからな! 今生での経験も含めて、堂に入った動作になっているはず……。

 騎士団においても、近年はそこまで律儀にやるものは少ないらしい。それはつまり、己の希少さを印象付けるのに、きわめて有効であることも示している――んじゃないかな。どうかな。やり過ぎてウザがられているとは、思いたくないけど。

 

「出頭いたしました、ザラ隊長」

「……モリー。いつもながら、嫌になるほど模範的な態度だな」

「下級ではありますが、騎士の家系でありますから。自ら騎士の模範としてあろうとするのは、むしろ当然のことでありましょう」

「平民出の隊長としては、耳が痛い所だな。皮肉で言っているわけではないと、わかるだけに余計にな」

 

 ザラ隊長は、いつものように不機嫌そうに見えた。睡眠時間を削って、目の下にクマを作りながら仕事に向かい合っている女傑である。

 見た目ほど気分が悪いわけではないと、わかってはいても痛々しく見える。ふつーに二十四時間勤務とかやらかす人、他に見たことないし。手を抜いて楽に生きられない性格してると、大変だなぁ。

 ――哀れ、嫁入り前の女の子なのに。これはどうあっても、私が守護らねばならぬ。……守護らずにいられようか。いや、ない。

 

「遠征についての話だと聞きましたが」

「ああ。……シルビア王女が懐妊された。それで、あちらの国で祝いの式典が催される。王族一同を連れて、出席せねばならん」

 

 シルビア王女――かつてはこの国の王女で、今は別の国に嫁いでいる。結構なおてんば姫で、護衛隊は苦労させられていたらしい。王女とは直接面識はないが、武勇の誉れ高いとか。

 ……王子なら武名は有用だと思うけど、王女でそれはどうなんだ。女捨ててない? 大丈夫?

 懐妊したなら、少なくとも相手方にも愛情はあると信じたい。信じさせろ。

 

「あの、シルビア王女がですか」

「あの、シルビア王女が、だ。今回の結婚は、上手くいったらしい。喜ばしいことだ」

 

 色々な意味で立派な人だけれど、伝聞だけでも私が苦手なタイプじゃないか。離婚を繰り返したとか、性に奔放すぎるとかいうウワサが、元男としての精神を刺激しているのかもしれない。

 今の私だって女性だけれど、昔抱いていたらしい理想やら幻想やらは、大切にしたいと思うんだ。だから、あんまりあけっぴろげだと……その……引く。

 

「事情が事情です。式典のための護衛が必要なことはわかります。王族を連れて、隣国への遠征ともなれば、慎重を期すのが当然ですね。――それで、我々も駆り出されると」

「そういうことだ。……総司令官は、護衛隊隊長のメイルが行う。別隊のフローレル隊長も同行するが、他にも国内警備隊からも一部の兵を引っ張ってくる予定だ」

「大所帯ですね。取りまとめるメイル隊長も、ご苦労されていることでしょう」

「……そうだな。私なら、それくらいの苦労は歓迎だが」

「オーバーワークは、誰のためにもなりません。隊長は勤勉なお方ですが、それも過ぎれば悪評につながることもあるでしょう。貴女自身のためにも、今回は手柄を譲ってあげてもいいのでは?」

 

 俺が俺がという態度は、だいたい周囲のひんしゅくを買う。時には他人に手柄を譲ることで、悪感情を回避することも必要だ。立ち回り次第だが、功績を譲ることで、恩を売ることもできる。

 あからさまだとかえって反感を持たれるが、さりげなく自然に、かつ譲られたという自覚を持たせるように動くのがミソだ。この点、繊細な対応が求められるが、ザラ隊長ならばやってくれると信じたい。方針を提示して、そこに利益を認めるならば、無理なくこなせるくらいには、彼女は有能だ。

 

「譲り合いの精神は大事です。特に、それが味方であるのならば」

「恩の売り買い、貸し借りの取り立て。明文化できない政治的なアレコレは、私だってめんどくさいものだ。……いや、言いたいことはわかる」

「メイル隊長の性格は把握していませんが、これを機に付き合いを深めるのもよろしいでしょう。人脈は、どこでどう役に立つかわかりませんし――任せるところは任せてやるのが、人付き合いと言うものです」

 

 もっとも、有能さにも種類があるもの。有能で仕事を掛け持ちできる人であればあるほど、何でも抱え込みたがり、信頼して任せるということがやりにくい。ザラ隊長もその傾向があるから、私の方から注意をうながすのが副官としての務めだろう。

 

「わかった、わかった。……感情は別として、そうすべきだな。ああ、メイルの奴に、栄誉は譲ってやるとしよう。もっとも、駆り出される対価として、何かしらの機会に譲歩を求めてやるか」

「その意気です。ザラ隊長ならば、たいていのことは押し通せるでしょう」

 

 騎士は王族に振り回されるのが仕事とはいえ、今回は専門外の仕事を任されるのである。

 通常の業務に穴をあけず、緊急の任務を差し込むのだから、無理を通す代償は受けてもらいたいところだ。

 具体的には休暇を通しやすくするとか、残業代に色を付けるとか。これが戦争なら略奪を大目に見るとかあるんだけど、今回はなー。護衛任務だしなー。

 

「ただ、王国の財政状況などを踏まえて、問題のない範囲でお願いしますね」

「もちろんだとも。私だって、限度はわきまえている」

 

 ともあれ、慶事は慶事。めでたいことだから、王族を連れて祝いに出るのはわかる。 

 だからこそ失敗はしたくないし、慎重に行動したい。別部署との連携を考えれば、事前の話し合いは必須だろう。

 私にできるのはザラ隊長の補佐くらいだけれど、せめて全力で期待にこたえたいと思う。

 

「しかし、此度の遠征は輪をかけて大事ですね。――総出で行くのですか?」

 

 総出で、というのは精鋭を全員持ち出すのか、という意味である。新人とか教官枠とかは含まれない。予備役も別だし、大っぴらにできない人員もその中に入らない。

 けれど、精鋭は有能でいろんな仕事を任せられるからこそ、精鋭と呼ばれる。そうした連中(私の親友もその一人だ)を引き抜いてしまうと、日常の業務にも支障が出る。

 休みなしで五十時間勤務とか、私と隊長以外の人に求めて良いことではないよ。

 

「まさか、特殊部隊は国内に目を残していかねばならん。遠征にともなう人選と、それから……急な話だったからな。隊員のローテーションの見直しも必要だ。私たちはともかく、平隊員への負担は最小限にしたい」

「安心しました。――いえ、部下を大切にしない方だと思っていたわけではありません。あくまでも、確認しただけのことです」

「そうかそうか。当たり前だが、お前は私と共に出向くことになる。別動隊を任せるなら、お前が一番だ。役に立ってもらわねば困るぞ」

 

 部下を労わる感覚を持っているのだから、ザラ隊長は上役として好感の持てる人だった。私をその中に含めていないことも、好感を抱く理由の一つになる。

 私をこき使う気が満々なことは、彼女の目を見ればわかる。そうでなくては。

 

「私への負担は、気にしてくれないんですか?」

 

 口元に笑みを浮かべながら言う。きっと、彼女は意図を理解してくれると信じて。

 

「なんだ今さら。検討すべき事案は多い。これからお前は、私と残業だ。異議はないだろ?」

 

 言葉の少なさは、信頼の表れだ。これならば、安心して事を進めることができる。ザラ隊長からの信頼が、ただただ嬉しかった。

 

「ええ、ありません。……さっさと終わらせましょう。貴女自身が、休む時間を作るためにね」

 

 どうせ最近はろくに眠れていないんでしょう、と問う。

 目をそらしても、わかりますよ。わからない人は、そもそも貴女の補佐なんて出来やしないんだから。

 

「いつも、すまない。……苦労を掛けるな」

「それは言わない約束でしょう。私は好きで、貴女の補佐をやっているんですから」

 

 ザラ隊長は、これで結構可愛らしい人だったりする。まともに眠れていないから、今はちょっと目つきが悪いけれど、見慣れれば愛嬌すら感じる。

 睡眠をとって目のクマが消えれば、まあ美人に見えるくらいには整っているのだから、もったいない話じゃないか。

 私がかつての男のままだったら、口説いただろうか。いや、そもそも出会えなかったかもしれず、今の様に信頼されたかどうかもわからない。そもそも前世の自分はまっとうな人間だったのか? 

 

 ……どうでもいいか。私は私だ。

 もしもの話について、思考を割く必要はあるまい。益体もないことを考えるよりは、目の前の仕事に集中するべきだった。とりあえずアレコレと必要事項について、話し合う。

 結構なことに、私とザラ隊長との間で、大きな齟齬は生まれなかった。極めて短時間で、話はまとまったと思う。

 

「人選は、こんなものでしょうか。全体のローテーションを見直して、どこまで調整できるか、後日改めて検討しましょう。疲れているときに細かい部分をつめようとしても、だいたい失敗しますからね」

「そうだな。……現状、これが最善か。しかし」

「何か、問題でも?」

「――いや、たいしたことではない。決定稿は、総司令であるメイルに提出し、承認してもらう必要がある。まあ、あいつは重箱の隅をつつくような奴じゃないから、充分に検討した案なら通るだろう」

 

 ザラ隊長は、言葉を濁しながら、言い方に悩んでいるように見えた。

 そんなに難しい話だろうか。私としては、率直に言ってもらった方がありがたいのだが。

 

「そうだな。不興を承知で言うが――」

「はい」

「お前を、他部隊の連中の前に連れて行きたくない」

「えぇ……?」

 

 何それ。

 私、そんなに駄目な奴だろうか。人前で粗相をやらかすほど、愚かではないつもりなんだけど。

 

「意図を図りかねます」

「……そうか、わからんか」

「申し訳ございません。――これでも副隊長として、不足なく仕事をこなしてきたつもりですが、何か、至らぬところがあったのでしょうか。部外者の前に立たせたくない理由があるなら、ぜひともお聞かせください」

 

 ザラ隊長は、視線を泳がせながら、答え方に迷っている様子だった。私自身の能力不足が問題なら、彼女は曖昧にせず指摘する。なのに言いよどむということは……。

 これはつまり、私自身には非がないパターンだろうか。それとも、表ざたにしたくない理由があるとか?

 どっちにしろ、追求せずにはいられない案件である。はぐらかさず、明言してほしい。

 

「……悪い意味でとらえてほしくないが、いいか? モリー、お前は有能だ。私が手放したくないと思うくらいには」

「過分な評価、ありがたく思います。ザラ隊長には入隊直後からお世話になっています。――こうして重用してくださることにも、本当に感謝していますよ」

 

 ザラ隊長からお褒めの言葉を賜られるとは、いや実に珍しい。この貴重な機会を存分に味わうためにも、言葉を尽くせるならば尽くしたいところだ。

 自然と、顔が緩む。きっと、今の自分は優しい目をしているのだと、奇妙な確信を抱いて言う。

 

「貴女が私を正しく用いてくれるなら、正しく力を尽くしましょう。ですから、どうか言葉を選ばず、思うままに話してください」

「ああ、言うとも。だから、その、あれだな。……私に、覚悟を決める時間をくれ」

「――ザラ隊長の、お望みのままに」

 

 惑う彼女の姿を見て、こんなザラ隊長も可愛いじゃないか、なんて。他愛のないことを考えてみる。いくら年を重ねても、乙女はやはり乙女なんだって、はっきりわかるんだね。

 

 一呼吸、二呼吸、そうやって彼女は天井を仰いで。改めて目を合わせる。

 彼女の表情は、いつも通りを装っていたが、どこかしら恥じらいがあるように見えて――。

 

「特殊部隊副隊長であるお前は、総司令官であるメイルの前に出て、少なくとも面識くらいは持ってもらわねばならない。これまで私の陰に隠れていたが、今回の任務は公のものだ。場合によっては、別動隊を指揮する可能性もあるのだから、顔を合わせて話し合う機会くらいは作るのが道理だろう」

「わかります。――それで、何が問題なのでしょう」

「メイルは、あえて集団の和を乱すような手合いではないが、アレだ。ちょっと人格的に問題がないとは言わないので、身内と引き合わせるには覚悟が要る」

 

 やはり曖昧な言い方だった。メイルとやらが問題児であったとしても、仕事上付き合いが必要なら相応に付き合ってみせるのが、大人の対応と言うものだろう。

 私には、覚悟の必要性があるとも思えないのだが。ザラ隊長は、何を躊躇っているのだろう?

 

「話が見えません。私は、率直に語ってほしいのですが」

「……私は、率直に語っているつもりだが、そう見えんか」

「何を悩んでいるのか、何かしらの懸念があるのか、私にはわかりません。ですが、いずれせよ私が問題であることはわかります。――私が副隊長として不適格であるなら、そう言ってください」

 

 結論を急いでしまったが、これくらい極端に言わないと本音を出さないのが彼女だ。

 己に厳しく、それでいて繊細な感覚を持つ女性は、対応が難しい。元男としては、女心の複雑さを痛感する。

 

「いや! ……そんなことはないぞ。そうだな、うん。私の言い方が悪かった」

「気になさらないでください。お悩みになるほど、私のことを思ってくださっている。そう考えれば、むしろ悪い気はしませんとも」

「お前なぁ……そういう所だぞ」

 

 ザラ隊長は咳ばらいを一つして、改めて口を開いた。副隊長になってから知ったことだが、これは彼女の癖だ。

 気心を知れた相手の前では、割と素直に反応してくれる。それがまた、可愛くて仕方ない所なんだ。

 

「結論から先に言うなら、連中から悪い影響を受けてほしくない」

「ちょっと結論がよくわからないですね? 周囲に問題を振りまくような者が、要職に就けるとは思われませんが」

 

 前世の記憶もあるから、たやすく他所の思想に染まるほど、まっさらな脳みそは持っていない。ザラ隊長が悪影響を心配するほど、精神汚染がひどい奴がいるのだろうか。

 そんなことは信じたくないが、過保護なまでに私を心配してくれているというなら、それはそれで光栄ではある。

 

「――すまない、少し誇張が過ぎたか。確かに……そうだ。メイルも他の者たちも、人格的にはそこまで悪くはないんだ。ただ、少し、な」

「私がこれから関わる可能性があるなら、知っておくべきことは、周知すべきではありませんか?」

「いやいや、本当に、改めて考えてみると大したことじゃないんだ。ちょっと下ネタを口にしやすい傾向があるくらいで。――どうせ否応なく付き合うことになる。私の他愛のない懸念などは、忘れてくれ」

 

 誇張と言い直したものの、言葉を濁すあたり、やはり何かしらの問題点はあるらしい。多少のネタ話くらい、愛嬌のうちだと思うのだが。もしや、政治的な意味合いかな?

 すると他部隊と付き合いについては、特殊部隊の副隊長として、接触の際は細心の注意を要するか。ザラ隊長の好意に応えるためにも、ゆめゆめ油断はするまいと気を引き締める。

 

「忘れよとおっしゃられるなら、そう致します。相手方と話し合う際には、悪感情を抱かれないよう、上手に立ち回ることにしましょう。……心配なさらずとも、つられて下ネタを口にしたりはしませんよ」

「お前が用心して接するなら、大丈夫だと思いたいが。……まあ、何だ。お前は面倒見がいいから、頼られるかもしれん。まかり間違って、他の部隊にも人気が波及することになれば、私としても複雑ではあるな」

 

 そこまで他と付き合いがあるわけでなし、共同作戦の一つや二つで人間関係をこじれさせるほど、私は付き合いの下手な人間と思われているのだろうか。

 そもそも、好感を抱かれやすい性格だなんて、自分でも思わない。なのに人気が波及とか、わけがわからないよ。

 

「いささか理解しがたくはありますが、好かれて悪いことがあるものでしょうか。仕事上、嫌われて爪弾きにされる方が、より悪影響は強いと感じますが」

「……疑問に思うのはわかる。なんで、段階を追って話そうか」

「ぜひとも」

 

 ザラ隊長の明晰な思考を、ぜひご開帳いただきたい。貴女に引き立ててもらわねば、私などただの粗野な雑兵に過ぎぬ。

 特に政治的な感覚に至っては、ついに身に着けることは出来なかった。でも現場にさえいれば、なんとなく、ふわっと感じ取れる――んじゃあないかな。どうかな。あれ、なんか自信なくなってきた。

 

「まず前提として、お前は出来る奴だ」

「破格の評価、痛み入ります」

 

 思い悩んでいるうちに、ザラ隊長が話し出す。

 即座に反応するくらいには、彼女を尊重したいと思う意識が染みついている。

 

「謙虚で出しゃばらない。個性はあるが他者との衝突は極めて少なく、むしろ周囲の人間関係を円滑にし、連帯感を持たせることを自ら命じている。自分の色に染めるのが上手いというか、他人の色に染まりやすいというべきか、ちょっと判断が難しい所があるが」

「いずれも、業務においては必要なこと。副官として、求められる役割は全力で尽くすのが道理と言うものでしょう」

「……そうか、そうだな。確かに名目としてはそうだ。だが、十全に役割を全うする副官は、得難いものだと私は思う」

 

 現実は複雑で難しいものだし、仕事を完璧にこなせる副官の存在は、確かに需要があるには違いない。

 でもなー。私はそこまで有能な人材だとは思わないし、隊長は身内をひいきする性質だと思うし、正当な評価ではないんじゃないかな。

 同じ部隊の中で長く付き合っていけば、部下の中にだって出来る奴がいると、理解するようになる。私くらいの人は、そこら中にいるよ。ザラ隊長こそ、替えの利かない人材だと思う。

 

「別部隊の隊長らに有能さを示したうえで、感情的にも好感を抱かれてしまったら。――粉をかけるとまでは言わんが、暗に引き抜きをかけるくらいのことは……流石にないとは思うが、それに近しい言葉を掛けられることもあるかもしれん」

「――在り得ないことだと思いますが、そうなったら一番困るのはザラ隊長でしょう。私に工作を仕掛けてきたとすれば、それは貴女への嫌がらせ以上のものではありますまい。どこか、別の部署で敵を作りましたか?」

「馬鹿を言え。私はこの国の特殊部隊の隊長だぞ? 政治的な感覚は備えているつもりだ。その辺りの塩梅は心得ている」

 

 でしょうね。だとすると、余計にわからないが……ああ。

 隊長、貴女疲れてるのよ。精神が弱ると、何もかもが悪く見えてしまうから、仕方がないよね。

 

「外部に理由は見つけられないなら、あれやこれやの懸念は取り越し苦労と言うものでしょう。やはり、心配なさることではありません」

「だといいが」

「それより、これからの仕事について思いを巡らすべきでしょう。王族を連れての遠征は大事ですし、他に気を取られていては不覚を取ることも、あるいはありえるかもしれません。そちらの方が、よほど問題ではありませんか」

「……ここぞとばかりに正論を展開しおってからに。私以外の奴に、そこまで気安く忠告したりするなよ。誤解されるかもしれんからな」

 

 諫言は耳に痛いもの。だからこそ、言い方に工夫するのが常だ。下手をすれば讒言と取られて、評価を下げることにもなる。

 でも、私は知っている。ザラ隊長には、そんな持って回った言い方が必要ないことを。

 

「貴女以外の人にそんなことしませんよ。ザラ隊長、貴女だからこそ、私は正直に述べるのです。――そうしても受け入れてくれる、現実を受け止めてくれる、得難い人であると思うから」

 

 この点、私は称賛を惜しまない。現実主義で、幻想の入る余地を許さず、思い込みがあれば指摘し、具体的な数字と事例を求める彼女はまさに女傑だ。

 実際の人間は、そこまで身も蓋もない現実を受け入れることに、抵抗を示すもの。

 

「私は、貴女の副官ですから。正直になるのも、素直に感情を示すのも、貴女だけです。これについては、疑問をもってほしくないですね」

「……もし、疑問をもったらどうする?」

「それはそれで、私の不徳と言うべきもの。責任を転嫁するべきではなく、己の不甲斐なさを痛感するのみです」

「――これだよ。いやまったく、モリー副隊長、お前は実にひどい女だ。私を甘やかすのもいい加減にしろ。手放したくなくなるだろうが」

 

 えぇ……手放したいとか思われる副官なんて、存在意義すら怪しいんですが。 

 というか、ザラ隊長って男としての琴線に触れるというか、前世の性的嗜好にストライクしてる感じがする。

 程よく執着して、程よく愛でたくなる。美人過ぎず、そこそこ可愛らしく、それでいて自立している女の子なんて――手元に置いて、甘やかしたくなっても仕方あるまいよ?

 

「そこまで甘やかしているつもりはありませんが、そうですね。もし、本気で甘やかしてほしいなら、要望に応えたいと思います。――さしあたっては、そうですね。同じ宿舎で同居しましょう。おはようからおやすみまで、メイドのように尽くしましょうか」

「やめろ。……やめろ。私を堕落させるな」

 

 衣食住のスキルについては、これで結構磨いているつもりである。

 ククク、許されるなら、ぐっでんぐっでんになるまで甘やかしてくれよう。私なしではいられなくなるほどにな!

 他愛のない会話が楽しい。言葉を重ねて引き延ばしたくなるくらいには、この上司に好感を抱いているのを、今さらながらに自覚する。

 

「望まれるなら、本気でご奉仕します」

「だから、やめろというに。私の立場で堕落したら、割と大事になる気がするんだ」

 

 そんなこと言っても、ザラ隊長が本気で嫌がってないことは、これまでの付き合いでわかりますよ。

 この世に生まれてからと言うもの、色々な意味で残念な女子に巡り合う機会が多すぎて困るね。もちろん、愛でる相手と機会に恵まれすぎて、愛情の配分が追い付かない、という意味だが。

 自分に対してだけ、だらしない女の子って。可愛いと思いませんか?

 

「堕落などと、お戯れを。――そんな甘いお方ではないと、私は知っています」

「おい」

「皮肉ではありませんよ。甘やかして堕落する程度の相手に、私が惚れ込むはずがないでしょう?」

「むやみにハードルを上げおって。私は、木石ではない。性欲もあれば、感情のままに振る舞うことだってあるさ。楽に流れることだってあるだろうよ」

 

 こうは言っても、いざとなれば羽目を外せない人柄なのはわかってるんですー。羽目を外す機会があっても、他人の目を気にする繊細さがある。そんなザラ隊長が可愛く思えて、仕方がないんだからしょうがない。

 でも付き合いのある隊員もそれぞれ違った可愛さがあるから、ちょっと悩ましい。精神は男なんだけど、今生だとレズビアンになるのかなぁ。

 

 彼女とか、いたことないけど。性的な意味で女性と縁がないのは、前世からの呪いだとでもいうのか。処女はともかく童貞とか、不名誉極まりないと思うあたり、やっぱり男らしい感覚が残っているんだろう。

 でも相手からすれば、同性相手は敷居が高いからね。仕方ないね。だから反応がつれなくても我慢するよ。

 だから言葉くらいは自重させないでほしいな! セクハラで訴えられない立場って、すごく貴重だと思うの。

 

「楽に流れるとは言いますが、そうでしょうか? 感情と公務を分けて考え、実利と実務を重んじる。個人的な利益ではなく、公益を優先する。隊長として、貴女ほど立派な方はいません。これは、掛け値なしの本音です」

「……私は、そこまで徹底していない。私だって人間だ。首尾一貫した行動を常にとれるかと言えば、怪しい所だ」

「それでも、公益をわきまえて、公人たろうとする。その気概を持っているのだから、これは称賛されて然るべきでしょう。まったくもって、ザラ隊長を騎士として得られた王家は、その幸運を感謝すべきです。――おかげで、内訌の不安を最小限に出来るのだから」 

 

 ザラ隊長の有能さは、これまでの業績が示している。

 裏切り者の摘発の迅速さ、敵兵の洗脳や、隠密任務の成功率の高さは我が国随一。正攻法の集団戦だって、水準以上の指揮能力を見せる。

 単純な殴り合いに関しても、私以外には負けたことないんだから、相当である。

 他国と比較しても、あらゆる分野で高水準でまとまっている彼女ほどの人材は、他にいないに違いない。

 

「今度は褒め殺しか? 今さら追従など必要ないんだぞ」

「私は事実を述べているだけです。調べ上げた他国との比較の数字を出しましょうか? 情報源の正確さも含めて、後程資料を挙げましょう。……今さらでも、貴女は自分の価値を知るべきだ。どれだけ自分が貴重で素晴らしい才能の持ち主か、ここらで自覚していただくいい機会です」

 

 他国の工作員をとらえて、そこら辺の特殊部隊の水準は聞き出してある。信ぴょう性に疑問はあるかもしれないが、情報は多角的に検証してこそ意味があるもの。

 個人的に集めた資料も含めて、細かな情報をそろえて、貴女が優秀であることを証明して差し上げようか!

 

「ちょっとした時間をいただけるなら、ぐうの音も出ないくらい客観的に示してあげますが?」

「勘弁してくれ。……お前な。私がどんな意味で心配しているか、本当にわかっているんだろうな?」

 

 わからん。だから教えてほしいんだってばよ!

 私の何が問題なんだ。こんな凡才を捕まえて、ひどい言い草だと思う。でもザラ隊長が私のために案じてくれていると思うと……あれだな。何か、興奮してきちゃったかもしれない。

 いやいや、私は紳士だ。仮に変態だとしても、前世が男性だったからセーフ。アブノーマル違うね。

 少なくとも、表情やら態度やらに、自分の感情を表すほど未熟ではない。取り繕うのは得意だ。

 

「ご教授願います。問題があれば、遠慮なくご指摘ください」

「……同性愛者は、護衛隊に入隊できない。――が、自覚のない奴もいれば、性的嗜好を隠している奴もいるだろう」

 

 あれ? 感づかれる様なヘマでもやらかしたかな? 冷や汗を自覚しながら、それとなく聞いてみる。

 

「左様で。――もしや、身の危険を感じておられる?」

「そうじゃない。お前は、望まぬ関係を強いる奴じゃない。それくらいには信頼している」

 

 安心した。その点に疑問を抱かれるなら、切腹して責任を取らねばならない事案である。

 んもー、思わせぶりなことを言わないでほしいね。うっかりで自害したとか、笑い話にしかならないじゃないか。

 

「おい、無言で頭を下げるな。模範にしたいぐらい綺麗な動作だから、余計に反応に困る」

 

 簡易的な拝礼である。本来ならもっと上の身分の方にすべき礼であるが、そこは私と隊長の仲だということで、大目に見てもらいたい。

 

「信頼を受けている事実に対して、これ以外に感謝を示す方法を知りません。どうか、ご容赦ください。ただ、本気でその信頼に応えたいと思っているのだと、受け取ってほしいのです」

「――だから不安なんだと言っても、わかってはくれまいな。隠れ同性愛者にお前が口説かれたらと思うと、少し心配だよ」

「気心知れた相手なら無下には出来ませんし、そうでなくとも年頃の女性に恥をかかせるのは、気が咎めることです。……改めて考えると、心配されるのも無根拠ではないかと思いますが」

「根拠くらいなら、いくらでも言ってやれるぞ。お前は女のくせに男っぽい部分があるし、同性に気を許し過ぎる」

 

 男前すぎて、同性と言うよりは紳士として受け止めたくなってしまう。だから面倒を起こしかねず、そこが懸念事項だと、ザラ隊長は言った。

 いやいや、私はさほど容色に恵まれていないし、女としての魅力に欠けている自覚くらいはある。

 髪の質は気にしたことないし、手入れは最低限。金髪を簡単にシニヨンの型にしているが、出来具合にはあんまり自信はない。

 肌は色白だけれど、こっちも意識してケアしているわけじゃないし……ニキビとかないのが、幸運だと思うくらい。だから、隊長の言い草は誇張が過ぎると思うんだ。

 

「同性愛者だからと言って、誰でもいいと言う訳でもないでしょうに。私を選ぶくらいなら、身近の別の誰かを選ぶでしょう」

「さあどうかな。人間、何が琴線に触れるものかわからぬものだ。お前の言動は、かえって色々と拗らせた女性に特効があるから厄介なんだ」

 

 まさかまさか、ありえない。個人的な感想を言うなら、そこまで女性に意識された覚えはないし、そんな男前な言動をしているつもりはない。そもそも特効があるとか、どこの意見を参考にしたんだって言いたいくらいだ。

 

「くどいようですが、心配が過ぎます。不安を抱くなら、もっと別の部分を見るべきでしょう」

「まあ、取り越し苦労と言えばそうかもしれん。……もう、いい時間だな、雑談は終わりだ。そろそろ休め」

「なんだかんだで時間を食いましたね。――夜どころかもうすぐ朝ですよ?」

「少しでも寝ていれば違う。……私もすぐに休む。数時間後に、またな」

 

 はい、ではまた。

 退室のムーブも気を抜かず、最後まで礼を通した。わりかし意識せずに出来るところまで、習熟しているらしい。頭の中はザラ隊長のことで一杯だから、変なところで些細なミスはしたくないね。

 とりあえず眠いっちゃ眠いけど、この感覚なら三時間も寝れば充分でしょう。足りないところは、数分刻みにでも合間に取ればいいかな。不健康と言うなかれ、特殊部隊はブラック業務なんです……。

 そのうち改善させたいけど、もっと有意な人材を確保しないと辛いね。そうした環境を整えるための準備は、これからの課題だともいえる。

 どうにかしなきゃなーと思いつつ、休みます。いい加減疲れました。命だけは、命だけはお許しください……。

 眠るときくらい、何も考えずに楽をしたいと思いました、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザラ隊長の立場になってみれば、モリー副隊長と言う存在は、ひどく大きいものであった。

 少なくとも、就寝までの一時。目をつむって眠りに落ちるまでの時間、彼女を思い続ける程度には気にかけている。

 

 副隊長として引き立ててからと言うのも、便利に使い過ぎている自覚はあった。なんといっても、彼女が傍にいてくれれば、安心感が段違いである。実務面でも戦力としても、過不足なく要求を満たしてくれる存在が、貴重でなくてなんであろうか。

 

――だから、厄介なんだが。別の誰かと友好を結んで、感性が染まってしまわないか、心配でならん。

 

 ザラからの評価として、モリーは与えた立場に従って、適切な対応ができる人物だった。書類仕事も剣を取っての戦いも、一般の騎士たちと比べて遥かに高水準である。

 仕事を任せれば、その地位にふさわしい功績を立て、身に余るようなら必ず周囲を巻き込んで無理をしない。

 身の処し方が上手く、恨みを買いにくい行動をわきまえており、礼法から逸脱して動くことも稀であった。常に一歩譲る態度が板についていて、隊員からの評判も良いのだから、副隊長として申し分ない存在である。

 たぶん、特殊部隊でドブさらいなどやっているより、護衛隊で仕事をしている方が似合いの人物であろう。

 

――レズは護衛隊に選ばれない、という規定がある以上、疑いのある手合いは選考から漏れる。引き抜きの心配は、実際にはまずないと考えるべきだが。

 

 どうにも、周囲の感覚に合わせるのが上手いせいか、たやすく空気に染まってしまう傾向も見られた。

 空気を読むのが上手い奴はどこにでもいるものだが、許容できる内容については、個人差があるものだ。下ネタは大丈夫だが恋愛関係に触れてほしくないとか、口が軽いくせに家庭内の話題は常に避けて通る手合いとか、様々だが。

 モリーに関して、禁句はないといってよい。家族、職場、異性の付き合い方から食事の好みまで、彼女はそつのない話をして見せた。

 下品さを全く感じさせず、下ネタにも対応してみせるあたり、どうにも初心な感じは見受けられない。それでいて異性との付き合いが全くなく、同性との恋愛経験もないというのだから不思議なものではないか。

 

――思春期の疑似恋愛の相手として、うってつけに思えるのだが。なんだかんだで外面は悪くないし、男性的な部分も見えて、しかも品性がある。訓練生時代はどうだったのやら。

 

 容姿は、ぱっと見はそこそこ、というくらい。並みよりはいくらか上とは思うが、とびきりの美人と言うほどではない。周囲の嫉妬を買うほど優れてはいないのだが、それが逆に親しみやすい要素となっている。

 後、突出している部分はと言えば、胆力と戦闘力。特に土壇場での肝のすわり具合と、自己を顧みない捨て身の剣さばきは、見ていて戦慄するほどだ。

 そして、その強さと儚さが同居する退廃的な雰囲気が、かえってモリーに特別な魅力を与えている。

 

――私では、あそこまで達観できない。命が惜しいと思ってしまう。

 

 命を惜しく思うのは、生存本能が正しく働いているから、むしろ健全だとさえ言える。

 だが、そうした常識的な感覚を、モリーは持っていない。それはこれまでの働きぶりからもわかっている。

 

――体を捨て、想いを捨て、感情を捨て。思考も倫理も、全てを無にして剣を振るう。あそこまで極まれば、痛々しさを通り越して美しくさえある。

 

 その人生に何があったのか、心配してやりたくなるほどに、モリーの戦い方は危うかった。

 しかし、死中に活ありとでもいうべきか。捨て身も極まれば、かえって生存率が高くなるものらしい。実際、モリーは命を落とすことなく、五体満足で生きている。

 

『両腕を失っても。足を切り落とされても。敵に食らいつき、押し倒し、自らの歯をもって喉笛を噛み切る。そうした気概は、常に持っていますよ。――人を斬り、殺してこそ兵士です』

 

 危うすぎる。いつか大怪我するぞ、と指摘したら、こんな風に返してきた。

 たぶん、こいつは言葉のまま実行するんだろうな、と思うくらいには凄味があるから、余計に厄介だった。

 並みの男以上の覚悟を見せながら、女としての魅力も備えているのだから、敵の野郎どもにとってはやりにくいことだろう。

 

 捕らえて犯す、なんて思考に支配されているうちに、おおよその相手は死ぬ。彼女の剣か、別の誰かの手によって。

 恐ろしいことに、これで指揮能力もあるのだ。殴り合いの最中にも周囲に気を配り、一か所でも敗色を感じれば、即座に指示を飛ばしてのける。

 目に見える範囲の指揮なら、モリーは自分よりうまいのかもしれない。そう思ってしまうくらい、彼女には武の才があった。

 傷だらけ、血まみれで指揮が取れるものか――と疑問に思っていた時期もあったが、現実にやらかしてくれたから、もう疑うことはない。

 

『耳目が健在で口が動くなら、指揮には充分。手当をしながらでも指示は出来るし、訓練の行き届いた兵は、ちゃんと動いてくれますよ』

 

 切り傷の出血と骨折による負傷から、隊員に支えられながらも、彼女は戦い抜いた。特殊部隊はその任務の特殊性から、表ざたにできない戦闘を行うことも、まれにある。

 そうした場合、おおっぴらに戦功を表彰できないのが常だから、モリーは能力のわりに名が知られていないのだ。

 それが今回、公の大仕事に参加する。何事もなく終わればいいが、何かの間違いで多大な戦功をあげることになれば、さてどうなるだろうか。

 

――周囲への影響は、大きなものになるだろう。

 

 モリーが他の部隊から、悪い影響を受けないか。そのように心配しているふりをしてみせたが……実際にはある程度染まっても、当人の本質は変わるまいと思う。

 逆にモリーが他所の部署と接触することで、彼女の悪い部分に影響する奴が出てこないか、心配になったというのが実情だった。

 

――死を恐れず、敵を冷酷に殺す悪魔のようでいて。味方には極めて優しく、貞淑さと完璧な礼節をわきまえた、『男性的』な女騎士が傍にいる。

 

 他所にやったら、贔屓目抜きで、アレはモテるんじゃないか。そう思うと、頭が痛くなるザラ隊長であった。

 モリーは完全に女性だし、あらゆる意味で水準以上の、優れた女騎士であることに違いはないのだが――。

 何かしら男性的な視線と言うか、感覚的に妙に異性らしさを感じさせるところがあるので、油断がならない。

 そして、女騎士は女性を捨てているわけではなく、異性には敏感だ。時たま意識させてくれる男らしい存在が、引き締めた雰囲気を作ってくれることもある。

 

――モリーの立ち位置は、私たちにとって都合が良すぎる。だから、外向けのアピールに持ち出されたくはないというのが本音だな。

 

 ぜいたくを言うなら、どこまでも身内の中で完結させておきたい人物だった。内に取り込んでいるだけなら、部隊の士気が高まるし、部下の生存率も上昇する。

 それでいてアクの強い人物だから、外に露出させるのが怖い。国内の騎士団全てが悪鬼の如き存在となった場合を想定すると、頭が痛くなる。そうでなくとも、彼女自身の特異性から、惹かれてしまう女騎士が増えるのも、望ましいことではない。

 ただでさえ、特殊部隊の中でも、脳内がゆだっている奴が増えだしているのだ。今のところ、こちらで手綱を握れる範囲なので、悪い結果が表れていないのは幸いだが……他所に輸出して上手くいくかといえば、怪しい所だった。

 モリーの在り方は、彼女だからこそ成り立っているのであって、他者がまねしてよいことではないと、理解してほしい。

 

――そうだ。もし事が穏便に片付きそうなら、帰りに盗賊どもを根切にする計画がある。

 

 そちらの別動隊を指揮してもらえば、他部隊との接触は最低限で済むだろう。

 モリーを目の届かないところにやることになるが、部隊の指揮に関しては問題なかろう。場末の盗賊如きに不覚を取る女ではないと、信頼もできる。

 

 だから、せめて任務を果たして帰ったときには、通り一遍の、型通りの報告だけで済ませてくれたらいいな――なんて。

 特殊部隊隊長のザラは、儚い期待と共に、ようやく眠りに落ちたのであった。

 

 

 

 




 いかがでしたか? たのしんで、くれましたでしょうか。

 読んでくれて面白いと思ってくれたら、こうして書いてみたのも、意味のあることだったと思えます。

 続きについては、考えていますが……需要があるかどうか、ちょっと不安です。不安と言えば、こんな作品を喜んでくれる読者がいるかどうか、本当に不安です。

 ぜひ続きが見たいと思ってくれたなら、感想をいただけたなら、たぶん続けられると思うます。

 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。次の投稿があれば、見てくださると嬉しいです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。