24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 基本、今回もぐだぐだ話しているだけです。

 次回は捏造的な要素が多分に入るというか、いくらかでも刺激的な話になるんじゃないかと思います。

 ともあれ、お目汚しでございますが、良ければご覧ください。



休暇を楽しみつつ、片手間に憎しみを思い出すお話

 帰国を許されました。色々な事情が交錯しているんだろうな――って思うけど、もう考えるのも疲れたんで、素直に喜ぶことにします。

 ザラ隊長の顔も見られると思えば、多少の労苦はさしたることじゃあない。

 確認したいことは結構あるし、心残りもある。帰国の許可は、本当に渡りに船だった。

 

「しかし、またすぐに戻ってくるんだろう?」

「ええ、はい。……その間、教官には苦労を掛けることになりますが」

「気にするな。もともと一人でやっていたんだ。……先の実戦訓練で、女騎士どもの意識も変わっている。今さら厳しくしごいたくらいでは、弱音の一つも吐かんだろうよ」

 

 予想していた退職者は、一人も出なかった。訓練のうちでも、戦いを経験したら怖くなるものだが、ゼニアルゼの女騎士たちは意外としぶとい。これはこれで、嬉しい誤算だった。

 実戦訓練を体験したことで、彼女たちの連帯感も強くなっているらしい。団結したら、将来のゼニアルゼはいろんな意味で変われるんじゃないだろうか……なんてね。

 

「ともかく、しばしのお別れだ。メイルやザラたちにもよろしくな」

「はい。教官は元気にやっていると、伝えておきますよ。お土産も、適当に見繕っておきます」

「それは楽しみだ。離れて時間がたっているわけじゃないが、懐かしさを感じさせる土産があるなら、ここでの仕事にも張り合いが出るだろうよ」

 

 クッコ・ローセ教官とは、ちょっと話しただけで別れた。名残惜しいけれど、それは母国を出立するときだってそうだったと思い直す。

 

 帰国のための馬車に乗り込んで、今後の予定に思いをはせた。

 ……再会を喜び合うのは当然だが、『情報の集まり次第』では、時間的な余裕はなくなってしまうかもしれない。

 捨て置けない事例だから、早めに片しておきたいけれど。こればかりは運しだいだと、私は気楽に考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 久々に、クロノワークの都の空気を吸う。帰ってきたのだなぁと思うし、気持ちもこれだけで安らぐような感じがする。

 ただの錯覚に過ぎないだろうが、まあそれはそれ。無粋なことを考えるより、行動すべきだった。

 馬車から降りれば、都の風景より先に、あの人の姿がこの目に入る。来ているであろうことは、なんとなくわかっていた。

 もうすぐ帰れますよ、帰りの便はこれですよ、って伝えてはいたけど、本当に来てくれると思うと嬉しい。足取りも軽く、私は彼女の元へ向かう。

 

「ひさしぶり、というほど離れていたわけではないが――。ともかく、よく帰ってきたな、モリー」

「ザラ隊長も、変わらずお元気な様子で、何よりです。モリー、ただいま帰国いたしました」

 

 思えば副隊長になってからと言うもの、これほどの長期にわたって、お傍を離れたことはなかった。

 ザラ隊長と顔を合せなかったのは、二ヶ月にも満たない期間であるはずなのに、久々に会えたように思えて――なんか感動した。

 

「変わったことなどはありませんでしたか? 具体的には、私の後任とか」

「くだらんことを気にするな。……私の傍らは、お前のために空けてある。駐在武官の任期も、それほど長くはならんはずだ」

 

 ザラ隊長は、ぶっきらぼうに言い放った。

 ……事情は理解されているようですね。私にはわからない政治的な裏側の動向も、彼女には見えているんだろう。

 お疲れ様です、なんて。気安くねぎらうには、不適切な話になりそうだ。なので、あえて深くは突っ込みません。

 

「なら、案外早く本来の仕事に戻れるわけですね。――ありがたいことです」

「シルビア王女の手は長いが、限界もある。お前のために使える手札も、そう多くはあるまい。……不愉快な話は、ここまでにしよう。メイルの奴も会いたがっていたぞ」

 

 この日のために、貴重な休暇をもぎ取ってきたんだからな――と。ザラ隊長は言った。

 でも、たぶんザラ隊長も、それは同じことですよね。

 

「ザラ隊長」

「なんだ」

「出迎えてくださって、ありがとうございます。貴女に必要とされているのだと、そう思うだけで、私は幸せですよ」

「大げさな奴だ。昼食は三人で取ろう。ゼニアルゼからいい料理人が引っ越してきたようでな、そこの店に予約を取ってある。――時間的な余裕は確保しておいたから、心配しなくていいぞ」

 

 ザラ隊長は手回しがいい。ちょっと余力を回すだけで、これくらいの仕事が出来るのだから、普段から無茶ぶりされても仕方ないかもしれないね。

 で、店の前まで来たんだけど。どういうわけか、メイル隊長だけではなく、もう一人いた。

 

「お前も来たのか、メナ」

「ええ、まあ。メイル隊長を射止めた方に、少し興味がわいたもので」

「ちょっと、そういう言い方はないでしょ。――ごめんね、モリー。久しぶりの再会で、祝いたい気分はあるんだけど……メナの奴がどうしても付いてくるって、ねぇ?」

 

 メイル隊長も相変わらず――なんて、言えるほど長い付き合いではないけれど。それでもやっぱり、会えて嬉しいよ。

 傍に居る子は、メナっていうらしい。見た感じ、無表情に見えるが……これは、内心で状況を楽しんでいそうな雰囲気だね。

 片足の向きが、店の方を向いている。話をそこそこにして、食事に入りたいという気持ちが見え見えだった。

 

「まあ、話は食事をしながらでも。メナさん、はじめまして。モリーと申します。今後ともよろしく」

「……はぁ。よろしく」

「メナ。もうちょっと愛想良くしても、バチは当たらないわよ」

 

 ついでに、悪い子じゃないから許してあげてねって、メイル隊長のフォローが入りました。

 大丈夫ですよ、彼女は彼女で、私の好みのタイプですから。守備範囲内の女の子には、格別優しくしてあげないとね。綺麗な長髪は、ザラ隊長を思わせるから好きだよ。

 

「ああ、いい雰囲気ですね。ゼニアルゼにも、こんな感じの酒場がありましたよ」

 

 あまり経験があるわけじゃないけど、店の中に入ったときの感覚は、よく似ているように思う。

 ちょっとした事情で、あちらでも情報を探っていたからね。特別な店を探したり、いい雰囲気の酒場とか、色々と目を付けてはいたんだ。

 

「そう? じゃあ食傷気味で面白みがないとか?」

「まさか! あちらにはメイル隊長も、ザラ隊長もいないんです。――純粋に楽しみに来ていると思えば、どこだって愉快で面白いですよ」

 

 世辞ではなく、本音だった。あっちでは、色事なんかに現を抜かす暇なんてないんだよ……うん。

 ともあれ、皆で予約を取っていた席につく。個室を貸切っているあたり、皆も本気で楽しむつもりなんだってことがわかる。

 

「個室の用意があるなんて、本当にいい店なんですね。高かったでしょう?」

「ところが、そうでもなくてな。初回の利用に限って、割引が入っていてお手ごろだ。――色々と込み入った話もするだろうし、面倒を避けるにも個室が一番いいと思ってだな」

「ザラ。名目はもういいでしょう? 私、寂しかったんだから。モリー? 慰めてくれるわよね」

 

 そう言って、メイル隊長は私の傍によって、熱っぽく見つめてくる。

 ……あの、本気で困るんですが。貴女、魅力的過ぎて目に毒なんです。ザラ隊長の前で、浮気性な自分を自覚したくないんですが。

 ていうか貴方、本来のキャラじゃないですよね。皆をからかって楽しみたい気分なんでしょうか……。私は嬉しいけどな!

 

「へー。本気なんですね、メイル隊長」

「何よ、メナ。私がおままごとをしているとでも思ってたの?」

「いえ、別に。それで幸せなら、いいんじゃないでしょうか」

 

 あー、これ、めんどくさい奴だ。友人を見守るムーブに入った、親友のめんどくさいお節介のパターンだ。

 

「なによう。言いたいことがあればいいじゃない。今さら遠慮する仲でもないでしょう」

「そうですね。一対一なら、遠慮なく言わせてもらいますが。今は、他人の目がありますからね」

「ザラもモリーも、身内みたいなもんよ。遠慮せずに言いなさい」

「……そうですか。では失礼して、本音で語らせてもらいます」

 

 メナって人は、表情に変化こそないけど、それは心の中を体で表現するのが苦手ってだけ。実際には、感情豊かで情に厚い人なんだと思う。

 だって、そうでなければ、わざわざ得体のしれない私みたいな相手に、わざわざ接しようなんて思わないもの。それくらいには、常識的な人物なんだって、直感で理解する。

 

「モリーさん」

「はい」

「ぶっちゃけ貴女って、危険人物ですよね? 控えめに言っても、過去の言動を考察するに、戦狂いとか、容赦のない殺戮嗜好とか、そんな風に言っても間違いではないと思うのですが」

「率直に、シグルイ系女騎士だって断言してくれてもいいんですよ? それこそ、正しい認識というべきです」

 

 サバサバ系女子って、好き嫌いが分かれると思うけど、私は好き。

 メナ女史は、今少し醸成が足りない感じがあるけど、ギリギリ守備範囲内に入ってる。だから、率直な物言いはむしろ好意的に受け取りましょう。

 

「せっかくの高級店です。語りを楽しむのは前提として、まずは食事を楽しみません?」

 

 食前酒が運ばれてきたので、各自思い思いにそれを飲み干した。

 酸味と甘味が合わさった、口当たりの良いアルコールは、人を饒舌にさせる。少なくとも、私にとってはそうだった。

 

「メナさん。貴女は、私についてどこまで調べました?」

「さしたることは。ああ、先の盗賊団退治の件はよく聞きましたけど」

 

 私に興味を持ったのは、ごく最近って訳だね。おおよそは理解したよ。

 これ、たぶん。メイル隊長との付き合いが無ければ、彼女とは会う事さえ無かっただろうって思う。

 なんだかんだで、メイル隊長は部下からの評判はいい。それだけ思いやりのある人なんだって思えば、こうして付き合ってくれることにも、より深く感謝の気持ちが沸き上がってくる。

 周囲の人間関係に恵まれていること。それだけでも、生まれ変わった甲斐があるって思える。

 

「私に、興味がおありで?」

「いえ、別に。メイル隊長との関わりが無ければ、接点すらなかったんじゃないですかね」

「正直なお方だ。その個性を魅力と思う人は多いでしょう。――貴女のような女性を好む男は、必ずいますよ」

「今関係あります? それ」

 

 別にないよ。思ったことを語っただけ。私の感覚は、ちょっと一般的じゃないかもしれないが。

 でも、やっと私の方を向いたね。顔の向きじゃなくて、興味の方向性の話。

 怒りでも関心でもいいから、まずは個人的な興味を向けてもらうことが、何よりも重要だと思う。

 

「私、メナさんのことが好きになりました。正直で、率直で、身内を大事に出来る。それくらいには、情の深さを感じさせる方だ。そうした人は、これと見込んだ方に執着するもの。――愛されていますね? メイル隊長」

「ええ? まさか。……いや別に、メナへの友情を否定するわけじゃないけど」

「そうです。邪推もほどほどにしてください。メイル隊長とは、友人関係以上のものではありません。――そっちの意味でなくて、純粋に友人を心配しているだけです」

 

 あれこれ話しているうちに、前菜が運ばれてくる。

 魚介の切り身と新鮮な野菜を絡めたサラダは、実に絶品である。クロノワークでは塩漬け油漬けが一般的だろうが、それを感じさせないみずみずしさは、ゼニアルゼ特有の技法によるものか。

 それでいて味わい深く味覚を刺激するのは、シェフの技量を証明するものである。これを楽しまないのは損だろう。

 

「この店は、前菜もいいものですよ。せっかくですから、話は平らげてからにしてみては?」

「……いただきます。それはそれとして、モリー殿。貴女への疑いは晴れたわけではないんですからね」

 

 はて、なんの疑いだろうか。それほどの悪事を働いた覚えは――まあ、うん、そのね。

 私が反応に窮していると、ザラ隊長の方から問い質しに来た。

 

「メナ。疑いとはなんだ? こいつは内通なんぞできる奴ではないぞ」

「そっちではなくてですね。モリーとやらは、女癖の悪い酷い奴だって噂を聞いたもので」

 

 実際、諜報活動だけを見るなら、私は女性を弄んでいると言われてもしかたないかもしれない。

 誓って肉体関係など持ってはいないが、あの手この手で情報を抜いているので、一方的に利益を搾取していると言って良い。

 付け加えるなら諜報員は可愛い女の子が多いし、それも悪評の根拠になっているんだろうか。

 

「ああ、それならわかる」

「わかるわー」

「……では、噂は真実であると」

 

 御三方で勝手に納得しないでくださいませんか! ここに傷ついている子がいるんですよ!

 

「すみません。ちょっと異議申し立てをする権利をくださいませんか」

「権利って何、どこの国の言葉? ザラは知ってる?」

「私は知らんなぁ。モリー、お前が女たらしのだらしない奴であることは、誰も否定せんぞ」

 

 お二方は楽しんで言ってますよね。わかるんですからね、そういうのは。

 おかげでメナ女史の表情が硬くなっている。視線もどこかしら冷たく感じられるのは、気のせいではあるまい。

 

「へぇ……。結構遊んでいるんですね、モリー副隊長殿。私は男遊びとかする暇も機会もないんで、羨ましいですよ」

「ええと、その、メナさん。……副隊長、で結構ですよ。殿、を付ける必要はありませんから」

「わかって言っているんです。察してください」

「アッハイ」

 

 どうにも、最初から頑なな態度を堅持する子は難しい。下手にさわると傷つけてしまうから、直接よりは間接的に雰囲気を崩していきたい。

 こういう場合、他者の手がどうしても必要になる。なので、いい加減助けてくれませんか、ザラ隊長。

 

「そんな目で見るなよ。――さて、困らせるのもほどほどにしてやるか。せっかく久々に会えたんだし、ここらで弁護してやろうじゃないか」

「信じていました、ザラ隊長」

 

 そもそもの噂はガセ情報で、私を諜報の現場から締め出す謀略だったって、ちゃんと解説してくださいました。

 ……疑いたくなる気持ちはわかりますけど。これは本当なんです。犯人も自供しましたから、間違いありません。

 

「……所詮、噂は噂ですか。割と真実味があるように聞こえましたけど」

「優しいのは身内だけだ。モリーの奴は、素で同性をひきつける所があるから、それで誤解もされるんだろう」

 

 精神が男なもので、その辺りはお目こぼし願います。

 いや本当に、私の心は全然変わっていなくて。体に影響されるところがほとんどないのは、我ながら不思議だった。

 TSからのメスオチとか定番だけど、私自身が経験したからわかる。我が強い奴は、身体が変わっても精神はそのまんまだよ! 女の子とか大好きです。アラサーはもっと好きです。

 実際体験すればわかるだろうけど、男に抱かれるとか、ねーよ! って思うから。いやいやマジで。

 

「誤解される余地はあるんですね。……メイル隊長、大丈夫なんですか? こんなので」

「まぁ……うん。でも、モリーはこれで良い所もあるから」

「ダメ男に貢ぐ、かわいそうな女性っぽいですよ、それ。ダメンズとか今時流行りませんから、考え直してください」

 

 結構言うね、メナ女史。私自身、男として生まれていたら、ダメンズになっていたかもしれないと思う。だから一概に否定できないんでつらい。

 

「あの……メナさん。一応、私、女性なんですけど」

「なお悪いじゃないですか。不毛じゃないですか。なのになんで同性を誘惑するんですか?」

 

 別に悪気があって言ってるんじゃなくて、純粋に疑問だから聞いてるっていうのはわかるよ。

 でも、手加減してください。本音を語れば、少しはマシになるだろうか。

 

「……私が私であるために、必要な行為だから、ですかね」

「なるほど、本能で口説いていると。……チャラ男みたいなこと言いますね」

「メナさん。本物のチャラ男は、むしろはぐらかす場面ですよ。正直に答えるのは、愚か者の証拠です」

 

 それっぽいこと言ってるけど、だいたい妄想とかこじつけとかだから、上手く騙されてほしいですねー。童貞に多くを求めてくれるな……!

 しかし取り繕うためにも、私は言葉を重ねねばならない。不自然に思われなければいいけれど。

 

「好ましい女性に相対したとき、好かれたいと思ったり、お近づきになりたいと思うのは、不思議なことではないでしょう。これは、普遍的な感覚だと考えますが」

「男性ならばそうでしょう。でも、貴女は女性ですよね。あえて愚かになる必要があるんですか?」

 

 一息に否定せず、まず疑問を呈するのは貴女の長所だと思うよ、メナ女史。

 おかげでこちらも、会話を続けられる。

 

「愚かにならざるを得ないほど、可愛らしい女性が、目の前にいるからですよ。賢明であるよりは、バカになった方が幸福を感じられる場面は多い――と。私は考えています」

「……はあ、左様で」

「貴女も知るように。メイル隊長は、だらしない所がありますし、女性としてどうかと思うほど慎みに欠けますし、あけっぴろげに性的な発言もして、落ち着きのない行動をする面もありますが――」

 

 メイル隊長の目が泳いでいる。どうやって反論しようか悩んでいる様子だけれど、そんな必要はないんだよ。

 私は、そんな貴女が愛しいと思っている。ありのままの貴女で良いと思っているのだから、いちいち否定しなくてもいいんだ。

 

「それがまた、メイルという女性を彩る魅力というものでしょう。――完璧な存在を愛する難しさを思えば、メイル隊長はむしろ気安くて接しやすく、望ましい相手だと思います」

「……そうなんですか。私にはわかりませんが」

「ご友人である貴女が、あの方の良い所をご存じないとおっしゃられる?」

「――いえ、そうでなくて。男の人から見たら、割と幻滅するんじゃないでしょうか。そう思うくらいには、付き合いも長いので」

 

 付き合いの浅い私が、メイル隊長を持ち上げるような言い方をすると、どうしても違和感を感じるのだろう。

 欠点は欠点として、正しく認識してあげるのが友人関係と言うものだ。けれど、もし恋愛的な要素を考慮するなら、欠点は長所足り得る。この辺りの感覚は、彼女には難しいかもしれない。

 

「幻滅? ありえません。駄目な所も含めて、メイル隊長ですよ。その全てが好ましいと思えて、初めて本物の好意だと胸を張れる。そういうものだと思っています」

「……わかりません、やはり。私が貴女に共感するのは、無理なんじゃないですかね」

「メナさんは、それでいいんですよ。理解するには、別の視点が必要になりますからね。ある意味で男らしい感性が、必要になるでしょう。――そうした観点からメイル隊長を見直せば、色々な意味で可愛らしく思える、と。これはそういう話です」

 

 アラサーの魅力を理解できてこそ、一流の男と言うものだよ。今の私は女だけど、彼女の良さを語るのは容易いことだ。

 

「話の流れ的に、具体的に語ってもいいですよね?」

「……どうぞ」

「ちょっと、モリーもメナも、本人を無視しないでほしいんだけど」

「語らせてやれメイル。――私も少し、興味がある」

 

 許可出ました。なんで、自重しないでもいいですよね。せっかくなんで、話しましょう。めいいっぱい。

 運ばれてくる料理を楽しみながら、歓談に花を咲かせよう。

 

「まず外見については、改めて言うことでもないでしょうが――美人で体型も申し分ない。メイル隊長は、それだけで十分に男受けする人だと思います」

「男の影もない人に、その評は説得力がないんですがそれは」

「メナ……もうちょっと言い方ってものが、ね。うん、モリーも気持ちは嬉しいけどどうなのかなぁ……」

 

 メナ女史は実に現実的なお方だが、実証にとらわれすぎる部分があると思う。

 他ならぬ私が認めているんだから、メイル隊長は出会いさえあれば、引く手あまたの優良株だと思うの。

 

「縁がなかっただけですよ。――メイル隊長は、実際異性と接する機会さえ、それほどなかったのでは?」

「まあ、それはそうだけど。でもやっぱり、仮定の話をしても空しいじゃない」

「私の身体は女性ですが、精神は男のつもりです。その私の言葉だと思えば、少しは信憑性があるのではないでしょうか」

 

 こういう言い方は、ちょっと卑怯かもしれない。証明しようのないことだから、説得力は弱い。だから、改めて言葉を重ねよう。

 

「仕事に向かう、貴女の姿が好きです。真摯な態度で最善を尽くすメイル様は、自分の責任を自覚しているから、己に甘えを許さない。出来る女は男に避けられると言いますが、それは二流の男を遠ざけているだけのこと。――真に見る目のある人であれば、メイル隊長の素晴らしさを理解せずには居られぬものです」

「メイル隊長が有能であることは、私も認めています。……しかし、それだけで異性の目を引くのであれば、誰も苦労しないのではありませんか?」

「――メナさん。どうか、結論を急がれますな。私の話は、まだ終わっていません」

 

 どうやら、彼女の興味はより強くなって、私の方に向いてきている様子。

 ここまで来れば、説得は容易い。相手が聞く耳を持ってくれるなら、言いようはいくらでもあるものだ。

 

「己に厳しく、甘えを許さない方こそ、懐に入れて甘やかしてあげたい。自立した女性にこそ、癒しが必要であると私は思いますし、悪い男としての意識を持つ私としては――両手に抱いて、優しくしてあげたいと思うのですよ。……弱みに付け込んで抱きしめてしまいたいと、そう思うくらいには、ね」

「……モリー、聞いてて恥ずかしいんだけど。吐いた唾は吞めないのよ?」

「お望みであれば、いかようにも。――私はいつでも、本音で話していますから。メイル様が求められるなら、私に出来ることは何でも致しましょう」

 

 あんまりあからさまに褒めると、大抵の相手は退いてしまうものだ。いぶかしんで怪しむことだってあるし、素直に受け止められることは少ない。

 だから、褒めるにも状況を読んで行いたい。メイル隊長とは交流も重ねているし、今回はあちらから求めてきた話だ。ちょっとくらいの逸脱は、許されて然るべきだと思う。

 そうであればこそ、メイル隊長にも言葉が届くと言うもの。これまで自重していたのだから、これくらいは御許可願いたいものだね。

 

「何でもとか、冗談でも言わないでね。……今は人の目もあるし、あんまり直接的なのもアレかしら。だから、そうね。モリー、もう少し私について、語ってくれると嬉しいのだけれど」

「仰せのままに、メイル様。私などの言葉でも、喜んでいただければ幸いです」

 

 そうやって、アレコレ語りました。なんだか話が進んでいく内に、メイル隊長のみならず、メナ女史の顔まで赤くなっていくのは、どういう理屈なんだろうね?

 不快な訳ではないらしく、興味深く突っ込んでくるから、私としては楽しい限りで問題はないんだけどね。

 

「……まあ、なんというか、アレです」

「如何しましたか、メナさん。異論があるならば、受け付けますが」

「ええとですね、モリーさん。私が誤解していたのだと、ようやくわかりました。――貴女は本当に本心で、メイル隊長と付き合っているのですね。男女のそれとは違う仲ですけれど、私としてはとやかく言う気も失せました。……周りの迷惑にならない範囲でなら、まあいいんじゃないでしょうか」

 

 言葉の中に、メナ女史の複雑な感情が現れている気がする。

 納得していただけたのなら幸いだ。これで私とメイル隊長との付き合いに、障害は無くなった訳だね、いやはや目出度い。もとい、愛でたい。

 

「さて、モリー。メイルについてここまで語れたのだから、私についてはもっと詳しく話せるんだろう? ぜひ聞かせてほしいな」

 

 これで一安心かと思えば、ザラ隊長からの一刺し。ええと、何やら拗らせておられますか?

 

「……はい?」

「お前の口で、他でもない私を褒め上げろと言っている。――出来ないはずないよな。メイルに出来たんだから」

 

 あのー、ザラ隊長。目がすわってる感じがするんですが。

 気に障ったことを言ってしまったのだろうか。これは、気合を入れねばならない。

 単純に褒め上げるだけなら簡単だけれど、それだけではつまらないよね。期待以上の言動で答えてこそ、真心を示したと言えるんだと、私は思うから。

 

「好きになってしまった女性に対して、言葉を惜しんではいけない。――私は、そう思っています」

「そうだな。で?」

「……より強い好意を抱いている人には、言葉を選ばねばならない。とも、考えています」

「前置きは良い。――言いたいことを言えよ」

 

 随分と急かすのは、なんだからしくないような気もするが。……あれ、もしかして嫉妬ですか?

 話の流れ的に、メイル隊長が口説かれているのが気に食わないというか、もっと付き合いの長い私には何もないのか、とか。そういう方面での催促でしょうか。

 だとしたら、謝罪の意味も込めて、心から尽くさないといけないね。

 

「では失礼して。ザラ隊長、貴女について語るとなれば、まずはその生まれについて話さねばなりませんね」

「なんだ、私の親は平民だぞ。別段気にすることはないと思うが――」

「そうではなくて、重要なのは貴女がこの国に生まれてくれたこと、ですよ。仮に貴女が他国に生まれていれば、クロノワークは今のように、安穏としていられないと思います」

 

 そこまで評価したくなるほど、ザラ隊長は有能だ。ぶっちゃけ、個人戦闘の部分以外は、私の上位互換と言っても差し支えない。

 私は自分の影響力について、いい加減自覚してきたけど。それ以上にザラ隊長の影響は広範囲に及んでいる。

 

「他にも多くいるであろう、有用な騎士を差し置いて――今、特殊部隊の長の地位にいる。これだけでも相当な才覚が必要になりますが、ザラ隊長は特別です」

「具体的には?」

 

 料理をつまみ、ワインを嗜みつつ、急かす様に続きをせがむ。

 それでも具体性を求める辺り、やはりザラ隊長らしいなぁと思いました。

 

「特殊部隊の任務は、多岐にわたります。軍事の知識だけではなく、諜報を行う上では内政、外交といった政治的な分野にも精通しなければなりません。――無論のこと、知識だけではなく、現場を理解して適切な対応が出来ることが前提ですが……」

「が、なんだ?」

「貴女以上に、完璧な仕事をこなしている方は、クロノワークには存在しません。我が国一番の働き者で、才人である。――このモリーが、請け負います。ザラ隊長、貴女が健在である内は、他国がつけ入る隙などありませんよ」

 

 逆説的に、クロノワークは今こそが攻め時なんだって断言できるね!

 ザラ隊長が現役なうちに、出来る限りの領土拡張なり、外交的な功績なりを積み重ねて、超大国に準ずるくらいの立場は確保するべきだと思うんだ。国益を最優先に考えるならば。

 お互いに激務の上に激務が重なるだろうから、個人的には勘弁だけどね。

 

「これまた、ずいぶんと持ち上げたものだ。言葉は尽くせばいいと言うものではない。――我ながらめんどくさいものだと思うが、実績を褒めるばかりで済ませるつもりなら、私の満足は得られぬものと思えよ」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。そうした面倒くささも、私にとっては尽くし甲斐を刺激されます。なので、無理に変わらなくてもいいんです、ザラ隊長。貴女がありのままであること、ありのままの姿で奉仕させていただけることが、私の喜びです」

 

 ザラ隊長の魅力を解さない男子って、節穴にもほどがあると思うの。

 そうした連中ばかりだから、私が愛でる余地も生まれるんだって思えば、バカにしたものでもないって思えるけど。

 それはそれとして、惚れた女性が評価されない辺り、男として複雑な想いはある。ザラ隊長も含めて、皆もっとモテていいはずなんだけどなー。

 

「前線でバリバリ戦う割に、髪の毛を伸ばしてるのは、こだわりがあるからでしょう?」

「……まあ、なんだ。これで短髪にすると、女らしさが消えてしまう気がしてなぁ。未練がましいと笑ってくれてもいいぞ」

「私、好きですよ。ザラ隊長の長い髪。つややかで、それでいて繊細で、返り血がこびりつくといつも不安になります。――この美しさが損なわれはしないかと、下郎の汚らわしい体液に汚れることが残念で、だからこそ私が気張らねばと、奮起してしまうのです」

 

 貴女が剣を振るうより先に、私が敵を排除したい。その身の危険を案ずるのはもちろんだが、それ以上に血に濡れる貴女を私が見たくないと思うから。

 

「今、触れてもいいですか? 貴女の綺麗な髪を、私は愛おしく思うのです」

「ああ、うん。……いいぞ」

 

 お許しを得たら、遠慮しないでもいいですよね。

 でもなるべく丁重に、傷付けたら大事だから、細心の注意を払って手を伸ばす。髪の感触を確かめるように、直接指で撫でて愛でる。

 

「少し、痛みましたか? 駄目ですよ、手入れをおろそかにしては。せっかく綺麗な御髪なんですから、維持の手間を惜しんではもったいないです」

「しかしなぁ。見せる相手も愛でる相手もいないのなら、手入れにも力が入らん。見苦しくなければよかろうと、適当に済ませる日々が続いている」

「……それはいけません。何よりも貴女のためにならない。男は、女性の髪の美しさを良く見ています。良き出会いを求めるなら、髪の手入れに手を抜かないことです」

 

 ザラ隊長も、いずれは嫁ぐ時が来るんだよなー。やだなー。

 許されるなら、私の嫁にして、一生愛でたいよ。なんで女に生まれたのかと、悔しく思う。

 私が男なら、何度拝み倒してでも嫁に来てもらうのに。どうか伴侶になってくださいと、金のわらじを履いてでも求めたはずだ。だからこそ、現状が歯がゆくてならない。

 

「――そう、だな。他ならぬモリーの言だ。髪の手入れには、気を使うとしよう」

「お聞き入れいただき、恐悦至極に存じます」

「茶化すな。……お前のために、してやろうというんだ。もう少し、真剣にとらえてはくれないか? でないと、その、なんだ。――困る」

 

 赤面するザラ隊長とか、すごい御褒美ですね。私が男なら速攻で求婚する案件です。

 ……野郎ども、見ろよ、これがザラ隊長だ。こんなに愛しくて、可愛らしいアラサーが他にいるかよ。

 私は、ザラ隊長の幸福の為なら、いつでも身を引く覚悟がある。なのに、どうしてこの国の男どもは彼女の魅力に気付かないんだ。

 出会いがない? そういうのは、嘘つきの言葉なんです。本気で良い女を探すつもりがあるなら、ザラ隊長を放置して他所に目を向ける理由なんぞないでしょう。まったくもって、クロノワークの男子も堕落したものだと、忌々しく思う。

 

「どうか、お許しください。困らせてしまうのは、本意ではないのです。ただ、ザラ隊長。貴女に対する好意を示すのに、言葉を尽くそうと思うのです。それをご不快に思われるのなら、考え直します」

「そこまで深刻にとらえるな。ただ驚いた、それだけの話に過ぎん。……まあ、アレだ。私にも羞恥心はあるから、言い方は考えてくれ。他人の目があるところで、あからさまな誉め言葉を向けられても――そうだな。反応に困るからな!」

 

 可愛すぎて辛いんで嫁に来てください。

 ……なんて、本気でそう思うから、私はこの国の野郎どもに厳しく接したくなってしまう。

 これほどの女を放置して、何が男か。男子たるもの、姉さん女房は喜んで迎えるべきだというのに。

 本当に、この身の至らなさを痛感するよ。生まれの不幸を嘆くことほど、贅沢なことはないけれど。それでも、今の私に出来ることは、してあげたいと願う。

 

「困りました。私としては、正直に話しているだけなのですが、ザラ隊長はそれを恥ずかしいとおっしゃられる。――メイル様、それにメナさん。私とザラ隊長のどちらが正しいと思います?」

「どーでもいーわね。強いて言うなら、お幸せに、ってくらい?」

「お二人だけで世界が完結しているなら、それはそれでいいんではないかと。他所を巻き込まない限りは、好きにしてもいいんじゃないですかね」

 

 ご意見ありがとうございます。これで私が間違ってないことは証明されたな!

 

「とのことです。――私がザラ隊長を大事に思っていることは、ご理解されているでしょうが、どうか今度ともよろしくお願いしたく思います。恥ずかしい言葉を口にするのも、どうか副官らしい発言と思って、ご寛恕くだされば幸いです」

「……わざわざクドイ言い回しをするのは、相変わらずだな。もちろん、わかっているとも。わかっていてなお、言い返さずにはいられない。そうした私の心情も、理解してくれると嬉しいんだがね」

 

 ザラ隊長は、やけ酒をあおるようにワインを飲み干した。

 無茶な飲み方はされない方だと分かっているから、あえて止めたりはしないが。それでも、気を使わせてください。

 杯につぐ時は度数の低いものを選び、口直しの水を傍に寄せてみたりする。これだけでも、私の意は伝わるはずだと、ザラ隊長を信頼している。

 

「……気を使わせているな、私は。隊長として、恥じる気持ちもある。モリー、お前には苦労を掛けて、すまないと思っている」

「いいのですよ。私は、ザラ隊長の思いやりを感じています。そうして気を使わせてもらっていると、理解しています。――だから、どうか。後ろめたく、思わないでください。私は好きで、貴女の副官をやっているのですから」

 

 ザラ隊長が、柄にもなく弱音を吐き出すものだから、つい二人だけの雰囲気を作ってしまった。

 外部の人が二人もいるのだから、それを茶化されるのは当然の流れで。私は、それを受け止める義務があるのだった。

 

「いやー、本当。ラブラブね、貴方たち。私が割込む余地があるのか不安になりそうね、これは」

「いやいやメイル隊長、割込んでどうするんですか。そっとしてあげましょうよ」

「だって悔しいじゃない。こんな男前の副官に口説かれて、赤面するくらいには嬉しい気持ちになっているのよ? その幸せのおすそ分けくらい、もらったってバチは当たらないわ」

「彼女は女性ですよ? 一番肝心なことを忘れないでください。」

 

 メイル隊長も、メナ女史も、勝手に語り散らしている。それくらいはかまわないと思うけど、ザラ隊長への配慮も必要だと思うの。

 彼女、自分への突っ込みはスルーできない人ですから。

 

「モリーが女なら、何が問題だと言うんだ?」

「えぇ……? 結婚できないじゃないですか。子供も産めませんよ?」

「寝起きを共にして、長時間仕事を共にしていれば、結婚した男女にも関係性としては劣るまいよ。――跡継ぎについては、養子を迎えればいい話だ。実績のある女騎士なら、養子をもらって家系を維持することは認められている。そら、何も問題は無くなったな?」

 

 ザラ隊長、ちょっと煽られたからって、過剰反応していませんか?

 勘違いしそうになるんで、あんまり過激な発言は自重してほしいのですがそれは。

 

「ずいぶんな力技ですね。ご両親にはなんと?」

「言い訳をするのは好きじゃないな。私を口説きに来ない野郎どもが全部悪い。――もっとも、モリー以上の男でなければ、まず相手にせんがね」

 

 この件はこれでおしまい、とばかりにザラ隊長は言い切った。

 これにはメナ女史も、突っ込むだけ無粋だと思ったのだろう。小言を口にすることは、もうなかった。

 

 以後は女性が四人も集まれば姦しい、とばかりに。ふつーの宴会になりました。

 メナ女史も、一度雰囲気を飲み込んだら遠慮せずに楽しむ方らしい。料理に舌鼓を打ちながら、あれやこれやの話題にも難色を示さずに付いてきてくれたよ。

 主に、アレな話題の提供者はメイル隊長だったけど。

 

「エロ本の開拓って、割と冒険よね。こないだ買った凌辱ものは微妙だったし、和姦は和姦でマンネリだしねー」

「いい作家が育ってないんですよ。ゼニアルゼの売れっ子の作品が、そろそろこっちに来てもいい頃だと思うんですけどね」

「そうそう。あっちの流行りとか知らないけど、クロノワークの作風って良くも悪くもドギツイから。――何ていうか、こう、繊細かつ耽美で。かつ新鮮味のあるエロ本とか、流れてこないかしら」

 

 猥談というか、ある種の創作論とでも言うべきか。私もちょっと興味あるかなーって部分だった。

 書籍を漁る時間とか取れなかったから、私も明確なことは答えられない。でもあのシルビア王女のことだから、エロ文化はこれから発展していくと思うの。

 風俗店に限らず、文学や絵画といった芸術分野の性的な表現についても。あの方なら、もっとやれーって煽りそうだし。

 

 ――で、他愛のない話も語り合って、食事も済ませて。適当に酔いが回ったところで、お開きという形になった。

 なんだかんだで、長話をしたものだと思う。日が暮れ、夜を意識する時間帯だった。これから宿舎に戻るなら、色々とギリギリである。

 色々と摘まんできたから、夕食が必要ないくらいには腹は満ちているのが救いか。

 

「私たちは飲みなおしてくるわ。またね、ザラ、モリー」

「では、失礼します。機会があれば、また」

 

 メイル隊長と、メナ女史を見送り、ザラ隊長に送られて宿舎へ。お休みのあいさつの後、彼女はそのまま執務室へと向かった。

 有休を取っていたと思ってたら、夜に仕事を残していたらしい。短時間で済ませる、なんて言ってたけど、こんな日まで働かなくてもいいじゃないですかね。――まあ、私も人のことは言えないけど。

 

「懐かしの我が家、と――さて?」

 

 宿舎の部屋は、私が出て行った時のままで、清潔で快適な環境が整えられていた。

 掃除してから出張した、という事情もあるし、私物が少ないので空間が広く感じられる、という部分もあるだろう。

 だが、今。私はわずかな違和感を覚えている。誰かが私の部屋に侵入した。その形跡があることに気付く。

 

「……ふむ」

 

 事前に清めていたとはいえ、期間を開けばチリが積もるものだが、その形跡がない。わざわざ掃除してくれたと思えば、感謝してもいいのだが。

 

「――ああ」

 

 机の上に、読みかけの本を置いていた。

 私は、栞を本から少しだけはみ出すようにして、入れる癖がある。――だが今、本の上側からはみ出ているソレは、栞のような小さなものではない。

 

 取り出してみると、それは手紙であった。紙質のいい、キレイな封筒だった。

 私の部屋に侵入して、これを本の中に刺し入れた者がいる。その事実に、私は喜びを隠せなかった。

 

「……なるほど、なるほど」

 

 封を切り、中身を確かめる。

 はたして、それは。

 私が求めていた内容で、間違いなく。

 かねてより願っていた、ある行為を遂げるための、最後の一手が成功したのだと。

 そう、確信できる内容だった。

 

「あは」

 

 最後に、確認のために顔合わせをしたいと、その書面にあった。

 よろしい。結構なことじゃあないか。帰国の祝いの後に、素晴らしい成果を確認出来るだなんて。私の運勢も捨てたもんじゃないね。

 いいとも。ばっちりと決めて行こう。初めて、年間パスポートを使う機会を得たんだ。活用しなければ、もったいない。

 

 クローゼットを開け、衣装を吟味し、化粧を整える。

 戦化粧とも思えば、厭うようなことではない。これで上出来、と思えるくらいに準備して、私は指定の場所へと向かった。

 『天使と小悪魔の真偽の愛』――その傘下の風俗店へ。クミン嬢とは、ひさびさの邂逅になるか。

 いやはや。あの端正な容姿から、どのような報告が飛び出して来るのか。まったくもって、楽しみではないかと、そればかりを思う。

 

 ――教官への土産に、あの野郎の首を持参していける。そう思えば、奮い立つ心を抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クミンはあくまでハーレム嬢に過ぎず、教養も経験も、その中で全て完結していたと言ってよい。

 風俗店の勤務には困らぬ程度には、如才ない振る舞いのできる女性でもあった。どのような荒くれであれ、下品な男であれ、あしらう術は心得ている。――ただし。

 

「ほう、ほう。いやいやまったく、興味深い。くっく」

 

 怪しく笑う男装の麗人に、如何に接するべきか。これは熟練の娼婦であっても、判断に困る事例であったろう。

 

「なんで笑ってるんですか。ちょっと、怖いんですけど」

「ああすみません。非礼をお詫びします」

 

 モリーは、そう言ってチップを差し出した。ありがとうございます、と受け取るには、少し躊躇する金額だった。

 

「……なんですか、これ。前金に充分な金額はもらっているはずですが」

「長年懸念し続け、心のしこりになっていた部分を、ようやく解消できるのです。お礼としては適正であると考えますが」

「頼まれていたことを、しただけです。料金相応の仕事だとも思います。それほど恩に着なくとも」

「直接ではなく、手紙で言付けて、是非にもと情報を集めていただいたのです。……多忙ゆえのぶしつけな方法でしたが、貴女は充分な仕事をしてくださいました。なればこそ私は、礼を尽くしたいのです」

 

 手間賃と考えれば過剰な額ではないと、モリーは主張する。とはいえ、それならそれで気にしてしまうクミンだった。

 

「……モリーさん。チップを気持ちよく受け取るために、聞きたいのですけど。その、情報の内容について」

「某盗賊団の生き残り。その中でも頭目の情報についてですね。私がその程度の木っ端を求める理由が気になると。そうおっしゃられる?」

 

 今のモリーは、確かに美男子と言ってよい様相だった。ばっちり決めた男らしい礼装と、それを引き立てる化粧、これに男性用の香水までつけて偽装すれば、クミンの目から見ても――息をのむほどの伊達男だった。

 

「はい。差し支えなければ、どうか」

「あはは。――いいですよ。お望みとあらば語りましょうとも」

 

 モリーは、経緯を端的に語った。要するに、恩師の敵討ちらしい。

 敵討ちと言っても、恩師自身は生き延びている。ただ、クッコ・ローセという恩師を傷つけておきながら、今ものうのうと人生を謳歌している下郎がいる。

 そのことに、モリー自身が我慢ならないという。それだけの、話であった。

 

「女性を捕えては凌辱を繰り返す悪漢にも種類があるのですね。飽きたら売るタイプと『壊す』タイプ」

「はぁ」

「教官が二度目にやられたのは後者だそうで。あの方から聞き出した内容では――」

「いいですいいです。グロい話は、結構ですから」

 

 クミンとしては、藪を突いたら大蛇が出てきたような気分だった。

 ちょっとした好奇心からだったが、追求するべきではなかったかもしれないと、軽く後悔している。

 

「まあそんなわけで。連中の――特に女性を壊して楽しむような。地獄に叩き込むべき害虫を処分する。その機会を与えてくれた貴女方には。……本当に感謝しているのですよ」

 

 これでようやく、殺しに行ける。

 

 熟練の娼婦でさえ見惚れるような笑顔で、モリーはそう言った。クミンは背筋に怖気が走りながらも、奇妙な快感を覚える。

 冷たい殺意に恐怖を感じつつも、しかし殺気の大本に目を向けてみれば。なんとも形容しがたい、不思議な魅力を持った麗人がここにいた。その事実が、彼女に戦慄と高揚を同時に与えている。

 

「――あの連中を、ずっと追っていたんですね?」

「ええまあはい。……お恥ずかしながら公私混同するわけにもいかず。積極的に捜索できなかったのです。此度は私のたっての願いを聞き入れてくださって、本当に感謝していますよ」

 

 ねっとりと、耳にこびりつく様な。

 一息で話す言葉はゆっくりでありながら、どこか粘着性のある暗い感情が含まれている。

 それが、また。クミンの心に突き刺さるように聞こえた。己の心音のうるささを自覚するのも、初めての経験だった。

 

「連中は三十名程度と、騎士くずれの盗賊団としては小規模です。慎重さと狡猾さから、これまで軍の捕捉を免れてきました。……手ごわい相手ですよ? 一人で立ち向かうのは無謀です。軍は動員されないんですか?」

「軍を動かせるような規模ではありません。小規模でチマチマ悪事を働く連中はよく見逃されます。……予算の都合と言うもので」

 

 そして、たまにある動員で潰して回るのだが、これも完璧ではない。一つ二つの小集団は、巧妙に逃げ延びるのが常であった。

 

「悲しい話だと思いますけど、だからといって、私的に。しかもたった一人で挑むことは、ないんじゃないですか?」

「私戦であればこそ他者を巻き込めません。容易ならざる敵だ――というのもわかっていますよ。あの教官が敗れた相手です。手札を惜しまず全力で殺しにかかりましょう」

 

 本気でやる気かと、クミンは心配した。自分が心配するような気持になったことに、いささかの困惑を感じながら問う。

 

「勝算は? まさか三十対一で、勝てると思ってるわけじゃないですよね」

「正面から殴り掛かったとしたら――よほどの達人でも、訓練を受けた正規兵相手には、二十人も斬り殺せればいい方です。……斬り終えれば、死ぬ。それくらいの致命傷を負うことを前提として、単独では二十。これが限度であると、私は思っています」

 

 運が良ければ五、六人くらいは追加できるかもしれないが、現実はそんなものだとモリーは語った。

 ならばなぜ、三十人もの悪漢の群れに、単独で挑むというのだろう。猛獣に肉を投げ与えるのと、何が違うのかとクミンは思う。

 

「まともには戦いません。正面切っての決戦など、私は挑まない」

「どうやるんですか?」

「ここで話すつもりはありませんよ。――そういうのは、帰ってきてから、語りましょう」

 

 机上の空論で終わるものなら、価値はない。証明した後でこそ、手柄話にもなるというものだ。

 死ねばそれこそ恥である。死人の恥など、語りようもあるまい。だからこそ、モリーは余計なことを話そうとは思わなかった。会話を切り上げるタイミングとしても、いい機会であったろう。

 

「情報、ありがとうございました。人員や住処のみならず、周囲の詳細な環境について確認が取れたことで、打てる手も増えました。――心より、感謝いたします」

「いえ、その」

「今度は自発的に顔を見せに来ますよ、クミンさん。呼ばれなければ来ない、なんて。そんなビジネスライクな付き合いで済ませるのも、もったいない気がしますからね」

 

 いつのまにか、モリーの中から怪しい気配が消えていた。

 前に会ったときのままのモリーが、ここにいる。それがひどく貴重なもののように思えて、クミンは声を絞り出すように、言った。

 

「ちゃんと、帰ってきてくれますよね?」

「死ぬか生きるかは知りません。お約束できない我が身の不徳を、お許しください」

「……嫌です、そんなの。知り合いがこれから死にに行くだなんて、それを見送るなんて。そんなのは」

 

 モリーは、困ったように微笑んで、諭すように答えた。

 

「執着を心に残して戦えば、剣先に鈍りが出ます。無念無想、平常心を保って戦うことが、己の力を発揮する唯一の方法なのです。――だからどうか、私に心を傾けないでください。私に期待させないでください。……そっけないくらいで、ちょうどいいんですよ」

 

 名誉に執着すれば、気負いが出る。

 生に固執すれば、心身が硬直する。

 憎悪に引きずられれば、思考が鈍る。

 ゆえにこそ、モリーは戦いに向かうとき、自身の頭の中を純化させるのだ。闘争のための最適化を行い、余計な考えを排除せねばならぬ。

 そうであればこそ、生きもし、殺せもするのだ。彼女自身、そうであらねばならないと思っているし、本能的な部分でも、調整が入る余地があるのだ。

 

「では、失礼いたします。――続きは、生還してからということで」

 

 物騒な言葉と共に、モリーは店を出て行った。最後まで優雅に、礼節をわきまえた態度を維持したままで。

 クミンは、これ以上言葉も出ず、見送るしかなかった。

 

「……勝手ね。なんて、わるいひと」

 

 吐き捨てるように、悪態をつく。もはやクミンに出来るのは、それだけであった。

 また店に来て、顔を合わせることになれば、どうしてやろうか。それを考えることだけが、彼女の慰めであった――。

 

 

 

 




 なにやら物騒な話を示唆しながら、次回に続きます。

 私自身、軍事的な知識に自信はないのですが、乏しい自前の情報を元に、全力で取り組んでいきたいと思っています。

 読者の皆様方の期待に添えられるよう、次のお話を鋭意執筆中です。
 できれば、感想などいただければ、幸いに存じます。他者の意見と言うものは、大いに参考に出来るものですから。

 次回の投稿は、十二月中には必ず。それまで、しばしお待ちください。

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