今年最後の投稿です。
来年中には完結するのかどうか、微妙な所でしょうか。
ともあれ、来年もよろしくお願いします。
クッコ・ローセが、それを見た感想はと言えば。
うんざりする過去を思い出すようで、ここまでせずとも好かろうに、という呆れがどうしても先に来てしまう。
モリーに誘われるままに酒の席に来てしまったが、これでは楽しく飲めないではないかと、苦情を言いたい気分だった。
「見苦しいな。――馬鹿だろ、お前」
「おや、すでにご承知のことだと思っていましたが」
一瞬だけ眉を上げて、朗らかな笑みでモリーは答えた。これは彼女なりのサインで、『貴女の本音はわかっています』という、前向きな態度を示している。
この、馬鹿だと言われながらも、むしろ誇りに思っているような態度が、クッコ・ローセの心中をさらにかき乱した。
こいつは、これだけのためにどれだけの危険を犯したのか。想像できるだけに、平静になれない。
そうだろうとも。お前は、私の過去の傷を切開し、治療したのだと――。
率直に言えたなら、クッコ・ローセの人生は、随分と違うものになったはずだ。
「限度ってものがある。――ああ、くそ、上手く言葉に出来ん。だがアレだ、その。……お前が無事に、帰ってきてくれて。それだけは、嬉しかったと思うよ」
咎めたところで、モリーの気性が治るわけではない。そうした確信があるから、無駄な言葉は吐きたくないというのが本音だった。
まさしく彼女は常識的に、穏便に済ませたかったのである。本音を隠してでも、常識を優先するだけの分別が、クッコ・ローセには存在している。
さりとて、割り切れない気持ちを無視できるほど、女を捨ててもいなかった。複雑な女心を理解してほしいと思うが、モリーはどこまでわかっているやら。
「……顔拓なんぞ、今時子供たちですら興味を持つまい。奥ゆかしいというか、遠回しに過ぎるというか」
自分のためにここまで行動してくれる相手が、他にいるか。過去においても、未来においても、モリー以外にあり得るのか。そこまで考えて、期待する方が間違っているのだと、正気に返る。
なればこそ、歯がゆかった。どうすれば、この大馬鹿野郎に報いることが出来るのか。クッコ・ローセにはわからない。
「くだらんことをする。まったくもって、不毛極まりない。……むなしくならんのか、お前」
結局、口からでたのは代わり映えのしない憎まれ口だった。彼女なりの、可愛らしさの表現であると――。
正しく理解できるのも、今生においてはモリーただ一人だけであろう。
「思いのほか不評のようで、残念です。首の塩漬けの方が良かったですか? 一応、そこまで考えた上でのことですけど」
なればこそ、モリーは朗らかに答えた。憎まれ口も愛嬌と知るが故。それを受け止めるのが、男子の器量とわきまえているが故であった。今生では女であることなど、今は忘れて。
「そうだな! 私が悪かった! ……お前はそういう奴だったな、うん」
しらふで付き合ってられるかとばかりに、クッコ・ローセはワインを飲み干した。手酌で杯に注ぎながら、片っ端から空ける。
ツマミを忘れてかっ込むほどに、彼女の感情は激しくかき乱されていた。そうして落ち着くと、つぶやくように言う。
「……本音を言うとな。昔の話だと、割り切っていたつもりだった。本当は、トラウマだったんだと、今さら気付いたよ。消えてから、気付くだなんて。……変な話もあったもんだが」
「手ごわかったですよ、連中」
「五体満足で帰ってきていながら、そういうか」
「無傷であればこそ、生き残れたのです。なにかしら負傷して、剣先が鈍っていれば、その時点で詰みでした。――五体満足であればこそ、生き残れたのです」
敵が弱かったわけではないと、モリーは主張した。自ら斬り捨てたからこそ、過小評価はしない。
真摯な態度は、強敵に対して現れる。品性下劣であろうと、能力には敬意を示すのがモリーという女である。それがまた、クッコ・ローセの癇に障るのだ。
「馬鹿め。そうした手練れとやり合って、無事に済んだのはほとんど奇跡だろう。己を大切にしろ。お前だけの身体じゃないんだ」
お前を心配したり、口にしがたい感情を抱いているのは、私だけじゃないんだと。
複雑な感情を向けている者は、他にもいるだろうと、クッコ・ローセなりに言ったつもりだった。
「どうでしょう。――今日にでも、死ねる。そうした心持ちで、私は日々を生きています。こればかりは、どうも」
「本当に今日死にやがったら、絶対に許さんからな、おい」
「比喩ですよ。……まあ、それくらいには、気軽に生きたいという話で」
しかし、モリーはと言えば、手前勝手な理屈を並べるばかり。だからお前は、そういう所が女心を無駄に刺激するんだと、怒鳴りつけたかった。
「すいません。……何を言いたいのか、わかっているつもりですよ、教官」
「どうだか。私の本音など、お前は欠片も理解していないだろうよ」
そうしてしまえば、どうなる。隠していた本音をさらけ出して、怒鳴りつけてしまえば、クッコ・ローセはモリーの女になるしかない。
縋りついて、依存する以外の道はないだろう。女としての己をどうしようもなく自覚して、男に見立てたモリーを求めて、疑似的な愛をささやく哀れな女になり果てよう。
結果として、彼女を縛り付ける鎖になってしまう。そうなりたくはないと思うから、最後の一線を守るために、再度憎まれ口を吐く。
「どうあっても、その生き方は変えられん、と。お前はいつもそうだな。勝手も過ぎれば、いずれ報いを受けるぞ」
「報いの時が来たならば、粛々と、潔く受け入れるまでです。私はいつだって、この覚悟をもって、生きているつもりですよ」
「報い? 報いだと? ――お前が本当にその意味をわかっていて言っているなら、どんなに罪深いことだろうと思うよ」
クッコ・ローセは、モリーの言葉をまともに受け取らなかった。受け入れられなかった、という方が正しいが。
それでも、生き方を変えられぬ手合いに、あえて詰め寄るべき理由はないだろう。反論したい気持ちはあれど、努めて異論は口にしない。憎まれ口に留めておくのが、彼女なりの対処であった。
逃げ道を潰して決断を迫ったりして、モリーに『はしたない女』だなんて思われたら、絶対に後悔するに決まっているのだから。見栄を気にするだけの女性らしさが、鬼のような教官にも存在したのである。
「未だ未熟な身の上ゆえ、全てを理解することはかないません。どうか、お許しください。ただ敵を斬ることだけに、才能の全てを捧げている身の上なれば。罪深さは自覚しているつもりですが、至らぬこともあるでしょう」
「……罪など、気にするガラかよ。殺すべき相手を、全員斬り殺しておきながら、言うことがそれか」
「さて。別段確認などしておりませんよ、生き残りがいるかもしれません」
今さら追って、斬りに行けるほど暇でもありませんが――と、モリーは言った。
意味ありげな微笑は、計算してのものか。こいつ、意図的に一人二人は逃しているな、とクッコ・ローセは悟る。その効用についても。
まったくもって、在野の盗賊どもは恐ろしくてかなわんだろう。いつ、どんな形で恐ろしい手練れが飛び込んでくるかわからないのだから。
風評自体に殺傷力はないが、抑止としての有用性を、認めぬわけにはいかぬ。
「どこぞの誰かが生き延びようと、あれやこれやと吹聴しようと。――まあ、なんだ。今となっては、どうでもいいことだな?」
「はい」
「……まったく、お前という奴は」
「最近、呆れられることが多いですね。地味に傷つくので、手心を期待したいのですが」
「お前に対して遠慮なんぞ、今さら不要だろうが。正直に本音をぶつけられる幸福を、存分に噛みしめたらいい」
確かにこれはこれで御褒美ですね――と、モリーは苦笑しながら言った。
そうした態度が、クッコ・ローセの反応を意味深いものにするのだと、果たして本人は自覚しているのか。
モリーに対する感情を、抑えるのに苦労する。ここで本音を言えば、付け込まれるだろうか?
いや、そうした下卑た欲望とは無縁な女である。なればこそ、素直に言葉にすることが出来た。
「いろいろ言ってしまったが、あれだ。……感謝するよ。私のために、してくれたことなんだろう? だったら、感謝の気持ちくらいは口にするべきだ」
「さて。……放置すれば犠牲が増えるばかりでしたから。連中を討ったのは、誰の為でもある、とも言えますね」
「馬鹿。そこは、嘘でも『貴女のためにやりました』という場面だぞ」
「――嘘など。それこそ、誠意に欠ける行いでしょう。好きな人には、いつでも誠実でありたいとそう思えばこそ。私は決して、貴女に対して嘘はつきません。ええ、絶対に」
誠意を示したいからこそ、本心で語るのだと、モリーは言った。
愚問であったと、クッコ・ローセは己を恥じた。そうせざるを得ないほど、モリーの態度はありのままに、純粋であったがゆえに。
余計な言葉を引き出した無粋を、彼女は痛感したのである。
「すまん。――つまらんことを言ったな、許せ」
「さて、何のことでしょう。許さねばならぬほど、大きなことでしょうか。……他愛のないことです。深刻にとらえるべきことではありませんよ」
モリーもクッコ・ローセも、杯を重ねた。ただ酒を飲み、愚痴をこぼす。くだをまく。そうした時間を楽しめる関係が、どれだけ貴重なことか。それを理解する賢明さは、お互いに持ち合わせていた。
「そうそう、以前の模擬戦の続きですがね。――私は、是非にもやり遂げたいと思っているのですが」
「今度は、私が追われる側だったな。切実に、手加減してほしいと思ってるんだが」
「ご冗談を。うかつに手を抜いたりしたら、教官のことです。どのような痛撃を受けるか、恐ろしくて手なんて抜けませんよ」
「……勘弁してくれ」
クッコ・ローセはすでに第一線を退いている。現役バリバリの、つい先日まで盗賊狩りなんぞやらかした奴を相手に追っかけられるなど、悪夢以外の何物でもない。
だから手心を加えろと、暗に提示する。それでもモリーの方は、まったく意に介しない。
「私は、教官を過小評価しません。旗下の女騎士たちにも、容赦はしません。それが私なりの敬意であり、彼女たちへの親心と言うものです」
「度が過ぎれば折檻と同じだぞ、それは」
心外だ、と言うように――モリーは、挑発的な笑みを浮かべて応えた。
「折檻? これくらいは必須事項でしょう。訓練で済むうちに、なるべく辛い環境に耐えさせてやりたいのです。そこで持ちこたえて、生き残る気概を持たせてやりたい。……土壇場で気張れるだけの経験を積ませてやることが、私たちの仕事ではありませんか?」
「うーむ」
「なるべく手助けしますし、精神的なケアも致しましょう。それでも、どうにもならなければ、退職すればいいんですよ。これを許すくらいには、軍も私たちも寛大であるつもりです。違いますか?」
「……まあ、正論ではあるがな。――いや、それも、そうか。一般的には折檻でも、騎士にとっては訓練のうちだと思うべきだし、耐えられないなら退いてもらうのが道理ではあるな」
ここまで説かれれば、クッコ・ローセとて理解を示す。訓練のために、彼女たちを鍛え上げるために必要とあらば、己の身体を酷使することくらい、難なくやってのける。
長年、教官職を続けてきたという矜持もある。モリーの言葉は、彼女を奮い立たせた。結果として、ゼニアルゼの女騎士たちは地獄を味わうことになるが――。
「本番に強くなるためと思えば、この程度の苦労は乗り越えていただかねばなりません」
「肯定する。私たちも辛いんだから、あいつらもそろって苦労を負うべきだ。……分かち合ってこそ、身内と言える。そうだろう?」
「まさに。ええ、まさに、その通りですとも教官」
両者は笑いながら、杯を重ねた。そうして生み出されるのは、さらなる地獄だが、彼女たちはまるでそれが慶事であるかのように、明るく語り合った。
ゼニアルゼの女騎士たちが、精鋭となるのは確定事項ではあったが、そこに至るまでの過程については――。おそらく控えめに言っても、非常に愉快な道程となるに違いなかった。
「それはそれとして、今日はとことん付き合え。……それを求める権利くらい、私にはあるだろう?」
「そうですね。――たぶん、あると思いますよ。私で良ければ、付き合いましょう」
明日が辛そうだ、と苦笑しつつもモリーは受け入れた。
クッコ・ローセは、そうした彼女の心遣いに甘えた。翌日のことは翌日の自分が何とかするだろうと、そう思って――。
過程はともあれ、モリーもクッコ・ローセも最大限の努力をしたといってよい。旗下の女騎士たちも同様である。
相応に時間はかかったが、諸々の訓練は完了した。すっかり出来上がった女騎士たちを前に、シルビア王女は嘆息して一言。
「誰がここまでやれと言った」
「はて、初めに望まれたのはシルビア様であったと記憶しておりますが」
「クッコ・ローセよ。物には限度と言うものがある。わきまえておるものと、考えていたのじゃが?」
出来上がったので、その完成度を直接御覧頂きたい――と言われれば、彼女とて時間くらいは作る。視察の機会を設けて、こうして出張って見てみれば。
目にしたものは、想像以上のものであった。苦言を呈したいほどに。
「仰せの通り、限度いっぱいまで鍛え上げました。まだ力不足だとおっしゃられるなら、恐れ入って許しを請うしかありませんが?」
「おい、私は真面目に言っておるのだぞ。――期待していた部分がないとは言えぬが、か弱い御令嬢どもを死に狂う戦士に変えろとまでは言っておらん。精鋭に仕上げろと暗に言った覚えはあっても、やり過ぎてしまっては支障があろう」
クッコローセとモリーは、平時の調練をシルビア王女に見せていた。
それは実戦と見紛うような真剣さがあり、一歩間違えば死者が出かねないほど激しいものの様に見えた。
「傷物の乙女など、そうそう娶ってはくれんぞ。やり過ぎては責任問題にもなろうが」
女騎士の彼女らは、どんなに屈強に鍛えられたとしても、家に帰れば貴族の御令嬢なのである。
嫁ぎ先を慎重に見定めて、いずれば家庭に入る女性たちなのである。シルビア王女としては、なるべく生きて帰ってきてほしいし、欲を言えば一人だって失いたくないのだ。そうであればこそ、政治的に打てる手も増えるのだから。
「シルビア王女。私モリーが考えまするに、戦傷を理由に女性を退けるような根性なしなど、最初から相手にすべきではありませんね」
「というか、そもそも実戦を想定させておきながら、その主張は通らんでしょう、シルビア様。モリーも私も、最善を尽くしました。これは、その結果です」
とはいえ、現場指揮官の二人にこの辺りの機微を理解せよと言うのも酷な話。いや、クッコ・ローセが言うように、近々実戦投入するつもりであるのは確か。
精鋭に仕立て上げつつ、令嬢の御淑やかさを求めるなど、道理が通らぬ。
欲をかきすぎているのは、シルビア王女の方である。その事実を、彼女は自覚せねばならなかった。
「……あー、許せ。少し、頭が政治に寄り過ぎておった。うむ、良くやってくれたぞ、二人とも」
「ま、鍛える時間はいくらあってもいいんですがね。――周辺国家の正規兵くらいなら、普通に殴り勝てるだけの力量はあります。正面決戦なら、そうそう負けはせんでしょう」
逆に言えば、それ以上は未知数であると、クッコ・ローセは答えた。あらゆる状況に対応させるには、まだ訓練の積み重ねが足りない。
個々の兵士の柔軟性に頼れない場合。実戦の不確定要素に、どこまで対応できるかについては――それは、彼女らを率いるであろう、指揮官の能力と運にかかっている。
そこまで事態が進んでしまえば、とても責任は持てない、というのが教官を務めた二人の主張であった。
「いや、責任は持ってもらう」
「そうは言われましても――」
「クッコ・ローセ。お主には彼女らを率いてもらう。臨時ではあるが、ゼニアルゼにおける公的な立場を用意しよう。軍における正式な地位と、独立した指揮権を与えようではないか」
「駐在武官に自国の部隊を任せる前例なんて、聞いた事がありませんが?」
「ほう! それはいい。わらわが初だと思えば、なんと気分がいい事よ。因習を打ち破り、新しい法則を作り出す。その愉快さは、わらわがもっとも好むこと」
わかっていただろうに、のう? とシルビア王女は、意味ありげに微笑んだ。
やべーこと考えてるな、とだけクッコ・ローセにはわかる。具体的にはよくわからないが、巻き込まれる流れになっている以上、あきらめて身を任せるしかない。
「当面は、教官職を続ければよいとも。――有事ともなれば、そのまま部隊を預かってもらう。文句など、どこにも言わせぬゆえ、この点は安心するがよい」
「そのリスクを受け入れてたとして、リターンはいかほど期待できるのでしょうかね?」
やるからには全力で、功績を立てるつもりでいる。なればこそ、報償の確約が欲しい所であった。
クッコ・ローセの発言には重みがある。しくじれば、両国から糾弾されかねない立場になるのだ。リスクに見合うものを求めるのは、当然の権利と言うものだろう。
「そうよなぁ……別荘と、年金付きの勲章でも授与しようか。引退後は、割のいい職を世話してもいいのう。あと付け加えるなら――」
シルビア王女は、シャレや冗談のような口調で、きわめて実用的な提案をしてきた。
おそらく、誰にとっても爆弾となるような、実用的かつ危険な提案を。
「同性婚と、重婚の許可くらいなら余裕でくれてやれるぞ。別荘もいい感じのやつを用意してやってな、意中の相手とかその他大勢とか、色々と巻き込んで楽しめるんじゃないかの?」
「ハハッ、ナイスジョーク」
クッコ・ローセは、そう言って返すのが精一杯だった。ぐちゃぐちゃした内面の感情を抑えるのが大変で、まともに答えられない。誰を対象にした発言であるか、わかっているがゆえに笑ってごまかそうと思う。
そうした彼女の態度を、傍で見ているモリーは気づくことすらできなかった。なんか大変だなぁと、のほほんと見ていたのだが――。
「何を他人事みたいに静観しておるのか。モリーよ、お主も同じじゃぞ?」
「はっ。……私も?」
「おうとも。お主にも有事の際には、クッコ・ローセ共々活躍してもらうことになる。同様に報酬も支払おう。この意味が解るな?」
ハーレム、作りたいなら作ればいいのじゃぞ――と、シルビア王女は胸を張って言い切った。
彼女は性風俗には寛容であり、一般的には恥ずかしい性癖だって、平然と受け入れられる度量の持ち主である。なればこその、この発言。
モリーとしても、無視できなかった。毅然とした態度で、誠意をもって答えねばならぬ。
「まことに、厚意はありがたいのですが、アテがありません。真面目な話、私にそんなことを言われても困るのですが」
「……おい。こいつ、これで自覚ないのか?」
「遺憾ながら。モリーの奴は、いつもこんな感じです」
モリーは至極真面目に返答したつもりだが、シルビア王女もクッコ・ローセも呆れるばかりである。
「あの、何の話をしているのでしょうか」
「モリー、お前、ちょっと女引っ掛けてこないか? 全力で手管を尽くせば、おぼこの二三人くらいは軽いだろ」
「技術の悪用は悪徳ですよ、教官! 素人にガチでやり合うのはマナー違反です。わかっているはずでしょう?」
モリー自身は、その器量と才能を感じさせぬほどに清廉であり、馬鹿が付くほどの真面目な騎士である。
この返答自体がそれを物語っているが、そうであればこそ頭の痛い問題であった。
「のう。ちょっとした提案じゃが、めんどくさいから娶ってやれよ。モリーも、そなたならば大人しくなるかもしれんぞ?」
「……シルビア様。ロートルを担がないでくださいませんか。本気にしても痛いだけでしょう」
「わらわは本気で言っている。誰かが抱き止めてやらねば、危うすぎて見ていて痛い。……理解が及ばぬなどと、言ってくれるなよ。わらわはクッコ・ローセという人物を買っている。失望は、痛みだ。お互いにとって、嬉しくないことだと思うが?」
笑みを消して、シルビア王女は鋭い視線を向けた。
だが、それに怯むような教官ではない。
「でしょうね、理解していますよ。そこまでわかっているなら、私が自重している理由も察してほしいのですが?」
「年齢差など、気にしてどうする。欲しければ勝ち取れよ。失いたくないなら、行動あるのみ。そうであろう? わからぬほどの馬鹿でもないよなぁ?」
煽り合っている自覚は、お互いにあっただろう。それでも止められぬほどに、感情が暴走している。
冷や水を浴びせたのは、当然のように、冷静な第三者であった。
「お二人とも、落ち着いてください。私には訳の分からぬ話ですが、駐在武官と王妃の対立は、あまりに物騒過ぎるものと考えます。――どうか、ご自重ください」
モリーは、途中から理解を放棄して、ただ言葉だけを追っていた。その為、単純に穏やかでない雰囲気を指摘し、改善を求めたのだ。
意中の人のその態度に、熱が冷めたというべきか。シルビア王女もクッコ・ローセも、これには静まらざるを得ない。
「――お主も大変よな」
「いつものことです」
「どうにもならなくなったら、相談するがいい。強引にでも、解決してやろう。力技で良ければ、どうにかしてやられるだろうよ」
あくまでも最終手段だが、お主がそれを望むほど追い詰められたなら、是非もない――と、シルビア王女は言った。
モリーとしては、なんでそんな深刻な話になるんだ、と突っ込みたくなる。
「何やら物騒ですが、話はもう終わったことにしてもいいんですかね」
「お前の良心が、それを許すならな? モリー」
「教官。私をあまり困らせないでください。……複雑な事情が、きっとあるんでしょうけれど。私の理解の及ぶ範囲でお願いします」
「気にしなくていい。悩んでいるのは私だけだ。お前は――ありのままでいい」
そうクッコ・ローセがいえば、モリーに異論などない。雑談もそこそこに、シルビア王女の視察は続けられた。
女騎士たちの調練を見ていると、結構な頻度でため息を吐く。そうした彼女の態度に疑問を抱きつつも、モリーは先導する。
見るべきを見終えた後、シルビア王女はあきらめを含んだ言葉を、何とはなしにつぶやいた。
「他はともかく、モリー。おぬし、今から準備をしておけよ。受け入れる覚悟やら、人間関係の清算やら、後から悔いても遅いこともあるのでな」
「はい。心に留め置いておきます」
「……実感としては、理解しておらん様子だが。まあ、よい。周囲に不幸を振りまくようなことにでもならん限り、自由にやれ。わらわはそれを見守るまでよ」
「よくはわかりませんが、ありがたいことです。シルビア王女ほどの方に、気にかけていただけるなら、これ以上の栄誉はございません」
抽象的な表現であったから、その意味するところを、モリーは理解できなかった。そもそも政治的な出来事には興味を持てないのが彼女である。
駐在武官として、任期が終わるまで仕事を続けること。モリーはただ、それだけを考えていた。
モリーは今、トンネル工事の監督をしています。思いのほか、女騎士たちが仕上がるのが早かったせいか、作業もとんとん拍子に進んでる。
当然の様に教官も一緒だけど、皆段取りよく働いてくれるものだから、割と楽に仕事が出来ています。
私自身、つるはしをもって現場で振るう贅沢を堪能しているのだから、ありがたい話だよ。
「指揮官は指揮をするのが仕事ですから、本当はこうやって現場の作業に参加するのは、よくないんですけどね」
教官がいてくれるからこそ、許される暴挙である。
あの人、結構甘えさせてくれるから好き。いや、基本厳しい人だけど、優しいからこその厳しさってあるよね。そうした人から、甘えられたり、甘えたりするのは、すごく貴重な体験だと思うの。
「クロノワークの騎士に負けない程度に、密度の高い訓練を課したつもりです。――こちらで全部やってしまう気概で、作業にかかりなさい!」
「はい! モリー隊長!」
「モリー隊長殿、やりましょう!」
「はっ! クロノワーク、なにするものぞってね!」
さんざん鍛えたから、皆の士気は高い。待遇もいいから、女騎士たちの言動に不満はなく、作業に滞りもない。土木工事は、兵隊稼業をやるなら必須技能だからね。訓練を兼ねた公共事業と思えば、なかなか効率的だと思う。
技術士官の指導が入っているので、道路の舗装からトンネル工事まで、綿密に計画されている。工期をどれだけ短縮できるかは、皆の頑張り次第ではあるけれど――。
「土木工事は軍事に通じる。これもまた、士官教育の内なんですね!」
「手を抜くんじゃねーぞ。兵は見ている。指揮官が本気を見せるために、現場仕事をするというのは、有効な一手だ。限度を超えない範囲で、経験を積んでおこうぜ。――ですよね、モリー隊長?」
「ええ、ええ。もちろん、そうですとも。――うん」
道路の舗装は、思ったより短時間で済んでくれた。この分では、早々にトンネルは開通するんじゃないかな。
あちらはあちらで、メイル隊長をはじめとした、屈強な騎士がそろっているんだ。まあ、具体的に何か月後なんて、正確なことは言えやしないが。
その後の整備には、いくらか時間はかかるんだろうけど、たぶんそこまで苦労はしないと思う。これで、クロノワークとゼニアルゼの交通の便は改善して、他国が侵略への価値を見出すことになるわけだ。
諜報合戦が今も続いているなら、工事の進み具合も把握されているはず。どの辺りで仕掛けてくるかは、まだ様子を見る必要はあろうが――。
クロノワークの方では、備えを整えているはずだ。ソクオチ王国の不穏な雰囲気については、余すことなく伝えられているだろうから、タイミングを見誤ることもあるまい。
よって、私はギリギリまで贅沢を満喫できるわけだ。つるはしを振るう労働の喜びを、旗下の女騎士たちと共にする。
いやー、心が洗われるね。最近、色々と仕事内容が厳しかったからね。何も考えずに身体だけ動していられる環境は、むしろ癒しだよ。
「正直、モリー隊長と肩を並べてつるはしを振るうのは、恐れ多いくらいですが」
「第一部隊長ともあろう者が、そうした態度でどうするのです。私が一番と認めたのですから、もっと不遜に接してもいいのですよ?」
「まさか。……クッコ・ローセ教官もそうですが、恩師に対して礼儀を省略するほど、ずさんな教育を受けた覚えはありません。どうか、最後まで敬わせてくださいよ。残り時間は、そこまで長くないのですから」
現場での作業を続けながら、トンネル工事の合間に彼女らと言葉を交わす。
実際、私がゼニアルゼの女騎士たちを指導できる期間は、限られている。非常事態にこじつけて、いくらかの延長はきくだろうが、どう長く見積もっても一年以上の滞在は難しかろう。
「体力を付けることです。こうした土木工事の作業は、鍛錬としても上質だ。……貴女方は女騎士として、兵卒を指揮する機会も、これからはあるでしょう。嫁ぐことがあれば、その先で家宰らの采配を任せられることもありうる。――その時のためにも、末端の作業に従事する者の気持ちを知っておきなさい。実感しているのといないのとでは、雲泥の差ですからね。こういうのは」
なればこそ、口にする言葉も選ぶ。最後まで、彼女らの尊敬を失わぬよう、皆を傷つけぬよう、超然とした態度を貫こうじゃないか。
「はい、勉強させていただきます」
「大いに学びなさい。何よりも、貴女の人生の幸福のために。……今だから言いますが、今後、確実に命の危険が迫る山場があります。そこを乗り越えるためにも、出来ることはなんでもしてあげますから。だからどうか、タフになってください」
異能生存体もかくやとばかりに、しぶとい存在になるべきで、そうしてあげたいと心から願う。
教え子を思う教師の気持ちとはこういうものかと、ようやく私もわかるようになった。
「出来ることはしますよ、モリー隊長。ですから貴女も――我らを指揮できるうちは、出来ることをしてください。期待に応えたいと思うくらいには、付き合いも深くなったと思いますから」
「第一部隊長、言うようになりましたね」
「そろそろ本名で呼んでくれてもいいじゃないかと、そう思うくらいには、濃密な時間を過ごしてきたと思います。間違っていますか? モリー隊長」
「いいえ、いいえ。……そうですね」
私はそう言ってから、彼女の名を口にした。フルネームで、心からの慈愛を込めて、教え子の名を呼ぶ。
「……モリー隊長」
「何でしょう?」
「責任は取ってくださいますか? 隊長の下に嫁げるなら嫁ぎたいって思う女子は、結構いるんですよ?」
「……聞き流してあげますから、結婚相手は親御さんと相談してください。地獄へ行くときには、道連れはいらない――と。私個人の意見としては、そう思ってますから」
斜め上の回答が返ってくるとは思わなかったから、私の返答がアレなことになったのも、どうか責めないでいただきたい。
母国の想い人たちが、ゼニアルゼの彼女らの気持ちを知ったなら、どう返すだろう。
ザラ、メイルの両隊長は、メナ女史はどう思うだろう。クミン嬢なら、理解を示してくれるだろうか。益体もない妄想で思考を埋めることを許すくらいには、余裕があった。
私モリーにとって、ありがたくない余裕ではあったけれど、切羽詰まった訓練ばかりでは精神にも悪い。
これはこれで良い機会だったのだと、思い直す。――だからといって、最善手を取れるわけではないし、気持ちの整理をつけるのはそれ以上の難題だ。
だからといって、目を背け続けるのもいい加減に限界だと、どうしようもなく理解していた。
「想いに応えるのも難しい。人間関係の清算とは、こういうことをいうのでしょうか。……まったく、どうやって片付けたものでしょうかね」
つぶやきを聞いた教え子は首をかしげたが、どうかそのままでいてほしいと願う。
私のみっともない姿など、彼女らには見せたくなかったから――。
クロノワークでは、ゼニアルゼからの多額の支援が入ったこともあり、騎士団内の雰囲気も随分と明るくなっていた。
消耗品の補充にも不足がなくなり、雑務や事務を担当する部署が専用に作られる運びになったのも、資金援助の影響が大きい。
これはある種、ゼニアルゼによる経済的な攻撃ではないのか――と、とらえる者もいるにはいたが、あまりに美味すぎる現状に甘んじているのが現実であった。
「休みが多すぎるのも考え物よね。新部署のおかげで、余計な仕事がなくなったのはいいことなんだけど」
「まあ、そうですね。――訓練を行うにも手順がいりますし、飛び入り参加はひんしゅくを買いますし。毎日毎日訓練漬け、なんて贅沢は通らないんですよね」
メイルとメナは、ちょうど暇を持て余していた。本日の仕事は午前中で全て終わらせてしまっているから、駄弁る余裕もあるのだった。
職場に酒を持ち込むわけにもいかないから、ビスケットとお茶を御供に、好き勝手に語り合う。
最近は時間のつぶし方で困っているだの、以前から変化についての雑感など、一通り口にしてから――メイルは、一つの懸念をつぶやく。
「あー、そうだ。聞いた? ザラの奴、最近色々と凄いらしいわよ? 盗賊団とか犯罪組織とか、後ろ暗い連中をこの際一掃しようと励んでいるってね」
「私ら護衛隊がやっちゃうと、恨みが姫様に向くかもしれないからとか、どうとか。……せっかくいい時間つぶしのタネになると思ったんですけどねー。特殊部隊が羨ましいです」
「うん。止められた側としては、そうした気持ちもなくはないけど。――あんたも結構好戦的ね、メナ」
「……隊長も、ご同類でしょうに」
ザラの活躍は目覚ましく、クロノワークの治安は大幅に改善しつつある、と言ってよい。
もちろん彼女一人が奮起しているわけでもなく、個人の功績に全てが帰結するものではないが、彼女の働きは充分評価に値するものであった。
とはいえ、そこまでやり尽くすことになった動機はと言えば、ひどく感情的なものである。
「モリーが無茶やらかしたこともあってか、八つ当たりの対象が欲しいんでしょうね。……彼女が帰ってくる頃には、落ち着いていると良いんだけど」
「ザラ隊長の機嫌ですか? それとも国内の情勢?」
「両方。私もねー、気持ちは多少わかるだけに、止めたくないのよね。時世の流れにも、ケチをつけたくないし」
変化が多いと、世の中荒れるものである。ゼニアルゼからの援助がありがたいのは確かだが、その使い道やら部署創設の内務やらで、官僚たちは騒いでいる。
メイル達の仕事に関わるわけではないが、ザラやモリーは気にするだろう。特殊部隊は、色々と気を回すことの多い役職であるから。
「まあ、荒れてるのは主にザラだし。今は見守ってあげる段階かしら」
「そうですねー」
のほほんとした結論を出した辺りで、二人は茶を入れなおした。
当の本人がやってきたのも、同じタイミングだった。噂をすれば影――と、モリーがいたならば言ったかもしれない。
「よう、暇そうだな。二人とも」
「ザラ、帰ってきてたの?」
「たった今な。――で、言付けを持ってきた。シルビア王女からだぞ」
そう言って、書状を机の上に置く。簡易ではあるが、質の良い紙に、ゼニアルゼ王室の印が押されていた。
そこに不穏なものを感じたとしても、メイルに落ち度はないと考えるべきだ。わざわざザラの手を介してくる以上、何かしらの意図があると思うのは仕方あるまい。
「怖い知らせじゃないでしょうね」
「ないさ。――まあ、あの方が突拍子のないことをやろうとするのは、いつものことだ」
「最近のザラと同じね。あんまり生き急ぐんじゃないわよ、まったく……」
ともあれ、中身を確認しないことには話が始まらない。怖がりつつも見てみれば――きわめて穏当な。ごくまっとうな仕事の紹介であった。
「ふーん、トンネル工事なんてやるんだ。あっちでは先んじて進めているから、こちら側からは手伝い感覚で良い、と」
「モリーと教官がいるからな。あっちの女騎士たちの仕上がりは、上々らしい。シルビア王女も呆れるくらい、士気が高いと聞くぞ」
断るという選択はない。せっかく暇を持て余していたところだし、ボーナスも出る好待遇だ。
前線と違って、護衛隊では土木工事をやる機会もなかったし、久々にやりがいのある仕事になりそうだった。
「開通したら、あっちの連中とも顔を合わせるんでしょうね。――モリーがどんな顔で指揮しているか、見物させてもらおうじゃない」
「開通して終わりって話じゃないし、その後の整備は協力してやることになっている。そこそこ長い付き合いになるだろうから、くだらんことで問題は起こすんじゃないぞ」
「……私もメナも、そこまで馬鹿じゃないのよ。ザラ、貴女の方こそ、すっ飛んできてモリーに詰問とかやめてね? 話し合いは、正式に帰国してからになさい」
メイルもザラも、モリーのことになると途端に感情的になる。良くも悪くも。
そうした二人のやり取りをながめながら、メナは傍観者として、彼女たちの恋路を見ていることに気付く。
「あのお二人を狂わせるなんて。罪深い人ですね、モリー」
眺めている分には楽しいからいいか、なんて。メナは、興味を持っている己を自覚した。
人間関係はかくも複雑なもの。半分は理解できないままでも、知りたいことだけ知れればいい。
モリーが誰を選ぶのか。あるいは、選ばないのか。いずれにせよ、その瞬間には立ち会いたいと思った。
「メナ、今何か言った?」
「いいえ、なにも」
上司にして友人であるメイルを前に、メナは無表情の仮面をかぶり続ける。
観察を続けよう。自分が面白いと思っている内は、気にかけてあげてもいいと、それくらいには、メナもモリーのことを意識していた。
少しづつ事態は動いていますが、大きく動くまではまだ少し時間があるという感じですね。
ソクオチ王国との戦いは、どこまで詳細にやるべきなのか。まだ結論が出ていません。
たぶん、来年の私がどうにかするでしょうし、とにかく続けるのが一番大事だと思って、書き続けることにします。