定期的な投稿は、一度外れるとダラダラ長引いてしまうものです。
なので、規則正しい投稿を心がけていきたいのです。
では、どうぞ。ご期待に添える出来になっていればいいのですが。
こんにちは、モリーです。
割と唐突な再会に、驚いているのは私だけではなかったみたいで。
「あ、モリー。……奇遇ね」
「本当に奇遇ですね、メイル隊長。メナさんも、一緒ですか?」
「ええ、はい。まあ、何と言いますか。最前線でつるはしを振るってる辺り、貴女らしいと思いますよ。――誉め言葉ではありませんから。念のため」
開通の瞬間に立ち会わせたのは、名誉なことなんだろう。割と調子よく掘り進んできた自覚はあるけど、早々に行き当たるとは思わなかった。トンネルの完成は、もっと先だろうと考えてたし。
何より、その瞬間にメイル隊長らと顔合わせするなんて、想像もしていなかった。
「そっちはそっちで、よろしくやってるみたいね。モリーの方も、元気そうで何より」
「メイル隊長こそ、お元気そうで何よりです。メナさんも、相変わらずのご様子で」
「相変わらずとか言えるほどの付き合いはないでしょう。……馴れ馴れしい態度はちょっと引きますよ。注意してください」
「アッハイ。……すいません」
ちょっと厳しくない? とか思ったけど、メナ女史とはさほど親しくないのも確か。
うーん、自覚がないだけで、結構疲れてるね。言葉に乱れが出るのは、思考がそれだけ衰えてることを示している。
調子に乗って、労働に精を出し過ぎたのかもしれない。そうと自覚すれば、即座に感覚を切り替える。生死が掛かっていないときは、どうしても反応が鈍くなるから困るね。
「まあ、アレです。せっかくの機会ですからね。開通後の整備は共同で当たるのですから、本日の業務を終わらせたら、一緒に夕食でもどうでしょう?」
「二言目には口説きにかかるとか、ちょっと自重してくれませんか。メイル隊長は最近色々と飢えてるので、不穏な言動はお勧めいたしかねます」
「メナ副長。口説くとか、深読みのしすぎですよ。――単純に、そちらとこちら、両国の女騎士たちの交流の機会を作りたいだけです」
「ああ、安心しました。酒を飲む機会ばかりが多くなって、気が抜けているのではないかと心配していたところだったので。――交流による連携の強化が主で、それ以外は些事であるとするなら、私としても受け入れやすいですね、はい」
他意はありませんが、とメナ副長が付け加える。いや、彼女って、割とクレバーだよね。そうしたところも魅力だけど、それだけに対応にも真剣さが求められる。
こちらから言い出したことだし、互いに益のある機会にしなければ、彼女の軽蔑を買うだろう。なればこそ、気は抜けなかった。
「ちょっと、メナ。誰が何に飢えてるって?」
「欲求不満であれやこれやと。ボーナス付きなのは良いんですけど、割と時間を食う仕事でしたしね。色々と溜まっていても仕方ないと思いますが……否定できます?」
「しない……けど、ね。でもオブラートに包んでもいいじゃない。――ああ、ごめん。モリー? お願いだから、深くは追及しないで」
「もちろんですとも」
これは流すべきものだと思えば、さらりと忘れてあげるのが思いやりと言うもの。メイル隊長のたっての申し出とあらば、なおさらだった。
ともあれ、仕事は一段落した。キリの良い所で切り上げると、クロノワークとゼニアルゼの女騎士たちで打ち上げの用意に入る。
ごく自然に合同宴会への流れに入った辺り、両国の騎士の間には、そこまでの差異はないのかもしれない。いや、私らが鍛えたせいで、ノリがクロノワークの色に染まってしまったと見るべきか。
良家の御令嬢を、シグルイ武士に変えたことについては、うん。本当に、親御さんたちに申し訳ないと思いました。まる。
「今となっては、罪深いことをしてしまった気がしません? 教官」
「おっ、そうだな。女性からの告白が絶えない身分で、良く言った。道を違えさせた自覚くらいは、あるわけだな?」
「そういう意味ではなくてですね! ……いや、まあ、そういう意味でもありますか」
好意は嬉しいんですよ好意は。私も女の子は好きだし欲情します。おとこのこですから、体はこんなでも。
――でも、駄目。彼女らは、大部分が二十歳になるかならないか――くらいの若い連中なんです。現実とか、責任とかに目を向けると、どうしても二の足を踏んでしまうよ。
「他国人という、しがらみもありますし。彼女らの想いには応えられません。なので、ご心配には及びませんよ」
「ならばよし。しかし、拗らせて病む連中が出てこないことを祈るばかりだな。なるべく円満に振ってやれ。不利な注文かもしれんが、彼女たちの為にもな」
「……わかっていますよ。細心の注意を払って、傷つけずに諦めさせましょう」
若いんだから、わざわざ狭い世界に閉じこもることはないと思うし、もっと見聞を広めて、多くの価値観に触れてほしいと思います。世知辛い話を別にしても、青い果実に手を出す趣味はないから、恋愛感情を向けられても持て余すんですよねー。
「ああ、こっちにもいたんですね。お久しぶりです、教官」
「ご挨拶が遅れて、すいません。教官も、お元気そうで何より」
「おう。メナもメイルも、立派にやってるみたいだな。ザラの奴はどうしてる?」
「あいつは勤勉に仕事をしていますよ。だいたい、いつも通りです」
「ザラ隊長、最近は勤勉過ぎて心配になるくらいですが。まあ、元気にやってるんじゃないですかね」
身内同士で駄弁っているうちに、宴会の準備が整った。これくらいは任せても反感を抱かれないくらいには、日常的に個々の隊員との信頼関係を築いている。
無論、それはメイル隊長らも同じ。お互いの上司と同僚が、似たようなノリで盛り上がれるなら、付き合うことに不備はない。交流としては、おおよそ理想的な形になっただろうか。
「それで、貴女。ゼニアルゼの……第一部隊長とか言ったっけ。モリーが随分と世話になったみたいね。有能な騎士がゼニアルゼにもいると思うと、頼もしいわ」
「そうでしょうとも。こちらも、クロノワークが盟友に足る実力を持っていることに安心しました。――いえ、モリー隊長を輩出した国家なれば、侮るべきではないことはわかっていましたとも」
「そうね、モリーは傑物よ。私が保証する。……ああ、護衛隊の隊長の言葉では、信憑性に欠けるかしら?」
「まさか。他でもない、モリー隊長が評価しているのです。それだけで、軽視すべきでない存在だと、確信するには充分でありましょう。違いますか? ねえモリー隊長」
「……私に話を振らないでください。バチバチやるのは結構ですが、禍根は残さないようにね?」
もちろんですとも、とあの子は言った。言葉の中に、余計な力が入っている。どこか無理をして、張り合おうとしている雰囲気があった。
彼女を第一部隊長に推したのは、それだけの能力があったからで、その責任を負って成長できると思っての人選だったけど、メイル隊長とは相性が悪いのかもしれない。
「禍根を残すようなヘマはしませんとも。――メイル隊長とやらの方は知りませんが」
「私? 私はモリーが困るようなことはしないわ。……第一部隊長殿は、モリーに随分世話を焼いてもらったんでしょう?」
他国の重役相手に張り合おうとするのは、流石に空気が読めていないと思うべきか。しかし、こうした宴席では無礼講がまかり通る。
なれば、彼女の挑発的な言動も、この場に限定するなら許容すべきか?
「ええ、ええ。貴女ほど優秀ではなかったせいか、随分と気にかけていただきました。――モリー隊長は愛情深いお方ですから、それはもう親切丁寧に手ほどきをしていただきましてね」
「へぇ、そう。それは良かったわね。出来が悪いことも、一種の資産なのかしら? ゼニアルゼのお嬢様は、いろんな意味で裕福なご様子で、うらやましいわ」
どうして張り合うんですか二人とも! 特にメイル隊長、もっと大人らしく適当に聞き流してくれませんかねぇ……。
これには私としても、口を出さずにはいられなかった。
「第一部隊長、とあえて言わせていただきます。――自重なさい。彼女らは、我々にとってのお客様です。もてなしに手抜かりがあってはなりません。言葉にも慎みが無くては、淑女とは言えないでしょう」
「……本名で呼んでくれないんですか? 寂しいです」
「私は反省を求めている。わからないなら今すぐ更迭させようか?」
「失礼しました、モリー隊長。メイル隊長、非礼をお詫びします」
第一部隊長が、頭を下げて謝罪し、メイル隊長がそれをぞんざいに受け入れる。それで、この件は済んだことになった。
「結構。下がっていなさい。――後で個人的に時間を作りますから。その時は、貴女を名前で呼びましょう。ですから、今は我慢するように」
私としては、身内をたしなめたつもりなんだけど、メイル隊長の機嫌は改善されていない様子だった。
元凶はこの場から離れたが、あからさまに不機嫌な様子で、彼女は私に話しかける。
「手塩にかけて育てたらしいわね。可愛く思うのも、当然かしら?」
「いじめないでくれませんか、メイル隊長」
「どちらを? その子かしら。それとも、貴女? ――まあ、いいけどね。私と話すときは、肩書を抜きなさい。呼び捨てにされてもいいと思うくらいには、付き合いを重ねてきたつもりよ」
「おおせのままに、メイル様」
そう言って、仰々しく一礼して見せる。まるでホストにでもなった気分だけど、今はこれで正しいのか。
多方面のフォローに回らざるを得ない現状、私の役割としては、この態度が正しいと思うほかない。何はともあれ、全員が気持ちよく宴会を終わらせるまで、気を張り続けねばならないわけだ。
「せっかくの宴席です。皆も杯を持ったことですし、まずは乾杯して、後は流れで」
「そうね、モリー。ところで、音頭は誰が取るべきかしら?」
「……教官と一緒に、お願いします。二人でそれっぽい形にすれば、形式的には充分でしょう」
どちらもクロノワークの騎士であることは、もう気にしないでください。ゼニアルゼの女騎士たちは、今やっと育ってきたばかりなんで、この場では格が劣る。
シルビア王女としては、次世代に期待したい所なんだろうけど、たぶん私と教官の影響が強すぎるから、どうなるかな。
次世代も模擬戦のアレコレを受け継ぐなら、脱落者が続出すると思うんだ。アレは私や教官が間に入っているから上手くいったようなもので、今の彼女らが引き継いでも不安しか残らないよ……。
やりっぱなしで放置も出来ないし、こればかりは、私自身の手で調整しなきゃならんかなぁ。
「――そうそう、私の任期は、長く続かないものと思ってください」
「せっかくの宴席なのに、話す内容がそれですか? 名を呼んでもらっても、それでは喜びも半減です」
乾杯の後、私は彼女の下に駆けつけた。それなりにフォローが必要だと思ったし、言葉を尽くすべきだと思ったからだ。
まず最初の彼女の本名で呼びかけ、それから要件を告げたのだが、どうにも不評であるらしい。
「私は臨時の教官で、長きにわたって貴女の上官ではいられない。それを、わかっていてほしいのです」
「……もとより、覚悟の上です。忸怩たる思いですが、私などの力では、どうにもならないことでしょう。慚愧の念で、感情的になりそうですが、どうにか抑えて見せますよ。――その時は、笑顔で見送りたいと思いますが、もし泣いてしまっても、許してくださいね」
それでも、伝えねばならぬことだったと思う。なあなあで済ませて良いことではないし、事前に知らせておかねば引継ぎにも問題が出るだろう。
しかし、こうして教え子が悲しむ姿を見てしまうと、なかなか心にくる。
「……いや、あの。どうして、そう悲愴な顔で言うんですか。当然の帰結でしょうに。……まあ、何ですね。私も、貴女方のことは気にかけていますから。どうか、無理をしない範囲で頑張ってくださいね。――もし後輩の指導をすることがあっても、私の真似はしない様に」
「なぜです? 私としては、モリー隊長の薫陶を受け継いで、次世代に残していきたいと思うのですが」
「こら。貴方がそんな風では困ります。……人には、その人に見合った指導方法があり、個々人に適切な対処を行わねば、健全な成長は期待できません。しごけばいいと言うものではありませんし、やり過ぎては潰してしまいます。加減をわきまえること、まずはそれを理解することですよ」
私らがあんな過酷な指導を課したのは、貴女方が優秀で、期待に応えてくれたからこそ。そして指導役が二人いて、隅々まで各員の状態を把握していたから可能だったんだ。
表面的な部分だけを単純に真似てしまっては、脱落者がボロボロ出てきて二進も三進もいかなくなるだろう。
私は別に、ゼニアルゼの次世代にまで責任を負う気はないけれど、悪影響を残してしまったとなると、いくらかの罪悪感は沸いてしまうからね。だから、これは忠告。
「はい。加減しながらしごいて、最終的にあのレベルまで持っていくべきだと、理解していますとも。何事も段階を追って、鍛錬を重ねていくのが正答でありますれば。――その辺りの塩梅をたがえては、失敗するのが常であると、そうわきまえております」
「ああ、うん、そう……。わかってるなら、いいかな」
よく考えると、シルビア王女はそれを喜ばないんじゃないか――と突っ込みたかったけど、ぐっと堪える。死狂い騎士の供給を拡大しても、次世代では需要がなくなってるかもしれない。
だから加減してやれとも言いたいのだが、生ぬるい訓練に意味がないのも確か。
……責任を取れる範囲にも限界があるし、これ以上踏み込むのも不合理と言うものか。あきらめて、適当に話を合わせることにしよう。
「不安はありますが、後のことは任せます。何かあれば、書簡でもいいですから、相談に乗りますよ」
「手紙を送ってもいいんですね! はい、もちろん。その必要があれば、ぜひ頼らせていただきます」
アドレスを教えたのは、早まったかな? なんて思わないでもないけれど、彼女たちの成長の糧になれると思えば、許容すべき範囲だと容認できる。
まったくもって、教官職は厳しいものだと思い知ったよ。……そうして、教え子にばかり気を取られてもいられないのが、ホストの辛い所です。
「モリー? そろそろこっちにも目を向けてほしいんだけど」
「そうだな、いい加減こっちの席につけ。お前は本来、クロノワークの騎士なんだからな?」
メイル隊長と教官に請われては、答えぬわけにもいかず。色々と後ろ髪を引かれる思いで、彼女らの下へと赴く。
第一部隊長こと、私が見出した子はただ一礼して促した。やればできる子なんだと、改めて思う。
そうした控えめな気遣いを教えたのは私で、この子はそれを見事に体現して見せた。そこまでされては、未練を引きずるのはかえって非礼というものだろう。
「――教え子と話している途中だったんですが、お呼びとあらば是非もありませんね」
「ご苦労だとは思いますが、どうぞこちらへ。メイル隊長と教官がお待ちですよ」
「いえ。貴方も大変ですね、メナ副長」
「別に。むしろ楽しませてもらっているので、お気遣いは結構」
何か引っかかる言い方だけど、今追及している余裕はない。
……うーむ、それはそれとして、教官もメイル隊長もすでにワインを空けていた。さては酔っていますね? いつものことと言えば、いつものことだけど。
「よしよし、まずは駆けつけ一杯」
「私らよりゼニアルゼの方を優先するなんて、貴女らしいわね。いえ、姑息になったというべきかしら? こちらは後回しで大丈夫って、確信していたんでしょう?」
私は焦らず、教官から受けた杯を飲み干すと、メイル隊長と向き合って言う。
「はい。その通りです」
「――否定しないのね。これは意外」
「むしろ、ゼニアルゼの女騎士たちを優遇しない理由があるのでしょうか? 彼女たちのお世話が、私の仕事なのですから」
メイル隊長は、からかい半分で難癖をつけてきたのだと理解している。だから、極めて事務的に対応した。
それで通じる相手だと、お互いにわかっているからこその言葉だった。いや本当に、それくらいの付き合いはあると思ってるからね。……たぶん。錯覚じゃないことを祈ります。
「あっちでも、貴女は貴女のままで、上手くやってるってことかしら。――無用な心配だったみたいね?」
「心配させてしまいましたか? 確かに、新兵の教導はいささか苦労しましたが、そこまで疲れる仕事でも――」
「盗賊団へのカチコミについて。……たぶん、貴女が、一人で、やったのよね? 心配するわよ、当然」
……痕跡を消す時間も余力もなかったからね。驚きはあるけれど、顔には出さない。
もっとも、よく私とそれを結び付けられたものだと思うけど。まあ、後始末は雑にやっちゃった自覚はあるんで、情報を精査すれば十分可能だったのか。
「ああ、わかりますか。――いえ、ちょっと。せっかくなので、教官への土産にと思いまして」
「あの手の土産は、もういらんぞ。割と真剣にな。……嬉しくなかったとは言わないが、心臓に悪い」
この件については、ザラ隊長も把握しているというか、あの方が見つけてこられたみたいで。
帰ったら絶対追及されるから覚悟しておきなさい――と、ありがたい言葉を賜りました。
「私は別段、不安なんてなかったけどね。モリーは控えめに見積もっても、私と同等の力があるんでしょうし、頭は私以上に回るでしょう? なら心配するだけ損じゃない。むしろ手柄を褒めてあげるべきじゃないかしら」
「それこそがまさに、ザラ隊長とメイル様の相違というものでしょう。私はあの方の右腕に等しいと、そう確信できるだけの付き合いはありますから。……右腕が勝手に動いて傷ついたら嫌でしょう? それは、そういうことです」
「相違! まさに相違ね。……私なら、モリー。貴女を甘やかしてあげられるわよ? 教官やザラみたいに、わかりにくい理解を示したりしない。率直に褒めてあげられる」
都合のいい女になってもいいと、メイル隊長は言った。
えぇ……? 貴女、そんなキャラじゃないでしょ? 目の色が真剣なだけに、軽く受け流せない重さがある。これは、どうしたことだ……?
「重婚と同性婚の件が流布したみたいでな。――あの王女様のこと、意図的にやっていたとしても驚かんが」
「教官、きょおかん! そこはあきらめる場面じゃないでしょう?」
「何が出来る。天才に翻弄されるのが凡人の常だ。――まあ、いいじゃないか。メイルもザラもお前を好いている。受け入れるのも一手だ」
「あと一手で詰みだって言いたいんですか、そうですか。……あの、冗談ですよね」
教官は目線を明後日の方向にやりながら、ため息をついた。
そしてメイル隊長は、私にしなだれかかる。良い匂いと微妙な体重のかかり具合が、私を興奮させてくれる。ちょっと自重してくれませんかね、いい加減危ないんですがそれは。
「何が冗談なのかしら。私は本気だけど」
「メイル隊長は、錯覚を楽しんでいるんですよ。そうでしょう?」
「どうかしら。こうして感じる体温も錯覚? 真摯な貴女の態度も、言葉も、全てが偽りなのだと思うべきかしら?」
「いいえ、いいえ! ――私は、本気で警告をしているのです。寡婦になりたくないのなら、私など選んではなりません。いずれ、私は死ぬのです。長生き出来ぬ身と、己を見定めています。なればこそ、メイル隊長はしかるべき殿方を選ばれるべきだと――」
「いないわよ、そんなの。……私もね、考えなかったわけじゃないのよ。不毛な恋は忌むべきで、建設的な相手を求めるべきだって正論もわかってる」
メイル隊長は、ワインの入ったグラスを回しながら、その香りを楽しんでいる風だった。
けれど、その顔には諦観と悲しみが見て取れて。
「お口に合いませんか? そのワイン」
「アルコールに違いはないんだし、酔う分には問題ないでしょう。香りだけは良いから、長く弄びたくなるのよ。……誰かさんと、同じね」
「その、それは」
「言わないで。酔わせてほしいの。――不毛? それが何。私自身の幸福について、貴女が語る資格はないわ」
メイル隊長の口調は、これまでに聞いた事がないほどに真剣だった。
私自身、心臓の鼓動を自覚するくらいには思い詰めて接している。これは、なあなあで済ませられる話ではない。それがわかるだけに、正面から向かい合う必要があった。
「早まってはなりません。勢いと流れで、過激な言葉を使いたがる気持ちは、理解できます。――ですが、後になって苦しむのは貴女自身ではありませんか」
「モリー。その気遣いの残酷さについて、自覚はないの?」
「……お許しください。私は、誰も道連れにしたくないのです。ただ一人、孤独に死ぬべきだと思うのです。遠くない日、私はこの命を手放す時が来るでしょう。……私のために殉じることなどないと、心から願うがゆえに。どうか、私に愛情など向けないでください」
都合のいい存在として、使い潰される分には、私は嬉しく思っていますからと。
心からの本心を、メイル隊長に伝えた。それが正しく伝わっていたかは、わからないけれど。
「重症ね、これは。私だけでは、癒せないのかしら」
彼女から譲歩を引き出せたなら、まだしも上等だと思う。メイル隊長の感情は、きっと乱れているのだろう。何かしら、嫌なことがあったのかもしれない。
その逃避先として、私が選ばれたというのであれば、むしろ栄誉と言うべきだけれど。でも、人の選択が常に正しくはあれないように、迷いから間違いを選ぶことも、ままある。
――私で間違う必要なんて、ないんだ。本当に。
「メイル様。貴女はきっと、近いうちに運命の相手と出会えるでしょう。私などで妥協することはないと、思います」
「……教官。モリーの言葉の方がよっぽど戯言っぽく聞こえるんだけど、これは私が可笑しいのかしら」
「可笑しくはないさ。モリーほどの男を探すことの方が、よっぽど難しいだろうよ」
私、女なんですが――って、今さら言うことじゃないよね。そもそも私自身、女としての自覚よりは、男としての感覚の方が強いし。
だからこそ、周囲の女性たちを惑わしているのであれば、余計に罪悪感を感じてしまう。
「他に選択肢はいくらでもあるでしょうに」
「モリー、貴女は唯一無二よ。私がそうであるように、他人の代わりなんていないの。わかってくれると、嬉しいのだけれど? ――私は、あきらめてないから」
私は応えられなかった。ただ誤魔化すように、杯をあおる。
こちらの気持ちを察したのか、メイル隊長はそれ以上追及はしなかった。教官もそう。
「で? 結論は先延ばしですか」
「メナ副長、もうちょっとデリカシーというものをですね」
「女の敵、女々しさの極致のヘタレが何か言ってますね。……それで、誰を選ぶんです? メイル隊長ですか、教官ですか、それとも別の誰か?」
「……あの、その、ちょっと、即答は出来かねますので。どうか、いじめないでください」
メナ副長の追及から、私は言葉だけでなく視線もそらして逃げる。彼女なりに、私に対して含むところがあるんだろう。
己自身の、もやもやした感情を口にするのは難しい。私だって、彼女らの思いを受け止めたいものだよ。でも安易に抱き止めていいものでもないと、わかっているんだ。
「モリー。すぐに決めなくていいし、誰を選ぶのも、あるいは本当に何も選ばずに済ませるのも、お前の自由だ。――だが、覚えて置いてくれ。私もメイルも、お前になら選ばれてもいいと思っている」
「あの、それは……」
「ここまで踏み込んだ話をするのは初めてだが、そうだな。――そういう気分になってしまったのだから、仕方がないと思ってくれ。ああ、やはりどうかしているな、今の私は」
冗談とか、気まぐれの言葉であるとは、とても思えなかった。口調は軽いが、そこに乗っている感情は重い。
教官がそうであるなら、メイル隊長もそうなのだろう。私は今、岐路にいるのか。
「……私は、己の生き方を変えられません。変えてはならぬものだと、そう思っています」
「今は聞くまい。それでいいな? メイル」
「ええ、今は。――せっかくの宴会なんだし、辛気臭い話はやめましょう。モリーの部下になっている連中も呼んで、あれこれと活躍を聞いてみましょうか。きっと、いい酒の肴になると思うんだけど」
その後は、ゼニアルゼの女騎士たちも交えて、楽しい話が出来たと思う。
私の活躍というか、訓練風景を語られるのは結構恥ずかしかったけど、これくらいなら許容範囲内。
……問題は、私自身と彼女らとの距離感を、今後も維持していくべきかどうか、ということ。
選ぶ? 選ぶって何さ。私が誰かと一緒になって、生涯を共に過ごすとでもいうのかい?
そんな割の合わない投資に、他者を付き合わせてどうする。ましてや、私が好意を抱いている、素晴らしい女性たちを巻き込もうなどと。
納得も、結論も、いまだ遠いように思える。私の価値観が大きく変わる様な、そんな大きな出来事でもない限り――。
いや、そんな発想自体が、甘えなのか。……私は変わるべきなのか。変わらねばならないのか。
変わるとして、それが誰のためになるのか――。宴で盛り上がる周囲とは裏腹に、私はそんなことばかりを考えていた。
ザラとクミンとの間には、本来何も接点などなかったはずである。
顔を合わせる機会があったとしても、互いにその他大勢の中に埋もれる程度の付き合いになっていただろう。
特殊部隊隊長と、ただのハーレム嬢の間には、比べるべくもないほどの違いが横たわっている。――本来ならば。
「……なるほど、なるほど。よくわかったとも。シルビア王女の意向は、すべて理解したと伝えてくれ」
「理解した、と。それだけですか?」
ザラは、非公式な形ではあるが、シルビア王女から様々な情報を得ていた。といっても、今回の主題はモリーのこと。
彼女の近況と、これからの扱いについて、正式な上司であるザラに話を通しておこうと思ったのだろう。
シルビア王女なりの気遣いとも言えようが、同性婚と重婚の許可については、挑発としか思えなかった。
「まだ言葉が必要か? ――そうだな。ならば、もう一言。『相手を見て言え』、以上だ」
ザラは一滴も酒を飲んでいない。素面のままで、そう言った。
クロノワークの風俗店(いくら高級であれど)で、ソフトドリンクだけで粘る手合いは、どうしても奇異の目で見られるものだ。
もっとも、本当にただの情報交換のために訪れたのだし、当人は気にしていないのだが。
「いささか挑発的に過ぎると思うのですがそれは」
「挑発してきたのは、あのお方の方だ。モリーとそれに連なる人材を、諸共に引き抜こうとしているんだ。反応が剣呑なものになっても致し方あるまい」
ザラは、モリーに同性婚と重婚の許可を与えることを聞いた。挑発でなければ、一種の政治的攻勢である。
功績を立てた上でのことだと、一応の建前はあるが、彼女ならば難なくこなすであろう。それゆえに心穏やかではいられない。
「必ずしもそうなると、決まった訳でもないでしょうに。権利はあくまでも与えられるだけ。使わない自由は当然あります」
「私は最悪の事態について懸念している。お前にはわからんかもしれんが、これは明確な引き抜き行為で、ゼニアルゼがクロノワークに対して、明確な政治的影響力を及ぼした一例になる。……モリーは特殊部隊の副隊長であり、私の右腕だ。それをゼニアルゼ限定で自由を許すというのだから、色々と邪推するのは仕方がないことだろうよ」
何はともあれ、シルビア王女は全てを理解した上でモリーに粉をかけている。
まさか女として求めているわけではあるまいが、有能な人物を内に取り込むためであれば、どんな手段を取っても可笑しくはない。ザラはシルビア王女を過小評価しない。
もし、モリーがあれこれの権利を活用することを望むなら、当然彼女はゼニアルゼの女騎士になるしかない。現実的な身分がどうあれ、心はあちらに傾くだろう。
そうすれば、伴侶共々シルビア王女の手の内だ。引き抜き、と表現したのはそういうことである。
あえて、権利を行使しないという道が残されているとしても。彼女の周囲の近況を聞く限り、どう転ぶかわかったものではない、というのがザラの感想だ。
「邪推と分かっているなら、おやめになったらいかがです? シルビア様は、話が分かる統治者ですよ」
「己に利益がある場合においては、そうだろうよ。――まあ、いい。わざわざ不穏な方向に、話を持っていく必要もあるまい。情報提供、感謝する」
ザラは、もう必要なことは聞いたとばかりに、席を立った。だが、それをクミンが押しとどめるように、声を掛ける。
「もう少し、話していきましょうよ。……具体的には、モリーに関して」
「チップが少なかったのかな。追加で出せるのは、小銭くらいだが」
「そんなに卑しく見えますかね、私。――単純に、彼女の話をしたいだけです。他意はありません」
どうだか、とザラは肩をすくめつつ、席についた。
一度腰を上げながらも、再度話を聞く態勢に入ったのだ。ぜひとも意義のある話し合いにしたいものだと、ザラは思う。
「少しだけ、だからな。……で、そちらから振った話だ。話せよ」
ソフトドリンクの追加を頼んで、ザラは言った。払いはお前が持てと、言外に示しながら。
「ドリンクが飲み終えるまでで結構ですよ。――例の盗賊団について、情報を集め、与えたのは我々です。料金の範囲で、それくらいの便宜は払ってやるようにと、シルビア王女からの命令もありましたので」
「それで実際に集めて知らせるのもどうなんだろうな。場合によっては、ウチの女騎士を嵌め殺す策略のようにも見えんか? ……モリーでなければ、生きて帰れなかったろう」
「不穏な行動であった、とおっしゃりたいのでしょう。危険性については、我々も認識していましたがね。……まさか、当人が単独で乗り込むと誰が考えます? 普通、作戦行動のための情報収集だと思うでしょう?」
帰国次第、人員を集めて襲撃するのだろう、とクミンは思っていた。そうでなくとも、何かしらの対策を立てるためにも、情報は必要だったろう。
しかし、結果はと言えば、盗賊団の単独撃破である。直前に会って誤解だと分かったが、そんなもの事前に予測しろという方が難しい。
「モリーの人となりを知らなければ、わからなくて当然か。責める方が間違いだと言われれば、まあそれはそうだな」
「――そこです」
「うん?」
「彼女、ひどく歪な精神をしていますよね。妙に男らしいというか、女騎士というより死に急いでいる兵士のような。……何というか、同じ人間の女であるという気がしません」
追加で運ばれてきたドリンクをちびちびやりながら、ザラはクミンをうろんな眼で見た。
こいつは何を知りたいのか。その真意を聞かねばならぬ。
「何が聞きたいんだ、お前」
「モリーという人間の本質について。――というのは冗談ですが、個人的な興味ですよ。彼女、性欲とかあります?」
「……本人に聞け」
「なるほど、手を出されてはいない、と。我慢強いのか、別の形で発散しているのか。どちらでしょうね」
貴女との関係は、言葉を濁して、ドリンクを一気飲みする時点でわかりますよ――とクミンは言った。
その通りだから、彼女は黙っていた。娼婦の常として、恋愛事情を察する技術だけは長けているらしい。その賢しさが、ザラの癇に障る。
「死にたがりは、その不安を誤魔化すために女を抱くものですけれど」
「あいつは死を恐れていない。忌避してはいるだろうが、本質的な部分では受け入れているような感じがする。……戦って死ぬことを、当たり前のこととして生きている奴だ。不安を誤魔化す必要など、どこにもあるまい」
いきなり饒舌になるザラを、クミンは興味深く見守っていた。
嫌われているな、と剣呑な雰囲気から察しても、それより興味の方が強く、話を続ける。
「私が調べた限りでは、モリーはたぶん同性愛者。しかし、女性を抱いた経験はない。もちろん男と関係を持ったこともない」
「そうだが? それがどうした」
「不自然でしょう? 性欲のない人なんていません。生死にかかわる仕事についているなら、なおさら。……貴女はそれを、どうとも思わなかったのですか?」
「下世話な奴め。モリーは、不純な欲望を女性にぶつけるような奴じゃない」
紳士なんですね、とクミンは言った。
そうだな、とザラは肯定した。話はここまでだとばかりに、席を立つ。
「もういいんですか?」
「不毛な時間は、ここまでにしよう。――できれば、二度と会わないことを祈る」
「儚い望みでしょうね。だって、モリーは絶対、私の元に来るんだから」
続きは生還してから、と。きちんと約束しましたから。
クミンは勝ち誇ったように、そう言った。
「貴様――」
「貴女に出来ないことを、私は出来ますよ。いいでしょう? 別に。私と彼女の間に、割って入るような理由もないはず。違いますか?」
ザラは、顔をゆがめて、無言のままにその場を去った。
顔をゆがめた理由は、嫉妬か羨望か。いずれにせよ、健全なものではあるまい。
「……ちょっと、からかってやったつもりだったのに。反応が愉快過ぎて、本気になりそうですね、どうも」
クミンは、己の感情に正直に生きている。
モリーに恋愛感情を持っているわけではないが、仕事上、あらゆる性癖に対応する術は身につけている。
「シルビア王女からも、モリーと親しくなるようにと、通達が来ていますし。心配した分のお返しを含めて、やり込めてあげましょう。……その時が楽しみですね、実に。ええ」
見返りがあるならば、一時、彼女に身を任せるのもいい。そう思うくらいには、興味が惹かれる相手だった。
その上、からかい甲斐のある人物まで付いてくるなら、モリーと付き合うのもやぶさかではないと。クミンは、不敵に笑うのだった――。
微妙に関係が進展したところで、続きます。
ソクオチとの戦いは、そろそろ始まる頃合いでしょうか。
次の話で、唐突に戦争が始まったりするかもしれませんが、それもノリと勢い次第です。
では、また。月末には続きを投稿したいと思います。