24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 まだ見直しやら修正やらが足りない気もしますが、とりあえず出来たので投稿します。

 後で大幅な修正が入ったりしたら、すみません。
 それでも、定期的な投稿から外れることの方が、私にとっては恐ろしい事なのです……。




ソクオチが即落ちする直前のお話

 こんにちは、モリーです。どうしてかはわかりませんが、今、シルビア王女のお茶会に招かれています。

 不遜や無礼も、一周回れば芸の領域だとか、そんな風に考えてたりしませんよね?

 

「……この度は、お招きにあずかり、恐悦至極に存じます」

「そう固くなるな。余人を交えぬ、水入らずの一時だ。少しはときめいてもいいのではないか? ええ?」

「そうですね、シルビア王女。……そこな大臣殿がいなければ、そうした気持ちに答えるのもやぶさかではありませんが」

 

 なんというかねー、わざわざこの場に引っ張ってこられた大臣殿には、同情するよ。いやいやマジで。

 理由は知らんけど、王女様のことだから、単なる余興で呼びつけたとしても驚かないよ。

 

「こちらとしても、若者同士の会話に参加するには、いささか辛いのですが。今からでも退室させていただけませんかな?」

「おい、しらけるようなことは言うなよ。わらわはお主を買っておるのだぞ、大臣。手腕はともかく、その人格は得難いものだ。――というわけで、そこに居れ」

「聞いてみただけです。……ああ、我が国の将来が不安でなりませぬぞ」

 

 用意された茶も菓子も、たぶん上等なものだと思うのに、まったく味が楽しめない。どうにも、緊張感で頭の働きがそっちに傾いてしまう。

 わざわざ私を呼ぶ必要性についてはともかく、シルビア王女の思惑がわからない以上、まずはあちらから仕掛けてくるのを待とうじゃないか。被害者同士で、共感を示し合うのが一手。

 

「大臣とは、久々の顔合わせになりますね。お元気でしたか?」

「ええ、まあ。……どこかの国の王女様が、物騒な策謀を巡らせてなければ、もっと健康的に過ごせたのですが」

「お労しい。身近にいればこそ、気苦労も多いのでしょう。お察しいたします」

「ああ、そう言ってくださいますか。……いたわりの言葉をいただく機会も、最近はめっきり減ってしまいましてなぁ」

 

 いやまったく、誰のせいでしょうなぁ――と、大臣は余計な一言を付け加えてくれました。彼は、軽いジャブみたいなつもりで言ったんだろうか? 結構軽い感じで言う。

 これが誰に向けての言葉であるか。私は元より、当人にだってわかるだろうに。でも、シルビア王女は悪びれない。

 

「二人だけで盛り上がるな。わらわを放置して悪口合戦とはようやるのう。――特に大臣、性格変わっておらんか? お主はもう少し、情けないというか気弱というか、そんな印象だったのじゃが」

「遠慮しようがしまいが、シルビア王女が傍若無人なお方であることに、変わりはありません。……貴女に接しているうちに、神経が太くなってしまったのでしょう。人は環境に適応する生き物ですから、色々と感化されても不思議はありませんな」

「おう、そうか、成長したな。わらわに感謝しても良いのだぞ?」

「ジョークも大概にしていただきたいものですなぁ。――はは」

 

 大臣の乾いた笑いは、どこか皮肉気だった。これにはシルビア王女も表情をゆがめて、咎めるように言う。

 

「ユーモアのセンスがないのは、残念ではあるな。おい大臣、苦言があるなら聞いてやるから、皮肉気な態度はやめよ。……お主には似合わぬ」

「左様ですか。そろそろ、この茶会に意味を見出したい所なのですが、よろしいですかな?」

「茶会は茶会よ。持って回った言い方をして、雰囲気を重くすることもあるまいに」

 

 大臣殿は口調を整え、シルビア王女に厳しい視線を向ける。

 あの人も、結構鍛えられたんだろう。あの王女様、有能な人はとことん使い倒す方針だからね。

 そのうちに彼女の傲慢さにも慣れて、割り切った態度もとれるようになる。大臣が耐性を付けて、図太くなられたのなら何よりじゃないかな。ある種の同志と言ってもいいかもしれないし、私の方からも助け舟を出してみよう。

 

「申し上げます。まずは、趣旨を話していただきたく思います。――でなくば、他愛のない無礼講の場として、適当に駄弁るだけになるではありませんか。そうでしょう? 大臣」

「はい。そうですとも。それがゼニアルゼ式茶会の作法と言うもの。……ああ、シルビア王女はまだ日が浅うございますから、この手の作法に無頓着なのは、致し方ないのかもしれませぬが」

 

 嘘をつけ、と突っ込みたいですよね、わかります。

 シルビア王女、完全に胡乱な奴を見る目に変わってる。でも、呆れて見せるのは一時だけ。一度頭を振ってから見せた彼女の顔には、有無を言わせぬ迫力が宿っていた。

 

「では、わらわが趣旨を述べる。――良いな」

「良くない理由などございましょうか。――どうぞ」

 

 で、あっさり追従するあたり、大臣殿もいい性格をしている。

 まあ、そうでもないとこれからのゼニアルゼの宮廷では、やっていけないと思うし。全然悪くないよ。私を巻き込まなければ。

 

「ゼニアルゼとクロノワーク、両国の軍事同盟の話だ。特に、いずれかに攻め込まれた場合の話でな」

「茶話にしては物騒に過ぎますし、時機としても逸しておりまする。……すでに同盟の詳細は詰められており、両国で共有しているではありませんか。議論の対象としては、不適切と考えますが」

「そう慌てるなよ大臣。今さら一つ一つの条項を検討したり、変更を求めたりするつもりはない。将来的には別であるが、そういう意味でなくてな」

「と、申されますと?」

 

 なんだかんだで、大臣殿とシルビア王女との相性は悪くないね。なんとなくだけど、会話の引き出し方を心得ているみたいだ。

 

「ゼニアルゼの老練な政治家と、クロノワークの現役武官の見識を求めたいのよ。――仮に、ソクオチなどがクロノワークの国境侵犯を行った場合、我が国としては如何に対処するのが最適であると思う?」

 

 同盟国に敵国が攻め込んできた場合の話だ、とシルビア王女は言う。援軍として駆けつけるのは確定としても、具体的な方法について語り合いたいんだろう。

 ……話は分かったけど、大臣殿はいいとして、私がそれを語る意味はどこにあるのか。深く考えると怖くなるから、あえて方法論だけに集中しよう。

 

「ゼニアルゼの大臣としては、侵犯された状況によると答えます。我々がいつそれを知ることが出来たか、敵国がその時点でどこまで踏み込んでいるのか。交戦や略奪はあったか、クロノワークはどこまで反応できているのか。……検討すべき事柄は数多くあります。確たる情報のない第一報の時点では、準備を整えるのがせいぜいではありませんかな」

「堅実で常識的な回答じゃな。期待通りの役目ご苦労。――さて、次にモリー駐在武官の意見を聞こうか」

 

 大臣が全部言ってるんですがそれは。え、何? 他に付け足すべきことってある? あるとしても、貴女にとっては全部些事でしょうに。

 

「常識的でない意見をご所望ですか?」

「もちろん。わらわが知りたいのは、能動的な行動よ。仮に、こちらに都合の良い状況を想定するのであれば、いかに動くべきか。今のうちに意見のすり合わせをしておきたいな」

 

 意見の方向性さえ見えているなら、話は早い。王女様が私に言わせたいことは、透けて見えている。だから、期待される返答を用意するのも、容易いことだ。

 

「では無難な意見は言われてしまいましたので、それ以外について語りましょう。……敵軍の国境侵犯を、その直前で看破し、即座に反撃できるだけの戦力がクロノワーク内にあった場合について。――念のため申し上げますと、この戦力とはゼニアルゼ軍を差します。何らかの理由で、クロノワーク内にゼニアルゼの軍隊が駐留していて、何故か私がその指揮を執っているという状況ですね」

 

 あえて一呼吸置いたが、二人とも私の言葉を遮らなかった。非現実的だって言われたら、意見を引っ込める口実になったのに。

 大臣殿は明後日の方向を見やって、茶をすすっている。完全に傍観する態勢で、シルビア王女の方は、にやにや笑いながら続きをせっつく。

 

「聞いてやろう。その仮定のまま、話すがいい」

「はい。……私に色々な物事を即決する権限があったとしたら、直接侵犯した軍隊はクロノワークに迎撃させます。あの国の防衛体制はガチなんで、他国が侵入なんぞしてきたものなら、即返り討ちです。諸々の情報さえ伝えたら、後は勝手に仕事をしてくれるでしょう。後顧の憂いがなくなれば、次にすべきは報復です」

 

 物騒に聞こえるだろうけど、国家間の争いでは、舐められたらやり返すのが基本。ここで強気に反撃に出て、戦争など割に合わないと実感させねばならない。そうしてやっと、外交的にも妥協点が探れようってものだ。

 しかし、それには勝利という実績がいる。その示し方は、鮮烈であればあるほどいい。具体的には、国都が落とされた、とかどうだろう。宣伝を考えれば、これくらいの衝撃が欲しいとも思う。

 

「報復か、良い響きだ。やられたらやり返す。当然のことだが、やり方はいろいろある。モリー、お前ならばどうする?」

「無論、タダでは済ませません。ふんだくるためにも、殴り倒してマウントを取る必要があります。その為には、傍目にも華々しい勝利があればよろしい。欲を言えば、敵国側にも大失態を犯してもらいたいところですね。――第三者から見ても、擁護不可能なほどに」

「……聞こう」

 

 シルビア王女は、姿勢を正して私と向かい合う。

 真剣に傾聴する態勢だ。そうと雰囲気で察せられる。ならば、私としては真摯に応えるまでだった。

 

「鮮烈さを強調するなら首都強襲、これが一番効くでしょう。きわめて迅速に軍隊を移動させ、ソクオチの首都まで部隊を詰めさせます。ここでは具体的な方法は述べません。意味がありませんから」

「その意図を聞こう」

「私が指揮する軍隊の規模、人員の性質、時期によりますので。最低限の量と質さえ保証してくださるなら、どうにでも出来ますよ。それくらいの訓練も経験も積んでいますから、その点は疑わないでください」

 

 じゃないと、話が進まないからね! ……実際、私には自信がある。他の国であれば別だけど、ソクオチは情報が充分すぎるほどにそろっている。

 活用の仕方さえ間違えなければ、少数の軍隊を忍び込ませるくらいはやりましょうとも。

 私は前線指揮官として、必要な資質はおおよそ備えているつもりだ。特殊部隊の副隊長っていう肩書は、飾りじゃないんだよ。

 

「わかった。続けよ」

「首都に部隊を入れさせたら、その時点で勝ったようなものですが、より大きな結果を求めたいですね。王なり王太子なりを人質にとって、盤外戦術による勝利を得るのが最善ではないでしょうか」

「国境での戦闘がどうあれ、その時点で勝利間違いなし。ゆえに盤外戦術、と称すか」

「クロノワークが敗北するとは思えませんが、ソクオチ側の被害が十分でない可能性はあります。敵戦闘力の撃破が戦いの目的なのですから、そこを欠いては見せしめになりません」

 

 一度勝った相手には、未来永劫抵抗できぬだけの損害を与えるべき。私はその本心を述べる。

 

「見せしめとは、いささか物騒な物言いよな」

「王族は身内の被害を重視するもの。末端の兵がいくら死んだところで実感などしません。……なので、負けを認めさせるためにも、王か王太子の身柄がいるわけですね」

「身柄を抑えて、敗北を認めさせる。やった方の外聞も悪いが、国の重鎮を守り切れなかったソクオチ側の方が愚かに見えるであろうな」

「付け加えると、ソクオチのみっともない負けっぷりを宣伝するためにも、首都の混乱は大きくすべきです。その辺りの工作は、小細工に類するものですが、ダメ押しにやっておいて損はありません」

 

 殺すのも手だけど、やり過ぎると禍根を残しかねない。将来、ソクオチを併呑するつもりであれば、恨みはなるべく解消しやすい範囲に留めるのが肝要。

 

「うむ、うむ、良いぞ。それが可能であるなら、わらわとしても異論はない」

 

 この点は、シルビア王女も同意してくれた。ただし、確実に実行できるという確証が欲しいのだろう。

 口には出さずとも、その瞳が詳細な作戦内容を求めているようだった。彼女の眼光は、実戦を前にした将軍の様に、剣呑なモノが宿っている。

 

「身重の身でありながら、どうしてこう、物騒な話を好まれるのでしょうか」

「身重うんぬんは関係ないのう。わらわには、こういう生き方しかできぬ。やりたいこと、出来ることを自重しようとも――まあ、ちょっと考える場合もあるが、やり通すことに変わりはない」

 

 シルビア王女は、怯む気配もない。この人はこういう方で、きっと一生変わらないんだろうなぁ。

 そうと思えば、ここからさきは軍略を語るべき場面だと、覚悟を決める。自らの心の内を吐露するように、私なりの意見を述べた。シルビア王女は、ときおり頷きながら、最後まで聞いてくれた。

 

「――と、こんなところでしょうか。あくまで私個人の、現時点での考えですので、まだまだ修正すべき部分は多いでしょう。実戦に用いるには足りないと思われます」

「で、あろうな。……しかし、参考にはなった。少なくとも、期待を裏切られる様な結果ではなかったぞ。今少しは時間もある。余人を交えて検討を重ねれば、より完璧になろうさ」

「それはどうも。――せっかくの茶会なのに、物騒な話に終始してしまいましたね。あと、途中から大臣を無視して、話を続け過ぎました。ご無礼、お許しください」

 

 ソクオチの攻略法は、ご満足いただけたってことでいいんだけど。

 大臣殿はその間、暇を持て余していたわけだ。仕事の合間のお茶会と思えば、暇で悪いことはないはずだが、当人の気持ちはどうであったか。

 

「いやいや、ためになるお話でしたよ。私の立場では、現役軍人の軍略を生で聞く機会というのも貴重でしてな。……真面目な話、可能性が高くて、実現性が充分に見込めるのであれば、こちらとしても強く反対はできません」

「穏健派筆頭である大臣が、外征に賛成されるのですか? いくら報復とはいえ、やり過ぎだとも言えましょうに」

「いえいえ。……ソクオチの王家を断絶させ、領土を全て併呑する――などと言われたら、流石に反対しましたが。武力を用いるのは最低限、以後は緩やかに併合を狙ってゆくとのお考えであれば、穏健派としては文句のない所です」

 

 外交的にも、舐められたままではいかんという理屈も解る――と大臣殿はおっしゃられた。

 私、大臣殿の権限について詳しく知らないんだけど、もしかしてシルビア王女に注ぐナンバー2だったりするんだろうか。

 だったら、外交面についても考慮して、単純に戦争を否定しない態度を取るのも頷ける。ソクオチって、あんまり評判の良くない国だしね。

 撃退だけで済ませると、かえって闘争心をあおる結果になるかもしれない。不毛な殴り合いよりは、強烈な一発で沈めるのが効率的だ。

 

「短期決戦。それが、穏健派を取りまとめる条件です」

「もちろん、それを理解した上で立てた作戦ですとも。――大臣も、おわかりでしょう?」

「はい。あくまで念のための忠告です。欲をかいて、現場を暴走させないようにご注意ください。……あれもこれもと欲張るものではない、と申し上げておきますよ、モリー殿」

 

 私からの小言はここまで、と大臣殿は締めくくる。そうして、茶を一杯飲み干すと、席を立って退室していった。あまりにもあっさりと出ていくものだから、こちらの方があっけにとられてしまう。

 

「シルビア王女、大臣を止めなくて良かったんですか?」

「どうして止める。必要なことは済ませたし、言いたいことも言わせてやった。――なんだ、ああいう男が好みか?」

「ビジネスパートナーとしては、悪くない部類でしょう。外見は気弱で穏やかそうに見えますが、性格は常識的で芯も強い。それでいて、奇抜な発想を受け入れる度量もある。……対立派閥を制御させるには、ちょうどいい安全弁です」

「わかっておるではないか。――わらわは別段、ああいう男は好みではないが、居れば居たで使いようはあるのでな」

「……同情しますよ。本当に。この国の方々は、シルビア王女を内に取り込んでいるというだけで、随分な心労を背負っているのでしょう」

 

 結構な皮肉を言ったつもりだけど、やはり王女様には効いていない。涼しい顔で続きを話す様は、かえってこちらを挑発しているようにも見える。

 

「ゼニアルゼの連中は、どうにも気骨が物足りんくらいで、刺激が少なくてなぁ。……その中でも、あいつはなかなかやる方で、偶にからかうにはいい対象だと思っておるよ」

「はあ、左様で」

「……お主も、わらわがからかう対象に入れてやろうか。望むなら、週一と言わず三日に一度は呼んでやるぞ」

「ご勘弁ください。そんなことに時間を費やせるほど、お互いに暇ではないでしょう」

 

 残念至極、とシルビア王女はつぶやいた。どこまで本気やら。

 色々と怪しいけど、ともかくお茶会は無難に終えられたと思います。礼儀作法は体に染みついているんで、この部分では失礼を犯さなかったよ。

 発言の不穏さについては今さらだし、これからもっと不穏な活動に従事するんだから、結局のところ全部些事ってことで良いよね。

 ……もっとも、高確率で戦争に巻き込まれるってことだけは、疑う余地がない。

 たぶん教官も含めて、訓練を付けた部隊諸共放り込まれるんだろうけど、現実になるまでは何も考えたくないとも思いました。まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ソクオチ王国が不穏である、というのはクロノワークはもとより、ゼニアルゼも共通の認識として持っていた。腕のいい間諜を忍ばせ、連日動向を探り、定期的に高級士官が情報を分析する。

 そうした体制が確立されている以上、あからさまな行動はすぐに軍事行動と結び付けられるし、さらに精査すれば矛先を絞るのも容易い。

 軍を発するにも、いきなり即日という訳にはいかぬのが現実である。実際の行動のためには、遠征のための人選と物資の確保が必要であり、様々な形での書類の決裁も間に挟まる。兵站を整えるのも一朝一夕では済まないのが常であるし、まっとうな指揮官であれば準備にこそ時間をかけるもの。

 そうして、段階を経ていざ行動、ということになるのだが。この際、情報がだだ漏れであった場合、とんでもないことになる。自覚があるならばまだしも、まったく意識していなかった場合、戦う前からすでに劣勢であると言ってよい。

 

「ソクオチ軍は大休止の後、行軍を開始。休憩と行軍の間隔は、前日までと同じペースです。移動距離もほぼ変わりなく、おおよそ本日の昼前にはクロノワークの国境を越えることになるでしょう」

 

 具体的に言うならば、致命的なまでに正確な監視の目が付いてしまう。

 軍隊は、その動向が筒抜けになってしまえば、途端にもろくなるものだ。目がどこに付いていて、耳がどこに向けられているか。わかってしまえば、数時間先までの動向を把握することも出来なくはない。

 両国の国境付近は森林が多いため、身を隠しながら追跡し、その姿を捉え続けることは可能ではある。少なくとも、理論上はそうだ。

 

 ――もっとも、それが出来る技量を持った兵を作り上げるのに、どれほどの訓練が必要なのか。

 この点を考えると、気が遠くなるほどのコストを注がねばならぬだろうが。まさに武の国であるクロノワークであればこそ、である。

 そう考えれば、これほどの精兵に張り付かれていることについて、想定せよという方が理不尽かもしれぬ。

 

「よろしい。そのまま監視を続けよ。……まず、相手に国境侵犯をしてもらわねば、正当性を主張できぬからな。行軍の時間と距離を計算して、相手が踏み込んだであろう時刻に仕掛けるぞ」

 

 さらに、理不尽は理不尽を呼ぶ。シルビア王女は、身重の身でありながら前線に出てきていた。最前線の空気を吸わなければ、迅速な判断が出来ぬという事情もあったが――正規の軍事行動として、権限ある者が決断するポーズをとる必要があったのだ。

 行動は迅速にしなくてはならぬが、たまさかにでも現場の暴走と取られてはわらわの沽券にかかわる――とはシルビア王女の談。

 常識破りな行動を見せ続けることを、己に課しているようで。その辺りが、周囲に危うく映ることもあった。しかし、不器用にでも労わってくれる部下を得られたのは、彼女にとって幸運であったろう。

 

「わかっちゃいますが、随分と無茶なお方だ。とりあえず、同行されるのは開戦までにしてください。以後は、本国に引き上げていただきますよ」

「わかっておるとも。クッコ・ローセ軍事顧問は、期待に応えてくれるであろう。わらわは、そう信じておるよ」

 

 クッコ・ローセは軍事顧問という役職を与えられ、ゼニアルゼの女騎士たちを率いてここに来ていた。

 彼女らはクロノワークに入国し、両国が合同でソクオチ国境付近で訓練を行っていた――という設定である。都合が良すぎるが、政治的なパフォーマンスに過ぎないにしても、建前は必要だった。

 

「シルビア様、私と教官に部隊を任せてくださったのは、この時の為でしょう。開戦してからと言わず、今すぐ戻っていただけませんか」

「なんじゃ、モリー。つまらんことを言うのう」

「かつてはともかく、今は身重の身であると、ご自覚いただきたい。結果を出すためには、足手まといは必要ありません」

「……わかっておる。邪魔をして悪かったな。今すぐ許せよ」

 

 そしてまた、モリーも同じく軍事顧問としてこの場にいる。

 辛らつな言葉は正直でもあったが、反感を買うものである。それでいて、シルビア王女の顔に嫌悪の色はない。

 これでもモリーは身重の身を気遣っているのだと、わかるくらいには話も出来ていたからだ。

 

「クロノワークの伝令兵の機動は、機敏かつ正確。ですが、偵察と実働部隊の連携には、多少の誤差も考慮に入れなくてはなりません。計算通りに進まない可能性も考えて、今から動いておくのも手でしょう」

「国境を越えて攻め込むのは、相手がクロノワークに入ってから。そこは、譲れぬぞ」

「わかっています。ギリギリの線で待ち、最新の報告が届いてから相手の行軍距離を再計算。確実な時間を見定めてから、踏み入ります。……ええ、シルビア様の計画通りに、そう致しますとも」

 

 モリーの口調が、常よりも厳しいことにクッコ・ローセは気づいた。

 心境の変化か何かはわからないが、シルビア王女の不興を買ってよいことはない。たしなめようと思って、当然だった。

 

「おい、モリー。言葉には気を付けろよ。シルビア様がどういうお方か、わからぬほど愚鈍でもないだろう」

「ええ、ええ。わかっていますとも。――そうであればこそ、楽しませるための努力は怠っておりません。お判りでしょう? ねぇ、シルビア様」

「……ノーコメントだ。クッコ・ローセ。わらわは、モリーを見定めたいだけだ。今回の働き次第で、死罪にも表彰にも変わりうる。わらわが甘くなったと思っているなら、勘違いだと伝えておこう」

 

 シルビア王女は、感情を殺して笑みを浮かべている。それがわかる程度には、付き合いがあるから、なおさら戦慄する。

 彼女は自らの冷徹さ、酷薄さを表現する機会をうかがっているのだ。そうした雰囲気を、クッコ・ローセは実感していた。

 

「何を考えていらっしゃるか、わかりませんが。……モリーは必要です。今回も、今後についても」

「わらわがそんなに恐ろしいか、うん? これでも、随分と寛大な対応をしているつもりじゃが?」

「そうでしょうとも! なので、後はお任せください。吉報をお待ちくださるなら、きっと期待に応えて見せましょう」

 

 クッコ・ローセなりの気遣いである。戦いの前から、空気を悪くすることはない。何より、モリーの無礼を取り繕いたい気持ちが大きかった。

 しかし、気まずい空気がその場を支配していたのも、所定の時刻までのこと。伝令の報告により、ソクオチ軍の動きが知らされると、下士官も交えて速度と距離を再計算。

 多くの人数で計算することで、誤りを避けることが出来る。大部分で一致すれば、まず信用が置ける。

 そうして相手が確実に国境を越えた時間を狙って、彼女たちもまたソクオチとの国境を乗り越えた。

 

「先に仕掛けたのはソクオチであり、これは正当な報復攻撃である! ――連中は、我が生家たるクロノワークを狙う盗人どもぞ。ゼニアルゼは盟友の危機に対し、即応する義務があるのじゃ! 大義名分は我らにあり! 各員、思うがままに武を振るうがよい!」

 

 結局、シルビア王女は突入寸前まで居残ったが、この演説を最後にゼニアルゼへの帰路についた。

 やるべきことはやったのだし、戦う前から勝っているのだから心配はないのだと、そういう態度であった。

 

「まあ、王女様が戦えと言われたのですから、将としては応える義務がありますね」

「最初から、敵の動向なぞわかりきっていた。戦争のためにここまで来ていたんだから、今更って言ったらそうなんだが」

 

 ともあれ、モリーとクッコ・ローセは指揮官としての役目があり、旗下の女騎士たちにも王女の檄に従う義務がある。戦うこと自体に、異論はなかった。

 問題は速度。速攻をかけて、ソクオチの首都を落とすか――。あるいは、それに準じる結果を出さねばならない。少なくとも、首脳部を黙らせて混乱を招かせる必要があった。

 ソクオチの主力が出払っているとはいえ、防備が皆無ではあり得ず、これをいかに攻略していくかが最大の課題であった。

 

「これまでの訓練を思い返せば、事前の練習として最適だったと思いますよ」

「状況としては、確かにそうだな」

 

 繰り返し行った敗走と追撃の実戦訓練は、女騎士たちに強靭さを与えている。とにかくタフになっているのだから、強行軍程度で脱落するものはいない。

 攻城戦は未経験だが、この点に関してはこちらが補ってやればよいと、モリーは思う。

 

「いちいち侵攻ルートそのままを占領していく必要はない。ソクオチ王国が落ちた、という風聞を周囲にまき散らせる程度の成果があればいいんだ。――隠密行動で首都まで肉薄し、これを陥落させれば、まあ十分だろう。あるいは、陥落を待たずに風聞が拡散するかもしれんが、いずれにせよ全力で攻めねばならん」

「教官。わかってらっしゃるでしょうが、それはそれで難事ですよ。……なさねばならぬことであるのは、確かですが」

 

 あの訓練を思い返す。出来るだけ厳しくはしたが、命の危険のない範囲での戦いでしかなかった。だがここからは、誰かが命を落としても不思議のない、容赦のない戦いとなる。

 教え子を失う覚悟を決めるのは、モリーにとって辛い事だった。己の死よりも、厳しい事であったろうと、クッコ・ローセは察する。

 

「わかっているだろうが、速度を緩めるなよ。感づかれずに首都まで行く算段は付いているが、急がなくていい理由にはならんのだ」

「――もちろんですとも。訓練がアナバシスなら、今回はカタバシスというべきでしょうね」

「なんだ、それ?」

「アナバシスが上りで、カタバシスが下り。我々は今、河の上流から下流に下っているのだから、正しい表現であるというべきでしょう」

 

 モリーの言に、特別な意味はない。ただの感傷で、口にしているだけだ。

 アナバシス、カタバシス。いずれもギリシア語であり、今生では関係のない言葉である。モリーは古代ギリシアに私淑しているので、あえてそうした言葉を使っていた。偉大な先人の事績を思い返すことで、己を鼓舞しているのだ。

 こうしたモリーの心境など、クッコ・ローセにはわからない。疑問を口にするのは、それゆえだった。

 

「それがどうした。我々は今、戦争をしているんだ。闘争の中に突入している今、意味のない言葉遊びに耽溺している暇などあるまいに」

「――失敬、悪い癖です。自分だけならいくらでも冷静になれるのですが、教え子の命を預かっていると思うと、どうも」

 

 諧謔でも間に挟まなければ、重荷を背負うにも苦労するのだと、モリーは言った。

 彼女なりの人間性の発露であると思うから、クッコ・ローセも一概には否定しなかった。行軍の速度を落とさない範囲で、彼女を気遣ってやりたいとも思う。

 

「足を動かせ。拙速に勝る巧遅などない。――隠密行動の訓練が、正しく機能しているなら、結果を期待してもいいだろうよ」

「本当に首都に肉薄するまで何一つ気付かれないなら、それはそれで敵の無能を期待するようで、気が気でないんですがそれは」

 

 途中で感づかれた場合の対応も考えてあるが、結局のところ運の勝負になる。

 どうにもならぬ部分とはいえ、最善を尽くしても及ばぬ部分は確かにあるのだと、モリーはわかっていた。懸念を口にするのも、それゆえだ。

 

「まったくもって正論だが、ゼニアルゼの女騎士どもも捨てたもんじゃないだろう。……こいつらの練度を考えれば、油断している敵をだましきれる可能性も、決して低くはあるまいよ」

「ええ、低くはない。同時に、感づかれる可能性も否定しきれない。心臓に悪い話ですよ、まったく」

「悲観的になったところで、今さら行動を変えることは出来んぞ。……お前は本当に、身内のことになると弱くなるな」

「今回は特別ですよ。他所のお嬢様方を、教官という立場で指導した、初めての仲間たち。成長を見守って、ここまで育てて、今は肩を並べている。……格別に愛しく思って、当たり前でしょう?」

 

 クッコ・ローセ教官は楽観的だったが、モリーは懐疑的だった。特質上仕方のないことだが、運の要素が強すぎる、一種の賭けのような作戦である。不安をもって、当然と言うべきであろうが。

 しかし結果だけを見るならば、正しいのはクッコ・ローセの方だった。首都にたどり着くまで、何ら問題は起きなかったのだから、この幸運を生かさない方が愚鈍であろう。

 商人なり観光客なりに変装し、少数に分かれて進軍、首都を目前にして合流する。武装は商人組が持ち運んできたものを、合流した際に装備すれば――たちまち軍隊が再編されるという具合だった。

 

 本来であれば、武装した商人など徹底的に調べられてしかるべき。しかし、ソクオチでは直前まで兵站の構築のため、軍需物資が多く求められていた。すでに行動した今となっては、いささか時期を外しているといえるのだが――。

 それはそれで、需要の低下を見極められなかった、間抜けな商人のフリをすれば済む話である。遠征部隊への追加支援とて、ありえない話ではないのだし、軍官僚にとっても武具はいくらあってもいい代物だ。

 少し前は競い合うように買い集めていたものであるし、首都の市場に持っていくと言われれば、しつこく調べられることもなかった。

 担当したのが教養ある良家のお嬢様方であるから、偽装の具合も良好で、怪しまれることもなかったらしい。これはこれで、敵ながらソクオチの防衛体制を心配してやりたくなる結果だった。

 

「確認したところ、脱落者は皆無。万全ですね、怖いほどに」

「勝算のある戦いに挑める。実際、幸運だと思うぞ。……積み上げた訓練が、ようやく実を結んだというべきだ。私たちは、それを誇っていい」

 

 遠征に参加した女騎士の総数は、おおよそ三百名。関わりの多い少ないの差はあれど、これまでにモリーとクッコ・ローセが鍛え上げて来た、精鋭と言って良い者たちだ。

 この数で都市を落とすには、工夫が必要だろう。ただし、破壊活動に目的を絞るなら、その工夫の難易度はかなり下がってくる。

 国を落とすと一口に言っても、そうそう容易に下せるものではない。本当に下せるならばそれが一番だが、最高の結果を求めて無茶をして、被害を受けては元も子もなかった。

 最低限、遠征中の軍隊が、帰り場所を失ったように見せかけるだけならば――少数であっても充分可能であろう。

 

「さあ、ソクオチの首都に首尾よく入りこんだはいいが。ここからいかにして詰ませるか? 興味がわく所じゃないか。ええ?」

 

 首都に入り込んだ彼女たちは、とにかく全員の所在を把握し、一人残らず即応体制を取ることが出来ている。

 一都市への集結には成功しているが、まさか三百人余りが一か所の宿屋に集っているわけではない。短時間で連絡が可能な位置に、いくつか別れて潜んでいるのだ。

 そこは以前から通じている、信頼できる筋の物件だったり、一般の休憩所だったりするが、ともあれ正体がばれずに潜んでいられる所である。

 

「詰ませる算段は付いていますが、油断は戒めるべきです」

「そうだな。まったくその通りだ。で? 連絡手段の確認は、もうやっている。互いに情報を共有する態勢は万全だ。最悪でも退路を確保する余裕があるんだから、今さら何を案じるって言うんだ」

 

 作戦の開始と同時に動くことを考えれば、隠密行動も一時的なものだ。ギリギリまでばれなければ、それでいい。

 最悪の場合、強引にでも撤退する目途もついている。到着してから確認したので、この点に問題はなかった。

 ――とはいえ、初っ端から豪快に動くのもどうなのか。モリーとしては、決行を前に、今少しの慎重さを求めたい所だった。あくまでも、心持の問題にすぎないとしても。

 

「そう願いたいものですが。――では、手筈通りに。離脱のタイミングは、お任せします。こちらはこちらで、上手くやりますので」

「おう。一度出撃してしまえば、次に会うのは帰途か、ゼニアルゼに戻ってからになるな。……何があっても、私が慰めてやる。だから、あまり気負うなよ」

 

 モリーが一部隊を担う形になる。クッコ・ローセも彼女から離れて、別動隊を指揮することになっていた。それに対して、思うところがないと言えばうそになるが、あえてモリーは感情を口にしなかった。

 

「……教官。私、潜入任務は初体験でもありませんし、過剰に緊張しているつもりもないですよ」

「そうだな。――でも、教え子を伴ってきたのは、初めてだろ?」

 

 彼女たちを失う覚悟は出来ているか? と、クッコ・ローセは言外に伝えてきた。今のうちに、改めて覚悟を決めよと言われれば、モリーとしても心が揺れ動く。

 旗下の女騎士たちは、これから戦争の火蓋を切るのだ。ある者は倒れ、二度と祖国に帰れない。

 数が多くなるか、少なくなるか。これは行動の成否によって変わるだろうが、皆無という結果だけは有り得ぬ。そう思えば、モリーも気が重くなった。

 

「……気負うな、と言われれば。そうですね。難しいかも、しれませんね」

「これは隠密性が重要な任務だ。わかっているだろうが、不自然な感覚を周囲に漏らしてくれるな」

「大丈夫ですよ。私は、肝心なところではきちんと、感情が抑制されるんです。これまでもそうでしたし、これからも同じことでしょう。――闘争となれば、本能が私を動かして、最適解を導き出すもの」

 

 それが、私という生き物なんだと、モリーは言う。それを痛ましい目で見ることが、クッコ・ローセなりの感情表現であった。

 知ってか知らずか、モリーの方も労しい視線を受けて、殊勝にもこう言った。

 

「過剰に心配されるほどのことでもありません。――そもそも、我々だけで戦い抜け、と言われているわけでもなし。クロノワークからの増援も、今回は期待できる状況でしょう?」

「未だに連絡が来ていない以上、あんまり当てにするのもどうかと思うがな」

 

 一応、今回の作戦はゼニアルゼとクロノワークの合同という形になっている。

 首都を強襲する役割も、モリーらゼニアルゼ軍だけではなく、クロノワーク軍もバックアップに加わることになっているのだが――。

 現地集合ということで、事前に話し合って決めているのだが、いまだにそれらしい軍勢の影もなく、連絡もない。

 何かしらの事情で遅れているにしても、これ以上待っていられないというのが本音だった。

 

「敵の目を誤魔化すにも限度がある。一度集結してしまった以上は、早々に行動を起こさねば感づかれる。……日取りも厳密に決めていたわけでもなし、やれそうなら突貫してみるのも手だろうよ」

「成功の目があるならば、ですね。――支援があれば確実だったのですが、現有戦力でも首都部に混乱をもたらして、周辺の都市へ危機感をあおるくらいは出来るでしょう」

 

 それが限度でもありますが、とモリーは付け加えた。

 クッコ・ローセとて、その辺りはわきまえている。ギリギリまで粘って、それでもバックアップが望めないなら、撤退も視野に入れるべきだ。

 

「個人的には、半端なことはしたくないんだがな」

「状況がそれを許さないなら、是非もないでしょう。被害は最小限に、行動は臨機応変に、ですね。途中からでもクロノワークからの増援が来てくれたなら、作戦の変更はできます。どのタイミングで来るかにもよりますが、あんまり悲観的になるべきでもないでしょう」

 

 首都を占領するには手が足りないが、陥落した、と周囲に思わせる。そうした状態を短期間維持するだけであれば、事前に立てていた作戦で通用する。

 

「王の嫡子を拉致して脅すくらいなら、やってみせましょう。各員の隠密行動についても、不安はないくらいに鍛え上げたつもりなので」

「王子が一人だけっていうのは楽だな。何人もいたら面倒なことになってた所だ。――欲を言うならば、王の身柄も抑えたいくらいだが」

「それは流石に、クロノワークからのバックアップなしには不可能でしょう。王子の寝所だけならともかく、王のそれは警備の度合いが違います。……どうしてもとおっしゃられるなら、私が単騎で試みてみますが――」

「ああ、もう、わかった。無理はしなくていい。王子だけを誘拐するくらいなら、造作もあるまい」

 

 モリーはやれと言われればやる気であったのだが、クッコ・ローセが押しとどめるなら、無理に実行する気にもなれなかった。

 ソクオチの王子の寝所、その周辺の警備体制については、すでに調べがついている。いくらかの女騎士たちを陽動に暴れさせ、人員の移動を見極めれば、隠密裏に彼を確保して連れ出すことも不可能ではあるまいと、モリーは考えていた。

 

「まあ、ここの王様は老齢で病を得ているという話です。殺すまでもなく、心労でポックリ逝ってしまうこともあるでしょう。無理に狙うべきことではありません」

「そうだな。禍根を残さないことを考えるなら、病死という形を取ってくれた方が都合がいい。……シルビア王女は何も言わなかったが、病死に見せかける伏線を張っていても不思議はないな」

「気が滅入るんで、やめてくれませんかそういうのは」

 

 許せ、とクッコ・ローセがぶっきらぼうに言う。

 許します、とモリーがさらりと応えた。それだけで、二人にとっては充分だった。心根を伝えるのに、言葉を尽くすのが最善とは限らぬ。

 少なく、足らない言葉であればこそ、かえって気持ちが伝わることもある。これは、その証左であった。

 

「ご武運を」

「ああ、またな」

 

 再会を疑わぬ声。両者はそうして別れた。次に会うときは、戦勝を祝う席であると、信じて疑わなかった。

 

 

 

 





 いかがだったでしょうか。楽しんでくれたのなら幸いです。
 ソクオチとは、次の話で決着がつくでしょう。
 どんな展開になって、どんなオチが付くのかは、まだわかっていませんが。

 大きく書き直すようなことがあれば、次の話の前書きに記しておこうかと思います。

 ではまた次回まで、しばしお待ちください……。



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