見直しの予定がずれただけで、実際には土曜日にはだいたい出来てたのでセーフ(自分ルール)。
ともあれ、どうぞ。……拙い知識を披露するようで、どうにも恥ずかしくはありますが。
時間つぶしにでもなれば、幸いです
シルビア王女は速やかに帰国した。憂いなく休息をとって、ささやかな遠征の汚れを落とす。
食欲や睡眠欲など、生理的な欲求もついでに満たし――ひと心地付いたところで、彼女は大臣を呼びつけた。
戦いの興奮を分かち合うならば、夫である王子よりも大臣がいい。何より、実務的な話し相手として、この国には他に人物らしい人物がいないのだから仕方がなかった。
「お早いお帰りで、何よりでございます。成功を確信なされたと、そのように受け取って良いのでしょう?」
「うむ。――しくじる可能性はあるが、修正できる範囲に収めるであろうよ。勘働きではあるが、敗北の予感が全くせん」
ゆえに、余裕をもって吉報を待っていられると、シルビア王女は言い切った。
大臣としては頼もしさ以上に、疑問も出てくる。そこまで信頼するには、根拠があるはずだった。
「以前のお茶会で、おおよその展開は予想されていたのですかな?」
「あの時よりも、さらに強い確信を得ておるとも。――いや実際、実戦の空気を吸うと違うものだな。勝ちが見えている場面の空気は独特なものがあるゆえ、その雰囲気を感じた以上、長居は無用と思うたのよ」
勝手知ったる自室の中で、シルビア王女はごく自然にくつろいでいた。そこに気負いはなく、正直な感想を述べているように見える。
それがまた、大臣にはかえって不可思議に思えた。
「勝利の果実を、他人にゆだねるのですか。自らの手でもぎ取ろうとするのが、貴女という人ではありませんか?」
「わらわが形式にこだわったことなど、一度もない――とは、流石に言わぬが。しかし、名分より実質的なものを優先するようにしている。ゆえ、今回も刈り入れを任せるくらいは、どうとも思わぬよ。というか、忘れておるかもしれんが、わらわは身重の身だぞ?」
鷹揚に答える様に、不自然さはない。とすれば、これは本心かと大臣は思う。
しかし刈り入れを任せる、という表現からは自負心が読み取れる。任せてやっているのだ、と上から目線を強調するのは、生来の傲慢さゆえか。
それとも、別物の感情が混ざっているのか。傲慢でなくば、おそらく信頼。
だとしたら、モリーの重要性はさらに上がってくる。確かめるように、大臣は問うた。
「そう言えばそうでしたな。しかし、よほど信頼しておられるのですな? あのお二方を」
「――ふむ。信頼、か。結果を出してくれると確信を得るくらいには、なるほど。信頼していると言えるのであろうな」
シルビア王女は、大臣から視線をそらしながら言った。
何かしら、患う部分がある。態度からそれを見取った大臣は、さらに言葉をつづけた。
「いやはや、シルビア王女は果報者ですな。心から信頼する将帥を、一人でも得られたら君主としては至福と言うべきです。軍を任せて不安なく、勝利を確信できる相手ほど貴重なものはございません」
「――わらわを計るつもりか。その手には乗らぬぞ」
「まさか、まさか。貴女様を計るなど、そんな恐ろしいことが出来る者は、もはやゼニアルゼには居らぬでしょう。誤解されたのであれば、お詫びいたします」
大臣は真面目くさって、頭を下げて見せた。それがまた、シルビア王女には演出じみて見える。
いささか鼻につく態度であるが、無視できるほど大臣は小さな存在ではない。不本意ながら、彼女は言葉を尽くす。
「――不安などない。あ奴らは、見事ソクオチを落とすであろうよ。事後の処遇も決めておるし、まずその通りに進むはずだ」
「ならば、問題ありませぬな。懸念などないではありませんか」
「大いにある。彼女らがわらわの命に従っているのは、今回の件がクロノワークの益になることだから。わらわ個人ではなく、クロノワークとのつながり故にあの二人は戦ってくれる。……裏を返せば、わらわが祖国を切り捨てるようなことがあれば、もはや協力など求めようがないと言うことだ」
憮然とした顔で、シルビア王女は言った。口惜しい、とでも言いたい雰囲気であったが、かろうじて口にしないだけの分別があったらしい。
もっとも信頼する戦力から、忠誠を期待できない現状が歯がゆいのであろう。その辺りの機微を察せるくらいには、大臣は有能だった。
「今後、彼女たちを便利に使い倒すことは出来ない。やるとしても、それなりの名分を必要とするわけですか」
「戦いに名分が必要なのは、当たり前の話だが。……いかなる名目でも、わらわ個人の利益のために働かせるのは難しい。真面目に引き抜きでもしない限り、あの武力は『借り物』のままだ。となれば、アレコレと余計なことを考えるのも、致し方あるまい?」
金や策で忠誠を買えるものなら、惜しみはせぬ――と、シルビア王女は言いたい様子だった。
しかしそれは無理であろうと、大臣は思う。勘気を被ってでも忠告すべきか、否か悩みつつも、適当に言葉を濁す。
「――さて。シルビア王女は、複雑なお立場です。お気持ちは、お察しいたします」
「どうだか。……いや、いい。本心など言ってくれるな。そうして慰めを聞いている方が、よほど気楽だと言うものよ」
大臣は、あえて追求しなかった。シルビア王女もまた、これ以上は語らなかった。
不思議な共感が、二人の間には存在していた。すなわち、クロノワークは頼りがいのある国家であり、信頼を託すだけの関係を続けている内は、戦力的な不安がないこと。
そして、万が一にでも関係を解消することあらば、それがすなわち自国の危機につながるのだと――。
ゼニアルゼの外交的な安全保障は、きわめて厳しく、薄氷の上の優位に立っているのだと、否が応でも自覚させられたのであった。
また、同時に。薄氷の上で成り立っているからこそ、シルビア王女が暗躍する余地も生まれる。
大臣としても、理解は示してやりたいと思う。……ゼニアルゼに、益がある限りは。
「そうそう、忘れる所でした。――結局のところ、私をあの茶会に同席させた理由について、問い質しておきたいのですが」
「大臣の見解だけなら、わざわざ呼びつけんでも予想は出来た、と言いたいのであろう? ま、そこはな。ちょっと前に、モリーと共謀したことがあったではないか。あれの意趣返しも含んでおる。……もっとも、それ以上に。お主の見解を再確認しておきたかったというのも、確かな本音ではあるよ」
「ははぁ。これはまた、随分と見込まれたものです。――ところで彼女らですが、本気で引き抜かれるので?」
「そうしたいが、簡単にはいくまい。クッコ・ローセも難物だが、特にモリーなどは天性の女たらしゆえ、クロノワークの方に残した女どもを気遣って、容易に鞍替えはするまいよ。……容易には、な」
何とかこちらを意識させるため、待遇の面で攻めてはみたがどう転ぶかわからぬ、とシルビア王女は言った。
これは、何かしら企むな、と大臣は悟る。わからないと言いながら、顔は不気味に微笑んでいる。そうした時、いつでも彼女はろくでもない策略を脳裏に巡らせているのだと、ようやくわかってきたのだ。
だからこそ、苦言を呈したくもなった。余計かもしれないが、嫌味ではなく純粋な善意で。何よりも同情すべき、モリーに対する借りを返すために。
「それはそれとして、私個人がモリーという人物を見定めるのに役立ったのですから、茶会に招いた意義はあるでしょう。シルビア王女の評はさておき、私としては頼りになる御仁だと思いますよ」
「なんじゃ、結局その程度の評に落ち着くのか。面白みがないうえ、わかりきっておる。今さら言うまでもあるまいに」
「ええ、まあ、はい。……追加で個人的な意見を申し上げるなら、シルビア王女ではあれを飼うことは出来ないでしょう」
協力を要請することは出来ても、心からの忠誠は期待できない。大臣は、それを端的に表現した。
目の前の絶対君主を前にして、臆した様子もなく主張する。これには、彼女の方が困惑した。
「飼う? ペットの話などしておらぬが」
「貴女の手駒となれば、それはペットと変わらぬでしょう。――愛玩され、使役されることに慣れてしまえば、それは飼われていると言ってよいのです。そして、モリー殿はそうした立場に身を置くことに、耐えられぬでしょう」
わかっておられないなら、仕方がないとばかりに、大臣は率直に正直な感想を述べた。その意図が明確に伝わってくるものだから、シルビア王女は却って反論したくなる。
「安易に鞍替えはせぬ、と言うたが、絶対にありえないとまで言った覚えはないぞ」
「再度申し上げますが、無理でしょうな。少なくとも、シルビア様の個人的魅力とか、単純な好待遇などで、モリー殿は引き寄せられない雰囲気がありますので」
シルビア王女は、大臣を鋭い目でにらみつけた。
猛禽をイメージするような、極めて強い視線を受けながら、大臣は平然と思う所を述べる。
「誤解されたくないので、率直に申し上げますが――相性と言うものは、人間関係において重要なものです。そうですな?」
「うむ。認めるのも、やぶさかでないのう。――で?」
「モリー殿は、その業績からは意外なほどに穏健で常識的、しかもおそらくは愛国者です。なので、王女様とは合わないでしょう。個人的に引っ張りまわされること、外圧に屈することはあっても、自発的に協力することはあり得ません。……私とて付き合いは浅いですが、それくらいはわかりますとも」
「――言ってくれる。モリーの心がわかった訳でもあるまいに」
「モリー殿の価値観や、口に出していない部分についても、ある程度までは。……わかった、と申し上げてもよいくらいですが」
それを語るのは、彼女が戦勝を報告して、何かしらの機会を設けてからに致しましょう――と大臣は言った。
「どうせ当てずっぽうで申しておるのだろう? わざわざ追及するまでもないことよ」
「ならば聞かねばよろしい。……私も、ようやく図太い態度と言うものを身に着けられましてな。諫言を怠けて良いというなら、そうさせて頂きましょう」
「――こいつめ」
わずかな付き合いで、何を理解したのか。これが老獪と言うものか、とシルビア王女は大臣に問い質したかったが、それでは負けた様な気がして嫌だった。
そして大臣を通して、モリーに対しても八つ当たり気味な感情を抱く。当人にとっては災難以外の何物でもないだろうが、今度会ったら絶対にいびってやろうと決意する。
「モリーめ、わらわをこうも振り回すか。まこと、厄介な奴が現れたものよ」
「モリー殿も、シルビア王女にだけは言われたくないと思いますが」
「言うなよ。おぬしを殺したくなる。……ああ、聞き流せよ。これは冗談だ。冗談であるべきだ。そうではないか?」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。私としては苦笑するほかありませんが、ほどほどにしてください。……本当に、お願いしますよ?」
大臣のまっとうな進言も、シルビア王女に届くことはなく。ただ、モリーへの対抗心ばかりが育っていた。
これが未来において、如何なる意味合いを持つのか。誰も予想することは困難であったろう。
いずれにせよ、現場で奮闘しているモリーにとっては、いまだ考慮するに値しない事件であったに違いない。
モリーです。最前線で今まさに潜入任務の真っ最中です。
日も落ちて久しい夜間帯。暗躍するにはこの時間しかないってくらいだけど、首都の雰囲気は平時そのまま。巡回の衛兵にも緊張感がありません。
こうやって、微妙に緩んでる敵陣に入り込んで、アレコレするのに愉悦を感じる人も多いみたいですが。個人的には、余計な感情は冷静さを奪うと思うので、慎重にやっていきたいね。
「第一班から第三班は陽動を行います。私が率いる本命の第四班は王子誘拐を試みますが、既定の時間までに戻らなければ、他の班はクロノワークの軍が来るまで潜伏を続けること。損耗を避けつつ、機会をうかがうためです。……首尾よく仕事を終わらせたら、再度集結します。集合場所へのルートについては、もう暗記していますね? ――ならば良し」
首都強襲は、印象が鮮烈であればあるほど、外敵に対する警戒心を強く生むものだからね。だから、陽動にはいろいろと小道具を用意させている。
火を用いるのはそのためで、簡単に消火できる程度に留めるのもそれ故だ。大火は人々から思考力と余裕を奪う。しかしボヤで済んでしまえば、人々は考えてしまう。
これだけでは済まないのではないか。知らぬ間に、この首都は包囲されたり、敵軍によって攻められるのではないか。
ここに追加で不穏な出来事が重なれば、混乱の度合いはより深まるだろう。兵の不審死、犬の鳴き声、家畜の暴走、あるいは不審人物の目撃情報でもいい。
そうして不安をあおり、外側に目を向けさせるのが、彼女たちの役割だ。四方八方に注意の目を向けると、どこもかしこも手薄になる。中央から警備の目をそらせたら、その一瞬の間隙を縫って目的を達するのだ。
これもまた兵法である――なんて、ね。紀元前に孫子が説いているような初歩の初歩を、今さら誇るのも馬鹿らしい話か。
「第一班から第三班へ告ぐ。……被害を最小限に食い止めることを、第一に。半端な結果でも、最低限の役割は果たせます。結果に拘泥せず、中途でも離脱する勇気を持つように」
「それを勇気と言ってよいものでしょうか? 確かに、工作を行った班は、多少なりとも痕跡を残します。仕事を続けるのは難しくなるかもしれませんが、戦わずに逃げることを、前向きに考えるのは難しいです」
「それでも、この場は退避することが、勇気の表れであると私は評価します。貴女方の命の値段は、本来はもっと高いものです。一つの作戦に、易々とつぎ込んで良いものではない」
だから、死ぬ勇気は、もっと重要度の高い場面で使いなさいと、淡々と諭す。疑問を持った子も、その子に多少なりとも同調していた子たちも、それで静かになった。
「――自信を持って、もったいぶりなさい。私が鍛え上げた貴女達は、ソクオチとの抗争程度で、損耗してよいものではないのですよ」
とはいえ、無警戒の都で、鍛錬を積んだ精兵が失敗する要素は少ないと思う。
念のため。あくまでも、念のための言葉だ。それをわかってくれたのか、皆の顔には程よい緊張が見られるだけで、恐怖に震えている者はいない。
いい兆候だ。仕事を任せるのに、不安はなかった。だから、被害さえ少なければ、それで充分だと思う。
「各員の奮闘に期待します。では皆さん、手筈通りに」
各班に分かれての行動に移った。もう私に出来るのは、直轄の第四班を率いることだけ。他の班の幸運を祈りつつ、私たちは私たちで王城への潜入に向かう。人目を避けながら、巡回ルートを避け、物陰に身を潜めつつ進んだ。
偶発的に、警備の穴が生まれていたら、陽動を待たずに入り込むつもりだったが――流石に何のこともなしに警備が薄くなることはなく。
その時が来るまで、我々は近場で待機し続けた。程なく状況が動くと分かっているから、焦ることなく、安全策を取れたわけだ。
「そろそろ、ですか?」
「時間的には、ええ。――彼女たちが、上手くやれていれば」
傍の子の一人が、確認を求めるように言って来た。私としては、そうであることを祈りたいくらいだよ。
失敗はすなわち、教え子たちの死を意味する。それをここで実感するなんて、私は考えたくない。
「――あ。この、音」
「始まりましたね」
始まりとも、終わりともとれる爆発音。これで、警備の目が向く。
火薬は持ち込めなかったから、現地調達。音と響きからして、充分な量は調達できたはずで、発火のタイミングもほぼ予定通り。教え子たちが上手くやったとみていいだろう。ソクオチのアレっぷりに、今はただ感謝だ。
事後の火災の規模については、運頼みの要素が強いが――。正直、これだけでも最低限の成果は得られた。
巡回していた兵たちが、異常を察知して緊急への対応を優先している。詰所の上官に、判断を仰ぐことが義務付けられているのだろう。少し様子を見ただけでも、連中の動きがあからさまに鈍っているのがわかる。
これに乗じて、行動を起こさぬ方が愚鈍と言うもの。旗下の兵は四人だけ、というのも功を奏して、どうにか城内へと忍び込めた。
もう一人でも人員が増えていたら、どうなっていたかわからない。それくらい、微妙な差だった。
「――」
口を開かず、視線とサインで指示する。月夜の空であればこそ、可能なことだった。警戒に二人、私を入れて実行に三人。
巡回の兵を始末して隠ぺいするには、これが最善の布陣だった。どこかで報告があがって、不信感を持たれる頃には、全てが終わっているだろう。
目的地はわかっている。事前の決めたルートがそのまま使えたから、時間的なロスは最低限で済んだのは、僥倖と言って良い。
いや本当に、事前にソクオチの情報を抜けていたのは大きいね。その結果がこれとなれば、潜入任務は事前の準備が全てを決する、と言ってもいいかもしれない。
邪魔を排除しつつ、王子の寝所への道を渡るまでは、順調だった。日頃の予定まで抑えていたから、この夜の時間帯になると、王子がすでに就寝していることもわかっていた。
そこまで把握していたら、拘束して拉致するのに何の障害があるだろう。傷を残さないように、極めて丁重に連行させていただいた。王族なのだから、粗相があってはならないのですねー。拉致そのものが無礼だって言われたら、これも戦の作法ですって返してあげよう。
「――! ――!」
もがいて暴れるのが、ほんの少しだけ遅かったですね、王子様。我々としては、その方が都合がいいので、できればもう少しだけ、そのままの貴方でいてください。
王子を部下に担がせ、衛兵の目に触れることなく、城内から脱出。ここまでは想定通り。
――でも、ここから首都を出るには、また大きな問題を越えければならない。集合場所に、全ての班が集結する。
「陽動の結果は充分でした。過程を含めた詳細は、また後日。――被害についてだけ、詳しく聞きましょう」
「はい。では――」
覚悟して報告に向き合うつもりだったけど、被害は想定よりもはるかに少ない、というか。損耗ゼロとはびっくりした。
これ、ソクオチの防衛体制に物申していいくらいだよね? どうして戦時下の首都なのに、練度の低い兵で固めているんだろうか。
精兵は全て前戦に引っ張られているのかもしれないが、もうちょっと危機感を持つ気になれなかったのかと言いたい。ソクオチならぬ即落ち――なんて、日本語っぽいダジャレが頭をよぎったよ。
「どうにもアレですが、都合がいいと言えばいい。……王子を伴って、首都からの強行離脱を行います。これを成功させるためにも、兵力は一人でも多い方がいい」
一番の難所はここから。流石に時間がたてば、ソクオチの兵たちも落ち着きを取り戻す。
そして王子が拉致された事実に気付けば、即座に首都を封鎖し、内部を徹底的に探るだろう。大事な荷物を抱えたまま潜伏など現実的ではないし、今を置いて逃げる機会はないと見るべき。
潜入任務は行きは良くても、帰りに全滅の危険がある。せっかくの精鋭を丸ごと失ってしまえば、大損などと言う次元の話ではない。特殊部隊による首都強襲が、そうそう行われないのは、こうした理由があるからだ。
――この場にクロノワークの兵がいれば、心強かったろうに。そんな風に嘆くことも、私には許されない。希望的観測ではなく、冷静に現実を見て行動することが、私に求められていることだ。
「教官の方から、伝令は?」
「まだ――いえ、今来たようです」
即座に伝令を読み上げてもらう。こちらが王子の拉致を行っている間、教官が何をしていたかと言えば、工作活動の補助と諜報である。陽動の班は実行に力を尽くしたが、教官らは後始末に尽力してくれている。今頃、ソクオチの衛兵たちは誰を疑い、何を調べるべきかも正確にはわかっていないはずだ。
もっとも、そちらは補助的なもので、主目的は緊急時における兵の動きを見張ってもらい、その分布を分析すること。この情報だけは曖昧な所が多いので、現地で補強しておきたかった。これが分かれば、東西南北の城門のうち、どこを突破すべきかがわかる。
そしてクロノワークが援軍にやってきた場合を考えて、事前に決めていた連絡場所へも張り込んでもらっていた。
期待はしていないが、この場面でクロノワークからのバックアップがあれば、かなり安全な撤退が可能になる。出来れば、いい報告であってほしいが――?
「ソクオチの兵らは、事態の収拾に躍起になっているようで、全体的に警戒度は上がっています。休息している者たちを叩き起こして、兵員を増やして朝まで頑張る様子とのこと。具体的な兵数、分布の傾向は添付した地図に書き込まれています。――次に、クロノワークからの援助の手について。どうやら連中、我々より先にこの都に来ていたようですね。それも、随分自然な形で溶け込んでいたと、クッコ・ローセ教官は所感を述べています」
全員に情報を共有させるため、読み上げさせたが――詳細が気になって仕方がない。
「……教官なりの皮肉ですね。こちらに一番危険な先陣を切らせて、後で悠々とやってこられては、そう思うのも仕方のない所ですが。すみません。……ちょっと拝見させてください」
丁寧に頼んで、教官からの報告書を手元に寄せて確認してみる。
……うん、うん。ああ、この、これは――。
「クロノワークからの援助を、期待していいのですね?」
「あ、はい。……少数ですが、都市の外側にも部隊を待機させているようです。要請があれば、内と外から挟撃も可能だと、そう申し出ていました。あくまでも、常識的な範囲で、とのことですが」
聞き逃せないレベルの報告が来たので、私はつい身を乗り出すような形で問いただした。
伝令の彼女が顔を赤らめたのは、困惑からのモノだと信じたい。
「結構。続きをお願いします」
報告書の内容も、伝令の言葉も頭の中に叩き込み、それから内容を吟味し、咀嚼するように理解していく。
報告に続きがあることを忘れそうになるが、ここは意識して続きをうながし、きちんと聞き取っておかねばならないとわきまえている。
「はい。クロノワークは、援軍としての形を崩してはいません。我々が王子を連れて撤退する支援は行うこと。その為に手薄な城門まで案内し、これをこじ開けて脱出するまでは、手助けしてくださるそうです。ただ、その後の交渉については関われないとの言をいただいたとの由――」
「王子を返還する際の交渉は、全面的にこちらが責任を負うと言うことですね」
「はい。クロノワーク側は、一切口を出さないことを明言しています」
なら、援軍としての義理は最低限果たしたと言えるだろう。だったら、もう少し早く反応してほしかったんですけど。最初に手を汚す役割を任せたかったにせよ、早くから接触してくれれば、気をもまずに済んだというのに。
私個人が古巣の反感を買った覚えはないので、組織同士の軋轢とでも見るべきか。クロノワークとしては、あまりやり過ぎて国際的な顰蹙を買いたくないんだろう。良くも悪くもシルビア王女の功績にしておきたいから、関わるのは最小限にまとめて置きたいのかもしれん。
……もっとも、脱出後の交渉に関わらない、という線でまとめているあたり、つけ入る隙はあるね。
「委細承知しました。――では、クロノワークの方へ、伝令を頼みます」
「はい。如何様に?」
「こちらが脱出するまでは、任務の協力をお願いする旨、お伝えください。それから、ですね。……ちょっと待ってください」
さらさらと、手早く書面に記すと、伝令兵にこれを渡す。
内容はと言えば、奇をてらわず、率直な要求を伝えるように。
『王子の命が惜しければ、交渉に応じろ。身柄の安全は保障するが、交渉の内容を実行するまで、こちらが寄こす交渉人以外は人の出入りを禁じ、外部への連絡も禁ずる。守らなかった場合は、ソクオチに戦争を終わらせる意図がないものと見なし、血を伴った制圧が行われるであろう――』
と、こんな感じ。
「王子をさらわれて、気が気でない王様に、メッセージを送ります。この書を、確実に王本人に手渡せるよう、お願いします。本格的な交渉は、我々が首都を抜け出してからになりますが。――クロノワークの方々は、随分前から張り込んでいたようですし、それを行えるくらいの手回しは済んでいるでしょう」
出来ないなら出来ないで、また別の手段を考えればいい。ともかく、使える間に使えるものは、いくらでも酷使すべきだと思う。
書面を受け取った彼女は、すぐに動いてくれた。私からの命ともなれば、そうして当然ではあるのだが。……教え子を使い走りに使うのは、何とも奇妙な後ろめたさがある。
対等に付き合えたら、どんなに良かっただろうかと、意味のない過程を思考の中で楽しみたくなった。もっとも、そんな贅沢が許されるほど、我々に余裕はない。
「では、全員で脱出を試みます。――先導は教官の班に任せます。合流までは隠密行動が求められますので、まだ気を抜かない様に」
そうして合流したら、教官たちと共に全力で脱出することになる。クロノワーク側の戦力次第だが、内と外から攻めれば城門を破り、生還することは出来るだろう。
あちらさんのやる気次第だが、被害もかなり減らせるはずだ。――何もかも上手くいけば、一人も死なせずに、全員で帰還することも、あるいは。
そんな希望を持ちつつも、任務を遂行する際は感情をはさまない。闘争本能とでも言うべきものが、私から冷静さを奪わせなかった。
たとえ目の前で誰が倒れようと、自分はその時の最善を尽くすのだろう。そうでなければ、彼女たちを率いる資格さえなくなるのだと、私はそう思い定めていた。
国内でソクオチを返り討ちにしていることを、クロノワークの兵たちは疑わなかった。
敗北するには相手がお粗末に過ぎると、末端の者ですらそう思う。であればこそ、舐められぬようにやり返すこと。恐れられるよう徹底的に叩くことも、クロノワーク軍としては賛同できることであった。
「問題は、積極的に絡めないこと。指揮官同士は同郷でも、立場の違いはいかんともしがたい。――おかげで、初動を遅らせねばならなかった」
クロノワークからの援軍、その部隊の隊長は、そうつぶやいた。
彼女は特殊部隊からの出向組であり、わざわざこの時のために引き抜かれて、クロノワークの別動隊を指揮することになった。
特殊部隊には隊長と副隊長の他にも、高度な士官教育を受けた騎士が少なくない。
隊長のザラは、国内で防衛側に回って主力を指揮しているが、何も全軍を守りに割いているわけではない。むしろ防備がすでに固まっている本国の方が、人員は節約できると考えてもよい。
だからこそ、クロノワークとしては金銭援助のお返しとして、援軍の用意が出来るわけだ。
首都内部に入り込んでいる分だけでも、ゼニアルゼの実働部隊より多い。外部に待機させている戦力については、さらにそれ以上。ゼニアルゼの潜入部隊がなくとも、首都を機能停止に追い込むくらいは出来るはずだが――あくまでも、主役はあちらだとわきまえてもいる。
兵を隠ぺいする手段は限られるから、外で待たせている連中は、夜が明ければすぐに発見されるだろう。今こそ使うべき手札であり、その使い方についても、すでに迷いはなかった。
「クッコ・ローセ教官殿とコンタクトできたのだから、以後の連携に問題は生じるまいが、結果的にどうなるかは――運次第か」
彼女は、クッコ・ローセ教官と面識があり、お互いに信頼を置いている。そして特殊部隊出身であるから、当然の様にモリーとも付き合いがあった。現場で即興でも、動きを合わせるくらいは出来る。
今回、共同して作戦を行うと聞いた際は、それなりに高揚したものであるが――。政治的な事情から、軽はずみな行いは戒められていた。
具体的に言うならば、『口火はゼニアルゼの方に切らせよ』と、厳命されている。その上、現地で合流するのは事が起こってから、ギリギリのタイミングで接触するように、と。
政治的な事情があると、ザラ隊長は言っていた。目の下のクマが濃くなっていて、機嫌の悪さが見て取れていたから、詳しくは聞けなかったが。
「まあ、出来る範囲で仕事をするだけだ。――さて、そろそろ頃合いか」
丁度いい具合に、クッコ・ローセ教官からの伝令が飛んできていた。内容を吟味し、思考し、可能であると結論付けたならば。
ためらわずに実行、部下を酷使しつつ士気を落とさない限度をわきまえる。それくらいの名人芸を現実にする程度には、彼女は有能だった。モリーは友人にも、ある程度のスペックを求める。
なればこその連携であり、息が合う理由にもなる。……実際、モリー旗下の女騎士たちが、最小限の被害で首都から離脱できたのは、その点が大きい。
「王子殿は無事です。――重傷者は、置いていくしか、ありませんでした」
「交渉で取り戻すさ。……生きていればな」
「はい。生存者は、生きて帰す。このモリーの首にかけて、それだけは成し遂げねばなりません」
モリーは嘆き、クッコ・ローセは励ますように言った。結果どうなったかは、モリーの他は『直接の関係者』しか伝えられていない。
後ろ暗い任務であっただけに、特定の者には沈黙が課せられる。家族に勲章と年金が与えられても、さてそれが慰めになるかどうか。
「お見事な対応でした。感謝します。――なんて、仰々しく言うことでもありませんか」
「そうだな。ちょっと前までは同部隊の誼で、今は同郷の誼だ。その内何かしら奢ってくれ。それでチャラだ」
モリーと、援軍部隊の隊長が再度顔を合わせたのは、ソクオチを即落ちさせてから、しばらくたってからのことである。
骨を折ってくれたクロノワーク勢を歓待するため、ゼニアルゼで宴が開かれた。その際に彼女らはいくらか会話したのだが、モリーの顔はひどいものであった。
「交渉は上手くいきましたよ。首都と外部との連絡は断絶し、ちょっとした工作で『首都陥落』の報を周囲にばらまけましたし、信じさせることが出来ました。――速やかに終戦を迎えられたのも、極めて有利な条件を引き出せたのも、そのためです。助けになれる部分は全力を尽くしたし、救えるだけ救いきったと思いもしますが、当人たちはどう思っているのでしょう。……彼女らの献身を最大限に利用した身としては、どうしても後ろめたく感じてしまいます」
モリーは、暗い顔でそう言った。慰めすら拒否する表情で、最後まで視線を決して合わそうとはしなかった。
クロノワークに踏み込んだソクオチの主力はなすすべなく敗退し、王子誘拐のごたごたも含めた心労によって現国王は崩御。拉致された王子を材料に、クロノワーク及びゼニアルゼ両国から、相当不利な外交を仕掛けられた。
ソクオチに未来があるとすれば、ゼニアルゼの属国としての地位を目指すしかない。それくらいに徹底されたのだから、ソクオチの騎士は嫌でも今回の敗戦を意識するだろう。
一応、今のところは存在を秘匿されているが、モリーの功績が大々的に知られるようになれば、どうなるか。彼女自身、考えたくもない事だった。
宴の後は、戦後処理が待っている。モリーは例のごとく、シルビア王女に個人的に呼び出されていた。
あの王女様のことだから、何かしらやらかしてくれるんじゃないかと、警戒しながら部屋に入ったが――。実際に話をしてみれば、今回の戦のアレコレについて、適切な話題を振ってくるだけだった。これなら、相手をするのも苦痛ではないと、モリーは安心する。
「際どい所でしたが、まあシルビア王女の注文通りに出来たのではないかと。被害も極めて少なかったはずですから、ご満足でしょう?」
「そうじゃな。満足するのは、これからの結果次第じゃが。――あ、そうそう。功績は功績ゆえ、前に言ったアレコレはちゃんと実行してやるからな。覚悟は決めておくように、のう?」
「え? マジで?」
「マジじゃよ。……おお、ようやくお主から一本取った気がするのう。いや愉快愉快」
戦勝報告を含めて、面倒な事柄を片付けて。ようやくねぎらいの言葉をかけてもらえるかと思えば、シルビア王女はモリーの心を攻めてきた。
事前に言っておいたことを実行するだけだと彼女は言ったが、モリーとしてはジョークじゃなかったのか、と奇襲を受けたような気持だった。
「同性婚の許可とか、ハーレムとか? ついでに別荘でしたっけ」
「言ったことは全て守るのが、信用を維持するコツと言うものよ。……よって、わらわは、お主に誠実さを求めても良いのではないかな?」
「兵卒としても指揮官としても、条件さえ整えれば誠心誠意尽くす気はありますよ。――恋愛的な意味では、ちょっと……。シルビア王女はきつ過ぎるっていうか、うん」
「冗談を言えるくらいには大丈夫と言うことじゃな! ――では、そういうことで。おーい、もう入ってきてよいぞ」
シルビア王女が合図と同時に、多数の女性たちが部屋に乗り込んできて――モリーは、戦慄せねばならなかった。
己を待っているである女性たち。ザラ隊長はもとより、メイルやクッコ・ローセ、なぜかクミン嬢まで詰め掛けてきたのだから仕方がなかったであろう。
「責任取って」
「ええ……? メイル隊長。ちょっと性急に過ぎやしませんか」
「責任取れるよな」
「断定されましてもその、ザラ隊長。それはちょっと」
「とりあえず抱いてください、抱き返しますから」
「クミン嬢は自重して、どうぞ。……ガチで。笑ってないで、勘弁してください」
「私は後回しで良いから、ゆっくりやってくれていいぞ。――いい感じに出来上がったところで、おいしく頂かせてもらおう」
「教官! 貴女もですか教官! 私を裏切ったんですね!」
「シルビア王女の仕込みだ。私としては、拒否する理由もなくてな。まあ、何だ。あきらめろ」
急展開に畳みかけられつつも、モリーは貞操を守り切った。
その軌跡について、あるいは奇跡について。知る者が知れば、さぞ感嘆したことであろう。
「……困ったものです。本当に」
当人としては、そろそろ覚悟を決めねばならぬかと、思いつめていた。色事にかまける余裕が出来て、政治的な面倒事を意識せずに済んだと思えば、これもまた僥倖と言うべきか。
生きる覚悟、死ぬ覚悟。どちらを優先するしたものか、モリーはようやく、悩み始めたのである――。
軍事の知識とか本当に乏しいんで、かなり書くのに苦労しました。
頭を使うと執筆が遅くなるのですが、だからと言って良いものになったかと言えば、そうとも言えず。
……ともあれ、話は進みました。今回、モリーが自身の力で功績を立てた、という事実が重要なのです。
後回しに出来る課題ではないと、彼女はようやく理解しました。
次の話は、モリー自身のお話になります。月末には投稿、できたらいいなぁと思いつつ。今しばし、お待ちください。