いや色々とギリギリなんでお許しください。修正が不十分なら、すみません。
わたくしモリーは、ゼニアルゼでの任期を終え、ようやくクロノワークへ帰国することが出来ました。駐在武官の任期って、割と政治的な事情に左右されるらしいよ? 詳しくは知らんけど。
シルビア王女の思惑はともあれ、母国から帰国の要請があれば断れんのです。実際、速攻でソクオチを落とせたのは、私らが指揮をとった結果と言って良い訳で。
ゼニアルゼで栄誉を賜ったことは把握しているはずだが、クロノワークとしては詳細な報告が欲しいんだろう。報告書はもう上げているけれど、書面では語れないこともある。
シルビア王女の政治的な態度とか、日常の振る舞い方とかは、郵送だとゼニアルゼの検閲を通らないだろうからね。特に褒賞に関しては、私自身も戸惑っているわけで、本国に帰って直接口頭で説明するのが一番後腐れがないと思うの。
「まさか、王様へ直に報告することになろうとは、私自身びっくりでしたが」
報告の内容自体は、本当にシルビア王女の個人的なことだけなので。そんなに深刻な話にはならなかったと思う。
あの方の意地悪さというか、アレな性格については、流石に肉親だけによく承知されていた。嫁ぎ先を乗っ取っていることについても、こちらの害にならぬならいいか、くらいの感覚だったし。クロノワーク王家って、割とノリが軽いのかもしれない。
「王様はあれで子煩悩だからな。シルビア王女のことは、ずっと気にかけていたんだろう。……お前の報告を求めたのは、クロノワーク側の人物で、今の王女に近しい奴が他にはいないこと。直近の出来事に関わっていて、自ずから褒章を与えられた人物だから――だろう」
「ザラ隊長? それなら教官も同じ立場なはずですが」
「あの人はシルビア王女とは旧知だから、評価にも慣れとか贔屓とか、余計な感情が入るかもしれないだろ? ……その点、お前は付き合いが浅くて、あの方の覇気にも動じない図太さがある。話を聞くには、お前が適任だと誰でも思うさ」
私も戸惑わないわけじゃないけど、現場復帰してすぐ、私とザラ隊長は以前通りの関係に戻りました。
誰かに『あんな事があったのに気まずくないんですか?』と聞かれたら、私はこう答えようと思う。
……帰国後のごたごたを全て済ませた後、愚痴を語る相手がザラ隊長しかいなかったんです、って。
まあ、アレですね。普通に仕事に復帰できたのは良いんだけど、休暇もくれなかったからね。疲労感は気合で誤魔化せるけど、精神的につらい部分はどうしても残っちゃうから。
なるべく早く苦悩を吐き出したい私としては、愚痴る相手を選べなかったんです。……ザラ隊長が悪いって話じゃないよ。
早い話、自分の感情をぶつけられるなら誰でもいいからね、こういうの。張り詰めた弦は切れやすいものだから、適度にストレスを発散することも、意識的に行うべき。
――ちょっと前に、他の女性たちを率いて私を襲ってくれたことは、都合よく忘却することにしましょう。きっと、何かしらの理由で乱心していただけで、普通に話せば普通に接してくれるはずだよ。たぶん。
「まあ色々ありましたが、とりあえず方は付いたことですし。帰国したら、いつも通りまったり仕事しようと思ってたんですよ」
「私を前にしながら、本気でそう言うんだからな。モリー、お前って、やっぱり変わってるよ」
「ちょっと前に、何かしらの騒動があった気がしますが、すっかり忘れてしまいましてね。……それはそれとして、公私混同はなされないだろう、と。長い付き合いですし、それくらいの信頼は築いてきたつもりですから。荒事の後なので、後始末やら何やらで残業に追われているところでしょう? 力になりますよ」
「お前を引き入れた、過去の自分を称賛してやりたいよ。――冗談ではなく、本気でそう思う」
ザラ隊長。私がいない間、本気で忙しかったんですね。……よくよく観察すれば、ちょっと前の一時帰国の時より、目のクマが深くなってる気がする。
もう、本気でご奉仕しなくてはなりませんね、これは。副隊長権限で、肩代わりできる部分はこっちでやっちゃいましょう。
だから押し倒しに来るのは勘弁な! そういうのは、もうちょっと、こう、落ち着いた雰囲気で気分を盛り上げてからね……?
「おっと、余計なことを考えている暇はありません。――では副隊長として、本来の業務に戻ります。よろしいですね?」
「よろしくない理由などないさ。上手く誤魔化された気がするが、まあ仕事では遠慮なく頼りにさせてもらおう」
「不在だった分まで、働かせていただきますよ。とりあえずは、ザラ隊長の書類仕事を分けましょう。こちらで出来る分は、やっておきますから」
ちょっと前までは、こうやって手分けして、書類と向かい合うのが日常だった。教官職も悪くはないけれど、古巣に戻って来たっていう感じがして、気持ちが楽になった気がした。
教え子の命を預かっている、っていう自覚が、あちらではどうしても強かったからね。守るべきものを抱えていると、自分が弱くなっていくようで、変な気分だった。出来れば、二度とああいう立場にはなりたくない。
「助かったよ。私としても、これ以上煩雑な仕事に埋もれるのは御免だ」
「傷痍軍人への恩給とか、諸々の補償とか、軍内では何故か特殊部隊が担当することになっていますからね。……本来は官僚がすべき役割だと思うんですけど、ウチの軍隊は身内で全部完結するスタイルでやってきてますから。今さら外部の機関を頼るのは面子が許さない、と」
「結果、しわ寄せはこちらに押し寄せるわけだ。……泣けてくるな、まったく。事前にゼニアルゼの援助がなければ、どれだけの残業を強要されたかわからんほどだ」
援助の資金で、新部署を設立。雑用はそっちでまとめてやってるらしくて、今は随分と仕事が楽になったらしい。
戻ったばかりで詳しくは把握できてないけど、将来的にはこの書類仕事も処理してくれるんだろうか。
「こうした恩恵を考えると、シルビア王女の活躍を非難できませんね。わかってやっているのだとしたら、やっぱり半端ない傑物ですよ、あの人は」
「それはそれとして、今は私たちがやるべき仕事がある。余計なことを考えず、面倒はさっさと済ませような」
「あ、はい」
午前中は、書類の整理だけで潰れてしまった。これで午後からも書面と向き合わねばならないと思うと、割と気が滅入る案件ですね。
……まあまあ、喫緊の案件はない訳だし、眼前の書類仕事は明日明後日に回していい物も多い。一日中机の上で拘束されるのは、私もザラ隊長も遠慮したい。なので、ある程度で一区切りつけて、気分転換を入れたいところ。
身体を動かすなら、訓練に参加するのが一番いいのだけれど、最近訓練を希望する連中が多くて、なかなか申請が通らないらしい。
ゼニアルゼからの援助のおかげで、それだけ暇してる連中が多いってことだが。男女の別なく、暇のつぶし方を知らない無骨な騎士が多いと思うと、ちょっとわびしくなる。もうちょっと、娯楽産業が発達してほしいです。割と真剣に。
流通の改善が望まれる。他国の商人が出張ってきてくれれば、需要も増えて豊かになるでしょうに。たぶん、きっと、おそらく。
「些事に拘泥するのは、もうやめましょう。……特殊部隊は任務の幅が広いから、身体を動かす機会も多い。その点では感謝ですね。適当に時間を潰せる仕事は、探せばいくらでもあるわけですから。――さて、どのあたりに出動しましょうか。手ごろな標的は、と」
「……念を押しておくが、モリー。久々の現場なんだから、なるべく緩くやれ。初日からバリバリ働かれると、他の連中の仕事まで奪いかねんからな」
その点の塩梅は、もうわかっています――と。あれこれと書類を吟味しつつ、治安維持と情報収集の任務を焦点に当てて決裁を進める。出動云々はジョークですよ、ええ、ええ。
ともかく、自分が出張れる仕事を見つけ次第、口実を付けて赴けば、足を動かす理由になって、いくらかは気分転換になるだろう。
私の権限で出来ることは、そう多くはないけれど。ザラ隊長にちょっと伺えば、すぐに答えが返ってくる現状で、出来ることはすべてやったと思う。
「……いい加減、筆を動かすのに疲れました。剣を振るのに疲れたと言うのであれば、騎士としての面目も立ちましょうが――机の上で倒れたとあれば、特殊部隊の沽券に関わります」
「その辺りは真面目に考えすぎない方がいいぞ。私としては、そこまで面目を気にしすぎることはないと思うがね。なんだかんだで、我々は必要とされているんだ。……そうでなければ、情報を取り扱う業務は、今頃官僚どもの方に投げられていることだろうよ」
まあ、特殊部隊の存在価値について、いちいち語らなきゃならんほど、クロノワーク騎士の教育水準は低くない。文官連中だって、武官の仕事を奪って反感を買いたくはあるまい。
その点では、不安があるわけじゃないさ。でも、私は外国から帰国したばかりだし、母国の居場所でヘマを犯したくないんだよなー。
私自身、無謬とは程遠い存在だ。復帰早々に失敗して、つけ入る隙を作っては悔やみきれんよ。だから働きを示すのは当然としても、リスクはなるべく犯したくなかったりする。
「事情はおおよそ把握していますが、今後の立ち回りを考えるに、ここらで我々の存在価値を示していきたいんですよね。ソクオチを落としたからこそ、生まれる問題もあるでしょうし。……出戻りの身としては、色々と気を回したくもなります」
「お前くらい、幅広い任務に対応できる奴は貴重だし、高度な訓練を受けた騎士の活用は、いつだって望まれているものだ。潜入任務然り、情報収集然り。――あれこれと思い悩むよりは、目の前の仕事に集中したほうがいいんじゃないか」
とまあ、諭されてはそれもそうだと思う。じゃけん、早々に外回りに行きましょうねー。書類で形式さえ整えてしまえばこちらのものよ。
クロノワークがソクオチと開戦、したと思ったらソクオチ終了の流れで、今国内は団体さんが押し寄せてきているみたいなんだ。
外からのお客さんを監視したり歓迎したり、あるいは叩きだしたりするのも、私らの仕事だからね。私自身、責任を感じるところもあるし、直々に持て成すのもやぶさかではないんだよ。
「私が諜報の場から離れて数か月。ほとぼりが冷めたと判断するには、ちょっと短いようにも思えますが――。いかがなものでしょう。許可をいただけますか?」
「ああ、良いから行って来い。……ソクオチの面々は見かけなくなってるだろうから、お前の顔を知らん奴も多いはずだ。私の権限で許可する。出来る限り、最善と思うことをやれ。後は、そうだな」
人員の入れ替えは珍しいものじゃないから、一つ二つの醜聞など気にするな――と言われたら。それもそうかと思う。
いつも通り、仕事をこなすことを考えればいい。これまでも、これからも。私はそうして生きて来たし、それ以外の道があるとも思っていない。
「では、失礼いたします。――責任を取る覚悟は、また後日と言うことで」
「意識してくれていると、そう思って良いんだな。ようやく、覚悟を決めたのか?」
「意識はずっとしていますよ。……貴女は、私にとって大事な人だ。その点について、疑問を持ってほしくはないのですが」
「知っているよ。ああ、わかっている。――初めて会ったときから、なんて。ロマンチックなことを言えたらいいんだが」
「実利をわきまえた上で、打算を込みで私を取り込みたいのでしょう? ……ザラ隊長、私だって知っています。貴女のことも、貴女の気性や本質についても。ですからどうか、後ろめたく思わないでください」
純粋な好意だけで、私を求めるような人じゃない。あらゆる意味で、私自身の価値が暴騰している。ソクオチ攻略の立役者、シルビア王女の覚えめでたく、そしてあのザラ隊長の懐刀でもある。
そうした希有な立場に、私は立ってしまっている。最近は自分の未来について、考える機会が多くなった。先日のあれも、それを強く意識させてくれたと思えば、あんまり恨むようなことじゃないだろう。
元男としては、女性に攻められるのもアリと言えばアリだしね。限度さえわきまえてくれれば、それもまた愛嬌の内と言うものじゃないか。
「――これで死にたがりでなければ、私だってもっと穏やかにアプローチしていたさ」
「ご容赦を。……戦死こそが名誉である、とはもう言いません。それでも生に執着できない私を、どうか笑ってやってくださいな」
「そういう所は、本当に最初から変わっていないんだな。――同じようなセリフを、前にも聞いた。思い出すと、少しだけ悲しくなるよ。……ああ」
ザラ隊長はまだ何か言いたげだったけれど、待たずに出る。外回りを任せられたなら、せめて完璧に仕事をこなしたい。
今さら失敗しようもない、ただの見回りにすぎないけれど、今はひたすら外の風に当たりたかった。
「出ます。答えは、帰ってきてからと言うことで。……覚悟はもともと決まっていましたが、口にするのは特別な場面を用意してからにしたいのです。私なりのわがまま、お許しください」
時間が必要なのは、お互い様だと思うから。言葉を尽くすよりは、自分を見つめなおしたい。その上でこそ、未来を語ることも出来るだろうと、私はそう信じていた。
そもそもの話をするのであれば、発端について言及するのが筋であろう。
モリーという少女が己を自覚したのは、物心がついたのとほぼ同時だった。
「あ、これ、別ジャンルのやつだ」
口にした言葉がこれ。そして現代日本との差異を実感すれば、後は己を鍛える方向に思考がシフトするのは、当然の成り行きであったのだろう。
異世界転生と言えば、テンプレート的な解釈が出来る。それくらいには、当人もアレな感性を持っていたから、生存の手段を探るためにも自己鍛錬は急務であった。
しかし、自分にだけ都合の良い『ずる』が許されているわけではない。適度な負荷を掛けつつ、時間をかけて成長していくのが無難であろう。それを、モリーは早期に理解することが出来た。
ともあれ、鍛えれば鍛えるだけ成果が出るというのは好都合だった。一個人がゴリラ相当の腕力を得ることさえ、今生では不可能ではない。ならば自らを痛めつける勢いで突っ走るのも、失敗が許される子供時代においては有用な手段だった。
結論から言うならば、充分に傑出した力を得ることが出来た。まして、鍛錬以上に才があれば、なおのことであろう。
――初手でイメージしたのが修羅の国のアレだったから、なし崩し的にそれを維持してきたけど。なんか違くない? 誰も私のノリについてこれてないんだけど。
わざわざ
一番大きいのは、モリーの大本になった魂――とでも呼ぶべきもの。その記憶と性質が『死狂い』に寄っていたからに他ならない。
――正気にては大業ならず、って言うじゃない? 多少の無理をしてでも、自分の価値を高める努力は怠るべきじゃないし、実戦的かつ実用的な兵法は、痛みがなければと覚えられないものだ。
幼児は少女となり、精神に追いつくように、身体もまた徐々に成熟していく。それを掣肘することなく、見守ってくれた両親には感謝しかない。日ごろから並外れた鍛錬を行いつつ、子供らしからぬ態度で親を敬し、孝養を心がける様を見て、父母はどんな感想を抱いた事だろう。
あえて確認しなかったことを、今さら悔いるモリーではないが。
少しでも親の幸福を満たすことが出来たろうかと、己を見つめなおすこともあった。
――私という魂の在り方が、いかに異質であり異端であろうとも。生まれてきたのは、間違いなく貴方がたが居てくれたからだと、そう信じています。
『考』は『仁』の大本である、といえばいささか儒教的な響きに聞こえるかもしれない。
しかし、かの名著『葉隠』においても親孝行を説く部分があり、日本人的な価値観としても、今生の家族を愛することに違和感はなかった。
長く健在で有られたならば、老いた両親を養うのも苦痛にはならなかったろうと思う。そこまで長生きしてほしかったし、そうならなかったことを嘆きもした。
それでも成人前に父母を失ったとき、モリーは悲しみに溺れることはなかった。彼女にとって、死はすでに既知のものであったからだ。
――冥福を祈ります。私の様になるかどうかはわかりませんが、輪廻転生の機会あらば、どうぞ御健やかに。
死を思う。今を生きる。
いずれも知り、いずれにも固執しない在り方は、モリーが前世に知った価値観が元である。
それは数多のサブカルチャーであり、名高い古典も含まれる。葉隠はもとより、一種の教養に過ぎない胡蝶の夢や邯鄲の枕も、今モリー自身が自覚してみれば、なんとも感慨深い逸話であることか。
なればこそ、唐突に突飛な考えが浮かんだり、ノリで突っ走ったりもするのである。
――そうだ。葉隠武士になろう。
直感で思いつき、実際にそうなった――と言えるかどうか。厳密に判定するなら、いささか微妙かもしれない。
一通りの知識はあるにせよ、葉隠の内容を一語一句完璧に覚えているかと言えば、そうでもなく。正しい解釈が出来ているかどうか、客観的に判断してくれるものは誰もいないのだから。
こういうのは、勢いとノリが全てだった。そうと思い込める程度には、モリーの精神はすでに極まっていたと言える。
前世では、どのくらいの歳月を研鑽につぎ込んだのか。詳細な記憶は消えていたため判然としないが、いずれにせよ怪人物と言って差し支えあるまい。そうした人物が騎士を目指し、実際になりおおせたのだから、世の中わからない。
改めて鍛えなおしたし、書物にも触れ、今生の文化にも慣れた。それでも騎士階級にまで達するには、多くの困難と障害があり、凡庸な才覚ではたどり着くことすら稀であったはず。
それを覆し、現実のものとしたのは、間違いなくモリー自身の力量である。前世を含めて積み上げたモノを発揮すれば、それは実現しても不思議のない範囲であったと言えるかもしれない。
客観的に見て、モリー自身がどう見えるかを別にすれば。
――解せぬ。私、そんなに危険人物ではないと思うんだけど、どうして皆そんなに私を心配するのか。死ななきゃ生き残れないって、そんなに可笑しい価値観なのかなー?
モリーが騎士として見いだされたのは、クロノワークが武辺者を尊重する文化を持っていたこと。武しか寄る辺のない辺境国家であったことに端を発する。
もともと強者を尊び、虚飾を無用のものとして、実利だけを追い求める国民性があったのだ。女騎士なる存在を社会に組み込み、必要不可欠な歯車として成立させた一事を持っても、クロノワークの特別性を考察することが出来よう。
他国にしても、女騎士の存在はあるが、クロノワークほど中枢に食い込んではいない。母国における女性の地位が高いことも、モリーの立場に味方をした。
具体的に言うなら、性別の差別なく、実力主義の風潮が彼女を後押ししたのだと言い切ってもよい。
教官の覚えもよく、対人関係も良好なら、推挙されて当たり前と言えるだろう。モリーは訓練生時代から実力を発揮していたものだから、新人として配属された時も、相応の活躍を期待されていた。
「兵卒のモリーです。若輩者ですが、今後ともよろしくお願いします」
末端の兵士でありながら、まんべんなく才を示したものだから、一定の兵役期間を経て特殊部隊に配属されたことも――ある種当然の成り行きであったと言えるのだろう。
モリー自身に自覚はなかったが、今後の成長さえ見込めるならば、成績優秀で人格に問題が無い場合、特殊部隊への配属は一番に検討されるものであった。当人に政治的な理由があったり、実家が有力者であったりしたら、また別の道もあったろう。
しかし、そうした便宜を図られる立場にない彼女は、導かれるままにその道を走っていった。
任務をこなしつつも同期を助け、出来ないことは誰かに託すことを厭わず。交流を重視し、上下の関係をわきまえて、不器用なりにコミュニケーションを怠らなかった。
そうした人物が抜擢されても、不審に思われぬ。そうした環境を作れるくらいには、モリーは経験も才覚もあった。結果論だが、そう評するのがもっとも自然であったろう。
「ザラだ。特殊部隊の隊長をやっている。……この地位に付いて浅いが、人を見る目はあるつもりだ」
ザラ隊長との出会いを、どう表現したらいいだろう。ちょっとした面接だと、呼ばれるままに彼女と顔を合わせたのだ。
モリーは一次面接において、ことのほか自分を良く見せようとか、気に入られようとか、そんな努力はしなかった。ただ、ありのままの自分を見せればいいと思ったのだ。
「訓練と実働の内容は見させてもらった。総合的に見て、新兵の中では優秀な方だな、お前」
「お褒めの言葉、ありがたく存じます」
「……可愛げがないな。お前くらいの年頃で、面と向かって優秀だと言われれば、少しは自信を表して見せるものだが」
お前には、おごりが見えない。感謝の言葉さえ、空々しく聞こえるのはなぜか――と。ザラ隊長は探るように、彼女に問うた。
モリーはと言えば『目のクマが無ければ、結構な美人なのに惜しいことだ』――などと。そんなことばかり考えていたのだが、それはそれとしてよどみなく返答する。
「あえて申し上げるならば、私は当たり前のことを認めているだけです。他人と比べて、自分がどれだけ出来て、どこが出来ていないか。それを把握して理解しているという、ただそれだけのことです」
「己が優秀で当たり前、と言うか。なるほど、大した自信家だ」
「正当な自信ならば、持っておく方が健全であると言うもの。――足りていない部分は、それこそ他者を求めればよいことです。何事も全て、自分だけでやり遂げねばならぬという訳でもないでしょう。そう思えばこそ、同胞に対しては気遣いを惜しみません」
可愛げがないのは、そういう所だぞ――とザラ隊長は言った。思いやりも過ぎれば嫌味だ。塩梅を考えて行動すべきだと、彼女は忠告する。
だとしても、モリーは変わらない。入れるべき言は入れるが、己の本質までは変えられぬのが人と言うものの悲しさだ。
モリーは、恐れ入ります、と無感情に答えた。それからも、軽くいくつかの受け答えをして、面接は終了した。
「……ともあれ、今期の新人の中では、一等出来がいい。お前のことは覚えておく。下がっていい」
「はい。では、これにて失礼いたします」
モリーは抑えるべき場面では、きちんと礼儀正しく振る舞える人物であった。言葉も作法も、まずは洗練されていると言ってよい。
あえて文句を付けようとすると、こちらの方が無粋に感じられるほどの雰囲気だ。そうした空気をまとえるのは、ある種の才能というべきだろう。
武才と、礼法。その二つがかみ合って、モリーという人物を作り上げている。訓練を完了した後、実戦で功績を上げたことも、ごく自然の成り行きであったと見て良い。
面接の後も、モリーは参加した戦いでは常に勝ち続けた。すべてが彼女のおかげであるとはいえまいが、ここぞという時には、必ず目を引く功績を上げている。
それでいて、勝った時は自分だけではなく周囲の評価も引き上げる形で、共に戦功を立てているのが面白い。
仲間との信頼が無ければ成り立たぬことであり、我が強いだけの武人には出来ぬ器用さが見て取れた。
この時点で、二度目の面接は確定していたと言ってよい。ザラはモリーを再び呼びつける。
「あれから色々とあったが、この度の勲章の授与では、部隊の仲間と共に表彰されたそうだな。緊張はしなかったか?」
「一人だけで特別な勲章を授与されるというのであれば、ひどく緊張したでしょうが。……戦友と同じ名誉を共有する、誉れの場です。共に喜べる幸福を感ずるばかりで、固くなるどころではありませんでした」
「……図太いと言うべきか、おめでたいというべきか。どっちなんだろうな、お前の場合」
そして表彰される場において、完璧な振る舞いで応えたのも、モリーの人柄あってのことであろう。ザラへの返答もそつがない。普通、新人はそこまで立派な対応はできないものなのだが――。
だというのに、こなして見せる彼女の姿に、何かしらの面白みを感ずる。秀逸な個性であると、ザラは認めざるを得なかった。
「まあ、なんだ。良く戦い、良く生き残った、というべきかな。実戦はこれで、何度目だ?」
「そうですね。意識して数えてはいませんが……十を数えるほどかと」
正確にはもっと多いことを、ザラは把握している。だがあえて過少に申告した意図も解っている。本格的な殴り合い以外は、数に入れていないのだ。
小競り合いなど、敵や味方に多数の死者が出ない戦闘は、実戦の内に入らないのだという風潮が当時存在していた。
これをわきまえたモリーは、戦時下のクロノワークにおいては、それくらいの認識で当然のことであると言葉で示した。
如才ない奴め、とザラは内心で褒める。新人でここまで行き届いた返答が出来る奴は多くない。しかし、そんなことはおくびにも出さず、言葉を続ける。
「そんなものか。初陣からずっとその調子なら、昇進も早いことだろう。今後も、順調に実績を積み上げることだ」
「私だけの功績ではありませんが――過分な評価、痛み入ります。信賞必罰は組織の拠り所と言うべきもの。昇進などは、適切な時期に行われるだろうと思います。焦りはしません」
殊勝なことを口にしているが、モリーの功績の中でもっとも派手なものは、『誰よりも多くの敵を斬った』ことである。合計すれば、百人以上はすでに斬り捨てているのではないか。
それくらいには、同僚や上司の証言からも信頼できる証言が取れている。人斬り包丁としては優れているらしいと、ザラはモリーを評価していた。
その上で協調性があるのなら、小隊を任せるくらいの器はあるかと、そこまで考える。
「まあ、批判はあるだろうが、味方とするには、頼もしい相手だと思っているよ。……昇進は早い方がいいな。正直、すぐにでも三十人くらいの兵を任せてやりたいところだ。お前なら、上手に動かせる気がする」
「ご期待に添えられれば、よろしいのですが。――ザラ隊長は、特殊部隊を任されておられます。貴女ほどの人物から信頼を受けるのは、それだけで充分な栄誉でありましょう。……人斬りの評価や報酬より、そちらの方がよほど嬉しく思います」
モリーは、騎士として熟練する前から、さらりとそう言うことが言える女だった。
そのままでは、阿諛追従、あるいは佞言と取られても仕方のない言葉であろう。しかし、彼女はそうした嫌らしい雰囲気を感じさせず、軽く言い放って意識させないような、不思議な所があった。
言葉は使い方、使う人次第で、どこまでも変化するものなのだと、ザラは理解させられたのである。
「実戦を十も経験したなら、そろそろ新兵とは言えんな。……私自身がお前と戦場を共にする機会など、そうはないだろうが、もしもの時は覚えておいてやる」
「はい。ありがとうございます、ザラ隊長」
二度目の際の印象はと言えば、別れてからもどこか頭の中に残ってしまうような、妙にさわやかな感覚があった。
外面が美麗な訳でも、特筆した魅力があるようにも見えなかったのに、不思議なものであると、ザラは思う。
特殊部隊の隊長ほどの人物が、そうした印象をぬぐえないのだから――これは何かしらの訓練を受けていたのかと疑ったが、軽く調べた限り、公式にはそんな記録は見つけられなかった。
とすると、ごく自然に、自らの資質のみでああした振る舞いをし、結果を残してきたことになる。
これは価値ある原石かもしれぬと、そうザラが思ったのも無理はないことだろう。
「あいつ。近いうちにスカウトして、さっさと手元で扱き使った方が、いい働きをするかもしれんな」
本気で登用するつもりなら、さらに面接を重ねて適性を判断した後、テストを受けて入隊という流れになる。
任務の特性上、やたらと隊員を増やせないのだが、モリーの才覚次第では抜擢もありうるかもしれない。この時点では、ザラはそう思っていたのだ。
二人が三度目の邂逅を迎えたのは、終戦間近。自国も敵国も、上手な矛の収め方に悩んでいる頃だった。
武装こそ解いてはいないが、使者のやり取りが始められて、本格的な交渉がこれから始まる――という時期。たまたま国境(戦時下ゆえ暫定的なものであったが)近くの防衛にモリーが付いており、特殊部隊が使者の護衛をしていたので、ちょっとした合間に顔を見ることも多くなった。
「奇遇だな、モリー。どうやら五体満足で生き残れている様子で、何よりだ」
「ザラ隊長こそ、お元気そうで何よりです。――前線へは、度々来られるのですか?」
「いや、今回はそういう任務でな。……詳細は言えんが、お前たちに迷惑はかけんよ」
顔があったから挨拶したが、いつもは黙殺してくれていいと、ザラは言った。
そう言うことであれば、とモリーも納得して見せた。――確かに、声を掛けてくることはなかったのだが。
見かけるたびに、さっと微笑んで礼をしたり、眉を上げて喜びを表現したりするのは、何故か。そこまで好意を得るようなことはしていないはずだが? ――と疑問に思ったが、すぐにザラは気づく。
そういえば男の影が全くないくせに、同じ部隊の仲間たちからは色々と騒がれていたな、と。
「なるほど、女たらしか、あいつは。好意を隠さないようにも見えたが、人間関係で衝突した話も聞かないし、案外上手にやっているのか? 護衛隊には入れないだろうが、これはこれで悪く評価すべき部分ではないな」
利用価値があると、ザラは認めた。おそらく別の部署でも問題なくやっていけるだろうが、残念ながらそうはならぬ。今さら他所にくれてやるほど、ザラの気前は良くないのだ。
「素質は充分と見た。なるべく早く、ウチに引き入れてやろう。少々早い気もするが、問題はあるまい」
足りない部分は、引き込んでから鍛え上げればいい。身内に迎え入れて縛れ、とザラの勘がささやいていた。
自身の権限を活用すれば、手元に置ける。手順を踏まねばならないから、多少時間はかかるが、それくらいは許容範囲内である。
好意の有無にかかわらず、ザラは当初、モリーの利用価値だけを見ていたのだ。……後に個人的な感情まで揺さぶられるとは、夢にも思わずに。
だから、今度は自分から出向いた。護衛任務が終わり、これから終戦の宣言が行われるという段階になって、ザラはモリーを自らの天幕に招いたのである。
「モリー、お前はウチでもらうぞ。不本意であるかもしれんが、私はぜひ来てもらいたいと思う」
「私はただの兵卒に過ぎません。ザラ隊長に権限があり、そう望まれるのであれば、どうして拒否などしましょうか」
モリーは表向き、反抗を示さなかった。しかしそれは従順を意味するものではないと、ザラの方も理解している。
無味乾燥な言葉と、作り笑顔のモリー。付き合いの浅いうちから、義務感以上のものを求めるものではないと、ザラの方もわかっていた。だから苦笑するだけで済ませる。
「流石に全幅の信頼を寄せてはくれぬ、か。お前、仮に今私が死地に赴けと命じたならば、どうする?」
「死にまする。剣を手に戦い、多勢に囲まれるか、己が剣境を凌駕する手合いと刃を交えて、その結果として死するならば。まこと仕合わせなり――と、そう申し上げるほか御座いません」
モリーは朗らかに笑って、そう言って見せた。死狂いとしての彼女は、まさに戦士としてこの上なく頼もしい。
とはいえ、頼もしさも過ぎれば不安を呼ぶ。あまりにも屈託のない、明るい表情で言ってのけたものだから、これにはザラの方が面食らった。
「死ねと言われて、喜ぶ奴があるか。……ジョークで言ってるんだよな?」
「私は上官に対して、偽りを述べるつもりはありません。徹頭徹尾、本音で申し上げております」
マジかこいつ、とザラは天を仰いだ。本気であれば、結構な割合で悩まねばならぬ。
いちいち物騒な発言をする意図は何か? 『一緒に仕事したくない』という意味の暗喩か?
それならわかりやすい話で、対応も容易だ。問題は、これが本心である場合。
「ザラ隊長が、冗談で言っていることはわかっていますから。ありえない仮定を持ち出したのですから、こちらも必要以上に正直に答えました。……私がそういう人間であると、理解してくだされば幸いです」
「だからと言って、あんな言い方をする必要はあるまい。……モリー。お前、楽には死ねんぞ」
「安楽死など、ハナから求めませぬ、お判りでしょうに人が悪い」
戦って死ぬことが望みだと、モリーは言った。いわゆる武人肌の人物の多いクロノワークでも、そこまで闘争に狂っている者は多くない。
これは、何かしらの要因があって、ここまでこじれているのだと、ザラは気づいた。それが環境的なものか、精神的なものかまでは、わからないが――。
「経過を見て行こうか。……この戦争も、ようやく終結だ。終わったら終わったで、また別の苦労があるだろう。それに耐えられるかどうか、見せてもらうとしよう」
三度目の対談は、これでお終い。適当な挨拶をしてから、モリーと別れた。
次に会うのは、もっと時間を置いてからだと思っていた。ザラは本気でそうするつもりだったし、冷却期間をおいてこそ、冷静になれるものだとわかってもいた。
ただ、状況がそれを許さなかった。再会は数日後、それも戦場においてであった。
「裏切り? この段階で終戦交渉を白紙撤回だと? ――信じられん愚かしさだ。あの国の連中は頭がわいているのかよ」
終戦協定の調印がなされる、まさに当日。クロノワーク優位の終戦が許せぬ勢力によって、全ては御破算となった。
クロノワーク側の使者は捕縛され、それまで話が進んでいた協定は全て破棄された。さらにほぼ同時期に軍隊を動かして攻め寄せてきたのだから、ザラでなくとも文句を言いたくなる展開であろう。
不意打ちと言ってよい攻勢であったから、ザラとモリーがいる拠点にも敵方は突っ込んで来ていた。態勢を整える余裕がなかったために、ほどなく乱戦へと突入する。
「――敵の勢いからして、数はそこまで多くない。後のことは撃退してから考えるか」
他所の動きはともかく、ザラの方はそこまでの劣勢は強いられなかった。彼女ら特殊部隊のみならず、他部隊とも連携すれば、一時の平穏を得ることも出来よう。
戦術的な采配において、彼女はクロノワーク有数の戦巧者であった。なればこそ、最適な行動も即座に取れる。
その過程において、ザラとモリーは同じ戦場に立ち、お互いに見える範囲で剣を振るうこともあった。これも縁というべきか。
「奇遇ですね。……私のこと、まさかお忘れではありませんよね?」
「戯れ言は良い。モリー、お前は誰の指揮下にいる?」
「上官殿は、さきほどお亡くなりになられました。ちょうど近くにザラ隊長が居りましたので、ついでに我々の指揮をとっていただこうと思い、参上した次第です」
手にした剣から敵の血を滴らせながら、モリーはそう言った。鞘はどこかに投げ捨てたのか、抜身のままである。
平時であれば無作法を咎める所だが、緊急時だ。とにもかくにも、逆襲に出なくてはならぬ。
「やられたらやり返すのが基本だ。信義も知らん相手に、お行儀よくやる必要もあるまい。――ついてこい。暗くなるまでに、一仕事終わらせよう」
「はい、喜んで」
特例中の特例だが、現場で徴集した兵を指揮下に組み込み、指揮官が独自の判断を行うことは認められている。
代わりに成果を出さなければ、相応の罰が待っているのだが――ザラは無謀な冒険心などとは無縁の女性であり、勝算があればこそ速攻を選んだのだ。
「私の指揮は多少乱暴だぞ。頼むから、脱落してくれるなよ」
「もちろん。貴女の傍で、学ばせていただきます」
そうしてモリーは、今度はザラの元で戦うようになった。特殊部隊へ編入され、まっとうでないやり方を覚えたのもこの頃である。
戦とは、正面から殴り合う事ばかりではない。そして後ろ暗い戦いの中でさえ、モリーはその才覚を一切陰らせなかった。
ザラが目を見張ったのは、白兵戦の強さ。それも自分だけではなく、他者に己の狂気を感染させる手法である。
「冷静に狂うのって、見ていて恐ろしいんだが。あれは狙ってやっているのか?」
「クロノワークの訓練自体が、世間一般から見て狂っているので。……ノリと勢いで狂気に染めるのは、たいていの指揮官がやっていることでしょう。私はまだまだ精度が足りてないと思うんですよねー」
「……試しに三十人率いさせて、本当に倍以上の敵を叩きのめしてこれる奴は多くない。熟練したらどれほどのものになるやら、興味深いな、まったく」
天は二物も三物も与えたのだと、そう理解するほかなかった。戦争に関わらなければ、覚醒しなかった才能だと思えば、ザラは殴られている連中にも同情してやりたくなった。
「しかし、そろそろ打ち止めでしょう? そうなれば、私はお払い箱です。ザラ隊長は色々と動くことになるんでしょうが、私は原隊に戻ることになるのでは?」
「敵にはもう兵力が残っていない以上、確かに戦闘はこれまでだが――お前を原隊に帰してやるつもりはないぞ、モリー。まあ、人事より先に終わらせておくべき仕事が残っているから、そちらが先だがね」
クロノワークと、その敵国の戦いは、結局相手を滅ぼすまで終わらなかったのである。
後に国名すら残さず、国土は余すところなく参加国で分割され、ありとあらゆる利権はクロノワークが音頭を取って配分された。
国元の官僚だけではなく、今回はザラも直接交渉に参加し、軍隊による脅しも含めて、反抗の余地のない話し合いになり――。
おおよそ刈り取った利益をかんがみれば、一度くらいは協定も破られてみるものだ、と言えるくらいの結果はもぎ取れたと言えよう。
「しんどい仕事だったが、これで一区切りか。やるだけやった、もう後は知らん」
「お疲れ様です、ザラ隊長」
終戦の後も、なんだかんだでモリーとザラの付き合いは続いていた。正式に特殊部隊へと配属させるには、まだいくつもの書類審査を通らねばならないが。
権限はザラにある。採用は決定事項であるのだから、今から顔をつないでおくのも悪くはあるまいと、彼女は考えていた。
「長い付き合いになると良いな。……耐えられずに辞めていく奴だって、いないことはないし。戦傷で退役することだって、ないとは言えん」
「まあまあ、今から憂うようなことでもありますまい。よろしくするのはもう少し先のことでしょうが、ザラ隊長の下で働けることを、楽しみにしていますよ」
以後二人の関係は長く続き、結果としてモリーとザラは、運命を共有する仲となった。
クロノワーク特殊部隊の活躍は、各国にまで広く知れ渡り、それはソクオチ攻略によって不動のものとなる。
防衛線の戦功によって、ザラの存在はさらに大きく、重みを増すこととなった。
首都強襲によって、モリーの名声は、もはや以前とは比べ物にならぬほどに高まってしまっている。
未来について、これからの身の振り方について、真剣に考えるべき時期である――と。
そのように二人が考えたとしても、不思議ではなかったろう。
「ついに、戦いの中で死ねなかった、なんて――ね」
まだ、未来はわからない。モリーにとっては、戦いの中で死ぬことが望みであった。
無残に死ななければ、清算できぬほどの罪を犯した自覚もある。あまりに殺し過ぎ、死なせ過ぎた。
そう思えば、人並みに幸福を得ることが、どうしても怖かった。一度幸福を得てしまえば、失うことに恐怖し、平静ではいられないのではないか。今まで積み上げてきた自分の精神を、崩壊させるきっかけにはならないか――?
モリーは、考えつくさねばならなかった。己を変えるべきか、ありのままの自分を維持すべきか。
「どうしようが、なにをしようが。きっと、受け入れられて、ゆるゆると生きていく道もあるのでしょう。……まったくもって、柄ではありませんが」
望まれるままに生きる道もある。それを理解しつつも、まだ曖昧な関係の中で揺蕩っていたい。
状況が大きく動くまでは、せめてゆっくりさせてほしいのだと。そうした儚い望みの中で、モリーは生きているのであった――。
取り急ぎ投稿させていただきました。
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ギリギリなので、ここまでにさせてください。では、また。