24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 ついに四月も三日を過ぎてしまいましたが、ようやく投稿です。

 かなり悩みましたが、何とか形にすることが出来ました。

 楽しんでくだされば、幸いです。




王子様の教導と女性関係についてのお話

 ソクオチの兵の練度は、私から見てもそこまで高くはなかったように思う。

 クロノワーク基準で言えば、いくらでも鍛える余地はあったろう。そこまで面倒を見る立場にはないから、あんまり語りたいことではないが。

 しかし、王族の鍛え方がなっていないことについて。今の私であれば、苦言を呈することはむしろ職務の内だと考える。

 ソクオチの王族は文弱なんですかね。前の王様も簡単に逝ってしまったし、この王子様に早死にされると困るんで、ぜひ屈強に育ってほしいんですが。

 

「これ、エメラ王女が心配するのも当然ですね」

「何、が。……悪い」

「体力がないのもそうですが、筋力も足りていません。この国の水準から見れば、比較にならないほどに劣っていると言って良いでしょう。……一通りの訓練は見ましたが、この内容でその疲労具合だと、ちょっと考えないといけませんね」

 

 やらせてみた限り、走ったり跳んだり剣を振るったりと、訓練メニュー自体は普通である。

 ただ、クロノワークなら八歳児くらいがやる内容で、王子様くらいの年頃だと適切とは言えない。

 ……頑張っている雰囲気くらいは伝わってくるから、あんまり露骨なことを言うのもどうか。言葉を選ばねばならぬと、改めて思う。相手は傷つきやすい少年なのだと、そう考えて対応しよう。

 

「僕は、まだ、やれる……ぞ」

「根性論は大嫌いなんです、私。無茶が出来る体ではないのですから、まずは現状を受け入れてください。――私は何も、貴方を責めているわけではありません。休むこともまた、修行の内ですよ」

 

 王子の未成熟な身体では、オーバーワークは成長を阻害する。身体に見合った鍛錬をさせるのが道理というものだ。

 ゼニアルゼのお嬢様は、あれで体は出来上がっていたから、比べる対象としては不適切だ。

 そもそもの前提として――あちらで無茶がやれたのは、教官が下地を作ってくれたことが何よりも大きい。当面は、王子の身体に見合った鍛錬を続けるのが無難だろう。

 

「立場的に、あんまり剣にのめり込まれても困る、というのが一番大きいのですが」

「……何の話だ。僕はただ、自分を鍛えたいだけだぞ」

 

 王族にとって、剣術など余技に過ぎぬ。執着すべきはそんな小兵法ではないのだと、そう言ったところで王子は納得するまい。

 この年頃の少年は気難しいから、面倒な話は後回しにしよう。きちんと上下関係を思い知らせてから、それから話を進めるのがいいか。

 

「今は詳しくは言いません。言っても、王子様はご理解されないでしょう。――まあ、鍛えるにも限度がございます。むやみに己を痛めつけても、未熟な身体では受け止めきれないものですからね」

 

 結果としては、以前までの剣術指南役と、そこまで内容的には変わらなくなる訳だ。王子様はご不満かもしれないが、そこは飲み込んでもらいたい。

 

「ともあれ、メニューはこなせたのです。今はそれで結構。……子供には、子供に適した鍛錬の方法があります。身体への負担を見るに、前任者は充分適切な指導をしていたのだと思いますよ」

「だが、しかし、それでも僕が強くなるには足りないはずなんだ! 現に、エメラ王女は僕よりも遥か高みにいる。追いつくには、それこそ並みの鍛え方じゃ無理だろう!」

「それで身体を壊しては元も子もありません。……正論はつまらないものですが、何事も近道と言うものはないのです。基本的に女の子は早熟で、男の子は晩成と言って良いでしょう。まだまだ焦る様な齢でもありますまい」

 

 あれこれ説いてみたが、納得した雰囲気はない。――ならば、言葉を変えよう。強くなるのは手段であって、目的ではないはずだ。

 

「それじゃあ、いつまで僕は『手のかかる弟』でいればいいんだ! 僕は、一刻も早く強くならなきゃいけない。違うか?」

「焦っておられることは、わかります。思い通りにいかぬこと、辛いことばかりが多い世の中です。それを耐えるばかりの現状に、物申したい気持ちはお察しいたします」

「物は言いようだな。どうせお前も、僕の気持ちを理解できないんだ。エメラ王女の優しさにすがって、庇護されるだけの立場が、どんなに惨めであるか。誰だって理解してはくれないんだ!」

 

 これは、人質としての自分を自覚しての発言か。他者の優しさに甘えていい年齢のはずなのに、立場がそれを素直に受け入れさせない。この年でそれだけのことを考えられるなら、将来が楽しみだと言ってもいいんだけど――。

 指導する立場からすると、意固地になられても困る。まずはその頑なな気持ちを解きほぐすところから、初めていこう。

 

「守られている現状が、ご不満ですか? しかし王子を身内であると、そう判定しているからこその思いやりだと、考えることは出来ませんか? エメラ王女は弱者をいじめるような方ではありません。――守られているならば、好かれているのは確かです」

「わかって言ってるだろ。それじゃあ駄目だ。……対等になって、初めて僕は彼女に。彼女に、その……言いたいことを言って、それから、なんだ。――それからようやく、僕は彼女との関係を、見直すことが出来るんだ」

 

 ソクオチの王子様は、恋に関しては口下手でもあるらしい。それはそれで可愛らしいものだし、私としても応援のし甲斐があると思う。

 何より大事なのは、王女様から好意を得ること。それもおそらくは、異性として意識してほしいのだという部分。

 この要点さえ実現できるなら、身体的な強さなどオマケのようなモノ、になるはずだ。

 

「わかりました。――ご無礼お許しあれ。その上で、本音で語らせていただきましょう。私が見るに、エメラ王女と対等になりたいなら、無理やら無茶やらは禁物だと言うことです」

「無茶をせずに済むなら苦労はないだろ。……もっと、具体的に言え」

 

 具体性を求めてきたと言うことは、聞き入れる態勢になったと言うことでもある。ソクオチの王子様は、頑迷な性質ではないらしい。

 人の意見を聞けるというのは、それだけで一つの才能だ。しかし、右から左に聞き流すだけで何一つ理解しないようでは、意見を聞いた内に入らない。

 その点、彼はどうだろうか。ここからの反応次第で、教育方針も変わってくる。

 

「申し上げます。例えば王子が相当な無理をして、剣でエメラ王女を打ち負かしたとしても、それで好意が得られるとは考えられません」

「なんで――いや、どうしてそう思う」

「愛する者を傷つけたところで、意味などありましょうか? 仮に上位に立ったとて、優位を確保したところで、それだけで好意を得られるものではありません。……落ち着いて、考えればわかることでしょう。強くなることと、愛されることとは別のものなのです」

「待て。ちょっと、考えさせろ。強くなることと……好かれることは、別、だな?」

 

 気迫で押し、通り一遍の道理を説き、自ら考えさせる。子供は案外柔軟なもので、新たな意見に説得力を感じたら、改めて考え直すことくらいはするものだ。

 ここで一旦思案に入る辺り、王子様は思慮深い方だ。だから説得する側としても、楽観的に論理を説ける。

 

「いや……そうか。王女に勝っても、自慢になる訳じゃない。彼女より強い奴なんて、この国にはいくらでもいるんだから。上を見ればきりがないのに、身近な対象だけを見て、自分は強いと誇るのも可笑しな話だ」

「自分で気づかれる辺り、やはり頭は良いですね、王子様。貴方は、その聡明さを誇られるといい。それが幸福につながるかどうかはさておき、まぎれもない、貴方自身の長所なのですから、ね」

 

 ここは褒める。自信を持てと、明確に言おう。それが彼のよすがとなり、根拠となるだろうから。

 

「長所か。僕にも優れた才能があると、そう言うんだな?」

「はい。王子には才能があります。その年の子供としては、極めて聡明です。嘘ではありません。――騎士の誇りにかけて、保証いたしますよ」

 

 ソクオチの王子様には、誰にとっても都合のいい存在であってほしい。私たちゼニアルゼの陣営のみならず、彼自身にとっても好ましい未来が得られることを、私モリーは願ってやまない。そう思えばこそ、さらに言葉を続ける。

 

「自信をお持ちなさい。貴方が自ら考え、導いた結論を、疑わぬことです。――この場合は、焦って無理をしないと言うこと。次に肉体的な強さにこだわらぬこと、です」

「――それは、いい、が。強さにも種類があるものだろうか? 剣を振るう力以外に、僕が頼るべき強さがあるのか?」

 

 疑問を持つのは良いことです。特に弱点から目をそらすため、都合のいい論理に逃げ込む理由を作るには、この手の疑問を解消して差し上げるのが一番楽だ。

 もちろん、私は誠実に対応する。誠実に嘘を言わず、私にとって有用で、かつ当人にとっても利益のある道を教えてあげようじゃないか。

 褒め上げつつ相手を誘導する話術は、まさに詐欺師のようなものだけれど。この場では実直で無骨な武人より、誠実で無慈悲な悪党の方が、王子様にとっては有益だろう。 

 

 『武の才はないから別の道を探せ』と『立派な長所があるからそれを伸ばせ』というのとでは、印象がまるで変わる。正直さや誠実さは、発揮する方向を間違えてはならないと、私は思う。

 

「ございます。それを、すでに王子は身につけておられる。これはつまらぬ追従などではありません。本心から申し上げています」

「ならば、言え! 僕が目指すべき強さとはなんだ。僕は、これから何を頼りに生きていけばいい!」

 

 ただの武人であれば、強くなることだけを推奨するだろう。己が武力を頼みとし、他者を屈服させ、思うがままに振る舞うのが力の本質である。

 だが、それが全てではない。目に見える力は、案外もろいことが多い。小指の先が欠けただけでも、直接的な戦闘力は下がってしまうものだ。

 だが手足の一本を失ったくらいで、頭脳の明晰さは陰らない。知恵の強靭さと言うものを、まずは自覚していただかねばならぬだろう。

 

「貴方には、同世代と比べても水準以上の知恵がある。頭がいい、というのは明確なアドバンテージです。これを活かさぬ理由はないでしょう。――加えて、王子には向上心がある。知恵ある者が自らを鍛えるときは、いつだって無駄なことはしないものです。……お判りですか?」

「わかっているか、と問われれば……どうだろうな。僕は、あまりに未熟だ。これからどうやって強くなるべきか。強くなって得られるものは、本当に努力に見合うものか。見合うものだとして、それが僕個人ではなく、祖国のソクオチのためになるものか、どうか――。僕には、わからない」

 

 曖昧な表現で言葉を濁すのは、自信の無さを表している。この年頃の王族が、驕慢でないことは幸いだ。

 しかしそれ以上に、本音らしいものをこぼしつつある。心を開きつつあるというのが、私を前向きにさせた。

 

「口数が多くなったのは、良い傾向だと判断しましょう。……祖国への忠、実に結構。少なくともその点では、私たちは共通の価値観を持っている。これから少しずつ、歩み寄っていこうではありませんか」

「図々しい、と言ってやる。……クロノワークの蛮族どもめ。僕が敗戦の屈辱を忘れたと思うなよ」

「ますます結構! どうか、その調子で本気でぶつかってきてください。敵から学ぶことがもっとも重要なのだと、私が教えて差し上げます」

「――この心に憎しみも恐怖も沸いてこないのは、エメラ王女の功績だと知るがいい。だが、そうだな。……思えば、モリーとやら。僕はお前の強さの理由も知らない。理解を深めれば、お前がどうしてそんなに強くいられるのか。その力の本質について、理解することが出来るのかな」

 

 さて、そうと問われて考えてみれば、私の本質は武士である。

 元来、武士とは名より実を取る現実主義者だ。勝利は単純な腕力で得られるとは限らないし、時には詭道も用いる。朝倉宗滴のお爺ちゃんは、良いことを言った。

 『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』――と。この格言を、わざわざ現代語訳する必要はないだろう。

 

 この点、葉隠は『見事な負け』を『汚い勝利』より上とするが、この辺りは解釈が難しい。

 そもそも死狂いには行動があるのみで、結果として勝敗があるもの。見事とか汚いとかは、見る者によっていくらでも変化するのだから、個人的には意識しすぎないことを勧めたい。

 むしろ個人的な美観に囚われては、傍目にはかえって見苦しく映ることが多い。無念無想の境地にて、やるべきことをこなす。単純に忠を尽くすことに専心するのが、武士として潔い態度であろうと思う。

 

 だから、王子様にも私なりの解釈を叩きこもう。こちらが利用する以上に、貴方もこちらを利用するがいい。

 私が指南役としての独自性を発揮するなら、こうした武士の本分を教えるしかないと思うから。この辺り、確かに誠実に、きちんと理解していただくまで、努力は惜しまないよ。

 

「――王子、貴方は御立派です。安易な結論に飛びつかず、まずは疑問を持って考えるところから始める。学ぶため、強くなるためならば、感情を抑えて従うことも出来る。それこそがまさに、貴方の長所なのです」

「長所。僕の、優れたところ、か。……僕は、本当にそれを頼りにしていいのか」

 

 すがるような目で、王子は私を見た。

 ここで、彼の期待に応えるのは容易い。だが、私は言った。疑問を持って考えるところが、貴方の長所なのだと。

 

「答えは、すでに貴方の中にあるはずです。私に判断をゆだねるより、自分の心に聞いた方が、よほど納得できるものですよ」

「そうか。――いや、そうだな。確かにそうだ。僕が決めるべきなんだ。僕が自分の意思で、学ぶ相手と学び方を選んで、将来のために出来ることをすべきなんだ」

 

 自分の発言に責任を持ち、それを相手にも示す。これが出来てこそ、初めて誠実と言える。私は、この点をおろそかにしたくはなかった。大人として、子供に恥ずべき態度を取りたくはなかった。

 だから、王子が賢明にも自ら決断してくれることは、実にありがたい。鍛えがいがある相手だと確信が持てた以上は、全力で支援しよう。

 武勇頼りの匹夫ではなく、文武両道の統治者になっていただこう。あるいは、それはクロノワークにとって将来の禍根となるかもしれないが――私は知らんよ。こんな私に、教育係を任せた人が悪いのです。

 

「ご理解していただけたようで何より。さて、せっかく見出した長所を磨かないのは、もったいないでしょう。――さしあたっては、勉学の部分はエメラ王女の苦手な分野なので、こちらで先行すれば多少は見直してくれると思いますよ」

「もっともらしい話ではあるが。……勉学は目に見えた結果が出しづらいだろう? 知識で上回ったとしても、クロノワークは武を重んじる国家だ。さほど評価されるとも思えないが」

「そうでもありませんよ。使う気になれば、学問は立派な力になります。――例え話をしましょう」

 

 木材は様々な用途のある素材だが、これを武器に用いるとしよう。

 知識のないものは、角材なり丸太なりを振り回すほかないが、加工すれば槍にも矢にもなる。場合によっては武器としてではなく、建材として使う方が戦術的に役立つこともあろう。

 今となっては当然の物も、先人たちの知恵の積み重ねの上にあると思えば、学問の存在はとても大きいものだ。何事も、用途と運用の手段が確立されていればこそ、広く役立てることが出来る。

 学問とは極論、あらゆるものを役立てるため、使い尽くすための方法を追求する手段なのだ。軍事的にも政治的にも、学問を無視して大成出来る者は多くない。

 王子が誰からも一目置かれる立場を欲するなら、まずは学を身につけることが肝要であると、私は説きたい。

 

「はっきりと申し上げましょう。統治はもちろんですが、戦略戦術。人を動かすことには、数字がつきものです。計算が出来ず、既定の書式に則った文章も作れない指揮官など、まず存在しません。――学のない人間は、人を率いるべきではないのです。このクロノワークにおいて、それを理解しない大人などいないと、私は断言できます」

 

 兵站の維持、物資の配給、部隊の編制。いずれも脳筋には務まらぬ仕事だ。全て勘と経験で上手にこなす例外もあるにはあるが、そうした規格外の例は参考にならない。

 だからクロノワークでは、士官教育は実質的な高等教育になっている。少なくとも、槍働きだけで成り上がれる構造にはなっていないのだから、我が国は結構なインテリジェンスを誇っていると言って良いのではないか。

 

「……将来的には、単純な剣の鍛錬よりは、学問に傾注した方が利益は大きいのか?」

「否定はしませんが、それは弱いままでいい理由にはなりません。――どうか、極端から極端に走らないように。敵に斬り殺される様な指揮官は、それまでがどんなに良くても悪い指揮官です。援軍が来るまで持ちこたえる程度の技量は、やはり必要ですから。……文武両道が、騎士の理想と心得てください。――ああ、もちろん王もそうです」

 

 統率者は、いわば人体で言う所の頭脳だからね。兵卒は手足であり、官僚は臓器。

 手足は便利な道具だが、場合によっては切り落としてでも、生命の維持を優先すべき状況がある。臓器は健康を保つために必要な機能があり、蝕まれれば最悪だが、相当なリスクは伴えど外科手術という最終手段が残されている。

 だが脳だけは替えがきかない。それを取り換えることは喪失を意味し、機能の停止は死を意味する。なればこそ、生存能力がもっとも優先されると王子に説いた。

 

「王子様、貴方は頭なのです。それをご自覚いただきたい。強さは手足の機能に任せればよろしい。十全な環境は、健康にさえ気を使うなら、身体の方が整えてくれるでしょう。――ですが、全ては頭脳の働きにかかっています。きちんと知恵を働かせるのは大前提ですが、ちょっとしたことで即死するような軟弱さでは、そもそも長生きできぬものとご理解ください」

 

 だから、身体の鍛錬をサボることは許しません。徐々に負荷を強めていくことも、どうか受け入れていただきたい。

 人の身体って、楽を覚えると鍛えにくくなるからね。常に少し上の厳しさを与え続けてこそ、成長があるんだ。

 頭脳も身体も、酷使できるように鍛えておかないと、将来が辛いからね。身体を壊さない、無茶をせずに済むギリギリの範囲で負荷を与えることは、とても大事なことなんだよ。

 

「お手柔らかに頼む。……いや、本当にな?」

「ええ、もちろん。耐えられない一線は越えませんし、心が折れる半歩手前に留めるつもりで、丁寧にしごきますから。――どうかご安心ください。私は、貴方を全力で鍛え上げます」

 

 終わる頃には、いっぱしの人物になっているでしょうとも。

 ですからどうか、折れないでください。貴方の感情が本物で、決意が確かな物であれば、耐えられますから。

 

「話が一段落したところで、改めて確認します。――訓練メニュー自体は、基本的な内容はそのまま。慣れ次第徐々に変えていきますが、こちらは長い目で見ていきましょう。ついでに座学の時間も入れていきますから、それも私が担当しましょう。私はこれでも高級士官の教育を受けています。なので、教師役としても適当でしょう」

 

 異論があるならどうぞ。ただし、その場合は前向きな提案であるように。

 王子様は若干気圧された様子だったが、ここで芋を引くような手合いでもなかった。

 

「いいじゃないか。――どうか、頼む。僕を一人前に鍛え上げてくれ。それがきっと、誰のためにもなるんだろう?」

「誰のためにもなるのだと、そこは確信を持っていただきたいですね。誰よりも何よりも、貴方自身が前向きに学ばねばならない。そうして、立派な統治者になるのだと決心していただけるならば、私はどこまでも労力を惜しみません」

 

 私は極めて朗らかに、正直な感想を述べたつもりだ。これについてこれるかは、王子の根性次第。意欲が続く限りにおいて、私はどこまでも誠実に応えよう。

 そしておそらくは、彼は私が期待する以上に、真摯に教育を受ける覚悟があるはずだ。

 

「さしあたっては、僕は今までの鍛錬を続ければいい。その上で、モリー。お前の教えを請えばいいと言うのだな」

「はい、まさに。まさにそれこそが、私が貴方に求めることです。――王子様」

 

 お互いに覚悟が決まっているなら、行動あるのみだ。私は手を抜かないし、貴方もそうあり続けてくれたら嬉しい。

 でなければ興ざめと言うものだし、こうであればこそ、未来に希望が持てると言うものではないかね――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、王子の教育については、おおむね上手くいきそうな感じですね。ええ、ええ。

 さわりだけでしたが、掴みは上々だったと思うのです。だから、これからに期待と言いますか、あんまり急いで成果を求められても困るのですね。

 

「そうかそうか。今後の展開が楽しみだな。――ああ、もちろん。失敗したとて責めはせんよ。前言を撤回したりはせん。その辺り、信用してくれると嬉しいのだが」

「……はい。それは疑っておりませんよ、ザラ隊長。ところで、なんで私は囲まれているんでしょうか。不思議ですね?」

 

 あんまり多くの女性に囲まれた経験とか、ないんで。結構精神にきています。ちょっと前に迫られたメンバーが勢ぞろいとか、どうなってるんでしょう。

 普通の飲み会だと思っていたら、女性関係の清算(別れる方向じゃなくて、まとめて面倒を見る方向で)を求められるとか、わけがわからないよ。

 もう私としては、作り笑いをするくらいが関の山なんだけど、ザラ隊長はこの状況が面白くして仕方ないらしい。結構なペースで酒が進んでいる。

 

「不思議でも何でもないさ。――酒が進んでないな。この店は酒も肴も一級だぞ? 飲み食いせねば損だろうに。流石は、シルビア王女が元締めをやっているだけあるな、これ」

「ええ、ええ、それはそうでしょうとも。それで――ザラ隊長。私の問いには、答えてもらってないんですがそれは」

 

 割と切羽詰まっている感じで問いただしても、ザラ隊長は明後日の方向を見やるだけで応えてはくれない。

 そして今度は、クッコ・ローセ教官の方が話しかけてくる。

 

「いやまったく、良い酒を御馳走になっているよ。ダメ元でねだってみるもんだな。……モリー、パスポートは返しておく。入場料がタダの上、部屋を借りる時も割引が付くとは、何とも至れり尽くせりってやつじゃないか?」

 

 ザラ隊長だけでなく、教官もなんでか楽しんでいる風ですけれど。いや、この店の年間パスポートを貸した私も私ですが、『先に場を温めておくから』って言われたら無下にも出来ないじゃないですか。

 

 私としては、生きた心地がしないんですが。だってね、教官とザラ隊長の他にもメイル隊長がいるし、クミン嬢もなんでか傍にいるのよ。

 で、じーっと、遠目からメナ副長がこっちをうかがっているんです。彼女だけ蚊帳の外で、傍観者を気取っているみたい。いや、参加されたら困るから、見守るだけでお願いします。

 

「いやいや、私としてはですね。教官からの誘いに応じたら、こんな状況になっているわけで。説明を求めたいわけですよ。――帰国の祝いに、私のパスポートで良い店を紹介するだけのつもりだったんですが。それが何で皆で集って、私のつるし上げみたいなことになってるんですかね?」

「今さらな疑問だな、女たらしめ。全てはお前自身の行動が原因だ。いい加減に受け入れろよ。それが誰の為でもあるのだと、そろそろ観念してもいい頃だぞ」

 

 ……目をそらし続けても、良いことはないと、ちゃんと理解しています。

 でもね、教官。私を伴侶に選ぶことは、どうしたって賢明だとは言えないと思うんだ。この点は、何度でも強調しよう。

 

「どうか、結論を急がれますな。……私などにかまけて、人生を無駄にすることなどないではありませんか。女同士の恋愛は、いばらの道です。私などは特に、いつ死ぬかわからぬような人間です。だからどうか、ご再考くださいますよう――」

「再考した上で言っている。……なあ、モリー。私も年だ。引退する時のこと考えて、生涯の伴侶を選ぶならお前だと、そう結論付けたわけだ。この私の意思を、お前は無駄の一言で切り捨てるつもりなのか?」

「クッコ・ローセ教官の素晴らしさを理解せぬ、我が国の男どもの不甲斐なさに憤慨しますね。こんなイイ女を放置して、どうして人生を謳歌できるのか。まったくもって、理不尽ではありませんか」

「――そう言ってくれるのは、お前だけだ。過去に抱いた男たちも、皆死んだ。生き残っているめぼしい奴はお前だけで――その上で、頼む。私と共に、生きてはくれまいか」

 

 教官は、そう言って頭を下げた。だから私は戸惑ったし、そうした態度を取らせてしまった自分に非があったのではないかと、焦りを禁じえなかった。

 

「おやめください! どうして教官が頭を下げるのです! ……そこまで私を求める必要など、どこにあるというのですか。どうして貴方が、これから人生を共にする伴侶に、困らねばならぬのですか。クッコ・ローセ教官、貴女は立派な女性であり、男を魅了するに充分な魅力を備えているお方です。私が保証します。ですから、わざわざ私のような者を選ばずとも、良いではありませんか――!」

「まさに。お前の言葉こそが理由なのだと、わかってはくれんのかな。……いや、わからんからこそのモリーだと、そう言ってやるべきなんだろうな」

 

 教官は、どこか遠い目をして、微笑みながら私を見た。その慈愛に満ちた視線が、さらに私をさいなむ。

 美しい、と思う。クッコ・ローセ教官は、まさに今こそが女ざかりなのだ。それがわかるからこそ、歯がゆかった。

 

「世の中間違っています。どうして、教官が伴侶を得る幸福をあきらめねばならぬのですか。どうして……」

「泣くのは、やめてくれ。私は充分過ぎるほどに幸福だよ。そうやって、私のことを思って、涙を流してくれる奴がいるんだからな」

 

 いつのまにか、本物の涙を流している自分に気付く。

 それを指摘されて初めて、私は己の状態を理解した。

 

「あ、え……?」

「女泣かせのやつだな、お前も。お前自身が泣いてしまうから、私は慰めなきゃならんだろうが。……本当に泣いてやりたいのは、私の方だと言うのに。まったく」

 

 次の瞬間には、柔らかい感触が私の顔を覆う。

 抱きしめられ、胸に抱かれたのだと理解するのに、何度かの呼吸が必要だった。

 そして呼吸にともなう感覚的な刺激――。言葉を飾らずに言うなら、クッコ・ローセ教官の体臭に包まれることで、私はようやく現状を理解する。

 

「……やめてください」

「抵抗しないんだな。突き放してくれるなら、あえて手を伸ばしたりはしないぞ? そら、その気があるなら振りほどいて見せろよ」

 

 教官の言葉が、私の本能をさらに刺激する。

 男としての感覚が、異性を求めていた。平たく言うなら、性欲が私を動かしてしまった。半ば無意識的に、教官の腰に両手を回し、抱き止める。

 

「何と言おうが、身体は正直だな。ええ?」

「……好きなものは好きなのだと、魂の求めには逆らえぬものだと、痛感します。どうか――お許しください」

「責任を取ってくれるなら、いくらでも許すとも。同性相手は初めてだが、野郎相手の経験ならそれなりだ。モリー、お前が望むなら、望むだけ可愛がってやるぞ?」

 

 どうだ、とばかりに教官が口説いてくるんですがそれはどうなんですかねぇ……。

 いや、あの、私は精神が男だからいいんですけど、貴女は本当に大丈夫なんですか。というか童貞なんで、優しくしてくれるとありがたいです――って。

 そうではなく! ……いかん。流されそう。誰か助けて、助けて……。

 

「教官、そろそろ私たちのモリーを開放してくれませんか。貴女だけのモリーではないと、事前に納得して頂いたはずですが」

「おう、そうだな。――特にザラは、『私の方が先に好きになったのに』とか思ってるんだろう? いや、すまんね……そら」

 

 唐突に教官に突き飛ばされると、私の後頭部に何やら柔らかい感覚が。

 離れようとする前に、やっぱり抱きしめられました。――え? なんで?

 

「ザラのことを言いながら私を優先してくれる辺り、貴女には頭が上がりませんよ、教官」

「この中では、メイルが一番付き合いが長いからな。――ザラには睨まれるかもしれんが、しばらくは堪能すると良い。嫉妬の視線も、慣れれば悪くないものだぞ」

 

 ガチ? ガチなの? ていうか鎧脱いだら割と豊かなんですね、メイル隊長。

 

「……メイル隊長?」

「ええ、私よモリー。意外かしら?」

「栄えある護衛隊長が、それでいいんでしょうか。これが理由で首にとか、ならないですよね?」

「レズは護衛隊に入れないって、アレね。……気にしなくていいわ。私くらいの地位になると、お題目を恣意的に捻じ曲げることも出来るし、何なら改正することだって無理じゃないもの」

 

 だから気にしなくていいのよ――って、撫でまわすのはちょっと。

 腹から胸にかけて、確認するようにサワサワしてくれると、なんか変になりそうです。

 

「ええ……? メイル、隊長。その、やめ……」

「今、すごくいい声してるわよモリー。可愛い子をいじめるのって、楽しいのね」

 

 どことなく、うっとりしたような声が怖い……怖くない?

 いやいや、錯乱してる場合じゃない。冷静にメイル隊長を諭さなければ。

 

「メイル隊長。これは、気の迷いです。何度でも言います。貴女は、こんなことをしてはいけない――あッ」

「抵抗しないくせに。……ああ、わかった。もっと触れてほしいのね? 羞恥プレイがお望みなら、そうしてあげるわ」

 

 メイル隊長の手が、服の下に入った。じかに触れられる感覚に、体が熱くなる。

 何もかもを委ねたくなる気持ちが沸き上がり、私はそのまま――。

 

「モリー、そこまでだ」

 

 ザラ隊長の言葉が、脳を揺さぶる。それだけで、私は正気に戻った。

 丁重にメイル隊長を体から引きはがし、今度は私の方から声を掛けた。

 

「すみません、メイル隊長。お気持ちは、本当に嬉しいです。私を好きになってくれたことも、私に触れてくれたことも、本当に。……ですが、お許しください」

「ええ、私の方こそごめんなさい。――みんなの前でやることではなかったわね。私って割と、思い込むと暴走するタイプなのかも」

「ザラ隊長でなくとも、別の誰かが押しとどめたでしょう。酒の席の戯れで済む範囲でなら、決して拒むものではありません。……どうか、気を落とさずに」

 

 腰に差した剣に手を当てて、自らの精神を落ち着かせる。

 思えば、無念無想の境地は己の中にある。武を自覚すれば、いかなる色に染まろうと、正気に返ることは容易かった。

 剣の柄を握りしめて、その重みを実感すれば、私はいつだって冷静な視点を取り戻すことが出来る。

 

「メイル隊長は、優れた容姿をお持ちです。私が男なら、本気で口説いているでしょう。ですから、私などで妥協することはないと思います」

「あいにくと、妥協しているつもりはないのよ、モリー。わからないんでしょうけど、貴女。そこらの野郎どもより、よっぽど魅力的なのよ。どうしてそう、男前なんでしょうね。涙は弱さの表れだって良く言われるけど、貴女のそれは、むしろ優しさと強さの表れにも見えるの。――私の目、曇っていると思う?」

 

 酒の席においては、無粋極まりない事であろうと――わかっていながら剣に手を伸ばしたのは、私なりのけじめのつけ方だ。剣の柄を握りしめて、思う所を述べる。

 メイル隊長は、決して冗談でこんなことを言う人ではない。なればこそ、こちらも本心で応えるのが筋と言うものだろう。

 

「曇っているとまでは。……ただ、こちらとしても譲れぬ一線があることもまた、ご理解ください。私を抱き枕の一種とするのも、男娼の代用として使われるのも、よろしいでしょう。私はそれを受け入れます。……ですが、どうか伴侶としては求めてくださるな。くどいと思われても、主張させてください。――死に狂いを夫に持ったところで、不幸になるばかりです。どうか、皆様方においては、もっとまっとうな方を選ばれますよう――」

「そこまでだ、モリー。理屈は、良い。私らは、その不毛さを充分に理解しているし、お前が主張するところもわかっているつもりだ」

 

 ザラ隊長が、寝不足のクマで彩られた表情で、私を見やる。

 本来の美しさを損なっている、その現実の残酷さが、私をさいなんだ。メイル隊長は会話を遮られた形になるが、別段恨むでもなく、ザラ隊長にそのまま口を開かせていた。

 

「ザラ隊長。……仕事の辛さは、改善されたものと思っておりましたが」

「ああ、何というか、ワーカーホリックが癖になってしまってな。出来ることがあるなら、どこまでも追及してしまう。この性癖はどうにもならんらしい。――慰めてくれるか?」

「お望みなら、どこまでも。……ああ、他人の目がありますから、どうか節度を守った範囲でお願いします」

「メイルほどタガを外しちゃいないさ。言われずとも、私は分をわきまえている」

 

 ザラ隊長が近づき、触れ合うような距離にまで接近する。

 彼女の気持ちはわかっている。愛されている自覚は、これでもあるつもりなんだ。でも、だからこそ。貴女の幸福を願えばこそ、否定すべき願いもあるのだと、私は思うんだよ。

 

「そこまでです。どうか、拒絶をお許しください」

「なぜだ。メイルには許して、私には駄目だというのか。それは、不公平と言うものだろう」

「愛情は、不公平なものですよ。本気で重く、愛すればこそ――許されない行為と言うものは、あるものです」

 

 信仰とか、崇拝の対象には、特にそうだ。私にとって、ザラ隊長は守るべき相手であり、忠を尽くすべき対象だから。

 だからこそ、うかつに触れるべきではないし、触れられるべきではない。きっと、ザラ隊長には私以上に相応しい人がいて、その為にも私などに汚されるべきではないんだと。本気で思うから。

 

「そうかそうか、だからどうしたと、返してやりたくなる。いいかモリー、ここに集った女どもはな。……お前のことが忘れられなくて、気を取られて仕方がなくて、その気持ちを愛情という形で表現したくてたまらないんだ。私もその中の一人で、だからこそ配慮してほしいと願う。この切ない想いを、理解してほしい」

「……申し訳ございません」

「謝るなよ。お前がどう感じようと、どうしようと。私たちの行動は変わらない。――まあ、なんだ。そろそろ観念して受けて入れろと、言いたいことはそれだけだな」

 

 細かいことはいいから、モリー。

 お前は、私たちのものとなれ。

 共有の財産として、以後の人生を私たちの為だけに生きろ。

 

 付け加えるように、ザラ隊長は言った。顔を赤らめて羞恥心を隠しきれない様子で、本心から述べているのだと、理解できるだけの誠意のこもった言葉だった。

 それこそまさに……夢のような、言葉だった。私にとっては、何よりも貴重な言葉であったと思う。

 信じることが出来たなら、彼女たちの幸福を確信できるだけの要素があるならば、私は飛びついたかもしれない。

 でも、この期に及んで私には、どうしても自信が持てなかったんだ。騎士としての自分に、自信はある。

 けれど、男としての自分を評価する気にはなれない。女性の愛を受け止めて、幸福にするだけの覚悟も、持つことは難しかった。戦うことや、死ぬことについては、いくらでも覚悟を決められるというのに。

 

「私。……長生き、できませんよ」

「お前と共に生きることが重要なんだ。短くたって、それがなんだ。密度があれば、私は構わないと思うぞ」

「構い倒すだけで済むなら、私としても否やはないのですが。……皆さんの生涯を背負うだけの覚悟は、なかなか持てませんよ。私は、愛でることも受け止めることもしましょう。けれど、責任を取ることだけは、難しいのです。――だって、私の身体は貴女方と同じもので。子を授かることも、正式に家を受け継ぐことも、できはしないのですから――」

 

 女同士の悲しさだ。子供を産めないのだから、家の存続には養子をとるしかない。 

 だいたい兄弟とか身内の中で養子をとるのが常なので、近しい親族に迷惑をかけることになる。

 私を選ぶと言うことは、そうした面倒に真正面から取り組むことを意味する。決して負担を背負わせたいわけではないのだから、私としては気後れしてしまうんだ。

 

「私は別段、背負うような家柄もない、平民の出だ。断絶したところで、嘆く奴なんていないさ」

「ご両親は、その……」

「どんな形であれ、いき遅れが片付くのなら文句は言わんさ。普通の夫婦でも、子供が出来ないことはある。――それよりむしろ、親としては子の幸せこそ願うんじゃないか?」

 

 だから気にするなと、ザラ隊長は言う。

 それはそれで正論だろうけど、相手が私だというのが問題だ。

 

「何を言いたいかはわかるつもりだ。だが、お前が相手でなければ、そもそもこんなことは言いださないし、わざわざこんな場を作ったりしない。教官もメイルも、同じ気持ちだからこそ、お前を求めているんだ」

 

 言葉が毒になる瞬間を、私は知った。女性から口説かれるという、まず前世ではありえなかったであろう経験に、私の精神はひどく消耗している。

 剣に手をやる時間が長くなった。無作法と知ってなお、私は私のよすがを確認し続けなければ、自身の心を守ることすらできなくなっていた。

 

「……嫌がっているようには見えないのに、拒絶だけはハッキリしている。理性を捨てて、欲望のままに振る舞ってもいいじゃないか。モリー? お前って、妙なところで道徳的だな」

「道徳は人が人であることの証明です。人が社会に生きるにあたって、道徳・倫理は必要不可欠でしょう」

「剣に手をやりながらでなければ、説得力もあるんだがな。――結局、社会を維持するには武力がいる。その態度を見ると、お前の言葉がひどい皮肉に聞こえるよ」

 

 ザラ隊長は、どこかでこの言葉遊びを楽しんでいた。だからこちらも、緊張感を解いていた。

 それが隙となって、本来ならばありえない失態を呼び込んだのだろう。唐突に、触れていた剣の感覚が消える。

 奪われた、と自覚してようやく、己のうかつさを思い知った。本当に剣をよすがとするつもりなら、鞘に納めずに抜いておくべきだったのだ。

 それが、どんなに無礼で非常識であったとしても。そうできなかった時点で、私の敗北は決まっていた。

 

「あっさりと取られるんですね。ちょっと意外」

「……クミン嬢。そういえば、どうして貴女がここにいるのか、聞いていませんでしたが」

「こうして持ってみると、結構重いですね剣って。人を殺す道具ですから、当たり前だとは思いますけど」

 

 ここは『天使と小悪魔の真偽の愛』傘下の店だから、店員としての彼女がいても不思議ではない。

 でも、ただの店員がここまで内輪の席に入り込めるかというと、特別に呼び出さない限りありえないと思う。

 

「クミン嬢は、なぜこの席に? 皆が普通に受け入れていたから、今まで追求しませんでしたが――」

「答えを言うなら、シルビア王女の紐として、貴女の首にまとわりつくために。――というのが表向きの理由。本音としては、貴女自身が面白いからですね。戦場に出れば相当な強者なのに、私みたいな手弱女に剣を奪われるところとか、特に」

 

 シルビア王女がわざわざ紐帯をつけにくるほど、私に価値があるのだろうか。

 ちと疑問ではあるけど、まあそれはいい。謀略家の策謀など、深く考えても仕方のないことだ。特に今は女性関係で忙しいんで、悩むのは後々。

 

「指揮を重視して、周囲への見栄えを気にする場合は別ですが、戦場では鞘は基本捨てます。乱戦では鞘を敵に掴まれたりねじ上げられたりして、体勢を崩すことがありますから。――まあ、言い訳ですね。失態は失態なので、存分に笑われるがよいかと」

「――笑っていますよ。なるほど、確かに抜身のままなら奪えませんでした。……なんというか、可愛い人ですね。こんなに強い人が、あんなに無防備に優しさを見せるだなんて、世の中面白いこともあるもんです」

 

 クミン嬢は、挑発的に笑って見せた。それがまた妖艶というか、自分の魅力をわかっている態度だと伝わるから、嫌味はない。

 ……なんだかんだで、身内以外の女性から向けられる好意というのは、処理に困る。私はどう振る舞うのが正解なのか、悩まねばならなかった。

 

「剣、お返しします」

「……ありがとうございます。本来、剣を奪われるようであれば、そんな無様は死を以て償うのが道理なのですが――」

「やめてください。……貴女の言葉を借りるなら、ここは戦場じゃないんですから。私らの店で、戦場の礼法を持ち込まれても困ります」

 

 丁重に剣を受け取り、あるべき物をあるべき所へ戻す。剣の重みが、私に安心感をくれる。現状、何も解決されていないことは考えないことにしよう。

 

「ともあれ、モリーさん。私は私なりに貴女を魅力的だと思っていますよ。付き合いは浅いですし、浮世の義理やら何やらのしがらみはありますけど、それはそれとしてわかることはありますから。――モリーさん、貴女はもっと感情的になっていいと思うんです」

「……何を望もうが貴女の自由です。ただ、私が貴女の期待に応える義務などないのだと、それは理解してほしい所ですが」

「義務はなくとも、義理はあるでしょう? 貴女が女性に弱いことは、これまでの経緯で充分に理解しています。その上で、こちらから申し上げましょう。――どうか、私も貴女の情婦に加えてください。そうすれば、今後とも情報面でお役に立てますよ」

「別段見返りなど求めてはいませんし、紐帯としてのクミン嬢に付き合うリスクを考えれば、無視されても仕方がないと思いませんか?」

「無視できないでしょう? 貴女。――付け込む隙が多すぎるのは、問題だと思いますよ。これはきちんと、私が目を光らせないといけませんね?」

 

 男の性として、美人には弱いんです。仕方がないじゃないですか。

 ぶっちゃけ、女に惑わぬ男は男じゃないと思うの。傾国傾城の女性を抱けるなら、破滅しても悔いなどないのが馬鹿な男の性で。たぶん私も、そんな馬鹿らしい習性からは自由になれていないんだ。

 

「あと、こちらの要望としてではですね。クミン嬢、というのはやめてください。どうかただの『クミン』と、そう呼んで欲しいんです」

「……ご要望とあらば、是非もありませんが。――すみません。慣れるまではどうしても、固くなってしまいますね」

 

 おいおい慣れていくと言うことで、ご了承願いたい。しかしハーレム嬢を身内に抱えるなんて、私も出世した者じゃないか――って。

 いやいやいや、どうして話を受け入れる方向で進んでるんだろうか! 私、そもそも皆を娶る余裕も権利もないはずでは……。

 

 いや、そういえばシルビア王女に余計な褒美をもらっていたような。なんだっけなー、忘れちゃったなー、忘れていたいなー。

 

「クロノワークの方では、まあ持ち家がある教官とか私とかの方に入り浸ればいいわね。ああ、クミンはシルビア王女の肝いりだから、もしかして別荘の手配とかしてくれてるのかしら?」

「そこまでではありませんが、店が所有している賃貸物件がいくつかありますので。数部屋を貸し切るくらいのことは、許可されていますね」

 

 話がどんどん進んでいく。ちょっと傍観者のメナさん、貴女はそれでいいんですか!

 貴女の隊長が毒牙にかかろうとしてるんですよ!

 

「いやまあ、何と言いますか。むしろメイル隊長の毒牙に、貴女がかかろうとしているというか。……他人の恋路は見ているに限りますよ。参加したくなったら言いますから、その時はよろしくと言うことで」

「……ええと、冗談ですよね?」

「冗談ですとも、今のところは。――あと、メイル隊長は私のものではありません。『貴女の隊長』という言い方は不適切かと」

 

 手酌で黙々と酒を嗜みながら、メナ副長はそんな風に言ってくださいました。

 冷めた目で見られているかと思ったんですけど、貴女は貴女で場の雰囲気にのまれてますよね? これで結構、その場のノリに流されやすいタイプだったりするんだろうか。

 

「まあまあ、いいじゃないですか。私なんかに関わるより、ほら。愛しの恋人たちがお待ちですよ」

「メナ副長。それこそ不適切な表現と言うもので、私は誰とも付き合ってません」

「これから付き合うんでしょう? 合ってるじゃないですか」

 

 私には、彼女の誤解というか、発言そのものを否定したかった。

 けれど、どうにも私は背後の敵というか、あらゆる意味で抵抗しがたい勢力が存在することを、忘れたがっていたのかもしれない。

 

「――さて、モリー。人生の墓場に入る覚悟はできたか?」

 

 利き手を引っ張られて、引きずられるままに、私は彼女たちの元へと連行されていった。

 ……とっさに引っ掴んだ酒におぼれて意識を失って、現実から逃げることを選ばねばならぬほど、私は詰んでいたと思う。

 だって、あのままだと私自身が理性を失って、アレしてコレして、重婚する未来が確定するからね。仕方ないね。

 

 幸いと言うべきか、明後日にはまた王子の指導がある。長期間の拘束はされないと思って、まずは彼女らに身を任せるとしよう。

 ……せめて、何かしら妥協できる形で収められたら、なんて。都合のいいことを考えながら、私は自らの意識を手放したのです――。

 

 

 





 モリーのお話も、そろそろ終わりが見えてきた頃でしょうか。

 実際にどういう形にまとめるかは、まだ漠然とした感じですが、それでも今年中には完結できるんじゃないかと思います。

 それでも、ノリと勢いだけで書いている物語ですので、完結するまで何がどうなるかはわかりません。

 今しばし、見守ってくだされば幸いです。


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