なんか勢いで書いてたら、もう出来てしまいました。
割とガバガバなお話になっている気もしますが、どうかお許しください。
ちのうしすうをていかさせると、筆が早くなるんですね。初めて知りました。
楽しんでいただければ、幸いです。
戦いを前に剣を持てば、精神は切り替わる。頭の中が透き通って、まっしろになって、思考が一変する感覚は、今生で新たに得た性質だろう。
友人が言うには、この時の私はまるで別人のように見えるらしい。姿かたちが変わったわけでもないのに、奇妙なことだが――。そうかもしれない、と納得できるような気もする。
なにしろ、この時の私の精神は、生から死へと切り替わっているのだから。
すなわち、死に狂う、という感覚。それをもって、自らの心身を作り替えるのだ。
剣を持つ私は、まさに今、死に続けている。あらゆる形で、己の死を想像。斬り死に、撲殺、轢殺、毒殺。その過程と苦痛を想起し、死ぬまでの働き方を考える。
体は何時なくなっても仕方のないもの。戦い続ければ、やがては消え去るもの。
腕が切り離されれば、蹴り殺す。足まで落とされれば、凶器は口内の歯しか残らぬ――が、敵の喉元に食いつければ、かみ殺すことは可能だ。そこまですれば、戦場で死んでも恥にはなるまい。
脳天を矢で貫かれ、一撃で殺されるようでは士道不覚悟というもの。その恥だけは受けてはならぬと、肝に銘じた。犬と呼ばれようと畜生と呼ばれようと、戦うからには勝ちを目指すのが士である。
想いに思い、惑う心は捨ててきた。こうしてようやく、一匹の死狂いとなりて、敵を殺し殺されるモノとなる。
死狂いとなった一つの存在は、たとえ数十人がかりでも容易くは殺せぬ。それを体現することが理想であり、そうなる他に、私は戦い方を知らない。
見敵必殺。敵へと近接し、剣をそれの体に差し込み、ひねり、命を絶つ。切れ味が鈍れば、鈍器として殴り殺す。時には別の得物に持ち替え、戦場を俯瞰し指揮を執る。
続けていけば、いつしか敵の頭目の首に届く。そして私は敵将の首を取ると、少しだけ正気が返ってくるのだ。
だから、正気に戻ることを渇望するように、本能はあらゆる情報を即座に精査し、無意識の中で最善手を私に打たせる。これを才能というなら、私は大変な武才を授かったものだと思う。
敵を視界に入れ、近づき、殴る。どいつもこいつも動かなくなるまで殴り続けて、敵が視界からいなくなれば、また探して殴りかかる。そのうちに頭目の出番がやってきて、私は歓喜と共にその首を刎ねた。
……興奮が静まり、心に人間性が戻ってくる。趨勢は決したのだと、本能で理解するように。
私は、頭目の男の首を部下に放り投げ、槍の穂先に掲げさせる。とったどー、とばかりに歓声を上げ、周囲に状況を周知させよう。
「オイスター盗賊団首領、打ち取ったり――!」
非正規戦闘において、首狩り戦術は割と有効である。特に盗賊団のような、ならず者たちにとってはそうだ。頭をねじ切ってしまえば、手足はだいたい逃げ散ってしまうもの。そんなこと、許してやらんがね。
部下への指示は事前に済ませている。私が首を掲げたら、逃げ道を一か所だけ開けるように――と。
逃げた先は殺し間だ。雨のように降りそそぐ射撃の前に、一人でも生き残る奴がいるだろうか? 当然、射手は全員手練れである。
生き汚い野郎がいくらか残るかもしれないが、長槍兵をしこたま配置してあるから、まかり間違って突撃する馬鹿がいても、まず被害が出る前に潰せるだろう。
一度向かい合ったなら、盗賊どもは逃がさない、捕虜にとらないのがウチの方針だ。全員そこで惨めに死ぬが良いよ。
「モリー隊長、盗賊団の拠点に、捕虜が三人見つかりました」
「そうか。状態は?」
別動隊を指揮しているから、今は私が隊長だった。正面から殴り合っているうちに、連中のねぐらに小隊を突っ込ませて、探索させていた。
特殊部隊の精鋭だから、上手くやってくれると信じていたが――報告に来た、伝令の表情が暗い。
「どうした。報告せよ」
「……実際に、目で見て確認された方が、確実であるかと思われます。許可がいただければ、ここまで連れてきますが……」
あ、これ。シャレで済まん奴だ。
――わかっていたけどね。屑野郎が捕虜を取るなら、それは女性以外ありえない。そして、こうした外道どもに捕らわれた女の子が、どんな目に遭うのか。私にはちゃんとわかっているよ。
もし私が捕らわれ、犯されるようなことになったら? ――元童貞の処女など、さしたる価値はあるまい。そんなことで、私は変わらない。だが、全ての女騎士に、私のような価値観を持たせることも、また不可能だろう。
「それには及ばぬ。私が行く。案内を頼みたい」
「では、こちらへ」
うながされて進んだ先には、確かに三人の女性がいた。
……うん、あいつら、根切にするわ。してるけど。女の子のもてなし方くらい、学んでおけよクソッタレども。
よし! 京観(敵の死体をつみあげて塚を作ること)でも作るか! 近場に村もないから、衛生的にも気にしないでも大丈夫。実際の作業については、あとで各小隊長と相談しようか。
ここは高台だし、はぐれもの連中にとっても、見せしめにもなって、ちょうどいいじゃろ。ほんとなー、強盗くらいで済ましてくれれば、殺すだけで済むのに。余計なことまでするから、徹底しなきゃいけないじゃないか。
「お話、できる? 所属はわかるかな?」
「はい。どうやら、我が国の騎士団で、行方不明になっていた者たちのようです。面識のある者がいたので、そこは確認が取れています」
殺意は置いといて、まずは目の前の彼女らを思いやらないといけない。被害者のケアは、いつだって重要だ。
戦闘もほぼケリがついたことだし、私が直接かかわっても苦情は出るまい。とりあえず名前を聞いて、体調が悪そうなら休憩できる場所をつくろう。
――で、ちょっと話をしようと試みたが、まともな返答が返ってこない。っていうか、反応が悪い。
口を開けて空を見つめたまま、ずっと黙っている子もいるし、私が近づいただけで震えて逃げようとする子もいる。最後の一人は比較的まともで、話しかければ答えようとしてくれるけど、うまく言葉が出ない様子だ。
これはちょっと、時間を置かなきゃいかんね。詳しい話は帰ってからでいいか。
私は今、フツーにムカついている。でも指揮官としては、怒りをあまり表に出し過ぎるのもよくない。感情を堪能するのもそこそこに、実務に戻らねば。
「伝令兵!」
「はっ!」
一言呼びかければ、旗下の中からすぐに部下が応えてくれる。本当、隊長なんて過ぎた立場だと、本気で思う。
「奪還した彼女らを、受け入れる場所がいる。工兵隊の元へ走って、はやめに天幕の用意をするよう、伝えてほしい」
戦いの後始末のアレコレで――割と騒がしくなると思うし、余計なものを見たり聞いたりすることは、今の彼女らにはよくないだろう。付き添いの兵も出して、三人を避難させる。
――さて、戦いはほぼ終わったが、きちんと皆殺したか、確認しなくてはならない。まずは足を動かして、盗賊どもの死骸を見に行こう。
「あらかた殺したか。壮観だな」
さて現場に来たが、野郎どもの汚い躯がゴロゴロ転がっている以外は問題なし。
この場における血の匂いは勝利の匂い。クソ虫どもを足蹴にしながら、戦場跡をながめる。隊員たちの様子も、見て取る限りでは深刻ではなさそうだ。
すぐに小隊長たちを呼び、被害報告を受けたが、深刻な負傷を負った者は一人もいないとのこと。まさに完勝である。――ああ、安心した。
「結構。無事、皆殺せたようで、なにより」
「はい! 恐縮であります、モリー隊長!」
元気の良い返事だ、と喜んでばかりもいられない。どうにも顔色の悪い子が多く見られる。
さっきの子も、声を張り上げているのに、どことなく居心地が悪そうだ。小隊長に新兵はいないはずだが、ちょっと経験が浅い抜擢組だろうか。うちは能力さえあれば、小隊くらいはすぐに任せてくれるからね。
「どうした皆、気分が悪そうだが。ここにきて、体調が悪くなったのかな。うん?」
口調はなるべく優し気にする。安心させるなら、ちょっとした微笑みも作ってあげるのがいい。
ここでは隊長なんだから、補佐としてついている感覚は捨てて、上官らしい態度を取らなくては。さしあたっては、彼女らも気遣ってあげることから始めよう。
「いえ、そういうわけでは。あの……いや、そうですね。ちょっと、血の匂いにむせたのかもしれません。遺体も……はい。あんなに多く、やってしまったのは、初めてなので」
「そうか。経験が浅いうちは、仕方のないことだよ。この仕事についている以上、戦場から無縁と言う訳にはいかん。心配せずとも、そのうち慣れるさ」
「だったら、いいのですが」
「そもそも、だ。我らが討伐したのは、無辜の民を傷つける害虫どもだ。虫を潰すのに、罪悪感なんて感じなくていいんだ。――連中を殺すことで、国民を守ったのだと思いなさい。それが正しい認識だし、そう考えればこの惨状は、むしろ誇ってもいいことじゃないか。そうだろう?」
クソな盗賊の死体など、作っていればその内に慣れるよ。だから気にすんな!
殺生そのものにしても、家畜を糧にするのと、害虫を駆除することは、当然ながらまったく別の感覚だ。
そして、血をともなう行為であるのは、両方とも同じ。家畜に対して罪悪感を抱くのはまだわかるが、害虫は見つけ次第潰して回って、ようやくせいせいしたと、サッパリした感覚を持つのが普通じゃないか?
この点を勘違いしてはいけないよと、同時に伝える。
「……そうですね。それは、そうです。すみませんでした」
「気にすることはないさ。部下の体調を思いやるのも、上司の務めだ。――さて、報告は受けた。これから後始末の仕事だな。死体の処理を、そろそろ始めよう」
負傷者の治療も一段落したし、武具の清掃も終わった頃合いだ。
だから支障はないだろうと、話を進める。
「荷車で運んで、近場で埋葬するようにとマニュアルにはありました。その通りで間違いありませんか?」
「その通りにする。高台の……いい具合に見晴らしのいい広場がある。そこでまとめよう」
小隊長からの問いは不足のないものだから、こちらも率直に伝えるだけで済む。
遺体を運ぶ作業は、これで結構気が滅入るものだ。上層部と言うか、偉い所で務めている方々にとって、こちらも慣れない作業ではあるだろう。
私は監督すればいいだけだから、実際の荷運びは部下がやる。人の仕事は奪うべきではないし、隊長には役割に見合った言動を行う義務がある。
そうは思えど、こんな汚れ仕事は代わってやりたいなぁ……なんて。やくたいもないことを考えてみたりもする。今回は護衛隊からも、複数の小隊が参加している。彼女たちにとっては、辛い仕事だろう。
単純な護衛任務に就いている本隊とは違って、こちらは実際に身を危険にさらしているのだから、特別手当くらいは要求しても罰は当たるまい。やっぱり休暇も……申請してあげたいな。
私の分は良いから。どうにかなんないかな。ザラ隊長が帰ってきたら、相談してみようか。
「モリー隊長。荷車に積んで、一か所に集めましたが、これから如何しましょう。墓穴を掘るなら、早い方がいいと思いますが」
そうこうしているうちに、一旦の作業は目途がついた。……今思ったら、無造作に塚を作って放置したら、死肉につられた動物に、人の肉の味を覚えさせることになるな。
焼いた方がいいか。骨だけでも積み上げれば、それなりの迫力は出せるか?
んんー。周りに燃え広がらないように、気を付ける必要はあるけど。焼いてしまおうか。あーでも、それだと煙いか。作業させる子が気の毒だなぁ。
クッソ、だったら京観とか無理じゃねぇか! 普通に深く掘って土葬にするしかねぇ!
相手が敵兵で、ここが敵国内とか国境線の微妙な位置だったりしたら、悩んだりしないのに! ……断腸の思いで、土葬を指示する、悔しいから、土葬の作業には参加する。思いっきり侮蔑の念を込めて、地獄行きを願いながら埋めてくれよう……。
「あの。……すみません。隊長が、無理に参加することはないのでは……?」
「そう言ってくれるな。……うちの、騎士団の子が捕虜に取られていた。その恨みを晴らす意味でも、体を動かしていないと落ち着かないんだ」
だから許して。隊長らしくないとか言わないで……。何といわれても作業には参加する。いや、した。思ったより長丁場になったよ。
空が暗くなってくる頃には、流石に皆も疲れてきたようで、明らかに動きが鈍ってきていた。
もう処理する数も少ないし、後は私がやるから休みなさい……。あ、私の体調が心配? 大丈夫! まだまだ元気だし、明け方まで動けるくらいには体力もあるよ。クソを埋める仕事は辛いけど、もともと女の子に任せたい作業じゃないしね。
こちらを気遣うくらいなら、皆休みなさい……。女騎士なんて辛いことばかりなんだから、楽できるときに楽しないとだめよ……?
「好きでやっていることだ。気にするな。――あとは任せなさい」
隊長命令! って強調したから、引き下がってくれた。さあお仕事お仕事。クソを埋めて肥料にする作業に戻りましょうねー。
……皆、私を労わろうとしてくれた。女の子ってきれいだし、かわいいし、声を聞くだけでも嬉しくなるよね。心優しくねぎらってくれるなら、守ってやりたいと心から思うよ。
なのに――どうして、それを傷つけようなんて思えるんだろう。私にはさっぱりわからないな。だから無作法な男とか、どうにかしてやりたくなるよ。
……終わったころには、空が薄く明るくなってきていたけど、二時間くらいは余裕で休めるだろう。経験上、これくらいの無理ならきく。日程に問題は出ないと確信をもって、寝床に入った。
被害はないのだから、ザラ隊長には良い報告が出来そうだ。そう思っていたのに。
起き抜けに突然、別部隊から伝令が飛んできた。
「東のクリムゾン盗賊団が、思ったより大規模だったので、援軍の派兵をお願いしたいとのことです」
んもー、遠慮せずにそういうこと言うんだから。嬉しいじゃないか、期待には応えないと男がすたるよ。今の体は女だけど、それは気にしない方向で。
まあ、無理をせず助けを求めに来たのは良い傾向だ。頼るべきものを知っている指揮官は、優等であると言ってよい。ならば助けに行くのに躊躇があろうか。
「では、私が行こう。こちらの仕事は済ませたところだし、特殊部隊の、気心の知れた者たちを伴っていけば、援軍としては十分だろうさ」
数としては、ちょうど二百くらいだが、五百人分以上の働きをする自信があった。
慣れない仕事に付き合わせたんだから、お嬢様たちにはこれ以上を求めるのは酷だろう。だから、後は私たちだけでいけると、報告を聞いたうえで判断した。
すいません、ザラ隊長。再会は、ちょっと遅れそうです――なんて。
自分のために、他愛のない妄想をしながら、次の仕事に取り掛かるのであった。
初見において、メイル隊長は目通りしてきた特殊部隊の副隊長に対し、なんとなく好感を抱いていた。
「モリーと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」
「――あ、うん。よろしく」
動作がいちいち綺麗で礼法に正しく、それなりの躾けを受けていたメイルの目にも、美しく見えた。
つまり、自分をそこまで尊重している態度とも見れるわけで――。初見で好感を抱くには、十分な理由であったともいえる。
「特殊部隊の副隊長、ね。ザラ直属の部下ってことで良いんだっけ」
「はい。ザラ隊長の補佐を務めております。場合によっては、代理として部隊をまとめることもあります」
あいつが認めるんだから、有能なんだろう。メイルの認識としては、それくらいのものだった。
とりあえず面識くらい持っておこうと、こうして顔を突き合わせているのだが、今はこれと言って用事はない。
「……モリー副隊長」
「はい」
「遠征では何かしらの形で、手伝ってもらうこともあるかもしれないから。その時はよろしく。戻っていいわよ」
メイルが退室を許可すると、モリーは綺麗な動作でその場を去った。
この時、彼女にとって、特殊部隊の副隊長の存在は、さほど大きくはなかったのである。だが、帰国して報告を受けた際、メイルは驚愕する。
「……ザラ、これ、私の目がおかしいのかな」
「現実を受け入れろ。現場の兵から聞き取りをしたが、全て事実だ」
メイルは、特殊部隊の隊長であるザラと共に、盗賊団討伐の報告書類に目を通していた。
捕虜に我が国の女騎士が捕らわれていたのは、痛ましいことだが理解はできる。戦闘における消耗が最小限で済んだことも、喜ばしいことだ。
だがその内容と言えば、別動隊を任せていたモリー副隊長の活躍が目立って仕方がない。一人で数十人を斬り倒したとか、殴り殺しながら指示を飛ばしたとか、誇張が入っているにしても、やり過ぎではないか。
それだけの功績を立てたのだと言えば聞こえはいいが、報告を見る限り己の身を省みない、命がけの状況に常に身を置いていたのは違いないらしく、割とドン引きである。
「特殊部隊って、あんなのがデフォなの?」
「馬鹿を言え、あいつが特別なんだ。……感化されてきている奴らがいるのは、確かだが」
「やばくない? なにこれ……私だって、もうちょっと安全マージンは取るわよ。指揮官が率先して突っ込んで、敵をなぎ倒しながら進むって……えぇ……? 私もやるけど毎回じゃないし、ある程度暴れたら満足して指揮に回るのが普通でしょ? 最初から最後まで殴り回り続けるとか、疲労で死んじゃうわよ」
「命知らずなのは、うちに来る前からそうだったらしい。クッコ・ローセ教官も、あれは治らんとサジを投げたと聞く」
「あの教官が諦めるとか、明らかに厄ネタでしょ、これ。あの人、なんだかんだで面倒見がいいのよ?」
クッコ・ローセ教官は、新兵を鍛え上げる教官として、評判の良い人物だった。死なせたくないから、死ぬ寸前まで厳しく鍛える。
そうして彼女の元を巣立った者は、おおよそが強者として長生きするのだ。いい例が、このメイルだろう。
だが、そのメイルをして、モリーという人物は異質に映った。
「しかも、安易に死にかねない状況に身を置きながら、五体満足で生還してる辺り、ただものじゃないわね。相当の手練れなんでしょ? 一目見た時は、そんな風に感じなかったけど」
「手練れには、違いないが。流石にあいつでも負傷が皆無とはいかないぞ。まあ、いくらか休めば元通りになる程度の傷しか負ったことはないな。かすり傷くらいならよく受けているが、一番大きいのでも骨折どまりだ」
危険の中に身を置きながら、生き残るのも生き残らせるのも上手い。本人の死狂い思考と合わせて考えると、どこかチグハグだが――ザラ隊長の眼には、それこそがモリーの才であろうと思われた。
「感心するよ。何をどうすれば、あんな才能をもって生まれてくるんだろうな」
「どんだけよ、それ……。ていうか、個人的な技量もそうだけど、周りの評価もアレじゃない? うちから出した隊員をビビらせても、得なんてないでしょうに。なんで余計に周りを威圧すんの? なんか、現場の恐怖が伝わってきそうな報告もあるんだけど」
「恥ずかしながら、周囲を驚かせている自覚とか、あいつにはないんだ。……指摘しようにも、改善しようがないなら、あえて突っ込むのも躊躇われるしな」
戦い方もさることながら、戦闘が終わった後の振る舞いも、報告があがっている。
別段、無礼な振る舞いをしたとか、そういうのではない。ただ、敵に対して容赦がなく、苛烈な態度で臨んでいること。器物を扱うように、ぞんざいに敵の死体を処理していたのが印象的だったらしい。
わざわざ土葬の作業に加わるなど、行動も際立っていた。隊長の仕事は指揮が本業であって、末端の仕事をあえて行うのは、残業を自ら増やす行いになる。任せるところは任せないと、潰れてしまうくらいには、隊長と言う職は多忙なのだ。そのはずだが――。
「改善しようがないってどういうこと?」
「本人はあれが最善だと信じているし、実際にその通りに働かせれば、成果自体は目を見張るものだ。下手に干渉して悪化させるのもアレだし、なにより。……本人なりに、騎士の理想を追求して、ああなったらしいから。これを直すとなると、本人の全否定に繋がってしまう。だから私も、強く改善を求められなかったんだ」
「それ、辛くない? 本人、それでよくもっているわね」
「あいつ、私と同じで体力と忍耐力は常人以上でな。二日間ぶっ通しで仕事を続けられるくらいには、頑丈なんだ」
「……すっごい。ウチに来てくれたら、ちょっとは私も楽ができるかしら」
「やらんぞ、あいつはウチのだ。――というか、ちょっとレズっぽい気がするから、護衛隊には入れんだろ」
マジで? とメイルが問えば。
マジだ、とザラは答えた。
「……一応面識はあるし、そこまでレズっぽい感じは受けなかったけど?」
「そうだな。一見して、淑女に見える。立派な女騎士にも見える。だが、一歩踏み込んで接すると、常にあいつがこちらを優しい目で見ていることに気付くんだ」
それがまた、異性を連想させる視線で、妙にくすぐったく感じるんだと、ザラは言う。
「あんまり、近寄るなよ。お前があいつに感化されて、命知らずの馬鹿者にでもなったら目も当てられん」
「今さら、そこまで純粋じゃないわよ。もういくつだと思ってんの」
「33歳独身女騎士隊長。きちんとわかっているよ。そのうえで言うんだ。あいつには関わるな」
下手に付き合って、お前まであいつに惚れてしまえば、人間関係が複雑骨折してひどいことになりかねん――と。ザラは、そこまで言ってしまった。これには、メイルも反論せずには居れない。
「私、レズじゃないんだけど。それでも心配?」
「あいつ、もし機会があったら、たぶんお前に対してはグッダグダになるまで甘やかし続けると思うぞ。あれで同性に甘いし、女を愛でて楽しむ傾向があるからな。……それも、ダメ女に甲斐甲斐しく世話を焼くのを楽しむタイプだ。シャレにならん」
それはちょっと危ないかも……と、メイルは思う。異性と接点のない自分が、同性とはいえ充分に男らしい女性に甘やかされ続けたら……。
あるいは、ほだされるかもしれない。そうなったら、なるほど。確かに厄介だと納得する。
「わかった。なるべく距離を取るわ。……業務上、関わることはあるかもしれないけど」
「そうしてくれ。なに、今回みたいに合同作戦を取ることなんて、そうそうありはしないさ」
とりあえず、話はここまでということで、話題は切り替わる。
――だが、状況は彼女らの楽観をよそに、後日メイルはモリーと関わってしまうのだった。それもおそらく、もっとも意外なところから。
モリー、ただいま帰還しました!
戦場から帰ってくると、自国の雰囲気を感じて、どことなく気分が和らぐ気がするよね。ついでに遠征帰りで休暇が取れたら……よかったんだけど。
帰ったら帰ったで、隊員たちのローテーションに問題がなかったか確認しなきゃだし、出払っていた間に国内で起きたアレコレについて、早速報告も受ける必要があったからなー。休めないんだなー。
それで、おおよその仕事が終わる頃には、すっかり夜になってしまっていた。でも朝までかからずに切り上げられたから、まだ良い方だよ! うん。
いつもなら早々に部屋に戻って寝てしまうのだが、今夜は飲みに誘われているから、出かけることにする。あの人と過ごす一時は、私も楽しいから、断る理由はないのだ。
「よう! 今回の遠征では大活躍だったらしいじゃないか。指導した教官としては、誇らしい限りだよ」
「クッコ・ローセ教官、お久しぶりです。……別段、活躍と言うほどのことでは。むしろ指揮官としては、部下の働きこそ誇りたいと思います。無茶な注文を聞いてくれた兵こそ、一番称賛されるべきでしょう」
クッコ・ローセ教官とは、指導が終わってからもなんだかんだで顔を合わせる機会もあって、今では立派な飲み友達と言っても良いんじゃないかな。
適当な酒場に入って、とりあえず一杯。麦酒を頼んで、喉に流し込む。
……うまいかまずいかで言えば、微妙。二杯目はいいやってくらいの味。ビールはホップをしこたま入れるべき。苦みが足りないよ苦みがー。
「そうだな。いつでもそうだ。――お前のことは、新しい教え子連中から聞いたよ。馬鹿みたいに無茶をする上官がいるってな」
「どなたからのお話かは分かりませんが、私の指揮下に入っていた、誰かでしょうか。私はいつも通り、普通に戦って普通に指揮したつもりなのですが」
「お前の普通が、他の誰かにとっては普通じゃなかった。そういうことだろ? ……酒が足りんな。おかわりー」
日本酒がないのは悲しいね。ワインとかが嫌いってわけじゃないんだけどさー。
ともあれ、追加の酒類ツマミ類を注文して、話を続ける。
「お前、まだあんな戦い方続けてるのか? 半分くらいは諦めてるんだが、直せるなら直した方がいいぞ」
「私は変わりませんよ。貴女に指導され、卒業した時のままです」
「……強さだけなら、お前は教え子の中でも指折りだろう。そこそこ身綺麗にしてるし、女としてもまあまあだ。そうそう負けることはないと思うが、万が一があり得るのが戦場だ」
「教官だって、捕虜になったことがありますからね。私も、自分が無敵だなんて思ってませんよ」
でも、今さら命を惜しむような戦い方は出来ない。出来なくなってしまった。私は、自分がただ一人の死狂いだと自覚してから、それは変えられないものになったんだ。
いつからだったかな、あれ。……忘れてるってことは、たぶんどうでもいいことなんだろうけど。
「……なぁ、私にはちょっとわからんのだが。自らの戦死を前提とした戦い方が、そう長く続けられるとは思えん。今無事なのは、運が良かったから。そうじゃないか?」
「でしょうね。――ありがたいことに、武運には恵まれているらしいです。これで一応、討ち取られた時のこと考えて、代理の指揮官役くらいは用意していますよ」
「そもそも討ち取られるなって話だ。私が死んだ後はお前がやれって言われても、相手も困惑するだろうに」
「万一に備えるのは大事な事でしょう? 私はいつだって、自分が死ぬことも考慮して戦っています。今さら変えられません」
ツマミをかじりながら答える。チーズもハムも、まあ、悪くはない感じ。
この際、塩気があって多少の旨味があれば、もう贅沢は言わんよ。干しイカだけは、昔食べたのと近い気がして、なかなかいいと思う。
「変われないのか? 私はこれで、教え子には誰も死んでほしくないと思ってるんだ。無茶はしてくれるなよ」
「戦場で無茶をせずして、何をせよとおっしゃるのでしょう。――ああ、部下に無理はさせません。無茶と無理は別物ですし……これでも、やれる無茶だけをやっているつもりですが」
「動けるうちは無茶じゃないって? ――まあ、いい。もう知らん。勝手にしろよ、クソッタレ」
途端に教官の雰囲気が悪くなった。言葉を選ばず、正直に言った、私の落ち度だろう。
「……すみません。私には、他の生き方が出来ないのです」
「なんでだ」
「殺す以上、殺される覚悟を持つのは当然のことですね? だから、私は自分の身を省みないようにしているんです」
「それじゃあ所詮、相打ちの兵法だぞ。一人で千人を相手にする気概くらい、お前なら持てるだろう」
「相打ちで結構ではありませんか。――殺しているのです。命を犯しているのです。殺される覚悟もなく、殺意だけが充実するようでは、私は完全だと思いません」
捨て身で戦うのは、自分の命と相手の命を、同等だと認めているからだ。たとえ害虫の駆除が目的であったとしても、そこは変わらない。
命は命で、それは本来、替えがきかない一つのものであるはずだ。どれほどのクズでも、私のような再生怪人と比べたら、そんなに劣る命でもないだろう。
だから、私を殺していいよ。私も殺すから――ね。
「……そこまで思い詰めなくてもいいと思うけどな。敵は敵で、別物だと割り切ったらいい。私も教え子に、そうやって教えている」
「知っていますよ、貴女の評判はいつだって良い。……今さら、生き方は変えられません。年ですねー、いやはや」
「お前まだ24歳だろ。十分若いし、生き方を変える余裕くらい持ってろよ。つか、持て。私は本気で心配してやってるんだ」
嬉しいなぁって思う。クッコ・ローセ教官って、本質は愛情深い人だと思う。割と本気で、今生でも男だったら口説いてました。
いや、口説きたい女子なんて言ったら、いくらでもいるんだけど。なんか、この世界は美人が多い気がするよ。
「ありがたい話です。――期待に応えられないことが、残念でなりません」
「……そうか。ああ、ちょっと話を変えるが、私が教え子を抱いた話はしたな?」
「初陣前の少年兵の話ですね。聞いてます」
初体験がクッコ・ローセ教官とか羨ましい、変われよ。
……変われよ。真面目に羨ましかったから、印象には残っている。
「抱いた連中は、みんな死んだ」
「はい」
そうだろう。無理もない、と思うから相槌だけを打つ。
「私と関わった奴が死ぬのは、堪える。お前にも、そうなってほしくない」
「……結局、話は変わってませんよ」
「言うな。――今夜はいかんな。どうも、感傷的になる時期らしい」
そうやって憂いに満ちた教官も、魅力的ですよって。率直に口に出せたら、どんなに素晴らしいだろうか。
でも、彼女がそうした言葉を求めていないことは、もう知っている。だから、必要なことを伝えようと、それだけを思う。
「感傷的な今なら、言ってもいいかもしれませんね」
「何をだ?」
「その、教官に抱かれて、死んでいった男の子のこと。私には、彼らの気持ちがわかると思います」
これは、本気の言葉だ。だから、ちゃんと教官の目を見て、真剣に話したい。
「――へえ、そう。聞かせろよ。あの少年たちが、なんだって?」
彼女の目に、不穏な色が表れる。怒る一歩手前の表情だった。
教官は情が深く優しいけれど、厳しい方だ。半端な言い回しでは、納得しないだろう。だから、心から思ったことを、丁寧に伝えねばならない。
「難しい話じゃありません。その子らは皆、教官のことが好きだったんですよ」
「そりゃ、嫌な奴に抱かれようだなんて思わないだろ。指導を通して、それなりに気心も知れてるしな」
「だから、ですよ」
「……わからんな。何が言いたい」
立派な女性って、自分のことはわからないものなんだな――って、なんだか微笑ましい。
だから、わかるよ。少年たちは、そんな教官と触れ合えて、本当に嬉しかったんだ。
「教官を好きになって、貴女の体に触れたから。愛してもらったから、無理をしたくなったんです」
「……私は、抱いてやっただけだ。愛など、与えた覚えはない」
「愛ですよ、それも。女性から愛情を受け止めたら、男の子は意地を張ってしまうんです。貴女に見合う自分になりたい。そのために功を立てようと、必死に張り切り過ぎてしまったんでしょう」
教官の雰囲気が、和らいだ。そして視線を落とし、神妙な面持ちで言う。
「馬鹿なことを……。たかだか女一人抱いただけで、男がそこまで思い詰めるものか」
「思い詰めますとも、相手が貴女なら。私は女だけれど、教官の魅力はわかります」
「……知った風に語りやがる。まったく」
ここぞとばかりに、浴びるように酒を飲む。教官にとって、それが禊にでもなればいい。私の言葉でも、慰めになったらいい。それが、亡くなった男の子たちのためでもあると思う。
だって、男の子なら。女性を経験して、そのいとおしさを知った後ならば。
情を交わした人には、悲しんでほしくない。幸せになってほしいと、ひたすらに願うものだろう。
「だが、慰めにはなった。……お前、本当は男だったりはしないよな?」
「残念ながら、女の体ですよ。本当に残念なことに」
ほんとなー。目の前にいい女性がいるのに、容易に手を出せないのはつらいよ。
でも、女性の幸福の一助になれば、それで十分じゃないかと、最近は思うようになった。
「思い悩むよりは、誇りに思ってあげてください。彼らはきっと、貴女に価値を認めたから、死ぬほど頑張ったんです。どうか彼らの為にも、自らをいやしめないでください。――いっぱしの男が命を張ろうとするほど、貴女は素晴らしい女性なんですから」
「……やめろよ。こんなオバサンに対して、なんでそう重い感情を向けるんだ」
教官の表情に、優しさが表れている。かつての彼らの思い出でも、思い返しているんだろうか。
それは死者を悼むことで、今を生きる人に必要なことだ。これで、教官の悩みの一つが解消されたなら、言葉を尽くした甲斐があるよ。
「ああ、もう、やめやめ! 今日はとことん飲むぞ! 付き合ってくれるんだろうな?」
「ええ、もちろん。貴女を朝までエスコートする栄誉を、ぜひ私にお与えください」
「……お前な、本当にな、そういう所だぞ。私には良いが、他では自重しろよ」
後は、暗い雰囲気を残さず、楽しく飲めたと思う。
明日がつらいかなーって、ちょっと心配になったけど。それくらいは、コラテラル・ダメージと言うものだよ……目的のための致し方のない犠牲だ……なんて思いつつ、私は今日も明日も生きています。
これくらい張り合いがないと、生きている実感がないし、幸せだって感じられないと思いました。だからいいんじゃないかなって、割り切って生きています。まる。
日間ランキング4位にまで至るとは……このリハクの(以下略)。
いや、需要があるものなんですね。天原作品の人気っぷりを、ようやく理解した気がします。
色々と考えているネタはあるので、もうちょっとは続きます。これもまた、読者の皆様方の応援のおかげです。
次の投稿はこんなに早くできないでしょうが、できれば今後とも、よろしくお願いします。