24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 グッダグダ考え事をしながら書くと、本当にペースが落ちてしまいます。

 どうしてこうなった。もともと、私は何も考えず、頭をからっぽにしてバカ話を書きたかったというのに……。

 ともあれ、どうぞ。無駄に長くなりましたが、時間つぶしくらいにはなると思います。



東方の商人には警戒しよう、というお話

 ミンロンを帰らせ、モリーを寝かしつけた後、ザラとメイルは二人で飲みなおしていた。

 

「もうちょっと粘ってもよかったが、あんまり問い詰めるのも良くないからな。……モリーのことは何でも知りたいが、余計な負担を強いては良妻とは言えんだろう」

「早速妻気取りとか、貴女もいい性格してるわね? モリーの方だって、まだ結婚したつもりはないでしょうに」

「私の家にアポなしで飛び込んで『抱かれに来た』、なんて言い切ったお前ほどじゃないさ。初夜が3Pでは雰囲気も何もないだろうが、まったく」

「貴方って結構繊細……ジョークよ、ジョーク。お互い、笑って流せる程度には付き合いもあるんだから。そこは空気を読みなさいよ、ね?」

「――それは、いい。いいがメイル。あのミンロンとやらを紹介した意図を聞きたいんだが?」

 

 モリーは思い悩むところがある様子なので、適当に駄弁って、なあなあの雰囲気のままで終わらせた。寝床までエスコートするのは手間だったが、それを厭うような関係では、すでにない。

 だがメイルについては違う。何を思って、東方の商人など連れて来たのか。役に立つから――なんて理由だけではないと、ザラは確信していた。

 

「ええ。モリーの耳を心配せずに済む状況になったら、私の方から切り出そうと思っていた所よ」

 

 メイルは意味ありげに笑って言う。思わせぶりな態度であったが、ザラにとっては有効である。少なくとも深読みをさせるくらいの効果はあった。

 

「……穏やかじゃない話なのか? 商人、いや流通の問題? それとも東方の国で何かあったとか、クロノワークの外交に関わる話だったりするのか? いや、諸事情で話せないというなら無理強いは出来んが」

「何勝手に緊張してんの。――大丈夫、今回の件は私の独断だし、さしたる意味はないから。正直に言えば、伝手はあればあるだけいいと思って、直感的にその場のノリで紹介しただけからね? そこまで深読みされても困るのよ」

 

 異存なんてあるわけない、とばかりにメイルは言い切って見せた。それがまた、ザラを困惑させる。だから、あれこれと懸念になりそうなことを連ねてみたが、メイルの方はバツの悪そうな表情で、こう述べた。

 

「人の言う言葉を、そのまま信じて疑わずに済むなら、この世はもっと単純であってくれただろうよ。……どこまで本当やら」

「格別の理由はないわよ? ミンロンはゼニアルゼとクロノワークの交易にも、色々と関わってるみたいだから。今後のことも考えて、両国とつながりのある商人と懇意になっておくのもいいんじゃないかって。……いや、本当に単純な動機に過ぎないんだから。そこまで警戒することないじゃない」

「良く言う。お前、普段は割と武断派というか、荒事以外はさほど鋭くないイメージがあったんだが。――認識を改める必要がありそうだな?」

「……あら? 私、そんなに大層なことを言ったのかしら」

 

 メイルは微笑を浮かべながら、手酌でワインを注いでいた。とぼけているようには見えないが、ザラはメイルが馬鹿ではないことを知っている。

 本当に何も考えてなかったとしたら、それはそれで感覚だけで最適解を導き出す、希有な才能の持ち主というべきだ。

 できれば、普通に頭を使った結果であってほしいとザラは願う。こちらの方が計算が立つし、何より御しやすい。

 

「ぬけぬけと言いやがる。……モリーは駐在武官の役割は終えたが、シルビア王女との個人的付き合いが残っている。あの方の気まぐれ一つで呼び寄せられる立場なのは、まず間違いない」

「ああ、私も『立場は同じ』だから同情するわ。シルビア王女って、身内には結構無茶ぶりするのよ。……私は護衛隊の隊長っていう立場があるから、出向するにしても短期間になるだろうけど、モリーはどうかしら」

 

 メイルが『馬鹿のフリをしている』ように見えるのは、さらりとこのような発言をして見せるからだった。明快な言葉を避けてほのめかし、深読みをさせる手管を使っているのだと、ザラには思えてならない。

 

「――わからん。シルビア王女の匙加減で全てが決まるだろう。……そこで、あの女商人か。両国で商売をしており、私たちのような騎士階級とのコネクションもある。我々が任務で離れていたり、どうしても傍に居られない状況になった時、あいつの手を借りれば、モリーを支援することもできるはずだ。経済的な支援はもとより、情報提供とかも、場合によっては在り得るかもな」

 

 よくそこまで考えられるわね――と、メイルは知らん顔だ。意図したものではない、と主張したいのだろうが、どこまで本当やら。

 女は恋をすると変わるというが、ここまで計算高い策を打ってくるとは思わなかった、とザラは思う。

 

「お前の功績だよ、これは。モリーはさぞ高く評価するだろうな? 上手く機能したなら、どうやってお返しをすればいいのか、真剣に悩むレベルだぞ」

「それはそれは。随分と買いかぶってくれたものね? ……そこまで都合よくハマるとは思えないし、モリーの感情については推量に過ぎないんだから、あんまり深刻に考えすぎない方がいいわよ?」

「どうだか。――付け加えるなら、お前はシルビア王女に対して、そこそこの要求は通せるくらいには親しいだろう? その気になれば、モリーがゼニアルゼに飛んでも――」

「そこから先は言いっこなしよ、ザラ。邪推はそれまでになさい」

 

 メイルの顔からは、笑みが消えていた。代わりに、猛禽の如き鋭い目が、ザラを見返している。

 切り替えの早さは、流石に歴戦の猛者と言ったところか。そして猛者は愚直であればこそ、重用されるもの。メイルはまさに、その典型であったと言える。

 

「私一人が抜け駆けするつもりはないし、誰に対しても、何に対しても不義理を働くつもりはないの。――おわかり?」

「わかった、信用しよう。お前の主張は理解した、と言っておく。……まあ、いいさ。邪な意図がないというのであれば、商人の伝手を増やすのは悪くない」

 

 ミンロンとやらが、どこまで有用に働いてくれるは、まだわからない。

 実力を見定める必要はあろうが、もし彼女がシルビア王女と密接に繋がるようなことがあれば、それだけで価値が出てくる。権力と結びついた商人は、伝手さえあるならば金卵を産む鶏に等しい。

 

「あいつ、シルビア王女と――」

「ミンロンはシルビア様と引き合わせるわ、無理にでも。……当然よね?」

 

 ミンロン自身の伝手を最大限に活用すれば、あるいは単独でも面会にこぎつけることは出来るかもしれない。だが、それでは有難味があるまい。わざわざ護衛隊長が骨を折ったという形で、恩を着せてこそ意味がある。

 何より、速度は力だ。商人の身分では、まず仲介役にワイロを渡すところから始めることになる。しかし護衛隊長のコネがあるならば、直通で連絡を取り付けられよう。

 

「お前の方から働きかけて? あんまり早く引き合わせるのもどうなんだ。あいつが私らを便利に使うことも在り得る。――騎士と商人の格の差ってものを、まずは思い知らせてもいいだろう?」

 

 とはいえ、そこまで相手に都合のいい配慮をすると、『こいつは利用できる』と味を占めてしまうかもしれない。

 今後、ミンロンへの経済的依存度が高くなれば、侮りからどのような恥辱を受けるかわからぬ。

 ザラには、そうした懸念があった。無条件に他人の善意を信じられるほど、彼女は無思慮でいられなかったともいえる。

 

「余計なことを考えるのね、ザラ。あの商人を手っ取り早く利用したいなら、まずはシルビア王女に話を通すこと。それが先でしょう? 演出については、あの方に任せた方がいい。こっちで気を回すようなことじゃないわ」

「ミンロンがシルビア王女に取り込まれるのも、あんまり望ましい展開とは言えんぞ。出来れば、そこそこの関係を維持してほしいものだが……」

「どうにでもなるでしょ。私たちとシルビア王女は、対立する理由がないわ。ずぶずぶの関係になったらなったで、上手に利用させてもらえばいいじゃない」

 

 ザラとは逆に、メイルは理論より直感を重視する。『そうして良い』と考え、脳裏に警報が鳴らないならば、それは進めていい話だと思ったのだ。

 

「お前なぁ。シルビア王女に丸投げして、それで丸く収まるとは限らないだろうに」

「それはそうだけど、大事な場面で外すような人じゃないわよ、あのお方は。――大丈夫、きっと上手くいくから」

 

 メイルが確信を持って、そう言い切るものだから、ザラもそれ以上は押さなかった。商人を蔑んでいるわけではないが、見下されるのも御免である。舐められぬ程度には、手綱を握っておきたくもあったが――。

 しかし、あえて追求するほど、優先度が高い話でもない。問題が起こってから対処しても、遅くはあるまいとザラは思い直した。

 

「まあ、私が動かなくても、別の誰かがどうにかするかもだし……。ミンロンを躾ける機会は、また機会を見てからでいいんじゃないかしら」

「わかったわかった。否とは言わんよ。……いかんな、どうも。モリーに近づく女は、誰彼構わず警戒したくなる」

「重症ねえ。私も、とやかくは言えないけど」

 

 余計な感情を抜きにすれば、ミンロンの有能さや、その人格を疑うべき段階ではない。

 メイルから聞く限り、今のところ健全な商売をやっているらしい。土着の商人と比べて、しがらみがない分、自由に動けるというメリットもあるだろう。

 逆に庇護も受けられないので、自衛のコストがその分大きくなるが――と、ザラがそこまで考えたところで、メイルの言葉が飛び込んでくる。

 

「なんだかんだ悩んだり話したりしたけど、私たちが行動するより先に、シルビア王女の方からちょっかいを掛けに行くかもね。国内流通と交易については、私は門外漢だけれど。――何が大事かってことくらいは、これでも多少はわかるのよ」

「ふーん、どの程度わかっているつもりだ?」

「流行は上から下に流れるってことと、流通網は権力を無視して構築できないってこと。あとは……暴力は全てを解決するってことくらい? かしら」

 

 メイルは不敵な笑みをこぼしながら、意味ありげに言った。その意味するところを、ザラは完全に読み切っていた。

 武力は見せ札としても一級だ。合法的に凶器を振り回せる身分は、どうあっても商人には持ちえない。こちらは、それを自由に利用できる。

 ある意味、一方的に主導権を得られる立場にあると言ってもよい。ただ、それは劇薬でもある。

 

「ミンロンの方が、それを危険視して退いたらどうする? せっかくのおぜん立てが全て無に帰すぞ」

「東方からわざわざやってきた、気合の入った商人よ? 利益に見合ったリスクは望むところでしょう。むしろ、逆にこちらの武力を利用してやろうって考えても可笑しくないわ」

 

 大きな利益として、あるいは大きな損害としても、こちらは好きなだけ提供できる。ミンロンが利に聡い商人であればこそ、お互いに尊重し合える関係は構築できるのだと、メイルは暗に指摘したのだ。

 

「だから、価値の分かる相手同士を引き合わせる、と。――モリーのために」

「間接的にでも役に立つ可能性があるもの。――ええ、モリーのために」

 

 とはいえ、現実に試みるうえで問題は色々ある。あれこれと話したが、いまだ不確定要素は大きいと言わねばならない。

 そもそもの話、ミンロンをシルビア王女が用いるかどうか。これだけでも確たることは何も言えぬ。

 有能な人物であろうから、環境さえ整えば重用されると思われるが――あの王女様は、あれで結構感情的かつ横暴である。上手くいかない可能性も、それなりにあるだろう。

 

「結果的に失敗したっていいじゃない。私たちは、私たちに出来ることをやる。そういう姿勢をモリーに見せて、理解してもらうこと。――彼女の伴侶として、これ以上に重要なことはないでしょう?」

「ん……そうだな。当然だ。私たちがモリーのために出来ることは、全て試みるべきだ。そうでなくてはいけない。――まったくもって、世話の焼ける奴だな?」

「ええ、ええ。……私たちが手を尽くさないと、いつ死ぬかわかったものじゃないんだから。どうにかして囲い込まないと、一時だって安心できないんだから」

 

 メイルは呆れた様子で、しかし好ましいものを語るように、微笑んでいた。

 ザラもまた、共感するように苦笑しつつ、彼女の想いに応えた。それでこそ同士だと言わんばかりに。

 

「同意する。いやはやまったく、頭の痛いことだよ。――私一人の束縛で済むなら、話は単純だったろうに」

「皆で、大切に囲いこまなきゃね? ……老後を一緒に過ごせるなら、それが一番いいんだから」

「お互い、長い付き合いにしたいものだ。願わくば、誰が新しく入って来ようとも、どのような変化があろうとも」

「気の早い――いえ、ある意味気の長い話なのかしら? ザラらしくもなく、殊勝なことを言うじゃない。なんかあったの?」

「おい、茶化すな。本心だぞ、これは」

 

 今更疑うような間柄でもあるまいと、メイルは言い返して――互いに杯を傾けた。

 モリーがようやく、己の懐にやってきてくれたのだ。彼女の心を得るためならば、何でもしようという意思が、そこには現れていた。

 

 ――がんじがらめに縛って、飼殺してくれよう。黄金製の籠の中で、長く寵愛されるのが、お前には似合いだ。

 

 ザラは女としての感性で、まさに正しく己の幸福を追求していたのだと、そう表現して良いのだろう。モリーがまっとうな嗜好の持ち主であれば、遠慮していたであろうし、抵抗も相応にあったに違いない。

 

 だが、誰にとっても幸運なことに、彼女もまた奇特な性癖の持ち主であり、女性からの好意は何であれ御褒美として受け取る器の大きさがあった。

 結局のところ、喜劇的結末は必然であったのだと言わねばならない。それだけの軌跡を残し、文献に名を残した騎士として、モリーは讃えられるのだが、当人たちにとってはどうでもよい事であったろう。

 

「今日は、話せてよかったわ、ザラ」

「ああ、私もだよ、メイル。……語り合ってこそ、お互いに理解できる。敵手であれ、伴侶であれ、それは本当に大切なことだ。そうだろう?」

「――同感。今度は、教官も一緒にね」

 

 目の前の恋愛に全力で挑むこと以上に、大事なことなど。彼女たちにとっては、ありえないのであるから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日もいい天気ですね、モリーです。

 ……朝、隣で想い人が寝ているっていう状況に、色々と悶々としています。別々のベッドがあるはずなのに、どうして……?

 もしや据え膳――いや深く考えるのは止めよう。理性が飛ぶ。なので、早々に身支度をして仕事に出ましょう。

 

 ちなみにザラ隊長は、着替えから朝食まで、かいがいしく世話を焼いてくださいました。朝っぱらから、理性が蒸発するところでした。彼女を嫁にする人は幸せだね! 間違いない。

 奉仕する側なら、逆に蕩かせてあげられるだけの技量はあるつもりだけどね? 攻守逆転した時の反応が、今から楽しみだよ――とか。

 そんな風にでも思わなければ、たぶんずっと尻に敷かれたままだと思うんですがどうでしょう。

 

 ……とりあえず今日は仕事は控えめにして、愛しの方々へのお返しをしていこうと思います。正確には、その準備ですが。

 

 アレですよアレ。まー何と言いますか、過剰なくらいに愛されている自覚はあるので、私の方も具体的な行動で報いておかないと、面子が立たないんですよ。贈り物とかデートとか、あんまり重すぎると引かれることもあるけども。

 彼女らくらい深い付き合いをしている間柄なら、普通に受け入れてくれると思うんだよね。

 

 好きな人に対して、受けた好意に値するだけのものを返せているのか。これから、その人のためにどれだけのことをしてあげられるのか――。

 

 これ、結構重要なことだと思うんですよ。自覚を持つのもそうだけど、行動するのはもっと大事。

 物理的にも心理的にも、つぎ込めるリソースが多い分だけ、相手への愛情の深さを表現できると思うのです。

 愛が重いとか深刻に過ぎるとか、思う人はいるんでしょうけれど、私はこれでも充分かどうか怪しいって思うんだ。重いのはお互い様だし、人数分の差で私の方がむしろ足りないくらいじゃないかな。

 

 ――何というかね、アレだよ。対したこともしていないのに、『自分は愛されている』なんて考える馬鹿にはなりたくないんで。行動でも現物でも、お互いに愛されてるっていう実感を表現するのが大事だと思う。

 愛されて当然だとか、そんな感覚が許されるのは親子関係だけです。愛に溺れるだけ溺れておきながら、この点をおろそかにしてはいけません(戒め)。

 

 勘違いした男子にありがちなんですよね、これ。女性からのちょっとした好意を都合よく解釈して、『こいつ俺に惚れてるな』なんて思ったりするんだ。

 惚れられてる自覚を持っちゃったから、少しくらい無視したり、横暴に振る舞っても許されるだろう、なんて勘違い。明らかに見放される前兆なんだよなぁ……。

 

 漫画とかドラマとか、そうした道化の空回りが良く話題になるでしょう? あれ見るたびにちゃんと考えろよテメー、って私は思ったもんです。

 相手にとって、価値のある存在になれているのか? それだけの行動をして、お互いへの理解を深めることが、できているのか。

 独りよがりで相手のためになっていない行動は、迷惑なだけです。それに勘違いを付随して妄想にふけって、それを愛だなんて吹聴しては道化以下の小物になる。

 相手の立場になって考えて、己の言動を振り返りましょう。愛情とは、思いやりから始まるものだと、私は思います。

 

 だから私は好意に対して、明確な行為で愛情を表現するのですよ。そうであればこそ、愛される価値もあると言うものではありませんか。

 幸せにしてあげられる自信を持つためにも、私自身が考えて行動することに意味があるんだって、これは確信を持って言えることだよ。

 

「そう言う訳で、早速頼りにさせていただきたいんですが、色々と見せてもらえます?」

「……午後半休にして、求めるのがそれとは。これはまた、頼りにされたものですね。信用されていると考えて、よろしいのでしょうか?」

 

 王子は昨日の鍛錬の疲労があるから、私の授業はお休み。座学だけなら、まだ私が出る幕はない。で、部隊の仕事に戻っても、最近は書類仕事も少ないので、早ければ午前中にやるべきことは全部終わっちゃうんですよね。

 

 なので、空いた時間を利用しようと思ったんです。具体的には、私はミンロン女史の元で、皆への贈り物を吟味しようと思ったわけで。

 これこれこういう事情なんで、なんかいいのある? なんて、軽いノリで話したつもりだったんだけど、彼女の方はそこまで軽く考えてはくれなかったようだ。

 

「もちろん、信用しているから事情を話したし、こうやって頼っているのです。そこは、疑わないでほしいものですが」

「……ならば、是非もありません。女性への贈り物と言う事でしたら――そうですね。いくらか思い当たるものがあるので、用意させてください。在庫は結構はけていますが、まだ残りがあったはずです」

 

 考えようによっては、いい反応だと思う。昨日の今日だから、商談をするにも最適のタイミングだと思ったんだよ。鉄は熱いうちに打てって言うし、拙速は相手次第だが刺さる相手には良く刺さる。

 ――私は幸運にも、機会を間違えなかったという訳だ。たぶんね? なんとなくだけど、そう思うの。

 

「貴金属、装飾品の類は取り揃えております。ご要望次第で、ピアスにも指輪にも、加工いたしますが、いかがでしょう?」

「……多芸なんですね。自ら商品を加工する商人なんて、滅多にいないんじゃないですか?」

「西域への商談ともなれば、わざわざ職人を伴ってくるわけにはいきませんから。自分で出来ることは、自分で済ませるようにしています。その方が利益になると思えば、躊躇うことでもありません」

 

 ここは素直に賞賛していい所だ。ミンロン女史は、多くの才能に恵まれているらしい。有能な人物と友誼を持てた幸運を、私は噛みしめねばならないね。

 

「今現在、贈答品用の在庫がいくらあるのかはわかりませんが、見せられるだけ見せてはいただけませんか。そちらのセンスを疑うわけではありませんが、身近な人への贈り物なので、自ら見定めたいのです」

「ええ、もちろん構いませんよ。その点、こだわるお気持ちは理解できます。――少し、お待ちください」

 

 そうやってミンロンは様々な小物を取り出してきた。指輪やピアスといった装飾品、観賞用の宝石や東方の衣装など、私の目から見ても相当な価値だとわかるものばかり。

 何気に書物が混じっていたりするのは、彼女なりの皮肉かな? ……とっとと訳して見せろという催促だったりしたら、もうちょっと待ってくださいとしか言えないんですが。

 

「衣装は、採寸も済ませていないのですから、流石に――」

「これはサンプルです。生地は持ち込んでおりますので、採寸を済ませれば私が裁断から調整させていただきます」

「……服の仕立てまで自ら手掛けるとは、そこまで出来る商人は、どれだけいるのでしょうか。本当、ミンロン様は多芸ですね」

「幼いころから、色々と仕込まれたもので。今では、卑近なことまで習熟してしまいました。……お恥ずかしい話です」

「何を恥じる必要があるのですか。貴女は自身の才覚を、もっと誇るべきです。――東方の賢人の中で、もっとも偉大な教育者もそうだったでしょう。卑近なことにこそ、真理が宿るものです。身近で日常的な仕事の中にこそ、大事なものがある。私はそう思いますよ」

「恐れ入ります。――ただ、私としては商人としての価値を見ていただきたい。上客として、お金を落としていただくのが一番なのですが、いかがでしょう」

「……ああ、うん。そうですね。いや、これは失敬」

 

 まあまあ、思ったより感銘を与えられなかったのはいいよ、うん。伊藤仁斎先生なら、もっと良い言葉で表現してくれたんだろうけど、私にはこれが限界だった。

 ずっと気になってたんだけど、孔仲尼先生は別名で降臨しているのか、それとも別人が似たようなことを言い残したのか? これだけでは、ちょっとわからない。……翻訳作業に励む理由が出来ましたね、これは。

 

 それはさておき、ミンロン女史の弱みが見えた、と思う。東方では、裁縫仕事は女の役目なのだろう。こっちでは男も裁縫をするから、針子を蔑んだり軽い扱いを受けたりすることはないのだけれど。

 

「知っていますか? こちらでは冬の寒い時期、農閑期には男も家の中で出来る仕事をするのです。具体的には写本や手芸などですが」

「いえ、初耳です。……東方では、手芸は女子の仕事ですね。男が稼ぐための手段としては、一般的ではありません」

「それはそれは。女性の地位が低いのでしょうか。我が国では、考えられないことですが」

「黙秘させてください。――理由は、聞かないでくれると助かります」

 

 左様で。なんというか、色々と想像はつくね、確証はないとしても。

 ――さて、どこまで東方は中国っぽいんだろうね? 男尊女卑は確実としても、程度のほどはどうだろう。ミンロン女史の素性も含めて、確かめたくなるよ。

 まあ、これで案外、深刻でない範囲でまとまっている可能性はある。とりあえず、女の身で商人をやれるくらいには、女性への社会進出が認められているんだろう。

 

「……あれこれ並べてくれたものを見るに、品物がいいだけに迷いますね」

「急ぐ理由がないのであれば、当人たちを交えてみるのもアリでしょう。お互いに嗜好のすり合わせを行うのも、共同生活においては大事なことと考えます」

「多人数で冷やかしに来られても、困るだけでは?」

「ただの冷やかしにはならないでしょう。――モリー殿は、それくらいに誠実なお方であると、見定めております」

「期待が重いですね。けれど、裏切るのは後ろめたいものですし、うーん」

 

 ウィンドウ・ショッピングなんて概念はまだないんだろうけど――別段購入するつもりが無くても、商品を見て回るくらいは許してくれるらしい。

 それはそれとして、共同生活なんて言葉が出てくる辺り、ミンロン女史も目ざといものだ。誰かしら、誘ってみるのもいいかもしれないが、それよりはまず彼女だ。ミンロン当人の才覚にこそ、今は目を向けるべきだろう。

 しかし、あからさまでは警戒を呼ぶ。まずは私の方から急所をさらけ出そう。そうであればこそ、お互いに踏み込んだ話が出来ると言うもの。

 

「難しい所ですけど――その。私って、わかりやすいですか?」

「私にわかるのは、伴侶を得ることは人生の大事である、ということです。モリー殿はこれから一家を立てる身の上になる訳ですから、妻のご機嫌を取るのも夫の役目と言えるでしょう」

「耳が痛いですね、実に。……女の身で、妻を持つのはこれで結構な負担だと思うのです。形に残せないだけに、気を使うことも多い。できれば、ミンロン様はそのための一助になってほしいものです」

 

 東方の商品は、物珍しいものが多い。ミンロン女史が披露してくれるなら、ありがたい話だ。新鮮な気持ちでショッピングを楽しめる場は、ご機嫌取りに最適であるし、利用させてくれるなら便宜を図るのもやぶさかではない。

 

「どうぞ、思うがままにお引き回しください。お呼びとあらば、すぐに駆け付けます」

 

 だから私を御贔屓に――と、ミンロン女史は言いたいらしい。機会に食いつく貪欲さと、己を演出する上手さは称賛に価すると思うよ。

 なればこそ、警戒は解かない。やり手の商人相手に油断は禁物だ。隙を見せれば、どこまで収奪されるかわかったものではない。

 信頼と信用は別。頼るのと用いるのとでは、立場の違いもあるしね? ……ミンロン女史は傑物だから、私としてはなるべく上位の立場を維持したいんだよ。

 

「名目上でも、夫としては家計を思うがままに掻き回す訳にはいきません。今回は、高値の買い物は遠慮しましょう。彼女たちへの贈り物はおろそかにできませんから、金をかけるのは次の機会に回します」

「その際は、ぜひ声をおかけください。何はともあれ、駆けつけますので。保証としては、これで足りるでしょうか」

 

 そう言いながら、ミンロン女史は一冊の書物を進呈してきた。

 彼女曰く、これも投資の一環だという。ぱらぱらとめくって見た感じ、法家の書物っぽい。

 

「ん? あれ? これって……うわ」

 

 ――ていうかこれ、商君書じゃない? 『則ち草必ず墾かれん』ってフレーズがこんなに何度も繰り返される書物なんて、他にはないよ。

 

「ちょっと、これ危ない……危なくない?」

「おや、わかりますか? 理解の速さが尋常ではありませんね。……大丈夫。今現在の東方において、この手の思想は主流ではありませんから」

 

 禁書じゃないからセーフって、ええ? マジで? ……現在に当てはめると陳腐化した内容も多いけど、これって国外に持ち出していい類の書物なのか?

 中央集権の貫徹、貴族特権の廃止、愚民政策に厳罰主義等など、見る者が見れば危険思想とも捉えかねない文言が山ほどあるんですが、これ。翻訳作業に重ねて、注釈も追加しないと酷いことになるよ。

 そもそも商業を軽視して、極端すぎる農本思想を表した商鞅の書を、女性の商人が持ち込んでくるとか、これだけでもひどい皮肉なんですがそれは。

 

「……ありがたいのですが、これは少し、過剰ではありませんか?」

「翻訳する書物は、いくらあってもいいでしょう? 投資した分は回収するつもりですし、気兼ねなく受け取ってください。私ほど貴女の語学力を評価している人物は、他にいないと確信しております。――ああ、心配せずとも急かしはしません」

「やります、やりますよ。だから煽らないでください、地味に精神にくるので。……貴女の思い切りの良さだけは、本当に感心しますよ」

「貴女個人の感心より、不特定多数の関心こそを買いたいものです。翻訳本が売れなければ、私は丸損ですからね? ――おそらく、そこまで酷い事態にはならないと思いますが」

 

 流石にここまで投資を受けたら、私の方もお返しに本腰を入れねばならなくなる。

 翻訳作業は積極的にやりたい仕事でもあるから、この点でミンロン女史には頭が上がらない。

 だって、非公式とは言えど、諸子百家っぽい書物をちらつかせて来るんだもの。

 法家があるなら、兵家とか儒家もあるよね? 中国最初にして最後の思想的自由が認められた時代の、最高のエッセンスを抽出した文献を持ち出されては、従うしかないじゃない。

 

「翻訳本の売れ行きについては、さほど心配していません。――モリー殿の名声を利用すれば、まず確実に利益が見込めましょう」

「私、そこまで知名度があるとは思っていないんですが。特殊部隊の副隊長なんて、一般人とは縁遠いものですし」

「そこはそれ、売り方次第ですよ。高尚な書物は、上流階級から流行らせるのがよろしい。そしてモリー殿は、ゼニアルゼの上流階級とは、良い関係を築いておられるでしょう?」

 

 言われてみれば、ゼニアルゼには教え子たちがいる。彼女たちは、私が本を書いたと聞けば、興味を持つだろう。

 ちょっとでも気を引かせれば、このやり手の商人のこと。あれやこれやと手管を用いて、教え子たちを中心に一過性のブームを作るくらいは、やってのけるかもしれない。

 

「他国の事情とか、もう面倒見切れませんし考えないこととして。――想い人への贈り物について考える方が、よほど楽だ……とも言えないのが辛い所ですが」

「いっそ、物を贈るのはやめて、行動で示すのはいかがでしょう。一人一人に時間をかけて、特別なデートをする。それも一種の贈り物ではありませんか? 締めくくりに小物の一つでも贈れば、それでいいではありませんか。私がそれらしいものを、いくらか見繕いましょう」

「――ああ、その手がありましたか。仕事以外で逢引きとか、したことがなかったですね、そういえば」

 

 これはこれで、覚悟を決めなくてはならなくなるが、まあそれはいい。

 いい機会だと思えば、迷いも消えるかもしれない。……実際に行動するとなれば、そこまで上手くいくかはわからないが。

 

「躊躇うには、躊躇うだけの理由があるものです。じっくりと、考えられるのがよろしいかと。心配せずとも、小物類は嵩張らない割に売れ残りやすい物ですし、時間はあります」

「ほほう、悩むだけの時間をくださると? ――ミンロン様は、私のスポンサーになってくれるのですかね? 投資に見合った結果が出たなら、今後ともよろしく付き合って頂けると、そう考えてもよろしいんですね?」

「……割と唐突に、話を別方向に変えますね、モリー殿。そこまで言われると、ちょっと身構えてしまいますよ」

「そうは言われましても、大事なことですので。――いえ、女性関係と並べて語ることではないでしょうが、いずれにしろ大事です。唐突なのはお許しください。……いかがでしょう?」

 

 ちょっと感情的になりたい気分だったので、ミンロン女史には付き合ってもらおう。

 贈り物を選ぶのは、またの機会と言うことにして。――今は、彼女と向き合おうじゃないか。

 

「いかが、と申されましても、もともとこちらから進めた話です。モリー殿は、遠慮なく私を頼ってください。出来る限りのことは、させていただきます」

 

 口にしたからには、責任が伴う。ミンロン女史は、これからも投資してくれる意思もあるだろうし、過剰な警戒は非礼にあたろう。

 ここからは私も、誠意を見せなくてはなるまい。多少は財布の中身をひん剥かれても、笑って済ませる度量がいると思う。

 

「なら、こちらも出来ることはしてあげたいと思います。相互互恵の関係こそが最良というもの。商人と騎士階級の癒着など、この時代においてはさほどの問題ではありませんし。――シルビア王女は御存じですか? ああ、伝手があるかどうかを聞いているので、誤解の無いよう。……貴方がよろしければ、紹介するのもやぶさかではありません」

 

 商人として生きる上で、辛酸も相当に舐めただろう。そうした彼女の気持ちに寄り添いたいという感情も、私の中にある。

 貴女は私に投資をした。だから、私も貴女に投資しよう。これは、そういう話です。あの王女様を持ち出したのは、こちらもリスクを負えるのだと言いたかったからだ。

 身内の中で、シルビア王女に一番近しいのはメイル隊長だけど、私の方からもアプローチは仕掛けられるからね。東方から面白い商人がやってきた、と伝えれば、興味は引けるだろう。

 

「シルビア王女と来ましたか。……随分と踏み込んで決ますね、モリー殿。貴女はそこまで性急に話を進める方ではないと、そう思っていたのですが?」

「場合によりけりですよ。――ミンロン様は、ご立派な商人であらせられる。なれば、騎士身分の私としては、今後ともお付き合いを継続していきたいのです。お互いのためにも、我々は関係を維持するべきです。間違っていますか?」

 

 維持するためには、明確で継続的な利益が必要になる。商人との付き合いが難しいのは、この部分の調整がめんどくさいからだ。

 だって、彼女を受け入れれば、既存の商人たちからヒンシュクを買うのは間違いないからね。なんで地元のウチらを無視するんだって言われたら、普通なら返答に困るところだ。

 この点、シルビア王女を間に入れれば、少なくとも私の方は言い訳が出来るからね。そうして名目上でも、付き合って良い理由が出来れば、充分お互いの利益になると思う。

 

「言いたいことはわかりますが、ここで権力のお話をするのはいかがなものかと」

「そうした方が、本気だと理解してくれるでしょう? 書物のお返しと思えば、私としては適正だと思うのですが」

「それにしても――いえ。この場で否定してしまえば、私自身の見る目が疑われてしまう。怖気づいては、商機をみすみす逃すことにも――。……この件、返答は急がなくとも構いませんか?」

「もちろんです。とりあえず考えておいてください、という話ですよ。誰も急かしたりはしません」

 

 という訳で、とにもかくにも保留と言うことで話は終わった。

 私もこれ以上は深く語らず、ちょっとした買い物だけを済ませ、挨拶して別れた。

 

 ――収穫はあった、と思う。ミンロン女史の思考というか、スタンスというか。人となりをいくらかでも探れたから、今後の参考になる……んじゃないかな。どうかな。

 わざと都合のいい面を見せただけ、ともとれるし、そこは要観察だね。で、一番重要な皆へのお返し、という意味では別段収穫はなかったわけですが。

 ……どうしようか。マジで身体で返すことになるんだろうか。私は、欲望に従うならむしろ嬉しいくらいだけど、理性の部分が『まだやめとけ』とささやくんです。

 

 ――なるようにしかならんか。今、私は人生の節目にいる。この機会に、周囲の人たちに目を向けて、自分に出来ることをしなくてはならない。

 それだけは、確かな意思を持って、断言できることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、ミンロン女史からは装飾品を一つだけ買いました。あとは、ちょっとした小物消え物を少々。お話をして時間を取ってもらった分、相応の買い物と言うことで。

 装飾品は贈答用じゃなくて、私用にね? 皆へのお返しは、また別に機会に考えよう。

 焦って選ぶことでもないと思うし。――あんまり後回しにするのも私の精神衛生に悪いから、なるべく早く行動すべきではあるんだけどね。

 

 だから、まずは一番接しやすい相手に一番わかりやすいお返しをしようと思います。

 開店まで適当に時間を潰した後、クミン嬢の店へ。私が来たと分かったら、どうやら色々と便宜を図っていただいているようで、すぐに来てくれました。

 まあシルビア王女からの紐帯、という話が事実であれば、私の監視と管理はクミン嬢の仕事だからね、こうもなろう。

 

「モリーさんと店で会うのは久しぶり――というほどでもありませんが、珍しくはありますね。私に、何か?」

「仕事の話抜きで、お互いを理解し合う機会が欲しい、といいますか。……要は逢引きですね。お時間、よろしいですか?」

「愛人設定は別料金――なんて、冗談ですよ。もともとそのつもりで来ているんですから、通常料金でお相手しましょう」

 

 店で会う以上は、それなりの場代を払ってもらわねばならない、と。その辺り、クミン嬢はしっかりしている。

 彼女の価値を考えれば、それも当然か。自らを安売りする態度は、周囲からの侮りを生む。あえて職場で弱みを作る理由など、彼女にはないだろう。

 

「でも意外ですね? 私、歓迎されてないと思っていたので。……真面目な話、何かしらの口実がないと、自宅を訪ねるのも難しいんじゃないかと考えてました」

「そう難しく考えることもないでしょう。――先日など、メイル隊長が東方の商人を連れてきていました。無礼だ何だと、余計なことを考えていては、ありえない行動でしょう。私たちの中で、気兼ねはいりません」

「それは、また。……詳しく聞かせてください」

 

 思った通り、私の話はクミン嬢の興味を引けたようだ。後は、経緯を詳しく語ればいい。今日会ったときの話も含めていいだろう。

 ミンロン女史との関わりについては、現在進行中の部分もあるんで、ぼかすべき部分はぼかすけどね!

 

「貴方に東方の教養があったことにも驚きですが。……それに見事に対応して、投資の決断をした商人も凄いですね」

「完全に同意します。彼女は大成しますよ。――そのうち、シルビア王女とも顔を合わせるでしょう。ゼニアルゼとクロノワークの交易に関わるならば、機会は自ずと作られると思います」

「木っ端商人に関わるほど、暇な方ではないですが。……モリーさんがそこまで言うのであれば、可能性はあるのでしょうね」

 

 シルビア王女に報告することが増えた、と思っている頃合いかな。今は、名前を耳に入れさせるくらいで充分だろう。

 クミン嬢も思考にふけっているところ悪いけど、ついでに私の個人的な用事をここで済ませてしまおう。貴女もまた、私にとっては好意を向けるべき対象なので。

 

「失敬、仕事に関わる話をするつもりはなかったのですが。……すいません。どうにも気が利きませんね、私は」

「いえいえ、構いませんよ。楽しいお話でしたし」

「しかし貴女の男として、この辺りで甲斐性を見せておきたいと思うのです。――これを」

 

 私なりに、クミン嬢にお返しをするとすれば、まず彼女の立場を考えねばならぬ。

 彼女の為を思えばこそ、周囲の嫉視を招く贈り物は、よろしくあるまい。だから出来ることと言えば、これくらいしかなかった。

 

「お菓子の詰め合わせですか? ありがとうございます」

「ゼニアルゼで流行りの焼き菓子だそうです。よろしければ、職場の皆さんとお分けください。――評判が良ければ、大々的に売り出していくそうですよ?」

「それはそれは。……しかしゼニアルゼの流行り品であれば、結構な値がするのでしょう?」

「菓子にしてはそれなりに。ですが、流通が安定すれば、かなり安くなるそうです。具体的には、これくらいに――」

「あ、それなら割と手が届きますね。私的に買って楽しむのもアリかも」

 

 嗜好品の流通を安定させるためには、相応の売り上げが見込めねばならない。だから、ここで大いに受けることがあれば、それだけで菓子の需要は大きくなる。

 需要が大きくなれば、供給する価値が生まれて――大量生産、販売の商機が生まれるわけだね。薄利多売で顧客を作り、いい評判を作っていければ、全体としての利益につなげられる。

 取り扱う側のミンロン女史にとっては嬉しい話になるだろうし、皆も美味しい菓子が安価で買えて嬉しい。

 クミン嬢は、ただ受け取って周囲に菓子をばらまくだけでいい。費用については、私が自腹を切ろうじゃないか。見栄と言えば見栄に過ぎないけど、貴女を気にかけていますっていう気持ちの表現としてはベターだろう。

 クミン嬢に関しては、余計な手練手管を用いるよりは、多少下品でも率直に向かい合った方がいいと思うんだ。

 

「定期的に、店の方に差し入れましょう。全員にいきわたるくらいには、用意できると思います」

「あの、ありがたいですけど、そこまでしてもらう義理は、流石にないと思うんですが」

「そこはあれですよ。旦那の甲斐性と言うことで」

「お菓子で買える甲斐性なんて、知れたものですよ? 男の人なら、もっとそれらしい貴重品を持ってくるところですが」

「それだと、露骨すぎて嫉視を招くでしょう? ――これは想像ですが、クミンさんは特別な立場にいるはず。職場の同僚との関係を、悪化させる要因は作りたくありません」

「むしろ、私と周囲の関係を良好にするために、嗜好品を持ち込んで職場の雰囲気を改善させよう、と。……私とモリーさんの関係が無ければ成立しない、そうした事情を作っておけば、自然と私自身の立場も強化されるわけですね?」

「それで得られる立場など知れたものですが、ないよりはマシでしょう? 出費と影響をかんがみるに、これが大きすぎず小さすぎない、ちょうどいい所だと思うのですが」

 

 まあ、直接やり取りすると流石にあからさまに過ぎるかな。流通の業者から店に卸してもらえばいいわけだし、私の名前を出すこともない。

 人気がお客の間にまで波及すれば、私の手を放れても、店の経費で落とすことも出来るだろう。上手くいけば、クミン嬢にもミンロン女史にも良い顔が出来るわけだ。

 ――そうならなかったら? 私が無駄に金を落とすだけで終わるね。でもどうせ使い道なんて限られてるし、節度はわきまえてるし、問題はないよ、うん。

 

「……なんだか、妙な雰囲気になりましたね。逢引きって感じでもないような。モリーさん、仕事から離れると結構不器用だったりします?」

「本職には誤魔化せませんね、どうも。……クミンさんには、勝てる気がしませんよ。快く負けられる相手というのは、貴重ですから。嬉しいと言いますか、何と申し上げたら良いやら」

「私は気にしません。それより、いいんですか? 時間延長は別料金です。これは、割引が効きませんから。――時間を無駄にしたくないでしょう?」

 

 料金と時間について言及する辺り、もっと個人的な話がしたい――というポーズであると、私にはわかった。

 クミン嬢は、真面目に私と向かい合ってくれるらしい。彼女の鷹揚な笑顔は、私の感情をどこまでも受け止めてくれるだろう。職業上、感情をぶつけられることにも慣れているはず。

 そうしてもいいのだと確信を得られたならば、こちらだって遠慮する理由はない。

 

「ええ、ええ。まさに。語るべきことは、色々とあります。他愛のない話も。……色事については、うとい方でして。とりあえず、思いつくままに語り合いましょうか」

「いいんじゃないでしょうか。私、これで結構現状に満足してますんで。付き合えるうちは、付き合いますよ」

 

 ありがたい話だった。彼女自身、どこまで本気の好意を向けてくれるのか、わからない部分も多いけれど。

 それでも、長く付き合ってくれる気持ちがあるのなら、私はそれに感謝するべきなんだ。

 

「ありがとうございます。――私は色々と、なかなか公言しにくい感情を抱えていますので。そこらへん、愚痴を聞いてくれると嬉しいですよ」

 

 クミン嬢は、私との関係も仕事の内だと割り切っている節がある。

 他の三人と比べると、感情とか好意とか、そうした部分がさほど重くない相手だ。愚痴を吐くには、最適だったというのもある。

 今のうちに発散しておかねば、ストレスはかさむばかりだろう。そうと思えば、私も思い切って話すことが出来た。

 それが彼女にとって、いい時間になったどうかは、わからないけど。料金を支払った分、彼女の為にもなったのだと。そう思いたいのですね。ええ、ええ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミンロンという商人は、個人の才覚だけでこの世を生きている。そうした自負があった。

 もちろん他者の助けを借りることはあるし、運の要素も無視はできない。だがそれらの環境全てを利用し、利益を己のものにするには、実力があることが前提である。

 なればこそ、人脈を築く上でも一人だけを頼ることはない。多くの伝手をたどりながら、その中の一つを選択するという形をとるのだ。

 この場合、彼女にとってモリーは数ある投資先の一つに過ぎず、金をかけるべき人物は他にもいた。

 狡兎三穴の教えの通り、一つの策に頼り切っては身が危うい。一方がしくじった時の為に、他の道も用意しておくべきだ。それがモリーにとって近しい相手だというのは、奇縁というものか。

 

「それでは、シルビア王女との面会、保証してくださるとは――」

「保証? いささか図々しくはありませんか。……私は、あのお方の手先でしかない。私は自分の仕事の範疇で報告を行い、その中で貴女のこともいくらか触れる。お目通りが叶うかどうかは、私の上司の判断次第ですね」

 

 ミンロンは今、クロノワークの風俗街にいた。その中で『天使と小悪魔の真偽の愛』傘下の高級店に入り込めたのは、彼女の人脈と商才のなせる業であったろう。

 しかしミンロンの才覚も、このクミン嬢と関わるまでが限界であった。彼女の返答も、色よいものではない。

 なぜかと、ミンロンは己に問う。相手の逆鱗に触れるほど、多くの会話をしたわけではないというのに。

 

「何か、機嫌を損ねるようなことを申し上げたのでしょうか。だとしたら、お詫びいたします」

「詫びなどいりません。貴女方商人にとって、詫びとはワイロを贈ることでしょう? そんなものを受け取っては、上司に言い訳が出来ません」

 

 口舌だけでは足りぬ。それは、わかっていたことだ。だがワイロを贈ろうにも、相手の方から求めさせてこそ意味がある。ここで切るには早すぎると思えばこそ、ミンロンはさらに言葉を重ねた。

 

「クミン様、では貴女の直属の上司に話を通していただきたく」

「……報告はしますが、話が通るかどうかはまた別の話です。申し訳ありませんが、ミンロンさん。私が貴女に出来ることは、そう多くないんですよ」

 

 クミンは、すでにモリーと出会って話をした後だった。つまり、ミンロンの情報を持っており、何を求めているかを知っている。

 モリーがミンロンとシルビア王女を引き合わせたがっていることも、なんとなく読めていた。

 だが仕事以外の場では、人の好いモリーのこと。彼女が良いように利用されては、どうにも不快な気がするので、クミンとしては一つ釘を刺しておきたかったのだ。

 色々ともったいぶって、ヤキモキさせるくらいは可愛い悪戯ではないかと思う。

 

「私の上役に用があるんですよね。それもこの店の店長とか、そんな次元ではなく。狙いはシルビア王女でしょう。あのお方にお目通り願うことが、貴女の目的です。違いますか?」

「はい。私の方でも、方々に手を尽くしておりますから、いずれは叶うと思いますが――」

 

 最後までは言わせない。ミンロンの目的が何であれ、今はクミンが主導権を握っているのだ。

 

「ああ、私の方からも報告しておきましょうか? 生意気な商人がいて、分不相応な願いのために動いている――と。私程度では、さしたる不信は招けないでしょうが、決断を遅らせる理由にはなるでしょう」

「――お待ちを。流石にそれは誹謗中傷と言うものでは? クミン様の上司とて、根拠のない暴論を聞かされたくはありますまい」

「そうですね。なので、私に誹謗中傷される隙など、作らない方がいいですよ。……おわかりですね?」

 

 クミンが強硬に出れば、ミンロンは強く出ることが出来ない。席を蹴って出ていけるほどの実力も、この女商人にはなかった。

 二人の力関係は、クミンの方に大きく傾いていたと言える。その自覚があればこそ、相手を追い詰める楽しみを、彼女は享受できるのだ。

 

「……随分と身も蓋もない言い方をされますね。手土産が少なかったと言うことでしょうか? ワイロと見なされぬ形で、ひそかに利益を提供することも私には出来ますが」

「――すいません、言葉が足りなかったですね。では最初から説明します。……私たちは別段貴女の商売に興味などないし、金に困ってもいません。だから凡百の商人たちと同じ扱いをします、と。これは、それだけの話なのです」

 

 クミンは金の無心など求めてはいない。ただ彼女の思惑の上を行くこと。マウントを取って、主導権を握ること自体に快感を覚えているのだ。

 そしてミンロンの方も、商人としての才覚が、正確に相手の感情を読み取らせる。クミンの返答には内心で焦った。相手がこの状況を楽しんでいるなら、変化させるのは容易ではない。

 

「それだけ、ですか。私としては、投資するつもりでお話しているのですが」

「モリーさんに粉を掛けたように?」

「……それとこれとは、話が別では?」

「そうですね。それはそれとして、私は面白く思わなかったというだけの話です。……ああ、別に謝罪とか求めてはいませんので、勘違いなさいませんよう」

 

 本来、クミンはここまで嗜虐的な言い方をする女性ではない。ただモリーとの関係性ゆえに、己がミンロンの上位にあることを強調しているのだ。

 

「モリーさんは紳士ですから、私の様にあからさまな言い方はしなかったでしょうけど。――利巧すぎる人って、普通は嫌われたり警戒されることが多いですよね。私も思い当たることがありますから、わかりますよ」

「何のお話でしょう? 私は純粋に商売の話をしていたつもりですが」

「信頼を積み上げたいなら、他人の下風に立つことを受け入れてください、という話です。……私をただの通過点に見なしたり、上役に会うまでの繋ぎに過ぎないとか、そんな風に見下したりしない様に」

「いえ、決して私はそのような――」

「そうでしょうとも。無自覚なんでしょう? だから、無理には言いませんよ。貴女にとっては理不尽にも聞こえるでしょうし、これ以上責めもしません。忘れてくれて結構です」

 

 ミンロンの反論など知ったことではない、とばかりにクミンはまくしたてる。なるほど、確かにミンロンとて確たる意思で、クミンを見下しているわけではあるまい。

 ただ自然に、商人の方が娼婦より格上だと、そのように思い込んでいるだけだ。手っ取り早く金の話をすれば、適当に食いつくだろう――とも。

 あっさりとワイロの話をしてくる辺り、そういう女性たちしか知らなかった可能性もあるが、いずれにせよミンロンの言い方は彼女を傷つけた。

 クミンは金の価値の重さを知っているが、同時に己のプライドも大事だと思っている。傷つけられたからには、殴り返したくなったのだと、これはそういう話だった。

 

「私にはミンロンさんほどの商才はありませんが、モリーさんはそういった実利など度外視して、私個人を見てくれる方です。――少しは、彼女の謙虚さを見習ってはいかがでしょう」

「……非礼があったなら、お詫びいたします。どうぞ、お許しください」

「はい、許しますとも。――貴女の言葉が、本当に真実であればですが」

 

 彼女にとって、他の女性陣とは違い、ミンロンはマウントを取っても問題のない相手だ。言いがかりに近い言葉を用いたのも、今の内から教育しておこうとの意図である。

 クミンは商館内で序列を決めるかのように、番頭が丁稚をこき使うように、ミンロンを扱うつもりだった。少なくとも、『モリーの家』という範疇の中では。

 

「話を戻しましょうか。……投資の件については、悪いんですが私にその権限はありませんので。受けるかどうかも、上役の判断次第です。まあ、その気があるってことくらいは伝えてもいいですが」

 

 クミンは遠回しな言い方をしているが、伝え方はどうにでもなる。あえて恣意的な表現をして、ミンロンに対する風評被害をもたらすくらいは朝飯前だろう。

 それがわかるから、ミンロンは旗色の悪さを認めるしかなかった。どうにか笑顔で包み隠してはいるが、声と口調には緊張が現れてしまう。そうと自覚しながらも、なおも彼女は食い下がった。

 

「足りないものがあるなら、用立てます。必要なものがあれば、どうかお申し付けください。――お役に立てると思うのですが」

「では、お引き取りください。明確な返答については、また後日と言うことで。……ミンロン様のご活躍をお祈り申し上げます」

 

 お帰りはあちらだと、クミンは視線で指し示した。きわめてぞんざいな態度であり、対等な話し合いの雰囲気ではない。

 ミンロンは飛び込み営業に近い形で、この場に乗り込んできたのだから、それは仕方のないことであるだろう。クミンの個人的な事情をかんがみるなら、短時間でモリーに取り入った彼女を気に入る道理はない――と、そういった考えも混じっていた。実利という分野では、クミンはミンロンに敵わない。そこを嫉妬したと言われれば、否定は難しかった。

 だが、ここで粘れずに素直に帰還できるほど、ミンロンは愚鈍な商人ではない。

 

「最後に一つ、耳寄りな話をしたいと思います」

「もったいぶる様な話ですか? 伝えたいことがあるなら、最初から話してください。……どうぞ?」

 

 クミンはそれ以上、何も言わなかった。ぞんざいな態度は変わらないが、聞く耳は持っていると態度で示す。

 ならば、とミンロンは口を開いた。このために、面白くもない人の恋話に首を突っ込んだのだから――と。彼女なりに、思う所を述べた。

 

「モリー殿の疑惑について、お話させてください。あの方が東方に通じていた事情について、何か知っていますか?」

 

 クミンの視線が、ミンロンを向いた。ようやく関心を引いたと、彼女は確信した。

 同時に不興も買ったのだが、そこまで気にかける余裕など、今のミンロンにはない。

 

「私は何も知りません。――が、任務の特性上、さまざまな国家の情報について詳しいのは、不思議なことでもないでしょう」

「それが東方でなければ、の話です。我が国は閉鎖的で、文化的な書物を輸出したり、学者が国外に出る場合などは、確実に記録が残るようになっています。――しかしここ数十年、そうした記録はありません。今回私が持ち込めたのは、ほとんど特例のようなものですね」

 

 ミンロンは、出まかせを言っているわけではない。東方からの競争相手が少なく、流出する財物もまた少ない西方であればこそ、商機があると睨んでやってきたのだから。それこそ下調べは嫌というほどに徹底して行っていた。

 なればこそ、不審を抱いた。あそこまで流暢に東方の言語に通じ、訳せる人物が、どうして今まで埋もれていたのか? そしてそれほどの人物が、なぜ騎士などやっているのか?

 ミンロンにとっては、腑に落ちないことでもあった。無論、それはクミンとてそうである。なればこそ、彼女の話にも付き合おうと思ったのだ。

 

「勘違いとか、調べから漏れているとか、そうした可能性もあるでしょう?」

「否定はしませんが、それにしても不思議な話ではありませんか。モリー殿は、学者の家に生まれたわけではなく、東方の文献に触れる機会がそうそうあったとは思われません。ましてや、独学で習得する時間的余裕など、どれほどあったのか? ――これは、明らかに不審な事柄です。放置してよい案件ではないと、私の方から申し上げておきましょう」

 

 ミンロンは、疑いを投げかけた。自ら投資しておきながら、モリーへの不利益になりかねない疑惑を他者へ吹き込んでいる。この矛盾を、いかに表現すればいいだろうか。

 

「悪口を叩く輩は、むしろ不信を招くものです。……モリーさんに対して、含むところでもあるのですか?」

「いえ、別に。いい商売相手になると思っています。実際、それなりの商談をまとめておりますし、長く付き合いたいと思っておりますとも」

「へぇ? ――東方の商人とやらは、複雑怪奇ですね。そこまで投資しておきながら、他人に不信感をばらまこうとするとは。ありていに言って、不義理に過ぎるのではありませんか?」

「目の前の顧客が全てです。私は顧客が求めるであろうものを、情報も含めて売買するのが商売。モリー殿からは、口止めされた訳でもありません。つまり、必要とあらば開示するのも私の自由と言うものです。よって、これは不義理な行為ではありません」

 

 一見矛盾した行動だが、結果が良ければすべて良し。彼女には、ここから巻き返す算段も、モリーへの信頼を取り戻す道筋も見えていた。

 後で埋め合わせをすればいいと、覚悟を決めている。だからこそ、ここで強く主張したのである。

 

「物は言いようですね。私が嫌悪を抱くとか、そんな風に思わないんですか?」

「これは正当な疑惑です。東方の人間として、確かに不審に思うことがあった。そうとわかっているなら、関係者に告げない方がむしろ不誠実でしょう?」

「何事にも、言い訳のしようはあるものですね! ……不本意ですが、一理くらいは認めてあげますよ」

 

 もっとも、そうしたミンロンの道理など、クミンにとっては考慮に値しない。そこまで悟れなかったのは、まさに商人としての未熟さゆえであろうか。

 

「まあ、いいでしょう。東方に通じていること。改めて考えてみると、不思議と言えば確かに不思議。――ですが、追求するほどの問題かどうか、いささか怪しい所があります。……貴女の言葉を裏付けする、証拠が必要ですね」

「証拠があれば、また訪ねてきても良いとおっしゃられるので?」

 

 次の機会を、新たなチャンスをくれと、ミンロンは言っている。それを許可するくらいは、クミンの裁量でも許されるだろう。――いささか楽しくない展開だが、利を認めないわけにはいかない。

 この点、シルビア王女に伝われば、いくらかの興味を引くかもしれない。想像が出来るだけに、無視できなかった。ミンロンの指摘に価値を認めるなら、クミンは便宜を図る必要があった。それが、彼女の仕事でもあるから。

 

「――証拠が出てきたら、ですよ。……嫌とは言いません。ただ、今回の報告の結果は本当に期待しないでください。この店の場代を割り引くこともしませんよ」

 

 要するに、具体的なことはしないし何の保証も与えないのだが、また来れば会って話くらいはしよう――と。それだけのことに過ぎないのだが。

 

「充分です。では、次の機会にまた」

 

 返事を聞いたミンロンの足取りは軽く、去る時にも気負いは感じられなかった。

 虚勢であれ、そこまで徹底できるなら才覚の内であり、クミンはそれをくみ取れるだけの察しの良さを持ち合わせていた。

 物の役に立ちそうならば、それらしく伝えるのも彼女の役目であった。あえて厳しく接したが、無能な人物でないことはわかる。己の感情的にはさておき、シルビア王女は気に入るかもしれない。

 

「報告は詳細に、私見も込みで伝えておきましょうか。……個人的には危険人物に近いと思いますが、癖の強さは利用価値の大きさにも通じるものですし。最終的には、シルビア王女が判断することでしょう」

 

 クミンは所詮末端の人材であるから、気楽に仕事が出来る。判断を上に丸投げできるのだから、なおさら楽でいいと思う。

 それより、今回の話をモリーに持ち込めば、どれだけ甘えられるだろうか。功績に応じた見返りは、求めても非難には当たらないはずだと彼女は考える。

 普通、同性愛には忌避感がともなうはずだが、モリーに対してはそれがない。自分にそのケはなかったのに、どうしてだろうかと疑問も出てくるが、結局のところ実感して確かめるのが一番いいはずだ。

 

「モリーさんに抱かれるのって、どんな感覚なんでしょうか。――想像しても不思議と不快感がわかない辺り、彼女は私にとっても特別なんだって、なんとなくわかります。そんなに付き合いは長くないのに、不思議なものですね」

 

 モリーは聡明な人だから、クミンの偏見込みで辛らつな意見を伝えたとしても、真に受けるとは限らない。自ら裏を取って確信を得るまでは、あの女商人に対して強い態度を取ることはないだろう。

 特に女性には甘い傾向があるから、讒言などはもってのほか。先ほどの案件を話す機会があれば、口調から声色まで注意してなくてはなるまい。

 邪推されてしまったら、面倒な話になる。モリーから誤解されることは、それだけでひどく辛いことのように思えた。

 

「モリーさんって、悪い人ですね、本当に。貴女の関心を買いたい。貴女にとって大事な存在に慣れたら、どんなに楽しいでしょうか。騎士どもはもとより、シルビア王女まで翻弄させることが出来たなら、その一助と成れたなら、どれほど痛快なことか!」

 

 それこそがまさに、モリーの魔性であったのだと、気付いた頃には手遅れだったのだから、どこまでも恐ろしい話であろう。

 自覚のあるなしに関わらず、接触した者たちを惑わさずにはおれぬ。そうした魅力を、モリーは生まれながらに持っているのだ。

 これを天性の才能というならば、厄介ごとを呼び込む性質は受け入れて然るべきかもしれぬ。

 

「明日にでも、甘えに行きましょうか。ザラ隊長殿は、3Pに抵抗のない人だと嬉しいんですけど」

 

 いずれにせよ、モリーには試練が待ち受けている。純潔を今しばらく維持したいのなら、並々ならぬ術策が必要になるだろう。

 手練手管を、童貞の為に使い尽くさねばならぬと自覚したならば。モリー自身は不甲斐なさと情けなさで男としての自信を失うか、あるいは――吹っ切ってしまうのか。

 いずれにせよ、クミンが楽しめない展開にはなるまい。

 

「女として、女に墜とされる喜びを教えるのも、また一興でしょう。……同性愛の性癖はなかったつもりなんですが、モリーさんだけは別枠だって思えるんだから、本当に不思議ですね?」

 

 クミンがやる気を出している以上、抵抗は無意味である。何より彼女は、シルビア王女の紐として、モリーを縛り付けねばならない立場だ。

 今の仕事を引退しても、安楽に過ごせる場所を確保できるなら、大抵のことは許容できると言うもの。そこに愉悦が伴うなら、なおさら迷う理由はない。

 

「マナーの悪い客より、こちらを思いやってくれる女性を相手にした方が、まだ楽ですしね。……嫌なことを無理矢理、というタイプでもないですし。周囲の人間関係も恵まれていて、将来性もある。ちょっと悔しいですが、あの商人でなくとも、投資したくもなりますよ」

 

 見た目は派手でも、色街が苦界であることに変わりはない。クミンはなるべく楽に暮らしたいものだから、現状はなかなか具合が良かった。

 モリーが嫌悪を抱くような手合いでないことも、彼女を安心させている。いずれシルビア王女からは別の指令も飛んでくるだろうし、モリーの監視は厳しい仕事になるが、それでも――。

 どこかの王族のハーレムで、政治的な暗闘に巻き込まれたり、主人の女に生殺与奪を握られたりするのは御免だった。一時ならともかく、生涯をそこで終わらせるなど、なおさら在り得ないと思う。

 

「妥協するなら、ここらでしょう。――ええ、私は納得して仕事をしている。納得して、好意を向けたいと思っている。……末端のハーレム要員として、これが出来る精一杯でしょう」

 

 クミンは運命を悲観していないし、己の力量で生き延びていけると信じている。だからモリーに媚びを売ることも、さしたる苦労ではないと考えていた。

 少なくとも、モリーの本質と、それに影響された周囲の女どもと正面からぶつかるまで、彼女は自信を維持できていたのである――。

 

 

 





 いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたのなら、幸いです。


 話を書き続けていると、作者でも色々な部分が頭から抜け落ちていることに気付いたりします。
 付け加えると、自分で何度も見直していると、面倒になってスルーしてしまったりするところもありまして……。
 変なところで矛盾などが出ていないと良いのですが。


 次の投稿は、六月中には必ず。二回できるかどうかは、その場のノリ次第になると思います。では、また。

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