24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 まだまだ文章の練り込みが足りないというか、見直しが足りないような気もします。矛盾点があったらお笑いください。

 でも頭を使うのはこれが限界でした。
 はやく、あたまのわるい話が書きたいです。

 お目汚しですが、時間つぶしの慰めにでもなれば幸いです。



商人と君主の胡散臭いお話

 東方の商人であるミンロン、そしてゼニアルゼの次期王妃であるシルビア王女。二人の商談は、穏やかな雰囲気のままに終了した。

 当初予想していたような衝突も齟齬もなく、シルビア王女が主導権を最初から最後まで握り続けたと言えよう。結果として、これからゼニアルゼは東方との交易の一大拠点となるのだ。

 ミンロンはあらゆる伝手を総動員し、大量の文物をゼニアルゼに運び込む。シルビア王女はこれを大いに宣伝する。単純な話であると言えば、その通りであるが――。

 

「質はともあれ、量が量だけに買い付けが手間ですが、必要な分は確保できるでしょう。――では、そのように」

「言えばすぐさま用意する。それだけの準備をしていたというのは、わらわ的にポイントが高いぞ。……今後も、貴様の才幹に期待しよう」

「以前にバラして売り歩いた分がありますから。在庫も含めて、回収して持ち寄ればどうにかなるでしょう。――面倒は面倒ですから、これきりにして頂きたいところですがね」

「安心せい、以後は無理を強いたりはせん。おぬしに出来ぬなら、他に頼めばよいのだ。わらわは何も、おぬしに執着しているわけではないのだからな?」

 

 歴史が動いた瞬間であると、そうした認識を強く持っていたのは、シルビア王女ではなくミンロンの方であった。

 なればこそ、シルビア王女の揺さぶりにも動じず、あえて確認するように問う。

 

「当座は、ご期待に添えましょうとも。――ところで、才幹に期待する、と言われましたね。最大限に才を振るってよいと、そうした意図の発言でしょうか?」

「許す。民間での交易に関しても好きにやれ。――なんだ? いちいち確認するようなことか、これが。わらわは、おぬしを小間使いにするつもりはないぞ」

 

 小間使いにはしない、という意味をミンロンは正しく把握した。

 ――お前はお前で好きにやれ。ただし責任は持たん。これはまさに、そういう意味合いの言葉である。

 なればこそ、自由にやれるし己の裁量で商売が出来る。まさしくシルビア王女こそ、盛り立てるに相応しい人物であると彼女は判断した。

 

「……失礼いたしました。そうであればこそ、忠を尽くす甲斐もありましょう。このミンロン、交易の自由を許してくださる限りは、シルビア王女の忠実な僕となりましょう」

 

 彼女らの悪だくみは、利益以上の混乱を招くかもしれぬ。確実に、これからは多くの者が巻き込まれ、さらなる商機が生まれるであろう。

 シルビア王女はそれを主導する立場となり、ミンロンはその先駆けとなるのだ。

 

「自由を許すならば、下僕とは言えまいが――今後も活躍してくれるなら、良い付き合いを継続したいものよ。おぬしの方から、他に何か言いたいことはあるか?」

「……では、失礼して。隗より始めよ、と言う言葉が、わが国にはあります。意味については、モリー殿に聞けばわかるでしょう。そして、さらにもう一言。これも、モリー殿に直接お伝えください」

「なんじゃ?」

「火の牛にはご注意を、と。おそらくは、これで通じるでしょう。……もっとも、意味を解するまで少し時間が必要でしょうが。私はこれから一仕事ありますので、そのように伝言をお願いします」

 

 権力者を伝言板代わりにするなど、一商人に許される態度ではないはずだ。とんだ下僕もいたものだ、とシルビア王女は呆れた。

 しかし彼女はそれを受け入れる。ミンロンの言葉の意味は解らないが、それを許すくらいには重用すると、すでに決めていたからだ。

 

「別に構わぬが、それなら手紙でも残していけばよかろうに。わざわざわらわが直接伝える必要があるのか?」

「私なりの諧謔という奴です。お付き合いいただければ幸いというもので」

 

 不遜は許さぬ、と拒否するのは容易い。しかし、言伝をするくらいは手間でもない。

 ならば、これも一興かとシルビア王女は判断する。

 

「謎解きはモリーに任せよ、と。……よくわからぬが、あやつと会う楽しみが一つ増えたと、そう思うことにしよう。おぬしは、使い出のある奴だ。一度くらい、僭越を許してやろうではないか」

 

 悪だくみは、これでお終い。ミンロンは自らの商売に精を出し、シルビア王女は覇道を突き進む。

 いずれも共犯意識はあったとしても、友愛はない。お互いに何かしらの感情を抱くことがあるとすれば、それはどちらかがしくじった、その時にこそ生まれるものだ。

 

「わかっているとは思うが、しくじるなよ。もしもの時は、こちらも躊躇いはせん」

「ええ。報酬をケチらない限り、私は貴女の味方です。どうか、くれぐれもお忘れなきよう」

 

 その時が来たら、感情的には侮蔑、現実的には収奪という形で現れるであろう。元来、商人と専制君主の間には、それだけ容赦のない力関係が存在するのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、モリーもメイルも事後に聞かされた話だが、クッコ・ローセ教官は再びゼニアルゼの駐在武官として、当国に派遣されていた。これにはシルビア王女の意向が最大限に配慮されており、彼女がクロノワークの宮廷をいまだに掌握していることを意味する。

 

「やはり、傍に侍らせるなら、お主のような相手が良いのでな。多少の無理は承知でも、呼び寄せたくなるのだ」

 

 本人不在の宮廷であるから、影響力はやがて弱まっていくであろうが――少なくとも、それは今ではない。

 そして、クッコ・ローセはゼニアルゼに再び駐在し、シルビア王女に呼び出されている。顔を合わせれば、そこには確かに変わらぬ不敵な彼女の姿があった。通り一遍の挨拶を終えると、とりあえず正直な感想を述べる。

 

「すいません。評価してくださるのは嬉しいのですが、正直そろそろ家庭に入りたいんで、長期の出張とか勘弁してほしいんですが」

「モリーとの事情は聞いておるが、実際おぬしが言うと違和感バリバリじゃな……。まあ、そういうことであれば、モリー共々ゼニアルゼに越して来ればよかろう。住居の手配はしておるし、それなりのポストも用意してやれるぞ」

「さて、魅力的な提案ではありますが、受け入れるのは難しい話ですね」

 

 なんとなく、このまま済し崩し的に役職が固定されてしまうのではないか。クッコ・ローセは、そうした懸念を覚えつつある。

 モリーとの共同生活を楽しみたい、そうした欲望のある彼女にとって、この立場はありがたいものではなかった。モリーがシルビア王女の申し出を受け入れるはずがない、と分かってはいたが、話を合わせねば後が怖い。シルビア王女は、決して甘い相手ではないのだ。

 

「仮に越してこられたとしても、ザラとメイルが拗らせますよ、それ。モリーならヤンデレても寛大に接するんでしょうが、拉致監禁からの凌辱エンドだと私の方が割を食うんで、できれば遠慮したいところですね」

「なるほど。おぬしの意見はわかった。和姦こそ至上、という考えは理解しやすくもある」

 

 ならば、まとめて引き抜くか――なんて、シルビア王女は気軽に言ってのけた。

 あまりに軽く言うものだから、冗談のように聞こえてしまう。実際には、結構な割合で本気で考えている。その為の策謀も、練り始めているのだと、クッコ・ローセにはわかっていた。

 

「そうすれば、誰も彼もが幸せになれよう。違うか?」

「シルビア王女の手のひらで、貴方様のご機嫌一つで揺らぎかねない幸福ですね。……私だけなら、諦観と共に受け入れることも出来ましょうが。メイルらは承服しないでしょう」

「ふーむ、距離を近づけすぎたかな? メイルも、わらわが単に甘い上司ではないと、弁えておるであろうが――。多少の不興は飲み込んでもらえると、勘違いしている気配もないではない。……此度の催しに呼ぶついでに、そこら辺を改めて自覚させてやろうか」

 

 シルビア王女は、意地の悪い笑みを浮かべながら、そう言った。悪童の精神を保持したまま、能力と身体だけが大人になっている。これを未熟と評するか、破綻と腐すべきなのか、判断の分かれる所であろう。

 しかし、クッコ・ローセは、彼女がこの手の悪い感情を浮かべるたびに忠告したくなるのだ。『権力と才能の上に胡坐をかくのはおやめなさい』と。

 さりとて実際に口にできるほど、豪胆にもなれない。保身を覚えるほどには、クッコ・ローセも年季を重ねている。溜息を吐いて、穏やかに諭すくらいが関の山だった。

 

「メイルのやつをいじめるのは、やめてあげてください。あれで結構、繊細な所もあるんです。恋人のモリーを伴うのなら、なおさらでしょう」

「なればこそ、余計にいじってやりたくなるのではないか。これでも、わらわは嬉しく思っているのだぞ。あのメイルにようやく恋人が出来たのだ、とな。相手が同性だとか、年下だとか、そういう部分は目をつむっても。……感慨深いではないか。多少はアレコレと口を出したくなっても、致し方あるまい?」

「それはそうでしょうが。それだけに、恋人との一時は大事にしてあげたいと、私は思います。どうか、あいつの気持ちを汲み取ってはやれませんか」

 

 気持ちがわかるだけに、クッコ・ローセは強く言えなかった。せめて、メイルの立場を尊重するように、懇願するのが精一杯である。

 

「無粋な真似をするつもりはない。冷やかしてやるし、モリーに関しては突っ込んで聞きたい部分もある。……だが、わらわなりに二人を祝福してやりたい気持ちもあるわけでな」

「お気持ちは結構ですが、祝福の仕方にも限度と言うものがあります。ほどほどにしてあげてください」

「考えておく。――いや、楽しみではないか。ミンロンとの商談も、そこそこには楽しめた。催しを行う準備も整えている。そろそろ呼びつけてもよい時期であろう」

 

 いい口実が出来たので、東方の文物を持ち寄り、それらを鑑賞するパーティを催すのだとシルビア王女は言った。

 これには、ミンロンを通して得た東方文化を普及させ、東方との交易を活性化させたいとの思惑がある。クッコ・ローセにも、それくらいは読めた。

 

「東方については、警戒することも考えたが、周知させて利益を取る方向で行く。まあ、この点は深く考えずとも良いぞ」

 

 ミンロンとシルビア王女が、商談と称して密かに話し合いの場をもったのは、確かである。だが彼女らがどのような話をして、何を取引したのか。クッコ・ローセにはあずかり知らぬことであった。

 

「名目としては、ゼニアルゼ、クロノワーク、ソクオチの三国が外交を正式に樹立したこと――それを祝う席になる。戦後の話し合いが一段落して、互いに外交官を常駐させる用意も整ったことだし、我が国で親交を深めるためのパーティを開くのよ。……おかしな話ではあるまい? 東方の文物は、交易の目玉商品として使う。恨みを水に流すには、それなりの理由が必要になる。これを機会に、お互いに仲良くする価値があると、わかってもらいたいのでなぁ」

 

 東方からの交易は、ゼニアルゼがもっとも太いパイプを有している。分け前をくれてやる、と言われれば、なかなか拒否はし辛い所であろう。

 クロノワークにせよソクオチにせよ、交通の便が悪い部分があるため、ゼニアルゼの優位性が揺らぐことはまずない。そこまで含めて、シルビア王女の策であった。

 

「名目はまあ、いいとして。……すると、モリーとメイルは外交の使節としてやってくるわけですか? 使節としてなら、もっと他に適任が居そうなものですが」

「その手の堅苦しい席にはせぬよ。参加者も選別するから、こじんまりとした宴になる。――わらわの意向で、三国の緊張を解くための一環として、交流の機会を作ろうというのだ。誰にも恥をかかせるつもりはないと、そこは理解してもらわねば困るな」

「その人選、本当に大丈夫なんですかね……?」

 

 実戦に参加したモリーと、内情を探られていたメイル。二人を呼ぶのは、クロノワーク側が和解を望んでいることを表す、格好の人選になる。

 ソクオチ側としては、この機会を逃す手はないとばかりに、前のめりにやってくるであろう――と、シルビア王女は言ってくれたが。

 逆に言えば、ソクオチの感情を刺激しかねないのではないかと、クッコ・ローセは懸念する。

 

「一応聞いておきますが、私も参加することになるので? 生来の無作法者ですので、あんまり華やかな場は、遠慮しておきたいんですが」

「出来れば参加してほしい所じゃが、無理は言うまい。駐在武官には、嫌な誘いを断る権利もある。……しかし、華やかにはするが、宮廷の儀礼などは持ち込まぬよ。作法にうるさい侍女どもは、今回お呼びでないという訳じゃ」

 

 まあそれくらいは許されて然るべきであろう、とシルビア王女は言った。続いて、自らの所見も述べる。

 クッコ・ローセは肩をすくめつつも、耳を傾ける。パーティに出るつもりはないが、話を聞いて損はないと思ったからだ。

 

「これだけ広く宣伝するのだ。大いに交易に励みたいし、励んでもらいたいが――東方と繋がりが深くなりすぎるのも問題よ。わらわが直々に調整できるうちに、貨幣の交換レートなどは安定させたいとも思う。……金銀の流出は極力さけねばならぬから、豊富な海産物と西方の芸術品などで、賄える部分は賄っていきたいものじゃな」

 

 今回、外交的な名目で人々を呼ぶが、東方の文物がメインのパーティだ。あちら側の交易品を、大層魅力的な物として演出し、今後の外交につなげていきたいとも彼女は語る。

 多国を巻き込んだ貿易の法整備は、いまだ確立されていない時代である。相互互恵をもたらすにも一苦労であるから、シルビア王女が色々とつぶやきたくなるのも仕方ない事であろう。

 

「ゼニアルゼは海に面していますし、魚介の乾物などは安定供給が可能でしょう。珊瑚や真珠も交易品としては、上等な方と言えます。……しかし、それも東方に需要があれば、の話ですかね」

 

 クッコ・ローセは、流石に如才なく立ち回る。言質を取られない程度に、有益な言葉を返した。それでこそ、とシルビア王女は笑顔で応える。

 

「まあ、芸術品は売れるかどうか微妙なところはあるが。鉱石や海産物に関しては、売る見込みは充分あるぞ。あちらでは高級な食材も、こちらではありふれた養殖ものだったりするのでな。いくらでも欲しいと望まれる類の美食も、こちらは輸出する用意がある。これはこれで、大きなアドバンテージと言えよう」

 

 養殖の技術は、一朝一夕に仕上がるものではない。西方では長らく絹の生産が行われなかったように、ある種の技術・製法が伝わるには一定の時間を要する。

 ゼニアルゼに輸出できる交易品があり、東方からの文物も受け入れる余地が大きいのであれば、これを躊躇うつもりはなかった。

 

「そこまで東方にこだわる必要があるのですか? 私としては、ちと疑問ですが」

「西方と東方では、あらゆる物が異なっている。これからは、互いに文化を交わらせ、影響を与え合って発展していく時代が来るであろう。……その時、こちらが受け入れるばかりでお返しが何もできないというのでは、国家としての沽券に関わるではないか」

 

 東方と西方の接触は、歴史の必然と言うべきもので、避けられるものではない。

 シルビア王女は今後を見据えた上で、これを自ら制御しようとしていた。自らを利するばかりではなく、周囲を巻き込んだ上で、異文化の衝撃を和らげようとしているのだ。

 クッコ・ローセはそこまで読み切ってはいないが、相応の考えがあることはわかっている。そして彼女が辣腕を振るうならば、悪い結果にはなるまいと信じたかった。

 

「おっしゃられることは、なんとなく理解できますよ。……やられっぱなしは趣味ではない、ということですね」

「当たり前ではないか。経済的にも思想的にも、わらわは余所に搾取されたくはない。儲けさせた分以上に、こちら側が儲けねば割に合わぬよ」

 

 お互いに利益を確保しながらも、自分の方に大きな儲けを引き寄せるには相当高度な技能がいる。

 他国から大量に、各種製品がなだれ込んで来たとしよう。それを国内に流通させれば、既存の産業に影響が必ず出る。無策で放任すれば、長期的にはひどい副作用に悩まされることだろう。

 価格の暴落、民間工場の閉鎖、職を失った人々の暴徒化――。そうした悪影響を防ぐための施策は、どこまで用意されているのか。

 シルビア王女は、おそらくそうした状況を想定した上で、丸く収める手段を用意しているのだろう。だから心配はしていないが、クッコ・ローセとしても興味のある分野である。

 

「どうやって……と、具体的に聞いてもいいですことですかね、これは」

「言わぬぞ。お前に話せば、モリーの耳にも届くであろうし、そうなればあやつを驚かせる貴重な機会を逃しかねん。……まあ、まだ漠然としたことを考えている状態ゆえ、語って聞かせるほどの価値はないとも、うむ」

 

 シルビア王女は、微笑みを浮かべながらも、視線をそらせつつ――そう言った。

 クッコ・ローセは知っている。彼女が『漠然としたことを考えている』と口にしたのは、『勝利条件を見極めている』という意味であることを。

 そしてそこまで考えていると言うことは、彼女自身が闘争を望んでいるという事実をも意味する。

 

「ぶっそうな話ではないですよね? 搾取されたくないからと言って、武力を見せ札に使うとか、そういうことではないでしょう?」

「ノーコメントだ。……一応言っておくが、わらわは必ずしも武力的解決を望んでいるわけではないぞ。いざとなれば、躊躇うことはないがな」

 

 これから起きるであろう争いは、必ずしも必要な戦いではないと、シルビア王女自身もわかっているのだろう。

 視線をそらせ、言葉を濁そうとしたのは、多少なりとも後ろめたさを覚えているからか。

 

「考えはいつ修正してもいいものですし、心変わりは恥ずかしいものではない、と。それだけ申し上げておきます」

「……おう。覚えておく」

 

 シルビア王女は、充分に権力を活用している。己の才能に相応しい振る舞いをし、社会的な貢献をしている自覚もあるはずだ。

 ゼニアルゼもクロノワークも、彼女が闘争に勝利するたびに何かしらのものを勝ち取っている。

 だが、彼女は知らない。百戦百勝は善の善なるものにあらず、と東方の兵法にあることを。

 戦わずして勝利する道は、いまだ彼女にとって縁遠い物である。

 もっとも、その境地に達し得た名人は、歴史上数少ない。これをシルビア王女の未熟さというのは、酷な話であったろうか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モリーです。最近女関係について考えることが多くなりました。今は仕事中だけれど、ぶっちゃけデート気分でもあったりする。

 ――というわけで、またやってきましたゼニアルゼ。今度はメイルさんも一緒だよ。

 公式の場ではメイル隊長って呼ぶけど、ザラを呼び捨てにした手前、メイルさんとも他人行儀な言い方はできない。というか、許してはくれない。

 

「メイルと共に旅をするのは、初めてですね。護衛隊とは、遠征でもご一緒する機会がなかったので、なんだか新鮮な感じがします」

「え、ええ。……そうね。新鮮というか、初めてというか。色々と考えちゃうわね」

「緊張することはありませんよ。私は、どのようなメイルも受け入れる準備は出来ています。ありのまま、思うがまま、望むがままに振る舞ってくれていいんですから、ね?」

「……善処するわ」

 

 ゼニアルゼにやってくるまで、二人きりの馬車の旅を満喫しました。とはいっても、そこまで長い時間でもないけれど。でも一緒に馬車に揺られて過ごすのも、これはこれで趣があるなぁと思いました。

 でも、こうやって出張する仕事が多くなると困るなー、なんて考えてしまう。シルビア王女に目を付けられた、わが身の不幸を嘆くばかりです。

 

「まあ、アレね。シルビア王女に招待されたはいいけれど、今回の趣向は東方に偏っている気がするのね。詳しくない私でもわかるくらい、なんか特別な空気が漂ってるような……」

 

 パーティ会場は、それなりに賑わっているみたいだった。人数こそ多くないが、東方の文物が珍しいのだろう。結構な頻度で、周囲から愉快気な声が聞こえてくる。

 陶磁器とか絵画とか、芸術品が多いが――御香や毛皮、絹の生地といった交易品もあった。これらは単なる展示物では得なく、この場で買い取ることも出来るらしい。さっそく身にまとってご満悦な連中も見られた。

 

「特別と言えば特別ですね。パーティなのか即売会なのか、メインがどっちかわかりませんね、これ。それでうまく回っているのは、環境を整えた結果というべきでしょうか」

「スタッフの教育が行き届いているのはもちろんだけど、お行儀の良い招待客を厳選したんでしょうね。パーティ自体が破天荒なのは、シルビア様らしいっていうべきね。あの人、形式とか儀礼とか気にしないから。……ゼニアルゼでも、そこらへんは変わらないみたい。周りに迷惑かけてないと良いんだけど」

 

 周囲を巻き込むほど、シルビア王女が気合を入れてきた、と見るべきか。それとも、場を任された者どもが張り切っているのか。いずれにせよ、盛況になって悪い場でもあるまい。

 私が気を回すような話ではないから、それはいいとして。大事なのは、メイルさんが楽しんでくれるかどうかだ。

 

「細かいことは良いじゃありませんか。名目こそ御大層な、外交の成功を祝う会――みたいなノリですが、武官の私たちにとっては、そこまで関わりのあることではありません。純粋に物珍しさに驚いたり、楽しんだりしてもいい場ですよ、ここは」

「……そうね。シルビア王女も、私たちに余計な役割を背負わせたりしないでしょうし、素直にパーティを楽しみましょうか。モリーの正装なんて、滅多に見れないかもしれないし」

「ああ――それは。私も軍用の礼服は持っているのですが、用意されたのは男性騎士の正装で。それを着せられたのは、予想外でしたね、ええ」

 

 メイルさんは、女性らしいシックなドレスなのに。私はそれをエスコートするのに似合いな、男性用の礼服に身を包んでいるのでした。

 スタッフに髪型もセットされて、男物の香水まで付けられたのでなんか居心地が悪い……。

 シルビア様、もっと別に力を入れるべきところがあるでしょ? 私なんかに関わってる場合ですか?

 

「真面目に言うけど、その格好、本当に似合ってるわよ。育ちのいい青年将校って感じがして、ねぇ?」

「……任務で男装することはありますが、ここまで徹底するのもどうかと思うんです。誰が得するんですか、これ」

「私は嬉しいわよ。私得。だから、しばらくそのままで居てね?」

「なら、我慢します。たまには王女様のお遊びに付き合うのもいいでしょう。――二度は御免ですが」

 

 クロノワーク騎士の礼服とか、あのお方にとっては入手も容易でしょうねぇ……。だからといって、この機会に遊びを入れるのは好ましくないと思う。

 真意はともかく、名目としては三国の外交樹立を祝う、厳かな意味合いもあるんですから。

 

「それはそれとして、何か、いますね。至極厄介なのが」

「……何? 知り合いでもいたの?」

「ええ、まあ。――顔を合わせると、面倒かもしれません。そっと潜り抜けて、さっさとシルビア王女に挨拶してしまいましょう」

 

 びっくりなことに、ソクオチ側の大使として、かの諜報員二人が派遣されていました。

 メイルさんをゴリラ呼ばわりしたり、訓練場に忍び込んだりしてた、あの二人組がこの場に来ているとか、奇縁というしかない。

 たぶん彼女らの上司とかもいるんでしょうけど、顔を合わせて面倒なのはこちら。ちょっと前に情報を抜きまくった身としては、なんだか微妙な気分になるんで、できれば避けたいんですねー。

 今となっては、さてどんな顔で会うべきか。ちょっと考えてしまうくらい、面倒な案件ではある。

 

「ちょっとくらいなら時間は取れるから、遠慮しなくてもいいのよ?」

「ぜひご遠慮させてください。あの子たちに見つかったら、面倒になりかねないので――」

「なんか浮気男っぽいわね、その言い方。……いいんだけどね、別に」

 

 そのジト目と返答に困る言い方はおやめください。胃が痛くなりそうです……。

 この時ほど、シルビア王女を恨んだことはない、と思う。

 

「あ」

 

 目を合わせた私の方がうかつだって、指摘されたとしても。

 だからって、招待した側の責任を追及しないで済ませるなんて。そこまでしてあげるほど、私はあの方に対して義理は感じていないのだから。

 よし、今回もちょっと厳しめに対応しよう。そうしようって、決めました。ええ。

 

「あれ? モリーさん。モリーさんじゃないですか!」

「うわー、奇遇ですね。こちらには、クロノワークの使者として来られたんですか? 私らは、ソクオチの代表として来てるんですけど、本当にすごい偶然ですね!」

「……はい。凄い偶然ですね、本当に」

 

 シルビア王女が情報通であることを鑑みれば、おそらくこの展開も彼女の手のひらの上だと思うべきだろう。私とメイルさんをちょっと困らせて、自らの優位を見せつけたいのか。あるいは、単に面白そうだから呼びつけたのか。

 この件については、意趣返しをそのうちにしてやらねばなるまい、と。そう考えてもいいくらいには、困る展開だった。

 だって私は今、ほぼ変装と言って良いくらいの正装をして、メイルさんと共にいるのだから。前回よりも男性的な格好なんで、勘違いも加速しそうです。

 

「傍らにいらっしゃるのは、奥さまですか? いけませんよー、妻帯してるのに他所の国の人に粉を掛けるとか。刺されても知りませんからね」

「ゴリラな護衛隊長が奥さまとか、それは弁護したくなりますよね、わかります」

 

 からかっているんですね? 無知なフリして言ってるんだな、わかるんだぞそういうの。以前モリーさんを探っていたのは、こっちでも把握してるんだぞオラァン。

 でもメイルさんを妻と言われたら、否定するのも違う気がします。ザラもそうだけれど、彼女ともこれから真面目に付き合っていくわけだし、真っ向から『違う』とも言えない訳で――。

 

「いえ、あの……」

 

 どうしよう参った。否定できないから答えに困る。男装している今、彼女らは私を男だと思っているわけで。

 ……いやいや間違いじゃないし? 私は男捨ててないし? でも傍から見ればどうかって言われたら、うん、その、そうね。

 ――と、私が色々考えて固まっている間に、メイルさんの方から答えてくれました。

 

「はい、私が妻のメイルです。……ゴリラ?」

「あ、気にしないでください。メイル護衛隊長のお噂は、我々の耳にも届いていますよ。功績も実力も、大したものだとね」

 

 歓談するのもいいけれど、シルビア王女が待っている。パーティが始まったら適当に時期を見て訪ねて来い、と前もって伝えられているのだから、私たちはこれを無視できない。

 ――という風に、言い訳にして立ち去る理由を作りましょう。

 

「すいません。シルビア王女に呼ばれておりますので、先を急ぎます。正式なご挨拶は、また今度と言うことで――」

「あ、そうなんですか。こちらこそ呼び止めて失礼しました。……頑張ってくださいね」

 

 ソクオチの二人とは、会話もそこそこに別れ、主催者の元へと向かう。でも頑張れって何だろうか。何かしらの意図あっての発言かと、ちょっと考えてしまう。

 とはいえ、意図があろうがなかろうが、気を抜かずに対応するほかないと、私は結論付ける。

 どうせ実際に対面してしまえば、相手の術中なのだ。こちらは呼びつけられた側なのだから、儀礼的な作法もいくらか省略していいだろう。

 シルビア王女は簡潔でわかりやすい態度こそ好まれるし、この場では仰々しい儀礼は求められていないはずだ。

 

「クロノワークより、ご機嫌をうかがいにまいりました。シルビア王女、お元気そうでなりよりです」

「うむ。まあ、そこな席に座れ。落ち着いて話そうではないか」

 

 そしてシルビア王女は、予想通り鷹揚な態度で私たちを迎えてくれた。通り一遍の挨拶をして、形ばかりの礼をする。

 

「作法こそ丁重だが、心がこもっておらぬ。モリー、おぬし。わらわに含むところでもあるのか?

「大いに。さりとて、顔に出さぬ程度の分別はあります。お互いに、大人の対応をしようではありませんか」

「ぬけぬけと言いくさる。――まあ、良い。他ならぬおぬしが相手なのだ。少々のことは、飲み込んでやろう」

 

 礼法にかなった態度は、これで充分だろう。彼女も私に遠慮はするまいし、私だってシルビア王女には忌憚のない意見を述べたいと思うから。

 

「何はともあれ、二人とも、よく来てくれた。……しかし、そこまで急いで来ずとも、適当に見回っても良かったのじゃぞ? 東方の文物は、珍しいものであふれておる。今から楽しんで来ても良いぞ」

「ご冗談を。――私にとって、さほど見るべきものはありません。メイルが興味を持っていたなら、話は別でしたが」

 

 メイルさんは質実剛健というか、自然な欲求に正直な方というか。ともかく、宝物や芸術を楽しむような嗜好は持っていないので。

 私自身、興味はちょっとあるけれど、場をわきまえているつもりだからね。好奇心のままに振る舞ったりはしない。

 

「それは残念。やはり、東方文化に精通しているお主には、この付け焼刃の展覧会。むなしく映るのかな?」

「……私は武人であり、美術品の審美眼などは持ち合わせておりません。私の意見など、参考にせずともよろしいでしょう」

「言いたいことがあれば聞くぞ。異なる意見は貴重であると、わらわとて弁えておる。……本当だぞ?」

「それでも、言うべきことはございません。ゼニアルゼきっての洒落者であり、教養人であるシルビア王女の主催なのです。西方において、これ以上の東方の文物を集めることは、叶いますまい。……自信を持ってよいと考えます」

 

 部外者である私が、よそのパーティの運営に口を出すのも、間違いでしょう。これはこれでいいんじゃないですかね、って。適当にお茶を濁す返答をしてみたんだけど、シルビア王女はお気に召さなかったらしい。

 どことなく、目線が鋭くなった。手の扇は、口元どころか、顔半分を覆い隠すように動いた。嫌な表情を見られたくないという、無意識での行動だろう。これはもう、彼女の癖と見るべきか。

 

「……わらわが相手だと、きちんと理解して物を言うのだな。愚鈍な連中であれば、その物言いで通ろうが、わらわには嫌味にしか聞こえぬ」

「――とは言われましても、個人的にもシルビア王女は充分過ぎるくらいに体裁を整えられたと思います。これ以上は求めようもないほどに」

「じゃが、それでも思うことはあろう? 何でもよいから、思いついたことを述べて見よ」

 

 王族のパワハラとか、訴えようがないだけに対応に困ります。

 仕方がないから、適当に言い逃れるしかないですね、これは。

 

「言いがかりに近いことですが、それでも良ければ」

「許す。そのまま話せ」

 

 とりあえず、言質を取ってから始めるのが作法だと私は考えている。

 シルビア王女もそれはわかっているから、付き合って応えてくれる。

 

「……では、申し上げます。東方の文物そのものについては、まあ結構です。どの伝手で手に入れて、いかに掻き集めたかはこの際、問わずにおきましょう。……ただ、その貴重な文物をきちんと理解できる参加者に恵まれたかと言えば、必ずしもそうとは言えないでしょう」

「相応の教養人を集めたつもりではあるが、東方文化に詳しいものは、確かに皆無であるな。しかし、なればこそ機会を作って触れさせてやることに意味がある。そうではないか?」

「そうです。だからこそ、貿易が重要なのです。文物を大量に集めて、多くの顧客に売りさばくことが肝要。……東方に限らないことですがね、これは」

 

 シルビア王女の主張は否定しない。貴女の目的が、東方との交易を活性化させ、そこから利益を得ることにあるのなら――まずは東方の文物の価値を知らしめ、保証することが必要だ。今回の催しは、その一環だろう。

 今回だけに留まらず、継続していくことは予想できるし、勝手にすればいいと思う。だから私に言えることがあるとすれば、もう一つ。

 

「貿易関係の構築は、外交の分野。そして外交には軍事力が大きく絡むのは、言うまでもありませんね。……強大な貿易国家であるためには、強大な軍事国家でなくてはならない。優位な交易レートを設定するには、武力的な実績が絶対に必要ですから」

 

 アヘン戦争で、英国が中国を殴り倒したのは、それだけの必要性があったからだ。貿易赤字――すなわち他国への富の流出は、時に過激な手段をも許容させる。

 現代の知識を持つ私は、それを知っている。だから口に乗せて、思うことを語るのだ。

 

「モリー、おぬしのような勘のいい愚者は嫌いよ。一を知れば十を知る。これが賢者であれば、懐柔も出来ようが――。おぬしのような無骨な忠義者は、始末に負えぬ」

「愚者であるつもりも、賢者のつもりもありませんが、まあいいでしょう。それとも、話を続けない方がいいですか?」

「ばかもの。言いかけて止める方が、よほど不敬と知るがいい」

 

 私が何を言い出すか、おおよその予測がついたらしい。シルビア王女にとっては面白くない話になるかもだけど、彼女に対してはむしろ、ある程度は反骨心を見せた方がいい気がする。

 確認するように、こちらから目くばせをすれば、『さっさと続きを話せ』とばかりに睨みつけてくる。わかりやすい態度はありがたい。このノリを続けてもいいのだと確信できるから。

 だから、発言を続けましょう。不興も一定の値を越えれば、かえって価値が出るものだよ。――きっとね。

 

「さて、逆もまた然り、ですね。強大な軍事国家は、強大な貿易国家でなくてはならない。大きな武力を維持するだけの、財源を確保する必要がありますから。そうでなくては、軍隊に国家が食いつぶされかねない。……どこかが財源を用意してくれるなら、話は別なんですがね? おや、どこかで聞いたような話ではありませんか」

 

 私が考えるに、クロノワークとゼニアルゼは一蓮托生であり、単なる同盟国以上の存在であると思う。

 クロノワークは、これまでの戦乱のツケで軍縮も検討されていた。そこを押しとどめたのがゼニアルゼからの援助であり、軍隊の維持どころか拡張さえ出来るようになったのだから、影響はかなり大きいと言える。

 クロノワークの軍事が、ゼニアルゼからの援助前提のものになるのも、時間の問題だろう。その実情に気付いた頃には、全てが遅い、と。いや全く、上手にやったもんだと思いますよ、シルビア王女。

 国家レベルの経済をもって軍事力の担保とするなんて、この世界の歴史上、前代未聞じゃないだろうか。間違いなく、貴女は先駆者として歴史に名を残しますよ。二国間の相互依存関係の好例として、後世に語り継がれると思います。ガチで。

 

「あーあー、聞こえなーい。私、何を聞かされているのかしら。招待されるのが罰ゲームだなんて、役得になってないんだけど。契約違反ではないでしょうか、シルビア様?」

「知らんな。わらわが約束したのは、モリーと共に招待することだけ。内容にまでは言及されておらぬ。……メイルよ。後程埋め合わせはしてやるから、今すぐ許せ」

「お願いします、切実に」

 

 間に挟まってしまったメイルさんには、悪いことをしたかもしれない。

 余計な話を聞かせてしまって、巻き込んだことには思うことはある。けれど、今言わねばならないことを自重してはならない。

 私は公人として招かれている。なればこそ、クロノワークの騎士として、ゼニアルゼの王妃にはばかることがあってはならないんだ。

 自国の利益を守ること、自国の名誉をおとしめないことが、私の義務である。だから視線を逸らすなよ、王女様。

 

「私を見なさい、シルビア王女。私はクロノワークの騎士として、貴女の誠実さを問うている。母国を見限り、ゼニアルゼ一国の利益だけを追求するなら、私としても相応の態度を取らねばなりません。お判りでしょう?」

「――くどい。おぬしは、実に回りくどいな。主張があれば遠慮なく述べるが良い。おぬしに対しては、今後も無礼講を保証する。撤回もせぬと、言質を与えてやろう」

「……ありがたく。では、述べましょう。あくまでも個人的な感想であり、ザラ隊長及びクロノワーク家臣団とは見解を異にするとご理解いただきたい」

 

 そろそろ会話を打ち切りたい私としては、ここらでもういいだろう、と判断する。

 ちょっとした助言で義理は果たせると思うから、後はそちらで考えていただきたいね。

 

「貴女が交易で利益を得ようと思うように、他の誰かも『損失を他人に押し付けたい。自分だけが儲けたい』と思うものです。結果として、お互いに首を絞め合うことになることもあるでしょう。――身内ばかりをひいきせず、多くの人々に目を向けてください。自らはほどほどに儲けて、余剰は下々に施す。そうであればこそ、恨みを買わずに済むと言うものではありませんか?」

「ありきたりの正論よな。今さら聞かされるような話ではない」

「ありきたりの正論を、私が今、口にすることが大事なのです。何かの折にでも、思い出してくだされば幸いです」

 

 利害の一致から協力することがあるなら、利害の影響次第で反目することもありうる。

 シルビア王女は自らの利益を周囲に還元して、味方を作るべきだと、私は暗に伝えた。

 できれば雑に利益をブン投げるんじゃなくて、一人一人気に掛けた対応をしてもらいたいね。そうであればこそ、信頼も生まれると思うから。

 

「……モリーの意見はわかった。考慮しておこう。それだけか?」

 

 どの程度正確に伝わったのか、私にはわからない。だが当人が『わかった』というのだから、これ以上は蛇足だろう。

 

「今は、これだけです。もっと率直な意見が聞きたければ、密室でなければ無理ですね。パーティ会場は、他人の目があり過ぎる」

「ならばそうしよう。――おぬし、狙ってやっているのなら大した悪女よ。いやむしろ、突き抜けて男らしいと言うべきか。……ああ、本気にするなよ。わらわも宴の席ゆえ、口が軽くなっておる」

「左様ですか。……どうかご自愛ください。シルビア王女ほどの立場であれば、言葉の重みも格別でしょう。うかつに言質を与えれられぬように、ご注意ください」

 

 何言ってるかわかんないですね? なぜに唐突に悪女とか男らしいとか、そんな言葉が出てくるんでしょう。……いいんですけどね、別に。

 

「メイル、おぬしにはつまらぬ話であったか?」

「は? いえ、別に」

「無理はせんでいい。招待客への配慮も、わらわの仕事の内よ」

 

 メイルさんに対しては、単なるご機嫌伺いに、時間を取らせて悪かったな――と。シルビア王女としては殊勝なことに、そんなことまで口にしてくれた。リップサービスが過剰な気がするけど、とりあえず聞き流すことにしますね。

 

「とりあえず、しばし時間を置こう。わらわも頭を冷やしたいし、おぬしらにパーティを楽しむ時間くらいは与えてやりたい。――わかるよな?」

 

 パーティが一段落したら、また呼んでくれるらしい。今度は個人的な話になるから、招待客の耳のない状態で語りたいとかなんとか。それまでは自由に見回ってこいとのお達し。

 厄介払いするだけなら、もう少しぞんざいな言葉でも充分であったはず。なのにこちらに気遣いを見せると言うことは、それなりに我々の立場を思いやってくれたのだと。そう解釈していいのだろうか。

 

「はい。では、また後で」

「可愛くない奴だな、本当に。……メイルやクッコ・ローセとの関わりさえなければ、排除してやりたくなるくらいよ」

「お戯れを。――権力者は大変ですね? お察ししますよ、シルビア様」

 

 ぶっちゃけ何も解ってないけどな! それっぽいことを言って、意味深に振る舞うムーブって楽しいよね。

 あの方の『排除したい』なんて言葉を真に受けると、すごく怖い気がするからこれでいいんだ。

 

「わかった風に言いやがる。今は頭を冷やして考えたい気分故、せいぜいメイルと共に楽しむのだな」

 

 どうにもシルビア王女とは合わないね。どうにもならないことだけど、ビジネスには個人的な感情を入れないのが信条だ。

 

「そうそう、一応は忠告しておこうか。わらわとメイルは、知らぬ仲ではない。伊達男を気取って、万が一にも不幸にしたら殺してやるぞ」

「その脅しは無意味ですね。――付き合うからには、幸せにしてあげたい。その想いは、真実本気であると明言できます。至らぬところがあるとしたら、それは人間らしい不完全さの表れであると、ご理解くださいな」

 

 人間関係は、単純なものではないと、それだけは主張させていただきたい。ましてや傷一つない完璧な在り方など、求められたって無理だ。だから、努力するけどそれ以上はとやかく言ってほしくないね。

 メイルさんが顔を赤らめて、興奮を隠しきれない有様で、我々の会話を見守っている。その事実だけで、色々と察していただきたい。

 

 シルビア王女なら、それだけでわかっていただけると、そう考えても買い被りではありますまい――なんて生意気にも言ってみたら。

 

「そういうことにしておこう。わらわとて、夢見る乙女の気持ちはわかる。そのまま夢心地のままで居られたなら、どれほど幸福であることか。……苦しい現実など、目をそらして置けるものならば、いつまでも直視せずにいたいものだ」

 

 普通に受け入れてくれた辺り、ガチで器が大きいと思います。これからは、あんまりきつく接しなくてもいいかな、なんて。ちょっとは真剣に思いを致す私でありました――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な思惑が交差する中、面倒な諸事に頭を悩ませるのもここまでにして。シルビア王女のご厚意に甘えて、後は自由時間――とか、そんなお気楽な話はなかった。

 メイルさんは芸術の価値がわかるほうじゃないから、東方の展示物には興味を示さなかったけれど。

 別の方向性で、彼女の興味は引けたらしい。主に不穏な意味で。

 

「シルビア王女への挨拶も終わったし、今だから言うけど。……見える範囲の招待客に限っても、間者の類が結構いるんじゃないかしら。今回のパーティは多方面に見せつける意図があるんでしょうし、たぶんわかって見逃してると思うの」

「おや、この手の連中は誤魔化すのも上手いものですが。……わかるものですか?」

「だいたい勘だけど。――でも、諜報員って独特のニオイがするから、色々と察しちゃうのよ。ゼニアルゼとソクオチだけじゃない。他の国も混じってるわね」

 

 ニオイというのは比喩だと、メイルさんは言った。ちょっとした仕草、たとえば目線とか歩き方とか、口調の響きだとかで、彼女は何となく察してしまうらしい。

 ……何それ。控えめに言っても、超能力に片足突っ込んでませんか?

 

「私も勘は良い方だと思うのですが、メイルには負けますね」

「百発百中の自信は無いかしら、流石に。なんとなく、そんな気がするってだけ。……でも、肝心な所で外したことはないから、ちょっとは信頼してくれてもいいのよ?」

「メイル。貴女はいつだって、頼りになる護衛隊長ですよ。――そして、これからは真に心を預けるに足る、伴侶になっていただくのです。いちいち疑ったりはしません」

 

 手を取りながら、目を合わせながら微笑んで。メイルさんを慈しむ気持ちを、言葉でも表現する。

 指輪を贈るのはもう少し先の話にしたいけれど、愛すべき女性に対して、言葉を惜しんではならないと思うんだ。

 浮気? ザラ公認だからセーフ。ハーレムはたぶん合法です。……でも覚悟を決めるのはちょっと待ってな。

 

「……そう。ありがと」

 

 目をそらしても、顔の赤みは消えていませんからね?

 可愛らしいなって、本気で思う。そんなメイルさんだから、言葉を尽くす甲斐があるんだって、確信できるんだよ。

 まさに、アラサーなればこそ現れる魅力っていうか、充分に熟成されたからこそ価値のある感情っていうか。三十代の女性の羞恥心って、尊いと思いませんか? あなた。

 私は、とっても貴重なものだと思います。私自身がその対象となるなら、なおさらに。

 

「こちらこそ、ありがとうございます。メイルがそうやって、サポートしてくれるから、安心して仕事が出来ます。私は外交の使節として、ゼニアルゼに出向してきているのです。シルビア王女の言動はもちろんですが、周囲の動きについても目を向けておかねばなりません。……諜報員が多く入り込んでいるとしたら、それはあの方の意向に他ならない。意図的に集めたのなら、それなりの理由があるはず」

 

 事前にわかっているのなら、探りようがある。後で顔を合わせた時にでも、問い質してみようか。

 シルビア王女は招待客を選べる立場だ。関係者である三国以外の諜報員も紛れ込ませたなら、宣伝以上の意味があるのだろう。

 ぱっと思いつく範囲では、パーティを介して三国間の親密さをアピールすることか――と。そこまで考えて、メイルさんに感謝すべきだと気づく。

 この点、メイルさんが指摘してくれなければ、私だけで気づけたかどうかは怪しい所だ。素直に感謝したい。

 

「そうと確信できたなら、思い当たる節もあります。――メイル、ご指摘ありがとうございます。……本当に助かりました。これでシルビア王女の意図が、なんとなく捉えられそうです」

「そう? だったら、嬉しいわね。私には、あのお方の考えなんてわかりゃしないんだから。――モリーの方で理解してくれるなら、ありがたい話ね」

「ええ、お互いに。こうやって、補い合う。なればこそ、夫婦となる意味があると言うもの。そうではありませんか?」

「……あの、ね。モリー。そういう所よ、本当に。見境なくそんなことを言ったりしてるんじゃないでしょうね。だとしたら、そのうち刺されても文句言えないわよ」

 

 選んでいますよ、その辺りは御心配なく。

 

「貴女と、ザラ隊長と、教官。それにクミン嬢を除いては、ここまで率直な物言いはしませんよ。――ああ、ミンロンとシルビア王女は別枠ですから、その点はご理解ください」

「だったら、大丈夫? ……なのかしら。まあ、私の取り分が確保されているなら、とやかくは言わないでおきましょう、ええ」

 

 夜のローテーションは、近いうちに決めておかないと――だなんて。

 怖いこと言わないでくれませんか、メイルさん。童貞も処女も、まだ捨てる覚悟は出来ていないんです。

 いえ、もちろん、是非にもと望まれたなら。私の貞操なんて、もったいぶるようなものではないとわかってはいるんですが。

 ……皆さんを幸せに出来るだけの自信が、いまだ持てないヘタレでありますから。その点は、どうかご容赦いただきたい。

 

「私なんぞの身体で良ければ、お好きなように、と。本当は断言して委ねてあげたいくらいなんですが。……貴女を全身全霊で愛する覚悟を決めるまで、今しばらくの猶予をいただけませんか?」

「ケチケチしないで、さっさと抱きなさいよ。こっちはちゃんと、待ってるんだから」

「メイル、貴女の価値の高さを考えるならば。……抱き止める側にも、重い覚悟が要るのだと、どうかご理解ください。素晴らしい女性は、絶対に幸せになるべきなんだと。私は心から、そう願っているのですから」

「……そう。私は本当にいいんだけど、モリーの意思が何よりも大事だから。私は、待てる。今しばらくは、時間をあげましょう。この点については、ザラよりも気は長いつもりよ」

 

 後は適当に見回って、時間を潰しました。メイルさんはメイルさんなりに、気を使って東方の文物にも目を向けてくれたよ。

 あくまでもフリというか、見せかけに過ぎなかったけれど。それを指摘するのは、無粋と言うものだろう。

 

「では、また明日」

「ええ、また明日。今日の残り時間は、シルビア王女に譲ってあげるわ」

 

 ここで別れて、メイルさんは別行動。聞かれたら困る話になると思うし、諜報員の耳目を彼女にふさいでもらいましょう。再度シルビア王女と相対するのは、私だけでいいから、周辺の警備を任せます。

 あの方もまだ話したりない所があるのだと、なんとなく察していたからね。

 なんで、メイルさんと別れてから、宴の熱が治まった辺りでシルビア王女に面会しました。

 後片付けとか始まっているけど、もう関係ないよね? そのつもりで、貴女も待っていたんでしょう?

 

「この期に及んで、取り繕う必要はないでしょう。余計なおべんちゃら、臭い芝居も必要ない。率直な言葉と正直な意見こそが価値を持つのだと、そう解釈するのが正しい。違いますか?」

「いいや、違わぬ。モリーよ、そうであればこそ、おぬしと語り合う価値があると言うものだ。……クッコ・ローセの奴も呼びたかったのじゃが、この場で顔を合わせたくないというものでな。また後日に会わせよう」

「ご配慮には感謝したいのですが、それには及びません。こちらで勝手に会いますので、ご心配なく」

 

 シルビア王女と、再度渡り合う。その事実に高揚するのは、何も緊張からだけではないだろう。

 私自身、彼女とのやり取りを楽しみつつある。その事実を自覚するのに、さほどの時間はかからなかった。

 

「さきほどは聞けませんでしたが、ミンロンから何かしら吹き込まれましたか? 二人でどのような悪だくみをしたのか、おおよその見当は付きますが」

「そういえば、メイルには口止めはして居らなんだな。……悪だくみ、なぁ。そうでもあるし、それだけでもないと言える。――さ、語り合おうではないか。夜は長い。今しばらくは、邪魔も入らぬゆえ、遠慮なく申すがいい」

 

 私はそこで語れるだけのことを語るべきだと思ったし、求められる限りは余すことなく言葉を尽くそうと考えた。

 

「ところで、隗より始めよ、という言葉の意味は知っておるか?」

「大事業をするには、まず身近なことから始めよ。物事は言い出した者から始めよ、という意味合いの言葉ですね。それが?」

「ミンロンからの伝言じゃ。それから、『火の牛にはご注意を』とも言っておった。意味は分かるか?」

「……なんとなくは。いえ、ちょっと考えさせてくださいね。解釈の余地は色々とあるので」

「おう、今日中に済むのであれば、それまでは待ってやろうさ。わらわとしても、気になる話である故な」

 

 後日省みるに、私の発言程度でどの程度の影響を与えられたか、わかりはしないが。出来るだけのことはしたのだと、それだけのことは言える。

 

「時間が来たらパーティは終わるものだが、わらわと其方の語り合いは、納得するまで続けるぞ。――朝まで続くかもしれんから、覚悟はしておけ」

「よろしいでしょう。お付き合いしますよ。長期戦はむしろ、私の得意分野です。そちらこそ、先に斃れたりしないでくださいよ?」

「ぬかせ。では、まず先ほどの言葉の解釈についてだが――」

「ええ、なんとなくですが、意図はわかりますとも。これから親切丁寧に、説明いたしましょう」

 

 シルビア王女がどのような未来を見据えて、いかに行動し、結果として何が現れるのか。それを確認するだけの時間くらいは、私にも許されているのだと。

 今の私にわかるのは、その程度のことであった――。

 

 





 シルビア王女とのお話は次回に続きます。
 いつもいつも、こいつら話してるだけなのに何でグダるんですか? って聞かれたら、答えに困ります。

 何故って、すぱっと済ませたら、これから何をどう書けばいいのかわからなくなるからですね。
 まずは雰囲気を作らないと、舞台を用意できないのが私という書き手なので。
 未熟な文章を垂れ流すのは恥ずかしさもありますが、他に書き方を知りません。

 こんな話が続きますが、最後まで付き合ってくだされば幸いです。

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