24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 なんか色々と難しそうな話をしていますが、その場のノリで語っている部分ばっかりです。

 真面目に頭を使い過ぎたので、アレな所があっても気づけないくらいに疲弊している自覚もあります。

 グダグダ悩んで停滞するよりは、定期的な投稿を続ける方が大事だと思って、今回も投稿します。


思惑がぶつかり合って複雑になるお話

 シルビア王女って、あんまり関わりたくない人種なんだよね、個人的には。敬して遠ざけたいってのいうのが本音です。

 上司として不足があるわけじゃないけど、下手な答えは許さない迫力とか、腹黒い策略家としての面が強すぎてね。

 話してて気が張り詰めていく感覚は、何度味わっても慣れないと思います。有能過ぎる上司って、部下にとっては割とキッツい。だって、自分と同じくらいの有能さを求めてくるんだから。

 

「とりあえず考えがまとまったので、ミンロンの言葉について、解釈を述べさせていただきます」

「うむ。隗より始めよ、火の牛にはご注意を、と。わらわにとっては意味の解らぬ言葉であったが、おぬしは奴の意図を把握できたのだな? 考える時間は多少くれてやったのだし、期待に応えてくれねば困る」

 

 ぶっちゃけ、それらの格言がこの世界にも存在したことに驚きです。

 正確には、それらしい人がそれらしい事をやって、偶然似たような逸話を作ってしまったってことなんだろう。たぶん。

 で、物事は共通していると考えれば、解釈自体はそう難しくはなかった。それを話すだけならば、何も悩むようなことはない――なんて、簡単に言えたらよかったのに。

 

「では、申し上げます。さきほどはちょっと語りましたが、改めて最初の言葉から考察していきますね」

「頼む。東方の教養は、流石のわらわも持っておらぬのでな。――この点については、おぬしが頼りよ。間違った解釈でも、とりあえずは真に受けてやろうさ」

 

 シルビア王女の重い言葉に、怯みそうになる。――が、自信を持って答えよう。

 前世と今生の歴史において、おおよそ似たような事績があったと考えるなら、単純にあの二つの言葉をつなげるのも容易である。

 問題は、それをそのままシルビア王女に伝えて良いのか、ということ。私は与えられた時間の中で、ミンロンの意図ばかりをずっと考えていた。

 そしておそらく、彼女の思考をいくばくかは読めたように思う。だからこそ、あえて核心の部分は伏せることにした。

 

「隗より始めよ、を言葉通りに解釈するなら『まずは私を重用すれば良いことありますよ』っていうミンロンなりのアピールですね」

 

 とりあえず、ここは素直に解釈していい部分だった。偽りを述べる意味はないだろう。

 身近な相手を厚遇したり、言い出しっぺを大事にするのは、要するに周囲へのアピールに過ぎないというわけだ。

 

「彼女のような木っ端商人ですら、ゼニアルゼでは重用される。なら、もっと太いパイプを持った自分なら、西方で大きな商売が出来る――と、東方の大商人どもは考えるかもしれません」

「ふむ。ミンロンを使い続ければ、その内に東方から大きなカモがやってくると。……道理ではある。今後の交易を見据えるなら、悪い展開ではないな」

 

 売り込みに来る連中をカモ呼ばわりするあたり、シルビア王女の認識はどこまでも上から目線で、変わるところがない。

 油断は付け込む隙を与えてしまうから、今少し自重を求めたいところだ。

 

「カモではなく、老獪な狐が相手だと考えましょう。おそらく、西方まで出張ってくるような大商人は、相当な根性が入っていると思われます。……たやすい相手ではありますまい」

「商人、というくくりにある限り、わらわの敵ではないわ。――いいぞ、隗より始めてやろうではないか。ミンロンめ、それならそうと素直に言えば良いものを」

 

 色々と鼻につく部分はあれど、とにかくシルビア王女は理解が早い。私がこう、といえば即座に検討して答えを出す。

 

「商人が、怖くはありませんか?」

「法と武力で締め付ければ、あいつらは制御できる。もちろん、恐怖だけでは反発を生むであろう。ゆえに一方を抑えつつ、もう一方を厚遇する。あるいは、商人の組合に序列を設定し、商人同士で利害の対立をあおる。『利』に目がくらんでいる狐狸など、あしらいようはあるものだ」

 

 返答も、私が予想した通りのものだ。やはり、正直に見解を述べるのは躊躇われる。浅い解釈を述べるだけに留めるべきかもしれない。

 商人の恐ろしさについては、いずれ指摘してもいいだろうとは思うが――さて。

 

「次に、火の牛、というのは如何なるものだ? まさか東方の牛は、火をつけて喜ぶ性癖があるとか、そう言う訳ではあるまい」

「……松明を牛の尾に括りつけて走らせる。そうやって暴走した牛の群れを利用して、敵軍を混乱させる計略が、かつての東方には存在した。それだけの話ですね」

 

 慎重に、シルビア王女の反応をうかがいつつ、話を続けた。これは事実として記録されているから、実際にそうして勝った例があるんだろう。

 ――策を用いて、戦に勝利したこと。重要なのは、その部分ではないが。ミンロンに配慮するなら、ここでネタバラシは避けるべきだ。今彼女の『真意』を伝えるのは、無粋であるとも思うしね。

 

「火牛の群れを、敵の部隊に突っ込ませるのか。状況次第では、有用かもしれんな。……わらわなら、もう少し真っ当な奇策を使うがの」

「真っ当な奇策、という言葉こそ不可解ですが、それはそれとして。――ミンロンがこれに注意しろというのは、『競争相手も奇策を用いるかもしれない』と暗に伝えてくれているのではないでしょうか? 明言しなかったのは、どこに耳があって、誰に伝わるかわからなかったからと考えられます」

「だとしても、率直に述べてもよい内容ではないか? 解説が必要な忠告など、迂遠に過ぎるわ」

 

 それはそうだ。よって素直な解釈をするべきではなく、もう一歩踏み込んで、深く考察すべき言葉であるのだが――。

 私は、それを伏せると決断した。代わりに、もっともらしい理屈を並べる。

 

「東方の格言を使うことで、シルビア王女のあちらの価値観とか、文化をそれとなく伝えたかったのかもしれません。もったいぶった言い方で煙に巻くのは、東西を問うものではありませんが――。文言の使い方次第で、感じ方は変わってきます。ここらでミンロンが試しに使ってくるのも、こちらの対応を図るためではないでしょうか」

「なるほど? 充分な理解と、行動が伴わないならば、東方への理解や関心は表面的な物であると判断されていたかもしれんな。その点も含めて、モリーであれば正しく理解し、周囲の耳目を封じた上で解説してくれる。――そのように、信頼してくれたわけか。おぬし、あの商人から相当な好意を向けられておるようじゃな」

「……どうでしょう。私には、よくわかりません」

「左様か。ま、よい。何はともあれ、ミンロンの言葉については得心が言ったわ」

 

 とりあえず、奇策を使ってくるような競争相手と言えば、思い当たる節もないではない――と、シルビア王女はつぶやく。おそらく私とは接点のない相手だろうから、こちらは気にしなくてもいいだろうが。

 ……今のところ、ミンロンの謎かけに不興は覚えていない様子だ。ならば、そろそろ話を変えてもいい頃合いだよね。

 真意の確認は、彼女と直接会ったときにでもすればいい。私が配慮した、という事実もそえれば、それなりの好意も買えるだろう。……なので、個人的に話したいことを話していこうじゃないか。

 

「あと、周囲への監視が行き届いているのは、メイルが傍に居てくれたからですよ。彼女は今、その勘の良さを最大限に発揮してくれています。私たちが諜報員を気にせずに話せるのは、まさにそのおかげです」

「……メイルに褒賞を与えよ、とでも申すか? 埋め合わせはすると、すでに言った。ゼニアルゼにおける身分の保証と、クロノワークへ提供する予算も、来期はいくらか引き上げよう。それでは不足かな?」

 

 こちらが催促した形になってしまったけど、これはこれで悪くない流れだと思う。

 私は恋人として、メイルさんに出来ることは、なるべくしてあげたい。シルビア王女に提言して、何かしらのお返しが期待できるなら、卑しい言い方もする。

 

「不足です。今少し、当人の気持ちに寄り添った褒美が必要ですね。――違いますか?」

「わかった。メイルにはまた、機会を見計らって贈り物をしよう。邪推されぬよう、きちんとした名目でな。……それから、また今度直接会って労ってやるさ。文句はあるまい?」

「――さて。私は、思う所を述べた。貴女は必要なことをした。それだけのことでしょう?」

「今回のパーティは、呼ばれたこと自体が罰ゲーム。そう言いたげでもあるな。……無礼を許してはいるが、何を言っても怒られない、などとは思うなよ? わらわは、わらわの権威を犯す者を容赦なく罰する。粛清した時と同じようにな」

 

 怖い怖い。メイルさんに対しては、これ以上を求めることは出来ないだろう。欲をかいたところで、それを許すような甘い人でもなかった。

 次の機会については、今考えなくてもいいだろう。それよりも、別の課題に目を向けるべきだと私は言いたい。

 

「失礼いたしました。ご無礼、お許しください。……言葉に気を付けよ、とおっしゃられるならば。この場で改めて、祝辞を述べさせていただきます。……ゼニアルゼがソクオチを属国化したこと、まことに喜ばしいことだと存じます。そもそも今回の宴は、それを祝うものだと言ってもいいのでしょう?」

 

 無礼を詫びた、その舌の根も乾かぬうちに皮肉を言う。私の態度は相当に不遜なものであるが、シルビア王女は咎めない。

 

「わらわとて、そこまで性格が悪くはないぞ。――外交には、最大限配慮してゆく。招待客も、それが分かる人物だけを呼んだつもりじゃ」

 

 咎めない代わりに、反論で返してくる。シルビア王女に非礼を重ねてしまうが、私はあえて遠慮なく言わせていただこう。

 

「すなわち、今後シルビア王女が取り込むべき相手――都合よく操れる手駒を呼んできた、ということでしょう。東方の文物は、これを彩る添え物としてある。それが真意ではありませんか?」

「真意かどうかはさておき、ここで怒れば、おぬしの考えを肯定しているようなものじゃな忌々しい。……もう少し、愉快な話題はないものか」

 

 雑な展開になったが、多少強引にでも、シルビア王女の興味を別方向に持っていきたかった。あんまりミンロンについては、話し合いたくないんだよね。

 少なくとも、今ここでは避けるべきだ。……彼女に、その意図を聞くまでは。

 

「では話題の提供も兼ねて、僭越ながらお聞きします。――シルビア王女は、どの辺りを落としどころにするおつもりで? 徹底的にやり尽くすおつもりなら、事前に覚悟を決める時間が欲しいのですが」

「……おい、わざと言っておるのだろうな? いきなり落としどころなどと言われても困る、何のことかをまず言え」

 

 最初の一言が大事だと、私は思う。怒り、あるいは苛立ちの感情を引き出して、そこから納得させるのが肝要。疑問を持たせるような、意味深な言い方が出来るならなおいい。

 一旦感情的になってから、それを沈められると、どんな理論ももっともらしく聞こえるものだから。

 理性的な相手であればこそ、この手法がてきめんに効くんだ。理によって立つ者は、感情だけで決断を下さないから。より多くの情報を得るために、よりよい決断の為に、シルビア王女は私から話を聞こうとする。

 情報と言うものは、多ければ多いほどよい、という単純な物じゃない。……こちらの都合の良い方向に誘導する手管だけは、全力で尽くさせていただきますね。

 

「そうですね。過激なことを言うなら、私はシルビア王女が『クロノワーク・ゼニアルゼ・ソクオチ三重王国』でも作り上げるんじゃないかと、そんな心配をしていたりします」

「ほほう、わらわが三国を併合すると? 面白い考えであるな。……是非はともかくとして、それの何が悪い? 実行するつもりはないが、参考までに聞こう」

 

 口にしたはいい物の、これはハッタリに近い。これくらいハッチャケられると酷いことになりそうだな――ってくらいのものを、まずは提示する。

 これに興味を持ってくれれば、続きをスムーズに話しやすい。本題への前座としては、面白い題材になったんじゃないか。

 

「実現させるとなると、それぞれの王国の継承権が、しっちゃかめっちゃかになりますね。特に、三国の国王を兼任することになる人は、誰を後継者にするか困ることになるでしょう」

「中央集権を維持するならば、てっぺんはただ一人なのが望ましい。三重王国なんてゲテモノが存在するとしたら、国王はその三国の王として全てを束ねねばならぬ。……全てを束ねるだけの正当性を、どこで担保するのか? まずはそこで揉めような」

「クロノワーク、ゼニアルゼ、ソクオチの王族全てが、三重王国の国王となる資格を持つならば。――王座をめぐる争いは、単純に考えても三倍の規模になりますね。今そうなるとしたら、シルビア王女が剛腕を振るえば何とかなるとしても。次代は、どうなるでしょうか?」

 

 多民族国家の不安定さは、ユーゴスラビアの例が証明している。一時は独裁者のカリスマ性で持たせることが出来るだろう。だが、卓越した統率者が亡くなり、その重しが消えてしまったら?

 その時の反動は、ひどく大きくなるものだ。これは、シルビア王女ならば正しく理解してくれるはず。

 

「維持できずに崩壊、分裂がオチよな。その混乱で、どこまで没落することになるか、想像もつかん。……なるほど、これは結構なデメリットか」

「まさに。――わかっておいででしょうに、御人が悪い。そうした不安を感じさせておきながら、対策を用意しないというのでは片手落ちでしょう?」

「ほざけ。人が悪いのは、おぬしの方であろう。わらわは別に、三重王国などと言うゲテモノを作る気はないというのに。――邪推したおぬしが悪いわ。個人の妄想にまで、わらわは責任を持てぬぞ」

 

 ええ、ええ。邪推ですとも。

 ですが、この悪い想像に現実味を与える方がいるのだから、仕方がないではありませんか。

 ――と、私が口にしてしまったなら。シルビア王女としては、これがどんなに茶番じみた発言に聞こえても、真面目に対応するほかない。

 

「そうした邪推をする愚か者が、私以外にもいるとしたらどうです?」

「……放置はできぬ。対策を練らざるを得ぬな? ――しかしそこまでいうなら、証拠を出すがいい。吐いた唾は飲めんぞ、ええ?」

「可能性の話をしています。貴女は強権的で傲慢だ。自覚はありますね? 流石に」

 

 証拠なんてない話なので、話題をスライドさせて曖昧かつ否定しきれない部分に持っていく。

 証明するのも手間だからね、その点はぼかしつつ話を進めようじゃないか。ありうるかもしれない、ってくらいの話でも、備えておくにこしたことはないでしょう?

 

「傲慢で有能な貴女が相手であればこそ、小人はくだらぬ懸念を抱くものだし、馬鹿らしい妄想に浸るものです。三重王国は流石に冗談としても、ゼニアルゼが二国を属国化し、時を経て吸収・併合していくのでは――と、懸念する声はどうしても出てくるでしょう。これを想定していなかったとしたら、この機会に備えるべきではありませんか?」

「具体性もないくせに、やたらと不安を煽る言葉を使いおる。――が、これは具体性はなくとも、実現性はある話よな。改めて考えてみると、備えがいらぬとは口が割けても言えぬわ」

 

 シルビア王女って、野心と気性が噛み合い過ぎている人だから、大変だね。周囲からの『疑い』に対して勇敢であるために、少しの懸念でも捨て置くことが出来ないんだから。

 

「……言の有用さを認めよう。疑いの段階に過ぎぬのなら、証拠を求めたわらわの方が無粋であるともいえる。下手に突いて暴走する者が現れては、かえって厄介。しかし、な」

「はい。ご不満があれば、残らずお聞きいたします」

 

 もっとも、何と答えられようが、言い逃れる用意は出来ていますが。姑息なことをしている自覚はあるけれど、卑怯とは言うまいね。

 なに、終わり良ければ総て良しって言葉もある。私と貴女の間に限れば、悪くない結果になるよ。きっとね。

 

「なるほど備えは重要であろう。だとしても、リソースは有限だ。危機をいたずらにあおったり、論理を飛躍させるばかりでは、実際に動いてやる理由にはならんな」

「ならば、危機感を自覚していただきましょうか。――ソクオチの王子様を、クロノワークの第二王女と接触させた時点で、ゼニアルゼは野心を疑われています。正確に言うなら、シルビア王女自身が、ですが。……少女時代を戦乱の中で過ごした為でしょうか。物騒な実績ばかりが噂になります。悪名が大きければ、どんな善行も裏を読まれるようになりましょう」

「言いよるわ、こやつめ。……そろそろ痛いところを突くばかりでなく、改善案の一つくらいは提示して見せるがいい。そうでなくては、世俗の雑音と何ら変わるところがないぞ」

 

 当然、そう来る。ケチを付けるばかりでなく、いい加減に代替案を持って来い――と。

 シルビア王女は実利を求めるお方だから、単なる忠言では足りぬ。実のある提案こそが、彼女を動かすだろう。が、即座に答えてみせると有難味が感じられないものだ。

 なので、一呼吸おいて、前提から話していきましょうねー。

 

「今のところ、シルビア王女の采配に大きな誤りはありません。未来はともかく、現状を維持する限りは大した問題は起きないでしょう」

「現状維持とか、平穏無事とか、停滞とどう違うのじゃ。先へ、もっと先へ! 留まるのも後退するのも、わらわには耐えがたい。昨日より良い今日、今日よりも便利な明日を目指して歩み続けるのは、人の性と言うものよ。――わらわは、ただ正直に己の欲求に従っているに過ぎぬ。これからも、それは変わらぬ。これを理解した上で、献策するがいい」

 

 この返答もまた、予想の範疇。開明的、先進的、そうした姿勢であるからこそ、シルビア王女には人が付いてくる。

 理屈はよくわかんないけど利益がある。この人の言うとおりにしていれば、いいことがある。そうした実績を積み重ねて、今の彼女がある。

 そして、シルビア王女はこの手の風評を裏切れない。そうしてしまえば、最低限の信用さえ失ってしまうから。利に聡い事こそが、まさに彼女の強みにして弱みなのである。

 

「ならば実利的な話をしましょう。……先ほどの『落としどころ』という部分の意味も、今やご理解していただけたと思います」

「どこまでを求めるか。三国の外交を成立させ、東方との交易を進めるだけで満足するのか。――より多くを欲して、さらなる敵を作り、勝利を重ねる道を選ぶのか。おぬしが聞きたいのは、その辺りか」

「平地に乱を求める類の方とは、思っておりません。シルビア王女は確かな理性をお持ちです。……実利がある道を選ばれる。私はそう信じておりますので、ちょっとした提案を致しますね」

 

 どんな形であれ、戦えば必ず勝つ――と確信している辺り、シルビア王女も大概だ。

 ただの傲慢ではなく、実際にやってのけられる程度には能力もあるのだから、なおさら質が悪い。

 なので、私はこう言おう。

 

「――シルビア王女は調停者、あるいは裁定者となられるのがよろしい。野心があったとしても、ここまで、という線引きさえして見せれば、小人とて案外安心するものです。クロノワークに対する資金援助と、同じような投資を他国にも施す。ゼニアルゼの統治を緩やかなものにして、数年は税制を優遇するなど――私の頭でも、これくらいの策は考えられます。ここまでやれば、くだらない疑惑をはねのける実績ができることでしょう」

「……このわらわに、多国間の争いを調停する役割を担え、と言うのか。ゼニアルゼを、この西方における盟主にせよと?」

 

 シルビア王女は、鋭く私の言葉の本質を突いてくる。そこまで理解してくれたのなら、後は補足するだけで充分だ。

 

「まさに。盟主であって、独裁者ではないところが重要です。ゼニアルゼは、クロノワークに影響を残しつつも支配はせず、ソクオチも手綱を握るのみで自立を許す。他国においても、武力を背景に脅したりせず、緩やかな同盟でつながり続けるのです」

 

 利益を得たいなら、まずは与えるべきだ。与えて後、余裕を持って資源を吸い上げる。なるべく細く長く食い続けられるよう、無理のない範囲で継続させるのが肝要であると、私は見る。

 

「ゆるい同盟など、維持する意義があるとは思わんぞ。半端な行為は好きではない。手を緩めすぎて支配力が落ちてしまえば、結果的に利益が逃げていくのではないか?」

「そこはそれ、シルビア王女には実績があります。……くどいくらいに強調しますが、貴女が主導して呼びかけるならば、それを無視することは誰にもできません。実績は信頼を生み、利益は信用を生みます。東方の交易が莫大な富を運んできてくれるなら、西方の各国はどこであれ、貴女の傘下に入ることを考えるでしょう。大事なのは、名分を得ることです。暴君ではなく、名君としての名声を貴女は得るべきだ」

「さらなる力と富、望んで得ようと思えば、手に入る多くのもの諦めてか?」

「名声は人を動かす力になります。信頼は見えない財産と言ってもよろしいでしょう。……明確な数字としての表れないものを、シルビア王女は好まないかもしれませんが。明文化されていないからこそ、強みとなる場合もあるのです」

 

 今後、ゼニアルゼを中心とした貿易圏が、西方を席巻するのは目に見えている。

 シルビア王女が東方への交易を餌にするならば、それは余所には容易に使わせないはずだ。何らかの手段で、東方からの物流を限定させるような、後ろ暗い手を用いても可笑しくない。

 それを実際に用いるのではなく、ほのめかす程度に留めても、影響力は充分に示せると私は見る。伝家の宝刀は、抜かない方が役に立つ場合が多いのだと、どうかご理解くださいませ。

 

「ふーむ。おぬしの提案を考慮するに、名声と信頼が備われば、盟主たるに不足はないと言いたいのか。確かに盟主たれるならば、武力に寄らずとも他国を動かせよう。……しかし肝心かなめの交易だが、余所がそこまで儲けられるかどうか、長期的に継続できるかどうかは流石に保証は出来ぬぞ。これだけでは、他国の動きを縛るには弱いな」

「シルビア王女が交易を支配したとしても、需要と供給は常に変動するもの。調整にも限界はあります。――しかし、私にもわかることがある」

「何だ?」

「長期的な利益の保証など、貴女はハナから用意してやるつもりはないのでしょう? 目先の富を与えられるだけ投げてやれば、それだけで多くの人は食いついてくる。利益を前にすれば、誰だって目がくらんでしまうものです」

 

 こちらはちゃんとわかっていますよ、って態度を取って見せると、シルビア王女も考えを開帳してくれるくらいの度量はある。

 答え合わせをするように、彼女は語ってくれた。

 

「そうよの。一時の熱狂と興奮をあおるだけならば、それで充分じゃ。で、一度流れを作ってしまえば、誰も彼もが乗り遅れまいとする。……この心理を利用し、一気に外交的なアドバンテージを確保すればよい。短期的にでも、早々に懐が潤ってしまえば、わらわの傘下に入るのが正しいと思うであろう。多くを巻き込むのは、さほどの手間ではあるまい」

「正しくご理解いただけているようで、なによりです」

 

 名より実を重視するのであれば、抗うことのできぬ流れを作れる。シルビア王女には、その自信があるのだと、表情にも口調にも表れている。

 私の言葉に、説得力を感じてくれているなら幸いだ。なればこそ、言葉を続ける甲斐もあろうさ。

 

「かくして、西方の大同盟が成立する、と。――結構な話ですが、そうして傘下に入る国が多くなれば、重要なのはバランスです。勢力均衡、とでもいうべきでしょうか。聡明なるシルビア王女におかれましては、それだけでおおよそはわかっていただけると思いますが」

「……勢力が均衡すれば、互いに殴り合うリスクが跳ね上がる。結果同盟を維持する理由が生まれ、平和の中で発展と繁栄を模索することが出来る。――なるほど、なればこその盟主か。武力と経済力、両方の分野で突出する国があっては、どうしても恫喝による支配が見えてくる。これを法と信頼で代用できるならば、超大国の存在は無用のものとなろう。……ゼニアルゼは今の規模を維持するだけで、必要なだけの発言力は維持できる、か」

 

 西方であれ、東方であれ、どこか一国が飛びぬけないように手を尽くす必要はある。どうしてもゼニアルゼが優越する形になるが、そこは盟主という肩書がものを言う。

 経済力が突出しても、軍事力がそこそこなら案外警戒されないんだ。……この時代、割と統治者も脳筋が多いので。だからこそ、シルビア王女が活躍する余地もあるってわけだね。

 

「はい。周辺各国から遠くは東方まで、全てを図面としてとらえて、力関係を整える。あらゆる国家が、相互に影響し合い、あるいは依存しあう。そうした時代が、近づいてきているのだと思います」

「ずいぶん先を見据えているというか、妄想たくましい奴よな、おぬし。妄言とまでは言えぬ辺りが、絶妙であると褒めてやるぞ」

「お褒めにあずかり、光栄至極であります」

「……皮肉じゃぞ、そこは誇るな」

 

 いいじゃん別に。言うだけなら自由だよ。西方大同盟が実現したなら、名分なしに武力は用いることはできず、話し合いから始めねばならぬ迂遠さもある。

 だが、有効に機能させられるならば、この時代は黄金時代への先駆けとなれるのではないか――。

 なんて、私の妄想に過ぎないとしても。一代の傑物であるシルビア王女が考慮するならば、少なくとも一時の平穏くらいは勝ち取れるはずだよ。

 

「さて――時代、時代か。おぬしの言葉に、実現性がないとは言わぬ。わらわの目論見の幾分かも、含まれていたことは認めよう。……そうよな。何もかもが、変革の時を迎えるのだと、おぬしもそう考えておるのか」

「間違いなく、異文化が衝突し合う時期がやってくると見るべきでしょう。長期的な視野で、物事をとらえねばなりません。猶予があるうちに考えて、動いていくべきではありませんか?」

 

 シルビア王女は、私の言葉を否定しなかった。猶予というのは、西方と東方の文化が衝突し、互いに理解を深めるよりも先に、齟齬と誤解から憎悪が生まれるまでの期間を言う。

 この警告は、私なりの誠意と受け止めていただきたい。……ミンロンを脅威だと言いたいわけじゃないから、ここから先は言葉に気を付けよう。

 

「やはり、避けられぬか。東方を仮想敵国と見るのは、なるべく避けたい所じゃが」

「一度は、どこかでぶつかるでしょう。もちろん、何年先になるかはわかりません。あるいは我々の孫の世代まで、引き延ばせるかもしれませんが――。血を見ることなしに、お互いを認め合うことは難しいものです」

 

 交易問題からの衝突は、シルビア王女が最低限に抑えるとしても。文物と共に人々が広く交流を重ねていけば、人間関係がこじれることもある。

 わかっていない内にタブーを犯してしまったり、不文律や暗黙の了解を無視して、不興を買うことが今後も予想される。

 だからお互いに文化的な差異を認識し、意識の差を埋めていく作業が必要になる訳だが、これは言うほど簡単じゃない。それこそ、私がアレコレ言った中では、一番難しい作業だろうと思う。

 ――下手をすれば、それで全部が覆る可能性さえありうると、私は見ている。

 

「わらわがゼニアルゼを掌握するにも、粛清が必要であった。ソクオチを殴り倒してから従わせたのは、それが支配を及ばすための最短手段であったからだ」

「そして、シルビア王女の思想を手っ取り早く伝えるための手段でもありました。貴女の考えは先進的過ぎて、言葉だけでは誰も動いてくれないのでしょう? ――そして貴女は名分を作って、武力を振るう手際が実に上手い。それこそ、常用したくなるくらいには」

「今後は流石に、自重せねばなるまいが。それでも必要と感じれば、ためらってはならぬ。……盟主と言うものは、信頼と同時に威厳も周囲に示す必要があるのだ」

 

 東方と西方は、今は心理的にも距離があるから冷静に付き合えている。

 だが、今後は通商を通じて距離が縮まっていくだろう。技術の発展によって、交通網が整備されてしまえば、さらに傾向は加速する。

 そして身近になってしまえば、ちょっとした差異が癇に障るようになるんだ。文化的な衝突が、武力的な対立に進むまで、時間的猶予はどこまであるのか。

 十年後ってことはないと思うが、二十年、三十年後はわからない。そして三十年後の世界がどう変わっているのか、それを予想するのはさらに難しい。

 

「今から備えるとなると、本当に難題よの。今回話した件は、いずれも不確定の未来であり、確証があるものではない。利益につられる人間は多いし、時代の流れを誘導する自信もある。わらわも最大限に動くつもりであるが、やるべきことを全てやって、経過を見つつ行動を選んでいく必要があろうな。……何か一つでも、確証を持てることがあればよいのだが」

「では一つ、保証しましょう。――例のソクオチの王子様ですが、偶然にも私が教育を受け持っています。彼を見事な君主に育て上げ、ソクオチが頼れる盟友となれるようにいたしましょう」

 

 シルビア王女が私の言を取り上げて、その考えをいくばくかでも採用してもらえるならば、私だってリスクを抱え込まねばなるまい。だからこその、この発言だ。

 

「ふむ? そう保証したところで、結果が出るのは十数年は先の話であろう。いますぐ影響のある話でない以上、わらわがありがたく感ずるはずもない。――なにより、そこまで言い切れるだけの権限が、おぬしにあるのか疑問じゃのう」

「疑問はごもっともです。端的に述べるならば、師弟関係は主従関係も国境も飛び越えるものだと、そう申し上げればご理解くださるでしょうか」

 

 ソクオチの王子様――名を『オサナ』というらしい。

 最近になるまで王子様で通していたから、名前で呼ぶことはめったにないんだけど、そろそろ名で呼びつけてもいい頃合いだと思う。鍛錬を通じて、それなりの絆は築けたはずだ。

 一方的ではあるけれど、みっともない姿を散々見た仲でもあるから、後は指導を重ねていけばいい。座学で思想も植え付けていければ、将来的にはいい具合に私の影響を残せるだろう。

 

「楽観に過ぎると言われればそれまでですが、期待してくれてもいいと、このモリーが請け負います。――これでも、あの子から尊敬を勝ち取っている自信はありますから」

「自己申告を信じるのは、いささかリスキーでもあるが。……まあ、即効性のある手札ではないし、将来に期待が持てるというだけでも充分か。喫緊の課題に役立てられぬのが、もどかしいのう」

 

 それはそれ、未来への投資と思いねぇ。だから私と私の周囲に、もっとお金を掛けたり権限を委譲したりしてもいいのよ?

 シルビア王女をスポンサーだと思って、それなりに尊重していくからさー。お願いしますよー。

 

「おぬしが請け負うのならば、信頼してもよい。……いや、どうせ時間のかかることだ。王子の教育課程はこまめに報告せい。その経過を見て、判断するとしよう」

「なるほど、長期的な視野に基づいて、投資してくださるのですね? 今ここで明確に拒絶しないのであれば、アテにさせていただきますが、よろしいでしょうか」

 

 今後の便宜を図ってくれるかどうか。資金的な援助を続けてくれるだけでも充分だが、シルビア王女に対する発言権を保証してくれるなら、それにこしたことはない。

 貴女に影響を与えられる立場って、すごく貴重だからね。その点、どうかなーって、私なりに思うのですがいかが?

 

「――オサナ王子を教育しているお主の影響力を、甘く見ることはせん。やり方次第では、かの王子の憎悪をゼニアルゼに向けることすらできよう。そのリスクを回避できると思えば、多少の投資は必要経費と見てもよい」

 

 シルビア王女の鋭い視線が、私に突き刺さる。ここまで来た以上、裏切りも足抜けも許しませんよってことだろう。

 

「私なりに、心境の変化もありましたので。今後も上手くやっていきたいと思っておりますよ。好悪の感情は別として、ですが」

「余計ゼニアルゼに引っこ抜いてやりたくなったが。……今は止めて置いてやろう。時期を見て、いずれな」

 

 まあまあ、私の育成能力を買ってもらったと、そう思って良い流れだった。投資をいただける算段が付いたのなら、こちらとしても異存はないよ。

 これで、当面の利益は確保できたと見てもいいかな。せっかくこんな場まで出張ってきたんだから、これくらいの個人的な見返りは許してほしいね。

 

「ご支援、決して無駄には致しません。期待に応えられるよう、最大限努力いたします」

「大変結構。……盟主となるならば、ソクオチの支持も必要になる。おぬしがその盟友を強化してくれるなら、願ったり叶ったりというべきよな」

 

 その辺りは、今後の王子様の成長を見守りつつ判断してください。

 おねショタは趣味じゃないから、あくまでも健全な師弟関係を維持するつもりだけれど、シルビア王女の意向も考慮して育てていきましょうね。

 

「そろそろ、一区切りもついたというべきでしょう。色々と語りましたが、シルビア王女の見解を改めてお聞きしたいですね。――私は、有益な提案が出来たでしょうか。私の言葉は、貴女を動かせたのでしょうか」

 

 シルビア王女は、考えるそぶりを見せた。視線を明後日の方向にやり、手の扇を適当にあおぐ。

 動作に気負いがないのは、思考に淀みがない証拠だろう。表情は笑みが消え、確たる感情も現れていない。

 

「……難しいな。有益っぽいのは確かであるが、実益が出るのは当分先の話であるし、わらわは他人の言葉ではなく、己の判断で動く。それはいくらでも変更がきくものだし、後でやっぱりやめた、なんて事態もないとは言えぬ」

 

 それでも真面目に、考えてくれている。少なくとも、彼女の声からは茶化す意図など感じ取れなかった。わずかな言葉の後、しばし口を閉じて思案する態勢になっている。

 なんだかんだ言っても、私の言い分は聞いてくれているし、検討すべき事柄も多いから明言しかねている。そうした雰囲気が伝わってきた。

 

「流石に、投資はしよう。おぬしの言に、一定の利は認める故。頭の中を整理して、今後の計画を見直すことも異存はない。――が、わらわは己を変えられぬ。我道をどこまでも進んでこそ、わらわである。……障害があれば、踏みつぶさずには居れぬ。理解が及ばぬ愚者などは、殴り飛ばしてやりたくなる」

「裁定者はともかく、調停者は難しいですか?」

「盟主という案は良い。力と支持を背景に、調停を行うことはやぶさかではない。だが、それも己の方が優越していればこそ可能なことだ。――前提として、力を維持するための手段を妨害するものがあれば、わらわはこれを許さぬ。道理とか法とか、そんなものは二の次になるであろう。正義を行うには、まず強くあらねばならぬ。わらわは、そう考える」

 

 正しい主張だった。この世界、どこまでも弱者にやさしくは出来ていない。やさしくなるには、強くなるしかない。強者こそが、世界に法則を強制できるのだから。

 ゆるい同盟に反対したのも、この点が気がかりだったのだろう。圧倒的な経済力、軍事力を持って支配する方が、事は単純に済むはずだから。

 

「しかし強さという尺度は、どうとでも変わるものです。それこそ、物理的な強靭さに限らない。貧民の群れは、怖くないですか? イナゴの群れは? 身分を問わぬ悪意、憎しみの感情は、敵に回しても容易く打ち破れるものでしょうか? 身内の中ですら生まれる同調圧力は、無視しても良いものですか?」

「――暴力で解決できることは多い。わらわに出来ぬと思っているなら、それは勘違いだと言いたいが?」

「さりとて、暴力が全てであるとも思っておられぬ。要は、より実利を得られる方を貴女は選ぶ。……私は、そう信じておりますよ」

 

 いささか卑怯な論調であるという自覚があるが、シルビア王女はこれを容易には否定出来まいよ。

 なけなしの信用さえかなぐり捨てては、利益のある事業に参加できなくなる。そんなのは、お嫌でしょう?

 

「……モリー、わらわはそろそろ、本気でおぬしのことが嫌いになりそうじゃよ。……ああ言えばこう言う。それも、痛い部分をいやに指摘してくるのが、なんともなぁ」

「痛い方が、印象に残るでしょう? 諫言とは、厳しいもの。貴女に必要なのは、反論も含めた様々な意見や価値観を提示できる、別種の存在です。こうして話しているだけでも、色々と考えさせられたではありませんか?」

「否定はせん。――悔しいから、肯定はしてやらんぞ」

「貴女は統治者、私は従者。直接の君臣ではありませんが、お互いに求められる役割は違うものです。……あらかた語りつくした気がしますので、そろそろお開きにしましょうか?」

 

 これ以上ダラダラ話してもなーって、私は思うんだ。初めに求められた返答はしたんだから、もういいじゃん。ね?

 

「実務的なことについては、まあ、よかろう。――が、せっかくの機会よ。クッコ・ローセやメイルとするような、他愛のない世間話をするのもいいではないか」

「……面倒なんでお断りいたします」

「ついに取り繕うのをやめたな、おぬし。ま、付き合え。心配せずとも、そこまで際どい話はせんよ」

 

 結局、下世話な話題に付き合わされました。私と女性たちの色恋沙汰が、そんなに面白いんですかねぇ……。

 とりあえず、明言は避けておきました。同棲とか、結婚とか、私だって思う所があるんだから。

 適当にあしらって、シルビア王女から解放された時には、もう結構な時間がたっていました。

 帰りにメイルさんに労ってもらいつつ、最後まで律儀に周囲を警戒してくれた彼女に対して、私は感謝の念を抱かずにはいられないのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルビア王女は、モリーとの会談を充分に楽しんだと言える。

 ちょっと前にはドン引きしたことさえあったが、認識が変わった今は、その見識の広さに一定の価値を見出していた。どうにも好意を抱くのが難しい手合いであるが、嫌うには惜しい人物でもある。

 彼女の言葉によって、想像以上に頭を使い、今後の政策を考え直す機会を得たとも判断していた。それ以上に大事なのは、ああやってモリーと話し合うことを、愉快に思う気持ちがあることだ。

 自室で一人、思案を巡らせながらもモリーを思う。異端としか言いようのない存在に、興味がわいて仕方がない。それこそ、独り言を口に出すほどに。

 

「どのような思想も、いかに異端に見える思考も、必ず背景がある。影響を受けた書物、あるいは人物の影が無くてはならぬ。突然変異に見える怪物がいたとしても、必ずそこには至るまでの過程があるはずなのだ。……しかし、そうした経緯の見えぬ異物が、ここに現実として存在している。これは、何を意味するのであろうな? わらわは、それが気になって仕方がないのよ」

 

 シルビア王女は、訳知り顔でそう言った。必ず裏があるのだと、そう言いたげな雰囲気である。

 実際、会談の場で示したモリーの見解は、シルビア王女の想定以上に過激であり、確信的であった。

 知識以上に、その考察内容があからさまに異質なのである。これに比べれば、東方に対する教養の深さなど、ほとんどオマケのようなものではないか。

 

「あやつの経歴、改めて調べなおした方が良いかもしれんな。……出自的に、そこまで多くの書物に触れられたとは思えぬ。教育を通じて学んだにしても、あの手の発想は士官の教科書にも載ってはおらん。特殊部隊の内情も含めて、本格的に洗ってみるか」

 

 可能であれば、モリーのような人物を教育によって作り出せるかもしれぬ。そうなれば、どれほどの利益となることか。シルビア王女は、そこまで見込んでいた。

 このように、さんざんに持ち上げるような言い方をしたものだが、ここにモリーを知る女性たちが居れば別の見解を示すだろう。

 

『現実的で有能な人間ほど、例外的な存在に理屈を付けたがる。意味も理由もなく、突如奇妙な存在が生まれることもあるのだと、私は実感として知っている。――理不尽を理不尽として、適当に割り切って生きる方が賢明と言うものさ。あれを解析するとか、再現するとか、真面目に考えても出来んものは出来んよ。……シルビア王女は大胆に見えて、こうした鷹揚さを持ち合わせておられぬ。気苦労の多いことだな』

 

 ザラ辺りならば、このように評すだろう。裏などなく、モリーはありのままで異質であり、そうあることが魅力なのだと。

 しかしザラにはザラの見解があるように、シルビア王女にはシルビア王女の考えがあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、シルビア王女が色々な方面で検討を重ねているとき。モリーもまた、気楽に遊んでいられる状況ではなかった。

 会談の翌日、モリーの部屋に一通の手紙が届けられた。差出人はミンロン。時間があるなら、会って話そうという内容だった。

 もとよりゼニアルゼへの出向は、パーティの参加が目的ではあったが、日程には余裕がある。明日には帰国の準備に入らねばなるまいが、今日一日くらいは自由に過ごせるだろう。

 

「メイルさん。申し訳ないのですが、急な仕事が入ったようです。少し離れますが、心配しないでくださいね」

「まあ、私は仕事の予定もないし、いいんだけど。……ゼニアルゼでデートをするのは、またの機会になっちゃうわね。それが少し、残念かしら」

「本当にすいません。この埋め合わせは、必ずしますから。――では、失礼します」

 

 モリーは、そうしてメイルと別れた。残念そうな彼女の表情に、罪悪感さえ抱きつつ。

 やましい所のある己に、ひどい不甲斐なさも感じながらも――。しかし、ミンロンの前に出る頃には、それを心の奥に押し込めていた。

 

「この度はお招きいただき、ありがとうございます。……ミンロン様がゼニアルゼに来ていたというのは、まことに奇遇ですね」

「ええ、そうですね。……モリー殿はシルビア王女に招かれたそうで。あのパーティに関しては、私も一役買っているのですよ。東方関係の文物をそろえたのは、他でもない私自身なのです」

「それはそれは。商売繁盛で、なによりですね。うらやましい」

「いえいえ、それほどでも」

 

 モリーとミンロンが落ち合ったのは、ゼニアルゼの中ではそれなりの料亭であった。

 高級過ぎず、庶民が利用することもあるような店である。それでも奥の個室に案内されれば、嫌でも特別感は演出される。

 モリーもミンロンも、一言目から核心には入らない。しかしお互いに、何を話したくてこの場にいるのか、わかっていたはずである。

 

「ご謙遜なさらず。……いや、ミンロン様には実際に懸念事項があるのでしょうね。よくわかりますとも」

「おや、モリー殿に何がおわかりだと? こちらの内情に関しては、明かしてはいないはずですが……」

「貴女が言い残した言葉。『隗より始めよ』『火の牛にはご注意を』の真意について。――この場を借りて、話しておきたいと思います。貴女だって、それを聞きたいがゆえに私を呼んだのでしょう? ご心配なさらずとも、シルビア王女にはごく浅い理解を語っただけですから、問題はありませんよ」

 

 わかっていたから、挨拶が済み次第すぐに斬りこんでいった。

 特にモリーは、長々と引き延ばしたくはなかったから、率直に述べる。ミンロンもまた、これには正直に答えた。

 

「はい。実は、その通りで。……いや、本当に言うだけ言ってみるものですね。しかし、真意とまで言われますか。確かに、意図を隠して伝えた言葉ではありますが――」

「ミンロン様、とりあえずは答え合わせをしませんか? こちらも、さほどの確信を持っているわけではありませんから。――これで間違っていたら、私の方が恥をかいてしまいますが、その時はどうか笑ってやってくださいな」

「そうですね。笑うのは構いませんが――その前に、せっかく料亭の個室を借りたのです。適当に飲み食いしながら、ゆったりと話しましょう。モリー殿と一対一になれる機会は、そう多くないと思いますから、ね」

 

 モリーにせよ、ミンロンにせよ、互いに思惑がある。

 自身の利益ばかりを考えているわけではなく、互恵関係を維持したいと本気で思ってもいた。

 だが、それを未来の情勢が許してくれるかどうか。未知数であるとモリーは考えている。万が一の事態にでもなれば、彼女は躊躇うことなく東方の商人を斬り捨てるであろう。

 

「まずは、乾杯をしましょうか。モリー殿も、多少は酒を入れた方が口が滑らかになるでしょう?」

「そうですね。では、クロノワークとゼニアルゼの栄えある未来に」

「交易による繁栄の未来に、乾杯」

 

 そうして、二人は酒杯を空けた。お互いに、多少の酒を入れたくらいで頭が鈍るような手合いではない。

 ミンロンもまた、リスクを背負ってここにいた。腹を割って話すことは、単なる投資以上に覚悟を必要とする。仮にここでモリーの反感を買えば、投資の回収どころではなくなり、命すら危ういかもしれぬ。

 それでも、機会を持つ価値があると、ミンロンは判断したのだ。あるいは、モリーの特別性を理解しているのは、シルビア王女ではなくミンロンの方であるかもしれない。

 

「で、答え合わせを始めていいですよね?」

「せっかちですね、貴女。モリー殿は、もう少し落ち着いた方だと思っていましたが」

「場合によりけりです。――ともあれ、語らせてください。いいですね?」

 

 ミンロンは微笑んで、頷いた。

 モリーはこれでようやく話せるとばかりに、口を開いていった。

 連日で厄介な話を続けねばならぬ。その事実に辟易しながらも、モリーは必死に現実と戦うことを選んだのである――。

 

 




 早くGL的な意味でイチャイチャする話が書きたい……。

 ですが、もう少しだけ色気のない話が続きます。今しばらく、お付き合いいただければ幸いです。


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