24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 書いていて、面白いかどうかわからなくなる瞬間があります。

 これで本当にいいのか、矛盾点はないか、言葉遣いは間違っていないか、不安になる時もあります。

 そんなことはいい、とにかく原稿を続けるんだ――と。

 無理にでも前に進まねば、どうにもならない。そう信じて、今回もまた、投稿させていただきます。



適当な発言は己に返ってくるというお話

 

 意中の女性と、適当に酒食を嗜みつつ歓談する。食卓には様々な料理が並べられ、今や身近なものになりだした砂糖菓子の類もあった。

 私はこの密会に望んで来たのだし、客観的にも火遊びを楽しんでいるように見えることだろう。それを否定はしないが、大事なのはここでの話が国家戦略に関わっている、ということだ。

 ミンロン自身の重要性が、そうさせるのではない。東方と西方との接触が、今後大きくなっていくこと自体が問題になるんだ。

 

「隗より始めよ――いい言葉ですね? 郭隗先生のその後については、寡聞にして知りませんが、能力以上の待遇に恵まれて、さぞ幸福だったことでしょう」

「語源になった方の詳細は知りませんが、天寿を全うしたのではないでしょうか。特に粛清されたとか横死したとか、そういう話は聞きません」

「結構なことです。ミンロン様も、同じように長生き出来ればよいですね」

「ええ、同感です。――ああ、別段脅迫の様に受け止めているわけではありませんので、ご心配なく」

 

 物騒な話を振っていくのは、それが必要だと信じるが故だ。

 ミンロン女史も、わかっているからこれは軽く流す。

 

「何はともあれ、始めた以上は最後まで初志を貫徹してもらいたいと、私は本気で考えているのですよ? モリー殿」

「そうでしょうとも。なにより、重要なのは『火の牛』の方ですね? ……『隗より始めよ』の言葉は、これを表現するために持ち出しただけで。時系列的に、ああいう言い方をするほかなかった。違いますか?」

 

 ミンロンは、グラスのワインを回しつつ、その香りを楽しんでいた。

 表情は笑みを浮かべたまま、平然と続きをうながすように言う。

 

「おおよそは、合っていると答えましょう。……貴女なりの解釈があるなら、ぜひここで話していただきたいですね?」

「では、遠慮なく。――郭隗先生が厚遇されたことで、経過は省きますがその国は歴史上でも有数の、最高水準の将軍を得ることが出来ました。そして、敵国の七十余の都市を落とし、最後の二都市を残すまで追い詰めることが出来たのです」

「ははぁ。それはまた、凄いことです。その敵国の滅亡は目前ですね」

 

 わかっていて言っているんだろう。間違いなく、彼女はこの故事を理解して引用したのだと、私は確信を得た。

 ならば、この解釈はだいたい合っているのではないか。少しだけ、自信が持てた気がする。

 

「……ただし、この内の一都市に、希有な能力を持った役人がいたのですね。策略に秀で、軍才にも恵まれた、まさに傑物というべき小役人が」

 

 彼の名は、田単という。対する最高水準の将軍の名は『楽毅』。どちらも軍事的才能においては、中国史でも有数、と言って良いレベルだろう。

 そうした人物が、同じ時代に絶妙のタイミングで舞台に躍り出るのだから、歴史と言うものは時として創作以上に作り事めいていると思う。

 

「血筋をたどれば公族に連なる人ですから、そこそこの地位であったかもしれませんよ? ――それでも平時であれば、将軍になるまで出世できたとは思えませんが、これもまためぐりあわせと言うものですね」

「ええ、まあ。……やっぱりミンロン様も、わかっていて言ってたんじゃないですか」

 

 めぐりあわせと言うなら、ミンロンとシルビア王女との出会いもそうだと主張したいのか。

 彼女は意味深な微笑みをたたえたまま、何も答えない。ともあれ、私は言葉を続けた。

 

「ともあれ、その小役人が抜擢され、将軍として指揮をとった後、その敵国は勢いを盛り返します。あの手この手の謀略を用い、有能な敵将を失脚させ、『火牛計』をもって敵軍を撃破した。そして、あっという間に全ての都市を取り返したのです」

 

 色々と端折ったし、火牛計が決定打を与えたわけでもないけれど、言いたいことは伝わっただろう。

 ミンロンの真意とは、こうだ。『私から始めて、上手くいった事業も。思いがけないことからひっくり返り、全てが水泡に帰すかもしれないからご注意を』――と。

 彼女は、不安要素が噴出することを危惧しているのだ。実現性があるから、あえてあおるような言い方をした、と見ることも出来る。

 

「そこまで追い詰めておきながら、最終盤で全てがご破算、ですか。戦争とは難しいものですね」

「戦争は政治の一部分です。……隗より始めた事業が、火の牛の突撃によって焼け野原になってしまう。その可能性を、貴女はほのめかしている。私は、そう捉えました。……この解釈は、間違っているでしょうか?」

 

 おそらくミンロンは、そこまでの道筋について、見当がついているのではないか。

 何がどのような形で暴発するか。おおよその情報を持っていなければ、私ならばわざわざ『火の牛』なんて言い方はしない。

 こちらとしても、予想がまったくつかないわけではなかった。与太話レベルで、実証するのも難しいくらいの曖昧な想像に過ぎないなれど、どうかな。今のところ、事態を注視していくしかないとも思う。

 だから、ミンロンとの答え合わせを急ぎたかった。ここで言い逃れられては困るから、明確な返答を望むよ。

 

「そうですね。モリー殿の解釈で、間違っていない。そう答えておきます。……一旦成功した後で、高転びする可能性があるのは、商人の世界でもままあることでして」

「間違ってはいない、ですか。正しい、とは言わないのですね?」

「解釈には続きがあるでしょう? まだ話は終わっていません。……そこまで説いておきながら、どうしてシルビア王女には伏せたのです? この解釈をあの方に聞かせたところで、私にも貴女にも不利益はない。そのはずではありませんか」

 

 迷う理由はないはず。それをどうして――と、ミンロンは言う。

 本気で怪訝に思っている様子はなかった。口調もよどみなく、顔から笑みこそ消えているが、気迫が感じられない。

 雰囲気からして、疑問はあるが、だいたいは私の答えも予想がついている、というところか。

 つまり、答え合わせをしたいのは、そちらも同じと言うことだね。ならば、期待に応えようじゃないか。

 

「伏せた理由は簡単ですよ。その方が貴女の利益になるから」

「それは、どうして?」

「投資された分くらいは、還元したいと思うからです。でなければ、不義理ではないですか。シルビア王女は他家に嫁いだ身ですから、主家ではありません。こちらの優先順位としては、貴女の方が上なのですね」

「……私に、義理を感じてくださるのですね。それも、シルビア王女以上に。やはり貴女は、私の思った通りの方だ」

 

 やはりとか、思った通りだとか、あからさまな言い方をするくらいには、気を許してくれているのか。

 もろもろの感情は別として、ミンロンに肩入れすべき理由はある。私は商人をあなどらない。

 その影響力を、情報収集能力を、私は決して甘く見ない。なればこそ、身内に取り込めそうな手合いは、その機会を逃したくないのだね。

 

「ミンロン様。貴女は、シルビア王女にとって特別な存在であり続けたいと思っている」

「はい。特別であればこそ、実入りの良い仕事が回ってくるのです。なるべく長く付き合いたいと思うのは、当然でしょう?」

「それで、私が貴女に対して、何か有益なことができるとしたら。それはシルビア王女への働きかけが、一番だと思うのです。……あの方が私に価値を感じている内は、私の言葉にも耳を傾けてくれるでしょう」

「権力者に口利きしてくれる身内ほど、頼りになる者はありません。私としては、東方への信頼できる窓口が、自分だけ――という状況がもっとも望ましいのですが?」

「わかります。不可能とも言いません。……しかしその為には、私以上に貴女自身がシルビア王女の興味を引き続けねばならないのです」

 

 しかし、これは至難の業だ。シルビア王女は先進的かつ革新的なお方。あの人と同じ境地に立つとか、似たような目線で未来を論じるとか、まっとうな人間に出来ることではないよ。

 時代の寵児といっていいシルビア王女。その盟友となるためには、よほど優れているか、他者にはない唯一の利点が無くてはならぬ。

 

「それは、まず不可能……ですよね?」

「もちろん。あのお方は単純そうで、なかなか複雑です。私たちのような、木っ端の存在に耽溺してくれたりは、しないでしょう。適当な所で見切って、その他大勢と同じような扱いをしてくるはずです。――よほどのことがなければ、ね?」

 

 正攻法では、ミンロンはこれを満たすことは出来ない。なので、東方の商人、という一部分に特化する必要があるわけだね。

 ミンロンは、私の身内に迎える価値のある人だ。だから、出来ることはしてあげたい。見返りは後程でいいから、まずはこちらから歩み寄ろうと思います。

 

「よほどのこと、ですか。たとえばどんなことでしょう?」

「よほどのこと――と言いましたが、貴女に限ってはそう難しくないのですよ。ここで、私が貴女の真意を伏せた事実が活きてくる。そうして、私と貴女が『結託している』様子を見せるだけでも、充分に特別性を強調できます。私があえて真意を述べなかったことは、その内シルビア王女も感づくことになるでしょう。何のためにそうしたか? 深読みしてくれればしめたもの、ですね」

 

 シルビア王女は頭がいい。聡明であり過ぎるから、勝手に悩んでつじつまの合う結論を出してくれるだろう。

 それが私たちにとって都合の悪い解釈となっても、この場合は構わない。利益があるうちは、毒を飲み込むことすら、あの人は躊躇わないだろうから。

 

「結託、ですか。深読みされるくらいに興味を引けるなら、後は私の手腕次第で独占的な立場も確保できるか……? いえ、それは楽観に過ぎるでしょうね」

「私に出来る範囲であれば、援護いたしますよ。一蓮托生とまでは言いませんが、見捨てたりはしませんとも」

 

 私の言葉に即答してくる辺り、ミンロンも答えを急いでいる感じがする。

 そこまで興味を引けているなら、こちらもわざわざ出向いてきた甲斐があると言うものだ。

 

「しかし、あまり深刻に考えすぎないでください。一時だけでも、大きく印象付けることが出来たならば。そして、これを契機として長く付き合う口実が出来るのであれば。……シルビア王女は、決して貴女を忘れません。いい意味でも、悪い意味でもね」

 

 例えば意味ありげな言葉で誘導してみたり、結果がピタリとハマって、都合のいい方向に転がりだしたとしたら、そのインパクトの強さは唯一無二のものになるだろう。

 私もフォローするし、ミンロンにも柔軟な働きを求めたい。どうしても曖昧な言い方になってしまうが、出来ないことをやれっているわけじゃないから、大丈夫だよね。

 

「今後、シルビア王女と接する機会は増えることでしょう。その好機を無駄になさらぬよう、お願い申し上げます」

「モリー殿の骨折り、決して無為には致しません。……持ちつ持たれつでやっていきましょう。今後とも、よろしくお願いします」

 

 ミンロンがそう言って見せた笑顔には、本物の感情が乗っているようだった。

 安堵、そして好奇心。利益をもたらす者への好感情を、彼女は私に向けてくれている。

 それだけの価値を認めてくれたのだから、私の見識も捨てたものではないらしい。

 

「そのような言い方をされるなら、私の見解が正しいと、認めてくださるのですね? 認めてくださるなら、これからやってくるであろう『火牛』の正体について、話してくださってもいいではありませんか」

「……どうでしょう。まあまあ、そこまで結論を急がずともいいでしょうに」

 

 ミンロンは、悪い笑みを浮かべつつ、酒杯のワインを飲み干して見せた。その態度そのものには、軽蔑や感嘆といった感情は見て取れない。

 どこまでも自然体であり、無理がなかった。こちらをあなどる雰囲気が感じられないので、まったくの見当違いという訳でもなさそうだが――?

 

「香りはまあまあですが、このワインは酸味が少し強いですね。私の好みとしては、もう少し甘味があると良いのですが」

「――さんざんグラスを回して楽しんでいながら、そう言いますか」

「あんまり回し続けるのはマナー違反と言うべきですが。貧乏性なもので、ちょっとしたものでも使い倒したくなるのです。……ああ、ご心配なく。貴女は一瓶のワインではありません。雑に消費するには惜しい資源だと、私はモリー殿を評価していますよ。だからこそ、これからも投資は惜しみません」

 

 酒杯を置いたミンロンは、私の方をじっと見つめる。目の動き、その瞳の光は、当人の意識を如実に映し出す。

 彼女の目に曇りはなく、私を観察しようとする意思ばかりが透けて見えた。やはり単なる興味以上のものを、ミンロンは私に向けてくれている。

 何ゆえか、などと考える前に、単純に光栄だと思った。世界を股に掛ける商人から評価されるというのは、実際に名誉なことであろうから。

 

「投資の件については、ありがたい話です。ともあれミンロン様、話には続きがあるのですが、いいですか? そちらが語らないのなら、その分まで話しておきたいのです」

「――ああ、ええ、はい。どうぞ、続けてください」

 

 しらじらしく、戸惑って見せるのは如何なる意味を持たせた演技か。

 怪しく思うが、追求するよりも、まずは思う所を述べるのが筋だろう。

 

「ミンロン様に、こうして便宜を図る。特別性を強調して、信頼性を私が保証すれば、シルビア王女からの関心も強くなります。あの方は大口の顧客になり得ますから、大きな利益につながるでしょう。そうすれば、仲を取り持った私は貴女に貸しを作れるわけですね?」

「ええ、それはそうですね。しかし、モリー殿はなぜ私への貸しにこだわるのか。……そこは、やはり疑問です。友人、顧客、といった当たり前の関係ではなく、それ以上のものを私に求めておられるのでしょう? まずは、この疑問を解消させてくださいな」

「――貴女が前途有望で、後世に影響を及ぼしそうな商人だから、ですね。貴女にわかりやすく言うなら、これから価値が大きくなるであろう『奇貨』であるから。そういえば、納得して頂けるでしょうか」

 

 ミンロンは、こちらの言葉を否定も肯定もせず、ただ笑みばかりを深めて私を見る。

 怪しい笑顔だったが、それが何を意味するのか、理解するのは難しい。ともあれ、思う所を述べるだけだ。

 

「奇貨居くべし――。これもまた、東方の大商人の故事ですね。まあ、今回に限ってはシルビア王女の目を誤魔化すのも、そう難しくはない話でした。あの方が東方の歴史や文化にまで、興味を持たれなかったのは幸運でしたね、ええ」

「だから、物のついでとばかりに私に便宜を図ってくださったと?」

「まさか。私は本気で、貴女を身内にしたいと思っています。――共にこの時代を生きるパートナーとして、深い付き合いをしていこうではありませんか」

 

 商人に知り合いが他にいない、という事実を別にしても、ミンロンは特別だ。

 まず数少ない女性の商人であり、さらに東方出身である。あちらの様子が気にかかる私としては、単なる友人以上の存在になって、お互いに深く知り合えたらと思うんだよ。

 彼女が言うところの、持ちつ持たれつの関係を構築できたなら、なおいいんだけれど。

 

「モリー殿は、これから多方面に影響を与えていくであろうお方です。そうした方と、より強いつながりを持てるのは、私としても願ったりですが……さて」

「全てを賭けるほどの覚悟は持てない? わかります。いえ、そこまででなくとも、勝負の場で掛け金を気にするのは当然のこと。――なので、結論は最後まで聞いてからで結構ですよ」

 

 こちらを見定めるような、値踏みの視線を、改めてミンロンから感じる。言葉を濁すのも、私の意図を読みかねているからだろう。

 何はともあれ、感心を引けたのなら上々。ここまでくれば、説得は難しくない。こちらの意図と言っても、そこまで複雑ではないのだから。

 

「私は、シルビア王女とは違います。商人を恐れ、敬意をもって接します。恩を売るのも、身内にしたく思うのも、それゆえだと言って良い。……あの方は、貴女方を荒ませたらどうなるか、まるでわかってはおられないのですよ」

 

 政略、戦略、内政においても才覚をいかんなく発揮されているシルビア王女だが、流石に未来が見えるわけじゃない。

 未知の失敗、経験のない分野での失策について、甘く見積もってしまう悪癖があるように感じた。でなければ、商人たちの存在をあんなに軽く扱えるはずがない。

 もっとも、侮っていてくれるからこそ、私が付け込む隙もある。どんなに強い人間であっても、無謬ではいられないものだ。今であればこそ、突ける弱点。これに付け込まずにいられるほど、私は高潔な人間ではないのだね。

 

「まあ、あの人のことですから、一度やらかせば真摯に学ぶでしょうし、その後の復旧も適切に行えるのでしょうが。それまでは、己の誤りを認識できない。――余りある才能の弊害ですね、これは。凡夫としては、うらやましい限りですよ」

「……凡夫の定義については、解釈が一致しそうにないですが、ともかく。私自身に大きな価値があるのだと、そうおっしゃられますか」

「貴女に火牛になられては困りますので。……何かにつけて、贔屓してもいいですよ。色々と書物を融通してもらいましたし、翻訳業も続ける気になりましたからね」

 

 私がミンロンを重用したいのは、それが大きな理由である。身内に取り込む前に、まずは私の有用性を示すのが先だ。だから宣伝活動を行ったり、便宜を図ったりするのは当然だと思う。

 こういうのは腐敗の温床であるし、あんまり露骨だと風聞が悪い。やり方は考えねばならないが、シルビア王女を利用する手もある。

 

「真面目な話、貴女が活躍する機会は、今後も多くあるでしょう。先日のパーティで文物の収集に役立った、というのも結構大きな要素ではないでしょうか。シルビア王女は、そうした小さいこともよく覚えておられるものですから」

「さて、本当にそうだと良いですが。……実のところ、どんなに楽観的にとらえようとしても、不安が消えないのですね。今覚えが良くとも、後発の大商人どもに飲み込まれればそれまで。だから今のうちに、稼げるだけ稼いでおきたいとも考えています」

 

 それはそれで本音だろう。先の見通しがある程度たっているとはいえ、交易は水物。何が影響して大きく変わるかわからない。

 よって、取れるものは取れるうちにもらっておきたいと考えるのは当然だった。問題は、私が勝ち逃げを許すつもりはないのだという、ただ一点にある。

 私は貴女を引きずり込んで、身内に取り込みたいのだ。だから、私はこう言おう。

 

「最悪の場合に備え、西方全てが焦土になる前に、ですか? なるほど、流石に貴女は優秀だ。どうせそのうち壊れるものなら、いくら収奪しても心は痛まないとおっしゃられる。その割り切りようは、まさに大商人の風格が感じられますね」

「……何の、ことやら」

「即座に否定しない辺り、思うところがあるようですが?」

「突拍子もないことを言いだしてくれたせいで、思考が追い付かないんですよ。……いや、本当に何のことです? 私ども商人には、西方を焦土にするような力はありません」

 

 ミンロンの口調は穏やかだが、動揺しているのは明らかだった。疑問を繰り返すのは、私の言葉が彼女の想定以上であったから。

 思考が追い付いていないというのは本当だろうが、ミンロンはおそらく、その仮面の下には恐るべき計算が働いているはずなのだ。

 私がどこまで読んでいるのか、思考をどれだけ読まれているのか。彼女が探り出す前に、こちらから話してあげてもいい。

 

「驚かせてしまったのは、ご容赦ください。俗に言う『下馬威(シャマウイ)』というやつですよ。――東方の国では、こうやって揺さぶりをかけたり、謀略をほのめかしたりして、主導権を争うのが常だと聞きました。……私なりにそれを見習ったつもりですが、いかがでしょう」

 

 下馬威を雑に日本語に訳するなら、出会い頭のハッタリ、というのが意味としては近いものになるだろうか。

 唐突に前振りなく『ガツン』とやる。こうして相手の思考をリセットさせ、こちらのペースに持っていくのだ。さて、ミンロンはこれにどう対応するかね? 正しい反応が引き出せたなら、拍手の一つも欲しいものだ。

 

「西方で食らわされるのは、はじめてですね。しかし、下馬威(シャマウイ)までご存じとは。ひどく狭い業界の、有名でもない語句をどこで耳にされたのやら」

「ちょっと、そちらの方面に詳しい先生の著作を拝見しましてね。……重要なのは、そこではないでしょうに」

 

 だいたい安能務先生のせいですね! まあ、この世界の東方とはまた別の話になるから、今意識する必要はあるまい。

 私もどう説明していいかわかんないんで、話を続けましょう。

 

「失礼。――では、お聞かせ願いましょうか。モリー殿にとって、焦土とは何を意味するのでしょう? ゼニアルゼにしろクロノワークにしろ、流通が滞るようなことには、まずなり得ないと思います。つまり、物質的に干上がることは考えられない」

 

 すぐに答えてもいいのだけれど、その前に話すことがあるね。

 私がなぜ、商人の存在を重く見て、ある種の恐怖さえ抱いているのか。この点を論理的に説いて納得を得ない限りは、彼女は私を信じないだろう。

 

「なり得ないと、おっしゃられる。つまり焦土とは比喩であると、お分かりになりましたか」

「当然でしょう。そこら中に火をつけて回るほど、私は野蛮でも愚かでもありませんから」

「ごもっとも。……なに、そう難しいことではありませんよ。例えば、そうですね。これはあくまでも一例ですが」

 

 食卓には、様々な酒食が並べられている。その中で、私は砂糖をふんだんに使った菓子を取り分け、自分とミンロンに配する。

 砂糖はこの時代、西方では生産量が限られていた。今や交易によって多量の砂糖がゼニアルゼに輸入されているし、一昔前では考えられないほど安価になったのは記憶に新しい。

 皆が求め、需要が下がることは決してない身枠の調味料。その砂糖こそが、『火の牛』の一種であると、私は見る。

 

「砂糖の塊ですね。私も嫌いではありませんが、これが何か?」

「塊と言えば風情も何もありませんが、ともかく。これは、甘くて美味しい砂糖菓子です。砂糖は主に南方か、東方から仕入れられます。……西方でも細々と作られていますが、生産できる土地が少なく製法も未熟で、東方のそれとは比べられません」

「しかし、将来的には違うでしょう? シルビア王女から、砂糖の生産を拡大する話も聞きました。どこかの国で、将来の主要な産業として見込んでいるとか何とか。――ですから、砂糖の調達を私たちに依存している時期も、そう長くは続かないでしょう」

「西方での砂糖の生産拡大、ですか。シルビア王女の肝いりなら、まず失敗しないでしょうね。――なればこそ、危惧せざるを得ない、と言いましょう。最善策というか、あらゆる意味で丸く収める方法がないだけに、これは難しい問題なのです」

 

 砂糖産業の拡大については初耳だが、だとしたら事態はより深刻だろう。シルビア王女にはわからないのだ。だって、こんな事態はこれまでどこの誰も経験したことがないのだから。

 あのお方ならば、マンパワーと資金、あるいは武力に物を言わせて、力づくで成功させようとするだろう。

 それが必ずしも悪いとは言わないが、長い目で見て、どんな影響が出るか。目先の利益が大きいほど、そこまで頭を働かせることは難しい。

 

「確認しますが、東方の政情は安定しているのですね? 内乱とか戦争とかの徴候は見られない。そう考えて間違いないでしょうか。具体的には、極端な増税とか農民蜂起や地方の軍閥化ですが」

「どこでも問題はくすぶっているでしょうが、少なくとも私が知る限り、祖国は安定していますよ。……この手の物騒な話は、想像したことさえありませんね」

 

 その返答が聞きたかった。なら、私の勝手な想像にも、それなりの説得力を持たせることが出来る。

 ミンロンは、まさに基盤が東方にある商人であるがゆえに、警戒が必要なのだ。本人に対するのもそうだが、彼女の祖国にもより強い関心を持っておきたい。

 出来る限りの便宜を図らないと、諸共に被害をこうむるのではないか。そう危惧すればこそ、こうやって言葉を多く費やしている。これもまた、私なりのミンロンへの投資と言って、いいかもしれない。

 

「では、話を続けましょう。……砂糖は、精製するのに大変な労働力を必要とします。重労働なので、不具になる人もいれば疲労で倒れる人もいるくらいです。そうした苦役に耐えられる人は、西方でもそこまで多くないでしょう」

 

 良質の砂糖を作るなら、サトウキビを刈り取って二十四時間以内に精製するのが望ましい――と聞いている。伐採・圧搾・精製の作業は一気にやってしまった方が経済的だ、という理由もあって、どうしても重労働からは逃れられない。

 この労働力の確保のために、奴隷貿易が望まれた時代すら、私の知る歴史にはあったんだ。でも、こっちではもう大っぴらに奴隷を調達できる状態ではない。となれば、別の方法で解決せねばならない訳だ。

 

「――いえ、仮に西方にも頑強な労働者が余るほどいたとしても、あえて使う人はいなくなるはずです」

「いなくなる? ……どういうことでしょう」

「政情が安定している東方から、安い労働力がやってくるからですよ。出稼ぎ労働者、といってもいいですが、ああした人達は需要があれば遠方にもやってきます。こちらとしても、地元住民より安上がりで良く働く人がいるなら、そちらを選択することでしょう。……生産を手っ取り早く増やすには、それだけ多くの労働力を突っ込む必要があります。これを容易に解決できるなら、他国人だからと言って採用しない手はありません」

 

 いわゆる苦力(クーリー)ってやつですねー。奴隷貿易が合法化されない限り、他に安上がりな解決策はないだろう。

 交通に問題がなく、法的な障害も無ければ、普通に連中は大挙してやってくると思います。中国らしい国なら、人口は余所に売るほどあるはずだし。

 

「出稼ぎや口減らしは、貧しい農村あたりなら当たり前にやっていることでしょう。山奥で盗賊やるよりは、外聞もいい。――まして西方から望まれて働きに出かけるのですから、環境や文化の違いなど些細なことと見なされるでしょう」

「人が多いことは認めます。飢饉もありますが、豊かな所は本当に豊かですから。……学のない農民が、低賃金でもよく働くことも、私は知っています。こうして並べると、なるほど。納得がいきますね」

「人口もそうですが、何事も多すぎれば問題が起こります。……結果として、貧乏くじを誰に押し付けるか。その争いの決着については、私もわかりませんが――」

 

 その国の経済に見合わないほどに人口が増加すると、景気が悪くなる。地元での雇用の口がなくなった苦力(クーリー)たちは、外国でも働けるなら働きに行くし、国家としても失業対策として出稼ぎを許すはずだ。

 で、中国人らしい要素があるのなら、彼らは基本的にたくましく生きるもの。苦役に耐え、低い賃金でも真面目に働く。そして同胞を助け合い、他国にいながら社会を形成するようになって――定着する層も、現れるはずだ。

 そうこうしている内に、重労働を苦力に頼るのが一般的になるだろう。そして彼らは低賃金に耐えるものだから、賃金全体の水準も押し下がっていく。

 その果てにあるのは労働者同士の仕事の奪い合いであり、治安の悪化である。東方の民と西方の住人が、明確に争う理由が出来てしまう訳だ。

 

「しかし、元をただせば出稼ぎ労働者が安い賃金で働いてくれるから、格安で西方産の砂糖を提供できるわけですね。……そして恐ろしいことに、これからは砂糖需要が跳ね上がります。甘いものは人々を魅了しますから、これは確定的だと断定してもいいくらいです。クロノワーク、ソクオチにもゼニアルゼの交易の恩恵がもたらされるなら、安価な砂糖が求められるのは当然のこと。当面は交易を通じて得るしかありませんから、価格も極端には下げられないでしょうが――数年後には西方での生産拡大により、砂糖の値段は確実に下落します。大きな問題が現れるとしたら、それからでしょう」

「……モリー殿。私はいったい、何を聞かされているのでしょうか?」

 

 砂糖問題に苦力と、何かそれらしい脅威論を組み合わせて、黄禍論のはしりっぽいナニカを語り聞かせているつもりです。

 個人の予想に過ぎないし、よくよく考えると明確な証拠がないから、ガバガバ理論なんだけどね。

 でも、こうやって順序良く話を進めれば、恐ろしく聞こえるものでしょう? ふふふ、怖いか? 私も怖い。

 

「何とは、異なことをおっしゃられますね。これこそがまさに、『火の牛』の本質ではありませんか。シルビア王女がおぜん立てした全ての利益が、東方からの『黄禍』によって台無しにされてしまう。貴女がほのめかしたことを具体的に述べているだけですよ、私は」

 

 中国人排斥法からの、黄禍論の蔓延――なんて。悲観的に過ぎると言えば、そうなるのかな? でも、これが冗談じゃなくて真面目に議論されていた時期が、地球の歴史には存在する。

 黄色人種の進出による、白人の利権への影響。想像以上に広がるインド、中国系労働者。そして彼らに取って代わられ、失職する自国民たち。結果、有色人種を脅威と見て、差別的な論理があらわれて来たのだね。これらを雑にまとめて『黄禍論』という。

 

 21世紀を生きた私にとっては、まったく価値を認められない論理ではあるが――。

 それは後世の神の視点による論理に過ぎず、当事者意識を著しく欠いている。当時はそうした空気があり、危機感があったという事実に目を向けるなら、決して軽視できることではないはずだ。

 

「大々的に黄禍論をぶち上げるほど、深刻に見ているわけではないですが。……今後の展開を考えると、覚悟はしておいた方がいいですよ。ぶっちゃけ、時代の流れに対しては、個人に出来ることなんてほとんどないですからね」

 

 私もこれを本気で危惧しているわけじゃないんだけど、ミンロンが思わせぶりなことを言うものだからね。貴女の真意を確認する意味でも、あえて使わせてもらったよ。

 この世界では黄禍だなんて言ってもわかりにくいかもしれないけど、要は東方の存在が西方の国々を脅かして、その支配権を奪いにかかるのではないか――? なんて、具体性のない危機感をあおる言論に過ぎないわけだ。

 差別的に過ぎるし、表現の仕方として、あまりにも不穏すぎると言われれば恥じるしかないよ、これは。

 でも、初めて耳にするであろう貴女には、ひどく刺激的に聞こえたんじゃないか? だからどうか、本音を漏らしてくれたまえよ。

 

「我が民族は、決して西方の民、あるいは国を敵視などしていません。黄禍などと呼ばれる筋合いはないはずですが」

「敵視? それこそまさかです。東方の民は、自らとその一族の利益を最重視しているだけ。格別意識などする理由はありません。中国的な宗族の価値観によるならば、他所からの略奪は、むしろ誉れと言うものでしょう? 化外の民から、上手く騙して儲けてやった――などと言えば、かえってハクが付くと言うものです。身内の男どもにも、自慢が出来る。……違いますか?」

 

 ミンロンを傷つけるような、あおるような言い方をしたのは、彼女の本心を引き出したいから。

 申し訳ないけれど、それだけ火の牛を警戒しているんだと受け取ってほしい。埋め合わせも兼ねて、今後も贔屓するから許してください。

 

「ひどく饒舌に語られますね。しかし低賃金に耐えるのでしょう? 我々は。それで儲けなど出るわけがありません。私としても、慈善事業に近い形でパーティに参加させていただきましたし、黄禍という表現は不適当でしょう」

「その点については、簡単に納得が出来ますとも。小さくしたいものがあれば、一旦それを大きくする。弱らせたいものがあれば、一旦これを強くさせる。――そうして太らせてから、搾り取る。最終的な勝利の為ならば、負けを重ねても屁とも思わぬ。孫子も韓非子も根底には逆説的、間接的アプローチが存在し、これは老子が元祖と言って良いでしょう。そして老子が記した道徳経は、東方社会では必須教養だと聞いています。商人の間でも、これは真理に近いと思うのですが、如何ですか?」

 

 武士にとって、漢籍は必須教養なのは今さら言うまでもないことだけれど。儒教思想と同じくらい大事なのは老荘思想だ。早すぎた中二病とか揶揄されることも在るけど、あれこれ語りたくなるほどには重要なので、馬鹿に出来ないんだ、これが。

 男性優位の中国社会、悪い意味での中華思想、それがこの世でも現れているなら、この私の言葉はてきめんに効くのではないか。

 そうした私の予想は、上手い具合に当たったらしい。

 

「ああ、良い目をなさいますね。ミンロン様はいつもの作り笑顔より、今の表情の方がずっと魅力的だと思いますよ」

「……貴女は、儒教を御存じですか?」

「漢籍の翻訳をしている私に、それを聞きますかね。もちろん、知っておりますよ」

 

 ミンロンの表情からは笑みはすでに消えており、猛禽のような鋭い目が私を射抜いている。それを内心でほくそ笑みながら、おくびにも出さずに言葉を続ける。

 

「先生は、素王などという称号を迷惑に思っていることでしょう。生前に送られていたら、たぶん助走をつけて殴りに行ったのではありませんか?」

 

 本心から言っているのだから、嘘には聞こえまい。実際、孔仲尼先生はずいぶん過大評価されて、大きすぎる責任を押し付けられていると思います。当人は波乱の春秋時代を生きた、尊敬すべき立派な教育者に過ぎないというのに、ひどい話じゃないかね。

 現代の人はよく先生のことを腐すけど、紀元前数世紀前の人物に、中国全体の病巣の責任を求めるのは理不尽でしょう。儒教と言えば葬儀の盛大さを非難されることが多いけど、先生は葬儀自体の豪華さより、悼む人の気持ちが大事だって、ちゃんと明言してるんです!

 

 ここ大事だから覚えて帰ってください。くれぐれも、後世の腐れ儒者と孔子を混同しない様に。

 論語読みの論語知らず――なんて言葉が出来るくらいだから、先生の考えを理解せず、うわべだけを利用する連中が如何に多かったことか。まったくもって、嘆かわしい話じゃないか。

 

「モリー殿がご存じなようで、なによりです。私の立場の難しさも、その様子では理解されているのですね」

「ミンロン様は、よく頑張っていると思います。先生は、相手によって教え方を変えますし、個々人に合った言葉で指導しますから、一つ一つを切り取って見ると矛盾して聞こえる部分もあるでしょう。ですが、それは一人一人に真摯に向かい合った結果であるから、そう見えるだけのこと。本質は、思いやり深く優しくて、礼儀作法によって秩序を保とうとした人道主義者であったと思います。――少なくとも、女性差別論者ではありません」

 

 論語を見る限り、先生は儀式の形式も簡易なものに、低予算に抑えることを容認してるんだ。

 それでいて、浪費ともいうべき儀礼の保存にも執着してるらしいのが、事態をややこしくしてるんだけども。……まあ、でも、今はそんな事はどうでもいいんだ。重要じゃない。

 孔仲尼先生が、キリスト以前のヒューマニストとして、中華の大地で必死に生きた人であることは確かなんだ。だから、儒教と孔子は別物として考える必要があるわけだね。

 

「わかってくださいますか。……西方の文化に触れるほど、東方の儒教思想にはうんざりさせられます。こちらの方が、女性の社会進出が進んでいると思うと、なおさら故郷の後進性には絶望したくなりますよ」

「お察しします。……ただ、先生の名誉のために申し上げるなら、原始儒教は富を忌避していないし、絶対的な服従を強いるものでもないと答えておきます。きわめて奥ゆかしく、批判するにしても遠回しに言い換えて、相手に受け入れやすい形で意見すべきと説いています」

「それが面倒臭いんですよねぇ。……何度言っても聞き入れてくれない人もいますし、最初から見下して来られては、どうしようもありません。女性だからと言って、それだけで劣っているわけでもないでしょうに。少なくとも、あんたよりは賢いよって、何度口にしそうになったことか!」

 

 孔子にしろ朱子にしろ、意見することを怠らなかったから、煙たがられたんだよ。意外かもしれないけど、先生らは目上の人が相手でも、言うべきことは言えとむしろ推奨している。

 儒教には現代にそぐわない所は確かにあるけれど、その本質は至極真っ当なものであるはずなんだ。

 だというのに、後世の弟子どもの不出来さ具合といったら! ミンロンの態度を見ていると、こっちでも儒教は悪用されているんだなーって、そんな風に考えざるを得ないよ。

 

「女性と小人は扱い難し――とは言いますが。ミンロン様ほど有能な人物であれば、また別の解釈があって当然ではありませんか? 努力をして、才覚に見合う成果を上げたのなら、評価もまた相応にされてしかるべきだ。野郎どもからのやっかみなど、笑い飛ばしてしまいなさいな。貴女には、それが許されると私は思います」

「……東方の野郎どもが、モリー殿のような見解をお持ちであったなら、どれほど良かったかと思いますよ。こちらこそ、過分な評価、痛み入ります」

 

 表情を緩ませ、苦笑を浮かべるミンロン。どうやら、私は彼女の関心を買えたらしい。先ほどの無礼な物言いも、忘れてくれていたらもっといいのだけれど。

 ともあれ、今はたたみ込む様に話を続ける必要がある。ここは言葉を惜しまず、彼女を持ち上げていこう。

 怒らせたら納得させる。立腹させてから落ち着かせる。これ、意を通すための話術の基本です。

 

「私は、ミンロン様をあなどったり、その影響力を軽視したりは致しません。なればこそ、誼を通じたいと思うのです。――それこそ、シルビア王女よりも」

「モリー殿が便宜を図ってくださるのも、打算あってのことだと言われるのですね? 当たり前の話だと言えば、確かにそうなのですが」

「まさに。……私は、かのお方とは違って、商人を恐れます。くどいようですが、恐れるがゆえに恩も売る。見返りを求める以上に、損害から逃れたいがために、私は貴女に敬意をもって接するのです」

 

 ちと話が脱線したので、話を戻しましょうか。私が貴女の境遇に理解を示しているのだと、それをわかってくだされば結構。

 

「で、話は戻って砂糖需要に目を向けましょう。これだけなら限られた分野での限定的な問題に過ぎません。――労働力を他方から調達するのも、その内に黙認される。安価な砂糖の為なら、どうしたって苦力の定着は防げません」

「それだけを聞くなら、現金なものですね。結局、実利が全てですか」

「実利が全てであればこそ、それが犯されるなら危機感も過剰に上乗せされます。……正直なところ、問題とは全て、この類の恐怖に帰結するのです」

「なるべく、わかりやすく解説していただけます? 危機感とか恐怖とか、たかが砂糖菓子の話にどうしてそんな物騒な言葉が出るんでしょう。一商人として、疑問に思いますね」

 

 きちんと思考する時間さえあれば、ミンロンだって私が何を言いたいかはわかるはずだ。

 そうする時間さえ惜しく思えるほど、私が彼女の興味を引けていると考えれば、事態はこちらの都合のいい方向に進んでいるのだろう。

 

「ならば、もっと深刻な話題に入りましょうか。砂糖菓子って、癖になりますよね。在ればつい手を伸ばしますし、なくなると寂しいって思いません?」

「それはまあ、そうですが」

「これが唯一の楽しみだと、そう思う人が出ても可笑しくない。さもしく娯楽の少ない世の中、せめて甘味で癒されたいと願いのは、当たり前のことだとは思いませんか?」

「……否定は、しません。でも、それが何だというのでしょう?」

「万が一にも、供給が滞れば暴動が発生しかねない。上流階級は誤魔化す手段を心得ているでしょうが、多くの下層民たちはそうもいきません。そして暴動が起これば、社会機能はマヒします。――これを危惧するなら、砂糖の値段はどうしても上げられないのですよ。砂糖は安価で提供されてこそ、意味がある。一度需要が満たされてしまえば、砂糖不足に人々は耐えられなくなる。砂糖の安定供給が、治安維持の必須事項になってしまうことでしょう」

 

 ぴくりと、ミンロンの表情がわずかに動く。明確な感情は現れていないが、強い関心の目で見られているのは確認できる。

 それでこそ、言葉を紡ぐ甲斐もあると言うもの。さらに自論を述べて、反応をうかがうことにしよう。

 

「根拠のない想像ですね。たかが砂糖に、よくもそこまで理屈をつけるものです」

「砂糖に依存性があることは、当然ご存じだと思います。違法薬物ほどひどくはありませんし、明確に健康を損なうほどではないから、問題視されることは稀ですが。――貴女も、商売になると思うからこそ、砂糖を扱っているのでしょう?」

「……クロノワークに砂糖菓子を売り出しているのは、確かですが。邪推されては困ります。あれは、需要があるから供給しているだけのことで――」

「そこです。まさに、普通に商売のタネにしている。……貴女だけではなく、他の多くの商人たちも、今後増大するであろう砂糖需要を見込んでいるはずです。投資の量も、これから増大する一方でしょう。……関わる人が、それだけ多くなる、というわけです」

 

 ミンロンは、やましいことをするつもりなどない。それは私にもわかる。

 問題は、貴女がどう考えるかより、その他大勢がどう思考して、何を危惧するかなんだ。

 

「そして需要があるのだから、生産量を増やすのも当然の成り行きですよね? 安価な労働力として、東方の出稼ぎ労働者が使われる――という話を先ほどしました。安価な砂糖を確保し、大量に売りさばく。現在、ゼニアルゼが周辺各国との交通網の整備を必死でやっているのは、こうした交易で大量の輸送を可能にするためです。……商人たちが、この恩恵を最大限に生かさない理由がありませんね?」

「……前提は理解しています。それでも、砂糖を理由に暴動がおこるなど、私には信じられない」

「それは、ミンロン様がまっとうな精神を持っており、周囲から惑わされない程度の経済的余裕があるからです。容易く儲かる砂糖に頼り過ぎた零細商人たち、砂糖貿易で莫大な利益を得てしまった大商人は、後戻りできないくらいに砂糖産業への投資を続けるでしょう。彼らにとって、安定供給される安価な砂糖は生命線です。――これが脅かされる危険を、ほのめかされてしまったら? もしかしたら、ひどい過剰反応が起きてしまうかもしれない」

 

 砂糖に味を占めた労働者が、供給を絶たれたことで不満を爆発させ、暴動がおこる恐れあり――。

 実際にそうした事例が起こらなくてもいい。そうした脅威があるのだと、事業者側が理解してしまったなら、『安価な砂糖』の供給の維持は、どうしたって止められない。

 もしもの場合を恐れるがゆえに、過剰な備えをするところもでるだろう。そうして物騒な雰囲気が現れれば、苦力たちへの反感も徐々に表面化してくる。

 暴動を起こすとしたら、あいつらだ――なんて。あらぬ疑いをかけられるか。そうでなくとも、もとから怪しい余所者たちだ。

 迫害を正当化する理由など、いくらでもつけられるだろう。そのうちに、危惧が現実のものにならないと、どうして言える?

 

 つまり、出稼ぎ労働者を安く買いたたく体制は変えられず。

 仕事を奪われる地元住民の怒りはそのままに。

 砂糖を求める大勢の人がいる限り、砂糖の為の犠牲は許容されて。

 人々のうっぷんは晴らすべき場を求めて、いずれ暴発する時を待ち続けるのだ。

 

 大きな社会の変化が訪れるまで、この問題はくすぶり続けるだろう。

 何かのきっかけで、くすぶっていた火が暴発することになれば。それこそ焦土という表現が的確になる様な、大きな災害が表れてしまうかもしれない。

 ……改めて考えを整理してみると、やっぱり怖くない? ソフトランディングの方法って、何があるんでしょうかねぇ。

 

「結果、連鎖反応的に、色々なものが噴出して――西方が焦土となる。そうした未来を、私は恐れています。荒んだ商人がアコギな商売をすればするほど、その可能性は高くなるでしょう。違いますか?」

 

 色々と物騒な考えはあるが、取り返しがつかなくなる段階に至るまでに、シルビア王女辺りが感づいて対策を取ってもいいはずだ。

 だから、最悪の事態なんて早々起きないと信じているけれど。……無策のまま成り行きに任せすぎてしまえば、深刻な問題としてあらわれてくる可能性はある。

 私がこんなに好き勝手に話し続けたのは、ミンロンと私との間で、問題意識を共有したいからだ。

 貴女に不安があるなら、私は理解する用意があります。場合によっては、力を貸しましょう。ここまで話すのは、その意思表示ですよ――と。わかっていただけたなら幸いだ。

 

「……いえ、それは、いや。ああ――なるほど。なんとなく、モリー殿が何を主張したいのか、わかってきた気がします」

「それは結構なことです。私の考えを認めてくださる、と。これはつまり、ミンロン様の真意を完全に理解したと、そう判断してもよろしいのですね?」

 

 随分と話を引き延ばしてしまった感はあるが、満点をくれると嬉しいよ――なんて。

 高望みかな? いや、でも火の牛に気を付けるなら、ここまで考えを巡らせる必要があると思うんだ、真面目な話。

 

「――ああ! 火の牛にはご注意を、と。その件の成否を問うておられたのですね。今さらですが、すっかり失念しておりました。それくらい、濃い内容でしたから」

「いい加減、先ほどの様に煙に巻くのはご勘弁いただきたい。明確な返答がいただけないと、私は不安を抱いたまま行動しなければなりません。……精神衛生の為にも、真摯に採点していただきたいのですが――?」

「ええ、まあ、そうですね。……評価不能、というのが正直な所でしょうか。ぶっちゃけた話、そこまで私は深く考えておりませんでしたので」

 

 ホホーウ? ここで韜晦するとか、まだ底を見せるつもりがないと申すか。

 でも駄目だよ。絶対に明言してもらうよ。でないと、怖くて恐ろしくて、貴女に首輪をつけてしまうかもしれないんだからね?

 できればそれは避けたいから、いくらでも言及しよう。

 

「曖昧な言葉を受けいれられる余裕は、私にはありません。私はシルビア王女とは違うと、事前に申し上げたとおり。……私は、決して貴女を、ミンロンという一商人を過小評価しない。その意味を、きちんと考えていただきたいのですが?」

「失礼しました。決して、モリー殿をからかうつもりなどないのです。――予想を上回る解答を得られたので、つい誤解させるような言い方になりました。ええ、満点も満点。それ以上に加点してあげたくなるほどの、貴重な見解を聞かせていただきました。これだけでも、末永くお付き合いする価値があると、そう認めても良いほどですよ。……モリー殿は、役者の才能もあるのではありませんか?」

 

 言い方は引っ掛かるけど、とりあえず保証がいただけたのなら納得しよう。

 こちらの見解を肯定してくれるなら、わかるよね? ――首輪とまでは言わずとも、貴女には紐をくくり付けておきたいんだ。

 何かあった時に、便利に使い倒すために。私個人の為ともいえるけど、それ以上にクロノワーク及び周辺各国の公益の為にね。

 

「ミンロン様からの過分な評価、痛み入ります」

「謙虚さは美徳です。しかし出来ることなら、貴女の思考というか、意見を述べる相手は選んでほしいと思います。モリー殿のそれは、決して安売りしていい物ではないのですから。……論拠に乏しいとはいえ、あそこまで理論立てて未来を予見して見せたのです。いたずらに吹聴しては、それこそ多大な混乱を招きかねない」

「それはもちろん、話す相手くらいは選びますよ。――しかし、人の悪さについてはそちらも同等では? こちらの見解を予想しているからこそ、ほのめかしたり韜晦してみせたのでしょうに。まあ、正しく答え合わせが出来たのであれば、あえて苦情など申し立てたりしませんが」

 

 どこかバツの悪そうな表情で、ミンロンが視線をそらせてみせる。

 うーん、これはいかなる感情の発露であろうか。そこまで意外なことを言ったつもりはないんだけどなー。

 

「……モリー殿には、これからも相談に乗っていただくことがあると思います。その時は、どうぞよろしくお願いしますよ?」

「悩みを聞いたり、話に付き合うくらいはかまいませんが……。個人的なワイロは受け取りませんし、わかりやすい即物的な見返りを期待されても困りますよ? よろしく、といっても、お互いのやり取りには節度が必要だと思うのです」

 

 私の微妙な言い回しを理解してくれるだろうと、ミンロンには期待している。山吹色のお菓子とか持ってこられても、処分に困るからその辺りは察してね? という話だ。

 私は国家に忠誠を誓う騎士なのだから、公益に関わらない範囲で、あからさまに個人的な利益を図ったりするには、どうしても人の目が気になるのだね。

 組織人としても、なるべく不正など行いたくないわけだ。だからこそ、上手に建前とか大義名分とかを引き合いに出す必要があって――敏腕商人なら、これくらいは理解してもらわないと困る。

 

「節度ある付き合いで、充分ですとも。モリー殿と意見交換が出来るだけでも、大きな利益になります。ついでに翻訳業で稼がせてもらうつもりなのですから、文句など言えはしません。……ちょっと時間はかかりますが、また書物を持っていきますよ。もちろん、翻訳作業は急がなくて結構です」

「翻訳は副業だと強弁できるので、その辺りでの協力は惜しみませんよ。……意義のある仕事ですから、本当に儲けられるかどうかはさておき、全力で取り組ませていただきますとも、ええ」

 

 わかってくれたようで、なによりです。前世ぶりに漢籍に触れられると思うと、それだけでも報酬として十分すぎるくらいだからね。

 東方への伝手は、私にとって非常に価値のあるものだ。ミンロンを切り捨てる手は、本当に最後の最後まで使いたくないと思う。

 なので、相互互恵の関係を維持するためにも、相応のコストは許容できるし、させよう。

 

「まあ、私も東方の文化にはそこそこ通じているとはいえ、謎かけはこれきりにしてもらいたいところですね。……深読みするのが怖くなりますので」

「お望みとあらば、そう致しましょう。――モリー殿に見抜かれて、肝を冷やすような事態は、二度三度と体験したいことではありませんから」

 

 ミンロンの表情には、すでに余裕のある笑みが戻っている。とりあえず話も一段落したことだし、これ以上物騒な話題を持ち出すこともないだろう。

 あと、なんか話すべきこととかあったかな? ないよね。じゃ、適当に世間話でもして時間を潰しましょうか。

 ああ、そちらから厄介ごとを話したいならご自由に。対価を弾んでくれるなら、相手になります。

 

「では、そういうことで。――他に話したいことがあれば聞きますよ」

「今はモリー殿のお気持ちだけ、ありがたく頂いておきます。……後は軽く情報交換したら軽く飲み食いして、お開きにしましょう。正直、精神的にはお腹いっぱいな気分なので」

 

 さほど口にしているようには見えなかったけど、小食な方かもしれないし、追求は無粋と言うものだろう。

 食卓にはまだ色々と残っているし、こちらで消化するとしよう。食おうと思えば三、四人前くらいは入るし、せっかくのおごりだからね。

 多少は残すのが礼儀と考えれば、ちょうどいいくらいか、なんて。そんな風に考えられるくらいには、余裕のある話し合いが出来たと思うのです――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミンロンとクッコ・ローセが度々顔を合わせるのは、共通の人物が原因だったと言える。

 ミンロンから見たクッコ・ローセは、商売のついでで会える相手であり、意中の人物たちと近しく、かつ発言力のある人物だ。誼を通じていても、損はないと見る。

 だから指輪を見立ててほしいと言われれば、真面目に良品を集めるし、選び方のアドバイスもしよう。

 実際に購入するところまでこぎつければ、ちょっとした雑談に付き合うくらいはサービスの内である。

 

「お前も大変だな。パーティの運営に付き合わされて、その疲れも癒えない内にモリーを相手にしたとか。あいつと本気で付き合うつもりなら、付いていけるだけの体力は持っておいた方がいいぞ」

「負担がかかったのは、身体じゃなくて精神と頭の方ですがね。……私は割と適当に、思わせぶりなことを言って、何かしらの情報をこぼしてくれたら嬉しいな――ってくらいの感覚だったというのに。どうして、ガチな厄ネタをつかまされたんでしょうか」

「知らん。私からアドバイスできるとしたら、モリーやシルビア王女相手に、うかつな言葉を向けるもんじゃないってことくらいだ。……うん。お前、話の内容はともかく、もってくる品物にハズレはないらしいな?」

 

 クッコ・ローセは、自らが選んだリングをはめて見たり、眺めてみたりして、具合を確かめている。

 基本装飾品に無頓着なクロノワーク国民だが、結婚指輪は別なのだろうかと、ミンロンは適当に考えていた。

 

「そろそろ贈り物をしてやってもいい時期なんだが、どうにもアイツの前に出ると緊張しそうでなぁ。……本気の求婚とか、まさか同性相手にするとは思わなかったし、この年で何を高望みしているのか、なんて思いもある」

「モリー殿は、そうした偏見とは無縁の方でしょう。クッコ・ローセ殿が真摯にモリー殿を求めるなら、決して無下にはしないと思いますが」

 

 クッコ・ローセから見たミンロンは、せいぜいが知り合いの商人――という程度の認識で、別段特別には見ていない。

 都合よく使い倒せる相手として、便利には思っているがそれだけだ。格別便宜を図ってやる気はないし、離れていくならそれまでと割り切っている。

 二人の意識の差が、そのまま会話にも表れていた。クッコ・ローセは割と遠慮なく話しているのだが、ミンロンの方はやや気を使いながら言葉を選んでいる。

 

「本気を本気として受け止めてくれるからこそ、こちらにも覚悟が要るんだよ。……だが、そうだな。結婚指輪を用意して、迫ってもいい頃合いだ。近いうちにメイルらも引き連れて、強引に話をまとめてやるべきかもしれんな」

「私から購入された指輪は、その為のものですか? モリー殿の指のサイズなどは、把握しておりませんが」

「サイズ調整くらいは、こっちの職人にやらせる。……ここで重要なのは、私がモリーの為に指輪を用意したってことさ。あいつの気性を考えるなら、実際にはめさせる必要すらない。目の前に人数分のリングを持っていけば、否が応でも悟るだろうよ」

「……その時は、寿がせてください。私にとっても、悪い話ではありませんので」

 

 勝手にしろよ、とクッコ・ローセは言い放つ。モリーが許すなら、あえてケチを付けるようなことではないと考えているのだ。

 彼女にとって、あるいはシルビア王女にとって、ミンロンが使い出のある駒である内は、好きにさせてやってもいいだろう――と。そう捉えるだけの寛容さが、クッコ・ローセにはあった。

 

「で、私からの要件はそれくらいのものだが、お前さんの方の話は長くなりそうか? だったら悪いが、あんまり悠長に付き合ってやれる気分ではなくてね――?」

「いえ、すぐに済む内容ですよ。モリー殿の趣味嗜好については聞きましたが、それ以上に疑問に思う部分が出てきましたので。……話せる範囲でいいですから、情報が欲しいのです」

 

 クッコ・ローセの目が細められる。こいつはどういう意図で探ってるんだ? とばかりに、不信感を露骨に表して見せた。

 しかしミンロンとて、容易く引く気はない。真正面から相手を見据えて、本気であることを伝える。

 

「ほーん。……そうかよ、で?」

「端的に申し上げまして、あまりに教養が深すぎ、見識が広すぎるのです。単純な軍人とは思えません。士官教育の範囲に収まらない知識の出所について、何かしら知っているのでしたら聞いておきたいのですね」

「知らんな。……ぶっちゃけ、その点についてはザラの奴だって掴めているか怪しいもんだ。特殊部隊の教育は、私も多少だが知っている。賭けてもいいが、その中に東方の文学とか思想とかは入ってない。……東方のマイナーな書籍の内容なんて、うちの外交官も把握してないんだからな」

 

 嘘ではない、とこれはミンロンも悟った。つついて何かしら出てくるとしたら、それはザラの方だろう。

 モリーがもっとも心を預けているであろう彼女であれば、詳細を理解しているかもしれない。

 彼女でさえ何もつかめていないのであれば、もはや気にする必要もないだろう。ミンロンは、そう考える。

 

「わかりました。――今日のところは、これで失礼させていただきます」

「おう。調べ方は、ちゃんと考えろよ。……誰も知らないってことは、誰が知ってもいいことはないってことでもある」

「わきまえております。――では、また」

 

 シルビア王女でさえ、あのモリーの経歴、能力を培った過程について、強い興味を示している。

 ミンロンもまた同じように、モリーに得体の知れない感覚を覚えていた。結果がどうなろうと、追求せずにはいられないほどに。

 

「本当にわきまえてたら、あいつの隠し事に触れようだなんて、思わないはずだがね。……まあ、近いうちに身内に引き入れるつもりなら、大事にはならんだろ」

 

 クッコ・ローセは、これ以上の忠告はせず、ミンロンを見送った。

 モリーが彼女に無体な真似はしないと確信していたし、彼女もまた馬鹿ではないと理解していたから。

 

「さて、私も出遅れた分を取り戻さんとな。……モリー。次に会うときは、たぶんプロポーズの時だぞ。時間はもう、充分にやったよな」

 

 最後には、収まるべきところに収まるだろう。ならば自分がいま気に掛けるべきは、モリーとの今後についてだ、と。

 クッコ・ローセは、指輪を満足げに眺めながら、そんな風に考えていた――。

 

 

 




 ぶっちゃけた話、どうしてグダグダ言いながらも執筆しているのか? と問われれば。

 書かなければどうにもならないからだ、と答えるしかないのです。

 自分の中に何かしらの想いが蓄積していって、それを吐き出さねばどうにかなりそうになる。文章で表さないと、落ち着かなくなる。

 こうして書いたものを投稿して、他の人に見てもらうのは、せめて自分のやっていることが、暇つぶしのタネくらいにはなるのだと。それくらいには価値あることだと、信じたいからに他なりません。

 とはいっても、これら全ては読者の皆様方には関わりないこと。どうかこれからも、適当に読み流してくだされば幸いです。

 ……今回もくどい話になってしまったことを、誤魔化すためにこんな話をしたわけですが。

 ともあれ、ここまで付き合ってくださった、読者の皆々様。
 無理のない範囲で、今後ともよろしくお願いします。


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