24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 前振りだけでやたら回りくどい話になってしまいましたが、もういつものことと割り切ってしまいます。

 とにかく前に。話を進めなければ。
 来年中に完結させたいと、本心から願っています。その割に筆の進みが遅いのは、どうかお許しを。



外交と交易と不穏な関係のお話

 シルビア王女が交易の拡大を求める動きは、迅速かつ丁寧な物であった。彼女の意欲の強さと言うものが、その姿勢には現れていた。

 大規模な物流を管理し、これを維持する。それを主宰することの意義は大きく、それがためにゼニアルゼは国力以上の権威を持つことになるのだ。

 

 すでに国家間をむすぶトンネルが完成し、街道や宿場の整備などと言った土木工事も一通り終了した。

 これにより、ゼニアルゼ・クロノワーク・ソクオチ間における交通の便は、以前とは比較にならぬほど改善されたと言える。今後は交易品を山ほど積んだ馬車が行き交い、多量の物資が多国間を循環することになるだろう。

 

 さて、急速に交通が活発になれば、あらゆる需要が活性化する。交易に投入されるヒト、モノ、カネ。その全てがこれまでとは段違いなほどに跳ね上がっているのが、今という時代であった。

 そして商売のタネは商人だけのものではない。他の例を述べるなら――単純に生産者は売買の機会が増える、街道整備には土木事業者が必要になる、という具合である。

 

 その延長線上に、盗賊が存在していると言えば、納得は容易だろう。

 ゼニアルゼ、クロノワーク、そしてソクオチの三国が交易に力を入れている現状、これをかすめ取ろうとする勢力が現れるのは、当然の成り行きである。そして、自衛への動きもまた、必然であった。

 

「その手の不届き者を処分するのも、私たちの仕事とはいえ――。シルビア王女、ちょっと急ぎ過ぎてない? 大丈夫?」

 

 クロノワークでは、護衛隊や特殊部隊まで含めて、できたばかりの交通網を警護する仕事に従事していた。

 その中でもメイルとザラは、積極的に盗賊どもを掃討する実働部隊を率いている。

 

「展開があまりにも早いから、メイルの危惧もわかるがな。あの人も、流石にわかってやっているはずだ。……盗賊どもも、私らが潰して回ればすぐに自重するだろ。今はどこもかしこも労働力が足りてない。職を選ばねば、一応の食い扶持にはあり付けるからな」

 

 盗賊稼業が割に合わぬと気付いて、剣を捨ててくれるのが一番面倒がない――とザラは言った。メイルは彼女の意見に理を認めつつも、現実は非情だと説く。

 

「その食い扶持にもあり付けないくらい、当人たちの現状が詰んでいたらどうしようもないでしょ? 常習犯とか、教育が受け付けないレベルで頭が残念な奴とか、そんな連中は結局盗賊であり続けることを選ぶのよ。……生まれ持った環境の差って、残酷よね」

「――どうしようもない連中の首を切ってやるのも、私らの仕事か。まったくもって、世知辛い世の中だな。まったく」

 

 メイルもザラも、治安を守る側の人間である。こうやって、交易の物資を狙った盗賊どもを狩りだすことに、思う所があっても異議があるわけではないのだ。

 特に今回は、特別予算で実働部隊にはボーナスも出る。口で言うほどには、ザラも気分を害してはいない。

 

「交通網の発達は、交易上の利点だけではなく、国威の向上にも繋がる。流通を抑えている内は、ゼニアルゼなくして西方の安定はありえないだろう。シルビア王女の目論見に乗せられて、こちらにも益があるうちは良いんだが。……行きつく先が見えないというのは、案外不安を煽るものだな」

 

 交易の安全を確保するために、治安の維持が不可欠とはいえ、話の展開が早すぎるように思えた。

 ――予算を計上して、命令を伝達し、実行する。言葉にすれば簡単だが、間に挟まる煩雑な書類仕事の量を思えば、事前に想定していなければありえない速度ではないか。その辺りの闇を、ザラもメイルも察しざるを得ない。

 

「盗賊の掃討に関して、何かしらの不穏な意図があっても可笑しくはないけど――深く考えても仕方のない事よ。世知辛い世の中でも、蹂躙する側の私たちはマシな方なのは確か。特別予算を付けての治安維持とか、ゼニアルゼとつながる前は考えられなかったことよ。これで懐も温かくなるし、不穏分子が消えて皆からは感謝される。……そう思えば、シルビア王女にも感謝したくならない?」

 

 細かい事情に精通しているわけではない。ただ、シルビア王女の指揮に従うことに慣れているメイルは、闇を感じてもこのままの流れに乗ることを選んだ。なればこその、この発言である。

 

「……騙されるな。あの人はあの人で、金をばらまいて人望を買ってるつもりなんだ。味方で居れば、利益をくれてやる――なんて。露骨にもほどがあると、私は思うぞ」

 

 ザラは、これに反発した。とはいえ、消極的な形であるから、表立って是正しようとは思っていない。

 それがわかるから、メイルも思う所を述べる。

 

「懸念する気持ちも、わからないではないけど。現状、シルビア王女の手に乗ることが、悪いこととは私は思わないわね。――ザラも、気を回すことが多いんでしょう。でも、私たちの手の及ばないところまで考えても、どうにもならないのが現実ってものよ。とりあえずは、目の前の任務に集中すべきだと思うの」

「……とりあえずは、という部分に関しては道理だな。潮が変わるまでは、あの人のノリに付き合うのもいいだろう。私も偶には現場に出て剣を振るわなくては、勘が鈍ってしまう。――よくよく考えれば、隊長としての威厳を示す、いい機会でもあるしな」

 

 この手の殲滅任務は、かつては珍しくもなかったのだが、流石に狩り過ぎたのか随分と活動も控えめになっていた。

 今回の件であぶりだされた連中は、おそらく出がらしに近いであろう。――少なくとも、勝手知ったるクロノワーク国内に関しては。

 

「ちょいちょい潰しながら、国内を回ってるけど。数が少ないから歯ごたえがないのよね。……まあ、盗賊相手に戦死者とか出したら恥だし、楽に済むならそれに越したことはないにしても――」

「小粒過ぎて逆に怪しい、と。……余所に流れている可能性も、あるにはあるか? 盗賊なんぞ流民も同然だし、河岸を変えるのも不思議ではないが」

 

 すると、どこに流れたのか、というのが問題になる。ゼニアルゼは元々治安の良い国だから、変化があれば即座に情報が来るはずだが、その手の悪い話は聞いていない。

 クロノワーク内は、ただいま自らの手で探りを入れている最中だ。これまでの成果を思えば、潰し残しがあっても少数だろう。

 ――ならば敗戦を経験し、経済的にも政治的にも脆弱になったソクオチはどうか。疑うならば、そちらになると、両者は同じ結論に達した。

 

「しかし、何だ。お前も色々と考えるようになったな? メイル」

「貴女やモリーばかりに、頭脳労働を任せるのもね。――私は直感型だから、理論を積み上げて結論を出す貴女達とは、また別の思考で答えを出せる。思うんだけど、私も一緒に議論に参加できたら、より多角的な判断ができて、いい感じにならないかしら?」

「もちろん、なるさ。これからは、アテにさせてもらおう」

 

 言うなれば、ザラは知略型の将である。その本質はと言えば、理論と実践を擦り合わせて現実を正確にとらえ、明確な利を持って行動するのが彼女の本質である。

 対して、メイルは本能型。直感を信じて自ら行動し、理論ではなく感覚で結果を叩きだす。よって事が起きる前は突拍子のない行動に見えても、実際に変事があれば、結果的に理にかなっているという――。

 知略型からすれば、なんとも理解しがたい論理で動いているように見えるのだ。しかし、そうであるがゆえに、利用価値もある。ザラは、それは率直に認めた。

 

「自分にないものを身内が持っていて、いざという時は補助してくれるっていうのは、安心感があっていい。実際にメイルがやる気になってくれるなら、私は本気で歓迎する。――有能な同僚を持ったことを、私は幸運に思うよ」

「実務的にも、愛人的な意味でも? ……貴女の寛容さに、私は感謝するべきなのかしら」

「――いらん。モリーを相手に正妻を争うなど無意味なことだ。別に私だって、お前のことは嫌いじゃない。上手くやっていこうじゃないか、お互いに。何と言っても、まだまだ世の中は平穏からは遠いのだからな」

 

 ザラは、ただでさえ悪い目つきを更に鋭くさせながら、強い口調で言った。

 メイルはやはり、とそれに応える。

 

「一波乱、起きると思う?」

「メイルの方でも同じ意見なら、ほぼ確定だろうな。――私も小耳にはさんだ程度だが、ソクオチの方がどうもキナ臭い」

 

 これまでのメイルであれば、どこから情報を得てるんだ、と突っ込みを入れる場面であるが。

 もはや一蓮托生と思えば、いちいち探りを入れようとも思わなかった。だから、己が感ずるところをそのまま口にする。

 

「やっぱり? ……盗賊どもがそっちに逃げ込んだっぽいから、何かあるとしたらその方面かしら。ザラはどう思うの?」

「ソクオチで盗賊が荒らし回ってる程度で済むなら、まだ良かったんだがなぁ。……私なりに色々と考えてみたが、どうにも――」

 

 ここで、ザラはうんざりするような表情で、自らの懸念を口にする。言葉を濁すあたり、本気で悩んでいるだろうと、メイルの方でも察してしまった。

 

「何? 貴女が懸念するようなことが、まだ残ってるっての?」

「ちょうど、モリーがオサナ王子を連れて、ソクオチの祭事に出向いている。その話だけなら、もう聞いてるだろ?」

「ええ、モリーも忙しないわね。彼女なりに苦労してるのはわかるし、助けになってやりたいのはやまやまだけど。助けを求めない内は、見守ってあげるのが女の立場と言うものでしょう?」

 

 まったく同感だし、メイルの勘が危険を感じ取っていないなら、問題はあるまいとザラは結論付ける。その上で述べることがあるとすれば、政治的な部分になるだろう。

 

「とはいえ、不安がないと言えば嘘になるがね。ソクオチは微妙な時期だから、あいつを加えて護衛を強化し、王子様を巡行させる。この政治的なアピールで、ソクオチの未来は明るいと主張したいんだろう。――これ、シルビア王女の発案らしいんだが、不穏な気配を感じるのは気のせいだろうか?」

 

 ザラとしては、モリーをきちんと副隊長として使いたい気持ちがあった。だから、こうやって外部から口出しをされて、内向きの任務から外されることには思う所がある。

 だが今回は、シルビア王女から手が伸びていることに、より怪しい気配を感じるのだ。

 

「……直感だけど、私も何か起こると思うわ。あのお方が発案ってところが特に」

「交易の活性化からの、盗賊どもの掃討は、結果としてソクオチへの不穏分子の追い込みになってしまう。あまりにも計画的であり過ぎると思うんだが、メイルの意見を聞こうか」

「そうね。――シルビア王女の仕込みなら、タダで済むはずないわ。私とザラの意見が一致するなら、絶対何か起こるし、今から駆けつけるのも遅すぎるわね。まあ、モリーが付いているんなら、心配は無用でしょ」

 

 メイルはその直感で、結論を先取りする。ザラも、彼女の反応から、結果を察した。

 モリーの精神性を考えるなら、結論はすでに出ていると言って良い。

 

「盗賊っていうか、不穏分子ども? そいつらに同情するわ。……真面目に働いていれば、長生きできたでしょうに」

「私は寿いでやりたいがな。無様に生きるくらいなら、さっさと死んでおくべきだ。後腐れのない形であの世に行けるなら、むしろ救いであるとさえ思う」

「……それはちょっと、モリーの感覚に毒されてない? 物騒過ぎる発言だと思うんだけど」

「ああ――ちょっと、大丈夫じゃなかったかな。モリーの奴め、どこまでも私を惑わしてくれるな。……今回は、メイルのおかげで正気に戻れた。これからも、お前が指摘してくるなら安心できるんだが」

「それくらいなら、お安い御用よ。……でも、ザラって付き合う相手に染まる女だったのね。モリーがダメンズじゃなくて良かった」

「ダメンズだぞ、あいつ。女関係もそうだが、自分に対する評価ってものがわかってない。……どういっても自覚を持たん馬鹿には、ダメンズという表現で足りるかどうかはわからんがね」

「いいじゃない、多少は馬鹿でいてくれた方が、支え甲斐もあるってものよ。モリーがどうしようもない馬鹿なのは、確かだし。その馬鹿さ加減にたぶらかされた身としては、変わってほしくもないんだけどね」

 

 処置なしとばかりに、メイルは呆れてみせる。もっとも、彼女はモリーの人間性を問題だとは感じていない様子である。呆れながらも、その駄目っぷりが愛しいという具合に。

 いずれにせよ、ザラにとっては些事であった。彼女が思うのは、凱旋してきたモリーを、いかに迎えるのか。

 

「過程はどうあれ、ソクオチがキナ臭くなっているなら、モリーが巻き込まれるのは必定。……あいつのことだから、首尾よく功を立ててくるか」

「せいぜい、体で労ってあげましょうかね。……慣れてないから、不器用なことになっても、それはそれで愛嬌ってことで」

「――今後のことを考えると、割と死活問題だな。あいつに限って、どこかの娼婦を偏愛するなんてことはないだろうが。私たちが努力を怠っていい理由にはならないんだよなぁ……」

「モリーのことを、愛してるんだもの。愛しているなら、優しくしてあげたいし、力になってあげたいと思う。――私もザラも、その気持ちは確かに共有しているんだから、心配しなくてもいいんじゃないかしら」

「そうは言っても、泥棒猫に横からかっさらわれたくはないからな。いや、モリーが私たちを蔑ろにするはずはないと思うんだが、やはり女としての自分に自信がないから、どうしても不安になるんだ」

「……それだけは、他人事じゃないわね。床の作法に疎いのは、私も同じだし。ううん、こればかりはモリーの意見を聞かないと何とも言えないかしら」

 

 我が身で釣り合うのかどうか、喜んでくれるかどうか、その辺りでちょっと羞恥心を感ずる程度には、ザラやメイルもまた乙女であったと言えるのだろう。

 もっとも、乙女であることに拘泥する理由もない。体で関心が買えるのなら惜しむべきではないし、何より夜伽は直接的に身体を通じ合わせるコミュニケーションだ。

 お互いに愛情を感じ合うのに、これほど鮮烈な方法はない。より深く、より正直に重なり合うための努力は、欠かしたくないのだと。そう思うくらいには、二人の想いは真摯であったと言えるのだろう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば知らん間に、まさかのソクオチ行きである。モリーは今になって、己の境遇を省みています。要人警護とか、滅多にやらない分野だからちょっと緊張しちゃうね。

 ……いや、ソクオチの方で政治的な行事をやりたいから、オサナ王子を一時帰国させるのはわかるんだよ。

 属国化したソクオチは政情不安だから、王子を用いて鎮静化を図るのは良い。彼自身、ここで争いのタネをまく様な馬鹿でもないし、余計な言動は祖国の為にもならないと私からも言い聞かせてるんでね。現状、政治的な利用に問題はないだろう。

 とはいえ、肝心のソクオチは敗戦の後で軍が弱体化している。だから、護衛に気を使うのはまだわかる流れだ。

 

 わからないのは、オサナ王子の近侍として、私が選ばれたことだよ。王子が是非にもと望んでくれたため、この行事が終わってクロノワークに帰国するまでは、私は彼の傍に付いていなくてはならないらしい。もっと別に、適任が居なかったんですかねぇ……?

 

「座学の授業も進まない内に、この仕事ですからね。――私とて、思うところはありますよ」

「面倒とは思うが、許してほしい。僕が一番信頼する護衛となると、モリー先生以外には考えられないのでな。エメラ王女にも、色々と心配されたし、僕としても万全を期して望みたいんだ」

 

 馬車に揺られながら、オサナ王子はそう言った。王族と同乗する立場になるなんて、偉くなったものだなぁ――なんて、暢気な気分にはなれそうもありません。

 クロノワークからソクオチへの旅路は、そう長いものではないけれど。それでもどんなに早い馬車を使っても、天候次第では二日から三日は掛かってしまう。

 交通が改善したとはいえ、ソクオチの首都への道のりは、そこそこの時間を要する……というのは、現代的な感覚なのかもしれない。

 一日あれば端から端まで移動できる、現代日本の基準が可笑しいんだろうね、これは。

 

「理解はしましたが、信頼する相手が、かつて己を捕らえた相手だ――というのは、笑える話ですね」

「笑い話ではなく、本気で言っている。有能な敵というのは、時として半端な味方より信頼できるものなんだって。……僕は、そう思うようになったんだよ、先生」

 

 オサナ王子は、敗戦後直ぐにクロノワークに移送されたから、母国への信頼を育む時間が足りなかったのかもしれない。

 ……敗戦までに、信頼を培えなかったソクオチ騎士たちの不甲斐なさを、私は責めるべきなんだろうか。それとも、相手の無能さに付け込める現状を祝うべきなのか。

 

「なんとも複雑な感がありますが、ともかく。……先生とか、思いっきり身内っぽい言い方はいかがなものでしょうか。オサナ王子との付き合いは、そう長いものではありません。教師役をやっているのも、数奇なめぐりあわせの結果と言うべきで、私は望んでやったことではないのです」

「しかし、先生は僕と真剣に向き合ってくれている。子供だからと言って侮らないし、過剰に手加減したりしない。……僕に出来ることを見極めて、やれるかぎりのことをさせてくれる。無茶に近い鍛錬も、身体を壊さないギリギリの線でやらせてもらってるんだ。これで結果も出てるんだから、信頼するなという方が無理だろ」

「体力が付いた実感とか、これまでの己の蒙昧さを自覚したことは、全ては貴方自身の努力の成果です。……私が指導せずとも、貴方ならばそのうちに気付いた事であり、成長できたことです」

「僕自身の努力だけでは、今この時には間に合わなかった。だから信頼しているし、傍にいてもらっているんだ。これは別に、悪いことじゃないだろ? ここは、素直に感謝させてほしい」

 

 子供って案外、大人の言動を観察しているものなんです。特にこの時期の男の子は繊細だ。

 だからオサナ王子が子供であっても、決して舐めてかかったりせず、本気で対応してるわけですね。

 子供だからできないよね、まだ幼いから仕方ないよね、なんて言い方は相手を傷つける。

 私は、会話一つでさえ教育だと思って、真剣に向かい合うことが重要だと思っているんだよ。

 悪く言えば、取り入るための手段の一つに過ぎないわけだが。オサナ王子は聡明な人だから、私の打算を理解した上で、その有用性こそが大事なのだと答えてくれている。

 

「賛辞は、ありがたく受け取りましょう。それでもソクオチ国民からすれば、僭越であると捉えられても仕方がない。そういう扱いをしてきたという自覚はあります」

「だから、なんだ。他ならぬ僕が良しとしているんだ。外野にあれこれ言われる道理はないぞ」

「世の中、それですべて片付いたら面倒はないのです。……王族の体面と言うものをお考え下さい」

「そうした下らない体面より、貴女は僕の教育を優先してくれた。だからこそ、容赦なく、厳しく鍛え上げてくれてるんだろう? そこまで真剣に、本気で僕と向き合ってくれた人は、ソクオチにはいなかったんだ。両親でさえ、そうだった」

 

 おっと、ここでオサナ王子の闇が入りましたね。ネグレクトとかじゃないんでしょうけど、なんか機械的に扱われてたとかそんな感じかな?

 ……いや、あの。その手の話は茶化せないので対応に困るんですがそれは。

 

「ご両親とか、母国での近侍の連中とか。心を許せる人はいなかったのですか?」

「……どうだろう。今思えば、そんなに意識していなかったともいえるし――。ああ、そうだな。少なくとも、こうやって適度な緊張感を保ちながら、明け透けに話せる相手はいなかったよ、モリー先生」

「公式の場では、ご自重ください。――わかりましたね?」

 

 もちろんだ、とオサナ王子は快諾してくださいました。……わざわざ指摘しなきゃならん辺り、私のおかれている立場は複雑になりつつある。

 特殊部隊の副隊長で、ゼニアルゼには多くの教え子がおり、東方の商人とのつながりもあれば、シルビア王女との交流もある。

 そのうえ、ソクオチの王子様の個人的な教師であり、この度は信頼できる護衛としてここにいるのだから。

 ……私自身、政治的にやっかいな存在になっている気がしますね、どうも。

 さりとて半分は狙ってやったことだから、文句をつけるのは贅沢が過ぎるってものだろう。ソクオチの首都につくまでは、静かに時を待つほかあるまい。

 

 ――クロノワークからソクオチへの移動は、退屈なものだった。とはいえ、馬車で運ばれるのに楽しみを見出せるほうが珍しい。

 メイルさんが傍に居るわけではないし、オサナ王子は馬車の中で活動できるほど活発な人でもなかった。

 だから、自然と馬車の中で休憩するか、なんとなく外に出て周囲の景観をながめるくらいしか、やることがないわけだね。

 王子や他の護衛達と駄弁るのが嫌ってわけじゃないけど、こういう状況で警戒を怠れるほど、私は豪胆にはなれないのだ。だから、馬車の近くで不審な動きがあれば、即座に動けるくらいの体勢は、常に整えていた。

 

「――しかし、何もなし、か」

「何もなくて結構じゃないか。……僕は疲れた。久々に、王城の自室に戻らせてもらおう」

 

 ソクオチの首都までの道のりは、色々と怪しい所もあり、それだけに警戒はしていたのだが――結局、最後まで不穏な気配は感じなかった。

 順当に工程が進んでいるのだから、私は喜んでいいはずだが。どうにも引っかかるというか、感覚はまだ油断するな、と呼び掛けてきている。そもそもこの度のオサナ王子の帰国について、私はキナ臭いものを感じて仕方がないんだ。

 

 まるで、誰かがこれを機会に騒乱を引き起こすような、そんな危惧を私は持ち続けている。

 誰が望み、誰が暴れるのか。何者の思惑によって、何者がたぶらかされるのか。複雑に絡み合う政治事情とでもいうべきか、ともかく謀略的な臭いが鼻にくる。

 

 これは感覚的な物で、論理的な証拠がないから、確信を得るには遠い。最近忙しくて、情報収集に時間を割けなかったのが響いているね。

 ――出立前には、彼女らと挨拶する暇さえなかった。せめて、ザラと連絡が取れていたら違ったんだろうか。

 

「王子はどうか、気にせずにお休みください。こちらはこちらで、警護だけは万全にしておきますので」

「そうか、ご苦労。祭事は明日からだが、そう難しいものではない。護衛上、傍を離れられないとはいえ、そう固くならないでもいいぞ。――では、またな」

 

 オサナ王子を見送った後、私は私で思考を回す。懸念を放置して、行き当たりばったりで対応するのは私の好みじゃないのでね。

 

 別段、祭事の内容を問題視しているわけじゃないんだけど。――いや、ある意味では危惧していると言ってもいいのか。

 ともかく誰ぞが不穏な企みを計画していて、オサナ王子を巻き込もうとしているなら、彼が帰国した今を狙わない理由はない。最悪の事態に備えるのも、私の仕事だろう。

 相手がどこの誰であれ、私は王子の身辺を守る義務があるのだ。そう思えば、なおさらに気が引き締まる思いだった。

 

「仮にオサナ王子を害するとして。……王城までの街道で襲わないなら、次はどこを狙う? 相手の狙いは政治的な物か、単なる怨恨か? いずれにせよ、考えるべきことは多そうですね」

 

 日程を見直さねばならない。祭事を取りやめることは難しくても、やり方は変えようがあるはず。オサナ王子は、説いてわからぬ人ではない。安全の為だと言えば、聞き分けよう。

 我ながら心配が過ぎると思わぬでもないが、本能が危険を喚起しているのであれば、無視も出来ぬ。

 襲撃者が機会をうかがっているとして、帰国の途という、わかりやすい状況を見逃す理由があるとすれば――それは何か。

 こちらの情報が洩れていて、最適の時期を見越して態勢を整えている、という答えがまず思いつく。

 そこまではいかずとも、敵はこちらの弱みを探っていて、隙を見せれば襲い掛かってくると想定するのが無難だろうか。行きではなく、帰りの気のゆるみを狙うというのも、アリと言えばアリな線だ。

 

 ともあれ、本日は警備が密な首都の、さらに厳重な王城にオサナ王子はいるのだ。私などが気を回さずとも、流石に今宵に敵が動くとは思われなかった。

 

「明日以降の警戒は、さらに強めねばなりませんね。私の進言で変えられる範囲で済むなら、ありがたいのですが」

 

 祭事は十数日にわたって続けられる。この語に及んでは、細かな工程に至るまで、私の目で確認せずには居れぬ。

 この眼が黒いうちは、如何なる狼藉も許しはしないのだと、そう決意を新たにしながら、私は今回の仕事に向き合うのです。

 

 ――さて、肝心の祭事の日程と、その内容に関して。

 

 まずソクオチの祭事って、どんなの? って思ってたけど、そこまで大層な行事でもないっぽいね。

 やることを単純に言ったら、各地を回りつつその土地の獣を狩ったり、焼き畑に参加するだけ。それをもったいぶって形式を整えるから、祭事になる訳だね。焼き畑って辺り、クロノワークの炎上祭に通じるものがある。

 ソクオチだと毎年じゃなくて、数年おきに行われているって辺りが大きな違いだろうか。似てるには似てるので、どこかで文化が混じり合った歴史があったとしても、可笑しいとは思わないけど。

 あるいは昔、直系の王族がソクオチ各地を巡行して、地方領主の監視を行う風習でもあったのかもしれない。その名目として行っていたことが、いつの間にか祭事として扱われるようになったとか、ありそうではある。

 

 ただ、これを現在の情勢でやる場合、ただの祭では終わらせられない。ソクオチはクロノワーク・ゼニアルゼ同盟の実質的な属国になった。それからすぐに行われる祭事に、政治的な色合いがないなんて、それこそありえない話だった。

 

 シルビア王女は、ソクオチ内で大規模な粛清は行わなかった。ゼニアルゼでは、隠すことなく大っぴらにやらかしたというのに、である。

 それどころか、オサナ王子の扱いは寛大で、立場を尊重して一時帰国まで許している。

 敗戦後もソクオチの王族は取り潰されることなく、既得権益にしがみつく層だって、有用なうちは容易に切り捨てない――という。これはその政治的アピールとして行われるものだと、よくよく考えれば気付くだろう。

 実際に、正当な王位継承者たるオサナ王子が、他国の護衛付きで祭事をやるわけで。この意図をくみ取れない馬鹿は、貴族なんてやれてないと思うんですね。

 

 更に思考を展開すると――これでソクオチ内が盤石になっちゃうと、クロノワーク・ゼニアルゼ同盟が西方世界で追随を許さない、一強の勢力になりそうな感じがある。

 ほどほどにソクオチが荒れていてくれた方が、周辺各国にとっては都合がいい。強国の足を引っ張る属国があれば、いざという時に譲歩を迫れるかもしれないからね。

 少なくとも、その可能性があるってだけでも安心感が段違いだ。だから他国の連中が、今回の祭事は失敗してほしい、と思っても不思議はない。

 

 ――私が何かしら、不穏な気配を感じたのはその点かもしれない。今さらソクオチで暴動とか反乱祭りが起こったところで、クロノワークの国境が抜けるわけもなし。私の身内には被害が出ない問題だから、楽観的にとらえてもいいんだけど。

 

 ……シルビア王女は、かなり困ってしまうね。交易を売り物にしている彼女からすれば、ソクオチの治安が悪化して交通が滞れば、その影響は捨て置けないものになるはず。

 ソクオチ領だけが交易の恩恵を受けられないとなると、シルビア王女の威光にも陰りが出る。その仮想敵の隙を見逃すほど、周辺各国の狐狸どもは甘くはあるまい。

 なにより、彼女に対する、有効な嫌がらせになる――と思えば。敗戦を経験したソクオチ貴族にとっても無聊を慰める手段にはなるか。

 

 先の敗北によって割を食った連中が、後先考えずに何かしらやらかす可能性はある。外部からちょっかいを掛けに来る馬鹿と繋がることも、あるいはありえるか。

 そう思って、備えておくべきだろう。将来の損を飲み込んででも、恨みつらみを解消したい。そうした感情を抱えてこそ、人だと言える。これは平民も貴族も関係あるまい。

 出来る限り防ぎたいとは思うが、もし事件が起こってしまったら、論理ではなく感情の問題だから、大義名分で収まる話じゃない。

 オサナ王子にはなるべく関わらせたくないから、彼が休んでいる内に出来る手は打っておくべきかな。

 

 具体的には、まず情報収集を。『天使と小悪魔の真偽の愛』とのつながりが、ここでものを言う。もしもの時に備えて、傘下の風俗店とはあらかじめ繋ぎを取っていたからね。今宵の内に、気がかりは解消しておきたい。

 書類を送って、もしもの時は協力しましょうって話を付けるくらいなら、通常業務の合間に出来ることだし。近隣諸国にある提携先の店くらいは、把握しておくのが嗜みってものでしょう。

 ……あくまで情報収集するだけです。風俗店としての利用するつもりはありません。だからこれは浮気じゃないって、帰国したら伝えないとね。女の耳は早いから、そこは気を付けないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城にいる間は、オサナ王子の身辺に不安はない。だから私が出かけても、警備上の問題はなかった。

 そもそも私、王子の護衛隊枠じゃなくて、近侍枠だからね。ここ大事な所。要所は彼らに任せて、私は遊撃的な立場で動いていこう。

 あらかじめ人員に余裕を持たせていたことが、私の行動に幅を持たせている。……その予算がどこから出ているかと言えば、ゼニアルゼ――ひいてはシルビア王女の懐からなわけで、どうにも作為的な何かを感じます。

 

「だからといっても、今追及すべき問題ではないんですけどね」

「私がここにいる時点で、何を言ってもあのお方の陰謀につながりそうですよね。……私は怖いから、追及なんてしませんけど」

 

 事前に話を通していた、組織傘下の風俗店に足を踏み入れると――そこにはクミン嬢がいました。

 私はもう驚かないよ。私がこちらに出向くことは、出立の前から報告をあげていたことだから。

 シルビア王女が私に何かを求めているとしたら、繋ぎとしての役割は彼女に任せる。

 そして、彼女が寄こす情報はきっと、決定的でわかりやすい代物なのだろうと、容易に想像がついた。

 

「で、情報でしたか? 何を求めているかによって、値段も時間も変わります――と、本来なら申し上げるところですが、今回は特別です。つい先日、必要な情報がまとまりましたので、新鮮なまま格安――しかも即日で詳細をお渡しできますよ」

「話が早くて助かります、クミンさん。毎度求めるばかりで、お返しが出来ず心苦しいくらいですが」

 

 ちょーっと引っ掛かる物言いだけど、今は良いや。

 それはそれとして、お金を渡せばいいだろって態度は、女性に対して失礼だと思うから。何かしらの形で、クミン嬢の力になれたらいいんだけど。

 情報は重要だから、ちょっとした贈り物くらいじゃ還元出来た気になれないんだね、どうも。

 

「モリーさんから、充分なお返しはもらっていますよ。――チップは要りません。私と貴女の仲じゃないですか」

「生来の不器用者なので、お金以外でしてあげられることがないのです。お許しください」

「いえいえ、ありますとも。そうですね、例えば――」

 

 おおっと。体で払うっていうのは、ナシで。……そうやって私を篭絡して、利用しようって腹なんでしょうが、貴女の思惑には乗りませんよ。

 

「キスくらいなら、挨拶みたいなものでしょうに」

「何のギャグかと思われるでしょうが、これで身持ちは固い方なので」

 

 残念ながら、仕事中なんでね。そういうのはプライベートの時間でお願いします。

 

「いえ、納得です。――貴女は、クロノワークの不利益になることはしない。そういう意味で、身持ちは固いと思いますよ」

「ご理解していただけたのなら、何よりです。……この流れで言うのもアレですが、さっそく情報の提供をお願いします」

「はい。今回については、ちょっと前からシルビア王女の通達がありましたからね。前に盗賊のねぐらを見つけた時よりは、よっぽど楽な仕事でしたよ」

 

 敗戦を経験すると、ベッドの中でこぼす愚痴も、それっぽいものが多くなるらしい。クミン嬢の経験話を色々と聞き流しつつ、私は手渡された書類を精査し始めた。

 あらかじめ範囲を絞って調達した情報でも、その中には様々な雑音が混じる。単純に有用なもの、個々では分かりづらいがつなげると真相が見えるもの、あるいはただのフェイクなど。

 この辺りの見極めは、実際に見て判断しないことにはわからない。感覚と経験で、なんとなくわかる部分だけでも覚えて帰ろう。今回は多分、それだけで充分だ。

 

「なんか扱いが雑ですね? メイルさんやザラさんと比べて、ちょっと私への対応が悪くありませんか?」

「風俗産の情報なんて、洩れたら面倒なことになるにきまってます。持ち出し禁止の書類に向かってますので、雑談に付き合う余裕が無くてすみません」

 

 お返しできなくて済まんね、なんて言っておきながらのこの態度ですよ。我ながら度し難いとは思います。

 でも、譲れないところは譲れないし、貴女を無条件で受け入れられるほど、私の器は大きくない。

 それを恥もすれば悔しくも思うけれど、やはり人間には限界と言うものがあるのです。だから返せるものがお金しかなくっても、どうか蔑まないであげてください。

 

「シルビア王女に報告する際は、『クミンからの情報は役に立った』と申し上げておきますよ。――彼女がソクオチに来てくれたから、情報の伝達はスムーズに行われたのだと、これも合わせて伝えておきますね」

「こちらの有用性をアピールしていただける、と。しかしその言い方では、さほど役に立っているように聞こえませんが?」

「……いえいえ。私がクミンさんを尊重し、心を砕いている。そうした姿勢を見せること自体が重要なのです。少なくとも、さしたる理由なく貴女が更迭されるようなことがあれば、私はシルビア王女に対して隔意を持つでしょう。――そうした態度を取ることもまた、一つの政治的な手段なのです」

 

 彼女とてハーレムで生き残ってきた経験、手管と言うものがあるだろう。それを応用すれば、今後も生き延びる手立てはあるはずだ。なので、私は彼女の立場を補強するだけで充分と見る。

 もっとも、これくらいは今さら言うまでもないことだろう。あくまで確認の為に話しているが、まるで釈迦に説法でもしている気分だよ。

 

「結構な話ですね! あれも政治、これも政治、ですか。――書類の内容は、おおよそ掴めましたか?」

「全てが真実であると仮定するなら、値千金の情報ですね。……これらの情報の精度を確認できないのが、残念です。本来ならば、複数の情報源から検討したいところですが――」

「そこはそれ、私たちにとっても生き残りが掛かっていますから。モリーさんには、ご理解いただければ幸いです。……しかし、そこまでの内容だったんですか?」

 

 情報の調達方法については、重ねて深くは聞くまい。ともあれ、所感を求められれば答えよう。

 

「ざっと見た感じ、随分と楽しそうなことが起こりそうな雰囲気ですね。ソクオチの政情不安は予想していましたが、治安の悪化が一番ひどい。この国唯一の武力である騎士団も、盗賊狩りで明確な成果を出せていない。……ですが、今一番怪しいのは盗賊集団より、貴族階級の腐敗ですね」

 

 先の敗戦で、徹底的に人員も装備も潰された騎士団は、治安維持の能力をほぼ失っているのだろう。

 戦後に満足な補給を受けた様子がなく、武具の更新どころか兵糧の備蓄さえ満足に行われていないというのは、何かしらの作為を感じる。これでは盗賊退治にしくじっても、責めるのは酷と言うものだろう。

 すると、本来騎士団へと配分されるはずだった予算はどこに行ったか? クロノワークもゼニアルゼも、現状は賠償金の取り立てなどしていない。だから、問題は国内にあるということになるんだが――。

 

「腐敗、と言われますと? ソクオチの治安は、確かに悪くなっています。ですが、それは敗戦後の混乱から立ち直っていないだけなのでは?」

「クミンさんは、書類に目を通していないのですね。……色々と考えはありますが、まあ穏当な部分から話しましょう」

 

 ソクオチの貴族階級といっても様々だが、今は関係のある部分だけを語っておこう。

 ――領地持ちの貴族連中からの徴税が、上手くいっていない。地方からの納税が滞っているのだから、騎士団の維持すら困難になってきていると、書類からは読み取れる。

 滞っている理由は様々だが、その中で『税を配送中に盗賊に奪われた』のが一番多い。それこそ、結託してわざとやってるんじゃないか、って言いたくなるくらいに。

 ここまでの情報を抜いてこられる辺り、『天使と小悪魔の真偽の愛』という組織の闇の深さも感じ取れる。あらかじめこの手の情報を書類にまとめて、この私に渡してくる辺り、シルビア王女の思惑も察しが付くじゃあないか。

 おそらく、この機会に一度派手に爆発させて、私にその後始末をしてほしいんだろう。期待が重くて恐縮してしまうよ、まったく。

 

「腐敗した連中と、盗賊連中が結託する理由がある、といえば深刻さが伝わるでしょうか」

「どこが穏当なんでしょう。……私は聞かない方がいい話ですか? 用事はもう済ませたんですし、そろそろ帰っていただいても構いませんよ」

「それを気遣いと捉えるか、厄介払いと捉えるかで、随分と今後の対応が変わりますね? クミン嬢」

 

 弱みに付け込む形で悪いが、私はここでクミン嬢から明確に言葉を引き出したいと思っている。

 人は、自分で口にした言葉に縛られるものだ。言ったからには、その通りに行動することが求められる。

 一貫性の原理とでもいうべきものだが、実際に言ったことさえ実行できぬ手合いを信用する者はいない。なので、ここは私の方から彼女にチャンスを与えたんだって、前向きにとらえてもらってもいいんだよ?

 

「なんですか、それ。――ああ、こちらの主体性のお話ですか。積極的に関わる気がないのなら、ハーレムに加えてやらないぞ、と。もしかして脅迫されてますか? 私」

「まさか、まさか。単なる軽口です。……貴女には感謝しています。それは本当、ですから」

 

 クミン嬢の存在が、私の精神を楽にしてくれたのは確かだ。私はともかく、彼女を使い捨てる理由など、シルビア王女にはないはず。

 あの方は、クミン嬢に被害が及ぶような手筋は取るまい。そう考えれば、ここで与えられた情報の精度は相応に高いと見ていいだろう。

 

「紐付きであることの利点ですね。私に利用価値があるように、貴女にも利用価値がある。――シルビア王女がそう判断している内は、私たちは安全です。ですから、安心していいんですよ?」

「……女性を口説く言葉ではないですね」

「今はお仕事中なので。甘い言葉が欲しければ、また今度に」

 

 真面目な話、シルビア王女が私に求めていることは、全て情報の中に含まれている。これを理解して、期待されたような行動ができなければ、彼女は私の価値をその程度のものと考えるだろう。

 今後を見据えれば、それは上手い展開ではない。シルビア王女の手から遠ざかるには、まだ早いのだ。

 ――ここに指針は定まった。行動するには、流石に独断とはいかぬ。オサナ王子へ話を通さずばなるまい。

 

「では、モリーさん。今度は皆さんと話を詰めてから参りましょう。……その時は、逃げないでくださいね」

「諸々のことは、帰国後にでも。――なんか怖いので、お手柔らかにお願いします。いや、本気で」

 

 終わった後のこと等、今から考えても始まらない。そうは思っても、帰国後のアレコレについて、頭を悩ませずにはいられないのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソクオチに帰ってからと言うもの、オサナ王子の心中は複雑な感覚で一杯だった。自室で寝っ転がっていると、色々なことを考えさせられる。

 例えば、久方ぶりの自分のベッドの感触。自国の人々が自分をどんな目で見ていたか、どんな感情を己に向けていたか。想像すればするほど、頭の中が混乱するようだった。

 

「――なんでだろうな」

 

 意味もなく、つぶやいた。自分は本当にここにいていいのか、いるべきなのか。ソクオチの正当な王族であり、王位継承者である己が、祖国においてそのような疑問を持つ。

 根拠のない感覚に過ぎない、といえばそれまでだが。仮にでもそう感じてしまった理由が、オサナ王子にはわからない。

 祖国に懐かしさは感じる。愛着もある。王族として、将来はこの国を導かねばならないとも思う。

 だが、帰ってきた己を歓迎する者は、皆どこかしら偽りの気配を漂わせていた。

 兵も使用人たちも、『よくぞお帰りなさいました、王子』という。だが、笑顔の中に別の感情があることを、この聡い子供は気づいていたのだ。

 

「……敗北者の子。お飾りの王子、か。陰口を聞いてみれば、なんてことはないじゃないか」

 

 確かに、ソクオチは敗戦国なのだ。王族として、オサナ王子にはこれを受け止める義務がある。

 適当な悪口など聞き流せばよい。力を持たない己の立場を省みれば、彼らが嘆きたくなる気持ちも、確かにわかるから。

 口先だけなら、不満のはけ口くらいにはなってやってもいい。――そう思うことが出来たのは、モリーの教育の賜物であったろう。

 

『君、君たらざれば、臣、臣たらず――という言葉が、東方にはございます。君主が君主らしい仕事をしていなければ、臣下だって臣下らしいことはしてあげません。ご恩と奉公の関係、と呼んでもいいですね』

 

 君臣の関係は、明確な上下が定まっている。だが人間は感情の生物であり、建前をそのまま実行するとは限らない。

 嫌な上司には対策を練るし、好ましい上司には忖度もする。そして上に立つ資格すら持たない子供に対しては、表面だけを取り繕えばいいだろう――なんて考えたりするのだ。

 

「モリー先生は、本当に先生だよ。現実を叩きつけて、厳しさで折れそうになっても。僕を鍛え上げて、立ち向かう力を与えてくれる。――僕に恩師と言うものがあるとするなら、それはモリー先生以外には、いないだろうな」

 

 いますぐに、オサナ王子を王位につけることは出来ない。成人しなければ、戴冠式は行えない。

 だが祭事に参加して、国民たちにソクオチの王族は健在であるのだと。我が国の未来は、決して暗いものではないのだと、アピールすることは出来る。

 この主張に説得力を持たせるには、オサナ王子の行動こそが必要であった。それを現時点で可能にしたのは、まさにモリーの力添えがあったからだと、当人は意識している。

 そうでなければ、師と認めたりはせぬ。王族の誇りと言うものは、決して軽いものではないのだ。

 

「僕に出来ることは、どれだけあるのか。そして、するべきでないことは、なにか。子供ながらに、考えていかないとな」

 

 実権のない王子だから、周りに流されるのは仕方がないにしても――。

 それでも自主性は尊重される立場であるし、やけになって暴れるほど現状の扱いは悪くない。

 

「モリー先生は、少し出てくると言っていたが。……何かしら、情報を集めてくれているのかな。明日にでも、その辺りを聞いてみよう」

 

 信頼できる師の存在は、確実にオサナ王子の精神を救っていたといえる。自分で考えられるだけの学識と、精神的な余裕。何より、貴種としての使命感の自覚。それをもたらしてくれた相手が誰なのか、彼は確実に理解していた。

 そして同時に、これは結果的にソクオチの未来を救済したとさえ、言えなくもないのだった。

 

 先に結論から述べるなら、オサナ王子が間近に迫る試練を切り抜けるには、モリーの存在が不可欠であった。

 そして、彼がこんなにも早くに試練を与えられ、これに立ち向かえたのは、モリーの教えが前提として存在する。

 

 モリーが国家間の政治において、カギとなる人物にまで躍り出た。単なる特殊部隊の副隊長であったはずの彼女が、そこまでの影響力を発揮しつつある。

 単純な個人で居られる時間も、そう残されていないのだと。それを自他共に周知されるまでには、さらに今少しの時間が必要であった――。

 

 




 というわけで、ソクオチ動乱編です。
 割とサクッと終わらせる予定なので、次話で収まってくれると良いのですが。

 この物語は100%、ノリと勢いで出来ています。出来具合にばらつきが出るのは、そういう作風でないと続けられない私の落ち度と言うものでしょう。

 次回作ではちょっとは改善させたいなあ、なんて思いながら、執筆を続けています。


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