ソクオチのお話は次話で解決と行きたいところですが、実際に書いているとあれもこれもと、どんどん長引くことも在りますので。
それでも来年の内には完結させて、次回作に移りたいと、本気で思って執筆を続けています。
なお、33歳独身女騎士隊長。 の書籍版第二巻も一月十二日に発売予定ですので、よろしければそちらもご確認ください。
ソクオチの祭事の初日は、首都の神殿で王族が趣旨を述べるところから始まる。
演説内容は、ソクオチの成り立ちと、王族の誇りについて。その国民たちに語り掛け、ソクオチの民であることの自覚をうながす内容になっている。
獣を狩るにも焼き畑を行うにも、人出は必要なので、祭事には一般の国民たちも参加するのが通例だ。
彼らへの協力を仰ぐ以上、王族が直々に声を掛けるというのも、一種の政治的なアピール行為である。代々続く祭事には、それ相応の手間と建前が必要になるというわけですね。
「この短い期間で帰国できたこと。その為に尽力した人々に、まずは感謝したい。我が国の祭事を延期させず、この大変な時期に行えたのは、多くの人たちがソクオチの為に働いてくれたからだ」
もっとも、今回は伝統を上からなぞるだけではない。上から目線の傲慢な内容にならないよう、演説の原稿はシルビア王女家臣団の検閲と修正が入っています。前世紀から受け継いできたような、言い回しが古くて表現が硬い文章なんて、王子がしゃべっても滑稽に聞こえるだけだ。
だから、年相応でも聞き手を思いやる様な、共感と寛容を強調するようなお話になっているんだね。――貴族の機嫌を取るよりも、庶民の人気取りをした方が、今は利益になるという判断かな。
「僕は、祖国の伝統と文化を守らねばならない。伝統と文化こそが、我が国の民と貴族を結ぶ、共通の価値観だと思うからだ。……僕は、それを維持する義務を負う王族であることを、これからも自覚し続けることを誓おう。まだまだ未熟で、至らぬ身であるが――少しでも、良い未来を創っていきたいと思っている。この度の祭事は、その第一歩だ。この場にいる者たちにも、改めて感謝の意を述べたい。皆が今もソクオチの民であってくれて、嬉しい。……ありがとう。そして、出来るなら今後とも、お互いに支え合って生きていこう」
現代日本人的な価値観からすれば、割と陳腐な内容ではあったけれど。オサナ王子が直々に読み聞かせれば、案外悪くないようにも聞こえるから不思議なものだ。
通り一遍の拍手の音も、案外本気で叩いている者がいるかもしれない。だとすれば、ソクオチの未来も捨てたものではないと思えるのだが、さて。
……ともあれ、言うべきことは言った。オサナ王子の話が終わると、集った者たちが隊列を組んで動き出す。
「――僕からは以上だ。さあ、出立するぞ」
神殿を出れば、目的地までまっすぐに駆けるのみだ。幸いにというべきか、徒歩で向かうものは誰もいない。今回の祭事は、最初から最後まで、騎兵と馬車が全てを賄うことになっている。
費用も掛かるし大仰に過ぎるが、ゼニアルゼの支援が大きいので、ソクオチ側としても文句はなかった。そして私としても、機動力を確保できたことは喜ばしいと思う。
首都を出れば、オサナ王子に付き従うのは、まず護衛隊。そして私を含めた近侍達と、祭事の実務やら実働に必要な人手たちになる。これは現地でも集めるので、最初から最後まで付き合わせる人員はそこまで多くなかった。
実際、大人数を付き従えて国内を巡行するとなると、時間が掛かって仕方がないだろうと思う。
予算だけは潤沢だったから、馬車と騎兵をぜいたくに使えたのは僥倖と言うものだろう。そうでもなければ、十数日と言う日程で祭事を終わらせるのは難しい、という事情もある。
祭事とは言うものの、実際には王族の巡行である。この点、長年行われている祭事なのだから、警備上の観点からもきちんと検討されている。
巡行ルートは整備が行き届いている街道を使うし、騎兵と馬車であれば、賊に襲われても逃げやすい。
祭事への参加は、騎士にとっても平民にとっても名誉だとされる。報酬も相応だから、参加者の士気は高かった。相手が何者であれ、襲われても戦わずして投降する、ということもあるまい。
もっとも、それだけにかかる費用は膨大だと言える。そのため、ソクオチではこの予算を工面するのに数年をかけていた訳だが――。もしかしたら、ゼニアルゼからの出資によって、この期間が短くなる可能性もある。
ソクオチの内情が安定すれば、この手の祭事は規模を大きくして、一種の公共事業にしてしまうのも面白いか。そうすれば、国民への人気取りの手段としては有用だろう。
――まあ、それは未来の話。今現在、首都を出立した私たちは、近場から順次国内を巡ることになる。
今回の祭事は敗戦の後ということもあって、規模としてはそこまで大きくない。狩猟と焼き畑の行事も、一か所のみ。
それ以外の場所は、おおよそ巡行するだけで、ほぼ素通りすることになっている。場所によっては会見や会食もあるが、多くはないし規模も小さい。
寂しい限りだが、内容よりも祭事をやったという事実の方が重要だろうから、文句をつけることもあるまい。王子を迎える方も、色々と厳しいご時世だからね。
祭事においては、王族を歓待するにも格式が必要になる。それを用意できるところと言えば、流石に限られよう。
――で、この『限られる』っていう部分が今、問題だったりする。つまり、敗戦を経験し、徴税が滞っている中で、なお潤沢な財源を持ちうる土地。そこの領主たる貴族の存在が、まさにソクオチという国体を脅かしている。
単純に豊かな土地を抑えているだけでなく、単独の武力をも備えている封建領主が、主君に対して忠誠を誓い続けてくれるかどうか――なんて。
答えはもうわかりきっている。盗賊と結託している証拠は手元にないが、叛意に近い何かを持っているのだろう。何かしらの思惑が無ければ、盗賊など利用しようとは思うまい。
盗賊を討伐する余裕が、ソクオチの中央には存在しないこと。先の敗戦によって、シルビア王女にケチを付けたい連中がいることを想定するなら、現状はあまりにも不穏と言える。
この状況で祭事をつつがなく終えられるなら、ソクオチの政体はいまだ強固であるとアピールも出来たんだろうけども。
今になって怪しい雰囲気が漂ってくるのだから、ソクオチは厄介な土地だ。いっそ、敗戦の際に思いっきり抵抗してくれていれば、今になって問題視することもなかったというのに。
直前まで大人しくしておきながら、この段階で反抗を考えるなんて。シルビア王女には抗し切れなくとも、オサナ王子には従いたくないとでもいうのか。あるいはオサナ王子の現状にこそ、不満があるのか――。
いずれにせよソクオチの内部、それも重大な地位を占める地方貴族が、何かしらの企みを持っているのは疑いない。
「……と、おおよそ適当に現状を語りました。ご感想を聞きたいですね? オサナ王子」
「何かしらの懸念があることはわかった。しかし、地方貴族へ疑いを向ける理由としては、まだ弱いと僕は見る」
当たり前のように馬車に同乗し、オサナ王子と向かい合って話す。
語ったのは、私の偏見交じりの半端な真実。もう少し言いようもあったのだが、この手の汚い話に対して、彼がどう感じるかが興味深かった。
疑わしきは罰せず。それが法の基本だと思えば、確かに『背くかもしれぬ』という理由で処断なんてできない。そんなものやらかしたら、国力が低下する上に汚名まで背負って、末代まで馬鹿にされるんだからね。私は詳しいんだ。
――もっとも、某所で仕入れてきた情報の中に、証拠につながりそうな話があったとしたらどうだろう。探りを入れる理由としては、充分ではあるまいか。
「断定できるだけの情報があればよろしいとおっしゃる。決定的な証拠はこれから集めるつもりですが、疑いが深まることはあっても、消えることはないと思いますよ」
「……地方貴族の叛意が真実であれば、これから訪ねる先は狼の口も同然だな。祭事の最中は、いつ襲われても可笑しくないってことになる。正直、何かの勘違いであってほしいよ」
「まあ、情報源がいささかアレな所はあります。信頼できない、という意味ではなく、ある種の信頼だけは充分にあるから悩ましいのです」
店の中で見た資料は、持ち出して証拠とするには難しい。『天使と小悪魔の真偽の愛』という組織は、この手の情報を握りつつも、大っぴらに公表せずに秘しているから一目置かれているのだ。
だから大義名分は、今から確保せねばならない。突貫工事にもほどがあるが、情報も状況も整っている。私一人の労力でも、そこそこの結果は出せよう。
単なる護衛とか近侍とか、性に合わないと思っていた所なんで。特殊部隊員としての力量が求められる仕事は、こちとら大歓迎ですよ。
「色々と申し上げましたが、現段階で断定するのは早計だ、とのお気持ちもわかります。なので、現地で私が直々に調べましょう。そこで集めた情報を吟味しつつ、改めて対応を考えればいいではありませんか」
「今から? 間に合うのか?」
「――絶対確実に、との保証は出来ませんが。ちょっとした伝手で、探るべき場所は辺りを付けています。巡行ルートをかんがみるに、そこまで無理のない範囲だと考えます」
地方貴族に、王子が領地に入った途端に事を起こす、という気概はないと見る。そこまで果断なら、シルビア王女からの情報も、軍事色の強いものになっていたはず。
私兵どもの調練、軍需物資の動き、社交界での振る舞いなどをかんがみるに、その地方貴族は拙速よりは巧遅を選ぶのではないか。
こればかりは勘働きだが、まだ時間はあると思う。そうだと信じるならば、後は行動あるのみだ。
「僕の邪魔をしようってわけじゃない。僕が知るべきことを調べてきてくれる。これは、そういう話か?」
「はい。首尾よく地方貴族を処断できる名分を持ってきたら、ためらわない様に。叛意が本物ならば、相手は貴方にとって明確な政敵です。これを打倒すれば、王子としてハクが付くことでしょう」
私以外の近侍連中だって、シルビア王女の息が掛かっている。なので、私が独断的に動いても妨害なんかはされないはずだ。
……よからぬことを吹き込むには、いいタイミングだともいえる。疑いも信用も、半端であればあるほど確かめたくなるもの。私の提案は、オサナ王子にとっては渡りに船だったろう。
「悪くない手だ。名分を口実にして家探しでもやって、言い訳のしようもない証拠が出れば、正しく不穏分子だな。処断できれば、どれだけ良い気分になれることか――なんて。そんな返答を期待していたか?」
「――さて。許可をいただけたなら、こちらとしても大義名分が出来ます。……シルビア王女ならば、これを奇貨として、誰はばかることなくソクオチへの支配を深めるでしょう。それが良い事か悪い事かは、すぐに判断できぬことです」
ソクオチの威信が地に落ちている今、得られるものはさして多くない。とはいえオサナ王子が粛清を容認してくれるのなら、どれだけこの地で血を流そうとも、それは彼自身の責任となる。
結果的に栄誉を得るか、汚名を得るかはわからない。彼が流されるままの存在なら、押し付けられた結果を受け入れるほか、手段はなかっただろう。
「わかっているんだぞ。ソクオチには頼りない騎士団が残るばかりだ。仮に不穏分子どもをまとめて処断するつもりなら――他国の軍を頼るほかない。そうしたら他国に依存するようになって、いずれクロノワーク辺りに併呑されるようになるんだ」
違うか? とオサナ王子は、いたずらっぽく子供らしい笑顔で答える。違わない、と私は応えた。
これがいまだ未熟で、さしたる権限も持たぬ王子の身分で出来る、最大限の抵抗だったろう。虚勢であれ、そんな風に胸を張れるだけでも立派だと思う。
「では、何があっても、絶対に他国の軍には頼らないと?」
「出来ればしたくはないって感じかな。――頼る場合は、肝心な部分だけは己の力で勝ち取る。その準備を整えねばなるまい。たとえば、反乱がおきたとして、増援を他国に求めたとしても。……その首魁、あるいは根拠地だけは僕の手で押さえる。それくらいの結果は出してやろうと思うよ」
そうであればこそ、ソクオチの影響力、存在感をアピールできる。交渉の余地が生まれると、オサナ王子は言った。
実際そこまで上手く事が運ぶかは疑問だが、やるべきこと、目指すべきことは理解しているわけだ。
この彼の態度に狡猾さを見た私は、教育の成果が早くも出たな――と、呆れ気味に口を開く。
「敵に学ぶ、というのも。ほどほどにした方が良いかもしれませんね。いささか悲観的ですが、在り得ることです。シルビア王女なら、場合によってはソクオチを経済的な植民地にすることを躊躇わないでしょう。……しかし、貴方自身に大きな価値を見出してくれるなら、交渉の余地は確かに残ります」
答え合わせのように、私なりの見解を述べる。一を聞いて十を知る生徒に、私などができることなど、さほどないように思えた。
「シルビア王女は、十代の頃から武名を轟かせた。今では政治的にも苛烈な手腕を発揮している。僕は、あの人よりずっと若いが――前例に習うには、まず模倣から始めるのが一般的だろう? なら態度と考え方くらいは、あの人らしく振る舞ってみようと思うさ」
シルビア王女の資料が役に立ったらしい。実際、彼女の功績は大したものであるし、言行録を学んで模倣するならば――今のオサナ王子の読みは正しく見える。
だが彼女は英雄だ。凡人が、英雄を完全に模倣することは出来ない。私としては、彼女の悪い部分まで真似してほしくはないんですよね。武断的な姿勢は、一度でも失敗すれば人心が離れてしまうから。
――しかしオサナ王子とて、凡庸な器とも言い切れぬ。見どころがあるのは確かであるし、成長すればどこまで伸びるのか、まだまだ見定めるには時間が足りない。
すべては結果だ。結果さえよければ、支持する声も高まるだろう。今回の件が、その一助になればいいと、私は本心から思う。
「そうだ。ついでに思ったことを言うと、この祭事のスケジュールはいささか急ぎ過ぎるように感じる。もう少し、ゆっくりと時間を掛けてはいけないのか? ……僕もせっかく祖国に帰って来たのだから、もっと国民たちと顔を合わせて、語り合える機会も作りたい。それに、モリー先生も情報を集める時間は、余裕を持っておきたいだろ?」
「……ええ、まあ、確かに。警備上の問題がありますが、そこは護衛隊に頑張ってもらえればよろしいでしょう。時間をかけた分だけ、費用もかさみますが――今さら五日や十日伸びたところで、費用の増加など誤差の範囲とも言えます」
「では、問題ないのか?」
オサナ王子としては、自分なりに出来ることをしたい、という気持ちがあるのだろう。ソクオチの王族として、己の存在感を主張したく思うのも、無理なからぬことだが――。
「おおよそは。……しかし、私の都合が含まれるとはいえ、オサナ王子が言い出したことです。護衛隊や近侍連中と話をつけて、段取りの変更について納得させるのは、貴方の仕事になりますよ? 今になって変更するからには、参加する者たちを納得させねばなりません。先触れを出して、巡行する領地への言伝も必要です。――彼らに如何に声を掛け、如何に報いるのか。ここまで考えて、実行できるなら大したものですが」
「……難しいのは、わかったよ。考えておく。僕の一声で皆が即座に納得して、簡単に変更できればいいのにな」
「残念ながら、王子には気楽な生き方はさせてあげられません。ただの傀儡で居たくないのなら、まずは手順を踏むこと、相手の事情を思いやることを、考えるようになさいませ」
まあ、無理矢理理由をつけて、ごり押しする手もなくはない。諸々の事情をかんがみて、『必要になったとき』に教えてあげるとしよう。
ともあれ、問題が起こるまでは祭事の工程を進めねばならぬ。そうしてこそ、オサナ王子は政治的な基盤を得られるのだ。
政(まつりごと)と呼び、祭りと言う。まさに祭事は政治そのもの。
そして王政国家においては、儀式をつかさどり、主宰する王族こそが、国を統治する正当な権利を有する。これをオサナ王子は正確に理解していた。
「なあ、モリー先生は、僕の味方だと思って良いんだろう?」
「――はい。貴方がクロノワークの庇護下にあるうちは、我が国の利益となる範囲内に限り、味方として力になりましょう」
ここは無条件に肯定すべき場面ではなく、正直に己の職務を述べるべき場面だ。
オサナ王子はまだ子供だが、際限のない信頼を相手を抱くほど、幼くはない。互いの線引きは理解していると、そう思っての答えだった。
「そうか。なら、今のうちに扱き使わせてもらうぞ。とりあえずは、僕の護衛を。それ以上のことも求めるかもしれないが、状況に応じて相談するとしようか」
オサナ王子は、私の発言を当たり前のように受け入れてくれた。私の正直さを、美点だとさえ評価してくれているかもしれない。
――もちろん、そう答えてくれるだろうと、私は予測していた。彼の教育に費やした時間はさほどではないが、意図的に都合のいい思想を吹き込んだところはある。これはこれで急成長の代償と考えれば、安いものじゃないかね。
「では、そのように。――さっそくですが、提案があります。状況がキナ臭いのは間違いがないので、情報を集めたいと申し上げました。その為に必要なことを、貴方に求めます」
「聞こう」
まあ、アレだね。少年の多感な時期に、私のような危険人物に教育を任せるべきではないよ。
次世代はもう少し、教師の選定に慎重になってほしい。こうして利用されることが、今後もないとは言い切れないから。
……いささか皮肉めいているが、私はそこまであくどいことをするつもりはないんでセーフセーフ。
「馬を一頭。それから私の自由行動を許可してください。個人としての裁量権が欲しいのです。――具体的には、独断でどのような動きをしても、罪に問われない権限ですね。それを、オサナ王子の名義で許可をいただきたいのです」
「……それは、僕の為の行動であると。そう判断してもいいんだろうな?」
「もちろんです。今のオサナ王子は、クロノワークの庇護下にあります。これを守るのは、クロノワーク騎士の義務と言って良いでしょう」
なので、不安は杞憂であると私は主張した。これが本当に妥当であるかどうか、正確な判断はオサナ王子には出来ない。
なぜなら、彼が持つ情報などたかが知れており、判断基準となる材料が少なすぎるからだ。よって、彼の信頼を勝ち得ている時点で、こちら側の勝利は確定していたと言える。
「確定でそうなるとは限りませんが、あるいは剣を振るうような事態になるかもしれません。――むやみに武力を行使したくはありませんが、そうなった時に言い訳が出来るよう、事前に許可を取っておきたいのですね」
「正当な形であれば、誰も文句は言うまい。そこまでいう以上、かなりグレーな範囲になりかねないんだな? ……それは少し困るぞ」
「わかります。――しかし、ここで何も動かずに放置すれば、それこそ後々大事になりかねません」
「ソクオチの国体が危うくなるほどの、大きな気配があると? まだ疑惑の段階のはずだ。強引な手段を使うほどのことかよ」
「……こればかりは、信じていただくしかありません。状況が状況ですから、書面を整える時間すらに惜しいというのが本音ですね。なので、せめて言質をいただきたく思います」
それはそれとして、オサナ王子とて無条件に了承するわけもない。いくらかの詭弁を要するが――それはつまり、説きさえすれば許可は得られると言うことだ。
「即答は難しいな。……穏便にできないのか?」
「できないかもしれません。ゆえに、貴方の許可を得て行動している、という保証が必要なのです。王子がもし、私の不在について何かしら聞かれた時は、『王子の個人的な用事で、色々と動いてもらっている』と答えてください。――詳細については、はぐらかす感じで」
「何かあったら僕の責任になるぞ、その言い方。もう少し、どうにかならんか?」
「では、『国元の任務で動いているから、詳しくは知らない』という感じで。私はソクオチ出身ではなく、外様の近侍ですから。多少は勝手に動いていたとしても、不思議には思われないでしょう」
私の任務はオサナ王子の近侍を務めることで、細かい指令は特に受けていない。
私は『最善を尽くそうとしている』だけなので、これもまた任務の内である――と強弁できないこともないと思う。
「うーん。……それなら、いいか。この言い方なら、シルビア王女から指令を受けていると、周囲も勝手に誤解してくれるかもしれん。だが僕の口から裁量権を与える、ということはしたくないな」
「ならば黙認、という形でお願いします。……貴方は何も知らなかった。私はやむを得ず事後報告をした。結果が良ければ、罪と功を相殺させ、咎めはしない。いかがでしょう」
二言三言、余計に付け加えれば、彼を説き伏せるのは容易かった。ここで真面目に検討しているあたり、本気でこちらの立場をおもんぱかってくれてるんだろう。
「わかった。口頭で悪いが、モリー先生に自由を許そう。ソクオチ国内において、僕が貴女の行動を制限することはない。――ただし、僕がかばえる範囲にも限度があると、わきまえてくれよ」
「ありがたく。……信頼に値するだけの成果を、必ず挙げてきますとも。今のところ、警備上の不安はありませんし、私が単独行動しても危険はないでしょう。ええ」
都合の良すぎる発言は、かえって不安になるよ。誘導したのは私だけど、もう少し突っ込まれることも覚悟していたのに。
今回はこちらに都合のいい展開だから、あえて指摘したりはしないけれども。オサナ王子からの信頼が痛いです。
「――許可は頂きましたし、そろそろ私は出ます。落ち着いたら、また話をしましょう」
「祭事の目的地までは、まだ遠いが。馬車の足を止めないなら、結構急ぎの仕事になる。きつくはないか?」
「つく前に、やるべきことがあるのです。馬車よりは、単騎で馬を駆った方が早い。時間は有効に活用しなくては。……ええ、貴方の決断を、最大限に利用するためにも」
「そうか、では行け。祭事の開始までには戻れよ」
「はい、抜かりなく。では」
オサナ王子は主家の人間ではないから、多少アコギな真似をしても、不義理とまでは非難されまいが。
――彼の無邪気な信頼を、私は全面的に支持してあげられない。そのことが、どうにも心にしこりを残していた。
私がオサナ王子の傍を離れるのは、彼の警護に不安がないから――という保安上の理由よりも、『彼の目から離れる』という理由の方が大きい。
私の個人的感情とか、精神衛生上の問題で、あの子にはあんまり感づかれたくないと思うしね。
――ともあれ、まず確認するべきは、地方貴族と盗賊どもとのつながりですね。
件の店で情報を取り寄せた時、すでに疑ってはいたけれど、現地で調べるのが一番確実だ。被害者たちに聞き込みをしてもいいが、さらに手っ取り早い手段が一つある。
盗賊と結託している馬鹿どもから、直接証拠を分捕ってくることだ。もともと連中の居所に関しては、資料の中で目星がつけられていた。情報源の精度を確認するうえでも、こちらを探るのが一番だろう。
特殊部隊の任務としても、潜入からの物品強奪は、かなり難度が高い部類だ。ここで万が一落ち度のない相手を責めてしまえば、私個人の政治生命もそこで終わる。
失敗は許されない、と己を叱咤しつつも。実際には保険もかけているから、そこまで必死とも言えないか。
何しろ情報源がシルビア王女傘下の組織であり、オサナ王子からも言質は取りつけている。非難されても言い逃れようと思えば出来るわけで、これくらいは武略の内だろう――なんて姑息に考えていたりもします。
逃げ道を考えてしまうのは、所帯を持とうとしているからだって、明確に自覚もしているよ。
……まあまあ、そんな風にちょいちょい出ていって調べてるんですけど。
ソクオチの盗賊も貴族も、たるんでるんですかね。危機感を感じないレベルで警備がガバガバなんですが。
盗賊どもの方は、最近になって他国からドバドバ流入しているから。規模が大きくなった分、緩くなる部分はどうしても出てくるんだろうと理解はできるけどね。
盗賊どもの寝床は、場所さえ知っていれば入り込むのは訳もなかった。いつかの時のように、殲滅してゆっくり漁ることも考えたけれど――王子の教育に悪いので、濃い血の匂いをさせて帰るのも望ましくない。
なので、今回は完全に隠密行動。……完全に無血とはいかなかったけど、滞在中は完璧に隠ぺいできたし、行き帰りに一日かからなかったので良しとしよう。
……さて、そもそもの話。私はソクオチで一波乱起きると確信しているわけだが、盗賊たちだって、事が済めば都合よく処分されることを恐れる。
今日までご苦労様でした。お役目は終わったので、罪をひっかぶって始末されてください――なんて展開は、教育のない盗賊だって予想するものだ。
だから、何かしら貴族側の弱みを保管しているはずだって読んでいたんだけど、予想は的中。頭目の寝床にあった書類には、確かに貴族と盗賊のつながりを示すものがあった。
急ぎの仕事だったから、どうなることかと思っていたけど、上手くいってなにより。拠点が狭い洞窟内とかじゃなくて、ちょっと街道から外れただけの廃村だったから、侵入も脱出もどうにかなりました。
具体的な書類の内容は、『徴税の馬車を襲撃して、税金を山分けする』という文言で始まっている。貴族側の利益はあんまりないように思えるが、盗賊に分配された金が領内で使われるなら、結局は税金分は全額自分のところで循環するわけだからね。
中央に分捕られるよりかは、地方の得になる訳だ。今のソクオチに隔意を抱いてるなら、嫌がらせにもなって溜飲も下がるというもの。
書類の書式も、正式な外部への依頼書として、不足ないものだ。こうやって書面に残させることで、盗賊どもは貴族側の弱みを握っている、と思い込む。
そして貴族側は、『正規の花押を押していない書類』を渡すことで、これは捏造されたもので証拠能力はない――と主張できるわけだね。
姑息と言えばそれまでだが、書式がどんなに整っていても、公式の印が入っていない書類は、偽造の疑いが付きまとう。
盗賊側は弱点を握っているつもりで、実際には弱みにすらならない紙切れを持たされている訳だね。盗賊稼業も、生き残るには学が必要な時代になったんだなって。これを見ると思うよ。
まあ、証拠能力の有無は、この際問題じゃない。尋問の小道具として使えれば、それでいいんだから。
花押の印がなくったって、存在するだけで怪しいだろこんなもん。裁判は無理でも、個人的に面談しにいく理由にはなるわ。オサナ王子だって、お話するくらいなら問題視はするまいよ。
――で、貴族屋敷は流石に忍び込むのが面倒だったんで、風俗店に出入りするところを狙いました。そもそもの情報源からして、こっちの方面に隙があることはわかってたので。
容疑者貴族の秘書官が、お忍びでやってきたところを確保。ちょっとそこら辺の廃屋を借りて、お話させていただきます。こういうの、貴族本人だけじゃなくって周囲もずぶずぶに加担していることが多いからね。
盗賊宅から確保してきた書類を見せると、結構動揺してくれたので、そこからはノリと勢いで押し切ります。
証拠能力がないと分かっていても、実際に前振りなしで目の前に突き付けられると『何でここにこんなものが』って思って、驚きもすれば焦ったりもするものだからね。
で、口を割らせました。秘書官が根性のない小物でよかった。もちろん、こいつは不穏分子の一味でしかないんだけど、引き出した証言をかんがみるに、それなりの格があったみたいだ。
秘書官としては、盗賊がらみの騒動に一口噛んだのは、ちょっとした出来心だったらしい。今ならソクオチ政府の目を逃れて私腹を肥やせる、ってね。悪いことを考えてるのは、上司の貴族だって言いたいみたい。
反乱より横領の方が刑が軽いからって、明らかに嘘ついてますね。事が成功したら、加担した見返りにそこそこの利権を主張するつもりだったろ?
風俗嬢への口が軽いと、肝心な所で嘘がバレたりするんだから大変だ。来世では気に留めておくんだね。
嫌? 助かりたい? なら嘘なんて吐かずに全部本気で答えるんだよ早くしろよ。
……とりあえず、尋問を続けまして。廃屋にあった桶に水を張って、息止めチャレンジする内に色々なものを吐いてくれたので、事後は普通に開放しました。
上司の貴族の思惑について知る限りと、どれだけ怪しい書類を決裁したのか、部下にどんな命令をしたのかとか――聞けば聞くほど頭が痛くなりました。
調子こいて嘘ついてるんじゃないかって疑いたくもなるが、裏取りは後でいいかな。
この時点でも、オサナ王子には伏せずに話さねばなるまい。面倒な話になるが、彼のこと。最後まで聞いて、正しく理解すれば、私の判断を非難はするまい。
――こいつの発言が真実であれば、祭事の最中に『お客さん』がやってくる。今はその対策だけ、立てておけばいいか。
さしたる傷もつけてないし、私も顔は隠していたから、こちらの正体はすぐにはつかめないだろう。
あえて温い方法で聞き出したから、深刻な危機感までは覚えていないはず。秘書官程度の地位なら、事を隠してやり過ごすこともできる――なんて、楽観的に考えてくれるかもしれない。
根性のない手合いは、脳みそまで平和ボケしていることがままある。ぜひ、事が終わるまでそうして夢に浸っていていただきたいね。
こうしてあれやこれやと動きつつも、なんとか祭事までにオサナ王子の元に戻ってきました。
調査を終えて帰ってきて、彼に報告する段になると、やはり私としては複雑な気持ちを隠しきれなかった。
「おおよその情報を集め終わったので、色々と話しておきたいと思っているのですが。――しかし、何とも。うーむ、悩ましいですね、これは」
「……悩むようなことなのか? ヘマはやらかしてないだろうな、本当に」
今回の潜入自体は、祭事とか巡行の歓迎の合間とかで済ませられるくらい、近場で済んじゃったんだけど。
……事前提供された情報とルートを考えるに、最初からおぜん立ては全部出来ていたんじゃないかなって思いたくなる。薄々そんな気はしてたんだけど、もう確信に近いよ。
オサナ王子を祭事に参加させるのは、政治的なアピールが目的で、ソクオチの安定化が目的だったはずだ。
地方貴族の叛意は、シルビア王女にとっても不本意なもので。祭事が無事に終わることを願っているのだと、私は心のどこかで、そう思いたかったんだ。
しかし、実際のところは馬鹿どもに騒ぎを起こしてもらって、諸共に処分するために――。その為の起爆剤として、オサナ王子を利用したんじゃないのかって、邪推したくもなる。
こうなると、どこまでもシルビア王女の手の平か。オサナ王子が対抗心を抱いたところで、空しいんじゃないかって気にもなろうさ。
「私は失敗してませんので、心配しなくていいですよ。……とりあえず、こちらの首尾は上々です。なので、まずはご報告を」
手の平で転がされてる感はあるけど、それはそれとして、仕事としては完璧にやったと思う。
敵の無能さに助けられた部分もあるから、あんまり自慢も出来ないがね。ともあれ、私が必要だと思う情報は、ここで開示する。
あらかじめ資料としてまとめているから、一通り目を通していただきました。解説はそれからということで。
「盗賊側からの情報と、秘書官の発言を聞くに、もう疑いだけでは済まんか。とうとう、狼の口に飛び込む覚悟を決めねばなるまい。地方貴族の反乱に関しては、もう明確に備えるべき段階に入ったと見よう」
秘書官の上司たる貴族、要は祭事を行う地を収めている地方領主なんだけど。
彼がどこまで本気かはわからないにしても、祭事の為にやってきたオサナ王子を『確保』すべく動いていることは、証言が取れた。
盗賊とのつながりは、予備戦力として当てにするため。領地の外では盗賊でも、内部では傭兵として扱き使う算段であったという。
クロノワーク・ゼニアルゼが合同で国内の盗賊を狩りだしているところだから、これを避けてソクオチに流れた連中が相当数いる。これを戦力として利用されてしまうと、ひどく厄介なことになるだろう。
傭兵としての、雇用契約の書類を事前に作成しているあたり、真実味があると思う。
秘書官は盗賊どもの数までは知らないらしいが、まさか百や二百ってことはあるまい。千を越えているとは、思いたくないが。
――で、使うだけ使って戦力が目減りしたら、報酬代わりに濡れ衣を与えて処分する、と。いやはや結構な陰謀家じゃないかね、地方貴族。
「私からの情報は、疑わないのですね?」
「モリー先生は、僕の為に動いてくれているんだ。今さらだろ。……突貫で集めて来た情報とはいえ、これらは充分に価値があるように思える。しかし、これから物証を確保するのは難しいんじゃないか?」
「祭事を中止し、事をおおやけにして、相手を盛大に非難するつもりであれば、なるほど。確かに物証は必要でしょう。――しかし、今回は貴方の危機感をあおるための証拠だけあればよい、と私は考えます」
今から祭事を中断するには、関係各所を納得させるだけの物証が必要になる。しかし現段階では疑いこそ濃いものの、証拠能力のある物証は得られていない。
下手に動いてこちらの思惑を知られれば、不穏分子たる地方貴族も、今から証拠の隠ぺいに走るだろう。そうなれば、罪に問うなど無理筋になる。
こうなれば、敵に危機感を与えたまま、雌伏の時を与えるだけ。次の機会には、さらに厄介な問題を引っ提げてくるんだ。
ならば今のうちに火を起こさせて、この場で収める方法を取るのが一番面倒がない。
「今の僕らで収められるならば。それが可能なら、僕としても否とは言わんが――」
「故の危機感です。今、事を起こされれば我々が戦力的にも地理的にも不利です。なにしろ、祭事の間は敵側の腹の中ですからね。……しかし、あらゆる手段を惜しまないのであれば、勝算はあると考えます」
ここから反撃する手を、すでに私は考えていた。飛び回って得られた情報から、敵の分析は済んでいる。
かなり綱渡りだが、これを乗り越えられずしてオサナ王子の飛躍は在り得ない。彼の地位向上は、私の未来に大きな影響を及ぼすだろうから、今のうちに出来ることはしてあげたいのですね。
王子を失って、全てがご破算になる可能性もある。それを避けるために、今から逃亡する手もあるのだろうが――ここで安全を求めすぎるのも、いい手とは思えなかった。
「極端な手段を求める辺り、相手を裁判に引きずり出す手段は使えないと、そう白状しているようにも聞こえるな。……血を見ずに収められるなら、僕の面子くらいならいくらでも捨ててやれるぞ」
「面子を捨てると言うことは、誇りも捨てると言うことです。戦いを前にして、抵抗さえ見せずに尻をまくる。シルビア王女は、こうした行為を嫌います。――本当に勝ち筋がないなら逃亡もアリですが、今回はそうではない」
安全を重視して、祭事を中止して逃げる、という手段を私はあえて捨てた。その安全策は、シルビア王女が求めるものではないとわかってしまうから。
あの人ならば、かの武名の誉れ高い王女ならば、むしろ危機の中に好機を見る。私程度の才覚でも、今から勝つ手段は見いだせたのだ。――これを後から指摘されれば、あの人は私とオサナ王子をどう見るだろう。
「……勝ち筋はある、と考えている訳だ。本当だろうな?」
「はい。というか、シルビア王女には勝ち筋が最初から見えていたのかもしれません。たぶん、オサナ王子が求めなくとも、私は人員に加えられていたでしょうね。……あまりにも、私がこの場にいることが前提の条件がそろっている。高く評価されるのは嬉しいですが、あんまりギリギリの線を求められるのも、しんどくて仕方がないですね、まったく」
消極策を取って逃げた場合、かのお方はソクオチを見限るだろう。オサナ王子を政略の道具として、その人物を省みることなどなくなる。ただのお飾りとしての人生を、本当に送らされてしまうのではないか。
私自身が、臆病者と蔑まれるのは耐えられる。だがオサナ王子を『すくたれ者』にしてはならぬ。
祖国の危機に立ち向かうのではなく、ただ逃げる。そうした手段を取ったという経験が、未熟な王子のどのような悪影響を残してしまうのか。……私は、これを恐れた。
「オサナ王子、貴方が本当に戦いたくない、逃げたい、というのであれば私もそうします。ですがその結果、貴方の価値が暴落することは御承知いただきたい。ここで敗北しても価値が落ちるのは確かですが、ここで『戦わないこと』がシルビア王女からどう映るか、よく考えていただきたいのです」
「僕が求めたのは――穏便な解決策であって、逃亡手段じゃない。僕は別に、逃げるためにはどうしたらいいか、なんて聞いてないぞ」
「では、オサナ王子は、戦うことを選ばれるのですね」
「……血を見ずにはすまぬというなら、腹をくくって立ち向かう気持ちは、一応持っているつもりだ。同じ国の民を犠牲にすることも、苦渋の思いで受け入れる。――それが国の未来の為ならば、戦いを選ぶのが王という者だろう?」
「そうですね。――まさに、貴方は将来のソクオチ王なのですから」
『己なら出来た』と理不尽を突き付けて、省みない傲慢さがシルビア王女にはあるように思えた。
それが、私にとっては不快に過ぎ――オサナ王子にとって、致命的な物となりうる。そうと思えば、ギリギリまで抵抗するのが筋ではないか。それが、自分なりの義理の果たし方であるとも感じるのだ。
「……今となっては、愚痴になるが。シルビア王女とて、大人しく領地を管理してくれているなら、現状維持を認めるだろうに。この地の貴族も、馬鹿なことを考えてくれたもんだ」
「オサナ王子を祭事に派遣したのは、安易な粛清をせずにまっとうに収めていく、という意思表示ではあったのでしょう。確かに、シルビア王女は寛容な姿勢を見せました。粛清を控えて賠償金の請求もしなかったのは、あの方が安定を求めているからだと考えられます」
「何が問題なんだ、それで」
「地方貴族にとっての問題は、態度で示すだけで明言しなかったことです。『ソクオチ貴族の地位は安泰である』――との声明を出せば、シルビア王女は自分の言葉に縛られる。そうすれば地方貴族とて、叛意を抱くことはなかったでしょう。……ありえない話ですが」
対話は重要だ。特にオサナ王子が、自らを納得させるために、まだ言葉が必要であるというならば。――私は、どこまでも付き合ってあげたいと思う。
繰り言と言えば繰り言だが、ここで話をやめては、彼の心にしこりを残す。ならば、これに応えるのが師のあるべき姿だろう。
「なぜか――とは、聞くまい。そんなソクオチ貴族にだけ都合のいい話があってたまるか。僕らは、負けたんだ。勝者が敗者に媚びることはない。敗者が敗者としての自覚と義務を忘れるなら、シルビア王女は勝者として厳しくこれを打ち砕くだろう。……それが道理であると、僕も思う」
祭事を無事に済ませて、現状維持を許す。初期の初期は、あのお方とてそのつもりで企画していたかもしれない。
だが、ソクオチ貴族の厄介さに早期に気付いてしまったため、こちら側にかじを切ることになった――と。そう考えれば、納得は容易だった。
「まあ、こちらにも非がないとは言いません。軍事的にも政治的にも、シルビア王女には実績があり過ぎて、言動には常に陰謀が疑われてしまう。これは何の布石か、見過ごして良いものか、今のうちに行動すべきではないか――? そうして疑惑を招き、軽挙を起こさせる。悪い意味でのカリスマには、満ち溢れているお方です」
現にこうして、急場を利用する策を実行できている。その事実そのものが、シルビア王女に黒いうわさを付きまとわせていて、悪名の源泉ともなっているんだ。
ある意味では、私もそれに加担しているともいえるのか。……あの方と共犯者になるとか、遠慮したいんですけどね。
「……あの方の不徳が、ソクオチを狂わせてしまったと見ても、過言ではないかもしれませんね。有能すぎる悪党が王女をやっている、そうした表現がぴったりなお方ですから。気まぐれの善意を信じるには、ソクオチの環境が悪すぎたとも言えるかもしれませんが」
「過言だろう。過言でなくては困る。悪辣な面が印象的だが、シルビア王女は基本的に理性的な方だ。あの方は故のない処罰などなされぬ方であるはず――」
この手の悪名は、今に始まった話じゃない。今回のソクオチ貴族の暴発だって、その悪名の影響が皆無とは言えないだろう。
実態が悪名から乖離していても、周囲が悪名の方を信じるなら同じことだ。オサナ王子のように、理性的なシルビア王女を信じる者はソクオチにはいなかった。悲しむべきである。
「誰も彼もが、貴方ほど理性的ではない。経験も権限もない王子が、どんなソクオチ貴族よりも冷静に現実を見ている、というのは。……果たして、救いなのか皮肉なのか。難しい所ですね」
「どうでもいい。そんなことより、まだわからないことがある。僕を確保したところで、ソクオチの何が変わる? 誰が得をする? 平地に乱を起こすだけじゃないのか? 腐ったとしても、代々ソクオチに仕えてきた地方貴族だぞ。……なりふり構わず反抗するには、疑念と恐怖以外にも相応の理由がいるはずだ」
オサナ王子は疑惑的だ。シルビア王女に対するスタンスの違いもあるが、代々ソクオチに仕えた貴族が、短絡的な理由で害をなしに来るなど、信じがたいという。
せめて、自分が納得できるだけの理由があってほしいのだと、そうした願望が見て取れた。
まあ実際、予想できることは他にもある。ここで言葉を惜しんでは、彼とて納得はしてくれないだろう。
「まだ、言うべきことはあるんだろう? 決定的な証拠、あるいは論理。いずれかをモリー先生は持ち合わせている。違うか?」
「はい。その代々仕えた、という歴史。あるいは忠義の表し方も、人それぞれにある。忠義などと言う概念よりも、己の利害こそが全てという者もいる。……その中には、オサナ王子にはとても受け入れられない類の者も、当然あると言うことです」
忠義という、形而上の概念は目に見えない。人の思い込み次第で、いくらでも変容する。特に地方の貴族たちは、戦わずして負けたという事実をどこまで受け入れているのだろう。
先制攻撃したソクオチ側が、返り討ちにされただけならばまだしも。短期間に首都を落とされ、敗北を認めさせられる。そんな情けない結果を招いた王族たちに、忠義以外の感情を抱いても不思議はない。
私がソクオチで騒乱を巻き起こす場合でも、こうした人々の感情を利用するだろう。
「非業の死を遂げた前王の遺児を、一刻も早く祖国にお迎えするべきだと、そういう意識を持つ貴族は、それなりにいるわけです。要するに前王の直系の男子であるオサナ王子は、ソクオチ国内で養育されるのが望ましい。――そのためならば、多少の荒事は許容される。伝統と文化を守るというのは、こう言うことなのだと主張するのです。半端な忠義者たちは、こうした論理で動いていることでしょう。……今のソクオチが抱える弱点の中で、これが一番わかりやすい部分だと思いますよ」
実際クロノワークやゼニアルゼにいると、どんなことを吹き込まれるかわかったものではないから、心配されても仕方がないと思う。私とか私とかシルビア王女とか、不安要素には事欠かない。
「誰がそんなことを言いまわってるんだ」
「風俗店の中で、そこそこの連中が似たような愚痴をこぼしていたそうで。……実際に重要なのは、将来の王が他国に移されて、ソクオチ貴族には周囲に侍る機会さえないことですね。王子はまだわからないかもしれませんが、王位継承者には派閥が出来るものなのです」
将来、オサナ王子に取り入る余地がなくなると思えば、貴族どもは結構焦るものらしい。……だからって、間に何らかのアクションも挟まずに武装蜂起とか、短絡的にもほどがあるけれど。
「だから、僕を誘拐するって? そんな強硬手段を取れば、クロノワークとゼニアルゼの面子が潰れる。報復を考えれば、賢明な手ではないってわかるだろうに」
「賢明とは言えないかもしれませんが、祭事が行われる今が最大の好機であるのも、また事実。……それに王子の身柄さえきっちり抑えていれば、なあなあで済ませる可能性もなくはないです。シルビア王女は、損切りを躊躇う人ではありません。リスクとリターンを秤にかけて、状況次第ではソクオチの早期独立も、一応は考慮することでしょう」
本当に、なくはない、っていう程度の希望的観測ではあるけれど。少なくとも当座は安全を買えるっていう確信が、あちらさんにはあるんだろう。
領地で養っている私兵と、流入した盗賊どもという予備戦力。あとは外国とのつながりがあれば、立ち回り次第でワンチャンくらいはあると私は見る。
この場合は早期独立という手段で、体面だけは取り繕う形になるかな。これでどれだけの期間、政権が維持できるかどうかまでは、私にはわからないが――いずれにせよ、オサナ王子を政略の道具に使うのは間違いない。
そしてシルビア王女がいくら報復に熱心でも、彼まで害す理由はなかろう。最悪でも彼さえ残れば、ソクオチには復興の目が残る。その保険があると思っているから、地方貴族どもはこんな軽挙ができるんだろうよ。……胸糞悪い。
「損切り、か。僕を養育して恩を売る策を捨て、ソクオチを除いた世界秩序を構築するって話か?」
「あくまでも、貴方を掌から取りこぼす、という失態を犯してしまった場合の話です。この場合は対応が果てしなく面倒なことになるので、シルビア王女とて対応が後手に回ってしまうこと、間違いありません。……ソクオチの不穏な状況が長引くと、交易にも支障が出てきますからね。状況次第ですが、早めの損切りは手段の一つです」
シルビア王女自身、どう転んだって打つ手はあるだろう。それだけの余裕がゼニアルゼにはある。ゆえに、ソクオチが不幸なことになっても、それはそれと割り切ってくれると思う。
当面はオサナ王子を誘拐させたままで、犯人たちを泳がせるくらいのことはする。だから、ここで私たちがどこまで踏ん張れるかか重要だ。
「そうだ、可笑しいだろ。熟慮すれば、今回の祭事は無難に済ませるのがソクオチの為だってわかるはずだ。僕と対面で、本気で語り合えば、説き伏せることも不可能では――」
「外患をお忘れですよ、オサナ王子。地方貴族とて、周辺各国との付き合いがないわけではない。そして外野の彼らは、近場に強国が出来てほしくないはずです。……ゼニアルゼが、シルビア王女が直接的な害になる訳ではなくとも、超大国がすぐ傍にあると思えば、安心できない」
「……シルビア王女の悪名以上に、外からそそのかす奴らが原因か?」
「証拠はありません。なので、これまではあえて追求しませんでしたが――。私が他国の外交官とか、相応の地位の貴族であれば、もののついでにそれっぽい話を流して、『あわよくば』とソクオチの叛意を煽るくらいはするでしょう。それが、国際情勢と言うものです」
くどいようだが、シルビア王女は油断ならない奸物なので、地方貴族が危機感を持つのは仕方ないと思う。まして、上手にそそのかす手合いが近くに居るとしたら、なおさら抵抗は難しい。
ソクオチは敗戦を経験した。屈辱を舐めさせられた。自業自得だとか、当然の帰結だとか、客観的な意見はこの際お呼びではない。重要なのは、当人がどう思うかだ。
なにより『生き残るためにはこうするしかない』――って、そう思い込んでしまえば。簡単な妥協は敗北と捉えて、たやすくは退けなくなる。密かに支援してくれる外国の同志なんかがいれば、余計な欲もでてくるだろう。
「馬鹿だろ、そいつら」
「蔑むのは御勝手に。――当人たちは、必死なのです。戦後の混乱に巻き込まれて、諸事に忙殺されている領地持ちは特に。上から下まで、この短期間に冷静さを取り戻すのは、難題だったのかもしれません」
だから、私は彼らを責めない。色々と短絡的な行動も、まあ同情する。それはそれとして、粛々と対応し、相応の報いを食らわせてやりたいとは思うがね。
犬と言われようが畜生と呼ばれようが、勝つことを求めるのが武士と言うものだ。だから私は、クロノワークの利益の為にこう言おう。
「不穏な動きがあれば、私に全てを任せてくださいますね?」
「……わからぬ。諸外国は、ソクオチ貴族をそそのかして、我が国を混乱させて、僕を育ててくれた国民たちを不幸にして、何を得るというんだ。強国ができてほしくない? そんな曖昧な目標で血を流させたところで、連中に利益があるわけじゃないだろう」
明確な国名を出せるほど、証拠は出てきていない。だから諸外国、なんて曖昧な言い方になるが、争いを起こす狙いそのものは単純な物だ。
「あえて言うならば、時間を得るために。シルビア王女による支配に抵抗する時を稼ぐために、ソクオチを傷物にしたいのです」
「――その心は」
「ソクオチで内戦が起こる。そこで血が流れ、統治にも苦労する。……それは結局のところ、勝者の敗北を意味します。ソクオチを面倒な土地にして、クロノワーク・ゼニアルゼの足を引っ張らせる。属国にした意味がないくらいに、荒れた土地にしてしまえば、シルビア王女も骨折り損のくたびれ儲け。その才も陰ったと、こき下ろすことも出来ましょう」
「こき下ろして、名声を落とせば、シルビア王女の影響力も薄れる。薄れた分だけ、他の連中の発言力は大きくなる。……それだけの。たったそれだけの、理由なのか」
「他国人からすれば、ソクオチの民、貴族、いずれの血も利用価値しか認めません。流れた分だけ既得権益が守られるなら、この程度の陰謀は片手間にやってくるものです」
ゼニアルゼの西方の盟主化も、誰もが望んでるってわけではないからね。むしろ、既存の枠組みの中でやってきた連中からすれば、ご勘弁願いたいことだろう。
だから、可能な限り先延ばしにしたい。できれば彼女の寿命が来るまで――と考えれば、ソクオチなどいくら犠牲にしたってかまわないと思うはずだ。
――まあ、証拠のない予想に過ぎないわけだから、まったくその通りってことはないだろうけど。そこまで的外れってわけでもないはずだ。
「させるかよ。僕がいる限り、ソクオチは健在だ。……わかった。そういうことなら、改めて頼む。僕の為ではなく、ソクオチの民の為に願う」
「はい。お聞きしましょう」
「良いように、してくれ。僕の責任において、出来る限りのことはする。だから、ソクオチを混乱から救ってはくれないか。具体的には、この祭事が終わるまで、最大限の配慮を求める」
「承りました。――私なりの解釈で、ソクオチの為に働かせていただきます」
オサナ王子から決定的な言葉を引きずり出したところで、私の仕事はキリが良い所まで来たと判断する。
後は消化試合だ。一つ一つ、問題を片していこうじゃないかね。
「とりあえず、祭事の最中に何かしら面倒が起きるかもしれませんが、あまり気に病まぬように。初手を切り抜ければ、かなりマシになるはずです」
「……僕はどうしたらいい? 出来ることはないか?」
「しいて言うならば、何も知らない態度で居てください。私が良いようにしますので、後は流れで。適度に檄を飛ばしてくれれば、こっちで合わせますよ。……思うように、言いたいことを言いたいように、大声で口に出してくれればいい。それだけです」
オサナ王子には口だけを出させて、手出しはさせない。――今回は、私の差配で動いていただきます。
具体的な行動に出るのは、あちらに先制させてから。大義名分は、一応あった方がいい。
実際に、やられたからやり返すっていう論法は、多くの人を納得させるものだからね。
「わかった。……それで、いつまで待てばいい?」
「祭事が終わるまでは、余計なことは考えなさらぬように。とにかくオサナ王子は、心構えだけを強く持っていてください。……貴方はソクオチ最後の王族、正当な王位継承者なのです」
それだけは自覚するようにと、重ねて申し上げました。これで私が期待していることを、いくらかでも伝えられただろう。
「死んだ指揮官は、それまでがどんなに良くても悪い指揮官だ。国家の指導者は、最後の最後まで死んではならない。その力の拠り所を握りしめて、しぶとく戦い続ける気概を持たねばならない――か」
「私の授業内の言葉を、覚えてくださっているのですね。……ええ。気長に、根気強く立ち向かう気持ちを持つことです。貴方にしか、出来ないことなのですから」
前王には他に子供が居らず、兄弟は女だけで皆嫁いで久しい。誰もが認める王位継承者は、オサナ王子しかいない、というのが現実である。
まさにそうであればこそ、オサナ王子が狙われるのだともいえるが――才覚があるのも痛し痒しと言ったところか。
……私の手の届く範囲にある限り、その才能を守りたい。そう願えばこそ、手も汚そう。
オサナ王子は、これから雄飛するであろう鳳の雛だ。願望が入っていることは否定しないが、そうならないと断言することもまた、できないはずだ――。
次回作については、『ブリガンダイン ルーナジア戦記』と決めています。
学生時代、PSの『ブリガンダイン グランドエディション』をプレイして、二次創作まで手を付けていたものですから(どこにも投稿せずに終わったけれど)、制作発表があったときは驚いたものです。
PS4に移植されたので、これを機会にやってみると色々と妄想が捗ってくるわけですね。
グスタファ神聖帝国こそ至高。シン・ゾアール!
……ともあれ、ソクオチ動乱編は次の話まで続きます。
来月末まで、しばしお待ちください。