24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 クッソ長くなった上に話がとっ散らかっている気がしますが、ノリと勢いに任せた結果がこれだよ!

 次の話は、もっとわかりやすい内容にしたいと思います。

 内容自体は、すごく重くなるかもしれませんが、それはそれということで。



暴君と名君は紙一重というお話

 モリーです。ソクオチでの祭事をどうにかこうにか終わらせて、帰国の途に就くことが出来ました。

 オサナ王子にとっては、ソクオチから再度離れることに思うところはあるだろうけど、これも政治であると理解してくれよう。祭事のための一時帰国だって、最初から分かっていたことだからね。

 ……問題は、ですね、オサナ王子がシルビア王女に会いたがったことなんだ。

 

「僕の方は、祭事の後に予定はない。クロノワークに戻れば、また平穏な日々を過ごすことになる。それが悪いとは言わないが、大事の後だ。……いくらかでも懸念を解消しておきたいと思うのは、当然のことだと思うが」

「懸念、とおっしゃいますと?」

「シルビア王女とて、ソクオチの国体を維持したい気持ちは僕と同じだと思う。だが、今回の騒動であの方の認識も変わったかもしれない。……僕がどれだけ頑張ったとしても、彼女がそれを評価してくれる人かどうか、僕にはわからない」

 

 シルビア王女って、割と誤解されやすいタイプなのかなって個人的には思う。私は情報を得て考察できる身分にあるから、あの方が求めていることも解る。公言するようなことじゃないから、オサナ王子にもあえて詳細を伝えようとは思わないが。

 とにかく敵には容赦なく、対外的には実利を優先する人ではあるけど――メイルさんとの付き合いを聞く限り、情を介さぬお方ではないし、身内に対しては親身にもなってくれるはずなんだ。

 

「そこまで心配するほどのことではないでしょうが、そうですね。単純に、オサナ王子とシルビア王女が話し合うのは悪くないと思います。わだかまりを今から解消しておけば、将来よりよい連携が望めるかもしれません」

「まあ、それもシルビア王女が僕に興味を持ってくれればの話だ。会談を受けてくれるかどうかは、申請してみないことには何ともな」

「――受けます、絶対。これに関しては、理屈よりも感覚と言うか、勢いみたいなものです。曲がりなりにも、臣下の暴走を押さえつけて見せた貴方は、シルビア王女と対する資格がある。私は、そう思いますよ」

 

 オサナ王子には『ソクオチ支配の正当性』くらいの利用価値しか、シルビア王女は認めてなかったはずだ。

 極端な話、生きているだけの置物であったとしても、彼女は許容しただろう。それが、案外使える駒になりそうだと知れば、ともかく顔くらいは見てやろうって思う。あの方の思考をたどれば、そこまでは確実だと断言できる。

 

「祭事のアレコレを言っているなら、僕は最後の一押しをやっただけだ。そこまで大したことはやってないぞ」

「好意的に解釈するなら、最後に一押しするだけで、貴方は望み通りの結果を得た。周囲を上手く働かせる才能がある、と見ることが出来ます」

「……うーむ、僕に興味を持ってくれるなら、悪いことではないか。虚名も使いようだってことだろ?」

「まさに。その辺りは、実際に対話して判断されることです。オサナ王子は、深く考えずに接していいと思いますよ。――どう転んでも、貴方自身が損をすることはないと思いますから」

 

 シルビア王女は、力や才に対しては、とても真摯に認める態度を取ってきている。だから、これから身内になるであろうオサナ王子に対して、そこまで無体なことはしないと思うんだよね。

 文章や風聞ではない、本物のシルビア王女と出会って、どこまで影響されるのか。なかなか興味深い話だった、彼が個人的に会いたいっていうなら、私は支持する。

 もちろん、形式は整えねばならないから、その点は気をつけねばなるまいが――。

 

「私のような騎士身分であれば、シルビア王女との面会もかえってやりやすいのですが。……オサナ王子は、クロノワークが預かっているソクオチの王族です。貴方がゼニアルゼを公式に訪問し、その事実上の支配者であるシルビア王女に会うとなれば、面倒な手続きがいくつも必要になりまして――」

「手続きが必要なら、僕も骨を折ろう。根回しや書類の作成など、わからないことは多いが、教えてくれれば手足くらいは動かすさ」

 

 その辺りは帰ってから打ち合わせをする、ということで収まったんだけど。オサナ王子が、シルビア王女との面会を求めたのは、結果的にいいタイミングになった。

 

 帰国してから聞いた話では、シルビア王女の夫たるゼニアルゼの王子様が、この時期に正式に王位を継承したのだ。

 以後は、シルビア王女ではなく『妃殿下』と呼ぶことになる。あの方がついに王妃になったんだなーって思うと、何やら妙な気分になります。言い方が変わっただけで、実際には何も変化してないんだろうけど。

 

 戴冠式への対応としては、駐在していた外交官が出席して義理を果たした様子。

 クロノワーク側としては、シルビア妃殿下の夫を軽視しているわけでは決してない。王と王妃の連名で祝いの報は入れているから、不仲と言う訳でもないんだろう。

 しかし、これでシルビア妃殿下が無事出産されたら、その時はクロノワーク王なり王妃なり、格の高い人物が見舞いに訪れることは間違いないわけで。

 対応の違いを鑑みるに――ゼニアルゼの実質的な支配者は、王ではなく妃殿下であると、誰も彼もが理解しているらしい。

 

「それで、僕の申請は通ったのか? 大事なのはそこだぞ」

「問題なく通りました。今なら、戴冠式の後のお祝いムードで、色々とゴリ押せる雰囲気があります。あわただしくなりますが、数日中には馬車を出せるでしょう」

 

 大事なのは、クロノワークがソクオチの王位継承者を預かっており、その当人がゼニアルゼの支配者に会談を申し込んでいるという事実だ。

 オサナ王子の申請が通ったのは、私が書類の作成を手伝ったのもあるが――。時期的にゼニアルゼに伺いを立てる相手として、彼の立場は都合が良かったわけだね。

 

「『庇護』している他国の王子を、他国に『嫁がせた』王女の元へ、ご機嫌伺いに向かわせる。クロノワークの外交的視野から見れば、将来的な連携の為の布石。そう捉えることが出来るでしょう」

 

 その音頭を取るのがシルビア妃殿下ではなく、クロノワークであると示すのに、オサナ王子の申し出は渡りに船だったと言える。

 妃殿下はまだ実家を自分のものだと考えておられるが、実家には実家の意向があるんだってわかってほしい頃合いだ。貴女の御両親は、別段無能な人ではないんだよ。おそらくは、妹殿もね。

 

「わかっていたが、先生はあくまでクロノワークの騎士なのだな。他家に嫁いだシルビア……妃殿下に、媚びを売る気はないと」

「まだまだ王女気分が抜けない御様子ですから、付け入る隙はありますよ。オサナ王子がおねだりしたら、案外素直に聞き入れてくれるかもしれませんね?」

「……僕だけじゃなくて、先生も来るんだぞ。わかっていると思うが」

 

 ええ、まあ、はい。申請の書類を手伝ったときに察しましたが、一応ここまで突っ込まないであげました。

 付き添いに私を選ぶ辺り、クロノワーク内でのオサナ王子の立場について、色々とお察しされてしまいそうですね。でも、拒否するのも後味が悪いわけで。

 

「望まれるなら、そのように致しますが。――王子が相対するのは、まちがいなく西方で随一の君主です。余裕を持つのはよろしいが、ゆめゆめ油断などなさらぬように」

「言われるまでもない。格上であることは認めているし、業績も見事だ。それは認めるが――僕はそれゆえに、あの方の本心が知りたいし、僕の気持ちを理解してもらいたいとも思う」

 

 オサナ王子が一人で立ち向かうには、難しい相手なのも確か。私の助力が必要とされるなら、応えるのも仕事の内――ではある。見守る以上のことができるかどうかは、状況次第だろうか。

 ともあれ、それならそれで、根回しをやっておかなくてはならない。最近は本来の業務から離れたことばかりしている気がするから、本来の上司に断りを入れておこう。

 

「ザラ隊長に話を通すのはもちろんですが、ついでに備えもしておきましょうか」

「何の備えだ? ゼニアルゼは敵地ではあるまい」

「国家に真の友人はない、と申します。こちらに油断があれば、妃殿下は容赦なく食らいにかかるでしょう。――ザラ隊長なら、私よりも多くの情報を得ているかもしれません。そのあたり、聞き出しておこうかと」

 

 実務的なことはもちろんだけど、私と彼女は個人的にも関係があるわけで。

 他にも色々と面倒な話をしなければ、シルビア妃殿下の前には出れないのだと説くと、オサナ王子は素直に理解を示してくれた。

 要約すれば男子の面子という奴なんで、共感を誘えば簡単にわかってくれましたよ。

 

 だから、しばらくは根回しに注力することを許してくれて――。

 こうして久々に、ザラと同じ職場に出てこられた訳ですね。ごたごた続きで、帰国しても自宅に帰れなかったのは許してください。望まれるなら、だいたい何でもしますから。

 

「なるほど、おおよその事情は理解した」

「わかってくださいますか」

「対価としては、何が適切かな。正直、自宅に監禁しておいた方が安心できる気がするんで、足かせでもつけて生活してもらおうか?」

「――監禁拘束プレイは初心者にはキッツいんで、まずは色々と慣れてからですね? できれば、またの機会にしてください」

 

 ソクオチへの付き添いで、ちょっとだけ離れてしまったけれど、貴女の傍が私の居場所だと思うのです。

 前後の事情を聞いてくれて、理解を示してくれただけでも有難い話だよ。だから特殊性癖だって、私は否定しません。否定しませんから、今はご勘弁を。

 

「それはそれとして、もう少し他にも言うべきことがあると思うが?」

「……何のことでしょう」

「お前はもう少し、察しのいい奴だと思っていたが」

「我が身の不徳を、恥じ入るほか御座いません。――貴女の前では、ただの愚かな男になってしまうのです。落ち度ばかりの私ですが、どうか、見捨てないでやってください」

「――誤魔化されんぞ。お前、何だ、アレか。私らの愛情だけでは、足らんとでもいうのか。また、無茶をしたんだろう?」

 

 出来ることを最大限にやっただけ、なんて言葉が届く状況ではなさそうだ。

 ザラ隊長としては、自分の直属の部下が、知らないところで危険を犯していたのが気に食わないのだろう。

 上司としては、面子の問題で。個人的には、おそらく感情的な意味で、私は彼女を傷つけてしまったんだ。

 

「メイル辺りは、詳細を知っても平然としてるんだろうがな。私は心配した。あれは、逃げの一手を打っても許される状況だった。

「しかし、勝ち筋がありました。事前に多くの情報が得られていた。敵にも隙があった。これを突けば、最悪でもオサナ王子は逃せる。あれはソクオチ内の風通しを良くする、最大の好機でもあったのです」

 

 私は、全力を尽くさねばならなかった。その理屈を説明しても、ザラ隊長には届くまい。ただ、やるべきことをやったのだと、それだけを主張する。

 クロノワーク騎士は、勝つために手段を選べ、とは教わらない。ただ敗北の先に幸福はない、と教導されるのだ。

 だから、私はオサナ王子に敗北を押し付けられなかった。端的に言うなら、それが全てだった。

 

「オサナ王子の為に、そこまで命を張る理由がどこにある。お前は、クロノワークの騎士なんだぞ。重ねて言うが、お前は逃げるべきだった」

 

 ザラ隊長が言う通り、逃げの一手が常識的な判断であったと思う。あそこで逃げたところで、責めるものは誰もいない。

 しかし、その結果どうなるか? 想像の翼をはためかせれば、それはオサナ王子の未来に大きな影響を及ぼしたことだろう。それも、悪い方向に。

 

「まさにクロノワークの騎士なれば、命を懸ける理由になるのです。自ら庇護する王子を、下らぬことで失うなど恥以外の何物でもありません。私たちの国は、勝者の義務をおろそかにするような、恥知らずの国であってはならないのです」

 

 勝者の義務と、私は言った。クロノワークとゼニアルゼは、ソクオチに勝利した。そして、かの国を一時的に統治する権限を得てしまった。

 そこまで手を突っ込んでおきながら、危機と知れば責任を投げ捨てる。――それは、恥だ。

 

「逃げることが恥であると? お前にそんな殊勝な考えがあったとは思えんが」

「私は結果を出したのですよ、ザラ隊長。逃げるべきであったと言われるなら、こちらもあえて言います。――我々騎士は、勝つことが本分です。勝てる相手に対して、命を惜しんで背を向けるなど、あってはならないと考えます」

 

 それが全てではないにしろ、これはこれで私の本心だった。人を愛することを知り、彼女らと生きることを決意しておきながら、私の精神は変質しなかったらしい。

 死ぬ気がしなかったから戦った、などという理屈は、死に狂いの在り方とどう違うのか。改めて考えてみると、そこまで違わないような気がしてくる。

 

「逃げることを考えるのは、やるだけやった後でも遅くはなかったのです。なので、ザラ隊長の非難は私に刺さらない。……納得できませんか?」

「納得など最初からしているさ。――私はただ、己の感情を持て余して、お前にぶつけただけだ。モリー、私にはそれすら許されないというのか?」

「いいえ、いいえ。貴女にはそれが許されます。何よりも、私が許します。……ザラ隊長に我慢を強いている現状、私の行為を非難するのも当然でしょう。言いたいことがあれば、何でも言ってくださって、構わないのですよ」

 

 だが、同時に繰り言を無駄に繰り返さない人であることも知っている。よって、私が戦いを避けなかったことについて、問い詰めるのはこれまでだった。

 ……ここまでは、難なく言い訳を通す自信があった。問題があるとすれば、ここからだ。

 

「――で、今度はオサナ王子に付き添って、またシルビア王女の元に出向くのか。政治活動に忙しそうで、なによりだよ」

「ザラ隊長? 王女ではなく妃殿下、です」

「知ってる。……私なりの皮肉だよ。本質は何も変わっていないのに、呼び方だけが変化する。奇妙なものだと思わないか?」

「妃殿下になったからと言って、劇的な何かが始まるわけではない。それを皮肉りたいのでしょうが、おそらくその予想は外れますね」

 

 私の意見に、ザラは剣呑な眼を向けた。何を知っている、と問い質したい様子で。

 こちらも、確定的な情報をつかんでいるわけではないから、邪推に近い回答になる。それでもザラには伝えておきたかったから、私は素直に答えた。

 

「ソクオチの祭事で、地方貴族がやらかした件は御存じでしょう」

「ご存じだからこそ、さっきまで問い詰めてやったんだが? 反省が足りないらしいな?」

「失礼しました。――結局のところ、あれは最初から最後までシルビア妃殿下の目論見通りだったのです。あの地方貴族の処分を持って、ソクオチの国内は交易路として完全な役割を果たすようになる。将来的には、クロノワークもこれに追従する形になるでしょう」

「お前が失敗していた場合はどうなった? それでも、シルビア妃殿下の目論見通りに進んだと思うか?」

「仔細は変わりますが、私の代わりを後日、別の人間がやるだけでしょう。状況さえ整えば、シルビア妃殿下が暇つぶしに遠征してきてもいい。……結果はおそらく、同じようなものになったでしょう」

「お前がやった方が、まだしも穏当な結果におさまる、か。それも無茶した理由の一つ、というべきかな?」

「――私も、今回の件で色々と考えさせられました。妃殿下が何を望んでいるのか、何がしたいのか、おぼろげながら見えてきた気がします」

 

 交易において、貴族領にある関所の存在は結構難しい。

 流通だけを考えるなら、関所なんて少ないほうが費用を節約できる。しかし、この関税収入で地方の財政がなりたっている部分もあるので、単純に廃止を強制するのは考え物だ。

 

 大事なのは、関所を乱立させないこと。細かく何度も取り立てるような形式にせず、関税の支払い方法を一本化して手続きを簡略化すること!

 手間が省略される分、中間搾取の余地がなくなって面倒も減る。払う側もありがたいし、負担が減れば利用者も増える。利用者が増えれば、税収も同様に増していく。

 そして取り立てた関税収入を、公正かつ明瞭に分配する環境を整えることが、もっとも重要だ。

 

 分配そのものは、シルビア妃殿下は正しく行うだろう。ソクオチ全土を実験場にし、おそらくは今後のモデルケースとして、税法の改定から始めるつもりだと私は推察している。

 人員の選別も重要だが、これはクロノワークかゼニアルゼの官僚を出向させるのが一番都合がいい。そうやってソクオチに首輪をつければ、もしもの時も安心だ。

 これでうまく運営できれば、ゼニアルゼによる東西交易が安定する。街道の整備と関税の調整が完全に噛み合えば、西も東も流通が盛んになること疑いない。

 

 結果として、やらかした地方貴族の派閥は、今の流れに反対した不穏分子として処理される。シルビア妃殿下が本気を出せば、これくらいはやるのだと、周囲は認識する。

 あの方を恐れるか、へりくだってでも利益を得たい手合いは、この流れに逆らえない。結果として、シルビア妃殿下がこの時代の交易を支配し、ひいては西方諸国の盟主たる地位も見えてくる。

 そうした未来が、私には現実的なものとして映った。この話をザラにしてみると、少しは驚いてくれるかと思ったんだけど――案外、あっさりと反論してくれた。

 

「そこまで断言するのはどうか、と思うぞ。――理論は分かった。壮大な話だが、未来の話だ。今のところ、実証するには事例が少なすぎるようにも思う。盟主なんて言葉は、口にするにはまだ早いんじゃないか?」

「……それはまあ、そうですが」

「未来の話をするなら、遠い所よりも卑近な所から始めるのが道理だ。……お前、私とどうにかなる気はあるんだよな?」

 

 その点、不安を抱かせたなら私の落ち度だ。優しく微笑み、ザラの目を見て私は言う。

 

「嫁にします。これは絶対です。式とか手続きとかは、改めて考えねばなりませんが、それくらいには真剣に考えてます」

「メイルや教官も含めてな? ……ハーレム嬢の方は、どうなるかはわからんが」

 

 ここでクミン嬢について言及するなんて、ザラの感情がわからない。嫉妬しているなら、無視すればいい。嫌っているなら、あえて触れる必要はないというのに。

 

「……クミン嬢が、何か?」

「いいや、『私』は何も? 何も知らんし、わからんよ。ただ、どこかの誰かの感情が変わったり、価値観を入れ替えたりすることは、常に起こり得る。私は、そう考えているとも」

 

 クミン嬢に、何かしらの危険が迫っているというのか? いや、それならザラの性格からして、率直に言うはず。

 この点、私にぼかすような言い方をすれば、負い目を残す。私に対しても、クミン嬢に対しても。

 そんな面倒な感情を処理する道を選ぶより、正直な感想を述べるだろう。なのに、あえて曖昧な言い方をするとなれば、理由は一つしかない。

 

「クミン嬢は、現状妃殿下の紐帯としての役割を担えていない。私への影響の小ささを考えるなら、むしろ不要と判断される可能性がある――と、そういうことですか?」

「否定はせん。あの方が本気なら、もっと重いものでお前を縛ろうとするだろうさ。……しかし、これは私の邪推だ。情報は確たるものではないし、気にしなくていいぞ」

 

 もっと重いもの、とザラは言った。妃殿下が私に重荷を背負わせるとしたら、どんなものになるだろう。思い当たるところはいくつかあるが、本命はどれか。

 

「確証はない、予測に過ぎないとおっしゃられる。……懸念事項と、これから先の見通しを考えるに――。なるほど、これは容易ならざる事態なようで」

 

 事前の準備は、万全を期さねばなるまい。オサナ王子の供をするなら、油断は消しておくことだ。

 シルビア妃殿下は悪辣な陰謀家であり、実務に優れ、人の心をつかむ天才でもある。代案は常に用意してるだろうし、自身の影響力の強さも自覚しているはず。

 想像できる限りの対策は、打っておくべきだ。邪推と呼ばれようが、その為の努力を怠ってはならない。ザラは、それを私に教えてくれているんだ。

 

「シルビア妃殿下は、オサナ王子との会談で、何を望むと思いますか?」

「あの方のことだ。何を望んでも不思議はない。……私が一番恐れるのは、お前を奪われることだ。それだけは、絶対に許容できぬことだ。相手が、あの人であっても――」

「私を本気で引き抜く用意が、出来ていると思います?」

「うまくいけば儲けもの、くらいの感覚で用意しているかもしれん。……お前は、あの方の目の届くところで、活躍しすぎた。使い勝手のいい駒を、都合よく使える場所に置きたいと思うのは、当然のことだろう?」

「私に限った話ではないと思いますが、そうですね。――やはり、備えは必要ですか」

 

 シルビア妃殿下としては、ここらでクロノワークに対し、何らかの工作を掛けたいと思うはず。

 何かしらの名目で、わが国の人材を懐に呼び込んで、足抜け出来ぬほどの利権と責任を押し付けることができれば――。妃殿下はそこからズルズルと生家を巻き込んで、ゼニアルゼの権勢を拡大する策を打つことができる。

 私がその対象に選ばれる可能性も、なくはない。……先手を打って、各所に働きかけるべきか。私は、その必要性を認めた。ザラの指摘は、それだけ大きなものであると確信する。

 

「――感謝を。ザラ隊長がそこまで警戒なさるのであれば、私も本気で抵抗します。此度の会談は、それだけ重要なものになるのでしょう?」

「さて。……話題がそれたな。とにかく、ソクオチがどうなるにしろ、交易についても、数年は未来の話になる。まずは家を収めてから、余所に意識を割くべきだと言っている」

 

 ザラにとって大事なのは、国家間の事情ではなく、私との関係なのだと言う。

 そこに愛しさを感じつつも、緊張だけは維持する。彼女も油断していい相手ではないと、男としての私が警鐘を鳴らしていた。

 

「そして意識を割くべきは、家の話ですか?」

「私は平民の出だから、さほど気にしたことはないがね。――他の奴らとの兼ね合いもあるだろ?」

「ええ、まあ。なんとなく、わからないでもありませんが」

「込み入った話になる。詳しくは、シルビア妃殿下との会見が終わってからにしよう。……その方が、色々と覚悟も決まるだろうしな」

 

 ザラは、何かしら聞かされているのだろうか? 詳しく聞きたかったが、彼女は話してくれなかった。

 すぐにわかることだからと、もったいぶるような言い方で。しかし、気にかかることを一つだけ呟いてくれた。

 

「本来なら色々と労ってやるところだが、今はお預けと言う話だ。……最近、欲求不満が溜まっている自覚もあるんだが、限界まで溜め込まないと、正直に吐き出すことも難しくてな。――なんというか、まあ、覚悟だけはしておいてくれ。メイルらを呼び出さないでやったのは、私なりの恩情だと思ってもらっていい」

 

 しかし色恋の優柔不断さは、お前に移されたのかも――なんて。流石に濡れ衣だと思うのですがそれは。

 ともかく、帰国した後に顔を合わせることがあれば、その時は話だけをして終わり、という形にはなるまい。

 行動すべき時がやってきている。この身が女であろうと、男として彼女らとの責任を果たすべき日が、すぐそこにまで来ているのだと。私は、改めて自覚するのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オサナ王子とシルビア妃殿下の会談については、とんとん拍子に話が進んで、出国まで十日もかかりませんでした。

 これはつまり、シルビア妃殿下も、オサナ王子との対談を強く望んでいることの現れとも取れる。拒むわけはないと思っていたけど、どこまで興味を引いたかは未知数だった。

 流れとしては、悪くない。オサナ王子の将来を考えれば、あの妃殿下と友誼を結べるなら、それだけで将来の布石になる。

 ついでにクロノワークにとっても、ソクオチの安定は利益につながる。オサナ王子がシルビア妃殿下の援助を受けて、国内を掌握してくれるなら、こちらとしても歓迎すべきことだ。

 

 まあ、あんまり早く話が進んだから、私の方の準備も割とギリギリになったけど許容範囲内。アレとかコレとか、今はオサナ王子には伏せておくべきことで、実際に必要になるまで口にはしません。

 将来を言うなら、私だって同性婚というハードルを越えねばならない訳で。いや、私の心は男のまんまだから、別段違和感を感じてるわけじゃなくて。

 

 ……ザラもメイルさんも、教官も。私でいいのかって、土壇場が近づけば近づくほど気にしてしまう。

 特に、私は戦場に出れば全てを度外視して勝ちに行く。その精神性は絶対変わらないものなんだって、証明してしまったからね。……変われないから、そのまま生きられるだけ生きるしかないわけでありまして。

 

 ――自ら死に近づき、命を捨てて戦う心。死に狂いの武士であることが、私の根底にある。

 私は彼女らに、いつ死んでも心を乱さぬよう、覚悟を持ってもらわねばならない。

 それも、自分から口に出して、皆に受け入れてもらうという手順を踏む必要があるだろう。ここまでやって、ようやく誠実であると思う。対等であるとは、間違っても言えないけれど。

 

 会談が終わって帰国すれば、必ずその時がやってくる。クロノワークの出国からゼニアルゼへの入国まで。そんな個人的なことばかりを考えていた。オサナ王子の付き人としての使命を、それこそ忘れそうになるほどに。

 

 それでも騎士として、公務員としての自覚を意識することで、最後の一線だけは守りつつ、ここまでこられたと思う。

 凡雑な手続きを済ませて、今まさにシルビア妃殿下との会談に臨む。オサナ王子は緊張している様子だったが、実際に席について顔を合わせると、落ち着いたように穏やかな表情を見せた。

 

「オサナ王子とは、はじめまして、になるかのう。――わらわが、シルビアである。まずは楽にせよ。会話を楽しむ余裕くらいなければ、この先持たんぞ」

 

 私も、妃殿下となってからは初めて顔を合わせる。王女時代と、何かが変わったような気はしないが――彼女の場合は、不変であるがゆえに恐ろしいとさえ思う。

 シルビア王女、あるいは妃殿下。いずれにせよ彼女の本質は、力と支配、その行使にある。

 相手が子供だからと言って、適度に手を抜いてくれるとは思えなかった。全力で潰しに来ることはあるまいが、あえて厳しく接する可能性は充分ある。

 

「こちらこそ、はじめまして。――ソクオチの王子、オサナだ。立場の違いは在れど、お互いに対等の相手として、楽しくおしゃべりしよう」

「うむうむ、いいぞ。賢い子供の虚勢と言うものは、見ていて実に可愛らしいな。……では、その立場を尊重し、オサナ殿と敬称をつけて呼ぶことにしよう」

 

 口ではオサナ王子を尊重する言い方をするが、本心がどこにあるのかは明白だ。彼女は、あくまでも背伸びした子供を愛でる感覚で、彼を見ているのだろう。

 何があろうと、シルビア妃殿下は強い統治者であり続ける。どのような相手であれ、彼女の前で我を通し続けるのは難しい。

 オサナ王子は、果たして最後まで己を保っていられるのだろうか。そして、私はどこまで力になってやれるのか。こればかりは、出たとこ勝負で臨まねばなるまい。

 

「そして、モリー。おぬしが同席するとは、多少は情でも沸いたのか? それならそれで、嬉しい誤算であったと解釈しよう」

「誤算? 本当ですか?」

 

 シルビア妃殿下の智謀は、私などでは測りきれぬ領域にある。掌で転がされてる感のある私としては、誤算とか言われても信じられない。

 私がここで何かしらの反撃をしたとしても、どうせ想定済みなんだろうって思うくらいには、私は貴女を認めているんだ。

 

「遠慮のない物言いは、そちらの方がわらわにウケがいいと理解したからか? ――何でもいいが、誤算は誤算よ。今日この時点で、オサナ王子がわらわと直接対決しようなど、予想できなかった。……おぬしが本気で肩入れしなければ、お互いにここまで出張ることはなかったであろう?」

「私はいつでも本気ですよ。こうして対面することも、そこまで可笑しなことではないでしょうに」

 

 私がオサナ王子の供をしたのは、何よりも彼が望んだからだ。立場上、私は彼の教育係でもあるのだから、別段不思議はないと思う。

 本気であることが、そこまで可笑しいのだろうか? 私が何かを答えるよりも早く、シルビア妃殿下は言葉をつづけた。

 

「まあ、それはそれとして。――オサナ王子。最初の話題は、こちらから振らせていただくが、よろしいな」

「楽しいおしゃべり、その範囲内であれば、どんな内容でも結構だ」

「まあ、話題というほどのものではないが、そちらの懸念を一つ片しておこう。……わらわに、ソクオチを見捨てる意図はない。オサナ殿は間違いなく王に即位できるし、わらわはこれを補助すると明言する。ソクオチの土地、民に対しても配慮は必要であれば、最大限に考慮してやろうではないか」

 

 それこそまさに、オサナ王子が求める言葉だった。会って早々に、この言葉を持ち出してきたのは、彼に対する思いやりと考えていいのだろうか。

 

「それは――どういう」

「さしたる意味はない。わらわは勝利した。オサナ殿は敗北した側だが、今後は勝利者の陣営に加わるのだ。これを冷遇すれば、かえって利益を損なう。なれば、むしろ厚遇するのは当たり前の成り行きであろうよ」

「そうか。……そうか、なら、僕の心配はほとんど解消されたといってもいいな」

 

 妃殿下は最初に慈悲を見せることで、オサナ王子の不安を取り去った。しかし初手でガツン、と一発やることで、こちらの思考を誘導する意図がないと、どうして言えよう。

 ソクオチを見捨てる気はなくとも、配慮を行うとしても、それが何を意味するかまでは明言していないのだ。……しかし、年若いオサナ王子にこれを見破れ、というのは酷であるかもしれない。

 

「ご厚意、ありがたく受け取ろう。……すまないが、話を続ける前に一つお願いがあるが、いいかな? この流れであれば、僕としても口にしやすいと思う」

「――聞こう。ほかならぬオサナ殿の願いとあっては、わらわも無下にはしたくない」

 

 ならば、とオサナ王子は臆せず口を開く。ここまで友好的に接してくれる妃殿下であれば、希望に沿う結果を与えてくれるであろうと、確信するがゆえに。

 

 だが、心せよ。相手は権謀術数を思うがままに行使する、理想的な専制君主なのだ。

 オサナ王子は、誠実さが誰にでも通用すると考えている。特に才能と実績のある相手なら、過ぎた正直さは武器になるとすら思っているかもしれない。それが間違いだと知るには、今回の会談はいい機会だろう。

 

「先の祭事では、同行者たちに多くの苦労を掛けた。そもそもシルビア妃殿下の肝いりで始めたことであるし、何かしらの褒章を与えてやりたいと思う。ソクオチの王子として名誉は与えられても、財を与えることはできない。経済的な褒章を、シルビア妃殿下から与えてやれないだろうか?」

「それは、わらわが論功行賞に関わってよいということかな? わらわの一存で、思うが儘に褒美を与えてよいと言われる?」

「僕にはできぬことを、補助してくれるならありがたいと思う。お願いできるだろうか?」

 

 シルビア妃殿下は、悪そうな笑顔でこれに応えた。後々何を言い出すかは、私にだってわかる流れだ。

 ええ、ええ、そうでしょうとも。貴女はそういうお方だ。ノーガードな誠実さは、時として害となりうる。それをわかりやすい形で、オサナ王子に教授してくださるのでしょう?

 

「うむ、うむ。オサナ殿は優しいな。――よいとも。参加者については、一人ひとり論功を精査せねばならぬだろうが、満足のいく褒美を下賜してやろう。それこそ護衛隊から非戦闘員に至るまで、確実に保証してやろうではないか」

「ありがたい。僕からは以上だ。改めて、そちらの話題について、お聞かせ願いたい」

「オサナ殿から、感謝の言葉までいただけるとは感謝の極み。まあ、そこまで言われるなら、わらわとしても本気で臨まねばなるまい。――これまでの言、全て偽りなしと考えてもよろしいな?」

「くどいぞ。まぎれもない、ソクオチの王子の言葉だ。嘘があるなどと考えてもらっては、我が国の沽券にかかわる。シルビア妃殿下も、己の権勢に疑いなど持たれたくなかろう?」

 

 オサナ王子が促すと、シルビア妃殿下は表情を正して彼と向き合った。言質を取ったからには、主導権は彼女にある。必要なものを獲得したのだから、あとは適当に流しても最低限の成果は得られよう。

 しかし、懸念事項は他にもある。真面目な話を切り出すならば、彼女とて愉悦にばかり浸っているわけにもいかぬ、というわけだ。

 ここからは、私も気を引き締めて対応を考慮していかねばなるまい。

 

「子供相手と、あやして諭すのはこれまで。――では、本格的におしゃべりを始めよう。まずは、オサナ殿の祖国について」

「我が国は問題を起こしたが、見どころはあると思ってほしいな。そうでなければ、僕では事態を収拾できなかった。聡明なるシルビア妃殿下であれば、わかってくれると思うが――」

「もちろん、期待しておるとも。だが改革が必要なことまでは否定できまい。具体的には、ソクオチの税制改革について、思いついたことから話していこうか」

 

 そういって、一呼吸置いたのちに妃殿下は自らの考えを披露してくれた。

 おそらくは、すでに行動に移しつつある決定事項を、彼女は口にしたのだと思う。

 

「もともとソクオチの国政には、色々と口ばしを突っ込む予定ではあったが……。先の祭事の一件で、大義名分が出来た。迅速に計画を進める機会を作ってくれて、わらわとしてはありがたい話であったよ」

 

 もともと敗戦後のソクオチは、クロノワークとゼニアルゼの手によって、思うがままに弄繰り回す予定だったはずだ。

 なのに大義名分とは何か。……わかっていたことだけれど、オサナ王子の前で言われるのは、何ともやりきれない感情を覚える。これを情が移ったというなら、そうなのだろう。

 

「税制、税法、とにかくその手のものは厄介でな。王家であっても恣意的な課税は許されぬ。好き勝手に増税されては下々がたまらぬ、という事情もあるのだが、徴税の手間を考えると閣僚や役人たちの事情も汲んでやらねばならぬでな。この点は、戦勝国の特権を持ってもなかなか手を突っ込むのは難しいのだ」

「それは、どうして? シルビア妃殿下に恐ろしいものがあるとは思えぬが」

「オサナ殿、それは買い被りというものよ。わらわとて、自由にできぬものはある。自由にしてはならぬものが、あるのよ。――専制君主であればこそ、自制が大事なのだ。わらわはそれをわきまえておる。完全に、とまでは流石に言えぬが」

 

 必要だから、で強権を振るうこともあるシルビア妃殿下だが、税に関することは国民全体に影響する。

 傲慢で横暴な妃殿下でも、一般の国民に嫌われたいとは思わない。税収は大事であればこそ、収める側の納得を得たいと考える。

 暴動とか一揆とか、割と外聞の悪い話になっちゃうからね。シルビア妃殿下の評価に関わることだから、慎重になるのも当然だった。

 敗戦国の地方であれ、名分がなければ干渉をためらう――という感覚は、まさに彼女のバランス感覚のなせる業だろう。普通の専制君主であれば、地方貴族への課税や関所の廃止など、気軽に押し付けても不思議はないところだ。

 

「シルビア妃殿下は、地方貴族に関の廃止など、関税について色々と口を出していたらしいが? これは税制改革とは言えぬのかな」

「文字通り、口を出しただけよ。改革はこれからの話になるな。強制力のある命令となると、どうしても手順を踏む必要が出てくる。――オサナ殿は、王子であるがゆえに、統治者というものに幻想を抱かれているようだ。連中が盗賊と結託してまで、納税を拒否したのは何故だと思う? ……己の庭に手を出されるのを嫌ったためよ。どのようにこちらが言い聞かせようと、地方勢力は己が権力を手放さぬ。通達を送っただけでは、難癖をつけて従わぬのが常よ。それでは中央集権を進めたい側としては、困るであろう?」

「わからないな。――僕は、税について聞いている。地方分権の話はしていない」

 

 シルビア妃殿下は、微妙な形に笑みを作った。

 愛嬌のある、不出来な生徒を前にした教師のように。あるいは、愛すべき年下の兄弟を見るかのように、その笑顔には慈しみがあった。

 その愛情の中に、優越感が混ざっていたのは明らかだったが、あるいはそれが妃殿下なりの慈しみ方であったのかもしれない。

 

「では、わかりやすく話そうか。――税を取り立てる権利とは、すなわち権力に他ならぬ。地方独自の財政を認めるならば、税法もそれに従わざるをえぬ。……わかるかな。例えば関税一つをとっても、地方にその権限があるのなら、中央の勝手で変えることは出来ぬのだ。それこそ相応の名分がなければ、介入など夢のまた夢というものよ」

「シルビア妃殿下は、その夢を現実とするのに、地方貴族を暴発させた。これは、そういう話なのかな?」

「オサナ殿? 人聞きの悪い言い方は、するものではない。暴発したのは、あちらの勝手。わらわとて、不安をあおる言動はあったやもしれぬが、別段法に触れる行為をしたわけではないぞ。……ほのめかし、世論をあおり、ちょっとした工作を入れたことは否定せぬが、最後の決断をしたのはあちらよ。わらわを非難するよりは、祖国の無能な貴族を恨む方が、筋が通るのではないか? そして二度とこの手の騒動を起こしたくないならば、法整備から始めるのが定石であろう」

 

 外部勢力による諜報戦に対応するなら、法の整備を行って、その場で処置できる環境を整えるのが一番の対策である。

 その分だけ地方の権限が強くなってしまうが、この辺りは紐帯を作って首輪とするなり、法整備のさじ加減で調整するべきだ。

 ソクオチは、その点が甘かった。だから地方貴族への工作が成功して、情報が筒抜けとなり、私が出張った結果、私兵どもを叩かれて亡命する結果になったわけだ。

 シルビア妃殿下は、それを丁寧に教えてくれた。オサナ王子を傀儡にするつもりはないのだと、これだけでもはっきりとわかるような言い方だった。

 

「シルビア妃殿下。僕は、ソクオチの王位継承者だ。それは、わかってくださっていると思うが」

「おうとも。わらわは、ソクオチの未来の王に話しておるのだ。その自覚もなしに、余計なことは言わぬよ。――これは、わらわなりの、オサナ殿への敬意の表れだと思ってくれてよい。将来への投資として、信頼を得るための努力をしようというのだ」

「信頼を、得るための努力? 僕に対して、シルビア妃殿下が?」

「他の誰でもない、わらわがオサナ殿からの信頼を必要としておるのだ。この点、疑いを持ってほしくはないな。……おぬしは、個人的な好悪でわらわを排斥するような、愚かな者とは違う。そう信じているし、周囲にも信じさせてほしいと願っておるよ」

 

 あのシルビア妃殿下が、オサナ王子の信頼を求めている。これはつまり、将来的にゼニアルゼがソクオチの助けを必要としているのだと、そういっているに等しい。

 オサナ王子は、それを理解した様子で、改めて問い質そうとする。

 

「今の僕の存在など、ゼニアルゼの支配者たる貴方にとっては、小さなものだと思う。その信頼を、あえて必要だという意味は、どこにあるのかな」

「オサナ殿は、自らの存在価値を過小評価しておられる。――茶化すような言い方で申し訳ないが、おぬしの存在は、ソクオチの国体を維持する以上に重要なものだよ」

「茶化しているなら、貴女の発言の重みも知れたものだと思うが?」

「そこは許してもらいたいものだ。それこそまさに、わらわとオサナ殿の力量差を示しているといって良い。まさか、おぬし。わらわと本気で対等の話ができるとは思っておるまいな? オサナ殿の立場は確かに貴重なものだが、わらわと比べれば、流石に格の違いというものを理解してほしいものよ」

 

 シルビア妃殿下は、その目に猛禽のごとき鋭さを宿していた。しかしオサナ王子もまた、成長している。

 彼女が狡猾な猛禽なら、彼は若き牡鹿である。気高さと強さを備えるシルビア妃殿下だが、オサナ王子の成長力を過小評価はしていないはずだ。

 

「格の差は、別として。立場の違いにだけ注目するなら、貴女とて夫の立場を利用する配偶者に過ぎない。お互いに名分なしには、実権を振るえぬ立場でもある。――だが、僕は時さえ満ちれば大手を振って権力を行使できる。王の配偶者と、一国の王。尊敬を受ける身としては、どちらが正しい? それを思えば、今対等に向かい合っているのは、むしろ僕からの温情であるとさえ思わないか?」

「――ソクオチの流儀で、わらわを評価するか? 存外、威勢のいいことを言うではないか。実力が伴うならば、オサナ殿の発言には意味があろう。じゃが、現状のおぬしはモリーの威を借る小動物にすぎぬ。せめて、もう少し貫禄が欲しい所よ」

 

 新生したソクオチが、ゼニアルゼの脅威にならぬと、どうして言えよう。今は力の差があるとしても、将来はわからないのだ。

 なればこそ、彼女は威圧しつつも恫喝まではしていない。これは妃殿下なりの、礼の表し方と言えるだろう。

 ……私のほうへ話が飛び火しているところは、考えないようにしたい。

 

「言われているぞ、モリー。お前は、僕の後ろ盾か何かか? 恩師ではあるが、それ以上のものになる気はあるのかな?」

「いつの間にか、私の方に飛び火してますね。厄介事は勘弁なんですが」

「いまさら何を言う。この場に同席している時点で、厄ネタに巻き込まれているに決まっているじゃろうに。――ま、おぬしの現段階での判断には興味がある。せっかくだから語ってゆけよ。……モリー、あえて聞くが、ゼニアルゼとソクオチの関係をどう見る。今後、いかに変化していくと思う?」

 

 遠慮なく難題を振ってきますね。オサナ王子も興味深そうに、私の反応をうかがっている。

 ここまでお膳立てされれば、私としても答えないわけにはいかなかった。

 

「お二人の今後の行動次第――なんて、言い逃れが通用する場でもありませんか」

「おぬしの政治判断が、どこまでアテになるかのテストでもあるからな。オサナ殿も、良く見ておくがいい。おそらくは三国でもっとも物騒な頭脳が、いかなる予測をはじき出すか? とても興味深いとは思わぬか」

「もちろん、ぼくも興味深いと思う。……正直に、思ったことを話してくれ。気兼ねはしなくていいから、なるべく現実性のある方向で頼む」

 

 無視するのも野暮ですねこれは。期待を裏切るのもつらいので、雑感を述べるくらいなら、まあいいかと思いました。

 ところで、物騒な頭脳って言い方はどうなんでしょうか。そこまでひどい考え方をしてるつもりはないんですが。

 事前にある程度は備えていたとはいえ、改めて披露するとなると、少し恥ずかしい気もする。……読みが外れていたら、とんでもない赤っ恥だと思いつつ、口を開いた。

 

「予測は予測なので、あんまりアテにしないでほしいのですが――」

「予防線なんぞ張ってないで、早う語れ。オサナ殿も待っておるぞ」

「では、僭越ながら申し上げます。……ソクオチとゼニアルゼに限るなら、問題は明白です。お互いの不信感が解消されるまで、不穏な状態が続くでしょう」

 

 先の祭事の一件で、膿は出たと思う。けれど、完全に出切ったとも思えぬ。

 地方貴族を見せしめにしたとして、しばらくは平穏な時期が続いたとしても。水面下でゼニアルゼへの悪感情は、くすぶり続ける可能性がある。

 

「ずいぶん曖昧な言い方をするものだ。もう少し具体的に表現してくれぬものか」

「シルビア妃殿下であれば、いくらかの予測は立てられているでしょうが――。まあ、今は力で押さえつけている状態ですから。何らかの理由で暴発する要素は、いまだに残ったままだと考えるべきでしょう」

「懸念を表明するだけなら馬鹿でもできるな。それで?」

「なので、力による統治のほかに、ソクオチへの方策を練る必要があります。――ここで重要なのは、ソクオチが交易上重要な立地にある、ということです。交易による旨味を上手に分配できるなら、恐怖以上の利益によって、ソクオチを鎮静化させることが……出来るかもしれません」

 

 歯切れの悪い返答は、どうかお許しを。対策としてはフワッフワだし、穏健に過ぎると言われれば確かにそうだ。でもこの部分に触れない方がまずいくらいだし、一番重要な部分だから、まずはここから話させてください。

 

「他には?」

「旨味を与えるにしても、やり方は考えねばなりません。一応確認しておきますが、妃殿下。ソクオチの税法に手を突っ込むということは、税法の複雑化を意味する、ということでよろしいですか?」

 

 私がそういうと、シルビア妃殿下も表情を変えた。茶化すような笑みは消え、目つきは鋭くなる。雰囲気も剣呑なものを漂わせつつ、彼女は言う。

 

「……それがわかるのか、おぬし。ただの武人には収まらぬ、とは思っていたが――」

「肯定、ということでよろしいですね? ゼニアルゼの優秀な官僚を送り込む理由としては、充分でしょうか。そうやってソクオチ内でゼニアルゼの影響力を増やしていけば、そのうち反抗する力など失くしてしまうでしょう」

「ここには、オサナ殿もいる。モリーよ、初めからわかりやすく説明してやれ」

 

 シルビア妃殿下の悪辣さを理解したところで、解説です。オサナ王子は、まだ実務の方は詳しくない。国家を運営するうえで、税が重要なのはわかっているだろうが――財源としての税と、権力構造の中の税について、そこまで詳しいわけじゃない。

 

「とりあえず、僕にもわかるように話してくれ。……シルビア妃殿下は、ソクオチをどうするつもりなんだ?」

「オサナ王子が戴冠するまでに、ソクオチを可能な限り縛り付けること。経済的にも政略的にも、単独では成り立たないレベルで政府を内部から改変するつもりなのですよ、この方は」

 

 オサナ王子の顔が、難しい表情に変わる。ソクオチの属国化については、何をいまさらという感じもするが、独立の可能性まで摘み取られかねないとなれば、話は別だ。

 一国の王ともなれば、何もかもを自前で揃えたがるもの。首に縄をかけたままの王に、どんな価値があるのか。貴族も国民も、そうした王を受け入れられるのか、難しいところである。

 

 妃殿下が黙ったまま、私の言葉を否定しないことも、真実味を与えている。

 仔細まで語るとなると長くなるので、説明は簡素にしよう。それでも彼なら、大事な部分は理解してくれるだろうから。

 

「ソクオチの貴族は、クロノワークとゼニアルゼの干渉を歓迎しない。それは当然の態度でしょうが、暴発した馬鹿のせいで、弾圧に近い対策を取られても文句は言いにくいわけですね」

「しかし、流石に圧政を敷かれてはソクオチの民も黙ってはいないぞ。僕もそうだが、人間は恐怖に慣れるもの。命知らずの勇士だって、わが国にはまだまだ残っているだろう。――属国からの独立の希望なしに、彼らは耐え続けられないはずだ」

「はい。なので、絞めつけつつも緩めるところは緩める。希望を奪うのはやりすぎとも言えますから、ちょうどいい具合に目をそらさせるよう、調整が必要なのです。……税法への介入は、その一環だと捉えてください」

 

 私の予想通りなら、妃殿下は王道ではなく覇道によって、西方の盟主になろうとしているのだろう。――それを悪いとは言わないが、こっちを巻き込まないでほしいというのが本音だった。

 

「税法の改正には、本来なら結構な手続きがいるはずです。戦勝国と言えど、恣意的な課税は難しい――とはシルビア妃殿下のお言葉ですが。ソクオチ側の非を付く形であれば、無理は通る。ソクオチの法に照らして考えるなら、政府の閣僚に話を通して、同意を得る必要がありますが……」

「名目があれば、話をゴリ押すことも今なら可能である。――そこで、わらわはどのような悪辣な税法を通すのであろうな?」

 

 妃殿下は、半ば楽しみながらそう言った。この方にとっては、自分の考えが読まれる、ということは不快ではないのか。

 理解者が欲しいなら、私以外の誰かを求めてください。貴女の相手は疲れるので。こういうのは、今回限りにしてほしいものです。

 

「私が思うに、大事なのは関税です。地方貴族が反発した、という例のアレ。……シルビア妃殿下としては、舐められぬためにも、ゴリ押す名目がある。改正するには、もってこいの対象だと言えましょう」

「それは、わらわが主宰する交易に関わるからか?」

「はい。そしてそれ以上に、今後の布石になるからですね。具体的には、ソクオチへの余所からの介入を防ぐために。あるいは、介入してきた馬鹿を殴り返すために」

 

 ここまで話すと、オサナ王子も私の目を直視するようになった。何かを見定めるように、私の意図を探るかのように、彼は私と向かい合う。

 

「……モリー、僕にとっても興味深い話になってきた。続きを頼む」

「もちろんです。――ソクオチは、まだまだ物騒です。首輪をつける必要がありますが、あからさまではよくない。なので、税法の改正によってこれを成します。主に税法の複雑化、煩雑化によって」

 

 妃殿下は、まだ口をはさまない。私の読みが正しいのかどうか、確かめるためにも言葉をつづけた。

 

「今回は関税法を改正しますが、これで関税収入をソクオチ、クロノワーク、ゼニアルゼの三国で取り分けるのです。……わかりやすく言うと、ソクオチの関税収入は、他の二国によって搾取される形になりますね」

「おい、それはあからさまな内政干渉だろう。ソクオチの国体をないがしろにすること甚だしい。僕はもちろん、わが国の閣僚とて承認するとは思えぬぞ」

「シルビア妃殿下は、ゴリ押すと言いました。私も、通ると思います。……下手に反発すれば、潰されるとわかっていますから。先の地方貴族の暴発が、それを示してしまったのです」

 

 妃殿下とて、これがやり過ぎに近い行為だとわかっているだろう。あまりにもあからさまな搾取であり、ソクオチへの侵害行為である。

 だが、ここまでやるのだ、という態度を示すことで、彼女への畏怖は強まる。同時に反発も大きくなるが、そこで飴の出番だ。その飴が首を絞める縄にもなるのだが、段階を追って進めれば、これでなかなか気づきにくい構造になっていく。

 

「しかし、実際には搾取というにはわずかな取り分にする。ぶっちゃけ、1%以下の割合でもいいのです。これだけ安ければ、横取りというよりは経費に近いものと考えやすくなる。……ここで大事なのは、ソクオチの関税にクロノワーク、ゼニアルゼの両国が噛んでいるという事実。それだけなので、取り分そのものは小さくていいのです」

「……わからないな。わずかな取り分のために労力を割いて、何の意味があるんだ? 徴税を担当する役人たちは、仕事が増えて困るだろうが、影響と言えばそれくらいだろう?」

「つまりですね。ソクオチの関所の利用者や、交易路に害をなそうとするものは――ソクオチだけでなく、クロノワークやゼニアルゼにも喧嘩を売る形になるのです。関税収入は、関所を使ってくれなければ入りません。これを妨げようとするのは、三国に対する敵対行為に等しい。……そういうことになります」

 

 税制改革は、名目づくりの布石である。交易を邪魔しようとするやつがいるなら、妃殿下は速やかに排除したいと思うだろう。

 そこで大義名分を持って殴りつけるために、関税に割り込む形で三国を関わらせるのだ。

 

「何かあれば、うちに関税収入が入ってこないのは、どういうことだ――って、そうやって非難するわけです。三国が関わっている税収なら、三国がまとまって殴りつける理由になる。口実としては、なかなか上手いやり方ではないでしょうか」

 

 シルビア妃殿下の権勢を危険視する連中は、ソクオチを急所と思って手を出すだろう。そうした馬鹿どもを排除する理由づけとして、これ以上のものはあるまい。

 ソクオチが足を引っ張るどころか、むしろ絶好の大義名分となる。あそこは弱くて構わないのだ。余裕で殴り返すだけの力が、他の二国にはあるのだから。

 

「妃殿下のゴリ押しが通れば、税収の計算やら分配の方法やら、面倒が増えるわけです。……これが結果として、ソクオチへの紐帯になる。オサナ王子、官僚の育成って、結構時間がかかるんですよ。複雑な税法を習得した官僚は、なおさらに。――今のソクオチに、その手の人材はどれだけいるでしょうか。急にやり方が変わったり、書式が変わったりしたら、慣れるまでどんな間違いを犯すかわからない。万が一にも間違いを犯せば、問題はソクオチ内にとどまらない――と考えれば、些細な失敗すら避けたいところでしょう」

「それを防ぐために、わらわが育成した官僚団を、顧問としてソクオチに派遣するのよ。割と突貫工事で仕込んだが、元がゼニアルゼの高等教育を受けた連中だ。問題はあるまい」

 

 ようやく、妃殿下が口を開いた。それも、答え合わせをするような形で。

 

「ようもまあ、そこまで理解したものよ。驚いたぞ、モリー」

「私は、ここまで悪辣なことを思いついたことにドン引きです。……何考えてるんですかね、シルビア妃殿下は。これを本気で検討してるなら、物騒ってレベルじゃないんですけど」

「読み切った時点で、おぬしもわらわと同等であろうが。――嬉しいぞ。メイルの奴でも、ここまでついてこられなかったというのに」

 

 オサナ王子は、難しい顔で話を聞いていた。情報を処理するのに、頭を悩ませている所だろうか。

 

「ソクオチがゼニアルゼからの顧問を受け入れてしまえば、ソクオチは彼らの働きなしには、どうにもならなくなる。税に関わる実務を掌握されるというのは、そういうことです」

「……ゼニアルゼという国は、文弱の国だと思っていた。逆に言えば、文官がそれだけ豊富な国でもあるのか。文を持って武を制する。それもまた、統治というものか」

「ま、今回は幸運が重なった結果ともいえる。派遣する官僚どもも、実際には在庫処分という意味合いが強くてな。――手元で腐らせるよりは、新天地で頑張らせた方が、まだしも害は少なかろうよ」

 

 おおっと、ここで話の流れが変わりました。私の予想の範疇にはない――けれど。彼女の言葉を拾って解釈しなおせば、理解は難しくない。

 

「国内でやらかした連中を再教育し、ソクオチに送る、ということですか?」

「正確には、上司がやらかした為、巻き添えを食らった連中じゃな。――粛清された者を身内に持つと、色々と肩身が狭くなるらしいのう。いや、わらわもこれには同情して、新天地で働く場を作ってやらねばと思うたのよ」

「……そもそも、粛清を始めたのは妃殿下ではないですか? ゼニアルゼ国内は充分まとまっているでしょうが、以前の粛清のツケをソクオチに押し付けるおつもりで?」

 

 そうはならぬ、とシルビア妃殿下は言った。派遣する官僚たちは、家族を置いて出向するので、ゼニアルゼに人質を置いてゆくことになる。

 その上、職場が近い者同士は賞罰を連座させることで、協力と監視の目を作るのだという。

 

「これで上手くいかぬなら、その都度調整しよう。何事も目論見通りにいくとは限らぬが、そこまで大きく外した政策は打っておらぬと、わらわは自負しておる」

「……上手くいきすぎるなら、それは報告のほうが間違っている可能性がある。確認と修正の作業は、慎重に行われますよう。クロノワークの騎士として、これだけは確りと申し上げておきます」

「――言うまでも無きこと! 見たいものだけを見て、信じたいものだけを信ずる。そのような幻想に耽溺するほど、わらわは耄碌しておらぬよ」

 

 シルビア妃殿下はそのように言いますがね、私は疑っていますよ。

 自覚なく急所をさらす。油断とは、まさにそれを言うのだ。この流れで話が進むなら、私が指摘する機会もあることだろう。

 その時に悔しがっても、どうか根に持つことがないようにと、神に祈るような気持ちで願わせてくださいな。

 

「そうそう、モリーよ。おぬしの言には、まだ足りぬところがあるな? ソクオチの民、役人どもを黙らせる理由として、飴をなめさせることをほのめかした。――しかし、その具体的な方法までは言及しておらぬ」

「関税収入から工面すればよいでしょう? 交通量も物量も増えるのですから、収益はこれから上昇していきます。多方面からの交易が定着すれば、多少増税したところで交通量は変わりません。――増税のラインはしかと見極める必要があるでしょうが、現地に派遣される優秀な官僚もいる。連中がきっちり仕事するなら、双方が共に栄える未来が待っている。心配するほどのことではありますまい」

 

 私のほうから、正確な計算を提示することはできない。しかし、今後交易が活性化するならば、関税だって相応に増えるはず。

 それで賄えない規模の事業を計画するほど、妃殿下は愚かではないと思うんだけどねー。

 

「惜しいな、肝心なところに目が届いておらぬ。――関税の収益を、誰が直接分配する? 誰に公平な判断ができるというのだ? なるほど、収入自体は充分であろう。だが、それも正確に全額を十全に活用できてこその話ぞ。……ゼニアルゼの出向官僚どもに任せたら、たちまち腐敗しよう。これは、賭けてもよい」

 

 なにせ奴ばらは、結託して利益をむさぼる習性を持つ。目を離せば談合と隠ぺいに走るのは、悪徳役人の習性のようなものゆえ、わらわでも制御しきれぬ――だなんて。

 わざわざ丁寧に解説するのは、オサナ王子への訓示のつもりか。後々彼が、一国を収める立場になった時、この言葉を思い返せるようにと。

 そのような慈悲を見せる程度には、彼に価値を見出しているのか。だとすれば、かの専制君主も、愛を知る段階に至ったとみてもいいのかな。

 

「いつになく言葉が多いですね、シルビア妃殿下。それが意味するところを、知らぬわけでもないでしょうに」

「ちょっとした気まぐれよ。オサナ殿は分かっておらぬだろうが、理解されなくとも愛情を与えずにはおれぬ。母としての感情を、わらわも少しは理解できるようになったのだ」

 

 利用しつつも、愛着を覚えた相手には何かを返したくなる。私なりに言い換えるならば、それこそが人間の習性というものだった。

 それを母と表現するなら、私も妃殿下に温情を返したくなります。――ちょっとくらいなら、加減してもいいかなって、ようやく思いました。

 

「わらわが思うに、ソクオチの関税を取り締まり、現地でその収入を管理し分配する者は、クロノワークの士官が望ましいな。実務能力と武力を持ち合わせているという点で、わが母国の騎士は実に適任だ」

 

 はい、来ましたね。予想した通りの展開だから、私はあわてないよ。

 この点、気付かせてくれたザラには感謝しなくてはならない。帰ったら、思いつく限りの奉仕をしようと、それだけの覚悟を決めるくらいには、大きな情報をよこしてくれました。

 

「それは確かに、その通りですね。まあ、誰をどんな理由で引っ張ってくるか、というのが問題ですが」

「……おぬしのことを言っているのだぞ、モリー。わらわは、おぬしにソクオチの統治にかかわってほしいと思っておる」

 

 私を自身の手駒として、引きずり込みたいのだろう。あからさまな引き抜きだったが、ここまで強引に押してくる理由は、あまり予想したくない。

 ――追及したら、ろくでもない答えが返ってきそうだから。対策は用意してるので、今は話を流すことに専念しよう。

 

「名分がありませんね。過剰な褒章は、禍根を残すと思いますが?」

「なんと。先の祭事にて、おぬしは充分な功績を残したではないか。わらわなら、これに対して充分な褒美を与えたいと思う」

「私だけが功績を立てたわけではありません。私だけが大きな褒美をいただいてしまっては、他の者に示しがつかないでしょう」

「別段、領地などを与えようというのではない。好待遇で呼び寄せ、ソクオチ内でその手腕を振るわせたいというだけのこと。……名目としては、能力を買われての栄転と思えばよかろう。わらわは、この度の論功行賞において、自由な裁量を許されておる。――オサナ殿の同意も得られておるし、障害があるとは思われぬが?」

 

 で、ここでオサナ王子の顔色が変わる。彼なりに言い訳を試みるが、言質を取られたことを忘れちゃいけませんよ。

 彼なりに、これが私の望まない展開だって、わかってはいるんでしょうけれど。今の貴方では、どうにもならないことがあるとも知るべきだ。

 妃殿下は、ここぞというところでは、決して譲らない。隙を見せた相手をとことんまで追い詰める癖があるんだって、これを機会に理解してくださいな。

 

「待て。僕はそんなつもりで言ったわけでは――」

「そんなつもりも何も、わらわはおぬしの言を確かに記憶しておる。『此経済的な褒章を、シルビア妃殿下から与えてやれないだろうか?』と。わらわが論功行賞に関わってよいか、確認を取ったら許可もいただけた。……これで、思うが儘に褒美を与えたら文句が飛んでくるとは。オサナ殿は、もう少し周囲に配慮した発言をしてほしいな?」

「それは、そんな――」

「うむ、うむ。おぬしは賢い子供だ。誠実でもある。自分のために働いてくれた者に、お返しをしたいと思ったのじゃろ。苦労に見合ったものを与えて、功に報いてやりたいと思い、実際に行動した善良さは評価しよう。……じゃが、その誠実さを利用する悪者がいることも、これで理解したな?」

 

 ああ、これ妃殿下、わざとやってますね。私のほうに意味ありげな視線をやってくるあたり、本当に意地が悪い。

 これも教育の一環と思えば、そこまで悪く言うのも違う気がするが。ともかく、私のほうから切り出す必要があるだろう。

 

「大丈夫ですよ、オサナ王子。こんなこともあろうかと、事前に対策は打ってきていますから」

「……どういうことだ? 僕は何も聞いてないが」

「必要にならなければ、黙っているつもりでしたから。本当にそれくらい、些細なことですので」

 

 そういって、私は懐から小さな勲章を取り出した。

 こんなこともあろうかと、だなんて。口に出してしまうとギャグだが、備えが重要であることは確かなのだ。

 

「随分と小さな勲章だが、それは何なんだ?」

「オサナ王子は聞いていなかったでしょうが、私はクロノワーク王家から、此度の件での報酬をすでに受け取っています。この勲章は、その証だと思ってください」

 

 ボーナスというには小さすぎる額だが、私に対する論功行賞はすでに終わっているわけだね。

 この上さらに褒美を重ねようとするなら、それは妃殿下の生家たる、クロノワーク王家にケチを付けることに等しい。

 両親と妹の家に配慮する気持ちがあれば、今更私へ褒章を重ねることなど出来はしないだろう。

 

「この話、間違いなく栄転ではあったのだぞ。……おぬし、それで満足なのか」

「地元を離れる決心は、どうしてもつきませんでした。――祖国は、私には過ぎたるものを、いくつも与えてくれました。彼女らとの出会いも、騎士としての栄誉も、全てがクロノワークでなければ得られなかったものです。妃殿下の誘いは光栄ですが……今の私に、それは相応しくないものでしょう」

 

 将来的にはともかく、私はまだまだ現役の騎士として、現場で働きたいんですよ。

 特殊部隊の副隊長って職は、現場にも管理に関わる地位だし、個人的にちょうどいい位置にいると思う。

 付け加えるなら、ザラと一緒に働ける機会は、なるべく長いほうがいいしね。

 

「はー、もったいない。……まあ、今回はおぬしのほうが上手であった。そういうことであろうな」

「――と、いうわけでオサナ王子。貴方が気に病むことはありません。シルビア妃殿下も、ありがとうございます。教材としても、充分身になるお話をしてくださいました」

「教材にされた、というのが正しいところだな。……わらわは、ここで隙を見せるなら儲けもの、くらいには思っておったよ」

 

 そのようにうそぶきつつも、妃殿下は苦笑していた。この場ではあきらめると、態度をもって示したと言える。

 

「いろいろと話しましたが、切り上げるには良い頃合いでは?」

「……モリー、それはおぬしが決めることではない。オサナ殿、まだ話したいことがあるなら付き合うが、どうか?」

 

 オサナ王子に、アイコンタクトで『ここまでだ』と伝える。

 恩師の私の判断を、彼は疑わない。それくらいには付き合えているのだと、そう思う。

 

「いや、充分だ。次に会うときは、もう少し成長して、備えを万全にしてから望むことにするよ」

「できれば、お守は無しでの。オサナ殿も、独り立ちしたい年頃であろう?」

「モリー先生が、それを許してくれたなら、そうしようとも。だが、今のところは彼女の監督の下で、何事も対処したいと思う」

「贅沢者め! モリーほどの者をそばに侍らせることが、どれだけ幸運であることか、オサナ殿は自覚すべきよ」

「――言われずとも。それくらいは、自覚しているさ。ご心配なく」

 

 というところで、なし崩し的にシルビア妃殿下と、オサナ王子との会談は終了した。

 終わり際がグダグダな話し合いになったので、これ以後の私は適当に聞き流して相槌を打つだけに留まったけれど。

 陰に引っ込んでいられるなら、私にとってはそれが分相応だと思いました。

 

「ああ、そうだ、モリーよ。今ここで駐在武官をやってる、クッコ・ローセの奴が母国に戻りたいというのでな。長期休暇をやることにした。物のついでだ、連れて帰ってやってくれんか?」

「最後に爆弾を放り込んでくるあたり、やはり根に持っておりますね、妃殿下」

「何のことだか。わらわとしては、あ奴もそろそろ報われてよいと、そう思っているだけよ。……おぬしが抱き止めてやれ。それが惚れさせた責任というものだ」

 

 惚れたのは私が先だと、妃殿下の前で口には出来なかった。

 そうした言葉は、当人の前で言うべきだと、私にはわかっていたから――。

 

 




 随分冗長になってしまいましたが、今後の展開を考えるうえで、どうしても外せない話でもありました。

 表現方法が拙いのは、筆者の未熟故と、どうか笑って許しやってください。

 次の話は、ようやくモリーが観念する話になると思います。
 ……名目上、独身でいられる期間もそう長くはないでしょう。
 それでも、今更タイトルは変えられないと思えば、もうちょっと熟考しておくべきだったかな、なんて。

 そんなことを、今更のように考えてしまいました。
 では、また。来月末の投稿をお待ちください。

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