24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 いつものギリギリ投稿ですが、例によって推敲がちゃんとできていない可能性があります。
 なにか可笑しなところがあったら、どうか広い心でお許しください。



これから責任を取るための準備的なお話

 表向き、会談は終了したことになっているから、ここから先の会話は記録に残らない。モリーなどはもう仕事を終わらせたつもりになっていたので、すでに退室させている。

 お守り役としては失態だが、彼女がそう勘違いしたのも無理はない。ここはシルビア王妃の支配が行き届く空間であり、無理を通すのも物事を隠ぺいするのも、たやすいことであった。

 

「さて。モリーはいないが、良いかな? 続けても」

「わざわざ伺いを立てるようなことかよ。――僕も、本当なら話を打ち切って帰っていたところだ。引き留めているのは、シルビア妃殿下の方だろう?」

 

 モリーが一時でも場を離れれば、取り繕って継続するくらいはお手の物である。終了した形を一応取りながらも、それを撤回して仕切り直す。

 この時点でシルビア王妃は常識を疑われる行為をしているのだが、相手がオサナ王子一人であるため、リスクといえるほどのリスクはほぼないと言えた。

 

「ふむ、それもそうだ。じゃが、許せよ。別段悪い話をするわけではない。気に食わぬなら沈黙を守ることだ。それが結局は、己を守る鎧になる」

「鎧は剣になれない。妃殿下が満足するまで打たれ続けるような、稽古の人形になるつもりはないぞ」

「わかっておるではないか。……まあ、なんだ。そうやって敵意を向けても、わらわは咎めぬ。そのまま正直に、思うところを話そうではないか。時間は、そう長くは取らせぬよ」

 

 そうして、余人が立ち入らぬ――いわば密会というべき状況を作ってから、オサナ王子とシルビア王妃は改めて会談を続けた。

 

「二人きりになったところで、仕切りなおそう。オサナ王子の方の話題が尽きたのなら、こちらから振っていかねばな。――当人がいれば、口も重くなる。不在であればこそ、語れる本心というものもあろう」

「……何かと思えば、話すことがそれか。モリー先生が、どうしたっていうんだ」

 

 オサナ王子は不遜な態度で答えたが、シルビア王妃は不敵な態度でこれに応じた。

 

「わらわは、あれを評価しておる。一代の英傑、というのは大仰かもしれぬが、才人であることは疑いない。そう思わぬか」

「……うーん」

「深く考えるようなことではないと思うがのう。ま、よい。少しくらいは、思案してみればよいさ」

 

 いかなる意図の質問であろうか、とまずオサナ王子は考える。モリーに対し、ひとかたならぬ恩讐を感じている身としては、シルビア王妃の思惑通りの答えなど返したくはないのだが。

 しかし、悩んでばかりもおられぬ。一通り考えて、素直に話すのが一番無難だと結論付けた。

 

「ひとかどの人物であることは確かだろうな。僕は先生を尊敬している。これからも、師事していきたいと思っている。……この答えでは、不足かな?」

「いや! 構わぬよ。――わらわの問いかけに対し、ひねくれた答えを避け、正直な感想を述べる。実直な男の子らしい反応だと、わらわは微笑ましく思う」

「当人を蚊帳の外に置きながら、何を話しているんだと言われそうだな」

 

 確かに、モリーはすでにこの場から去っている。こうやってオサナ王子に口を開かせているのも、強引に過ぎる手順の結果であったが、それだけの甲斐はあるとシルビア王妃は考えていた。

 

 この師弟が、お互いに何を感じているのか。将来のクロノワーク、ソクオチ間の外交に関わるほどの関係であれば、ぜひとも詳細を探りたいというのが彼女の本音である。なればこそ、モリー抜きでオサナ王子と話さねばならなかったのだ。

 

「……あ奴が後で何を言おうと、どうでもいいではないか。興が乗ったから語る。その気になったから、閉会するつもりだった会談も続ける。親睦を深めるための話し合いというのは、それでいいのだよ」

「親睦? 親睦というのか! 物は言いようと、今ほど強く感じたことはないぞ」

 

 オサナ王子とシルビア王妃は、それなりの思惑があるとはいえ、話が長引きすぎた弊害か、感情が表に出やすくなっている。オサナ王子の方は、その傾向がさらに顕著だった。

 一度熱くなったからには、引っ込みもつかない。意見の差異こそあるものの、お互いに興味のある話題であればこそ、続ける意思も湧くというものであった。

 

「ともあれ、オサナ殿。おぬしはモリーの資質をどう評価する? 忌憚のない意見を聞きたい。……正直に述べてよいぞ。これからの話は、全て表ざたにせぬとここに誓おう」

「貴女は僕の信頼を勝ち取るのに、相当な努力が必要だと思う。口先でそう言われても、なかなか信じるのは難しいものだ。――誓うと貴女は言ったが、何に対して誓うのかな?」

 

 オサナ王子は、シルビア王妃に一度やりこめられている。同じ轍を踏みたくない彼としては、何かしらの言質が欲しいところであった。

 これには、彼女とて理解を示す。誓うべき対象を具体化することで、これに応えた。

 

「――我が生家、クロノワーク王家に誓う。天地神明にかけても良いのだが、目に見えて現実的なモノのほうが、説得力はあろう。オサナ殿、これでわらわの言葉にも、真実味が出てきたと思うが、どうかな?」

「大変結構! ……そうであればこそ、僕の方も本音を語れるというものだ」

 

 そうして咳払いをし、気持ちを改めるようにオサナ王子は語る。そうした仕草一つ一つが、シルビア王妃にとっては子供の強がりに見えて、なおさら微笑ましく感じられた。

 賢い子供は生意気にも映るが、観察してみれば案外愛嬌もあるのだと、彼女は思う。

 

「正直な感想を述べるなら、モリーは正しく、忠実な騎士であると思う。王家に尽くし、自らを省みること少なく、周囲に気を配れる人物だ。その上、武力知力に秀で、実務の実績も十分。……こうして見ると、理想的な騎士の姿であるな」

 

 オサナ王子の真面目腐った態度が、シルビア王妃には芝居がかって見える。

 もったいぶった言い方は、かえって浅慮を悟られるものだと、遠回しにでも教えてやろうと彼女は思った。

 

「はてさて、そこまで言い切るのはいかがなものか。オサナ殿が評したのは、表面的な部分にすぎぬ。奴の本質は、もっと深く、もっと恐ろしいものだ。……お分かりかな?」

「わかっている。これでも、一国の王子。人を見る目は、それなりにあるつもりだ。――自ら手を汚すことをためらわぬ、武人らしい一面も確かにある。必要とあらば、どんな非道なこともできるのだろう。そこまで想像はしたくないが、否定してはならぬ部分だ」

 

 口に出す気はないが、付き合いを続けていくうちに、相手の人物像を見通すことができる――という。そうした能力を、オサナ王子は備えていた。

 

 シルビア王妃に対しては、直接接する機会が少ないため、まだ断言はできないが。

 モリーに対しては、確実に評せる。それくらいの付き合いは重ねたのだと、オサナ王子は判断していた。

 

「要は、敵には容赦しないというだけのこと。僕個人の意見として、モリー先生を師事することに迷いはない。……しかし、彼女のようになりたいとは思わないし、なれるとも思っていない。軍事的才能も、政治的能力も、僕は認めているが――」

「参考になるかどうかは別の話である、と。いや、オサナ殿はよく奴のことを見ている。わらわも、ほぼ同意見であると言ってよかろう。端的に言って、あれは劇物よ。……あれでもう少し、付け込みやすい弱みがあれば、利用するだけして切り捨てられるのだがな」

 

 周りの女どもは、そろって強靭な者ばかり。たやすく利用させてくれぬ環境を整えているあたり、モリーは曲者であるよ――と、シルビア王妃は評した。

 しかし、オサナ王子の人物評は、彼女とは異なる。この点、一日の長があると思えば、ちょっとした優越感さえ感じられた。

 

「劇物だが切り捨てるのに難しく、有能であるならばむしろ、深く懐に抱きこむべき、と考えているのか? ――ふむ。シルビア王妃も、人物を見誤るということはあるのだな」

 

 オサナ王子は、不敵に笑って見せた。それが気に障ったかのように問いただすのは、こちらの威厳を損なう行為であったろう。

 そうとわかっていながら、彼女は反応せざるを得なかった。それだけの関心引く相手であったから、無理もない。

 

「……どういう意味かな、それは。侮辱するつもりで言ったというのであれば、聞き捨てならぬぞ?」

「誤りは誤りだと、本気で言っているんだ。――モリー先生は、危険人物からは程遠い相手だと、僕は断言する。それを理解せず、能力と気性だけを取り出して危険視する貴女は、僕から見ればひどく滑稽だ」

 

 取り越し苦労も、過ぎれば精神的な負担になる。そこまで細かく気を張っておられるとは、実にご苦労なことであると、オサナ王子は評した。

 

「モリー先生は、道義に外れたことはしない。祖国に忠誠を誓った真っ当な騎士であり、仕えるべき王家を尊重する姿勢が、身体はもとより魂にまで染みついている。そこまでわからないほど、妃殿下の目は悪くないはずだ」

「――わらわはモリーが仕えるべき相手ではない。それゆえ、うわべしか見れず、正当な評価ができぬというのか?」

 

 オサナ王子は、明言を避けた。それでいて、シルビア王妃には察することを求める。

 

「あの人は、貴女の臣下になることを拒んでいる。今はその時ではない、と考えているのか、そもそも仕えるに値しないと考えているのかは、僕にはわからないよ。ただ、その意志の強さは妃殿下も理解しているはずだろう?」

 

 さらに煽るような発言をして、彼の顔は挑発的な笑みが浮かんでいた。シルビア王妃の感情を刺激しつつ、彼は追撃するように言葉を続ける。

 

「才覚があるから、疑われるのは仕方のないことだ。だが、あえて言おう。あの人は貴女と違って、信じれば信じるほど――信頼の厚さにしたがって、気力を充実させていく人だ。愛情に関しても、たぶんそうなんだろう。愛されれば愛されただけ、相手に還元しようとして、どこまでも無理を通していく。傍から見ても、難儀な性分だと思うよ」

 

 オサナ王子は、モリーを信頼している。疑う余地などないと確信していればこそ、こうした態度がとれるのだ。

 彼の見るところ、彼女は『愛された以上は、愛してあげたい』『愛する人を幸せにしてあげたい』と考えるタイプの人物だ。大事なのは、その上に公共心とか忠誠心とかいう、わかりにくいものが乗っかっているという部分である。

 

 例えばそれはザラやメイルといった、愉快な女性たちに向けられているし、彼女らを育ててくれたクロノワークに対する忠義としても現れている。

 これを本心から感じ取っているオサナ王子にとって、他人がどう思うかは関係ない。己の信頼を示すのに言葉が必要なら、惜しみはしないとばかりに彼は言葉を続けた。

 

「モリー先生は、無条件の信頼に全力で応えてくれる人だと、僕にはわかっている。貴女がそれを理解していないことを、不思議に思うくらいだ」

「理解していないわけではない。――じゃが、理解してなお、それに頼ることができぬ。そうした立場の違いがあるのだと、オサナ殿にはわかってもらえぬのかな」

「なら、わからなくて当然だとも。……モリー先生は、僕が信頼するに足る人だ。立場の違いなんて些細なものだし、理由なんてお互いが知っていればいいことだろ? そもそもあの人は、自己の栄達のために僕を利用することなんて、絶対にしないんだから」

「そういう問題ではない、と言うのはたやすいが。……さて、どう返したものか」

 

 シルビア王妃は、オサナ王子の感情をおおよそ察した。モリーが善意の人であると、彼は理解しているのだろう。彼女はそこまで否定するつもりはないのだが、周囲への影響というものは、当人の意識とは別に発生する。

 あるいは、モリーに影響を受けた誰かが、モリーの意思とは別に余計なことをしでかすこともありえるだろう。

 劇物、と称したのはそれゆえであり、当人に含むところはあんまりない、というのがシルビア王妃の認識である。

 ――もっとも、それを目の前の賢しい子供に説いたとて、つまらぬ話が長引くだけであろうが。

 

「モリーにはモリーの問題があろう。長所短所に目を向け、正しく評価するのが君主たる者の役割である。……無条件の信頼など、ばかげた話よ。モリーが特別見事な働きをしたとしても、これに特別な意味を見出すほど、わらわは若くはない」

 

 御恩と奉公の関係に、個人的な感情で入れ込むほうが馬鹿というものだ。シルビア王妃の認識としては、その程度である。

 しかし、オサナ王子にはまったく別の見解があるらしい。

 

「それこそ、価値観の相違とでも言うべきだな。僕は若いを通り越して、むしろ幼いくらいだと自覚している。――だが、そんな僕にも本物の誠意はわかる。モリー先生は、この僕が心から信用して、頼っていい相手だと思っている。それを妃殿下がどうしても理解できぬというなら、それはむしろ貴女の不徳を示すものではないかと、そんな疑いさえ抱いてしまうね」

「わらわにケンカを売りたいのなら、もう少し言葉を選ぶことだ。――おぬしの言い方では、威勢がいいだけの虚言にしか聞こえぬ」

 

 これにはシルビア王妃も反発する。貴様に何がわかるのだと、そう言いたげでもあった。

 しかし、オサナ王子はひるまない。シルビア王妃に対して、モリーに関することだけは、こちらの理解が正しいと確信するがゆえに。

 

「モリー先生、と何度も公言している時点でわからないかな? ……彼女は、僕がクロノワークの傘下にいる限り、決して裏切ることも期待に応えずにいることもできない。模範的な騎士であるがゆえに、主家の意向に忠実であることが求められるからだ」

 

 そして、将来的に僕がクロノワークの家と繋がることで、この信頼は完成する――とまでオサナ王子は言った。

 ここまで語れば、シルビア王妃も彼の意図を看破できる。

 

「ふん。可愛げのないやつよ。……おぬしとエメラとの縁談は、まだ決定したことではない。自信を持つのは良いが、常に未来がおぬしの思い通りになるとは思わぬことだ」

「僕は、クロノワークの家、といった。別にエメラ王女が対象でなくともいい。クロノワークの貴族なり、騎士なりの家から妻を迎えればいいんだ。家格や地位にこだわるほど、僕の料簡は狭くないぞ」

 

 対象さえ限定しなければ、オサナ王子の方から求めた場合、クロノワーク王家は否とは言わぬ――と、オサナ王子は言った。

 まったくの同意見であったから、シルビア王妃もそこは認めた。

 

「賢しいな。もっと子供らしく、目先のことだけ考えておれば良いものを」

「目先のことだけを考えていられるような、気楽な立場じゃないって自覚したんでね。――それだけの教育を受けたし、今も己の血筋と祖国の未来について、真剣に考慮せずにはおれぬよ。モリー先生が教育係でなければ、ここまで行動できなかったとも思えば、実にたいした人だとは思わないか?」

「……あれが傑物であることは認める。認めるが、わらわが信を置くには一定の条件がいる。腹を決めた今、それを押し付ける機会をいつでも狙っておるのだが――。ああ、いや、なるほど。これをわらわの不徳というのならば、納得できぬでもないな。立場の弱さゆえに、そなたはモリーの信頼を得られる場所にいたのだろう。それが少し、うらやましくもある」

 

 オサナ殿は諧謔のみならず、皮肉の表現にも長けている。これをモリーの教育の成果というならば、認めるほかない――とシルビア王妃は明言せざるを得なかった。

 直接の利害にかかわる部分ではないからこそ、彼女の方から譲れたといえる。

 そして、負け惜しみのようにも聞こえるから、オサナ王子にとっては留飲の下がる答えでもあった。あえて反論しないことが、シルビア王妃なりの誠意であった。

 

「ま、良い。一杯食わされたと認めよう。オサナ殿、そなたは立派な男子である。そなたがその気なら、わらわの方から妹を説得しても良いが?」

 

 エメラ王女の婚約者に推しても良いのだと、シルビア王妃は言った。

 だが、男として。何より一国の王子として、そこまで頼るわけにはいかぬ、とオサナ王子は答える。

 

「それには及ばぬ。惚れた女を自力で口説けずに、夫となる資格などない。欲しい相手は、自ら拝み倒してでも手に入れる。それが筋だ」

 

 妹に対し、一定の好意は持っているらしいと、シルビア王妃は判断する。

 ここは干渉するだけ無粋であると考え、茶化すような口調で彼女は言った。

 

「ならばよいが――ああ、もしやモリーを口説くつもりではあるまいな。できれば最上であろうが、それは流石に高望みが過ぎるぞ。……その方面でこちらに助力を求めるなら、わらわにも出来ぬことがある、と素直に白状するほかない」

「それこそまさかだ。僕は、そこまで高望みなんてしないさ。……というか、モリー先生はそういう対象として見れないよ。あんな母がいたら良かったのに、とは戯れに思うけれど――現実になったら、それはそれで困惑しそうじゃないか」

「まさに。――モリーの奴め、なんという教育をしておるのだ。将来の駒にするつもりが、対等の指し手に変わるとなれば、あらゆる想定を見直さねばならぬ。まことに、厄介なことよ」

「楽しそうに笑いながら、そう言うか。……モリー先生は、妃殿下の遊び相手として認識されてしまったと、そう考えてもいいのかな」

 

 オサナ王子は、あきれ気味にそういった。気付かせたのは己であっても、悪びれる雰囲気はない。

 モリーならば、この程度の試練は乗り越える。そう信じていればこその、楽観的な態度だった。

 

「そなたの解釈に文句など付けぬ。ただ、次に顔を合わせたときは、どんな風にいじってやろうかと、その程度に考えておるくらいよ」

「モリー先生に、詫びる必要があるかもな。妃殿下に目を付けられたとあらば、どんな難題を押し付けられるかわからん」

「……誤解しないでほしいのだがな、そなたがモリーの生徒になる以前から、わらわがあ奴に目を付けていた。今回の件は、あくまできっかけにすぎぬと理解することだ」

 

 こう言いながらも、シルビア王妃の目は輝いていた。彼女はモリーを敵手に値する人物であると認めたのである。

 将来的には、敵手となりうる相手。そうでなければ、盟友となりうる手合いであると、彼女は判断した。それが正しい評価であるかどうかは、以後の経過を観察せねばなるまい。

 逆説的に言うなら、その観察の必要性があるからこそ、オサナ王子を軽率に扱えなくなる。モリーが彼に何を吹き込み、いかに教育していくのか。その傾向を探ることで、彼女の思想を把握することができるだろう。

 その必要性を感じていればこそ、余計な口出しは出来ぬし、師弟の絆を見守る理由ができてしまうのだ。

 

「それで? 目を付けて、散々考慮を重ねた挙句、結論がソクオチへの出向か? 妃殿下はモリーを遠ざけたいのか近づけたいのか、どっちなんだ?」

「近づけるために、一旦距離を離す。それもまた、権謀術数であると理解されるがよい。――わらわはモリーを評価しておる。ソクオチに向かわせて、わらわの管理下で働かせることができれば、手駒として取り込んだも同然であろう」

 

 そして、モリーには才覚にふさわしい活躍をしてもらうつもりだったのだ、とシルビア王妃は言った。活躍の余地がある土地なればこそ、任せるにふさわしいのだとも。

 

「粛清の種など、探せばまだまだある地方じゃ。そなたの未来を考えて、師が率先して働いてくれる。そう思えば、悪くない手段であったと思わぬか?」

「――モリー先生は、僕の臣下じゃない。これからも、そうなることはあり得ない」

 

 だから、過剰に期待してはならないのだと、オサナ王子は言った。

 その中に寂しさを見出すのは、シルビア王妃でなくとも簡単なことであった。だが、ここでそれを突くのは野暮であろう。

 

「そなたはそう思うか。しかし、わらわは諦めぬぞ。モリーを手元に手繰り寄せたら、やはり領地の一つもくれてやりたいものよ。……与える領地は、難しければ難しいほど良いのう。わらわが思うに、さぞ愉快な使い方をするのではないかな」

 

 ソクオチに派遣できたのなら、理由付けはいくらでもできたのに、残念ことよ――とまでシルビア王妃は言ってのけた。

 

「その辺り、僕にはわかりにくいところだな。領地の経営を、軍人に任せるのか? 代々貴族としての教育を受けた、由緒正しい人材が他にいくらでもいるだろうに」

 

 軍人に領地を与える――というのは、占領地の統治を考えるなら悪い手段ではない、とシルビア王妃は考えている。

 だが、これの詳細を語れば、未来へのプランを一つ開帳することにもなる。そこまで公開する気はないから、適当にお茶を濁しつつ話を進めた。

 

「それは確かにそうだな。あるいは、高度な教育を受けた官僚どもであっても、それなりに上手く領地を治めようさ。……ソクオチはいささか難しい土地じゃが、権謀と術数に長けた者であれば、手管次第で治められなくはない、とわらわは見る」

「言い訳はしないよ。ソクオチは、悪い部分ばかりを見せているっていう自覚はあるから。――でも、わからないな。ゼニアルゼの方でどうにかなる問題なら、クロノワークを巻き込む必要も、モリー先生を引き込むべき理由もないじゃないか。……役人の腐敗なんて、締め付け次第でどうにでもなるものだろう?」

 

 ところが、そう簡単な話でもないとシルビア王妃は言う。この辺り、苦い顔で言うものだから、オサナ王子はかえって強い興味を持った。

 彼女の弱みとなるかもしれない。これは好機かもしれぬと思えば、なおさら緊張感をもって臨まねばなるまい。

 

「繰り言になるが、役人ども、官僚らの習性というものは厄介でな。少し語ったが、あれはなかなかに救いがたいものよ」

「救いがたい、というのは穏やかな表現じゃないな。ゼニアルゼの官僚には、なにか不都合な癖でもあるのか?」

「ゼニアルゼに限らぬ。クロノワークはもちろん、ソクオチでも変わるまい。――くどいようだが、連中の多くは結託する。皆が皆、愚かな行為に走るわけではないとしても、無私の忠誠を期待できる手合いではないのだ」

 

 例えば処断すべき罪が発覚しても、かばいあって、なあなあに済ませることも多い。これを容認せねばならぬほど、実務の多くを任せきっているのだから、組織構造そのものの問題ともいえる。

 

「事あるごとに談合を行い、悪事を共有し、隠ぺいして利益をむさぼりたくなるという習性は、おそらく変えようがあるまい。良い悪いではなく、そうして生まれつき、育たざるを得ないのが宮廷の官僚というものだと、理屈ではなく本能で理解せよ。……下手に理由を探ろうとするほうが、馬鹿を見るぞ、あれは」

 

 21世紀の現代社会でも汚職が根絶できぬのに、近代以前の時代であれば、なおさら清廉潔白を一役人に求めるのは無理難題である。

 シルビア王妃は制度をいじりつつ、この辺りを少しづつ改善しているが、劇的な変化は望めまいと達観してもいた。

 

 個人の資質の問題ではない。目先に利益があれば、飛びつきたくなるのが人の性。押しとどめる機構がなく、背中を押す者たちが跋扈する環境であれば、大部分の人間は腐敗の魅力からは逃れられぬ。

 それこそ優秀な『死に狂い』のような例外的な存在でもなければ、こうした手合いを殴り倒して更正させ、効率的に組織を運営させることなどできたものではない。

 

 私心のない有能な人間であり、権限を任せるに十分な実績があり、かつ清濁併せ飲んで現実的に活用できる者。

 

 それだけではなく、自分の代では果たせない、理想への道筋を示して未来に託す。その意義を真の意味で理解できる人物でなくてはならなかった。シルビア王妃の見るところ、この全てを満たす人材は、モリーを置いて他にはない。

 

「反逆の意図がないのだから、忠心だけでは丸め込まれる。義を重んじる者は名目を気にしすぎるゆえ、法に触れぬ程度の搾取は見逃してしまう。かといって、武断的過ぎれば反感を買って仕事が滞る。……熟練の官僚というものは、陰湿なサボタージュも上手にやってのけるものよ。わらわがソクオチに派遣する連中とて、そこは変わらぬ」

「色々と腹黒いことを考えていたようだが、現実に運用できないなら意味がなかろう。僕が言うのもなんだが、その様子で税法の改正とか、ソクオチの統治などは大丈夫なのか?」

 

 わらわにとって不快なことが多くなるだけで、現状でもおおよそは問題にならぬ――とシルビア王妃は断言した。

 

「あれで粛清の恐怖を与えてやれば、しばらくは大人しくする習性も同時に持っておるのでな。定期的にアレコレして締め付ければ、何とか及第点の統治ができるであろう」

 

 そのうえで、完璧に事態をコントロールしたいという欲望を彼女は持っていたのだ。

 自らが思い描く理想の統治。その一助となるのであれば、利用したいものは何でも使いたいというのがシルビア王妃の本音である。

 

「わらわの目が届かない範囲でも対策はあるのだが、なかなか完璧にはいかぬもの。わらわとしては最善の結果を求めたいのよ。――モリーに任せられれば、いい具合に引き締めてくれたと思うのじゃが、どうかな」

 

 どうかな、と問われたところで、オサナ王子の答えは決まっている。

 

「モリー先生は、クロノワークの軍人であるべきだ。それが、一番幸福なことであると、僕は思う」

「……わからぬな。才は発揮してこそ意味がある。開花し切っておらぬ才能があれば、わらわは育てたいと思う。そして能うならば、可能な限りの権限を与え、周囲に良い影響を与えてもらいたいのだ。停滞は悪であり、進歩こそが善であるとわらわは信じる。時間資源人材、その全てが幾らあっても足りぬ、無駄に費やしてよい道理はない! ――違うか?」

 

 シルビア王妃は、猛禽のごとく鋭い目で、オサナ王子を射抜いた。

 これに怯むようでは、モリーに対して申し訳が立たぬ。彼とて、そう思うくらいには、育ててもらった自覚があるのだ。

 

「違わない。違わないが、それが個人の幸福につながるとは、必ずしも限らないんだよ」

「モリーには見返りを十分に与える。富も名声も娯楽すらも、合法的な範囲で必要に応じてくれてやろう。不正を働くのでなければ――実績に応じた報酬を得るのは、当然ではないか」

「そういうことじゃない。……あの人は、もう十分に満たされている。それがわからないから、貴女はモリー先生の忠義を受け取ることができないんだ」

 

 まるで、お前と違って己は彼女の忠義を受け止められているのだと、そういわんばかりにオサナ王子は断言した。

 

「――言ったな。言ってしまったな、オサナ殿」

「事実を指摘しただけだと思うが、問題はそこじゃないんだろうね」

「わかっておるなら、みなまで言うなよ。言えば許せなくなる」

「……すまない。だが、誰かが指摘するべきだと思ったんだ。誰もが貴女の合理性についていける訳じゃないし、理解しても忠誠を尽くせる人ばかりではないと、僕の口から言いたかった。これは、それだけの話なんだ」

 

 シルビア王妃は、本気で腹を立てた。もちろん、その怒りはすぐに霧散したが――王子の身の上で、この専制君主の怒りを買えたという事実は、それだけで特筆すべき結果であったといってよい。

 それが、どちらにとっても不利益をもたらしかねない爆弾であったとしても。貴重で価値のある関係性であったことは、間違いない事実である。

 

「オサナ殿。人が、本当の意味で満たされることなどない。腹が満ちても、甘い菓子を欲しがる子供はいる。富をいくら積み上げようとも、名誉や地位を極めようとも、自身にないものを求めてしまうのが人の性よ。――わらわ自身もそうであるし、わらわが治める国というもの、民というものも、そうした生き物じゃ」

 

 これには、オサナ王子のほうが違和感を抱いた。そこまで深刻に考えねばならぬほどのことであろうか、と。

 あるいは、これこそが統治者の孤独というものかもしれぬ。シルビア王妃はあまりに聡いがゆえに、わからなくてもよいことを、わかってしまったのであろうか。

 

「クロノワークの民は、素朴で慎ましい生活を良しとしている。その母国で生まれ育ちながら、どうしたらそんな結論が出るんだ?」

「……見えているものが違うから、としか言いようがないな。それに、わらわはもはやクロノワークの姫ではない。わらわが治めるべきはゼニアルゼの民であって、クロノワークの民のためにできることなど、そう多くはないのだ」

 

 この点、モリーは確かにわかってくれているのだろう。それだけでも、彼女は他の有象無象などより、よほどシルビア王妃を理解している。

 やりたい放題しているように見えて、彼女は統治に関しては細やかな配慮を尽くしていた。闘争と粛清にまみれながらも、民政の視点を持てるのが彼女の優れたるところである。

 

「話がずれたな。……モリーがクロノワークの騎士であることに固執するなら、わらわも色々と考えねばなるまい。新しい手を見つけるほうがよほど建設的であろうが――届きそうなところに美味しい果実があると、欲が出てくるものよ。むろん、これは比喩ゆえ、ゼニアルゼ王家への心配は無用じゃ」

「そうか。なら、あえてこれ以上は言うまい。――結局、とりとめのない話になったけれど、もういいのか?」

「いいとも。それに、充分身のある話ができたぞ。……モリーを語る、そなたの姿。わらわを評する、その態度。オサナ王子という未来の王が、いかなる存在たり得るのか? これを図るのに、良き話し合いができたのではないかな」

 

 ここまで言われて、そういえば結構感情的に、思いつくままに口を動かしていたことに気づいた。

 今更だが、シルビア王妃が狡猾な人間であることなど、すでに嫌というほどわかっていたというのに。

 

「……結論を聞いてもいいかな?」

「どう答えようとも、現時点ではただの予想。そなたにとっては意味のない言葉になろうさ。それでもあえて言うことがあるとすれば――暇つぶしには、なった。わらわは、最初から最後まで会談を楽しめたと言える。……無論、そなたもな。答えとしては、それでよかろう?」

 

 会話を打ち切る言葉としては、あまりにそっけない。それでも、シルビア王妃はこれ以上、語るつもりはない様子だった。

 結局、オサナ王子は釈然としない思いを抱いたまま、会談を終わらせるしかなかった。

 今度会うことがあれば、その時は、必ず己が主導権を得る。準備をして、己を磨いて――思いつく限りの対策を備え、王子ではなく王として彼女の前に立とう。口には出さずに内心で、ただ強く決意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モリーです。今回は、予定よりちょっと早く帰国することになりました。

 オサナ王子は、シルビア妃殿下との会談が終わってからも、数日間ゼニアルゼに滞在するとのこと。

 まだまだ心配事はあるので、彼についていたかったのだけど。私は残念ながら、滞在を許されなかったのです。

 

「僕はもう少し、シルビア妃殿下の周囲を観察したい。あの方への理解を深めることが、僕にとって重要なことだと思うし、ゼニアルゼの観光をこの機会にしてみるのもいいだろう。……観光にまで先生の付き添いを必要とするほど、この国は物騒ではない。だったら、もう帰国してもらって、お守り役から解放してあげるべきだと思う」

 

 本当は、最後まで付き合ってほしかった、という思いが感じられる言い方だった。

 言葉だけを取るなら、彼なりに独り立ちを意識し始めたともいえるのだろうが――声色に不安の色が出ている時点で、本音が漏れているのですね。

 

 それでも、私は彼の主張を受け入れた。男子の面子を尊重してのことである。

 いかなる心境の変化か、オサナ王子は、私に気兼ねしているのだろう。無理を言ってついてきたもらった、なんて考えているのかもしれない。実際には、そんなことはないというのに。

 

 とはいえ、男の子が意地を見せたのなら、これを認めるのも大人の務めだろう。そんなこんなで、私は帰国の途についているわけだ。……クッコ・ローセ教官とともに。

 

「なんだ? 緊張しているのか。今更、私を恐れる理由もないだろうに」

 

 帰国に際しては、行きと同様に立派な馬車を出していただけました。

 御者を除いては、他に同乗者もいないので、私と教官だけのプライベートな空間が出来上がったわけですね。――緊張するなってのは、無理な話じゃないでしょうか。

 

「恐れもしますよ。……貴女の人生を背負うかもしれないと思うと、気後れせずにはいられません」

「気にするなよ。私も、年が年だ。子供など最初から望める訳もなし。――伴侶を作れるだけ、ありがたいと思うべきだろうよ」

 

 そんなことはない。貴女は、もっと幸福になっていいんだと、私は言いたかった。

 けれど、それを言う資格など、女の私にはないのだ。心だけが男であっても、応えることができないことはある。

 その事実が、今はただ悲しかった。

 

「……謝るのは、筋違いですか」

「見当違いも甚だしいな。女として生まれて申し訳ない、とか。男じゃなくてすみません、なんて、お前が後ろめたく思う必要はないんだ。――私も、他の連中も、今のお前だから惚れたのだし、愛することを選んだんだ。この辺り、疑うべきじゃないだろう」

「疑いはしません。私も、いい加減に覚悟を決めました」

 

 誰かが聞いていれば、ここまで大胆な発言ができたかどうかわからない。

 でも、一度口にしてしまえば、周りの環境など気にも留められなくなる。馬車の中の振動や、車輪の音など、もはや私が意識するところではない。

 目の前に、クッコ・ローセ教官がいる。今の私の世界は、それがすべてだった。

 

「おっ、娶るか? いいぞ。私もあいつらも、まとめて抱き止めて見せろよ」

「……私はおそらく、いや確実に、貴女方よりも早死にします。戦死か事故死かはわかりません。とにかく、長生きできないことはご理解ください」

 

 言ってしまった、と思う。クッコ・ローセ教官にとって、私の言葉は今更説く必要のないものだろう。

 私にその傾向があることはわかっていたことだし、男と女の関係であれば、彼女はさっぱりと聞き分けてくれただろうという確信もある。

 問題は私が彼女と同じ女の体を持っていて、何も後に残せるものがないことだ。私の頑張りでどうにかなることなら、いくらでも努力できるのだけれど。――こればかりは、ままならぬ世の中だと思う。

 

「お前は死なんよ」

「わかるものですか、貴女に」

 

 反射的に、私は口を動かしていた。放った言葉の意味を自覚する前に、教官が言った。

 

「わかるよ、私には。……お前から、死の臭いがしなくなった。たぶん、無意識のうちに死を避けることが身についたんじゃないか?」

「――まさか。それこそ、まさか、です。私にそんな自覚なんて、かけらもないんですよ?」

 

 自分が言った言葉について、ようやく理解が及んだ。そうやっていう言葉が、まさか、だなんて。

 私は、私が思う以上に、自分のことをわかっていなかったのか。だとしたら、それを誰より先に理解した彼女は何なのか。何というべきなのか。

 

「お前、私を愛してるだろ」

「はい、それはもう」

「お前は、私たちに対して、何ができるかを考えている。どうしたら幸せにできるか、不幸にしてしまわないか、ずっと悩んでいる」

「――はい」

 

 だから、想いに応える、彼女らと共に生きるという選択を決めた後も、私はずっと考えていた。

 私が彼女たちに何かができるとして、幸せにできたとして。……それを長く維持することが可能なのか。

 できなかったとしたら、それは私の落ち度で。結果として彼女らの不幸を招いてしまったら、どうしようもなく後悔するであろうことを、私は恐れていた。

 

 死ねば考えずに済むなんて、そんな容易い逃避ができないことも、私には怖かった。

 

「気にするな、なんて言葉で言ったところで、お前には意味のないことだろう。行動で示そうにも、結婚は一生ごとだからな。人と人が寄り添うこと、幸福であり続けることは、たやすく達成できることじゃない」

「……愛し合うということは、難しいことですね、本当に。ただ想いを伝えるだけでも、体を重ねたとしても、それで何かが証明できるわけでもない。――ええ、教官の言うとおり、一生ごとですから」

 

 教官が何を言いたいのか、私にはわからない。ただ、なおも彼女は言葉をつづけた。

 

「だから、お前の悩みは、お前自身が時間をかけて向かい合っていくしかない。……私たちにできるのは、傍にいて見守ること、くらいかな」

「――それ以上のことを求めるのは、贅沢が過ぎるでしょう」

「それ以外のことに、価値を見出せないんだろう? モリー。お前は本当に、どうしようもない女だよ。贅沢ではなく、無欲、という意味でな。お前がその気なら、もっと出世できたろうに」

 

 無欲だなんて、初めて言われた気がする。自分を振り返ると、むしろ欲深いほうだと思うんだけどね。

 一番大事な人はいる。その人の周囲を守りたいと思う。好意を向けてくれたら、応えたいと願う。……何をどう考えても、無欲には結び付かない。

 

「私は自分を無欲だとは思いませんが――それより。せめて、男扱いしてくださいませんか」

「いやだね。何が悲しくて、お前を男にしなきゃならんのだ。……偽物の男装より、本物のお前の姿のほうが、よっぽど価値があると思うが?」

 

 ありのままの私でいいって、たぶんそういう意図で言ってくれてるんだろう。でも、本来の私は男だっていう意識が強いので、答え方に困る。

 そうして口ごもっていると、教官の方から話を続けてくれた。

 

「というか、お前を男扱いする方が怖い。どこに飛んでいくかわからん」

「ええ……? 別に変わりませんよ。何を想像してるんですか」

「シルビア妃殿下を寝取って、ゼニアルゼを裏から支配する有様かな? お前が男だったら、その万が一が有り得ると思うぞ」

 

 何を言われているのか、理解するのに時間がかかった。理解を拒みたくなるくらい、そうした想像は私にひどい衝撃を与えてくれた。

 

「……あの方は確かに美人だと思いますが、とてもじゃありませんが女性として見れませんよ。人妻に横恋慕とかシャレになりませんし、その手の物騒な冗談は、やめていただきたいんですが」

「二度とは言わんさ、安心しろ。――だが、私は冗談を言ったつもりはないよ。妃殿下は強いお人だし、性欲に負けるような性格ではないが……。あまりに強靭で賢すぎる弊害かな。どうしようもなく孤独なんだ、あの人は」

 

 だから、本心から理解される、ということに餓えている。己をわかってくれる相手には、ほだされてしまう可能性がある――と教官は言った。

 

「そうは言いますがね、どんな孤独にだって、妃殿下は耐えますよ。ごまかす手段はいくらでもありますし、やりたいこと、やらねばならないことは山積みでしょう。迷ったり日和ったりしている暇は、ないはずです」

「それはそうだろうさ。――だが、無謬な人などどこにもいない。弱みというには小さ過ぎる傷だが、お前がその気になれば付け込めるだろ?」

「怖いことを言わないでください。……鳥肌が立ってきました」

 

 手練手管を尽くすにしても、相手は選びたいところだ。教官らしからぬ冗談ということで、この場は流そう。

 あの人に哀れみを感じている部分はあるが、共感したいとまでは思わない。そんなことよりも大事なことがあるはずだと、私は主張しよう。

 

「仮定の話は、そこまでにしましょう。……私が責任を取るべきは妃殿下に対してではなく、教官を含めた女性陣に対してですから」

「わかっているなら結構なことだがね。――私の用意は万端だが、他の二人はそうでもないかもしれん。帰国したら、こちらで場を整えさせてもらいたい」

 

 他の二人、とクッコ・ローセ教官は言った。

 メイル隊長と、ザラのことだろう。……クミン嬢が入っていないことに、何かしらの意図を感じるね。

 

「一応、クミン嬢も責任を取る中に入っているのですが」

「真面目なのはお前の美点だが、何もかもをまともに受け取る必要はあるまい。――あれは、お前の人生の負担になる。抱えてもいいことはないと思うがね」

 

 別段悪感情を抱いているわけではないが――と、一言付け加えてから、教官はさらに言った。

 

「クミン嬢自身、今頃は見捨てられても仕方ないと思っているだろうよ。シルビア妃殿下も、お前と彼女との関りをもう重視してない。連絡役なら、誰がやっても同じだろうとのお考えだ」

「……それ、妃殿下が確かにそう答えたんですか?」

「匂わせる程度には、な。――お前、今回の会談に参加したんだろう。何かしら、シルビア妃殿下から褒美らしいものを受け取らなかったか?」

「面倒くさいことになるのがわかっていたので、事前に対策して逃れました。……まさか、本気で?」

 

 女ではなく、立場と土地で私を縛りに来た。シルビア妃殿下は、本気で私を取り込みにかかるつもりなのだろうか。

 一時の冗談、もののついで、という形ではなく、彼女なりの明確な目的をもって、私を求めに来るとしたら。

 その内心は、いかなるものか。将来的に、私という存在が必要になる事態など、それこそ荒事でしかありえないように思う。

 

「あの方はまた、平地に乱を起こすつもりなのでしょうか。ソクオチにクロノワークの武官を置くのはいい。けれど、特殊部隊出身の私がいけば、かえって警戒心を呼ぶでしょうに」

「さて、本心は分からんが。案外、そこまで物騒なことは考えていないんじゃないか? ただ、お前が十全に動ける場を提供して、どこまで働けるか試したかった――なんて可能性もある」

 

 そこで見事な仕事ができてしまったら、立場と実績がそのまま私を縛るだろう。私なしには回らない職場ができてしまえば、そこから逃げることはできなくなる。

 一度背負った責任を放棄するのは、私の趣味じゃない。この辺り、教官はわかってくれている。

 

「これ以上。お前に女を増やしてほしくはないから、あんまり余計なことは言いたくないんだが。……クミンとやらにも、一度会ってやれ。私の方から話を回してやったから、今はクロノワークにいるはずだ。案外、放っておいてもあちらの方から連絡が来るかもな」

「会って、どんな話をすればいいのでしょう。私は別に、彼女をどうこうしたいとか、積極的には思ってないのですが――」

「それは良くないな。……その嬢は、今更別の道が許される環境にいるのか? お前との縁を切りたくないと考えていた場合、色々と面倒なことになるかもしれんぞ」

 

 そこまで不安なら、私が同席してやってもいいが、なんて教官は答えました。

 冗談とも本気とも取れるような、軽い口調だったので、気軽に了承してしまったのが運の尽き。

 

「苦労を掛けますが、教官が同席してくれるなら気が楽ですね」

「じゃあ決まりだな、帰国次第準備を整えるから、逃げるなよ」

 

 最初から最後まで、教官の話術に踊らされたという結果になりました。

 ……色恋に関して、私がポンコツになることはわかってくれていたらしい。なればこそ、彼女の助力を否定してはならぬとも思う。

 既定の路線に乗らされている気もするが、抵抗は無意味だろう。私自身、彼女らに対しては出来ることすべて、応えたいと思っているのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――で、組織傘下の店に席を用意してくれたわけだけど。教官とクミン嬢がガチで同席して私の隣にいるなんて状況、帰国前は本気で予測できませんでした。

 ……だって、半分くらいは冗談だって思うじゃないですか。でも実現した以上は、腹をくくるべきだろう。

 

「奇妙な組み合わせですね。私とクッコ・ローセ教官とは、そこまで接点はなかったはずですが」

 

 あいさつもそこそこに、雑感を述べるような形で、クミン嬢の方から口火を切ってくれました。

 それは私も同感だけど、これからは違うんじゃないかな。この辺り、ちゃんと認識する機会になればいいと私は思うよ。

 

「モリーが間に入らなければ、おそらく一生会うことはなかったろうな。だが、これも縁だ。お互い、仲良くやってやろうじゃないか」

「いいんですけどね。――私の役割も、そろそろ変わってきそうですし。特別な手当てを受け取れる期間も、そう長くはないのでしょう」

「何の手当だ。危険行為手当、なんてもんじゃないだろう? ……察するに、シルビア妃殿下の命でモリーに付きまとうこと。こいつの首にひもをかける役割に、手当てが出ているというわけか」

 

 教官がクミン嬢を挑発する理由があるとしたら、ここで格付けをしておいて、力関係を明確にすることだろうか。

 

「別段否定はしませんが、そこまで露骨に言うことではないでしょう。露骨な女は嫌われますよ」

「あいにく、誰かさんと違って、愛されているっていう自覚があるもんでね。――役割が変わったのなら、無理して付き合うことはない。お前なりに、今後の身の振り方を考えておいた方がいいんじゃないか?」

 

 今更、彼女が本気で手当てを目的として、私と付き合っていたとか思わないけど。

 役割が変わったって言い方は、どうしても気になる。この辺りは、私が指摘しておくべきだろう。

 

「ええと、クミンさんは、何かしら近況の変化でもあったのですか?」

「詳しくは、話したくありません。今言えるのは、お察しされていることは、そこまで的外れじゃないってことくらいです」

「クミンさんも、なかなか大変な立場なのですね。シルビア妃殿下に振り回されるのは、私たちも同じですが――。騎士身分と一般人とでは、やはり違いもあることですから」

 

 色々ぼかした言い方をして、真面目に受け止めていないように聞こえても、どうか許してください。

 まずは、貴女から踏み込んでほしいのです。愚痴を聞くだけでいいのか、助けてほしいのか、その辺りを最初に明確にしましょう。

 

「違い、といえばあまりにも無情な違いですね。モリーさんも、クッコ・ローセ教官殿も、シルビア妃殿下に求められて傍にいる。……私はといえば、妃殿下に命じられてここにいる」

「つまり、あの方の気まぐれ一つで、お前は別の地方に飛ばされてもおかしくはないわけだ。――その場合、モリーのそばに置くだけの価値が、お前にはないんだと。そう言われたも同然だが」

 

 その辺りどうなんだ、とクッコ・ローセ教官は無情にも言い放った。

 でも、私もこれを咎めようとは思わない。まったく同感だったし、妃殿下がクミン嬢に別の仕事を与えるのであれば、私は彼女の紐帯から逃れたことになる。

 ……あの方の思惑を理解するうえでも、クミン嬢の答えは興味深い。私は、じっと返答を待った。

 

「モリーさん、何か言ってくださいよ。私を慰めてくれないんですか?」

「貴女が求めている言葉を探っているところですよ。……自ら慰めてほしいだなんて、そんな言い方をする人ではなかったと思うのですが」

「状況が変わりましたから。――いえ、そうですね。私の方から、情報を公開するべきですね」 

「私は、クミンさんの立場が悪くなることを望みません。言わなくていいことまで、口にすることはないのです」

 

 おそらく彼女は、こちらの悪い下心に気づいているのだろう。だから自ら踏み込んでくるのだし、睨みつけるように私を見るのだ。

 ――私は決して、清廉潔白な君子ではないし、女性に対しても常に紳士であるわけではない。

 

「紳士の仮面は、もう取っ払ったんですかね。うわべだけの態度や言葉は、むなしいだけです」

「我が身の不徳を恥じ入るばかりです。――取り繕って、対決から逃げようとした。私の罪ですね、これは」

 

 常に紳士であれたらいいとは思うけれど、一番大事な女性のためならば、いくらでも狡猾になれる。だから、クミン嬢には割を食わせてしまうけれど、どうか許してくれたまえよ。

 正確には、許すしかないような状況に追いやるのだが。責任を取ればセーフだろうと思うから、私はさらに罪深い言葉を重ねた。

 

「シルビア妃殿下は、貴女を必要としなくなった。正確には、私を縛るのに、貴女を使うことをあきらめた。そうですね?」

「……同性を魅了するだけの力がなかったと、そう判断されたらしいですね。詳細まで聞き出せるほど、私はあの方に近くないもので。――無理をするな、これ以上はあえて近づく必要はない、と。そこまで言われたら、私はどうしたらいいんでしょうね。今更負け犬のように、別の男に走ればいいんでしょうか」

 

 クミン嬢の声は沈んでおり、気落ちしている様子が見て取れる。

 しかし、油断するなかれ。彼女はハーレム嬢だったのだ。その上、若くして酸いも甘いもかみ分けた風俗嬢でもある。

 弱気な態度は擬態であると、私は看破する。看破してなお、慰めよう。弱みを見せた女性に対し、不利とわかっても愛情をささやくのが男というものだと。私は、そう信じているから。

 

「貴女にその気があるのなら、私の下で時期を見定めればよろしい。これでも、女性一人を養うだけの甲斐性はあります」

「一人じゃすまないでしょう? 他の女性陣はどうするんです?」

「あいにく、他の女性陣は生活力に長けているもので。私があえて養わずとも、たくましく生きていける女性ばかりなのです。――私が外に女性を囲っていても、訳を話せば納得してくださるでしょう」

「……ああ、そうですか。つまり、私だけが庇護せねばならぬ弱い女性だと、そう言いたいわけですか」

 

 否定はできなかった。それでも何かを言わねばならぬと思いつつも、口ごもってとっさに答えを返せなかった。

 否定するのは簡単だけど、説得力が伴うかは別問題。そして、私は説得力を伴う言葉を使うほど、彼女に対して労力を割くべきではないと思ったから。

 

「――否定するなり、肯定するなり、何でもいいですから答えてくださいよ」

「私にできることなら、します。転職がしたいなら、伝手をたどって用意しましょう。気晴らしに付き合ってほしいなら、相手になります。――それ以上を求めるなら、まず、貴女の口から本音が聞きたい」

 

 私に、悪いことをしているという自覚はなかった。悪いことを口にしていると自覚してしまえば、彼女のペースに飲み込まれてしまう。

 たとえ虚勢であったとしても、私はクミン嬢の前では強くあらねばならない。隣にいる、これからの人生を共に歩む、教官のためにも。

 

「……助けてください。これでいいですか?」

 

 明確にどう助けてほしいのか、そこまで言わないあたり、やはりクミン嬢は狡猾だった。

 私の性格的に、こう言われたら手は抜けない。それならそれで、こちらのしたいようにするだけだがね。

 

「では、私が助けたいように助けます。――とりあえず、貴女の立場の保証からですね。シルビア妃殿下に、私から手紙を出しましょう」

 

 他の女性陣と、貴女は明確に立場が違う。だから、貴女は私の庇護が必要な、弱い存在であってほしい。

 言葉を飾らずに言うなら、私の家では己の身をわきまえて行動してほしいのだ。そうでなくては、示しがつかない。

 

「私が自ずから記し、伝えるのです。この意味を、よく理解していただきたい」

「政治的なモノですか、それ? だとしたら、もっと直接的に言ってほしいんですが」

「教官、メイル隊長、ザラ。三人とも私にとっては対等に愛すべき方々ですが、貴女は違う。貴女は、私が庇護すべき存在です。――庇護することで、お互いに利益がある。そうすることに意義を見出している間は、いい関係でいましょう、と。私が言いたいのは、そういうことですよ」

 

 これからの私の発言は、全て貴女のためでもあるが、それ以上に教官らとの差異を理解してもらうためでもあるのだと――。そう考えて、捉えてほしかった。

 クミン嬢は聡い人だから、私のが言いたいことも理解したのだろう。とりあえずは納得し、受け入れてくれた。

 

「わかりました! それで、手紙の内容については、どのような?」

「クミン嬢は私のお気に入りなので、本人が嫌だというまで傍に侍らせます、と。大っぴらに知らせたくないことがあれば、必ず彼女を通して知らせてください――とまで言えば、あの方もこちらの意図を理解してくださるでしょう」

 

 そちらで設定した紐帯を、そちらの都合で切り捨てるんじゃないよ、と伝える訳ですね。

 これで私の首には妃殿下の紐がつけられたまま、あの方の派閥に組み入れられることにもなるんだけど。

 クロノワーク内にいる限り、別段それは悪いことじゃないからね。あの方が将来的に生国を切り捨てるというなら、また話は別だけど、おそらくそんな日は来ないわけだから。

 

「それで、私の何が助かるんですか?」

「貴女は私の近くにいることで、給金は据え置きか、少しくらいは上げられるかもしれません。――もちろん、貴女が望むのなら、私など放って男を作ってくれていいし、他にも行き場があるなら離れてくれて構いませんが」

「十分な貯蓄ができたあたりで、私には穏便に引退する道もある、と。……モリーさんなりの好意だと思えば、破格の待遇といっていいのでしょうね」

「ご不満ですか、クミンさん」

「ケチを付けるほうが馬鹿でしょう。不満を口に出すような愚行は犯しません」

 

 感情の処理については、流石にまだ踏み込む段階ではないと思う。クミン嬢に道を示すことができた、というだけで今は満足しよう。

 ……彼女は、私という地獄から、抜け出す余地がまだ残されている。だったら、最後までその道を残してあげることが、私のやるべきことだった。

 

「お互いの格付けが済んだところで、いいかな」

「はい、教官。どうぞ」

「メイルとザラも呼んで、これからの話し合いをする場を作りたい。今すぐでなくていいから、都合のいい環境を整える必要がある」

「……そうですね。私も、まとめて背負う覚悟を決めねばなりません。心の準備などと言っていたら、いつまでも話が進まないこともわかります」

 

 だから、そろって休暇をとれる日を見繕わねばならないわけだね。その辺りは、まず帰宅してからザラと話し合って、それからメイルさんにも話を通すことになるか。

 

「のけ者にされたくありませんから、私も参加させてくださいよ」

「クミンさんに、その気があるならば。もちろん、認めましょう」

「お前くらい図太いやつがいた方が、話が早くなるかもしれん。私もいいぞ。――女どもの間で、序列を作っておくのは必要なことだからな」

 

 なんか大奥みたいなことを言い出した教官だけど、私はそこまで深く考えられなかった。

 思考放棄は問題の先送りのような気もするが、どうにも実際の現場に出なければ、頭が働かない。

 

「序列? ああ、確かに大事ですね。私は一番寵愛を受けている相手に媚びればいいわけですから」

「自分が一番になれないと思っている時点で、知れているぞ。モリーにも媚びてやれ。尻に敷かれる旦那を支えてやらずに、愛人を名乗れると思うなよ」

「……教官、ちょっと。愛人呼ばわりは流石に、どうかと」

「ここで取り繕って、どうする。クミンの奴は覚悟してここにいるはずだ、そうだな?」

「ええ、まあ。それはそれとして、当面は側室として認知してくれるなら、それが一番いいんですがね」

 

 女性関係がこじれにこじれるのは、やはり童貞なのが悪いのか、なんて他愛のないことを思う。……それをいつまで維持できるのか、そこまで考えると、やはり複雑な感情を自覚せずにはいられないのでした――。

 

 




 というわけで次回。ついにモリーが観念するお話になります。
 あるいは、色々な意味で彼女が分からされるお話になるかもしれません。
 まだまだ描写すべき部分はあるのですが、ともあれ全員と結ばれた辺りで、一旦物語に一区切りをつけることになるでしょうか。

 どこまで書き続けるべきかは、まだ結論が出せていませんが、どうか今しばらく、見守ってやってください。

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