ここまで見守ってくださっている読者の方々には、本当に感謝しています。
こんな冗長な物語に目を通してくださっていること、筆者としてありがたく思います。
一つの結末は、もう、すぐにたどり着けるでしょう。夏か秋には、そこまで進められたらと思います。
どうか、今しばらくお付き合いのほど、よろしくお願いします。
状況が目まぐるしく変化している中、私は帰国してからもザラの家でのほほんと暮らしていた。正確には、状況が暮らすことを許してくれた、と表現すべきだが。
――限界までため込んでから、爆発させる。そうした勢いがなければ、彼女は踏ん切りをつけられない。自己申告を信じるなら、そういうことになる。だから、私は普通に日常生活で彼女らと接したし、仕事の上でも決して関係を崩さなかった。
全員がそろうタイミングがつかめない、という事情も、一時の停滞を助長する要素になった。
以前ほどではないにしろ、結構な量の仕事が舞い込んできたから、そちらがひと段落するまでは時間が稼げよう。
交易関係の土木工事が、いまやクロノワーク騎士団の主要業務になっているのだから驚きである。
とはいえ、日帰りで済む範囲はすでに終わらせており、首都近郊の交通の便は以前とは比較にならないほど改善した。
治安の回復も相まって、予算が許すならば、これを国中に行き届かせるのに半年とかからないだろう。結構な突貫工事になるが、可能とするだけの能力と人員が、クロノワークにはあった。
大事業と言って差し支えないが、必要なことであると誰もが理解していた。ゼニアルゼの援助もあり、実入りが良いものだから、臨時収入と考えれば悪くない展開でもある。
私はといえば、外回りの仕事が多かった反動で、内勤ばかりを任される毎日だった。オサナ王子の教育に割り振る時間が増えたのは、ありがたくもあり、難しくもあった。
とはいえ、余裕ができたのは確かなので、思い出したように翻訳の仕事を続けたりもしている。……ミンロンにこちらから連絡してもいいくらいには、訳した文章もたまってきていた。
今日も今日とて、仕事終わりに帰宅して、早々に夕食を済ませると机に向かって作業をしていたのだから相当である。
商君書とか孫子とか、それっぽいのは、だいたい訳し終わってるから一度見せておきたいんだよなぁ。見直しと校正の作業もあるので、製本はまだまだ先の話になるが――。
本当に、商売になるのだろうかと私は懐疑的だった。その辺り、会ったら再度話をしなければなるまい。うまくいったら、引退後の進路として考えてもいいのだが。
「いけませんね、どうも」
今考えるべきは、そんなことではない。そもそも、翻訳作業などしている場合ではない。
ザラを筆頭として、メイルさん、クッコ・ローセ教官、そしてクミン嬢。彼女たちに対する責任の取り方を、本格的に考えねばならないはずだ。今私に与えられている時間は、そのためのものであると、言い切ってもいいくらいだというのに。
なのに、暇さえあれば書物に向かって逃げている。これでは、婚儀を挙げても尻に敷かれるばかりだろう。それはそれで幸せな気がしないでもないが、元男として、彼女たちを守れるくらいには強くなりたいと思う。
「結婚は人生の墓場というし、一緒に入る人たちのことを考えると、どうしても深刻に悩んでしまうので。……頭の中が取っ散らかってしまうから、翻訳作業は息抜きとしていいんですよねぇ」
問題は、息抜きが過ぎて本題に取り掛かれないこと。まさに本末転倒なんだけど、私としては本当に悩ましいことばかりで。
……式場とか、儀礼的な準備であるとか、そういう部分は彼女たちに任せきってもいいかもしれない。ただし、それには私自身の覚悟というか、本心からの納得が必要になるんだ。
私が婚姻届けにサインする日が来るなんて、本当に来るとは思わなかった。しかも相手が複数で、それが現実として許される日が来るとか、前世の私が聞いたら鼻で笑うレベルでありえない話だと思う。
だからこそ――現実離れした今の現状に、どう対応すべきか、なお揺れ続けてしまっているわけだ。
拒否など考えられない状況ではあるけれど、受け止めることに躊躇いを感じ続けているのが本音でもあった。人一人を幸福にすることさえ、大仕事であるというのに。私には相手が四人もいるのだ。生半可な決意で、受け止められることではあるまい。
それでも、男なら腹を決めろよ! と叱咤する自分がいる一方で、私でいいのかよ! と疑問を抱いて後ろめたく考える自分もいる。
心は決めたはずだ。なのに迷いが生まれるのは、私の心の弱さゆえか。弱さであるなら、いかにして補えばいいのか。結論は一つしかありえないのに、言葉にすることすら私には難しい。
「……堂々巡りでは意味がない。迷いは不毛、覚悟を決めたのなら、どこまでも忠実であるべき、ですね。それが、いかに難度の高い課題であろうとも。夫たるべき私には、怯むことすら許されないのだから」
とはいえ、一念発起して解決するほど現実は単純じゃない。私が彼女たちを受け止めて、共に生きる。そうして、皆で幸せになる。最終的な目的を言うなら、それがすべてだ。
そして、私が愛すべき彼女たちは強者揃いであり、こちらが心配する方が失礼だと思うほどたくましいのである。……なんだか考えれば考えるほど、問題は私の方にあるんじゃないかって思ってしまうね。
「なんだかんだ言いつつ、結局は私自身の問題に帰結する。そういうこと、ですか」
漢文が敷き詰められた書物から目を離し、翻訳の手も止めて、唐突に呟いてみる。これは要するに、私だけの問題なんだと理解する。
皆が私を愛してくれるなら、その愛に殉ずるのが男というものではないのか。愛されておきながら、これに応えない方が不誠実というものではないのか。
たとえ実にならぬ恋でも、祝福されぬ婚礼であっても、お互いが望む結果であるなら、抱き止めるのが筋であろう。
「忠を尽くすのは、祖国に対してだけ、だと思っていたんですけどね。――愛されたなら、愛に殉じねばならぬ。彼女たちにも忠を尽くすのが、男としての私の役目でしょう」
私が彼女たちと出会えたのは、クロノワークに生まれたから。そこの王家につかえる騎士になれたのは、私にその能力があったからだと言える。
さかのぼるなら、その能力を得られたのは家庭環境に恵まれたから。その環境を用意できたのは、両親の努力もあるがクロノワークという国家の枠組みに組み込まれていたからでもある。そうでなければ、前世の記憶があっても騎士となれたかどうかは微妙だったと思う。
そして騎士として生きられたから、私は敬愛し、また尊崇する女性たちと付き合えて、こうして覚悟を決める段階まで来られたのだ。
ここまでくれば、祖国に対する忠心は、もって当然であろう。なおも考えるならば、そうした素晴らしい人たちと結ばれることを、単純に幸福を感じていいはずだ。
彼女らは、すでに覚悟が決まっているのだと考えれば。それだけで、こちらの情けなさを思い知らされる。
「――案ずるより産むが易し、とは言いますが、さて」
口にしてみても、軽い言葉だと思う。軽いがゆえに、心に響かない。やはり、一人で悩んでいるとろくな考えが浮かんでこない。自分だけの問題ではないのだから、相手も交えて話し合うべきなのだろう。
これ以上は不毛なだけだと思って、机の上を片付け、ベッドに寝っ転がる。明日も仕事があるのだから、なるべく早く休むべきだとわかってはいるのだが、どこか落ち着かず、眠る気になれなかった。
以前とは比較にならぬほど、書類仕事が減ってきているし、残業もせずに済む体制が整っている。極端な話、一睡もできなかったとしても、仕事に支障はきたさぬだろうとも思うのだが。
だからといって、体調を万全に整える努力を怠ってよいわけがない。どうにかして休もうと、ごろごろベッドの上で悶えていたところで、部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
「……疲れているところ、悪いな」
「いえいえ、貴女を前にして、閉ざす扉を私は持っていません。話があるのなら、付き合いますよ」
入ってくる相手は分かっていた。私はザラの家にすまわせてもらっているのだから、家主が訪ねてきたのなら、快く迎え入れるのが筋だった。
最近は忙しいが、彼女と私が所属している特殊部隊はマシな方だ。早々に土木工事を終わらせて、治安維持の方に回っているからね。ザラはそれでも外回りが多いが、休みの日もそこそこある。
メイルさん達の護衛部隊は、暇が多くなった分、余計に土木工事を押し付けられているらしい。もっとも、仕事が多い分稼ぎも多くなるのだから、この辺りは痛し痒しといったところか。
「察するに、悩んでいるか」
「……悩みなしとは、流石に言えない身の上でして。女々しいと言われれば、それまでなのですが」
「私たちのせいかな、それは」
「いえ! むしろ、問題は私の方にあります――なんて。貴女には、聞き飽きた言葉でしょうけれど」
繰り言のように、言いたいことだけを言って終わりには出来ない。私なりに、何か建設的な話がしたかったのだが、いざ口を開こうとすると、どうにも難しい。
「いいじゃないか。女々しくたって、ふがいなくたって。最初から百点満点の夫婦なんて、どこにもいないと思うぞ」
「そこはそれ、男子の面子というものがございまして」
精神的には、今でも男のつもりだった。立ち振る舞いも、男性騎士のそれを意識している。それが滑稽に見えたとしても、今更変えられぬのが私という人間である。
「女の癖に何を言ってるんだ。……お前の心が男っぽいことは、なんとなく理解してはいたがね。現実を受け入れるのが、大人ってもんだぞ」
現実を理解して受け入れつつも、それでも反抗するのが男の子です。口にして主張するほど、こじらせているつもりはないけれどね。まったくもって、精神と肉体の乖離ばかりは、如何ともしがたい。
「言い訳をさせていただきたいのですが」
「いいぞ。思うがままに宣って見せろよ」
「……私、元々男だったんだって言ったら笑います? 本当は男として生まれるはずだったのが、何かの間違いで女性になってしまったというのは、どうでしょう?」
「そう思ったり願ったりするのは自由だ。――それはそれとして、やっぱり現実を見ろよと言いたくなるが」
「そっくりそのまま、お返ししますよ。女同士の結婚は、貴女方に大きな負担を強いてしまうと思います。……私は、嬉しいし、それだけで幸せです。でも、皆がそうだとは限らない。違いますか?」
私がそう聞くと、ザラは即答しなかった。それだけで察せようというものだが、早合点するなとばかりに彼女は言った。
「なあ、そう否定ばかりせず、私の主張を聞いてみないか?」
「――はい。話したいことがあるなら、聞きましょう」
「ならば言うが、お前に恋した連中は、私も含めて我が身の不幸を嘆いたりなんかしないぞ。むしろ、お前に出会えてよかったと思っている。むしろお前がいたからこそ、こんなに幸福を感じられるんだと、明確に自覚しているくらいだ」
彼女の言葉をそのままに。ありのままに信じることができるなら、どれだけ幸福かと思う。
それでもなお疑ってしまうあたり、私の精神は悲観的に作られているらしい。後ろ向きの思考は誰も幸せにしないから、ほどほどにした方がいいとはわかっているんだけどね。
わかっていてなお直せないからこそ、人というものは感情に支配されているんだなぁって、いやというほど自覚してしまうよ。
「私は、それほどのことを、貴女方にしてあげられているのでしょうか。皆を幸福にできるだけの甲斐性を、持ち合わせている自信など、欠片もないというのに」
「お前のそれは、もう性癖を通り越して習性に近いのかな。――好きな人には近づきたがるのに、いざ近づいてこられると気後れする。敵に対する勇猛さと比べれば、まるで別人のようにも見えるぞ」
「私は、私です。……それは変わりません」
「知ってる。――本当だぞ、モリー。お前の女の中では、私が一番付き合いが長い」
そう言って、ザラは私の隣にまでやってくる。視線を外したり、顔をまともに見れなかったりするのは、どうか許してください。
代わりに手を差し出すと、彼女は優しく握ってくれた。これだから、私は幸福を感じつつも、申し訳なく思うのだ。楽しんでいるのは、自分だけなんじゃないかと、後ろめたくなってしまうから。
頭の中がごちゃごちゃしているうちに、ザラが身体を密着させに来ると、思わず体が硬直した。――それは確かに、戦場であればありえない反応だった。
「弱さも、強さも、この目で見ている。……お前の弱さは見えにくいから、クミンとかミンロンとかは理解すら及んでないだろう」
「あの二人の前では、意識して強くふるまっているつもりです。――これからは弱みを見せるとしても、何かしらの意図を持たせねばなりません。油断できない相手という意味では、確かに二人は同類とも言えますが……」
付き合いのある商人と、シルビア王妃からの紐帯を同列に語るのは、何か違うんじゃないでしょうか。貴女はさらに特別だから、やっぱり比べるべきではないんだよ。
「ま、今はそっちはいいだろ。どうせ向き合う頃には、勝負がついているんだ」
「――え?」
強引に顔を向けさせられて、顔があったところで、私とザラのが接触する。
柔らかい、と認識するところで、彼女が言った。自らの鼓動がやかましくて、聞き取ることさえギリギリだった。
「癖になりそうだよ。――私も、変わったもんだ。こう言う手は、好みじゃなかったはずなんだが」
想い人の方から身体で迫られると、どうしても拒めないのは私の弱点だ。ザラでなければ、まだ冷静に相手にできたんだろうけれど――。
「……こんなはずじゃなかったことばかり、ですよ。世の中は」
私にできたのは、微妙な返答を返すことだけだった。シーツの中に追いやられても、私は押し返すことすらできない。力が抜けていて、反抗など思いもよらない。そうした状態に、私はある。
「力技で押し通すのは、お互いに問題を先送りにするばかりだって、わかってるんだがな。――お前のせいだぞ? モリー、お前は本当にひどいやつだ。他の女には容易く飴をやるのに、私にはわかりやすく甘えてくれないんだから」
ザラはその優しい手で、私を包み込むように抱いてくれた。私は身を任せて、彼女の目を見つめ続ける。
彼女が何を望んでいるか、私が返すべき反応とはなんであるのか。はっきりしないまま、つたない言葉だけを続けた。
「甘えてないだなんて。そんな、はずは……」
「色々と自覚が足りてない。だから、わからせてやるのが一番早い、というわけだ。私を恨んでくれていいぞ」
私の服に、ザラの手がかかる。拒絶すべきか、と思った。まだ早い、とも。
……それでも、先延ばしにして彼女を傷つけることの方が、私には怖かった。だから、やっぱり私は抵抗ができないままで。
「――ばか。私の思うが儘にさせて、抵抗しないでいると、本当にどうにかなってしまうぞ」
「ザラ。貴女には、泣いてほしくないんです。貴女が泣いてしまうと、私はどうしたらいいかわからなくなるから」
「だからって、私の欲望を拒絶せず、なし崩しに犯されてどうする?」
「いやでは、ないんです。むしろ嬉しいくらいで、申し訳なく思うほどに。……貴女の手を拒む理由があるとしたら、それは私の方にあって。貴女の人生を背負う重みに、震えているというだけで」
身体を提供するくらいは、貴女の正当な権利と思う。心も体も、犯される対象が貴女ならば、私は幸福に思うべきなんだ。
それくらい、私は貴女たちの想いを弄んだのだから――だなんて。そんなことをつぶやいてしまったからか、ザラは悲しそうに目を伏せてしまった。
「弄ぶって、なんだよ」
「うぬぼれでないのなら、貴女がたに愛されたこと。愛したこと。そして、そんな皆の声に充分に応えないままに、怠惰な日々に流されていること、ですね。……皆がそろってから。決意表明をしてから、なんて。区切りをつける時期を見計らう辺り、私はずるい男なんだって思います」
「そんなもの、弄ぶうちに入るか。誰だって戸惑うことはあるだろう。後悔するまい、失敗するまいと思って、慎重にもなるさ。この手の臆病さは、非難されるべきことじゃない。――私は、モリーの負担にはなりたくないんだ」
負担になりたくないと言いながら、私の体に縋り付くザラの姿は、何と言ったらいいのだろう。
私は、貴女からかけられる負担なら、受け入れたいと思うのに。貴女に負担をかけたくないからこそ、悩んでいるというのに。
「支離滅裂、ですね。体も心もチグハグで、論理的な思考さえ難しい」
「お互いにな」
「ええ、ええ。それがまた、愛おしくもありますよ、ザラ」
「悪いやつだ。お前は、本当に、悪いやつだ、な」
私はその日、ザラを抱いて眠ることになった。結局、彼女は私を犯すことはなかった。ここまでされてしまったら、愛されているのだという自覚を、強く覚えずにはいられない。
一線は越えないままに、ただお互いを触れ合わせたまま、私とザラはお互いを感じながら眠りに落ちる。
この幸福を共有してくれたのなら、これ以上のことはない――なんて思いつつ。決断の日が来るのは、もう遠くないのだと改めて自覚したのだった。
その日が来たら、たぶん流れに乗って、なし崩し的に責任を取ることになるんだろう、なんて考えていました。
それが嫌なわけではないことは、私は強く主張したいし、彼女らもわかってくれると思う。
ただし、諸々の覚悟を自分の中で留めておくのではなく、きちんと表明して理解を得ねばならない。
これが私にとっては、一番の難題であって――まさにそれゆえに、話をここまでこじれさせた原因であったともいえる。
会場は、当然のようにザラの自宅になる。私が同居している時点で、他に選択肢はなかったとも言えるのだが――。
一定の広さと秘匿性を兼ね備えた場所となると、どうしても限られる。時間を気にせず話し合えるという点も、なおさら都合がよかった。
ザラだけではなく、他の女性たちに対しても、私は自ら呼びかけ、日程の調整を行った。
中心にいるのは、私だという自覚は確かにあった。だから、ここは形だけでも、自ら主導する姿勢を見せることが必要であると思ったんだ。
全員の都合がつき、いざその日を迎えたときに。私は、私なりに彼女たちを歓迎して、自らの思案したところの全てを、思うが儘に主張せねばならないのだ。
「全員揃ってくれたところで、まずは感謝を。私のために、今日この日に集まってくださった貴女がたに対して、私に何が返せるのか。――ここしばらくは、そればかりを考えていました」
ザラがいる。メイルさんも、教官も。これにクミン嬢を入れて、四人。私が責任を取るべき相手は、これで全てだった。
「結論を求めても良い頃合いだ。モリー、改めて聞かせてもらおう。……お前の答えは?」
代表として、最初に発言したのはザラだった。私はあらかじめ心しておいた言葉を、素直に口に出そうと思う。
「私は、それが許されるなら、愛したい人を、思うが儘に愛したいと思います。――望まれるなら、伴侶として人生を共に生きたいとも」
「それは、全員に対してか?」
ザラの目が、鋭さを増している。半端な返答では済まさぬと、その表情は語っていた。
だから私も、本音で応えたいと思う。
「はい。私は皆に対して、責任を取りたい。合意が得られるなら、重婚という形になりますが、そうすることを許していただきたいのです」
何をいまさら、と思われても、改めて言葉にすることが大事なんだと信ずる。
ザラは何も言わなかった。ただ頷くだけで、私の言葉を容認する。そして、彼女の次に発言したのは、意外にもクミン嬢だった。
「もちろん許しますとも。私はもとより、シルビア王妃も可能な限りの支援を行うとの確約をいただきました。――クロノワークで婚礼が難しそうなら、ゼニアルゼで式場を用意する、と。書面はこちらに」
そう言って、クミン嬢は持参した書類を広げる。私が確認したところ、不審な部分は見受けられない。
全員で回し読みして確認したが、誰もケチを付けなかった辺り、法的にも問題はないらしい。この中ではもっともシルビア王妃に近しいメイルさんも、これには太鼓判を押した。
「確かに、シルビア様の筆跡ね。あの方がモリーを気にかけているのは知ってたけど、本当にここまで協力してくれるなんて。……見返りは、何かしら。安易に頼るのは、怖い気もするわね」
「いや、これは前々から約束してくれていた報酬だ。重婚の許可は、明言してもらっている。私もそうだが、ゼニアルゼではかなり融通が利くと思うぞ」
「教官はそうでしょうね。――ん、でもこれは悪いことじゃないかも。クロノワークでも重婚は、地位と財産があるならそこまで目くじらを立てる問題じゃないし」
メイルさんとクッコ・ローセ教官が話し合っている中で、私は私なりに考えてみる。
形式はどうあれ、書面で確約した事柄は拘束力を持つ。あえて形に残している以上、シルビア王妃は、私が頼れば力を貸してくれるのは間違いない。
もっとも、いざ頼ったら、後々まで散々いじられそうな気配はある。やはり、安易な判断はしたくないところだ。
「私が言うのもなんですが、あんまり深く考える必要はありませんよ。式場まで用意するのは、シルビア王妃からのご厚意なのですから。別段、見返りを求めてのことではないとの言葉も賜っております」
「……あ、そう。貴女はご厚意というけれど、書面のどこを探しても『厚意』とか『無償』なんて言葉がなかったのは確かなのよ。――モリー、真に受けたら駄目だからね。あの方のことだから、あの手この手で投資した分を回収しに来ると思うから」
メイルさんは疑いをもって、そこまで言い切った。付き合いの長い彼女が言うのだから、私もこれを信じよう。
もとより、シルビア王妃は強く狡猾な指導者だ。書面に記されてない部分まで、律儀に守るとは考えない方がよかろう。
「――と、疑われるとわかっていましたので、もう一つ。こちらは書面ではなく口頭ですが」
クミン嬢は、まるで予想していたとばかりに得意顔で言葉を続けた。たぶん穏便に済ませたいんだろうけど、こちらとしては不穏な気配しか感じないから、かえって警戒してしまうんだよ。
「クミン、って言ったかしら? 貴女をモリーの嫁に出すことが、シルビア様なりの信頼の証だ――なんて、そんなお目出度いことを言い出すんじゃないでしょうね?」
どの面下げて得意顔してやがるのか、とばかりにメイルさんがクミン嬢をにらみ付けた。口調もいささか攻撃的だが、当人は気にせずに平然と主張して見せる。
「惜しいですね。シルビア王妃は、私に『モリーとの生活を最優先して良い』と言いました。……モリーさん。貴女が望むのなら、私は自分の伝手を貴女のためだけに使うつもりです。これをお目出度いというなら、どうか寿いでいただきたいものです。私にしてみれば、これは全面降伏を宣言したに等しいのですから」
クミン嬢は、そういって私の目を正面から見つめてきた。嘘をついているような雰囲気はない。
「全面降伏とまで言われますか。私は貴女に対しても責任を感じていますが、人生を背負うほどの借りはないものと思っていましたが」
「ここまで付き合わせておいて、それはないでしょう。……私の人生くらい、軽く背負ってはくれませんか。無理にとは言いません。途中まででいいですから、ね?」
「無理のない範囲で、と言うことなら、まあ。……家の中では、私よりも妻たちのご機嫌を取るように。それをわきまえるなら、とやかくは言いません」
しかし、そうなると――彼女は、シルビア王妃の手から離れようとしているのか。それは少し、危険な考えではないか。
「勘違いしないでほしいのですが、これはシルビア王妃も承知のうえで、ということです。あの方は、私をただの連絡役として使う。私は、何事かあれば逐一伝える。――それ以上のことは求めないこと、明言していただきました」
「ああ確かに、これは書面に残せませんね。クミン嬢との関わりを書類にしてしまうと、シルビア王妃とて外聞が悪くなる。風俗の女性たちを通じて、間接的に情報を得ていることを公言するに等しい。……しかし、私との生活を優先、ですか。それが意味するところはつまり――」
「貴女の家庭に入って、他の女性たちともよろしくやってなさい、という意味でしょう? 違いますか、モリーさん」
クミン嬢は、穏やかに笑っていた。己の利用価値が落ちた、なんて悲観している顔ではない。
彼女は、シルビア王妃の紐帯という役割から、ほぼ解き放たれたといっていい。紐ではなく、鈴のような役割へと変化したと私は受け取った。
おそらく、それで十分だとあの方は考えたのだろう。その判断は正しい、と私は思った。
「私は、誰に対しても不義理を働く気はありませんよ。シルビア王妃にも、もちろん貴女にも」
「モリーさんの言葉には、重みがありますね。一度口にした以上、貴女は決してそれを破れない。……私を受け止めて、離さないでいてくれますか?」
「クミン嬢が望む限り、私は貴女を抱き止めているでしょう。貴女が望まなくなれば、手を離しましょう。お互い、悲観も楽観も抱けるほどには、付き合いは長くない。……今のところは、これで納得してくださいな」
「いいでしょう。期待以上の返答は、いただけたものと思います。納得についてはまた別の話ですが」
「譲歩できる部分なら、譲れるだけの度量はあるつもりです。要望があるなら、何でも言ってください」
これで、クミン嬢とは納得づくの関係が築けそうだった。私の返答で、彼女の笑みが少しだけ陰り、寂しそうに見えたのは――。何かの見間違いであると、そう思うことにした。
「ともあれ、そうですね。……これからはクミン嬢ではなく、クミン、と呼び捨てにしてくれたら、納得します。伴侶に対して、よそよそしい呼び方は不自然ではありませんか」
「はい、クミン。……すいません。これは、私が悪いですね」
「いいですよ、もう。――非礼は、これから埋め合わせていただきますから。とにかく、私からは以上です。思うところはあれど、モリーさんの全てを私は受け入れましょう。他の皆様方は、いかがです?」
クミンは挑発的な笑みに表情を変え、周囲を見やる。私は少し驚いたが、これも彼女なりの政治の手段なのだろう。
他の三人を刺激しつつ、私の反応を観察している。ここでの反応次第で、取り入るべき相手を見定めようとしているのだ。
相性の良し悪しを見るには、まず初手でガツンとやらかすのが手っ取り早い。私がフォローに回るとわかっていたから、出来ることであるとも言えた。
このクミンの不遜に対し、最初に物申したのは当然というべきか、メイルさんだった。
「貴女に言われるまでも無く、私も、教官も、ザラだって。モリーの全てを受け入れる覚悟は出来ているのよ。――モリーの伴侶は、貴女だけじゃないんだから」
「わかっています。同意見であるなら、喜ばしいことです。……だったら、私たちは上手くやっていけますよ。モリーは私を受け入れてくれるのですから、あえて排斥するような言動はしないはずですよね?」
むしろ、積極的に受け入れるべき――とまでクミンは言い切った。反論できる余地がないことに、メイルさんも気づいてようで、苦い顔でこれを肯定する。
「そうね。……別に、こっちから嫌うべき理由もないことだし、ええ。お互い、上手くやっていこうじゃないの」
「そうしましょう。今後ともよろしくお願いしますね、皆さん」
ここまでの全てが、クミンの自己紹介であったともいえる。それが悪いことだとは私も思わない。
彼女は私の家庭に入るのだ。騎士身分ではない、曲者らしく見えるクミンの存在は、家の中では良い刺激となってくれるかもしれない。悪い方向に転がる心配なんて、今からするべきことじゃないだろうと私は判断する。
「クミンはそれでいいとして、私からもいいか」
「教官、なんでしょう?」
「せっかくだから、その教官呼びもどうにかしたい。クッコ・ローセとフルネームで言うのもなんか違うかな。何かしら愛称でもあればよかったんだが、残念ながらそういう機会もなかったことだし、ううむ」
クッコ・ローセ教官の問題が、ここで持ち上がりました。……いや、私も私で、前々から考えていたことではあるんだけど。
じゃあ実際、どう呼ぶのが自然であるか。良い考えがあんまり浮かばなかったんで、先延ばしにしていたんだよね。
「そうですね。これもまた、私の落ち度でした。……んん、しかし、フルネーム呼びはそこまで悪いものでしょうか?」
「ベッドの上で呼ぶには、いささか語感が悪いかもしれんと、そう思った次第でな。お前が気にしないなら、別段構わないといえばそうではあるが――」
「なら、ちょっと試してみましょうか」
と言っても、今からクッコ・ローセを押し倒すわけではなくて。実際に口調を変えて、声色次第でいい具合に聞こえないか、試せばいいと思うのです。
「クッコローセ。クッ、コローセ。――うん、クッコロ……セ」
「おい、ちょっと」
「こう、ですね。――クッコ・ローセ。どうです?」
「もういいよ……それで。でもな、絶対に外ではその口調で呼ぶなよ」
何度か試しているうちに、彼女の方から了解を得られました。やや顔が赤くなってるけど、恥ずかしいですかね。
私としては、そこまで特別な言い方をしたつもりは……あるけど。それにしても意識しすぎでは?
「いや、教官が赤くなるのも無理はないわよ。モリーって、案外良い声を出せるのね。私も、そんな風に呼んでもらおうかしら」
「おい、メイル。これは私の特権だぞ。勝手に奪うな」
「冗談だから怒んないでよ、クッコ・ローセ教官? モリーの家では対等の伴侶同士だから、お互いに遠慮は無しってことで。敬語も省かせてもらっていいでしょ?」
クミンが作り出した流れが、思わぬところに影響を及ぼしている感じがする。
メイルさんがクッコ・ローセに、ここまで軽い口調で話しかけたことがこれまであっただろうか?
彼女の主張は、確かに私の家の中に限定するなら、そこまで可笑しな話ではない。だが、これまでの人間関係をリセットするような言い方をするのは、何の意図があってのことか。
「お前な、そりゃ理屈の上ではそうだし、悪いわけじゃないが――」
「なら、良いってことで。クッコ・ローセ教官は、私にとっても恩師だけれど。モリーの伴侶という意味では同等だし、むしろライバルに近いのよね。仲良くやっていくつもりではあるけど、競争相手であることに変わりはないわけだし」
モリーの体は一つしかないわけだから、なんてメイルさんは言いました。
……そうだね。そして、命のストックも一つ。死ねば今生はお終いだ。この関係も終わって、私は無に帰るか、新しい環境へと生まれ変わることになる。
改めて考えると、少し怖い。だが、似たような恐怖を彼女らも感じているはずだと思えば、これで対等なんだと思い直す。
私がそんな風に頭を悩ませている間にも、メイルさんは言葉を続けていた。
「まあ、ライバルっていうなら、一番手ごわくなりそうな相手は別にいるんだけど。……ねえ、ザラ。貴女は競争相手が多くても、焦ったりしないのね」
「一番に愛されてる自覚はあるからな。身体だけの関係で終わらせるつもりはないし、日常でも仕事でも、陰に日向に尽くしたり尽くされたりしていければいいと思っているよ。――もちろん、今後一生を通しての話だぞ、これは」
ザラは余裕のある表情で、そういってくれた。私とて感情のある人間であり、皆を平等に愛したい、と考えてはいる。
しかし、それでも感情というものは理屈ではなくて。あえて一番を選ぶとしたら、確実にザラを選ぶだろうという自覚はあった。そういう意味でも、確かに彼女の言葉は正しい。
「いい機会だから、ここらで話しておこうか。――私たちは社会的にはともかく、精神的にはそろってモリーに依存していることを、そろそろ理解した方がいい」
「ザラ、貴女――」
「メイル、お前は特に顕著だな。……仮にモリーに出会っていなかったら、寂しい独身生活に、行き遅れの女独特の面倒くささを拗らせて、どこに行きついたものか。想像すると恐ろしいものがあると思わないか?」
これには流石に、メイルさんも顔をしかめて反論しようとする。しかしどこか歯切れの悪い感じで、強く非難するような言い方にはならなかった。
「ほとんど悪口に近い言い方をするのね。――貴女と私の間に、どんな差があるっていうのかしら」
「モリーと出会った時期、直接的な関わりの差かな。……まあ、これは単純に運ともいえるから、あんまり自慢は出来んことだ」
運も実力のうち、なんて安易な解釈はしないのだと、ザラは明言した。
だからこそ、次に続く言葉を私は注目する。ここからは明確な意図をもって、自らの立場を強化していくのだとわかるから。
「とりあえず正妻を気取るつもりはないが、もしモリーの立場で言いにくいことがあるなら、私から話さねばならないこともあるだろう。仕事の上でも、家の中のことでもな」
「ザラ。それはつまり――」
「モリー、今は私に語らせてほしい」
私が言いかけたところで、ザラはこれを押しとどめるように、とっさに言葉を割り込ませた。
「何も明確な序列を作ろうって話じゃない。それはモリーも望むまい。そうだな?」
「……はい、それはそうです。家の中でマウントの取り合いをされるというのは、夫の立場では結構辛いものがあると思いますから。クッコ・ローセは教官としての立場もあるから、上下関係に厳しくなりがちなんでしょうけれども。伴侶の中で序列なんて――ないほうがいいのは間違いないんです」
ザラの気持ちを、自分はどこまで理解できているのだろう。彼女は彼女なりに、私を中心とする家をまとめようと考えているはずだ。
しかし、話題にするには早すぎる気もする。この時点で話を進めようとしているのは、それが主導権を握るために必要だからか。
「明文化しないから、良いこともある。かっちり枠組みを決めてしまうと、柔軟性がなくなって、解釈の自由がなくなってしまうからな。……戦場で柔軟性を失ったら、仕掛けるにも守るにも不利となろう。その辺り、皆も理解してくれるはずだ」
「――それで結局、何が言いたいのかしら。私には、ザラが早速正妻の権力を握りに来たように見えるけれど」
メイルさんの疑問も当然だった。クッコ・ローセもクミンも、表情に動きはないが、観察の目は厳しく光らせている。ザラの意図について、誰もが興味を示していた。
「お前らに危機感を与えようかと思ってな。メイルは自覚がないらしいが、先の教官への態度こそ、私には宣戦布告に聞こえた。……教官は年の差もあるから、あえて出しゃばることはするまいが、モリーが一番尊敬している相手でもある。お互いを競争相手として見るより、対等の身内としてやっていくことを考えるほうが、よっぽど建設的だぞ」
私が直接口を出すより、ザラの方から注意を喚起した方が、有効なこともある。有言実行というべきで、私は黙って容認するほかなかった。
「貴女が言うの? それ。立場的には、夫になるモリーが言うべきことよね」
「あいつは仕事なら何でも卒なくこなすが、自分の女に厳しいことが言える奴じゃない。ちょっとしたことでも大きなことでも、馬鹿正直に受け止めるだけに終わるだろう。……私たちは、それに甘えるべきじゃないんだ。伴侶なら、そうあるべきだ」
ザラの言葉は、いちいちもっともだと思ってしまった。それだけ、私に夫としての力がないことも痛感する。
仮に彼女らが諍いを起こしたとしたら、私は我が身を犠牲にすること以外に、できることはあるまい。相手を咎めることすら、覚束ないはずだ。
それが誰にとっても幸福につながらないとわかっていながらも、厳しい態度は絶対に取れないのだと、ザラは知ってくれている。その事実が、本当に頼もしかった。
「ちょっといいか、ザラ」
「なんでしょう、クッコ・ローセ教官」
「敬語を崩さないのは、お前らしいって言った方がいいのか。――ま、なんだ。私は気にしてない。メイルの態度は、相応に理があると思ってる。だから、お前もそう気張りすぎるなよ」
長い付き合いになるんだから、今から気にしすぎると禿げるぞ――だなんて、クッコ・ローセは軽口を飛ばして見せた。
今この場で、そうできる気概を持っている人がいる。その事実、私はただひたすらに感謝した。ザラもクッコ・ローセも、メイルやクミンだって、私には過ぎたる伴侶であると、はっきりわかんだね。
「クッコ・ローセ、貴女に感謝を。……本当は、私がザラに言うべきことでした。彼女にも、貴女にも、私はずっと甘えっぱなしで、申し訳ないくらいです」
「いい、いい。それこそ好きなだけ甘えろって話だ。甘えてもらった方が、こっちとしては嬉しいしな。ザラもまんざらではあるまいし、今後を考えれば一方的な奉仕ってわけでもない。互いに支えあってこそ、夫婦というもんだ。そうだろ?」
「まさに。至言というべきです」
クッコ・ローセに敬意を抱いて、信頼するのは故あってのこと。メイルさんもクミンも、この場にいる女性たちは、そろって現実主義で夢想や空想に耽溺する性質ではない。
ただ、それでもお互いに感情的になることもあれば、嫌なことから目をそらして、都合のいい事実にすがりたくなることも――ないとは言えないだろう。
そういう時に、無理なく諭すことで現実に立ち返らせる技能を持つのは、彼女を置いて他にはない。
ザラは少し、厳しさにすぎるところがあるからね。それもまた優しさなんだけど、うまい具合にクッコ・ローセが補助してくれるなら、私は家の中で不安を感じることはなくなる。実際、足を向けて寝れませんよ、ええ。
「ということで、メイル。お前のやらかしは、やらかしじゃなくなったわけだ。むしろ、良い具合に呼び水になったとすら言える。よもやと思うが、計算してやったことか?」
「そんなわけないでしょう? その場のノリの発言で、別に本気で言ったわけじゃありませんよ、教官」
「だろうな。だが、そうやって肝心な場所で必要なことを言い、結果を出すのがお前の良い所だよ。――さて。翻って、お前さんはどうかな? クミン嬢」
ここでクッコ・ローセの口撃の対象がクミンへと移る。
もちろん、これは悪い意味での口撃じゃない。ここで何かしらの発言を引き出すことで、内輪の枠に引き入れる。
そうした手順を踏むことで、連帯感を持たせたいという意思が、私には感じられた。
そしてクミンもまた、そうした機微を理解できぬほど、愚かでも鈍感でもなかったというわけだ。
「私に何かが言えるのですかね、教官殿」
値踏みするような視線で、クミンがクッコ・ローセを見やる。それに気づきながらも、彼女は遠慮なく踏み込むように言った。
「殿はいらんぞ、クミン嬢。お前さんがクッコ・ローセと呼んでくれるなら、こちらも嬢を抜いて呼んでやれるんだがな」
「なるほど、まったく! ――誰も彼もが曲者揃いで、私としては頭が痛いですよ。出し抜くことを考えるより、おもねる方がよっぽど楽ですね、これでは」
「最初からおもねるつもりだろうに、白々しいことだ。まあ、それくらい曲者の方が、私もやりやすい。馬鹿を相手にするよりは、対等の知能を持った人間と話す方が楽だからな」
クッコ・ローセが、クミンを対等の相手と認めた。それを、この場で公言して見せたという事実は重要だ。
これで、ザラもメイルさんも彼女を見下せない。無下に扱えば、クッコ・ローセの面子を潰すことになってしまうから。……私には過ぎたる女性であると、本心から思う。
いや、そんな言い方をするなら、四人とも私には過ぎた妻たちだと言えるわけで。こんな風に評すること自体、僭越なんだって思うべきなんだ。くどいように感じても、この点はいくら強調したって足りないくらいだと実感する。
「それで、クッコ・ローセ教官。私に何か言いたいことでも? わざわざ指名するからには、よほどのことなんでしょうね?」
「クミンは、こうして見ればモリーの好みからはやや外れた印象を受けるな。ちと若すぎる感があるし、都会的で垢抜けた美人に見える。知っているだろうが、こいつはやや熟女好みの部分はあってな。――ぶっちゃけ、シルビア王女。今は王妃だが、とにかくあの人の関係でなければ、そもそも出会う機会さえなかったんじゃないか?」
クッコ・ローセ教官、とあえて言いたくなるような場面だった。人に教え聞かせる雰囲気を作り上げる才について、彼女は一等優れている。
あの歴戦のハーレム嬢たるクミンが、大人しく耳を傾けている。傾聴の姿勢を作らせるのは、案外難しいんだ。
曲者であればあるほど、聞いているフリをするのが上手いものだからね。この事実だけでも、あの人の才覚を示すには十分だろう。
「不毛な議論はそろそろ打ち切って、結論を早々に出すべきだと思います。私の本音を語るなら、モリーさんの本音をさっさと語らせてお開きにして、なし崩し的に式を挙げるべきだと思いますよ」
「それも有益な手段の一つだろうがね。あいにくと、この世のしがらみは複雑に過ぎる。単純一途ですべてが解決するなら、誰も苦労はせんよ」
「苦労しすぎて、いい年して独り身でいる人は言うことが違いますね。含蓄のある言葉、ありがとうございます」
「それほどでもないさ。毛を逆立てた猫を愛でるのは、これでなかなか趣があるものだ。……育ちがよければよいほど、調教する甲斐がある。教官としての腕の振るいようがあると思えば、やっぱりお前さんは有用だよ」
女同士の喧嘩って、ひたすら陰湿になるか、おおっぴらに殴り合うかのどちらかなんですかね?
男としては、ちょっと怖すぎて口をはさめないです。――クッコ・ローセの教官としての手腕を信じて、ここは任せるしかない。
いや本当、夫の立場って家庭内では弱いもんですね。現状、これはこれでご褒美ってなもんですが、私の特殊性癖に付き合わせるのもアレなんで、早々に結論だけでも出してほしいとは思います。
「調教? そういうのは、モリーさんの好みではないと思いますが」
「言葉の綾だよ。本気で言ってるわけじゃない。……どうした? ちょっとした冗談じゃないか。余裕をもって、受け流して見せろよ。それとも、真面目に受け止めねばならないほど、追い詰められていたりするのかい?」
「……モリーさん、こんな性悪に惚れることないですよ。私で手を打ちませんか」
クッコ・ローセから視線をそらし、クミンは私を見た。助けを求めている風でもあるが、半分は冗談だろう。それがわかっているから、ここは黙って成り行きを見守る。
「おっと。これは弄りすぎたかな。私も弱者をなぶる趣味はない。お前のことは私からモリーに取りなしてやるから、安心して無礼を働くがいいさ」
「モリーさん、助けてほしいんですが。この場の皆、私をいじめにくるんです」
クミンの言葉に真剣さはないが、助けてほしいのは確かだろう。夫として見栄を張りたい身の上であるから、助け船くらいは出してやりたい。
「私なりのやり方で、お助けしますよ。――クッコ・ローセ。クミンは武門の家に慣れていないのです。今少し、猶予を与えても良いでしょう。クロノワークのノリについていくには、まだ慣らしの時間が必要であると、私は思います」
「私が教育するなら、その猶予を有効に活用できると思うんだが、どうかな? モリー、私を信頼して任せてくれないか」
この方向へ誘導するため、クッコ・ローセは発言を弄した。そう見てよいのか、この場で後々にまで影響を及ぼすことを決めるべきなのか。私は判断を決めかねた。
優柔不断と言うなかれ。私はクッコ・ローセを信頼すると同時に、恐れてもいる。ザラもメイルも差し置いて、彼女こそが己を縛る枷になるやもしれぬ。
「家庭内の教育を、クッコ・ローセに全て任せられるなら、私は安心できるのでしょうね。教官としての能力は、この上なく優秀なのですから。間違いなく、従順になるよう教育してくださるのでしょう」
「わかっているなら、同意をしてくれたとみてもいいな? クミン嬢のことは、私が教育する。モリー家の中でのふるまい方、気遣いの仕方というものを仕込んでやるとしよう」
「――それには及びません。基本的な部分は、私から言い聞かせます。クッコ・ローセには、私が教えきれなかった部分を補助する形で、クミンに教え聞かせてあげてください」
そうした可能性が今、見えた。なればこそ、私は慎重な姿勢を取るべきで。その私を支える立場にこそ、ザラは相応しかった。
「ザラ、貴女もクッコ・ローセに付き合って、クミンと接してあげてください。彼女は他国人ですから、私の家に入るにも、やはり面倒が多くなることでしょう。彼女の事情を斟酌して、手心を加えてあげてほしいのです」
「構わんが、これは貸しだぞ。――それも、大きな貸しになる。わかって言ってるんだろうな?」
「……私にできることなら、何でもします。それこそ、何でも。可能な限り、希望に添えると、約束しましょう」
ザラに縛られるなら、それもいい。彼女相手でなくては、そこまで想えなかっただろう。
クッコ・ローセとの違いを、私は残酷なまでに自覚せねばならなかった。序列など付けたくないと思いつつも、感情は正直に答えを出す。
愛おしくもあり、厭わしくもある。この想いに名前を付けるとしたら、やはり『愛』ということになるのか。
無償の愛というものが成立不可能なものであるとするなら、相手によって差を付けることが、愛の証左となるものか。私には、わからない。
「言質は取ったぞ、モリー。私に対して、そこまで言うんだ。……わかっているな?」
「感情的に、理解を拒否している有様で、申し訳ございません。――ただ、ザラが相手なら、どのようなことでも受け入れられる。私が自覚しているのは、それだけです」
「割と激しいプレイを求めても、応えてくれるわけだ。……お互いに処女なのはわかっているから、あんまり高度なことは要求するつもりはないのだが。まあ、なんだ。覚悟だけは決めておけよ」
「ザラの名誉を汚すことはしません。恥をかかせるつもりもないと、申し上げておきましょう。……私に約束できることなど、その程度のものですが、できる限り希望に添えたいと思います」
「それ以上を求めるほど、私は夢想家じゃないつもりだ。――充分だとも。それはそれとして、その時が来たら頼むぞ。期待している」
私にできることなら、何なりと――だなんて。調子よく宣ってみたのはいいものの。
実際、ザラはどこまで無茶ぶりをするつもりなんだろうか。私の身体で済む話なら、今更拒むことでもないけれど。他人を巻き込むなら、期待に添えかねることは理解してほしいと思う。
「ザラの特別性を皆に見せつけたところで、いいかしら?」
「なんでしょうか、メイルさん」
「重婚するってことでも、私たちは構わないと意見を一致を見た。クロノワークはこれを規制する法を持ってないし、問題があってもゼニアルゼで婚礼は行えるのよね。――だったら、後は式場とか形式とか、そういう話を進める段階になっていると思うの。違うかしら?」
「――ええ、まあ、そうとも言えますが」
「だったら、私としても意見はしたいですね。元はハーレム嬢ですが、これでも結婚に関して人並みの憧れはあります。騎士階級とは違う意見が出せますし、いくらかは有益な助言ができるのではないかと」
「おい、メイルもクミンも話を勝手に進めるなよ。私も教官も、対等の立場だってことを忘れてくれるな」
「ザラは特に、こだわりたいだろうからな。メイルもクミンも、先走ったりするなよ。皆で一緒に、モリーの家に嫁ぐんだ。どうせなら、団結して強固な家庭を築きたいと思う。その気持ちは、共有しておきたいと思うからな」
メイルさんとクミンが話を盛り上げると、我もとばかりにザラやクッコ・ローセまで話に割り込んで来ようとする。
私はそれを眺めるばかりで、あんまり口をはさめなかったけれど。
受け入れ、抱き止める覚悟を決めた今となっては、こうした雰囲気も心地よかった。そうした感情を抱けるくらいには、今生の生き方を前向きに受け止められている。
死に向かい合い、いつでも死ねるという考え方にも、変化が現れようとしている。
人でなしの死に狂いが、まっとうな人間としての道を歩もうとしているのだと、そうなりつつある現状を自覚しながら――。現状の幸福も、受け入れているのが今の私だった。
「で、具体的な話。婚姻届けって、どうすればいいのかしら。縁がなかっただけに、ちょっと想像がつかないんだけど」
「……今、ここでそれを口に出す蛮勇は、認めてやるぞメイル。とりあえず、同性でしかも重婚となると前例がないから、役所に話を通すところからかな。モリーの家を建てることが、法的にどこまで可能かどうか――探るとしたら、そこからだろう」
メイルさんは家柄が良い所の出なので、彼女が私の家に入るとなると、面倒があるかもしれない。
最悪ゼニアルゼの方に家を建てることになるかもしれないが、それがあくまでも最終的な手段に留めておきたいところだ。
クロノワークこそが、わが祖国である。そんな思いを抱く程度には、私も彼女たちも、生国に愛着を抱いているのだから――。
「とりあえず。最悪祖国を出る覚悟は、皆できてると思っていいのよね?」
「愚問だなメイル。モリーだけに覚悟を強要するほど、私は狭量ではない。――そんな日が来ることはないと、信じたいがね」
「私は他国人ですから、抵抗感なんて最初からありませんしー」
「ゼニアルゼで武官をやってる私が、その伝手を使わずにどうするって話だ。教官としての人脈があるから、クロノワークを出てもどうにかなる算段はつけてるさ」
モリーが覚悟を決めて、彼女たちを受け入れる決断をした時点で、他の全ては些事となった。婚儀はまた別の問題だが、娶られること自体は皆が同意しているため、流れ自体は悪くない。
妻となる女たちには、まだまだ語り足りない部分はあるものの、これ以上余計なところは見せたくないということで、モリーは一足先に自室で休ませている。
「モリーは私たちに、軽い幻想を抱いている節があるからな。同性だというのに、おかしなものだ」
「童貞が女性に抱く、信仰っぽいアレのこと? 私もこの年で処女だから、偉そうなことはあんまり言えないわね」
「メイルだけに限らん。……クミン嬢は別だが。モリーの奴、同性同士での生活は長いはずなのに、妙なところで初心だったりするからな。その一方で、手慣れた雰囲気もある。不思議なものだよ、実際」
「でも、魅力的でしょう? ――だから大切にされたいし、してあげたい。その辺り、私たちは共通の認識を持てている。それだけは確かよ」
モリーは多くの仕事を抱える身で、ある意味上司であるザラ以上に責任のある立場を任されていた。
遅くまで付き合わせては体調に悪影響があるし、愚痴やら主導権争いやらは、モリーの耳に入らないところで、こっそりと決着をつけるべきことでもあった。
聞いていれば気が休まらないだろうと思えば、ここでの退場は英断である。モリーへの負担を最小限にすること。それだけは、誰もがわきまえていたことだったから。
「私は、客観的に見るなら――典型的なもてない女、って奴なんでしょうね」
「メイル。何だ、いきなり」
「ただの愚痴よ。この場で語るのは、恥をさらすだけかもしれないけど。……ザラがさっき言ったように、自覚するべきことはある。私なりの結論を言えば、皆も口が軽くなってくれるんじゃない?」
個々人で思うところはあろうが、誰もが彼女と結ばれることを望んだ。一人一人の感性に沿うならば、語るべき部分はなお残されている。あえて目を向けるならば、やはりそこには切実な現実というものが横たわっていた。
「私は無駄に有能だし腕っぷしは強いし、性欲を取り繕うような慎みとは無縁だし。男が引くような要素が、これでもかってくらいに盛られているのに、自分から改善しようって気が起きないのよね。……怠惰と言えばそうなんでしょうけど、これくらいの怠惰も許せない男に、どんな魅力があるのかって話よ」
「メイルの意見に賛同しないではないが、言っててむなしくならんか、お前」
「この年になると、自分を変える努力って奴がひどく苦痛になるんだもの。仕方ないじゃない」
ザラの突っ込みにも、怯むところがない。メイルは自分がだらしない女であることを自覚していたし、今から他の男を探したところで、モリー以上の相手が出てこないであろうこともわかっている。
彼女が並みの男性以上に優れており、紳士的で好ましい相手であったことも、メイルの感情を後押ししていた。
「モリーは、そんな私に理解を示してくれる。求めれば、男らしく、愛してくれる。これだけ男前なら、身体が女でもいい。そう考えても、可笑しくないわね。……だって、彼女を慕っているのは私だけじゃないんだもの」
シルビア王妃の証言によって、男性器に対する幻想はすでに失われている。剣の柄に負けるような代物なら、別段特別視する理由もないではないか。
「まあ、皆で彼女を共有することが前提なんだけどね。同じ家で、同じものを分かち合う。仲間意識を持つっていうのは、そういうことでしょう?」
代替品があるならば、心地よい関係を優先して何が悪い。この気持ちを共有仲間もいるならば、将来においても不安を感ずることはない。もろともに落ちていくならば、行きつく先が地獄であっても、慰めあうことも出来よう。
「いいぞ、皆で好きなように関係を深めろよ。モリーを愛するなら、愛されたいなら、流れに乗れ。――私が認める。あいつを愛情の鎖で縛りつけて、死のうにも死ねない環境においてやろうじゃないか」
何より、正妻たるべきザラがこれを推奨するのだ。モリーとの婚姻を望むのであれば、この流れに逆らうことは出来ぬ。
「そもそもモリーに皆の前に引き出して決断の場を与えたのは、こうやって意識の統一を図るためだったと言っても良いからな。メイルは分かっていたが、教官とクミン嬢の同意を得られたなら最善の結果だったと言っていい」
「その狡猾さは認めますよ。……ハーレム嬢とは、また別次元の狡猾さです。高度な教育を受けた女性士官というものは、こんなに厄介な者なんですね。ぶっちゃけ、敵に回したらかなわないと思いますよ」
クミンが呆れ気味に評した。彼女たちの狡猾さ、モリーの弱みに付け込む容赦のなさは、ハーレムでそのまま活用できると断言する。
「モリー限定の話だと、理解してほしい所だな。私らは面倒くさい女子だと、これでも自覚はあるつもりなんだ。普通のハーレム嬢が関わるような手合いじゃないから、戸惑うのは仕方がないが」
「そのモリーが相手だからこそ、私は危惧しているんです。……いざ私が彼女の家庭に入ったら、のけ者にされるんじゃないかって。そうした不安を抱いても仕方がないのだと、どうかわかってくださいよ」
「そこに理解を示さないなら、モリーの家に入る資格はないと私は見る。メイルも、教官も、ちゃんとわかってくれているとも。――そうだろう?」
メイルもクッコ・ローセも、当たり前だと言わんばかりに頷いて見せた。そうした柔軟性と寛容さこそが、まさにモリーの妻として、絶対に必要な要素であるとも言えた。
「そうじゃなきゃ、モリーを相手に選んでいないし、愛し合うことも出来ないじゃない。今更わかりきったことを確認して、なんになるのかしらね?」
「お互いに対等な関係であると理解して、あいつの愛情を奪い合うことの不毛さを自覚するいい機会になるだろう? 私は最初からあきらめているからこだわりはないが、あわよくば愛情を独占できるんじゃないかと勘違いする可能性も、有り得なくはないからな」
モリーのことを真に理解しているなら、そうした勘違いは犯さないはずだと、クッコ・ローセは断言した。この場にいる誰もが、この手の愚かしさとは無縁であるはずだと、確認するように言いながら評する。
「ザラの言うとおり、まったくもって幸運なことだ。モリーを愛し、愛される者たち。全員がこうやって意識を共有して、幸福を分かち合えるんだからな」
「断言して語るあたり、クッコ・ローセ教官も狡猾ですね。どんな娼婦だって、そこまで楽観的に言い切りませんよ。ここまで徹底したら、間違っていたら言い逃れられないというのに」
「私だって自信はあるからな。教官としてはもとより、女としてモリーから求められている。そうした確信を得るのは、幸せなことだと本心から思う」
だからこそ、価値観を共有できない相手がいるなら、排除することにためらいはないとクッコ・ローセは言う。
「穏やかじゃないって、危機感を抱くかもしれないが。私たちが団結することは、それだけ重要なんだ」
「わかります。ハーレム内では、女関係がこじれるとひどいことになるもの。流血沙汰は珍しくないし、モリーさんの家でそうなったとしたら、絶対に惨劇になりますから」
クミンが、クッコ・ローセに同調する形で発言する。反論もなかった。
モリーならば、我が身を盾にして、流血沙汰を納めようとするとわかりきっていたからだ。
「この調子なら、引退後の進路を相談しても良さそうだな。駐在武官も教官職も、老年になるまで続けられるわけじゃない。モリーは自活の道なんていくらでもあるだろうが、私たちは私たちで、未来を見据えて動く必要があるだろう」
「教官の意見には賛成だけど、具体的にどうすればいいのかしら。――ザラは、何か展望とかある? モリーに養ってもらうっていうのも、手といえば手であると思うけど」
引退後なら、多少の年金もある。貯金と合わせれば、慎ましく生きていくことはできるだろう――とメイルは思っている。
この点、ザラもクッコ・ローセも間違いだとは言わなかったが、別の道を探ることもやめなかった。
「武官を引退しても、モリーには文官としての道もあるからな。副収入として、ミンロンからの翻訳依頼も考えれば、私たちが経済的に困窮するとは思われない。――が、それはそれとして、張り合いのある人生を目指すなら、仕事を得る努力くらいはしておくべきだ。軍を離れると、個人的な伝手を頼るというのも難しいから、そこは考えどころだが」
ザラは自分の伝手をどこまでたどれるか、有効に使えるかを計算していた。それとは別に、クッコ・ローセも自分なりの意見を述べる。
「ザラの意見に加えて、私ならシルビア王妃から職を紹介してもらうことも出来る。引退後にあっちに引っ越す必要があるが、現役を退いた後ならモリーもとやかくは言うまいよ」
「あら、私の意見は無視ですか? 風俗以外にも、これで結構顔は広いつもりですけど――」
「選択肢は多いほうが良い。有用なら検討するから、洗いざらい吐いてしまえよ。お前に不信感を持っているわけじゃないが、知らないってことは、それだけで警戒を呼ぶものだからな」
あれやこれやと、話し合っているうちに、四人全員がそれなりの連帯感を得られたこと。
価値観を共有する土台を作っていけたことは、モリーに取っても幸運なことであったに違いない。
皆で幸福になる。その目的を達成する目途がついたということは、それだけ大きなことであったのだから――。
次の話はまだ準備に使って、その次くらいには独身生活も終わりを迎えられると思います。
結婚式については、あんまり詳しく描写するのはキッツいので、それ自体はさらりと流したいところですね。
以後については、まだ考え中です。結末自体は、もう目に捉えているのですが、納得いくところまで書いておきたい気持ちもありますので。