24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 色々とギリギリで、あんまり見直しできていないのも、もはや恒例となってしまいました。

 ともあれ、期日には間に合いました。無駄に長いですが、よろしければお付き合いください。



婚儀までの時間も安穏とさせてくれないお話

「何と言いますか、ザラには本当にお世話になりますね」

「別段、苦ではないさ。慶事ともなれば、なおさらに。――メイルも教官も、積極的に協力してくれる。お前は、待つだけでいい」

 

 婚姻に関することといえば、話すところ多く、詰めるべき部分もあるにはあるけれど。結局のところ、同意さえ得られたならば後は流れで進む事柄であったらしい。

 

「待つだけというのも、いささか不安ですが」

「夫はどっしり構えてくれれば、それでいいのさ。こまごまとしたことは、妻に任せろ。……私らが妻になるんだと思うと、色々と感慨深いものだ。ぶっちゃけ、モリーがいなければ、どいつもこいつも家庭に入れたかどうか怪しいものだからな」

「――クロノワークの野郎どもの不甲斐なさについて、私は言及してもいいと思うのです。メイルさんもクッコ・ローセも、ザラだって。誰もが特別な魅力を持っている、立派な女性たちだというのに。何が不満で口説こうとしなかったのか。私にはわかりません」

「可能性の話をしても、今となっては意味のないことだ。モリー、お前はただ受け入れろよ。……私たちにとっては、それだけでいいのさ」

 

 思うところはありますが、私は待っているだけで、あれこれの細部は皆の方で手配してくれるそうです。――自分からやったことといえば、婚姻届けを書いたくらい。

 個人的に、私が彼女らを娶れることに幸福を感じるのと同じくらい、彼女らを見初めなかった男連中に対して情けなさを感じています。

 あんなに魅力的で美しい女性たちを知りながら敬遠するなんて、男としてあるまじき態度ではあるまいか。元男として、ここは強く意識していきたい。

 

「方々を駆け回った甲斐もあって、式場の手配は済んでいる。クロノワークで婚儀と入籍の手続きが出来たから、手間はだいぶ減るな。モリーにも心の準備とやらが必要だろうが、こっちとしては一刻も早く済ませたい気持ちもある」

「よく、式場を用意できましたね。クロノワークは、同性婚に寛容な国ではなかったと思いますが」

「寛容でなかった、とは一概には言えんぞ。ただ、必要がなかったから周知されなかったというだけだ。――細かい事情はともあれ、我々が共に暮らすことに不自由はないと、それだけ理解してくれればいい」

 

 ザラの言葉は、私に明確な安心を与えてくれた。多少はせかされている風にも感じるけど、それだけの心配をかけているのだと思えば、むしろこちらが後ろめたくも感じる。

 改めて、私を選んでくれた彼女たちに感謝したかった。本格的に応えるのは、式を挙げた後になるだろうけれど。この気持ちだけは本物だと伝えたい。

 

「ザラに限りませんが、皆の気持ちを汲んであげたいと思います。なので、遠慮は無用ですよ。――これでも、夫として一家を支える覚悟はできているつもりです」

「つもり、なんて一言を付け加えるあたり、モリーは変わらんな。だからこそ、支え甲斐もあるというものだが……」

「どうしました? やはり、私が相手では不安ですか」

「悲観するようなことじゃないさ。弱みに付け込めるのは、私だけの特権じゃない。独占できないことが、少しだけ面白くない。――お互いに対等と認めあっているのに、感情は納得しないというのは、どうにもな。理屈じゃないんだ。これは、女としての習性かもしれん」

 

 配偶者に対する独占欲というべきもの。それをザラは、正直に述べてくれた。

 なら夫である私は、その感情を上手に処理する手助けをするべきなんだと思う。

 

「良いではありませんか。ザラには、ザラだけの良い所があります。その美点を語るのに、言葉だけで済ませるのが申し訳ないほど――私は、貴女に惚れていますよ」

「結構なことだ。もちろん、手を出してくれるんだろう?」

「時が来れば。……話は変わりますが、婚儀の衣装は、白いほうが映えると思うのです。貴女の黒髪に、白のドレスはよく似合うことでしょう。私に、このわがままを通させてはくれませんか?」

 

 いささか以上に気障な物言いだが、ザラにはこれが刺さる。

 時と場合と言葉を選べば、ヘタレた男の感傷でも、それなりに通るようになるものだ。私は、彼女たちとの付き合いの中で、それを学んだ。

 

「教官やクミン辺りには通じないぞ、それは。メイルだって怪しいものだ」

「各々の魅力を生かすには、それぞれの特徴を捉えて、正確に理解することが必要です。個性というものは、それだけ替えの利かない部分でもありますし――色とりどりの相違が、私には余計に眩く映ります。クミンは赤、メイルさんは青が似合いましょう。クッコ・ローセは……さて、暗色なら何でも合いそうな気がしますね。暗い色を魅力的に着こなせるのは、妻の中では彼女だけの特権でしょう」

 

 あばたもえくぼ、という奴で――私は彼女たちが着飾るなら、何でも美しく見える自信があるわけですが。それでも個人的な感想を述べるなら、こういうものになるのです。

 

「おい。教官だけ、何か特別な言い方をしてないか?」

「ザラも、メイルさんも、クミンでさえも特別ですよ。そこは、疑ってもらいたくないのですが……」

「わかっている。これは、私の愚痴だな。許せ。……業務連絡は終わらせた。婚儀の日程は、本決まりまで少し時間を見てほしいが、長くは待たせないはずだ」

「楽しみなような、恐ろしいような。――いけませんね、どうも。戦場の方が、よほどやりやすいなどと思ってしまいます」

 

 剣を手に、生き死にを競い合う――あの物騒な戦場が、懐かしくてたまらなかった。そこまで間隔は空けていないと思うのだが、死の覚悟は生の覚悟と違って、簡単に決められるものだった。

 毎日緩みなく死を想起する。そうした日常に生きていたはずが、何がどうしてこうなった。改めて思うと、感慨深いものじゃないかね。

 

「死の臭いがしなくなった、とクッコ・ローセは言いました。自覚などなかったのですが、こういうものなのかもしれませんね」

「ありがたい話だ。――もっとも、死なぬだけでは不足。共に生きるということは、未来を共にするということだ」

 

 将来について。本当なら、もっと以前から真剣に考慮しておくべきことだった。

 人生設計なんて、さして考えてこなかったことが、今になってツケになって響いてきている。結局、その辺りは彼女たちに助けてもらうわけで――。

 

「実際、ザラには助けられています。これからも頼るでしょうし、貴女以外の方にも、負担を与えてしまうかもしれません」

「家族の中で遠慮は無し、だろう? ……お前がいなければ、成り立たない家なんだ。己を卑下するのは、私の前だけにしておけ」

「今はそうします、ザラ。これは本当に、貴女だけですよ」

 

 言葉を弄している、という自覚はあった。それでも、本音であることも確かだった。

 ザラに甘えることは、モチベーションの維持にも繋がるので、許される限りは甘えていこうと思います。

 

「それはそれとして、だが」

「はい」

「……無粋な話だが、急な仕事が入った。時間つぶしにはちょうどいいから、お前にも付き合ってほしい。私は通常業務に掛かり切りで付き合えないが、メイルも同じ仕事に就く。何かあれば、頼ればいい」

「はい。ご命令とあれば、なんなりと」

 

 式を挙げるまでには、まだ猶予がある。通常業務をこなしつつ、その日を指折り数えるのもいい。別の仕事が入ったところで、それは変わらないと思っていたが――。

 

「突発的に慣れぬ仕事を振ってしまうが、メイルがいる。頼りすぎるのも問題だが、相談くらいは乗ってくれるだろうさ」

 

 詳細を聞くと、なるほど。これは確かに私より、メイルさんに向いた仕事である。

 むしろ、この分野では彼女の独壇場ではなかろうか、とさえ思う。

 

「しかし今になって、エメラ第二王女の護衛ですか。オサナ王子もそれに伴う、と」

「ただの温泉旅行だが、王族が泊りで出かけるんだ。護衛の必要性は、どうしても強くなる。――お前が出向くのは、そのためだな」

 

 それが表向きの理由にすぎないと、私にはわかった。なんとなく、面倒ごとの臭いがする。もっとも、面倒ごとなんてすっかり慣れてしまったところだ。

 

「温泉旅行、ですか。最近、温泉を掘り当てたと聞きましたが、宿場も王族を招けるくらいに整ったのですね。我が国のことながら、その仕事の速さには感心します」

「余計な仕事と言えばそれまでだが、何事も前向きに捉えることだ。。――上手く転がれば、後々の布石になるかもしれんぞ」

「あの方の発案でないというなら、異論はありません。……大丈夫ですよね?」

「シルビア妃殿下は関わっていない。少なくとも、私が知る限りではな。――そこまで不安に思うことも無かろうに」

 

 シルビア妃殿下の意向ではないと、それだけはしつこく確認しつつ、私はその任務を受け入れた。

 なんだか最近、一気に重要人物になってしまった気がする。以前はここまで、王族の方々と付き合う機会なんてなかったのに――と。

 評価されてうれしいやら、機会ばかり増えて悩ましいやら、何とも言い難い所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少々さかのぼる。ザラの立場から見るならば、今回のエメラ王女の温泉旅行に、モリーの存在が必要であるとは思われなかった。

 王女の遠出は、初めてのことではない。経験の蓄積があるのだから、警備は護衛隊だけで十分のはずである。ならば、モリーは政治的な意味で必要とされたのだと即座に看破する。

 よって、この任務が下りてきたとき、ザラがまず確認したがったのは上層部の意向だった。

 通達が来た時点で、話を聞きやすく、詳細を聞かされているであろう相手のもとへ飛んで行く。その行動力には、突撃された方が驚かされたことだろう。

 

「ザラ。いきなり飛び込んできて、どうしたっていうのかしら。王妃護衛隊は、特殊部隊ほど忙しくないけれど、暇と言うほどでも無いのよ?」

「フローレル護衛隊長殿、本日こちらに寄せられた命令書の内容に関して、確認しておきたいのだが。……護衛任務について、モリーがその任に能わぬ、とは言わん。だが、彼女はすでにシルビア妃殿下に目を付けられた身。この上にエメラ第二王女まで関わらせてしまうと、どんな風聞が生まれるかわからぬと、そうは思わないか」

 

 厄介事は御免だ――とばかりに、ザラはフローレルを睨みつけるように見た。 

 メイルがエメラ王女の護衛隊長をしているように、フローレルは『王妃』の護衛隊長を務めている。

 関わりのあるメイルからではなく、関係性からは離れているはずの、別部署のフローレルから話が舞い込んできたのだ。

 命令書には、確かに彼女の名が署名されている。王女に関わる事例に、王妃護衛隊の隊長の名が入るということ。

 これはフローレルの意思だけではなく、王妃の意向も含まれていることを意味する。いかなる事情あってのことかと、疑問をもって当然だろう。

 

「怒鳴りこんできた理由は分かった。……でも、私に言われてもね。やんごとなき身分のお方が、そう望まれた。私は、それに抗するだけの論拠を持ち合わせていなかったのよ。娘の教育に熱心な王妃様が、さらなる一手を望まれた。――それだけのことといえば、そう厄介な話には聞こえないでしょう?」

「どうだか。……そもそも現場の判断としては、通達の仕方にもやりようがあるだろう。エメラ王女の護衛が、直属の護衛隊だけでは不足というならば――外部の協力を募るよりも、まずは護衛隊の陣容を検討するのが先。それを無視してこちらに話を持ってくるのは、メイルの面目にもかかわる話ではないのか?」

「ああ、どうしてメイルに話を通さなかったのか、って? 今頃はあっちにも知らせが行ってるだろうから、別段無視をしているわけじゃないけど? ――メイルだって、王妃様の命と聞けば、反対は出来ないわ」

「言い訳は結構! やんごとなき身分、とお前は言った。……これが王妃様の意向なら、意図するところは何だ? モリーの存在は、政治的な価値が現れつつある。ここにエメラ王女を関わらせるとなると、どんな面倒が起こることやら。――あるいは、それ自体が目的なのかな? いずれにせよ、真意くらいは上司である私に話してほしいものだ」

 

 ザラの剣幕は、いささか以上に剣呑だった。これから慶事が待っているというのに、厄介ごとを背負い込まされるなど、無粋極まる。

 そうした彼女の気持ちを察しつつも、フローレルは話を進めた。

 

「……聞いてるわ。部下のモリーと結婚するんだって? 同性同士っていうのもアレだし、さらに重婚だなんて前例のない話だから、結構話題になってるのよ」

「そんな話はしてない。今になって、クロノワーク王家の方から、モリーを政治的に巻き込む理由があるのか。――私が聞きたいのは、それだけだ」

「だったら答えは簡単よ。『王と王妃の判断である』――と。悪いけど、私に話せるのはそこまで。私だって、振りたくてこんな任務を振ったわけじゃないの。そこは理解して」

「……ああ、わかった。お前に怒りをぶつけても意味がないことは、理解したとも」

 

 フローレルは、己が巻き込まれた側の人間であること。今回の件は、貧乏くじを引かされた結果であることを伝えた。それでも納得が欲しいと思うのは、ザラなりの意地でもあった。

 

「わかってくれたなら、どんなに不満でも直訴するのは流石にやめて欲しいの。意固地になったところで、立場が悪くなるだけだから、本当にね」

 

 権威に反抗するような態度をとるな、とフローレルは言う。

 ザラとて、道理はわきまえている。母国を出るのは最終手段であり、見込みがあるうちは短慮など犯すつもりはなかった。

 

「そこまでの僭越を働くつもりはない。……直接話すのは無理としても、王様か王妃様と書状のやり取りくらいは、出来ないものかな。あいつが護衛につく第二王女という立場は、決して軽くないはずだ。上司として、心配する理由になる」

「書状で意見交換するくらいはいいでしょう。――でも、私が間に入る、という条件付きよ。貴女の質問状を、私が受け取る。検閲して問題ないと思ったら、王妃様に渡す。……王妃様が王様まで伝えてくれるかどうかはわからないし、答えに不満があっても抗議は受け付けない」

「……私の質問に答えてくれたのが、王妃様である保証もないやつだろ、それ」

「仕方ないでしょう。政治的配慮ってやつよ。王族に恨みを残すわけにはいかないし、形式を踏ませることで、権威に傷をつけさせない配慮にもなる。巻き込まれた人には、気の毒に思うけど――」

 

 私にできることなら、なるべく協力するから――とフローレルは答えた。

 そこまで思いやる姿勢を見せながらも、序列と秩序を乱すところまでは許容しない。節度ある態度が、そこにはあった。

 

「フローレル。お前なら、不誠実なことはしないだろう。それくらいは、信頼している」

「……悪いわね、本当に。今回に関しては、とばっちりを食らわせてる自覚はあるから、同情するわよ」

「気遣いは結構。なにより信頼しているのは、お前じゃなくて制度の方だ。その辺り、勘違いしてくれるなよ?」

「ええ。律儀に制度を守る私は、貴女の信頼に値するってことでしょ? 私以外の相手に、そんな言い方しないようにね。誰もが貴女の真意をわかってくれるわけじゃないんだから」

 

 部署の違いはあれど、同僚として認めていることは確かである。ザラは能力と人格を認めない相手に、ここまで正直になることはない。そういう意味では、彼女はフローレルをメイルらと同様に信頼しているともいえる。

 ――趣味嗜好に関しては、やや理解しにくい部分はある。感覚の違いで、意見が対立することもあった。しかしそれも、相手を嫌っているからではなく、話せばわかる相手だと認めているから、口論も恐れずにできるのだ。

 

「で、肝心のエメラ王女の護衛任務についてだが」

「王女本人の同意は得ているわ。……本当よ? だから、モリーが嫌われるっていう事態にはならないはず。むしろ――」

 

 色々話してみたいと喜んでいたらしい、などとフローレルは言った。この話、メイルは今頃知って、どのような感想を抱いているだろうか。

 おそらくは、急に決まった任務である。背後の事情は気になるが、それは後々に置いておいて――まずは目の前の仕事をこなさねばならぬ。

 モリーがしくじるとは思わないが、上司としても女としても、フォローできる部分はしておきたいとも思う。

 

「護衛任務と言っても、温泉に入りに行く王女に付き添うだけで、危険なんて欠片もないんだけど」

「メイルらも一緒なら、なおさら心配するようなことではないな。……政治的には、別として」

「ええ、くどいけれど政治的には別。そろそろモリーって人、官僚どもから嫉視と掣肘を食らっても可笑しくないと思うわ。今、エメラ王女の傍に『新たに』侍ることを許される。これが意味するところは――なんて。わざわざ言うまでもないかしらね」

 

 どんなに育ちがよくても、高い功績を残したとしても。王族に取り入る機会が得られるかどうかは環境次第、運次第である。

 この点、モリーは恵まれすぎている。そんな風に見る向きは、クロノワークの宮廷内にも漂い始めていた。

 

「本人が望んで得た機会ではないというのに、はた迷惑なことだ」

「その道理が通じる相手が、どれほどいるかしら。当人の意識とは別に、周囲の感情は煽られている。――迷惑な話だっていうのは、理解するけれど。それはそれとして、現実に立ち向かうことをお勧めするわ」

 

 これに関しては、シルビア妃殿下の影響が大きい。あれほどの人物が特別視している。自ら会談のために呼び寄せてもいる。

 この事実は、決して軽くなかった。身分にかかわらず、誰にとっても。

 

「さて。危惧するのも、されるのも飽きた。……私個人を任務にねじ込むのは、流石に無理かな?」

「素直にメイルたちに任せなさい。モリーって人も……貴女の夫? 妻? なんでもいいけど、伴侶になるくらいなんだから。ここで下手を打つほど馬鹿じゃないでしょ」

「違いない。そこまで馬鹿なら、惹かれることもなかったろうが――。それはそれで、こちらが助ける余地が少なくて困るな」

 

 モリーに何をしてやれるだろうか――なんて。そこまで考えられるくらいには、自分は彼女のものになったのだと。

 そんな自覚を持てることは幸せだと、ザラは思うのであった。そして、したためた書状の回答も、満足のいくものではなかった。

 

「……大半の質問には答えず、黙って推移を見守れ、とおっしゃる。悪いようにはしないから――だなんて。王族のあいまいな言葉なんぞ、何の保証にもなりはしないのですよ、王妃様」

 

 ザラは己の感情を飲み込んで、余計なことまではモリーに伝えないことを決めた。推移を見守ることを、事実上容認したことになる。

 これは、彼女がモリーを心から信頼していたことも意味する。この上で間違いを犯すなら、それは仕方のないことなのだと。共に沈む覚悟さえ、ザラにはあったのだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モリーです。なんか最近、妻帯者の気持ちがどんなものか、無性に気になっているモリーです。やっぱり婚儀を控えた身としてはね。

 それはそれとして仕事はしなければならないわけだけど。

 

 ――ちょっと前から、トンネル工事やら街道整備やらが盛んになったのは周知のとおり。この土木事業が進んでた初期の時の話ですけど、なんか温泉が出たらしいですよ。ついでに、なんかあっという間に旅館とかできたらしいよ。

 資金に物を言わせて人員を突っ込めば、クロノワークは最強なんだって、はっきりわかんだね。フツー、こんなスピードで療養地の建設とかできませんよ。

 なんだかんだで現場には居合わせなかったけど、景気のいい話でクロノワークは結構盛り上がっていたのも事実。

 工事の際には特殊部隊にも話が来てたんで、手の空いている隊員たちは大体参加してたみたいですが、私は行けませんでした。

 あの頃のザラは『今後のことを考えると、ちっとは稼いでおかねばならんな』とか言って、参加しに行ってましたから。……私は私で、翻訳作業に逃げてた時期なんで、あんまり思い返したくはないことですね。ええ。 

 

 まあまあ、改めて我が身を省みてみれば――オサナ王子の教育に関わってる私は、あんまり長く都を出られないから、最初から参加の目はなかったとも言えるのですが。

 王子の剣術指南に座学も含めると、スケジュールが結構詰まっちゃうんです。もっとも、今一番の問題と言えば、私の現状についての話になるんですけど。

 

「ふーん、大人って複雑。色々と気にすることが多いんでしょ?」

「そうですね。ついでに理由を付け加えるなら、特別な立ち位置にいる私がボーナス的な事業に参加すると、やっかみを受けかねない。交友を求めて色んな所に顔を出すにしても、政情を考慮し、場所を選ぶのが筋だ――という話です。まあ、色々と手遅れになってる可能性もありますが、なるべく楽観的に考えていきたいので」

 

 何の因果か、エメラ王女と会話する距離まで近づいていたりします。通り一遍の挨拶と自己紹介を終えると、結構グイグイ来るんですね、この子。

 私って、そんなに重要人物だったっけ? 何度思い直しても、ホイホイと王族に接していい身分とは思わないんですけど。旅程に同行するだけならまだしも、侍女でもないのに同じ馬車に同乗するとか、どんな特別扱い何だって話で。

 特殊部隊って、基本日陰者だからね。こっちの方がやっかみ受けやすい立場なんじゃないかって思うと、うん。どうしてこうなった。

 

「……随分と難しい話をするのね。私にはわかんないかな」

「エメラ王女は、武の才に恵まれているかもしれませんが、政略方面での理解に乏しくありますね。――今少し、勉学の方を励まれてはいかがでしょう? その方が、将来のためであると考えます」

 

 ちなみに、オサナ王子は我々とは同乗せず、メイルさんと一緒に別の馬車にいます。

 護衛隊としては、まとめて管理する方がいいんでしょうけど、これもまた政治というものか。

 

「うーん、それはちょっと。……勉強が嫌いなわけじゃないけど、今は良いかな。私なりに勉強はしているつもりなんだから、配慮を求めてもいいわよね。具体的には、やりたく無い時は手加減してほしいとか、宿題は少なめにしてほしいとか――」

「いかなる理由であれ、勉強を怠ってよい理由にはならぬと、私は忠言いたします。王族の義務を果たすためにも、どうか研鑽を怠らぬよう、お願い申し上げます」

「――せっかくの療養のための旅行なんだから。無粋なことは言いっこなしよ、もう」

 

 護衛任務だって話だけど、実際にはエメラ王女のお守りって認識が正しいのかもしれない。

 本来はメイルさんの護衛隊の役目のはずなのに、どういうわけか今回は私が表に出ているっていうね。私としても、何かしらの政治的な意図を感じずにはいられないよ。

 

「そうやって拗ねるようなことでもありますまい。……子供らしい無自覚さは、意図的なものでしょうか。そのように育てられたというのなら、まだしも理解はできますが」

「私の教育を決めてるのは、お母さまかな? お父さまは、だいたい私の言うことを聞いてくれるし。――怒られるのは、もっぱらお母さまからだもの」

 

 怒るだけで済ませているのなら、教育は意図的なモノである――と私は判断した。エメラ王女が純真な性格を持ったまま育ったことも、怠け癖を矯正していないことも、おそらく意味のあることなのだろう。

 シルビア妃殿下のような娘は、二人もいらない。年相応の感性と真っすぐな気性を持たせて、優秀になりすぎない程度に教養を学ばせる。それでいて怠け根性を残すことで、周囲に依存する体質を残しておくのだ。――それは結果として、周りの庇護欲を刺激することになるのだから。

 これはおそらく、汚れ仕事を他人に背負わせるため、あえてそう教育しているのではないか。ならば正しく忖度を機能させるためにも、後ろ暗い部分は何一つとして教えられていないだろう。

 計算されているが、上手に機能させるには監視と誘導のための目がいる。自然な形で、当人に意識させずに活用するには相当な労力が必要なはずだが――。

 そこまで考えてやる義理など、私にはあるまい。早々に思考を打ち切って、適当な話題を振る。

 

「――それはそれとして、いいんですか? 温泉旅行にオサナ王子を連れ立っていくなんて。性別を意識して、男女の区別をつけていく年頃でしょう? 淑女として、エメラ王女は羞恥心などは感じておられないと?」

「……あんまりわかんないかな。私が女の子だっていうのはわかるけど、オサナ君が男の子だからって、それが何だっていうのかしら。……あ、そうだ。よく考えたらオサナ君って、弟みたいなものだし。それだったら、一緒に温泉に入ってもいいと思うんだけどなー」

「エメラ王女がそう思う限り、オサナ王子と温泉をご一緒する機会はこないでしょうね」

 

 夫婦になればその限りではないが、肝心の彼女にその意識がないのだから、どうしようもあるまい。

 頑張れ男の子、とオサナ王子を応援したくなる展開だった。

 

「メイル達と違って、モリーとの会話は新鮮ね。思い立って、特別に指定した甲斐があったと思うの。――真っ向から厳しく言われるのって、めったにないことだから。その上、嫌味もないし怖くもないんだから、とっても不思議」

「さて、その辺りの感覚はわかりませんが――。しかし、私はそこまで関心を持たれる存在でしょうか? 王女の耳に届くほどの、重要人物になった覚えはないのですが」

「オサナ君の教育に関わっているってだけで、私が関心を持つ理由になるのよ。あの子に凄く厳しい鍛錬をしているって聞いたら、指導してる人がどんな人か。気になっても当然でしょ?」

 

 エメラ王女は、無邪気にもそう言った。邪気も嫌味もない、率直な感想だと分かるから、かえって質が悪い。

 言葉を濁して受け流す。そこそこ適当に返してうやむやにする。そうした無難な手が取れないから、素直に事実を述べるほかない。

 

「彼、頑張っていますよ。その頑張りが伝わっているから、エメラ王女は私と話したくなったと、そういうことですか?」

「それは正直、あるかな。……うん。たぶん、そうだって思う」

 

 シルビア妃殿下とは、この点は似ていない。己の感情を把握しきれず、あいまいな部分をそのままに、なんとなくで人に接する。

 あの人は隙を見せないし、己の強みを強調して、相手の弱みをついてくる人種だ。エメラ王女が同じように育たなかったのは、私にとっても都合がいい。正直な対応さえ心がければ、反感を買うことはないと確信できるから。

 

「だから、温泉旅行の旅路に供をさせて。こうやって、直接話し合えたのは、私にもいい機会だって思うの。王族専用の馬車に同乗させたのも、あえてオサナ君と引き離したのも、今の私に必要なことなんだって、確信が持てるわ」

「……やっぱり、姉妹ですね。似てない部分もありますが、本質は似通っている。理屈でなく、本能で必要なものを求めて、それがぴたりと嵌ってしまう。将来が楽しみですよ、ええ」

 

 オサナ王子は別の馬車に乗っている。到着先は同じ温泉旅館だが、流石に部屋までは同じではない。

 私は、表向きにはオサナ王子の付き添い、という形になっているから、こうやって強引に押し込まれなければ、エメラ王女と口を聞く機会さえ無かったろう。つまり、ここまで全て彼女の手の内であるとも言える。

 エメラ王女って、どんなタイプなのかわかんないんで、話してて割と冷や汗ものです。こんなことなら、メイルさんにもっと詳しく聞いておくんだったよ……。

 

「しかし、私に興味を持たれるまではいいとしても。貴女に私が必要であるとは思われません。教育であれ、護衛であれ、他に適役がいくらでもいるでしょう?」

「……ねえ、モリー。オサナ君って、目の離せない弟みたいだって、私はそう思っているの。弟みたいなもの――であって、本当の家族じゃないけれどね。私にとって、特別な相手であることは確か」

 

 私の問いに、エメラ王女は答えなかった。私の言葉が聞こえなかった、ということはないだろう。

 ただ単純に、私の言葉を価値のないものと見ている。自分が話したいことだけを話している。そうしたわがままなお嬢様としての部分を、見せつけられた気分だった。

 

「特に、手がかかるから可愛いっていう所も、あると思うの。……私より強くなった弟を見るのは、ちょっと寂しいかなって。そう考えちゃうのは、間違ってるのかな」

「はい、間違っています。エメラ王女、その考えは、男の子を侮辱しています。――なので、早々に改められるがよろしい」

 

 まずは実際に、真っ直ぐにぶつかって見よう。この反応次第で、こちらの対応も変わる。

 私は率直な意見を述べる。偽らず、おもねらない、生のままの感情で張り飛ばす。エメラ王女は、どのような顔を見せるだろうか。想定した通りの反応であれば、良いのだが。

 私は彼女の顔を直視した。いかなる変化も見逃さないつもりで、瞬きすらせずに見据える。

 

「メイルなら、もっと私に気を使ってくれるのに。どうして、意地悪なことを言うの?」

 

 少しだけ不機嫌になった様子で、頬を膨らませつつ、エメラ王女は言う。

 しかし、その悪感情もごく浅いものであることを、私は理解した。ならば、返す言葉は決まっている。

 共感ではなく、事実と正論で押すのだ。嫌われることを恐れず、オサナ王子の肩を持つ。それがおそらく、彼女に最も響く。

 

「これは意地悪ではなく、オサナ王子の教師として、正直な感想を述べているのです。オサナ王子は、相手がだれであれ、愛玩されることを望みません。対等の立場で、公正な評価をすること。その方が、彼は好ましく思うでしょう。……将来の苦難から目をそらさずに、立ち向かう勇気を育てることが、私の役目であります。もし、エメラ王女が彼を弟と思うなら、慰めるのではなく叱咤するべきだと、ここで申し上げておきます」

 

 私が教育を担当するなら、加減なんてしたくないのですね。とことん鍛えるから、オサナ王子には輝かしい未来を勝ち取っていただきたい。

 結果として、それが私の為にもなるだろう。師の私に対して、礼節を忘れる子ではないからね、彼。

 

「だからって、あの子を痛めつけることはないんじゃない? 他の教官たちでも、オサナ君に辛い目を合わせるのは、心が痛むはずよ。貴女だけが、特別。どうしてなのかしら」

「クロノワークのどの教官にとっても、オサナ王子は他人です。他人ごとだから、突き放せる。……要は、彼の将来など知ったことではないって態度でも許されるわけですね。だから、半端な教育でも、甘ったれた鍛錬でも黙認されます。クロノワークの王族教育に関わる人からすれば、他国人の教育まで面倒見切れるものか、と言いたくもなるでしょう」

 

 でも、私はそんなことはしてやらない。手の抜いた指導では、出来上がる器もろくなものにはなるまいよ。

 

「しかし私は、いかなる事情があっても、教育に手を抜きたくないのです。人を育てることの重要性を知っているから、全力で尽くしたい。それが本人の為であり、私自身の為にもなると、信じています」

「そうは言うけど、オサナ君に対して厳しくしすぎじゃない? 私だって、手の皮がむけるまで剣を振るったことはあるけど、彼みたいに倒れるまでやらされたことはないのよ」

「それは、お互いの資質の差とでも言うべきでしょうか。オサナ王子は、そこまでやらねば身にならないのです。逆にエメラ王女は、そこまでやらずとも充分なほどの技量が、すでにある。――立場の違いも、それを後押ししています。何より、王子本人が望んでいる。ならば私とて、職務に全力で取り組むのが筋というものでしょう」

 

 エメラ王女からしてみれば、弟分を虐待されているようで、面白くないのだろう。

 まして、自分の管理下ではなく、他人の権限でそうされているのだから、なおさらに忌々しく思う。

 少女らしい独占欲の発露であれば、まだ可愛げもあるのだが――さて。

 

「そう。オサナ君が、望んで厳しい修行をしているっていうなら……これ以上、私から文句は言えないかな」

「ご理解いただき、幸いです」

「じゃあ、私も同じくらい厳しく鍛えてって言ったら、そうしてくれる?」

「王女の教育まで承った覚えはございません。――そちらの教育係に恨まれそうなので、ご遠慮させてください」

「そんなの、私は気にしないけど。……じゃあ、オサナ君がどんな勉強をしているのか、どんな風に頑張っているのか。それくらいは聞かせてくれる?」

「はい、もちろん。ただし、本人には伝えないように。内緒にしてくれると、約束してくださいますか?」

 

 エメラ王女は、内緒にすると約束してくれた。私から聞いた話を口外しないなら、あれこれ話しても問題にはなるまい、と思った。

 あれこれと話をせがんでくるエメラ王女は、付き合いの浅い私にとっても、充分かわいらしく見える。不機嫌になったり、顔を膨らませるのも、一種の愛嬌とも思う。

 

 馬車にいる間、話を続けねばならないという点では気が休まらなかったが、気安く接して咎められないという点では、実に都合がよかった。

 無味乾燥な護衛任務ではなく、多少なりとも心を通わせた相手を守ると思った方が、仕事にも身が入るものだ。

 ここから先、どう転ぶかはわからないが――ともあれ、初日は問題なく過ごせそうだと思ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温泉街についてみれば、結構栄えてるじゃないか、なんて感想が真っ先に浮かびます。

 箱物だけが立派なわけじゃなくて、人の出入りもそこそこある様子。設備以上に、人材の方が重要ですからね、保養のための施設というものは。

 

「お姉さまが、色々と手を回してるって聞いたわ。お姉さまのやることなら間違いはないだろうし、楽しみね」

「――ええ、そうでしょうとも」

 

 お察しなレベルで、関係の風俗施設も充実しているのは流石だと思いました。王女の前だから、口にはしないけれども。

 

「私は早速温泉に入りたいんだけど、オサナ君はどうかな?」

「無理だとお伝えしたはずですが。……本当に一緒に入るおつもりで?」

「やっぱり、いけないの? 何度頼んでも駄目?」

「いけません。――ご自身の性というものをご自覚いただきたい」

 

 オサナ王子の身にもなってほしい。多少なりとも意識している女子が、同じ時間に温泉に入っているというだけでも刺激的なんだ。これで一緒に入ってしまえば、あれやこれやが大変なことになってしまう。

 男子の理性に期待すべきではないし、女子の無理解を矯正するのも容易ではない。なればこそ、やんわりと諭して未然に防ぐことが寛容であると心得る。

 

「ふーん。まあ、いいけど。それはそれとして、貴女はどうするの?」

「護衛が役目にございますれば、武装を解かないまま、温泉の周囲で警備にあたるものと考えております」

「それ、つまんないから。私と一緒に温泉に入るっていうのはどう? オサナ君の代わりになってくれるでしょう? それが貴女の仕事なんだから」

 

 誰かの代わりになった覚えはない――なんて正論よりは、女の子のわがままに付き合う方が正解か。

 馬車の中では遠慮なくものを言った分、ここは素直に従う態度を見せて、点数を稼ぐのもいい。――ただし、許可を取ってからね。

 

「護衛隊長であるメイルさんの承認が得られれば、否とは申しませんが……」

「なら問題ないわね。メイルは私の言葉を無視したりしないし、是非にもと望んだなら拒否したりしないもの」

 

 はたして、その通りになった。メイルさんは『警備上に問題がないなら、王女の要望に応えるのが義務』だと言いました。

 彼女には彼女なりの渡世の義理があり、職務への自負というものがある。王家の仕える騎士として、無理のない範囲のわがままであるなら、これを叶えるのが彼女の仕事だ。

 で、首尾よく許可を得たのはいいとして。……王族と裸の付き合いをするなんて、しかも王女を相手にそうせねばならぬとは。数奇な運命をたどったものだと、我ながら思うよ。

 

「うん。良いお湯加減ね。――モリーはどう?」

「いいんじゃないでしょうか。仕事にも支障はございません」

「もう、そうじゃなくて。……貴女は温泉を楽しむつもりがないの? だったら、誘わない方がよかったのかしら」

「エメラ王女のご希望に添えるのも、私の仕事にございます。ええ、まあ……はい。お湯加減は、悪くはないと思います」

 

 温泉の中まで警備するのは、護衛として正しい姿勢なのだろう。実際、オサナ王子の方は、メイルさんが入っているわけだし。

 ……なんか、それはそれで意識してしまうが、とにかく今は仕事なのだ。目の前のことに集中しよう。

 

「それだけ?」

「……他に、何か?」

「もう少し、気の利いた話をしてくれると思ったの。たとえば、仕事の話じゃなくて、好きなこととか、楽しいこととか。オサナ君の話とか!」

 

 私が周囲に目をやると、そこには確かに他の護衛隊員の姿があった。メイルさんの部下と言ってもいい方々だが、今は私からも視線をそらして、任務に専念してくれている。

 私は警備に気を回さずとも好いように、気を使ってくれている――と。好意的に受け取るなら、そういうことになるのだろう。

 別の意味では、エメラ王女の話し相手という、一番面倒な仕事を押し付けられたとも取れるのだが。

 

「オサナ王子は優秀です。最近は勉学の進み具合も良いですし、剣の握り方も様になってきましたよ」

「頑張ってるって話は、もう聞いてるから、そうじゃなくて。……ちょっと前までは心配になるくらいできてなかったのに、最近は自信もつけてきたみたいで可愛くなくなったし。教師の受けもオサナ君の方が良くなってきたし。あの子、私より成績は悪かったのよ? だから、ちょっと複雑って言うか、ねぇ?」

「すべては当人の努力のたまものでしょう。ほめてやってあげても、いいではありませんか」

 

 エメラ王女が、オサナ王子を弟のように見ている、という情報は知っている。

 彼女のいら立ちは、弟のような存在が、いつの間にか自分よりも高みに至ろうとしていることを危惧してのことだろう。

 

「認めてあげたいけど、でもね。それでも、面白くないの。オサナ君は、私と同じところにいてくれると思ってたのに。あの子は私を置いていきそうで、最近になって怖く思ったの。――貴女の、せいなのよね?」

「オサナ王子自身が決意して、努力しているのです。私は、それを手助けしているだけ。……もしエメラ王女が、自身の教育方針について疑問を抱いているのなら、その旨をご両親に訴えてみてはいかがでしょうか」

 

 優秀過ぎる姉を持つ身としては、ふがいない弟の世話をしてみて、自らの価値を再認識したかったのかもしれない。……子供ゆえの傲慢さと思えば、そこまで責めることではあるまいよ。

 この辺りを矯正するとしたら、それは親の役目だろうと私は思うのだ。

 

「言ったわ、もう。そうしたらね、教師たちと話し合って、教育の進め方を見直すようにって言われたの」

「ごく当たり前の意見だと思われます。それで、答えは出たのですか?」

「私についている先生の意見だと、モリーに異存がないのなら、オサナ君と一緒に授業を受けてもいいんだって。そのための時間的な調整は、こっちで合わせても良いって言ってた」

「……いきなり話が飛んだ気がしますね。私が、エメラ王女の教育に関わるのですか?」

「いけない? お母さまの許可は取ってるのよ?」

「悪いとは、申しませんが……」

 

 これ、結構重要なことだと思うんだけど、今の今まで私にまで報告が上がってないのは何でなんですかね。

 周囲に目をやっても、やはり私と目を合わせてくれる人はいない。……クロノワークの宮廷政治に巻き込まれた、と見ていいんですかね、これは。

 

「スケジュールを今から見直すとなると、混乱しませんか? 私とオサナ王子の方は、いくらでも調整は効きますが――」

「私が、遊びの時間を削ればいいわけだから。授業中は、警備の必要性もそんなにないじゃない?」

「野外授業もありますが、基本は城内ですからね。――護衛隊が出張らなくてもいいわけで、実際には負担はそうでもない、と」

 

 エメラ王女の教育係たちが、どんな思いで部外者の介入を許しているのか。彼らの面子はどうなるのか――なんて。私が悩むべきことではないのだろう。

 それでも危惧は危惧として、頭の隅にはおいておきたい。

 

「それで、どう?」

「オサナ王子が同意したなら、時間を作って、そちらの教師陣とお話させていただきましょうか。一応、ここで確認しておきたいのですが……一緒に私の授業を受けるとなると、手加減はできません。それで、よろしいのですね?」

「いいわよ。オサナ君にできて、私にできないってことはないんだから」

 

 とても不穏な気配を感じる私ですが、ここは腹をくくる場面だろうと理解する。

 どうせ、背後には私などには及びもつかぬような、後ろ暗い政治が関わっているのだ。ならば、これは避けるのではなく飛び込むべき。

 しかし死中に活を求むる、のではない。生き抜くために、危地に赴こう。――そうせねばならぬ所に、私はいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エメラ王女とは、まあまあ無難に対応できたと思う。それはそれとして、やはりメイルさんとも顔を合わせたくなりまして。温泉旅館の一室を借りて話し合おうと思うのです。

 ――で、就寝前に時間を取ることにしました。この間の警備は、メイルさんの護衛隊が交代でこなすことになります。

 彼女たちには、仕事が終わったら、ねぎらいの品くらいは送っておきましょう。それが礼儀というものだ。

 ミンロンが選んだ砂糖菓子なら、値段も手ごろで満足度も高いはずだから、適当だと思う。

 

「そこまで気を使ってもらわなくても、これは業務の一環なんだから」

「そうは言っても、逢引きに近い感覚はあります。仕事の話だけで済ませるつもりは、お互いにないでしょう?」

「確かに。――ミンロンに話を通してくれたら、私の方から配っておくわ。それはそれとして、まずは業務に関して。互いに思うところを話していきましょうか」

 

 警備上の問題とか、私が仕事を把握するうえでの情報の共有とか、業務を行う上でも、やはりお互いに面と向かって話し合うのは大事だと思うのです。

 もろもろのことをつらつらと話して話されて、一区切り。一呼吸入れて、改めて口を開く。

 

「……と、いうわけです。エメラ王女とのアレコレは、とりあえず考えるのをやめましょう。式を挙げるまでは、頭を回す余裕がありませんから」

「モリーも大変ね――なんて。他人事みたいに言える立場でもなくなったわけだし、遠慮なく頼ってくれていいのよ? ……王家というか、王妃派閥には貸しを作られたところだから、拒否は難しい所だけど」

「王妃派閥に、貸し? 初耳ですが」

「今、初めて言ったもの。何と言うか……そうね。私たちの婚姻に関わる部分で、あちらに貸しを作らざるを得なかった。そういうことよ」

 

 式場の手配から今届の受理に関わる実務まで、私は彼女たちに頼り切っていたわけだから。この辺りを非難する資格など、私にはない。

 しかし、これが巡り巡って、私の方へ妙な形で返ってきたということだろうか? だとしたら、初めから私に抵抗の余地はなかったことになる。

 

「シルビア妃殿下が関わっているわけではないのですね?」

「私が知る限りでは、ないわね」

「メイルさんが断言するのであれば、心配することではありませんか」

「ええ。心配すべきは、別の部分。……護衛隊長が同性愛者ってことになっちゃったからね。内規を変えるのに、まあ色々と。そこまで反発が大きかったわけじゃないから、貸しと言ってもさほどではないんだけどね」

 

 護衛隊への入隊条件に、『レズじゃないこと』って明記されているらしい。

 メイルさんは、入る前は確かにそうではなかったのだから、違反であるとは言えないんだけど。

 それが許されない組織の隊長が、同性婚をするわけで。――この内規を見直す機会として、メイルさんは結構な働きをしたらしい。

 らしい、だなんて言い方しかできないことに、忸怩たる思いがある。事後になって知らされてみれば、やはり私の方が彼女たちに大きな負担を与えているのではないか。

 

「――ああ、気を使わないで。私だって、こういう場面ではちゃんとできるんだってところ、見せておきたかったのよ。モリーによりかかるだけの女にはなりたくないもの」

「そんな。むしろ、私の方が、何も貴女に返せないのではないかと、そればかりを心配しています。……してあげられることは、なんでもしてあげたいのですが」

 

 私の言い方があまりに暗いものだから、メイルさんに心配させてしまったかもしれない。めったに見せない微笑を浮かべて、彼女は応えてくれた。

 

「ありがと。でも、『なんでもする』って言い方はよくないと思うの」

「安売りするのは、貴女たちだけですよ」

「……そうじゃなくて。なんでもするって言われたら、こっちもちょっと考えちゃうから」

「ああ、それはいけませんね。私が自発的にお返しをするべきでした。――貴女に考えさせるのでは、手を抜いているのと同じこと。なんでも、なんて言い方で逃げるのは、やはりよろしくありませんね」

 

 場合によっては、手抜きとも受け取られかねない。『何でもいいから言ってよ』とか『希望には最大限応えます』だなんて、言う方は軽い気持ちで言えるけれど。これに答えるほうは、かなり頭を使うものなんだから。

 

「――モリー、貴女には敵わないわね。たぶん、ずっと」

「さて。ともかく、政治的な事情に関わりたくとも、今はこちらからアプローチをかけるのは難しい。……式が、近づいているのです。その日が来るまでは指折り数えて、期待に胸を膨らませておく方が、よほど有意義というものです」

「面倒ごとが近づいているとしても? 本当にそう?」

「ええ、ええ。本当に、今は結婚生活を夢見るくらいの気持ちでいてくださいな」

 

 私はともかく、メイルさんにはそのように過ごしてほしい。憂うのも考えるのも、私の仕事だと思いつつ。

 情報交換を片手間に済ませて、適当に駄弁りながら――私たちは、その日を終えるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。温泉旅行は二泊三日なので、もう一日現地で宿泊する。

 前日はエメラ王女と一緒だったが、今日はオサナ王子も共に行動することになった。温泉街は、子供には面白い娯楽などそろっているようには見えない。

 よって、せっかくだから余興に何ぞやってみようか――なんて、私は思ったのです。

 

「護衛関係もありますから、そこまで突拍子のないことはできませんが。とりあえず、私の授業の雰囲気だけでも掴んでいただこうかと思います」

「モリー先生。エメラ王女が一緒だが、これからは一緒に授業を受けるというのは本当か? 僕は構わないが、あちらにはあちらの都合があるだろうに」

「……本当です。今後の授業のスケジュールは見直しが必要ですが、なんとか都合はつけますよ。なので今日は軽く、これまでの授業のおさらいをしようかと」

 

 オサナ王子の反応は、微妙なものだった。気になる異性と同じ授業を受けるというのは、なかなか複雑な思いがするらしい。

 

「一応聞いておくが、具体的には?」

「エメラ王女は、剣の鍛錬は充分にされておりますので、座学の方になりますね。歴史や数学、一般教養といった分野は、他の教師もおりますので、それ以外の部分を」

 

 具体的に言うなら、姉上であるシルビア王妃の実績と歴史的意義について。いろいろと問題はあるけど、批判より賛辞をあげたくなる御人ではあるんだ。

 ……たぶん、あの人がいるおかげで、こっちの世界の西方は、かなり豊かな時代を迎えると思う。当代の人間として、あるいは身内として、明確に自覚しておくことは大事だからね。

 ――あとは東方関連のお話に、エメラ王女がどこまで興味を示してくれるか――ってところも大事かな。

 

「東方関係は、そこまで急いで詰め込む必要もあるまい。これから僕らの世代が関わる可能性が高いし、予備知識として有用なのは認めるが……」

「だから念のため、ですよ。西方と東方の衝突は、きっと大きな不幸の始まりになる。派手に殴り合う前に、相手のことを理解する努力をしておきたいのです。――書物で得られる情報は限定的ですが、共通の知識を持っているということは重要です」

 

 そこをとっかかりにして、話し合いに持ち込めるようになるかもしれない。可能性として残しておきたいから、王族の東方知識はあったほうが良いんだ。

 無理に詰め込んでも偏見が増すばかりだから、この辺りは本当に興味が持てたらいいな、くらいの感覚でやるつもりだけどね。

 

「ふうん? なんだかよくわからないけど、それはオサナ君も同じことをやってるのよね?」

「ああ、結構面白いぞ。純粋に異文化として見て、色々興味深い」

 

 ミンロンから聞いた話も盛り込んでいるから、地理や人口から見える事情とか、地政学に近い学問の講義みたいになっている。

 オサナ王子には、それが新鮮で面白いんだろうが、エメラ王女にとってはどうだろう?

 

「じゃあ、ちょっと聞いてみようかな」

「エメラ王女は初めての授業になりますし、おさらいなので、そこまで深く掘り下げたりはしません。――むしろ比重としては、シルビア妃殿下の方が大きくなります。エメラ王女は、ご自身の姉上に対して、どこまで理解されていますか?」

「お姉さまはお姉さまじゃない? 何か色んな事をしてたみたいだけど、私には優しかったし。悪いことも言われてるみたいだけど、どうしてそんな風に言われるのか、全然わかんないくらい」

 

 なるほど、だいたい何も知らないと考えてよさそうだ。としたら、結構刺激的な中身に驚くかもしれない。

 ……時間的に、そこまで深い講義ができないのは残念だった。批判交じりの評価というものは、しっかり解説しないと誤解を招きかねないものだからね。仕方ないね。

 

「でも、楽しみ。お姉さまが私にとって大事な家族で、しかも他に人にとっても大きな人でもあるっていうのは、きっと凄いことよ。お姉さまは、どんなことをしているのかしら!」

「ご期待に沿えられないかもしれませんが、正直にあったことはあったという態度だけは、崩さない態度を通します。――お気持ちだけは、強く保ってくださいね」

 

 時間的な制約もあって、小一時間ばかり語ってから、質疑応答を受け付ける形にしました。

 シルビア妃殿下は、まず戦場にて武名を得られたこと。その実績を重ねたうえで、政治の場でも実績を積み重ねたこと。

 結婚には三度失敗したが、四度目はゼニアルゼで良縁を得られたことまで話して、エメラ王女から質問が飛んできた。

 

「結婚って、難しいのね。あの姉さまでも失敗するんだから」

「……まあ、そうなのでしょうね。特に王族は政略結婚ですから、事前に付き合って、相性が悪ければ白紙に戻すというのも難しいですし。とりあえずくっ付けて、婚姻という契約で縛ろうとするのが一般的です」

 

 戦争も内政も、あるいは外交でさえも、エメラ王女の興味を引かなかったが――。

 姉が結婚して出戻った話は、真剣に聞いていた。私としても、伝聞にすぎない話であるし、宮廷にいるものであれば、誰もが知る程度の内容でしかない。

 だというのに、彼女にとっては新鮮に聞こえたということは、誰もがはばかって口にしなかったということだ。……これはうっかり、余計なことを口にしてしまったかもしれない。

 

「どう難しいか、なんて。結婚したことない人には、わかんないよね?」

「ご両親に聞かれてみては?」

「――お父さまもお母様も、仲は良いもの。喧嘩したところなんて、見たことないし。上手くいかないことって、あるのかな、って不思議で。お互いに好きになる努力をしたら、どうにかなるものじゃないの?」

 

 純真で、少女らしい疑問だと思う。とはいえ、私とてたいした答えは持ち合わせていない。

 

「シルビア妃殿下には、シルビア妃殿下なりの苦労があったのでしょう。そのうえで、結婚の解消という道を選ばれた。――この世には、むなしい努力もあるのだと、そういうことではありませんか?」

「モリーは先生なんだから、生徒の質問に、あいまいな答えで返すのはズルいじゃない。……あ、そうだ」

 

 納得されてない様子だけど、じゃあどう言えばよかったのかと、頭を悩ませる。

 結婚前の野郎に、この手の質問は答えづらいんだよって、率直に言えればどんなに楽だろう。

 そんな風に不毛なことを考えていたから、エメラ王女の奇襲を防げなかった。

 

「モリーは、近いうちに結婚するのよね。お母さまがそんな感じのことも言ってたから、なんとなく覚えていたんだけど」

「……は、はい。それは、そうなのですが。王妃様が、わざわざそんなことを話題にされたのですか?」

「ええ。夕食の席で、ちょっとした世間話ってやつなのかな。よく城内の出来事とか、その日にあったことをよく話すんだけどね。そこで、モリーの話が出たの。――で、オサナ君との教育の話にもなって、私が興味があるって言ったから。よくよく考えたら、今モリーの授業を受けているのも、あの日の会話が原因なのかもね?」

 

 容易ならざる事態になった。直感的に、私はそう判断せざるを得なかった。

 ――メイルさんだけではない。ザラもクッコ・ローセも交えて、相談すべきことが増えたと思う。

 

「話がそれちゃった。……ええと、それでね。モリーは結婚するんだから、私に結婚生活の内容について、色々教えてほしいの。私の近くには、そこまで教えてくれそうな相手がいないし、モリーが答えてくれるなら助かるなって」

「申し訳ないのですが、私の家庭は、一般的な王族のそれとは違いますし、参考になるとも思えません」

「知ってる。私、本当に知ってるのよ? 女同士だと子供ができないとか、不便なことがあるとか。……これも、聞いた話だけどね。でも、結婚生活に、違いはないでしょう? 上手くいかないこととか、お互いに嬉しいと思ったこととか。――参考にできる話は、多いほうが良い。違う? モリー先生」

 

 エメラ王女の行動原理が、好奇心であることは疑うべくもない。だが、拒むほどの深刻な理由がないのも確かだった。

 しかし、私がそこまで自分自身を主張して、政治的な軋轢を生まずに済むかどうか。

 私生活をひけらかすような手合いに教育を任せて、彼女の母である王妃は、どう思うものか。それが、気がかりだった。

 

「……教師として、結婚生活まで指南せよとおっしゃられる? それこそ、王妃様の許可が必要な話だと思います。エメラ王女の教育方針については、王妃様の権限に関わること。こちらで出過ぎたことをするわけには――」

「じゃあ問題ないわね! 私が頼めば、きっとお母さまは反対しないし……そうね、それなら私と一緒に会いに行きましょうか」

「――はい?」

「決まりね。大丈夫! お母さまはいい人よ。……ちょっと怖い所もあるけど。でも、きっとモリーのことは、気に入ってくれるわ」

 

 一瞬、私が呆けていたとしても、責められはするまい。それだけ、エメラ王女の口にしたことは衝撃的であったから。

 

「エメラ王女。モリーにとっては、いきなりの話だろう。今日のところは、素直に授業を受けて、それで終わりにしないか? 王妃様との面会は、帰ってから検討してもいいと思うぞ」

「オサナ君は黙ってて。これは、譲れないんだから」

「僕は自分の意思で言葉を口にしている。エメラ王女とて、それを封じることはできないし、許されない。……僕は、貴女の庇護下にあるわけじゃないんだから、意見したいと思ったら遠慮なくする」

「――最近、本当にかわいくなくなったわね。でも、いいわ。私はお姉さんだから、受け入れてあげるの。よかったわね、モリー先生?」

 

 これまで沈黙していたオサナ王子が、助け舟を出してくれる。そうした事態が、私にはひたすらにありがたかった。

 彼の一言で、己を取り戻す。教え子に助けられるという幸福を、私はかみしめつつ、エメラ王女と向かい合う。

 

「ともあれ、王妃様と私が面会するかどうかは、また後日の話にしましょう。とにかく、東方の講義がまだ残っています。――せっかくの温泉旅行なのですから、勉強はさっさと終わらせようではありませんか」

「……そうね。じゃ、モリー。色々と面倒が増えるかもしれないけど、考えておいてね」

 

 何を、とは問わなかった。私にとって大事なのは、講義を続けることで――そうして、厄介ごとから目を離すことだった。

 目の前の仕事を片付けてから、問題に目を向けるべき。まず何よりも、卑近なことこそ重要である。

 ……すべての講義を終わらせて、解散した後。自室に戻ってから、頭を抱える。

 本当にどうしてこうなった。王妃様との面会は、本当にエメラ王女の思いつきなのだろう。あまりに唐突な話し方だったから。

 

 ――だったら、話がうまく進むはずはないし、放置してもいいはずである。だが、私の感覚は、ひたすらに危機感を訴え続けていた。

 運命の流れともいうべきものが、私を濁流に放り込もうとしているような。そんな違和感を感じつつ、私は王女と王子の温泉旅行が終わるまで、胸騒ぎを抱え込み続けたのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅行から戻り、帰宅する。ザラは笑顔で迎えてくれたが、私は悩ましい話を彼女に打ち明けねばならなかった。

 当然、両者はこれを厄介ごとと捉えて、今後の展望を考えることになるのだが――。ザラの家に居付いていたクッコ・ローセは、意外なほどに前向きだった。

 

「別に、罰を受けに行くわけじゃないんだ。エメラ王女の紹介なら、胸を張って会いに行けばいい。それでも心配なら――そうだな。メイルの奴とも相談しろ。あいつに話して、悪い顔をしなければ、たぶん悪い結果にはなるまいよ」

 

 メイルは勘の良さだけは、超一流だからな――なんて、クッコ・ローセは言いました。

 理屈でなく、本能で良し悪しを判断する。私にもそうした感覚はあるし、それが危機感をあおっているから心配しているのだが。

 どうも、クッコ・ローセは私のそれより、メイルさんの方を信頼しているらしい。

 

「私は、嫌な予感がして仕方がないのですが」

「それはそうだろうよ。お前にとって、昇進も王族とのコネクションも、そこまで魅力的ではない。私らとの生活以上に優先することなんて、お前にはないんだから」

「……生活を維持するための、政治的な点数稼ぎは、私にも重要だとわかります。今回の件が幸運であるのか、そうでないのか。判断するには、情報が足りてないのでは?」

「ごちゃごちゃ考えたがるのは、お前の悪い癖だな。その繊細さが重要になる場面もあるだろうが、政治においては分析よりも直感が必要になる場があるものだ。――私はただの教官だが、経験はそれなりに積んでいるつもりだ。まあ、だまされたと思って従ってみろよ」

 

 クッコ・ローセにそこまで言われては是非もない。私一人で済む問題なら、いくらでも譲歩できるのだが。

 今後は家庭を持つのだから、色々とナイーブになっても仕方がない状況である。危機感が刺激されやすい環境にあるのだと思えば、自分の感覚が過敏になりすぎていたとも取れる。

 第三者の視点の重要性を加味すれば、やはりメイルさんの判断を基軸にするのが妥当かもしれない。

 なので、さっそく都合がつき次第、家に連れ込んでみました。……いや、違うんですよ。性的な意味でなくて、政治的な意味で貴女を欲したわけで。それは、決してメイルさんを軽視しているわけでなくてですね――。

 

「そう。ちょっと残念だけど、まあいいわ。……エメラ王女が王妃様との面会を約束して、それが実現したら厄介になりそうだな、って。そういう事情ね?」

「はい。なので、実現の可能性と今後の展望について、メイルさんの勘を頼りにしろとクッコ・ローセが言いまして。……申し訳ありませんが、お付き合いください」

「いいんだけどね。――個人的な意見を言うなら、そこまでの危険は感じないわね。本当に、家庭的な要件になるんじゃないかしら。王族の家庭的な問題なんて、国家的にも重大事にもなりえるから、楽観ばかりもしていられないっていうのは本当。……でも、確かに。悪く転がる可能性を考えるよりも、前向きにとらえるべきだと私は思うの」

 

 メイルさんの意見は、私の感覚を鋭く刺激していた。自分だけでは気づけなかったことを、彼女は教えてくれている。

 そうした確信を抱きながら、私は話の続きを促した。

 

「そこまで複雑な話じゃないわ。要は、エメラ王女の後ろに王妃様がいる。双方を味方につける機会を得られたんだって思えばいいわ」

「……きな臭い話になりませんか、それ」

「面倒ごと、厄介ごと、って捉える方法もあるでしょうけど、まず王族に意見を通せる機会自体が得難いものだと思いなさい。――ここまで言えばわかるでしょうけど、今回のそれはモリーに取っては危機であると同時に、それ以上の飛躍の機会でもあるのよ。端的に言えば、エメラ王女の側近になれる可能性がある。それも、王女が嫁いだ後は要職につけるかもしれないほどの、大きな好機になるんじゃないかしら」

 

 メイルさんは、いい笑顔でそう答えた。私としては、困惑するほかない。そこまで大きな話になるのかとも思うし、下手を打てば逆効果なのは変わりないとも思う。

 

「モリーなら下手なんて打たないわよ。万が一の可能性を考えるより、大きな飛躍の機会をよろこぶべきじゃないの?」

「万が一でもあれば、危惧せずにはいられません。私の命は、もはや私だけのものではないのだから」

「お堅いのね、相変わらず。……モリーと一緒に心中できるなら、私たちは本望よ。だから、そんなことで怯まないで。私のために危機感を抱いたとしたら、それは間違い。いつだって、私はモリーの傍にいるし、死ぬときは一緒なんだから、怖くはないわ」

 

 だから私は危機感を抱かずにはいられないんだって、言っても仕方のないことなんだろう。

 だが、悪いことばかりじゃない。要は、私がしくじらなければいいことだ。メイルさんが言うように、前向きに捉えることにしよう。

 

「メイル。お前だけじゃないぞ。私も教官も、想いは同じだ」

 

 ザラが代弁するように言う。彼女が言うなら、本当にそうなのだろう。死ぬときは一緒、なんて陳腐な言葉だが、それを発言し、肯定しているのが他ならぬ彼女たちなのだ。

 その言葉の重みを感じて、私は気を引き締めた。共に幸福になる道を行くのだ、と。

 

「いいわね。じゃ、その時が来たら一緒に逝きましょうか。――もっとも、モリーの目を見るに、そう簡単に済む問題じゃあなくなったみたいだけど」

「大変結構! メイルの勘は確かだからな。お前が言うなら、悪い方には転がるまいよ。……モリーが栄転するなら、私も歓迎だ。妻となる身であれば、どうあっても離れはしないんだからな」

 

 そうして、話は終わりました。私たちは、楽しく語り合って、その日を終えた。

 王妃様との会談が実現し、正式にスケジュールに組み込まれ、たっぷりと時間を確保されたことも、エメラ王女が同席することになったのも。

 

 今や、私たちを恐怖させる理由にはならなかった。一丸となれたのなら、思い悩むことはなにもなかった。ただ、機会をつかみ取ろうとする意欲があるだけ。

 一心同体であることが、こんなにも安らかな気持ちになれるだなんて、私は知らなかった。

 共に生きていけるなら、それだけでいいのだと。そう受け入れられたことが、一番の収穫だった。

 私にとっては、それがすべてだったんだと、自覚できたのだから――。

 

 




 というわけで、次回は王妃様との会談から始まると思います。
 原作では存在だけが明記され、登場していない人物です。筆者の想像が占める部分が大きくなってしまいますが、どうしても避けられない部分なので。

 どうにか上手に納められればいいのですが、さて。
 ともあれ、また次回。来月の投稿まで、しばしお待ちください。


 ……結婚式も、ついでに書くと思います。さほど詳しく書かないというか、バッサリカットする形になるでしょうが。


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