24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 もっと話を進めるつもりが、シルビア妃殿下との会談が長引いてしまい、それだけで一話を区切らねばならなくなりました。こんな時、自分の未熟さを思い知らされます。

 見直しが足りてないような気がしながら、どこかで矛盾があったり、わかりにくくなっていないか、思い悩みつつも投稿のボタンを押す。

 今回もその気持ちが、どうも強い気がしていますが、定期的な投稿を忘れては本末転倒。

 いまだ未熟な物書きの端くれですが、今後とも見守ってくだされば幸いです。



軍事演習は政治的な意図を持つというお話

 ミンロンに公式補給商の証書を渡したり、諸々の実務をこなしたりして。ともかく急ぎの仕事はやり終えたので、後は推移を見守ればいい。

 そう思って、我が家のために妻たちをねぎらおうと思ったのですが、何とも。この世は案外世知辛く、そう上手くいきません。

 合同軍事演習は一大事業だから、それまでには各人の仕事もひと段落つくだろうと思いたかったんだけど――どうも直前まで手が離せない状況が続くみたいで、夫としては立場がないと思うのです。

 

 メイルさんは内勤が楽になったらしいけど、交易の護衛依頼がこのところ多くなったようで、家を空けることも出てきて、まともに夜を過ごせていません。

 ザラは王妃様から仰せつかった、様々な情報の裏取りに動かされているし、クッコ・ローセはゼニアルゼから帰ってきたと思ったら、軍事演習の前準備に駆り出されて現場に泊まり込みの日々が続いている。

 

 結局、私がまともに毎日を過ごせる相手は、クミン嬢だけになる。……それが不満である、なんていうわけじゃないけれど。

 ともあれ、自室に招待されて、もてなされる程度には交流を深めておりました。

 クミン嬢は風俗経験があるだけあって、男を転がす手管に長けているというか、接していて快い部分がある。――それがまた言葉にしにくい所で、なんとなくほだされていく感覚が、どうにも言い難く。

 ザラ達と比べてしまうと、弱い部分は確かにあるけれど。それでも、彼女でなければ味わえないであろう、唯一無二の経験もまた存在しているのですね。

 

「クミン。貴女の存在が、今の私にとっては救いになっているところはあります。……それはそれとして、ザラと会えない夜を重ねると、どうしても寂しさは感じてしまう。我ながら贅沢が過ぎると思うのですが、こればかりは感情的なものなので、どうにも」

「いいんですよ、別に。――私に対して、それを正直に話してみせる。その図太さを維持できるうちは、大丈夫でしょう」

「……実際、貴女がいてくれて、助かっています。最近は家事も任せきりですし、その割に構ってあげられてないことは、本当に申し訳なく……」

「私もあなたも、必要とわかっていて一緒にいるのですから。気兼ねはしないでくださいな。家事については、できることをやっているだけです。――いいじゃないですか。こんな家の形があっても」

 

 クミン嬢の言葉も、今の私にとっては心地よい。ぶっちゃけ、都合のいい女扱いをしているも同然だが、それでも彼女は今の私を肯定してくれる。

 元ハーレム嬢なのだから、この種の手管には長けていて当然ではあるだろうが――。

 何はともあれ、私に尽くしてくれる。その事実が、ただひたすらにありがたかった。

 

「――と言うわけで、モリーさんはベッドに横になってください。これもまた、私のお務めですので」

「……あ、はい」

 

 婚儀を終えて、共同生活を続けているうちにわかったことだけど、クミン嬢はマッサージが上手だった。

 眠りそうになるくらい心地よい時もあれば、どうしようもなくムラムラする時もあったりと、なんだか効能にバラツキがあるのは気になるんだけどね。

 いずれにせよ、替えが効かない程度には、立派な技能であると私は認めている。こっちで食べていく方法もあるんじゃないかと、暗に提案したこともあるほどだが――。

 

「必要があって習熟したことですが、今ではもう、身内以外にしてあげたいとは思いませんよ」

「……ありがたい話です。私だけが堪能するのはもったいないので、皆にもしてあげてくださいね」

「ええ、もちろん。求められたら、拒むつもりはありませんよ」

 

 つまり、私が彼女たちの間を取り持つ必要があるわけだ。これをクミン嬢なりの処世術と取ることも出来るし、彼女独自の狡猾さの発露である、と取ることも出来る。

 個人的な見解を述べるなら――クミン嬢は私の家の中で、しっかり生き残ろうとしているのだろう。単純に、そう捉えるのが正解と思いたい。

 

「皆も、クミンにつらく当たっているわけではない、と思いますが」

「皆さん、強かな女性ですよ。どんな状況でも、モリーさんにすがったりはしない。ただ一人でも、自立できる人たちです。……私とは違う」

「それこそ、貴女だって誰かに依存する人には見えませんが」

「……取り繕うのが上手いだけですよ。私は、自分の弱さから目を背けられるほど、強くはありません。弱いままでいられないくせに、半端な強みだけを身に着けてしまっている。そうした自分を、嫌悪することだって――無いとは、言いません」

 

 クミン嬢の言葉がどこまで本気なのか、私にはわからない。それでも、彼女がここまで心情を吐露しているなら、これを無下にすることはしたくなかった。

 ぼんやりとした頭でマッサージを受けながら、口だけを開く。身体は任せて、しかし心までは支配されないように。

 

「私は、クミンのことが好きですよ。いつまででも、我が家に居てくれて、いいと思っています」

「生涯面倒を見てくれる。そんな風には、言ってくれないんですね」

「手の届くところにいてくれるなら、私にできる限りのことをします。離れないなら、ずっと。……それでは、不足ですか?」

「私が居ないとやっていけない。私を愛して、ずっと離さないと――。嘘でもいいですから、そう言ってくれませんか? そしたら、私だって心変わりするかもしれませんよ?」

 

 私がそんな嘘を言えないと、彼女はわかっているはずだ。わかっていて、戯れている。クミン嬢は、そうした諧謔に酔う癖があるらしかった。

 私はと言えば、女性関係で不実な言葉は使いたくない。口にしてしまえば、本物になってしまう。――だから、私は当たり障りのない言葉で返した。

 

「クミンほどの方であれば、私よりももっといい条件の方と、もっと満たされた人生を送ることも出来るでしょう。……私だけにこだわる必要はない。違い、ますか?」

 

 クミン嬢の指圧が、明らかに強くなった。次の瞬間には和らいだが、私には誤魔化せない。

 ――彼女の動揺が、行動に現れた。そう思うべきだった。ブラフとするには、タイミングが絶妙すぎる。

 クミン嬢が嘘をつくなら、もっと上手にやる。ここで下手な動きを見せること自体が、彼女の感情を示しているのだと、勝手ながら判断させていただこうか。

 

「ちょっと、痛かったですよ」

「こっているんですね。あんまり疲れをためるのは良くありませんよ」

「失敗したと、素直に言ってもいいんですよ?」

「……何のことやら。続けますね」

 

 心地よい刺激が、彼女の手指を通して、身体を伝っていく。疲れも同時にほぐされて、癒されていく感覚は本物だった。

 なればこそ、クミン嬢の本物の感情も、余すところなく理解してあげたいと思うのだ。

 

「クミンさん。よろしければ、ですが。最近、誰と連絡を取っているのか、確認しても良いですか?」

「別段、特筆すべき相手とは連絡していませんよ。昔の同僚とか、以前世話になった人に、自分の近況を伝えているだけです」

 

 少なくとも、シルビア妃殿下には確実に連絡したのだと、正直に話してくれている。

 今このタイミングで何を伝えたのか。それを予想するのは難しくない。

 

「私が王妃様と会っていたことも、話しましたね?」

「隠ぺいする気がないのなら、どこかから漏れるでしょう。……というか、わかっていて、ほのめかしていたんじゃないですか?」

「それはそうですが、一応の確認として。――クミンのほかにも、私の近くにシルビア妃殿下の目があるかどうか。調べておくことは必要でしょう?」

「……正確には、王妃様の傍です。そちらから私の方に話が来て、身辺を探って確信を得る。そして、シルビア妃殿下に伝達する。何か、おかしいですか?」

「いいえ、わかっていたことです。私に対しても明言しているあたり、すでにお互い了承済みのことなのでしょう。なら、大きな問題にはなりませんか」

 

 私と妃殿下の関係は、結構微妙なものだ。敵対してはいないし、今後もするつもりはないというか――むしろ、積極的に協力関係を築きたいとすら考えている。

 だからクミン嬢への対応も、ぞんざいには出来ない。彼女の申し出は拒否しないし、不満があれば解消しよう。

 

 私の身体を弄ることで、多少の慰めになるのであれば――それくらい、好きにさせてあげたかった。

 適当に話している間にも、マッサージは続けられる。終わった時には、身体のみならず、精神的な疲れも消えていくようで――。

 私の方がお礼を言いたくなるくらい、いい気分転換になったと思う。

 

「ありがとうございます。……最近は身体を動かすより、考えることの方が多いもので。こうやって、身体をほぐしていただけると、良いリフレッシュになります」

「私などにはわからないことですが、王妃様の相談とか、王子王女の教育は大変ですか?」

「大変ではない、とは言えませんね。元々畑違いの仕事ではありますし。――それでも、やりがいはありますよ」

 

 自分の家を残す、なんてことはあんまり執着していませんが。それでも、利用価値のある縁であることは確か。

 今後とも、王族との関係は維持していきたいところだ。……打算は別として、力になってあげたいと思う気持ちも、確かにあるのだし。

 

「充実しているのですねぇ。――立身出世も、夢ではないということですか」

「良い意味でも悪い意味でも、ですね。……クミンは、どうです? 最近の仕事場の様子は」

「モリーさんとの家庭もありますので、今は休みも多いし、半日だけの仕事ですから。基本的に、店の中でも雑用ばっかりやっていますよ。人間関係でしたら――まあ、うちの事情をちょっと突っ込んで聞かれることもありますけど、適当に流しています」

 

 クミン嬢は、クロノワークの風俗店で今も働いている。もちろん客を取ることはないが、それはそれで職場の空気になじめなくなるのではないか――と、心配していたのだが。

 しかし、彼女の声は思ったよりも軽く、悩んでいる様子もなかった。シルビア妃殿下とのつながりを維持するためにも、傘下の店舗から離れさせることも難しい。現状うまくやれているなら、これ以上は働きかけることもないだろう。

 

「楽しくやれているなら結構です。私から離れたとき、頼るべき場所が一つもないというのでは、こちらも心苦しいですから」

「どうして離れることが前提なんでしょうかね? 私、うまくやれていると思うのですが」

「クミンさんに問題があるわけじゃなくて、ですね。むしろ私の方が、見放されないか心配で――とか、わざわざ言うようなことでもありませんか」

 

 私自身、クミン嬢がどこまで本気であるかは、測りかねている。わからないから、試しているという部分があった。

 とはいえ、あまり深く探るのは非礼というもの。この辺りで止めて、伝えるべきことを伝えよう。

 

「近々催される、合同軍事演習について、聞いていると思います」

「はい。遠出をなさるんですね。数日は、家を空けられると」

「遠いというほど遠くはありませんが――まあ、少しの間は家を留守にします。その間は、自由に過ごしてください。家にあるものは、好きに使って構いません」

 

 他の妻たちは、私と一緒に演習に付き合わされるので、実質彼女は家の中に一人取り残されることになる。

 せめて、自由な行動を保証してあげるのが、私にできる――せめてものことだろう。

 これで十分とも思わないから、もう一つ、してあげたいことがあった。

 

「それから……ええと、クミンさん」

「なんでしょう」

「私はこれから、シルビア妃殿下と会う予定があります。貴女が望むなら、要望を伝えることができます。――貴女は、よくやってくれている。ですから、相応の見返りをもらっていいのだと、私は思うのです」

 

 これが誠意なのか、やけっぱちに近い、なにかしらの感情の発露なのか。

 私は、自分を分析することをやめた。とにかく、クミン嬢のために、何かしらのことをしてあげたかったのだ。

 おそらく、これまでの人生で、自由らしい自由などなく――誰かの都合で振り回されていたであろう、クミンと言う人に。

 ハーレム嬢として、風俗嬢として生きていく以外の道がなかった彼女に対して、私は男としての度量を見せたかったのだ。

 

「……ご遠慮します」

「なぜか、と聞いてもいいでしょうか。クミンさん」

「感情的なものなので、理屈を求められても困りますね。――モリーさん。私は、少なくとも今すぐ貴女の傍を離れるつもりはないし……そうですね。何なら、私を楽しませ続けてくれるなら、一生を共にしてもいいと考えていますよ」

 

 だから、余計な気を回す必要はないんだって、クミン嬢は付け足すように言いました。

 いやいや、だからといって、それに甘えたいとは思わないよ。夫の見栄として、妻の献身には答える義務があると思うのです。

 

「流石にそれは、クミンさんの取り分が少なすぎるでしょう。私が貴女の娯楽になるとしても、貴女の人生の貴重な時間と引き換えにするほど、価値のあるものでしょうか?」

「今更、ですよ。私の人生が、私以外の事情で浪費されるなんて。――完璧な人生なんて、そうそうありえないものです。私もモリーさんも、それは同じ。だったら、少しでも楽しめるほうを選びたい。これって、可笑しいことですかね?」

 

 否定できなかった。クミン嬢のような、風俗嬢であることを選んだ人、選ばざるを得なかった人々に対し、人生の娯楽を捨てろだなんてことは言えない。

 世知辛い世の中、苦痛多く理不尽に流されるしかない只人の人生の中で、せめてもの生きがいとなり得る娯楽の価値は、途方もなく大きなものだろう。

 私がその一助たり得るなら、むしろ肯定してしかるべきではないか。そうであってこそ、彼女の期待に応えられるというものではないか。

 

「期待が重いですね。私の存在が貴女の為になれるなら、そうありたいと思うのですが」

「ぜひとも、期待に応え続けてくださいな。――私が楽しむ以上に、貴女の妻たちの為にも。あの方々には、モリーさんの存在が不可欠です。貴女が引き取らねば、皆さん一生独身でもおかしくない方々だと思いますよ」

 

 結局、クミン嬢との一時は、他愛のない会話で占められてしまった。マッサージが心地良かった分、しわ寄せを食らったような気分で、どうにもすっきりしない。

 ただ、駄弁っていただけであったとしても。彼女の無聊を少しでも慰められたのならば――その事実をもって、私は満足すべきなのだ。

 私は、風俗嬢に敬意を抱く。その身を尽くして、他者に奉仕する仕事は、尊いと思うから。

 

「――私個人の楽しみのためにも。せいぜい長生きしてくださいね、モリーさん」

「はい。なるべく努力して、楽しんでいただきますとも。貴女だけでなく、彼女らの人生を背負うと決めているのです。……今更、たやすく死ぬ気などありませんよ」

 

 合同軍事演習を前にして、クミン嬢へのケアは多少は出来ただろうか。時間を費やした分だけ、彼女の癒しとなれたなら、これ以上のものはない。

 クミン嬢は、価値のある女性だ。その彼女の為になることができるなら、私だって男としての矜持を満たすことができる。

 個人的に、それはとても大きいことだった。たとえ、他の誰にも、この気持ちを理解してくれなかったとしても――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後には色々な出来事があり、難しい政治的事情があり、不穏な気配もないではない。

 そうした事情がありと言えども、合同軍事演習は滞りなく進められる運びになった。これは、僥倖であったと心から思う。

 ……他国の介入とか、妨害とか。予想は出来ていたはずだから、シルビア妃殿下が見事に対処した、と考えるべきだろうか。

 

 当日になってみれば、私は演習に直接関わらぬ立場で、ただ推移だけを見守っていたのだから、そもそも何も文句など言えない立場だ。

 詳しくは話してくれなかったけど、ザラは準備段階で結構な貢献をしたらしい。メイルさんは演習中は補給に関わる仕事をしているし、クッコ・ローセも演習では現場指揮官として、様々な働きをしている。

 

 意外なことに、クミン嬢も単純な労働力として参加してくれた。家の中でだらだらするよりも、張り合いのある仕事が欲しい、という理由で。

 私としては、彼女が自由に行動できる余地を作ったつもりだったので、結構意外な感じがした。婚活なり出会い探しなり、そうしたことをやっていたとしても、咎めるつもりもなかったのだから。

 ――ともあれ、兵たちの食事を作ったり配膳に加わったりして、民間人に交じってこまごまな仕事をやってくれたのは感謝したい。

 

『これくらいしなければ、モリーさんの身内とは言えないでしょう』

 

 なんて、彼女は言ってくれた。ここまで尽くしてくれるなら、認めるべきだし、認められなくてはならないと思う。

 帰ったら、どうしようか。なんて、今から考えています。私から奉仕するとして、どんな形がいいのかな。

 

「……というわけで、妻のご機嫌を取るのに忙しいのです。シルビア妃殿下には、穏便に話をして、適当に楽しんでいただけましたら幸いです」

「わらわが楽しめる話となると、限られるがのう。できる限り、刺激的なものを頼むぞ」

「刺激的でないと楽しめない、とおしゃられますか。……ご要望にはお答えしますが、それ以上のものは、求められても困りますよ。話を煽るだけ煽って、建設的な結論が出なかったとしても、咎めないでくださいね?」

 

 軍事演習の一日目。戦場を見下ろせる慰安所から、適当に演習を観戦しつつ、私はシルビア妃殿下の相手をせねばならないらしい。

 何しろ、席が隣だったもので。席がほぼ独立していて、周囲の耳目を気にせずにいられることだけが、幸いだった。

 

 頼りの王妃様は、遠めに作られていた、別の慰安所にいる。そちらはオサナ王子とエメラ王女がいるので、子供二人のお守りは任せられるのだが――。

 代わりに一番面倒な人の相手をさせられていると思えば、まるでつり合いが取れていないんじゃないかなぁ。

 

「ま、よい。つれない返答じゃが、わらわはこの機会をふいにするつもりはないし、気になることもある。――おい、おぬし、何をした。最近の母上の対応が色々とガチってるんじゃが。面倒な手合いに、さらにやりにくくなる材料など提供してくれるな。わらわが好き放題できなくなるだろうがよ」

「お呼ばれしたので、思うところを適当に話しただけです。主君への献策は、臣下の務め。それに文句を言われても困りますね」

 

 話をしただけです――と素直に答えたのに、妃殿下は私を非難するような目で見てくる。

 確かに、ミンロン女史を公式補給商に推薦したのは、私ですが、ええ。その点については申し訳ないと思いますが、貴女が好き勝手したいように、私達も自分の都合を優先したいのですよ。

 

「おう、そうか。実をいうとな、わらわへの嫌がらせの礼として、この場を用意したのじゃ。――他国の要人が、遠巻きにおぬしを見る目、気付いていたか?」

「ええ、まあ。……視線は気付いても、演習の喧騒のせいで、話声までは聞こえませんが」

「おぬし、結構名が売れておるぞ。こうしてわらわの傍に侍らせてやったから、帰国後は社交界への誘いが殺到するかもしれんな?」

「ご配慮、感謝いたします。ならばこちらも、礼には礼で返しましょう。率直に、正直に思うところを述べますが、これはシルビア妃殿下への誠心が故、とご理解ください」

 

 嫌がらせには、嫌がらせでお返しになられる、と。まあ、その程度で済むならまだ軽い。

 ともあれ、私は妃殿下に話題を提供し、楽しんでもらわねばならない。彼女の方からそれを望まれるなら、是非もないだろう。

 刺激的なのがお望みなら、最初から強くいくべきだった。

 

「そもそも妃殿下、貴女は性急に過ぎます。環境を整えるにも、急がずゆっくりやる手もあるでしょうに。ご自重なさるわけには、参りませんか? いくらかの課題は、次代に残してもいいはずです。……次代の成長のためにも、適当な仕事は残しておくものですよ」

「今のうちに、やれることはやっておきたいのじゃよ。仕事など、いくらでも後から湧いてくるわ。のちの世のために、などと遠慮しようとは思わぬ」

「あくまで、仕事を急がれると。悪いとは申しませんし、あえてこれ以上は止めませんが。――ならば、早すぎる社会の変革、その反動を受け止める覚悟もおありなのでしょうね?」

 

 シルビア妃殿下は手加減を知らぬ。最善を尽くして、自国を肥やし、他国への支配を及ぼしていくだろう。

 実際に目にしてみると、その行動は時代を加速させるほどに大きく見えた。

 合同軍事演習は、もっと後に回しても良かったはずなのだ。それを前倒しにして、自らの権威をことさらにアピールする。

 間違いなく、彼女は偉人だった。常人では、ここまで短期間に実行できないし、周囲を巻き込めない。……なればこそ、私は危惧を抱く。

 

「わかったような口をききくさる。自重などせずとも、何もかもが上手くいく。そんな可能性だってあるじゃろうが」

「ご自身でも信じていない、根拠なき楽観論を口にしてどうするのです。そこまで考えナシなら、わざわざ私などを呼び出して、異なる意見を聞こうだなんて思わないでしょう。――新たな視点から、厳しい意見が欲しくなった。私をここに配置したのは、それが本心なのでしょう?」

 

 特別な席の位置と演習の騒がしさが、この会話の全てを覆い隠してくれる。

 余計なことを話しても、誰の耳にも届かない態勢は整っているわけだ。なればこそ、遠慮なく語ることも出来よう。

 

「厳しさを求めているわけでもないが、刺激的な会話は確かに期待しておるよ。――おぬしは、どこまで見えているのかのう。わらわが西方に君臨し、あらゆる利益を差配し、一代の英傑として名を残す。それくらいは、見通されていても不思議はないが」

「はい。まさに一代の英傑であるがゆえに、一代でしかない欠点が、未来においては致命傷となるでしょう。――もし妃殿下が早世することになれば、次代でゼニアルゼの覇権は終わります。これは、保証してもいいことです。なので、健康には気を使って、絶対に長生きしてくださいね」

 

 あまりにあっさりと、確信した口調で私が断言するものだから、これにはシルビア妃殿下の方が面食らったらしい。

 軍事演習は始まったばかりで、砲兵は砲撃の準備に追われていた。遠目から確認しただけだが、個々の動きに淀みがなく、相当な練度の熟練兵だとわかる。

 轟音が響くのは、もう少し後になるだろうが、その時までに話を一区切りつけたいところだった。

 

「……聞き捨てならぬことを言ってくれるな。どういうことじゃ。わらわにわかるように説明せい」

「事業は半端に手を付けてはならない、ということです。もう少し、詳しく述べましょうか?」

「白々しい。もったいぶった言い方をするな。――続けよ」

 

 しばし言葉を失った後、鋭さを増した目で、私に問う。

 これが下馬威(シャマウイ)というもので、東方の交渉術の手法である。初手でガツンとやっつけて、会話の主導権を握るとしよう。

 翻訳した書物の影響もあってか、つい使ってしまったが、この程度は愛嬌というもの。私なりの意趣返しとして、出会い頭の一発で、どうか頭をくらませていただきたい。

 

「仮に、の話ですが。もし各国の戦争によって、交易路がふさがれてしまったら、いかがします?」

「もちろん介入する。武力か政治力か、いずれかを使ってな」

「では、軍事力は維持しなくてはなりません。交易は多国間をまたがる広大なものですから、場合によっては軍の拡大も必要でしょう。常備軍を増やし、兵站を整え、練兵を繰り返して質を維持する。――ゼニアルゼの富を持ってさえ、馬鹿にならない負担であろうかと思います」

 

 ここまで言えば、聡明なるシルビア妃殿下は意味を察してくれる。

 その対策まで考えているのなら、私の言葉の重要性も――またわかってくださるはずだ。

 

「キリがない、と言う話か? そうして軍事費ばかりが拡大すれば、今までの収入では養いきれなくなり、外に収奪の為の植民地を求めねばならなくなる。……西方では具合が悪い。では東方か、南方か? しかし、交易関係のある東方は後回しにしたいところ。となると、結論は一つよな」

 

 東方を後回しにするだけで、標的から外したわけではない――という辺りが、実にシルビア妃殿下らしいと思う。

 だから彼女は覇者として相応しいと言えるのだし、彼女を欠いたゼニアルゼは、それだけで一気に落ち目になるとわかるのだった。

 

「よどみなく話される辺り、前々から考えていた様子ですね」

「モリー。これは内心にしまって、遠い未来まで公開しなかったであろう考えである。それを今指摘した、おぬしの先見性は買ってやろう」

「この点、妃殿下から評価されても、嬉しいとは言い難いですね。――いずれは、西方諸侯を総動員して、交流のない南方へと征服戦争に乗り出しますか?」

「手段の一つとして、頭の片隅にはおいておくという話よ。軍備の拡大も、まだ試算すら終わってない状況じゃ。――わらわは戦争を厭うわけではないが、まずは統治の安定を優先したい。外征に打って出るのは、二十年くらいは先の話と考えておけ」

 

 つまり、シルビア妃殿下の娘なり息子なりが育って、成人するまで。それまでは、守成の時期と見定めているわけだ。

 この度の合同軍事演習も、守成の為の一手である。そう思えば、案外急がずに、腰を据えてやろうと思っているかもしれないが。……状況が変わっても、果たしてこらえ続けてくれるだろうか?

 

「征服事業は多方面に影響を及ぼすし、音頭を取るにはわらわでなくては不可能であろう。その事業の途中で、わらわが倒れたとしたら……なるほど。南方に乗り出すどころではなくなる。国内にも動揺が走ろう。その手の弱みに付け込みそうな手合いは、両手足の指では足りぬゆえ、内外から利権を食い荒らされ――ゼニアルゼは凋落するか」

「はい。……もっとも、妃殿下はそれくらいはご理解なされておられる。ここまでスムーズに話が進んだのは、その証拠ともいえましょう」

 

 シルビア妃殿下の統治はまだまだ始まったばかり。交易も軍備の見直しも、半端なところで止まれば、情勢が荒れかねない繊細な問題だ。

 妃殿下は、自分がどれだけ貴重な人間か、自覚しておられる。なればこそ、私の言葉も届くと思ったのだ。

 

「お互いに、見解を同じくしておるわけじゃな。しかし、わらわに健康問題はないゆえ、そこそこは長生きするであろう。問題のある後継者など残さぬつもりであるし、子の教育については、能う限り最高のものを用意する。次代のゼニアルゼには、不安など残さぬつもりじゃ」

「シルビア妃殿下の言葉には、重みがありますね。そう言われれば、案外ゼニアルゼの覇権も長く続くような気がしてきます。……凋落するとしたら、孫世代になりますかね」

「ほほう、孫世代でのう。――わらわが下手を打たぬ、とわかっているのであれば、どうしてゼニアルゼの凋落などをほのめかすのじゃ? 不興を買うだけだと、わからぬか」

 

 シルビア妃殿下は、不快そうにこちらを睨みつける。脅された、と思われたのかもしれない。

 それでもなお、いずれは進言しておかねばならぬと思っていたのだ。進展次第では、他人事ではすまない可能性もあるのだから。

 

「謝罪はしません。代わりに、根拠を述べます。……まず国際社会は競争社会であり、国家に真の友人はないものとご理解ください。その上で、ゼニアルゼに脅威足りえる敵が出現したとしたら――その敵は、いかなる戦いを挑んでくると思いますか?」

 

 ふむう、と顎を落として、シルビア妃殿下は思案に入る。

 そうしてくれるだけの価値を、認めてくれている。その期待を裏切ることだけは、したくないと思った。

 

「どこが敵国になるかによるな。クロノワークであれば、単純に武力で殴りに来るであろう。ソクオチは、もはやまともに戦えぬであろうから、そうじゃな。離間策をもちいて包囲網でも敷いてくるか? ……すると、外交的な孤立こそ、今後は注意すべきであるな。盟主の地位の確立、維持のために、諸国とは良好な外交関係を保っていかねばならぬ」

「――はい、それが大前提。そして、もうひとつ私が危惧するところがあります。正直、これは言われれば気付くことだと思いますが……ええ。もし気づかれていないのだとしたら、大問題です」

 

 期待に応えようと思うからこそ、厳しい言葉は避けて通れない。これから話すことは、地球の歴史を知っているからこそ、言えることだ。

 カンニングに近いものであるが、なればこそ私は危惧せざるを得ない。理解していただければ幸いである。

 

「ゼニアルゼは、巨大な商業国家です。これに敵対する国が真っ先に狙うべきところは、その財政。……ゼニアルゼが『財政危機』を起こすように仕向けること。敵はそれを目的に動くでしょうし、妃殿下はそれを第一に警戒すべきなのです」

 

 ゼニアルゼが財政危機におちいること。それが意味するところは、交易の支配からの転落であり、既得権益の破壊である。

 凋落の根拠の一つとしては、まず十分なものではなかろうか。

 

「言いたいことはわかるが、交易を狙ってくるなら、むしろ撃退しやすいと思うぞ。あれは一国が儲けるばかりではない。多くの国々が関わっている以上、短慮は起こすまいと思うが――」

「それはどうでしょう。多くの国々が関わっているからこそ、盟主の地位から引きずり下ろしたい、と思うものは多いはずです。……財政が圧迫され、交易路を維持することができなくなれば、関係者全員が損を被ることになる。そうなればゼニアルゼに代わって、別の国家が交易を差配するようになるでしょう」

 

 シルビア妃殿下を納得させるには、これだけでは足りぬ。さらに言葉を尽くして、語らねばなるまい。

 

「そして財政危機に至る道は、多くあります。景気の動向、自然災害や飢饉の影響によって、物価が高騰する可能性もあれば、外交的な摩擦によって、交易が止まる可能性も否定できません。付け加えるならば、他国が不景気になったり、治安が悪化したりすれば、ゼニアルゼに難民が流入してくる場合もあるでしょう。――敵がこれらを悪用すれば、ゼニアルゼにとって不愉快な事態を招かせることは、そう難しくないと考えます」

 

 難民に関しては、最悪武力でどうにかする手もないではない。近代以前の倫理観ならばそれで通るが――経済に関しては、そう簡単には解決できぬ。

 例えばどこかの国が、何かしらの事情で穀物に対する関税を上げたりすれば、穀物の価格が高騰するだろう。敵国がそれに便乗して、私利を図ることは充分にありえる。

 

 そしてゼニアルゼは、食料自給率がそれほど高くない。食料を輸入せねばならぬ関係上、価格高騰が何年も続けば、損失が許容範囲を超える可能性があった。

 軍備を拡張するなら、兵を食わせるための費用もそれだけ増える。基本的に、軍隊そのものは生産に貢献しないことを考えるなら、これは大きな問題であった。

 

「シルビア妃殿下は我慢ができるでしょう。しかし、国民の感覚はまた別のもの。交易が止まって市場に不安が広がれば、買い占め、売り渋りなどで流通が硬直することも想定されます」

「……実際、供給が止まれば物価は上昇するもの。そうなれば、価格が高騰してから売り抜けようとする不埒者は、どうしても出てくる。だからこそ、わらわは交易に気を使っているのじゃが――なるほど。これは、確かに戦争を吹っ掛ける理由になるな」

 

 これで即座にゼニアルゼの財政が破綻する、と言うわけじゃない。問題は、危機感だ。

 経済的な面での危機感から、業を煮やして武断的解決策を取りに行く可能性。これは、交易国家において否定しがたい部分であろう。

 

 アヘン戦争の経緯を思えば、これは決して絵空事ではないはずだ。

 妃殿下自身が望まずとも、国内の不満の声を抑えきれずに、不本意な戦争を起こさねばならぬ事態に陥ること。私が最初に恐れるのはそれだった。

 

「発端がどうあれ、当事者ともなれば、戦争は経済状況を一層悪化させます。戦時中ともなれば、物価の高騰以上に通商破壊が一番厄介。――総合すれば、ゼニアルゼの損失がどこまで膨れ上がることか。結果として、損失を補填するだけの戦果が求められるようになります」

「モリーの言には、否定しがたいものを感じるな。戦果、より経済的な戦果か。……戦争が、より難しくなりそうな気配を感じるのう。経済に関する戦争行為について、今少し語るならば――私掠船による商船の拿捕、陸上輸送路からの略奪が一般的なところか。保険業者が、悲鳴を上げそうじゃな」

「それを保護するにも、くどいようですが軍事力の拡大が絶対に必要です。戦争に勝つためにも、交易を維持するためにも、軍事費は減らせないどころか増えるばかりになる。――外征まで二十年かかるなら、それまでどの程度の軍隊を維持できるでしょうか。拡大した軍隊の消費が、備蓄を食い尽くすまでに、はたして収奪は間に合うでしょうか?」

 

 交易による収益が、ゼニアルゼの生命線ではあるが。それを守るための武力が、大きな負担となって財政を圧迫する日がいずれやってくる。

 シルビア妃殿下は、実務にも通じている方だ。ゼニアルゼの国庫の知識は私にはないが、彼女の頭の中では確かな数字として、計算されているはずである。

 軍隊を養える限界が、どこにあるか。いかにして費用を捻出し、消耗を抑えるか。考慮すべき部分が多いだけに、結論も多様になる。妃殿下も、すぐにこの場で答えを出せる雰囲気ではなかったらしく、明確な答えは返ってこなかった。

 

「いくらかでも、身の丈に見合った拡大に収めれば――いや、話はそう簡単ではないか。西方の盟主としての面子を維持するなら、軍事力は手放せぬ。……改めて課題に向かい合ってみれば、わらわとしても思うところはあるな。もっとも、まだまだ先の話ゆえ、確たることは何も言えぬ――いうのが本音じゃのう」

「一応、妃殿下に確認しておきたいのですが、無策ではないのですね?」

 

 シルビア妃殿下は、目を伏せながら思案する姿勢を見せた。焦りは見受けられないから、どうにかする当てがあるのだろう。

 私にどこまで披露すべきか、公開してもいい情報を取捨選択している。妃殿下の思案とは、そういう意味であると見ていい。

 

「策を検討する余地はある。厄介事は未然に防ぐのが、もっとも被害が少ない。まずは敵を作らぬこと、味方を増やすことよ。……二十年後の征服と収奪の前に、外交と内政に目を向けねばならん。この軍事演習で、ゼニアルゼを筆頭とする三国の力は見せつけられよう。外交を通じて、今は速やかに西方に平穏をもたらすことを考えるべきじゃ。一国ずつ狙い撃ちにし、対話によってゼニアルゼの影響下に置く。現在の情勢なら、それが可能であるとわらわは見る」

「まずは武力ではなく、対話によって?」

「手段は限定せぬ。それこそ、あらゆる方法の対話によって、じゃ。この時点では、いくらかの譲歩は必要経費と割り切れる」

 

 周辺各国でも、ホースト王国やヘツライ王国等は、そもそもゼニアルゼに対抗する意志など持ってはおるまい。そうして数か国で防衛条約を締結すれば、他の国とて平地に乱を起こすことは難しくなる。

 残ったわずかな不安要素は、シルビア妃殿下が剛腕でどうにかする、というわけだ。

 

 やはり結論を急いでいるように見えるし、ふわっとした計画ではあるけれど、このお方のやることである。

 こちら以上に多くの情報を把握しているであろうし、実現性は充分と見ても良いのではないだろうか。

 

「モリーよ。今、おぬしにわらわの本心を伝えてやろう。――西方の国家首脳を集め、平和条約を締結することが、当面の目標になる。それができれば、ひとまず急速な軍備の拡大は抑えられるとわらわは考えておる。盟友であるクロノワークから、護衛としての武力を輸出し、交易の調整も進めよう。……ここから数年ほど国力を蓄える時期を得られれば、わらわの子が成人するまで、時間は稼げるはずなのだ。外征の余裕も、ここで作る。なればこそ、万全を期すつもりで策を練っておるのじゃ」

 

 西方全体の平和条約がなるならば、シルビア妃殿下の思惑はほぼ現実のものになるはずだ。

 地球の歴史に例えるなら、ウィーン体制もどき、とでもいうべきものが出来上がる。しかも、実際のウィーン体制よりも状況が長く安定するかもしれない。

 

 何しろ主目的が西方世界の安定と協調にあり、平和を目的とする条約なのだ。英邁で開明的な指導者たる彼女が、本気で天下の静謐をもたらそうという。

 これを拒むのは、時代の逆行に等しいとすら、私には思えた。

 

「お見事な考えです。本当に出来るのであれば、シルビア妃殿下はまさに偉大な指導者であると言えるでしょう」

「すでに、わらわは立派な支配者じゃぞ。近隣の各国への防衛条約、さらに大きい枠となる西方全体への平和条約。……どちらも草案は出来ておる」

「あとは、それが画餅とならぬよう状況を誘導するのみ。そのための努力は、この軍事演習も含めて現在進行形である、と。――なるほど、確かにご立派です」

 

 将来への問題は多くあるにせよ、それへの対策はこれからも講じられる。私が思っていたほど、実際には大きな衝突は起きないかもしれない。

 シルビア妃殿下一人が、それらすべてを背負っていると思えば、やはり不安は残ってしまうが。

 

「……上から目線で、偉そうに評価しおってからに。話が通じすぎるというのも問題じゃな。話していて楽しいが、理解が深いゆえに批判がより不快になる」

「恐れ入ります。楽しく思われる程度には、的確な言葉が返せたようで、何よりです」

 

 妃殿下の心境も、複雑なことだろうと思う。ここまで濃ゆい会談になるとは、おそらく想像していなかったはずだから。

 だから、私はさらに言葉を重ねた。ここからは、よりお互いに歩み寄って、認識をすり合わせよう。

 

「さて、そうした前準備が順調に終わったとしましょう。なんやかんやで時間的余裕を作り出し、収奪の為の植民地を得たとしても、収益が安定するとは限りません」

「まだ不穏な話を続けるつもりか? わらわなりに努力を重ねておるのじゃから、平穏無事に過ごさせてくれてもよかろうに」

「気楽に過ごせるなら、私もそうしたいのですが。――せっかくです。悪い方向に転がった場合についても、想定しておいて損はないでしょう」

「まだ楽しませてくれる話題があるなら、今しばし耳を傾けてやろうではないか。せいぜい、思うところを述べるがいい」

 

 シルビア妃殿下は余裕の態度だが、今なお楽観を許してくれる状況ではないと、私は考えている。

 なればこそ懸念を口にして、思考実験を繰り返し、もしもの事態に備えたいし備えてほしいのだ。

 

「改めて申し上げます。敵は狡猾である、とお考え下さい。短慮を起こさないからこそ、長期的に財政を崩していくように、徐々に利益を削っていく方法を取るのです。これをあなどってはなりません」

「いざ戦争ともなれば、わらわ自身が指導する。クロノワークの精兵も動員すれば、短期で治められる自信もあるぞ。――かかってくればよい。返り討ちにすればよいだけのこと」

 

 いつのまにか、演習を眺めることさえ忘れて、会話に集中していた。打ち出される砲撃の音も忘れるほどに近づいて、私達は今後の未来について、本気で検討していたのである。

 

「シルビア妃殿下は、物事を単純化したがる癖がございますが、敵の手段が常に直接的なものであるとは限りません。私たちはここまで、植民地からの収奪を前提に話していますが――収奪する前に独立されたとしたら、どうでしょう。独立した土地から、他国へ富が流出したとしたら、どうでしょう。……事態がここまで進んでしまえば、武力解決は大きな痛みを伴うものになるはずです」

 

 イギリスがアメリカ独立戦争で、多額の負債を負ったように。ゼニアルゼが同じ轍を踏まないと、どうして言えるだろう。

 戦争につぎ込んだ資源の損失ばかりではなく、植民地で見込めたはずの需要も消えてなくなる。独立によって競合相手が増えた分だけ、財政の悪影響も大きくなるだろう。

 それが何を意味するかと言えば、財政危機を呼び込む結果に直結しかねない。これをシルビア妃殿下に説けば、彼女はたちまち理解して見せた。

 

「ふうむ。非常時について検討すればするほど、財政危機が実感を伴ってくるな。財政悪化によって軍縮ともなれば、盟主の地位も安泰とは言えぬ。他国にとって代わられる可能性も、なくはない。……言われてみれば、確かに道理である。しかし、わらわにはわらわの情報網があるのでな。不穏な気配は見逃さぬし、事前にわかっていれば、打つ手はいくらでもあろうよ」

 

 妃殿下の表情に、変化はない。ここまで言い切っても、彼女にとっては驚きに値しないということだろう。

 

「おぬしは批判ばかりじゃが、ゼニアルゼの地位はたやすく奪えるものではないいぞ。――わらわこそが西方の利益の差配者であり、世界交易の主である。敵以上に味方も多い。常に味方と共に戦い、孤立を避けるように立ち回れば、いかな強敵でも対抗できると信ずる。客観的にも、あらゆる要素を加味すれば、ゼニアルゼの未来は暗いものではないはずじゃ」

 

 当事者が語る客観性ほど、信用ならぬものはないが――それでも、私は妃殿下の主張を認めたい。

 彼女の実務能力とカリスマ性を考慮に入れるなら、ゼニアルゼの繁栄は否定できるものではなかった。それほどまでに、シルビア妃殿下の存在は大きい。

 

「財政危機も、敵の謀略も、わらわの歩みを止める理由などにはさせぬ。西方世界は、わらわのゼニアルゼによって、平穏と繁栄を享受していくべきなのじゃ」

 

 彼女なら、本当にどうにかしてしまうはずだという安心感がある。私ですらそう感じるのだから、余人にとってはなおさら強く実感するはずだ。

 理屈でなく、感覚的に成功を確信する。シルビア妃殿下がそこにいるというだけで、信じられる。この現状こそが、まさに将来のゼニアルゼの弱点となり得るのだが――。

 率直に指摘したところで、当人は認めないだろう。自分に対して自信を持ちすぎているからこそ、シルビア妃殿下は厄介なんだ。その自信が過剰とは言えぬほど、英雄的業績に恵まれているから、なおさらに。

 

「しかし、シルビア妃殿下による平穏と繁栄を享受してしまえば、ゼニアルゼの国家としての性格も変わっていかざるを得ない。――交易を主導する商業国家としてあるがゆえに、政治的にも商業偏重の傾向にも進んでいくことでしょう」

「……いよいよ話が抽象的になってきたな。今更の話ではあるが、仮定を重ねすぎてはおらんか? あれこれ話したが、今はわらわとおぬしの頭の中にしか存在せぬことばかりよ。未来を想像することは出来ても、それが実際に起こるかどうかは、誰にもわからぬことではないか」

 

 懸念がすべて現実になるかどうかは疑わしい、とばかりに妃殿下は疑問を呈して見せる。それはそうだ、と私の方もわきまえねばなるまい。

 軍事演習は、いまだ続いている。二人して視線はそちらに向けながらも、彼女の疑問に応えるべく、私はさらに言葉を重ねた。

 

「では、段階を踏んでいきましょう。ゼニアルゼは交易で繫栄します。これを政治にも用いて、西方の支配を図ります。ここまではいいですね?」

「……雑な認識じゃが、まあ良しとしよう。で?」

「経済の発展が著しいがために、国家の政策もそれを主軸に置く形になります。戦争も経済が原因となりかねない状況なら、無理もないことですね? ――そして国民たちも経済発展の恩恵を受ける以上、商業重視の方針は歓迎されることでしょう」

「国が富み、民の支持も得る。いいことづくめではないか」

「はい。そして、誰もがこう考えることでしょう。経済の成長が保証されている間は、ゼニアルゼは安泰であると。外交の実績などとは関係なく、富の蓄積と物流の維持こそが政治の目的であると考え、商業の発達が第一となり、それ以外の全ては二の次となる。……なにかしらの理由で、国内の経済に不都合が生じれば、それはそのまま政府への不満となって、強い反発を招くことになりましょう」

 

 ゼニアルゼを地球の国家に例えるなら、やはりイギリスが適当だろうか。

 産業革命はまだ起きていないし、色々と条件が違うから、安易に例えとして持ち出すのは不適当かもしれないが――。

 これからの西方は、おそらくパクス・ブリタニカならぬパクス・ゼニアルゼというべき時代を迎えると、私は考えている。

 その繁栄は似たような形になると思うが、衰退については、まったく違う経緯をたどるだろう。

 近代のヨーロッパほど、社会が成熟していない上に――何と言っても、ゼニアルゼにはシルビア妃殿下がいるのだから。

 

「国内の反発、のう。戦争被害が理由ならともかく、利益が多少目減りする程度で暴発するような手合いなど、多くはない。そんなものは武力で抑え込めよう。――国内の全てを敵に回す手は打たぬし、内外を問わず、敵を限定させる手管には十分長けておるつもりじゃ。そうすれば、予算を抑えた陸軍だけでも、抑止は可能である」

 

 ゼニアルゼの軍隊は精強ではないが、警察力は決して低くない。陸軍を治安維持に向ければ、確かに抑止は可能であろうと、私も思う。

 問題は、抑止したところで、国民の認識は変わらないだろうという点だ。

 

「そうでしょうとも。国内政策のみならず、戦争においても、シルビア妃殿下の上に立てるものはない。ただし、世の人はあなたほど賢明ではない、ということにも気づくべきです」

 

 シルビア妃殿下は聡明な方だから、目まぐるしく変わる話題にもついてきてくれる。

 複雑な話の組み合わせも、彼女の頭脳を混乱させる理由にはならなかった。なればこそ、私が直々に語り聞かせる価値があると言えよう。

 

「商業によって成り立っているゼニアルゼという国家は、商業の信用と経済状況について敏感にならざるを得ない。――軍事戦略にも、これは影響します。その意味がお判りでしょうか?」

「……不穏な気配を感じてきたぞ。モリーよ。経済の重要性については、今更説かれるまでも無いと言いたいところじゃが――。なんとも不思議なことに、おぬしの言葉はわらわに不安を与えてくれる」

 

 説得力を持たせるには、やはり何度も段階を踏んでいく必要がある。

 シルビア妃殿下の目が、猛禽のごとき光を得た。私を見定めようとする、厳しい目だった。

 

「ここから先の発言は気を付けろよ。……冗談では済まされぬことを、仮定のままで、おぬしは口にしようとしている。自覚はあるじゃろうが、こちらからも注意しておいてやろう」

 

 鋭さを増した視線が、こちらに向けられる。そうと知ってなお、私は目を彼女に合わせて説いた。

 ここで退くようなら、そもそも最初から諫言なんてしようとは思わぬ。気心がしれていると思えばこそ、言葉を尽くして言い聞かせる甲斐もあるのだ。

 今までの話は、次の結論に説得力を持たせるための前振りであるとさえいえる。より慎重に話を進めようと、私は口を開いた。

 

「これからのゼニアルゼは、軍事戦略のみならず、戦争が起きてしまったら――その推移すらも、経済を後押しするか否か。経済の発展につながるか否かが、重要視されるようになります。富裕層から貧民まで、同じ意識を共有することでしょう」

「わらわとて、それを軽視するつもりはないが……なぜか、と聞いておこうか?」

「元が交易による富で栄え、商業の利益で生きてきたゼニアルゼです。繁栄を長く享受していればこそ、その現状への執着は強くなる。――貴族は権益を維持するために、商人は投資を回収するために、民は自分の雇用を守るために、経済成長が長く続くことを望みます。人間とはそういうものだと私は思うのですが、妃殿下の認識は違うのでしょうか?」

「いや、そうは違わぬな。確かに、納得のいく話ではある。いささか、偏見がすぎるようにも聞こえるがのう」

 

 あえて、私は断言した。シルビア妃殿下も、言葉は濁しつつも明確に異を唱えなかった。

 仮定は仮定である。――それは確かだが、刺激的な対話を望んだのは彼女の方だ。なればこそ、最後まで付き合ってもらおうと思う。

 

「ゼニアルゼの国民が望むことも、ゼニアルゼから零れ落ちる富を当てにしている国家群も、望むところは変わらない。……望まれるのは、経済が繫栄する国。多国間の交易を通じた、商業を発展させ続ける豊かな国家です。西方支配とは、まさに経済的支配を意味する言葉であり、武力による制圧を意味する言葉ではありません」

「的確に言葉にされると、もやっとしたものを感じるのう。おぬしの言は正しい。わらわも常にそれを意識しているというのに――どいつもこいつも、わらわが武断的な人間であると思いこみよる。誰もがおぬしのように、物分かりが良ければ助かるのじゃが」

 

 妃殿下は合理性の塊のような方だから、理を解けば素直に認めてくださる。

 なればこそ、私だって言葉を尽くすことができるのだった。

 

「……続けよ。おぬしの言葉は、わらわに刺さる。みらいのカタチも、頭の中に生まれつつある。言葉遊びのようなもので、わらわを酔わせることができるのなら、その功を特別に認めてやっても良いのじゃぞ」

 

 妃殿下の眼光がやわらいだ。ならば畳みかけるまでと、私は攻めるように話した。

 

「経済重視の政策は、国民目線からすれば適当でも、軍人や王族の志向からは一致しないこともあるでしょう。戦争・外交観というものは一朝一夕には変わりません。価値観の違い、国民性の違いが、大きな衝突を生むこともある。――そうであればこそソクオチは暴発したのであり、鎮圧せねばならなかったのです」

「……認識の不一致か。ひとたび戦争が起きてしまえば、それが致命的な事態を生むと言うのかな?」

「致命的、とまでは言いません。ただ、戦争の参戦や講和条件について、国民たちは経済的な理由をもって、賛否の態度を決めていくことになるでしょう。戦果は儲かるかどうか、損害を回避できるかどうかが基準となり、商業的なリスクを案じて、請願運動を起こすようになるかもしれません。……商業的に成熟していけば、国民たちが力を持つようになります。これは、避けることができない問題だとご理解ください」

 

 もっとも、大多数の平民が政治的な力をつけるようになるまでは、百年くらいの時間は見るべきだろう。

 シルビア妃殿下が健在の間は、目立った勢力にはならぬと思ってもいい。それでも、将来的には無視できる視点ではないことは確かだ。

 

「ふむう。……反乱騒ぎは、盟主としての面子に関わる。政情不安の国が、他国の調停など出来るはずもなし。国民へのご機嫌とりは、必須となるか」

「ゼニアルゼ王家は、国民のことを理解してくれる。そういう信頼があれば、多少の問題があっても国内はまとまります。その信頼を構築するには、まずは将来の国民のために何ができるか、その望むところ、拒否するところを知らねばならない。私の予想が正しくなかったとしても、それだけは心に留め置いてくださいますよう――」

 

 国民の訴えを無視することで、孫世代に大きな負債を残すことになれば、まさに凋落に繋がってしまう。

 妃殿下にとっては不快だろうが、多数の国民が請願運動を起こしたとしたら、国家全体の生産性の低下を招く。凝り固まった不満は、はけ口を求めて暴力へと転化することもあるだろう。

 無策のままでいることは、武力革命を呼び込むことになりかねない。将来に禍根を残したくなければ、真面目に対応するべきだった。

 

「考えておこう。――あとは、そうじゃな。先ほども言ったが、戦時体制はそう長く続けるつもりはないぞ。短期間であれば、そうそう情勢も悪くは転がるまい?」

「妃殿下は先の計画も立てられるし、自ら状況を打開することも出来ましょうが、普通の国民は違います。いつ終わるかしれぬ戦争と、非日常による閉塞感、それに経済不安が重なれば、一般の人が耐え続けるのはまず不可能です」

 

 ここまで問題が進行してしまえば、軍部と民間の認識にまで齟齬が出るはずなのだ。もとより、平時における軍隊は冷や飯ぐらいに近い。

 武力こそが治安を維持し、平穏を保証する装置であると頭ではわかっていても、感情は別だ。――兵站のために民間の富が食われ、軍事目的のために市民が損害を被ることになれば、一般人は憎悪に近い感情を抱くだろう。

 

「いつまでに終わる、という見込みがあればよいのか? いやしかし、軍事行動に縛りを入れるのは不愉快じゃな。時間や手段を制限しては、取れる作戦も取れなくなる」

「では、シルビア妃殿下は国民の不満を無視されると?」

「そうは言わぬ。戦争の進め方に茶々を入れられたくはないが……配慮は、必要であるか。内乱などが起きるリスクも考えて、何かしらの補填を保証しておこう。それでも足らぬなら、備蓄を開放するなどして、臨機応変に対応すれよい」

「まあ、これは思考実験です。現段階でそこまで考えられるなら、まずは充分でしょう。――実行者がシルビア妃殿下であることが、何よりも絶対条件であること。やはり問題はそこに帰結します」

 

 シルビア妃殿下であれば、この微妙な関係も調整が効くだろうが、それも彼女が現役であればこそ可能なこと。

 百年後、問題が表出したらどうなってしまうのか。確かなことは、誰にも言えぬ。ならば不安要素は、できるだけ検討した方がいいだろう――とばかりに、私は言葉を続けた。

 

「ゼニアルゼがこうやって盛大に軍事演習ができるのも、シルビア妃殿下の才覚のたまものであると言えるでしょう。ええ、かの国の権威は、保証されたも同然です。――貴女が生きている限りは」

「先程から、そればかりをほのめかしておるな。未来のことは、未来のわらわと、その後継者がどうにかするであろう。おぬしが心配することではない」

 

 シルビア妃殿下は、自らの正義を疑わない自信家だ。明確なビジョンをもって、未来に投資できる聡明さも持ち合わせている。

 後継者の育成に失敗することなど、妃殿下は考えていない。自分の子供に対する盲信と言うべきものが、そこにはあるのではないか。私は、それが気がかりだった。

 対策方法はいくらあってもいいのだから、こちらの意見にも有用性はあるはずだった。そう信じて、私は口を開く。

 

「流石にシルビア妃殿下は賢明です。私が話す不確定な未来に対しても、対策を即座に話してみせる。他者の価値観を認めない頑迷さ、愚かさとも無縁である。――そんな才能あふれる貴女だからこそ、いなくなった時の混乱は、ひどいものになるでしょう」

「……わらわの跡を継ぐ者は、他ならぬわらわ自身の子であるぞ。無能であるはずがないし、強く育つことを疑ったことはない。おぬしは、確たる証拠もなしに不安をあおるのか?」

 

 そうまで強い口調で言われれば、こちらとしても不安はあおるまい。ここでは、健やかに立派に育ったことを前提としよう。

 どちらにせよ、根本的な問題は変わらないのだから。

 

「自分の子に対しては責任を持てても、孫やひ孫の教育にまでは責任を持てないでしょう? 孫世代の凋落を案じたのは、そういう意味でもあります。――貴女の存在は、歴史の奇跡と言うべきもので、子々孫々にまでその水準の才能を求めるのは酷というもの。そして、百年後には今の時代よりも、さらに大きな問題と立ち向かわねばならなくなる。はたしてゼニアルゼは、その時に貴女と同等の指導者に恵まれているのでしょうか?」

 

 確たる証拠もなしに、盲信する方が危険である――とシルビア妃殿下に訴えれば、彼女も即答できなかった。もっとも、これは私の言い方がズルかった、とも言える。

 

「孫の世代の懸念など、今のわらわに見えるはずがあるまい。晩年にでも見えたのなら、万難を排して見せようが――やはり、百年先のことまで見通すのは無理があるな」

「シルビア妃殿下が、一代の英傑で終わるならば、確かにその通りでしょう。……貴女は、それで満足なのですか?」

「わらわを煽れるのは、世界広しと言えどおぬしくらいのものよ。一代の英傑で足りぬならば、不世出の英雄たろうと思う。それくらいの気概を持てというならば、おぬしにも責任を求めたいのう?」

 

 言葉を尽くした結果、こうして新たな重荷が肩に乗るわけですね。

 半ば自ら求めた形になっているので、否定はしづらいんだけど。それでも、一言くらいは言い返してもいいだろう。

 

「私はクロノワークにおいては一介の騎士に過ぎません。ゼニアルゼの女王の相談役など、荷が重いですね」

「一介の騎士であっても、定期的に書状を交換するくらいは出来よう? 騎士と王妃に、個人的な交友があって悪い道理もない。――できれば、わらわの確信を補強するためにも、この軍事演習の期間内はわらわに付き合ってもらいたいのう」

「それくらいでよければ、協力いたしますとも。ザラも王妃様も近くにいらっしゃいますし、後で許可を取っておきます。両国の為になると訴えれば、まさか拒否などなさらないでしょう」

「他者の許可をわざわざもらってくるなど、可愛げのない奴め。……まあ、よい。演習が終わったら、ディナーの時間になる。おぬしとわらわの家族を集めて、席を共にするとしようか。母上は面倒じゃが、エメラがいる席で、余計なことは言うまいしな」

「はい。余計なことは、充分に聞かせておきました――と、私から王妃様にも伝えておきます」

「……おぬしなりの心遣いじゃろうが、そんなことで貸しだとは思わんからな」

「私なりの詫びでもあります。本当に、言わなくていいことまで言ってしまいましたから。――シルビア妃殿下に、思うところがあるのなら、また付き合いましょう。本業に支障のない範囲であれば、力をお貸しします」

 

 明確な対策があれば、ああしてこうして、って言えるんですけれども。対処療法以外の対策となると、あんまり即効性のあるものは思いつかない。

 長期的には、多数の国民の意見を反映させる議会とか、選挙であるとか、そういう方向にもっていくのもアリなんだろうけど――。いかんせん、社会がそれを有効活用できるほど、成熟していないっていうね。

 所詮は思考実験だと思えば、今から深刻に考えても仕方ないかもしれない。今後の推移を見守って、結論を出していくべきだった。

 

「その言葉、忘れるなよ。役立ってくれたなら、相応の報酬は約束してやる」

「もちろんです。――お返しについては、うちの家族にしてあげてください。私自身に報酬を渡されるよりは、そちらのほうが嬉しいので」

 

 とりあえず刺激的な話はできたと思うし、時間つぶし程度には楽しませることは出来たろうから、妃殿下もどうにか納得していただきたい。

 今日の演習が終わったら、ザラとメイルに慰めてもらってもいいかな。それくらいの働きは、したように思う。

 

 演習は、そろそろ佳境に入ろうとしている。シルビア妃殿下と私はそれを見守りつつ、終わった後のディナーの作法について、改めて思い返していたのでした――。

 

 

 




 今回と前回のお話で、かなりの部分を参考にした書籍があります。
 『財政=軍事国家の衝撃 戦争・カネ・イギリス国家 1688-1783』という本なのですが、これがとても知的な刺激に富む内容で、近代国家を創作するうえでかなり参考になるのではないかと思いました。

 個人的に興味深かったのは、イングランドの徴税役人の数が、ヨーロッパでも屈指であったこと。
 それに、徴税を業者ではなく、政府役人がすることの利点について詳細に書かれています。
 フランスやプロイセンはかなりの部分を業者に頼っていましたが、イギリスはこれをさほど利用しなかったそうです。それが何を意味したかも――この本は書いてくれています。

 他にも様々な部分で知識欲を刺激されるので、軍事と財政のかかわりについて、イギリスの特殊性について、詳しく知りたい方は一見の価値ありです。

 公式補給商、の言葉もこの本から取っていたり。免税特権やらなにやらは、こっちで勝手に付け足したことですけれども。

 まあ、本当は原作的に考えて、時代が違うので、参考すべき書物ではない気もしますが!
 個人的に、知識を物語の中に取り込む実験として、色々と試行錯誤させていただきました。

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