24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 夜勤明けは頭が働かなくて困る。最近は投稿がずれ込むことが多いのも、それゆえです。
 本当は頭なんか使わずに、気軽に執筆したいのに、話の展開も筆者の近況もそれを許してくださらぬという。

 ともあれ、定期的な投稿だけは続けていきたいと思います。では、どうぞ。


色々あって甘い空気ばかりには浸れないというお話

 シルビアは王妃であり、王である夫を思うが儘に操る支配者である。

 それが許されるほどの実績の持ち主であり、君臨して恥じる所がないくらいには、不遜な性格をしていた。

 世が世なら酷評され、毒婦とも妖婦とも呼ばれたかもしれぬ。しかし、現世における評価と言えば、おおむね前向きなものが多い。

 それだけ粛清を繰り返し、反論の余地を残さなかったという見方もあるが――それでも民衆からの受けがすこぶる良いのだから、これは政治的才覚に優れている証拠とも取れよう。

 

 有能な賢君、強く妥協を知らない統治者として、シルビアは名声を高めている。それを異様、異常の一言で表現することも出来ようが、より的確なのはモリーが言った『歴史の奇跡』という評価であろう。

 

「……演習自体が上手くいったのはよい。しかし、その後の雑事やら後始末やらが大変で困る。わらわが監督する部分が多く、まだまだ任せられる人材も少ないことも思えば、理想はいまだ遠いと言わねばならんな」

 

 シルビアは己を賢いと思っている。軍事的には有能だとも判断している。おそらくは、統治者としても飛びぬけて優秀なのだろうと理解してもいる。

 だが、それが余人には到達しえぬ次元であるという自覚はなかった。誰もいない自室、次第に大きくなっていく自身の腹をなでながら――シルビアは独り言をつぶやく。

 

 独り言と言っても、馬鹿にしたものではない。自ら考えをまとめるのに、口を出して確認することは役に立つ。……誰かに見られると気まずいので、周囲の目をわざわざ排除しなければならないのは、面倒と言えば面倒だが。

 

「どいつもこいつも、わらわを誉めそやす。称賛する言葉はもう聞き飽きた。わらわが欲しいのは、表向きの評価ではない。……やりたいことをやりたいようにやって、実績を重ねて。行きつく果てに、何があるのか。まだ見ぬ丘の先の風景を見られるのは、いつになるのじゃろうな」

 

 そして人の目がない場でなければ、とても口にできないことで。口にせずにはいられぬほど、彼女の心は苛立ちで占められていたのだ。

 よりよい環境を作り、最先端の社会を自ら先導するという快楽は、何物にも代えがたいものがあった。そのシルビアの欲望は、人類を次の次代へと導く助けとなるだろう。

 

 だが、自分が欠けた社会は、何を呼び込むことになるのか。繁栄と成長、それ以外の悪い何かが、脅かしに来るのではないか。

 そこまで考えが及べば、なるほど。モリーからの示唆は、決して無視できぬものと思えた。

 

「――わらわ自身、母上の上位互換であるという自覚はある。じゃが、この子がわらわを超えて成長する可能性は、どれほどある?」

 

 低い、とは思いたくなかった。環境を整え、教師を用意する。あとは、自ら学ぶことを覚えさせれば、すくすく育つであろう。

 自分の子供時代を思えば、さして特別な教育を受けた覚えもない。己と同等の才覚があれば、周囲に恵まれている分だけよく成長してくれるはずだ。

 

「案外、苛立つものだな。……自分の努力でどうにかならぬことに、わらわはここまで弱かったのか」

 

 はずだ、と自らを鼓舞するような感覚が出てくる時点で、不安を持っていると認めたようなものだ。

 シルビアは、天才の子が天才足りえない事例を知っていた。そんなもの、歴史を探ればいくらでも出てくるようなことだ。

 

 親が一から築き上げてきたものを、愚かな子が台無しにする。愚か者でなくとも、実績無き才子は周囲から認められにくい。

 結果、力量を発揮できずにつぶれる――なんてことが、戦国の世にはそこそこ見られた。シルビア自身、敵対勢力に対して、そうした弱みを突いてきたこともある。

 

 我が身を振り返って、我が子の未来を悲観的に見れば、案外否定しきれぬところが煩わしい。

 自分の子は悪い例に習わぬと、根拠もなく信じていた。このシルビアの後継にふさわしい才覚をもって生まれることを、今の今まで疑ったことはなかったというのに。

 

「モリーの奴め。余計なことを言いおってからに。――問題を提起するだけ提起しておきながら、その実、奴に責任などない。それを求められる立場にない、というのが一番腹がたつのう」

 

 己の想定が幻想であったとして。生まれてくる子の出来が悪かったとして。

 はたして、どのような手段を取るべきなのか。シルビアには、結論が出せなかった。

 自分が子を産むころには、もう三十台は目前である。年を食うごとに、子供が生まれにくくなることは、彼女も知っていた。二人、三人と生めるだけの余裕が、果たして己にあるのか。……それだけは、どうにも自信が持てなかった。

 

 そうなると、いかに出来の悪い子とは言え、たやすく切り捨てられる手札ではなくなり――かといって抱え込むにもリスクがある。

 出来の悪い後継者と言うものは、政治的混乱を引き起こすものだ。結果として、あらゆる準備を台無しにしかねない。シルビアには、それが忌々しかった。

 

「最悪、見どころのあるやつを養子にする手もあるが、それもそれで後世に禍根を残すかもしれん。……政治的混乱、後継者争いが激化する可能性が増えるだけ、ということもありうる。この辺りの塩梅はどうも、難しいものよ」

 

 もちろん、政治に関するあらゆることを、正しく判断する自信が彼女にはあった。最善が望めぬならば、次善の手を。それも難しいなら、とりあえず決断を先延ばしにするのも手段の一つ。

 自ら判断し、実行できるうちは、未熟な子供に仕事を任せるつもりもない。戦争において、シルビアは勝利を重ねてきた。勝つためにやるべきことが、彼女には常に見えていたからだ。

 

 内政や外交の分野においても、失敗した覚えはない。抑えるべき要点、互いの欲求の調整など、彼女の目には明確に映っていたゆえに。

 それが実務である限り、シルビアの才覚は常に最善の行動を選択させた。

 だが、子育てに絶対と言うものはなく、自身の死後のことなど保証できたものではない。

 彼女がいかに傍若無人な君主であったとしても、その事実を認めぬほど、頑迷であり続けることは出来なかった。

 

「誠に不愉快な話よ! あやつの意見の正当性を、今になって自覚せねばならぬとはな」

 

 認めていてなお、真っ向から見据えることを避けていた。シルビアは、今になって、その事実をモリーによって自覚させられていた。

 子供に対しては、地道に教育に努力を重ねるしかない。それでもなお、人の才能の出来不出来は、運を天に任せるほかない。

 

 努力ではどうにもならぬ、才能の暴力と言うものがあるのだと、シルビアは誰よりも知っていて、それを利用して今もゼニアルゼを支配しているのだから。

 まさに、彼女は賢明であるが故に、自らの盲を開かねばならなかったのである。

 

「――ふん!」

 

 机を蹴っ飛ばして、憂さ晴らし。直情的な行動を恥じながらも、誰が見ているわけでもない、閉鎖された自室という空間が、彼女をそうさせた。

 

「……ふう」

 

 鉄が仕込まれた靴は、痛みを感じさせずに足を振りぬかせる。破損した机を眺めながら、思考を落ち着かせた。

 壊れたものは、後で取り換えさせればよい。無意味に見える消費も、それが需要を生み、雇用を増やす理由になるのだから全くの無駄でもあるまい――と、自らを正当化するまで数秒。

 

「よろしくない傾向であると、自覚せずばなるまいが。それはそれとして、やはり腹が立てばモノにあたりたくなるものよ」

 

 独り言が多くなるのは、それだけシルビアに理解者がいないことを示していた。夫である国王には、決して聞かせられぬことでもある。

 夫は、シルビアが無謬の支配者であり、面倒ごとを全て片付けてくれる伴侶であると今も信じている。なればこそ、能天気に腰を振って日々を過ごしているのだ。

 不安からトチ狂って、余計なことをやらかしては目も当てられぬ。シルビアが感情を素直に発散できるのが、自室に限られるのもそれゆえだった。

 

「モリーのしたり顔が目に浮かぶわ。……絶対に足抜けなんぞさせてやらん。あ奴は、一生わらわと未来について頭を悩ませるべきなのじゃ」

 

 それが、危機感をあおった者の責任であると、シルビアは思っている。それゆえ、酷使する理由を作り出すため、あれこれ策謀を練っているのだった。

 彼女に悩みはあっても、焦りはない。急を要する、焦燥を呼ぶような出来事が、彼女の耳目に入っていないから――というのもある。

 どう転んでも、西方はゼニアルゼ一強で安定するのだ。そのように誘導しているし、実力も備えている。

 権威はこれから作るが、障害となりえるものは見当たらぬので、順調にいくだろう。……なればこそ、今の地位を受け継ぐ存在は、己と同様に無謬でなくてはならないのだ。

 

「さしあたっては――そうよな」

 

 出産の前後は、さすがのシルビアも休暇を取る。しばらく動かずとも、良い方向に事態が推移するよう、できる限りの策は打っておくべきだった。

 具体的に言うなら、大臣への権限の委譲準備、夫である国王への最低限の教育など。自分が国政から不在となる間、現状を維持させるための打ち合わせは、絶対に必要である。

 

 その上で、可能であるならば。

 盟友であるクロノワーク王家から、多少の支援も引き出しておきたい。――金銭面ではなく、人材面で。

 さんざん金を出してやったのだ。断れるはずがないと、シルビアはわかっていた。

 

「まあ、今回は軽めで済ませてやるが、いずれは……」

 

 急な変化の要求は、流石に虫が良すぎる。しかし、すでにシルビアは心の中で決意しており、いつか必ず押し通すのだと決めていた。

 危機感を共有する責任とは、共に悩むことであり、共に行動することである。彼女はそう考えていたし、モリーもそうであるべきだ。

 

 気負いも不安も感じさせない、不敵な笑みを浮かべながら、シルビアは自ら筆をとった。

 誰の目にも入らぬよう、自室で直筆の書状を作成する。厳重に封をされたそれは、もちろん謀略的な意味を持つ。

 内容はと言えば――自らの母に向けた、『対面しない会談』の申し込みである。

 

「演習後も、さっさと帰らず、わらわの夫の顔を見にいくというのじゃ。その意味のない道楽に、こちらで有意義な理由を作ってやるとしよう。――どうせ、わらわが母上と顔を合わせても、喧嘩になるばかりじゃろうからな」

 

 合同軍事演習が終わってからも、王妃はゼニアルゼの王都までついてきていた。名目上は娘であるシルビアの見舞いついでに、夫にも挨拶をするという形である。

 

 もっとも、シルビアは母の見舞いなど受けるつもりはなかった。王妃の方も、娘よりは娘の夫の方を案じているのだろう。そうでなければ、わざわざ挨拶に来るような人ではないと、シルビアはわかっていた。

 

「わらわが、夫の手綱をきちんと握っているかどうか、気になっているのかもしれん。……あるいは、母上はわらわの夫を値踏みして、父上と比較して悦に浸りたいだけか? いずれにせよ、わらわへの対抗意識以上のものではあるまい――」

 

 とはいえ、どこまで本気かはわからない。その辺りの思惑も含めて、娘は母と向き合うつもりだった。

 ただし、対面ではなく書状を通じて。

 会談を模した、文章でのやりとりならば、お互いに冷静に対話も出来よう。実際に相手の表情と、感情のこもった声を聴いてしまえば、意固地になるかもしれないからだ。

 それくらい、この母娘は複雑な想いを抱えていた。憎んでいるわけでも、嫌っているわけでもない。

 ただ、シルビアは親の干渉をどうしても不愉快に感じてしまう性質であり――。

 王妃は親として、娘が若さゆえの失敗をするところなど、できれば見たくない性質だった。

 それゆえ、面と向かえってしまえば、余計なことまで口出しし、こじれてしまいかねない。

 

 いびつな親子の話し合いは、書状を介したおかげもあってか、問題なく収まった。結果として、書状でのやり取りは正解であった言える。

 しかし、その内容はと言えば、国際交流事業に関することであり、外交と交易を交えた、シルビアとクロノワーク王妃の謀略が絡む話に終始していた。

 

 そして結局、これらはモリーの身に降りかかってくることになるのだが。

 面倒ごとがやってくるまで、今しばらくの時間が残されていたのは、せめてもの救いであったろう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合同軍事演習は、特にアクシデントもなく、順調に成果を上げたと思います。帰国して数日たった後、改めて思い返しても――目立った失敗はなかったはずだと確信する。

 

 最終日、狩りを模した密輸の摘発行為には、各国の要人たちも驚いたみたいですが、個人的には想定内だったのでセーフ。

 ぼんやり見学してる場合じゃねぇ、とばかりに誰も彼もが詳細を問いただしたらしいけど、シルビア妃殿下のことだから適切に対応してくれたことでしょう。

 

 ……ゼニアルゼが主宰する交易において、密輸行為は許されない。それが周知されたとき、西方世界はシルビア妃殿下の強権と、その武力に、どのような反応を示すのだろうか。

 

 無難に正規の利用法を突き詰めるしかないと思うんだけど、それってつまりゼニアルゼの経済支配を受け入れることでもあるからね。もうひと悶着くらいは、あっても可笑しくはないかも。

 そんな風に、半ば他人事のような感想を抱いていた私は、当事者たる自覚をしていなかったというか、忘れていたのですね。

 どうせ、そのうち巻き込まれるというのに。今少し、行動的になるべきだったと、そのうち後悔することになるかもしれない。

 

 ここ数日、ザラの下でぬるい仕事ばかりしているから、ふと我に返ってそう思うんだ。

 ――面倒な仕事がひと段落して、新婚生活に戻れると思ったら。浮かれていた気持ちが抑えきれなくなっちゃってね、こればかりはなんとも。

 自分の変わりようと言うものを、ここ最近で一番実感したよ。

 

「余裕だな? モリー。私が相手では、つまらんか」

「……考えるところがあったのは事実ですが、別段気は抜いておりませんよ」

 

 クッコ・ローセと、久々に剣を合わせている。家の敷地は、剣を振るうのに不足ない程度には広い。

 ふと思い立って、稽古をするくらいなら、支障はなかった。……休暇中にやることとしては、健全な部類に入るのではなかろうか。

 

「肌を合わせるばかりが、夫婦のコミュニケーションじゃない。こうやって殴り合うのも、たまにはいいだろ?」

 

 型を確認しつつ、ゆっくりと打ち合わせるだけの、痛みを伴わない鍛錬ではあったが。

 息の合う相手、癖を知り尽くした相手とであれば、情事と言っても差し支えないくらいに、濃密な一時になるものだと。それを、思い切りわからせられた気分だった。

 

「そう、ですね。――ええ、まったくもって、クッコ・ローセは上手な人です」

「経験が違うからな! 楽しんでくれたようで、何よりだよ」

 

 一通り打ち合って、お互いに気持ちのいい汗をかいた後、適当なところに座り込んで話し合う。

 当然のように、密着するようにクッコ・ローセは私に寄り添った。……彼女の汗の臭いが私をいかに刺激しているかについて、口に出すことは、避けたほうが良いのだろう。

 言ってしまえば――そういう、雰囲気になる。せめて今くらいは、健全なコミュニケーションを楽しみたかった。

 

「シルビア妃殿下と、突っ込んだ話をしたみたいだな。演習の間、あの方と話をしていたところを多くの人が見ている。余人を排除するくらいだ。真剣な話し合いになったんじゃないか?」

「……ええ、まあ。それが、どうかしましたか?」

「また、余計な厄介事を抱え込んでいないかと思ってな。相談相手として、私は適役だろう? 話してみろよ。多少は、役に立つ助言も出来るかもしれんぞ」

 

 そうでなくとも、他人に話すことで、頭の中を整理できる。そう、クッコ・ローセは言ってくれた。

 ならば、ここで彼女に甘えるのも、夫としての特権であろうか。悩むまでも無く、私は思うところを述べた。

 

「ゼニアルゼの将来について、少し話しました」

「今後の政治の話か? では、気軽に口にできることではないかな」

「いえ、別段隠すような話ではありませんから。……シルビア妃殿下の辣腕によって、ゼニアルゼは発展する。そして、孫世代くらいには維持しきれずに、没落するんじゃないかな――って。なんとなく不安をあおる感じで、もっともらしいことを言っただけです」

 

 クッコ・ローセの口が、への字に曲がって、それから頭を抱える。

 ……失言だったことは、私にもわかる。いや、口にしてからわかることって、あるよね。

 

「お前、色々と無防備になってないか? 前は、もう少し慎重だったと思うが」

「家の中では、どうしても気が抜けてしまいますね。まあ、新婚ゆえ致し方なし、とご理解ください」

「そっちじゃなくて、だな。……まあ、いい。とりあえず、私にわかるように、簡潔かつ明瞭に説明しろ」

 

 そうして、私はシルビア妃殿下に語った内容を、適当に簡略化して話した。

 聞き終わると、クッコ・ローセは天を仰ぐような動作をしたものだから、相当呆れているのだろう。

 

「まず、財政のあれこれは私にはわからん。だが、妃殿下が子育ての才能に欠けていたら、確かに大問題だな。――子がマシでも、孫の代まで凡庸なら、将来の見通しは明るくない、と。……懸念するところは分かったが、当人の前で明け透けに口に出す奴があるかよ、この馬鹿」

「返す言葉もございません。しかし、シルビア妃殿下は、不快な事実にも果敢に立ち向かわれる方です。あの方でなければ、私だって迂遠な方法で伝えましたよ。……シルビア妃殿下には、正直に思うところを指摘するのが、一番早いでしょう。こうやって課題を事前に出しておけば、どうにかしてくださる――はず、です」

 

 ゼニアルゼの将来が不安だと、こちらとしても困るしね。座視して問題が起きてから駆り出されるというのも、あんまりいい展開ではないよ。

 私たちの世代は安泰でも、次世代に厄介事が降りかかってこられるのは嫌だ。ウチだって、養子を取って家が続く可能性だってあることはある。……彼女らが望めば、の話だけど。

 

「お前は、手伝ったりしないのか?」

「私が? さて、クロノワークの一騎士に過ぎない私には、やはり荷が重すぎると思うのですが」

 

 将来的には、やはり考えねばならぬことだと思う。でも、今の段階で私がやってみせるって言うのも、何か恐ろしい気がしてね。

 妻と接する時間を欲して、問題を先延ばしにするような行為、以前の私であれば、絶対に取らなかったことであるはずだ。

 その点をかんがみるに、やはり私は、自覚もないうちに変わってしまったのだろう。

 

「どの口で言いやがる。――その調子で、さんざん煽ったんだろ? 妃殿下のことだから、お前も働かせてやろうと、あれこれ考えているだろうさ」

「……お忘れかもしれませんが、私は今でも特殊部隊の副隊長なのですよ? これ以上は業務を抱えきれません。せめて一、二年は様子を見守りたいところですね」

 

 そういえばそうだったか、なんて、クッコ・ローセは白々しくも言い放った。

 ――彼女が思わせぶりな態度をとるときは、いつだって意味がある。私だって、そこまでわかりやすく言われれば、追及したくもなった。

 

「思い当たることがあるとか? 個人的に、シルビア妃殿下から書状でも届きましたか?」

「惜しい。書状でなく、伝言だ。形に残ると都合が悪いとか何とか。――まあ、私にとってはどうでもいいことだが、お前にとってはそうでもないんだろうな」

 

 あの方って、いつ休んでいるんでしょうって。不思議に思うくらい、精力的かつ迅速にやることやってますね。

 これもシルビア妃殿下の謀略の一環だと思えば、聞くのが怖くなってきた。それでも、無視する方が返って恐ろしい結果を招く気がする。

 

「一語一句たがわずに伝えるとな、『母上に媚びろ。エメラを育てよ。オサナ王子はついでで良いが、なるべく厳しくしごいてやれ』――と言うことになる」

 

 クッコ・ローセに先を促して、妃殿下からの伝言とやらを聞く。

 パッと聞いた印象としては、なんでわざわざそんなことを? と思う。書状にして伝えるほどの内容ではないし、伝言してまで伝えねばならぬ内容でもない。

 

 だが一語一句たがわず、なんて言うくらいだから、どこかにシルビア妃殿下の思惑があるんだろう。

 隠された意図をつかんでみろ、的確に答えを返して見せろと、あの方に言われている気がした。

 

「……あの方が考えていること、クッコ・ローセにはわかりますか?」

「さて、な。考えるのはお前の仕事だ。……私は駐在武官の任期が切れたから、新兵の教官を務めるのに忙しい。クロノワークも、最近は軟弱な奴が増えたからな。鍛えるのも手順を考えねばならん」

 

 率直にとらえるなら、優先順位を付けろ、という指示に聞こえる。

 王妃様、エメラ王女、オサナ王子。この順に、働きかけろ――なんて言いたいのではないか。

 だとしたら、余計なお世話も良い所だ。わざわざ指摘されるまでも無い、と言い返したくなるものだが……。

 策謀大好きなシルビア妃殿下が相手だと思えば、意味深な内容よりも、踏ませた手順に意味を持たせているのではないか? そんな疑いを、私は持った。

 

「一応確認しておきますが、誰が貴女にその伝言を伝えたんですか?」

「それが不思議なことにな、クミンの奴がわざわざ私に言って、それをモリーに伝えろというんだ。そこまでが、シルビア妃殿下の指示らしい。直接伝えればいいものを、これはおかしいと私も思うぞ」

 

 こちらで問いただすまでも無く、クッコ・ローセはそこまで私に話すつもりだったという。

 ……ええ、ええ。そういうことですか。疑った通りの展開になるなんて、シルビア妃殿下も意地の悪いお方ですね。

 

 この意図を理解できると確信される程度には、私を信頼なされていると。そう考えても、よろしいんでしょう。

 ――正直、複雑ですね。めんどくさいと思いつつも、評価が嬉しいとさえ思う。シルビア妃殿下ほどの方に、見込まれている。それは確かに、栄誉であることには違いがなかった。

 

「本当に、シルビア妃殿下は意地の悪いお方。……ああ、でも。クミンにも役割を持たせてくれたことは、むしろ感謝すべきなのでしょうね。なんとなく、わかった気がします」

「どういうことだ? 私にはさっぱりだが」

「クッコ・ローセ教官、とあえて言わせていただきましょう。教官の貴女を通じて、育てろとか、しごいてやれとか、そんな風に伝えている時点で意図は読めます」

 

 王妃様に媚びろ、という部分を一番最初に置いていることも考慮すれば、意図は明白なんじゃないか。

 話した感じ、親子仲は結構複雑だったはず。なのに、この率直な表現。あのお二方は、感情はともかく、政治的には結託することを選んだらしい。

 王妃様と妃殿下。どこでどう話し合ったかは知らないが、私にわざわざ伝えてくるあたり、巻き込む気だけは満々だとわかった。

 

「まずクミンを用いることで、我が家における彼女の立ち位置を補強すると同時に、ひと手間を加えるほどに、私の家を重んじるという内意も示す。次にクッコ・ローセ教官を間に入れることで、妃殿下が教育に本気で関わる気であるとも伝えてくれている。――王妃様に媚びよというのは、いい加減に出世して、独り立ちしろとでも言いたいのでしょう」

 

 媚びれば――。

 その気になりさえすれば、便利に使ってやっても良いぞ――なんて意志すらも、透けて見えそうだった。

 これらが私の邪推であってくれた方が、精神衛生には良いのだが、たぶん当たらずとも遠からずと言うところではないか。

 別段、主君に媚びるのを嫌がる性質ではないけれど、盲目的な忠誠が望ましくないこともわかっている。やり方は一任されているのだから、この辺りの塩梅は、臨機応変にやっていくほかあるまい。

 

「……色々と考えてるんだなぁ、シルビア妃殿下も、お前も」

「問題は、私はまだ、ザラの副官でいるつもりだということ。王妃様に媚びるのは、後回しにしましょう。別段、期限を切られたわけでもありませんし」

 

 しかし、シルビア妃殿下にしては悠長な言い方をするものだ、と思う。彼女は彼女で、なにかしらやるべき仕事を抱えているはずだ。

 外交に内政に派閥調整にと、あの方の仕事は多岐にわたる。できる限りのことを自ら監督し、それで破綻させるどころか成果を上げているのだから大したものだった。

 

 実績を数えれば数えるほど、私などが上から目線で語ることが、本気で不敬であるように思う。

 あそこまで精力的に働いてくれているのだから、多少は役に立って見せるのが、誠意というものだろう。……まあ、今は準備に力を入れたいので、表に出る時期は見定めさせていただきたいですね。

 

「考えることは、とりあえずここまでにしておきまして。一息入れたことですし、今一度打ち合いましょうか」

「そうするか。モリー、お前の剣は、ようやく姑息さを覚えたようで、色々とうれしくなったよ。死に急いでいた過去が、まるで遠い昔のことのようだ」

「私は昔から姑息でありましたし、死を思う精神を捨てたわけでもありませんよ。……ただ、愛する人を置いていけないと、そう考えるようになっただけです」

 

 陳腐な答えだったが、クッコ・ローセは満足してくれたようだった。

 それからの打ち合いも、お互いに楽しめたと言っていいだろう。多少の打撲くらいは、必要経費と言うものだった。

 

 得物が竹刀であったからこそ、娯楽として成立する内容であったと思う。……クッコ・ローセ、腕は鈍ってないですね。本当に、頼もしい方ですよ、ええ、ええ。

 

「夜は夜で、楽しみ方を考えている。嬉しいだろ?」

「私が受けに回るのは、何度目でしたっけ? ……貴女には、敵いませんね」

「抵抗する気もないくせに。まあ、いい。愛する分には、不足のない身体だよ、お前は」

 

 身体だけなんですか――とか言ったら、たぶんクッコ・ローセの術中にはまるのだろう。そんなことを思いながら、夜を心待ちにする私もいる。

 色々と苦悩したし、躊躇いもしたものだが。やはり、家庭は持ってみるものだと思うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クッコ・ローセと戯れた後、家庭内で仲睦まじく過ごすことができたのは、私にとって救いであり、生きがいでもあるのだと、改めて自覚する。

 こうした日常を守ることが、生きることなんだって、わかりはじめた今日この頃。

 

 適当に日々を過ごしつつも、時間を作って私は王妃様との会談に臨みました。

 申請から実現に至るまで、ほとんど間があかなかったことは、私が政治的な影響力を持ちつつあることを示しているのだろう。

 

 名目上は、エメラ王女の教育方針の確認、という体で。……この日の為に、正規の教育係の方々と話し合って、スケジュールをまとめて来てもいます。

 教育係の教師たちには、横から割り込んできた私を嫌ってるんだろうな――って思って、覚悟して話し合いに行ったんだけど。意外や意外、そこまで悪く思われていなかったようで。

 

 なんと、オサナ王子の教育の大部分を引き受けていることが、結構効いていたらしい。

 教師陣にとっては、貧乏くじみたいなものだと思うから、受け持っている私にはそれなりに好意を頂いてるみたいです。

 他国の王族とか、接し方も考えちゃうよね。わかるよ。……それはそれとして、遠慮なくしごいた上に糞まみれにするとか、割とドン引き案件だったとも聞きました。

 やべー奴は敬して遠ざけるのが無難だって、それは一番言われているから。――どんな形であれ、私の存在が容認されて、受け入れられているなら、文句を言う筋合いではあるまい。

 

「他にも敵に回したくない理由として、妻たちの存在をほのめかされたのは、いささか不快でしたがね」

 

 軽い雑談から始めるつもりで、私はそういったのですが。王妃様は呆れ気味に、これに答えた。

 

「人間、だれしも理解できない強者を恐れる。残念ながら、当然というべきじゃよ。――ザラにしろメイルにしろ、もてない女の代表格であろうが。何をどうして、惚れたり惚れられたりするのか、余人にはわからぬものよ。……クッコ・ローセは事情が違うが、あれはあれで軍部に顔が広い。新兵から同寮、さらには昇進して高官になって連中も含めて、あやつを慕うものは多いのだぞ。それらをまとめて妻に迎える剛の者に対して、敵対する方が怖いじゃろう」

 

 明確に利害が対立するならともかく、お互いに領分をわきまえ、尊重する姿勢を取る間は、妥協して様子を見るのが定石である――なんて言われたら、それもそうかと納得しました。

 岡目八目とは、このことかと思う。一歩引いた立場であればこそ、正確に物事を把握できるというもの。やはり、王妃様との付き合いは大事にしたいと、想いを新たにした。

 

「私にはその点、まったく共感できない所でして。――皆、可愛いんですよ。どうして厄ネタ扱いするんでしょうね?」

「おぬしほどの剛の者でなければ、そこまでは言えぬよ。並みの遊び人や、経験豊富なだけの色男では制御できぬ連中じゃ。……男と言うものは、自分より強い生き物を嫁に迎えたがらない。例外はあるにはあるが、滅多にいるものではないからのう。わらわもシルビアも、そこは恵まれていると自覚せねばならぬ」

 

 改めて、実感のこもったお言葉であると思うが、茶化していい場面でもあるまい。王妃様と王様の関係について、そこまで突っ込みたくなかった。

 

「あの演習の後、ゼニアルゼにしばらく残られていましたよね? 色々と理由付けはあるのでしょうが、狙いは予想がつきます。――シルビア妃殿下と、何を話し合ったか。聞いても良いですか?」

「さて、わらわもシルビアも、話し合ったと言って良いものか。書状を取り交わすことを、一般的には話すとは表現するまい? ――おお、そうじゃ。おぬしから提出してもらった教育方針についてじゃが、目を通した感じ、別段不満はない。スケジュールもそのまま実行するがよい。こちらから干渉はせぬが、その代わりに手を抜くことは許さん。何度でも言うが、それだけは、心に留め置いておけ」

 

 早々に本題に入ったつもりだったが、王妃様は私の問いには答えず、言いたいことだけを口にする。

 主君の家庭事情には、あんまり踏み込むのも難しいので、改めて問う気にはなれなかった。

 

「では、そのようにいたします。――ところで、王妃様。私はシルビア妃殿下から、貴女に媚びるようにと、言い渡されておりますが」

「ほう、それで?」

「媚び方にも色々とございますれば、私は私にふさわしい媚び方で応えようかと」

「他ならぬモリーが、己の流儀でわらわに媚びようという。……興味があるな」

 

 シルビア妃殿下を思い起こすような、鋭い視線が私に向けられる。

 しかし、あの方ほどの威圧感はない。跳ねのけて、自らの意志を貫くことは、ずっと容易かった。

 

「ご期待に添えられるよう、努力いたします。さしあたっては、王子と王女の教育方面で応えていきますね」

「――その話は、もうした。おぬしはわかっておるはずじゃ。おぬしが急激な栄達を望まぬなら、わらわの方からしてやれることは少ないぞ」

 

 王妃様はつまらなさそうな顔で、そういった。迂遠に過ぎる、ともいいたいのだろう。

 媚びるには、相手の好みにしたがって、適切な言動を取ることが求められる。このままでは、私は妃殿下の期待に応えられずに終わるだろう。

 しかし、王妃様は助け舟も出さずに臣下を使い捨てるほど、無情なお方ではない。私にはそれがわかっていた。

 

「その上で媚びるつもりなら、そうじゃな。――シルビアに対するのと同じように、即物的で実利的なものをわらわに提供して見せよ。あの子の下で、新兵を鍛え上げたように。新しい知識で度肝を抜いたように。あるいは、わらわ直々のお願いごとに、付き合ってもらう……というのはどうじゃ?」

 

 やはり、と思う。こうして求めるところを率直に言ってくれるから、王妃様は仕え甲斐のあるお方だ。

 シルビア妃殿下は求める水準が高すぎる上、複雑に過ぎるから対応に困る。こうしてわかりやすく反応してくれるだけ、王妃様は慈悲深いとすら言えるかもしれない。

 

「そろそろ、私は逃げる余地をなくしてくるだろうとは思っていました。……主君に媚びるということは、良くも悪くも劇的な変化を起こすものですから」

「よく言う。おぬし、今更逃れられるとも思ってはおるまい。――せいぜい、気張れよ。わららにとって都合の良い存在である限り、王家がおぬしを庇護しよう。何なら、養子も見繕ってやってもいいぞ」

「それは流石に、即答できません。……申し訳ないのですが、家の皆と相談させてください」

 

 私のような微妙な立ち位置であれば、王家の庇護は必須と言って良い。同性婚の末に、家を建てるともなれば、政治的な事情に首を突っ込まないではいられない。

 モリー家などというものが成立して、所属する家族にそれなりの待遇を保証してやるには、どうしても実績がいる。それも過去のものではなく、これからの実績が。

 

 これも踏まえて、シルビア妃殿下は私に王妃様との接触を望んだのだろう。私を末永く使い倒すつもりなら、政治的な地位を確立しておいたほうが、何事もやりやすいからだ。

 そして、おそらくお二人は詳細についてまで合意を得ているとみていい。そうでなくては、ここまで露骨な行為を求めてくるはずがないからだ。

 

「ふむ。……おぬしの心情をかんがみて、副隊長としての立場は、今しばらく維持させておこう。王家の教育係として、現状は教師の権限も多少付与させているのだ。専任の連中と比べても遜色ないものであるが、今のところ問題が出ていないなら、さらなる拡大解釈も許されるであろうよ」

「王妃様の立場から『許す』と言われるなら、クロノワークで通らないものはあんまりない、と思われますが――無理を通すのは、いかがなものかと」

 

 というか、私がアレコレ余計なことをして、問題が出ていないのはですね。それだけ周囲の方々が気を使ってくれていたり、私の方からも気を使って相手の権限を侵さないように、それとなく人間関係を構築した結果なわけでありまして……。

 背後には目立たない、目立たせてはならない影の努力があったんだってことは、理解していただけないのでしょうか……?

 

「要するに、あれじゃな? 無理の出ない範囲で、現状のおぬしが使えるものを使えば、わらわに貢献してくれる。そう明言したと受け取っても良いのであろう?」

「……ええ、まあ、はい。一騎士として、主君の要望には最大限応えたいと思っております」

「では王妃として、それらしくお願いでもしてみるかのう? ――これからのクロノワークと、ソクオチの未来のために。おぬしには、両国の懸け橋になってもらいたい。わらわがひいきしたくなるくらいには、見事な成果を挙げてくれよ」

 

 なんだか大きな話になってきましたね? 最初から、この辺りが落としどころなんだってわかりました。一体、私に何をさせようというのか。

 ……王子王女の教育、という話に収まることではない。そういう雰囲気が、王妃様から感じられる。

 

「オサナ王子と、エメラ王女に関わる話……なんですね?」

「他にはあるまい――と、言いたいところじゃが。今回は純粋におぬしに関わることよ。一応聞いておくが、おぬしはソクオチの士官とも面識があるじゃろ?」

「先の戦争の最中と、その後の政治的な場で顔を合わせたことを、面識と言うならそうですね」

 

 シルビア妃殿下主催のパーティで、ちょっとだけ挨拶した方々も含めれば、士官だけではなくそれ以外の方とも顔合わせはしている。後は、任務の中で色々と。

 それだけならば、わざわざ王妃様の前で、話題に出すようなことではないはずだ。これをあえて追及するということは――。

 

「その面識を活用して、人脈を広げる機会をやろう。もちろん、おぬしだけではない。妻どもも一緒につれていけ。正式な公務として、体裁は整えてやるゆえ、そこは安心せよ」

「……クミンも加えるのですか? 彼女だけは、クロノワークの公職についておりませんが」

 

 ザラやメイルは、仕事を共にする機会や名分もあるが、クミンはそうではない。

 無理に連れていくのは、流石にどうかと思う。

 

「判断は任せる。わらわがおぬしに求めるのは、オサナ王子とエメラをソクオチに派遣する際、それを護衛するついでに周囲を調査してほしいのよ。出来る限りでよいから、怪しいやつと使えるやつを整理してもらいたい」

「待ってください。そういう事業がすでに予定されていて、実行される段階に入っているとでもいうのですか? 私、何も聞いていないのですけれど」

「おぬしを押し込むと決めたのは、最近であったからな。それに特殊部隊の副隊長程度の地位では、耳に入らずとも仕方なかろう。ザラの耳には届いておるだろうが、守秘義務と言うものもある。――おぬしが出世すれば話は別じゃが、それは未来の話よ。とりあえず経緯については説明してやるから、それから考えるがいい」

 

 オサナ王子とエメラ王女が、クロノワークの軍隊を連れながらソクオチを巡行して、治安の改善と交易路の安全をアピールするんだって王妃様は言いました。

 いわゆる政治的な宣伝によって、交易を活性化させる一助にさせるつもりらしい。

 ついでに相互に人材を交流させて、友好のアピールと、実用的な人脈を構築する。これによって、相互理解が少しでも進めば、外交の連帯をはかることも出来よう、だなんて王妃様は言いました。

 

 さらに話を伺うと、実務の大部分は、王妃様の手配に任せて良いという。その代わり、実働では大きく動いてほしいとのこと。

 

「というのもな。クロノワークの騎士たちにも、そろそろ飴を配らねばならん。あの子らを外回りに行かせて、おこぼれを与えるのが一番簡単なのじゃが……それで、変な虫がついても困るのでな。おぬしが仕事の片手間にでも面倒を見てくれるなら、助かるという話よ」

 

 外国慣れしていない女騎士たちに、余計なことを吹き込む連中が群がってきては支障があるという。

 クロノワーク側の参加者が多いだけに、王妃様は気を回しているのだろう。実入りの多い仕事だからこそ、旋回する価値がある。ケチを付けられてはたまらないから、対策も必要になると。

 

「護衛任務って、特別手当が出るらしいですね。あんまりにも美味しいから、護衛隊以外にも枠を拡大して採用するくらい、希望者が集まっているとか何とか。――ここで悪評を建てられて、希望者が少なくなると困りますか?」

「困るに決まっておろう。護衛には、どうしても数が必要になるゆえ、減少傾向はなるべく避けたいのじゃが――。こちらの思惑など関係なしに、他国の馬鹿どもは干渉してくる。頭の痛い話よ」

 

 もっとも、問題はそれだけではないと王妃様は付け加える。

 

「さらに問題を言うなら、護衛に出張った一部だけが潤っては嫉視を招き、組織が不健全化するのでな。利益は分かち合うというポーズを取らねば、王家としても誠意を疑われるところよ。護衛任務に参加しなかった者たちにも、交易の収益から、いくらかを還元してやりたいところじゃのう」

 

 護衛隊を組織して、王女と王子を外遊に出す。そうすれば国家予算から計上して、予算を付ける理由になる。そうして使うべき理由ができたなら、散財するのも王家の務めなのだと王妃様は言ってくれた。

 ため込むばかりでは恨みを買うこともあるし、税を取った分を吐き出して、国内に流通させるのも国策の内ではあるだろう。

 

 お二人を護衛するついでに商隊も同行させ、交易を推進させるのだと王妃様は付け加える。ゼニアルゼが交易を推進しているのはわかりきっていることだから、ここに協力する姿勢を見せれば外交にも意味が出てくることになるのか。

 だとしたら、複合的な理由で、これを断ることはできない。オサナ王子やエメラ王女のような、公式の立場のある王族であれば、なおさらであったろう。

 

 しかし、それとは別の考えもある。商人からの護衛依頼は、実入りが良い。実働部隊もその恩恵を受けるから、志願したい者はいくらでもいるだろう。

 その隙をついて、いらんことをしようとするやつがいるかもしれないと、王妃様がそれを案じておられるわけだ。

 

「確認しておきたいのですが、本当に悪い虫がつく余地があるのですか? 私には、いささか疑問ですが」

「人間関係は、感情的なものじゃからな。単純な利害であれ、色恋であれ、常に理性的で合理的であることは難しい。非合理な形で交易に介入したり、王家の交流に割り込みたがるものも、皆無とは言えぬ」

「ならば、悪い虫は駆除するに限ります。やり方は、お任せいただけるのですか?」

「いや、いちいち駆除に動いては、おぬしの顔を売ることが出来んじゃろ? 害虫には害虫の使いようがある。――潰すときは指示するから、基本は把握に努めるだけでよい」

 

 ソクオチ内では、祭事において大きな暴発が一度起きていた。今度はオサナ王子だけではなく、エメラ王女も一緒である。

 名目を付けて、お二人が巡行するとなれば、警備や戦力の質も段違いになるだろうから、まともな奴なら事を起こす気にもなるまい。

 しかし、馬鹿に理屈は通じない。何かしらの隙を伺って、害をなそうと虫が群がることは、ありえなくもない話だ。

 

「警戒だけでよろしいのですね? 私個人の交流が、そこまで重要であるとは思えませんが」

「おぬしを便利使いすることはすでに決めておるし、この流れに逆らう気は、流石にないのであろう? ――ならば、今はわらわが作る場に流されておけ。悪いようにはせん」

 

 王妃様は、意味ありげにほほ笑むだけだった。ならば、せめて主命には忠実であることが、騎士の義務であろう。

 

「……求められたことには、その通りに応じます。やりすぎないくらいに、留めておきましょうか?」

「うむ。不穏分子だけでなく、害虫除けに使えそうな者がいるなら、伝手を通じておいて損はあるまい。それらをまとめて、後で用いる時の参考にしておきたいのよ」

 

 特殊部隊員としては、外交工作の一環として、他国人との人脈を作ることに意味はあると感じる。

 ましてや、それが王妃様の手によって、国家規模の計画に関わるとしたら、拒否など考えられないレベルである。流れに乗れというなら、そうしよう。

 

「おぬしだけではなく、巡行すれば多くの騎士が交流に関わる。おぬし一人に依存しているわけではないと、明言しておこう」

「リスクまで考えて、複数の手段をこうじておられるなら、不安はありません。ご期待に添えられるよう、努力いたします」

「大変結構。気負うなとは言わぬが、全力で取り組んでくれるなら、細かいことで文句はつけぬよ。――特殊工作員には、ある程度の独自の裁量を認める。それが主君の度量と言うものであろう」

 

 それから、これは余談であるが――と、前置きをしたうえで、王妃様は語った。

 

「前にソクオチで、反乱騒ぎを起こした地方貴族がいたであろう? 各国を渡り歩いた末、ヘツライ王国に亡命しておったのじゃが、つい先日そやつの首が届いたぞ」

「それはまた、結構なことです。ちなみに、どちらに届けられたのでしょう? シルビア妃殿下の方か、それともオサナ王子の方でしょうか?」

 

 にやり、と王妃様の顔が愉悦にゆがんだ。大事なところをわかっているな、とばかりに王妃様は答える。

 

「オサナ王子の方、と言っても良いな。正確には、クロノワークに届けられた、と表現すべきであろうが」

「クロノワークの庇護下にある、オサナ王子の敵を討った。これを口実にして、我が国との外交関係を進めていこうという意思を感じますね」

「ヘツライ王国は、うまくやったものよ。……そもそも、あの祭事の混乱は、ヘツライがいくらか関わっていると見て良い。その伝手がなければ、あの地方貴族も亡命しようとは考えなかったであろうからな」

 

 その辺りの背後関係は、私が詳しく知る必要はあるまい。王妃様や、シルビア妃殿下などが把握しているなら、それで十分だ。

 

「ま、そういうわけじゃ。――ヘツライ王国は、防衛条約を飲むぞ。そのうち、オサナ王子を巡行に向かわせることを考えておる。まずは近場から回っていくから、結構先の話になるじゃろうがの」

「外交で譲歩を迫る、良い口実ができたとお考えですか?」

「誰にとっても悪い話ではない。ヘツライ王国とて、暗部を掘り返されたくはなかろうし、口をつぐむ見返りに、多少の譲歩を迫る程度で許してやるのだ」

 

 最大利益をクロノワークが確保している、というのが一番大事なんですね、わかります。

 ……まあ、ヘツライの連中だって、致命的な失敗をしているわけではないし、外交的には今後の立ち回りが制限されるくらいで、悪い話ではないんだろう本当に。

 私としても、職務の範囲内で国家に貢献できるならば、積極的になっていい場面だと思う。個人的にも、仕事を回してくれた王妃様に対して、恩を感じるべきだろう。

 

「はい、まことに光栄なことであると、恐縮いたします。――王妃様に目をかけられ、自らの才覚を発揮する機会を得られたこと、感謝申し上げます」

 

 率直な気持ちだった。王妃様は、シルビア妃殿下とは違う。真に主筋であり、わが王国の権威である。

 騎士として、認められれば嬉しく感じて当然だった。己の中に忠義というものが、正しくあるのであれば、それは彼女の為に使われてしかるべきであるとも思う。

 

 特に最近は、私個人の都合で動きすぎていたからね。――こうやって、主筋の命で動くことを意識しないと、国家公務員としての自覚が飛んで行ってしまうよ。

 

「……思いのほか、素直に感謝されたな。シルビアには結構な無礼を働いていたと思うが、反骨精神はそうでもないのか?」

「先の婚儀で、王妃様にご出席願えたこと、忘れておりません。ご恩を受けた主君に対して、素直に謝意を示すのが騎士の模範と言うものでしょう。――シルビア妃殿下は、すでに他家に嫁いでおりますれば、対応も相応のものになってしましますので」

「まあ、そうか。シルビアに対して、わらわと同様の敬意を払うのは難しいかもしれんな。――露骨に引き抜きなど仕掛けてくる相手に、愛想などふりまいていると、こちらの方が誤解しかねん」

 

 後はこまごまとした雑談を挟んで、王妃様との会談を終えた。

 正直、教育関係の質問がもっと飛んでくると思っていただけに、あまり突っ込んで聞かれなかったことが意外だった。

 私への信頼であると考えても、いささか楽観が過ぎるのではないか。しかし現状に問題がない以上、こちらから余計な話を振るのも躊躇われた。

 

 ――王妃様は、シルビア妃殿下に、愛情以外の複雑な感情を抱いている。

 エメラ王女に対しても、いずれはそうなるのかもしれない。王妃様自身、娘を単純に愛せなくなることを恐れているのか知れず――それがゆえに、慎重な態度を取らせているのかもしれない。

 

「子育てとは、ままならぬものですね、なんとも」

 

 王妃様がそうであるように、シルビア妃殿下もまた――自身の子への向き合い方を、悩む時が来るのだろうか。

 そうだとして、私には何ができるか。やれることがあるとして、関わっても良いものか……。

 

 色々悩んでも、結局はその時の環境によって結論は変わる。今は、心構えだけをしておくしかないと、それだけ結論付けて、悩むのは後日に回そうと思ったのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒事に備えるために、軍と言うものは存在するはずである。しかし、仮に賊に敗北する軍隊と言うものがあるのならば、それは軍組織そのものの敗北であり、国家の威信にかかわる事態であると言って良い。

 

「ええい、どうしてこうなったんですか!」

 

 ラッカは、ソクオチの騎士であり、部隊長としての地位にある。彼女はソクオチ敗戦の後は、治安維持のために一部隊を率いていた。

 多国間の交易が始まってからは、彼女は商隊の護衛任務なども担っている。敗戦の責任を追及されても、処断されずに降格処分で済んだのだから、まだマシだとも言えようが――それだけに、これ以上の失敗は許されない。

 もし、ここで護衛の役目を果たしきれなかったとしたら、ラッカたちの存在価値はどうなるのだろうか。想像ができるだけに、彼女は今の自分に固執する道を選んだ。

 

「こんなはずじゃ、なかった。ただの奇襲なら、対応できた自信はあったのに!」

 

 護衛すべき商隊から、襲撃を手引きする者がでるとは思わなかった。

 中と外の両側から攻められ、初動から主導権を奪われてしまえば、一気に敗北までもっていかれかねない。

 多くの精鋭を失いつつも、一度は撃退して踏みとどまり、怒りを口にするだけの余裕があるだけ、ラッカは優秀であった。

 

「ラッカ将軍! 予備兵力はもう使いきりました、前線も消耗しています。ここはもう危険です、ご再考を――」

 

 劣勢の中、敗報を伝えに飛び込んできた部下が、そう進言する。しかし、ラッカはあくまでも強気に答える。

 

「私は敗戦の将です! なのに今ここで、賊を相手に敗走して、恥を重ねろというのですか! 我々はまだ負けていない!」

 

 街道そのものは整備されていたが、見通しの悪い山道を通る部分は、どうしても避けられない。

 問題の山道を横断していたところ、商隊は賊の襲撃の対象となり、ソクオチ騎士団はこれを迎撃した。

 もとより、積み荷を狙った盗賊に襲われることなど、想定していたことである。これを難なく撃退してこそ正規兵と言えるし、実際に今日この日までは、何度も撃退したはずなのだ。

 

 しかし、現実としてラッカとその旗下の兵たちは、窮地に立たされていた。言い訳がきかぬほどの損害は、すでに彼女を失脚させるに十分なもので。

 命まで奪われるかどうか、もはや事態はそこまで進行している。ただ、本人だけが、その現実を拒否していた。

 

 昼間から始まった戦いは、夕方になり、日が落ちても続いている。盗賊どもは、一気に潰せないとわかると、戦い方を変えてきた。

 攻めては退き、守りの薄い所、あるいは死角から忍び寄り、的確に痛撃を与えて去ることを繰り返している。

 

「救援の伝令は、そろそろ最寄りの拠点にたどり着いているはずです。そこから援軍が駆けつけてくれれば、勝てる。今しばらく、耐えてください!」

「これ以上は難しいとご理解ください! もはや、商隊の被害は許容して、一点突破して脱出するほかございません。損失を最小限に、部下の命を多く助けるためには、それ以外の手段はもはやありえぬものと心得る時です!」

 

 内からの手引きにより、劣勢に追いやられた際に。これは下手に動けないとラッカは判断し、救援の伝令を飛ばした後は、守りの態勢に入った。

 これが軍隊だけなら、無理やり山道を突破し、平地に出る策もあった。それができないのは、守護すべき対象を抱えていたからに他ならない。

 裏切り者がいたとはいえ、商隊の大部分がまっとうな商人たちであり、これを守る義務が、ラッカには存在した。

 

 劣勢の中、戦いながら陣地を構築し、商隊に被害が一切出ていないのは称賛されてしかるべきであろう。

 ――ただし、それも無事にこの場を切り抜けてからのことだ。賊が相手では、名誉ある戦死などありえない。待っているのは、さらなる辱めである。

 

「撤退、脱出? それが容易くできるなら、軍人はどれだけ楽なことか! ――ソクオチ騎士に、これ以上の敗北が許されると思わないで。私たちが生き残れても、護衛任務が失敗すれば、ソクオチの名誉は地に落ちるでしょう。……少なくとも、私がその引き金を引くことになるなんて、それだけは絶対に許されない!」

「そのようなこと、言っている場合では……」

 

 部下の兵とて、己の命が掛かっている。口答えもしたくなろうが、ラッカにはそれが自分の威厳のなさゆえと思い、なおさら頑なになってしまう。

 

「所詮賊は賊に過ぎません! 強いのは、攻めている間だけ。この場をしのいで、援軍と呼応し、まともに追撃できれば――鎧袖一触に討ち果たせるはずなのです」

 

 敗走する敵を追撃できれば、完勝する。それ自体は、ただの事実の確認にすぎない。

 問題は、それが現実からは程遠く、むしろラッカらの方が敗北を受け入れる段に入っていることだった。

 

 ……そもそもの話、伝令達はちゃんと無事に拠点にたどり着けたのか? 全員途中で狩られていて、誰もこちらの窮地に気づいていない、ということがあり得るのではないか?

 一度疑問に思えば、ラッカの思考は一気に劣勢に持っていかれる。これを覆すだけの頑固さは、流石の彼女にもなかった。

 

「うう……でも、確かに。守るばかりでは、弱気になるのもしかたないと、わからないでも、ありませんか。――いえ、確かに最悪を想定して動く方が、この場では適切かも……」

 

 嫌な不安を振り切るように、ラッカは決断する。――すなわち、都合の悪い現実を一部だけ認めるという形で。

 

「貴方! 前線の小隊長たちに伝令を――」

 

 彼女の口から出かかったのは、撤退という言葉か、あるいは突破であったか。

 いずれにせよ、形にならなかったものに意味はない。

 

「え? あ」

 

 流矢が、目の前の部下の頭を射抜いた。ぐらりと身体を傾け、倒れるまでを、ラッカは唖然とした表情で見ていた。

 

「……っ、……っ!」

 

 即死であったろう。すぐに動かなくなったことを確認する。声にならぬ声が、ラッカの喉元から絞り出された。

 行動の出先を潰された彼女は、思考の再起動にも時間を要した。実務の才はあれど、臨機応変の能力に欠けることが、ラッカの弱点であり――。

 

 それはつまり、ソクオチ騎士が危地から脱出する時間を、それだけ浪費させられたことを意味した。

 疲労し、消耗した部隊は盗賊どもの攻勢を支えきれず、崩壊。ほどなく彼女らは完膚なきまで叩きのめされ、わずかに逃亡兵が残るだけとなった。商隊はその大部分が確保され、損害は目を覆わんばかりであったという。

 

 ――そして、余裕があれば、捕虜を取るのが盗賊どもの嗜みである。処理用の道具としてであれ、人身売買用の在庫としてであれ、用途はあるものだ。

 ソクオチ騎士団の女騎士たちは、ラッカも含めて捕らえられ、屈辱にまみれることになる。しかし、それが結局はどのような事態を招くことか――。

 この時は勝利した側である盗賊どもはもとより、捕虜となった彼女らにも、おそらく想像さえつかなかったはずである。

 

 

 

 




 思ったように話が進まないので、もしかしたら今年中ではなく、来年の三月くらいまでだらだら続くかもしれないと感じる今日この頃。

 こんな無駄に長いお話に付き合ってくださる、読者の皆様方には、本当に感謝しております。できれば、最後まで見守ってやってください。



 これだけではアレなので、次に取り掛かりたい題材について話しますね。
 次回作はブリガンダインにしよう、と決めていたのですが。
 そうこうしている間に、カリギュラ2が発表され、発売。プレイしてみると、むくむくとこう、こみ上げるものがありまして。

 ……カリギュラの二次創作に取り掛かりたい気持ちが、強くなってきました。
 どちらにしようか、どっちも進めるべきか、悩んでおります。
 結局はノリと勢いで決めることになるのでしょうが、この作品を一旦終わらせた後は、時間を置きたいところ。

 熟慮するよりは、行動した方がいい結果をもたらすと信じておりますので、それほどは待たせないと思うのですが。
 ともあれ、そういうことを考えているということだけ、お伝えしたいと思ったのです。

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