読み直しが面倒に感じてスルーしていたり、過去の話の内容をすっかり忘れていたりして、自分の頭の悪さを自覚することもしばしば。
それでもどうにか、書き続けられていること。それだけが自分の取柄であると思い、執筆を続けています。
モリーです。今私は、エメラ王女とオサナ王子に付き添って、巡行の旅程を順調に消化しているところです。
とはいっても、巡行の旅程に入ってからと言うもの、私は王子にも王女にもまともに話せていない。この辺り、護衛隊の管轄だから、あんまり干渉するのもね。この場はあえて距離を置くことで、彼女らの顔を立てた形になる。
それでも一度は軽く顔合わせはしたけれど。ちょっと緊張している風でもあったから、色々と心配だ。……まあ、私がこうして心配すること自体、越権行為だと言えなくもないから、言葉にすることはやめよう。
とりあえず、仰々しいくらいに結構な数をともなって動いているんだけど、これ動員のコストが結構大きくないかなぁ。
ここまでの護衛の必要がないくらい、すでに治安は改善しているんだけど。――しかし、見方を変えるならば、これはこれでクロノワークの武威を示すことにもなる。
ソクオチはいい意味でも悪い意味でも、これから西方の注目を集める国になるっぽいから、ここでアピールしておくことで、政治的な効果をもくろんでいると見るべきか。
「その上で疑問を呈するならば、どうして私とザラ隊長が離されて配置されているのか? ということですね。……王妃様は、我が家の事情にまで、口を挟むおつもりでしょうか」
「というより、王妃様なりの気遣いじゃない? エメラ王女の護衛隊に紛れ込ませる辺り、将来的な布石もあるかもしれないけど。……ザラばっかりが贔屓されるのも、良くない傾向だと私は思うのね」
私は今、メイルさんと一緒に護衛隊の中にいます。特殊部隊からの出向している形式になるので、お客さん扱いであんまり仕事もくれないし、どうしてこうなった。
――なんてわが身の不幸を嘆いても、何かが変わるわけでもなし。思い悩むよりは、現状への理解を深めた方が、前向きになれるというものだろう。
そばにメイルさんがいてくれるのが救いだが、今回は護衛隊の中に入れられているので、馬車の中で二人きり、なんてシチュエーションではないけれど。
それでも、私達二人の会話を邪魔するものは誰もいない。それくらいには空気の読める隊員を、選りすぐってきたのか――と邪推するくらいには、私達にとって都合のいい状況だった。
「贔屓、とおっしゃられますと? 私、家の中ではそれなりに、平等に接していたつもりですが」
「ザラはモリーと同じ部隊だし、仕事の中で一緒にいることも多いでしょう? で、貴女にとっては今が大事な時期で、仕事をおろそかにできない。――自然と、ザラと同行する機会が多くなる。私や教官には、一方的に不利な状況が続いていると、そう見ることも出来る訳ね。だから一緒に行動できる今回の件は、王妃様に貸しができたって、思いたくなるくらいには都合がいいのよ。少なくとも、私にとってはね?」
そうやって熱っぽい視線を向けられても、行軍中に何かしらやらかすことができないわけで。
メイルさんもそれはわかっていて、私を意識させるためだけに言葉を弄しているんだろう。隊長権限で、同じ寝床を確保されている身としては、毎回夜が怖くなる心地です。
なお、彼女が傍にいる間、部下の皆様方は私と目を合わせてくれません。護衛隊長たるメイルさんに、反論を述べたり諫めたりする気概のある方はいらっしゃらぬご様子で。私とメイルさんが適当にだべっていても、何にも言われないっていうね。
唯一、苦言を口にしてくれそうなメナ副長だって、空気を読んで無視してくださいます。……メイルさんの機嫌を損ねるくらいなら、多少の風紀の乱れは許容範囲内ってことだろうか。
一応、こんなでも仕事に支障をきたさない程度には分別もあるのだと、そうした信頼だけはあるのだから。
「護衛隊の中に紛れるには、私は異質に過ぎると思います。メイル隊長には苦労を掛けますが、どうかご勘弁を」
「モリーは気にしなくていいのよ。護衛隊の中では、既婚者の地位が結構高いんだから。その上、私は隊長職にあるわけで、大抵の無理はきく。モリーが同行しても、不自由はさせないわ」
メイルさんの頼もしいお言葉に、私は甘えるほかないのか。そんな風に悩みつつも、アウェーでの居心地の悪さを、メイルさんと話すことで誤魔化して。
今日も今日とて、巡行の護衛任務に従事しています。……私がやるべき仕事なんて、そうそう残ってはいないのだけれど。――なんだかんだ言っても、奇襲に即応できるだけの態勢は整えているあたり、クロノワークだなぁって思いました。
遠目には気が緩んでいるように見えても、実際にはいつでも殴り返せるだけの気合は入っている。ソクオチのような醜態をさらすことだけは、絶対にないと信じられた。
さて、懸念はいろいろあるにしても。ここは単純に、メイルさんと一緒に居られる幸運をかみしめるべきだろう。
私だって、公私混同が嫌なだけで、彼女と共にあること自体は嬉しく思う。ザラとはまた、顔を合わせる機会もあると割り切るべきだった。
「まあ、仕事中の息抜きもほどほどにするべきだっていうのも確か。――護衛任務にしくじって、誰かさんの二の舞になるのだけは、御免だからね」
「……ええ、それは本当にそうです。護衛隊は気合が入っていますから、そんなポカはやらかさないと思いますが」
「そうね。私がいるかぎり、奇襲の余地は許さないつもりよ。モリーに気を割いている間も、最低限の警戒は続けているからね。仮にこの場で乱入されたとしても、適切に行動して要人の安全を確保する。――それくらいの仕事は、してみせるわ」
メイルさんの表情も、その気迫も、口にしたことを実現できるだけの能力があることを、私に確信させてくれた。
私がアレな任務をやっていたことは、もうメイルさんには話してある。だから、絶対に譲れない一線に関しては、実感として共有できていると思う。
巡行を成功させなければ、我が家の繁栄もないのだと、それくらいは理解してくれているはずだ。油断せずに備えてくれているのも、それゆえだと信じられる。
幾日も行動をともにしながらも、野営の際も万が一に備えて求めにも応じられなかった。
メイルさんにとっては、生殺しのようなものだったかもしれないが、ともかく。私たちは同じ部隊の中で、上手にやっていけた。
巡行は滞りなく進み、何かしらのアクシデントがあっても、問題なく対処できたと思う。
エメラ王女とオサナ王子の身には危険が近づくことはなく、不安な夜を過ごさせるようなこともなかっただろう。
ソクオチ内を一回りして、首都におけるパーティが開かれるまで、私達に落ち度はなかったはずだった。
実際にパーティ会場に入るまで、私は楽観的な気分でいられたのだが、それはすぐに霧消することになる。
「ザラとメイルさんと、私。わざわざ巡行に連れてきたのですから、妃殿下に呼ばれるのは、致し方ないことかもしれません。……それでも人の目を気にしてほしいし、性急に過ぎるとは思うのですよ、シルビア妃殿下? わざわざ注目されるような形で、人前で呼びつけるのはいかがなものかと」
「一言目から苦言とは、呆れたものよ。わらわがその程度の理由で、自重するわけがあるまい。それでも二人と引き離して、おぬしだけを呼びつけたのは――まあ、悪いとは思ってるがね」
「……これも仕事なれば、嫌とは申しません。しかし、また一対一でお話しするのであれば、もう少し場を整えてからの方が、よろしいかと存じます。公開されたパーティの中で話すには、不都合がありますまいか。お互いに過激な話題に事欠かないと思うので、そうした懸念を捨てられないのです」
覚悟で済む問題であれば、どれほど気楽であったろうか――なんて、あきらめと共に私は思う。
パーティ会場に入ったら、即座にシルビア妃殿下からのお誘いがあった。主催者からの招きとあらば、答えるのが礼儀である。
しかし、その先にあるのが謀略とか政略の場であったとしたら、皮肉の一つも吐きたくなろうさ。
「おぬしも気苦労が多いのう。あんまり悩みすぎると禿げるぞ?」
「禿げるほど悩むことはないので、ご心配なく。私もそろそろ、あきらめて割り切ることを覚えてきましたから」
「左様か。――ま、気を楽にせよ。今回のパーティは、堅苦しい形式のものではない。とりあえず付き合え、周囲を回りながら、まずは観察してみようではないか」
そう言って、シルビア妃殿下はパーティ会場を連れまわしてくれた。宴席としては豪華だと思うので、目を楽しませる効果くらいはあった。
とりあえず、一通り観察した感想としては、招待客の数だけは多く見える。政治的な理由によるものだろうが、それが妃殿下にとっては滑稽に映るらしい。
「ほれ、どこを見ても小粒な連中ばかりよ。小国の次男三男、余り物の放蕩息子どもばかり。そこそこの役職にこそあれど、将来的な出世の目はほぼない連中じゃ。――モリーの目には、どう映る?」
「それでも、公人としてこの場に居る以上、己と対等の相手だと思っていますよ。なのに、シルビア妃殿下はいささか辛辣ですね」
「辛辣にもなろうさ。――これ、という人材は、探すのが難しいものじゃ。数合わせのための人員なら、いくらでも集められるというのにな」
数合わせ、と妃殿下は言うけれど。彼女が意味もなく、散財のために無能どもを集めるわけがない。
どうせ、何かしらの思惑で選別したんだろうと思うよ。その上で私との物騒な会話を想定していたのなら、聞かれても問題ない程度の相手だけを呼び出してきたんだろうさ。
――なんて本音を、そのまま漏らすよう下手は打たない。当たり障りのない言葉で、話をつなぐことくらい、私にもできた。
「無思慮な言葉は、人を傷つけます。……声を抑える努力をしてください。シルビア妃殿下は、ゼニアルゼの実質的な権力者なのですから、発言には気を付けていただかねば困ります」
「良いではないか。――聞かれたとて、どうということもない。わらわに難癖をつけに来る度胸のある者など、そうはおらん。仮にいれば、その気概を買って取り立ててやっても良いくらいよ」
誰に聞かれても意に介さない。そうした傍若無人さが妃殿下にはあり、それが許されるほどの器量の持ち主でもあった。
私の苦言など聞こえないとばかりに、言いたいことだけを口にし続ける。豪奢なパーティの風景すらも、妃殿下は興味がないのだ。彼女が興味を持つのは、自らの想定を外れるような出来事か、それを起こしそうな相手――。
この場に限るなら、私の存在がそうなのだろう。だからこそ、こんな問答に付き合わされている。
「その手の度胸が必要とされる場は、はた目には滑稽に映るものですよ。特にこのような宴の席では、何かの催しかと勘違いされかねません」
「ある種の滑稽さを演出するのも、政治に必要なことではある。……そうやって、ふてくされずに、わらわの手管にも理解を示してほしいものよ。宴の席は色々なものが緩みやすい。皆が浮かれている環境では、誰もが警戒心を解きやすくなるもの。おぬしもわかるじゃろうが――付け入る隙も、そこには表れやすいのよ。場を整えたわらわが言うのもアレじゃが、せいぜい利用するがいい」
シルビア妃殿下の口調からして、宴の席が諜報の場となりえることを、それとなく指摘しているように聞こえる。
どっちにも都合がいいのだから、お互いに思うが儘にふるまえばいい。妃殿下は、そう言いたいのだろう。何かしら言い返すべきか――と思ったところで、思わぬものが目に映った。
「……シルビア妃殿下、あれは」
「うん? 珍しいな。アレに声をかける勇者がいるとは、わらわも驚きを禁じえぬぞ」
妃殿下の傍についているのは、私だけだから、このパーティ会場のどこかには、ザラもいればメイルさんもいる。
だから、視界の端に彼女らの姿が映っても、不思議なことではなかった。――見慣れぬ野郎が、傍についていなければ、私だってスルーしていただろう。
服装から判断するに、あれはホースト王国の騎士か。その男が、メイルさんに話しかけているのを、遠目で確認する。
「あやつらが既婚者と言う情報は、行きわたっていなかったのかな? メイルに声をかけるとは、怖いもの知らずにもほどがあろう。モリーに恨まれるリスクを冒してまで、やることではあるまいに」
「恨んだりはしませんよ。彼女らは立派な女性ですし、魅力的に見えて当然です。有象無象の野郎どもが惹かれてやってきても、私は驚いたりしませんよ」
「……あばたもえくぼと言うか、惚れた弱みゆえの馬鹿さ加減と言うべきか。おぬしもたいがい、あやつらには弱いのう」
面白がるような口調で、シルビア妃殿下は言う。
私としては、別に心配してるわけじゃないんだけど。まあ、うん、そのね。
うちの嫁に何の用スカ。なんて言いたくもなるわけでして。
「様子を見る限り――ああ、脈はないなアレ。……うむ。心配などせずとも、おぬしが駆けつける必要はあるまいて」
「ええ、ええ! 私には、わかってましたけどね」
「……わかりやすいくらい余裕失くすな、お前。面白すぎるぞ」
「彼が勇者なら私も勇者です。私が彼に負けているとは思いませんし――何より、世の中は早い者勝ちなんですよ」
行動力のあるものが、いつの時代だって勝つものだ。そもそもメイルさんは私の妻なんだから、結果はわかっていたんですよ。
軽薄な野郎どもに口説かれたところで、先約があるのだから断るのが筋と言うもの。今更彼女の価値を理解したって、遅いんですよまったくもって。
「一年前なら、あるいはありえたかもしれませんが、今は私と言う夫がいますからね!」
「……どうかなぁ。メイルが未婚であったとしても、怪しかったんじゃないかアレ。割と真面目に、相手の男の顔が引きつっておるぞ。――はて一体、どんな物騒な話をしたのやら」
行き遅れるのも残当じゃな、なんてシルビア妃殿下はおっしゃいますが、それなら相手の目が節穴なんだと私は言いたい。
メイルさんの美点については、私は即座に十個は口にできます。それくらい魅力的な人なんだから、わかんない奴が馬鹿なんですよ。
「見る目のない馬鹿が多い世の中ですね。……それはそれで腹が立つのが、夫として複雑であると言いますか」
「ふーん。ま、個人の嗜好には立ち入るまい。メイルだって、おぬしのような旦那を持てて幸せであろう。――エメラも、そうであってほしいものよ」
「……そうですね。まったく同意します」
「うむ、うむ。幸せな家庭を築いてもらいたいし、それを大過なく維持してもらいたいものじゃ。わらわとて、妹の幸福を願うくらいには、情もある。――王族の幸福とは、国家の安寧と同義であるから、まずはそれに備えねばならん。おぬしも、そう思うであろう?」
おおっと、一気に妃殿下の発言が、政治色を帯びたものになりました。
ここからの発言は、注意を要する。本能的な感覚を信じて、私は気を引きしめた。
「のう、モリー。世の中、馬鹿が多すぎるとは思わぬか。馬鹿に資源を浪費させるくらいなら、わらわ達の方で有効に活用してやるべきだと、そう考えたことがないか?」
「無いとは申しませんが、実際に行動を起こすならば、やり方は考えねばなりませんね」
嘘です。そんなもん頭をよぎったことすらありません。でも私は買いかぶられている節があるし、素直に答えると後が怖いんで。
話を合わせつつも、制止するような言い方をさせていただきました。さて、妃殿下は何を言いたいのかと、身構える。
「もちろん。場末の借金取りなどの真似事はせんよ。――わらわは、もっと誠実で、もっと効率的な収奪の方法を考えておる」
「……再度申し上げますが、誰が聞いているかわからないのですから、発言は気を付けた方がよろしいかと」
「取って付けたような気遣いなどいらぬ。周囲の喧騒で、誰も聞いてはおらぬさ。聞こえていたところで、雑音に等しく処理されるであろう。……第一、内容の重大さに気づくような者は、この場に呼んでおらぬからな」
「それでも、もし、いたら?」
「些事である。いずれにせよ、わらわの答えは変わらん。おぬしが危惧するようなことは、決して起らぬ」
万が一を考えれば、言及しないわけにもいかなかった。けれど、シルビア妃殿下は自信をもって言い切った。
……私にはわからない形で、警戒網を強いているのだろうか。それくらいしていても、違和感はないが――。わざわざ刺激的な話題を選ばなくてもいいのにと、やはり思う。
「相も変わらず、妃殿下も悪い人ですね」
「おう、流石に悪辣さで上をいかれてはかなわん。――こればかりはわらわの専業ゆえ、譲れぬよ」
ここからが本題じゃが、とシルビア妃殿下は一言断りを入れた。さりげなく、周囲に目をやって、自身が注目されていないことを確認する。
私の方でも、それは確かめていた。――実際、このパーティで私たちはさほど目を引いていない。オサナ王子と、エメラ王女の二人が、それだけ人目を引いていることの証明だった。
「先の盗賊討伐にて、ソクオチ騎士の捕虜を確保してくれたじゃろ? これには、わらわもよくやった、と褒めてやろう」
「女性しかいなかったのは、予想通りでしたが。……傷ついた彼女らの今後が、非常に心配になるところです」
本題と言うには、迂遠な話を持ってくるな、と思いつつ。真意はともかく、ねぎらいの言葉はありがたいものだった。
私はそれ以上に、被害者の方が気がかりでもあったが、妃殿下には何かしらの考えがあるらしい。
「そこまで案ずることはない。わらわが引き取って、責任をもって職を世話してやるからな。一人たりとて、無駄には使わぬ。ちょうど都合のいい、適当に使える駒が必要なところでな、約束しても良いぞ」
捕虜経験がある女騎士というと、扱いにも慎重になりそうなものだが、妃殿下はこれにも責任を持つという。
彼女の手の長さに感嘆しつつも、需要があって人手のいる業種など、私にだって想像がついていた。
「最近整備した、温泉施設の従業員――いえ、言葉を飾らずに言えば、風俗嬢として雇い入れるおつもりで?」
少し前に話題になったこともあるし、温泉街の高級娼館ともなれば、嬢の出自にだって気を遣うもの。
客層が上流階級、しかも貴族を含むともなれば、そこらの平民を捕まえて教育するという手は難しかった。
下手を打って信用を落とせば、元も子もない。信用できる伝手で手に入れた人材でなければ、任せられないこともあるだろう。……そういう意味でも、ソクオチの元騎士という経歴は都合がいいはずだ。
「半分ほどは、な。しかし、誰もが風俗で働くのを好むとは限らぬ。中には書類仕事で身を立てようと思う者もおろう。ソクオチ騎士とて、それくらいの教養はあろうし――こちらで改めて教育を施せば、立派に働いてくれるだろうて」
その手もあるか、と私は暢気に構えていた。だから、適当な相槌を打つつもりで、私は話を促すように応える。
「ちなみに、どのような教育を施されるのでしょう? 無体なことは、あまり考えたくありませんが――」
「何を想像しておる。そこまで無茶ぶりはせんよ。ただ、税務官としての教育を叩き込んで、そちらの方面で活躍してもらう。それだけのことよ」
「税務官、ですか。……んん? このタイミングで、税務官の教育……?」
すごく、すごーく、嫌な予感がします。
あれれー? もしかしてシルビア妃殿下、自分でたどり着いちゃいましたか? 私の方から、なにかしらの発想を提供したわけでもないのに。
――私が絶対に言いたくない、ゼニアルゼによる経済支配。その一端を、ここから始めるおつもりでしょうか。
「顔色が変わったな? おい、モリー。お前、何を感じたか言ってみろよ」
「……さて」
「無言で顔を背けるな。わらわは本気で聞いている。これだけの情報から、何を連想した。何に感づいた。わらわは、それを聞くまでおぬしを解放せんぞ」
もし、問い詰められたら答えを拒否できない。私は、自分がそういう性質の人間だと理解している。
だから、こうして詰め寄られたら、正直に答えるほかはない。あきらめと共に、私は自身の考えを言葉にした。
「徴税請負人、徴税請負業者。……私は、それを連想しました」
「ほう! ――いや、それだけではな。そのまま続けろ。それらが、どうつながっておぬしの顔を曇らせたのだ?」
「経歴上、彼女らをソクオチには派遣できません。捕虜になったという事実は、ソクオチではそれだけ不名誉なことなのですから。……しかしゼニアルゼであっても、財政管理を他国者に任せたくはないはず。これはクロノワークとて同様でしょう」
「その方面はうちの官僚どもが、がっちり固めておるからな。なら、どこの税務を任せるのか、と言う話になる。――うむ、ここまで聞けば、不穏な気配を感じられても致し方あるまい」
しかし、それだけではないだろうとシルビア妃殿下は目で語っていた。続きを促されるように、私は口を開く。
私が何もせずとも、最適解を思いつくのであれば。こうして進言することに、どれほどの意味があるのか――なんて、やくたいもないことを思った。
「当然、彼女らの行先は他国になります。そうですね。ゼニアルゼに借金を申し込んでいるとか、何かしらの外交的失点を持っている国。そうしたところから、徴税業務を請け負うのです。……順序としては、ゼニアルゼが他国の土地の徴税権を『買取り』、その仕事を代行する。そのための駒として、彼女らを使うおつもりでしょう」
買取り、という部分を強調して口にする。徴税権の買取、と気軽に言ってしまえるような、簡単なことではないが――。
地球の歴史上では、きちんと例のあることだ。『売官制』とまで言えば、おそらくシルビア妃殿下も即座に理解するだろう。だが、そうした決定的な一言までは、積極的に口にしたくはなかった。
「徴税権というと大仰に聞こえますが、要は徴税業務と政府への送金を、こちらで代行するだけのこと。それで即座に国家の運営が乗っ取られるとか、そういうことにはなりません」
「ああ、ならんな、即座には。――何より大事なのは、徴税権をこちらで握って、収益を確保することじゃからな」
「はい。シルビア妃殿下の駒が、他国で国家事業の一部を担う。その事実が定着すれば、そこは実質、ゼニアルゼの勢力圏に成り代わることでしょう」
他国人の税務官に仕事を任せるのが当たり前になって、彼女らがいなければ国家が維持できないところまで来てしまったら――。それは、シルビア妃殿下に国庫を支配されるに等しくなる。
一地方から始めて、徐々に影響力を広げていけば、そうなる。わかる人には、そこまでの道筋が見えてしまうから、実際には様々な形で妨害が入るだろう。
簡単に事が進むとは、妃殿下だって考えてはおるまい。しかし現実的に、実行可能な政策であることも確かではないか。
「乗っ取りまで目指しているわけではないから、いささか表現が大仰に過ぎるのう。……しかし、徴税権を買い取る、というのはそれだけの大ごとじゃ。過程の説明が雑に過ぎると思うが――おおよそ、わらわの考えと一致する。当然、これを現実にするには大勢の税務官が必要になる。捕虜の数だけでは足らぬから、適当な冷や飯ぐらいも突っ込んで、ようやく稼働できるだけの体裁が整う見込みじゃ」
シルビア妃殿下は、私の意見を一切否定しなかった。つまりは、そういうことなのだろうと察する。
彼女は、西方全体の経済を支配するつもりなのだ。他国の財布にまで手を突っ込んで、自らの権益の拡大を図る。そのために、今から準備に取り掛かっているのだ。
「確認したいのですが、これは財政のために、来るべき時の為の貯金を殖やすために、シルビア妃殿下がご自身で考えられたことですね? どなたかの入れ知恵ではないと、そう考えてもいいのでしょう?」
「肯定する。今の話は、わらわの頭の中だけにあったことじゃ。――わらわも、色々と思うところがあってな。外征の前に、西方で合法的に、なるべく恨まれない形で収奪を行うことができないものか? ゼニアルゼの財政を確たるものにし、なおかつ他国への影響力を増大させるには、どうするのがいいか? ……色々と、頭を絞って考えたのよ」
それで出てくるのが徴税請負制度とか、シルビア妃殿下は天才と言うほかない。並みの天才ではなく、歴史を変えるレベルの才能の持ち主であると、改めて思うよ。
「つまりは全て想定内である、と。……シルビア妃殿下。貴女は、どこまでこの世界を変えるのでしょうね」
「さてな。歴史的評価など、今から気にすることでもあるまい。――しかし、よくぞそこまで言い当てたものよ。ここまでわらわの思考についてこれるのは、おぬしが初めてじゃ。もしや、お互い同じようなことを考えておったのかな?」
「……そうですね。似たような考えは、私の頭の中にもありました。だからこそ、楽観はしたくないのですが――」
収奪、と妃殿下は言った。徴税権の買取――その行き着く先を、彼女は知らないはずだ。
もし理解しているなら、この問いに正しく答えるはず。そう思って、一つだけ問うた。
「徴税の請負をするにあたり、その内情の報告と言うか……収支の会計などは、公開するつもりはありますか?」
「ない。――そこまで馬鹿正直に仕事をしてどうする。徴税請負の何が美味しいかと言えば、増収分まで報告する義務がない、という部分にある。一定額を納めれば、あとはわらわの懐にいれるだけのことよ。……この辺りは、最初の契約できっちり詰めておくからのう」
「交易の差配をしているのは、妃殿下ですからね。これから関税収入が増加するのは、目に見えている。特にもうけが出そうなところで、徴税権を確保すれば、諸々の手間を含めても充分な収益が見込める――というわけですか」
「うむ。よって、帳簿はこちらで管理する。代行先の政府にも、細かいところまで知らせてやる義理などなかろうて」
……まあいいか。まだ、その問題が顕在化することはない。
世代を経て問題化する部分であるから、今からつついても妃殿下の機嫌を悪くするだけだろう。
反感を積み重ねて、革命が起きる頃には、私達はすでに天寿を全うしているに違いないのだから。
「とりあえず、ざっと思うところを述べましたが、いかがでしょう。ご期待には、応えられましたでしょうか」
「充分にな。――おぬしを勧誘したい気持ちが、より強くなった気がするのう。今後を見据えるなら、数年は先延ばしにしても良い。しかし、わらわの子が成人するまでには、確実にわらわの傍に置いておきたい。本気で、そう思っておるよ」
「その件に関しては、もう私から言うべきことはないですね。私はクロノワーク王家につかえることに、不満を持ったことはありません。――よって、他家に嫁いだあなたに対しては、求められたときに助言をするくらいがせいぜいです」
私に子供のお守りをさせようっていうんでしょうか? 教育係はやっていても、守り役としての実績なんてないわけで。
どうしてそこまで期待されるのか、どうにもわからない。というか、わかりたくないというのが本音だった。
「とまあ、色々と重要な話をしたわけじゃが、やはり周囲に人はおらんらしい。誰もがパーティの喧騒の中で、思い思いの快楽を追及しておる。箸にも棒にも掛からぬ次男三男どもとはいえ、社交の場の振る舞いは、なかなか慣れておる様子ではないか」
「そこまで厳格なパーティではないとしても、一応の作法と言うものがあるはずですが……。オサナ王子もエメラ王女も、事前に食事を済ませて来てるくらいですよ?」
私の指摘を、王妃様は真面目に受け取らなかった。作法を破って楽しむのも、一部の貴族の楽しみでもある。
だからこそ真面目に守る者が評価される世界でもあるが――結局のところ、シルビア妃殿下は無作法をたしなめるどころか、助長して楽しんでいるのだ。
「それはそれ、よ。宴には宴の礼儀作法があるものじゃが、上手にやれば美味しい思いもできる。花に食いつくか、料理に食いつくかの違いはあれど、美味なる獲物には事欠かぬ。……結果として、わらわとおぬしの会話は、誰の興味も引けなかったらしいな?」
これはつまり、シルビア妃殿下がそれだけの運に恵まれていることの証明でもある。
彼女は、その治世において西方を支配するだろう。死後はさておき、健在である限りはゼニアルゼは安泰である。
おそらくは、クロノワークとソクオチも。この確信が、私にとっては救いであった。
「実際には、誰の耳に入っていても可笑しくないと思いますが――。さて、まだ何か、話すことはあります?」
「詳細を詰めようと思えば、いくらでも。――じゃが、あえてやめておこう。楽しみは、後に取っておくのが良い。わらわとて、それくらいは学習する」
「……何のための学習なのか。きっと、聞かない方が私の精神衛生の為なんでしょうね」
「わかっておるではないか。まあ――あきらめろ。おぬしは決断してしまったのだ。多くの妻たちと、共に生きる。そう決めた時点で、わらわから逃げる術を無くしてしまったのだと知るがいい。どうせ、後悔などしておらんのだろう」
「それは、もう。――ああ、そう思えば、既定路線だったのだと諦めもつきますか」
それからパーティが終わるまで、適当にだべって過ごしたことは、責められるようなことではあるまい。
何時の前にか加わっていた、ザラやメイルさんたちと、それなりに楽しく過ごせました。それだけでも、妃殿下に付き合った甲斐はあったんだと思いたい。
この際、ソクオチの士官連中とも顔を合わせたり、ちょっとした会話の内容から、アレコレとお察ししたり。
内情を探りながらも、相手に寄り添うように、思いやりのある対応を心掛けたつもりです。個人的によしみを通じて、顔を売る仕事は充分こなせたと思う。ここからさらに人材を見定めるには、もう少し機会と時間が必要だろうが。
将来は楽観できるものではないとしても、最低限の保証はある。後は、勇気で補えばいい。
そう決意する機会でもあったのだと思えば、己が巡行に付き合わされたことも運命だと、素直に受け入れることもできたのです――。
パーティは一日では終わらない。とはいえ自分たちが参加できる規模のものは、昨日のそれだけで、以降は完全に警備に回ることになっているわけですね。
……もっとも、今回に限っては警備と言っても形だけのこと。休憩と称して、宴の分け前を多少頂くくらいは、黙認される部分もある。
警備も仕事の内だが、今回は他国の要人との交流も、また仕事の一部分。理由さえあるなら、適当に話を合わせたり、見返りに料理にありつくことも許されていた。
さりとて、よほどうまくやらないとヒンシュクを買うものだが、この点クロノワーク騎士は図太くも狡猾だった。
「――では、また。今度は、もう少し違う形で出会いたいものですね」
「ええ、はい。そうした機会が訪れることを、心待ちにしておりますわ」
決まり事を破って、女性に節操なく声をかける馬鹿は、どこにでもいるものだ。パーティドレスのご令嬢にはもう飽きた、とばかりに儀礼用の武装をしている護衛隊にも、色々な声が掛かってきている。
護衛隊の皆さまは、これで結構手馴れていて、危うげなく接してくれている。これなら特殊部隊でも、適度に任務をこなせるんじゃないか――と思っていたところで、一仕事終えた隊員が、私に話しかけに来てくれた。
「……お互いにわかっていて、適当に息抜きする口実にするのはいいけど、たまに本気にした馬鹿が混じるのが気が滅入るよ。特殊部隊の方では、この手の仕事も多いのかしら、モリーさん?」
「私は出向しているだけですし、あまり任務に立ち入ったことは言えません。――あえて言うならば、護衛隊は特殊部隊と負けず劣らず、責任の大きな仕事が多い。そこは本当に、誇りをもっていい所だと、私は思いますよ」
斬った張ったで、ことが単純に片付く仕事ばかりではない。面倒くさい相手に、現地や難癖をつけられぬよう、気分良く帰っていただけるよう、接客の技術さえ必要になる仕事もある。
「おや、またこちらにどなたか来られるようで。……視線からして、お目当てはモリーさんでしょうか。特殊部隊の手腕を、まずは拝見させていただきますよ」
「……それはそれは、緊張いたしますね」
別部署の職人に、自分の手管を観察されている。そう思えば、気が引き締まる思いだった。
さて、相手を見れば金髪を優男だった。騎士としての外装だけはご立派だが、さて実力はどうしたものだろう。
血筋とか地位とか、そうしたものが無駄に高い家の出で、怖いもの知らずに育った放蕩息子とか。具体的に言うなら、この手の人物に見える。
扱いに失敗すれば、結構な恥をかくことになるか。まあ、私だけで担当しているわけではないし、こちらはこちらで上手にやればいいと、前向きに考える。
「貴女が、クロノワークに名高い特殊部隊、その副隊長殿ですね?」
「はい、モリーと申します。警護中にて、簡易な挨拶のみでお許しください」
「いえ、こちらこそ仕事中に無作法を。礼を失したこと、お許しください。――私はホースト王国、王子護衛騎士隊長のタラシーと申します」
わかってんなら最初から声掛けに来るんじゃねぇよ、と言えたらどんなに良かっただろう。感情的には好きになれないが、仕事であれば、にこやかに接することも私にはできる。
そちらの思惑としては、こちらが名目だけの警護をしていることも、他国人との交流を求めていることも、予想の内なんだろう。だから、堂々と名乗って口説きに行けるわけだ。
王妃様から直々に、交流と調査をして来い、なんて言われてなければ――適当に挨拶して終わらせていただろう。これも仕事と思うだけに、なおさら気が重かった。
クロノワークが、外交的なふるまいを気にしだしたことは、他国もつかんでいよう。今回のパーティは、お互いにそれを理解したうえで、交流を深めに来ているのだと――彼は、そう判断しているはずだ。
いやまったく、たしかに間違いじゃあないよ。貴方がホーストの公務でここにやってきているであろうことも、想像はついている。でも、私にはわかっているんだ。
――お前、さっきメイルさんに話しかけていたよな? ええ? 思いっきり口説きに行っていただろう。見えてたんだぞ。
あわよくば女性をひっかけて、自らの欲望を満たすことも考えていた。そう思われても仕方がない程度に、お前さんは遊び人らしく見えるよ。
「……何の御用でしょうか。わざわざ私の元にやってこられるのを見るに、何かしらの目的があって、声をかけてきたものと思いますが」
「そう警戒なさらないでいただきたい。私は、ひいては私たちは、クロノワークに媚びを売りたいと思っているのですよ。お近づきのしるしとして、まずはこれを」
そうして、タラシーとやらは書類を差し出した。中身を改めて見れば、これは名簿らしい。それもソクオチ内に存在する、他国の間諜や過去に内通した経歴のある役人など、内憂になりえる存在の名簿である。
「ホースト王国の、長年の諜報活動の成果とでもいいましょうか。こちらでつかんでいる情報は、それが全てです。どうか、ご活用ください」
「……これを頂けるということは、ホースト王国はソクオチを切り捨てて、クロノワーク側につくということでしょうか?」
「勘違いなさらぬよう。――我々が切り捨てるのは、ソクオチ旧来の権益にしがみつく者たち。あるいは今の体制に反抗する者たちであり、ソクオチそのものではありません」
「その言葉が真実であるかどうかは、資料の真偽を確認してからにしましょう」
疑いをばらまく謀略でないのなら、これはこちらへの恭順を示すものか? わざわざ私たちの仕事に協力してくれるというところに、何かしらの意図を感じずにはいられない。
「そちらがソクオチ国内に、不安を持っていることは、わかっております。これは、内情を探る手間を省かせて差し上げようという、ホースト王国からの好意であること。まずはそれをご理解ください」
「タラシー殿のご厚意が、真実のものであったとして。……この名簿だけでも貢献度は大きい。他の資料と付き合わせて検討すれば、精度はさらに上がる。上司へ報告すべきことが、また増えましたね」
あちらとて、下手な情報でこちらの信用を失いたくはあるまい。盗賊の頭目から得た情報と合わせて、共通する部分があれば、確実に黒と見て良かろう。
あいつも、とんだことで命拾いするかもしれない。そう思えば、いささか複雑ではあった。
「ともあれ、ありがとうございます。ホースト王国の好意は、確実に国王まで届けることをお約束しましょう」
最終的な判断は、ザラとか王妃様に任せるとしても、有用な情報であることに変わりはない。
あちらさんの好意については、王妃様から王様に伝えてくれるよう、私から申し上げればよい。それくらい、価値はある情報だと判断する。
しかし、我が意を得たり、とばかりに破顔するタラシーの表情がどうにも鼻についた。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。ところで、モリー殿。ここからが本題なのですが」
「はい。拝聴いたします」
この手のイケメンはどうにも好きになれない。生理的に嫌と言うか、こいつの下心が顔に透けてみるから、なおさら気分を害してしまうのだろう。
私は話を促すように視線を向けた。タラシーは憂い顔のまま、一旦目を伏せて、それからためらいがちに話を切り出してきた。
「簡単に申し上げるならば、商業のお話です。ホースト王国、ならびにヘツライ王国の商人たちと共に、東方で事業を立ち上げる計画があります。――なので、クロノワークの商人たちからも、出資を募りたいと思っているのですね」
「タラシー殿は、私を商人と勘違いされているのですか? 私は祖国において、商業に関する権限は、なにも持ち合わせていないのですが?」
「別段、クロノワーク商人に渡りをつけてほしいと話しているわけではありません。……出資を募るにしても、そちらに乗り込む前に、まずは王妃様に話を通していただければ、と思うのです」
「王妃様に、出資を黙認せよ、と伝えろと? その許可をもらって来いというのですか、貴方は」
「まさかまさか。そこまで強くは求めません。――ただ、こちらにそうした動きがあり、民間での商業活動が多国にまたがること。それをクロノワークが容認するかどうか、せめてその確認くらいはしておきたいのですよ」
嫌なら嫌と明言してくれれば、商人たちにも警告できる。もし早めに話に乗ってくれるなら、盟友として受け入れやすい。
そんな風に、タラシーはもっともらしく語った。……民間での商業活動、なんて言いやがったが、どうせ時期を見て政府の資本も突っ込んでくるんだろうに。
「王妃様からの許可が欲しいのですか? 民間での商業活動なら、勝手にやっても文句を言われる方ではないのですが」
「それはそうですが、クロノワーク商人の中にも、話を聞けば興味を示される方はいるでしょう。だから、王妃様にその気があるなら、ぜひ宣伝してほしいのですな」
東方での事業といえば、交易関連に決まっている。いい加減、ゼニアルゼだけに利権を独占させる手はないと、そう思って行動したくなる頃合いだ。
そこにクロノワークを入れようと画策するあたり、敵も色々と考えているね。だが、素直に了承するほど、王妃様も私も甘くないよ。
「こちらの申し出を受け入れてくださるのなら、クロノワーク商人には、われらと同等の権利を保証いたします。決して悪い話ではないと思いますが――」
「……それで、私になぜ頼むのです? 他にも適任者がいるでしょう。このようなパーティの席ではなく、正式に外交の場を通じて要請されればよろしい」
「もっともなお話ですが、私もホースト王家の使い走り。今そうせよ、と言われれば従うほかございません。――とにかくこういう話が合ったのだと、お伝え願いたいのです。そのうちホーストから外交官が派遣されますので、詳細はその際に」
タラシーの口調からして、これは私だけに言っているのではなく、別方面から色々と動いていると見ていい。そうでなくては、一言で良いから伝えてほしい、なんて言わない。
別口から契約を取り付けられる、という自信があるのかもしれない。とすれば、ここで私を巻き込む意図は何か? ……難しい政治問題に、それも他国を通じた謀略について、自分はまきこまれているのではないか。そうした危機感を、私は感じつつあった。
「意図が読めません。不可解です。――わざわざ面倒を起こしにかかっているようにも見える。私が付き合う義理が、どこにありますか?」
「さきほど渡した書類に、それくらいの価値を認めてはくださいませんか? まだ足りぬとおっしゃられるなら、今少し掛け金を大きくすることも、考えております。……その上で、今一度返答を考慮していただきたい」
さて何を言ってくるのかと、警戒していたのだが――。タラシーの言葉は、私の想像の埒外から、大きな衝撃を与えてくれた。
さらに掛け金を積み上げる準備すら、あちらにはあるのか。だとしたら、ここでの下手な発言は政治的失点になりかねない。貸しを作るような言質だけは、与えてはならなかった。
ここは、どう振舞うのが正解なのか。ほんの一瞬だが、私は頭を悩ませた。だが、考えるまでも無く、すぐに結論は出る。
「私は、副隊長に過ぎません。この場においては、護衛隊へ出向しているだけの、ただの一隊員です。――貴方からの話は、全て上司に報告する。私に確約できるのは、それだけです」
「結構です。我々には余裕がある。急ぎはしませんが、決して無視はなさらないように。……馬車に乗り遅れてた商人たちは、誰を恨むことになるのか。どうか、賢明な結論を出されますよう――」
ここらで切り上げようと、タラシーは話を切るそぶりを見せた。しかし私の方は、まだ彼を帰してやるつもりはない。
「確約できるのはその程度のものですが、個人的な見解を述べることは出来ます。――タラシー殿、せっかく一説吹いてくれたのですから、今度は私の言葉にも、しばし耳を傾けてくださいますね?」
「ええ、もちろんですとも。お互いの理解の為にも、言葉を交わし合うのは大事なことです」
とりあえずの了承は得られたと思って、私は話を進める。下手な発言は己の首を絞めるが、ここは好機でもある。
情報をなるべく引き出したい。覚悟を決めて、飛びこむことにしよう。確認したいことがあるから、まずはそこから行こうか。
「商人たちが、東方で事業を立ち上げる。そう決意した理由について、私は知りたいのです。どういう過程で、なぜそういう流れになっているのですか? それに王家が関わっているとしたら、どこまで深入りしているのか。ぜひ答えていただきたい」
「理由については、完全に商人たちの都合です。東方で商人が個々に取引をした場合、あちらでは供給が需要に追い付かず、仕入れ値が高騰する。しかし帰って西方に持ち込んだら、供給が需要を上回って売値が暴落する。……その恐れがあるということで、いっそ出資を募って現地で企業を立ち上げ、まとまって取引をした方が効率的ではないか――という話ですね。そして、ホースト王家は、これを影ながら支援したいのですよ」
「話を聞く限り、私はその件については慎重に判断すべきだと思っています。そちらの王家には悪いのですが、距離を置いた方がよろしいのではありませんか?」
やはり交易関連か、と予想通りの展開に頭が痛くなる。王妃様に伝わったら、すぐシルビア妃殿下にも知れ渡るだろう。打つ手を間違えれば、怖い相手の怒りを買うかもしれない。
とはいえコストの問題であるというなら、一応納得できる話ではあった。市場調査や現地勢力との折衝などは、商人個々人が各々やるよりも、企業化して一括してやる方が効率がいい。
東方で貿易会社を作るというのは、確かに合理的な話だった。これだけを聞くと、納得して同意したくもなるだろう。
「慎重に、ですか。モリー殿は、返答を遅らせたいようにも聞こえますが――それはまた、どうして?」
「西方から遠く離れた東方の地で、商人たちが企業を立ち上げる。――それが現実になるとしたら、企業が独自の武力を持つことを許可しないわけにはいきません。そうですね? タラシー殿」
「はい。傭兵を雇う権利くらいは、認めてあげねばなりません。……そうでなければ、彼らは自らを守れません。交易に際してさえ、護衛が不可欠な世の中なのです」
母国から目の届かぬ遠方で、一企業に武力の保有を許した場合、結果として大きな政治権力を与える危険があった。
西方では個人が傭兵を雇うにしても、法的な制限がある。しかし、東方ではそうした制限など、守りようがないだろう。
武力があってこそ、初めて安全が得られる。――西方の権力が及ばぬ地であればこそ、自分の力で財産を守らねばならない。だから、当たり前の権利と言えばその通りなのだが。
「傭兵を雇うだけで済むなら、私もとやかく言いたくはありません。しかし、現地で徴兵して訓練を行うとか、私兵として囲い込むようなことをされては、東方国家との折り合いが悪くなる可能性がある。まかり間違って、連中が東方の地方を武力制圧してしまったら――許可を出した王家にとって、ひどい汚点になるではありませんか? ……なので、何かしらの制限は絶対に必要であると考えます」
「なんと、では――」
「結論を急がないように。……どうせ放っておいても、商人たちは東方に乗り出すでしょう? どのみち、武力の保有はなし崩し的に認める形になる。だから、こちらから首に紐を付けたいという、そういう話です。――王妃様には、この話を受け入れるのなら、クロノワークの騎士をお目付け役として派遣すべきではないかと、提案してみましょう」
「……あの、一騎当千と評判のクロノワーク騎士を、ですか。ともに東方に赴けるならば、護衛役としても助言役としても、頼もしいものです」
「提案するだけで、決定したことではありません。ともかく、まだ何もかも始まったばかりのお話ですから、今はこれ以上、話を詰めようがないと思いますよ」
実際、私の立場で好き勝手に物事は決められない。あちらが王妃様への推薦を求めるのなら、そうしよう。ただし、私的な見解も添えて、素通しにだけはさせたくなかった。
真面目な話、他国に東方で東インド会社の真似事など、絶対にさせたくはないんだ。どう転んだって、真似事以上のものにはならないだろうから、なおさらである。
社会が未成熟な今の西方が、遠方に経済的植民地を得ても、有効に活用できるかわからない。ホースト王家の紐帯でつなぎとめられるかどうか、それすら未知数なんだ。
稼働すらしていない話の段階で、取り越し苦労にもほどがあるかもしれないが、個人的に思い悩むくらいは自由だろう。
「左様ですか。ならばお互い、まずはいい話ができたと、そう思ってよろしいですかな? モリー殿」
「そう解釈していただいても構いません。――なので、まずは報告を済ませて、後は王妃様からの反応次第ですね」
とはいえ、王妃様が前向きに検討してくれる可能性はあるし、個人的に色々と考察の余地もある。
クロノワークの利益の為にも、与えてくださった情報は、全て活用させていただこう。
タラシーとやらの背後には、何があるのか。情報さえあれば、考察は難しくない。
彼が持参した名簿の正確さを図れれば、今回の話にどこまで力を入れているか、相手の本気の度合いもわかるだろう。
何はともあれ、これからは諜報合戦だ。帰国したら、また忙しくなる。そう思うと、やはり憂鬱だった。
まだまだ結婚して日も浅いし、せっかくの新婚生活、どうにかして楽しむ余裕が欲しいものだね――。
ホースト王国は、その国家の運営において、財政面では他国に優越していたと言って良い。
流石にゼニアルゼほど極端ではないものの、軍事力の貧弱さのわりに金がある。そのくせ、たやすく殴り掛かれないくらいには、面倒な立地でもある。
それでも、かつての戦国乱世においては争いとは無縁でいられなかった。ホースト王家は、代々頼るべき盟友を見定め、上手に勝ち馬に乗ることで生き残ってきていたのだ。
ホーストにおいて、外交こそが一番の関心事であった。
内政での失敗が、国家の崩壊につながった例を彼らは知らない。しかし、外交での失敗が戦争に繋がり、結果として滅びてしまった国家を彼らは良く知っていた。
ホーストは、どんな些細な外交行事にも手を抜かない。最近の西方の変遷についても、多くの情報を集めたうえで適切に身を処してきたと言える。
オサナ王子とエメラ王女の巡行に際し、他国を招いてのパーティが開催されることになった時も、ホーストは適切な人員をもって対応したのである。
「シルビア妃殿下も、ご苦労な事じゃあないか。――ここまで出張ってきて、わざわざ悪態をつく。御身には、自分以外の連中がよほど馬鹿に見えるらしいぞ。タラシーのような奴がうっかり目に入ったら、どう酷評されるか分かったもんじゃないだろうさ」
「……チャラ殿下。文句があるなら、いっそ目の前まで出て行って、思うが儘に口にされればよろしいのに」
「そんな恐ろしいことができるか! あの女は放言を許すほど甘くないぞ。根に持たれて、外交関係が悪化したら、それこそ問題だ。モリーとやらが許されているのは、それだけの才覚を持っているからだろう」
ホーストの第三王子チャラと、タラシーは適当にくつろぎながら駄弁っていた。
チャラはマナーなどどこ吹く風で、適当に料理をかっくらい、酒を飲み、周囲を睥睨している。
主賓たる王子王女の前でこそ、取り繕うことをするが、その目が届かなくなれば、礼儀など真面目に守る人物ではない。チャラのそうした性格にため息をつきつつも、タラシーは口を開いた。
「そのモリー殿ですが、話した感じでも才覚は感じさせてくれましたよ。――少なくとも、政治的な感覚は確かです。先に話をした、メイル殿とはまた違う感性をお持ちのようでしたね」
「お前を怪しんだからか? よほどアレな女でもなければ、お前のうさん臭さはすぐに気づくさ。その程度で才覚がある、とは俺は納得せんぞ」
これでもチャラは、タラシーの女癖の悪さや、多少の礼儀のつたなさは許容してくれる。
その程度の鷹揚さは持ち合わせているから、部下としてつきやすい相手ではあるのだと、タラシーは思う。
「……それはどうも。しかし、疑いを持つ理由には、それなりの説得力がありました。その後の会話も含めれば、彼女が何かしらの意思決定に加わっていたとしても、そう可笑しくはないと思います」
「へぇ、そいつはすごいな。クロノワークは女騎士の地位が高いと聞くが、そこまでか。――身分も血筋もそこまで高くない、ただの一騎士が、国家の中枢に影響を与えている。その考えが正しければ、よしみを通じる理由にはなるか」
「まあ、私が手管を尽くしたとしても、そうそう靡かないでしょう。……既婚者ですしね」
「同性婚だろう? 付け込む隙はあると思うが」
チャラはそう言うが、さてどうか、とタラシーは考える。モリーが男を知らないとしても、あえて三十路過ぎの女性を選ぶ以上、相当こじれた性癖の持ち主であるはずだった。
話してみた感じ、男に餓えている風でもない。仕事中であったから、と解釈してみても、己に脈があるとはどうしても思えなかった。
「まあ、たぶらかす必要は、必ずしもない。――モリーとやらは、最近顔が売れてきつつあるからな。クロノワーク王妃と、シルビア妃殿下との間に何かしらの連絡網があることは、こちらもつかんでいる。……モリーが連絡役として関わっているか、折衝役として間に挟まっているかは、今後を見ていけばわかることだろう」
「私は案外、モリーこそが要なのではないか、とも思いますけどね。……根拠はありませんが、彼女は魅力的です。外見ではなく、打てば響くだけの才能を感じさせてくれました。上司から可愛がられるだけのものは、確実にあるはずです」
根拠のない言葉は、チャラに確信を与えない。しかし、タラシーという男の人格はともかく、実績と才能については、そこまで疑うべきではないともわかっていた。
ゆえにチャラは、追加の仕事を彼に与える。
「東方で起業する、と息巻いていた連中を、こちらで誘導する計画は今のところ順調だ。クロノワークは単独で関われるだけの積極性は、持ち合わせていないだろうが――。巻き込めれば、ゼニアルゼに対する牽制くらいにはなる。不和の元になってくれたら最高だが、そこまで求めなくてもいい。……まずは末端から、少しずつ工作していこうじゃないか」
「貴方も貴方で、野心家ですね。エメラ王女に粉をかけながら、交易政策にも首を突っ込んで見せる。――まあ、エメラ王女の方は、最初から期待していなかったご様子ですが、交易については本気ですからね」
「ふふん。親父も兄貴たちも興味を持っていないようで、俺が独断で動いても、結果さえ出せば文句はあるまい。言質だけは取ってあるから、あとはこちらの裁量次第さ」
こうして宴の席で物騒な話をしている時点で、シルビア妃殿下を笑える立場にはないのだと、タラシーは突っ込みたくもあった。
しかし、妃殿下が言うように、パーティの参加者はそこまでの鋭い観察眼の持ち主など、そうはいない。声を潜めるべきところは潜めているから、宴の喧騒の中で耳に入れるのも難しいだろう。
そう思えば、これはこれで隠れ蓑くらいにはなっているのだと、前向きに見ることも出来る。
「そして、私は継続してクロノワークへの調略を担当せよ、と。……モリー殿に顔を覚えられたのは、果たして幸か不幸か、どちらなのでしょうね」
「お前が直接出張る必要は、必ずしもない。というか、本業は俺の護衛騎士隊長なのだから、ちゃんと部下を使えよ」
「ある程度はそうしますが、私が直接監督してこそ、仕事の調整もきくというものですから。……第三王子の護衛という立場は、そこまでの激務ではありません。チャラ様は遊び歩く方ですが、それがかえって工作には都合が良かったりもしますからね」
「諜報と護衛が、同時にできるわけだな。護衛騎士にして特殊部隊員とは、わが国では揶揄されることもある。――その名声に見合うだけの成果を期待するぞ」
主従の間に絆と言うものがあるのなら、彼らのそれも一種の絆で結ばれていると言っても良いだろう。
信頼があり、信用があり、忌憚のない言葉を交わす余裕もある。それが他者を害する者でない限り、尊重されてしかるべきものであるはずだった。
「チャラ様自身、そうした境遇を良しとされておられる。なればこそ、私どもが動く余地が生まれ、活躍する土台ともなりえるのです。……その点は、本当に感謝しておりますよ」
「第三王子なんて立場は、結構面倒だからな。よほどの功績を立てない限り、いずれ王族の籍を外されて、兄上に仕えるだけの一臣下になり下がる。後のことを考えるなら、実績で信用を勝ち取らねばならん。――お前が出世して、俺の後ろ盾になってくれるなら、それでもいいんだぞ?」
「ご冗談を。今は何を言っても、絵空事でしょう。……しかし、東方での事業が上手くいけば、ホーストの誰もが我らを無視できなくなる」
「あちらで回収した富を、懐に入れる手はずは整っているな? ――ならばよし。シルビア妃殿下が産休を取って、復帰するまでの間にどれだけ動けるか。そこが肝心だぞ」
「もちろんです。――チャラ様はお望みのままに、ふるまわれるがよろしい。こちらはこちらで、立派に仕事をいたしましょうとも」
わきまえております、とばかりにタラシーは答えて見せた。
今はだれもが、東方を向いている。西方と東方の接触から、衝突に至るまで。
実際には、そこまで時間は残されていないのではないか。五年後、十年後と言う間隔ではなく、二、三年で事件が起きるのではないか。
――これらのやり取りをモリーが見ていたら、そのように判断したであろう。
だが彼女はこの場におらず、彼らが動いた後でなければ、行動を把握することはできないはずである。
モリーが後世に名を遺した例として、もっとも有名であろう一件。
それが発生するのは、もう、すぐのことであった――。
アレコレ理論だけを積み上げて、説得力があるのかこれ? と自分でも思いますが、そもそも頭の悪い小説のつもりで書き始めたこと。
細かい部分の粗さは、どうしようもないと割り切って、とにかく前に物語を進めます。
なんか話が勝手に広がっている気もしますが、終着点は思ったより遠くはないはず。
四月までには終わらせたいと願って、また執筆作業に戻ります。
次は、もっと話が進むといいなあと思いつつ。また、来月にお会いしましょう。