24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 タイトルは、東東方会社(ひがしとうほうがいしゃ)と読みます。
 ユーモアのセンスが低くて申し訳ないのですが、この辺りが限界でした。
 見直し等も色々とギリギリでしたので、見苦しいところもあるかもしれません。ご容赦ください。

 個人的な興味も次回作へと移りつつある今日この頃。多少強引にでも、話をまとめにかかるべきであると決めました。
 おそらく、あと三回か四回ほどで、この物語は一旦の完結を見ることでしょう。その後のことはその後のことだと割り切って、とにかく走りきることばかりを考え、筆を進めています。

 相変わらず無駄にクドく冗長なお話ですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。



東東方会社とかシャレにしても笑えないお話

 シルビア妃殿下主催のパーティも終わり、巡行は問題を起こすことなくその行程を終え、私達も帰国することができました。

 といっても、そうそう安穏とはしていられない状況でもありまして。あのタラシーとやらが持ち掛けてきた話は、あれでなかなか物騒な方向へと飛びかねない一件だと思うのです。

 個人的にも情報を集めたいところだけど、伝手を手繰るにはどうしても時間が掛かってしまう。今は勘働きにすぎないが、強い危機感を感じるので早急に確認したいところだった。

 

 ある意味では当然の流れではあるけれども、ようやく各国も東方交易のために本腰を入れてきた、という感があるわけで――。

 この動きをシルビア妃殿下はどう見ているのか。知りたくはあったが、私にはまず報告を上げねばならない相手がいるのでした。

 

「ふむ。話はおおよそ理解したが――なんじゃ、おぬし。自ら東方まで遠征したいのか? 新婚のくせに、妙にフットワークの軽い奴じゃのう」

「……話を受けるなら、お目付け役がいる、という話をしたつもりですが。自ら売り込んだつもりはありませんよ? 他に適任者がいないなら、考えてはみますが」

「うむ、うむ。ならばよい。一応、聞いておかねばならんと思ってな」

 

 王妃様は、私の報告を聞き終えると、いきなりたしなめるように言ってきた。私の答えに満足したのか、何度もうなずいてくれるんだけどナニコレ。

 そんな不安を持たれるような仕草をしたつもりはないつもりだが、王妃様には王妃様の懸念があるということかな?

 

「ホーストからの工作については、以上です。私以外にも、情報は集まっているはず。専門職と分析の時間が必要でしょうから、私はもう下がりましょうか?」

「なぜ下がる必要がある? おぬしはわらわの個人的な相談役じゃ。そうそう簡単に、厄介事から逃れられると思うなよ」

 

 報告内容自体は、書類にして提出しているから、本来ならばこんな機会は必要ないはずなのに。どうしても、直接会って意見を聞きたいらしく、私はこうして王妃様の前にいる。

 相談役、などという口実を設けて話を続けようとする辺り、初めから私を図るつもりだったのは明らかだった。

 

「まずは、これじゃ。相談の前提として、情報がなくては始まるまい」

 

 そして、王妃様は目の前に書類の束をぶん投げて、とりあえず目を通してみよ、と軽く言う。

 内容を見れば、それは先の宴で得た情報を、詳細にまとめている。私が報告した、ホースト関係の情報についても、いくらか触れられていた。

 

「拝見いたします。……しかし、相談役と言う役職を頂くなどと、そうした辞令は受け取っておりませんが?」

 

 ここまでの無茶ぶりをされれば、雑な対応も許されるというもの。書類に目を通しながら、王妃様にそう答えた。

 書類を読み進めるほど、状況が入り組んでいることを理解する。ホーストだけでなく、ヘツライが関与しているのも真実。それに便乗する形で、西方各国の商人たちも、東方に乗り込む準備をしているという。

 

 各国王家からの支援も、この分では現実的であるらしい。二流の貴族、落ち目の騎士まで、それに類する噂は行きわたっていたとのこと。

 さらに上の階級においては、ゼニアルゼへの対抗心から、自ら交易に乗り出したい意欲にあふれている――とまで記述されていた。

 いくらかの願望と言うか、虚構が混じっていることは確かだろうが、だからといって、誰も何も行動しないという結果にはなるまい。今後、何かしらの動きがあるのは確実と見ていいだろう。

 

「いや、なに。王家相談役というものは、肩書だけで具体的な権限があるわけではないし、わらわの一存でいかようにも処理できる部分でな。――要するに、わらわがそうと決めたなら、書類など用意せずとも即座に押し付けられるのよ」

 

 私が思考を回しつつ書類に集中している間に、王妃様はそんなことを言ってくださる。

 こうして、あの子にできぬことを、わらわがやっていると思うと愉快じゃな――なんて。王妃様はそれでいいんでしょうが、こちらの感情にも配慮してほしいと言いますか。

 

「……書類は、あらかた拝見しました」

「それはまた随分早いな」

「おおよそ、予想の範疇のことばかり書かれておりましたので、ほぼ流し読みで済みましたから。――状況は、楽観を許してくれないようですね」

「楽観的な見解など、最初から求めてはおらぬ。おぬしが独自に持っている価値観、思想をもって、現状を分析して見せよ。わらわは、まったく新しい視点からの意見を求めておる。……おぬしならば、それができると信じておるよ」

 

 王妃様は、ここでもシルビア妃殿下と似たようなことを言った。親子は似るものなのだと、嫌でも理解する。諦めに近い境地で、私は現状を受け入れざるを得なかった。

 思いもかけない形だったが、判断に必要な情報は得られた。感じていた危機感は正しいもので、もう一段階、警戒を引き上げる必要がある。

 

 傍観はもはや許されないと、ようやく確信が持てた。

 地球の歴史を知る身としては、東方と西方の衝突を前にして、無為であることの愚かしさを知っている。押し付けられたとはいえ、相談役としての責任を果たさねばなるまい。

 

「左様でございますか。王妃様がお望みとあらば、是非もございません。……しかし、期待に応えられるかどうか、不安ですね」

「難しく考えるな。相談役と言うものは、何事にも一歩引いて、冷静な意見を言えるから価値があるのじゃ。……ここでわらわに気兼ねして、言葉を濁すようでは意味がないぞ」

「つまり、私が何を言っても、相談に応えた形になるのですね。ぶしつけな言い方でも、不敬であると咎められない、と思ってよろしいでしょうか」

「――もちろん、わらわに限ったことではあるがな。夫である王の前では、まだ明け透けな言葉を口にしてくれるなよ。それさえ守ってくれれば、おぬしの発言権は保証しよう」

 

 口先だけで不安を口にして、王妃様から言質を得ておく。些細だが、これも必要なことだ。王族に影響を与えられる、貴重な立場を、ここでは活用していこう。

 もはや、これも運命だと割り切るべきだった。気を見て敏に動く、それが許される立場に、私はあるのだから。

 

「拝命した以上は、真剣にやります。――相談がお望みなら、さっそく始めましょう。もう、四の五の言っていられる状況ではないと、私は判断しておりますので」

 

 すっかり目を通した書類をよけて、真剣な面持ちで王妃様と向かい合う。

 実際、個人的にも助言しておきたいことはあった。役職を授けてくれたのであれば、むしろ活用すべし。

 そう覚悟して言ってつもりだが、王妃様は面白げに表情を緩ませている。そんなに愉快な顔をしたつもりはないのだが、このお方にとって、今の私の態度は楽しく映るらしい。

 

「良い顔になったな。そうでなくては、面白くない。――で、ホーストの連中が言い出した出資の件についてじゃが。わらわが宣伝してやることで、こちらが得られるメリットが不明瞭に過ぎる。自国の商人の保護が大事なのはわかるが、どれだけの富をこっちに引っ張ってこれるか? ここがしっかりとわからない限り、王家の方から直接支援するというのも、ちと躊躇いたくなるのう」

 

 そもそも、よそ者の縄張りに、自国民を無思慮に送り出すことはしたくない。

 まして、自ら関わって責任を負うことも、よほどのことがなければ避けたい――と言われれば、私も強く勧めるのは難しい。

 もっとも、それは情報を得る前であったなら、の話。今の自分であれば、言葉巧みに誘導できるという、悲しい自身が私にはあった。

 

「そのお言葉が出るということは、出資する商人を保護するつもりは、確かにあるのですね? 商人たちの利害を考慮した発言と、そう捉えて良いものでしょうか?」

 

 まずは、一段階置く。些事に見える事柄を前に出して、相手の言葉を引き出しておくことは大事だ。

 それがひいては、最終的な納得に通じる。理論より感情を優先するのが人の性であり、感情さえ満足させれば理論が通るものだと、私にはわかっていた。

 

「おぬしの言う通り、おおよそはそう解釈して良いぞ。――わらわは軍事的にはシルビアに敵わぬが、それ以外の分野の見識で、負けた覚えはないのでな。商業の保護が不要であるなどと、馬鹿なことは言わぬさ」

「王妃様をシルビア妃殿下と比べて、劣るという評価を与える手合いは馬鹿です。そんな相手は、無視してもよろしいでしょう」

 

 本心だった。王妃様を下位互換の置物だなんて考えて侮る手合いは、小人物と言って良い。

 このお方は、本気で今の政治と向かい合っている。王妃と言う地位にあり、行政に直接かかわって、実働戦力に影響を与えられる時点で、敬われるべきなのだ。

 私はそれをわきまえて、話をしている。なればこそ、歴史が動く瞬間を、こうして実感できるのだった。

 

「真面目な話、他所に富を無駄につぎ込んで、国内の経済が悪化するようでは困る。クロノワークは国力を増強する方向へ舵を切っていて、ここからが重要な時期なのでな。商人たちを無謀な投資に誘う話なら、遠慮したい。――そもそもの話、ノリと勢いで突っ走るには、あまりに重い話ではないか? 躊躇って当然であろう」

「王妃様の懸念は理解できます。ただ、商人たちもリスクは理解したうえで挑戦するのだと、その意気だけは買ってあげてください」

 

 出資と言えば軽く済むような気がするが、今の時代の合資会社は、基本的に『無限責任』だったりする。

 出資者は経営に関わり、その責任を負わねばならない。東方で起業した後、もし多額の負債を抱えて会社がつぶれれば、出資者は個人的な財産をもって弁償する義務が生じるのだ。

 ――もっとも、責任に見合った仕事も割り振られるわけで、成功した時の見返りは大きい。

 今ならば、大きな責任を負う代償に、クロノワーク商人は東方への交易に食い込む権利を得られるというわけ。

 

 人によっては、魅力的に映る案件だろう。だからこそ、悩ましいともいえる。

 この一件で食い込める交易路は、ゼニアルゼが主導する道と重なることもあろうが、基本的には外れた方向を目指すことになるだろう。

 新天地に橋頭保を築く以上、ゼニアルゼという縛りから逃れたくなるのが商人の性と言うもの。

 ゼニアルゼの関税を避けて、独自ルートを打ち立てられるなら、それに越したことはない。成功すれば――の話だが、夢のある話ではある。

 現実として開拓の余地がある以上、参加したいと思う者はそこそこいるはずだ。

 

 自らの才能を過信して、失敗した時のリスクを度外視する。その手の『出来る馬鹿』がクロノワークの富を持ち出す可能性。そして国内の富を持ち出すだけ持ち出して、現地で散華する可能性を、王妃様は見ているのだろう。

 私も、それは否定しない。当たればデカいが、しくじった時の傷も大きい。なればこそ、やるからには半端は駄目だと伝えたいんだ。

 

「私も、王妃様の判断は一面では正しいと考えます。ですが、こちらの思惑に関わらず、商人たちは独自に動いて、勝手に東方へと進出するでしょう。――ですから、最初期からこちらで調整を入れ、首輪をつけておくのも一手ではないでしょうか?」

 

 一面では正しい、と王妃様の言い分を認めつつも、無策で良い訳はないと指摘する。王妃様も、これには苛立ちを含めた口調で応えてきた。

 

「一理は認める。おぬしの判断にケチを付けるわけではないが――だからこそ、わらわはおぬしに自ら主導する気があるのかどうか、まずそれを聞いたのじゃな。……しかし、おぬしは己が唯一の適任者である、という自覚がないらしい。では先ほどまでの発言は、どこまで本気にしたらいいのか? ここでもやはり、躊躇うべき理由ができてしまうわ」

 

 薦めるならば、薦めるだけの準備をするべきだと、王妃様は指摘する。わかってはいたことだが、甘い相手ではなかった。適当な言葉を吹いただけでは、危機感の共有など無理な話である。

 ここは少しづつ、詰めていくとしよう。

 

「ここで、積極的に自らを売り込むほうが、うさん臭く聞こえるでしょう? 私が適任かどうかは、また後で考えればいいことです」

「おぬしは、目の届かぬところで荒稼ぎをするような馬鹿でもあるまい。それもあって、適任だと思うのじゃがな」

 

 東方に派遣された後で、ホースト連中に丸め込まれては元も子もない。金や地位で釣り上げられて、一緒になって蓄財するような奴は不適格だ。

 だから、クロノワークへの帰属意識が強い人間を選ぶ必要がある、というのは確かだ。その中に私も含まれていると言えば、否定できない。

 

「……とりあえず、相手の本気の度合いと、東方国家の反応次第では、短期的な影響はあまりないでしょう。ホーストからの誘いは無視しても、すぐには問題は現れないはず。――しかし、あちらで他国に拠点を作られると、わが国の交易にまで支障が出てくる可能性があります。それを干渉しないまま放置するというのは、やはり考え物であるかと」

「支障とは何か? 次いで、ゼニアルゼの損は、必ずしもクロノワークの損に直結しない――という部分も考えて答えてみよ」

 

 お互いの間に隔絶した経済格差があったとしても、クロノワークとゼニアルゼは、対等の同盟国という体面がある。

 なればこそ、あちらの都合に完全に合わせて、媚びるような態度はとりたくないはずだ。王妃様とシルビア氏殿下との間に、何かしらの密約があるかもしれないが、それはそれとして自らの権利を主張したいのだろう。

 

「では、ゼニアルゼとクロノワークの立場に違いも交えて、お答えしていきましょう」

「うむうむ、それでこそ相談役に据えた甲斐があったものよ。体を張るばかりが貢献ではない。言葉を用いることが最善につながることも、またある。国家同士の約束事がその典型例であるし、商売においても契約は重要である。――おぬしなりに、本気で説いてみよ。わらわの気が変わるかもしれんぞ?」

 

 なんか最近、こんな感じの話ばっかりしてんな私――なんて自嘲しつつも、頭の中で素早く理論を組み立てる。

 命がけで戦う場が戦場と言うならば、いまもまた戦場にいることに変わりはない。王妃様の認識如何で、多くの人々の運命が変わりかねない。

 少しでもいい未来を目指すならば、まさにいまこそ奮起べきだった。

 自分で背負うと決めた、彼女たちの為と思えば、それくらいはなんとでもなった。

 

「まず、他国の商人たちが商業的な理由で東方に進出する。この結果、ゼニアルゼのそれとは競合する形になるので、シルビア妃殿下にとって、彼らは潜在的な商売敵になります」

「うん? いや、必ずしもそうはならんだろう? 国籍に関わらず、商人たちはその多くがゼニアルゼが整備した道を通る。そこで関税を落とすのだから、むしろ積極的に交易に励んでもらう意味でも、敵と言うより同盟者と言う方が近いではないか」

 

 あるいは関税を落とさずとも、交易の活性化そのものが、西方に経済的活力を呼び込み、消費を拡大を促すだろう。

 あらゆる需要が拡大していけば、ゼニアルゼもそれを利用して利益を確保するはずだ。一概に敵味方とは言えない、と王妃様が言うなら、確かにそれは間違いではない。

 だが、それはお互いに永遠に友であることを保証しないし、喧嘩別れする可能性は常にあるのだと私は言いたかった。

 

「一面ではそうです。しかし、国の思惑と一個人、あるいは一企業の思惑は、一致するとは限りません。何より、他国者ほどシルビア妃殿下の才覚を恐れ、警戒する。……今回の件も、大方は妃殿下の影響力を受けたくない他国の連中が、独自の路線を模索して動いているのでしょう。その執念を甘く見てはなりません」

 

 議会制民主主義が主流の世ではなく、王政国家が標準の時代だ。上に政策あれば下に対策あり――とばかりに、個人は個人の利益を追求する。

 社会保障が未成熟な社会では、そうしたところで責められない。自国を出て、他国で出稼ぎをしているような感覚で、他国人を食い物にするのも個人の勝手だろう。

 しかし、そのやらかしが度を越せば、確実に国家が責任を追及される。管理責任を問われ、外交的な失点を負うことになるのは、いつの時代でも個人ではなく国家なのだと私は知っている。

 

 中国は、21世紀になってもアヘン戦争のトラウマを乗り越えられていない。

 コロンブスから始まった、ネイティブ・アメリカンと白人種との確執は、これからも解決されないまま続くだろう。

 例を出せばキリがないが、私が知っている現実に対して、ここで何かしらの影響を与えられるならば、行動せずにはいられない。

 私は、この世界で幸せになりすぎた。せめて、こうして世界に還元せねば、後ろめたくて仕方ないではないか――。

 

「シルビアの才覚が鋭すぎ、自分本位に過ぎるということは、否定せぬ。おぬしはそこが問題だ、とでも言いたげだな? で、一致しないとなれば、どんな不具合が出る?」

 

 頭を切り替える。物思いに浸る暇はないぞ、現実に対処せよと、己を叱咤して口を開く。

 

「第一に戦争の危険性。今回の件を別にしても――ゼニアルゼの商人たちが、東方に出向いて事業を立ち上げる日がやってくる。商業の発展が国是となる、かの国においては、交易の分野で他国に後れを取りたくはないはず。――ホーストやヘツライあたりが先に進出していたら、どうしても利害が衝突し、いずれ物騒な事件が勃発することが予想できます。国家同士が対立を望まなくとも、商人たちが利益を分け合えるかどうかは、別の話ですから」

 

 国の外に出たら、商人と賊の違いなど、一目で見分けることも出来ぬ。権力の目が行き届く範囲ならともかく、そうでない場所であれば、商売敵を殴り殺すこともままあるのだった。

 オランダとイギリスは、17世紀の近代においても、交易問題で殺し合いをしていたのだから。こちらでの商人たちにも、過剰な倫理観を期待するだけ無駄だろう。

 

「……つまり、ゼニアルゼ商人と他国の商人が、他国で殴り合って、深刻な武力衝突が起こると? 結果として、国家間の緊張が増し、戦争に至るとまで考える訳か」

「その他国の商人の中に、クロノワーク人が一人でもいれば、話し合いの余地が生まれるかもしれない。――個人と国家は別物ですが、完全に無視できる者ばかりではありません。場合によっては、争いを避ける切り札となりえます」

 

 何より、クロノワーク人は屈強な者が多い。国家のお題目より、目の前の暴力の方が商人たちには効果的だろう。

 武力的な意味での抑止力。その結論に至れば、王妃様も理解を示した様子で、肯定的に応えてくれた。

 

「ふむ。東方への進出は、クロノワークが発言力を持つ理由付けになるか。……まず一つ、こちらが干渉すべき理由ができたな。ならば、もしクロノワークが介入できず、話し合いの余地がなかったら、どうなる?」

「先ほど言ったとおり、戦争になるまで殴り合う危険は残ります。もう少し語るなら、そうですね。物騒な事件――言葉を飾らずに言えば、略奪と殺戮。これが勃発することもありえます」

「それは怖いな。放置すると大変なことになりかねん。……とはいえ、まだ説得に至るほど納得してはおらぬぞ。話を続けよ」

 

 心なしか、口調が楽し気に聞こえた。王妃様の、期待の視線に応えねばならない。

 このお方は、シルビア妃殿下とはまた違った傑物なのだろう。新しいものを認めて、新たな価値観を理解しようとする。

 王妃様の柔軟さは、確かにその子にまで受け継がれているのだ。

 

「具体的には、利害的な対立から、お粗末な証拠をでっちあげ――それを口実にお互いを殴り合う。そうして出た損失を巡って、商人たちの対立から国家的な問題まで至る恐れがある、というわけですね」

「ああ、どこまで本気で入れ込むことになるか、被害と現地の反応次第では読めなくなるな。……『恐れ』だけなら確かにある、か」

 

 いまいましい、とばかりに王妃様は唇を軽くゆがめて見せる。今は想像上の案件にすぎないが、ありありと思い浮かべられるくらいには、説得力を感じてくれたらしい。ならば、後は畳みかけるだけのことだ。

 

「はい。戦場が西方になるか東方になるか、そこまではわかりませんが――。あちらでの利害調整が、よほど上手にやれなければ、国家規模の殴り合いに行きつくと予想は出来ます。だから『東方会社』がそこまで肥大化して、問題を起こさぬうちに、こちらで首輪をつけた方が無難ではないかと思うのですね」

 

 東方で起業した連中については、面倒だから『東方会社』とひとくくりにまとめてしまおうか。勝手に命名して申し訳ないが、話を進めるにはそちらの方が面倒がないんで、お許し願いたい。

 

「東方会社、か。面白みのない社名じゃが、まあ暫定的に、そう定義しようか。ホーストやらヘツライやら、その他有象無象をまとめて表す言葉としては、それくらいで上等じゃろうて」

 

 ――さて、タラシー相手に多少語ったが、東方会社は自らを守るために武力を保持せねばならぬ。

 殴ったり殴られたりすることが初めから想定されているなら、ここは手を抜けない。そして交易を守るのに武力を用いるならば、政治に食い込むまでさほどの時間はかかるまいと思う。

 

「では第二の問題。殴り合いが始まるか否かに関わらず、西方と東方の交易を差配し、物流を掌握し、武力まで保持する集団が現れれば、現地勢力との関係が問題になってきます。あちらからすり寄ってくるか、自ら接触する形になるか。いずれにせよ、税金以上のことを求められたり、求めたりすることになりかねません」

 

 しばしば、物流と言うものは政治にかかわることであるから、武力をもってそれを守護する企業は、地方勢力と深く結びつくことになるはずだ。なにしろ、為政者は民と兵を食わせねばならぬゆえ。

 そして、結びついてえらいことになる、というパターンも想定しておくべきだった。

 

「税金以上? 東方会社の傭兵を借り上げて、戦争でもやらかすとでも言うのか? ……そこまで短絡的でなくとも、上手に利用してやろうという輩がわいてくると?」

 

 王妃様の声には疑いの色があったが、それはどちらかといえば、信じたくない――という願望によるものであったろう。

 実績とか証拠とか、そういったものがない以上、ただの妄想と言われればそれまでである。

 しかし、人が時として驚くほど馬鹿になる――という実例も、私達は知っているのだ。

 

「東方の政治情勢については、まだ一定の均衡を保っている様子ではありますが、火種はどこにも転がっているもの。きっかけさえあれば、すぐに発火する。……我々とて、それはソクオチで実感したばかりではないですか。そして切羽詰まった馬鹿は、どんな愚かな手にも縋り付くのです」

「――火種については他人ごとではないにしても、それは流石に馬鹿らしい話じゃぞ。国家の軍隊ならばともかく、一企業の私兵を戦争に用いたところで、真面目に戦ってくれるはずがあるまいに」

 

 王妃様の言葉は正論だった。他国人の傭兵が、死ぬまで善戦してくれる可能性など、考慮する方が馬鹿だと言える。

 ただ、政治的に馬鹿をやらかす手合いは、そうした道理さえ理解できなくなっている。だから、場合によっては東方会社などと言う、部外者にさえ頼りかねない。おそらくは、後先も考えずに。

 

「結果が成功であれ失敗であれ、打診された時点で東方会社は東方の勢力争いに無縁ではいられない。敗北して叩き出されるとか、不利な条件を飲まされるとか。それくらいで済めば、まだ御の字とさえいえるでしょう」

「わかるぞ。一番の問題は、成功した時じゃな? 下手に手柄を立てて、領地など押し付けられたらどうなる。――統治せねばならぬ。役人を雇い、税金を徴収し、施政の方策や裁判の処理にまで関わることになろう」

「そちらだって、失敗すれば話は早いのです。やっぱり無理だったなってことで、現地勢力に丸投げする口実ができるのですから。半端にこなせてしまう下地があればこそ、こじれてしまうのです」

 

 なお、事務をおろそかにしたり、無能な人員を出向させるほど、西方の商人はレベルが低くはない模様。

 当たり前の話だけど、成功するつもりで進出するんだから、何事にも全力で仕事をしてくれるだろう。

 あちらさんの事情は分からないけど、相応にリソースをつぎ込むことは確実。そうなれば投資した分を回収したくなるものだから、追加での援助だって十分考えられる。

 何事もそうだが、資本を注げば注ぐほど、成功の可能性は高まる。成功したことで背負い込む問題については、この時点では目に入らない。なればこそ、余計に厄介だと私は思うのだ。

 

「そこで、第三の問題点が浮き彫りになります。東方の一地方を、一企業が直接統治することになるとしましょう。ノウハウがないから、失敗はある程度あるとしても、元々の処理能力と学習能力で、なんとか乗り切ったとします。……武力で保護され、安定した交易が行えて、統治の実績もある土地が出来上がりますね」

「国家の中の国家、と言ってもよいな、それは。軍閥と何が違うんじゃ、それ。……遠からず、東方の国家が割れる元凶になりかねんぞ」

 

 王妃様は、問題を正しく認識してくれた。ここまで話を進めたならば、私の懸念も理解してくれる。

 地球の史実における東インド会社は、一企業でありながらインドを統治することになった。

 後に時代の流れで解体される運びになったが、その勃興期から全盛期においては、一種の国家と呼んでも差し支えない程度の機能を備えていたのだ。

 こちらでも、その轍を踏む可能性があると私は見ている。もちろん、こちらの東方がインドや中国そのままというわけではあるまいが――だからといって、油断していいとは思わない。

 

「軍閥、というほど軍事的な側面が出てくるわけではないでしょうが――。あちらの政治情勢に、明確な影響を与えること、確実と見るべきです。悪い意味でもいい意味でも、放置して良いとは思いません。まかり間違えば、東方の政治勢力を操縦し、恣意的な交易が可能になってしまう。ゼニアルゼとクロノワークだけを排除して、東方交易を身内だけで独占する体制すら、整えてしまうかもしれません」

「ソクオチを排除せずに残すあたり、嫌らしいことを考えておるのう。……不和を呼び込む土壌は、どこにでも育つものじゃ。モリーも、なかなかひどい事態を想定しておるではないか」

 

 東方会社が掌握する土地にもよるが、特産品を独占して、高く売りつけるくらいは普通にするだろう。

 さらに追加して、領地内では商売敵であるゼニアルゼ商人から積み荷を略奪しても、証拠隠滅が容易くなる環境が整ってしまう。

 ここまでがっちり権力を固められたら、いかなる無法もまかり通る。前段階とは比較にならぬほどの影響が、ゼニアルゼとクロノワークの両国に降りかかるだろう。

 

 付け加えるなら、ここらで東方会社がソクオチだけを厚遇することで、各種外交問題をソクオチに擦り付けることすら可能かもしれぬ。

 事実かどうかに関わりなく――何かしらの裏取引があったことをほのめかせば、三国同盟の維持にも支障が出よう。

 

「ここまで語れば、他人ごとではないのだという、私の主張。――お分かりいただけましたか?」

「うむ。これ以上ないほどに理解したとも。さて、そこまで言い切った以上、具体的な対策も考えておるのじゃろう? ……こちらが武官を派遣したところで、漠然とした指示では有効に動けるとは思えぬ。いかに動かし、いかに活用する? おぬしの意見を聞かせろよ」

 

 ここからが肝心だった。問題を認識しても、的確な処置を施せないなら、対応はどうしても後手に回る。

 損害が出るばかりで改善が見込めないとなれば、初めから手を出すことも躊躇いたくなるだろう。この王妃様の不安をぬぐって差し上げるため、私には答える義務があった。

 

「まず、武官を派遣する意義については、ここまで語ればわかっていただけると思います」

「正式な役職を持った、武力的な抑止力を東方会社に置くことができる。――最初期から協力的に動いておけば、あちらにもクロノワークの利益に対して配慮を求められよう。参加するクロノワーク商人の保護、交易の優遇、色々じゃ」

 

 必要性については理解したと、王妃様は言う。なにより、クロノワークの武官を東方会社の要職に推せることが重要だった。

 

「王妃様のおっしゃる通り、抑止力と言う意味でも、利益を確保するための意味合いでも、わが国から武官を派遣する意義は大きい。――自慢するわけではありませんが、クロノワークの騎士の水準は、西方一と言っても過言ではないでしょう。それを提供するのですから、見返りを頂く理由としては、充分だと考えます」

「東方会社の影響力が強くなる場合も考えるなら、最初から捻じ込んでおいて、クロノワークの影響力を確保しておくべき。――モリーの意見はわかった。考慮に値するとも認めよう。じゃが武官を向かわせて、それで安泰とも思えぬよな」

 

 それはそれとして、まだ一手くらいは追加の策が欲しい、と王妃様は思わせぶりな発言をした。私から視線を外し、思案するように顎に手を当てて、口を閉ざす。

 私からの発言を待っているのだと、すぐに理解した。そして、何を求められているのかも、わかっているつもりで言う。

 

「ここで、東方会社の後ろ盾になっているであろう、ホーストやらヘツライやらの国家に対し、謀略を仕掛けます。狙いとしては、興味を東方から足元の火種に向けさせること。連中から余裕を奪い、東方へ割くリソースを減らさせることが目的です。――それには、厄介事が東方からやってくる形にするのが、一番いい。そして幸いなことに、私には東方の商人の知り合いがおります」

「ああ、公式補給商に任命した、あやつじゃな。しかし、今はそちらの仕事で忙しいはずではないか? こちらを手伝う余力があるものかな?」

「それほど大きな仕事を頼むわけではないです。ただ、東方にいる知り合いに向かって、情報を流していただきます。――なるべく正確に、こちらで選定した情報を大々的に宣伝してもらうのですね」

「謀略の一環として、情報を商材にするわけか。で、内容については?」

 

 一国の謀略に、己は手を染めようとしている。それを自覚しつつ、私は口を開いた。

 あるいは、これは私が無辜の民を犠牲にする手段を、ついに許容したことを意味するのか?

 

「東方の住民たちに、西方には働き口がある――という話を流布させます。これまた、いずれ不可避の出来事ではあるのですが、こちらで調整できるものなら、できるだけやっておきたいというのが本音。……そして、働き口にはどこがよいか。具体的に示しておいた方がよろしいでしょう」

「で、そこにホーストやらヘツライやらを勧めると。ふーむ」

「はい。ご不満ですか?」

「さてな。おそらく、あちらにとっては嫌な手なのじゃろう。謀略と言えば謀略に違いはあるまいが、何ともな」

 

 王妃様は理解されなかったが、それでいいと思う。むしろ、わからないほうが正常なのだ。

 私自身、非道なことを口にしている、という自覚はあった。結果的に、経済的にも人道的にも、どれほどの惨禍を呼び起こすことになることか。

 震えそうになるほど、ひどいことを口にしようとしている。わかっていながらも、言葉は止めない。

 己が直言出来る立場にあり、被害を最小限に抑えられる手立てがあるならば、それを行わないわけにはいかないのだ。

 今、この現状を呼び水にして、制御可能な範囲に落とし込めれば、最終的な被害は相当数抑え込める。そのためならば、一時の悪評くらいは飲み込むべきだと私は思うのだ。

 

「どんな画期的な内容が出てくるかと思えば。……存外、随分地味な話をするのじゃな。それで人が来るものか? 百人千人程度では意味がないのだぞ」

「では、一万以上であれば意味があるとおっしゃられる? ならば、心配いらないと申し上げましょう。――ミンロンの調べでは、東方の人口は西方を圧倒するとのこと。一万人くらいの移民ならば、数年とたたずに達成されるはずです」

 

 何分、情報の裏付けが取れていないから、ここで断言したところで完全な納得は得られまいと思う。

 しかし、東方に中国らしい国があるということを、ミンロン女史の存在から私は確信している。ならば、出稼ぎ労働者が嫌と言うほど湧いて出てくるだろうことも、確実と私は見ていた。

 

「数年かけて、万単位の人民が東方から西方に移住する。それだけ聞くなら、たいそうな一大計画よな。……それを、雑な噂話から始めるのか。わらわとしては、今少しの計画性を求めたいところよ。働き口の世話をするにしても、こちらで主導してやる義理がどこにある?」

「はい、義理と利益の話をしましょう。そして、今後の計画についても。この案について、いまだ考え尽くせる所まで、詰めることがまだできていませんが――。無駄な時間を過ごさせる結果には、ならないと思っておりますよ」

 

 東方との衝突自体は、以前から予測できていたことだ。前々からちょっと考えていたことと、この場で即興で思いついたこと。それをまとめて、今口にしている。

 時間が足りていないから、つたない所はお許しくださいね。

 

「そう願う。――で、東方移民の処遇をいかにする? わらわは、西方が荒れることを好まぬ。我が国はもちろん、ソクオチであれゼニアルゼであれ、そこは同じよ」

 

 何より、シルビア妃殿下が不幸になる事態までは望まない、というのもなんとなく理解しているつもりだ。

 だから、ある程度はこちらで制御する必要がある。

 

「東方に武官を派遣にする意義が、ここで出てきます。――まずゼニアルゼとソクオチ、クロノワークへの移民に関しては、派遣武官に直々に判断させます。正規の手続きを経た者を正規の移民として扱い、それ以外は不法移民として処分する体制を整えましょう。可能な限り、特殊技能、もしくは気性的に問題のないものだけを受け入れる形にしたいですね」

 

 つまり、きちんと人物を見て採用を決められるくらい、教養とか判断力とか、現場で必要とされる能力を持ってなければならない。

 派遣する武官も、選別して適切な者を選ばねばならないが、そこは王妃様にも一人二人の心当たりくらいはあるだろう。

 

「そして有象無象の移民どもは、他国に流れ込んで、連中の悩みの種となる――と。なんとも都合のいいことを言う。誰でも棄民を受け入れるよりは、使える人材を呼び寄せたいと願うものよ。……第一、そんな優秀な人間は数が少ない。取り合いになって、外交的なしこりを残すのは避けたいものじゃな」

「なので、そこは最初の契約で縛りたいですね。【王妃様が宣伝する対価として、移民選別の優先権を得ること】を確約していただきます。……交渉役の話術次第ですが、あちらもあちらで一枚岩ではないはずだし、こちらの協力は必要でしょう。流れ次第では、充分見込めると思いますよ」

 

 確約をもらえるという前提自体、希望的観測よな――と王妃様は突っ込んだ。確かに相手に拒否される可能性もある。

 しかし、それならそれで一時的に手を引けばよいこと。事態の趨勢を見守るほかなくなるが、どうせいずれ口実は出来ると私は思うのだ。

 何かしらの事件が起こった際に、クロノワークの武力を派遣する。その恩を押し付ける形で、改めて干渉する余地を作ればいい。そこまで説けば、王妃様は飲み込んでくれた。

 

「よかろう。それで、ほどほどの数の移民を選別して受け入れたとしよう。受け入れた者に適切な仕事を与えられたとしよう。――こちらの利益を確保したとして、他国はどうなる。ゼニアルゼの人選にまでは、流石に踏み込めまい。労働力を確保するつもりが、暴徒の群れを受け入れる形になるかもしれんだろう? シルビアが下手を打つとは限らぬが、万が一があるのではないか」

「暴徒として入り込むものなど、一人もいませんよ。犯罪者が移民になることはありますが、労働力としてやってくるのが普通です」

「多量に押しかけてきた労働力など、奴隷扱いされて当然であろうが! 反発からの治安悪化は、さんざん議論されてきたところよ。――おぬしはそれに対し、無策であろうというのか?」

 

 感情的に口調で問い詰めてくるあたり、母親らしく心配しているのも、確かであろう。

 これを解消して差し上げるのも、臣下の務めと言うもの。言葉を重ねることで、王妃様の期待に応える。

 

「言っては何ですが、現状、働き口ならいくらでも作れる環境が整っています。戦乱が収まって、平和の時期の到来をシルビア妃殿下は見越しておられる。――あの方は、砂糖栽培の事業を進めているとも聞きました。単純労働の人員は、まだまだ必要になることでしょう。暴徒であれ犯罪者であれ、短期的には労働力として使えます」

「将来的にはともかく、現時点ではシルビアへの追い風になるか。しかし、長期的にはどうなる?」

「長期的な対策については、時間さえあれば妃殿下が適当にやってくださるでしょう。産休のことを考慮に入れても、余裕はあります。あの方ならば、十分に対応できると信じるべきでは?」

「盲目的な信頼に、意味などない。おぬしの方から助言したり、行動する余地があるというなら、信じられるのじゃがな。――その辺り、どう考えておる?」

 

 半端な回答は許さぬ、とばかりに王妃様は攻めてくる。これに答える用意も、私にはあった。

 

「移民対策について、王妃様から直接思うところを伝えておけばよろしいかと。今まで私が話したような懸念を伝えれば、それで十分です。――さすれば、妃殿下は多くの移民を自国だけで抱えず、他国に分散させるようにしむけるでしょう。ゼニアルゼの外交努力次第ですが、それなりに効果はあると思います。シルビア妃殿下も、王妃様が相手なら、それだけで恩に着てくださいますよ」

 

 後のことはどうとでもなるだろうって思うから、言い方があいまいになるのはご寛恕いただきたい。

 シルビア妃殿下がこの程度でどうにかなるようなら、はるか以前に破綻している。過剰な心配は、あの方への侮辱に等しいとすら思う。

 そんな感想が出るあたり、王妃様より私の方がよほどシルビア妃殿下を高く評価している。そんなことを、今更のように自覚した。

 

「それで、済むか? 人の海は、制御が効くものではあるまい。わらわたちが移民の後押しをして、一時期だけでも西方の秩序が乱れるとなれば、責任は重大であるぞ。……収拾するための策があったとしても、自覚してその発端を作るなど、ぞっとする話ではないか」

 

 とはいえ、言うは易く行うは難し、である。強制的な移住や誘導は、反感を伴う。思ったような待遇を受けられないとなると、東方からの移民は結託して色々とやらかしにかかるかもしれない。

 最初の内はどうにかやりくりできても、やはり長期的には衝突は免れない。王妃様が重ねて言うものだから、シルビア妃殿下がしくじる可能性も、まったくないとは言い切れなかった。

 

「……確実なことは何も言えません。しかし、くどいようですが、東方からの人口流入は、いずれ必ず起こること。これを今呼び込むことで、後世へ対応を押し付けずに済む、という利点は確かにあります」

「――わらわとシルビアが健在であるうちに、問題を解決しておこうというわけか」

「はい。シルビア妃殿下の、直系の子供に、問題を残さない。そこまでは無理だとしても、軽減させる努力を尽くすには、今のこのタイミングしかないと思うのです」

 

 仮の話ではあるが、私が関わらず、王妃様も東方会社を無視したとしても、やはり彼らは彼らで動き出す。

 そして、連中は絶対に奴隷に近い契約条件で、東方の労働力を買い上げるのだ。交易が広く行われることで、東方の特産品の需要は跳ね上がることはまず間違いない。

 

 農産物、鉱物、東方ならではの加工品(絹・綿製品や茶等)の増産が求められる。これを大規模なプランテーションとして構築し、経営するには数多くの人員が必要だ。

 そうなれば、苦力の類を呼び込んで、東方人と西方人の入植者が同居する環境が、遠からず実現する。

 奴隷貿易が解禁されない限り、これは確定事項と言っていい。限度はあるだろうが、労働力の供給と言う観点から見るなら、奴隷より移民を用いる方が道徳的だろう。

 

 移民は労働させるにしても、正式に雇用せねばならないし、個人的に財産を持つ権利も認められる。

 好条件が重なれば、帰化の後に結婚して、人口の増加と消費の拡大にも寄与してくれる。人口が増えれば問題も出てくるが、それは今は置こう。

 

 これに対し、奴隷は自身が飼い主の財産であり、経済活動を行う余地がなく、あらゆる自由が認められない。意欲の減少からの生産性の低さは、効率重視の人間にとっては我慢ならないレベルになる。

 要するに、長期的にはコストに見合わないのだ。そんな存在を作るくらいなら、シルビア妃殿下は黄禍くらいは飲み込む。

 ――とはいえ結果として、文化的な対立、習慣の違いからの悪感情は、どうしても避けられない。それを危惧する気持ちは、私も王妃様も変わるまい。

 

「孫に苦労を背負わせたくない、という気持ちはわらわにもある。……しかしな、どうせ問題が起こるからといって、こちらばかりが負担を背負うことはなかろう。ホーストやヘツライにいる何某かに、多くの問題を押し付けてやる手はないものか?」

「ホーストにしろヘツライにしろ、これといって傑出した人物の話は聞きません。重要な問題は、人任せにしていいものではありますまい。クロノワークならば、これを主導して解決する手段もあると思うのです。――他国から適切な距離を置いて、独自の路線を歩んでいた実績があり、ゼニアルゼとの血縁関係もある。我々がここに介入する意義は、はかり知れません」

 

 結局、我々が部外者を気取っていても、他の連中がやらかすのは時間の問題となるのだ。ならば、せめてこの機会を好機と捉えて、可能な限り自勢力の拡大を目指すのが無難であろう。

 影響力を確保していればこそ、介入する余地も生まれる。シルビア妃殿下だけではなく、王妃様もそれに参加できる態勢を構築できれば、西方と東方の衝突は、もっと穏やかなものになる。

 そう出来ると信じればこそ、私も言葉を尽くすのだ。だがここにきて、王妃様はもっと個人的な視点でこちらの策を評価したがる。

 

「シルビアは、これからが大事な時期なのだぞ。身重の身で、あれは充分に働いた。――少しの間、休養が許されても良いじゃろう。わらわ達の努力で、どうにかなる範囲に収まるのじゃろうな?」

「収めます。我々が適切に対応できることが前提ですが、今ならば王妃様と私達が全力で動ける。これは、明確なアドバンテージであると考えます。……大丈夫ですよ。クロノワーク騎士は、誰も彼もが傑出した武人であり、同時に高級官僚としての資質も持っています。指針が明確であるならば、下手は打ちません。どうか、我々を信じていただきたい」

 

 思えば、先日の一件が最後の外交行事であったのかもしれない。あの方のことだから、もう少し無茶を重ねようと思えばできなくはあるまいが――。

 とりあえず現状、ゼニアルゼにそこまで切羽詰まった問題はない。他国の動きが気になるのはいつものことだから、体の具合次第では、もう休養に入っていたとしても不思議はなかった。

 

「シルビアにとっても、現状はこれ以上の負担は背負えまい。とにもかくにも指示が行きわたっており、目を離せるだけの余裕があるならば、近いうちに長期休暇を取っても可笑しくはないな。……あの子も、妊娠の適齢期を過ぎておる。そう何度も子を孕めぬと思えば、大事を取るのが無難であろう」

「東方会社の一件がわかりやすいですが、その間にゼニアルゼを抑止する問題が起こること、必定でしょう。私どもが図らずとも、他国が図ります。本当の意味でシルビア妃殿下を脅威に思っているのは、我々ではなく他国の者どもでしょう。押しつけがましい形になりますが、何かしらの手段を用いて、この好機にゼニアルゼに貸しを作るべきなのです。そうして外交的優位を取って、ようやくクロノワークはゼニアルゼと対等になれましょう」

 

 ミンロン女史には、適切かつ迅速に、広範囲に情報を流してもらう。一度噂になって、第一陣が西方に着いたら、彼らには計画的な労働が待っている。そして、次にやってくる連中に備えて、耕地か工場か、あるいは漁場でも採掘場でもよい。

 とにかく行き場を用意しておかねばならない。それくらいの体制を整えておく必要があり、これにはクロノワークとゼニアルゼが共同で行う形が良いだろう。

 

「……簡単に言ってくれるが、先の策とて簡単なものではない。移民の選別作業はたやすくないし、優先権がどこまで守られるかも問題じゃ。教育の行き届いた人材は、どこでも必要とするであろうからな」

「では教育ではなく、気質の差を重視しましょう。とにかく従順な相手を選ぶようにするのです。――これに関しては、家庭ごとやってきている者を選別して受け入れるのが一番かと。妻子を抱えた夫は、多少の無理も受け入れます。その夫を抑えれば、一家を抱え込むこともたやすい」

 

 待遇は一律になるし、クロノワークは厚遇できるほど資本の余裕はないが、治安はいい。

 食うもの住む場所に困らないならば、あえて問題を起こす馬鹿などごく少数だ。一家を抱えているならば、なおさらのことだった。

 

「いささか非道であるが、道理である。相手の弱みに付け込むのは、謀略の常とう手段故な。……しかし、手加減はしてやれよ。わらわとて、あえて民を搾取したいわけではないし、シルビアの不幸を望むわけでもないのだ。その子や孫の身の上に対しては、なおさらじゃの。――次代の担い手に憎まれるようなことは、したくない。虫が良いと言えば、それまでじゃが」

「それこそ、東方に派遣する武官の采配次第、と言えるでしょう。すでに王妃様の中では、その方向で固まっていると思いますが、人選は慎重にお願いいたします。……失敗が許されないお役目でありますから、出し惜しみをするべきではないと思います」

 

 ふむふむ、と王妃様は私の意見に理解を示しつつ、意味ありげな視線を向けてくる。

 ……なんだか嫌な流れになってきたけれど、私は負けないよ。東方に行かずに済むなら、行きたくはないんだ。妻たちを連れて行くのが、大変だからね!

 

「では、まとめてみようか。東方会社に派遣する武官の条件について、一つ一つ検討していこう。――まず他国に派遣して、重役が務まるだけの能力がなくてはならぬ。周囲に侮られず、尊重され、的確な判断で他者を導く。それだけの指導力が必要ではないかな?」

「まさに。そうですね、実戦部隊の隊長並みの実力があれば申し分ないと考えます。……必要なのは地位ではなく実力なので、その点は間違えないようにしましょう」

 

 実際に隊長格を引き抜いて派遣しようとしても、希望する人なんていないだろうし。

 東方会社への出向は、実質西方世界からの追放に等しい。せめて待遇面については、相手方に相当吹っ掛けてやって、上等なものを用意してあげねばなるまい。

 そうしてようやく、希望者が集まるというものだろう。

 

「周囲を威圧するだけの武力があったとしても、使いどころを間違えてはどうにもならぬ。思いつく限りの、多くの問題や事故などにも対応できるだけの頭脳がいる。その上で、東方に対する深い理解が必要じゃな」

「そこまで多くの知識はなくとも、現地に飛んでも学習を続けられるくらいには、意欲を持ってもらいたいところですね。――違う文化圏の学問を、積極的に学ぶ姿勢がなくては、現地の知識人に軽蔑されましょう」

 

 武力的な抑止力としてはもちろんだが、調整役として色々と飛び回ることにもなりそうだから、東方への理解は深いほうが良い。

 実務にも交流にも励んでもらわねばならないから、あちらの教養くらいは身につけて、現地に溶け込む努力が必要になる。

 

「威を示すための武、協調の為の知。他国者ばかりの東方会社で立ち回るには、いずれもおろそかに出来ぬか」

「はい。何も完璧にやる必要はありませんが、周囲に味方が少ないのは確実。自分一人でも一定の成果を出せるような、柔軟性と行動力が求められます。……他の連中がやりたがらない、やろうとしても難しい課題に、自ら取り組んでいく積極性も必要ですね」

 

 西方の知識人は、東方の資源に興味はあっても、学問にまで目を向ける余裕はあるまい。

 それをこちらが身に着けることで、いち早く東方の知識階級、支配層への浸透が可能になる。

 ホーストなどから主導権を奪うためにも、東方でのクロノワークの立場を強化するためにも、派遣武官には多くのことが求められる。

 柔軟な思考と行動力はもちろんだが、環境への適応能力こそが最も肝要だ。ここまで考えると、人選はかなり限られてくるだろう。

 

 ……んん? なんか言ってて違和感を感じてきたような。王妃様の顔も、どこか緩んできている。何を笑っているのだろう。

 

「ふむ、ふむ。まったく同感じゃ。想定は色々と出来るが、この時点でも相当な人物を派遣せねばなるまいな。一会社にすぎないとはいえ、東方会社はゼニアルゼを除いた多国籍連合といってもいい集団となるじゃろう。その中で、存在感を発揮していくのは、骨の折れる仕事になるであろう」

 

 そこまでできる人物は、クロノワークにおいても貴重である――なんて王妃様は続けて言った。

 貴重な人物を放出したくない、と思っているのだろうか。そう思えばこそ、自らの負担を嘆きたくもなるのだろう。

 

「東方会社は、ただ利潤の追求だけを考えたいところであろうが、東方はそこまで単純な土地ではないらしい。それを理解しているのが、我々だけであるとしたら、大変なことではないか?」

「派遣させる人物に、何かしらの大きな実績があれば、面倒な連中を黙らせることも出来るでしょう。――諸問題を小さいうちに潰していくためには、派遣武官の権限もそれなりに確保しておかねばなりませんね」

「最初の契約では、そこまで強く出ることは出来んな。――追加の条件として、東方で単独で立ち回り、社内での権力を握りに行けるだけの才覚も必要になるのう?」

 

 なんだか順調にハードルが上がっている気がするが、実際に最善を目指したいのなら、それくらいの能力を求めたくなるのだろう。

 ――我が身を省みても、そこまでの能力はないと思う。派遣される人は大変だ。

 

「さて、モリー。わかっていると思うが」

「……私には何もわかりませんが、何をおっしゃりたいのでしょう?」

「わらわには、適任が一人しか思いつかん。諸々の才覚があり、確かな実績があって周囲を黙らせるだけの気迫も持ち合わせている。――それでいて東方への理解が深く、書物の翻訳までしている教養人が、ここに居るな?」

 

 他国者に対して、面と向かって誇れるような実績など、持っているつもりはないけれど。教養人と言えば、確かに否定できない所だった。

 

「私、ですか? 確かに知識面では、多少覚えはありますが……。それ以外の部分では、どうでしょう?」

「わらわが認めているのだ。そこは、疑問を持ってくれるなよ。――ひいき目も謙遜も抜きで、おぬし以上に適切な人選があると思うか? その頭で今一度、考えてみよ」

 

 ……よくよく考えれば、副隊長と言う立ち位置は、万が一抜けても替えが効く立場でもある。

 王妃様が私を選んだのは、そういう理由だろうか。しかし、私個人はともかく、妻たちは容易く替えが効く存在ではないと思うが――いや、むしろ都合がいいのか。

 

「私が単身赴任で、東方に行くという形には出来ません。妻たちに対する責任が、私にはあります」

「で、あろうな。メイルとクッコ・ローセ、それにザラまで東方に派遣する算段を付けねばならん。……うーむ。そう考えると、今回の件にそこまで力を入れるべきか、やはり改めて検討せねばならんな」

 

 逆に言えば、そこまでの面子がそろえば、東方会社におけるクロノワークの地位は盤石になる。

 ここまで力を入れて臨む、という態度が見せるのは、クロノワークが東方交易に本気であることの証明になる。全力で投資するという態度は、東方会社におけるクロノワークの立ち位置に、良い影響を与えてくれるだろう。

 その上、手数が増えた分だけ行動範囲も広がる。個人的にも、苦手分野をサポートしてくれるなら、出向の必要条件を満たせる自信はあった。

 

「ひとまず、わらわが直々に宣伝するくらいは、よかろう。今すぐホーストをせっついて、詳しい資料を持ってこさせるか。ついでにあちらの外交官も呼び寄せて、クロノワークが参加する条件について、詰められるだけ詰めさせよう。その際の交渉には、おぬしもわらわの傍にいてもらうぞ」

「ええと、それは相談役として、でしょうか。それとも現地に向かう武官候補として、意見を求められたりするのでしょうか?」

 

 わざわざ言わねばわからんのか、という目を王妃様はした。そうと感じ取った以上、繰り言はよろしくない。

 すでに一度開き直って、思うがままに献策した身だ。どうせなるようにしかならぬ――と、改めて覚悟を決めるべきだった。

 

「さて、いざ外交官がやってくる段になれば、真面目に話し合えるくらいには、情報もそろっていることだろう。――そして、何の権限もない使い走りが、わらわに一方的に要求を伝えに来るとは思えぬ。やってくる外交官は、相応の地位にあるとみて良いじゃろう。その時に、何かしらの答えも出しておきたいのう」

 

 情報次第で、私をどう動かすか決める。そうした意図が読める発言である。

 答えとは何か? それは東方会社への介入の度合いであり、クロノワークが本気で乗り出すべきか否か、その判断の答えであろうと予測できる。

 

「モリーよ。おぬしとその妻たちを東方にやるべきか否か、近々結論を出すべき時が来る。……可能性は低くはない、と考えておけ」 

 

 結果として、そうなる。私は固い面持ちで、王妃様の結論を受け入れるほかなかった。

 私個人の問題で済むなら、事は簡単だった。だが、今の私の身体は、自分一人だけのものではない。

 ここまで話を進めておきながら、私は自らの身勝手さを笑いたくなった。

 迷いがある、とは言わない。だが、妻たちの意思を無視しすぎているのではないか。流石に、そう思わざるを得なかった。

 

「何はともあれ、妻たちと話し合う時間を、頂きたく思います。……今は可能性だけの話ですが、相談しないわけにもいきますまい」

「よいぞ。時間なら、まだまだある。一大事業じゃ。実際に東方会社が成立し、動き出すまでに、二年から三年くらいの余裕はあろう。……その間に、やりたいことは済ませておくのじゃな」

「私が行くことを、すでに前提として考えてはいませんか? ここまで語った私が言うのもなんですが、まだ企画段階のことですよ?」

「そうじゃな。しかし、腰を据えてかかるべきだと、わらわは改めて思い直している。――おぬしを相談役にして、良かったとも思っておるよ。じゃから、せめて備えておけ」

 

 あの連中もいい歳だし、後任が育っていないわけがあるまい――と王妃様は軽い口調だった。

 それが事実だとしても、準備期間に二年から三年と言うのは、適正なのか。……特殊部隊の方はともかく、メイルさんとクッコ・ローセはどの程度のめどが立つのか。話し合うべきことは、多そうである。

 

「東方に派遣した後は、西方にも容易く帰れぬ。任期は決めておくが、年単位の仕事になることは確実であろう。……栄転らしい体裁は整えておくが、政治的には追放処分に等しい。おぬしには、オサナとエメラの後見人になってもらうのも、悪くはないと思っていたのじゃが――」

「私には、責任が重すぎます。国家を背負うお二人に対して、私などが出来るのは、教師の真似事をするくらいですよ」

「……そうか。まあ、よい。わらわはおぬしを過大評価しておるのかもしれんが、期待させるに足る実力を、おぬしは持っておるはずじゃ」

 

 いざ派遣が決まった時は、クロノワークにとっても一大事業への参加になる。周囲を説得し、納得させるために、まずはおぬしが尽力することだ――と、王妃様は付け加えた。

 ならば、使えそうな駒は確保しておきたい。物は試し、とばかりに一つ求めてみよう。

 

「では、必要な手札をそろえたいと思います。――ちょうど、使えそうなやつを確保しておりますので、その処遇をこちらに任せていただきたいですね」

「どいつのことじゃ? ある程度融通は利かせようと思うが、限度があるぞ?」

「……大したことではありません。ちょっと前、ソクオチで確保した盗賊の頭目がいたでしょう?」

「いたのう、そんな奴も。――そんなのでいいのか」

「経歴的に使えそうですし、万が一放流することになっても、東方であればこちらに損害はない。……手軽に使い潰せる駒として持ち出したいのですが、ご許可いただけますか?」

「もともと、無罪放免とはいかぬ奴ではあった。罪滅ぼしに東方で働くように言い聞かせれば、嫌とは言うまい。――せいぜい、うまく使ってやれ」

 

 私自身が最善と信じる道の為に、行動することが許されるのならば。そこまでやって、初めて責任を果たしたと言える。

 具体的にどう使うかは、向こうに行ってから考えてもいいか。多少雑に使っても、あれは裏切るまい。一対一なら、どうあがいたって負けないくらい、彼我の実力差は大きいのだから。

 

「では、そのように。……最善を尽くします」

「励めよ。――帰ってきたときには、それなりの役職を用意してやる。ある意味、そこからがおぬしの本番かもしれんな?」

「まだ、何も始まってはおりません。そんな先のことまでは、考えられませんね」

「考えたくない、の間違いであろう? しかし、許そう。おぬしには、それだけの価値がある。わらわは、そう信じておる故な」

 

 クロノワークの為に。そして、私の家の為に。西方と東方の衝突を出来る限り回避し、双方の損害を抑えること。

 ……その発端を見極め、曲がりなりにも本気で対処できるのは、私しかいない。

 その想いが杞憂であり、うぬぼれであればいい。そんな益体もないことを考えつつ、帰宅後の話し合いについて、大いに悩むのでありました――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで、嫁の皆の前で、事の経緯と私なりの分析を交えて、王妃様で語ったことの全てを話したのですね。

 その王妃様の反応も含めて、正直に語りました。その反応はと言えば、想像していたものと寸分たがうことないもので――。

 

「話はわかった。とりあえず――弁解を聞こうか」

「ザラ、これはですね。ノリと勢いが多分に入っているとはいえ、到底見逃せない時代の流れと言うものでして。……王妃様に相談役を押し付けられたこともありますし。決して、その、好き好んで西方から飛び出したいわけでは――」

 

 そういうことじゃない、とザラは私に詰め寄った。メイルさんも、クッコ・ローセも、クミン嬢すらも彼女に賛同するように、鋭い視線を向けてくる。

 

「それはわかった。お前の結論に異を唱える段階では、まだない。……冷静に考えるなら、我々は国家に仕える騎士だ。自由な発言が許されているなら、思う限りの最善の策を提案して、悪いということはない。――結果として、重大な仕事と責任を負わされるとしても、公僕としての役割に忠実であったからだと、納得することも出来る」

 

 とうとうと、理論的にザラが見解を述べている。しかし、理論だけではない。これから私は、彼女の感情を受け止めねばならないのだ。

 

「お前は私たちの夫で、この家の柱だ。――お前自身の認識はともかく置くとして、私たちの夫が、国家的に重要な任務に携わるのなら、それに誇りを持つべきなのだろう」

「……私は、王妃様に単身赴任は受け入れられない、と申し上げました」

「当然だ。今更、付き合わせるのが不憫だ、なんていうなよ? 別段、一生を東方で過ごすわけじゃないんだ。待遇は充分なものが保証されているだろうし――五年か十年か? それくらい、新天地を開拓するつもりで働いてやるさ」

 

 この流れからして、皆がついてくることに関しては、覚悟完了してるってことで良いんだろうか。とはいえ、ここから問いただす方向にもっていくにも、度胸がいる。

 

「ええと、その。――ああ、クミンさん。貴方のご意見を聞きたいですね?」

「いいんですよ、別に。貴女が養ってくれるなら、どこにでもついていきますとも。……興味がないでもないですし、あちらの方に手を伸ばすのも、ありと言えばありでしょう」

 

 クミン嬢だけ、確認を取っておきたかったから聞いたが、どうも異存はない様子。

 職場が本格的に変わるから、躊躇くらいはされるかなぁと思ったんだけど、思い切りが良い。……もしや、組織ぐるみで東方に手を伸ばそうとしていらっしゃる?

 

「じゃあ、具体的な計画を詰めるとしようか。――なあ、モリー?」

「アッハイ。……とりあえず、まだ二年か三年ばかりは時間があるみたいです。その間に後任を育てていくということで、問題ないのでは?」

「最短で二年、と見ておくとして。充分かと言えば、まあ特殊部隊長の後任くらいはどうにでもなるが。メイル、そっちはどうだ?」

 

 ここで話題がメイルさんに飛ぶ。護衛隊の方はと言えば、答えは明確に出ていた。

 

「副隊長のメナは、現時点でも私の代わりくらいは出来るでしょう。……彼女の補佐を鍛えるのに、二年という時間は充分と言っていいと思う。だから、こっちはそんなに問題ないけど――ザラ。貴女の方が難しいんじゃない? 私の方と違って、トップ二人が抜けるんだからね」

「ところがそうでもない。見込みのあるやつは二、三人いるし、こちらも私とモリーで育成すればいいのでな。モリーは雑事が多くて大変だろうが、仕事の引継ぎくらいはきちんとできるはずだ。――そうだろ?」

「……はい。まあ、私も有力な部隊員の目星くらいはつけておりますから、その辺りはどうにか」

 

 お互いに同意見で何よりだと、ザラは言い放った。どこかしら、言葉にトゲがあるのはなぜだろう。

 ――なんて、わからないふりをするのも良くないとわかってはいるけれど。明確に態度に見せる前に、今度はクッコ・ローセが言う。

 

「私の方も、前々から教官の代わりを探していてな。候補は何人も見つけている。経験を積ませつつ監督していけば、二年ほどで一人前に仕上がるだろうよ」

「教官は仕事が早いですね。いつから探してたんです?」

「モリーに求婚したりされたりすることを、覚悟してからかな? だから、私の方は若干余裕がある。時間は短縮できないが、仕事量はそこまでではないからな」

「じゃあ、こっちを手伝ってくださいよ。新兵の中から護衛隊に入れる隊員が増えれば、色々とはかどりますから」

 

 メイルさんとクッコ・ローセは、お互いに支援し合うことで合意したらしい。となれば、後に残る問題はほぼなくなると考えていいだろう。

 誰も彼もが、基本的に出来ないことは出来ない、とはっきり言うタイプだ。こうやって検討し合う余裕がある以上、現実的に可能なことをするのだ、という意欲も垣間見える。

 

「全員の意思確認は出来たな? ……躊躇う余地は消えたと思うが、どうだ?」

「――どうだ、と言われましても」

「お前は、お前がやりたいと思うことを追及していい。それが最善だと思うなら、私たちはそれを信じよう。これはただそれだけの、単純な話だよ」

 

 信頼が、信頼が重い。彼女たちの想いに応えられているだけの自信が、私にはないだけに――。

 余計、責任の重さを感じてしまう。個人的な我がままに付き合わせてしまうことが、とても申し訳なくて。でも、今更彼女たちを放り出すほど、薄情にもなれなかった。

 

「……妻を都合のいい女扱いするのは、個人的に忸怩たる想いがあります」

「私達だって、お前を都合のいい夫として扱ってる部分もあるしな。そこはお互い様だろう。――これからも、こうやって語らいながら、人生の岐路を決めていくことになる。モリー、これが我が家の作法と思って、早々に慣れておけよ」

 

 私はここで、何か言うべきだろうか。そんな疑問が浮かんだが、苦笑して受け入れることにした。

 

「これでは、一方的に甘えてしまいますよ。……苦労を掛けます。私にできることがあったら、何でも言ってください」

「楽をするなよ。『何でも言って』とか抜かして、言われないことには目を向けない。――そんなモテない男の真似をすることもないだろう?」

 

 ザラが妻たちに目配せしつつ、そう言った。参った、とばかりに私は観念にして彼女たちに言質を与える。

 それが私の戒めになり、彼女たちの幸せにつながるのだと、そう信じて言葉を紡いだ。

 

「失敬。どうも、私は自覚が薄かったようです。私にできることは、なんでもします。ですから、皆の幸福な人生の為に、協力してください。……どうか、お願いします」

 

 私がそう言って頭を下げると、彼女たちは温かく受け入れてくれた。それだけで、私は過分な幸福に恵まれたのだと信じられる。

 

 なおさら、負けられなくなった、と思う。

 東方と西方の衝突で、あるいは私が主導する政策で、多くの人々が巻き込まれることだろう。

 命が失われ、取り返しのつかない損害も、生まれる可能性がある。それでも、怯むわけにはいかなかった。

 

 よりよい未来のために。我が家の安寧の為に。

 その前提となる被害は、飲みこむしかないのだと。ここでようやく、私は本気で覚悟を固められたのでした――。

 

 




 話の説得力がどうとか、国家間の整合性がどうとか、ぐちゃぐちゃ考えることばかりが増えると、自分の中でもてあますということがわかりました。
 この物語を書いていて、それが一番の成果だったと思います。
 とりあえず、自分の中の乏しい知識をかき集めて積み上げる形で、一応の体裁は整えたつもりです。

 次回作では、この辺りをきちんと改善しなければならない。定期的な投稿を続けることと合わせて、教訓を実感できました。

 こんな未熟な物書きではありますが、今少し頑張りたいと思っています。
 来年もまた、よろしければお付き合いください。

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