24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 馬鹿話にする予定だったんです……。

 本当に、おバカな展開で、軽ーいお話を作るつもりだったんです……。

 頭からっぽにして書いていたつもりなのに。どうして、こんなことに……。




メイル隊長と絡んでいくお話

 メイル隊長といえば、クロノワーク王国では名の知れた女騎士である。

 護衛隊の隊長という立場は、名を売るのに適しているのか。日常の言動、突出した功績などを鑑みれば、この国においてもっとも有名な騎士と言っても過言ではないかもしれぬ。

 

 それでも当人に自覚などないし、ただの一介の騎士に過ぎないという認識は、変わらずに持ち続けていた。

 この謙虚さは、美点と見ることも出来ようが。――実際のところは、謙虚というよりは無関心に近いのかもしれない。当人は責任とか地位とかをブン投げて、楽になれるものならそうしたい、などと考えていたのだから。

 功名心に飢えた手合いから見れば、許しがたい存在であったろう。

 

「あー、平隊員に戻りたい。楽したい。何も考えずに剣を振るえた頃に戻りたい……」

 

 それでも有能だったのが運の尽き。ともかく能力は充分にあったので、昇進を重ねて今や護衛隊の隊長。他国に嫁いだとはいえ、シルビア王女の一の腹心という評価は、国内においても未だに相当な名誉であると言える。

 それでも当人の認識としては、ただの一兵卒をやっていた頃の方が、気楽で良かったという感じだ。一応、評価されて嬉しくないわけではないのだが――。

 

「内務めんどくさい。カチコミ行って、ストレス解消したい……。でも護衛隊には他に仕事あるし、他に任せらんない分、こっちが余計に負担を被ってる気がする……」

 

 書類にはもう慣れたが、座りっぱなしで紙とペンで格闘するのは、いつだって気が重くなる仕事だった。

 メイルがあれこれボヤくのも仕方がないというべきだが、体を動かそうにも国内の犯罪組織は軒並み潰れており、治安は劇的に改善されている。

 何かしらの変事があったとしても、わざわざ護衛隊を用いるほどの事態にはならないだろう。

 それでいて、内務の仕事は増えている。護衛隊は王族の守護こそが主な仕事であるのだが、治安の改善によって、エメラ第二王女(シルビア王女の妹)がお出かけできる場所も、多くなった。

 そのため遊びに行ける範囲が広くなり、遠出する際にはあれこれと根回しすべき部分が増え、通達の書類も増し、隊長格の人員は執務室に缶詰めになるというわけだ。

 さらにゼニアルゼとの付き合いが増えたことで、護衛隊にも外交儀礼への付き添いが命じられることもあり、面倒な仕事ばかりが増える有様。これで欲求不満が溜まらずにいられるわけもなく、メイルは思考がやや物騒な方向に行くことを、なかなか止められずにいた。

 

 そんな折に、飲みに行く機会があったとしたらどうだろう。それも、珍しく他の部隊の隊長――ザラの誘いだとしたら。

 物珍しさもあって、さぞ楽しいこともあるだろうと期待するのも、致し方ないことではないか。

 

「……あれ?」

 

 だからこそ、不思議に感じたことがある。

 ザラの自宅に誘われ、ほいほい付いてきたのは良いのだが。意外な人物の存在に、思わず目を奪われた。

 

「モリー?」

「はい、メイル隊長。しばらくぶりですね」

 

 モリーは男装していた。髪はオールバックで、軽く化粧をしており、一見したくらいでは女性に見えないほど。

 メイルの目には、以前よりも男性らしく、引き締まった顔つきをしているように見えた。それでもモリーだと判別できる程度には個性を残しているあたり、絶妙な加減で外見を整えているのがわかる。

 服装はと言えば、男性騎士の礼服を着ており――体の線が出ないよう、所々で締め付けたり綿を足したりで、細かく調整しているから違和感がない。男性用の香水まで用意していたようで、どことなく嗅ぎ慣れない空気が、メイルを微妙な気持ちへと誘導していた。

 

「なんか、雰囲気に酔いそう……。ちょっと、ザラ」

「ああ、前に言ったことは忘れろ。ここ最近のアレコレを見るに、もうどうしようもないと割り切ったからな」

「人間関係が複雑骨折するんじゃなかったの?」

「もうしてる。いや、これから確実にする。だからもう、気にするな。私はあきらめた」

「ええ……? どういうこと……?」

 

 ザラ自身が、関わるなと言った相手である。モリーとは、そういう手合いであり、ソッチの趣味のないメイルとしては、反応に困る場面である。

 だが、ザラはここに来てモリーと引き合わせた。それも男装までさせて。意図を計りかねても、致し方ない場面である。

 

「……それはそれとして、メイル。お前、ハニートラップに弱そうだし、ここらで免疫を付けるのもいいだろう。下手な縁談にホイホイ釣られないためにも、並みの男にはなびかない様になってもらいたいんだ」

「ふーん、つまりこれは、男対策ってことね。ここまで来て時間外の業務とか、勘弁してくれないかしら。宴席に誘ったのは、それが目的?」

 

 メイルは、異性に対して免疫がない。そう言われればそうであるし、そこが不安だと言われれば否定も難しい。

 幸いと言うべきか、メイルはモリーに対して嫌悪感は抱いていない。少なくとも外見は完璧な美男子を装っているのだから、そうした手合いにもてなされるのは、悪い気分ではなかった。

 中身について、深く考えないことが前提ではあるが。

 

「そうだ。……我ながら忸怩たる思いだが、この際だ。やるからには徹底的に振り切れるべきだろう。半端で済ませるよりは効力も期待できるし、あきらめもつく」

「前言撤回が早すぎるんじゃない? ――っていうかザラ、あんたそんなキャラだっけ?」

 

 ザラの、おそらくは豹変と言ってよい行動は、メイルを困惑させた。その裏には相応の理由があるのだろうが、納得するのは難しい。

 

「私が影響されたら、まずいんじゃない? いや、簡単になびくつもりはないけど……ねぇ?」

「気にしなくていい。この際、多少は許容する。やり過ぎるなと、モリーの奴には言い含めてあるし――軽い付き合い程度に、男もどきと恋愛修行を行うのも一興だろうよ」

「ちょっと、恋愛修行って何? ハニトラに引っ掛かるつもりとかないし、練習は欠かしてないつもりなんだけど」

 

 メイルとしては心外である。簡易型彼氏(愛剣の柄)なら今も腰に差しているし、どんな男にでもついていくような尻軽でもないと、自負しているのだから当然だ。

 

「練習なら、無機物より実物がいいだろう。どちらも偽物だが、真に迫ったものの方が効果は期待できる。違うか」

 

 返す言葉がなかった。メイルは、感情のぶつけ処を見失って、視線を迷わせる。ザラはその感情の隙間に入り込むように、さらに言葉をつづけた。

 

「――私が不安なんだ。お前が調略される、なんてことは考えていないが。情にほだされて、適当な男にポロっと情報を漏らさないか、心配でな」

「名誉棄損で訴えるわよ?」

「男の好みについて、もう一度言ってくれないか?」

「十代のカワイイ子もいいけど、二十代の好青年ももちろん。おじ様でも渋かったらアリかな……?」

「その発言を踏まえたうえで、考えてくれ。――ハニトラに引っ掛からない自信があるか?」

 

 メイルはやはり、顔を背けて、天を仰いだ。言葉には出さずとも、それが答えだった。

 いや実際には、そこまでチョロくない。そのはずだ。そうだと信じたいが、明確に信じさせてくれるだけの根拠が欲しいと、ザラは思う。

 モリーが基準になれば、そこらの軽薄な野郎どもなど。目に入らなくなるだろうと、確信していた。だからこそ、この場をもって、二人を引き合わせたのである。

 

 おそらくは起きてしまうであろう、取り返しのつかぬ事態についても。ザラは、もはやあきらめに近い境地で受け入れている。

 そして受け入れる覚悟が出来たのなら、あらゆることを許容しよう。言葉巧みに、都合のいい方向へ持っていくことを、ザラは躊躇わなかった。

 

「引っ掛からない自信はない、と。それが自覚できているなら上出来だ。――まあ、今回は難しく考えなくていい。適当に飲み食いして、満足して帰ってくれれば成功だ。……色々な意味でな」

「あとが怖くなるような言い方しないでよ。……どう振る舞ったらいいか、悩むじゃない」

「なんだかんだ言っても、酒の席だ。適当にしていろ。モリーが何もかも、良いようにしてくれるさ」

「なにそれ、怖い。……でもタダ酒も魅力的だし、うーん」

 

 モリーは油断のならない人物である。放置もままならず、秘匿することも、もはや叶わぬ。

 現状に至っては、前言を撤回してでも、モリーはメイルと関係を持つ必要がある。そのように、ザラは判断した。

 これから起こる全てのことは、ザラの決断の結果である。その罪深さを思えば、今からでも考え直すべきかと、思わぬでもないが――。

 倫理と感情。両方を天秤に乗せれば、どちらに傾くか。考えるまでもなく、結果はわかっている。

 

「この際、身内同士で事が済むなら、ある程度の悪影響は飲み込むことにするさ。――モリー、彼女を席へ」

「はい。では、こちらへどうぞ、メイル様」

 

 突然名前を呼ばれたことで、メイルは我に返った。思わずモリーの方を見やると、外見は完璧なイケメンが、自分をエスコートしてくれているという状況。

 うながされるままに、席につくしかなかった。モリーが女性であるという意識すら、メイルの中ではもう消えかかっていた。

 おそらく、理屈でも技術でもない何か。よくわからない、なのに不快でもない。今のモリーと接していると、妙な感覚を覚えずにはいられない。

 

――ヤバイ。なんか知らんけど、本能がビンビンに危険を喚起してくれてる気がする。

 

 それが生存本能なのか生殖願望なのか。メイルは、最後まで結論が出せずに終わった。

 ずっと心臓の鼓動が喧しく鳴り続けているが、それは危機感か、焦燥からくるものか。何もわからぬままに、事態は進行していく。

 席にはすでに酒杯が用意されており、ワインが満たされている。この日のために調理された、上等の酒肴も器に盛られていた。

 

「さて、まずは乾杯だ。メイル、お前が音頭を取れ。この席では、お前が主賓だからな?」

 

 うながされるままに、メイルは杯を干した。しどろもどろに適当なことを言った気がするが、そんなことよりこの場の奇妙な雰囲気に、早くも飲まれてしまったことが、彼女にとっては非常に珍しいことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでかメイル隊長を接待する流れになりました。ザラ隊長、なんだか最近吹っ切れた感じがして怖い。……なんぞ、あったんだろうか。悩みがあるなら相談に乗りますよ隊長!

 ――と、接待命じられたのだから、そちらの対応を優先すべきだ。ともあれ、メイル殿をもてなさねばならぬ。あれもこれも欲張ると、だいたいどっちも取りこぼすんだ。相手に集中すべき場面で、外すようなことはしませんよっと。

 

 実際、付き合う機会が巡ってくるなんて、とても幸運なことだ。せっかくの舞台であるし、メイル隊長は甘やかせるだけ、甘やかしてあげたいよ……。

 

「緊張しておられますか? メイル様」

「ああ、うん。……慣れていないから、どうもね。いや同僚とか部下の家で飲むことはたまにあるんだけど、こうやって変に気を使われるのは初めてだから」

「私も初めてですよ、メイル様。――私も意外な展開に、目を回しております。慣れていないのが私だけでなくて、何よりです」

「私はタダ酒を楽しみに来ただけなのに、サプライズのつもりだったのかしら。……ザラも案外、茶目っ気があるのね。うれしくないけど」

「不器用なところがありますからね、ザラ隊長は。でも、悪意はありません。その点は保証しますよ。……いきなりの展開に戸惑う気持ちは、私も同様ですから」

 

 曖昧に微笑みながら言う。まずは、共感を示すこと。笑顔と態度で、彼女の警戒心を和らげるところから始めよう。

 

「お気持ちは、わかります。いつだって、ザラ隊長は無茶ぶりをなさいますから。私に応えられる範囲なら、いくらでも努力して差し上げるのですが。メイル様にまでそれを求めるのは、難しいことでしょう。心中、お察しいたします」

 

 人は、自分と似た相手に、好感を抱きやすい。それが行動のつながりか、共感の感情であるかは、別に問わない。

 とにもかくにも、スタートダッシュを決めねば話にもならないから、ここは攻めて行こう。しかし、媚びすぎない程度に。

 

「同じように感じてくれるなら、嬉しいわね。自分だけが異常者じゃないって信じられるから。――それにしても、メイル様、なんて。久々に聞いたわ。実家を出てからは、使用人も入れていないし、部下は隊長って呼ぶから」

 

 リップサービスであっても、冷静に言葉を返してくれるあたり、メイル隊長も人がいい。

 付き合いきれない――とばかりにこちらを無視しても、許される状況なのだから。こうして、私のような男もどきと酒席を共にしてくれるのは、彼女なりの思いやりなのだろう。

 なればこそ、もてなしに手抜かりがあってはならぬ。共感はお互いの気持ちを引き寄せるが、ここはさらに踏み込んで私自身を語ろう。上手くはまれば会話も弾むし、さらに好感を得ることもできる。

 

「メイル様は、貴族の出でしたね。教育も厳しかったものと思います」

「そうそう、そうなのよ。お母様も教育係も礼儀に厳しいし、色事に関しては特にね。……使用人たちも隙あらばウワサするから、気を使うってのなんの。私がいまだに男を知らないのは、昔の環境が原因よ。きっと」

「同感です。私は貴族とは名ばかりの、貧しい家でしたが――しつけは厳しかった。充分過ぎるほど作法やら教養やらを身に着けてしまうと、異性を見る目も自然と厳しくなるものですから、どうしようもないですね。自分が苦労したのだから、相手にも同等以上の器量を持ってもらいたいと思います」

「わかるわー。そうよね、単純にヤれればいいっていう関係じゃなくてね。無駄に教育水準が高いから、今さらダメンズとかヒモとか、引っ掛けようって気にもなれないんだから。……でも、選り好みしないほうがいいのかしら。男の趣味は悪くないつもりなんだけど、一向に捕まらないし」

 

 メイル隊長は、たぶん自身の性体験の少なさを、不名誉に感じていらっしゃるんだろう。

 現代日本人的な価値観からすれば、別段不名誉というほどの事例ではないが。このクロノワーク王国の価値観において、いささか主流から外れているのは確か。割と色事に寛容だからね、ウチの国。

 改めて、メイル隊長と目を合わせる。私はこの場で、彼女の相手役を任されているのだから。自尊心を傷つけず、労わるような言い回しを工夫せねばならぬ。労わりと思いやりの気持ちを奮い起こし、優しい口調で語り掛けよう。

 甘く。心に染みわたるほど甘く。慈しむ感情が、顔にも声にも表れるように。

 

「ああ。メイル隊長は、苦労をなさったのですね。――結果、こうして無聊をかこつ事になられた、と。……さりとて、男性経験の有無が、女性の価値を決めるという訳でもありますまい。見初められる機会に恵まれずとも、これまでの人生、そこまで後悔のタネが大きかったとは思われません」

「後悔かぁ。ちょっとは感じるけど――まあ、ね。そう言っても、間違いではないのかしら。そこそこに活躍して、それなりに評価されてきたから、今の地位にいるんだし。それに不満を持つのは、贅沢なんじゃないかって思うの。たぶん」

 

 まあねは嘘のサイン、とは誰が言った言葉だったろうか。水の様にワインをあおる様は、どう見ても自らを偽る行為としか思われない。この場合、メイル隊長は不満を誤魔化していると見るべきかな。

 ――言葉を濁すような肯定の返事は、嘘を言いたくない場合のごまかしとして、よく使われるものだからね。最後に『たぶん』と付け足した複雑さには、理解を示さなきゃいけない。

 

「贅沢で結構ではありませんか。相応に価値のある女性は、いくらかの贅沢を嗜んでこそ、健全だと言うものです」

「……感情的な部分の話なんだけどね。言葉にしてみると不思議だけど、感情的な贅沢って何なのかしら」

「許される程度に、傲慢を楽しむこと。あるいは罪悪感や嫉妬心を、限度ギリギリまで頭の中で堪能すること、ですね。――いずれも、適度に嗜むくらいは、指揮官の特権くらいに思っておけばいいでしょう」

 

 暗に、ここでは感情的に振る舞って良いのだと説く。どんな形でも明言しておけば、それを理由にして甘えてくれるものだからね。

 ……まったく、おかしなものだよ。童貞だった記憶はあるのに、女性を口説く術は色々と知っているなんて。

 ただ、耳年増もここまでくれば、一芸の域に達するものらしい。現に、メイル隊長は時間を置きながらでも、きちんと答えてくれている。

 

「……指揮官が無駄な感情に溺れたら致命的でしょ? 賛成できないわね、それ」

「溺れない程度に楽しみましょう。程度をわきまえれば、実に贅沢な感覚を味わえます。――まあ、その程度をわきまえる、というのが難しくはありますが。私が見るところ、メイル様はそれが出来るお方だ。私が傍にいる今なら、どこまでも自分に正直になってください。……安心して、甘えてくださっても構いませんよ。私は貴女を支えるために、ここにいるのですから」

 

 本心からの言葉だから、私は真心を込めて、声を整えながら言った。

 なるべく男らしく、女性を慰めるような、優しい口調を心がけたつもりだけど、どうかなー。

 元男の紳士もどきの言葉でも、メイル隊長の慰めになってくれればいいんだけど。

 

「モリー? ちょっと、確認したいことがあるの」

「はい」

「あんた、本当に男じゃないのよね?」

「まことに残念ながら、女性です。ただし、今この一時は、メイル様のために。紳士として、最後まで貴女をもてなすことを誓いましょう」

 

 なんか最近、妙に性別を疑われる。色々と察知されてるんじゃないかって思うこともあるけど、それはそれとして君を口説くよ! 上司から許可が出てるからね!

 誓いの言葉と共に、完璧に丁寧な、男性用の一礼を行う。今回は私がホストだから。その辺りは、わきまえていますとも。

 

「そういえば……なんか、ザラの姿が見えないんだけど」

「ザラ隊長なら、キッチンの奥に引っ込んでいただきました。手酌で一杯やっていることでしょう。――こちらの会話は丸聞こえなので、それを肴にしていると思われますが」

「あいつも吹っ切れたわねー。……あんたみたいなのが傍にいれば、そうなるのも仕方ないかもしれないって、なんとなく察してあげられるわ。不幸にならない程度に、ほどほどに付き合ってあげなさいね」

「もとより、ザラ隊長を不幸にするつもりなどありません。私にできる範囲で、幸福になる手伝いをしてあげたいとは、常日頃から思っていますよ」

「――ああ、うん、そう。……幸運を祈ってあげるくらいは、タダだし。上手くいくと良いわね」

「ありがとうございます。しかし、今私が心を尽くすべきは、貴女なのですから。ザラ隊長のことは、もう忘れてあげてください。せっかく、この場を整えてくださったのですから」

 

 というか、ザラ隊長は最初から流れに身を任せる感じだったよ。最初の乾杯以降は陰に徹すると、アイコンタクトで示してくれた。

 わかりやすく口で伝えずに、さりげなくフェードアウトすることで、メイル隊長の意識から消える。

 なかなかできることじゃないよ。こうして現実に、事実を伝えても。眼に届かないところにいるのは確かだから、メイル隊長も大胆になりやすい。このままストレスの解消くらいには、役に立ってあげたいところだ。

 そもそもの話、持ち掛けてきたのはザラ隊長なんだから、遠慮なんて必要ないってことくらい、わかるよね。だから、思うがままに感情をぶちまけても構わないんだよ?

 

「じゃあ、悪いけど愚痴くらいは付き合ってもらおうかしら。――それくらい、わがままになってもいいでしょう? モリー」

「お望みのままに、メイル様。私はまさに、そのためにここにいるのですから」

「……そう。なんだか、かえって怖くなるわね。わかっていても口が軽くなるあたり、どうしようもないのかしら。――じゃ、ぶっちゃけるけど。ほら、私って、若いうちから姫様に抜擢されて、戦場を駆け回ったでしょう? 知ってるかしら?」

 

 結果、シルビア王女の指揮下で大きく功績を立てたことは、周知の事実。

 本人はさほど誇りには思っていないみたいだけど、それはいけない。

 誰よりも何よりも、貴女は頑張ったのだから。きちんと労って、よくできましたって、褒められてしかるべきなんだ。それも、本人が望むような形で。

 

「存じております。常人では叶わぬほどの戦果を挙げたことは、騎士団内でも語り草です」

「だから、なんて言ったら、言い訳になるかもしれないけど。釣り合う男を探すのに苦労するのよねー。いやさっきも言ったけど、理想が高いつもりはないんだけどね? そもそもの話、出会いに恵まれないというかなんというか。うん。……男漁りしようと思っても、男の方が近寄ってくれないような……。気のせいだと思いたいけど、どうなのかなぁって」

 

 性的欲求は女性にとっても重要なことであるし、そこには承認欲求――己を価値ある存在だと認めてほしい、という気持ちも含まれている。

 好ましく思う男に、自分を女性として求めてほしい。欲望を向ける対象として、自らの価値を確認したく思うのは、いずれの性においても普遍的な欲求だろう。下世話な話だが、下半身の事情の重さは、古今東西誰の身の上にあっても変わらない。

 

 メイル隊長は、今の今まで、まっとうに男性から言い寄られた経験がない。自分はそこまで魅力のない女なのかと、内心不安を感じている状態だとしても不思議はないかもしれぬ。次は、その辺りから攻めていこうか。

 私が見る限り、彼女はとても魅力的で、愛らしい女性なのだから。三十路を過ぎて熟れた今こそが、貴女の最盛期なのだと伝えたいよ。

 

「どうなのかと問われたならば、お答えしましょう。優秀な女性を前にすれば、たいていの男は気後れするもの。一から功績を立て続け、自ら地位を勝ち取ったメイル隊長を前にすれば、何かしらの劣等感が刺激されても仕方のないことです」

「ええ? そう? ――私にはわからない感覚だから、ちょっと理解は難しいわね。前線で戦って、勝ち残ってきたことに自負はある。ここに疑問をもたれるなら、恋愛以前の話になっちゃうかもしれないんだけど」

 

 そうだね、でもそれでいいんだよ。貴女は何も間違っていないし、その誇りは大事にしてほしい。

 メイル隊長は、もっと自信を持ってもいいと思うの。理解は難しいかもしれないけど、貴女は相応しい人に巡り合うため、今まで貞節を守っていた。そう考えたほうが、前向きに生きられるんじゃないかな。

 

「……でもねぇ。それで男が寄り付かないんなら、隊長よりは一兵卒の方が良かったんじゃない? 下手に高スペックだと、男の目から見て近寄りがたいって意見も、一理あるし……」

「そう自らを卑下なさいますな。高い資質を持つからこそ、より良い幸福を求めて何が悪いというのでしょう」

「求めたからって、得られるとは限らないでしょう? ……こんな悩み、今になって出てきたことじゃあないの。ずっと前から、なんとなく感じていたことよ。もしかしたら――私は、後の人生を、ずっと孤独に過ごすんじゃないかって。……ああ、もう。不安に思って、やり場のない想いを抱えることなんて、いつものことなのに。雰囲気にでも酔ったのかしら? 今の私も、どうかしているわね」

 

 追加したワインを一息に飲んで、空になったグラスを指で弄ぶ。表情はどこか虚ろで、諦観に支配されていた。

 そんなメイル隊長を前にして、慰めになる言葉をかけてやれんようでは、男を名乗る資格はあるまい。だから、私はどこまでも言葉を尽くすよ。そして可能な限り、態度でも示そう。許すなら、私の体を用いてでも。

 そうでなければ、悲しすぎるじゃないか。こんな素敵な女性の相手を務めている、その栄誉に応えられなくては、あらゆる意味で沽券にかかわるというものよ。

 

「メイル隊長、戦場での貴女の功績は、誰もが知るところです」

「まあ、それなりに暴れまわったからねぇ。……シルビア様がそれだけ規格外だったってこともあるけど」

「優秀な指揮官の命令を、忠実に実行する。それが出来てこそ、勝利を導けると言うもの。指揮官がどれだけ命令を飛ばしても、現実に実現できなくては画餅も同然。――期待される役割をこなしたということは、それだけでも称賛に値することではないでしょうか?」

「うーん、まあ、そうね。思えば、無茶なアレコレをどうにかして、ようやく勝ち取った勝利も一つや二つじゃないし。――頑張ってたんだなぁ、私って」

 

 人の心に踏み入る際の注意として、まず自分からは、あからさまに褒め過ぎないこと。

 一歩か二歩、探り探りに口にするくらいは良いが、踏み込み過ぎると警戒される。だから逆方向から攻めるのが良い。

 つまり、自分で自分を褒めさせる。己の価値を自覚させて、自尊心を満たす方向に持っていくのが、一番手早い手法だと私は考えている。

 それには、相手に対する情報が十分にそろっているのが条件だ。自分を褒めさせるには、手順がいる。取っ掛かりの情報がなければ、これを理解させるのは難しいのだから。

 

「頑張ったからこその、戦功でしょう。認められて、今があるのですから。さぞ、苦労したことかと思います」

「ほんと、良く五体満足に生き残ったと思うわよ。今だから言うけど、死にそうになったことだって、何度もあるんだから」

「ああ、聞き及んでいますとも。特にあの戦いについて――そう、伝聞に過ぎませんが、私の部隊でも話題に上ったことがあります。例えばですが――」

「――うん、懐かしいわね。そこについては、なんていうか――」

 

 もっとも、今回は心配ない。……当たり前の話だが、私は十分すぎるほどにメイル隊長の経歴をあたって、一通りの情報を頭に叩き込んでいる。事前の調査は一種の礼儀、私はそうわきまえている。

 だから話し続けながら、的確に誘導していける。話を続けているうちに、メイル隊長はすっかり良い気分になっていた。

 けれど、ある程度話したところで、顔を曇らせる。そうなってから語るのは、今の自分に対する不安だって、私にはわかっているよ。

 

「……今更だけど、そうした過去があっての今の地位なのよね。たまに、責任の重さに投げ出したくなるのは、どうしようもないことかしら」

「気楽な兵卒に戻りたい、と言う訳ですか?」

「極端な話、そう思うことだって、ないとは言わない。……隊長の仕事って、結構辛いのよ。手が抜けない仕事だってわかってるから、なおさらね」

 

 優秀な兵が、優秀な指揮官となるとは限らない。これは軍事上の常識だけど、メイル隊長は両方の資質を備えていると、私は評価している。当人に自覚がないのなら、ここは指摘しておいていい場面だ。

 

「投げ出さずに仕事をこなしている。それだけの忍耐力を備えているという、何よりの証明ではありませんか?」

「どうかしら。嫌々やっているのに、向いているってことはないでしょう?」

「それでも、メイル隊長は目立った失敗をしていません。それどころか、他者の誤りを指摘して、修正する余裕さえある。――炎上祭の警備案に、相当厳しい駄目出しをしたことは聞いています。徹夜してまで、あらゆるプランを備えたことも」

「……ああ、あれ。結局、その努力は無駄に終わったから、今さら評価されても微妙かしらねぇ」

 

 無駄? メイル隊長は、護衛隊を指揮しているのだから、王族に対する安全策を講じるのが仕事だ。これにやり過ぎ、無駄、ということはないだろう。

 王国の権威を守る仕事なのである。私の現代日本人としての感覚で言えば、かしこき辺りの警備に相当する。

 それを守るための努力を、どうして否定しようか。私としては、実行されなかったにしても、最善のプランを用意したメイル隊長は優秀だと、本気でそう思う。

 

「無駄と言うことはありません。当日になるまで、祭りが中止になるかどうかはわからないのですから。日程を延長して行う、という可能性も、在り得ないとは言えないでしょう」

「そうかな……そうかも……」

「事前準備を完璧に行うことは、難しいことです。忍耐はもちろんですが、適切なプランを立てて、人員を確保し、命令を徹底させる。さまざまな要素が入り乱れる中、想定できる限りのアクシデントに備えることは、容易ではありません。経験と実績のある人物でなければ、到底かなわぬことでしょう」

「……そうね。苦労したのよ? あれ。当日、雨で中止になったと知ったとき、いままでの努力は何だったんだって、空しくて。悔しかったの、ほんと……」

 

 メイル隊長の気分が、沈んでいる。そうした雰囲気を感じたら、フォローしなくてはならない。

 私は言葉を選びながら、徐々に距離を詰めることにした。

 

「悔しく思うくらい、頑張ったのですね。守るべき方のために、力を尽くせる。そうした方でなくては、果たせない任務ではないでしょうか。少なくとも、私はそう思います」

「全力を尽くしたのは、本当。そこは、断言できる。私は決して妥協しなかったし、させなかった。だから、後は当日の祭りを待つだけの、厳重な警備体制を作り上げられたんだから。――まったく、我ながら良くやったものよ。でも結果はと言えば、未遂に終わった。ちょっとくらいはへこんでも、仕方がないと思わない?」

「まさに。……貴女は、できる限りのことをした。そうではありませんか?」

「ええ、できることはやったわ。だからこそ、空しくなるんだけどね」

「空しいことなど、あるでしょうか。メイル様、貴女は正しく努力できる方だ。正しく努力して、守るべき対象を守れるお方だ。――で、あればこそ、今も王族は安穏としていられる。貴女のように、優秀で仕事をこなせる方々が、一人ひとり存在するからではないですか?」

「そうね。それは本当に、そう。――なんだ、私。結構できる女なんじゃない。後ろめたく思ったり、劣等感なんて、考えるようなことでもないじゃない」

 

 ここまで来たら、もう一押しかな。口調を多少ねっとりとさせて、感情をこめて言う。

 相手から勝手に感情を塗りたくられて、不快に思わない人は少ない。だがそれも手段次第であり、当人の認識次第だと思う。具体的には、今。

 

「メイル様。今こそ私に、貴女を口説く権利を与えてくださいませ」

「――今さら何よ。ザラに言い含められてるんでしょう?」

「それとは別の話、ですよ。私は、メイル様のことが、好きになり始めています。どうか許されるなら、貴女と私の距離をつめさせていただきたい。より傍に近づけてこそ、掛けられる言葉もあると言うものです」

「好きにしたら? ……ああ、うん。ほどほどにね?」

 

 ほどほどって、難しい距離だ。でも腕が触れ合ったり、手が重なり合ったりしても、私にとってはほどほどの距離だから問題はないはずだよ。きっと。

 といって、すぐには手を伸ばさない。そういうのは、順を追って、貞淑にね。でも気持ちだけは前向きに行こうか。

 

「割とグイグイ来てない? ……気のせいかしら」

「ご不快とあらば、いつでも離れましょう。――お嫌ですか?」

 

 ちょっと悲しげに、声色を抑えて、顔にも陰りを見せながら言う。

 これは、女性的な弱さの表れではない。男として、女性に応えられない不甲斐なさを悔いているんだ――と、自らに言い聞かせて。

 そうした態度をくみ取れるくらいには、メイル隊長は人がいい。後ろめたく感ずるかもしれない。私が本心からの思いやりで言ってると、わかってくれる方だから。

 

「嫌っていうか――我ながら不思議だけど、そんなに嫌でもないのかしら? でも、そうね。私の傍に居たって、良いことなんかないと思うから。そういう意味では、対応に困るのかしら」

「ご不快ではないのなら、どうか、このままで。今の私は、貴女の物です。困らせるのは本意ではありませんが、いくらかの慰めになるのなら、どうか受け入れてくださいますよう――お願いいたします」

 

 手と手の指先が触れ合うくらいの距離を維持して、こちらからは離れないようにする。

 それでも、メイル隊長が拒むならば追うまいと決意していたが――。意外と、彼女も離れようとはしなかった。

 それでも一応、顔を酒杯の方に向けたまま、咎めるような口調で指摘してくれる。

 

「何かしら表現したいなら、まず口で言いなさい。言葉の前に体で求めてこられても、その……困るの。わかる?」

 

 照れていると、はっきりわかる。体と言葉の不具合を、今さら追求するほど無粋でもない。

 だが、まだ動いてはならないと、自らを律する。手を伸ばせば、指を絡めることくらいなら、許してくれるだろうか。愛おしいと、心から思う。

 

「はい。――失礼しました。無作法、お許しください」

「……気にしてないわ。そんなには、ね。だから、言いたいことがあるなら、続けなさい。聞いてあげるから」

 

 メイル隊長は寛大だ。これが恋愛修行というか、疑似恋愛とでも言うべきか、ともかくハニートラップ対策であることは理解されている。あえて、こちらに踏み込ませているのだろう。

 続けなさい、というのは、それをわきまえた上での発言と見るべき。なればこそ、そこらの男娼など歯牙にもかけぬ程度には、耐性を持ってもらおう。

 だから、自重はしません。嫌がられない程度には、口説いてもいいでしょう? ――まかり間違って、愛人らしいポストにつけるなら、それはそれで美味しいことだしね。

 

「はい。では、言いたいことを言います。ですからメイル様も遠慮なく、気の置ける友人に対するように。私に接していただけたら、幸いです」

「――紳士って、こういうのを言うのかしら。ああ、もちろん。貴女が女性だっていうのは、わかっているつもりよ」

「どうぞ、お気兼ねなく。どうにも生まれた性を間違えたようで、妙に男を感じさせるような態度を取ってしまうらしいですね。――私としては、そこまで意識はしていないのですが」

「そこら辺は、なんとなくわかる様な気がする。……うーん、なにかしらね。はっきりとは言えないけど、どこかチグハグというか、男を感じさせない男というか。正直、年下の連中が貴女をもてはやすのも解る気がするわね」

 

 その点、自覚できないだけにわかりにくい所である。遠慮しないで言って良いのだと、ワインを注ぐことで、メイル隊長に伝える。

 

「誤解を恐れずに言うなら、生臭くないのよ。それでいて、男の臭いが微妙にあるっていうか。――体臭だけの話じゃないけれど、多少がっついてこられても、流せる程度には誤魔化されてしまうというか。……ええと、とにかく異質な部分があるから、かえって気になってしまうのね。どっちつかずだから、新鮮に感じるのかも」

 

 メイル隊長は、言葉を選んでいる。その様がまた、微笑ましくて。優しい目で見たくなるのも、仕方がないと思う。

 惑う彼女も可愛いなぁ、なんて。本当に三十路過ぎているんだろうか。印象としては、二十代後半で通る。

 たぶん、肌のケアとか陰で頑張っているんじゃなかろうか。私も三十を超えたら、考えるべきかもしれない。そこまで生きられたら、だけど。

 

「まあ、偉そうに言えるほど男経験はないから、私の勝手な感想になるけどね。――なんとなく、そこそこは安心して付き合える気がするのよ。無理に迫ってくるような人じゃないって、貴女と少しでも接したら、理解できることだもの」

「安堵されているようなら、何よりです。私にはメイル隊長を害する意図などないのですから、傍に居る間はリラックスしてほしいと思います」

「……たぶん、男ってそこまで考えないと思うの。いや、クッコ・ローセ教官経由の伝聞だけど、男は雰囲気より性欲優先っていうか、抱けるか抱けないかで判断してる風じゃない?」

「そういう手合いは紳士とは言えませんね。――男としての、性欲を否定するわけではありませんが、そうした連中ばかりでもないですよ」

「だとしてもね? ……私に紳士がよりついてくれない現実に、変わりはないわけで。悲しくなるのも、仕方がないと思わない?」

 

 メイル隊長は、ここぞとばかりに愚痴を吐き出してくれた。たぶん、一定の範囲まで近づければ、堰を切ったように感情を吐露できる性質なんだろう。

 出るわ出るわの四方山話。愚痴の中にも悲哀あり混沌あり、三十三年の人生が詰め込まれている。相槌を打ちながら、とことんまで付き合おう。

 私としては、この短い間にそこまで気の許してくれたことを、何よりも寿ぎたい。

 

「だからねー、モリー? 私だって、肉体関係だけじゃなくてね? 心から繋がって、愛し合いたいのよう。ちゃんとした彼氏と結ばれて、女としての喜びを知りたいのよう……」

 

 はい、わかります。愛したくて、愛されたいのですね、と。

 次から次へと移り変わる話についていきながら、メイル隊長をあの手この手で肯定し続ける。

 言葉を尽くし、彼女の気持ちを尊重した態度を続けていれば。絆を深めるのも、難しいことではない。

 それでも時間は有限で、打ち切るべきところにやってきた。そろそろ自宅までエスコートする時間である。

 

「夜も更けてまいりましたし、そろそろご自宅までお送りしましょうか」

「ああ、もうそんな時間? ……ここで泊ったら駄目かしら」

 

 ひそかに様子をうかがっていたザラ隊長だが、ここでキッチンから顔を出してきた。

 『帰らせろ』と言いたいのが、表情を見るだけで分かる。それでも一応、私からは言い方を考えないといけない。

 

「ザラ隊長に聞いてみましょうか?」

「やっぱりいい。――帰る。やっぱり、今日の私は、どうかしているわね」

 

 視線こそ、こちらに向けていないが、どこか顔が熱っぽい。アルコールの影響だろうが、さて、どこまで酔わせることが出来たろう。

 ここからの工程を考えれば、ザラ隊長からの任務は、ほぼ完遂できたと見るべきか。

 

「では、お送りします。――どうぞ」

「……夜道で倒れるほど、泥酔してないからね。心配いらないわ」

「礼儀、ですよ。女性を夜に一人歩きさせるものではない。紳士として、そう振る舞うのが常識でしょう」

「――そうね、モリー。今のあなたは、紳士なんだから。……ちゃんと、私を自宅まで送ってくれなきゃだめよ?」

 

 メイル隊長は、どこかフワフワした態度だった。深酒が過ぎたのかもしれない。

 最後の詰めを誤っては、全てが台無しになる。気分の良いまま、帰宅させるまでが私の仕事だ。

 ザラ隊長は、『いいから行け』とばかりにこちらに背を向けて、ヒラヒラと手を振り、出口を指し示した。はい。今日はもう、ここから直帰でいいですね。さっさと送っていきますとも。

 

「――今日は、ありがとう。最初は、どうなるものかと思ったけど。悪くはなかったわ」

「楽しんでいただけたようで、なによりです。私も、嬉しかったですよ」

 

 何が、とは言わない。

 メイル隊長も、問わなかった。

 それでいいと、私は思う。帰路は、もう何も話さなかった。

 

「じゃあ、またね」

「はい、また」

 

 またね、の意味。

 深く考えるならば、またよろしく、という意。言葉通りに受け取るなら、社交辞令。

 いずれが正しいのか、確かめるのは無粋だろう。メイル隊長が館に入り、玄関を閉めるところまで見守ってから、その場を去る。

 

 最初は、これくらいでいいんじゃないか。彼女の言い方を借りるならば、『悪くはなかった』のだろう。

 この調子であれば、次につなげることは難しくない。しかし、ザラ隊長の真意はどこにあるのだろう。この調子では、本気で口説いてしまいそうだけれど、そこまでの許しはもらっていない。

 特殊部隊の副隊長が、護衛隊の隊長を篭絡するなんて、政治的に問題になりそうなんだけど。近いうちに、真意を聞き出す必要があるかな。

 

「薄々にでも、私の性癖は理解してくださっているんでしょう? 私に、どうなってほしいのか。――いいえ、どうしてほしいのか。話してくださらねば、何もわかりませんよ?」

 

 そろそろ化けの皮がはがれて、感づかれても仕方のない頃だ。ザラ隊長を一代の傑物と評価している私としては、本性も暴かれていたとしても不思議はないと思う。

 だからこそ、確認が必要だった。貴女が何を考えているのか? そこまでは、流石に読み切れないから。

 

 お願いですから、私が責任を取れる範囲のことであってほしいと、そう星に願うのでした。

 神様? 私みたいな再生怪人を生み出した時点で信頼感ゼロだよ? ――本当、いろんな人にとって、もっと生きやすい世の中にしてほしいと思います。ええ、ええ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一晩明けてから、メイルはザラの自宅に突貫した。

 早朝一番、起き抜けに特急で身支度を整えて来たのだから、気合は十分である。

 

「昨夜のことで問いただしたいことがあるの。いいわね?」

「まるで行動力の化身だな。お前、そんなキャラだったっけ?」

 

 ザラもこの展開を予測していたのか、着替えは終えており、すでに臨戦態勢。食後の茶まですすっている。

 言葉とは裏腹に、余裕すら感じられる辺り、さらにメイルの感情をあおっていた。

 

「そっくりそのまま言葉を返してあげるわよ。――貴女、昨夜みたいなことをする性格だったかしら? 少なくとも、ちょっと前までは危険人物を遠ざけるくらいの分別は持っていたと思うけど?」

「昨日も似たようなことを言ってたな。――何度聞いても、答えは変わらないぞ。それにモリーの奴が危険人物だって? 酷い言いようだな。しっかり楽しんでいたやつが言うセリフじゃないと思うが?」

 

 メイルは鋭い視線をザラに向けた。当人は皮肉気な笑みまで浮かべているのだから、もう取り繕うのはポーズに過ぎない。

 わかって言っている。その意図がわかるから、さらに追及せざるを得ぬ。

 

「――あんたね、わかってるんでしょう?」

「明確に話せ。誤解しようのない言葉で、お前の口から聞きたいな?」

「……言いたいことがあるから、ここまで来たに決まっているでしょう」

「ごまかしは今さら必要ない。お前の本心を聞きたいんだ。それだけの話だよ」

「策士ね、貴女。どこまで想定していたのかしら。なんか、余計に悔しいんだけど」

 

 それほどでも、と涼しい顔でザラは答えた。ここまで割り切られると、毒気を抜かれる。

 メイルは呆れたような口調で、言葉をつづけた。

 

「モリーって、都合のいい存在よね。偽物の恋人役として、こんなに立派な相手はないんじゃないかしら」

「私にとっては当たり前だが、お前にとってもそうなるだろうな」

「間違いを犯したって、彼女は受け入れるでしょうね。どこまでも私をおもんばかって、優しくしてくれるんでしょうね。――きっと、別れたいって言ったら、潔く身を引くんでしょう」

「わかっているんじゃあないか。何が問題だ?」

「問題しかないわよ! 私が彼女にはまったら、その――」

 

 流石に色々と自由な感性を持っているメイルとて、そこから先は言葉を詰まらせた。

 だから、ザラが代わって口にする。

 

「家が絶えるって? それで誰が困るんだ。親か? それとも生まれるかもしれない不確定の子供か? いや、それ以前にお前をもらってくれるような奇特な男か? どれほどの可能性かは知らんが、出会えると良いな」

「――あんた、変わったわね」

 

 それほどでも、と。やはりザラは涼しい顔で答えた。

 メイルはその表情に暗く、恐ろしい感情を垣間見た気がした。何がきっかけかはわからないが、彼女はずいぶんとモリーとやらに執着しているらしい。それが感覚的にわかるだけに、余計不可解だった。

 だから、ザラの次の言葉には、困惑するばかりであった。

 

「ちょっと前に、機会があってな。クッコ・ローセ教官が、モリーについて話してくれたんだ」

「あの人が?」

 

 意外な接点があるものだと、メイルは意外に思う。

 だが意外なだけで、この点に関してはそれほどの驚きはない。そういうこともあるのか、という程度だ。彼女を困惑に導いたのは、ザラの反応である。

 

「そうだよ、あの人が、だ。――初めて見たな、あんな顔。雌顔って、ああいう表情を言うんだろうな。彼氏をのろける彼女っていうのは、ああいう言い方をして、あんな態度を取るんだろうなって思ったよ」

 

 メイルは、気圧されていた。

 こいつヤンデレの気があったのかと、ひそかに戦慄する。

 

「教官に嫉妬したの?」

「お前にモリーを紹介したのは、あいつの楔になってもらうためだ。あいつは基準がガバガバだから、ちょろい奴を傍に置けば、思いやりの感情を向けずにはいられない。そうして情を抱けば、いくらかでも未練に思うだろうからな」

 

 駄目だこいつ話聞いてねぇ。

 何を言っても、自分の気持ちを吐露することしか考えていないと、メイルはあきらめる。ザラからそこまでの感情を向けられているモリーには、もう同情するほかなかった。

 

「あいつは、大抵のことはできるんだよ。仕事は書類仕事から戦闘、諜報に至るまで。前に敵兵の洗脳を任せたことがあるが、見事に仕上げやがったんだ、あいつ」

「……そうなんだ。すごいわね」

「それも、自分に忠誠を誓わせるんじゃない。敵兵を調教するんだが、その過程の中で自国に対する疑問を抱かせ、徐々に不信感をあおり、最終的にこちら側に持っていく。わかるか?」

「私特殊部隊じゃないし、わかんないんだけど」

「私に! モリー自身が手管を尽くしているのに! 私の方に敵兵は忠誠を誓うんだよ! おかしいだろ。試しにあれこれ言いつければ、『はい、よろこんで』と実行するんだよ! 少し前までは、筋金入りの頭の固い兵士がだ。あいつに任せれば、自国を売るようなことを、ためらいなくやるようになるんだ」

 

 知る限りの情報を吐き出す。帰国してから獅子身中の虫となる。いずれも、売国奴の汚名を免れぬ大罪である。それを、モリーはこともなげにこなした。

 三度も試させて、全てがこの成果だ。怖くなって、ザラはもう尋問すら任せようとはしなくなった。

 

「怖いわね、それ」

「当人は涼しい顔だ。モリーは『過去の偉人の真似をしただけです』なんて言いやがる。何をやったのか聞いても『隊長は知る必要のないことです。暗黒面は私が担いますから』とか答えてくれる。なんだよ、それ。わけがわからん」

「うん、そうね。共感してもいい、そこだけは」

 

 モリーはやべー奴だ。女性なのに、同性に魅力的に映る。

 それだけではなく、ザラの言うようなことを実行できるのなら、危険人物と認定して間違いはあるまい。ありていにいってサイコパスだが、ザラはそれを否定する。

 

「それでいて、良識もあるんだよ。優しくて気遣いもできる。良く共感して、行き届いた配慮もしてくれる。女性に対しては、特に」

「付き合いは浅いけど、同感ね。それ、わかるわ」

「もうレズだって、確信してるんだが。時折男の様に振る舞うから、勘違いが加速する。なんだよあいつ、なんで男じゃないんだよ。女の気持ちがわかる男とか。口説かれたら、そりゃ落ちるだろ」

「今だから言えるけど。わかるわー、うん。……だから、落ち着きなさい。ね?」

 

 ザラは、メイルがなだめても止まらぬ。思うがままに、言葉を吐き出していた。これまでのうっぷんを、晴らすかのように。

 

「あいつに、一度聞いた事がある。お前は良く仕事ができるが、できないことはあるのか、と」

「へぇ。で、なんて答えたの」

「それが仕事である限り、最善を尽くします、と答えたよ」

「無難な答えね。優等生みたい」

「実際、優秀だ。だけどな、その次に何と言ったと思う?」

 

 わからない、とメイルは正直に答えた。

 だからザラも、正直にモリーの言を再現した。

 

「長生きだけは出来ないでしょう。性分ゆえ、剣に生き、剣に斃れる。戦い続ければ、いずれは負ける時が来る。敗北が死に直結するときに、自分がその負担を負う。その時がやってきたら、ためらいなく自らを犠牲にする。その覚悟はできています、なんて。あいつは言いやがったんだ」

 

 覚悟ガンギマリ。死狂いという表現が、もっとも適切だろう。 

 ともあれ、モリーはその気概を示した。だからこそ、上司たるザラは、対策を取らねばならなかったのだ。

 決意のきっかけは教官の雌顔だが、前々から思っていたこと。これまで積み重ねてきた様々な感情が爆発して、ザラは今に至る。

 

「あいつが、誰の物にもならないのなら、我慢できたんだがな。ちょっとした機会で、コロッといきかねん。だから、いっそ楔は多い方がいいと思ったんだ。後ろ髪を引かれる理由が多くあれば、あのバカも無茶を控えたくなるだろうからな」

「レズハーレムでもこさえるつもり? そこに私を数に入れられても困るのよ。第一、護衛隊に同性愛者は入れられないんだから」

「そうだ、入れない。つまり、入ってからならレズになっても問題ない」

 

 詭弁でしょう、なんて言い返しても、ザラは今さら持論を撤回などするまい。

 だからメイルは、彼女の意図だけを正確に読み取ろうとして、さらに問う。

 

「楔になるってことは、あの子が死を忌避する様な要素を作っていくってことよね。そして、私もその一つになってほしいと、他でもない貴女が頼んでいると。そう解釈していいのかしら?」

「それで正しい。――なに、タダとは言わんよ。この件を受けてくれたら、一つ借りにしといてやる」

 

 それが正しい対価であるのか、もうメイルは考えるのをやめていた。

 あと一言だけ。一つだけ確認できれば、それでいいと思い定めている。早朝にここまで乗り込んできたのは、それが第一の理由でもあるのだから。

 

「スケジュールの都合がつき次第、私の家に彼女を呼んでもいいんでしょう?」

「ぜひそうしてくれ。――私が許す」

「もちろん、友人としてよ? 恋人役とか、ちょっと躊躇っちゃうから。でも愚痴を吐き出す相手として、酒を飲んでくだを巻く対象としては、ひどく得難い人だと思うの。――程よく危険で、程よく好意を向けられる。実に刺激的な存在じゃないかしら」

「まさに。――まさに、そうだな。そうだとも」

 

 二人は笑った。

 メイルは、いたずらっ子のように。ザラは怪しい目つきで、病んだ乙女がするように。

 モリーにとって、これは災厄であるのか、それとも一種の幸福と見るべきか。客観的な判断ができるものは、ここにはいない。

 

 何よりも救い難い事実として、モリー自身が彼女らの真意を理解したとしたら、普通に喜ぶであろう、ということ。

 見ようによっては、これほどの不幸は、おそらくないのではあるまいか――。

 

 

 

 





 なんか異様に重い話になりましたが、ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 今回のお話は、控えめに言っても好みが分かれるんじゃないかって、思います。
 これは無理。受け付けない、と思われたなら、どうかお許しください。こんな風にしか書けませんでした。


 次のお話は、もっと軽い展開になってほしいですね。割と本気で、そう思います。

 では、また。よろしければ、次回もお付き合いいただけると、幸いです。


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