なんやかんやで情報を詰め込みすぎ、冗長に書きすぎた気がしますが、強引に物語をまとめにかかっているので、致し方ないことだと割り切って投稿します。
ここまでくると、見直しにも多量の気力が必要で、こんな時刻まで投稿がずれ込んでしまいました。
……読者の皆様は、いかがでしょうか。暇つぶしになったとしても、呼んでいて疲れることはないでしょうか。
作者は不器用な人間ゆえ、作風を変えることも、もはやできませんが。
最後まで付き合ってくれたなら、嬉しく思います。
なんやかんやで仕事の引継ぎを済ませていたら、知らぬ間に時間も過ぎて三か月。
嵐のような三か月間で、家庭を顧みる暇がほとんどなかったのは、本当につらかったけれど、皆は理解してくれた。私に過ぎたる妻たちであると、何度も思う。
どうにかこうにか、東方への出立の準備を整えたら、いざ旅路へ。
クロノワークを出立し、ゼニアルゼを経由したらホースト、ヘツライの陸路を経て船に乗り、海路から東方入りする。
その道程は順調で、明日にでも予定の地にたどり着くだろうと、私は見込んでいた。
ホースト製の船に乗ることには不安もあったが、船員たちは良く働いているし、私達を接待する余裕さえある。
これはこれで、私達への期待の表れだろうから、能天気な態度は見せられない。
東方会社に貢献するつもりで、いち早く現地に到達するのだ、という顔をしておくべきだろう。
商館を立てる予定地を整備し、出来る限りの政治工作を試みるべきだ、とも思う。
東方会社とクロノワークの諸々の契約については、王妃様監修のもとでガチガチに固めてきたから、後顧の憂いはない。東方人の西方への入植問題についても、今はまだ先送りできるし、当面は不安を感じずに済むはずだ。
放置しても下手を打つ王妃さまではないのだから、私達は東方での働きに集中したいと思う。
「港が見えてきましたね。――なんというか、いよいよ東方に来たって気がしますよ」
共に乗船しているクミン嬢が、潮風に髪をなびかせながら、そう言った。場所が変われば、立ち振る舞いも変わり、新鮮な魅力を感じることもある。
それがまた、私に不思議な感動をもたらしてくれるものだから、ここまで連れてきて正解だった――なんて。不謹慎にも、そう思った。
「クミンさんは、船旅は初めてじゃないんですよね? 船酔いで、げえげえ言うことになったら、どう介抱したものかと、結構心配していたんですが――」
「大丈夫ですよ。これで結構、世間の荒波に揉まれてきたつもりはあるので。……詳細までは、聞かないでくださいよ。それより、これから東方で仕事をしなきゃいけないんですから、モリーさんも心の準備くらいはしておいてくださいね?」
「――ご心配なく。クミンさんこそ、私と教官に積極的に頼ってくださいな。これから、我々は面倒な国際情勢の最前線に赴くのです。勢力圏を確保するまでは、なるべく緊張感を持っておいてください」
クッコ・ローセも、今は私の傍にいる。クミン嬢も、彼女に対しては敬意を示していた。その証拠に、話を振ればきちんと向かい合って言葉を交わしてくれる。
「わかっておりますとも! モリーさんはもとより、クッコ・ローセ教官殿も。気をつけていくつもりですが、私は一介の元風俗嬢にすぎないので、ちゃんと守ってくださいよ」
「手の届く範囲でなら、守ってやるさ。――妃殿下への義理もあるから、そこは手を抜かんよ。クミン、お前は自分が希少な立場にあることを、もっと自覚してもいいんだぞ」
「それこそ、きちんとわきまえていますよ、教官殿。東方の地は、こちらの組織の力が及ばない土地です。身内に頼ることを忘れるほど、ボケてはいないつもりですから」
クッコ・ローセとクミン嬢がバチバチやりあっているけど、これくらいはじゃれ合いの範疇だろう。私としては家中の諍いよりもこれからも仕事の複雑さについて、想いを致さねばならない。
東方の国が中国っぽい何かであるなら、情報を集めるにも、政治的な工作をするにしろ、手間暇かけてやっていく必要がある。
東方社会に受け入れてもらう側としては、こちらが有用な存在であることを理解してもらわねばならないのだから。
例えで済まないくらい、東奔西走するのは目に見えていた。港の確かな形を目に納めながら、ここをいかに発展させていくかを考える。
私もクッコ・ローセも、戦時中に嫌と言うほど船に乗ったものだから、余裕をもって寄港の瞬間を迎えることができた。
「いよいよ、ですね。クッコ・ローセもクミンさんも、覚悟しておいてください。……西方の常識が通じるとは思わないように。明日からは、私達も東方世界の住人です。船から降りたら、東方会社指定の旅館に案内されますが、進出したばかりの土地は油断がならない。身内以外は信用しないくらいの気概を持つように、お願いします」
何より、そこまで事態が目の前に迫れば、色々と緊張もしてくるもので。クッコ・ローセやクミン嬢が不安を感ずるならば、それを和らげるのも家長しての役割だと思うのですね。
「モリー、お前の意気は買うがね。――本当に、この流れで良かったんだな? 今からでも短期滞在に切り替えることだって、出来なくもないだろ。東方会社の商隊を引き連れていくくらいは想定内だったが、ホースト国の連中に体よく利用されている気もするぞ」
東方会社って、私が暫定的に定義した呼び名にすぎなかったはずなのに、いつのまにか正式に採用されてしまいました。
今では、誰も彼もが東方会社と呼ぶようになってしまった。命名者として、これは光栄に思うべきなんだろうか。そんな風に、どうでもいいことを考えていると、クミン嬢の方から話を進めてくれた。
「そうですねぇ。モリーさんは人が良いですから。何を話したのか、私は聞きませんが、何となくわかることはあるものです。――東方での基盤作りまで、こちらにぶん投げてくるあたり、あっちはあっちで不自由なことも多いんでしょう。モリーさんが暗躍する舞台は整ったと考えても、まあいいんじゃないでしょうか」
「そこは、断言してくださっても構いませんよ。……クミンさんがおっしゃられるように、そのために備えてきたし、これからの備え他の為に、現地入りしたんです。ネガティブな思考は一旦おいて、前向きに仕事に向かおうじゃありませんか」
妻たちの懸念は一応は頭に入れておくけど、東方に入ったからには、最善を尽くすのみだ。
今回はそういうノリなんだ、と言えば、二人は納得してくれた。
「モリーがそう言うなら、お前なりのノリに乗ってやるがね。――本気で気張れよ。本国に残しているザラやメイルに恨まれたくはないんだ」
「私たちは、最悪でも心中できる余地がありますからね。もしそうなったら、あの世でどう申し開きすればいいやら、複雑ですよ」
「……何を想像しているか、わかりませんが。お二人とも、余裕はあるわけですね。現地の仕事に向かい合った後でも、その図太さを期待できるなら、他愛習い軽口さえ頼もしく聞こえますよ。――ええ、ええ」
そんな風にだべっているうちに、船が港につき、下船の作業を見届けて、久々の陸地へと足を下ろす。
――というわけでやってきました東方へ。私モリーは今、クッコ・ローセとクミンを伴って、東方までやってきています。
あれこれと面倒を処理して、充分な余裕を作ってから出ていけたのは良かったけど、ここまで来るのに思いの外時間がかかってしまった。
おかげで、シルビア妃殿下の出産祝いにすら出向けなかったけれど、そこはクロノワーク王家が公式に対応していたから、今さら私などが出張る必要もあるまい。帰還してから、改めてご機嫌伺いに行けばよい。それくらいに、私は楽観視していた。
ともかく、この時代の航海術は近代に準じたそれであるから、優雅に船旅とはいかなかったけれども――。
海路は安定していて、危険を感ずることはなかったから、それで満足すべきだろう。
「懸念事項は、山ほどあるとしも。東方会社への貢献次第では、我々の権限がより強いものになるはずです。……東方会社は思っていたより、クロノワークに依存する部分が強くなりそうですからね。我々を除けば、武力面では基本的に現地での徴兵に頼るらしいですし。クッコ・ローセが活躍する余地が大きくなった――と思えば、そこまで悪いことでもないでしょう」
出国から現地まで、結構な道のりではあったけれど――途中から海路を使えたこともあって、一度出立したら旅路そのものは結構スムーズに行けました。
割と驚いたのが、クミン嬢が馬に乗れたこと。商隊の中から馬車を一つ確保しておくべきか――と思っていたところ、彼女が立派な馬術を披露してくれたので、懸念が一つ消えました。
船に乗っている間は意識していないけれども、船に酔わない程度には旅慣れている。その事実に、ちょっとした頼もしさも感じてしまう私でした。
「仕事にまじめすぎて、楽しむ余裕を失いがちなのが、モリーの欠点だな。物見遊山ではないが、東方の地は興味深いぞ。――西方に比べると、風光明媚といっていいらしい。船から見た光景だけでも、緑豊かで土地が肥えていそうなことはわかったぞ。港の人々にも活気が見える、いい街だな、ここは」
「こんな恵まれた土地は、東方でも一部だけでしょう。教官殿は、一部を見て全てを知って気になられておられる。――見識の低さで、モリーさんの足を引っ張らないでくださいよ」
「……お前な、ちょっとは浮かれさせろよ、新婚旅行みたいなものだぞ、これは。お前は前歴からして、もっと享楽的な性格をしているかと思ったが、そうでもないらしいな? ――余裕が足りんぞ、クミン。せめて、自分がどれだけ上等な旅をしていたのか。それくらいは、自覚をもっておけ」
「それくらい、知っていますよ。陸路で使った馬が、結構な上物だったことくらい理解してます。……貴女に笑われない程度には、馬術にも習熟しているつもりでしたが?」
「ああ、一般人にしては上手な方だと思ったぞ。だから、わざわざケチもつけなかった。――なんだ? もしかして褒めてほしかったのか?」
私が個人的に聞いたところ、クミン本人曰く、幹部教育の成果だそうで。……クミンが有望株だということは、あちらの組織においても周知されているらしい。他にどんな教育を受けているのか、ちょっと興味はあるけれど、詳しく聞くのも野暮だろう。
ここまでクミンに投資してくれているのだから、私も彼女を推していくのに不安はなかった。
「クッコ・ローセ。クミンさんをからかうのは、そこまでにしてあげてください。彼女にしかできない仕事が、ここでは待っている。もちろん、貴女だってそれは同じ。お互いに対等と思って、尊重し合うことを忘れないでいてほしいのです」
「いいとも。それはそれとして、お前と私も対等だな? クミン」
クッコ・ローセが、そう言ってクミンの方を見やる。彼女の方も、そう嫌な顔は見せず、素直に肯定して見せた。
「ええ、そうですね。少なくともモリーの前では、私達は平等です。――これで、いいんでしょう?」
「家中の序列を理解してくれているようで、何よりだよ。私に対してなら良いが、ザラに対してはもう少し丁寧に接するように。……まあ、いましばらくは意識しなくても良いがね」
クミンがわかってくれたなら、それはそれでいいんだけど、問題はこれからの展望だよ。
ここに来るまでに、商人たちとタラシーどもとは話を付けてきたけど、東方は全く別の文化圏だ。
フリーハンドを確保した、と言えば聞こえはいい。だが、それはつまり全てを自分の力で勝ち取らねばならない、という現実も示している。
「お願いしますよ。我が家の中で争っている余裕など、我々にはないのです。――東方は、油断ならぬ土地です。この事前工作の結果次第で、西方の未来が変わる。それくらい重要な仕事だと思って、気を引き締めてください」
その西方の未来が我が家に関わってくるからこそ、ここでの奮闘が求められる。
今から実感しろ、と言う方が無理な話だろうが、私なりの真剣さで彼女らに説いてきたこともあるし、わざわざここまで付き合ってくれているのだ。二人にも、色々と期待していきたいところである。
「モリーが言うなら、それは確かなんだろうさ。――もとより、仕事に手を抜くつもりはない。業務以外のことでも力になるし、何なりと言ってくれ」
「私だって、できることはやりますよ。……シルビア妃殿下とか組織の上司とか、言い含められているところはあるわけで、求められている部分もそれぞれ違うわけではありますが。――モリーを一番に優先するっていう気持ちは、これでも確かだと自負しているんですよ?」
今更確認するようなことでもないが、二人ともやる気にあふれている様子だった。
それでも言葉を引き出したのは、私も不安になっているせいなのか。苦笑しながら、感謝を述べる。
「……ありがとうございます、二人とも。そこまでの決意を示してくれるなら、私も二人を遠慮なく頼れます。何と言っても、今回はホーストの商人たちも多く参加してくれているというのに、肝心のホースト本国の連中が当てにならないものですから。武力については、クロノワークに完全に依存するつもりらしいので、私としては頭が痛い所ですよ」
あいつら、楽天的過ぎる。改めてタラシーとか第三王子とかと話したけど、交渉らしい交渉にならなかった。
結果として、私は東方会社の代表としての立場を勝ち取れた。今回だけの一時的な処置で、西方に帰ればただの重役の一人に戻る――という条件付きだが、とにかく自由に動けるだけの立場は手に入れられたのだ。
事前工作のついでに、商隊を組織して交易の実績も積ませてもらう。海路を取った際に、商船をいくつか手配して、売れ筋の商品も詰めるだけ積んできている。
この上、東方会社からは人手も出してくれたのだから、ありがたいというべきなのだろう。
しかし護衛に使う兵については、クロノワークだけが負担せざるを得なかった。ホーストもヘツライも、正規兵を持ち出すことができない事情があり――。
おそらくは、それが東方会社における彼らの弱みなのだろう。商人たちへの統制に不安を持っていたのは、どうやら事実であるらしい。
もっとも、クロノワークだけがここで武力を供出した、という事実は大きい。これを好機として、大きな手柄を挙げておきたいものだ。
「ともあれ、今日はすぐに休みますが、明日には東方会社が進出する予定地を見に行く予定です。正確には候補の一つですが、私はこの港湾都市を根拠地にしても良いと思っていますから、実質決定したのと同じことだと思ってください」
「ずいぶん強気だな。――それはいいとして、今のところ我々が率いている商隊が、東方会社の全てだろう? ホースト・ヘツライから供出してもらった人手と物資は、現状ではこれが限界だと聞いたが、第二陣、第三陣の手配はどうなるんだ?」
「準備ができ次第、出立するそうですよ。我々が交易を終えて、商船が無事に帰還できたら、それだけでも一つの成果です。――その儲けと実績を元手にすれば、案外早く準備ができるのではありませんか? 第二陣以降の受け入れに関しては、先触れが来てから対応しても遅くはありませんよ」
諸々のことを考慮して、今から考えてみるに、タラシーは本国でも結構な権限を任されているんだろうって思ってたけど、実際にはそうでもないらしい。
国内の商人たちをまとめる手腕については、どうにも疑問符を付けざるを得ない。専門分野が別の人が、無理をして商業に関わっているっていう雰囲気があった。
それでもどうにか渡りをつけて、体裁が整うくらいの商隊を用意できた辺り、有能な人ではあると思う。
――ただ、有能なだけの人が、一時とはいえ外交官を任されていたなんて。彼の背後には、どんな人間が控えているのだろう。そこは、少しだけ気になった。
「東方会社、その初めての一歩と考えると、いささか寂しい気もしますね。三国が共同して行う国家事業なのに、主体は民間の商人。しかも公的な身分を持っているのは、モリーさんとクッコ・ローセ教官殿だけ。――現地の人たちは、面食らうと思いますよ?」
クミン嬢の意見はわかるが、今から憂いても仕方がない部分でもある。ここは割り切って動くのが筋だろう。
「そうはいっても、ここまで来てしまったものは仕方がありませんよ。これで、交易品を山ほど積んで、往復すればそれなりの稼ぎにはなりますし。――まあ、商船が三つ四つ並んでいるだけでも、大所帯と言っていいんじゃないでしょうか。不届き者が襲撃してきても、まあ多少の被害さえ許容すれば、自前の護衛だけでなんとかなるでしょう」
これを襲えるほど大きな海賊団などがいれば、事前にわかるはずだが、その情報はない。それ以下の小規模な破落戸集団であれば、そもそも大きな商隊は狙わない。
この点、治安維持に力を割いているクロノワークとゼニアルゼの影響が大きい。このせいで、治安に気を使っていない海路や街道は、そもそも使われなくなってしまった。
ホーストもヘツライも、国内の治安維持に心を砕かねばならなくなり、賊の掃討は商業活動をする上での大前提となってきている。
追いやられた連中が、最終的にどこに行きつくのか。そこまでは、私は考えなくていいだろう。社会保障が充実する時代は、まだまだ先なのだから。
「――そうだ、聞きそびれていたが、この都市の名はなんと言うんだ?」
「東方の港湾都市、ドヴール。東方の文字と発音だと、
西方と東方が混じり合う地。双方の文化の影響を受けた、交易にもっとも都合の良い都市。
私たちが発展させるべき土地が、いかなる問題を孕んでいるか。私たちは、まずはそれを探らねばならないのだった――。
ドヴールは、もとは名もない漁村に過ぎなかったが、交易路としての立地の良さと、港湾としての開発のしやすさによって、発展してきた土地である。
西方の資本に依存する部分が多いため、西方の文化を受容する土台も整っている。ドヴールという名前と、当て字そのものの漢字が、それを物語っていた。
何が言いたいかと言えば、こちらではまだクロノワークの威光が通じる土地な訳ですね。西方にはそういう面倒くさい国家があるってことくらいは、周知されていたりする。
しかもドヴールは東方交易の要地でもあるわけだから、この都市の民は、西方からやってくる商人をもてなすことにも慣れていた。
到着初日。歓待の宴の席で、私は西方からの商隊の代表として、東方商人たちの前に居た。
彼らが用意したきらびやかな料亭と、それ以上に贅を凝らした酒食などは、随行する者たちにとっては関心を引くのに充分であったろう。
しかし、私と妻たちの興味を引くに足らない。
私達は観光に来たのではない。東方商人どもが、どう理解しているかは別として、私達は仕事をするために、ここまで足を延ばしてきたのだから。
「たいそうな歓待、痛み入ります。私は清貧に慣れておりますが、部下の商人どもはそうではない。……ドヴールは、まことに実り多い土地なのですね、会長殿」
「モリー殿がおっしゃられるように、他国の方からは、そう見えることが多いようですな。――しかし実際は、交易に頼るしか能がない土地でもあります。元々が貧しい漁村ですからな、西方からの投資が続かないことには、自給することすら難しい土地柄なのですよ」
歓待の席で、私はドヴールの商工会の会長と、顔を合わせていた。……雑な言い方が許されるなら、現地の商業の元締め、という言い方も出来る相手だ。
油断はできないが、それはあちらも同様だろう。わざわざ会長自ら我々のご機嫌伺いに来る辺り、東方会社は各方面からも注目されているらしい。
あきらかに、ただの商隊の代表に対する態度と待遇ではない。私個人の武勇は別として、クロノワークの武官の評判について、聞き知っているのかもしれない。だとしたら、こちらの武力に敬意を表してくれているのだろうか。
私の視点から見る限り、相手からの反応も悪くなかった。初期の宣伝戦においては、まずまずの勝利を得られたと見ても良かろう。
この辺り、王妃様やタラシーの働きも大きい。自分の影響力を見誤らないよう、常に心しておかねばなるまい。
「……自給できないから、外に富を求める。結果として、商工業が発展する。よくある話ですが、実際にこのドヴールではそれで利益を享受する人々が、実に多い。東方と西方の交流においても、今後はこの街が果たす役割が大きくなっていくことでしょう」
「はは、いえ、そうですな。――そうありたい、そうあってほしいと願っております。モリー殿はお世辞がお上手だ。東方会社、その先遣隊の代表がクロノワーク人と聞いたときには、どんな相手かと警戒もしたものですが……。話の分かるお人で、安心しましたよ」
背後の事情はあちらもわかっていて、おだて合っている所があったりする。私だって、東方の民から反感を受けたくはないから、あんまり厳しい態度はとりたくなかった。
あちらは投資を望んでいる。こちらは主導権を望んでいる。自然と、言葉もあたりさわりのないものになる。
ただ、私の方はぐだぐだやっている時間もないわけで。――ここらで一歩、踏み込んでもいいだろう。
「まさにドヴールは、外とのつながりが生命線です。陸路も海路も比較的整備されているし、物流を動かしている商人たちは、お互いに繋がり合っていて横の連帯も強い。……だからこそ、金融業や交易が発展した。そうではありませんか? 会長殿」
「否定は致しませんとも、モリー殿。しかし、今日はそこまでお堅い話をする場ではございません。――心置きなく、宴を楽しんでいかれればよろしいでしょう」
会長殿は、自分一人が先走りたくはないようだ。商工会は合議制で、会長職も持ち回りであるなら、この態度もうなずける。
商工会の会合などで、抜け駆けを咎められたくはないはずだ。だから、私もほのめかすような言い方で締めるとしよう。
「はい。そのようにいたしましょう。――しかし、この街は、まだ開発する余地がたくさんある。私はそう思いますし、おそらく西方で私の報告を待っている方々も、同じ結論を出すでしょう。ですから、私としてはここらで実績を作っておきたいのですね」
実際には順番が逆で、私が実績を作ることで西方での反応も変わるわけだが、そこまで話してやるつもりはなかった。
とにかく、今ここにいる私の重要性について理解してほしいのだ。ここまで言えば、会長もおおよそは理解してくれる。
「それは剛毅な話ですな! 我々にできる範囲でなら、協力もやぶさかではございませんが……具体的に、どのような実績を求めておられるのでしょうか」
「とりあえず、東方会社の設立準備として、必要なことすべてを。交易会社として、活動に十分な設備すべてを、私はここに作り上げたいのです」
せっかくの機会であるし、初見の段階で、インパクトのある印象を与えておきたい。
出会い頭に、ガツンとやる。衝撃が強ければ強いほど、後々の商談もやりやすくなるだろうと、そうした計算もあった。
「――すべてをドヴールに、ですか。それはまた、難しい話ではありませんか?」
「難しくとも、押し通します。そちらとて、話が早い方がいいでしょう。……違いますか?」
だから私は、遠慮なくこう言った。場合によっては、現地への一番乗りという優位性を生かして、出来得る限りの強権をふるうつもりだ。
私自身、東方会社の代表と言う地位を勝ち取って、ここに来ているわけである。私の尽力と実績が、目に見える形で現れたならば。――タラシーとその背後の連中とて、こちらの発言を無視できなくなる。
独自の交易路の開発、港湾の拡大と整備、取引に必要な商館の建設など諸々の準備をここで整えてしまえば、なし崩し的にドヴールが東方会社の拠点となるのだ。
「しかし、すべてをおやりになる、とすると結構な大仕事ではありませんか。どこをどのように手伝えばいいやら、我々としてもわかりかねまする」
「難しく考えなくてもいいんですよ。――会長殿、こちらで兵どもを徴募することは、ご許可願えますか?」
「傭兵を五百人ばかり集める位なら、商工会の権限でどうにかなりますが」
「でしたら、その通りに傭兵をかき集めて、こちらの兵と合わせて訓練を行う許可を頂きたい。それから、彼らを半年くらい食わせてやる環境を作ってくれるなら、ありがたいですね。――初期投資として、それくらいは受け入れてくださいますか?」
「……ふーむ、それくらいなら、会長権限で通せなくはないですがね。しかし――」
こちらがどれだけ本気で、ドヴールに投資してくれるのか。これが不透明では、協力しづらい、と言いたいのだろう。
雰囲気でそれを察した私は、すぐに帳面で金額を提示した。まず、不足のない額面であると思う。
ありていに言うなら商工会への賄賂だが、見方を変えれば、それも一種の投資であることは違いがないのだから。
「まあ、糧食の代金だと思って受け取ってくださいな。以降は半年ごとに契約を更新していく、という形で。とりあえず、即金で出せるのはこれくらい。……足りなければ、ホースト国の方に申請しましょう。いかが?」
「ふむ、ふむ。――まあ、結構です。ここでケチを付けるよりは、趨勢を見守る方を選びましょう。我々は、何事にも慎重なので、急いで結論を出したりはしないのです。何かしらあれば、その都度話し合うことにいたしましょう」
「――では、今後ともよろしくおねがいしますね。……ええ、ええ。悪いようには、しませんとも」
いくらかの交渉の後、私の提案は受け入れられた。タラシー辺りが後で頭を抱えることになるかもしれないが、知ったこっちゃない。
無理のない金額で治めた自信はあるんだ。これで不満に思うなら、私に頼ったお前自身の見解を恥じたまえよ。
私は、私の目的と倫理に基づいて行動する。それは、西方から東方へと活動の場を移した今も、変わることがない。
国や会社を代表してここにいるという事実、一家を支えているという紛れもない現実。それらを背負っている自覚がある今、私は全力を尽くさねばならないのだから――。
到着したとたんから、様々な仕事が湧いて出てくる状態だったけど、それも二日三日と処理していくうちに余裕も出てくる。空き時間があれば、得た情報の分析や、今後の対策について思いを巡らせることもできた。
「調べれば調べるほど、利の多い土地です。それだけに、防備の不足が気になって仕方がない。――近いうちに口実を設けて、要塞化する手はずを整えねばなりませんね」
私が見るところ、ドヴールの交易上の利用価値は高く、競合する周囲の港湾都市と比べても頭一つ抜けている。
海路陸路が整備されていて、まず交易地として有用であること。東方からも西方からもアクセスしやすい、いわば交通の要所であるから、交易品の集積地としても使いやすい位置にある。
しかも物流と金融業が発達しているため、経済的影響力は大きい。ここに西方からも投資を集中させれば、ドヴールは東方国家の中でも、有数の大都市になるだろう。
もう一つ、発展させるべき理由と言うのもあるのだが――そこまで語るなら、相手は選ばねばなるまい。よって、私はしかるべき相手の前で、持論を展開させているのだった。
「もう少し深いところを話すなら、交易を除いても、ここは東西の富の集積地となりえる。経済発展の可能性と拡張性は言わずもがなですが、それ以上に政治的な意味合いが大きい。ドヴールは『隣接している全ての国家に税を支払っている』――この事実が示すところは、実際にとても重要なのですね。多方面に媚びを売ることで、武力制圧のリスクを下げる。やり方を間違えれば返って怒りを買うこともありましょうが、その努力をし続けていることは、とても大事です。これこそ、ドヴールの政治力と財力の証明といっていいのですから」
「だから、同時に防備も固めるべきだとお前は言うのだな? 元盗賊としての見解を述べるなら、現状でも決して攻めやすい土地ではないぞ」
元頭目の男と、私は今向かい合っていた。彼とは、なるべく早く意見のすり合わせをしておきたかったから。
「貴方にとってはそうでしょうが、私にとってはそうではない。特殊部隊を率いていい、という前提なら、私はこの街を落とせますよ。――せめて、それを防げるくらいには強化したいのです。その理由についてまでは、今は明言しませんがね」
「商人どもや妻も遠ざけて、一対一で語る内容がそれか。……俺は、どんな悪だくみに参加させられるんだ?」
「国家規模の経済政策……ですかね? とりあえず、広義ではそういう解釈をしてもいいはずです」
密会の場を作るのは、さして難しいことではなかった。旅館の一室を借りて、相手を呼んで、人払いをすればそれで済む。
クッコ・ローセもクミンも、そこは理解を示してくれる。だから、私は安心して仕事の話ができるのだね。
「元盗賊の身で、そこまで大きな事業に関われるとか。一年前の自分なら、絶対に信じられないようなことが起きているな。――しかし、今の俺はただの商人で、自前の武力すら用意してないんだ。そこは考慮しておいてくれよ?」
「ええ、ええ。わかっていますよ。せっかく特別に、身分を用意してここまで連れてきたんです。無為に過ごさせるつもりもなければ、使い潰すつもりもありません。大事に酷使していきますので、どうか付いてきてくださいな」
「……粛清されたくはないし、相応の飴もしゃぶらせてくれるんだろう? だったら、裏切る理由はないさ。勝っている間は、従ってやるとも」
かつて盗賊の頭目だった男だが、今は私の部下である。ある意味特別な立ち位置にあるし、彼には独自の判断で動いてもらうこともあるだろうから、情報の伝達は必須事項だ。
でも、周囲の目があると色々と勘繰られることもあるからね。だから、わざわざひと手間かけて、耳目を排除した屋内で語り合っているわけだ。
「結構。話を続けますが、ドヴールに赴任している総督に軍権がない――という事実からも見て、この都市がいかに特別であるか理解してほしいですね。……商人たちが自衛している。自衛を許されている。その事実は、それだけ中央からの統制が緩んでいるということも意味します。要するに、この都市が養える範囲であれば、武力の私用は黙認される可能性が高いのです」
複数の情報を組み合わせて分析するに、ドヴールは商工会が事実上の統治者だ。もちろん東方国家に所属する以上、名目として都市を統治するのは、中央から任命された官吏である。
いわば『総督』とでも言うべき人物が、ここにもいるのだが――すでに実権は現地の勢力に奪われていると見ていい。
「……俺に話すようなことか、それは」
「はい。商人兼盗賊の貴方であればこそ、話す価値のあることです。頭目であった頃も、相応に狡猾にふるまっていたでしょう? そのノリを思い出しながら、聞いてください」
当人も自覚しているように、盗賊の頭目だった男は、この場ではただの商人としての立場でしかない。
それでもわざわざ連れてきたのは、今であればこそ使いようがあると見極めてのことだった。
「とにかく、ドヴールは東方の都市でありながら、その名の通り西方の影響も強い。東西の人材が交流し、互いの文化が程よく混じり合う土地柄は、どちらに対しても交易の利点として働きます。……不文律とか、暗黙の了解とか、とにかく明文化されていない掟などについても、東西両方共によくよくわきまえている。それが出来る人材がここにあるのですから、安定した取引を行うなら、ドヴールは都合がいいと思うのですね」
「下調べは完ぺき、というわけかな? ――で、その情報をひけらかして、俺にどうしろと言う」
「普通に、西方の商人として動いてほしいと思います。――ただし、多くのことを学んでもらわねばなりません。造船や石工、簡単な医術を含めた薬剤知識などは当然として。染料や織物、金属細工についても、ここで造詣を深めておきましょうね。専門家に対抗できる程精通しろとまでは言いませんが、商人としてそれらの商品を扱うからには、半端な知識のままでは許されないと思いなさい」
彼もまた、私の部下となってここにいる。非正規で自由に運用が効いて、荒事にも商業にも使える人材は貴重だからね。使い倒さなくては損というものだ。
大切に育てたいから、新進気鋭の新米商人として、学ぶ場を与えてあげよう。商工会にも話を通してあげたから、最低限の学識はそこで得られるだろうさ。
「商人として、即席の教育を受けた後で、なお勉強しろと言うのかよ。……老け込んだつもりはないが、もともと育ちは良くない。俺の頭の出来に、そこまで期待されても困るんだが――」
「ドヴールは、交通の要所です。多くの外国人が滞在し、東西の雑多な人種が入り乱れ、生活を続けている希有な土地です。各々が持つ技術技能も、日常的に活用されていて、これを現地の人々は貪欲に吸収している。いわば、知識の交流の場としても、ドヴールは重要な役割を果たしうると私は考えています」
そうして、私は用意していた資料兼教材の束を取り出した。
東方会社の有能なスタッフがまとめてくれたものだから、非常にわかりやすく簡潔に収まっている。
この男は頭が良いし、覚えも悪くない。時間もあることだし、ここらで一つ、気長に育成してみようと思ったわけだ。
「……無理にでも覚えて活用しろと、そう言いたいわけだな?」
「ここドヴールは、多種多様な人々が集まる土地です。適度な知識は、商売の上でも有用でしょう。――物分かりの悪い相手に、問屋も職人も良い品を提供してはくれませんよ。せめて富裕層の間に入っても、恥ずかしくないだけの教養くらい、ここらで身に着けておきなさい」
将来的に、男にとっても手に入れる知識は、大きな財産になるはずだ。
もっとも、今は手放すつもりはない。たやすく足抜け出来ない程度に、立場を縛っていくつもりだ。
それは、彼とて理解しているらしい。苦々しい表情で、睨みつけながら私に言った。
「散々無茶ぶりしておきながら、俺の方は拒否する自由すらないわけだ! ――適当な額を稼いだら、トンズラするかもしれない、とは考えないのか?」
「手っ取り早く稼げる職を、自分から失いたいならそうなさい。……賭けても良いですが、傭兵稼業だろうと、盗賊稼業だろうと、今の貴方の立場ほどは儲かりませんよ」
「……俺の変わりなど、いくらでもいる、とでも言いたいのか」
「いいえ。貴方は特別な人材だと思っています。だから、私とのつながりは保っておきなさい、と言いたいのです。――お互いに利益の最大化を求めるなら、協力する方が効率が良い。そうでしょう?」
「……そうだな。よくよく考えれば、稼げる仕事なのは間違いない。お前が勝っている間は、逆らうのも怖いしな。今は、お前の方針に従ってやろうさ」
頭目だった男も、今や肩書だけは立派な独立商だ。破落戸だったころの癖も、すぐに矯正できるだろう。それくらいの才気は感じさせるから、私もまた期待したい。
「――さて。話がそれましたが、ドヴールの重要性について、今少し語りましょう。立地がよく、経済的発展性があって、政治的にもそこそこ安定しているなら、ここは財産を隠すのにうってつけの場となります。各地から富が集中する条件がそろっていると見てもいい。色々な意味で穴場であると、まずは貴方に理解してほしいのです」
男自身にとってもそうだが、今後の東方会社の方向性を決める上でも大事なことだ。交易をおこなう以上、金融業とのかかわりも深くならざるを得ない。そして、取引の量や額が大きければ大きいほど、隠れ蓑も作りやすくなる。
名義を変えた隠し財産だって、その気になればいくらだって作れそうだ。これを『売り』にすべきかどうか、私はちょっと考えていた。
――東西の国家の王族、要人たちの秘密口座を抱えるようになれば。まさに東方会社こそが、国家の垣根を超えた、最初の国際企業になれるかもしれない。その歴史的意義は、とても大きいだろう。
東方と西方の融和に際して、これが大きな役割を持つ日が来るかもしれない。そう思えば、今の私の立場がどれほど責任重大であるか、今一度自覚せねばならなかったのだ。
「各国の大商人や、貴族どもがここに財産を貯蔵するって? そこまで多額の預金を積み上げられるほど、多くの金融商が集っているわけではないし、港の倉庫を拡張するにも時間がいるだろ? 秘匿性を考えるなら、ここでなくとも良い気はするぞ」
頭目の男の疑問は、確かに的確なものだ。しかし、それは『これまで』の前提にすぎない。
『これから』は違うのだと、私の口から説明する。
「ところがそうでもないのですね。――だって、ここには東方会社の本社が立つんですから。私がそうすると決めて、西方の有力者に働きかけるんです。東方の連中だって、その流れに逆らおうとはしませんよ。素直に投資を受け入れて、物資と財産の集積地に改造して、政治的な合意さえ得られたなら、ドヴールは最高の交易都市になりますよ」
結果として、ある程度の政治的安全性は低下するだろうが、問題ない範囲で収まるはずだ。
何より、今のドヴールには私とクッコ・ローセがいる。
防備を固める時間さえあれば、難攻不落の要塞にしてしまって、別の意味で政治的な安定を図っても良いんだから。
「……お前さん、東方会社の重役とは聞いているが、どこまで大きな権限を持たされているのか。改めて、聞いていいか?」
「これでも私、東方会社の先遣隊として、かなりの自由裁量をもぎ取ってきましたからね。一時的とはいえ、東方会社の代表という身分に違いはないわけだし――社内で手の届く範囲なら、できないことはないと言ってもいいですよ。特に『非常時の際の独断専行権』は明文化して保証してもらっています」
「……どんな弱みを突けば、そんなことが許されるようになるんだ。卑賎の身としては、うらやましいを通り越して、呆れてしまうぞ」
「ま、そこは私だけの成果でなくて、身内が総出で頑張ってくれたからですね。――西方において、クロノワークを敵に回したい国家なんて、一つもないんですから。結果として、私が今自由に動けている。活躍できる土台は整っているのですから、この機会を逃すわけにはいきません」
そうやって、前例と前提を積み上げれば、東方会社は私の功績と発言を評価せざるを得なくなる。ここでの政治活動さえ成功させられたなら、私の想定通りの展開を呼び込めるだろうと見込んでもいる。
途中で引っかかったり思うように動かなくなったりすれば、その都度修正を入れていけばいい。とにかく、この頭目の男の前では、だいたいが上手くいった未来を見せて、楽観的な感情を植え付けてやろうと思うのだ。
楽観と期待こそが、人々の原動力となる。自らが富むという確信が得られればこそ、誰しも勤勉になれるというものだろう。現金の重要性を、私は理解しているつもりだった。
「ここまでの『前提』を踏まえたうえで、私が貴方に臨むのは、隊商を率いて東西を往復し、交易品をやりとりすること。その儲けを喧伝して、東西の商人たちに東方会社の有用性を認知してもらうことです」
意味ありげな視線を男に向ける。こいつに期待しているのは、あくまでもその才幹のみ。
いち早く保身を図り、まんまと生き残った生存性の強さと運、何よりも盗賊団を率いていた統率力と運営力を私は買っていた。
男は、そうした私の意図をくみ取った様子で、良い感じの返答をもって返す。
「ついでに言うなら、交易の邪魔になる盗賊どもを撃退して、クロノワーク商人の屈強さと商才をアピールするわけだな? 俺はその第一号となって、見本としての動きを徹底しろと言うことか」
「こちらの意図を理解してくれて、結構なことです。――そこまでわかっているなら、細かい指示はいりませんね? 売れ筋の商品と、多量の商品をさばける市場を紹介するだけでも、今なら一財産築けます。貴方はその幸運な一例となって、東西交易の成功者としての地位を確立してもらわねばなりません」
この男には、出来る範囲で、可能な限り成功してもらう。手助けはするけれど、他の商人の目もある。
大っぴらに特別扱いするのは、いくつかの実績をあげてからになるだろう。
彼にあれこれと語ったのは、こうして対面で話をする機会を作るのが、しばらくは難しくなりそうだという事情もある。
わかっている話はさっさとぶちまけて、仕事に集中したい。私自身の名声を稼ぐ手段だって、これから確立していかねばならないんだから。
「私は私で、仕事をこなさねはなりません。しばらくは、お互いの役割に集中しましょう。その過程で、名声も高まっていくものと考えたい所ですね」
「……無茶振りされているという自覚はあるつもりだが。出来る範囲で、やれるだけのことはやるさ。食いはぐれない程度の実績を積み立てることは、俺自身の為でもある。手を抜いたりはせんよ」
「そうあってほしいですね。――貴方を粛清しにいくのは、骨が折れそうですから。間違っても、他国になびいたりしないように。私の見立てでは、色々な形で引き抜きに来ると思いますから――いかに魅力的に思えても、仮想敵国の甘言に乗ってはいけませんよ?」
「単独で盗賊団を殲滅してのける化け物を、わざわざ敵に回したりはせん。……なるべく、安眠できる身分を維持したいんでな。あんたに狙われることだけは、絶対に避けるとも」
なんだか不当に恐れられてる気もするけど、それでこの男の心がつなぎとめられるなら、あえて訂正はするまい。
「逐一、情報は提供します。それで、『充分』ですね? 難しそうなら、その都度対応を考えますが――」
「難しい言い方をするなよ。……行間を読んで、明言しない所も適当に察して動けというんだろう? 出来る限りの配慮はする! 俺の方から言えるのは、それだけだ」
「まあまあ、いいでしょう。貴方への対応は、貴方自身があげた成果しだいで決めるとしましょう。――頑張ってください。期待しているのは、本当ですから」
お互い、仕事への熱意だけは本物であると確認できただけ良しとしよう。
これから忙しくなるから、クッコ・ローセとクミンのご機嫌とりだけは、充分に気を使っておこう。
諸々の問題への対処を考えながらも、私が一番に気にかけるのは、やはり妻たちのことだった――。
ドヴールには、独自の文化がある。
商人と船長、貴族と平民、職人と農家が共に同じ屋根の下で語り合い、笑いあう場がこの街にはあるのだった。
東方と西方の文化が混じり合う地で、どちら側の民も、幾度もの衝突の中でどうにか折り合いを付けようとしたのだろう。
その努力の結果として、
誰にとっても、情報は有用なものだ。そのやり取りが頻繁に行われるロッジアでの遊興は、情報収集にも有用であったし、顔を合わせて人脈を広げる場としても重要な場であることは確かである。
私自身、これを利用してアレコレと働きかけることもしているので、このドヴールの文化は素晴らしいと思う。
――まあ、賭博に関しては、ちょっと勝ちすぎて出禁を食らっちゃったので、しばらく大人しくする必要はあるけれど。それでも、充分以上の結果は得られたよ。
「様々な形で情報収集を行いましたが、判断に迷いますね。……総督がぼんくらなのは、この際は都合がよいとしても。周囲の環境は、ドヴールに味方するものばかりではない。政治工作を行う際は、慎重に動く必要がありますね」
個人的な不安要素を口にしながらも、私は自らを省みてみる。対策を練るにしても、現状への正しい認識が、まずは必要だった。
事務をいくらこなしても、教養をどれだけ披露しても、東方の文化に馴染むには時間が掛かるもの。ドヴールへの出向から幾日もたったが、私達がこの地に慣れるにはまだまだ実績が足りない。
東方会社は、以前から派手に宣伝してくれていたから、組織の名前だけは知れ渡っている。投資に対して本気であることも、もはや疑う者はいないだろう。その証明として、第一陣の商隊はそこそこの規模であったし、取引額も大きなものになった。
これが繰り返し何度も行われるなら、恩恵にあずかりたいと思う者は多いだろう。
個人的にも、東方会社の代表として、必要な相手に便宜を図ることはできる。だが、このドヴールで個人が存在感を表すのに、それだけでは足りない。
私モリーが一個人として、名声を得ることを求めるならば、やはり武力を示すのが手っ取り早いだろう。
もっとも、今の東方は比較的平穏である。近隣国家が戦争しているわけでもないし、不安要素が多少あるだけで、荒事が必要な雰囲気ではなかった。
しかし、現状が平和だからと言って、今後の平穏まで約束されるわけではない。何より、ドヴール周りは、これから間違いなく経済的に荒れる。
東方会社の進出と言う事態は、良い意味でも悪い意味でも多くの人々を刺激するのだ。
「ドヴールが有用な都市であるなら、それを確保する意義がどれだけ大きいか。周辺の勢力は、それを確実に理解しているわけです。――どうも、東方でもここらは中央の統制が緩い土地柄だそうで。万が一、現地の軍閥が反乱などを起こしたら、どうしても狙われやすい位置にあることは間違いありません」
「そうは言うが、この街は長い間戦乱とは無縁だったと聞くぞ。安定した土地で、一足飛びに反乱騒ぎなんて起こるものかよ。――そもそも、兵どもがまともに戦える水準になってない。今攻められたら、私達だってひどい目にあうだろうに」
クッコ・ローセも、ザラの次に私との付き合いが長い。議論の相手としても、思考を整理する手助けとしても、都合のいい人材である。
私は書類をさばきつつ、もろもろ執務をしながらも、合間を縫って話をすることにしている。
雑談を模した形で、有用な話し合いができる。そうした相手は貴重だし、それ以上に時間が貴重だった。無駄を省く以上に、効率を重視せねばならない。
他人の目は、もう気にしないことにした。公私ともにイチャイチャしている風に見えたとしても、それが全てにおいて効率的なんだから、仕方がないじゃないかって思う。
「ことさらに、ドヴールを戦場にしたいわけでもあるまい? 何より、この地は守るに適していない。守って勝つ戦をするには、もっと厳密に区画を整理して、防衛を優先した街づくりを始めねばならないし、城壁も厚くして要塞化する必要があるぞ。……理想を言えばキリがないのはわかっているが、予算はどこが出すんだ。しっかり金をかけないと、防衛面での改善は難しいとわかっているだろう」
「はい。――なので、ここから数か月かけて、事態を見守ります。問題が起こりそうなら、早期解決を図る。不穏な事態が起きたら、それを口実に商工会を絞ります。名目さえあるなら、出資を渋るような手合いではないでしょうし、しばらくはそういう路線で行こうかと思ってます」
東方会社の進出は、西方からの侵略と取れなくもない。過剰反応によって、ドヴールがそのとばっちりを食らうことだって、ありえなくはないだろう。
そこまで深刻でなくとも、悪い影響を受けて、ちょっとした混乱が起きることは充分にありうる。その事態に適切に対応することで、個人的な功績を稼いでおこうと思っていた。
「上手くいけばいいがね。――商人どもなんて、どいつもこいつも魑魅魍魎に近しい連中だろう。私には、上手くあしらう自信もない。モリーは、よくやっているよ、まったく」
「お褒めに預かり、恐悦至極。……まあ、話してわかるくらいには、理性的な連中ですよ。そうでなくては困るのですが、想定以上にものわかりがいい。このままなら、私の想定内で物事が収まることも、期待していいんじゃないかと思いたくなります。楽観は危険だと、わかっているんですけどね」
私も、ドヴールに着いてからは休む間もなく働いているし、ちょくちょく社交場に顔を出しては情報収集に明け暮れている。
ミンロン女史からの紹介状もあったから、各方面へ顔を売ることは成功したと思うし、交易に関わらせることで、実利による関係も構築している。
個人的にも、信用できそうな金融商とか倉庫番とか、確保できるならしておくに越したことはないと思うのだ。
そして、彼らとのつながりの結果として、いくらかの情報を前払いしてもらっている。それらを分析するに、思っていたよりもドヴールの平和は薄氷の上にあるものと、私は確信したのだ。
「何と言いますか、この街は財源になるものが多いのです。――交易そのものに加え、交易を支える港湾周りと、その維持のために必要な多くの人口。それを養う物流に、人の心をつかむ娯楽。どれをとっても、多くの富が動きます。……この既得権益を破壊して、全て自前の人材で固めることが出来たら、どれほど大きな財源になるでしょうか」
「破壊は、武力によってしか達成されない。――それは大きな代償を伴うものだ。モリー、お前には何が見えている。東方会社が傭兵を雇い入れ、調練を繰り返している。傍目にどう映るか、わからないお前じゃないだろう?」
「まさに。しかし、誤解のないようにお願いしたいのですが、ドヴールは魅力的過ぎる街です。私たちが干渉せずとも、いずれ本格的な武力制圧の危機からは、逃れえなかったことでしょう」
東方会社が来なければ、その事態は十数年くらい先延ばしにできたかもしれないが、そこまで口にする必要はあるまい。
西方からの投資がなかったとしても、この街が発展・拡大していくことは間違いないのだから。
財力だけが肥大化した港湾都市は、武力に弱い。税金以上に搾り取れる、報復を受けても痛くない――なんて考える権力者が一人でも近くに生まれてしまえば、その時点でドヴールの命運は決まるだろう。
私自身、時計の針を進めているという自覚はあった。だが、私が今ここにいるのは、時代の流れに沿った結果でもある。
せめて、自分が主導する限りは、犠牲が少ない未来を引き寄せたいと思う。そのために必要なことは、全てやり切りたい。
クッコ・ローセがここまで付き合ってくれた以上、夫としては半端な成果で満足してはいけないのだ。
「最悪の未来を想定しているのは、私達だけではないのです。例えば商工会の連中だって、不穏な気配が漂い出していることくらいは、掴んでいるでしょう。――我々を番犬代わりに使うなら、それもよろしい。そうやって上手く働けたなら、労力に見合った見返りを期待したとしても、悪いことではありますまい」
「無下にはされんだろうな。東方会社は大きな組織になる。……西方からの投資は、間違いなく本物だ。まだ第一陣だが、結構な額の取引が成立している。ここに商館を置いて、本格的な商業活動ができたとしたら――なんて。この成果を正しく持ち帰れたなら、夢を抱きたくもなるだろうよ」
クッコ・ローセには書類仕事を手伝う義務はなく、役職上は私に付き合う義理はない。
それでも一緒に書類に向き合って、分析する仕事を共有してくれる。共に悩んでくれているという現実は、私にはとても贅沢に感じられた。
なればこそ、率直に向かい合って意見を戦わせよう。それが結果として、よりよい未来を呼び込むと信ずればこそ、私は隠さずに心情を述べるのだ。
「お前はどこまで想定しているのか、聞いてもいいか? 遠い未来ではなく、近く起こりそうな事態については、私も考え方を共有しておくべきだろう?」
「そうですね。――手っ取り早く、我々が武力をふるう事態を期待しています。具体的には、財政危機に陥って、都合の良い財源を確保したくてたまらない独立勢力とかが殴り掛かってきてくれたら最高ですね。殴られたら殴り返すのは当然ですし、殴り勝ったなら賠償を請求する権利くらいはあるでしょう。……我々にそれだけのことができたなら、ドヴールの人々にとって、これ以上ない宣伝効果が表れると思うのですよ」
そこに行きつくまでには、いくらかの手順を踏まねばなるまい。そこも含めて、様子をうかがう必要があると私は見ていた。
ただ、あらゆる要素を加味してみれば、特別な工作までは必要あるまい、と思う。東方会社が当たり前の利益を追求するだけで、流れは勝手に不穏な方向に流れていく。
私が意図的にふるまわなくても、それは変わらないだろうと私は確信していた。
「お前がそこまで言うんだ。せめて殴られる前に、防衛策くらいは固めておきたいな。それには、現地住民の協力が不可欠だが――」
「先も言ったとおり、この街の民とて馬鹿ではありません。武力侵攻の予兆さえあれば、説得は難しくないでしょう。防備を固めるにも時間はいりますし、そこは気長にやりますよ」
そして、情報の裏取りに現地の情報網が使える。ミンロン女史からの紹介状には、そこまで含まれていた。
……最悪、自分が身一つで駆け回ることも考えていただけに、これはありがたかった。本気で彼女に足向けて寝れませんよ、ええ。
ドヴールが周辺に税金を払って回っているのは、どれかが殴り掛かってきても、誰かが助けに来てくれることを期待してのことではあるが――。
しかし、常にその保険が機能するとも限らない。ささやかであるが、自前の武力を保証されているのも、もしもの事態に備えるためだろう。
そして、今まではこの体制でやってこれた。しかし、これからは違う。……我々が、東方会社がやってきたからだ。
「しかし、わからんな。今のドヴールは、そんなに美味そうに見えるのか?
「将来的な成長性を加味すれば――多少の傷は承知のうえで、強引に奪いにかかりたくなる程度には魅力的ですね。……シルビア妃殿下の交易拡大政策が、良くも悪くも影響している感じです。東方会社としては、ゼニアルゼに負けないくらいの販路を確保したいわけで、この港湾都市は大規模な商館を立てることがほぼ内定している状況にあります。別段、それは隠しているわけではないので、情報に通じている方々の間では、周知の事実になっていることでしょう」
「手っ取り早く奪って稼げる手段がここにあると、東方では知れ渡っているわけか。……なるほど。つまり、武力でドヴールを脅すことができれば、己の采配で利益を確保できる。そこで西方交易という新たな財源を得られると思えば、多少の無茶は通したくなるものかね」
本格的に戦乱を起こす気はなくとも、誘惑にかられて、ちょっかいをかけてみようか――なんて。不穏な考えを引き起こすには、充分な状況がそろっている。
だから、私は出来るならばこれを逆用したい。どこぞの勢力が攻めに来てくれるなら、我々が武力を振るってこれを撃退しよう。
そこで実績を作ることができれば、ドヴールの有力者は私を頼る。力は信頼を生み、信頼は交友を充実させてくれる。何度でも強調するが、これが本当に大事なことなのだ。
ここまでくれば、東方会社とて、現地の勢力と信頼を結んだ私に特権を与えないわけにはいかなくなる。確かな立場を築く一歩として、これは大きな機会と言えるはずだった。
「無理をすることはない、と私は思うがね。……モリー、念のために聞いておくが、焦ってはいないよな?」
「あまり性急に事を進めるつもりはない、と申し上げておきます。――私個人が急いたところで、どうにかなる仕事ではありませんし、まずは手元の兵力を鍛えることに注力したいので。最低でも二、三か月は平穏に暮らしたいと思っていますよ。そこからアレコレと実績作りに動きたいところですが、実働までは半年くらい時間を空けたいですね。……根拠のない希望で良いなら、それくらいに思ってます」
「傭兵どもを精兵に仕立て上げたいなら、一年は時間をくれよ。東方の傭兵は、練度が低くて困る。――そのくせ女と見れば舐めてかかってくるから、教育するのに手を焼いて仕方がないんだ」
「良い人は兵にならない、なんて言葉があるくらいです。苦労を掛けますが、どうか頑張ってください。……本当に、お願いします。貴女しか、頼れる人がいないのです」
夫としてどうかと思うけど、この点についてはガチでクッコ・ローセに頼るしかなかった。
私が調練に参加できたらいいんだけど、現状としては東方会社の代表としての仕事が多すぎて、手が回らない。
このうえ、情報収集と政治工作まで担当しなくてはならないんだから、彼女に任せる仕事が多岐にわたっても仕方がないだろうと思う。
「まったく。もし、私が同行しなかったら、どうなってたんだと言いたくもなるぞ」
「……想像したくはありませんが、ひどいことになったと思いますよ。たぶん、私はまともな睡眠時間さえ確保できなかったんじゃないでしょうか」
そうして、クッコ・ローセは席を立つ。そろそろ調練の時間だったかと思い当たると、せめて言葉だけでもねぎらいたくなった。
「ありがとうございます。……貴女が私と共にいてくれなかったら、たぶん、私はここに居なかったと思いますから」
「そんなに東方に来たかったのか? だったら別に、私じゃなくても――」
「そうではなく。……クッコ・ローセ。私を教導したのが貴女でなければ、私はもっと以前に戦死していたでしょう。共に生を謳歌できる今に、感謝しています」
本気だった。いつでも真面目に接しているつもりだが、妻に対しても、言葉を惜しんではならないと思う。
「だから、ありがとう。――これからも苦労を掛けますが、できれば、ずっと一緒に生きてくれると嬉しいです」
「……馬鹿。その気もないのに、こんな所までついてくるかよ。――私は行く。東方の傭兵どもは、言葉が通じにくいし文化も違う。早々に叩いて、上下関係を徹底させてやらんと、後がうるさいんだ」
そう言って、彼女は退室した。
私は見送って、また自らの仕事と向かい合った。
それでいいと思うし、これが我が家のやり方なんだと思う。
……今しばらくの時間さえ稼げれば、東方会社はドヴールにおける橋頭保を確保できる。
その後のことは、情勢次第。何事も上手くいけばいいのだが、どうせアクシデントは起きるもの。そう考えて、期待しすぎないほうが良いだろう。
忙しい毎日だと、夫婦の営みも難しくなる。――せめて、彼女が寂しさを感じないよう、心を砕いていきたい。今の私には、それだけでも精いっぱいだった。
クッコ・ローセの方に不安はない。やるべき時に、彼女は最高の仕事をするだろうと期待も出来る。
だが、クミンの方はまた別だ。彼女の能力に不安があるわけではないが、風俗は理屈や腕力でどうにかなる部分ではないから、余計に厄介なわけで――。
「ドヴールでは、売春宿や情婦を囲う邸宅は、海沿いの城壁近くに構えるのが作法のようです。そこを『小さな城』と呼んで隔離するのは、この街ならではの独自文化と言っていいでしょうね。……東方では、性文化も西方とはずいぶん違うようです。その辺りの衝突が昔は結構あったらしくて、今では法でガチガチに固められていると聞きました」
「――調査お疲れ様です、クミン。あいさつ回りも兼ねて、あちこち振り回してすいません。……これからしてもらう仕事と思えば、どうしても必要な事でしたが、辛くはありませんでしたか?」
「いえ、別に。あいさつ回りくらいで音を上げたりしませんし、ドヴールの風俗の作法を習うのも、嫌ではありませんよ。……売春宿の女将さんたちは、結構気のいい方々ばかりでしたし、貴重なお話も聞けました。事前準備の一環と考えれば、私がここで怯むわけにもいかんでしょう?」
クミンには、東方会社の一部門を任せるつもりで、ここに連れてきている。
明け透けに言うなら風俗店の経営なのだが、いきなり箱を作ってさあ始めよう、なんて無作法な真似は出来ない。
事前に商工会に相談して、許可を得るのは当然だが、それ以外にも配慮が必要な部分は多くあることだろう。
クミンには、ある程度独自に動いてもらっている。彼女自身が顔を売る必要もあるし、街の先輩方を尊重し、礼節をわきまえた態度を見せておくことは、今後の布石にもなる。
「まあ、商工会の方は知りませんが、女将さんたちは余所者の流入には慣れているみたいで。遠ざけるよりは、近くにおいて様子を見たいんでしょう。挨拶と社交辞令のついでに、あれこれアドバイスもしてもらいました。……過去のやらかしとか、風俗に関する法についてだとか。ここでやっていくつもりなら、絶対に知っておかなくてはならないことは、だいたい教えてもらったと思います」
不法な売春行為は、厳罰をもってこれにあたるのがドヴールの流儀であると、クミンは言った。
過去には、市中引き回しの上、都市からの永久追放処分が下されたこともあったらしい。そのことを思えば、半端な知識のままでは風俗店の経営などままならない。
私もそうだが、クミン自身もドヴールの流儀をより深く理解していかなければなるまい。
「本当に、お疲れ様です。――東方会社が、ここで風俗店を経営するとなると、どうしても事前に話を通すべき場所が多くなるものですから。既得権益を犯さない範囲で、新たな需要に対応するためだと言って、ようやく娼館建設の許可を取り付けました。……これで、ようやく貴女を管理職に着ける手はずも整いましたよ」
東方会社の社員専用の風俗店。東方会社に出向した西方人、もしくは東方会社に所属してドヴールに交易に来た西方商人たち。
彼ら、彼女他の為の風俗店を、ここに立てる。この件については、王妃様もタラシーも好都合だとして、すでに決定していることであった。
「私が女将をやるのは、若すぎる気もしますけどね。……ま、それはそれとして。ドヴールでは、売春窟よりもやっかいな性問題があると聞きました。モリーさんは、案外興味を持つんじゃないかと思うのですが――」
「聞きましょう」
クミンが言うには、娼婦が起こす問題より、富裕層が囲っている情婦の問題の方が深刻であるらしい。
この街の政治にすら影響を及ぼすそれは、確かに私の興味を引くものだった。
「富裕層は、まあ総督府に勤める高級官吏とか、総督自身も含まれますが――。連中、赴任前の領地から、情婦を連れて来てることが多いんですね。そいつら、名目上は女中として屋敷に勤めていることになってるんですが、結構質の悪い女が多いようです」
「……具体的には?」
「家の仕事を別の人に押し付けて、男を連れ込んだり、寝屋で主人から得た話を怪しげなところに売ったり――まあ、色々です。真面目な女性もいるんでしょうが、元々が地元の人ではないですしね。住民への配慮とか考えず、迷惑をこうむることが多いらしいですよ」
今は深刻な事態になってないですが、とクミンは締めくくった。
……関係性が薄い連中の話だが、どうにも不穏な気配がする。もしかしたら、火種というものは、そんなところから生まれるかもしれない、なんて思ってしまった。
「わかりました。気には留めておきます」
「そうしてください。――私からは、それだけです。さ、行きましょうか」
「……寝所に入るには、まだ明るい時刻ですが」
「マッサージをするだけですよ。一時間もくだされば、それで結構です。――疲れがたまっているようですから、せめてこれくらいは、ですね」
そうして、私は彼女に身を任せた。
――これからのドヴールの未来を考えるよりも、気楽な時間を過ごせたのは確かである。
まだまだ先は長いのだから、今のうちに英気を養っておくべきと言われたら、否定することも出来なかった。
こうしてモリー家が東方に進出し、各々が最善を尽くし続け、時間は進み――良からぬ事態が、やがてやってくる。
私たちがドヴールに根付いて半年がたった頃。東方会社からの商隊が、海上陸上問わず姿を消す事例が発生した。
一度や二度ではなく、短い期間内に複数件も。これほどの大型の事件、私自身が調査に乗り出して、事態の収拾を図らねばなるまい。
「……まあ、わかっていたことです。さあ、ここから始めていきましょうか」
半年もの時間は、こちらに味方した。剣の鍛錬は怠っていない。クッコ・ローセの調練も、それなりに成功している。
精兵とはいかず、促成の急場しのぎの新兵でしかないとしても。勝利の味を覚えさせれば、勢いだけなら歴戦の強者に劣らぬようになるだろう。
クロノワークの武名を、東方でも轟かせる好機がきた。そう思って、私は最初の調査に乗り出すのでした――。
作中に描いたドヴールという港湾都市に関してですが、当然原作には出てきません。
しかしモチーフというか、参考にした都市は現実に存在します。
東方と言う土地柄を考えれば、厦門とか上海租界とかを参考にするべきだったのでしょうが、資料が手元になかったので……。
実家の本棚をひっくり返し、都合の良さそうな都市の紹介書籍を読み込んで、どうにか形にしてみました。
わかる人には、元になった都市がどこであるか、簡単にわかったかと思います。
ドヴールなんて名前からして、隠すつもりがないことの証明とも言えますから。
諸々のセンスのなさについては、どうかご容赦ください。
お話の結末も、そろそろ迫ってきた頃合いです。最後まで駆け抜けるために、また今日も執筆を続けます。
今しばらく、見守ってくだされば、幸いです。では、また――。