24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 話の展開を急ぐあまり、クッソ適当な理屈をこねくり回している感があります。
 この物語自体、なんとも頭の悪そうな作品でありますし、作者の脳みその程度について、そろそろ疑問を抱かれても仕方がないとも思いました。

 ――色々と突っ込まれても、今さら後には引けぬのだと。観念しながらも、執筆を続けています。



謀略を武力で殴り倒していくお話

 モリーの働きは、タラシーはもとより、第三王子たるチャラにとっても予想外だった。

 ましてや、彼らの背後にいる大商人たちにとっては、嬉しい誤算とでも言うべき結果を、東方会社にもたらしてくれている。

 

 代表職だからと言って、業務にかまけるばかりではない。積極的に現地住民と関わり、その文化を理解しようとする姿勢は、これまでの西方人にはありえない態度であった。

 たいていの西方人は、商人であっても現地の文化を理解しようと努力したり、その理解をもって相手を慮るようなことはしなかった。

 

 その異質ともいえる彼女の性格が、ここでは功を奏した。彼女が構築することになった、独自の情報網と人脈。それは、モリー個人の才覚によるものではあったが、結果として東方会社の収益に多大な貢献をなしているといってよい。

 

「節操なく動いている割に、悪評が一切出回ってないというも凄いな。……地元の名士から人望も得ている、という評価もあながち間違いでもないのだろう。気前が良い、礼儀正しい、なんて話が出てくるほど現地に馴染める奴は、これまで一人もいなかったのだからな」

「東方の作法は、明文化されていない部分も多いですからね。――それをわきまえて、あちらの名士を尊重し、恥をかかせないというだけでも、破格と言っていいものです。いままでの我々は、それさえできなかった。……あちらにとっても、モリー殿は替えが効かない人物になってしまっている。一方的にアドバンテージを握られているようで、いささか複雑ですが」

 

 東方会社が進出して、はや半年が過ぎようとしていた。モリーが代表として現地で働き、収益を合上げ続け、企業としての実績を積み上げ続けていることについて。タラシーとチャラは、これを評価せざるを得ないのだった。

 

「――なるほど。お前の言っていた通り、モリーとやらは確かな才を持っていると認めてやろう。交易の成功と、現地での環境づくりの結果まで含めれば、彼女の働きを無視するわけにはいかん。まったく、クロノワークのどこで、東方の文化なぞ学んだんだ?」

「さて、そればかりは情報が少なすぎて、なんとも。……ともかく、彼女には今後も東方会社の経営に参加していただかねばなりません。それだけの実績は、あげてくれているのですから」

「モリーは、あちらの有力者たちへの受けがいいらしいからな。武力以上に、そうした折衝能力は貴重だ。――お前が言うとおり、複雑だ。今はありがたいが、個人に依存しすぎると組織は硬直化する。彼女の意向に従わされるようになるのは、はっきり言って望ましくない」

「しかし、良い流れをせき止めるのもよろしくない。悩みどころですな」

 

 ドヴールを東方会社の本拠地とすることに、出資者の誰もが賛成するだろう。もはやそんな段階まで来てしまったことを、二人は認めた。

 認めたうえで、今後の計画を定めねばならない。モリーが現地における東方会社の代表であるなら、チャラとタラシーは西方における会社の共同経営者であるのだから。

 

「あるいは、このまま彼女に経営を任せてもいいかもしれません。ただの重役で終わらせるには、惜しい結果をもってきています」

「おいおい、忘れていないか? 東方会社は、もとより俺が自前の力を蓄えるために作り上げたものだ。……初期投資と考えて、五、六年くらいは任せても良い。だがいずれ、モリーからお前に代表の地位を譲らせるつもりだ。俺も今はともかく、将来的には会社経営に集中できるかはわからんからな。俺の身内の中で、お前の他にいい人材はいないのだし、今から覚悟を決めておけよ」

 

 タラシーは、いずれドヴールに入り、モリーから現地の経営を引き継ぐことになる。チャラ王子は権益は身内で独占したいと思っているくらいだから、これは既定路線であるとしても、タラシーには不安もあった。

 前任者の手際と比べられて、己のそれが劣っていた場合、肩身が狭いどころの騒ぎではなくなるのではないか? その当人が近くにいるという事態は、自分を追い詰める結果になるのではないか――?

 しかし、ここで後ろ向きな態度を見せては、チャラに取り入った甲斐がない。不安は口に出さず、ただ主君の言葉に頷くのみだった。

 

「それと、これは内々の話だが――。クロノワーク王家が、身銭を切る決意をしてくれた。今はまだ公にできないが、商人たちを通じて、王家の私財が東方会社に流れ込むことになる。下手な運用をすれば、あちらの不興を買うだろう。この辺りは、よく注意せねばならんな」

「……とはいえ、東方会社の現状を見れば、大損するような運用はしないでしょう。災害とか略奪とかが間に挟まらない限り、短期的には結構な利益が出るはずです」

 

 交易に参加し、資金を回し続けるならば、時には損失ができることもあるだろう。だが東方会社が進出して間がない今は、需要ばかりが大きく供給が追い付いていない。

 仕入れれば仕入れるだけ売れる状況なので、つつましいクロノワーク王家が満足する程度の利益ならば、まだまだ確保できる状況であった。

 

「……王家が、大っぴらに会社を支援するのだ。当のクロノワークの武官であるモリーに対しても、便宜を図らざるを得ん。代表を退いた後の地位も、慎重に考える必要があるだろうな。悪い流れではないが、代表職を譲らせた後も主導権を奪われぬよう、警戒だけはしておかねば」

 

 王家による投資と、現地での武官の活躍。クロノワークの影響力が、東方会社内では日に日に大きくなるようだった。

 計算外の事態ではあったが、それでもタラシーとチャラに焦りはない。東方会社と言う枠内にある限り、基本的に彼女らは味方である。利用価値がある間は、使い倒すことを考えるべきだった。

 

「後のことは後のこととして、今を見ましょう。――東方会社の成功自体は、喜ばしいことです。モリー殿に企業経営のセンスまであったことは予想外でしたが、収益の大きさは彼女ら以上に我々の影響力の拡大につながる」

「周辺各国の商人どもも、東方会社の活躍がうらやましくなるころだな。ゼニアルゼ商人は、独自の販路があるからまだいい。問題は、それ以外の連中だ。……俺たちとゼニアルゼの取引量が大きすぎて、他の零細商人どもが付け入る隙はなくなった。そろそろ、そいつらがこちらに泣きついてきてもいい頃合いじゃないか?」

 

 東方交易に旨味があるのは事実だが、無制限に好きなだけ、とは流石にいかない。東方市場は、ゼニアルゼと東方会社の両者がほぼ独占している形になっている。

 独立商人が今から東方の市場に乗り込もうとしても、売れ筋の商品はすでに契約済みで、卸先も数年先まで予約で埋まっている――なんてのは普通にあることだ。

 となれば後手に回ったとしても、いずれかの傘下に入ることを検討せねばならない。

 

 しかしゼニアルゼ商人はあれで排他的なところがあり、自らの飯のタネをよそ者に分け与えるようなことはまずやりたがらない。特別なコネクションがないのであれば、そちらから権益のおこぼれを受け取ることは、不可能だと考えるべきだった。

 消去法で、零細商人たちは東方会社を頼ろうとするだろう。――そして、東方会社にはそれを受け入れるだけの懐の深さがあった。

 

「初期メンバー以外からは、基本的に搾取する方向でよろしいのですね?」

「ほどほどに、恨まれない範囲で搾り取る。この辺りの塩梅を間違えるなよ。……それくらいの商才もない奴に、会社を任せることは出来ん。タラシー、お前も男なら、俺の期待に応えて見せろ」

「もちろんですとも。これでも、実家は商家でして。――凡庸な次男坊でしたが、帳簿の付け方と人を見る目くらいは、それなりにあるつもりです」

 

 ならばよい、とチャラは横柄な態度で言葉を切り、書類の束をタラシーに投げつけた。

 

「だが、心しておけ。他所の小物連中はどうでもいいが、クロノワークだけは事情が違う。その書類の中にある名前には、それなりに気を使ってやれよ」

「名簿と、誓約書? ……いえ、これは雇用契約書ですか」

「今回参入するクロノワーク商人は、東方会社の正規社員として扱う。――俺個人の財布にするのは難しくなるが、あの国はこれから伸びる。今のうちに恩を売っておくことも、後々の布石になるだろうよ」

 

 チャラはその端正な顔に苦渋をにじませながら、そう言った。

 彼がモリーの働きにケチを付けたくなる部分があるとしたら、ただ一つ、この点にあったと言える。

 

「この場合、モリー殿がクロノワーク商人に恩を売った、という形になるのでは? 彼女が早々に東方入りして、業績を上げた。その事実がなければ、クロノワーク商人の後発組は、他の連中と変わらない待遇で迎えて良かったはずです」

「それを言うなよ。……まあ、逆に考えれば、クロノワーク商人だけに便宜を図ることで、不公平感を連中に押し付けることも出来るだろう。すべてがモリーのせいなら、お前を代表に据えた際の反発は、最小限で済むはずだ」

 

 そもそも、モリー自身が代表を長期間続けることを望むとは思えぬ。クロノワーク王妃とて、お気に入りの相談役を東方に縛り付け続ける気はないはずだ。

 チャラの認識ではそうであるし、とにかく先のことを考えていかねばならない。東方会社の進出は、これからが本番なのだ。社内でのゴタゴタは、なるべく避けたいところであった。

 

「何事もなく、順調に成長してくれるなら、モリーの奴はそろそろ西方に一時帰国させるべきだな。書面での報告は丁寧なものだが、全てを語れるわけでもない。こちらも人材を投入する準備は整いつつあるのだし、ここらで足並みをそろえさせるか――」

「そうですね。非常事態が起きれば別ですが、そうでないなら、直接報告も聞きたいところです。色々と、興味深い話が聞けそうだ」

「後は、そうだな。――クロノワーク側の反応が読めんのは辛いが、これで冷遇されるようなら引き抜きを狙ってもいいかもしれんな」

「……モリー本人が承知するとは思えません。待遇とか金銭とか、そうしたもので動く人ではないと、過去の業績が語っております」

「冷遇されたら、の話だ。クロノワーク側は、現状そこまで恩恵を受けていないからな。あちらが東方会社の存在をどう受け止めるのか。……モリーの帰還に合わせて、その辺りは十分注視していく必要があるぞ」

 

 この数週間後にもたらされる凶報と、その後に追加される朗報に翻弄されることになるとは、夢にも思わないチャラとタラシーであった。

 彼らは東方から遠く離れているがゆえに、物事に対して楽観的に過ぎる見方さえ許されていたのである。

 

 彼らは現地の状況について、まったくの無知であった。まさにモリー本人が帰還するまで、それを自覚することができなかったのは、東方会社にとっては大きな痛手であり――。

 そして何よりも、クロノワークにとって大きな利益となる。当事者たるモリーが、そうしたのであるから、彼女の名声がこれ以上なく高まるのも、当然の成り行きと言えたであろう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東方会社の商隊が狙われた。その商人と護衛たちを殺害し、財産を強奪する。こうした手口が行われたとしたら、犯行に及んだ連中が何者であるか?

 追及して当然というものだろう。私は早急に調べたし、方々に手を尽くして可能な限りの情報を収集した。

 ミンロン関係の伝手は当然として、自ら交流した下町や名士たちからの生の情報。それにクッコ・ローセが、傭兵たちから聞き込んだ話と、クミンが色街から持ってきた噂など。

 それらすべてを総合して、私は『敵』の姿をはっきりと見定めることができた。

 

 結果は充分なものだったが、あまりに大事となりえる爆弾も含まれていたから、慎重なふるまいが求められる。

 もっとも、私とて東方会社の代表だ。たやすく引くことはできないし、手練手管をつくして抵抗するのが当然成り行きだった。

 

 では、いかにして反撃を試みるか? 重要なのはその点だが、相手もなかなかの手練れであるらしい。

 生存者も目撃者も少なく、きわめて短時間に手早い仕事をやっている。おかげで、調査が思ったより長引いてしまった。――じっくり調べられた分だけ収穫もあったが、全ての報告を俯瞰してみるに、事態は思ったより複雑とみてよい。

 

「被害状況を見る限り、陸路より海路の被害が大きい。そしてクロノワーク、ホースト、ヘツライの商人、いずれの区別もなく襲われている」

 

 ここまで手際が良いと、疑いを向けるべき相手も限られる。情報も、それを裏付けていたから、まず見当違いと言うことはあるまい。

 さりとて見当がついただけで、明確な証拠があるわけでない、というのが悩ましい所であるが。

 

「海の被害が大きいけれど、そちらは無差別に海賊どもへ依頼を出した結果、被害が拡大してしまったように見える。練度の高い襲撃が陸路に集中しているあたり、本命はこちらか。……答え合わせをするためにも、商工会の方に、まずは話を聞きに行かねばなりませんね」

 

 襲われたのは、東方会社に所属する者たちのみ。従来の東方商人たちは、まったく被害を被っていない辺りが策謀を感じさせる。

 これは望んでいた展開ではないから、面倒が増えて気が滅入る思いだった。証拠はないが証言はあり、現場の痕跡はそれを裏付けている。

 すべての予想が正しかった場合、今回の件はドヴールの政治に大きく関わる部分があり、こればかりは単独でどうにかなる範囲を超えている。

 

 最初から、ドヴールが必ずしも東方会社の味方でないことはハッキリしていた。相互互恵の関係は築けているつもりだが、所詮私たちは余所者。商工会の方も、必要に迫られれば切り捨てることを躊躇わないだろう。

 対策については、ほぼほぼ結論が出ているのだが、直接的な行動を取るにはまだ一手足りない。

 こちらの正当性を確実に確保するには、どうしても現地の人間の協力がいる。商工会としての立場は複雑だが、会長個人に狙いを絞れば、話し合いの余地はあるだろうとも思う。

 

「信用と実績のある相手から、反撃の保証を得ておけば、東方会社が大義名分を得られる。商工会からの支援を受けられれば、今後の展開にも都合がいい」

 

 商工会は、すでにこの件に関して多くの情報を握っていると私は見ているし、それはおそらく間違いではないだろう。

 緊急時の強権をふるう、その根拠を得るために――私は、ドヴールの商工会に向かったのである。

 

 不幸中の幸いと言うべきか。商工会にアポイントメントを取るくらいの時間的余裕はあったし、あちらも私との対話を拒まなかった。……何のために、とは、今は考えないでおこう。

 

 総督府の中にある、商工会の事務所に出向くと、案内の為の人員が、私を待っていた。それに従って進むと、応接室を通り過ぎて、さらに奥深くへと進んでいく。

 商工会会長は、自身の執務室に私を通してくれた。応接室を使わなかったのは、私の目的を察しているからであろう。余人に聞かせたくない話をするからか、もっと不穏なことを考えているのか――。

 いずれにせよ、私は会長に詰め寄る権利くらいはあるだろう。通り一遍の挨拶と社交辞令を済ませた後、私は単刀直入に話を切り出した。

 

「東方会社への襲撃が、大きな問題となっています。陸路海路ともに被害が大きく、なんらかの対処が求められている。この件について、今日はお話させていただきたい」

「その話については、こちらも把握しております。……災難でしたな」

「災難で済む話ではありません。――この問題には、私も全力で対応せねばなりませんでした。我々は一時商業活動を自粛し、独自に調査を進めたのですが、そこでわかったことがあります」

「……伺いましょう。なにやら、不穏な話になりそうだ」

 

 責任を感じているのか、会長の表情は暗く、恭しい雰囲気で私の言葉を受け入れていた。

 しかし、その内心が見た目通りのものであるか、わかったものではない。警戒を解かずに、私は思ったところを述べる。

 

「怪しいことに、東方会社以外の商隊には被害が出ていません。同じ日に同じ道を通過した他の商隊は、まったく襲われていない。これは明らかに、東方会社を狙い撃ちにした、どこかの誰かが画策した襲撃であるという事です。――とあるクロノワーク商人が生き残っていたのが幸いしました。それ以外の商人たちは、丸ごと食われて生き残りさえいませんでしたから。……その商人が言うには、襲撃した者たちは土着の盗賊とは思えぬほど練度が高く、一つ一つの動作が軍隊のように洗練されており、東方の言語をしゃべっていたというのです」

 

 会長の表情と顔色は変わらない。そんなことでは動揺しない、とばかりに言葉も返してくる。

 

「一商人の証言を、疑いもなくすべて信用なさるのですかな? いえ、その商人が嘘をついているというのではありません。……殺戮と略奪の衝撃が、記憶を定かならぬものにする。あげく、ありもしない事実をあったかのように話す、なんてことはよくあることです」

「敗者であれば、そうでしょう。しかし、そのクロノワーク商人は襲撃を撃退した、唯一の例なのです。――勝者の言葉を無視するほど、私も貴方も愚かではないはず」

 

 こういう時の為に、あの頭目の男を飼っていたのだ。……なんていうほど、何もかも見通していたわけではないけれど。

 偶然とはいえ、あれが襲撃に合いながらも生き延びたことが、この状況で活きている。撃退と言うにはギリギリの状況で被害は大きく、反撃らしい反撃は出来なかったらしいが――救援が来るまで生存し、積み荷を守れたなら十分勝利と言っていいだろう。

 その彼から事情を根掘り葉掘り聞きだしていたから、その事実をもって私は会長に相対できるのだね。

 

「重ねて言うならば、東方会社に所属するクロノワーク商人は、その屈強さと度胸とおいては西方一という自負があります。どんな凄惨な荒事であっても、うろたえたり妄想を抱くほど弱くはない。貴方が何と言おうと、私はわが国の商人を信じますし、何より――心当たりが、おありでしょう?」

 

 私がそう切り込むと、会長はだんまりを決め込んだ。しばし、沈黙の時が流れる。

 ……こちらの出方をうかがっている、というのもあるだろうが、調べがついていることもわかっているのだろう。自分からは口火を切れない。それくらいには後ろめたく感じており、負い目をあえて見せているというところか。

 

「嫌われ者の総督が、ドヴールに法外な税金と言うか、賄賂を要求した話は知っています。――貴方がたが、それを拒否したということも。そして、その理由付けとして、東方会社を話題に出したことも調べがついているのですよ」

 

 今の東方の権力者は、自身の野心や行動を隠すのが下手らしい。余所者がちょっと調べただけで、たやすく情報を持ってこれるのだから、相当だった。

 ここまで私が発言すれば、会長としても思うところがあるのだろう。彼なりの弁解が始まった。

 

「……こちらに責任を求められても、どうしようもありません。不毛な議論には参加しないと、あらかじめ申し上げておきます。――災難であったと、同情は致します。しかし、そこまで調べられてあるなら、我々に何を望まれるのでしょう?」

 

 弁解かと思えば、これは開き直りに近い。会長は、自分にできることはたかが知れている、とまで言い切った。

 ……だとしたら、私など門前払いすればすんだことである。明らかに、彼は私を値踏みしている。関わりたくないなら、韜晦するだけでお茶を濁すつもりなら、代役を立てても良かったというのに。

 それをせずに向かい合っているのだから、彼なりの意図があるのだろう。ドヴールの統治者にとっても、今回の件は不本意な結果であったに違いない。

 だとしても、私は彼を責める口調を緩めるつもりはないのだが。

 

「まるで他人ごとのようにおっしゃいますね、会長殿。ドヴールの商工会が、実質統治者と化している現状について。それを容認し、維持し続けている時点で、貴方がたも当事者だ。――我々が一蓮托生の身であると、ご理解していただきたいのですが?」

「モリー殿。貴方はこの街では一介の部外者に過ぎない。東方会社の代表と言えど、都市の方針に口を出す権利はなく、よって一蓮托生の身になどなりようがない。……御帰りでしたら、裏口からどうぞ。今の貴方には、敵が多いと思いますから」

「――なるほど。では、今しばし私の話を聞いていただきましょう。その上で、我々の存在を軽視されるなら、それも結構。まずは、事の起こりから説明していきましょうか」

 

 ここに至るまでの発端から語らねばならないとしたら、ちょっとした長話になるのだが、会長はそれを咎めなかった。

 つかの間ではあるが、私が主張する時間くらいはいただけるらしい。……それくらいの価値は、東方会社に認めてくれている。その事実が、私を後押ししていた。

 

「我々が襲撃を受ける以前から、その兆候はあった。始まりは、近隣の交易都市――ありていに言うなら、ドヴールが交易において競合しうる都市に、野心的な総督が赴任してきたことに始まります。彼はその都市に根を張り、社会を掌握し、近くにあったドヴールにまで影響力を伸ばしてきました。……ここの総督は、すでに骨抜きになっていることを知っていたのでしょう。そうでなくては、ここまで強気な態度は取れなかったはずです」

 

 ドヴールの立地が良すぎることと、富の集中が目に見えていることが、かえって良からぬ輩に野心を与えてしまう。――というのは、事前に想定していた通り。

 しかもこの交易都市は、防備がそこまで硬くない。無能な総督が据えられているから、政治的にも隙がある。……不穏な状況を中央政府に伝えても、ドヴールに優位な判定が返ってくるかどうかは微妙だった。

 

 当の野心的な総督が東方国家の中央にパイプを持ち、不都合な事実はもみ消せる立場にあるなら、冒険的行動を取るのは、むしろ当然とも言えた。

 ついでに付け加えるなら、個人的な実績と名声の為に、そいつ自身が政治的な成功を求めているとも聞く。そのせいで悪名も広がっているが、当人は気にした風もないという割り切りぶり。

 

 この手の危険人物に目を付けられながら、ドヴールの商工会は賄賂の要求を拒絶したのだ。

 まずは受け入れて、出方をうかがう策もあったろうに――。商工会としては、一切の妥協をしなかったのである。

 その言い訳に『東方会社』の名を持ち出されたのだから、こちらとしてはたまらない。西方交易に投資を集中したいから、その手の話はまた今度にしていただきたい――だなんて、商工会は公式に回答しやがった。

 

 そんな心にもない拒絶をされたら、件の総督も面子を傷つけられたと思うわ。意趣返しに東方会社に襲撃をかけるくらい、こちら側の倫理観なら平気でやってのける。

 海路は適当な海賊に依頼して、陸路は盗賊に偽装した総督自身の私兵を用いて、我々の商隊を狙ったのだ。

 東方会社としては、断固抗議しなければならないし、商工会には責任を追及しなくてはならない。なぜなら、この段階に至るまで、何の兆候もなかったはずはなく、情報が洩れなかったはずがないのだ。

 

 こいつらは、現状を予測できたはず。……こんな結果になるとは思わなかった、だなんて言い訳は通らない。そんな無能者の集まりが、交易都市ドヴールでやっていけるわけがないのだから。

 ドヴールの商工会にしてみれば、東方会社をかばってやる義理もない。むしろこの件を利用して、我々の価値を見定める機会にするつもりか。

 だから、私はより強い非難の目で会長を見ているのだが、当人はと言えば涼しい顔でぬけぬけと言ってのけた。

 

「良い情報網をお持ちなのですな。貴女がドヴールで触れたコミュニティの中では、そこまで詳細な話は出てこないでしょう? ――つまり、モリー殿は以前から東方とのつながりがあったと考えられます。どのような縁で得たのかは知りませんが、大切になさることですな」

 

 商工会長殿は、皮肉っぽい言い方で、こちらの感情を煽ってくる。

 何が言いたいのか、何を示唆しているのか。私には、わかっているつもりだった。だから、ここは正直にお前は無駄なことを言っているのだと、そう返してやろう。

 

「私の伝手を潰そうと考えておられる? 脅しかもしれませんが、お生憎様。こちらの情報源は、貴方の手の届く範囲にはいませんよ。……一番重要な相手は、今は西方に居ます。ミンロンと言えば、お分かりになるでしょうか」

「ミンロン……? もしや、それはゼニアルゼとクロノワークで商売をしていた、女商人のミンロンでしょうか」

「ご存じでしたか。――はい、そのミンロンです。彼女には、いろいろとお世話になりましたよ」

 

 彼女の名を出すと、会長は一瞬だけ目をむいて驚くような仕草を見せた。

 これには、仕掛けた私の方が困惑するほど、大きな成果である。内心の驚きを隠しつつ、私は会長の言動を注視する。

 

「あのミンロンが、貴女に! いやはや、意外な方の名が挙がりましたな。客家(はっか)の秘蔵子が、あちらで大成されたとは聞き及んでいましたよ。――出自すら怪しい東方の一族が、西方の王族に取り入って、今や公式補給商などやっている。私自身、顔見知りの相手ですから、上手くやったものだと感心したものです。……モリー殿はミンロン殿とは、どこまで近しい関係なのですかな?」

 

 客家、という言葉を初めて聞いたから、一瞬思考が止まる。――何の因果か、こちらの東方にも、地球の中国と同じ名の、例の一族が存在するらしい。

 驚いてばかりもいられぬから、これが思わぬ突破口になると判断し、思考を回しつつ言葉を返した。

 

「……近しいも何も、頻繁に書面でやり取りをする仲ですよ。東方の書物を翻訳して、彼女に手渡したこともありましたね。――その公式補給商に推薦したのが私である、という部分も含めれば、彼女にとって私は恩人であると言っても良いほどです」

 

 会長が私とミンロンの仲について初耳であったとしたら、まず怪しんでも仕方がないところはある。

 しかし、否定する要素もなかろう。東方会社の代表が、以前から東方商人と懇意であったとしても、それほど不自然には見えない。

 私がドヴールの文化に馴染んでいること、東方文化に通じていることくらい、これまでの私の行動を監視していれば、たやすくわかることであるはずだ。

 その事実をもって、説得力とする。――幸いにも、これは会長殿に上手く刺さったらしい。彼はいかにも悩ましいという雰囲気で、苦々しい口調で思うところを話してくれた。

 

「……ふむ。ここに赴任されるもっと以前から、客家の方に伝手があったならば、なるほど。ドヴールにこうも早く馴染めたことも、ここまで耳が早く、正確な情報を得ていても、不思議はありませんな。――あの連中は、商才に恵まれているというか、商才がなければ生き残れなかった背景があります。迫害を受けて移住を繰り返しながら、多くの地域に根を張り巡らし、商業活動を続けてきた一族。我々とて、その手の長さと耳の速さについては、完全に把握できてはいません」

 

 客家、という一族がこちらの世界にも存在することに、内心驚きつつも――そういう事情であれば、ミンロンがあそこまで商業活動に執着し、西方まで出張って来たのか。その理由についても納得がいった。

 客家は、ユダヤ人によく例えられる。余所者として迫害されつつも、資本家として、商人として高名なところはそっくりだ。時折、びっくりするような偉人を輩出することも似ている。

 

 李光耀、孫文、鄧小平など。苦汁をなめながらも、名声を得た政治家が多いことで有名な客家と、マルクスやスティグリッツといった学者系の偉人が多いユダヤ人とは、また違う部分もあるけれど――。

 異邦人ながら、迫害を受けつつも成功を続けてきた民族として、類似性は多い。そしてミンロンは、政治を理解する商人としては実に客家の出らしい資質を持ち、学識を金に換える方法を知るという意味では、ユダヤ人に通ずる部分を持つ人でもあった。

 

「まさに。彼女の伝手を利用できる私の有用性について、ようやく理解が及んだと見えますね?」

「考慮する余地が出てきた、というだけですな。……まあ、それはいいでしょう。ロッジアで直々に情報収集をしていた貴女だ。東方人の文化と価値観を知って、いち早く馴染むことができたことも、客家の入れ知恵があったからだと考えれば、それなりに納得も出来ます。――ああ、話が随分とずれてしまいましたな。続きをどうぞ」

 

 ミンロンからの支援は多少受けたものの、彼女の全貌を知っているわけではないのだが、正直に話すこともないだろう。買いかぶってくれるなら、なによりだ。

 これで、お互いに交渉をする余地が出てきた、と見ても良い。彼は、私に新たな利用価値を見出してくれた。

 会長とて、この現状は不本意なものだろう。我々が協力してドヴールの防衛力を強化できるなら、それに越したことはないはずだ。

 もっとも、協力をするには様々な前提を乗り越える必要がある。――そのための一歩を、彼らの方から踏み出してほしいと、私は思うのだ。

 

「ええ、そうしましょう。……ともあれ、野心的な総督が、ドヴールを間接的な方法で脅しにかかっている。東方会社は、そのために損害を受けてしまった。私は、貴方がたに賠償を求める権利があると思うのですが?」

「武力的な危機が迫っているというのに、内輪もめのタネをまいてどうするのです? 我々は、団結するべきだと思うのですが」

 

 私が聞きたかったのは、その言葉だった。商工会の会長が、自ら手を組むという言質を、私に与えてくれた。その事実は大きい。

 

「団結、という言葉を引き出せたのは、まことに結構なことです。やる気はあるのだ、と信じられますから。……しかし、賄賂を拒絶しておきながら、有効な解決策は特に持っていないのですね? 危険な相手が、今もドヴールを狙っている現状に変わりはないのです。現状を打破するためにも、ここは武力を用いるべき場面ですよ」

「手をこまねいているわけではありませんとも。私ども商工会の伝手で、中央の方に働きかけてもらっています。政治的にも効果が出るのはもう少し先でしょうが、当面は東方会社が矢面に立ってくださるという。――協力して、事態に当たる準備は、もうできていると考えてよろしいのでは?」

 

 細々なことをいちいち詰めなくとも、お互いに言いたいことは理解した。

 武力を用いて、私が全面で敵部隊に対抗する。

 商工会は伝手をあたって、政治的な工作で敵総督を失脚させる。

 

 分担作業で立ち向かう合意が、ここでようやく取れたことになる。言質を取った以上は、安心していいだろう。ここで商工会を敵に回したら、ものすごく厄介な事態を招いたに違いない。

 人の縁と、私自身の運に感謝しよう。これで、直接的な行動を取りやすくなった。

 

「結構です。――しかし、ミンロンの話を出してから、急に協力的になりましたね」

「正直に申せば……貴女の身柄を売る算段も立てていたのですが、やめましょう。客家は連帯感の強い一族だ。ミンロン殿の恩人、少なくともそれに近しい相手を傷つけたら、今後の商売に支障がでかねない。ならば、いっそこれを奇貨として、思い切ったことを試そうと思ったまでです」

 

 会長から感じていた、ある種の不穏な気配が消えたこと。

 そして、今は前向きな言葉が出てきて、真面目に検討する時間に入ったことは、私にとっていい流れだった。

 しかし、油断してはならない。ミンロンと会長が顔見知りだとしても、彼の存在について、私は何も聞いていなかった。

 つまり、ミンロン目線ですら、信用に値しない人物であるはず。――そうした手合いには、警戒を解くべきではない。

 

「奇貨居くべし――というわけですか。では、私と貴方の間では、今後も建設的な話し合いができると、そう思っていいのですね?」

「もちろん。――いやはや、モリー殿は私に感謝すべきですぞ。私が会長職にあったから、こうして語り合えるわけで。他の誰かか会長の椅子に座っていれば、客家への配慮など考えもしなかったことでしょう。東方会社への支援についても、迅速に行うには会長権限が必要になる。……まことに、幸運なことだと思いませんかな?」

 

 確認するために疑問を投げかけてみたが、会長はこれを快く肯定してくれる。

 同時にマウントも取りに来たが、それならそれで返し技も私は心得ていた。

 

「そうですね。同じくらい、貴方も私が東方会社の代表であったことを感謝すべきですね。――早い段階で、ドヴールの競争相手を潰してやれる。その機会を得たうえ、よそ者が自発的に武力を行使してくれるのですから! 私でなければ迅速な対応も、軍事的成功も、見込みさえ立たなかったはずです」

「ドヴール自身の武力が心もとないのは事実。――我々のために働いてくれるなら、是非もございません。作戦は、これから立てられるので?」

「行動はこちらで決めること。支援するつもりがあるなら、まずは糧食と消耗品――馬具と武具の類を供出してもらいたいですね。別に足りてないわけではないですが、そちらが協力したという事実が、私には重要なので。あと、勝った後は兵たちに報奨金も弾んでやりたい。宴会の手配を任せてもよろしいでしょうか?」

 

 それくらいのリスクは飲み込めよ。その上で、なお掛け金を積み上げる気があるなら、見返りも用意してやる。

 私は、それだけの気迫をもって会長と相対した。その意気が通じたかどうかはわからないが、彼の対応は無難なものだった。

 

「わかりました。言い訳が聞く範囲でなら、こちらも協力しましょう。……大言にふさわしい結果を、期待していますよ、モリー殿」

「では、言い訳が聞きそうな範囲で、無茶ぶりをさせていただきましょう。――そちらこそ、結果が出る前に、逸って動くことのないように。私が勝つにせよ負けるにせよ、ドヴールの特権階級には最後通牒を待つだけの時間的余裕がある。どうか、浅慮だけはなさいませんよう、お願い申し上げます」

「いずれかに全賭けするほど、度胸も強くありませんでな。……これは東方のことわざですが、賢いウサギは、巣穴に逃げ道を三つ作るものです。先人の知恵に習って、生き残る道を模索する。その努力は、いつだって欠かしたりはしません。――ともあれ、糧食と消耗品の話はわかりました。すぐに提供できると思います。勝てば宴会の費用も、負担させていただきましょう。……お約束できるのは、それくらいのことですが」

 

 会長殿は、狡猾な顔を隠さずにそう言った。

 彼は油断ならない功利主義者だが、そうであればこそ、勝敗が決まっていない今、決定的な裏切りをする可能性はまずない。

 見の態勢が許されるうちは、どちらにもいい顔をするだろう。そして私が勝てば、図々しい面で恩着せがましく見返りを求めてくるはずだ。

 見返りをもらいたいなら、ギリギリまでこちら側を支援する立場を崩すまい。そうしたそぶりを見せて、私の言葉を肯定するならば。

 少なくとも現状が悪化しない限りは、信用しても良いのだと思いたい。それだけの雰囲気を、私は感じ取っていた。ならば、今はあえて無理押しをすることもあるまいて。

 

「とりあえずは、それで充分ですとも。こちらから仕掛けられる状況が、ようやく整いましたから、まずはご安心ください。……クロノワーク騎士を敵に回すということの意味を、東方の総督に思い知らせるいい機会です。我々は、いくさで負けたことがほとんどありません。負けるにしても、必ず相手を傷物にして、『色男』にしてから前のめりに倒れてやる。それだけの気概を、クロノワーク騎士は持っているのですから」

「商工会としては、モリー殿が特別であることを祈るのみですよ。貴女が特別強くて、抜きんでた勇敢さをお持ちであると考えたい。そうでなくては、全てのクロノワーク騎士に対して、ひどく特別な対応をしなければならなくなりますから」

 

 勝った後のことを考えすぎても良くない。いかにして敵に向かって、いかに勝利するか。私が今心を砕くべきは、敵に勝つための策、あるいは戦術の構築である。

 大まかな思案はすでに固めていた。後は、現場で上手に回していけばいい。

 

 クッコ・ローセがここにいてくれたことが、今になって強力な手札となって活きてきたと思う。彼女が兵を整えてくれたから、私も無茶ができるのだ。

 私の自信を、会長も理解してくれたのだろう。リップサービスも込めて、口先では媚びるようなことも言ってくる。

 

「頼もしいことです。なにより、そこまでの覚悟をもって東方の問題に介入していただける方は、クロノワーク騎士の中でも、おそらく稀でしょう? ――もし勝利を収めることができたなら、東方会社に投資すべき理由が、一つ増えることになりますな」

「では私としても、負けられない理由が、一つ増えることになりますね。……兵の統制に関しては、ご心配なく。無思慮な行動は厳に戒めますし、あちらの出方を待ってから、殴り返す形にします。戦後は落ち度を責める形で搾り取れると思いますから、ぜひこれを機にドヴールの権益を確保してくださいな。――お互いに、持ちつ持たれつ、で行きましょう?」

 

 それから、私達は必要なすり合わせを行い、戦うための準備を整えた。

 すべてが終わった後、東方会社はドヴールへの投資を、さらに拡大せねばならぬだろう。

 償い、というのではない。迷惑をかけるのはお互いさま、という意味で、これからも上手にやっていきましょう――という意思表示の為だ。

 

 商業の為ならば、ある程度の損害は許容する。それを肯定するのがドヴールの流儀であり、ゼニアルゼもこれは変わらぬであろう。

 強かな商人たちとやり合いながら、私は私なりの利益を確保せねばならない。事後はすさまじく難しい仕事と向かい合うことになるだろうが……。

 まさに、今はそういう時代なのだ。そう思って、割り切るしかないのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨戦態勢を維持していること。ドヴールからの支援内容も、不足ないこと。

 そして、大義名分たり得る非常事態がせまっていることを、残らず確認した私は、ようやく行動する機会がやってきたのだと思う。

 

 クッコ・ローセは旗下の兵をまとめてくれている。私の指示に従う、忠実な兵を教育してくれたことが、まさに今の状況を作り出してくれたと言っても良い。

 クミンは万が一を考えて、色町の地下に潜んでもらっていた。彼女も個人的に人の縁を作っていることだし、何があっても生き残れる算段はつけているだろう。

 風俗街は、一種の城でもある。ドヴール内部で変事があったとしても、あそこなら時間を稼ぐくらいは容易であろう。

 何一つ心配することのない状況を確認したら、私は手持ちの札の中で、一番使いやすいものから切っていくことにした。

 すなわち、武力。東方会社への略奪行為、その物的、人的証拠を力づくで獲得しよう。

 

「私自身と、頭目殿。ここでクロノワーク騎士の実力を見せつけつつ、クロノワーク商人の屈強さもアピールする。……まずは力。単なる見せ札ではない、常駐戦力のお披露目と行きましょう」

 

 殴られたんだから、殴り返すのは当たり前のことだった。東方会社が初めて接する緊急事態。ここで臆病な態度を見せると、舐められる。一度舐められれば、ずっと格下に見られ続けてしまうのが常というもの。

 

 公平性とか倫理観とか、そうしたものが未発達な社会では、暴力こそが正義を主張する最良の手段となる。

 私は、これを躊躇わない。身内も守れぬ代表に、存在価値などあるものか。やらかしてくれたことの代償は、必ず払ってもらわねばならぬ。

 

「出陣する。クッコ・ローセには留守を任せるゆえ、当面の護衛計画は彼女に担当させる。遠征のための必要書類を関係者全員に配布し、通達を徹底させるよう伝えよ」

 

 待機していた伝令に言づけると、私はすぐに行動した。

 練兵には、私も出来る範囲で協力していたから、この土壇場で率いるにも不安はない。兵の顔もその性質も、一人一人確実にとは言わぬが、隊としてまとまった際の練度の高さは把握している。

 

 ――商隊につけていた護衛が全滅したのは、私達の担当ではなかったから。

 

 東方会社の護衛を、私個人が全て担当するのは現実的ではない。クッコ・ローセが鍛えるにしても、全ての商隊にいきわたらせる数もないし、訓練も習熟させるには時間が掛かる。

 なので、商隊が個々で既存の傭兵を雇って、護衛として用いているのが現状だった。数少ない、私とクッコ・ローセが直々に鍛え上げた連中は、襲撃を受けた者たちのリストの中には入っていなかった。

 

 つまり、敵は我々の強さを知らない。適当な傭兵を叩くつもりで、こちらに向かってきてくれるなら、撃退は容易だ。頭目に撃退された奴にしても、負けたとは思ってはおるまい。侮った奴は侮ったまま、こちらを襲ってきてくれる。

 

 もっとも、ただ撃退するだけで済ませるつもりなど、私にはない。生け捕って情報を搾り取りたいし、近場に根城があるなら攻め込んで潰してやろうとも思う――が、まずは野戦だ。

 あちらは己が優位を確信している。今はまだ、好き放題に荒らしている最中。無敵ゲームが続いている間だと、勘違いしていることだろう。我々が対策を打つにしても、もう少し先になると、楽観しているはず。

 ……そうでなくては、この襲撃頻度はありえない。おそらく、今日明日にでも商隊をドヴールから出せば、それを襲うことを躊躇う理由はないはずだ。

 油断大敵、という言葉はまさに至言である。

 軍事的優位を確信すること、戦場の霧を見通したと思い込むこと。それらすべてをひっくるめて、油断こそが軍人を殺す、もっとも大きな瑕疵となりうるのだ。

 

 

 私たちは、商隊を装ってドヴールを出立した。わかりやすく襲撃ルートをたどるようなことはしない。

 むしろ、公的にははばかられる、密輸ルートに近い、険しく見通しの悪い荒れた道を選んで進んだ。

 失敗例と同じ轍は踏まない、という姿勢を見せること。そうして、表面上の対策をしているという態度が、かえって信憑性を生むのだ。

 

 敵側は、多少の対策など正面から踏みつぶせる練度があると仮定しよう。そうした精鋭を運用しているなら、この状況で仕掛けない理由など、どこにもなかった。

 ……あちらが襲撃の為にあらゆる道を見張っていると考えるなら、むしろ攻め込ませるよう――敵を誘うような行動こそが、敵を型にハメる一手に繋がる。

 

「不謹慎ですが、久々の鉄火場を前にすると、高揚してしまいますね。――さて」

 

 東方国家は、自らが犯した失態を、どう取り繕うのだろう!

 最終的に、我々が勝つにせよ負けるにせよ、タダで済ましてやるつもりはない。

 野心的な総督とやらには、けじめを付けさせる。その意気を強く持ったまま、私は闘争に備えるのでした――。

 

 

 

 

 

 

 東方会社の護衛部隊は、たとえ正規の訓練を受けていない傭兵であったとしても、相応の装備と実績のある者たちを厳選していた。

 これを撃滅できたということは、敵は機動力と打撃力を両立する部隊――すなわち、騎兵を有していることを証明している。

 交戦経験のある、頭目商人の証言からも、これは裏付けが取れた。練度の高い騎兵を運用、維持できているということは、それだけ大きな基盤を持っていることも意味する。

 

 総督は軍権を持たないから、私兵を持っていること自体が可笑しく見えるかもしれない。

 しかし、これは正式な軍組織の運営が認められておらず、戸籍を持った住民に兵役を課す権限がない――というだけの話。

 上役の地方長官の許可さえあれば、傭兵を雇ったり私兵を囲ったりすることは許されている。非正規の軍隊を汚れ仕事に使うくらいなら、違法とまでは言えなかった。この辺りのいびつさは、この世界の東方独自の文化だろう。

 

 この東方社会では、上役の意向次第で、ある程度の無茶が通る部分がある。成文法が大きな力をもつ西方と違って、東方では権力者の都合で法が曲げられることも珍しくない。

 それでも破綻なく物事を実行できている時点で、野心的な総督殿は、組織運営と政治工作が大変上手らしい。――軍事的才能までは持ち合わせておるまいが、それは外部で補えばいいことだ。

 非公式かつ独自に組織した部隊を抱え込み、信頼できる指揮官に丸投げすればそれで済む。

 逆に言えば、現場指揮官に依存しているわけだから、これを撃破出来たら一気に事態は優勢になる。それがわかっているから、こちらとしても対策は万全を期しているのだ。

 

 騎兵は、野戦は得意でも、攻城戦はそうではない。馬を傷つけたくない彼らは、陣地を攻めたがらないものだ。

 守りに長けた兵は、騎兵のあしらい方も熟知している。もともと交易の護衛部隊として、防衛のための調練も繰り返してきたのだ。今、この場で開帳しておくのも、それはそれで政治的な意味合いを持つ。

 

 騎兵に対して、優位に戦える高い練度の護衛部隊。それを東方会社だけが、その影響を受ける職員と会員たちだけが活用できるとなれば、どうなるか。

 我々の実績を慕って、傘下に入りたがる者。媚びを売りに来るものは多くなるだろう。結果として、私個人の影響力もまた強くなる。

 

「能動的に、かつ攻撃の自由を選べる、正規訓練を受けた騎兵隊。――たかが一都市の傭兵では、一方的に敗北して当然の相手。……しかし、我々には対抗手段がある」

 

 まさに、そのために半年の調練があったのだと、私は断言できる。

 護衛すべき商隊があり、守るべき積み荷がある。これを守って、なお逆撃を与える方法といえば、一つしか思いつかない。

 先人の知恵に習ったまでだといえば、それまでだが。しかし、目的を一つにしぼれるなら、訓練はより簡略に、より精密に行うことができる。

 旗下の兵には、それが確実に可能であると、私は把握していた。なればこそ、兵も勝利を疑わずに戦いに臨めるというもの。

 

「では、参りましょう。――商隊の者たちには、私が直々に護衛につくことは、まだ伏せておくように」

 

 襲撃を受けたポイントと、これから狙われるであろうポイントは、おおよそ抑えてある。

 兵と共に、おとりとなる商隊の準備も整えた。――引っかかってくれるまでの時間は、短ければ短いほど良い。

 それだけ、敵の意図を早く潰せるのだから。我々としては、相手の損害の最大化を目指して、どこまでも努力するつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵がどの地点で、商隊に目を付けるのか。要するに哨兵をどこに置いているかが問題であるが、そこはそれ、相手の気持ちになって考えればいい。

 ――敵部隊が騎兵で構成されていると予測できたなら、まず一撃を入れるにも離脱するにも都合のいい地形を見繕っているはず。

 

 障害物の少ない、開けた平野部などは、特に警戒する必要があるだろう。

 もっとも、そうした場所は攻めやすさゆえにこちらの油断を誘えない。あくまで偵察に留めて、襲撃自体はもう少しわかりにくい所――。

 例えば遮蔽の多い森の中道や、人の手が入って、ある程度拡張されている山道など。地元民と地元の馬でなければ、とても仕掛けられたものではない地形で、仕掛けてくると見るべき。

 

 ……そうした道は、よく密輸にも使われる。正規ルートでの襲撃を終えたばかりであれば、こういう裏道を継ぐに狙いたくなるものだ。私はそう考えたし、結果としてこの予想は正しかった。

 

「引っかからなかったら、その時はその時だと思っていましたが」

 

 試行錯誤の手間が省けたと思えば、初回で釣れたのは結構なことである。

 『積み荷』を乗せて、商隊に偽装した部隊を私は率いている。あちらは素人と護衛の集団を襲うつもりだろうが、こちらは全員が職業軍人だという事実。

 それを悟られるときには、すでに決定的な状況になっているだろう。――それを期待して、ギリギリまで我慢しよう。

 すでに不審な人影は捉えている。偵察されているという感覚は、私に確信を与えてくれた。

 

 敵の部隊については、騎兵が主として存在していることと、高い練度を持っていること。

 わかっているのはそれくらいなのだが、それと同様に留意すべきは、高地の存在だ。見下ろすにも身を隠すにも、そして突撃の衝撃力を高める上でも、これが重要になってくる。

 

 敵の大きさを、我々は測れない。しかしそれは相手も同じ。初見での驚きを誘えるこちらの方が、やや有利と見ていいだろう。

 一手の優位を、覆せないほどの成果に持っていくのだ。その時を、私はひたすらに待った。

 兵たちもまた、よく従ってくれた。十分すぎるほどに教育してくれたクッコ・ローセに、心の中で感謝を繰り返して――ようやく、その時が来た。

 

「大休止! 馬を止めよ」

 

 山地の合間の、落ちくぼんだ広い空間。高所から駆け降りることができて、短い草だけが生え樹木がなく、馬を遮るものは『お互いだけ』という環境。

 いかにも山に慣れない素人が、疲労を一時抑えるために休養する。そうした姿勢を見せたくなる状況だけが、都合よくそろっていた。

 

 そして、我々は実際に足を止めている。馬車を寄せて天幕を張る用意もした。複数張った天幕の中と馬車の陰で、どんな準備をしているのか、あちらには見えづらいことだろう。

 ……日が高いうちから休む姿勢を見せるのは、いささか不可解に映るかもしれないが、優位を確信している相手はむしろこちらを侮る理由になる。

 ここまで隙を見せてやれば、攻めよせてこない方がおかしい、と言うものであった。

 

「各小隊長は、手はず通りに動いていまずね。――流石ですよ、クッコ・ローセ」

 

 隙を見せたように装いながら、馬車と天幕を遮蔽とし、積み荷として載せていた木製の大楯と鉄の鎖をもって陣地を手早く構築する。

 一見すると野営の準備にしか見えないように、贅沢して手間をかけているように見せかける訓練を重ねているから、不信感は最小限にできるだろう。

 

 とはいえ、この作業の間に殴られたら目も当てられないことになるから、半ば以上は賭けだったが――。どうやら、賭けには勝てたらしい。敵が成功体験に酔っていて、慢心する余地が残っていたせいだろうか。

 もし敵がこちらの隙を待つのではなく、全滅させるための包囲を敷くこともなく、ただただ速攻を心掛けていたら、私は一か八かで乱戦を狙って暴れまわる以外に手段はなかった。

 

 もっとも、こちらは相手の手口を知っている。速攻せずに機会を待ち、根こそぎにするやり方で、連中は徹底した略奪を行っていたのだとわかっている。味を占めたものが、たやすくは手段を変えないことも。

 ……犠牲になった人たちに、哀悼と感謝を。まさに、私は彼らが負債を先払いしていてくれたからこそ、ここで勝てるのだと、そう思うから。

 

「来るだろう来るだろうと、ぞわぞわした感覚が背中を這うばかりでしたが。――この音と振動は、間違いない」

 

 足を止めた瞬間から、こちらは馬車の陰に隠れながら作業を行っていた。高地からも、なにやらせわしなく動いている様子くらいは見れたろう。

 それでも、まさか即席の陣地作成を行っているとは想像していないはずだ。――馬が掛けてくる音が聞こえてきたから、なおさらに確信する。

 

「地の利はあちらにある。ここは窪地であり、駆け降りれば速度が上がって衝撃力は比類なきものとなるでしょう。……我々に逃げ場はない」

 

 それを知っているから、敵は勇敢に挑める。ただ無心に突っ込むという、贅沢な行動を選択できるのだ。

 うらやましいと思うよ。そんな贅沢、私は一度だって堪能したことはないというのに。

 

「そして、一度速度の乗った騎兵は容易に止まらず、対象を蹂躙する。熟練の騎兵であれば、柔い障害物は一息に粉砕される。……ただの馬車であれば、ひとたまりもないのでしょうが」

 

 騎兵の突撃は恐ろしい。本当の本当に恐ろしいものなのだと、経験者である私は知っている。

 火器が十分に機能しない時代、砲兵が機能していない戦場において、機動力と質量が伴った騎兵突撃は、野戦で一方的に戦果を拡大できる存在であると私は認める。

 

 そう、野戦では。お互いに裸同士でぶつかり合う野戦に限れば、騎兵は荒ぶる神に等しく、卑賎な歩兵は首を垂れて慈悲を請うしかあるまい。

 だが、これが攻城戦であればどうだろう。――即席とはいえ、構築済みの陣地に突撃したら、騎兵がどうなるか。

 

「いつ聞いても、ひどい音ですね。――馬体が倒れる音響と言うものは、どうしてこう耳に響くのでしょう」

 

 質量と機動力は、そのまま跳ね返って自滅する。わかっていたことだった。

 馬車を引き裂いて、天幕を破って。鉄鎖と大楯に守られた陣地が、矢と長槍で騎兵をお迎えする。

 そのまま障害にぶつかった騎兵は、三つに分かれた。油断によって打ち倒されるものと、倒れた仲間の合間を縫って、逃亡を即座に選ぶもの。

 そして哀れにも、馬を御せず、かといって即座に死ぬことも出来ず。負傷したまま、こちらに捕らわれるもの。控えめに言っても、彼らの未来は明るくない。

 馬は鼻骨から頭蓋を砕くような衝撃で失神しているものすらあり、騎兵は転げ落ちて意識を手放すか、身体を投げ出して無防備になったものも多い。

 いずれにせよ、陣地で伏せていた兵の餌食になるのが定めよ。

 

「良し良し、生け捕りにできるならした方が利益は大きい。身代金も情報も、多ければ多いほどいいのですからね」

 

 馬に跨って高所から駆け降りる時は、どうしても視野が狭まる。

 目に映ったものを頭が処理するより先に、馬の速度が風景を単純化させ、戦場の緊張がさらに思考へのノイズを作る。

 それを抑えて冷静になってこそ熟練騎兵と言えるのだが、油断大敵! 練度がどんなに高くとも、勝利を重ねれば緩みは避けられない。

 

 一瞬のゆるみも、その一瞬が死の瞬間に繋がって染めば、反省の暇すらない。この場合、目端の利くものが少数居たとしても、混乱が大きければ大勢に飲まれてしまうのが悲しい所だった。

 

「逃げるものは逃がしていいし、復讐戦を望むにしても、一旦は仕切り直すのが道理。後は流れ作業も良い所ですね。……あちらさんの緩みに付け込む形になりましたが、これまた運命と思って受け入れていただきたいところ」

 

 ここまでは、私でなくともできたことである。たとえば、クッコ・ローセに指揮を任せて、私は東方会社のオフィスで書類仕事をしていても、戦果そのものは変わらなかったろう。

 だから、私は証明せねばならない。ここまで出張ってきた以上、私でなけば得られなかったであろう成果をもって、犯した危険に見合うだけのものを持ち帰らねばならぬ。

 

「尋問の技術はザラに劣りますが、捕虜の扱い自体はクロノワークでも屈指である自信はあります。――久々に、本気で情報を抜きにかかりましょうか」

 

 どれだけ時間が掛かったとしても、流れ作業であれば疲労は少ない。油断をするような間抜けでもないつもりだから、最後まで警戒は怠らなかった。

 しかし、本当に疲れたのは最前線で体を張った部下たちだろう。ねぎらう意味でも、給金は奮発せねばなるまい。ボーナスも期待してくれていいよ。

 ドヴールは物資が充実しているから、消費の拡大は事業的にも望むところだからね。交易が活発になる要因になるなら、それくらいの出費は受け入れるものだ。

 一夜の宴会を行う余裕くらいは、何が何でも捻出してやろう。それくらいの手柄を兵たちは立てたし、商工会も否とは言うまい。

 

 事後のことまで考える余裕がある。そんな幸せな戦場にいることを自覚しながら、私はひたすらに思考を回していた。

 軍事的な優位を、政治的な優位に持ち込むこと。東方会社の代表として、まずはその点を考慮に入れないわけにはいかないのだ。

 ここでは、ひたすらに悪辣にふるまっていい。舐められないためにも、東方会社の名声の為にも、これは必須のことであると、私はわきまえているのだよ――。

 

 

 

 

 

 

 

 勝利の後は、いつだって面倒な義務を果たさねばならい。勝ったからには勝者の責任と言うものも生まれるわけで、下手な譲歩は誰の為にもならないから、落としどころを探るにも苦労したりするんだ。

 東方国家との関係がどうでもいいなら、一方的にふんだくってやるんだけど、それではドヴールの交易都市としての外聞が悪くなるだろう。とはいえ、交渉はもう少し先になる。時間的余裕があるうちに、諸事は済ませておきたいところだ。

 

 戦後処理は現場での確認も必要だから、私も直々に軍馬や馬車の調子を見たり、備品の状態を改めたりと、そこかしこを見回っている。勝った後だからこそ、気を引き締めねばならないと、わきまえているからこそ、ここは手を抜かない。

 

 で、捕虜に対するアレコレとか敵側の総督への責任追及とか。これからの調略に必要な事務仕事も私はこなしながら、クッコ・ローセと向き合う時間も作っておく。

 一番重要な初戦は終わったし、事後の処理もとりあえずは一区切りついたんだから、それくらいは許されるだろう――って、私は楽観していたんです。

 

「色々忙しいのはわかるが、戦場で敵を倒せばいいだけの仕事ではあるまい。勝ったからと言って、ここで気を抜くなんて。お前らしくもないぞ、モリー」

「と、言いますと?」

 

 書類を整理した後は、捕虜の扱いも含めてクッコ・ローセと話し合うことはあった。今の今まで気を抜いた態度は見せていないはずだが、彼女はどこに引っかかったのだろう?

 

「まあ、お前を補佐するのが私の領分でもあるから、いいんだがね。……ドヴールの商工会はともかく、傭兵同士のコミュニティの中では、今回の争いが根深いものだという話が出ている。お前もお前なりに分析はしているんだろうが、勝った今こそ素早く動くべきだぞ」

 

 私のために時間を使ってくれるのは嬉しいが、妻は夫が大成することを望むものだ――なんて、クッコ・ローセは言いました。

 

「根深いのはわかっています。だから、戦って捕虜をとってと、色々工作しているのではないですか」

「そうだな、言い方が悪かったか。――どうにも、私に見えて、お前には見えないものがあるらしい。政治も結構だが、末端の兵士にも目を向けてやれ。私の部下には、東方出身の連中が結構いる。そちらからの情報だから、すぐにお前が気付かなかったのも仕方ないが――」

 

 以前の私なら、ただの嗅覚でそれを嗅ぎ付け、すぐさま対応を考えただろう、とまでクッコ・ローセは言った。

 そこまで熟知されていることに喜びながらも、至らなさを自覚させられて、気恥ずかしくもある。いずれにせよ、よくできた妻の采配に、脱帽するほかないというのが本音だった。

 

「お手数をかけまして、申し訳ありません。埋め合わせは必ず。……それで、それがどう話に繋がるのでしょう?」

「あわてるなよ。良い人は兵にならないというが、貧民たちに選択肢などない。手っ取り早く食える身分を求めるなら、外資企業の兵卒と言う職業は、悪くないものだよ。給料の未払いが起こることもないし、衣食住の面倒も見てもらえるんだからな」

 

 まるで、東方社会では給料の未払いが当然で、兵は略奪が唯一の楽しみであるような言い方をするのだね。まあ、あながち間違いでもないんだろうけど。

 兵は凶器なり、争いは逆徳なり――っていうし、そうしたある種の人間に対しては、東方社会が差別的な扱いをしていたとしても、特に驚きはない。

 それでも彼女が言うからには意味があるのだろう。クッコ・ローセはそんな前置きしてから、本題に入った。

 

「私自身意外に思ったんだが、兵卒どもは東方生まれでありながら、西方人の企業に思ったより懐いている。私もいい加減、兵どもから慕われている自覚も持てるようになったが、これ自体異常だぞ。ゼニアルゼやソクオチの連中だって、もっと根性があった。――根深いというのは、東方では民衆が国家と言うものをまったく信用していないことだ。権力に対する不信が、西方以上に根強くはびこっている。そんな感じがする」

「ああ、問題と言うのはそれですか。……まあ、苛政は虎より恐ろしい、なんて逸話があるくらいですから、それが東方の常識と言うものでしょう。しかし貴女の直感は、そんな表面的なものを捕えているわけではない。そうですね?」

 

 私の視線は、政治面に偏ってきている。いわば名士層に毒されてきているきらいはあるので、そこをクッコ・ローセが矯正してくれるなら、こちらからお願いしたいくらいだった。

 

「ドヴールの総督は存在感のない空気のようなものだから、まだマシだが。おそらく仕掛けてきたであろう、件の敵側の総督についての評判がすこぶる悪い。風評という奴かな? ――事情を知っている我々が公言していないにもかかわらず、すでに疑いの目が向けられているぞ。……兵どもだけではない。おそらくは、下層の住民たちの間でも『あっちから仕掛けてきたな』という認識で一致してきている」

「敵愾心を共有できたなら、連帯感もまた強まる。悪くない展開に思えますが?」

「そうでもない。……敵対都市への敵愾心が強くなりすぎれば、復讐心もまた苛烈になる。地理的に近すぎるし、住み分けられるようないい土地が近隣にはない。勝ちすぎれば調子に乗って、武力による冒険的行為――身もふたもなく言えば、武力侵攻を兵どもや住民の方が望むかもしれん。東方会社が実質的な領主になることを、ドヴールを含むこの地方が容認する可能性。それを真剣に考える時期が来たのかもしれんぞ」

 

 私などにはわからないが、お前にとっては頭の痛くなるような課題じゃないか――だなんて。

 クッコ・ローセは気軽に言いました。――ぶっちゃた話、想定していた事態ではあるんで、対策自体はないではないんだけど。

 

「周辺地域一帯を、我々が占領して実質的な西方の植民地になる。それをドヴールが自ら望むとは思えませんが?」

「一方的な収奪を望むお前じゃないだろう? ……わずかな期間だが、お前は東方社会に馴染む努力をしてきたし、実績も積んでいる。今回に関しては、武名も上乗せされた。名分さえあれば、武力の行使も正当化できる。ドヴールの商工会は、思ったより有能だぞ。――ほれ」

 

 無造作にも、クッコ・ローセは一枚の書状を私に見せた。東方の言語で書かれたそれは、読み解いてみると、私をドヴール総督直属の部隊指揮官に任命すること。

 さらには総督の指示にしたがって、不謹慎な行為に及んだ総督を懲罰すること。その正当性を認める旨が書かれていた。

 

「書類は、正式な書式にのっとっている。間違いなく、東方国家の中央政府が認めたもの……! 総督の指示とはいっても、ドヴールの内情は商工会が支配しているも同然でしょう? つまり、これは私が商工会公認の武力装置になったことを意味するわけで――」

「出し抜かれたな? まあ、お前の力にも限界があるし、ものは考えようだ。――共犯者として、ドヴールの商工会は不足のない相手だ。ここまで政治的に動いてもらって、成果を出してくれている。後は、私達が勝てばいいだけのことだよ。武力を握っているのはこちらだから、商工会への発言力も強くなるだろうさ」

 

 簡単に言ってくれるが、否定すべき要素もなかった。

 苦笑して、受け入れる。それくらいの度量を見せてこそ、東方会社の代表として、貫目を示せるというものだ。

 

「とりあえず、勝つ算段はそれなりに立てているつもりです。クッコ・ローセ、最後まで付き合ってくれますね?」

「いちいち聞くなよ。――ここにいないザラやメイルだって、お前と共に心中する覚悟くらいは決めてるに違いないんだ。手段を選ばず、好きにやれ。どこまでも、私達はモリーと一緒だ」

 

 勝たねばならぬ理由が増えて、当たり前のように幸福を実感した私は、確信を持って行動する。

 名目も大義名分もそろったなら、ただ勝つだけだ。世界はどこまでも酷薄で、力こそが正義を担保する唯一の法であると、今さらのように実感する。

 ここで勝ち切れたなら、東方会社は武名と名声の両方を獲得し、大手を振って東方社会を席巻できるようになる。

 好機であることに違いはなく、上手に活かせたならば、我が家の安泰を得るどころか、クロノワークの国威の上昇すら狙えるだろう。

 

 思ったよりも大事となったが、降ってわいたチャンスをフイにするつもりは毛頭なかった。

 こうして、私モリーは東方社会での地位を確立し、東方会社の代表として、実績を積み重ねていくのでした。

 それが後年、どれほどの影響を残すことになるのか。この時点では、じっくりと予測するだけの余裕すら、なかったのでありました――。

 

 




 今回に限りませんが、私の作品内での戦術については、あんまり真面目に受け取らないでください。
 なんか、わちゃわちゃしている間に勝ちました。それくらいの認識でいてくれたら、それで十分だと思います。

 ……戦闘描写は、本当に苦手です。次の作品では、もっとまともな書き方ができるようになりたい。

 そんな益体もないことを考えながらも、物語は続いていきます。
 今少し、付き合っていただければ幸いです。では、また。

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