24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 今回の話を書いていて、物語の終わりの形がほぼ固まってきました。
 次でおおよその問題を片付けて、その次にエピローグ的なお話を付け加えて、この物語はひとまずの完結を見ることになるでしょう。

 三年ほどの期間をかけて、書き続けたものが、ついに終わりを迎える。
 その時が来るのだ、ということを、ようやく実感する所まで来ました。

 ここまで付き合ってくださった読者の皆様方に、心からの感謝を。
 今しばし、見守っていてくださると幸いです。



宰相殿の思惑から臣下の礼までのお話

 

 どんなに豪勢に見えるとはいえ、料亭である以上は酒食をもってもてなすのが役割である。

 もっとも、私の方はいかなる贅を尽くした料理も、心行くまで味わえるような余裕もないのだが、これはこれで見るべきものもあった。

 

「料理の中に、西方独自の食材がほとんど見えない。東方では交易が盛んな割に、文化面では西方の影響が少ないと聞きます。……価値観の違いと言うのもあるでしょうが、高級料亭でも西方の臭いがまったく嗅ぎ取れないというのは、それだけでも色々とお察ししてしまいますね」

「モリー殿、この料亭は、景観はもとより料理も上等だ。……仕事抜きで、少しは楽しんでもよかろうに」

 

 皿に盛られた、様々な料理を見るだけでも、情報は集められる。食材はもとより、どのような香辛料が、どの程度使われているのかも重要だ。

 この地の住民の嗜好がわかれば、需要がわかる。単純に西方の食材が口に合わない、ということかもしれないが――もし売り出したいなら段階を踏む必要があると、それくらいは判断できた。

 

 高級料亭ではなく、大衆食堂などでは事情が違うかもしれない。料金もわかれば、相場についての理解も深まるのだが、そこまで聞くのも不躾か。

 この辺り、改めて調べるほどの余裕はないから、次の機会を待つとしよう。

 

「私なりに楽しんでいますよ、ええ。――ただ、楽しみに耽溺できるだけの余裕がない、というだけの話です」

「おや、緊張しておられる? これは存外、かわいらしい所があるものだ。――そう恐縮していたところで、物事の成否に関わりはないというのに」

 

 そうして、顔役殿はいたずらっぽく笑って見せた。その笑顔の裏で、きっちりこちらを値踏みしているであろうことは、私にもわかる。

 東方の宮廷は魔境であろう――と、覚悟はしてきた。首都近郊は、すでに相手側の手の内であるから、相手が誰であろうと気を抜くことはできない。

 

「……貴女が宰相殿と近しく、意見を通す力があるとしても。私としては、宰相殿本人の意見を知りたいのです。彼は我々の働きを利用して、辺境閥への政治的勝利を得ました。こちらの功績を認め、今後の関係をより良いものにするつもりがあるなら、具体的な行動をもって示してほしいのです」

 

 顔役殿は結構な切れ者に見えるが、それだけに頭から信用してかかることが躊躇われる。

 こうした心情を理解してくれていたのか、彼女は宰相殿からの書状をここで披露してくれた。

 

「具体的な行動については、私の立場から保証しても信用など出来まい。しかし、ここに宰相殿の意見がそのまま書かれた書状がある。これをもって、誠意の証明としよう。……一応言っておくが、本物だぞ。宰相府の花押もあるから、疑うだけ時間の無駄だと言っておく」

「はい。……確かに」

 

 宰相殿の手で、署名と印が押されている。東方の書式と印については、事前に調査してあるから間違いはない。これを偽造するのは、誰であっても相当なリスクだろう。

 私に対して、そこまで大きな陰謀を作り上げる必要性はないはずだ。何より、この書状がそのまま偽りであれば、すぐにバレる。ゆえに疑うことに意味がないと、私も信じられた。

 一通り目を通してから、口を開く。

 

「……読み終えました。私が誤解していないことを確かめるためにも、この場で内容を簡単にまとめておきたいのですが、よろしいですね?」

「どうぞ。誤解があれば、それを正しておくのも私の役目だ」

 

 合意を得たので、私は自分が理解した内容を、そのまま口に出していく。

 

「宰相殿は、こちらの功績を認める。その褒賞として、『皇帝陛下の前で平伏し、臣下となる特権を与える』と、書状にあります。それに伴って、西方人としては破格の待遇で迎え入れる、と。――これは、間違いないですか」

「間違いないとも。確かに、宰相殿は貴公に特別に皇帝陛下の臣となることを許可している。……東方国家においては、これは確かに特権なのだ。皇帝直属の臣下となれば、商業活動に制限などなくなると、そう思ってくれて構わない」

 

 これを受け入れるならば、私個人に限っては、首都における商業活動も許すと書状には書かれていた。私の名前があるならば、会社が取引を行うことも出来るのだから、純粋に商圏が拡大すると考えていい。

 東方会社もゼニアルゼも、辺境領での交易がせいぜいであり、東方国家の首都で商いをすることは許されていなかった。

 それが今回の件で解禁されるとなれば、私は西方における東方交易の第一人者にさえなれるかもしれない。

 

「それは夢のある話ですね。……商売に関わる、あらゆる活動が許されるわけですか」

「もちろん。ただし、目に余るようなら特権はいつでもはく奪できると、それだけは覚えておくように」

「ええ、わかりました。首輪をつけることを忘れない辺り、きっちりしていますね。――怒られないように、ほどほどにやっていくとしても。やはり、市場の大きさには惹かれますね」

 

 首都には東方商人の利権があり、これを侵すのは難しい話になるが、やりようはあるだろう。競合しない範囲であれば、新たな需要を刺激することで割り込むことは可能であるはず。

 首都で西方の交易品を流行らせることができれば、東方会社は充分にこれを供給する用意がある。上手くいったときの利益は、はかりしれないものがあった。

 

「付け加えるなら、臣下と言っても具体的な仕事が与えられるわけではない。領地もなく、ただ交易に関する権益だけを恵んでくださる、というのが素晴らしい。――随分と、こちらにとって都合のいい話ですね?」

「余計な仕事を押し付けられても、困るだろう? これくらい気を使ってくれなければ、頭を下げる甲斐もあるまい」

 

 やり甲斐の話をするなら、確かにこれは頭を下げるだけの価値のある話だった。

 首都の市場は辺境の比ではなく、ここからは東方の主要な都市――その全ての交易路と繋がっている。皇帝陛下のお膝元を抑えることが出来たら、東方会社はより広い範囲で商売ができるようになるだろう。

 リスクなく、その立場だけを頂けるなら、確かに都合のいい話だった。

 

「ありがたい話ですが、即答しなくてもいいのですね? 期限を定めないのであれば、こうした返答も許されると思うのですが」

「いいとも。そちらはそちらで、身内で相談することもあるだろう。一年も待ってはやれないが、数か月くらいは余裕を見てやろう――とのことだ。宰相殿の寛容さとご厚意に感謝しろよ?」

「ええ、それはもちろん。与えてくれた時間を、無駄にはしませんよ」

 

 どんなにうまい話であっても、私はクロノワーク騎士だ。クロノワーク王家に忠誠を誓っているのに、勝手に東方国家の皇帝に仕えることはしたくない。主君である王妃様に無断で、個人の判断で決めていいことではないだろう。

 しかし、首都交易の恩恵は無視できぬほど大きいものだ。相談する時間があるのだから、ここは前向きに考えるべき。

 

 どうにか折り合いをつけるためにも、今回の件について王妃様の裁可を仰ぎつつ、さらなる議論が必要だろうと思われた。

 今から西方とのやり取りを行うとしたら、数か月の期間は、猶予としてはギリギリになるか。

 

「臣下扱いが難しいなら、また別の形を考えようとも、宰相殿は仰せだ。……実際受け入れられなくても仕方ないと、私などは思っているよ。――形式上の問題にすぎないにしても、異国の君主に臣従するのは悩ましいであろうし、儀式の折には衆人環視の下、皇帝陛下の前で三跪九叩頭の礼もしなくてはならない。……わかりやすく言うなら、ひれ伏して、頭を三回床にたたきつける行為なのだが……西方人にとって、これは大きな屈辱であるらしいな?」

 

 あー、はいはい。清の時代にやってきた、イギリスの外交官が拒否した儀礼のことね。三回たたきつけるのを三回繰り返すアレ。

 ちょいちょい中国の文化そのままの形で出てくるから、どうにも違和感を覚えてしまうけれど。

 別段、それ自体はなんとも思わないよ。顔役殿は挑戦的な言い方をするが、その程度の異文化交流で私は退いたりしない。

 

「土下座を繰り返すことくらい、何とも思いやしませんが。――ともかく、判断が難しい。臣下の礼を受けるとなると、私は仕える相手を増やすことになります。まずは国元に打ち合わせて、回答することにしましょう。細かい条件を詰めるのは、それからということで」

「おや、思っていたより前向きだな? 貴公が頭を下げることで、貴公の主君を貶めることにはならんのかな。……私だって、こちら側が傲慢なことを言っている自覚くらいあるんだぞ」

「貴女はそうおっしゃられるが、宰相殿も皇帝陛下も、我々を最初から見下しているのは確かでしょう? この認識を変えるのは、現状では無理といっていい。……そうでなくては、『臣下になる特権』なんて言い出さない」

 

 異文化とはそういうものだと、私は理解している。特に中世から近代の宮廷においては、外交の場であっても、他国の使者を冷遇して自尊心を満たす、強者としての振る舞いに陶酔する、というのは普通にあり得るケースだった。

 西方とて例外ではなく、戦時中はその手のひどい話は結構聞いたものである。

 

「――まあ、まるで施しのように利益をぶん投げてくれる姿勢には、思うところもありますが。儀礼的な部分に関しては、私個人の面目でどうにかなる話なんです。だったら、受け入れる努力くらいはしますよ」

 

 とはいえ、東方国家は見下すのと同時に恩恵を与えてくれるのだから、その傲慢さは余裕とも受け取れた。

 それだけ東方の地は豊かであり、交易の価値は多大である。私のプライドを投げ売りするくらいで、大きな見返りを得られるのなら、さて。王妃様は、これを拒絶するだろうか?

 

「一応確認しますが、臣下の礼を取るのは、私個人だけでよろしいのですね? 部下や国元の上司などを、わざわざ連れて来いとは言いますまい?」

「もちろんだとも。もっとも、西方人を宮廷内に入れる機会など、そうそう与えられるわけもない。今回は特別なんだと、そう思ってくれ」

「結構。ならば、話は簡単です」

 

 話のもって生き方次第だが、王妃様は私の臣下の礼を許す可能性がある。

 西方と東方の価値観の違いだが、東方にいる間くらいは、他国の臣を演じる位は構わぬ――と飲み込んでしまうかもしれない。

 

 面目もあるから、よほどの利益、権益をむしり取らねば許可は出すまいが――。逆を言うなら、そのよほどのことが保証されるなら有り得ることだ。

 どうせ、私が西方に帰ったら東方の皇帝に何ができる訳もない。不義理を行うつもりはないが、ここは割り切ってもいいだろう。

 

「見返りさえいただけるなら、前向きに話をまとめても良いと、そう考えていますよ。予想するに、そちらが求めているのは実利ではなく名誉。そちらの言い方に従うならば、西方の化外の民が、東方皇帝の徳を慕ってやってきた。――そういう形を取りたいのではないですか?」

 

 東方の皇帝にとって、権威こそが全ての源泉である。富とか武力とかよりも、場合によっては重要とみなされる場合がある。

 西方からの使者が、わざわざ東方の宮廷にやってきて頭を下げて臣従しに来る――という形式は特に、その権威が強調されるような出来事だろう。

 これだけのことをされてしまえば、宮廷内で臣下どもはひれ伏す以外に選択肢はない。皇帝陛下はその存命中に、この事実をもって自らの『徳』。いわば統治の正当性を訴えることができる。

 辺境からさらに遠い蛮夷の人間でさえ、皇帝の権威を認めるというのだ。宮廷の名士たちがこれを否定することなど、できるはずがないというもの。

 

「わかるのか。その意味するところについても」

「はい。東方皇帝の権威が西方に届いたという結果、重要なのはそれであって、過程ではない。その事実さえ演出できれば、全ては丸く収まるというわけでしょう。――これを取り仕切って演出する立場に、宰相殿はいる。皇帝陛下の権威を保証しながら、自らの地位も盤石なものにしようと言うのだから、相当なやり手ですよ」

 

 宰相殿は、辺境閥から政治的勝利を得たいから、私の話に乗った。それは一面の事実であろう。

 しかし、ここでもう一つ、彼は点数を稼ぎたくなったと私は見ている。西方からの客人を首都に招いて、ここで皇帝陛下に拝謁させる。

 そして、西方人が自ら臣従を申し出たことを演出し、皇帝陛下の徳をたたえることができれば、宰相殿の権勢はさらに強まるだろう。

 

「そもそもの発端はドヴールでのいざこざですが、これはもう蚊帳の外に置かれることになるでしょう。……宮廷内では、辺境の争いは些事として扱われる。そういうことで、よろしいでしょうね?」

「当然、そうなる。ただし時間こそ与えるが、臣下の礼については有耶無耶のままにはしたくない、と重ねて主張させてもらうぞ。……儀式的なものであるし、実際に東方での役職が与えられるわけではないが、こちらのやり方には従ってもらわねばならん。多分に、屈辱的ではあると思うが」

「先ほども主張しましたが、時間さえいただけるなら前向きに返答いたしますよ。……しかし、宰相殿は強欲なお方ですね。目端が利きすぎる、とも言えますが」

 

 この儀礼を主導した宰相殿は、皇帝陛下の信を得る。その過程で、私は臣下の礼を取った見返りとして、首都における独占交易権を獲得する。

 各方面に恩を売る形になって、宰相殿の権力地盤は強化されるわけだ。私たちも恩恵を頂く以上、彼を支持する態度を取らなくてはならない。

 西方人からの支持は、宮廷においては異端のレッテルを貼られる理由にもなろうが、力さえ伴うならば問題にならない。

 

 私は先だって武名を挙げており、東方会社もこれから伸びていく勢力である。宰相殿の立ち回り次第では、むしろ唯一無二の強権をふるえるようになる可能性だってなくはない。

 そうした野心を持っていればこそ、宰相殿はここで我々に手を伸ばしてきたのだと、そう捉えてもいいくらいだ。この強欲さに敬意を表すためだと思えば、三跪九叩頭の礼も苦ではないよ。

 

「ともあれ、権益確保のためならば、膝を折って、頭を床にたたきつけることくらい、軽いものです。その手の行為を何度繰り返そうと、私個人の誇りが傷つくわけではないのですから」

 

 武名は得たし、実績も作れた。未来への確かな見通しもあり、王妃様に良い報告ができるだろう。これ以上を求めるのは、強欲と言うものだ。

 多分に屈辱的とされる儀礼であっても、晴れやかな気持ちで臨める。そうした確信が、私の中にはあった。

 

「実利の為ならば、西方の騎士にとっては一時の屈辱など気にならない――ということかな。こちらの名士階級どもに見習わせたいくらいだよ」

「さて。まあ、これは私が特殊なのだと考えていただければ。――誰しも、守りたいものを持っている。私はその中に、自分の経歴とか体面とか、そういうのを入れてないだけですから」

 

 実際問題、私の土下座は安いぞ。元々自分自身、ありふれた家の生まれであるし、高貴な地位にあるわけでもなく、主君と私自身が納得するなら外交的な問題にはならないからね。

 王妃様の許可さえあれば、クロノワーク騎士と東方皇帝の臣下を同時にやりこなして見せようと思う。

 

「結構。で、ここまでは既定の話。実はもう少し語り合いたいことがあるのだが――その前に、前提を一つ話しておこう。貴女が辺境閥の総督を捕縛したことは、貴女方が思っている以上に大きなことだ。局地戦、それも小規模の遭遇戦であったとしても、西方人が率いた軍隊に敗北した事実。これを、宰相殿は重く受け止めている。……誤解を恐れずに言うなら、仮想敵国としての西方を、今になって宰相殿は意識し始めているのだ。文化的に西方は東方に劣っているが、軍事的にはそうではないかもしれない、とな」

 

 顔役殿は、まずはそういって切り出した。これ以上は書状の内容を超えているのだが、代弁者たる顔役殿が言うに、宰相殿の考えには続きがあるらしい。

 こちらとしても、相手の方から懸念を話してくれるのなら傾聴するのみである。あちらの意図を読み、その行動を知れば、分析も容易になるというものだ。

 仮想敵国という言葉は重いが、これまでの話の流れから言って、敵対よりは融和を取る。それがわかっているから、私としても緊張しすぎずに話を聞くことができた。

 

「本当は侮れるほど、西方は未開の文明ではないかもしれない。とすれば、今後は交流を深めていくべきなのだ。排斥するよりは、混じり合って良き隣人になるのが最善であろう。施しのつもりで続けてきた交易も、将来的には技術交流、人材交流という形で進めていけないものか――と、宰相殿は考えておられる。……これは、凄いことだぞ。この国の名士が、西方から学びの姿勢を取ろうというのだ。前代未聞とすら言っていい」

 

 こちらと地球の歴史が同一ではない、ということを差し引いてみても。東方国家は西方に対する偏見から、相手を正しく評価できない場合がある。

 自国が一番、という自負を持つのは良いのだが、結果として技術的、軍事的に劣っていくなら問題だ。そして事実、中国は外交的な閉鎖性から反感を買い、技術的な分野で圧倒された結果、アヘン戦争における敗北へと繋がっていく――。

 この辺りの危機感を、どうやら宰相殿はお持ちであるらしい。なら、色々と取引のし甲斐があると、私の方も思う。ただし――。

 

「敵対的な態度を取られるよりは、よほどいいことです。こちらにとっても利益のある話ですから、全面的に肯定したい。――しかし、交流が必要だというのは、宰相殿一人のお考えですよね? 皇帝陛下も、意見を同じくなさっているとは思えません。……違いますか?」

「だとしたら、どうだというのか。宰相殿の権勢を思うならば、それで必要なもの全てを調達できる。交流の為の箱が必要なら作れるし、監督役が必要なら派遣しても良い。……モリー殿が臣従するなら、ある程度は便宜を図れるだろう。何が不満だ?」

 

 顔役殿の口調からして、東方の宮廷は、西方の騎士が頭を下げに来る光景だけを求めていて、背後関係には無頓着であると見ても良い。

 そして、宰相殿だけは違う視点を持っていて、だからこそこうして私にアプローチをかけてきている、と。

 

「不満、と言うのではありませんよ。ただ、そちらとて無理を通す形になるでしょうから、周囲からの反発も大きいでしょう。だからこそ、辺境閥から譲歩を得て、政治的優位を得たことがここで活きてくる。――周囲を黙らせて、己が意を通せる環境が、今なら整っている」

 

 優位を維持しつつ、皇帝陛下への心象も改善したうえで、将来の憂いに備える。宰相殿の動きは、まことに見事と言うほかない。

 その政治力と謀略の巧みさを、全て祖国のためにつぎ込んでいるのだから恐れ入る。間違いなく宰相殿は東方一の政治家であり、同時に愛国心も東方随一であると私は見た。

 

「それがなんだね? 遠回しに言わず、率直に語ってほしいものだが」

「素直に言うなら、宰相殿は名士である以上に『愛国者』だな、と。異例と言うなら、これが一番異例と言うべきです。現状に満足せず祖国の発展を願い、今できることを全力でやっている。……百年先の脅威の為に、今自分の身銭を切る覚悟を持つのは、難しいことです。それができる宰相殿は賢人でありますから、こちらとしても誼を通じておきたいと、改めてここで述べておきます」

 

 こちらからしても、東方の有力者がここまで積極的に融和の姿勢を見せてくれているのだから、それは最大限活用したいと思うのだ。一度通じた誼は、私が会社の代表から降りた後も残り続けることだろう。

 

 西方と東方、その二つの世界が重なり合う時代に、私と彼という存在が生まれたのは僥倖と言うほかない。

 お互いに祖国を優先したい気持ちはあるだろうが、話せばわかる相手を得られたのは大きい。ここで宰相殿が十全に動けている間に、できる限りの成果をもぎ取りたかった。

 西方と東方の衝突が見える今だからこそ、その真意について、確認することは必要だろう。

 商業的な部分だけではなく、軍事的な意味でも、情報と言うものの価値は大きいのだから。

 

「これはあくまでも私個人の想像ですが、西方と東方の交易が進めば、互いの人材も交流を深めていくもの。その上で西方の情報を取り入れ、分析し、いかなる意味での脅威となりえるか。将来的な危険性について、その本格的な判断を下す材料とするのでしょう。――西方から、東方を侵攻する計画が起こった時。それをいち早く知るためにも、人の出入りは多いほうが良いとは思いませんか? あるいは、それを止めるための手段があるならば、事前に把握しておきたいとも考えるはず」

 

 一気に考えを述べてしまったが、情報の波に溺れずに、答えてくれるだけの知性が顔役殿にはある。

 これはそれを試すための発言でもあったが、期待通りの返答を、彼女は返してくれた。

 

「物騒な想像についてもアレだが、そこまで自分たちが重要であると主張したいのかね? 西方人は、その気になれば東方を征服して、想いのままにできるとお考えかな?」

「そこまでは言ってません。――が、百年後はわからない。未来に不幸のタネを残すよりは、お互いに上手にやっていく、そのための努力を払うべきでしょう。……宰相殿も、それを理解しているからこそ、貴女を私の元によこしたのではありませんか?」

「――さて、どうかな。宰相殿の深淵なるお考え、その全貌など、私にはわからんよ。だが、そうだな。モリー殿、貴公に対しては、真剣に話し合うに足る相手だと思う。交誼を結ぶ相手としても、競争相手としても、おそらくは最上であろう。……言葉の多さは、それだけ多くの憂慮を抱えているということでもあるからな」

「結論として、お互いに盟友たることに障害はない、ということでよろしいですね? ――結構。なら、時間をかけてでも少しずつ、歩み寄っていきましょう」

 

 まず東側の価値観に寄り添うなら、皇帝にとって、自らの権威の証明こそが至上の命題であるはず。

 西方人の臣従を宮廷内で演じることで、皇帝陛下は自身の権勢が確かな物であると信じるだろう。その素直な傲慢さは、私にとってはかえって微笑ましいくらいだが、宰相殿には違って見解があるはずだ。

 おそらくは、危機感。顔役の表情と口調からも、宰相殿の懸念が垣間見えるようだった。

 そして私も、結論を同じくしている。西方と東方は、ほどよい距離感を保ったままではいられない。

 

 いずれ深刻な衝突を起こすであろうと、相手方が予測していても可笑しくはあるまい。なればこそ、その時期を遅らせるためにも、起こった時に傷を浅くするためにも、情報は必要だ。

 さらに可能ならば、和解しやすくなる土壌も作っておくべき。そのための布石として、今回の件はまさにうってつけだ。

 

「宰相殿は、この交渉の場を演出し、女性である貴女を重用しているように私に見せている。……価値観を西方に寄せている、と受け取れる態度です。現時点でここまでの配慮ができるのなら、私達はわかり合えるはずでしょう?」

「モリー殿の言葉には、同意したくなるところもある。なおさら争うよりも和合を求めたいな。臣従を受け入れてくれるなら、こちらも掛け金を上乗せするよう、宰相殿に掛け合っても良い」

 

 掛け金の内容については、宰相殿の判断を待たねばならぬ。よって、そちらはもう後で打ち合わせるとして――目下の課題は、臣従について。

 許可を取ったらさっそく取り掛かりたいのだが、宮廷内の作法もあるだろう。性急に事を進めるのは、良くないかもしれない

 

「まあ、今日のところはここまでにしましょう。――私は国元に相談することがあるし、そちらはそちらで宰相殿に成果を報告したいはず。話を前向きに進められそうだと知れば、宰相殿も少しは安心できるでしょう」

 

 私の言葉を一語一句、間違いなく伝えてくれたならば、おそらくは理解してくれると思う。

 我々は共存可能である、と。そして将来の利益のために、いい関係を築けると考えてくれたならば。

 次に会える時は、お互いにもっといい話ができるはずだった。

 

「具体的な話を進めるなら、そちらからの報告待ちになる。あまり楽観も出来んよ。……無理なら無理と、早めに言ってくれると助かる。そちらの場合でも、多少は見返りをくれてやろうと、宰相殿はお考えだからな」

「上から目線なのも、今は頼もしいくらいですね。――それだけの余裕が、東方にはある。良い報告ができるよう、こちらも努力します」

 

 よくよく考えてみれば、東方会社の代表とはいっても、私はクロノワークにおいてはただ一介の騎士に過ぎない。

 王家の相談役なんてものに就任してはいるが、あれは直接政治に影響を及ぼさない役職だから、私が頭を下げたところで西方国家の誇りが汚される、なんてことにはならないんだ。

 王妃様への書状には、この辺りをもうちょっと強調してもいいだろう。

 

「すっかり料理も冷めてしまったな。――作り直させようか」

「いえ、いえ。それには及びませんよ。……せっかくのごちそうを前に、話し込ませてしまった私の方に非があります」

 

 とりあえず、実りある話ができたと思う。首都にまで出張った甲斐があったと思って、ここは納得しよう。

 東方料理は、思ったよりも口に合った。中華料理とはまた違った味わいだったが、舌が肥えてない分、余計に美味に感じたかもしれない。

 

 これだけ豊かな食卓を、クロノワークに届けるにはどれだけの時間と労力が掛かるだろう。

 顔役殿と談笑しながらも、そんなことを考えていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事に仕事が重なってくると、家庭の方にしわ寄せが来るのはどうしようもないことで。

 そもそも今回の件が容易ならぬこと、厳しいものになることは最初から分かっていたので、驚きこそないとしても――。

 朝まで勤めてくれていたクッコ・ローセには、感謝を示すべきだろう。時間が許すならば、ドヴールへ戻ったら、今度はクミンもねぎらってやりたい。

 特に彼女は西方への連絡役として、使うこともあるだろうから、よくよく慎重に接することを忘れてはならない。……お返しは何が良いかな。その辺りは、帰路で考えよう。

 

「総督引き渡しの手続きは済んだか? 都の見物をしていられる余裕があるようには、まあ見えんが。……また、厄介事を背負い込んだわけではなかろうな?」

「厄介事は最初からですよ。――今後の展望が、それなりに明るくなるであろう朗報もあります。首都に来た甲斐はあったと、そう言っても良いでしょう。……華やかな首都を見物する余裕がないのは、本当に残念ですが」

「まあ、またの機会もあるだろ。――なかったとしても、惜しむようなことじゃない。お前が無事で帰ってくることが、何より一番大事な事さ」

 

 とにもかくにも、雑事を済ませて総督を引き渡し、ここでの仕事はすべて終えた。顔役殿との連絡手段だけは確保して、首都を出る。

 猶予は数か月。返事だけでも、早めにしておきたいので、ドヴールへの家路を急ぎ、帰宅の途へ。

 

 帰り道は何事もなく、順当に帰還。しかし、安堵して休息するような余裕もなかった。

 帰ったとたんに、商工会の会長から呼び出しが来ていた。日程の調整とか、そうした悠長な段取りを省いて、すぐに顔を合わせたいということである。

 

 おおよそ、予想はついている。会って話をするだけ、という単純な内容にはなるまい。

 話の進み方次第では、休む間もなく東奔西走することになるだろうか。……クッコ・ローセやクミンをねぎらう時間くらいは、確保したいものだが。

 

「私は私で心苦しいのですが、あの人も、気苦労が多そうですね」

 

 まだまだ問題は残されているとはいえ、ひと段落したのは確かなので、ここで情報を共有しておいてもいいだろう。

 帰宅して早々、適度に身支度を整えて、そのまま商工会へと足を運んだ。私が顔を見せると、直通で会長の執務室へ行ってほしいとのこと。

 ……これはまた。性急に過ぎるとは思っていたが、あちらはあちらで、切迫した事情でもあるかもしれないね。

 

「ご苦労様でした。引き渡し業務は、順調に済んだようですね? モリー殿」

「ええ、まあ。おおむね上手くいったと言っていいでしょう。――これで、ドヴールは安全です」

「安心しました。この上、さらに厄介事などが降りかかってこなければいいのですが。……時にモリー殿、首都の居心地はいかがでしたか?」

 

 そして顔を合わせると、挨拶もそこそこに話を切り出してきた。私は首都に長居したわけではないし、語れるほどのものを見物してきたわけでもない。

 だから会長が聞きたいのは、別のことだろう。

 

「居心地を語れるほど、首都を堪能できなかった――なんて。率直な返答を望んでいるわけではないでしょう?」

「モリー殿が政治的に、独自の動きをしていたことはつかんでおります。貴女が、首都で何をしたのか。何を得たのか。……商工会が知りたいのは、そこなのです」

 

 単刀直入にもほどがあると言いたいが、ぐだぐだと前置きで時間を潰すよりはいい。

 だったら最初からややこしい言い回しをするなよ、とは思うが――。韜晦と交渉が日常の人間に対して、複雑さを捨てろというのは無理な話か。

 

「宰相殿とのつながりを持ちました。あとは――そうですね。国元との打ち合わせ次第ですが、また宮廷に呼ばれることになるかもしれません」

「もっと具体的にお願いしたい。……つながりとは、どのような? 宮廷に呼ばれるほどの出来事に、モリー殿は巻き込まれるというのですかな?」

 

 会長にとって、私の存在はやや複雑だ。

 ドヴールの防衛という観点から見れば、味方であることは確かである。しかし同時に商業的には競争相手であり、無条件の信頼を抱くことはできない。

 こちらの動向に敏感になるのは当然だろう。ただ、私だって彼らに対して思うところはある。

 信頼と言うものは、お互いに向けあってこそ意味がある感情なんだ。真実を打ち明けろというなら、そちらも相応のものをテーブルの上に出したまえよ。

 

「そこまで素直に語るほど、私の口は軽くありませんよ。――これだけの答えでも、同じ都市に住むものとして、最低限の義理は果たせたと思います。要件がそれだけなら、失礼させていただきますね?」

「――お待ちを。我々は運命共同体です。貴女個人はともかく、東方会社はそうであると認めましょう。……情報を共有できれば、お互いの商売もやり易くなる。そうは思えませんか、モリー殿」

 

 席を立つだけで、会長は引き止めに来た。まるで茶番だが、段階を踏むこと自体に意味があるだろう。

 こちらはわかってやっている。あちらも、茶番と理解しながら手順を踏む。

 価値観を共有できるのだという実演を挟みつつ、私は再び腰を下ろすと、彼と向かい合い、作り笑顔でこれに答えた。

 

「情報の共有と言うものは、双方向でなくては意味がない。……自分から提案するくらいなのですから、そちらからも情報を流してくれるのですよね?」

「必要に応じて、会合を開くことにしましょう。我々はそうやって、お互いの活動を報告する習慣があるのです。……商工会の内輪だけでやっていたことですが、これから東方会社も参加できるようにいたします。――それで? 私の疑問について、詳細にお答え願えますかな?」

「そうですね。それなら身内同士と言うことで、情報の共有はしない方が不自然と言うもの。……ええ、ええ、会長殿が望まれるように、あったことをそのまま話しましょう」

 

 すっかり言質を取る癖がついてしまったが、東方は基本魔境なので、これくらい強かにやっていったほうが良いと思うのです。

 そうして私は、首都であったこと。顔役殿との出会いと、話し合いの内容について、簡単にまとめて語ったのでした。

 

「皇帝陛下に拝謁し、臣下の礼を取ることで、首都における交易独占権を得る! ……貴女個人にそれを付されるということは、貴女が代表である限り、東方会社はその恩恵にあずかれるということ。……話が大きくなってきましたな」

 

 話を聞き終えると、神妙な顔で会長がこう言った。まだ確定的であるとは言えないものの、私自身は前向きに捉えており、王妃様を説得する材料も多い。

 ならばまず通るのではないかと仮定し、会長は今からその後のことを考え始めている。

 

「首都には当然、ゼニアルゼはもちろん他の西方勢力が入り込む余地はない。……東方の首都に商館を立てられれば、大きな取引も可能でしょう。ドヴールは交易都市として、充分な機能を持っていますが、あちらはそれ以上だ」

「会長殿は、大きな未来を描くのが好きなのですね。――商館を立てる許可はまだもらっておりませんし、取引の数量を制限される可能性だってありますのに」

「首都は人口が段違いなのですぞ、モリー殿。そこに多少なりとも食い込めるなら、東方会社はさらに影響力を強めていける。――西方の品物を売るつもりであれば、いくらかの宣伝が必要になるでしょうが、投資する甲斐はあると、私などは思うのですよ」

 

 投資、と会長は言った。もしかして、彼は東方会社に対して、何かしらの援助を考えているのだろうか。

 その辺りをつついてみようと、私は率直に問うてみた。

 

「ドヴールの商工会が、東方会社に投資ですか?」

「いえ、商工会が会社にではありません。貴女個人に、私個人が投資するのです。……そうでなくては、角が立つところもございますのでね」

 

 どうも東方では、組織と個人を分けて考えるところがあるようだ。これは、書物だけではわからない、実際に接してわかる文化の違いだった。

 西方ではそうした考えがない、というわけではない。ただ、ここまで割り切っておきながら、『角が立つ』とはどういうことだろう。

 

「理解が難しいかもしれませんが、商工会と私個人の商会はまた別なので。……モリー殿の思惑と、東方会社の運営陣の考え方が、常に一緒であるとは限らないでしょう? モリー殿は現在の代表ではあっても、十年後の未来は違うかもしれない。――貴女がいる東方会社だからこそ、投資する価値があるのだと。そこは、誤解してほしくないのですな」

 

 ああ、それならわかる。――実際、私もそこまで長く代表を務められるか不明瞭だし、代表が変わった後のことで、責任を求められても困る。

 個人間の契約なら、双方が同意するだけで解除される。後腐れを残さない意味でも大事だし、組織と組織の契約よりは面倒が少ないだろう。

 

「あとはまあ、そうですな。しくじった時は、私個人が失脚する程度で治めておかないと、商工会への評判に響くでしょう? その辺りを考えて、個人と個人のやり取りに収めようという話です。肝心の投資内容については――今確約できるのは、首都に置くであろう商館。そちらの根回し位になりますか。それ以上のことは、臣下の礼を無事終えてから決めることにしましょう」

「……曖昧な言い方になるのは、立地が決まってないから、ですか?」

「それもありますが、首都にいきなり競合相手ができるわけですから。――周囲との軋轢を最小限にするためにも、商圏が重なる相手との折衝がいるでしょう?」

 

 会長の支持があれば、煩わしい周囲の干渉から守ってくれるというわけだ。

 投資と言う割に、金銭的な面での支援ではないが――あるいは、それ以上に価値のある代物かもしれない。

 かわりに会長自身の影響力が強くなってしまうが、まあ別にいいか。どうせ会長も、私が代表でいる間は派手に動くつもりもないだろうし。

 

 当然の配慮として、状況次第では名分を用意して殴りに行けるよう、警戒だけは怠らぬようにすればいい。当座は、それで問題ないだろう。

 その分、私の後任とか地雷だらけの身分になってしまうけど、上手にやってくれることを祈るとしよう。

 

「これは大前提ですが……まず、私は王妃様を説得しなくてはならない。それが出来なければ、やはり意味がありません」

「でしょうな。――しかし、きっとうまくいきますとも。だって、モリー殿は実に乗り気だ。貴女ほどの人物が、本気で必要だと思うことであれば。貴女の主君とて、無下にはなさらぬでしょうよ」

「……会長殿には、西方にも親しい人が多いのですか? どうにも、不穏なものを感じるのですけれど」

「まあ、そこはそれなりに。諜報面については、お互いに探らないようにしましょう? それが、お互いの為というものですぞ」

 

 私も会長も、それ以上は余計なことを口走らなかった。

 後は細かい部分もお互いに情報を共有し、今後も支援し合う関係を作っていくこと。口約束ではあったが、その同意だけは得ることができた。

 

 終わってみれば、こちらも実りある会談だったと言える。帰宅した後、クッコ・ローセとクミンに説明することが増えたなあ、なんて。そんな感想が出てくるくらいには、軽い話し合いだった。

 

 とはいえ会長との口約束は、表ざたにしないことを前提とした、密約に近いものである。

 おそらくは、今後もそうした内容の話を繰り返していくのだろう。一つ一つが他愛のないことでも、重なれば難しくなる場合もある。

 

 将来的には仕事が大きく増えることになるだろうが、もう踏み出したこと。口に出せないことは、自分の内に抱え込んでしまえばよい。それくらいの覚悟は、すでに私の中にあるのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宰相殿から与えられた、数か月の猶予の中で王妃様を説得し、同意を得たうえで行動の自由を勝ち取らねばならない。下手をすれば、私の忠誠すら疑われかねない、難しい仕事になる。

 そう思って、東方交易と西方の交流について、熱の入った論を展開し、可能な限りの説得材料を並べて、書状を送ったわけだが――。

 

 正直、一通目からまともな返答が返ってくるとは考えていなかった。割と突拍子もない話をしている自覚はあったから、『帰ってきて説明しろ』くらいの返事でも可笑しくないと思っていたんだ。

 

「なのに、『モリーのみが臣従の態度を取るだけならば、許可する』なんて。王妃様がそんなに物分かりの良い方だったとは思いませんでしたよ。さらに『確実な利益が目の前にあるのなら、一時の屈辱は受け入れろ。王家への不敬も、この場合は許す』なんて追記までして。……話が早いのはいいのですが、これはこれで心配です」

「モリー、気を抜きたい気持ちはわかったが、茶化していい話でもあるまい。王妃様には王妃様の考えがあり、この場合は背中を押してくれたのだと、そう考えるべきだろう」

 

 クッコ・ローセがそう言ってたしなめる。確かにその通りで、王妃様がそのような判断に至ったのであれば、私が全面的に責任を背負って、積極的な行動に出なければならない。

 一番苦しい道を歩むことになるが、それもまた想定通りではあるはずだった。

 

「失礼。どうにも、アレですね。一気に重要人物になってしまった感が強くて、弱音を吐きそうになりました。……これで、大手を振って東方の宮廷に赴く口実ができたわけです。宰相殿にも、早々に良い返答が出来そうで、結構なことだと言わねばなりません」

「行きたくなさそうですねぇ。私としては、モリーさんが皇帝の臣下になることも、東方会社の代表であることも、そこまで大きなことだとは思いませんけれど。――出世と言うにも微妙なところですし、実際何か悪いことでもあるんですか?」

 

 クミンが茶々を入れてきたが、ここに明確な反論ができないのが辛い所だった。何と言っても、これは感情的な話なのだから。

 

「実利面で、悪いことは、別にないです。……ただ、王妃様があっさり許可したことが、個人的に引っかかるというか。もしかしたら、王家に私の忠節が伝わってないんじゃないかと、そんな風に思えたと言いますか――」

「忠節とか、そんな大したものありましたっけ? モリーさんが、義理を通す気があるのはわかります。でも、クロノワーク王家への忠誠を示すつもりなら、東方で働くよりも、もっとマシな方法がいくらもあったと思いますよ?」

 

 クミンの言葉に反論することはできる。もっともらしい言い方をして、納得させるのは難しくはないだろう。

 しかし考えてみれば、私は王家第一、国家第一の模範的な騎士であったことは、おそらくないのだ。

 私個人の、おそらくは誰にも理解できない価値基準をもって、自分勝手な忠誠を向けていたのだと――。そのように言われたならば否定できないし、ここに至ってクミンが指摘した問題を、ようやく自覚できたような気がした。

 奉公に一生懸命なのは、今も昔も変わりない。だが大義の為に家族を犠牲にすることは、もはやできそうにないと思う。

 

「……もっとマシな方法、ですか。一応、東方を今抑えておくことは、クロノワークにとって重要な事だと思うのですが」

「モリーさんが言いたいことは、何となくわかりますよ。――王家をないがしろにしてるわけじゃないし、きっと将来のクロノワークにとって、東方が大きな役割を果たすこともあるかもしれません。でも、それ以上に私たちの安全と生活の保障が、今のモリーさんにとっては大事なんじゃないですか? 普通に西方で騎士をやっているより、今の方が実入りも良いし、非常時になっても打てる手がいくらでもある。それだけの権限を得られる立場を選んだんだから、モリーさんは忠誠より私情を優先してるんですよ」

 

 だから、こうやって私のような元風俗嬢に、大事な役目を任せたりしている――と。

 そんな風に、自嘲気味にクミンは言った。悪いことではないのだから、そろそろ開き直ればいいのにと、雑感まで添えてくれる。

 見かねたクッコ・ローセが口出しするまで、私は自分の身勝手さを直視せねばならなかった。まさに自業自得だから、誰を攻めることも出来ない。

 

「そこらへんでやめてやれ。モリーを困らせることが、お前の目的じゃないだろう」

「……そうですね! 思うところはありますが、困らせたくて言ったわけじゃないです。でも、覚えておいてください。モリーさん、貴女の言動は、他人からは理解しがたく映ることもあります。主たる王妃さまだって、確実に貴女の気持ちをわかってくれるわけじゃない。だから、油断なさらぬように。――逃げ道を作ったり、もしもの時の備えをすることは、別段不義理でも不実でもないんだって、私は言っておきますよ」

 

 粛清される対象にならない、なんて。そんな保証はどこにもないのだと、クミンは真剣な面持ちでそう付け加えた。

 彼女なりの危機感の発露だろうか。私は、そんなに危うく見えるのだろうか。

 なんだか自信を無くしそうになるが、落ち込んでいる暇など私にはない。むしろ発奮して、彼女たちの期待に応えてこそ、夫として相応しい態度だと言えるだろう。

 

 ――そうだ。私は、立ち止まっている暇などない。西方と東方の衝突に備え、あらゆる意味でより良い将来を目指す。

 私は、そうすると決めたのだ。我が家の安泰はもちろん、祖国の繁栄と、同盟者たちの幸福を守るために戦うのだと。

 

「クミン。シルビア妃殿下とクロノワークは、同盟関係にあります。余裕のある時で良いですから、損をさせるつもりなどないと、お伝えくださいな」

「その程度なら、わざわざ伝えなくとも妃殿下はお察ししますよ。……ゼニアルゼにとって、私達は東方交易での競合相手なのでしょうが、大きな枠組みで見れば協調も可能だと私は思います。モリーさんも、そろそろ妃殿下への対策を考えてくれているはず。そうですね?」

 

 確認するように、クミンは私へと問いかける。単純に『考えだけはある』と伝えても良いし、しばらくは東方に掛かりきりになるから、帰国するまで何にもできません――と正直に伝えても良いのだが。

 

「ええ、ええ。好きなように情報を流してくれていいですよ。対策など必要になった時に考えれば十分間に合います。妃殿下ならば、私の行動も思うところも、おおよそ理解してくれるはずですから。――情報さえ与えていれば、間違ったことをする人ではない。その信頼があるから、私も現状の問題に集中できるというもので、ええ」

 

 あえてひねくれた言い方をして、クミンを困らせてみようか。案の定、微妙に困ったような表情で、クミンは言った。

 

「私に対してはそれでいいですが、まさか商工会の会長に対しても、そのノリで話したわけじゃないでしょうね。……侮っていい人じゃありませんよ」

「不在の間、何かありました? 短絡的な人ではないと思いますが、クミンに対して脅しとか恐喝とか、間接的にほのめかしたりとか――」

「ないです。そうじゃなくて。……詳細は省きますけど、色町でも色々と商業の話が出てくるわけでして。今の会長がやり手で、ドヴールの繁栄に貢献しているとか、自分の代で商売の規模を数倍に拡大したとか。そういう話を小耳にはさんだので、モリーさんのことも利用するつもりで近づいてるんじゃないかと、ちょっと心配したんです!」

 

 困らせすぎたかもしれない。割と真剣な声で言ってくるので、これはこれでアリだな――なんて思いつつ、安心させるように答えよう。

 

「会長殿の思惑を完全に理解しているわけではありませんが、まあ。利用は、確実にされるでしょうね。しかも、拒む手段はほぼないのです。……東方は完全にあちらの領域で、勝手にアレコレ動かれた場合、私の方から打てる手といえば、顔役殿かミンロンの伝手を頼るか、単純に武力に訴える位のものですから」

「顔役のことについても気がかりですが、わかっていて、打てる手がない? それは自虐が過ぎるんじゃないですか、モリーさん。貴女ならどうにかしてしまいそうですけれど」

「買いかぶりすぎですよ。――まあ、東方会社の収益なんて、『最終的には』どうなってもいいのです。どんなに長くても、三百年もすれば解体される会社だと思って、今のうちにやりたいことをやれればいい。だから、ドヴールの商工会が首都の商圏を荒らしまわることになって、責任がこっちにまで飛び火したとしても。その頃には、だいたいやれることはやりつくしているでしょうしね」

 

 だから、まあ問題にはなりません――とまで言うと、クミンは呆れたような様子だった。

 

「……結局、貴女の手の内、ですか。モリーさんって、本当に遠くのことは良く見えるんですね」

「見えたつもりになっているだけですよ。――東方情勢は、いまだに微妙なところにあります。西方の本社にも連絡を入れないといけませんね。……万が一の時は、あっちにも問題を押し付けてやりたいので。私達だけが苦労するなんて、不公平でしょう?」

 

 東方の宮廷では、何が起こるかわからない。土壇場でちゃぶ台返しがないとも限らず、引き返せぬ場面で難題を押し付けられる可能性は、排除できない。

 宰相殿の権勢がどんなに強くなろうと、反抗する者が茶々を入れてくるかもしれないし、皇帝陛下の遊び心で約束を反故にされることもありえるだろう。

 

 そうした際、問題を共有できる――もしくは丸投げできそうな相手を見つけて、対処させるための布石を打っておくことは、とても大事だと思うんですよ。

 だから、ホーストで胡坐をかいているであろうタラシーとかチャラ王子とか、その辺の連中も一緒に悩んで苦しみましょうね――ってお話を、書簡を通して伝えておきたいんだ。

 

「色々考えて、最終的に押し付ける相手を探すっていう結論を出すあたり、モリーさんも良い性格をしてますねぇ」

「知らなかったのか? こいつ、結構アレだぞ。まともに見えて狡猾だし、卑怯とか卑劣とか、そんな評判を気にするような奴じゃないんだ。私も、気付くのに時間が掛かったが。――いいじゃないか。そんな奴が、私達に対してだけ、特別に優しく接してくれる。そう思えば、案外悪くないだろう?」

「……恐れ入ります。まあまあまあ、そういうわけで。今回の件が、東方での大一番になりますが。これを乗り越えられたら、大きく展望も開けるわけです。そうなったら、私も時間を確保できるでしょうし、お二人には特にお世話になりましたから。お返しをしていこうかと思っていますよ、色々と」

 

 思考を回せば回すだけ、将来的な問題と言うものは現れてくるものだ。その全てに適切な対処など、できるわけもない。

 私にできるのは、手の届く範囲で、守りたいものを守ること。それくらいのものだと、わきまえねばならぬ。

 妻二人から向けられる、温かい感情を実感しつつ、今後の備えをしていく。それだけで十分なのだと、そう思うのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 議論の必要すらなく、王妃様から即座に許可が出たことで、私の方も早々に決断することができた。数か月という時間的余裕も、かなりの部分を短縮し、皇帝陛下との謁見も実現に向かうことになる。

 顔役殿への連絡も、早いうちに済ませた。これで事前にできることはだいたいやって、おおよそ三か月後。いよいよ東方皇帝に対し、臣下の礼を取る儀式へと望むことになった。

 この際、クッコ・ローセとクミンは伴わない。万が一面倒なことが起こった場合、巻き込んでしまうことを避けるためだ。

 

 ……とはいえ、実際の謁見までは、当日までも様々な下準備がいる。事前の調整はもちろんだが、儀式に参加する段になっても、首都についたとたんにすぐ始まる、というものではなかった。

 

 まず、東方会社から皇帝陛下への貢ぎ物の類があり、これを運び込む作業がある。東方においては、臣従を示す儀式に際し、この手の礼物は必須と言って良い。

 目下の者からの貢ぎ物を鷹揚に受け取り、謁見の際にはこれをねぎらう言葉を与える。それからお返しに、貢ぎ物以上に価値のある財物を与えて返す。

 それが東方皇帝の権威を示すための工程であり、宮廷における作法と言うものであった。

 

 貢ぎ物については、私自身が吟味し、商工会の会長からのアドバイスも受けつつ、交易品を中心に様々な工業なども盛り込んだ、欲張りセットとなっている。

 具体的には、西方の丈夫な軍馬とその馬具、東方の製法を真似て作った磁器、貴金属製品や美術品。他には、鉄製の武具と大砲なども持ってきている。

 

 現状でも、軍事技術に限るならば西方が優越しているのだと、それを理解させるための内容である。砲兵隊も連れてきているから、時間と場所が許すならば、デモンストレーションをしておきたいところだ。

 皇帝陛下と文官どもはわからないが、宰相殿はそれだけで西方の脅威を知るだろう。そして、技術格差を埋めるために、より深い交流を急ぐはずだ。そこに付け入れば、クロノワークが独自の権益を得ることも出来るだろうし、東方における独自の立ち位置も確立できるかもしれない。

 ……欲を張りすぎだと言われたら、やはり否定はできない所だった。

 

 もちろん軍事技術に限らず、西方の文化や工業力を示すために、この場限りは赤字になっても良いとアレコレと持ち込んで来ている。印刷技術や測量、土木工事の方面なら、やはり西方が強い。技術書も多量に持ち込んで来たから、翻訳する気があるならこれもまた、東方国家の益になること間違いないだろう。

 知識だけでも詰め込んでおけば、いざ技術者が交流にやってきたときに、充分な指導を行える。

 もっとも、それだけに貴重な品々が多いものだから、これを管理する官僚たちとも、作業についての打ち合わせが必要で、結構な時間を食ってしまった。

 まあ、実際に西方の文物を宮廷内に持ってこれたのだから、宰相殿の意向にはそっていると思う。

 

「――と、いうわけで。礼物の処理に関しては、後はこちらで管理する。ぞんざいに扱ったりはせぬから、そこは安心してくれよ」

「……顔役殿が連絡役兼接待役を務められるとは、聞いておりませんでしたよ。あらかじめ聞いていれば、個人的な贈り物も用意できたのですが」

「余計な気を回すなよ。――貴公には、もっと別に心を砕かねばならぬ問題があろう。皇帝陛下の謁見までは、今しばらくの期間がある。数日は歓待を受けるだけの日々が続くが、焦らずに待っているといい」

 

 顔役殿が出迎えてくれた時は、何か良からぬことでもあったのかと、悪い報告が飛んでくることを覚悟したものだけど、案外物事はスムーズに進んでくれている。

 彼女と宰相殿が、ちょっとしたいたずら心で、彼女を我々に張り付かせているというなら、それもいい。これを機に、少しは東方の宮廷勢力への理解が深まればいい、とも思う。

 

「申し訳ないが、人員配置や警護の問題から、自由はどうしても制限してしまう。そこは納得してくれよ」

「ええ、まあ、はい。それくらいなら構いません」

「あとは、そうだな。こちらが把握するためにも、連れてきた者らの名簿が必要だ。砲兵隊なんぞも連れて来てくれたから、余計ややこしい作業をせねばならん。とりあえず全員の経歴と人数の詳細を教えてくれ。――そのために、記録官も連れてきた。逐一情報を書き残し、後日の学びとする、ということでね」

 

 礼物だけでなく、こちらの人員をすべて把握しようとする態度は、実に勤勉に見えた。

 求められるままに人員名簿を手渡し、本日の業務は終了。これから私たちができることは、待つことだけだ。

 

「流石に一か月も待たせることはない、と思う。もしドヴールの方へ知らせたいことが出来たら、私に言ってくれ。書簡を送るくらいのことはしよう」

「ありがとうございます。その時は、頼らせていただきますね」

 

 この状況で、何かしらの情報を送らねばならない事態。それはきっと、厄介事が降りかかってきたときに他ならない。

 そんな事態は歓迎したくないな、なんて。私は暢気に考えていたのです。

 

 

 

 

 後々聞いたところによると――この頃のホーストではチャラとかタラシーとかが、情報の波でおぼれて、右往左往していたらしい。

 臣下の礼が終わるころには落ち着いていたらしいが、その後でさらに難題が降りかかってくるとは、思っていなかったろう。

 

 あの時は悪いことをしたなぁ、とか。すべてが終わって振り返った時に、そう思うのでした――。

 

 




 今回もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
 毎回、投稿直後から目を通してくださっている読者も多い様子で、確認するたびに恐縮しております。

 物語を畳む決意をしてからと言うもの、自分自身では『この物語のどこか面白いのか?』まったくわからなくなってしまって、筆が止まる日も多くありました。

 それでもここまで続けてこれたのは、言葉がなくとも見守ってくださっている、多くの読者がいてくれたからです。
 数字として、きちんと読んでくれる皆様がいる。その事実に支えられて、今も物語を綴っています。

 次回作は、色々な意味で意欲的なお話になるでしょう。ある程度書き溜めてから投稿するつもりなので、年末位になるかもしれません。

 生きている限り、ものを書き続けたい。そう思って、私はこれからも懲りずにやっていくことでしょう。
 暇なときにでも、チェックしていただけたなら幸いです。では、また。

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