24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 話を畳むことに精いっぱいで、色々雑になっている感はありますが、とにもかくにもここまでこぎつけました。

 次の話で、終わらせることができると思います。足りないところがあったら、気が向いたときにも外伝っぽく付け足していくことになります。

 もともと頭を使わずに、思いつくまま書きなぐってきた物語。最後まで見守ってくだされば幸いです。



謁見を終えてから帰国からの四方山話

 

 顔役殿のお言葉通り、一か月も待つことはなかった。謁見そのものはすぐにでも行えるのだが、その前にせっかくだからもてなしてやろうというのが、東方国家の流儀であったらしい。

 

 おおよそ二週間ばかり、旅行に連れ出されて観光地巡りをさせられたのは、東方の国威を示すためであったのだろう。世界遺産に相当する遺跡や建築物、東方の文物を見学できたのは、あちらなりの配慮だったのだろう。

 それでも仕事で来ているのだと、強く意識している私は、あんまり楽しめる状況ではなかった。

 態度にも口にも出さなかったが、割と気を使われてしまったので、これは残念と言うほかない。この辺り、接待してくれた顔役殿には申し訳なかったと思う。

 

 もっとも、気を使っているのはお互い様ともいえる。皇帝陛下との謁見は、おそらくすんなりとは終わらないだろう。

 そこで気分を害するようなことがあっても、私は全てを飲み込んで悪意を返さぬこと。これだけは保証できると、顔役殿には伝えていた。

 

「なるべく楽しんで観光してもらえるよう、心を尽くしたつもりだったが、やはり時期と環境が良くなかったのだろうな。……好奇の目線は多く、大っぴらにもてなして見せるのも難しい。次の機会があれば、挽回させてほしいものだ」

「いえ、充分楽しめましたよ。お心遣い、本当に感謝します。――東方の文化は興味深いものでした。それはさておき、明日の謁見の際は、同行されないのですか?」

「ああ、私は許可されていないのでな。……言うまでも無いが、用心しろよ。文武百官が、貴公の臣下の礼を見物しにやってきている。土下座を繰り返す儀礼は屈辱的だが、本当に耐えられるのかね?」

「今更前言を撤回したりはしませんよ。ええ、大丈夫です。どんなにアレなことを要求されても、どうにか切り抜けて見せましょうとも」

 

 雑な話題転換にも、顔役殿は付き合ってくれた。だとしたら、これに正直に向き合うのが私の義務だろう。

 王妃様の許可も得ているし、王家への不敬も許容されるのだから、よっぽどのことがなければどうにかなると思うんだよ。

 

「前に、掛け金を上乗せする、と言ったな? ――臣下の礼を受ける段になった以上、そちらの覚悟は本物だと理解する。ここまで受け入れてくれた以上、こちらも応えたいと思うのだ」

「景気のいい話は大好きですよ。くださるものは、ありがたくいただきます」

「首都における独占交易権に加えて、さらに免税特権を与えるとの仰せだ。ここまでのことをしてやるのに、どれほど苦労されたことか。宰相殿の尽力と配慮に感謝してくれよ」

 

 もう一声なにか無いのかなぁ、なんて。そんな贅沢な感想を口する正直さは、流石に持ち合わせていなかった。

 ぶっちゃけ、それでも十分すぎる位の話ではある。取引が多くなればなるほど、関税は大きくなるものだから、免税はすごく助かるんだ。

 でも宰相殿の権勢を考えるなら、もうちょっと商圏の拡大を許すとか、競争相手になる東方商人への圧力とか、期待してもいいと思うんですよ。

 特に免税特権なんて、周囲から嫉妬の的になりかねない。――あるいは、それが目的なのか。将来的には排除するつもりだから、景気のいい話をもってきているのだろうか。

 

「もちろん、免税特権は期限付きだ。最初の三年だけの特別待遇だと思え。……安心したか?」

「はい、感謝いたします。宰相殿の長寿と繁栄をお祈り申し上げます。どうか、その権勢を長く維持されますように」

 

 この三年間の間に、どれだけのシェアを占められるかが勝負になる。宣伝にも手は抜けない。流通網を整備し、新たな需要を作り出し、西方の文物を東方へ注ぎ込む。私が代表を務めている間の、短い期間に限れば、それで十分な利益がでるはずだ。

 少なくとも、王妃様への言い訳になるくらいの成果であろう。お世辞の一つや二つ、自然と口に出るものだ。

 

「……そこまで現金な態度を取られると、それはそれで思うところがあるな。いや、いい。私の立場でケチを付けたところで、意味のない話だ。とにかく、明日は上手くやってくれ」

「もちろんです。全部終わったら、帰路を急ぐことになるので、しばらくは会えなくなりますね」

「心配せずとも、ドヴールへの連絡手段はすでに確立している。私が『顔役』と呼ばれているのには、それなりの理由があると思ってくれ。――こちらの配慮を、無駄にしてくれるなよ」

「はい。末永く、よりよい関係を続けていきたいものです」

 

 こちらの危惧を理解したかのような返しに、私は顔役殿への感謝を示した。期限付きの待遇であれば、東方商人たちからの嫉視も、そこまで強くはなるまい。

 それはそれとして、明日にも東方の宮廷に入る以上、覚悟は決めておこう。私が今心配すべきは、商業活動ではなく、廷臣どもの謀略である。

 

 儀式の中、あちらから仕掛けてくる可能性は少ないとしても、意に添わぬ約束などを押し付けられてはたまらない。

 謁見に備えて、アレコレ思考を回しておくことも忘れずに。想定される事態について、思いつく限りの対策を講じるのだ。

 

 それでも、斜め上の状況は逃れえぬ、と悲観してしまう辺り。私も充分以上に委縮しているのか。

 いや、今さら怯えるようなことではないはずだ。ここで怖気づくくらいなら、初めから東方になど来ていない。

 そう思って、自らを奮起させ、立ち向かおう。流血こそ伴わないが、明日は戦場に出向く。そうした気概で望むべきなのだと、私は理解していたのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都に滞在している間、食事や観光に関しても。あるいは寝所や浴場についても、かゆい所に手の届くような心づくしを、我々は受けていたと言って良い。

 ほしいと言った果物や酒は必ず届けてくれたし、代価として金銭を返そうとしても絶対に受け取ってはくれなかった。

 うっかり受け取ってしまえば、かえって罰されてしまうと、苦笑気味に言われては仕方がない。なんというか、過剰なくらいにもてなされている気がするけど、これが東方流のやり方だと思うことにしよう。

 

 実際、英国からの使節団も、これくらいの待遇は受けられたとも聞く。

 初めて宿泊した日の夜は、花火をもって祝ってくれた上、楽隊を派遣して東方の音楽を心行くまで堪能させてくれた。このことは、たぶん一生忘れられないだろう。

 ここまで歓迎されてしまうと、かえって恐縮してしまうほどである。私個人だけではなく、伴ってきた砲兵隊も同様の待遇を受けられたのだから、東方国家が今回の件についてどれだけ熱心であるか、わかろうというものだった。

 

 ……ここまでしてくれたのだから、というのもアレだけど。

 

 当日、宮廷に向かうために整列して行進する際、先頭の旗持ち(東方の役人が務めた)が『東方皇帝への貢物を持ち、臣従を求めてきた西方人大使』という旗を高々に掲げていたことは、容認してあげようと思う。贅沢を言うなら、もっとオブラートに包んだ表現にしてほしかったけれど。

 しかし形式的にはそれで構わないと王妃様から許可は取っているのだし、全ての儀礼を受け入れることは、すでに覚悟していたことである。

 だから、私は平然とした態度を維持するべきなのだ。二度手間になるような、非効率な行動を求められても、それが道理に叶うならば、その通りにしようじゃないかね。

 

 

 一度提出した、こちらが貢物として持ってきた礼物を、再度我々が宮廷の中まで運んでゆく。

 先導する旗持ちに従い、指定の場所に配置して皇帝陛下のお目通りを待つ。

 東方文化は儀礼においても、なかなかもったいぶった演出を好むらしい。こちらが何を貢いできたのか、それを実際に目にしてみたいと、皇帝陛下が望んだのであろう。

 途中、皇帝陛下の庭園の前を通ったが、丘の上からそれらしい人物が見えた。我々が臣従しに来たことを、あらゆる意味で上から目線で眺めたかったのか。

 ――本当に、良い趣味をしているよ。私はそれも東方文化の妙味であると理解できるけど、他の者はそうではあるまい。

 東方会社の随行員、砲兵隊の者たちは、よくはわからなくともとにかく見下されている、と感じるだろう。どうにも気が重いが、ここでの文化的な衝突は、避けることも出来ない。

 ともかく、こちらは言われたとおりにしたのだから、後は状況が動くのを待つだけだった。

 

 そんな中、突如として銅鑼が鳴り響く。そして、ゆったりとした落ち着いた音楽が流れた。皇帝陛下がやってくる、その前触れである。

 廷臣どもは平伏し、出迎える。我々もそれに倣うべきなのだろうが、今回に関しては特別に免除されていた。

 どうにも、皇帝の方が我々の姿を間近で確認したがったそうで、平伏せずに片膝を付く態勢を取り、腕を組んで目を伏せつつ、その時を待った。

 

 ……私は、東方皇帝の姿を初めて目にすることになる。そこから西方と東方の世界は、つながりを得ることになるのだろう。

 自らがそれに関与し、情勢を動かすきっかけを作ることになる。最近の私は、責任の重さを実感する機会ばかりで、胃もたれしそうになるくらいだったが――今回は、さらに特別と言って良い。

 

「面を挙げよ」

 

 廷臣どもが、まず皇帝の声に従い、顔を挙げて起立する。

 

「西方の異人へ告げる。――面を挙げよ」

 

 再度の皇帝の呼びかけに応える形で、私達も起立した。実際に確認してみると、皇帝の顔立ちは思ったよりも平凡なもので、平たくも無機質な、仮面のような表情をしていた。

 外見から感じるものはないが、大事なのはそこではない。皇帝自身が歓迎の態度を取ること。重要なのは、それだけだった。

 

「西方からの使節、モリーよ。貢ぎ物をもって来朝したこと、まずはご苦労であると褒めておく。――珍しい西方の品々は、朕を楽しませるであろう」

「陛下の歓心を得、お言葉を賜ったこと、恐悦至極に存じまする」

 

 すかさず平伏し、再度叩頭。こうして、あくまでも臣従する態度を続けることで、皇帝陛下は自らの権威を再確認してくれることだろう。

 安い土下座で温情を頂けるなら、ありがたいことだ。――商業の自由を許してくれるのなら、西方と東方の交流がこれで決定的なものになるならば、私個人の面目なんぞどうなっても構わぬ。それくらいの覚悟は、すでに決まっているんだよ。

 

「足りぬ。礼儀作法を習わなかったか?」

 

 皇帝陛下は、無表情のまま、そういった。不興を買ってしまったと判断し、即座に答える。

 

「ご無礼、陳謝いたします。――では、そのように」

 

 目の前で平伏し、頭を叩きつけること三度。それを三度繰り返し、合計九回もの土下座を行う。

 

 私個人の安い土下座でも、繰り返せば皇帝の歓心を買うには充分であったらしい。満足そうな笑みと口調で、陛下ねぎらいの言葉をかけてくれた。

 

「よい、よい。無作法を許そう。改めてこちらの儀礼に従ったこと、それをもって償いとする」

「陛下の恩徳に感謝するように。よいな、モリー殿」

「はい、感謝いたします。……宰相殿、ならびに廷臣の方々。我々は東方国家との友好を築くためにここに来ております。どうか、お互いに交流することをお許しください。そして願わくは、共に栄えることをお許し願います」

 

 宰相殿とは、ここでようやく初めて面識を得る。他の廷臣どもは覚えるに値しないが、彼だけは別だ。

 老齢に至っているが、覇気のある人物。ともすれば皇帝陛下よりも存在感のある、傑物のように見えた。容姿と雰囲気だけでそう思えるのだから、これは相当なものである。事前のやり取りからしても、知性と忠誠心は疑う余地がない。

 彼の関心を得られれば、それだけで十分と見るべきだった。皇帝陛下が何か言っているが、これは適当に受け流すだけでいいと、すでに私は見切っていた。

 

「西方より我が徳を慕って、はるばるやってきたことは評価せねばなるまい。約定通り、首都における自由を認めよう。――宰相、それでよかろうな?」

「はい。もとより、そのような約定なれば。これを保証することが、陛下の徳を示すことにもなりましょう」

「では、そうせよ。モリー、と申したな。西方人としては、呼びやすい名である。そなたが望むならば、東方の公的行事に出ることも許そう。自ら商業活動を励み、顔を売りたいならばそうすればよい。……朕は満足した、これでよいな?」

 

 宰相殿の言葉が後押しになり、諸々の保証をこれで得た。ようやく私も肩の荷が下りる――と思ったところで、周りを取り巻いて見守っていただけの廷臣どもが騒ぎ出した。

 

「恐れながら陛下」

「西方人に首都で自由を許すのは前例無き事」

「先帝、ならびに高祖に対して不敬ではありますまいか」

 

 甲高い耳障りな声が、三度も響いた。宦官でも混じっているのかよ、と突っ込みたかったが辛うじてこらえる。

 ……しかし、今頃になって騒ぎ出すということは、宰相殿はあえて根回しをしていなかったということになる。

 怪しい雰囲気になっているが、それでも皇帝陛下の言質は得たのだ。どうとでもなると思っていたのだが、状況はそこまで単純でもなかったらしい。

 

「朕の決断に異を唱えるか」

 

 陛下は不機嫌そうに言うが、決して横暴に罰しようという雰囲気は出さない。廷臣の発言を待つだけの余裕もあり、これに付け込む形で連中はさらに発言を続ける。

 

「まさかまさか、恐れ多い」

「皇帝陛下のご判断は常に正しく、我々はそれに従うのみでありますれば」

「しかし、足りぬところを補うのも廷臣の務め。どうか、お許しを」

 

 廷臣どもの声が、宮廷内に響いていく。私にとっては不快なさえずりであったが、皇帝陛下はこれにも耳を貸そうとする。

 わざわざ口に出さずとも、つまらなそうな顔で視線を向けるだけで、彼は廷臣たちを動かすのだ。

 

「発言をお許しいただけたこと、感謝いたします。――足りぬのは、モリーとやらの立場」

「単なる一武官が頭を下げただけで、褒賞を与えるのはやりすぎでありましょう」

「せめて、もう少し上の役。西方の王族を、陛下の臣下とする。それを認めてようやく、首都における商業の自由を許すべきでしょう」

 

 そうでなくては、東方国家そのものが舐められているようなものだ、と廷臣どもは好き勝手に言ってくれた。

 土壇場でケチを付けてくることもあるだろうと、事前に構えていたので驚きはない。これは想定されていた事態であるから、私の方も即座に対応する。

 

「我が主君、クロノワークの王族から改めて書状を送り、書面で臣下たることを容認させれば、それでよろしいでしょうか?」

 

 東方会社の西方における代表者は、ホースト王国のチャラ王子になるが――あちらに話を通す前に、まずは自弁の札を切るべきだ。

 この際、書面で容認する、という言質だけを与える。クロノワーク王や王妃が、実際に東方皇帝の臣下になりに行くわけではない。

 現地においては、臣下扱いすることを許す――という形に限定させるのだ。書面だけならば、そういう誤魔化し方も通じるとみて、私は提案した。

 

「結構。では書状には、正式に王族の印を押すこと。実名入りで、『東方皇帝の意向にひれ伏し、これに従う』という旨を記すこと。それを守ってようやく、陛下の面子が立つものと、臣は考えまする」

 

 宰相殿が、あえてそう言った。この場の主導権を得るために、ここで押しとどめるために、一言付け加えてくれたのだろう。これがこちらのギリギリの線であると、見極めて口を出したのは明らかだった。

 

「同意いたします。まさに、それでこそ陛下の徳が示されるというもの」

「書面に残しておけば、言い訳の余地もなくなりまする」

「それが叶うならば、東方国家が、西方国家を臣従させたことになる。まことに歴史的な偉業として、陛下の名は万世に残りましょうぞ」

 

 廷臣どもに何かしらの皮肉を言ってやりたくもあるが、私が刺激しても悪影響があるばかりだろう。右から左に聞き流してやるのが最善と思う。

 なにより、これくらいの難癖は予想できたことだ。私では足りぬ、上役を出せ――といわれたなら、そうしましょうとも。書面だけではあるが、こちらも屈辱を受け入れてやろうさ。

 

 王妃様は、事前に東方国家の無礼を許し、不敬を受け入れると覚悟を決めている。私もそれを前提として動いたし、充分な見返りを確保してくるつもりだ。

 ――そして、我々がここまで譲歩した以上、機会あらばチャラ王子らにも泥をかぶってもらおう。クロノワークだけが割を食うのは問題だが、事を大きくして全体に屈辱を共有してもらえるならば、これは一王家だけの汚名にはならない。

 

 東方皇帝の傲慢さを許容してやれば、東方国家から膨大な利を得られる。その認識が広く共有されたならば、私の今回の行動も、正当化することは容易いはずだ。

 

「皇帝陛下の面子の為ならば、どうして断れましょうか。私モリーは、必ずそれらを明記した書状を送らせましょう」

 

 そういうわけで、私はこころよくこれを受けた。後日、実物をもって証明すれば、我々は何をはばかることもなく、商業活動に専念できるわけだ。

 交易による利益と、交流することによる文化的な衝突の緩和、あるいは新たな価値観の創出につながるやもしれぬ。後世における重要事を、無難にやり遂げることができた。

 そう思って安心したところで、皇帝陛下が口を開く。

 

「ならば、それでよい。――面倒な儀礼は、省略するに限る。ここからは、宴だ。皆、楽しめ」

 

 そこからは、また場所を移して飲めや歌えやの大宴会になった。

 私自身、皇帝陛下から酒を賜ったり、随行員たちも一杯ずつ酒杯を分け与えられた。砲兵隊のデモンストレーションも、日程を決めて行われることが決まる。

 皇帝の傍には、常に宰相殿がついていて、我々の便宜を図ってくれていた。思わせぶりな視線も、何度感じたかわからない。

 

 ……そんなに念を押さずとも、恩に着ていますよ。それを証明するまで、そんなに時間はかからないだろう。

 それを確信できるくらいには、良い具合に進行した。良い報告ができそうだと、私は安堵したのでした。

 まあ、これからも一つ二つは山場を越えることになるんだろうけど。一番大事なところは切り抜けたと思えば、気が楽になろうというものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴は一度で済むものではなく、西方からの使節と言うものは、とにかく東方の廷臣たちの興味を引くものらしい。

 皇帝陛下が酒を注いでくれた、という事実も後押しして、数日間の饗宴の中で我々は常に特別扱いを受けていたと思う。

 我々を蛮族とみなして、これを手懐けるための謀略の一環ではあるだろうが――それならそれで構わない。どんな形であれ、まずは関心を持ってもらうことが第一だ。

 

 砲兵隊のデモンストレーションも、なかなか好評だった。あれが自分たちに向けられる日が来るとは、実際思っていないのだろう。そうでなくては、あそこまで無邪気に見物できなかったはずだと、私は思う。

 ただ宰相殿だけは、鋭い目を向けてきた。……砲の進化は、城壁の意義を薄れさせる。籠城戦が無意味になる将来、いかにして国を守るのか。彼だけは、そんな所まで考えてもおかしくないが――さて。

 

 とにもかくにも、好感触のまま儀式も宴も終わらせることができた。悪い印象を与えなかったことが、思ったよりも評価されたようで、あちらもさらなる配慮をする余裕ができたらしい。

 帰還の時になっても、我々の厚遇は変わらなかった。皇帝陛下自ら送り出すという形で、それは為された。

 廷臣たちもぞろぞろと見送りに来たものだから、こちらも恐縮して仕方がない。落ち度を作るわけにはいかないから、首都を出て見送りが見えなくなるまで、ずっと緊張を強いられてしまったよ。

 

 全ての行事が終了した後で、ようやく一息を突く。だが、むしろここからが本番ともいえる。

 これは何よりの成果であるともいえるのだが、皇帝直筆の親書を受け取ってきている。

 はっきりいって、責任重大なんてものではない。冗談抜きで、私がこれを安全に持ち帰ることが、今後の双方の関係に影響する。

 中身は勝手に見ることもできないが、親書である以上は王妃様への挨拶とか、今後の付き合いについてのことが主だろう。外交的な重要事と言って差し支えない。

 

 万が一の失態も許されないと思えば、心身への負担も大きなものとなる。しかし、今回は苦労を共にする相手がいる。

 クロノワークへ皇帝の親書を持ち帰る役目があるから、大手を振って妻二人を伴って帰国できる。国元の様子も気になる頃合いだったし、これはいい機会でもあると思う。

 

 ドヴールに戻ると、すぐに帰国へ向けて支度を済ませたかったのだが、ここでクミンから意見が出た。

 

「すいません。モリーさんには悪いんですが、シルビア妃殿下から速達便が来まして。――私はどうも、ここを離れられないようです」

「ええ……? それは、どうしてです?」

「組織の根を、東方に本格的に根差す好機だそうで。近いうちに人員を送るから、私がここでまとめろと、そのようなお達しです」

 

 西方の風俗を牛耳るに飽き足らず、今度は東方にまでその魔手を伸ばそうというのか。シルビア妃殿下の野心の大きさには、色々な意味で参ってしまう。

 そろそろ会って話をするタイミングとしても、悪くはない頃合いだ。いっそ、王妃様も巻き込んでしまおうかと思いつつ、クミンの話に耳を傾ける。

 

「ここは従っておかないと、今後の仕事に差し支えるかもしれません。……モリーさんも、また東方に戻ってくるでしょう? それまで、ドヴール周辺の動向も探っておきますから。どうか心置きなく、帰還してくださいな」

 

 それもまた、内助の功と言うものでしょう――なんて、クミンは言ってくれた。

 彼女が残るなら、戻ってきたときに仕事が遅れたり、情報伝達が滞ったりすることはないだろう。

 確かな組織を維持し、整備してくれるという彼女の献身に対して、私は何を返してやれるのか。

 ……可能な限り、尽くしてあげるほか、ないのではないか。それでも、充分と言えるのか――。改めて、私は自分の至らなさと、クミンに対しての甘えを自覚せざるを得なかった。

 

「苦労を掛けるな。お前の功績は、私がしかとザラとメイルに伝えておこう。あいつらがドヴールにやってきても、決して雑な扱いはさせないと、ここに約束しよう」

 

 これにはクッコ・ローセも負い目を感じるようで、気遣うような言葉をかける。

 彼女らしいと言えばそれまでだが、貢献には常に報いようとする姿勢は、私にとってもありがたい。

 彼女が味方してくれるなら、家庭内でクミンが孤立することはないだろう。

 

「どうも。――恩に着たりはしませんが、いいですね?」

「殊勝なふりをするなよ。お前はお前のまま、好きに生きればいい。私の方からケチを付けるつもりはないさ」

「この場に残る以上、期待された仕事はします。教官殿も、気を抜かないように。モリーさんって、肝心なところで抜けているところがありますから。できる範囲で、フォローしてあげてください。……あと、浮気はないでしょうけど、仕事にかまけて家のことを忘れがちだったりしますから。夜になったら、きちんとベッドに引きずり込んであげてくださいね」

「もちろんだとも。――その辺りは、安心して任せてくれ」

 

 結託して、私を追い詰める方向にいかないでほしいんだけど。

 まあまあまあ、彼女らなりのユーモアだと思って、前向きに考えることにしよう。帰還した後の諸々の問題について向かい合うよりは、よっぽどマシであろうから。

 

 家庭内の話を片付けると、今度はドヴールの商工会へ。しばしの帰国を伝え、戻ってくるまではクミンが連絡役となること。彼女が今の地位を追いやられることがあれば、東方交易に支障が出ることについても、しつこいくらいに説いておいた。

 今の会長は話が分かる相手だから、彼が商工会の中枢にいる間は心配ないはずだ。

 

 これで帰るまでに備えられることは、おおよそできたように思う。諸事を済ませ、業務の引継ぎを済ませて、クロノワークへ。

 無理をするような旅路ではないので、安全性を優先して、時間をかけて進む。

 

 そして帰ってきました我が母国クロノワーク、久々に故郷の地を踏むと、感慨深いものがあるね。事前に連絡していたから、出迎えの相手もわかっていた。

 

「ただいまです。メイル、ザラ。……変わりはなかったですか?」

「変わりなし、って言ってあげてもいいけど。それなりに変化はあったというのが正直なところかしら。――でも、私達は普段通りの仕事をしていただけで、実感はなかったのよ。それにくらべると、モリーは苦労したみたいね」

「逐一書簡で状況を伝えてくれていたから、おおよそは理解している。クロノワークは、これから大きな変化に立ち向かわねばならん。王妃様も、その辺りは強く意識してくれている。……お前と直接顔を合わせる日を、心待ちにしていたらしいぞ。朗報と言えば、これ以上の朗報はあるまい?」

 

 二人は出迎えと同時に、課題も教えてくれた。――王妃様は、書類でのやり取りだけで済ませるほど、状況を軽く見ていない。

 それはわかっていたことだから、こちらとしても心構えは出来ている。何を聞かれても適切に答えられるつもりだし、今後の見通しについて語ることも難しくない。

 責任を持って行動する覚悟はできているのだから、突然の解任、という事態にでもならなければ、まず問題なく話せるはずだった。

 

「あ、そうだ。東方会社の西方代表――つまり、チャラ王子とタラシーって奴らも来ているらしいわよ。……王妃様は、会談で一気に話を付けるつもりでいるみたいね」

「会談の予定について、私は一切聞いておりませんが――」

「早速、明日だ。朝一番で王城に向かってくれ。……王族に振り回される立場は大変だな。同情する」

 

 業務連絡と言えばそれまでだが、味気ない会話のようにも感じた。これは、私の方が変わったのか。

 せっかくの再開なのだから、もう少しマシな話をして、前向きになりたいと思う。

 

「ザラ。せっかく久々に顔を合わせたのですから、他人ごとのような言い方は少し、傷つきますよ」

「すまん。――いや、他意はないんだ。どうせ上手くやるんだろうって思うと、どうしても言い方が雑になる。……うちに帰ったら、その分だけ奉仕させてもらうから。それで許してくれよ」

 

 それは夢のある話だ、と率直に思う。でも、そんなザラの厚意を素直に受け取れない。受け取ることを許してくれないのが、現在の国際情勢と言うものだった。

 

「モリーも色々と気がかりなこともあるんでしょうけど、半年くらいは母国で羽を伸ばしても、許されるんじゃないかって思うの。――私の方から、王妃様に進言してもいいけれど」

「ああ、いえ。それには及びません。……たぶん、長くても滞在は二、三か月くらいになるでしょう。東方の状況が気がかりですし、クミンも置いてきています。彼女を放置したくはありませんから」

「あら、思ったより愛されているのね、あの情婦。……冗談よ、仕事がらみだってわかってるから、そう怖い顔しないでよ、モリー」

 

 ――いかんね。気を抜きたいという気持ちはあるのに、状況の難しさがそれを許してくれない。

 東方の宮廷は、敵地同然だったから緊張も適度なものだった。しかし、母国の中の政争は、ある意味それ以上に辛いものになるだろう。

 そういう予測が立ってしまうから、何気ない仕草にも刺々しいものが現れてしまう。そこは、大いに反省しなくてはならない。

 

「……すいません。メイルなりの軽口だと、わかっていますから。――それでも今後のことを考えると、クミンの機嫌を損ねたくないのです。家庭の中でも、彼女の地位を上げておきたい。……メイルの感情に寄り添いたい気持ちはありますが、彼女もまた同士であることは確かなのです。せめて、対等の競争相手、くらいには考えてもらえませんか?」

「それくらいなら、認めてあげてもいいかしら――なんて、ね。いいのよ、モリーの思うようにしてくれて。なんだか、貴女も難しい立場に置かれてるみたいだし。これでも私、理解ある妻を演じる位は出来るつもりでいるんだから」

「ご理解いただけて、感謝の極みというものです。……私の立場は、融通が利きすぎて都合が良すぎるくらいですから。多少の無茶を通すためにも、各所への配慮は不可欠。割を食わせてしまって、申し訳ないくらいですよ」

 

 東方会社のドヴール支店は、私が代表を務めている。というより、私が代表を退くには、チャラ王子からの正式な辞令が必要であり、それに私が同意しなくてはならない。

 私が拒めば永続的に代表でいられる立場だったりするんだけど、実際にはありえないことだと理解していたから、あちらも容認してくれている。

 クロノワークの一介の騎士に過ぎない私は、王妃様の意向に逆らえない。逆らおうとも思わないから、人事異動を強制されてしまえばそれまでのこと。

 

「王妃様と、それからチャラとかいう王子との会談。それにも『配慮』は必要かな? 時間はないが、出来ることがあるならやるぞ」

「今更、こちらから働きかけることはないでしょう。――既定の路線を踏み外すようなヘマはやっていない、と私は認識していますので。希望的観測を言うなら、明日の会談も、その辺りを再確認する結果になるでしょう」

 

 オサナ王子とエメラ王女の教育を、一部でも担当した経緯があるから、将来的にはどちらかの守り役に収まるだろうと、私自身納得している部分がある。

 だからこそ、いずれは離れるであろう東方会社に置き土産は残しておきたいし、関われるうちに西方と東方の橋渡しを済ませておきたいと思うんだね。

 

「楽観しても良いってことね? ……じゃあ、面倒を考えるのはここまでってことで」

「そうだな。明日は早いが、それまで我が家で安らいでくれると嬉しい。――旅路の疲れもあるだろうから、無理に求めたりはせん。そこは、安心してくれ」

 

 お互いに、行為が必須というほどの段階は越えていた。傍にいてくれるだけでも癒されるという関係は、変わらずにここにある。その事実が、今はただ心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王妃様との会談は、スムーズな形で実現した。

 朝一番で王城に行くと、受付から談話室まで直通で、私が入室した時はすでに王妃様もホーストの二人もそろっていた。

 私が遅れた、というわけではなく、事前に打ち合わせをしたいことがあったらしい。私を話しに交える前に、どんなやり取りが交わされていたのか。想像するのも、なんだか恐ろしい話である。

 チャラ王子の傍にはタラシーが控えており、彼もまた同席の資格を持っている。その時点で、会談の主目的が東方会社にあるのだとおおよその見当はついたのだが――。

 

 王妃様と彼らの間で、どんな打ち合わせが必要だったのか。社交辞令と挨拶を述べている時も、なんとなく気になっていたのが、王妃様にもわかったのだろう。まずは、その前提に触れるところから始まった。

 

「警戒せずともよい。おぬしにとって、悪い話は何一つしておらぬ。なあ?」

「もちろんだとも、王妃殿。このチャラの名において誓うが、モリーに対して含むところなどない。タラシーも、そうだろう?」

「はい。そもそも私は、王子の側役としてここにおります。その王子の意向に、どうして逆らいましょうか。――ああ、私は基本、置物だと思ってください。意見を求められない限り、差し出がましい口をきいたりはしません」

 

 三者三様の様子で、私に応えて見せる。王妃様が秘密主義でも驚きはしないし、チャラ王子が横柄な態度を許されているのは、それなりのものを提供したからだろう。

 タラシーまで同席しているのは、ちょっと予想外ではあったが――とにかく、私は自らの要件を済ませようと思った。

 

「まずは、これを。東方皇帝から、王妃様への親書となります」

「受け取ろう。――さて、何が書いてあるものか。モリーよ、この場で読み上げても良いぞ」

 

 早速親書を広げたが、王妃様は東方の文字が読めない。なので、私が代わりに読んで伝えることになる。

 しかしその内容はと言えば、予想通りに上から目線で、鷹揚かつ無神経にこちらのプライドを刺激するような代物だった。

 馬鹿正直に伝えれば、たぶん不機嫌になるよなぁ――ってくらいの内容に抑えているあたり、あちらなりの配慮も感じられるから、かえって質が悪いよ。

 

「……専門的な宮廷用語とか、装飾的な文章が多いので、そこらはバッサリ切って伝えます」

「そうせよ。親書一枚に、無駄な時間は使いたくはないのでな」

 

 王妃様の同意も得たので、余計な部分は省いて、実質的な内容だけを言及する。

 

「まずは社交辞令。西方からはるばる東方へやってきたことへのねぎらい。そして、これから付き合うにあたっては――施しを与えるつもりで、寛大な態度を取ってくれると、そのように約束してくれています」

「剛毅な話よな。どうせ、相当失礼な表現も入っているのだろう? まあ、そこはいい。せっかく省いてくれているのだから、続きを聞こう」

「続き、ですか。続きは、その……」

「どんな無礼なことでもよい。全てを許し、受け入れる覚悟はできておる。――また、そのことでおぬしを責めたりもせぬ。そういうことで、合意は出来ておるのでな。そうじゃろう? チャラ王子」

「ああ、そういうことだ。こちらへの配慮より、まずは確実に事実を確認させろ。策を練るのは、あちらの無礼の内容を理解してからだ」 

 

 お二人の後押しを受けて、私は再度口を開く。……まったく、こんなことなら非礼を承知で、事前に親書を検めておくべきだったよ。

 

「モリーの主君であるクロノワーク王家が、西方を代表し、東方国家への臣従を容認した。ならば東方会社のもう一方の代表たるホースト王家もまた、我が方へ臣従の親書を出すべきだろう。それをもって、東方会社の自由を全てさし許す――と。そのような言葉で締めくくられています」

 

 正確には、もっとこちらを見下して、自分を持ち上げるような表現で締めくくられていたけれど。そんなのは省略して、大事な事実だけを伝えた。

 なんか、いつもまにかホースト王家も巻き込まれてるんですけど。それも通らなければ、これまでの段取りが無に帰すようなことが書かれてるんですけど。

 ……どう考えても、これは皇帝の独断であって、宰相殿の手が入ってないことがわかる。流石の彼も、主君に対しては強く出れないのだろうか。

 

 口にした身でいうのもアレだが。……本当に、よくこんなことが書けたものだと思うよ。東方の皇帝は、この当時の基準としては仕方のないことだろうが――。

 自分以外の、全ての者を見下している。見下す代わりに、恩恵も授けようという辺りが、実に東方的だと私は思った。

 

「初耳だな? おい、流石にこれはそのまま素通しとはいかんぞ、モリー。責めぬ、といっても限度がある」

「王家に対する非礼は飲み込む、得られるかもしれない利益は逃がすな、と。……そう言われた以上、できる範囲で妥協するのは、当然のことでしょう」

「その『できる範囲』とやらを、おぬしは見誤ったのではないか。わらわは、そう言いたいのだよ」

 

 様々な形で報告は行っていたが、今回は帰国を急いだ事情もあり、皇帝への謁見内容については伏せていた。なので、土壇場での報告になってしまったが、詳細を語れば王妃様は納得してくれると、信頼してのことでもある。

 

「わらわを東方皇帝の下に置く。臣下扱いすることを、お前は容認したのか。主君の立場を投げ売りしたと、そう非難されても文句は言えんのだぞ」

 

 だが、一臣下が主君に対して、無条件の信頼を向けていいわけではない。何でも許されるとは思っていないから、言い訳がつくくらいの成果は持ってきたつもりだった。

 

「臣下の礼を取ったのは、私だけです。王家が臣従、という話も書面だけのこと。王族が東方まで出向く必要はないと、その辺りは確約をもらっていますし、相応の見返りはもぎ取ってきました。……首都における交易独占権、三年間の免税特権。いずれも、今回のタイミングでなければありえなかった話です。あちらが心変わりしないうちに、契約内容を書面に残しておく。それが第一であると、私は判断しました」

 

 顔がこわばっている様子ではあるが、王妃様の怒りは見せかけだ。本気で怒っている様子はなく、口調もやや穏やかで、興奮は少ない。私の判断を間違いとも言い切れない、功績は功績として認めたい、という意識があるからだろうか。

 

 だが、それは私の勝手を完全に許した、という意味ではない。さりとて、部外者の目があるここで、直接的な罰則を与えることもしないだろう。

 ……私も、ひどい計算を働かせるようになってしまった。王家に対する忠誠は変わりないつもりだが、そう考えること自体、もしかしたら王妃様への侮辱かもしれない。

 

「気に入らぬとおっしゃられるなら、どうぞ私の首を斬ってください。それで、全ては白紙に戻ります」

「極端な手段で一切合切をご破算にするつもりなら、そもそもおぬしの東方派遣を容認したりはせぬ。――いや、もとはといえば、わらわが許可を出したのが問題であったとも言えよう。皇帝との謁見に関しては、後ほど改めて報告書を提出せよ。この会談で、おぬしの失態について糾弾するつもりはない。ないが……さて。そうすると、問題はチャラ王子の方かな?」

 

 王妃様が臣従を容認し、東方皇帝の言い分を飲み込むならば、次はホースト王家の問題になる。

 チャラ王子は、王妃様ほど素直に受け入れるつもりはないらしく、硬い表情で述べた。

 

「俺の見解を述べるなら、東方皇帝なんぞに媚びてやるつもりはない。どこぞの誰かと違って、ホースト王家の誇りと言うものがあるからな」

 

 私はある種の達観を持っているから、東方の儀礼にも皇帝のアレな表現にも耐性があるけれど。

 王妃様もチャラ王子も、真っ当な西方の価値観で生きている。一方的に舐められている状況で、怒りを感じないはずがなかった。

 しかし、ある意味ではそれは周回遅れの感情でもある。ムカつくから嫌だ、なんて感情論が通るような状況では、もはやない。なにしろ、それはすでの目の前の王妃様が乗り越えた問題だからだ。

 

「ほほう、それはつまり、チャラ王子はクロノワーク王家を軽んじているのかな。こちらが何の羞恥心も屈辱もなく、東方皇帝の靴を舐めに行ったとでも?」

「そうは言ってない。そちらにはそちらの事情があろうが、こちらにもこちらのやり方と言うものがある。クロノワーク王家と連名で、東方皇帝の臣下とやらにはなりたくない。それが、俺の率直な意見でもある」

 

 チャラ王子は断言した。『俺の』とわざわざ断った以上、あくまで一個人の意見としての反対意見だった。

 つまり、状況次第で覆せる余地がある。王妃様もそこは見抜いていて、さらに言葉を続けてくれた。

 

「そうか。おぬしがそう言うなら、首都における交易独占も白紙に戻り、東方会社の拡大も限定されたものになるであろう。そうと知れば、シルビアは喜ぶであろうな。――競合相手が、勝手に自滅してくれたと」

「感情的な問題だけではない。これは権威の問題でもある。クロノワークは違うのだろうが、ホースト王家が東方皇帝に屈したと見なされれば、うちの国内が荒れるかもしれん。東方の田舎者に馬鹿にされるのは不快であるし、そんな国民感情を押さえつけるのは面倒だ。一緒になって暴れてやる方が、よほど簡単ではないか」

 

 なかなか物騒なことを言っているが、どこまで本気なのやら。権威の問題と言えば、それは確かであろうが――。

 チャラ王子自身、王家の中では微妙な存在であり、次の王位が回ってくる可能性はごく小さい。そんな自分が厄介事を持ってくるようでは、本格的に国内での立場がなくなる――と危惧しているなら、不安に思う気持ちもわかるのだ。

 そこらの問題を解消してやれるなら、東方からの課題を飲み込む余裕も出るだろう。そう思って、私は助言するつもりで口を挟んだ。

 

「チャラ王子は、これからも東方会社を大きくしていく気はあるのでしょう? 権威を利益で確立するという手もございます。一時の屈辱を受け入れて、前向きに交易事業を伸ばしていくというのでは、いけませんか?」

「だからといって、即決して頭を下げに行きたいとは思わん。……そもそもの話、交易の利権を分配するにしても、適正に、公正に分配できる自信もない。自ら権威を確立するには、第三王子と言う立場は低すぎるのだ。――お前たちと俺とでは、立場が違う。くどいことを言うがな」

「そうでしょうとも。――時に、チャラ王子は、王妃様がシルビア妃殿下について言及した理由がお分かりになりますか?」

 

 胡乱な奴を見る視線で、チャラ王子は私を見る。それが何だとでも言いたげだったが、これには傍付きのタラシーの方が顔色を変えた。

 あちらはどうやら気付いたらしいが、求められてもいないのに、自ら口を開くことはできない。歯がゆい顔を見せながらも、タラシーは王子に視線を送るのがやっとだった。

 

「シルビア妃殿下は、確実に東方会社の商売敵になります。直接投資しているクロノワークやホーストへ何らかの工作があるかもしれず――悪くすれば、将来的には西方国家同士で外交的な摩擦が起きるかもしれない。商業と外交の問題が、どれだけ尾を引くことか、予想がつかないわけではないでしょう?」

「最悪の予測だけなら、いくらだって立てられるだろうさ。――そんな未来の、不確かな推測を聞かせて、何がしたい。証拠も何もない、不安をあおる言葉に俺が踊らされるとでも思ったか?」

「シルビア妃殿下が無策であることだけは、ありえない。そこは、同意が得られると思うのですが。――かのお方が魔の手を伸ばしてきたなら、そもそもホーストの権威など弾け飛ぶことでしょう。最悪ホースト国内が荒れても、東方会社の武力を用いて鎮圧することを考えればいい。ここで退くということは、これまで得てきた全てのものをドブに捨てることを覚悟すべきです。……貴方は、多少の障害で全てをあきらめるような、その程度の気持ちで東方会社を作ったのですか?」

 

 正攻法で説得がなわぬならば、別方向から攻めるまで。利益で誘導できないなら、より大きな損失、より強い痛みをもって説得しよう。

 チャラ王子は強く口元を引き締めて悩む様子を見せ、こちらを睨みつける。気持ちはお察ししますが、悪いのは私じゃないんだから、そこは理解してほしいんですけど。

 

「こちらを探るようなことを言いやがる。……タラシー、発言を許す。お前の見解を答えろ」

「よろしいのですか?」

「構わん。ここからは、望むままに言いたいことを言え。俺や、王妃様に気兼ねすることはないぞ」

「では、このタラシー。僭越ながら、会談に参加させていただきます」

 

 チャラ王子もいい加減、部下の様子で感づいたか。

 ここは、どちらが気付いても良い場面である。どちらも気づかなかったり、問題視しなかった場合はひどいことになりかねなかったが、状況はいい方向に動きつつあった。

 

「まず、チャラ王子の覚悟次第、というのは同感です。ここで東方皇帝の要求を突っぱねたら、せっかくの機会をフイにするばかりではありません。いつ東方皇帝のわがままで、ドヴールの拠点を潰されるかわからない、という懸念も出てきます。……あちらの上流階級は、我々を見下しているようですから。頭も下げない相手に、交易など許さない――と、無理を通してくる可能性はあるでしょう」

 

 タラシーの言葉は、私としても頷ける部分が多い。そしてチャラ王子にとって、自らが認めた臣下の意見は、黙殺できるようなものではないはずだ。

 

「それほどか。だが、東方でも全てのものが皇帝の権威にひれ伏しているわけではあるまい。やりようはあるんじゃないか?」

「なくはないでしょうが、いずれにせよ東方会社にも大きな瑕疵ができますし、競合相手はこちらの弱みを放置しないでしょう。ここらでシルビア妃殿下が仕掛けるとしたら――まず問題となるのは、やはりドヴールですね。東方会社は、現状でも少しづつシェアを広げておりますが、ドヴールの商工会は近年拡大が著しい。……あの都市の商圏が今後も拡大していくなら、遠からずゼニアルゼの販路とぶつかるはず。しかし、東方皇帝の庇護を失った状態で、ゼニアルゼ商人たちを相手にするのは、非現実的というべきです」

 

 チャラ王子の意見にも、タラシーは自分の分析を添えて答えた。彼はこの場に居る時点で、チャラ王子にとって替えの利かない股肱の臣であることがわかる。

 強く反対できる要素がないならば、王子もあえてひねくれた行動を取ることはないだろう。

 彼の見解は、私とほぼ変わらないものだ。シルビア妃殿下自身はともかく、ゼニアルゼ商人たちは、必ずどこかでぶつかる。そこで最初の対応をしくじらないことが、何よりも重要だと私は思っている。

 

「……そうか、わかった。タラシーの見解がそうであるならば、なるほど。俺としても、頑迷に自分の主張のみを繰り返すのはやめよう。だが、そうすると俺が折れただけでは、物事は解決しないのではないか? 皇帝の要求を受け入れて、あちらの庇護を得たところで、シルビア妃殿下との対決が遠のく訳でもあるまい。それは、どうする?」

 

 ここまでくると、もう彼が頭を下げる下げない、という話はもう通り過ぎてしまっている。チャラ王子の覚悟に報いるためにも、彼の権威の為に武力を提供するくらいは、当然の義務として考えよう。

 それはそれとしても、現状の問題はゼニアルゼ対策である。このチャラ王子の疑問に対して、私は答える術があった。

 

「シルビア妃殿下は直接手を入れてくるとしたら、武力はもとより政治的にも攻撃してくるでしょう。具体的には、海賊や傭兵による東方会社への襲撃、および関税の値上げなどですかね」

「そこまでやりますか……? 関税はともかく、襲撃についてはモリー殿が少し前に撃退したばかりでしょう」

 

 タラシーは即座に疑問を呈したが、私はシルビア妃殿下に良識を期待していない。あの人は身内に甘い所があるとはいえ、一定の線引きはする人だ。

 自分の権益に手を突っ込まれれば張り倒してくるだろうし、将来の禍根となるならば容赦なく切り捨てる。いちいち警告とか伺いとか、そんなことをしてくれるタイプでもないだろう。

 

 やってくれるとしたら、不意に殴りつけてから。そう思えばこそ、私は堂々と思うところを口にした。

 

「襲撃の成功率については、そこまで重要ではありません。頻度が多ければ、こちらは対策のために時間と兵力を費やさねばならず、コストばかりが大きくなる。――それでも嫌がらせ以上のものではありませんが、シルビア妃殿下ならば、もののついでとばかりに試みてもいい策ではあります。そうしてこちらのリソースを吐き出させてから、本命の一撃でこちらを潰す。それくらいの策謀は、きっちり練ってくるでしょう」

 

 あの人ならやりかねない、というくらいには、シルビア妃殿下も悪名を重ねている。

 私と王妃様の悪感情を買いかねないとしても、証拠さえ残さねば問題はないと思って、やらかしてくれる可能性は有るだろう。

 だからこそ私の発言にも重みが出るのだが、いささかタラシーの肝を冷やしすぎたかもしれない。言葉に詰まったかと思えば、唐突に口を開いては、まくしたてるように彼は言った。

 

「――話はわかりました。ああ、いえ、モリー殿の分析に、ケチを付けるつもりはありません。私の見解としたしましては、モリー殿の意見は否定しきれない、という程度。チャラ王子のご期待に応えられず、申し訳ございませんが、これは私の手に余るようです」

「……構わん。タラシーがそう言うなら、そう言うことなのだろう。で? シルビア妃殿下が敵対したとして、どうなる。俺にできることなど、そう多くはないぞ。形だけでも東方皇帝にひれ伏したと知られれば、俺の国内での声望は地に落ちる。将来的にはともかく、当座は兄貴も父上も、東方会社への支援などしたくはないだろうさ。国内を収めても、悪化した声望までは元には戻らぬ」

 

 そう。たとえ危機感を刺激しても、ホースト王家への権威の問題はそのまま残っている。これへの対策を提示しなければ、色よい返事は期待できない。

 同じ問題を何度悩まされればいいんだ、とうんざりするような顔で、チャラ王子はこちらを見やる。

 だから待ってましたとばかりに、私は対策についても言及した。

 

「そもそもの話として、国民感情はもとより、王族の立場からも、ホーストの権威に関わる。よって自ら臣下の礼を容認することはしたくない、とのことでしたね。――言い訳の余地さえあれば、それでよいのですか?」

「言い訳すらしたくない、と俺は思っているが、もうどうにもならんだろう。――なんだ? 俺の名声に配慮する余地があるんだったら、初めからそれを言ってほしかったがね」

「配慮と言うのも微妙な話です。……ホースト王家が東方皇帝に、臣下の礼を取る。その形を受け入れること自体は、避けられないことですから。まあ、詭弁の類ですよ」

「詭弁でも何でも、東方会社の拡大につながって、かつ俺の立場がいくらかでも救われる話なら、喜んで聞くぞ」

「その言葉が聞きたかった。――王妃様、ちょっとした詭弁、詐術の類ですが、この事態を打開できそうな策がございます。この場で述べてもよろしいですか?」

 

 くどいくらいに前提を確認してから、やっと本題に入る。相手の感情を煽ってから納得させた方が、かえって話はスムーズだろうと思ってのことだ。

 面倒な手順を踏んだのは、それだけ大事な要件だからで、それだけチャラ王子の人格と能力を当てにしているからだ。

 いや、本当に彼にも積極的に働いてもらわないと、東方会社は立ちいかないと思うんだよ。

 ホーストの、王位継承に関わらない王族と言う立場は、結構融通がききそうだからね。利用しないと勿体ないってものだ。

 

「よい。……わらわの許可が必要そうな話か?」

「見方によっては。――ホーストへ積極的に協力する形になりますから、外交に関わります。私財をつぎ込んで投資するだけではなく、その代表者たるチャラ王子自身に力を貸すわけですから、国家戦略への影響もあるでしょう。私がこれから提案するのは、そういう策なのです」

「ならば悩むな。思うが儘に述べるがよい。――クロノワーク王妃が許す。一度利益を追求すると決めた以上は、わらわも些事にこだわるつもりはないと心得よ」

「ありがとうございます。では、チャラ王子。懐中の策を披露しますゆえ、どうか耳をお貸しください」

 

 王妃様に感謝を述べつつ、自然に彼を慮る態度を取ってから、思うところを口にする。

 回りくどいというなかれ。こうした配慮を重ねることが、権威を尊重することに繋がる。

 ひいては、チャラ王子への共感と理解にも通じてゆく。相手もそれを把握して、無言で頷きつつ話を促した。

 

「簡単な話です。チャラ王子が頭を下げるのが問題なら、タラシーがそうすればいい。タラシーが東方会社の西方代表なら、立場としても充分です。これに王族の後押しがあれば、まずは書面の格として、不足ないものになるでしょう」

「タラシーは家格が貧弱だ。王族ともゆかりがない。あちらの要求を満たせないと思うが?」

「そこは、チャラ王子が養子にすればいいでしょう。確か、王子には妻もいなければ子もいない。地位と権威を引き継ぐ対象に、タラシーを指名するのは、そこまで抵抗のある話ではないはず。……政治的にも、貴方が是非にもと望めば、不可能ではないはずですが?」

 

 そこまで言えば、チャラ王子は鼻白んだ様子だった。予想がついたらしいタラシーは、顔を蒼白にしている。

 一足飛びの栄達に、足を踏み外せば破滅に至る。その現実に気づいたが故の態度だろう。しかし現実は残酷で、私はそうするのが一番だという事実を積み上げていった。

 

「お前はそう簡単に言うが、タラシーのような一臣下が王族の養子に入るには、面倒な手続きが必要でな……」

「できない、というわけではないのでしょう。タラシーがチャラ王子の養子となれば、王族の身内。そのタラシーが頭を下げるならば、名目としては充分。遠方の東方皇帝と宮廷に、こちらの複雑な事情を把握できるはずもなし、あえて文句は言いますまい。――結果として商業的な利権が得られるなら、面倒以上の成果が見込める。王子の名誉も、直接かかわるよりは落ちずに済むことでしょう」

 

 チャラ王子は諦めの境地に至った様子で、深呼吸の後にため息を一つ、吐き出して見せた。

 こちらの論理を否定するだけのものを、とうとう見出すことができなくなったのだろう。その上で、彼は最後の懸念だけを口にした。

 

「本当に、それで俺の名誉が守られると思うか? 何やら勝手に面倒なことをしている、と思われるだけじゃないのか?」

「そこは、訴え方次第であると考えます。王妃様と相談して、一連の流れを宣伝するのがよろしいかと。……急増の養子と、王族と言うには無理のあるタラシーの立場。貴族も国民も、聡い連中は気付くでしょう。これが名目を得るための方便に過ぎない、と理解を示すはずです。さすれば、交易による利益が後押しして、国内は落ち着くと思いますよ?」

 

 王妃様が非公式にでも、何かしらの形で宣伝に関われば、一定以上の階級の相手は、背後関係を察する。

 クロノワーク王家とホースト王家の間で、交易に関する密約あり。東方会社は、もはや国家的な組織となり得る――と。

 そこから零れ落ちる利益が大きければ、一時の醜聞などすぐに流される。逆に言えば、東方会社の発展がなければ、すべてがご破算となるとも言えようが――。

 現状の収益だけでも、まずは充分な将来性を見出すことが出来よう。ここに東方首都への進出を加味し、私と王妃様、そしてチャラ王子が全力を尽くせば、名分をでっちあげることも不可能ではない。

 

「貴方にケチを付けるような相手に、金を配る必要はない。口を閉ざすだけで利益のおこぼれにあずかれるなら、おおよそは沈黙を選ぶことでしょう」

「感情的な馬鹿はどこにでもいる。口には出さずとも、嫌がらせの方法はいくらでもあるだろう。……ホースト王家の権威は落ちずとも、俺が金のために名誉を売り渡したという非難は、否定しきれん」

「チャラ王子が、兄たちを押しのけて、王になりたいというなら――確かに今回の件は問題でしょう。しかし、それを望まず、ただ富貴を楽しむ立場に居続けたいというのであれば、あえて受け入れる余地もあるはず。……違いますか?」

 

 チャラ王子はずっと苦い表情をしていたが、この期に及んで、覚悟を決めたらしい。真剣な顔で、私の問いに答えて見せた。

 

「母国での政治生命と引き換えに、東方会社で良い生活ができるならば、是非もないか。――王位の継承をあきらめることは、随分前から計算に入れていたことだ。よほどの幸運に恵まれない限り、ありえない話だということくらい、俺にはわかっている」

「こちらの提案を受け入れてくださるということで、よろしいのですね?」

 

 チャラ王子の個人的な成功については、私は何も保証できない立場にある。だが、彼に価値がある以上は、王妃様は一定の配慮をするだろう。

 例えば、西方の王家への婿入りの手配くらいは、軽く整えて見せる。それくらいの政治力は、王妃様は備えているはずだった。

 

「チャラ王子がこちらの提案を肯定するならば、わらわの立場からも働きかけて、どうにかおぬしの将来が立つように働きかけてやろう。否と言うなら、やはりチャラ王子は独力で生きていってもらうほかないが――のう?」

「独力で生きていけるほど、俺の政治力は強くない。わかっていってるんだろうが、性格が悪い女どもだ。――ここで否と言ったところで、状況が好転するのかよ。クロノワーク王妃が圧力をかけてきた時点で、俺の立場では拒否する選択肢などない。わかっていっているのなら、そろそろ怒っても良い頃だぞ」

 

 ここまで言い訳しながら粘って来た奴が言うセリフじゃないって、個人的には思うんですがね。

 まあ、王妃様は笑っているし、容認する方向で進めていいんだろうが、それはそれとして図太い人だね、チャラ王子。その図太さは、この場においては強さと言い換えても良いくらいだと、個人的には思う。

 

「明言してほしいだろうから、きちんと言葉にしておく。……タラシーを俺の養子に迎え入れ、こいつを即席の王族という立場にする。そこから東方皇帝への臣従の親書を、こいつの名前でもって出せばいい。――後から湧いて出てくるやっかみは、俺が受け止めるとしよう。そうでいいんだな?」

「うむ。チャラ王子の立場で出来ることは、それで全てであろう。わらわもできる限りの支援を約束する。……確約が得られたならば、モリーよ。まずは、満足すべき成果であると思うが?」

「はい。後のことは、東方との交渉を詰めながら、少しづつ詰めていけばよろしいかと。私がドヴールへ復帰するタイミングと合わせて、あちらの商工会とも相談しながら進めていくことにします。――もしチャラ王子の身辺警護が必要そうなら、東方会社から部隊を派遣しましょう」

「ありがたい話だ! ……都合よく利用されている気もするが、こちらも同様に利用していると思えば、お互い様だと思うべきなんだろうな」

 

 ここらで話はひと段落したかな、と私は思ったのです。けれど、王妃様はキリの良い所で話を納めるつもりはなかったらしく。

 

「商業と交易に関する話は、そこらで良かろう。――ゼニアルゼとの外交問題について、そろそろ言及しても良い頃合いよな。あの子もいい加減、武力を持ち出すことを躊躇わなくなる頃合いであろう。先ほども少し話題に出したが、片手間に片付けられるような、軽い問題ではあるまい」

 

 これに対しては、チャラ王子も含めて、我々全員で共有し、対抗せねばならない。それだけの重要事であるから、まずは前提から確認していこう。私はそのつもりで、口火を切っていった。

 

「シルビア妃殿下が、強硬な態度を取る理由は、東方会社が強力な敵となり得るから、ということでしょうか」

「言うまでも無いことよな。ゼニアルゼの国民感情を考えるなら、あそこの民は商業において、他国に先を行かれることを屈辱とみなす。シルビアもまた、己の才気に頼むところが大きいから、わらわやおぬしに出し抜かれたと思うと、感情的に武力を見せ札に持ってくることはありうる。商隊の襲撃くらいなら対策も容易じゃが、軍隊をもって東方を攻められたら――まずありえないとは思うが、すさまじく面倒なことになるであろう」

 

 見せ札、という辺りで王妃様が言いたいことがわかる。わざわざ『ありえない』なんて言葉を使う辺り、娘と対立したくはない――なんて感情も皆無ではあるまいが、それ以上に環境が問題だった。

 

「ゼニアルゼは商業において、常に他国に優越していなくてはならない。――誰が口にしたわけではないが、あの国では誰もがゼニアルゼこそが西方一の商業国家であること。どこよりも金回りが良いことを、何よりも優先させる国民性がある。その地位を守る為ならば、あそこの連中はあらゆる手段を容認するだろうよ」

「ゼニアルゼがその手の情熱と言うか、強いこだわりを持っていることは、なんとなく察しておりましたが――どうしても、そうなりますか」

 

 東方交易による利益と、ゼニアルゼのこれからの商業発展を考えるなら、かの国の国民性が先鋭化することは予想がついていた。

 しかし、これに王妃様のお墨付きが加わるのなら、もう本気でそうなるものと考えるべきか。

 ともかく、私個人は王妃様の意見に同感だが、そうならずに穏やかな暗闘で済めばいいとも思っている。その程度で済むように努力していきたいのだが、王妃様は楽観はするなと言わんばかりに言葉を重ねた。

 

「まだ余裕があるうちは、本性をさらけ出すこともあるまい。だが、その余裕もいずれは消える。……わらわの年季を信じろよ。それこそ、付き合った年数と経験がなければ、ゼニアルゼの病巣について確信を得ることはできぬ。疑うなら、そちらの伝手を使って、シルビアと話を付けてみよ。おそらく、今頃は密かに頭を抱えていようさ」

 

 それくらい、東方会社の存在は前代未聞であり、モリーが得た成果は望外の者であると、王妃様は断言した。

 

「おい、東方会社のもう一人の代表がここにいるんだが。……二人だけで通じ合っていないで、俺にも状況を解説してくれ。ゼニアルゼが厄介な癖を抱え込んでいる国家だと、それくらいしかわからんぞ」

「失礼。しかし、チャラ王子は気にしなくても良いのですよ。私と王妃様で、シルビア妃殿下を説得するというだけの話です。――お任せいただければ、何とかなると思うのですね」

 

 顔を突き合わせて話せば、案外どうにかなることは多い。シルビア妃殿下は王妃様を苦手としているだろうが、ここまで情勢が変化してしまえば、もう顔を合わせないという選択肢はありえない。

 

「情報という商材は、常に需要があるものじゃ。東方会社の経営について、わらわから話せるだけのことを話すといえば、手付金としては充分であろう。今こちらから望めば、あの子もわらわとの会談を拒みはするまい。……面倒の極みと言えばその通りじゃが、わらわもあの子と直接ケリを付ける必要が出てきた。いつまでも、後回しにしていい事柄でもないしな」

「政治以上に、親子の感情は整理をつけにくいものです。――お二人だけではこじれる恐れがあるなら、第三者の仲介が必要でしょう」

「おぬし以外の人選があるのか? それは。――いよいよ、身内としての自覚が出てきたようじゃな、モリー。シルビアの件もそうじゃが、次世代には何かと懸念が多い。おぬしがお守りをしてくれるというなら、わらわも少しは安心できるのじゃが、どうかな?」

 

 未来の話は、私にとってひどく遠く聞こえてしまう。とにもかくにも、今は東方だ。まず、そちらの目途が立たないことには、安心して国元に戻れない。

 だから、なんとなく言葉を濁した返答しかできなかった。

 

「……私にできることならば、微力を尽くします。しかし東方会社は、もう数年は面倒を見て育てなければなりません。王妃様の懸念とやらに取り掛かれるとしたら、それからのことになりますが、よろしいですか?」

「数年か。ま、よかろう。東方会社を制御に置くなら、おぬしに代表を続けてもらったほうが良いというのも確かよ。――東方と西方の距離は遠く、理解も少ない。数年の間に、おぬしがどれだけの成果を上げるかで、今後の双方の関係にも変化が生まれよう。……はげめよ」

 

 二人だけで話をするのも、チャラ王子が疎外感を覚えてしまうので、そろそろ話を振るべきタイミングだった。

 ちょうどいい具合に話題も転換したので、ここらで発言を求めてもいいだろう。私がそう思ったところで、王妃様が先んじて彼に声をかけてくれた。

 

「まだ協議すべきことはあるかな? チャラ王子。せめて砕けた口調を許した分だけ、利益のある話をまとめたいのじゃが」

「……大まかな方針は決まったが、細部はまだ詰められるところがあるだろう。何かしらの妨害、事故などがあった時の対応などは、この場で決めてしまえばいいと、俺は思う」

「異論はない。モリーも、良いな?」

「はい。できる限りの知恵を尽くして、今後のアレコレに備えましょう。――ゼニアルゼや東方の動向に関わらず、この世はいつだって不確定で、思いもよらぬことが実に多い。事前に準備できることは、やれるだけやっておかねばなりません」

 

 前世の歴史知識などを動員して、カンニングしている私自身がそんな風に思うんだから、相当だよ。

 そこからは、また手順や確認など、諸々の実務的な事柄を詰めるのに数時間。朝から始まった会談は、途中で昼食をはさんで再度続けられた。

 

 チャラ王子とタラシーは、今後の見通しが多少でも立ったことで、少しは安心してくれただろうか。今後も、色々と面倒をおかけすることになるだろうし、できる限り長生きしていただきたい。

 タラシーは私の後任の第一候補でもあるから、嫌でも頑張ってもらわなくては。そんな風に考えながらも、自分なりの改善案を遠慮なく発言し、会談の時は過ぎていったのです――。

 

 

 

 

 

 

 

 諸事についての合意を得て、会談が終わったところで、すでに時刻は夕刻を過ぎていた。

 これから暗くなってくる頃合いであるし、王城を後にしたい気持ちはやまやまだったが――。

 

「やあ、久しぶりだなモリー。僕の立場に変わりはないが、お前はだいぶ出世したらしい」

「はい、お久しぶりです、オサナ王子。お元気そうで、なによりです」

「ああ元気さ、身体の方はな。――ちょっと放置できない悩みができたこと以外は、健やかに過ごさせてもらっているとも。……この場でお前を呼び止めたのは、それも関係している。お前でなくては、うかつに話せないことでもあるしな」

 

 王城の玄関口に、オサナ王子はいた。彼は、私を待っていたという。

 都合の良すぎるタイミングだったから、私は人為的な何かを警戒しそうになった。だが、王子の表情を見るに、真剣で深刻なものであることは予想がつく。

 

「王妃様との会談は長引いた様子だし、疲れているんだろうが、ここは僕のわがままを通させてくれ。……モリー、ちょっと相談に乗ってくれないか」

「オサナ王子。――いえ、わかりました。私で良ければ、相談に乗りましょう」

 

 彼は自分で考えられるだけの知性があるし、おおよそのことは後回しにできるだけの時間的余裕があるはずである。

 なのに、私に相談したいことがあるという。現状から言って、商業や外交に関わることに違いないと、私は思っていた。

 

「ソクオチとクロノワークの間で、人材交換の話がまとまった。ソクオチ側は文官を、クロノワーク側は武官を派遣して、お互いに助け合う。両国が補い合う形で、国家間の交流を図る――というのが名目になる」

「ありそうな話ですね。ソクオチにしても、クロノワークにしても、いい形でまとまったように聞こえます。……何か、不満がおありですか?」

「あるさ。結局、僕はただの言い出しっぺになって、実務には関われなかった。……人選にほとんど関われなかったし、結果に責任を持つ立場にもなれなかった。僕には、まだ早いということかな」

 

 少しだけ残念そうに語る姿は、すでにただの子供とは言えなくなっていた。王族とはこうしたものか、と私は口には出さずに感嘆する。

 まだまだ未熟と言うことで、最後まで責任ある仕事は任せられなかったとしても。

 自ら発言して、物事を動かした。そうした経験は、今後の役に立つことだろう。

 

「この人材交換は、僕が言い出したことだ。お前が東方会社で働いている間、僕なりに政治的な行動に出たわけだが、不完全燃焼も良い所だ。……本格的に自分の地位を確立するには、数年は時間をかけねばならんらしい」

「ご立派です。その年で、同じことができる人が、この世にどれだけいるでしょうか。――オサナ王子、焦らずとも貴方はいずれ王になるお方。今は目先の実績よりも、将来の為の布石を打っておくべきです」

 

 なんだか、本当に王族の相談役らしいことをしていると思う。私はもう彼の教師ではないが、求められた以上は応えてやりたい。

 

「布石というと?」

「人材交換は、お互いにとっていい話です。だから、ソクオチとクロノワークの間で、とんとん拍子に話が進んだ。そうですね?」

「ああ。進みすぎて、すぐに僕は話から外されたが。――いや、今はそれを恨むべきじゃないんだな」

「はい。二国間で交流が進めば、文化や風俗の理解が深まる。良くも悪くも衝突が起こるでしょうが、その際に仲裁する役目を、オサナ王子が担えばいい。……東方と西方ほどの違いがあるわけでもなし、いずれは収まって、良い感じに同化していくと思いますよ」

「そう上手くいくものかな。僕は敗戦を経験して、クロノワークにやってきてから、視野が広がった気がするんだ。……だからこそ思う。僕は正しくソクオチの統治者足りえるのか。間違いを犯さず、臣下たちを、臣民たちを守っていけるのだろうかと。不確かで優しくない世界の中で、慎ましい幸せだけでも、感じさせてやることができるのかと。――それすらできない王族に、価値などないんだって、本気で思うようになったんだ」

「大丈夫ですよ。ソクオチが政治的にも経済的にも安定することは、クロノワークの利益につながることです。オサナ王子が正しく成長するならば、投資は惜しみませんし、道から外れそうになったら矯正するくらいの手間は掛けてくれます。……貴方は子供らしく、今の環境を楽しんで育っていけばいい。私はそう信じますし、できる範囲で力になってあげたいと思っていますよ」

 

 楽観が過ぎると言えばそれまでだが、オサナ王子の立場なら、少しくらい楽観的になって、前向きに行動するようにしたほうが良い。

 実績以上に、行動したという事実が大事だ。子供の内は失敗が許されるものだから、とにかく学んで実行すること。そこまでやって、ようやく将来への布石となる。

 

「そうやって励ましてくれるくらいには、僕には価値があるんだな。そう考えれば、僕の立場だって捨てたもんじゃないらしい。……お前の仕事に比べれば、僕のやっていることなど小さなことだろう。それでも、これは僕が王になった時、大きな財産になると思っていいのかな?」

「臣下に相応しい働きができる場所を用意し、それを正しく評価すること。あるいは、評価される環境を整えること。それができるという姿勢を示すだけでも、十分すぎる位です。今回、貴方が主導した案件は、それだけの価値があった。――今後も、同じように働きかけることです。クロノワークが投資できる範囲であれば、オサナ王子の行動が掣肘されることはないでしょう」

「相分かった。モリーに相談して、良かったよ。――これで、僕は自分に自信を持てる。王になるための布石。決して忘れずに実行していくことを、ここに約束しよう」

 

 ソクオチの安定と彼個人のクロノワークへの好感情は、私自身はもとより、クロノワークの国益に直結する。

 だから真剣に答えたし、これからも必要とされるならば、便宜を図っていくことはやぶさかではないんだよ。

 

「相談は、それだけですか?」

「ああ、良い答えをもらって、これからも励む理由にはなったぞ。……モリーの方から、僕に何か意見があるなら聞いておきたいが」

「では逆に、こちらからも相談事を持ち掛けていいでしょうか? ちょっとしたことですが、今から話を通しておいても良いかな、と思ったので」

「水臭いことは言わなくていい。――モリーには、たぶんこれからも世話になるだろうからな。頼ってくれるなら、むしろ嬉しいくらいだ」

 

 貸しにできる機会は逃してたまるか――と考える位には、オサナ王子も育ってきている。

 狡猾だが、それだけに頼もしい。感情以上に、利用価値を重視する。そうした人物であればこそ、投資し甲斐があるものだと、私は改めて感ずるのでした。

 

「東方会社の代表などを務めていると、色々なことが気がかりになります。今は良いのですが、十年後、二十年後のことを考えると、憂鬱になることも結構あるのですね」

「……モリーは先のことを考えていると思っていたが、そこまで悩まねばならんことか。僕で役に立てるのか?」

「未来の話ですから。十年後ともなれば、王子は成人して王位についていても可笑しくありません。――まあ、与太話を思って聞いてくれても結構です」

「そうだな。とりあえず、聞いてから判断しよう。何が問題だ?」

 

 これは、私なりのオサナ王子への課題でもある。未来において、選択を誤ることがないようにと、今から考えさせておきたかった。

 東方と西方は、血を流さずにはおれないのではないかと、かつては考えていたこともあった。だが、私が今の立場に立ってみると、案外どうにかなるのではないか、という希望も出てくる。

 

 その希望の為に、オサナ王子も利用しよう。そう考えるのは、不遜である。

 だが抗いがたい時代の波を前にして、使える手段を惜しむこともまた、したくはなかった。

 

「一番悩ましいのは、東方からの移民問題です。大方はゼニアルゼに引き受けてもらうつもりですが、こちらでもいくらかは受け持たねばなりません。――クロノワークでは、私が選別した、優良な移民を持ってくるつもりです」

「ふむ、それで?」

「選別するとは言っても、それとは関係なしに流民がやってくるでしょう。西方は今政情が安定していて、殖産にも商業的にも、人手を受け入れる余地があります。……需要と供給がかみ合ってしまうのですね。だから、他の西方各国にも多くの移民がやってくる時が来る。ソクオチでは、彼らをどう扱うのか。――オサナ王子は、考えたことがありますか?」

 

 東方会社の活動が成功すれば、西方の作物、製品の需要が高まる。東方への輸出が大々的に始まれば、生産力向上のため、土地と人手を確保せねばならない。

 すべてがうまくいけばの話だが、ここから数年は開発と発展の時期になるだろう。出稼ぎにきた移民を受け入れ、プランテーションや工場での働き口を世話することも、西方では日常になる。

 そうした時代の後に待っているものが、何なのか。私はかつて色々と考えたものだが、オサナ王子にも課題として考えてもらいたい。

 

「いや、特に考えたことはないが。……そうか。僕が政治的に動くなら、そうした事柄にも興味を持つべきなんだな」

「はい。もし、関心を持たずに流されるまま、周囲の決定を受け入れるようであれば――」

「一方的に損失を押し付けられる時が来るかもしれない、と。今の僕でも、それくらいはわかる。……せっかくの、モリーからの忠告だ。よくよく考えておこう」

 

 夜の帳が落ちてくる時間帯なこともあって、そろそろ話を打ち切ろうと思っていた。

 そんなとき、視界の端から可愛らしい姿が見え、控えめな足音と共に彼女はやってきた。

 

「オサナ君、こんなところにいたの?」

「ああ、エメラ王女。せっかくの機会だったから、ちょっとモリーに相談をな」

「そう。話は終わった? なら、私にも付き合ってよ。……夜が更けるまで、時間はあるし。宿題も一緒にやりたいから」

「わかった。すぐに行くから、部屋で待っててくれ」

 

 エメラ王女は、私を一瞥すると、簡単にお辞儀をしてから去っていった。未熟な王族の娘として、相応しい態度を取ったと言えるだろう。

 オサナ王子を前にして、かつて教師だった人への敬意の表現としては、ギリギリと言うべきである。私は咎めたりしないが、オサナ王子は違和感を覚えたらしい。

 

「うーん。エメラ王女は、もうちょっと素直で純朴な人だったと思うんだが」

「何か、引っかかることでも?」

「いや、気にするほどのことじゃないと思うが、僕に対するアプローチと言うか、感情と言うか。……ちょっと前までは出来の悪い弟を見る視線で僕を見ていたのに、今はなんだか別の意味で僕に注目しているというか、その――」

「思うところがあるなら、正直になったほうが良いと思います。私は他言しないと、確約しますから」

 

 オサナ王子は散々迷った態度を見せた後で、観念したように口を開く。

 それは、恋人のわがままに振り回されている彼氏の姿そのもので、私は思わず笑ってしまいそうになるくらいだった。

 

「なんというかな、エメラ王女は感情が重たく感じられるようになったというか。――まあ、何だ。積極的に婚約を考えたくなるくらいには、僕も彼女との付き合いが長くなってしまったんだ」

「……いいじゃないですか、素直になっても。王妃さまだって、今のオサナ王子になら、真面目に検討してくれると思いますよ」

「茶化さないでくれ。笑いをこらえていることくらい、僕にはわかるんだ。――せめて、相応しいだけの功績を立ててから、こちらから申し込みたい。そう思うくらいには、僕だって、男としての矜持を持っているんだから」

 

 東方会社の代表をやめて、帰ってきたとき。私は二人の面倒を見る立場になるんだろうなぁ――なんて。

 そんな牧歌的な想像をするくらいには、微笑ましい回答だった。

 

 オサナ王子と、エメラ王女の幸せな未来のために。そして、我が家の安泰の為に。

 出来得るならば、西方と東方に、少しでも救いのある未来を用意するために。

 私は全身全霊をもって、諸事に向かい合おう。そう改めて決意するくらいには、いいものを見せてもらったと思うのです。

 

 まあ、帰りが遅くなったことで、まずは我が家の妻たちを宥めねばならないんですが。

 それも含めて、夫としての甲斐性だなんて、いちいち考えてしまう。そうした立場になってしまったことに、今さらのように感慨を抱くのでした――。

 

 




 シルビア妃殿下がラスボスっぽい立ち位置になりましたが、本当の脅威は一個人ではなく、社会そのものであるという認識です。

 この辺りを深堀りすると、さらに物語が長引いてしまうので、そこそこで終わらせることにしました。
 不完全燃焼というか、半端な終わり方になるかもしれませんが、読後感が悪くない形で収められれば、それで上等だろうと思います。

 ――長編を書き上げることは、私にとって、初めての経験になります。
 その初めての体験を前に、全力をもって臨みたい。とにかく必死に、八月中は執筆を続けることになるでしょう。

 結論がどんなものになって、どういう形で収まってしまうのか。読者の方々は、それに納得してくれるのか。
 今から不安ですが、書かなければ前に進めない。どうか、もう少しだけ、お付き合いくださいませ。

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