24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 終わらせるつもりだったのですが、あれこれと書いているうちに内容が膨らんでしまいました。
 ……無駄に長くなっていますが、暇つぶしにはちょうどいいくらいかもしれません。

 とにかく、結びの話の続きになります。今しばらく、お付き合いください。



これからの世界と未来に関わる、結びのお話 【中】

 

 東方会社が設立し、ドヴールに拠点を構えて、はや三年もの歳月が流れた。

 たかが三年、という言い方は、もう出来るような時代ではなくなった。それくらい、西方も東方も、この三年の変化は著しい。

 東方と西方の文化的衝突が懸念ではあったけれど、交易が拡大し、人材の交流を始めて三年の月日が流れれば、それなりに折り合いをつけていくものだ。

 ドヴールは中継地点でもあるから、お互いの文化が混じり合う速度も速い。十年後、二十年後はどうなるか、興味深い所だった。

 

「月日の流れを実感しますね。成したことの少なさを思えば、まだまだ先は長いのですが」

 

 とにもかくにも、三年である。改めて考えてみると、私モリーが代表を続けてそれくらいになると思うと、どうにも感慨深い。初期投資におけるいざこざは、この間にやり尽くされた感があるけれど――そうした試練を超えて、今の東方会社は世界で随一の商業集団になったと言える。

 西方国家が東方交易をおこなうならば、ゼニアルゼか東方会社とのつながりを持たない限り、ほぼ確実に締め出されることになるだろう。

 ――少なくとも表の市場では、今さら零細商人が食い込むような余地はなかった。

 

 それくらい、我が社は大きな存在になってしまった。必然的に、代表の私にはひどい量の仕事と責任が覆いかぶさってきていたのだが、いい加減もう慣れた感がある。

 代表を退いて、帰国できるのは何時になるやら。我ながら、綱渡りのような仕事をよくやってこれたものだ。

 ……それはそれとして、通常の業務の合間に大きな案件がやってきたので、やっぱり気が抜けない仕事は連続するものらしい。

 

 東方会社の西方支部――つまりタラシーの方から、一つの情報が届く。速達便でやってきたそれは、緊急とは言わぬまでも、即座に伝えてきてしかるべきものだった。

 

 ある意味では、ついに来るべき時が来た、と言えるのかもしれない。

 

「西方では、ゼニアルゼが独自の東方交易会社を設立する動きが見られる――と。実際に組織されるのはまだ先になる様子ですが、存外に早い展開ですね。……しかし、これでシルビア妃殿下が東方を武力制圧する可能性は、著しく低下したと考えていいでしょう。行動を早めたということは、それだけの決断をせねばならぬ背景があったということ。妃殿下個人か、あるいはゼニアルゼという国家には、勝負を急ぐ理由ができたのかもしれません」

 

 商売相手に武力をちらつかせることはあっても、本気でぶん殴ることはまずない。恥も外聞もない略奪行為は、最後の手段である。

 その辺りの加減を間違えるような妃殿下ではないから、周囲の思惑はどうあれ、穏当に商売に集中してくれるだろう。

 少なくとも、平然と横紙破りをする方ではない。その前にいくつもの段階を踏んで、名分を用意するくらいの周到さが、あの方にはある。

 そう確信する程度には、いまだに連絡を取り合っている。お互い、相手の真意を見抜けるくらいには、付き合いも長くなってしまった。お子さんは元気に育っていて、手を焼いているらしいが、そこはそちらで頑張っていただきたい。

 

 ゼニアルゼ東方会社が正式に発足したら、シルビア妃殿下の方から連絡があるだろう。後のことは、それから考えても遅くはない。

 とはいえ、結局のところ――妃殿下の長い手の中に、すっぽりと納まってしまった感がある。天敵たる王妃様もまだまだ健在だし、今後もどうにかやっていけるだろうと信じたいところだった。

 

「東方会社でも、ゼニアルゼ商人との緩やかな協力体制は続いている。シルビア妃殿下も、ゼニアルゼ商人の野放図な商業活動は望まないだろうと思えば、今少しの時間的猶予はありますかね。……しかし、実際に進出された後のことは、よくよく考えねばなりません」

 

 東方会社はこれから東方社会を侵食しつつ、ゼニアルゼを含めた西方の商業力を利用し、仲介を行い続けることで双方の交易を推進していく。

 いずれは東方会社に依存せねば、西方の需要が満たせなくなる段階まで至るだろう。そこまでいけば、経済的な相互依存度の高さゆえ、武力衝突の危険も激減するはずなのだ。なにしろ、戦争など起きれば交易どころではない。

 

 ゼニアルゼやクロノワークといった、限定された国家に限らず、東方交易は西方各国において欠いてはならぬ大前提となる。国民国家はまだ遠い未来なれど、国民が力を付けていく過渡期に突入しているのは明らかであり、その需要を無視して武力衝突など起こしてしまえば、革命の前倒しすらあり得るのではないか。

 

 そうした未来を私は見据えているのだが、それも数十年は先の話だろう。

 現段階でも、東方会社は商業方面の競争力に関しては、ゼニアルゼにすら負ける気はしないのだが――。

 逆に、こちらが勝ちすぎるのも懸念事項だった。相手が荒事を躊躇わなくなるかもしれないからだ。段階的に事を進めたい私としては、部外者による短絡的な行動は、絶対に防がねばならない事柄である。

 

「基本、敵対するつもりはお互いないにしても、それも商売がうまくいく限りの話。……これまではゼニアルゼ商人と、上手にやってきましたが、あちらの規模が拡大するなら、それだけ懸念も大きくなる。手広くやっていくなら、どうしてもカチ合う分野が出てくるでしょうし、今さらこちらが一方的に退くことも、面子に関わる」

 

 今になってゼニアルゼが東方会社を設立するというのは、現状に歯がゆさを感じているというか、他者と歩調を合わせること自体、ゼニアルゼ商人にとっては面白くないことなのか。

 我々は今まで協力し合って、良い具合に利益を共有しているはずなのだが、そのせいで全てを自前のもので揃えられたくなったのかもしれない。

 

 他社との協力でこれだけ儲けられるなら、いっそ自分たちだけで、自分たちの都合を最優先する組織を立ち上げた方が、もっと自由に金稼ぎができる――などと。そんな幻想に浸った可能性は、なくはない。

 

「ゼニアルゼ商人は、案外繊細なのやもしれませんね。……すると、今後を見据えるなら、やはり彼には相談しに行かねばなりませんか」

 

 ゼニアルゼ商人が、クロノワーク人と揉めることはまずない。屈強な肉体が抑止になるのはもちろんだが、今となっては同朋意識も生まれており、お互いに譲り合えるくらいには信頼があるからだ。

 なので、食い物にするなら東方人がねらい目だ、という判断になりやすい。誰もがシルビア妃殿下のように、賢明で自制できるものばかりではないのだから。

 お互いに馬鹿をやる前に、多少なりとも『わきまえさせる』。そのためにも、私は連絡すべき相手がいた。

 

 すぐさまドヴールの商工会に話を通し、会長との面会を取り付ける。地元とのつながりは、強化しておくにこしたことはない。だから、私はこの三年においても、彼らとの付き合いをおろそかにはしなかった。

 

「そういうわけで、ゼニアルゼの連中がちょっと調子に乗るかもしれません。東方会社と同じようなノリで付き合おうとする東方商人には、注意を喚起してあげてほしいのです」

「わかりました。商工会の方から、傘下の商人に通達することにしましょう。……具体的に、どのようなことに注意せよ、と?」

 

 商工会の会長は、すでに代替わりして一年が経っていた。前の会長は、自らの商会も畳んで、ドヴールの片隅で悠々自適の隠居生活を送っている。

 この『私から見て』二代目の会長はまだまだ若く、付け入る隙も見えるのだが、見どころのある青年だった。

 ……肉体的には私の方がまだ若いのだが、そこは精神的な加齢も加味して、上から目線も致し方のないことだと思いたい。

 

「ここ数年、ゼニアルゼが東方商人を襲撃した事実はありませんが、それは東方会社等と販路を住み分け、利益の配分がうまくいった結果に過ぎません。そちらの所属の商人たちは、武力や社会的な後ろ盾なく、単独でゼニアルゼ商人と向かい合わないように。――国際情勢の変化から、いまや東方は神秘的な大国、という見方は消えてしまいました。良くも悪くも文物や人材交流が進んでいる現在、東方商人だからと言って、特別扱いされる時期は過ぎたと考えるべきです」

 

 単純な略奪行為を防ぐだけでは足りない。ゼニアルゼ商人が、東方の商業利権を侵したくてしかたがないことくらい、私は理解しているのだから。

 東方の情勢も、この数年で変化しつつある。国家規模では小さなものだが、都市単位でみれば、いくらでも変えられる余地はあると私は見ていた。

 交易関係から政治に食い込み、恣意的な取引を成立させ、ゼニアルゼ商人の地位を向上を試みる。そこから連中が東方国家を侵食していく可能性について、私は楽観的にはなれない。どんな些細な事も見逃したくない所である。

 東方会社は、自分以外の者たちが東方利権を食い荒らすことを許容できぬ。個々が後先考えずに焼き畑を続ければ、不毛の大地が残るだけ。私の目が黒いうちは、そんな勝手は許さないよ。

 

「東方会社の方でも、警告は行います。しかし、一番重要なのは、東方の商人の認識だと理解してください。――気が付けば収奪される立場に成り下がっている、ということもありえる。そんなところまで、もう状況は進んでしまっているのです」

「だから、当たり前の自衛手段を忘れないように、と。……なるほど。おおよそは、理解しました。商工会所属の商人には、あちらを儲けさせてやっている、なんて見下すことのないように。鷹揚に構えていると、丸ごと食われてしまうぞ――とも伝えておきますよ」

 

 この若い商工会長ならば、良い具合に調整して、問題は最小限で済ませてくれるだろう。少しの情報を与えれば、後は勝手に補完してくれる。

 それくらいの期待を持つくらいには、良い答えだった。

 

「それはそれとして、モリー殿」

「なんでしょう? 新任商工会長殿」

「そろそろ奥方らのご機嫌を取りに行く時間では? ――アレですな、アレ。職務を口実に、イチャイチャする機会ですよ」

 

 新任、などと言ったことに対する意趣返しであろうか。年若い会長らしい返し方であるが、私だってその程度で動揺する人間ではないのだと答えよう。

 

「私はこの仕事についてから、体裁を取り繕うことを覚えました。そこまで露骨ではないつもりですが、会長殿にはわからないのですかね?」

「多少の付き合いのある人なら、仕事のついでに夫婦の時間を作っていることくらい、すぐに読み取れますよ。――ああ、失敬。とりあえず、急を要する要件は、もうないですよね? 後はこちらで調整しておきますので、どうぞお引き取りください」

 

 商工会長には、そういわれてやや強引に退室させられた。いや、別にいいんですけどね。実際、これから尋ねに行こうと思っていたし。

 ……意趣返しの仕返しは、またの機会に考えておこうか。

 

 とにかく商工会から出て、練兵場へと向かった。クッコ・ローセと会うためでもあるが、今日はちょうどいい具合に、客人が来ているはず。

 物事は、一石二鳥である方が都合がいい。足早に進み、彼女の姿を確認したところで、私は安堵するように声をかけた。

 

「精が出ますね。――兵たちは、いつもどおり精強さを保っているようで、何よりです」

「ああ、モリーか。……そりゃ、最初のころと比べたら雲泥の差だろうよ。私も、ここに来て十年ほどになる。その間ずっと練兵を繰り返していたら、それなりのモノにはなるさ」

 

 クッコ・ローセは、すでに四十の齢を超えていた。肉体の劣化は、もはや誤魔化せぬほどに彼女の力を蝕んでいたが――他者を鍛える教導能力に関する限り、衰えるどころか神がかり的な領域に踏み込んでいる。

 おそらく、クロノワークの熟練の教官でさえ、今の彼女の技量には敵わぬであろう。それくらい多くの精兵を、クッコ・ローセは安定して供給してくれているのだ。

 死傷率の低さと任務達成率の高さにおいて、東方会社は他社を圧倒している。その源泉が彼女の教導能力にあるのだから、私だって妻のことを誇りたくもなるさ。

 

「東方会社の警備部門は、遺族年金で悩んだことは一度もない。私がいる限り、商隊が盗賊や海賊の餌食になることは、まずないだろうよ。最近は色々と思うところもあるんだろうが、私の部下はお前の期待に応えられる。――保証してやる。安心したか?」

「ええ、ええ。クッコ・ローセ、貴女は今日も美しい。何年たっても、貴女は私を魅了してやまない。――どんな形であれ、私と結ばれてくれたことを、今でも、いつでも感謝しています」

 

 三年の月日は、確実に彼女から精彩を奪っていった。もちろん微々たるものだが、ふとした瞬間に察することもある。いずれは、それが大きくなり、人生を終える時が来るのだろう。

 あるいは老い以前に、何らかの病や事故によって不幸が起こらぬとも限らぬ。しかし、実務において、私生活において、様々な事象に不都合が現れたとしても。

 私は、クッコ・ローセを愛せる。愛し続けられるのだと、それだけは確信をもって答えられた。

 

「……公然と口説き文句を口にするのはやめろと、何度も言ったはずだが」

「それを押し通し、業務の一環に加える強権をふるえるのも、代表の特権です。――妻を賛美する時間を確保する自由くらい、許されたっていいでしょう? 私たちは、それだけの仕事をしているのですから」

「甘い言葉は、夜に聞ければ充分だ。私は他の連中より、モリーの傍に居ることが多い。……あんまり過剰に愛されると、後が怖くてな。日中は、仕事に集中させてくれ」

「これは失礼しました。貴女が望むなら、これからはそうしましょう」

 

 クッコ・ローセは持ち前の統率力と人望で、兵たちを鍛えて送り出し、東方会社の警備能力を保証してくれている。

 彼女がかつて鍛えた連中は、今この瞬間も商隊の護衛を務め、東方会社の収益を守り続けているのだ。

 そして、私はその安全保障能力を担保として、色々な無茶を通している。まさに、クッコ・ローセこそは我が社の縁の下の力持ち。彼女あってこそ、今の繁栄があるのだと断言しよう。

 そして、メイルもザラもクミンも、それぞれの分野で活躍してもらっている。この中の誰が欠けても、東方会社はやっていけない。将来的にはともかく、今はそれで持たせるしかない、というのが現実だった。

 

「それで、わざわざ私をおだてに来たのか? いつものことと流すには、空気が違うな。何かしら、不穏な情報でも聞きつけてきたのかな」

「はい。なので、夫婦水入らずの時間はこの辺りで切り上げねばなりません。……断腸の思いですが、これも仕事でありますれば」

「いきなり神妙な顔になるなよ。――で、誰をご所望だ? 練兵場にいるやつなら、伝令を飛ばせばすぐに呼び出せるぞ」

「確か、今日はあの商人が練兵に参加していましたね? ミンロンの部下の、やけにガラの悪い商人がいたでしょう。そいつを呼び出して、ここに連れて来てください」

 

 かつて盗賊の頭目だった商人は、私が紹介した伝手で、ミンロンの元で働いていた。

 思いのほか有能で、使い勝手が良かったせいか、割とすぐに意気投合したらしい。ミンロンはミンロンで、付き合っているうちに情がわいたらしく、色々な意味で『便利』に使っているとのこと。

 打算ありきの関係でも、良い付き合いができる。今となっては紹介して本当に良かったと思うし、お互いに幸福ならそれでいいんじゃなかろうか。

 

 頭目商人の方は、ここでクッコ・ローセの訓練に参加するくらいには、意識が高かったりする。もちろん、私とのつなぎと言うか、コネクションを利用するつもりで度々顔を出しに来るのだろうけど。

 私としてもミンロンとのホットラインを確保できるから、彼が近くに居てくれたのは都合がいい。

 こうして呼び出して使おうと思うくらいには、信用もある。あの時、短慮を起こして始末していたら、こんな未来はなかったろう。本当に、彼は掘り出し物だった。

 

「いい汗をかきに来たとか、あからさまに白々しいことを言っていたから、当てつけに直々にしごいてやったからな。……予想以上に食いついてきたもんだから、私も可愛がってしまって、つい余計なところまで仕込んじまった」

「クッコ・ローセの寵愛を受けたとなると、嫉妬してしまいそうになりますね。……ジョークですよ、ジョーク。だから、怖い顔せずに呼んできてくださいな」

「いいんだがね、別に。――本当に、関わらせていい話なんだろうな? 所望とあらば、今すぐに飛んでこさせるから、節度を持った対応で頼むぞ」

 

 ミンロンには割を食わせているというか、結構な無理を聞いてもらっているから、連絡は欠かしたくない。

 定期報告は本人とやっているから、彼に問うべきことがあるとしたら、別のこと。

 一番気がかりなのは、彼女個人の商会について。東方会社に所属しつつも、ゼニアルゼの方に商館を立て、西方と東方をまたにかけて活躍している。

 そんなミンロンを傍で見てきた彼に、これまでの東方で得た仕事感覚とかも聞きながら、独自の意見をうかがいたいところだ。

 

「――久しぶり、というほどでもないか。最後に顔を合わせたのは、半年くらい前だったな」

「ええ。夫婦生活が良好なようで、何よりです。ミンロンからの書簡でも、貴方がよく働いてくれていることはわかっていますよ」

 

 ミンロンと頭目商人の仲を、私は夫婦と表現した。実際、それに近い関係なのだろうと思うが、ミンロンもこの男も、明言することはなかった。

 二人ともいい年なのだし、どこかでこさえていても可笑しくはないのだが、あちらが何も言わないのであれば、追及するべきことではないのだろうと思う。

 

「茶化されたところで、お前の前で弱みなど見せんぞ。目の前にいるのは、その気になれば一瞬で俺を殺せるくらいの脅威なのだからな」

「非のない相手を殺したりはしませんよ。貴方がミンロンのパートナーである限りは、丁重に扱うべきだともわきまえています」

 

 そんな警戒されるほどのことを……したな、うん。

 いかんね。転がした相手のことをすぐ忘れてしまうのは、私の悪い癖だ。せめて、首を取るくらい価値のある相手ならともかく、そうでない敵のことは、もう忘却の彼方である。

 頭目商人も、抱え込んでもう長いから、元は敵であったことすら意識しなくなってしまった。

 そんな自分と違い、彼の方は今も緊張感を保っている。用心深いことはいいことだと、私は単純に考えることにした。

 

「あいつのパートナーである限りは、か。……待遇こそ良いものの、女どもに支配され続ける後半生になりそうだ。一体、どこでケチが付いたのやら! ああ、いや、それを悪いとは言わんぞ。そこは、誤解してくれるな」

「お二人の関係について、私の方から干渉はしません。ただ、ミンロンの方から苦情が来たら、そのときは――わかっていますね?」

「やめてくれ。これで結構、気を使っているんだ。ミンロンの奴、あれで結構繊細なんだぞ。お前の前ではどうしているか知らんが、あれは一族でも微妙な立場らしくてな。東方会社顧問の地位は、たやすく捨てられんと言っていた。俺もお前も、あいつを思いやるべき立場なのは変わらない。だったら、協力し合う方が建設的じゃあないか?」

 

 頭目商人は、軽い口調でそう言った。すでに割り切っている風でもあり、悪感情はどこにも見受けられない。

 これくらいのユーモアは笑って流せよ、と言われているようにも感じた。まあ、それくらいの大胆さがあった方が、私としても気楽に付き合える。

 

「だいたい同意しますよ、ええ。それはそれとして、私から聞きたいことがありまして。……ぶっちゃけ、この十年で東方の軍事力に変化があったと思いますか?」

 

 ミンロンも頭目商人も、個々の事情があることは承知している。だが、今は私個人の問題を解消するのが優先だ。

 ゼニアルゼに対抗するためにも、東方会社の支配を進めることは急務である。そのために必要な情報は収集しておきたいし、今後を見据えるなら人材の成長具合も確かめねばならぬ。

 

「なんだ、いきなり」

「他意はありませんよ。交易で東方の都市部から地方まで、多くの土地を渡ってきた貴方に聞きたいのです。――初めて東方で仕事をしてから、今日まで。東方の軍事力は、向上したと思いますか? 例えば、砲兵隊などを組織しているところを見たとか、それらしい話を聞いたとか」

「個人的な感覚でいうなら、まったく変わった様子はない、と答えるしかないな。東方のどこに行っても、砲兵などというものは、見たことも聞いたこともないぞ。……真面目な話、東方会社がここでは一番の軍事力を誇っていると言い切っても良い。クッコ・ローセがドヴールから一個大隊も率いていけば、地方都市の一つや二つ、軽く落ちるんじゃないか?」

 

 頭目商人の答えは、予想通りのものだった。私自身、そうした感想を抱くことも多いだけに、彼が衰えていないことも確認出来て安心する。

 

「うーん、やっぱり一度は食い物にされないと、わかってはくれませんか。実際にそうなってしまうと、短期的にはともかく、長期的にはどちらにとっても損になるんですがね」

 

 西方の書物をどんなに訳しても、あるいは西方の軍事力の強大さをどんなに訴えても。

 東方国家もその社会も、これを脅威としてとらえられない。あの時、首都において私が砲兵隊を披露した時、文武百官は『なんだ、こんなもの』という視線で見ていたからね。

 脅威と理解したのが宰相殿ただ一人であった、という時点で、東方国家の未来はある程度定まっていたのかもしれない。

 

 もっとも、ここには私がいる。悲劇的な結末は、最後の最後まで受け入れさせはしないと、すでに覚悟していた。

 技術は東方会社の傘下においた連中に仕込めばよい。知識はこちらの息のかかった教養人に、少しずつ広めていければよい。

 有用性が広まれば、興味も煽れる。実利だけでなく、個人的な嗜好も刺激することで、お互いへの距離感を縮めていくのだ。遅々たる歩みだが、十年後二十年後に芽吹いてくれたら、それだけでも意味があるのだと信じよう。

 頭目商人は、そうした私の決意など知る由もなく、個人的な見解を続けて述べる。

 

「東方会社もゼニアルゼも、紳士的過ぎた。外国から理不尽にぶん殴られた経験が、東方社会には存在しない。のんきに過ごしてこられたせいで、危機感ってもんがマヒしてやがるのさ。ビビッて相手の真似をしたり、頭を下げて教えを乞うようなことは、面子が許さないんだろう。……あんたはどうも、それが気に食わんらしいが、俺にはわからんね。荒らし放題食い放題っていうんなら、遠慮なくいただいちまってもいいんじゃねえのかい?」

 

 この時代の倫理観など、そのようなものだ。しかし、現代的な倫理を理解している私が、それ以上の非道を行っているという事実をかんがみると、何やら皮肉めいたものも感じる。

 しかし、この期に及んでぶれた態度はとりたくない。私は自身の信念に基づいて、彼の言葉に拒否を返した。

 

「いけません。西方と東方の衝突は、軍事的対立に発展してはならないのです。そうなってしまえば東方の地は西方の略奪によって、決して癒せない傷跡を残すことになる。――東方会社の代表として、それだけは何が何でも拒否します。もっとも、それには東方社会からの支援を受け入れてもらわねばならないのですが、さて。果たして、事態の深刻さを理解していただけるかどうか、怪しいものです。……まったくもって、悩ましい。軟着陸させる方の身にもなってほしいですね、ええ」

「俺がしるか。ぐだぐだ文句ばかりこぼされても、俺ごときにできることなどあるまいに」

 

 まあまあまあ、その辺りは別にいい。その理不尽が起きたときの為に備えるのも、東方会社の仕事だった。

 皇帝陛下の仕事だろう、と突っ込まれればそれはそうなんだけど。統治に対する責任と言えば、東方会社だって他人ごとじゃない。

 すでにドヴールに関しては、ずぶずぶになるまで突っ込んでいるのだ。東方会社の影響力が強まれば強まるほど、政治からは逃れられなくなる。

 ゆっくりと準備し、無理なく環境を整えられるのは、これから数年がいいところだろう。この間にどれだけやれるかで、将来の東方会社の規模が変わってくる。

 今が重要な時期であることを、私は正しく認識しているつもりだ。

 

「まあ、わかっていたことです。確認のために聞いただけなので、あまり深刻に考えないように」

「別に構わんが、東方会社の代表って、実は相当暇だったりするのか? 駄弁っている時間があるなら、訓練を続けたいんだが」

「まだまだ稼ぎたい身の上としては、財産を担保する武力の維持は急務ですものね? ――東方国家も、それくらいの強かさを身に着けてほしかったのですが、やはり時期尚早だったようです」

「……おい、もう話がないなら、切り上げていいか?」

「失敬。あともう一つだけ。東方会社の警備部門からも話は聞いていますが、ここ最近は交易路の襲撃も稀になったそうですね。……我々は、東方社会に溶け込めたと思いますか?」

 

 彼とミンロンとでは結論に違いはあるだろうが、西方人目線での意見には価値がある。

 私に対して率直であり、東方各地を飛び回っている彼であればこそ、意味のある質問だと思うのだ。

 

「俺なんぞに聞くべき問題ではないと思うが、まあいい。溶け込むも何も、東方会社は最初から今の今まで東方社会の異物だ。これはおそらく、最後まで変わらんだろうな。……ああ、ミンロンも似たような結論を出すだろう。あいつ、東方会社の看板を相当利用してやがるが、そのせいで警戒されているところもある。――今思ったが、お前、あいつに何をさせるつもりだよ。とばっちりを食らうのは御免なんだが」

 

 頭目商人は、私とまったく同じ見解を述べた。その上で余計な意見を付け加えるのは、彼なりの情の発露とも見受けられる。

 からかってもいいのだが、話を長くすることは、彼も望んではおるまい。ミンロンと会ったときにでも、答え合わせをするとしよう。

 

「単純な話ですよ。ミンロンには、東方と西方の融和。その象徴になってもらおうかと」

「……いきなり話が大きくなったな」

「本人にはもう話していますよ? ――長話はお望みではないでしょうし、さっくり言いますと、アレですね。子飼いの職人や教養人を増やしているのは、そのためだと言い切っても良いです。いずれ起きるであろう東方と西方の衝突に際して、彼らこそが関係修復の要になる。そして、彼らをミンロンの元で活躍させられれば、彼女は東方屈指の名士として、どちらの側にも有名になるでしょう」

 

 いささか大仰な言い方であるし、都合のいい方向に進むことが前提であるが――。

 ミンロンは利に聡く、時勢を読む術に長けている。自由裁量を許せば、途中で何かしらの不具合が起こっても、なんかこう……良い感じに処理してくれるだろうと思う。

 

「話の規模が大きいくせに、微妙に具体性を欠くな。意図は読めなくはないが、そんなふわっとした方針で、ミンロンの奴は大丈夫なのか?」

「さて。現時点で貴方にも話していないということは、彼女も悩むところがあるのかもしれません。……難解な課題を出してしまった自覚はあるので、近いうちに暇を見つけて、彼女を訪ねるとしましょうか」

「出先のゼニアルゼからは、そろそろ帰ってくると、書簡が届いているが……あいつのことだ。お前が是非にもというなら、すぐにでも先触れがお前さんのところに着くんじゃないか? 都合は、それからつけてくれ」

 

 ミンロンへの期待は今に始まったことでもないが、それは当人も自覚していることだろう。

 私に対して、明確な成果を見せられないうちは、余計な報告は入れたくない。そうした心理に陥っていても、おかしくはないところだった。

 だから、直接顔を合わせてみて、何が問題かを洗い出してみるとしよう。そう考えたところで、クッコ・ローセが言った。

 

「二人とも、話は終わったか? とりあえず、商人野郎は今日は夕刻まで体を動かしていけ。モリーは、日常業務があるだろう? ――残業が増えたことは分かったから、安心して朝帰りして来い」

「クッコ・ローセ……理解のある妻を持てて、私は幸せです」

「馬鹿、私は呆れてるんだ。本当に朝帰りしやがったら、私らはともかくザラは拗ねるぞ。あいつだけが頑張っているわけじゃないが、割りを一番食っているのもあいつだ。仕事が終わってからでいいから、労ってやれ」

 

 それだけ言い残して、クッコ・ローセは仕事に戻った。兵の教練の合間に、私の為に時間を使ってくれただけでもありがたい話であろう。

 私は練兵場を離れ、日常業務へと戻る。それを終えて帰宅する頃には、すでに夜の帳が落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 東方会社が進出し三年が経ったとはいえ、まだまだ仕事は山積みであった。状況判定しつつあるが、問題もまた多い。

 一家が夕食を共にする日も、月に何度か確保するのが精いっぱいだった。それでも現状は改善しており、いずれは穏やかに日々を過ごせるだろうと、私は期待している。

 

 私たちの住居は、東方会社が用意したものであるから、それなりに大きなものであった。

 小市民である私には、大きすぎるという気がしてならなかったが――メイルやクッコ・ローセはもともと貴族階級であり、実家を思いだして懐かしい、とも言っていた気がする。

 年月が経った今、私もすっかり慣れてしまったが、無駄に広い空間をどう使ったものか。いずれは、真面目に考えねばならないだろうと思う。

 

「養子をとることを、本格的に考慮すべき時期なんでしょうかね……?」

「……養子? おい、モリー。何の話だ? 私は何も聞いてないんだが」

 

 独り言のつもりだったが、ザラに聞きとがめられてしまった。

 ちょうど帰宅したところらしく、部屋着に着替えたばかりの様子がうかがえる。

 

「今に始まった話でもありませんよ。ここドヴールに正式に赴任してからと言うもの、東方の名家とやらから、養子縁組の話はたびたび来ています」

「毎回断りの手紙を入れていたはずだな。私らを軽視して、縁談なぞを持ってこないだけの分別はあるらしいが――。それはそれとして、お家の乗っ取り手段としてわかりやすすぎる。受け入れる益はないと、お前もわかっていたはずだぞ」

 

 ザラの言い分はおおよそ正しいし、私も結論を急ぐべきではないとわかっている。

 だが、東方と西方の融和事業を背負った今、この仕事を受け継がせる存在について、考えないわけにはいかないのだ。

 

「私、今は東方会社の代表をやっていますが、十年もやり続けられるかは微妙なところだと思うんです。たぶん諸問題が一段落して、安定しだした頃に本国から呼び出しがくるんじゃないでしょうか」

「いずれは帰国して、騎士に戻るとは聞いている。その時の主君が誰になるかは、興味深い所だが……そういう話でもなさそうだな?」

「はい。何と申しますか、東方および西方の交易業、さらにそれらの融和事業と言うものは、一生ごとでありまして。十年やそこらで私の手を離れてしまうと、なにかと不安を感ずるところが大きいのです。なので、東方にとどまって、私の始めた諸々のことを引き継いでくれる人材が必要だと思うのですね」

 

 東方会社代表の後任なら、他にいくらでも適任がいるだろう。だが、私が始めている相互理解や人材交流は、長期間にわたって続けていくことで、ようやく実を結ぶかどうか――という。

 それくらい、気の長い勝負になる。東方会社の事業に組み込むこともやってはいるが、私がいなくなれば方向性が変わるのは、目に見えていた。会社にとって都合のいい人材育成と、融和を目的とする教育は、また別物だからだ。

 

「お前の仕事を引き継いでくれる相手として、養子を望む、と。いささか話が飛躍していないか?」

「まあ、他に適任がいないとも言いませんが、私の家の子になって、私の名を使える人物を、東方に残しておく。それ自体は、とても有用な考えだと思うのです。……この我が家も、無駄に大きいですしね。モリー家の継嗣が、屋敷の大きさに見合うだけの家族を作ってくれたら、西方と東方の融和は成功した――と、表向きは主張することも出来ますし。何より、私の耳目をこの場に残して置ける有用性は、何物にも代えがたいと思うのです」

 

 ミンロンばかりに仕事を押し付けてはいられない。何より、私の立場の大きさを利用して、宣伝するという手を使うなら、自分の家を巻き込むのが一番効率が良いはずだ。

 我が家が東西の融和に尽力したという実績があれば、たとえ最終的に失敗しても、後には大きな名声が残るだろう。

 さすれば後世、我が家を担いで、再度東西融和を試みる余地が生まれてくれる。一縷の望みを残すという意味でも、東方に家を残すことの重要性は高いと言えた。

 

 問題は、どこから養子をとるか。いかなる教育をして、意図通りの成果を出すか。何より、一代や二代で終わらせず、数世代にわたって継続させていくための環境整備。これが一番重要である。

 ――とまあ、そういう話になってくるのだが、現状はそこまで深く考える余裕もない。だから、急いで結論を出したくないのだと、ザラに説明する。

 

「モリーの言い分は分かった。私の個人的な意見を言うなら、お前の主張に理は認めるが、そこまで苦労を背負い込む理由が弱いな。――端的に言うなら、お前の本気を理解してもらえない可能性がある。養子になる側も、漠然と『東方と西方の融和の為に、我が家に入って努力してくれ』と言われても困るだろう。全力で取り組んでもらいたいなら、相手側への動機というか、理由付けをもっと考えたほうが良いな」

 

 私の意見を聞いた上で、ザラはこう結論付けた。もっともな話であると、私も思う。

 しかし、自分の中で結論が出ていることを、他者に理解してもらうことは、本当に難しいのだな――と。

 そんな当たり前のことにさえ、気付けなかったこと。そんな己の落ち度に、今さらのように思い知らされた感がある。

 

「ザラを嫁にしてよかったと、今さらのように思いますよ。ええ、こんな東方の辺境にまで付き合ってくれたこと、心から感謝いたします」

「……そうか。せっかくだから、私の方も仕事の愚痴を聞いてもらおうか。具体的には、私が教育者として向いているかどうか、改めて考え直している所なんだが」

 

 ザラは特殊隊の隊長であったが、東方会社に来てからしばらくは、事務の作業を手伝ってもらっていた。

 一年もすれば感覚をつかんだらしく、業務の全てを把握することになり、ほどなく他者を教導することも出来るようになった。

 そして今は東方の言語も習得することによって、現地の住民を教導し、東方会社への採用活動も行ってもらっている。荒事とは若干離れた地位にあるものの、ザラはきちんと適応して成果を出しているのだから、彼女は本当に多芸な人だと思う。

 

「純粋に軍人やっていたころと比べて、そこまで違和感を覚えないのも不思議な話だ。……クロノワークでは軍人も官僚の真似事をやっていたせいか、書類仕事もすぐに慣れたし、今では他人を教える側に回っている。自分がやってみると、教官の偉大さについて、改めて理解することができたよ」

「クッコ・ローセは優秀です。そこは疑う余地がありませんが、ザラ。貴女もまた、得難い資質を持っていますよ。――教えを受けた者たちは、立派にやってくれています」

 

 ザラがやっている、貿易実務の講習は評判がいい。わかりやすいのはもちろんだが、当人がきちんとモノになるまで付き合ってくれるので、採用した後もスムーズに仕事をこなしてくれる。

 

 これなら、将来的には徴税業務の方も任せられるかな――って思う。

 シルビア妃殿下の後追いのようなものだが、官僚を東方会社で育成して、東方国家の地方に派遣させる事業も、私は考えていた。

 複雑な徴税業務ができる、高度な教育を受けた人材の育成。そして彼らの給料もこちらで受け持つことで、国家財政を圧迫させずに仕事を任せることができる。

 これだけだとこちらの懐を直撃するので、何かしらの補填を引き出さねばならないが、そこは交渉次第か。

 

 やり方次第で、東方国家がこれを受け入れる可能性はあるだろう。普通に考えれば東方会社の乗っ取り政策だが、この国では民間人が政治の手伝いをすることは習慣として存在している。

 東方国家は正規の官吏の下について事務を担当する『胥吏』というものがあり、実務はほぼ全て彼らが担当しているという事実があった。

 行政、司法、その他の大小さまざまな事務について。国家試験である科挙によって官吏になったものたちは、直接的に関わることは少ない。何と言っても、科挙に実務に関わる部分がほぼ採用されておらず――学問の解釈と詩文による設問に終始しているため、実務に疎いのである。

 

 つまり、現実に庶民が窓口で接し、実際的な諸問題を処理してくれる胥吏の育成。

 この部分において、東方国家は上から下まで何の貢献もしていないのだ。ここを東方会社が担ったところで、一般人は気にも留めずに受け入れてくれることだろう。

 当然のようにこれらは既得権益がはびこっているから、今から参入するのは難しそうに思えるが――。

 

 東方会社が管理するならば、賄賂は絶対に取らせない。その上で給料をこちらで負担するとなれば、地方財政にとってどれほどの助けになるか。東方全土を対象にしてみれば、飛びつく手合いはどこかにいるはずだ。

 人員の用意については、ザラの言語能力の成長と、教導能力をかんがみれば、決して夢物語ではないだろう。そして実現したなら、そこは東方会社の情報網に加えられ、人・物・金の動きはおおよそ把握できる。

 結果として、東方国家の人口の推移や市場の動向は愚か、財政状況すら丸裸にできる。そうした未来が、現実的なものになるのだ。

 

 ――東方会社がこれを悪用すれば、それはもう大変なことになるが、私の代で制度を完成させ、後任に受け継がせることができれば、ある程度は抑制できるはず。

 経済的な収奪は、やりすぎれば恨みを買う。貿易摩擦が深刻になる前に、その状況を察知して手を打つことも大事だ。……この体制が成立すれば、目論見が叶う。

 私が直接かかわる余裕はないから、この事業をやるなら誰かに任せる必要があった。それがザラであるならば、この上ない人選である。

 

 シルビア妃殿下と違うのは、西方と東方で、やり方を変える必要があるというのが一つ。

 そして、これは東西衝突を回避するためであり、収益の為にやるわけではないというのがもう一つの差異である。よって、把握した地方財政(徴税した額とその使い道について)はなるべく公開していく方向で行きたい。

 収支報告をあいまいにし、住民の負担と行政のサービスの内容が不透明だと、不信が重なって大きな反発を生んでしまう。

 結果として革命の呼び水になるなど、悪夢も良い所ではないか。東方会社は余所者だから、その点は気を使いたいところだった。

 

「――またぞろ、ろくでもないことを考えている顔をしているぞ、モリー」

「……すいません。東方国家の病巣について思い至ったので、色々と考えていました。あと、合法的な乗っ取り手段と、それを活用してやることやってしまおうか――というところまで考えていた次第でして」

 

 まだまだ足りない要素は多い。そもそも教育の足りている人員が少なく、これから増やしていくにしてもより長い目で見なければならぬ。時間を費やすごとに状況は改善していけるが、五年後、あるいは十年後、充分な水準に達しているかどうかは、まだ確信が持てない。

 自前の人材で全てを賄える日は、まだまだ遠いだろう。そんなことを憂うような立場になるなんて、まるで権力者にでもなったようだ――とか。そんな風に、私の方が愚痴をこぼしたくなった。

 

「あ、ザラ。モリーも、帰ってきてたのね」

「メイル。貴女の方こそ、今日帰っていたのですか。遠征した部隊の帰還は、明日くらいになると思っていましたが」

「ちょっとしたトラブルがあって。――私だけ、先行してきたの。ザラかモリーの手が空いていれば、付き合ってほしいんだけど」

「ザラは今の仕事に集中してほしいので、私が行きましょう。揉め事の類なら、私の方が立場で押せる分、やり易いと思います」

「ありがとう。でも、本当に最近、揉め事が絶えないのよね。……嫌だわ、ほんと。甘い夫婦生活を堪能できるのは、いつのことになるのかしら」

 

 メイルが単独行動を決断せざるを得ない。そうした厄介ごとに巻き込まれているという事実に、何かしら不穏なものを感じた。

 直感的に、ゼニアルゼか東方の名士とのトラブルではあるまいかと。そうした予測をもって、彼女の話を聞いていたのだが。

 

「ゼニアルゼ商人が、東方の役人と揉めたらしいの。で、ドヴールの近くの都市の……なんて言ったかしら。とにかく、そこらでちょっとした殴り合いになったわけ。私たちの商隊が居合わせたおかげで、死人は出なかったけれど、偶然その都市の名士が巻き込まれちゃってね。下手をしたら、外交問題になっていたんじゃないかしら」

「現実は想定の斜め上をいくものなんですねぇ。――予想はつきますが、具体的には何が問題になったのでしょう?」

「ゼニアルゼ商人が、市の関所で関税の高さにケチをつけたのが発端だったらしいわよ。たまたま折り悪く、名士の人が関所に来ていたみたいでね。……ゼニアルゼ商人が、荒っぽい護衛を役人にけしかけた結果、その人も巻き込まれてケガしちゃったのよ。軽い打撲程度だったけど、私が割り込んで『仲裁』しなかったら、もっとひどい乱闘になったと思うのね」

 

 メイルの仲裁となると、その荒っぽい態度を取った護衛達は、今頃病院に担ぎ込まれていても可笑しくはないと思う。

 しかし、問題はそこではない。彼女だけで問題が解決できないから、いち早く私の元へ来たのだろう。

 

「それで、結局どうなりました?」

「抑えるところは抑えたけど、放置したら暴発しかねない感じかしら。名士さんは落とし前付けてやるって、鼻息を荒くしてたし。やらかした護衛含めたゼニアルゼ商人たちも、特別に賠償をする気はないみたい。仲裁の後には、関税にケチを付けるのはやめてやるから、さっさと関所を通せって一点張り。……とりあえず、ゼニアルゼ商人たちは何とか言いくるめて、宿舎に軟禁させてあるけど。私たちが介入をやめたら、その時点でひどいことになるでしょうね」

 

 だから、私の判断を仰いで、即座に行動したい――とメイルさんは言った。

 緊急性のある事件だと理解して、自ら先行して伝えて来てくれたこと。その背景も加味して考えれば、即座に動かねばならないことは明らかだった。

 どのようなゼニアルゼ商人であっても、東方会社代表の私を前にして、不敵な態度を続けるのは難しいはずだ。

 ――私の業績もそうだが、前歴も有名になったので、下手を打てばどうなるか。あちらで勝手に察してくれるだろう。ここは、出張ることを惜しむ場面ではない。

 

「最初から最後まで、良い判断をしてくださいました。メイル、これは貴女の手柄として、きちんと記録しておきましょう」

「そう? ありがと。――で、モリー。私はどうしたらいい? 私以外の商隊の連中は、まだあっちの都市に待機させてあるわ。一応、私の留守中に暴動を起こすようなら、自分の身を第一に考えるようにと伝えてあるけど」

 

 無難な判断が、今はありがたい。東方会社の商隊は、護衛まで含めて精鋭揃いである。殴られたら、倍の力で殴り返しにかかるだろう。

 そこを抑えて、命優先で危険を回避してくれるなら、そちらの方が後腐れがない。

 

「では、非常時と判断して、私が出ます。一時的に、私の業務はザラが担当。ザラの仕事は、私が帰るまで中断させるように」

「わかった。教導は一時中断し、適当な課題をやらせておく。私がモリーの代理を務められる時間は、そう長くないぞ。――何と言っても、私は東方の文化をそこまで理解していないからな。へまをやらかす前に、帰ってきてくれよ」

「もちろんですとも、ザラ。これを奇貨として、東方社会への楔を打ち込み、ゼニアルゼへの牽制とします。シルビア妃殿下に余計な野心を与えたくはないので、荒事は極力回避しませんとね」

「末端のゼニアルゼ商人がいくら死んだところで、あの方は痛くもかゆくもあるまいが。――いや、建前と言うものがあるな。あの人に名分を与える機会は、なるべく潰しておくべきか。モリーも大変だな」

 

 ザラは苦笑しながらもそう言った。大変だという割には口調が軽いが、それだけ信頼されているということでもある。

 私は彼女の想いに応えるように、務めて明るく返すことにした。

 

「今回の件そのものは、そう大層なことにはなりませんよ。私とメイルがいれば、それで済む話だと思いますので、皆さんはごあんしんください」

「安心できるかどうかはさておき。……個人的にも、そうしてくれるとありがたいわね。残してきた連中が下手を打つとは思わないけど、気が気じゃないのは確かだから。モリーが来てくれるなら、きっとどうにかなるって、安心できるものね」

「メイルにそこまで言われると、恐縮してしまいますね。東方会社で護衛の実績が一番大きいのは、貴女ですから。その言葉の重みを考えると、こちらのほうが緊張しそうですよ」

「口に出している時点で、白々しく聞こえるわね。――ああ、いえ、モリーは追い詰められれば追い詰められるほど、強く激しく輝くタイプだもの。むしろ、緊張している方が都合が良いのかしら」

 

 気合を入れてかからねばならないと、割と気負っているのが事実だったりします。

 ……最悪の場合はゼニアルゼと東方国家の外交問題から、戦争へと速攻で突入しかねない。それくらい微妙な問題だから、急がねばならないのは本当である。

 

 お互いに合意は得ているのだから、その日のうちにメイルと共に出立する。目的の都市へは、一日とかからずにつくだろう。

 

 到着時に悶着が起きてなければいい。そう願いながら、私達は早馬を駆った。

 そうしてたどり着いたとき。事態はちょうど、悪い方向へと転がり始めようとしていた。私たちが間に合わなかったら、あるいは、なんて。

 そんな不毛な想像をしてしまうくらいには、ひどい状況になっていたのです――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の都市の名は、『蒙特(モンテクァ)』と言うらしい。……なんか微妙に聞き取りにくく、東方の言語での発音が難しいので、字面とか無視して、簡単にモンテクァと呼ぶことにしよう。

 メイルが答えられなかったのも仕方ないと割り切って、まずは到着次第、事態に変化がなかったか、確認しようと思った。

 まさか、到着早々に荒事に巻き込まれるなんて、そこまで殺伐としていたなんて、想定の範囲外だったのです。

 

「何かやかましいと思ってみれば、関所の門の辺りで、騒動が起きているみたいですね。メイル?」

「私は知らないわよ。……まあ、遠目からでもウチの衆が仲裁しているし、予想はつくけれどね。揉めてるのは、私が知ってるやつじゃないから、また別口かしらね」

 

 この短期間に何度も不穏な衝突が起きるなら、それは偶然と片付けていいものか?

 ちょっと不穏な気配を感じつつ、騒動の中心へと向かう。メイルは東方会社の警備部門に収まっているので、同胞が巻き込まれて迷惑しているなら、介入するのも仕事の内だった。

 

「じゃ、行ってくるから。ちょっと見守ってて」

「はい。お気をつけて」

「わかってる。これでも仕事中は、気を抜いたことなんてないのよ。……私を正面から殴れる奴がいたら、うちにスカウトしても良いわね」

 

 ――とはいえ、私が初手で直接出張るのは考え物だ。まずは警備部門の重役であるメイルが、眼前の揉め事を調査する。

 私が何かしらの役割を負うとしたら、それからにするのが筋であろう。メイルの軽口に苦笑しつつも、展開を見守ることにした。

 そして、メイルと相手側との話し合いは数十分に及んだが、剣呑な雰囲気は話の途中で和らいでいき、私に報告に戻ってきたときには、もう仲裁は済んだかのように見えた。

 

「終わったわよ。一応、顛末については聞いて、それなりの形に収めたから。そこまで複雑な事情でもないから、端的に言うならすぐに済む話なんだけど」

「はい。ともかく、詳細について拝聴しましょう。メイルの話しやすいように話してください」

 

 なんというか、案の定。メイルが伝えてきた一件の類似例と言っていいらしい。彼女も『終わったことだから聞き流しても良いわよ』と前置きをするくらい、その流れは単純だった。

 またゼニアルゼ商人が関税の高さに辟易して、門の衛兵に抗議する。その衛兵の上司が出張ってきて、商人を拒否する。賄賂の話がどうこうと、揉め事の雰囲気になったところで、こちらが割って入った形になったとのこと。

 

「雑感として、ゼニアルゼ商人は金を惜しんだのも事実だけれど、ゴネたときの相手の対応を探っている感じがしたわね。私の方からちょっと強く押してみたら、すぐに退いてきたし。……うちの会社と事を構えるつもりはなくて、ただ東方都市の関所が、どの程度の融通を利かせてくれるのか、試しているような感じがあったわ」

「試し、ということは、本気で揉めている感じはなかった?」

「そうね。仲裁に行かなくても、こっちの方は勝手に収まったんじゃないかしら。……とすると、問題は先の一件だけね。幸先は悪いけれど、厄介事を引きずったまま取り掛かることにならなくて、まずは一安心かしら」

 

 実際、前例程ひどい形にはならなかったのは間違いないのだが――。結果として仲裁して事なきを得たものの、揉め事を起こした時点で、しこりは残る。

 繰り返されるようなら、ゼニアルゼ商人は東方社会での信用を落としていくことだろう。

 

「……シルビア妃殿下の差し金にしては、いささか稚拙ですね。とすると、個人の商人が勝手にやっている? いや、むしろゼニアルゼの商工会の方が、妃殿下の意図を無視してやっているのか――?」

「モリー、悩むのはいいけれど、さっさと街の中に入ってしまいましょう。残してきた連中がどうなっているか、私は早く確認したくて仕方がないんだから」

 

 それもそうだとばかりに、メイルの誘導にしたがって、都市の中へ。モンテクァはドヴールほど交易に力を入れていないが、それは比較対象が悪すぎるだけで、商業が盛んな都市であることに変わりはない。

 街中に入ると、ゼニアルゼを思い出すような、にぎやかで華やかな市場が目についた。

 時間が許すなら、かつてのように市場調査もやっておきたかったのだが、今回は流石に自重する。

 

「それで、ここですか」

「ええ。私達の商隊と、件の問題を起こした馬鹿どもはここにいる。……まとめておいた方が、監視もしやすいしね。とりあえず、何かしら変化がなかったか、留守を任せてた連中に聞いてきましょう」

 

 東方会社が確保している宿舎は、それなりに見栄えが良く、大きなものだった。

 おそらく、尋問に不可欠な、秘匿性の強い個室もいくつか用意されているのだろう。そうした準備の良さに関して、私はメイルや他の妻たちを疑ったことはない。

 

「問題がないなら、尋問はすぐに始めましょう。……私が立ち会っても?」

「てっきり、貴女がやってくれるものと思っていたわ。元特殊部隊副隊長殿?」

 

 かつて振るった手腕を期待している――だなんて。そんな風に言われてしまったら。

 夫として、元特殊部隊員として、手抜かりなんて許されないじゃないか。

 

「出来る限り、手を尽くしますよ。……ご期待とあらば、是非もありませんね。ええ、ええ」

 

 なるべく穏当に済ませたいから、ゼニアルゼ商人たちには、素直さを期待したいところだった。 民間人であれば、尋問に対する訓練など受けていないだろう。

 であれば、情報など抜き放題で、事後の行動も誘導させようと思えば不可能ではあるまい。

 ここでの仕事が今後に響くと思えば、なおさら失敗は許されない。そうした気構えで、私は眼前の課題に取り組むのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイル立会いの下、ゼニアルゼ商人と、その護衛達の尋問を終える。

 割とサクッと終わらせる形になったが、尋問を進めるにつれ、一番の問題はこいつらの行動自体ではなく、その背後にあるのだと悟ってしまう。

 

『関税がどうこう、というのはただの口実。東方国家では賄賂が幅を利かせているという話なので、実際にどこまで有効か、手近な都市から検証していくことになった。自分は貧乏くじを引かされて、実行する側に回ることになったが、それで実際に関税を大目に見てくれるなら、儲けものと思った』

『暴力にまで及んだのはわざとではないが、相手がそれだけ居丈高で、傲慢だったことも考慮してほしい。煽られて黙り込むと舐められる。やりすぎてはいないし、ちょっとした打撲程度、子供でも我慢できることだ』

『最悪でも積み荷の没収で済むと見込んでいたから、そこまで悲壮感は持っていない。損失分は補填してもらうことで、ゼニアルゼの商工会から話はついている。ただし、結果については虚偽の報告など許されない。今回の件については、最初から最後まで見聞きしたものを正直に明かすつもりだ』

『ところで、東方会社は何の理由でこちらの事情に首を突っ込むのか。話せることは話したし、そちらには関係ないことなのだから、すぐに開放してほしい。騒動を起こした責任として、関税に上乗せして個人的な付け届けをしても良い。だから、余計なことはしてくれるな』

 

 以上。これが、今回の騒動を起こした、ゼニアルゼ商人とその護衛連中を含めた者たちの証言である。

 まとめてしまえば、何とも盗人猛々しいというか、悪びれることなく堂々と主張するあたり、確信犯的なものを感じて仕方がない。

 

 一番重要なのは――あくまでも紳士的に、脅迫や暴力など用いるまでも無く、彼らは必要な情報は自発的に吐き出してきたということ。

 これは私の技量が優れていたわけではなく、初めから抵抗する気などなかったとしか思えない。私の名を出した時点で、あちらは覚悟を決めてきたのだろう。

 状況が思ったより大きく変化したと感じ、迷いなく正直に裏事情まで口にしたゼニアルゼ商人たち。情報を分析すれば、なぜそうなったのかは、おおよその想像はついた。

 

「……相手の隙を見つけて、その弱みに付け込むなら今しかない、と。いやはや、どちらにも言えることですが、これは他山の石にしなくてはいけませんね」

 

 命知らずの商人が馬鹿をやることは、ありうると考えていた。東方会社の進出と業績の大きさ、事業の手広さに危機感を覚えた連中が、焦って行動することは予測できた。

 それ以外のまともな商人が大多数であれば、少数の愚か者を排斥するのは、難しくないはずである。

 けれど、その手の馬鹿が大挙して行動する可能性があるとしたら、我々はいかなる対策を行うべきなのだろう? しかも、軽率な行動の裏に、明確な意図があったとしたら?

 彼らが堂々とゼニアルゼの商工会について、はばかることなく口にしたこと。その事実は大きい。ゼニアルゼ東方会社の設立を前にして、出来ることはなるべくやっておこうという方針であろうか。

 私はモリーだけを呼び出して、自らの判断を語ることにした。

 

「それで、モリー? 尋問を終えたところで、貴女の判断を聞かせてちょうだい。私は、どうしたらいいの?」

「メイルは、このまま商隊を率いて、通常業務に戻ってください。そちらの仕事を終え次第、帰還するように――と、まあ、いつも通りに過ごしてくれれば大丈夫です。後は、こちらで全部やっておきますから。……彼らについては、すぐに釈放手続きをお願いします」

「こんな即座に開放しちゃってもいいの? 関税の上乗せ位じゃあ、絶対に懲りないと思うんだけど」

「拘束し続けたところで、なにも良いことはありませんよ。殺人を犯していたならただでは済まさない所ですが、ちょっとした暴行程度であれば、まだ飲み込む余地はありますし――何より、あいつらは末端の実行犯に過ぎません。とにかく連中にはお帰りいただいて……迷惑をかけた名士の方には、金銭で手を打ってもらいます。代金はとりあえず立て替えておいて、後でしかるべきところに請求しましょう」

 

 元から率いていた商隊については、私との話が終わり次第、メイルに任せて仕事を続けてもらうとしよう。

 私の判断が正しければ、これは政治闘争になる。彼女が関わるほどの価値はないし、こちらで対策をたてれば、それで済むことだと考えた。

 

「ほんとにそれでいいの? ――って、ああ、そう。シルビア妃殿下関連なのね?」

「正確には難しい所ですが……ゼニアルゼ関連の件であることは間違いないので、メイルには現場の方を頑張ってもらいたいのです。もし、双方にしこりが残る結果になっても、現場にその雰囲気を持ち込ませたくはないので」

「私が関わる方が、面倒になる可能性があるってわけね、わかった。――モリーも各所に気を遣う立場だろうし、色々と大変ね」

 

 これからどんな工作を行うのか。メイルには何も語るつもりはないが、なんとなく雰囲気で察したのだろう。

 突っ込んだことを言わないのは、彼女なりの気遣いだと私にはわかっていた。

 

「それでも、尋問でどんなことを聞いたのか、相手が何をしゃべったのか。それくらいは、聞いても良いでしょう?」

「はい。――まあ、単純な話ですよ。聞いて面白いことではありませんが、知識として覚えておいても、損にはならないでしょう」

 

 そうして、メイルにも尋問内容を簡潔に話して聞かせつつ、今後の展開について、策を練る。

 シルビア妃殿下と、ゼニアルゼの商工会との間に、何らかの軋轢があるのか。あるいは、ただ単に意思の疎通が難しくなっているのか。

 あの方ほどの周到さを感じないので、問題があるとしたら商工会の方だと思うのだが。

 いずれにせよ、その隙こそを突くべきだ。弱みに付け込むつもりで、自らの弱点をさらす。 そうした脇の甘さに付け込まないでいられるほど、東方情勢は甘くない。

 

「本当、私は周囲の環境と、人間関係に恵まれていますね」

「なによ、いきなり」

「メイルが騒動に巻き込まれたことで、色々と察せられました。もし、今回の件がなければ、ゼニアルゼの動きについて、把握が遅れたことでしょう。――そうなったら、簡単に納められる範囲を超えていたこと、間違いありません」

「私の運がよかったって話?」

「正確には、私達、ですね。メイルが幸運だったというなら、私自身が幸運に恵まれたのと同じことです。――夫婦と言うものは、運命共同体といってもいい。個人的には、そう思うのですね」

「モリーも、恥ずかしいことをサラッと言えるようになったものね。それに慣れた私も、色々と毒されているのかしら。……いいんだけどね、もう」

 

 メイルが照れている姿も、また普段とは違う魅力が出ていて、心が華やぐようだった。

 そうして充分に目と心を楽しませ、活力を得たならば、行動の時だった。

 メイルと商隊を送り出しつつ、私は私で動くとしよう。――何、そう時間はかからない。ドヴールのザラやクッコ・ローセを心配させるほど、遠出はしないつもりだった。

 なにより、手近なところにゼニアルゼの暗部とのつながりがある。クミンとの人脈を利用しない手はないと、私は考えていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 クミンは『天使と小悪魔の真偽の愛』において、東方の支社長としての地位を確立していた。

 れっきとした幹部であり、相応の責任と権限を持つ。――その威光は、もはやドヴールにとどまらず、近隣都市の風俗街にすら及んでいる。

 その上で、組織の支配者たるシルビア妃殿下との直接的なつながりもあるのだから、私とはまた別の意味で東方の重鎮と言えた。

 

 彼女の伝手をたどるために、私は一旦ドヴールに帰還して、すぐに支店へと向かい、彼女と顔を突き合わせた。

 帰宅する手間すら惜しんで、彼女の元に行ったものだから、ザラやクッコ・ローセには悪いことをしたと思うが――。

 それだけ速度が重要な仕事なのだと理解してくれるだろう。家族サービスは、後日と言うことでお許し願いたいところである。

 

「モンテクァではご苦労様です。あちらで迷惑をこうむった方々と名士さんには、こちらからも詫びを入れておきますから、禍根を残さずに済むでしょう。そこは、ご安心を」

「ありがとうございます。……クミンの仕事の早さには、感動を覚えますよ。ええ、本当によくやってくださいました」

「いえいえ。お金だけでは、なかなか人は恨みを捨てられないものですからね。モリーさんのフォローができたなら、こちらとしても嬉しいことですよ」

 

 私から情報を流したわけではないし、メイルが個人的に彼女と連絡を取ったとも思わぬ。

 クミンは、自身の情報網と人脈をもって、私より早く事態を知ったのかもしれない。いや、それはブラフで、これからやるべきことを、さも『やっておきましたよ』と偽っている可能性もなくはない。

 とはいえ、彼女が私に対して有益な仕事をしてくれているのは事実。クミンの言葉をありのままに受け入れ、礼を言うのが正しい態度と言うものだろう。

 

「では、もしかして私がお求めの商品も、すでにご用意されているとか?」

「どうでしょう。モリーさんは多くのモノをお求めでしょうからね。何が用意できて、何が用意できないものか。――まず、そちらの希望する商品を話していただいてから、改めて検討したく思います」

 

 クミンの立ち位置は、我が家の中だけでなく、東方会社においても特殊なものだ。

 東方会社の風俗店経営者という顔を持ちながら、『天使と小悪魔の真偽の愛』幹部であり、ドヴールの裏社会では一種の権力者としての地位を保っている。

 さらに付け加えるなら、私とは別に『顔役殿』との連絡手段を確保している、いわば異分子ともいえる役割も持っていた。

 ここまで複雑な立場でありながら、仕事における不手際を犯した記録がまったくない。私だって、クミンが失敗した実例など、一つも知らないのだ。

 

「一つ目の希望は、ゼニアルゼ商人のつながりについて。貧乏くじを引いて、東方で問題を起こした奴がいる。――彼が持ち帰った情報をいかに伝達し、いかに活用するか。その流れについて、詳しく知りたく思います」

「ご希望は複数、と。何とも強欲な旦那様ですが、なればこそ答え甲斐もあるというものでして。――それなら、すぐにでも答えられますよ」

 

 元ハーレム嬢のクミンであるが、その才気は本物であり、男としてしかるべきところに生まれていたら、今頃シルビア妃殿下の右腕になっていても可笑しくないと思う。

 そんな彼女に、下手な詭弁やブラフは逆効果だ。今更あれこれと気を回すような関係でもないし、素直に甘えても良い場面だろう、これは。

 

「ついでに、シルビア妃殿下の御威光がどの程度効いているのか。その辺りについても、答えてくれると助かるのですが」

「欲張りセットですね。これはもう、特別料金を取っても許されると思うのですが」

「必要な分を請求してください。私も今は東方会社の代表を張っておりますので、財布も大きくなりました。――クミンが本当に必要だと思う分だけ、払ってあげられますよ」

「阿漕な額を求めたら、貸しにするつもりなんでしょう? 後が怖いので、適正価格でお届けします。請求書については、また後日に。……とりあえず、最初の問いから答えていきましょうか」

 

 クミンは素面では答えられぬとばかりに、軽く酒を入れてから口を開いた。

 私の方にも勧めてきたが、流石に丁重に断らせていただく。

 

「お堅いのは、変わりませんね。――失礼。話を引き延ばすのは、やめましょう。ゼニアルゼ商人のつながりについては、首都にある商工会が、だいたい取り仕切っていると考えてくれても良いですよ。このドヴールの商工会のような、緩やかなつながりではありません。それこそ軍隊じみた厳格さで、会員たちを統率しています。一部の商人に貧乏くじを押し付けて、それを実行させるくらいの能力は、確かに有しています」

「ならば、あれらの商人個人の狂言である可能性は、それで消えましたね。――続きを」

「商工会が情報を握る関係上、その利用も限られた地位にいる者たちが独占する形になります。――人の口に戸は立てられぬ、とは申せど、徹底して情報を絞れば、流出は最低限でしょう。今回の件に限るなら、東方でどんな馬鹿がやらかしても、ゼニアルゼ商人がそれを認識するのは相当後になると思います」

 

 ゼニアルゼでは、商工会がかなりの部分を強権で振り回しているということか。素直に従うような連中ばかりではないと思うが、情報を独占しているなら既得権益を守ることも不可能ではないのだろう。

 末端の商人に割りを食わせても、大多数に恩恵を与えるなら、まず黙認される。今回の件もそれにならったのだと思うべきか。

 

「結果として、馬鹿をやらかす連中が増えたとしても、商工会はそれを制御することはない。そう考えて、間違いないですか?」

「そうですね、それが後の布石になるなら、あいつらは躊躇わない。商工会の性質上、この辺りは断言してもいいくらいです。……引き続き、シルビア妃殿下の御威光について。恥ずかしながら、確定的なことは何も言えません。というのも、妃殿下の目論見を読み切るのが難しいので、どこからどこまでが謀略なのかわからない。一部とはいえ、商人の勝手を放置するに任せている理由についても、こちらにはまったく知らされていないのですから。個人的に分析するほか、ないと考えます」

 

 あの人のことに関しては、下手に読み切ろうとする方が馬鹿を見る。

 妃殿下の能力は異次元の領域であり、私などが理解しきれるなどと、うぬぼれるほうが問題だ。

 多少なりとも理解が及ぶ、という程度で満足すべきだから、クミンの答えにも不満はなかった。

 

「シルビア妃殿下の謀略で、商工会が動かされているという可能性。それもまた、除くことはできませんが……なんとなく、妃殿下らしくない策とも思えます。商工会が勝手にやっていると考えた方が自然でしょう」

「とはいえ、妃殿下が勘づいていないとも思えない。そこは、モリーさんも同感だと思いますが?」

「はい。しかし、積極的に後押しはしないにしても、黙認するだけの理由はあるはず。――だから、ここで重要なのはゼニアルゼ商工会の思惑ですね」

 

 ゼニアルゼは、これから東方会社を設立しようという微妙な時期である。

 単純な利益だけではなく、商工会が思い切った手段を取る理由は他にもあるように思えるが、流石にこれは遠方であれこれ考えてわかることではない。

 実際に乗り込んで問いたださない限り、真実は見えぬだろう。今回の騒動は、東方国家に対する一種の挑戦でもあったが、それ以上に我が社の対応力も見定める役目を持っているのではないか。

 競争相手の能力を図り、今後の対策とする。そのために荒事さえ許容するなら、ゼニアルゼの商工会は、こちらと敵対することすら視野に入れているように思えた。

 

「あえて騒ぎを起こし、こちらの動向を探っているとするならば、将来的にはもっと大きな謀略を企んでいるとしてもおかしくありません。もちろん、これは極端な結論であって、必ずそうなるとは限らないのですが……」

「――と、言われますと?」

「ゼニアルゼ商人が、東方交易を独占するために、東方会社への攻撃を開始するかもしれません。謀略か、暴力か。いずれであっても、おかしくはないでしょう。……手段を選ばず、こちらの評判を落とそうとしている。そんな雰囲気が感じられますね」

 

 極論と言えば極論だが、最悪を想定するならそういう結論が出る。

 ……過激なことを言って、クミンの反応を見るという意図もあるのだが、そちらはあまり期待していない。

 なにかしらの愚痴でもこぼしてくれたら、ありがたいとは思うが。

 

「攻撃とは穏やかではないですね。――しかし、だとしたら、私の方からは何も言えなくなります」

「おや? それはまたどうして」

 

 私がそう聞くと、クミンは苦い顔でこう答えた。

 

「知っての通り、私が情報において優越しているのは、シルビア妃殿下とつながっていること。『天使と小悪魔の真偽の愛』という組織に所属していて、幹部階級にいることが大きいのですが。必然、ゼニアルゼとのパイプも強く太いものになるわけで……。言っては悪いですが、あちら側の束縛も大きくなってしまうのです」

「割に、色々と話してくれてますけどね?」

「モリーさんは身内ですから――というのは、冗談です。正直な話、束縛と言うのは金銭面ですね。ゼニアルゼの商工会には、こちらの活動資金に結構な額を投資していただいております。……あちらの意向に従わない行動を取った。そう判断されて支援が打ち切られた場合、我が組織は経済的に大損害を受けてしまいます。なので、私個人の事情で、バレるほどの大きな動きは出来ません」

 

 身内に対して、愚痴をこぼすような形で情報を提供するのが限界である、とクミンは暗に伝えてきた。

 しかし、そこまで内情を吐露してくれたのなら、やりようはいくらでもある。

 

「バレてみますか、あえて」

「えっ」

「損害は、東方会社が補填する、と言えばどうでしょう。それでも、ゼニアルゼの商工会は『天使と小悪魔の真偽の愛』への資金投入をやめるでしょうか? ……出来ないと思うんですよね、どう考えても。最悪、あちらの紐付きであったものが、こちらの手駒になってしまう。そんなもの、ゼニアルゼの商工会は受け入れるはずがない。――うん、この辺りも含めて、ミンロンと直接会って話をすることが増えましたね。初めての共同作戦を申し込むことも、そろそろ考えても良い頃です」

 シルビア妃殿下と対決する舞台まで、その話は秘めておいたほうがいいだろう。

 とりあえずの糸口はつかんだ、と思えば、むしろ気分が明るくなる。もっとも、この感覚をクミンと共有するのは、流石に無理だろうが。

 

「共同作戦? ……物騒に聞こえるのは、私の気のせいでしょうか」

「最終目的は、ゼニアルゼと言う国家そのものに、いわばシルビア妃殿下に譲歩を迫ることですからね。クミンの立場では、物騒に聞こえても仕方がないでしょう」

「は? え? ……なんです、それ。割と唐突な話に聞こえるのですが」

「唐突に言いましたからね。クミンの戸惑った姿を見るのも、たまにはいいものです。――しかし、ミンロンと会うときは、いつも通りにひょうひょうとした態度でお願いしますよ」

 

 クミンとミンロンはこれまで深く関係を持つことはなかったが、何がきっかけで必要になるかわからないのが人脈と言うものだ。

 いずれ、引き合わせる必要があるだろう。まずは眼前のごたごたを収めてからになるが、数年先を見据えるなら、『天使と小悪魔の真偽の愛』と『東方会社とミンロン商会』がつながりを持つことは重要だ。

 複合的な政策について、私の頭の中にはいくつもあるのだが、今から口に出すようなことではあるまい。シルビア妃殿下とは、改めて会談を行うことになるだろう。譲歩を引き出すのは骨が折れるが、何も私一人の力でやることではないのだ。

 今から緊張するようなことでもない。私はクミンと目を合わせて、安心させるように柔らかに語り掛けるだけでいい。

 

「あ、クミンは何も心配しなくていいですよ。普通に仕事をしていてください。必要な時には呼び出しますし、大事な商談であれば私も同席しますから。――家に帰った時、私をたまに癒してくれたら、それで充分ですよ」

「……大事なことを知らせるのも、余計なことは伏せておくのも、貴女なりの愛情と言うことですか。いいんですけどね、別に」

 

 クミンも、それ以上は深く聞かなかった。余計なことまで言わねばわからぬほど、浅い間柄でもない。

 お互いに思うところはあれど、愛情を確認し合うことを躊躇う段階は過ぎている。

 今日は我が家に帰らないことは、すでに伝えてあった。だから、朝までクミンは私と過ごすことになる。

 

「今夜は、私がリードしても良いですよね? モリーさん」

「どうぞ、ご自由に。今夜ばかりは、貴女だけの私です。求められるだけ、応え続けましょうとも」

「では遠慮なく、あれこれと思うが儘に、モリーさんを堪能させていただきますよ。……性的搾取だなんて、後で抗議しないでくださいね」

 

 諦めをもって、クミンの欲望に応える。彼女へ求める仕事の大きさを考えれば、それくらい尽くして当たり前だと思うのです。私の持っているもので、貴女が欲しいものがあるというなら、いくらでも与えましょうとも。

 これもまた、一種の奉仕行為であるのだと、私はもう割り切っていたのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミンロンとの伝手が、ドヴールには残っている。頭目商人に限らず、彼女は各所に耳目を残していた。

 個人商会を持っている、大手商人ともなると、それくらい情報には敏感になるものだ。その上、ミンロンには一族の身内からの情報網もあるのだから、その気になれば連絡を取る手はいくらでもあった。

 頭目商人が代表的な相手であることは確かなので、事前に伝えていたことが、ここで役に立った形になる。

 モンテクァでの諸事を済ませ、クミンと一夜を共にする。そこから通常業務をしながら、ミンロンの帰還を待つ。

 

 ――すると、数日ほどで彼女の方から一報を入れてきた。

 それに従い、ドヴールのミンロン商会を訪ねると、彼女はそこにいた。まるで私を待っていたかのように、スムーズに面会が叶い、応接室で話し合うことができたのである。

 

「ようこそ、おいでくださいました。モリー殿がお望みとあらば、私はいつでも歓迎しますよ」

「こちらこそお忙しい中、唐突な訪問にお答えくださり、ありがとうございます。――ミンロン様には、色々とお世話になっていますからね。何かと機会を設けては、お返しをしてあげたいと思っているのです。――今回の訪問は情報の共有と言うか、ゼニアルゼと東方のアレコレについて、お互いの態度を決めておきたいのです」

 

 ミンロンの表情はやわらかい。商会の経営がうまくいっているのもあるだろうが、何かしら個人的な事情で、嬉しいことがあったのか。

 なんにせよ、穏やかな会談ができるのなら、それにこしたことはなかった。

 

「それはそれは、興味深いお話です。――それはそれとして、覚えておいででしょうか。私が東方会社の特別顧問に就任して、三年ばかり経ちましたね。そろそろ私の扱いに対する結論も、出た頃ではないでしょうか」

 

 ミンロンの表情は穏やかだが、期待感もあるのだろう。私が否定的な答えを返すとは、まったく思っていないような顔つきだった。

 そして実際、この期に及んでは、私も彼女を受け入れるほかないと考えていた。

 

「……言葉にしていないだけで、共犯者扱いは充分にしていると思いますが。お抱えの職人を紹介したり、翻訳した書物は今も持ち込んでいますし――文化面での貢献を考えると、私達はこれからも事業を共にしていくべきだと思いますよ?」

「後戻りするには、お互いに関わりすぎましたね。……なればこそ、ここで言葉にしておくことが大事ではないでしょうか?」

 

 ミンロンが形式にこだわる方だったとは、今の今まで知らなかったが――。

 別段、不都合があるわけではない。言質を取る方から、言質を取られる方に変わってしまったと思うと、何やら感慨深いようでもある。

 

「わかりました。――ミンロン様は、私と共に名誉も汚名も担っていただきます。お互いの国家の為に、これからも尽力していくことを誓いましょう」

「具体的には?」

「特別顧問としての今は地位はもちろんですが、東方の宮廷に働きかけて、何かしらのお飾りの官職を、ミンロン様に差し上げましょう。――女性の高官は、おそらく東方国家においても初の例になる。権限のない名誉職になるでしょうが、肩書を得たという背景を利用すれば、様々な交渉の場で優位に立てるはずです」

「悪くない話ですね。しかしあえて注文を付けるなら、なるべく耳障りのいい官職を頂きたい。語感だけで相手を怯ませるような肩書であれば、より仕事がやりやすくなりますので」

「……善処いたしましょう」

 

 間髪入れずに実利と権限を問いただしてくるあたり、まさしくミンロンは商人だった。

 それくらい狡猾な人間であればこそ、引きずり込むことに意味がある。沈む時は共に沈むのだと思えば、どんなに大胆な行動だってとれるだろう。

 

「東西の融和事業については、こまめに連絡してありますし、モリー殿も進行具合はわかっているでしょう? ……本命の情報は、ゼニアルゼに関して、ということでよろしいですか?」

「はい。ミンロン様もゼニアルゼに商館を持っているのですから、さほど真新しい話ではないかもしれませんが――。あちらでは、ゼニアルゼが独自の東方交易のために、我々の後追いで会社を立ち上げる動きがある、とのことです」

「さしづめ、ゼニアルゼ東方会社、と言うべきものですか? 東方国家は、よそ者はよそ者として扱います。貴女がいるから東方会社はやっていけている、という部分がありますから、後追いしてもいい結果になるとは思えませんがね」

 

 どこの社会でもそうだが、身内とそれ以外、と言った形で、明確な線引きがあるものだ。

 特に東方では、それがより顕著な土地柄である。東方会社が総体としてどんなに尽力しても、私個人の名声――要するに『東方皇帝が直々に認めた臣下』である事実には敵わない。

 私が名義を貸しているからこそ、東方会社の職員は独自に交易が可能なのであり、首都における市場への進出ができているのだ。

 

 その事実は大きいと思うのだが、逆に言えば皇帝陛下にさえ認められれば、それでいいということでもある。意外とハードルは低いと思うのだが、ミンロンはまた別の見解があるのだろうか。

 

「東方皇帝に頭を下げて、どうか交易させてください、と言えば済む話ではないですか。あのお方は鷹揚だから、それで許可出るでしょうし。だから、私は今から危険視して、アレコレと頭を悩ませているのです」

「どうですかね。あれは、貴女であればこそ可能であったことだと、改めて申し上げておきます。……宮廷内で、衆人環視の下、屈辱的な土下座を繰り返す。とてもじゃありませんが、貴意の高いゼニアルゼ貴族、あるいは商人どもに、それが出来るとは思いません。たぶん、何かしらの理由を付けて、片膝を付くくらいで済ませようとするんじゃないですかね」

 

 そんな態度では、むしろ東方皇帝も宮廷勢力もへそを曲げるでしょう――と、ミンロンは断言した。

 

「……そんな嫌がりますかね? 頭を下げるだけで交易が許されるんですよ? 私としては、私的感情くらい押し殺して仕事しろ、と思うんですが」

「モリー殿は、私心を殺して奉公するのが当然、という感性が当たり前だと考えておられますね。――しかし、私から言わせてもらえば、そんなお題目を糞真面目に実行できるのは、西方広しといえどもクロノワーク騎士だけだ、と断言させていただきます。少なくとも、ゼニアルゼにおいてはほぼ絶滅している類の人間ですよ」

 

 だから、ゼニアルゼ東方会社、というべきものが生まれても、首都における商業自由権は許されない可能性が高い、とミンロンは見ているらしい。

 その自由権が許されないということは、東方の各地方における交易も大幅に制限されるということ。

 

 つまり、我々の東方会社の市場に割り込むことは、不可能と言っても間違いではないのだが――。

 やはり、私としては懐疑的である。うーむ。これは、私の日本人的な感性が働きすぎているんだろうか。

 

「土下座はタダですよ? それで儲けさせてくれるなら、なんで躊躇うんです」

「……東方外交とか、交易とかを一手に任させる重役と言えば、まず本国においても大きな影響力と地位を保っている家、もしくは派閥の出であると断定しても良いでしょう。そうした手合いは、面子を重視するものです。ありていにいえば、東方の田舎者どもに土下座して見世物にされた――だなんて事実が明るみになれば、派閥そのものから不興を買って、つまはじきにされるのです」

 

 クロノワークは質実剛健、名より実をとれ、という感覚が隅々にも行きわたっている国家だ。

 実利こそが全て、なんて身もふたもない価値観が王族にまで浸透しているから、私の行動もギリギリ受け入れられた。これがゼニアルゼなら大事になっていただろうと、ミンロンは言う。

 

「確かに問題はあるのでしょうが、王妃様は話せばわかってくれましたよ?」

「……モリー殿。誰も彼もが、無私の忠誠を王家に捧げられるわけではないと、まずはご理解ください。御恩と奉公も、限度があるのです。西方では、頭を下げるにも作法があり、手順がある。しかし、そんな西方の理を、東方国家が理解することはないでしょう。だから気軽に土下座を繰り返せと言い出せるし、こんなこともできないとは野蛮な連中だと勝手に見下しやがるのです」

 

 私が思っている以上に、東方での商業自由権は難しい問題だったらしい。どうにも理解は難しいが、ミンロンが言うならそうなのだろう、とひとまずは納得した。

 ……しかし、私よりも彼女の方が西方社会に詳しいというのは、どうにも気恥ずかしい感じがする。

 これまで、私は西方国家の何を見ていたんだ、ということにもなるから。灯台下暗し、とはこのことである。

 

「だとすれば、私の懸念は杞憂なのでしょうか。ゼニアルゼが東方国家に進出する前に、出鼻をくじかれるとすれば、我々の敵足りえない。現状維持が続くなら、何も心配せずに済むのですが」

「自分で信じてもいないことを言うべきではありませんよ、モリー殿。ゼニアルゼ商人の強欲さをかんがみれば、どうして現状に満足するでしょうか。東方会社の収益の大きさを尻目に、欲を出さずにいられるとは思えません。――結果がどうなるかはさておき、連中は確実に首を突っ込んできますよ。全財産をかけて、断言してもいいくらいです」

 

 信じてもいないことを言うな、だなんて。私も、そんな諫言をされるくらい、楽観主義に毒されていたのだろうか。

 いや、実際に指摘されたのだから、もう何一つとして楽観を抱くべきではない。そう思い直すくらいには、私もミンロンの見解を信じていた。

 

「とにかく、モリー殿。詳細について、情報交換をいたしましょう。その上で、私の意見が必要ならいくらでも提供します。――こんなこともあろうかと、時間は取ってあります。場合によっては、朝まで意見を戦わせることも、視野に入れてください。どうにも、この話し合いはお互いの生死に直結するような気がするのです」

「では、そうしましょう。ミンロン様の協力を確約できたのなら、こんなに心強いことはありません。お互いに、出来る限りの情報を交換しようではありませんか。そうして語り合って、運命を共にする覚悟ができたならば。――もはや、怖いものなどない。そうは、思いませんか?」

 

 私の行動は、多くの人の協力の下でなりたっている。

 ミンロンも、その中の一人だった。特に重要で替えの利かない、特別な人でもあった。

 

「本当、モリー殿は怖いお方ですよ。しかし、だからこそ退屈せずに済むし、安寧に甘んじずに済むともいえる。……私は、客家の中でも期待されていない子供でした。今でこそ成功していますが、昔はそれこそ、一族の中でも様々な形で屈辱を受けたものです。――ああ、いきなり何を語り出すのか、と思われるかもしれませんが、私にとっては重要な事なのです」

「いいですとも。思うがままに、お話しください。私は、ミンロン様の支えになりたい。貴女の為になるのなら、いくらでも聞きましょう」

 

 ミンロンは自ら心情を吐露するくらい、私は彼女にとって大事な存在になれているのだろうか。

 だとしたら、光栄なことだと思う。共犯者としては、誇りにすら思うべきだった。

 

「そんな複雑な話ではありませんよ。――油断ならない、覚悟を決めて付き合わねばならない相手というのは、私にとっては貴重なのです。その上、明確な利益を提供して、しかも共倒れすら許容できる相手など、そうそう得られるものではありません。だから、私はモリー殿に感謝しているのですよ」

「お褒め頂き、恐悦至極。ミンロン様の評価は過分成れど、光栄に思います。東西融和と言う、特別に難しい課題を与えている分――貴女からの感謝は、また格別に価値が高いものですから」

「私たちがわかり合うことが、何よりも東西融和の第一例となりうるから、ですか?」

「それ以上に、大きな課題を共有する盟友として、理解と好意はそれだけで嬉しいものです。立場を超えた友情というものは、これでなかなか貴重なものなので」

「ああ、まさに。……いえ、繰り言はよしましょう。ただ一つ、お答えするならば、私にとって東西融和という課題は、そこまで苦しいものではないと言っておきます」

 

 難しくとも、苦しくはない、とミンロンは言う。そこに頼もしさを感じるが、意外でもある。

 

「モリー殿と出会って、投資を続け、恩を返す形で儲けさせていただき、今があります。……貴女がいなければ、私はただの成功した商人として終わっていたでしょう。名を残すなど、思いもよらぬことだったはずです。名誉欲と言うものを思い出させてくれたことで、かえって辛さを感じることがないとは言いませんが、それでも。――やはり、やりがいを感じるところが大きいのですね」

「ミンロン様……貴女は」

「生きていれば、辛いこともありますよ。弱音を吐くこともあるでしょう。……しかし、生き甲斐を得ること以上の幸福は、他にないとも思うのです。それは、モリー殿も同じではないですか?」

 

 ミンロンの言葉には、頷くところが多い。彼女とて、ただリスクを背負うばかりではない。

 欲しいものを得るために、行動する。その行いに、迷いはないのだろう。

 

「ええ、ええ。それは、そうです」

「諸々の結論がでましたね? では、仕事を続けましょう。――当初の予定通り、情報の共有と今後の対策について。この東方会社特別顧問たるミンロンが、出来る限りのアドバイスをしようではありませんか」

 

 そうして、私達は一日中語り合った。途中から乱入してきた妻たちも入れて、随分と濃ゆい対談になったと思う。

 結果としては、決意を固める理由付けを見つけられたとか。シルビア妃殿下と正面から向かい合うこと、その重要性を再認識したとか――。

 実際的な対策よりは、心理的なものが大きな話し合いになったのだけれど。私にとっては、それで充分だった。

 

 充分なくらいに事前に材料がそろっていて、後は詰めに行くだけ。情報の共有は、確信を私に与えてくれたというだけだったが、それがまさに最後のピースであったともいえる。

 ミンロンと私、それから妻たちの共同戦線が成り立つこと。ゼニアルゼという国家、シルビア妃殿下へ譲歩を迫るのに、それは大前提であるとも言えたから。

 

 

 結論を出した後、私はただ一人、休暇を取ってゼニアルゼに向かうことにした。

 申請と準備に数日を使って、妻たちに送り出される形で、私は旅路を進む。

 ゼニアルゼの国境をまたぎ、王城に入るころには、すでに覚悟は決まっていた。

 

 東方会社の、あるいは東西の歴史が、ここで決するかもしれない。シルビア妃殿下との対決は、それだけ大きな影響を及ぼす。

 そう思って、私はおそらく最後になるであろう、交易と外交の場の決戦に挑むのでした――。

 

 




 なんだかんだで、ここまで冗長に続いてしまいました。
 しかも、見直しが十分ではないので、後で大きく書き直すかもしれません。
 そうなると、さらに完結が伸びてしまうかも……。なんて、どうにもならない不安を感じています。

 物書きとしての未熟さを痛感するばかり。とにかく次回で終わらせるつもりで執筆しておりますので、今しばらくお待ちください。

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