24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 今回の投稿で、物語は一応の完結を見ることになります。
 後日、ちょっとした付け足しのエンディングを投稿するつもりですが、お話自体はここまで、という形になるでしょう。

 ここまで付き合ってくださった、読者の皆様方に、心からの感謝を。


これからの世界と未来に関わる、結びのお話 【下】

 

 ついに外交の時間である。私は今、東方会社代表として。そして、クロノワークの外交官として、特別な立場を得て、シルビア妃殿下の前に居た。

 そうである以上は、相応の格式も必要になるし、そのための準備も入念にしてきてあった。

 

 外交官の資格については、私が代表としての仕事を続けているうちに、必要になる場面(東方国家との交易の折衝、宮廷に呼ばれたときの為の肩書として)があるため、名目として下賜されている部分が大きいのだが――。

 そのおかげで、こうしてシルビア妃殿下と単独で相対し、公式に外交問題を問いただせると思えば、意味は確かにあったのだと思う。

 

 これまでも会談に参加できていたが、今回は私が能動的に政治に関わり、国家的な声明発表のために動けているのが、一番大きな違いだろう。

 そのため、今回はクロノワークからも文官を連れてきている。両国間で記録を付け、正式な共同声明として発表するための下準備と言うわけだ。

 これには流石ににシルビア妃殿下も鼻白んだのか。まず第一声は、私の変化について指摘してきた。

 

「随分と物々しい立ち入り方をするようになったのう。騎士の正装ではなく、外交官の制服を着てやってくるおぬしの姿は、なかなか新鮮じゃな」

「申し訳ございません。東方会社とゼニアルゼの東方交易に関する折衝は、外交そのものなのです。東方会社はそもそもクロノワークとホースト、ヘツライらの西方各国が寄り集まって出来た、まったく新しい商業組合のようなもの、なのですから。……クロノワークの一騎士の立場では、シルビア妃殿下と対等の話し合いができないのです。形式も作法も、それ相応のものになること。どうか、ご理解ください」

 

 時間的には、おおよそ三年ぶりと言っても良いのだが、感覚的には最近会ったばかりのような気もするから、不思議である。妃殿下も同じような気分だろうから、違和感を口にしたくなる気持ちもわからなくはなかった。

 それでも、この世に変わらぬものなどない。私の地位も妃殿下への対応も、時勢次第でどうにでも変化するのだと、私は暗に伝えた。

 それがわからぬ彼女ではないから、ここに至っては理解を示してくれた。

 

「対等、か。出世は人を変えるというが――うむ。まあまあ、良いのではないか? わらわと渡り合うにはまだ不足じゃが、一応の格好はつく。そうであろう? 大臣」

 

 東方会社からは、私一人が参加する権利を持つ。そうした外交的な会談の中で、ゼニアルゼは妃殿下の他にももう一人、参加を許されている者がいた。

 それが、ゼニアルゼの大臣殿。私とも顔見知りであり、近年はちょっとした書簡のやり取りをするくらいには、親しくなった相手でもあった。

 

 ちなみに、今回の件に関してはすでに報告済みだが、あちらからの返信はなかった。

 ……大臣殿も、相当複雑な立場にあるらしいと、なんとなく察する。

 

「はい。ああ、私はゼニアルゼの大臣ではありますが、ゼニアルゼ商工会の立場から話に参加させていただきます。――というのも、最近になって商工会会長の地位を兼任することにもなったので、そちらの視点からモノを述べた方がよろしいと思うのですな」

「……こやつめ、いつのまにか商人に媚びを売っておってな。ちゃっかりと商工会との関係を作りおった。わらわに対しても、事後報告で済ませる有様ゆえ、どこまで増長しておるかわからん。国益にならぬなら、とっくに罷免してやるのじゃが」

 

 ゼニアルゼで高位の官職にある、あの大臣殿が商工会の会長となる。民間企業の代表たる地位と、大臣職を兼任するという、珍しい立場にあるのだから、私も初めて聞いたときは驚いたものだ。

 しかし、これからのゼニアルゼを思えば、商業的暴走を食い止めるためにも、大臣殿がその地位にあるのは悪くないと考える。

 

「妃殿下。ここはすでに公式の外交の場にございます。――私相手とはいえ、あまり砕けた言い回しはよろしくありませんな」

 

 大臣殿の指摘に対して、わかったわかった、とシルビア妃殿下は面白くもなさそうに言った。

 罷免は流石に言葉が過ぎたと思ったのだろう。私の方にも、微妙な視線を向ける。意味を悟った私は、あえて説明口調で答えを返した。

 

「書記官。まだ会談は始まる前なので、今の会話は記録しなくてよろしい。――ゼニアルゼの側も、それで構いませんね?」

「――はい。なんとも、申し訳ない。うちの妃殿下は、解決すべき事案をいくつも抱えておりましてな。……身内相手には、気を抜いてしまうこともあります。クロノワークの皆様方においては、どうか、そこをご理解いただきたい」

 

 どっちも身内なんだから、多少の粗相は言われなくても見逃せよ、と大臣殿は釘を刺してきた。

 ええ、ええ。わかっておりますとも。だから会談が終わったら、お互いに記録した文章を見せ合って、公開時に問題が残らないよう調整する時間だって作ってあるんだ。

 

「委細承知しております。――今回話し合うべきは、ゼニアルゼの国是である商業発展が、逆にお互いの利を損ないかねない所にまで来ているので、その懸念を解消する為のものです。端的に申し上げるなら、東方交易における利益の差配について、お互いに検討し合うことになります。とにもかくにも、貿易摩擦がお互いの身を焼く前に、まずは話し合うことで頭を冷やそう――というのが最初の課題ですね」

 

 モンテクァにおける、ゼニアルゼ商人の狼藉については、すでに情報が伝わっている。

 シルビア妃殿下はこれを憂いているから、私の呼びかけに応えてくれたのだ。しかし、大臣殿にはまた別の思惑があるようで――。

 

「商工会の命令で、ゼニアルゼ商人が問題を起こした。――それが、今回の外交折衝のきっかけである、というのは把握しております。この命令は、私が出したものではなく、前任者の浅慮によるものです。しかし、商工会にも言い分はあるのだと、ご理解いただきたい」

「自らの行動を正当化する、何かしらの理由がおありだとおっしゃられる。――結構、大臣殿の理屈をお聞きしましょう」

 

 書記官に目配せし、ここからは記録を付けていくようにと合図する。

 それを大臣殿も察していたろうが、自ら主張することは変えようと思わなかったらしい。きわめて率直に、彼は切り出して見せた。

 

「東方交易が、東方会社の独占物になりかねない事態について、我々は憂慮しております。なるほど、確かにゼニアルゼ商人は挑戦的でありすぎたのでしょう。ですが、その根底にある不安について、東方会社はあまりに無頓着でした」

「まるで、我々の方に非があるような言い方をなされますね? 大臣殿」

「誤解なさらないでください。これまでは無理解だった。しかし、これからはお互いに妥協し合うつもりであると、その為の話し合いではありませんか? いずれにしても、最後通牒を突きつけ合うような関係性ではないはずです」

 

 私の口撃を速やかにかわして、逆撃を仕掛けてくる。

 反撃はやりすぎない程度で。しかも、こちらの極端な態度を抑止するような言い回しは、大臣殿が外交巧者であることを示していた。

 

「肯定します、大臣殿。その上で、そちらの主張の続きを聞きましょう」

「ありがとうございます。――憂慮すべきは、ゼニアルゼ商人が、東方交易を東方会社に依存しつつあること。我々が確保していた既存の販路も、近年は次々と東方会社への取引に置き換えられつつあります。……そちらの言葉を借りて端的に申し上げるなら、東方の市場の方が、ゼニアルゼを締め出しつつあるのですぞ? 我が国の商工会が、東方交易の既得権益を乗っ取られているように感じても、それは致し方のないことでしょう」

「乗っ取りとは人聞きの悪い言葉です。自由に参入できる市場であれば、常に競争が働くもの。顧客を選ぶ自由もあれば、業者を選択する自由もある。違いますか?」

「概念の話を、今はしておりません。我々は危機感を抱いているのです。今得ている利益の幅が狭まり、将来的に消えてしまうのではないか、と。――所属している商人の感情に対し、私は会長として、応えねばならぬ義務があるのです」

 

 理屈ではなく感情で応えてくるあたり、ゼニアルゼは本気で追い詰められているらしい。

 私はミンロンとの最後の情報交換において、ゼニアルゼの東方交易事情についても聞き出していた。

 おおむね、今の大臣殿の発言通りの内容であったから、裏付けは取れた。三年の年月と、社会改革のスピードは、私達の関係をも変えてしまったのだろう。

 

 今はまだ深刻な段階ではないが、もはや生ぬるい付き合いが続けられる状況ではなくなったと言える。

 先伸ばしし続けてきたが、ようやく東方会社は、正しくゼニアルゼの商売敵となりつつある。

 楽観論は、この場においては不要だった。このまま敵に回すくらいなら、もっと極端な手段をもって、仕掛けてもいい。前提から確認するように、私は語り掛けた。

 

「……東方会社は、ゼニアルゼ商人から商品を買い取って、それを東方市場に流す仕事も請け負っています。そちらの儲けを加えても、我が社への不満が大きいとおっしゃられるのでしょうか?」

 

 以前より進めていた、ゼニアルゼの大規模農場はようやく軌道に乗り始めているところで、最近は取引量も増えていた。来年は、さらに大きくなる見込みである。

 もちろん、私はそれをさばく市場を用意しているわけで。こちらの助けなしにできるのかよ――とも言いたかったが、大臣殿は別の部分が問題だと言いたいらしい。真面目な顔で、彼は答えを返した。

 

「良心的な価格で、割のいい取引をしていただいていることはわかっております。それでも、大本の仕事を圧迫されては、面白いわけがない。どうか、ご理解いただきたく思います」

「自分たちなら、もっと上手くやれると主張したいのですかね。――東方人は、ただ搾取されるだけの愚か者ではないと、こちらこそ理解してほしいのですが」

「……人と人との商売に、感情を無視して、道理ばかりを語ることが、果たして正解なのでしょうか。私は、ゼニアルゼ商人の立場を代表して、発言しているのです。そこに、他意はございません」

 

 大臣殿は、よっぽどこの問題の面倒さを強調したいらしい。お互いの理解が必要だとわかっているにもかかわらず、東方人ではなく東方会社の方に矛先を向けるあたり、こちらを試している風にも聞こえた。

 やはりというかなんというか。――ゼニアルゼ商人は、他人に商売のタネを預けて、能天気に果報を待てるような手合いではないらしい。

 前回の会談の時点では、そこまで見通せなかった。これは、私の落ち度であるのだろう。大臣殿は、これを責めるような口調でさらに発言を続けた。

 

「モリー殿。東方市場にとって、我々と東方会社、どちらが良いお客であるか? それは明白です。――結果として、ゼニアルゼ商人が圧迫を受けている。座して見ていれば、そのうち東方会社が交易の全てを差配することになるでしょう。その前に、出来る限りのことを試そうというのは、果たして愚かなことでしょうか? 自由競争とはいえ、結局は強いものが勝つのです。ならば、あらゆる方法をもって対抗しようとするのは、自然な成り行きではありませんか」

 

 大臣殿の主張は、すでにゼニアルゼ商人に後がないことを示している。あるいは、彼が商工会の会長に収まったのは、この場でこの主張をするためであったのかもしれない。

 単純に、市場競争に負けたのが悪いとは、私は言えなかった。敗者に責任を押し付けたところで、問題は解決しない。

 あちら側にそうした危機感があるのなら、共感性を欠く物言いは避けるべきだった。そうした答えは、交渉の打ち切りとすら受け取られかねないと、私は思う。

 

「ゼニアルゼ商工会のご意見は、わかりました。そういうことであれば、東方会社としても適切な処置を取らねばならぬと考えます。――なので、お互いの為にも、東方で無法を働くのはお止めいただきたい」

「ではモリー殿は、東方会社代表として、確かな対策を取っていただける、と。その確約を得られたのなら、喜ばしく思います。――ゼニアルゼ国民の安心のためにも、対策の内容について、この場で詰めていきたいのですが、いかが?」

 

 ほしい言葉を引き出したら、逃さずに距離を詰めてくる。そうした大臣殿の態度に、私はこの上ない圧力を感じた。

 シルビア妃殿下は、成り行きを見守っている。つまらなさそうな表情を隠すことなく、彼女は視線すら私に向けようとしない。

 ……この辺りは大臣殿に全て任せているのか。彼は信頼に値する人物だが、この放置気味の態度は不気味だった。

 

 しかし、今大事なのは目の前にある課題である。もったいぶった態度はとらず、具体的な内容について、言及していこう。

 ――止めろと言ったことを無視した件については、今は目をつむることにする。

 

「異存はございません。すぐに取れる対策としては、ゼニアルゼの商工会から代表を出していただき、東方の宮廷まで出向いて皇帝に臣従されることですね。取り次ぎについては、私の方で済ませておきますので、心配はいりません」

「……モリー殿の真似をせよと、おっしゃられる?」

「難しいことではないと思います。多少の苦痛は伴いますが、それが一番面倒がなく、手っ取り早い手段でしょう」

 

 事前にミンロンに苦言を呈されたが、これが可能ならゼニアルゼも同等の地位に立てるし、東方市場を我が社で独占する結果にはなるまいと思う。同じ立場で競争に参加できるのだから、彼らは喜んで膝まづいて、頭を床に叩きつけるべきなのだ。

 私と同じように、ゼニアルゼの方で首都における商業自由権を得られたならば、そこからさまざまな地方への市場に介入できるし、独自の販路を改めて開拓することもできるだろう。

 

 何より、東方の宮廷は『夷を以て夷を制す』政策が伝統的に存在するのだ。東方会社とゼニアルゼを食い合わせる、なんて目論見から、許可が出る可能性は極めて高いはず。

 ここまで有効性が見込めるなら、多少の屈辱は飲み込んでしかるべきではないかと、私は思った。

 

「東方の宮廷まで遠出をして、わざわざ頭を下げに行け、というのはいささか……」

「私はやりました。ゼニアルゼでは、同じことができないのですか?」

「難しゅうございます。私自身は大臣職も兼任しているので、わざわざ時間をかけて出張するのは、スケジュールの問題から現実的ではありません。代役を向かわせたところで、あちらがそれで納得するかどうか。……モリー殿の見解はいかがでしょう」

「個人的な意見ですが、大臣殿が全権を委任した代表であれば、東方の宮廷も納得するでしょう。――ただし、いずれにせよゼニアルゼの王族が膝を屈して臣従すること。書面上では、それくらいのことを求められるかと思います」

 

 ここで、シルビア妃殿下の表情が動いた。興味を持った様子ではあるが、自分に被害が飛び火することを危惧していることは、言わずともわかった。

 

「それは、どういうことでしょうか、モリー殿」

「クロノワークでも、ホーストでも、王家の臣従が条件として出されました。――もちろん、書面上のことであり、名目だけであることは明白です。しかし逆を言えば、それが東方国家の最低限の要求であるわけで」

「貴女は、シルビア妃殿下に、東方皇帝へ臣従すべきだと主張されるのですね?」

「はい。端的に申し上げるなら、そうなります。東方会社の代表として、さらに言葉を付け加えるならば。……日常的な業務の中で、臣従したことが問題として取り上げられたことはありません。クロノワークもホーストも、現状を受け入れております。ゼニアルゼも、そうなされれば良いでしょう」

 

 うちと同じことをやればいい。こっちはそれで問題ないよ? と伝えてみた。東方国家だって、微妙な問題をわざわざ突きに来ることはないし、仕事上でも名目を盾に何かを強要してくることはなかった。

 実利、実務の両面でも、最初さえ乗り切ればどうにかなるというのが、私の正直な感想である。

 

「おい、それはわらわに対して不敬であろう。別の方法を考えよ」

「……これが一番効率的である、という事実を無視されるのですか?」

 

 これが通ってくれるなら、割とスムーズに次の話し合いに迎えるのだが、そう上手くもいかないのであった。ここで、シルビア妃殿下が口を出す。

 

「おぬしこそ、これで失われる面目の大きさというものを無視しておるな。――わらわの権威を壊しかねない行為は、自重してもらいたいものよ」

「正式に皇帝から許可が得られないなら、ゼニアルゼは東方市場で自由に動くことができません。モンテクァでの狼藉が、そこかしこで行われる日も、遠くはないでしょう。そして――」

「いずれは武力衝突につながる、か? それで交易が中断しては、『お互い』にとって不幸よな。わかっておる。……で?」

 

 次の策を言え、とばかりにシルビア妃殿下が続きをうながす。大臣殿は表面上は穏やかだが、内心はどうだろう。

 多少なりとも焦ってくれれば、交渉がやり易くなるものだが、さて。

 

「最善策を拒まれるなら、無難な方法で地道にやるしかありません。――不幸な事態を避けるためにも、ゼニアルゼが単独で東方会社を立ち上げるのは、やはり避けるべきではないでしょうか。今なら撤回して仕切り直すことも、さほどの労なく出来るかと思いますが」

「商工会の動向については、わらわにも詳細は把握できておらぬ。……大臣、そこらへんはどうかな?」

「……仕切り直す、と簡単におっしゃいますが、そこまでして何を目指すかが問題です。そもそもの話、そちらに東方交易の利権を奪われることを危惧しているわけです。まさか、ゼニアルゼ商人に東方会社の軍門に下れ、従属しろ、などと要求されるつもりではないでしょうな?」

 

 ここからは大臣殿の方が前面にでる。彼が誰の代弁者であるかは、この際問題ではないだろう。商工会であれ、妃殿下であれ、この場においては私にとって大した違いはない。

 ゼニアルゼと言う国家を導くのに、今少しの面目が必要であるというならば、考慮してやろうじゃないか。

 

「軍門に降る、などと。――ただ、私達は一緒になれるのではないか。そういう話がしたいのです。ゼニアルゼの商工会を抱え込む余地は、今の東方会社にも残されています。共に商売をしていく気があるなら、私はそれを歓迎したいのですね」

 

 そちらが東方会社に組み込まれる覚悟さえしてくれたら、私の名前を使うことを許可しても良い。これは、そういう話なのである。

 相応の立場も用意するから、これは悪い話ではないよ――と、私は説いた。軍門に降るわけではない。だからここでは、対等の立場を用意してあげようと提案している。

 

 ……未来の結果として、従属する形に収まることも無いとは言えないが。そこは、言質を取らなかったそちらの落ち度だと思うんだよ。

 

「経営陣に、ゼニアルゼ商人を組み込む余裕があるのですな? 下っ端として使い潰されることを、我々は受け入れられません。対等の処遇を保証してくださると、この場で確約していただきたい」

 

 ゼニアルゼ商人に被害者意識があるのなら、商売敵たる東方会社に飲み込まれることは、受け入れがたいことかもしれぬ。

 だから、それを緩和する意味でも、最初は彼らを尊重する態度をとらねばならない。経営に参加させろ、権益を配分せよ、と要求するなら、ある程度は譲ろうじゃないかね。

 現状は三年前の想定からすれば、予想外のことが色々と起きている。それでも万が一の事態に備えていたから、こうして私が強権を振るえる余裕があった。

 

 ただし、ここまでの配慮をする以上、政治的妥協は絶対に譲れない所である。東方会社に所属し、私の名前を使うのだから、私の方針に従うのは当然だと考えたまえ。

 ゼニアルゼ商人は、東方会社の方針と理念に共感してもらって、お行儀のよい仕事をするべきなのだ。

 細かい部分は、後々詰めることになるだろうが、ともかく今は合意を得ることが大事と見る。確約がほしいなら、言葉にしよう。

 

「はい。東方会社代表として、ゼニアルゼの商工会に正式に申し入れます。ゼニアルゼは自ら東方会社を立ち上げるのではなく、我が社と合同で、ともに利益を共有していくべきなのです。そのためならば、私はゼニアルゼ商工会の幹部を、我が社の経営に関わらせることを保証いたしましょう」

 

 一語一句間違いなく、誤解の余地なく理解させるために、私はこう答えた。我々が申し入れるのは商工会であって、特定の個人に向けて話しているわけではない。

 だから、そちらも人選を誤ってくれるなよ、と暗に伝えて見せた。あからさまに伝えるわけにはいかないから、こんな言い方になったが――大臣殿には伝わるものと、期待しよう。

 書記官がこのやり取りを記録していることを確認しつつ、相手の言葉を待った。

 

「保証していただけるなら、結構なことです。――おわかりでしょうが、公式の発言であれば、撤回には代償が伴いまする。モリー殿を信頼いたしましょう」

 

 そして期待通りに、大臣殿は答えて見せた。お互いに責任を持つのだと、きわめて当たり前のことを確認し合う。

 これで、ゼニアルゼ商人に関することは、解決に向けて進められたと言えるだろう。課題を一つ終えたところで、次の問題へと私は言及する。

 

「結構なことです。ではこちら側からの要求として、シルビア妃殿下、よろしいですか?」

「なんじゃ、いきなり」

「我が社で引き受けている、そちらの人材ですが。組織ごと東方会社で抱え込むことを、お許し願いたいのです」

「……クミンのことか。うーむ、難しい話じゃのう。まるごとくれてやるには、大きすぎる組織ゆえな」

 

 ありていにいえば、『天使と小悪魔の真偽の愛』を丸ごと東方会社の制御下に置きたい、という話だ。あえて言葉を濁して明確に言わないのは、記録に残すとよくない影響を与えるかもしれないと、危惧してのことである。

 それだけ、かの組織は西方の風俗関係に食い込みすぎている。これには流石に、シルビア妃殿下も難色を示した。

 

「彼女はそちらの組織にも所属していますが、私の妻でもある。そろそろ、本当の意味で迎え入れても良い頃ではありませんか?」

「私事として扱っていい話でもあるまい。そやつだけではなく、組織ごと抱えようというのは、どんな意図があってのことじゃ?」

「個人的には見栄。東方会社代表として言うならば、それだけの余裕があることを証明したいのですね。そちらも組織の維持には安くない額を使わされているはず。盟友としては、これを負担することで、いくらかの助けになりたい。――お疑いなら、会計報告書を提出しても構いませんが?」

 

 私は本気だ。箸休めの話題として出したわけではないし、何かのブラフとか、冗談で言っているのでもない。

 その雰囲気が伝わったのだろう。シルビア妃殿下は、明確に断ってきた。

 

「――その必要はない。やはり、許可は出来ぬ。当人だけならまだしも、ゼニアルゼの組織を東方会社に与えようとは思わぬのでな。諦めるがいい」

「他ならぬ、シルビア妃殿下が言われるならば、そうしましょう。しかし、私がそれを是非にもと望んでいることは、覚えておいてくださいな」

 

 商工会ではなく、シルビア妃殿下が拒否するのだから諦める、という態度を私は見せた。大臣殿の様子を横目で確認したら、あからさまに安心したように、安堵の溜息を吐いていた。

 

 ……一体、誰に対してのポーズであるのか。もとより、こんな雑なやり方で上手くいくとは思っていない。隙あらば取り込みにかかる態度を示すだけで、今は十分だ。

 ただし、私から言うべきはこれだけではない。二の矢を放つことで、ゼニアルゼ側を追い詰めるのが真の目的だった。

 

 相手に課題を何度も押し付けることで、頭脳を疲弊させる。ここに至るまでの情報収集と実績の蓄積が、これを可能にしていた。会談の主導権は今、私の方にある。

 

「続いて、もう一つ提案がございます。東方会社とゼニアルゼ商工会との打ち合わせには、時間が掛かることでしょう。お互いに一緒にやっていくための組織作りとか、環境整備には手間もかかります。――これを機に、ゼニアルゼ商人が、東方人に対して問題を起こすようであれば、こちらで対応することを正式にお許し願いたいのですね。現地では、すでに東方会社が争いの仲裁に入ることが常態化していますが、これを公認していただきたい。彼らが東方で『不幸な事故』を起こした時に、西方人の意を汲む存在が裁きに加わることで、適切な対処ができるようになると思うのです。ここでお互いに合意しておけば、判決を受けたとき、ゼニアルゼ商人も納得しやすくなるでしょう?」

 

 あえて『事故』と表現した。ゼニアルゼ商人が、東方商人を食い物にするとか、街々で荒事を起こす可能性は、確実に存在する。

 この対策として、私は東方会社が裁判を主導することを提案した。東方国家への根回しは、すぐにでも始められる。ほぼ現状の追認だから、現地住民からの反発は、そこまでないだろうとも見込んでいた。

 この辺りは、最初から融和を目的にして、社会へ溶け込むことに注力していた成果とも言えよう。

 

 あとはゼニアルゼの商工会と妃殿下がこれを容認すれば、名目としては充分。狡猾なるゼニアルゼ商人どもも、表立ってケチを付けることは出来なくなるだろう。

 

 ――現状、手が回るのはドヴールとその周辺だけだが、将来的には東方全体に影響を及ぼしていきたいと思っている。その時のことも考えるなら、やはり早い段階で合意を得た方がいい。

 

「東方の地において、何の権限をもって東方会社がゼニアルゼ商人を裁くというのでしょう? そこは現地の司法機関によって、裁かれるべきではないですか?」

「東方国家の法において、裁判は当地の資格を持つ官吏が、裁判官となります。――ただ、裁判官が判断を下すにあたり、西方人が『大いに参考になる意見』を呈するのは違法ではありません。金銭での解決も一般的ですから、付け届けをするなら東方会社からやった方が角が立たないというのもあります。……弁護人などと言う制度はありませんから、どうしてもこういう形になってしまうのですね。東方では、個人の情や人脈が、法を上回る力を持つことも多くのあるのですよ」

 

 現状では、こちらの干渉もその程度に限られているが、将来的には『東方会社側』の官吏を大量に排出するつもりである。

 その彼らが正式に裁判官の地位に付けば、名実ともに西方人の裁判を、東方会社が管理することになるだろう。この話は、その時の為の布石ともいえる。

 

「ゼニアルゼでは、東方の機微がわからないのも仕方ないことですが、東方の法は結構融通が利くのです。……西方と比べて、いささか以上に緩い部分があり、それがゆえに上役の気まぐれで刑法が曲げられることも多い。正当な裁きが下されるわけではないと思えば、ゼニアルゼ商人も不安に思うことでしょう。東方会社はすでに身を守る術を身に着けておりますが、そちらはまだ文化的な理解が及んでいないはず。――なので、万が一の際は我々が出張ることを、シルビア妃殿下とゼニアルゼ商工会が公認していただきたいのです」

 

 現代的な法的観念からすれば、異常というほかない話し合い内容である。

 東方での他国人の裁きを、東方人ではなく異邦人の集合体である東方会社が担おうというのだから。

 東方国家の司法をナメていると言われれば、そうであろう。だが、当の東方国家自体、辺境では真っ当な法が機能しているとは言い難いのも事実だった。

 

 賄賂での減刑はまかり通るし、刑の執行に名士の面子を立てること(面子を潰した相手への法的根拠のない重刑、自白の強要と際限なく伸びる拘束期間など)は当たり前である。さらには獄吏の気まぐれで冤罪が雑に処理されたり、取り調べの最中に不慮の死が起こったところで、保証も何もないのだからたまらない。

 だから私はモンテクァでの面倒に対し、かなり気を遣わねばならなかった。フォローしてくれたクミンの存在を大きく感じるのも、それゆえである。

 

「それにしても、他国への司法に踏み入りますか? 我々の利害調整のためとはいえ、やりすぎに聞こえます」

「我々の利益の為に。何よりも正しき法が施行され、正当な裁きを求めるがゆえに。……他国への司法に踏み入れる理由としては、むしろ真っ当であると考えます。お互いの国民の保護を優先する。遠国においても、お互いに助け合う。――ドヴールでは、東方会社は現地の統治にもかかわっています。司法に介入することとて、その延長と考えれば今更の話ですね」

 

 そもそも、ここで司法の話に立ち入るのは、ゼニアルゼと東方会社の一体化のため、必要なことだと判断したからだ。ゼニアルゼ商人は、どうにも商業的には繊細に過ぎて心配になる。

 クロノワーク人のような図太さを持ち合わせていない彼らが、東方で粗相をしたときに助けてやる。その為の環境を整えてやれば、彼らはこちらに借りを感じてくれるだろう。

 帳簿に乗らない、金銭ではない貸し借りを計算に入れられない商人は、なかなか成功できないものだと、私は実感するようになった。

 

 実利とは、目に見えるものだけではないのだと理解する。そうして信頼を積み重ねることが、商売を続ける基礎となり、無業の資産になるのだと――代表職に就いてからは、痛感することがたびたびあったものだ。

 この辺りの機微を、ゼニアルゼ商人がわからないはずがない。だから、私は積極的に貸しを作る機会を逃したくなかった。貸しがあれば、私の意向に逆らい辛くなる。それくらいの計算は、私だって働かせるのだ。

 

「東方会社には実績があるのですな? そこまで深入りしても、非難されない土壌があるなら、なるほど。一考に値する提案ではあります。……当然、皇帝陛下のお墨付きなのでしょう?」

「宮廷工作はいまだ途中ですが、皇帝陛下の公認が来るかどうかは微妙なところですね。――最高でも、宰相殿の許可を得るあたりが限界でしょう。それでも十分だと私は理解しています。東方国家の法制度は、西方のそれと比べてまだ未熟。だからこそ、付け入る隙があるものと考えます」

 

 東方国家が、これまでまともな外交をしてこなかったこと。夷を以て夷を制す、という基本方針が根付いてしまったことから、異邦人の処分を異邦人に任せる形を確立することは、十分可能であると見込んでいた。

 宮廷工作も、そちらの観点から進めており、外交の認識がガバガバの今ならば、不平等条約に近い内容でも、鷹揚に受け入れてくれるのではないか。

 希望的観測と言えばそれまでだが、手ごたえはあると感じている。正式な許可が出なかったとしても、不文律として成立させることは不可能ではないはずだった。それくらいには、東方会社は東方社会に食い込みつつあるのだから――。

 

「これは、お互いの為の提案であることは確かですが、犯罪を助長させるつもりは欠片もありません。粗相で済む内容ならば、労を惜しまずに誤解を解きに行きましょう。しかし、行き過ぎた傷害や詐欺行為には、厳罰をもってあたること。……東方国家の住民への感情に配慮することも、商売を続けるためには大事なのだと、ご理解ください」

 

 例えば、殺人には死刑をもってあたる。窃盗には相場の倍以上の賠償をあてる。それくらいは当然のこととして、押していきたかった。

 大臣殿は幸い、真っ当な倫理観の持ち主であったから、この主張は受け入れてくれる。ただし、判断の基準については念を押すように確認してきた。

 

「ふむ。ふむ。もっともではありますが、そうなると東方会社の用意する裁判官――ではなく『大いに参考になる意見』を提供する人員、その素性についてもお聞きしたい。全員がクロノワーク人で占められていた場合、判決を信用するのが難しくなるかもしれません」

 

 揶揄するような言い方をしながらも、大臣殿は鋭く切り込んできた。そちらに恣意的な判決を押し付けられるのは御免被る、と。

 ――客観的には妥当であるとしても、当人の納得は別だ。だから、ここでこちらにも妥協を迫るポーズをとる必要があろう。

 お互いにそれはわかっていたから、あらかじめ考えていた通りの返答をした。

 

「もちろん、ゼニアルゼ人も相当数、関わらせるつもりです。ホーストやソクオチからも人員を調達して、一国におもねるようなことがないよう、これから環境を整えます。当座は東方会社の職員だけでやることになりますが、そちらの合意が得られるなら、すぐにでも再調整いたしましょう。ゼニアルゼの司法機関から、人員は出せますか?」

 

 さて、この策が西方人の利益を最優先するものであるのは確かであるが、東方国家にとっても益がある。

 東方国家はこれまで外交らしい外交を経験してこなかった。今回の件を前例として、西方との外交経験になる。さらに西方の法に触れることで、西方の価値観を実感として知ることも出来るだろう。

 結果として、どんな反応が返ってくるか。それ次第では、また改めて調整が必要になる。

 難しい案件なだけに、東方会社が主導権を握る形になるのは、仕方がないこととして――理解を示してほしいものだ。

 

「司法機関から東方への出向を求めるとなると、希望者を募るのに苦労しそうですな」

「なればこそ、早々にゼニアルゼの商工会は、東方会社との共同経営を承認すべきですね。身内同士であれば、資格などなくとも採用しようという気になるものですから」

「……返事は早いほうが良い、というのは真理であるにしても。クロノワークは、準備だけは本当によくよく整えておられる。柔軟性を維持したまま、高度な経営判断の余地も残しておく。言うほどに簡単なことではありませんから、モリー殿はやり手ですな」

 

 大臣殿の頭の中は、どれだけ多くのことで渦巻いているのだろう。あまりに多くの立場で物事を考えていないかな? 余計な案件を抱え過ぎてはいないかな?

 

 私は単純だよ。この時の為に覚悟を決めてきたんだよ。――だから、今だけは私に主導権を握らせてくれよ。

 

「大臣殿にお褒め頂けるとは、恐悦至極。なんといっても、こちらから提案したことですから。この場で返答を頂けるなら、明日にでも我が社の方に伝えて、対応することができます。……悩む時間がほしいなら、私が滞在している間なら待ちましょう。しかし、事案はそちらの意図を考慮せずに起きかねないのだという現実を、まずは見据えていただきたいと思います」

 

 恩情によって、善良なゼニアルゼ商人を懐柔するつもりであるのは確かだ。

 しかし、これは悪質なゼニアルゼ商人に対する牽制でもあり、無法に対する抑止の目論見もある。

 

 ――真面目な話、東方住民が激発する可能性は、摘んでおくべき。だから、犯罪に対しては東方の住民がある程度納得する形で収めねばならない。

 現地の裁判を担当する官吏どもは、時として現地住民をないがしろにする判決を出すこともある。

 交易による恩恵を重視する場合、あるいはやらかした馬鹿が名士にだけは媚びを売っていた場合、判決が東方国民の感情をあおって、暴動に発展するかもしれないのだ。

 だからこそ、司法に東方会社が介入するのだし、東西融和の観点からも、ゼニアルゼ商人は我が社に取り込まれるべきだと思うのだ。

 

「私だけでは、判断できませぬ。商工会に持ち帰ってもよろしいですな?」

「ゼニアルゼ商工会は、会長の独裁で回っているわけではないのですね?」

 

 東方会社は、この三年の間に『私達の教育』が行き届いているから、私の決定はそのまま社の決定として通すことができる。

 だがゼニアルゼの商工会は、そうではないのか。合議制だとしたら、会長職の役回りはどこにあるのか? 正直に答えてくれるとは思わないが、その点は追求したかった。

 ここまで押し込んで、判断の余地を奪ったのだ。もぎ取れるだけの情報は、もぎ取っておきたいと思う。

 

「独裁には、代償が伴うと言えば、おわかりでしょうか。……せっかく大金をもって会長職を確保して、ゼニアルゼ商人に手綱を付けようと思ったのに。それを投げ捨てる覚悟は、なかなか持てるものではありませんな」

「強行採決を行えば、他の幹部の支持を失って、会長職を辞することになる、と。逆を言えば、一度だけなら強引に意を通せるのだとも言えますが」

「ここで一度きりの鬼札を切るのは、時期尚早だと考えまする。モリー殿、どうかお手柔らかにお願いします。……時間を頂きたい。それだけで、おおよそは合意を得られると思うのです」

 

 時間。まさに時間こそ、金よりも貴重である。場合によっては、多くの人の命よりも優先されるそれを求める。

 ゼニアルゼの大臣殿が、今それを必要としていることを、私は重く見た。

 その上で、挑発することも躊躇わなかった。攻め時を見誤るほど、私は鈍っていなかったから。

 

「大臣殿。その合意とやらを得るまで、何年待てばよろしいか?」

「……一年ほどかと」

「一年の間、ゼニアルゼ商人の狼藉を我慢せよとおっしゃられる? ここで合意を得られないというのは、東方会社に一方的な我慢を強いることになるのですが」

「必ずしも狼藉を働くとは限りませぬ。商工会の方でも、厳重注意を呼びかけます」

「強制力を伴うものではないでしょう? ――すぐにでも商工会から公式の声明を出して、東方会社との合併と、ここで合意を得た司法関連の情報を通達すべきです。直接的に、即時に利害に関わると知れば、繊細なゼニアルゼ商人も理解を示さずにはおれないでしょう。それでもわからない馬鹿は、淘汰されるだけです」

 

 必要なだけ、こちらからの支援は惜しまない。それだけ言えば、大臣殿も決意を固めたようだった。

 

「私が会長職にとどまるための工作を手伝う。その確約を頂けるなら、手の及ぶ範囲で協力いたしましょう。この返答で、満足いただけませんか?」

「満足とは言えませんが、必要十分な返答はいただいたと考えます。……具体的な打ち合わせについては、後日と言うことでよろしいですね?」

「はい。……それでは、おおよそ合意することができます。シルビア妃殿下も、そういうことで構わないでしょうか?」

 

 大臣殿が、シルビア妃殿下に問いかける。鷹揚に頷いて見せることで、彼女は合意の姿勢を見せた。

 これで私の方も、なんとか会談をやり遂げたな――と安心したところで、妃殿下の方から不穏な話題を出してきた。

 

「話はおおよそまとまったかの? では、わらわから課題を出したいのじゃが、よいな?」

「……当初の目的に対して、大事な合意を得たところではありますが。シルビア妃殿下のご意見であれば、真摯に対応させていただきます」

「うむ、モリーよ。おぬしが東方会社を離れても、同じような方針をもって、経営を続けてもらえるかどうか。その保証が欲しいのじゃよ。おぬしが有能であればこそ、我らからこれだけの合意を取り付けた実績があればこそ、安心して東方会社を頼ることができる。――しかし、おぬしが本国に召還され、代表の立場から離れたとき。果たして後任は同じだけの実績を期待できるものか? わらわは、不安なのじゃよ」

 

 シルビア妃殿下の言葉に嘘はあるまいが、不安というほど不安はないだろう。妃殿下であれば、その時にはそれなりの対応ができるはずである。

 意図を探るためにも、私は率直に問いただすことにした。

 

「シルビア妃殿下が不安を口にされる。それだけの要素が、どこにあるのでしょうか?」

「おぬしが後任を選ぶことに失敗する。その可能性を否定することは出来まい? なればこそ、制度の方でお互いを縛るべきだと考える。どうじゃ?」

「……道理ですね」

「であろう? なら、わらわの提案にも同意してくれるはず。――将来的に、わらわの息子なり娘なりを養子として迎え入れる気はないか? そして、その子に代表の地位を引き継がせる。無理そうなら、何かしらの権限ある重役でも構わぬが、とにかくおぬしの方針を確実に次代に残してもらいたいのよ。……第一王子は跡継ぎにするゆえ、予備をそちらにやろうという話じゃが、どうかな?」

 

 予備、予備ときたか。どうにも不穏な気配を感じるので、短絡的にお断り申し上げたくなるが、単純に拒否して済む話とも思えぬ。

 シルビア妃殿下は、思い付きで提案しているのではないだろう。彼女なりの思惑があり、前々から仕込んでいた謀略を、ここで表に出してきたとも取れる。

 

 前向きに考えるなら、妃殿下の支持を確定的に出来る一手ではある。あるいは、時計の針をより早く勧められる鬼手ではあるのだが。

 ……しかし、ゼニアルゼの王族を私の家に入れるというのは、どうにも現実感のない話に聞こえた。

 

「どうかと言われましても、即答できる話ではございません。それこそ、私個人の問題ではなくなりますので――」

「返答をここでもらおうとは思わぬ。持ち帰って検討するがよい。それこそ、母上も交えてな」

 

 私の家の問題が、王妃様を巻き込む事態へとなり得るのか。そこまで思考を回す気には、どうしてもなれなかった。

 本当の意味で精神的に疲弊していたのは、どちらなのか。私には、もう判断がつかなかったのです――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モリーが会談とその後の共同声明について、調整を重ねている時。ミンロンとクミンは、改めて会合の場を設けていた。

 席を用意したのはクミンの方であり、自身の部下が差配する高級料亭で、特別な一室を借りて行われている。

 

「外交は面倒が多いと聞きますし、相手はかの高名なるシルビア妃殿下。今頃は、モリーさんもあっちで頭を抱えているんでしょうね」

「さて。案外図太く、上手くやっているかもしれませんよ?」

「……ミンロンは楽観的ですね。あの人は上手くやるでしょうけれど、周囲のしがらみを無視して、一人で利益を貪れる人ではありません。色々な調整に悩まされて疲弊していても、おかしくないと思いますね」

「クミン殿の意見ごもっとも。――東方は実り多くも厄介な土地ですが、西方は政治的にも商業的にも複雑で、ひたすら面倒な土地です。そこでの利害調整は、東方での宮廷よりも難しいのかもしれませんな」

 

 話し合いと言う意味では、モリーらと変わらないとも解釈できるものの――。その内容はと言えば、辺境の一家が外交を取り仕切る結果になっている現実について、お互いに憂慮し合うものになっていた。

 

「まあ、そんな愚痴はいいでしょう。クミン殿、改めて確認いたしますが、これは……?」

「貴女が抱えている職人と、知識人たちとの人脈。それを用いて、ゼニアルゼ商人を誑し込む準備をしてほしいのです。――東方会社の帳簿には乗らないお金ですから、気にしなくていいですよ」

 

 そう言って、クミンはあらかじめ用意していた銀塊を見せた。足がつかない手段で調達し、換金したものであり、これを運搬するのも、彼女の勢力圏で行われる。

 ミンロンが頷いて受け取る意思を見せれば、この銀塊は問題なく彼女の資産として扱われるだろう。

 

「誑し込む、といいますと?」

「ゼニアルゼ商人がどんな形でやってくるにしても、こちらで掌握している人材とは無関係ではいられないでしょう。――東方会社の資産に唾を付けてくる可能性は、排除できません。有能な商人や権力者は、自前で全てを揃えたがるもの。だからこそ会社との関係は別にして、個人的なつながりを持とうとするのは、不思議な話ではないでしょう? そこを突きます」

 

 ゼニアルゼ商人が、引き抜きや離間工作をやらかしてきた場合に備えて、クミンは自身の裁量で対策することを許されていた。

 モリー自身も、目についたところは対処するつもりではあったが、クミンの視野の広さと風俗業という特殊な役割を買って、いち早い対応を任せていたのである。

 

 寝屋にいる時、男の口は軽くなる。仕事熱心な男なら、寝所に書類を持ち込むこともあるだろう。クミンは、そうした男の隙を素早く突ける人種でもあった。もちろん、彼女の部下も。

 

「私らは私らで動きますが、ミンロンの方も力を貸してほしいのですね。お金さえあれば、貴女はいい感じに西方商人を惑わす手管を惜しまない。それくらいには、信頼しているんですからね?」

「それはどうも、思いがけぬ評価を頂けているようで、恐縮です。……だから、こちらから攻めに行くわけですか。この資金で人材をつなぎ止めつつ、ゼニアルゼから情報を抜き続けるのが目的だと?」

「それだけではなく、あちらからの誘いをソデにすることで、東方社会の難しさを演出する。ゼニアルゼ商人がヘッドハンティングなり買収なりを仕掛けてきたら、長期戦に持ち込んで、泥沼に引きずり込んでやる。それくらいの働きは、期待したいですね」

 

 ミンロンには、クミンの意図するところがわからなかった。いや、クミンの意図とは、すなわちモリーの意図と言っても良いであろう。

 この行為によって、東方会社が何を得るのか。東方商人の視点からでは、なかなか結論を出すのが難しい。

 

「……不可解ですか? そうでしょうとも。これはいわば、遅効性の毒をばらまくようなもので、臨んだだけの成果が出るかどうかすら不明瞭で、非効率だ。ミンロンが戸惑うのも道理ですが、ぱっと見で非効率であればこそ、有能な方々の意表を突けるのですよ」

「なんとなく思いつくところでは、ゼニアルゼ商人に労力を割かせ、他へのリソースを削る。政治的商業的にゼニアルゼ商人に主導権を与えない、停滞させて時間を稼ぐ――くらいの狙いは理解できますが」

「それだけでは百点満点中、五十点がせいぜいですね。今少し、視野を広く持つように。――私も強制的に視野を広げられた経験があるので、私はまだ優しい方ですよ。うちの幹部教育は、それだけ厳しかったので、ミンロンには多少手心を加えてあげたいと思うんです」

 

 クミンはのらりくらりと明言を避けた。ミンロンの答えに採点しつつも、答えをすぐに言わない。

 焦らす態度に不快感を覚えつつも、彼女は急がなかった。クミンを楽しませてやりたくなかったという、それだけの意地で耐えたのだ。

 

「すみません。モリーさんの妻なんて肩書は、結構重いんです。ちょっとした楽しみに浸るくらいは、当然の権利だと思ってますんで」

「家庭問題を外に持ち出してほしくないんですがそれは」

「マウントを取る相手はわきまえますよ。――ああ、貴女を舐めているわけではなく、これくらいのユーモアは笑って流してくれるだろうと、評価しているからですよ? 商売人にとって、これくらいはサービスの内ですよね。対価があれば、なおさらというものでしょう?」

 

 そう言って、クミンは追加で小切手を渡してきた。

 こちらは、ゼニアルゼの銀行ならどこでも現金化できるもので――ミンロンにとっては小遣い程度ではあったが、彼女にとっては軽くない金額でもあった。

 

「些細な金額ですが、こちらは私個人が身銭を切ったものです。工作費としてではなく、そちらのポケットにどうぞ」

「迷惑料というやつですか? 別段、私はクミン殿に含むところはありませんが」

「ここで長話をするお代だと思ってくださいな。お金を使った方が、私としても遠慮せずに話しやすくなりますし、途中退席もしにくくなるでしょう? ――こういうのは、お嫌ですか」

 

 クミンは、ひどく冷たい声でそう言った。おぞけを振るうような感覚が、彼女を襲う。

 ……しばしの躊躇の後、ミンロンはため息をついて、差し出された小切手を懐にしまう。こんな陳腐なやり取りに金銭を伴わせるほど、クミンの環境はすさんでいるのか。

 才に見合う地位に付くのも、楽ではない。それが察せられるから、彼女もこのやり取りを受け入れることができたのである。

 

「いいえ、誠意として受け取りましょう。……ついでに、残り五十点の内訳について、教えてください」

「そんなことでよろしければ、喜んで。――商工会へは単純な時間稼ぎ、って意味では解釈通りなのですが、シルビア妃殿下対策が抜けています。……あの人がまず東方に介入するとしたら、ゼニアルゼ商人を通して行うでしょう? そこで出鼻をくじいてやれば、穏健策を取りやすくなる。いや、今でも穏健にモリーさんを取り込みにかかっているかもしれませんが、他の選択肢を削ってやる一助にはなるでしょう。ミンロンが動いてくれたら、私も援護がやり易くなるし、モリーさんはモリーさんで適当にやってくれる。結果として、私は最高の仕事をしたことになるわけです」

 

 私は本当に献身的な妻ですね――などと、クミンは陶酔するような、熱っぽい表情で言った。

 有能で結果を出すことが見えるだけに、返ってミンロンには気持ち悪く映ったものの、その意図は瞠目に値する。

 

 シルビア妃殿下対策と言うことは、ゼニアルゼ商人に時間的経済的浪費を続けさせるだけでは足りない。クミンから最初に提示された資金は、それだけのことに用いるには、明らかに過剰であったから、それ以上の仕事を求めているのは明らかだった。

 

 ……穏健策を強いるということは、強硬策を封じるということ。すでにモリーが対策を打っていることは想像できるが、ミンロンが自分の立場で出来ることは何か。思いつくことは、いくつかある。

 ここからは、自発的に動いていくことが求められよう。受け取った金額にふさわしい仕事をせねばなるまいと、彼女は覚悟を決めた。

 明確に命令口調で指示しないのは、こちらを対等の相手とみなしてくれているからだと、ミンロンは解釈する。その上で、確認しておきたいことが一つあった。

 

「……ここだけの話ですが。妃殿下は、本気でモリー殿に養子を入れてくると思いますか?」

「おや、そちらにも情報が行ってるのでしょうか。それとも純粋な予想でしょうか。私だって、幹部権限で知らされたモノですから、部外者に情報がわたるはずがないのですが。……いずれにしても、貴女が有能である事実を証明している。モリーさんの同志が真っ当に使える人材であることを、喜ばしく思いますよ」

「明言は避けますが、とにかく。――本気であると認識して、よろしいのですね?」

「本気だから、私も私なりに動いているのですよ。妃殿下の御考えはさておき、王家直系の養子がモリーさんの利益になるのは、間違いないのですから。……しかし、ここで養子を選択してくるあたり、思うところがありそうですね。育児に苦労しているとは聞きますが、さて実情はどうなのでしょう? ――モリーさんに干渉してくるあたり、何かしらの保険を欲したのかもしれません」

 

 まあアレですね、子育ては大変だから仕方ないですね、とクミンは言った。特に、これからは東方との付き合い方と、西方各国との調整が問題になる。

 外交は極論すれば近所づきあいそのものであり、近所づきあいをうまくやるなら協調性、交渉力と言った対人能力が必要になる。

 コミュニケーション能力を養うには、幼少からの教育が重要だ。シルビア妃殿下が満足する水準に鍛えたいなら、直接本人が監督するのが一番である。そして、手を抜いた教育でやっていけるほど、次世代はたやすい時代にはなるまい。

 

「モリーさんが時代を作った、だなんて大げさなことは言いませんが。――少なくとも、時代を加速させるだけの働きをしたのは事実でしょう。おかげで、色々な人やモノが次世代へ流れ込んでいる。ある種、混沌とした時代がやってくることでしょう。その中で一定の秩序を構築しようとしているのがシルビア妃殿下であり、またモリーの画策する所なんでしょうね」

「モリー殿が全ての起点になっている。クミン殿も、そこは同感なのですね?」

「今さらですよ、それは。――大事なのは、結果としてあらゆる人々が交易を通じて政治的、文化的、あるいは経済的につながりを深めているということ。多くの意味で能力が試される時代が、すぐそばに来ているということです。おかげで、シルビア妃殿下も育児を適当に済ませることができなくなった。自身の遺産を台無しにされてはたまらないから、教育にも熱心になろうというものです」

 

 クミンはモリーを理解している。そして、おそらくはシルビア妃殿下についても。

 近しい所で働いていたから、なんとなく勘所もつかめているのだろう。ここまで把握しているなら、何かしらの工作を仕掛けられても、対応は難しくあるまい。

 まさに彼女の存在があればこそ、モリーは安心して謀略の対策を打てるのだと、ミンロンも理解し始めていた。

 

「いやはや、天才様は大変ですね。自分なら簡単に出来ることでも、子が同じようにこなせるとは限らない。あれこれと気を回して、任せられるところは臣下に任せたとしても、やはり不安は残るもの。……シルビア妃殿下と言う大器でさえ、重要なこの一時期は、鈍らざるを得ない。それを自覚すればこそ、厄介事は穏便に済ませたく思うのですね」

「そこでモリー殿の家に養子を入れて、内に取り込むことを考えるわけですか。いささか極端にも感じますが、いいんでしょうかね?」

「他人がどう評価しようと、妃殿下は止まりませんし、私も今の流れは望ましいと思います。……もとはクロノワークの、一介の騎士の家系に過ぎなかった。それが今では東方会社の代表にまでなって、各国の王族から注目される存在にまでなっているとは、痛快なことではないですか! ――そもそもの話をするなら、モリーさんの家が存在するからこそ、東方交易が上手に回っているんですからね? ……だったら、シルビア妃殿下だってある程度の配慮はしますよ。養子を送り込む価値を見出しても、そこまで可笑しな話ではないでしょうし、何より。――改めて強調しますが、この話はモリーさんにとって、大きな価値を持つはずなんです」

 

 モリー自身の能力はもちろんだが、クミン、メイル、クッコ・ローセ。いずれも劣らぬ才覚の持ち主である。

 力を発揮する分野が別々であるという違いはあるが、なればこそ幅広い分野で一家が活躍できるとも言えるし、柔軟性のある行動を許されているわけだ。

 もっとも、当主であるモリーがそれを正しく認識できているかどうかは、怪しいものだとクミンは見ている。部外者に対しては、なおさら評価は辛くなった。

 

「我が家を抜きにして、東方会社とか東方交易そのものがうまくいくと考えるなら、好きにすればいいんです。――モリーさんの存在の大きさを理解するのは、ゼニアルゼの馬鹿どもがやらかした後でもいい。大きな変事があったとしても、私達なら逆用して優位に立ち回れる。最近、私はそんな風にも思うのですね」

「おやおや、それは。……組織の意向とは、また違った感性の発露に聞こえますが」

「天使と小悪魔の真偽の愛。大きな組織ですし、個人的に恩讐もあります。抜けたいとまでは思いませんが、すでに西方と東方で、別の組織になりつつあるわけでして。利用し合うには一定の距離を置く方が良いのでしょう。――シルビア妃殿下も、今の私の立ち位置をベストであると判断するはずですよ。だから、こうして仕事ができるのですから」

 

 そうして、クミンは一通の書簡をミンロンに差し出した。

 

「ちょうど、本日届いたものです。シルビア妃殿下から、貴女に」

「最近お忙しいらしく、ご機嫌伺いにも行けていませんが……さて、どんな用件でしょうかね。……この場で、検めても?」

「どうぞ。ああ、私も内容は教えてもらってるんで、モリーさんが帰ってきたら報告しなきゃですね」

「なるほど? 容易ならざる案件である、と。なんだか、かえって緊張します」

 

 ミンロンは慎重に書簡を開いて、中身を確認する。一見した時も驚いた様子だったが、読み進めている間に、表情がみるみると変わっていった。

 

「ゼニアルゼにおける、公式補給商の証明証書……? しかも、これは商人自身の名前の部分が空白になっているということは、その――」

「貴女自身がゼニアルゼの公式補給商を務めるもよし、貴女が紹介した相手に推すもよし。そこは、ミンロンの判断に任せますよ」

 

 何とも言い難い、快も不快も入り混じったような、複雑な顔になって思考することしばし。

 それから頭を振って、色々なものを割り切った風に、彼女は言った。

 

「……私にそこまでの暇がないことは、お判りでしょうに。紹介する相手にしても、ゼニアルゼで商売をさせる以上、それなりの手管と信用を持つ人でないと……ああ、いや、当てはあるのですが――。これは、私の知己なり一族なりをゼニアルゼに人質に出すようなものでしょう」

「ものは考えようですよ。シルビア妃殿下は、貴女がゼニアルゼでの影響力を強めること。あるいは依存することをお望みです。――これを奇貨として、西方と東方の融和活動に利用することも、貴女ならばできるのでは?」

 

 そして、クミンはミンロンを通じて、シルビア妃殿下の確度の高い情報を収集することができる。

 かのお方は、身内に対しても用心深い。ある人に見せた一面を、ある人には見せず、まったく別の意見をほのめかしたりする。

 組織と、ミンロン。そしてモリー自身から得た情報を総合すれば、シルビア妃殿下に対して、多角的な視点からその思考を分析することができるだろう。

 クミンは、自分にならそれが出来ると思っている。だからこそ、ミンロンには更なる飛躍を期待したくなるのだった。

 

「出来ることと、やりたいこととは、往々にして別物なのですがね。……まあ、面白くはなりそうです。西方で最も活躍する東方商人になることも、一族内でもっとも強い存在になることも、私の夢でありましたから。モリー殿の事業に便乗して、個人的な夢を果たすのも、また一興でしょうか。――すると、打てそうな手はいくつもある。楽しいことになりそうですね」

 

 ミンロンは野望をあえて口にして見せることで、自分には十分な動機があることを、クミンに伝えた。

 自分に信用がないとは思わないが、何も言わずとも信頼されるような関係でもないと、わきまえている。リップサービスくらいは、惜しむようなものではない。

 モリーの存在が全てのカギとなるであろう。――となると、また別の疑問がわいた。クミンならば答えられるだろうとか思い、ミンロンは素直に聞いてみる。

 

「本当のところ、シルビア妃殿下は、モリー殿をどう評価しているんですかね? 単純な奸物とか、障害とか、そんなネガティブな印象は持っていないように思っていたのですが」

「実際、利用価値の大きな相手だとは思っていますよ。――それ以上に、理解者と言うか、ある意味では最大の敵手たり得るとも評価しているらしいですが」

「そこまでクミン殿に明言しているなら、これはもう本気と取るべきですね。……そこまでモリー殿の価値が大きいなら、多少強引にでも取り込んだほうが良いのでしょう。私たちはなんとなく納得できますが、さて。ゼニアルゼやクロノワークの人々は、この件をどう理解するでしょうか」

 

 王家から一騎士への養子縁組。どんな背後関係があれば、そんなものが成立するのか。

 あからさまな取り込み策であるがゆえに、周囲からの理解は難しくなる。モリーを評価している者たちは納得するかもしれないが、それ以外の者にとっては強い嫉視の対象となりかねない。

 

「楽観的に考えるなら、シルビア妃殿下は悪名も大きいですから。かえって同情されるかもしれませんよ?」

「本当に、希望的観測ですね。苦労するのはモリー殿ですから、私達は察することくらいしかできませんが」

「モリーさんだって、覚悟の上でしょう。――帰ってきたら、どんな報告を持ってくるやら。お互い、語り合うべきことは多そうです」

「まこと、クミン殿と同感です。……東方の宮廷は、こちらの都合なんて、想像もしていないでしょう。ガバガバな国家運営とお気楽な廷臣どもが、今はうらやましいですよ」

 

 ミンロンとクミンが、お互いに苦労を分かち合う。情報を交換することで、見えてくるものがある。だが、ぼんやりと見える未来像に対して、何とも言い難い感情を抱いてしまったのも、また事実であった。

 

「そう言えば、『顔役殿』とのつながりは、ミンロンも持っていましたっけ?」

「顔役……ああ、あの女性だてらに宮廷に出入りしている、例のあの人のことですか。知ってはいますが、私に伝手はありませんね」

「では、そちらも紹介しましょう。私達だけが苦労を背負い込むのは、不公平ですから」

 

 西方と東方で、苦労の理解もまた違うものになりそうではあるが。

 モリーとのつながりを持っている以上、顔役殿も巻き込まれることは想定済みであるはず。

 宰相をはじめとする宮廷勢力としても、東方会社とモリー個人の価値を改めて測り直す必要があろう。

 三年の月日と今後の業績を思えば、それは決して的外れな見解ではないと、二人は考えていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルビア妃殿下と大臣殿との会談を終えてからは、共同声明のための打ち合わせを行いつつ、商工会会長への工作も片手間にやっておきました。

 こういうのは、私が手伝った、っていう実績さえあればいいんだから、適当にやるだけで良かったんですね。彼の後ろに私がいるってだけで、結構捗るんだそうな。

 体よく利用された感もあるけれど、一日二日で終わるくらいの仕事で済んだから、文句は言うまい。――ともあれ、後は大臣殿の手腕でどうにかしてくださいな。

 

 肝心の共同声明については、私が帰国した後、王妃様の最終調整を経て再度シルビア妃殿下の元に送られ、異論がなければそのまま発表という流れになる。

 だいたいは、あの時に話し合った内容を書面に起こしたものだから、私が改めて付け加えるようなことはない。

 東方会社とゼニアルゼの関係は、これからゆっくりと、経過を見ていかねばならないことだ。長丁場になるのは明らかだから、今から焦るようなことではなかろう。

 

 ……残る問題はと言えば、妃殿下が私に養子の話を持ち出したことか。

 あの方の性格をかんがみるに、戯れに話題にしてみた、くらいの感覚で口にした――とは思われぬ。そうした楽観と現実逃避は、未来の私を追い詰める。

 

 とはいえ、懸念するほど大きな話にはならないかもしれない。妃殿下の実子ではなく、経歴をロンダリングした子供を教育し、ゼニアルゼ王の養子として登録する。それから、私の家に送り出すという手だって考えられよう。

 妃殿下だって、これから何人も産めるという保証はない。子供は授かりものだから、思い通りに行くと思う方が間違っている。

 しかし万が一、億が一。シルビア妃殿下が本気で私に実子をよこしたとしたら、どうなるか。帰国までの数日は、そればかり考えてしまっていた。

 

 馬車に揺られながら報告書を書き、仕上げたそれを王城に届けてもらって、帰宅の途につく。クロノワークでの住居は、人を入れて整えてもらっているから、帰って寝る位なら支障はあるまい。

 あれこれ思い悩むことは多いが、ようやく休めると思えば、なんとなく気が楽になる。妻たちはドヴールに留まっているから、一人寝することになるが、それが苦になる性質でもなかった。

 

 ……あちらで彼女らと顔を合わせたら、また新たな問題が出てきたりするかもしれないけど、それは仕方ないことと思い切ろう。

 クミンが影で色々と気を回しているのは想像がついているし、メイルやクッコ・ローセはあれで聡い。

 ザラについては言わずもがな、だ。仕事を押し付けて悪いことをしたなぁと思いつつ。家の玄関にあがると、思わぬ歓迎を受けた。それこそ一時、思考が止まるほどに。

 

「……王妃様」

「おう、先に上がっとるぞ。シルビアとの会談やら共同声明の詳細やらは、後で確認するゆえ、今は気にせんでいい」

 

 護衛隊に囲まれた王妃様に、自宅で歓迎されるとは思わなかった。いや、それはいい。納得は難しいが、王族の気まぐれに振り回されるのも騎士の定めと言う者であろう。

 

「なんだか久しぶりだな、モリー先生。いや、こんな呼び方をするのも、今は不適切だったか。……何はともあれ、ご苦労だったな」

「忙しくしているってのは知ってるから、私達の方から来ちゃった。家の掃除と軽食の用意はしてあるから、許してくれるわよね?」

「オサナ王子と、エメラ王女。――お二人の出迎えまで受けられるとは、なんだかすごい要人になったように錯覚してしまいますよ。……お元気そうで、なによりです」

 

 ついでに意外な珍客も二人、私を迎えてくれた。オサナ王子と、エメラ王女である。

 

「意図をお聞きしてもよろしいですね? 王妃様」

「単なる顔合わせじゃ。……そう動揺するなよ。余裕のなさは、窮地の表れでもある。わらわのような賢しい王族に、そんな弱みを見せるでない。思わず利用したくなってしまうではないか」

 

 王妃様は、そう言って意地の悪い笑顔で答えた。その態度を見て何かしら思うところもあったのか、エメラ王女も会話に加わる。

 

「お母さまは難しい話をしたいのよね? わからないかもしれないけど、聞いてても良い?」

「よいよい、エメラも今後の為に、聞くだけ聞いておけ。――わからずともよい。モリーはこれで面白い奴ゆえな、わらわがどんな難題を持ち出しても、きっと上手にさばいてくれよう。……そう思うよな? オサナ王子」

「わざわざ僕に聞かれても困る。今度は、どんな用件で振り回してくれるんだ? ……巻き込まれたモリーが、気の毒だよ」

 

 オサナ王子は心からのいたわりを込めて、そういってくれた。その気持ちだけで十分ですとも、ええ。

 

「王妃様。要件があるなら、もったいぶらずにお願いします。お二方の教育を思うのなら、無駄な時間を過ごしている暇などありますまい」

「うーむ、本当に余裕がなさそうじゃな。シルビアはどんな難題をおぬしに押し付けたのか。……いや、よい。要件をまずは述べよう」

 

 果たして、王妃様はどんな用件で私を迎えてくれたのか。こんな手間をかける位だから、容易ならざる話になるだろうと、身構える。

 

「単刀直入に言おう。――おぬしの東方会社の代表職は、期限を切る。明確な時期を指定できる段階ではないが、数年程度を目途にするがいい。とにかく、いつまでも東方にいられるとは考えるなよ」

「もとより、一生経営を続けていけるとは思っておりません。それは、わかっていたことです」

「今更の話よな、うむ。しかし改めて言わねばならぬと思っていた。なぜか、というならば……こやつらの面倒を見てもらいたいから、というのは予想できた話であろう?」

「予想だけならば。――いえ、そうなることもありえるだろうと、理解はしていました。そうなるとしても、まだまだ先の話になるだろうと、あえて考えていなかった部分はございます」

 

 お二方を連れてきた時点で、何の話かは予想がついていた。それでも曖昧な言葉で逃げたのは、今はもっと大事な仕事があって、そちらに集中したかったからである。

 

「今言わねば、ずっと東方にいるつもりで仕事をするような気がしたのでな。やや強引な形を取らせてもらった。……シルビアとの話し合いは、白熱したのではないか? 結構な時間が掛かったそうではないか」

「出立と帰国の予定は、事前に提出済みです。そのまま終わったのですから、予定通りと言って間違いないと思いますが」

「それはわかっておる。――問題はそこではなく、おぬしがシルビアと真っ向から張り合えたという事実にこそある。おぬしほどタフな外交官は、クロノワークにはおらんよ。だいたい期限を引き延ばされたり、うやむやになった案件の調整で、延長を食らう場合が大半を占める。……おぬしのように、あの子の前で物怖じせずに物事を通せる人物と言うのは、それだけでも貴重なのじゃ。そうした人材のない他国は、おおよそうまい具合に転がされておるのでな」

 

 王妃様はやや遠い目で、ため息をつきながらも話を続ける。

 

「あやつは今、西方支配を着実に進めておる。近隣諸国はあれが作成した平和条約に調印し、長期的な平和の時代が生まれつつあるが――。その背後では、諸国への経済的支配を進めておる。……この場で具体的には言えぬが、いずれはゼニアルゼが西方の覇者となる日も来るかもしれん」

「それでもクロノワークにとっては、悪い世にはならないでしょう。平和な時代であればこそ、殖産に励む意味があると考えます」

「それはそうであろう。同盟を結び、婚姻関係にあるゼニアルゼの繁栄は、すなわちクロノワークの安泰にもつながる。かの国からの資金援助は、もはや我が国にはなくてはならないものになっておるからな。……しかし、全てがあの子の手の内、というのも面白くないではないか。それゆえ、色々なことを急がせることにした。オサナ王子とエメラの婚約も、その一環である」

 

 二人の婚約に関しては、今初めて知った。それを正式に告知することの意味も、同時に理解する。

 

「婚約の発表は、すぐにでもなされるのですか?」

「おぬしの後見の確約をもらえたなら、すぐにでもしてやろうさ。そうでなくては、危うすぎて躊躇うな。……現職の東方会社代表が後ろ盾になる。職を辞した後は直接守り役に収まると発表できたなら、政治的には完璧じゃとわらわは思うのよ」

 

 王妃様も人が悪い。肩書だけで人々は判断しない。実績と能力をかんがみて、私が二人の後見に収まることの大きさを、正しく彼女は理解しているのだろう。

 今になって思えば、確かに私は要人になりすぎたと実感する。

 

「一段落すれば、引継ぎをして後任に任せようかと思っていますが、何年後になるかはまだ明言できません。それは、王妃様もおわかりでしょう」

「二人の結婚を遅らせたくないなら、できれば五年以内に。遅くとも八年経つまでには、どうにかせよ。エメラを行かず後家と呼ばせたくないなら、それくらいの忠義心は示して見せるがいい」

「シルビア妃殿下の例を思えば、その表現はいささか不適切かと考えますが」

「あの子の件を思えばこそ、例に習うようなことはしたくない。その親心について、慮ってはくれぬか」

「……はい。そこまで言われるならば、臣下としては異論を唱えられません。五年以内に、どうにか目途をつけたいと思います」

 

 それだけの短期間で切り上げねばならぬとすれば、やはり養子の件が現実味を帯びてくる。

 シルビア妃殿下から養子を受け入れ、それを東西融和事業に突っ込むことができれば、両国の外交において、大きな役割を担わせることができるだろう。

 東方会社との影響力を保ち続けるためにも、これは具合のいい話になる。前代表の養子であり、ゼニアルゼ王家の人間を、東方会社はおろそかにできない。

 冷遇すれば、色々な方面からひんしゅくを買いかねないと思えば、扱いも丁重になるだろう。必然的に、会社の方針そのものに影響し、結果として東方社会への配慮を施すことになる。

 見込める成果だけを考えるなら、私が拒む理由はなくなると見える。せっかく目の前に王妃様がいるのだから、相談しない手はないと思った。

 

「そこで、問題が一つございます。シルビア妃殿下から、養子の話を出されました。第二子か、第三子あたりを、私の家に入れたい様子にございまして」

 

 ほう、と王妃様は感嘆の声を上げた。意外というよりは、その行動の早さに感心した様子である。

 

「シルビアが、そこまで露骨な手を使ってきたか。商売の方がうまくいっているせいで、気が大きくなっておるのかもしれん。……諸国からの富の吸い上げは、順調であると聞いたが、そこらへんはどうなのじゃ?」

「大規模農場からの換金作物の仕入れは、近年増加の傾向にあります。労働力と燃料の問題は、東方会社の支援もあって解決しましたから、当然の結果と言えばそれまでですね。……上手くいきすぎて、労働力をぞんざいに扱い始めたら、また別の懸念も出てくるのですが――」

「まだシルビアが問題視するほどのことではない、か。その余裕ゆえ、手近なところから策謀を練りたくなったと見える。……しかし、あの子は何人産むつもりなのじゃ? その調子で消費していれば、キリがあるまいに。――まあ、それはよい。大事なのは、あの子が本気であることよ」

「……冗談で終わらせるような人ではないと思っていましたが、本気で捻じ込んでくるでしょうか」

「おぬしは東方会社の代表であるし、退陣後も顧問としての地位は保持する可能性がある。なにより帰国して昇進すれば、おぬしの家は価値が出てくるからな。この二人の守り役ともなれば、ソクオチの宰相も狙えるじゃろう。……媚びを売りたい輩は、いくらでも現れるであろうよ」

 

 王妃様は、エメラ王女とオサナ王子に視線を向けながら、そう言った。

 二人は大人しく話を聞いている。口を出せるほど、情勢に精通していないこともあるが、下手な言葉が挟める雰囲気ではないと、察しているのだろう。

 いまだ、子供のままであることを許されている。そんな彼と彼女を尻目に、王妃様はさらに言葉を続けた。

 

「我が国も、東方会社を介して、色々と儲けさせてもらった。ソクオチもその恩恵を間接的に受けておるし、いまやおぬしを軽く見るものなど、西方には存在せぬ。ゼニアルゼとしては、取り込めるものなら取り込みたいであろうよ。……あの子が欲しがっているとしたら、そんな俗な理由からではないじゃろうが」

「名家でもない、たかが一騎士の家に、ゼニアルゼ王族の子を入れるほどの理由がありますか? むしろ反発の方が大きいのでは?」

「なくはないじゃろうが、忘れたか? ゼニアルゼは商業的に必要であれば、手段を選ばぬ国である。武力ではなく謀略でどうにかなる範囲であれば、相当のことを許容するであろう。……充分現実味のある話であるとわらわは思うぞ」

 

 王妃様は、驚くことなく冷静に話を受け止めてくれた。ありがたいことではあるが、静かな語り口が、かえって恐ろしい。

 なんか他国のお家騒動に巻き込まれそうな気がして、どうにも落ち着かなかった。

 

「しかし、私の家の価値……ですか? シルビア妃殿下にとって、私の家がどのように魅力的に見えたのでしょう。私個人の影響力を頼らねばならぬほど、弱い方ではありません。東西融和については、本気で考える方でもないはず。お二方の後見をやることだって、私一代で終わること。……自ら養子をねじ込んで、受け継がせたいと思えるものが、そんなにあるものでしょうか?」

「ないのにやっているとしたら、シルビアの目も曇ったと言えような。――で、お前の目から見て、あの子は曇っていたのか?」

「……微妙なところです。私にはわからない部分に気を取られている風でもありました。しかし、大臣殿に大事な部分を委任するだけの思慮はある。……他人に頼ることを覚え始めたと思えば、そこまで可笑しい気はしませんね」

「それが答えよ。――あの子なりに苦悩しつつ、現状を乗り越えて、より良き未来に臨んでおる。おぬしに対して養子をねじ込んでくるのは、その一環と言ったところか」

 

 よくよく考えれば、おぬしとてすぐに感づいたことであると、王妃様は言った。

 そう言われても、我が家を乗っ取ったところで得られるのは東方会社と、東方国家における人脈くらいのものではあるが――。

 いや、これからはそれが重要になるのか。商業的にも、軍事的にも、東方は魅力的な土地に見えるのだろう。

 

 簡単に殴り倒せるほど小さな存在ではない。むしろ、大きく鈍重であるからこそ、戦って勝ち取るのは面倒な土地柄である。

 美味しい所だけ、かすめ取るのが賢い選択だ。そして、どこが一番うまいのか。それは私が把握している所でもある。

 東方会社代表として、あるいは皇帝陛下の臣下として、三年も月日を重ねれば、おおよその部分はわかってしまうものだ。

 

「大事な情報は、身内にだって漏らすつもりはありませんが……」

「近しい所で落穂拾いを続けていれば、いずれは信頼性のある情報を選別できるようになる。――西方にとって、東方との関係は難しい。今は平和的な関係が継続できよう。しかし、五十年後はわからぬ。シルビアの孫の代、我らが死に絶えた時代に、果たして西方は東方への興味を、正しく持ち続けていられるものか? ……むしろ、収奪すべき対象に変化している可能性が、大きいのではないかな」

 

 それを防ぐために私は尽力しているのだが、シルビア妃殿下がこれに理解をしめしてくれるかどうかは別問題だった。

 長期的には損になると言っても、据え膳を放置するような人でもなければ、敗者を慮るような人でもないと私は知っている。収奪されるような隙を見せた方が悪いと、開き直るのがあの人だ。

 

「収奪にも作法があり、侵攻するなら名目が必要になる。都合のいい状況を作るためにも、我が家にゼニアルゼ王家のモノがいることが、大きな意味を持つようになるわけですか」

「うむ。――政治的な意味でも、東方は鈍感に過ぎる。外交を理解しておらず、他国は見下すもの。施しを与えるもの、という認識のままでは、どうしてもな。……もっとも、今はおぬしがいるゆえ、経過を見ていく必要はある。東方の脅威が現実的で、殴るより真っ当に付き合い続けた方が利益になるなら、シルビアとて孫世代に無茶ぶりは要求するまい。そして、その判断基準の情報は、詳細で豊富であればあるほど良い」

「その手の話が一番集まり、信用できる情報源を持っているのは、なるほど。――現状、シルビア妃殿下の手の届く範囲では、私くらいしかいませんね」

 

 未来の軍事的、あるいは商業的侵略に備えて、私の家を監視する。そのためならば、自身の血を分けた子を与えても惜しくはない――と。確かにあの方ならば、判断しても可笑しくはない。

 付け加えるなら、私にはまだ見えていない部分で、他にも理由があるのだろう。王妃様がここまで滑らかに話を進めてくれたのだから、私としても納得するほかはなかった。

 ……それでも、果断すぎやしないか、と言いたくはなるが。

 

「では、拒否すべきなのでしょうか。選択権が私にある以上、それも手ですが」

「おぬし向きの答えではないな。そうすると、シルビアの行動が読みにくくなる。……確度の低い情報に踊らされる子ではないが、老いて目が曇ればそれもわからぬ。あちらがこちらを監視するように、おぬしもまたシルビアの方を見定めよ。その方が、お互いの為であろうさ」

 

 王妃様は、なんとなく養子の話に賛成しているように見えた。

 いや、事実として、その気でもあるのだろう。強く押して反感を買うのも損だと思っているから、私を尊重した態度を取ってくれている。それがわかるから、こちらも態度を軟化せざるを得なかった。

 

「王妃様の意向はわかりました。前向きに考えます。――が、ご存じの通り、私は妻の意見に逆らえません。しっかりと尻に敷かれているので、もし一人でも強硬に反対することがあれば、シルビア妃殿下から養子を頂くことはできません」

 

 そこは仕方があるまい、と王妃様は言った。その上で、反論が出てこないことを確信している風でもあった。

 

「おぬしの仕事を理解している女どもなら、何も問題にはなるまいて。……ま、堅苦しい話はここまでで良かろう。せっかくじゃ、エメラとオサナ王子と、何かしら楽しい話でもしていくがいい。東方はわらわも興味があるし、子供であれば物珍しい話は面白く聞こえるであろう」

「私は詩人ではありませんので、武骨な話になってしまいますが……努力いたしましょう」

 

 そうして、私は二人と向かい合った。王妃様と大事な話をしていることがわかっていたのだろう。

 いままで大人しくしていただけに、こうして出番が回ってきたときは、待ってましたとばかりに構ってくる。

 

「モリー先生、じゃない。モリー殿、東方会社でアレコレやってきたと思うんだが、色々と聞きたいこともある。軍事的政治的商業的に、東方がどれだけ重要な土地であるか、改めて貴女の見解が聞きたい。――ああ、西方から見た東方について、僕はいくらか語れると思うから、お互いの為になると思うんだ」

「じゃあ、オサナ君のその話が終わったら、私の宿題を手伝ってくれない? クロノワークの宮廷でも、東方の話は多少聞くし、貴女が翻訳した書物も出回っているのよ。次の授業までに東方の思想書の内容をちょっとは理解しなきゃなんだけど、わかりにくくて。解説してくれたら、ありがたいんだけど」

 

 オサナ王子とエメラ王女が、各々の思うところを私に求めてくる。

 オサナ王子はともかく、エメラ王女とはそこまで接点がなかったはずなのに、なぜか彼女からの好感度は高く感じる。

 ……ありがたいことではあるので、突っ込むつもりはないけれど。私は付き合った方が得をする相手であると、なんとなく察したのかもしれない。だとしたら、こちらとしても受け入れるのが当然の態度だった。

 

「ええ、ええ。大丈夫ですよ。時間的制限があるわけでもなし、満足するまで付き合ってあげますから。……それでいいんですよね? 王妃様」

「そのつもりで、二人を伴ってここまで来たのじゃ。わらわはこれから帰るが、二人は残しておく。大いに学ばせてやってくれ」

 

 未来のクロノワークの為に、と王妃様は付け加えた。

 その意味を誤解するほど、私は愚かではないつもりだった。

 

「はい、未来のクロノワークの為に」

「頼むぞ。……贔屓をするには、それだけの理由がある。わらわの期待を裏切ってくれるな」

 

 現在の状況は、王妃様の贔屓によって成り立っている部分が大きい。なればこそ、私は半端な業績で満足している場合ではなかった。

 

 オサナ王子とエメラ王女の相手をしながら、私は私で自身と妻たちの保身について考えねばならなかった。

 それがクロノワークと東方の未来に直結するという現実が、なんとも恐ろしくも楽しくて。

 現実感が失せてしまいそうなほど、やりがいばかりを感ずる仕事を投げてくれた王妃様に、限りない感謝の念を送るのでした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首尾よく――というには波乱がちょっと多かった気がするが、なんとかドヴールへと帰還しました。

 通常業務が滞りなく行われていることは、街の様子を見るだけでも伝わってくるのだが、家に帰った時にどんな歓迎をされるかは、流石に読めない所だ。先触れは届いているはずだから、今日帰宅することは、伝わっている。

 

 流石に三人いっぺんに『歓迎』されるのは厳しいなあと思いつつ、自宅の玄関に上がると――そこには、ザラ一人がいるだけだった。

 

「ザラ、ただ今帰りましたよ」

「おかえり。――仕事は首尾よく済ませてきたようで、なによりだ」

「なんとか、まあ、恥ずかしくない仕事は出来たと思います。……メイルにクッコ・ローセとクミンは、まだ職場ですか?」

「今日は私に譲ってくれるらしい。三人とも、適当なところで一日を潰してくると言ってくれた。――夕食はまだだろ? 久々に、一緒に楽しもう」

 

 思った状況とは違うが、ザラなりに歓待の準備はしてくれていた。

 長旅で疲れていたから、今日は夕食を軽く済ませたら、すぐに寝て終わりだろうと思っていたけれど。

 

「手間をかけましたね。……もしかして、今日は休みをとってたんですか?」

「気合を入れて作ろうと思えば、どうしてもな。――明日も休みを取った。仕事は積み重なっているんだろうが、お前が復帰すれば、なんとかなるだろう」

 

 色気のない話はここまで、とばかりにザラは私を誘導した。

 食卓に着くと、ザラなりに手を尽くした料理と酒で私をいたわってくれる。

 

「いい香りですね。――ホーストのワインなんて、市場で出回っていましたっけ」

「最近は、東方全体でも西方の商品が出回るようになった。我々のマーケティングの成果と思えば、今楽しむのにふさわしい酒だと思わんか? ……結構な額だったが、これで売れているんだから大したものだよ、本当に」

 

 ホーストのヴィンテージ・ワインと言えば、クロノワークにはめったに出回らない高級品である。

 たまに品質の悪い、酸っぱいヤツが混じってたりもするので、評判も良し悪しだったりするけれども。

 今回のそれは、個人的には文句なしの一品だった。香りを楽しみ、口に含んで舌全体で味わう。

 

「……今夜ばかりは、真面目に酔いそうです」

「そうしてくれ。でなくては、譲ってもらった甲斐がない。――無粋な話はしたくない、とは言ったが、お前のことだ。どうせ、厄介事を持ち帰って来たんだろう?」

「夕食を楽しんでからにしませんか? ……責任を感じてしまうので、難しい話は後にしたいんです。せっかく、ザラが腕によりをかけて作ってくれたのですから」

「それもそうだ。他愛のない雑談くらいに、とどめておこう。……ちょっと前の話なんだが、メイルの奴は、また酒とツマミの新規開拓に失敗して悪酔いしてたな。懲りん奴だとは思うが、慣れればあれもまた愛嬌の内だと思うようになったよ」

「わかりますか! ――ああ、いえ、その。ザラと比べてどうこう、というつもりはないのですが、彼女には彼女の良さがあるということですね」

「わかっているとも。こちらから振った話題だ。他の女のことをどんなに褒めたって、私は許すよ。……モリーだって、これ以上女を作る余裕もなかろうしな」

 

 そうして、夕食の間は雑談に終始した。アルコール耐性のある体は、ほろ酔いにすらならなかったけれど。ザラと共にする夕食は、ほどよく私の心を酔わせてくれた。

 食事を終えると、手持無沙汰な時間になるのが常だった。お互いに語ろうと思えば、いくらでも話題はあるから、別段退屈なわけではない。

 それでも、今語ることを選ぶとしたら、直近の出来事に触れざるを得ぬ。それが、私の現状と言うものであった。

 

 適当に雑談の続きをして、一息つく。それから頭の中で考えをまとめること、しばし。

 ……眠気に誘われそうになったけれど、逡巡の時間を少し置いた後、一応の覚悟は決まった。

 ちょっと聞いてほしいんですが、と前置きをしてから、ザラに向けて話す。

 

「前に、ちょっと触れたこともある話ですが……シルビア妃殿下から、養子を勧められました」

「へえ、割と意外だな。あの方が、そんな縁結びの真似事をするとは。どこから取るんだよって話でもある」

「驚かないでほしいんですが、その――シルビア妃殿下ご自身の第二子、第三子を私の家に入れたいと言われました」

「……そうか。意外どころの話ではないとわかったが、まあ、アレだ。私の旦那がそれだけ高い評価をされてると思うと、不思議と悪い気分じゃないよ」

 

 ザラは本心で言っているように見えた。いや、実際本音を口にしているのだろう。

 シルビア妃殿下が傑物であることは、異論の余地がない。その彼女から養子をねじ込まれるほど、自分の旦那が評価されていると思えば、妻としてはむしろ誇らしいのかもしれない。

 

「私も、なんだかんだでクロノワーク騎士だからな。武人としても文官としても、モリーが価値ある存在だと認められるのは、嬉しいものさ」

「……養子を入れるのに、抵抗がないということでしょうか。シルビア妃殿下がそこまで評価して行動してくれるのなら、ザラは喜んで受け取ってくれるという……」

「うん? いや、そこはモリーの判断次第だな。お前が嫌と言えば拒否するし、良しとするなら養子自身にも好意的に接してやるさ。――私が愛しているのは、モリーだけだよ。だから、判断を尊重する。確実に言えるのは、それくらいさ」

 

 ザラは自分なりの意見を言いながら、改めて酒の準備をした。

 夕食後だから、腹は満ちている。これは、口先を滑らかにするための用意だと、ザラは言った。

 

「あくまで軽く、だが。素面では語れないような話になりそうだからな。……いいだろう、モリー」

「お望みのままに。――ザラがあえてそうしたいというなら、お付き合いしましょう」

 

 二人きりの酒の席だが、こうしたゆったりした時間を過ごすのは、非常にまれなことで――。

 よくよく考えてみれば、初めてなんじゃないかとも思う。夫として、妻たちにどれほどのものを返せているのか。何度だって思い知らされてしまうが、家庭人としての不甲斐なさを、どう償ったものだろうか。

 

「……養子の件は、引き受けてもいいか、と思っています」

 

 口の中を酒で湿らせて、私はそう言った。

 目の前の彼女への愛を口にするよりも、課題の答えが先に出る。どうしようもない旦那だと自嘲したくなるが、ザラはそんな私も受け入れてくれた。

 

「お前が望むなら、私らも異論はないさ。……あえて理由を付け加えるなら、シルビア妃殿下への配慮、というのもある。クッコ・ローセも、メイルも、あるいはクミンも。あの方には、色々と義理があるからな。断ったら、後が怖い」

「ザラ。しかし、貴女は違うはず。資金援助位は受けましたが、それ以上の関係はなかったでしょう。……貴女一人が、感情的にでも反対の立場を取ってくれたなら。私は、妃殿下の命であっても拒否できたのですよ?」

「それでは、お前が困るだろう? ……シルビア妃殿下の策の裏に何を感じたのか。私には細々とした事情はわからないし、お前も話したくはあるまい。だが、現実に受け入れる気になっている以上、それなりに道理のある事柄であるはずだ」

 

 確かに、シルビア妃殿下のお子を渡されることは、マイナスどころか大きなプラスであると受け取ることも出来る。

 ゼニアルゼの王族を我が家に入れた後の、東方国家との外交、宮廷との付き合い方、商業への利用法――。

 頭に浮かぶことは、いくつもある。徹底的に利用するつもりであれば、むしろ養子を断る方がありえない話だった。養子と言う形であれ、王家の権威を後ろ盾にできるのなら、どれだけの無茶を通せるだろうか。

 

「お前にとって、都合がいい出来事。それを否定して、感情を優先させるような、悪い妻になったつもりはないよ。……やりたいことを、やりたいようにやるがいい。私は、それを支えたいんだ」

「苦労を掛けます。本当に、本当に」

「そうじゃないだろう。謝罪じゃなくて、感謝で応えろ。それが、家族っていうもんだ」

「……はい。ありがとう、ザラ。私が今、こうして生きていられるのも、これだけ良い地位で働けているのも、貴女のおかげです。心からの感謝を、貴女に」

 

 一方的に受け入れてくれる現状が、申し訳ないと同時にありがたみも感じている。

 彼女が賛同してくれるなら、家庭内の問題はない。やってきた養子殿には、肩身の狭い思いはさせずに済むだろう。男か女かはわからないが、そこらへんの配慮は後で考えればいい。

 それより、今私が向かい合うべきは、目の前の彼女だ。

 

「そう言ってくれると、私も嬉しい。――言葉にするってことが大事なんだ。言わなきゃ伝わらないんだからな」

「まさに。……わかってはいても、口に出す機会が作れなかったり、ひるんだりすることもあります。いえ、その気になればいつでもできることのはずなのに。お恥ずかしい」

「恥じる分別があるだけ、モリーは立派だよ。家庭人としてはまだまだだが、これから精進していけばいい。――私達は、完璧じゃないんだ。努力していこう、お互いに」

 

 愛する努力を惜しんではならない。助け合うことを躊躇ってはならない。

 夫婦を続けて、もう三年を過ぎた。それでいて、にぎやかでいい家庭を築いたとは、とても言えないのが現状である。

 

「とまあ、綺麗に終わりたいところだが、せめて今くらいは私にお前を独占させろ。話だけではなく、アレだ。――わかるだろう?」

「ええ。どうぞ、ご自由に。私に価値を認めてくれる方は、今では結構いらっしゃいますが。……やはり、貴女に求められるのが、一番好きですよ」

 

 明日には、クッコ・ローセやメイルも帰ってくるだろう。クミンはどうかわからないが、彼女は彼女で動いているはずだから、職場に尋ねる位はしておくべきだろう。

 ――なんて、頭はそんなことを思いながらも、口と体はザラだけを相手にしていた。

 

「他の連中にも、似たようなことは言ってるんだろう?」

「一番好き、というのは、ザラにしか言いませんよ。……本当ですから」

「そうか、ではわかりやすいところに、傷でもつけてやろうか。誰がつけたのか、誰が一番か、思い知らせるように」

「……どうか、見えない所にお願いします。それを守ってくださるなら、貴女のお望みのままに、私を使ってくださいな」

 

 正しく、私は彼女に独占されている。そんな演技ができる位には、私もこの三年で鍛えられたのだと思うのです――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて、朝になる。窓の外を見れば、ようやく朝日が顔を出したところで、穏やかな光が私の身体を鈍く照らしていた。

 

「よっ、と」

 

 ベッドから身を起こすのは、いつだって私の方が早くて。ザラは、心地よさそうな寝息を、今も立てていた。

 シーツがめくれていたので、改めてかぶせてあげる。全裸のままでは、風邪をひきかねない。彼女が数日離れただけでも、事業の進捗が遅れてしまう。

 それだけ負担を強いていることに、夫としては不甲斐なく思うが、それもこれも時代が悪いのだと諦観したくなった。

 

「さて」

 

 自室から出て、ザラの私室へと向かう。彼女は勤勉だから、仕事を持ち帰っているだろう。

 私は独断で仕事の進捗を確認する権限――つまり、各人の私室への出入りを許されている。

 だから私がザラの机から書類を取り出して、その内容を確認したところで、文句を言われるようなことではないのだ。

 

「……人材の育成は順調。こちらで育成した者たちが、科試の試験に合格。科挙の本試験に挑む準備は出来つつある。――交易の状況は、穀物の相場は例年通り。銀や銅は徐々に高騰しつつあり。砂糖、綿は低価格で安定し始めている……と。薄利多売で儲けられるなら、それが一番ですよね、ええ」

 

 商業的に進出した地において、東方会社は政治的な影響も確保しつつあった。

 その地の有力な家に出資し、子弟を教育。彼らに科挙を受けさせ、合格した暁には、彼らを通じて様々な形で東方会社――正確にはモリー家の影響力を確保していく。

 今はその第一陣が、ようやく入り口にたどり着いただけに過ぎない。科挙の本試験は難度の高い試験であり、ここからは必ずしもうまくいくとも限らない。

 

 だが、何事も始めることが重要なのだ。十年、二十年後を見据えるなら、投下した資本に見合うだけの見返りも、いずれは期待できるだろう。

 科挙に合格し、官吏となれば、生家から離れたところに勤めることになる。それが慣例ではあるが、東方会社の支店は、その頃にはいたるところにできているはずだ。

 一部を除いて、東方国内は交通の便が良い。定期的に整備されており、馬車や船の出入りも頻繁で、人々は広く交流することができている。そこは流石に、統一国家は伊達ではないと評価したいところだ。

 

 そのおかげで、各地に散らばった『東方会社派』の官吏も、要事には団結できるというもの。

 今はまだ、彼らをいかに使うか、などと考えられる段階ではないけれど。その時が来たならば、私は躊躇わないつもりだった。

 

「何が要事か、なんて。あんまり考えたくもありませんがね。――うん」

 

 銀や銅の相場については、予想通りの展開でもある。東方から、貨幣である銀や銅が、西方に流れているのだ。

 もっとも、西方は東方でまだまだ買い物をしたい気持ちが勝っているので、時間をかけて取り戻すことは難しくない。現に、これまではそうしてやってきた。

 

 だが、これから砂糖や綿の生産がさらに拡大し、取引の量が増えてくれば、これまで通りのやり方ではうまくいかなくなる。

 東方の宮廷とて、馬鹿ばかりではない。宰相殿の才気を考えるに、一気に流通量が増えた段階で、貴金属の国外流出について危惧するはず。そこから交易に制限をかけるまで、時間はかかるまい。

 

 ――なので、その段階はこちらで調整せねばならぬと、書類を眺めながら考えた。ある程度はこちらからも還元しなくては、暴発しかねないだろう、とも。

 

 銅は銅貨、銀は銀貨の生産に必要である。これらが過剰に流出し、価格が高騰すれば、同時に物価も上昇し庶民の生活を直撃する。

 民を苦しめるのは本意でないし、憎悪を受けるのも御免だ。……東方会社がゼニアルゼを引き込むことに成功し、東西交易を一本にまとめることができたなら、ある程度の統制が出来るだろうか。

 

「そんなの、傘下の商人の反感を買うだけですか。……商業による収奪を、躊躇うような時代ではない。負けたやつが悪い、だまされた奴が悪い、なんて感覚がまかり通る世界です。東方の庶民が飢え死にしようと、職を失おうと、西方人は気にも留めないんでしょうね」

 

 だからこそ、権威がいる。我が家に、東方会社に権威があれば、多少の反感は抑え込めるし、東西融和のお題目を強調して、従わせることも出来る――かもしれない。

 なにもかも仮定に過ぎないが、シルビア妃殿下の実子を我が家に入れた上で、東方会社の重役として迎えたならば。その意志は、無視できないほどの影響を発揮してくれるものと期待したいところである。

 現代表である私の立ち位置としては、養子を受けた段階で、将来的な展望を公開し、多くの賛同を得ておく必要があるだろう。――支持を得るには、利益が必要不可欠である。利益でなければ、従わぬことへの不利益。それを強調しておく必要があるが、なんとも難しい課題であると言わねばならぬ。

 

「ま、そこらへんはまだ希望が持てる部分。将来的に西方での生産拡大と、東方の人口増大、市場開拓を合わせれば、貿易摩擦は何かしらの形で、妥協できると思うのです。……そこまで楽観は出来なくても、まだ時間はある。フロンティアは南方にもあると思えば、そこまで悲観的になる理由もないでしょう」

 

 搾取する対象が変わるだけだが、近代から現代に代わる段階においては、弱者救済の観念が広まるはず。発展途上国への援助が当たり前の世の中になれば、私のやったことだって、そのうちの誤差に収まってくれるだろうと思いたいところだった。

 ……せめて私が生きている間に、国外援助の体系については、きっちりまとめておこう。罪滅ぼしとしてはささやかに過ぎるが、何もしないよりはいいだろう。

 

「業が深いことです。恐ろしくもありますが、今さら退くことなど出来ませんし、公正の悪名を気にしてばかりもいられません」

 

 西方に対してはそれでよい。問題は、東方だ。物価の高騰を察知し、市場に介入するとしても、まずそのための資本がなくては意味がない。

 ――そこを、東方会社が補填する。もちろんタダではなく、官位をもらう形にするのだ。

 できれば裁判官や、徴税官。それに近い役職を買い取りたい。いわゆる売官制というものだが、東方国家がそこまでしてくれるかどうかは、まだ微妙なところだろう。

 

「過去の歴史に学ぶなら、たやすく受け入れられる提案ではないでしょう。だから、過去の失敗例とは違うのだと、理解させる必要がありますね」

 

 深刻な財政難から、売官制を乱用した後漢王朝は、最後には倒壊した。

 売官によって地位を得たものは、それ以上の利益を求めて苛政に走る。結果として、民衆を困窮させ土地は荒廃し、黄巾の乱に繋がっていく――。

 似たような歴史が、この世界の東方にも存在する。誰も彼もが、過去に学べるほど賢くはあるまいが、宰相殿が愚か者の轍を踏むとは思えぬ。

 

 彼の理解を得るところから、まずは始めて行く必要があろう。東方会社が国家の運営に関わるとしたら、そこをクリアしてからの話になる。

 

「東方会社が、東方国家を支配する――なんてことは、本末転倒も良い所ですが。いや、逆説的に、それは東西衝突を防ぐ手段でもあるのか? ……皇帝の権威は絶対に残しておくとして、統治者としての権限は削っていく。ただの神輿としての価値だけを残して、統治の責任を負わせないようにして……」

 

 政治的に危険な話になるが、この考えを否定したところで、行きつく先が混沌であれば意味がない。

 何かしらのビジョンが必要だとしたら、行きつくところまで行くべきなのか。東方の権威と権力を切り離し、独立させる。そこまで干渉し、社会を改変させることを目的に据えるとしたら、それは会社の所業ではない。むしろ――。

 

「征服業。シルビア妃殿下の野望と、何が違うのか――なんて。いやはや、まったく。あの方は、これを見据えて、私に名目を投げ渡そうとしたのでしょうかね?」

 

 権威と武力は切り離せない、と考えるのが一般的な思想である。怖くない奴の話なんて、誰も聞きやしないのだ。

 だから、怖い奴が権力を握って支配する。シルビア妃殿下がまさにそうであるし、東方皇帝も例にもれぬであろう。

 

 これを崩すには、権威を宗教的なものに押し上げ、現世から隔離すること。――神にしてしまって、その代理人が権力を行使する形に変えてしまうのが、もっとも有名なやり方の一つである。

 

「それはもはや日本じゃないかってね、いやはや。……皇帝陛下は、国家の象徴としては充分。後は、周囲の納得を――ああ」

 

 本当に、何を考えているんだろう、と思う。そう思いながらも、まだまだ考えることはあるのだと、理性は勝手に稼働し――実現させるための方策を、矢継ぎ早に頭の中に浮かべさせた。

 

「何と言うか、遠くに来たものですね、ええ」

 

 そろそろ、ザラも起きてくる頃だろうか。朝食の用意くらいは、しておくのが礼儀だろう。

 台所に立って、準備をしているうちに彼女がやってくる。そして、私は声をかけた。

 

「おはようございます。――今日も、いい日ですね」

 

 今日も、これからも、そうあるように。私たちは、ずっと努力し続けるのだ。

 東方と西方に、火種はこれからもくすぶり続けるだろうが、火消しに走り回る準備は整えている。

 交易のバランスは、調整するのが難しいが、私の代で破綻するほど、東方会社はもろい会社ではない。

 

「おはよう。……モリーは、朝から勤勉だな?」

「性分でして。――朝食は、もうすぐできますから。少しだけ、待っていてくださいね」

 

 まずは食べること。長い仕事と向き合うために、力をつけるのが大事だろう。

 ザラからの、寝ぼけた返事を聞きながら、私はこの日常を守ることの大事さを、改めて実感するのでした――。

 




 半端なところで終わっている気もしますが、ある程度で区切らないと、延々と話が続いてしまいますので、この辺りで。

 はじめは、とにかく書きたいものを書きやすいように、好きなだけ書くつもりで、何も考えずに文章を打ち込んでいました。

 そして、三年以上。それを続けてきました。プロットも何もない、即興で作られた行き当たりばったりのお話で、ここまで続けられたことが、筆者としても驚きです。

 それも、あと少しの作業でお終い。
 エンディングの文章を書くのに、今は苦労していますが、それもすぐに終わります。

 付け足したような、短い内容になりますが、それをもって、完結とさせていただきたいと思います。

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