黒山羊秀子は目の前の惨状を見て、もう過去であるはずの自分たちマスターランクとエイリア石を使用したジェミニストームとの戦いを思い返していた。
ジェミニストームはやはりエイリア石で強化しているとはいえ初心者の集まりである。
既にエイリア石で強化されたレーゼを筆頭としたジェミニストームの動きはハイソルジャーとしての特訓過程を終え、なおかつハイソルジャーの中でも屈指の実力を持つ彼女にとっては取るに足らない、尚更単調な動きが目に見えてしまう。
一方の雷門中に対しては、荒いところも確かに多いがジェミニストームに比べたら技術の面では圧倒している。
だが、圧倒的な力の前で技術が無意味と化している今、よく心が折れないものだと関心までしてしまう。
でも時間の問題かもな……と落胆しかけたその時、天才ゲームメイカーとして名を馳せたMF鬼道有人の動きが突如変わった。
ライン際、仮面のMFイオが青い髪をポニーテールにした一見少女にも見える少年……普段はDFだが人数不足を補うためと一時的にMFを務める風丸のボールをカットした直後。
「見えた……!!」
イオは大柄な少年である後続のDFガニメデにパスを回しライン際からボールを押し出されるのを避けた、そしてガニメデが中盤への繋としてマークされていないMFパンドラへとショートパスを蹴り出した瞬間。
「そこだ!」
そのパスを完全に見切っていたと言わんばかりのタイミングで突如現れた鬼道有人がそのボールをカットしてみせた。
「……へぇ、やるじゃん」
マスターランクで自分の友人たちでもある小柄で素早い動きが特徴のクィール、司令塔からの指示を元に洗練された動きで確実に動きを封じるアイシー、バーンやヒートなども1目置くほどのセンスを持ったレアン等のMFでもパスカットには強化後のエージェントたちと3試合を要した。
僅か1試合と前半……マスターランクの面々の要した時間の約半分で鬼道有人はその圧倒的な速さに順応しつつあるのか、否、これは違う。
「パス回しの単調さを見極められたなぁこれは」
そう、何度も言うがエイリア学園セカンドランクチーム、ジェミニストームはサッカーにおいては『初心者』たちである。
肉体こそ強化したもののサッカーの練習をした期間でいえば半年にも満たないものばかりである。
経験者である緑川リュウジことレーゼやその友人であるディアムはそこで複雑な指揮やドリブルを教えるのではなく、とにかく近くにいるフリーな選手を見つけてその選手へとパスを繋げる、という特訓ばかりをチームメンバーに積ませてきていた。
その指示は間違っていない、そのおかげで見るも無惨だった連携すらできない初心者集団は『最短』のパスルートを見つけることができるようになっており、強化された身体能力からの最短のパス回しはある程度ファーストランクであるイプシロンにも通用したし、身体能力において格下である雷門やFF出場校のチームたちにとっては厄介極まりない。
だが、鬼道有人はそこに『穴』があることに気がついた。
必ずも、人と人とが試合を行うサッカーを初めとしたスポーツにおいて、最短のパス回しが最優のパス回しとは限らないのだ。
最短のフリーな選手を見つけることだけに特化したジェミニストームのパス回しでは、ルートを読まれやすい、そんな弱点を孕んでいた。
「豪炎寺!!」
ジェミニストームたちは実戦経験が浅くパスカットの動揺からか咄嗟の判断が追いつかず、鬼道からのボールは豪炎寺へと繋がった。
そう、雷門の司令塔として戦術面を任されるほどの知識と頭のキレ、そしてなにより相手の配置などを完全に把握した上での正確なパスは今度こそ、エースストライカーである豪炎寺修也へと繋がったのだ。
「ファイア……!」
フリーな状態からDFの追従を必死の思いでゴール前まで駆け抜け、逃げ切った豪炎寺がボールを高く蹴りあげ、自らも回転しながら空中へと舞い上がる。
足に火炎が灯り、その脚がボールへと吸い込まれ、まさに爆発的な火力を伴ったその必殺技。
「トルネード!!」
しかし、鬼道も読めていない選手の裏、そう豪炎寺自身の雑念がそれを邪魔する。豪炎寺の脳裏に過ぎるのは壁にもたれかかった黒髪の少女、そして病院に残してきた妹……夕香。
「……くっ!」
黒山羊秀子にとっての『前世』にはない『今世』のサッカー特有の必殺技。
それには莫大な練習となにより集中力が求められる。
一瞬過った雑念のせいか、渾身の一撃であるファイアトルネードはゴールポストに直撃し、ゴールラインを跨ぐことはなかった。
既に点差は10/0で前半も残り僅か……。
痛恨のミスであった。
雷門イレブンに動揺が走る、自分たちのエースである豪炎寺がゴールから外すなんて、と。
たしかに豪炎寺のシュートでもエイリア学園相手に確実に入るなんてそんな風には思ってはいない、だがしかし、外したのはこれまでの雷門の試合の中でも初めてのことだった。
それを見逃さないのが約2名。
「プレッシャーが効いてるねぇ……」
彼に脅迫したスーツ姿の少女、ニグラスこと黒山羊秀子。
「……」
侵略してきた宇宙人を倒すための『地上最強のチーム』を目指す雷門イレブンの現監督であり、元々は永世学園でコーチや監督を務めていた吉良瞳子の2名である。
「精神的支柱は既に折れてるよ、雷門イレブン……君たちの心構えがいかに見苦しいものか……わかっていたのかな?」
再度、試合が動き出した。
ジェミニストームのDFである長髪にギラついた目が特徴的なカロンから何故か試合中にも関わらず宇宙飛行士を彷彿とさせるヘルメットを被った小柄な少年MFであるグリンゴへのパスを鬼道有人がカットしたのだ。
再度走る動揺、素早さやパワーで圧倒的に勝っているはずなのに1度だけではなく2度も何故?とジェミニストームの動きが鈍る。
そして一方、雷門中は数々の格上との試合をくぐり抜けてきた猛者たちである。
試合中の好機を見逃すことなく、MFの風丸とFWの豪炎寺が一気に前線へと駆け出した。
対応に遅れたものの、エイリア石で強化された強靭な肉体を持つジェミニストームのMFやDFが一斉に鬼道へと迫るが、一足遅かった。
「決めろ!豪炎寺!風丸!」
ジェミニストームの面々を掻い潜った渾身のパスが、ゴール前に迫った2人へと繋がった。
「行くぞ豪炎寺!」
素早さに長けた風丸と
「……ああっ!」
決定力に長けた豪炎寺の協力必殺技。
2人が同時にボールを高く蹴りあげる、ボールは先程のファイアトルネードより高く……そしてなにより速く空中へと炎を纏いながら空へ。
風丸が空中のボールへと追いつき、それに追従するように豪炎寺がオーバーヘッドキックの体勢へと切り替わる。
2人の脚がまたも同時にボールへと叩き込まれ、その勢いから炎の翼のように推進力が高まる。
『炎の風見鶏!!』
だが、またも豪炎寺に雑念が走る。
視線の先、ニグラスがニヤリと笑った気がした……しかしながらそれは極度の緊張と妹が無事かどうかわからない豪炎寺が作り出した幻視であり、実際はニグラスは真剣に試合を観戦していただけである。
爆発的な推進力を持ったボールはほんの僅かに軌道をズラし、ゴールを外して……元凶であるニグラスへと迫る。
同じ孤児院の仲間として育ち今現在彼女の部下に当たるジェミニストームの面々は勿論、雷門中のメンバーやマネージャーたち、そして瞳子もそれに気付いた。
危ない、と誰かが声を上げようとしたその時。
ボールは止まった、否、止められた。
「なっ」
その驚愕の声は誰から上がったのか……わからない。
だがしかし、そんな声も当然かもしれない。
スーツを着た黒髪の少女、ニグラスは片手で軽く炎の風見鶏を受け止めたのだ。
「……危ないなぁ」
一同の視線をその身に浴びる少女は苛立ちを伴ったまま、そのボールをニグラスの意識の中では軽く投げ返した。
そのボールが先程の炎の風見鶏に負けない勢いで豪炎寺へと突き刺さったことが更なる驚愕を生む。
「ぐっ……?!」
豪炎寺がボールの勢いに負け、軽く吹き飛んだ。
ワンテンポ遅れてジェミニストームたちがニグラスへと大丈夫ですか?と声をかけながら集まり、逆に豪炎寺の元に雷門中のメンバーが集まった。
「大丈夫だよ皆、試合に戻ってねー……でもパスカットされることが多くなってるから、君たちのスピードを活かしたドリブル主体に切り替えるように」
はい!とジェミニストームたちが元のポジションへと戻り始めた、しかしながら雷門中の面々は豪炎寺の元に集まったままポジションには戻ってはいない。
「大丈夫か豪炎寺!」
チームの生命線であるゴールを守るGKでありキャプテンである円堂が声をかけると豪炎寺は問題ないと小さな声で返すが、明らかにダメージが大きいのは雷門中の面々から見て明らかだった。
「なんだあいつ……俺と豪炎寺の炎の風見鶏を片手で受け止めたぞ……それにあのパワー……」
風丸が困惑しながら、ニグラスへと視線を向ける。
それに続いて鬼道や円堂もニグラスへと視線を向けたが彼女は何食わぬ顔でサッカーコートを見つめるのみ。
「あぁ、エイリア学園のマネージャーとか言っていたが、ああも簡単にボールを受け止めるとはな……」
「アイツ自身もすげー選手なのかもな」
鬼道の疑問に円堂が答えた、たしかに彼ら雷門中は自分たちの最強の必殺技であるイナズマブレイクをジェミニストームのGKであるゴルレオという大柄な少年に同じく片手で止められている。
だがそれは自分の元にシュートが向かってくるという確信や警戒あってのものだった。
視線の先にいる少女、ニグラスは豪炎寺と風丸の必殺技がゴールから逸れて自分の元に飛んでくるという明らかに不意をつかれた形だったのにも関わらず、動きにくいであろうスーツで咄嗟にキャッチしたのだ。
「……やっぱり僕の思った通りかもしれません!」
そこで眼鏡をかけた少年、目金が突如大きく声を上げた。
「エイリア学園の母星、惑星エイリアはきっと地球の何倍もの重力がある星なんですよ!!だからあんな細身の女の子でも僕達地球人の何倍ものパワーを出せるんです!!」
その声に雷門の何人かがなるほど、と声を上げた。
だがしかし、鬼道と円堂はそれだけでは納得できないと言わんばかりに顔を曇らせる。
だが、ここで雷門中の面々が話を膨らませても謎の多いエイリア学園の力の謎を解明できることもなく、レーゼからの降参か?という一言に円堂がそんなわけあるか!と声を大きく上げ、再度それぞれのポジションへと戻った。
そしてまた試合が始まるが、先程のニグラスの助言からか、ジェミニストームの戦法はパス主体ではなくドリブル主体の個人技での特攻へと形を変えた。
パスカットを狙ってのカウンターという戦法もできず、13/0という絶望的な点差で前半終了を告げるホイッスルが響いた。
「後半からの作戦を伝えます」
圧倒的な身体能力をもって言葉通りの蹂躙を行うジェミニストームの前に疲弊困憊といった状態の雷門イレブンは瞳子の言葉に集まった。
彼らはジェミニストームの前に実は試合を行っていた、それは雷門イレブンの追加メンバーである赤い髪の少女、財前塔子の率いていたSPフィクサーズという彼女以外は財前総理のSPで構成された成人チームだ。
その時は1人足りない10人での試合を余儀なくされ、1人足りないことから染岡、風丸、壁山の3名がオーバーワークにより力が発揮できなくなってしまった。
そこであえて、瞳子はその3人を外すという強気の策に出た、本調子の出せないメンバーを下げることで残りの体力が比較的余っていたメンバーでの連携を主体とし、油断した相手を前線に引きずり出すことで相手の守備を手薄にし、鬼道が人数差を補い手薄になった守備を翻弄するゲームメイクをすることでなんとか1点をもぎ取り勝利することができたのだ。
そんな彼女なら、またも奇策を用いてエイリア学園に一泡吹かせられるのではないか、そんな期待が一同に過ぎった。
「DF全員を前線まで押し上げます、全員で攻めなさい」
その指示はあまりにも無謀だった。
「そんなフォーメーションじゃ、1人抜かれたらおしまいでヤンス!」
栗のような髪型が特徴的な小柄な少年、栗松が声を上げた。
鬼道や風丸と言った残りの面々もそれに賛同するかのように講義の声をあげるも。
「これは勝つ為の策です、試合に戻りなさい」
瞳子はそれすら我関さずと、ベンチへと歩いて行ってしまう。
「皆!ゴールは俺に任せろ!」
意気消沈といった雷門イレブンに円堂は逆境にも関わらず明るい声で続ける。
「たしかにアイツらのシュートは早い……でもこれ以上点なんてやらない!!」
円堂の頼りになる声、雷門イレブンはいつも助けられてきたその声に再度士気が高まった。
応!
そうして後半が始まる。
DFも含めたフィールドプレーヤー10人が全て前線へと上がる布陣に、ジェミニストームは勿論、秀子も困惑する。
「なんだあのフォーメーションは……」
ジェミニストームのFWディアムが声を漏らす、あまり戦術面に詳しくはないとはいえ自分でもわかる、アレは間違った策だ……と。
「ふん、いくら奴らが策を凝らそうと無駄なこと、我々は構わず潰すだけだ」
レーゼは下らないと一蹴。
だが1人、この布陣に……いやゴール前にいるのがGK1人だけというこの状態に見覚えがある者がいた。
「……へぇ、そういう事か」
ニグラスはそういえばそうだった、と確信を得たように瞳子へと視線を向けた。
「今回は捨てるってわけね……まぁここからの逆転なんて奇跡が起きても無理だけど……」
そんな小さな呟きを上書きするかのように、ホイッスルが響いた。
染岡から風丸、風丸から鬼道、そして鬼道から栗松と、全員が前に突っ込むことでパスルートが多彩な故にショートパスを連続することで少しずつ前に進んでゆく……が。
「甘いっ!」
DFの栗松から一瞬にしてボールを奪うディアム、いくらパスルートが多彩でどこに行くかわからないボールも圧倒的な身体能力の前では無意味だった。
そして全員が前に出ているということは、1人抜けばそこでもう彼らのシュートを邪魔するものはないということだ。
ボールを奪ったディアムは即座にシュートを繰り出す、ゴールまでは距離があるものの、円堂はまだジェミニストームのシュートを目で捉えることすらできないのだから当然。
「ぐわっ!!」
円堂はまたも気づけば肺の中の空気を無理矢理吐き出させるかのような勢いでボールに激突し、そのままゴールラインを跨がれる。
何度も……何度も。
そして後半直後は14/0にだった点差も遂に……。
30/0という悲惨な点差になっていた。
「アイツらにこれ以上シュートを打たせるな……円堂が病院送りにされちまう!!」
誰かの焦る声、そして焦りはミスを生む。
今度は染岡がボールを奪われ、再度ディアムがシュートの体勢へと移行する。
「今度こそ……!!」
30/0もう既に30回のシュートを許してしまった円堂はそれでも何度でも今度こそと自分を鼓舞する。
ディアムのシュートが再度繰り出され、軌道からボールが消え……否、軌跡が見える。
「これは!!」
咄嗟に円堂はキャッチのために手を伸ばす、しかしその両手はボールを捕らえることはなく、ボールの勢いに負け、再度円堂ごとゴールネットを揺らす。
だが、円堂は内心歓喜していた。
見えた、と。
「うっそ……もう見えたの?」
それを見ていたのはニグラスである、彼女自身何度も…何百何千というシュートを受け、やっと目で捉えられるようになり、そして止められるまでに何日もそれからシュートを受け続けた。
そんな彼女の内心に驚愕と畏怖が込められていた。
だがしかし、驚異的な成長にはもう1つ彼女も気づかなかった理由があった。
それは今現在、円堂が試合の真っ只中という事だ。
練習でも集中しなければ怪我もするし成果も得られない、だが試合となれば集中力は練習よりいっそう増す。
それこそ瞳子の策であったのだ、と確信は更に深まる。
だが、ついに限界に来たものがいた。
「……地球にはこんな言葉がある『井の中の蛙大海を知らず』とな……」
それはジェミニストームキャプテンのレーゼであった、圧倒的な力の差に屈しない円堂たちへの苛立ち。
そう、ガイアと試合した時の自分たちは開始数分で力の差を思い知ったのに。
イプシロンにも負け、ダイアモンドダストに敗れ、プロミネンスにも手も足も出ず……諦め切ったジェミニストームのメンバーの顔を彼は忘れはしない。
「己の無力を知るがいい……!」
それは過去の自分への言葉なのかもしれない。
レーゼは足元のボールへと全力で回転を加えた。
そう、エイリア石で強化された身体能力の全力を持って。
地面すら抉りとる程のパワーが込められ、周囲にボールを中心とした風が荒れ狂う。
「なんだこりゃ?!」
「すごいエネルギーだ……!!」
染岡や風丸といった雷門中の面々に更なる驚愕が襲いかかった。
だが、円堂の瞳に悲観の色はなく。
「面白い、来るなら来い!!」
「アストロブレイク!!」
圧倒的な圧力を伴ったそれはFWのディアムやリーム程のシュートのスピードではないが……真っ直ぐに地面を抉りながら突き進む。
「今度こそ……!」
それに対し、円堂は自らのエネルギーを心臓に一気に溜め……右手を心臓に掲げながら身を捻る。
金色のエネルギーが正に魔神のような風貌で円堂の背後に現れた。
「マジン・ザ・ハンド!!」
金色の魔神の巨大な掌が圧倒的なエネルギーのアストロブレイクを防がんと振るわれる、雷門中の面々はマジン・ザ・ハンドなら……!!とわずかな希望に縋った瞬間。
「なっ?!」
拮抗する間もなく、アストロブレイクの力の奔流が魔神をまるで紙屑かなにかのように一瞬で突き破り、円堂を吹き飛ばし……ゴールネットをも突き破って……ボールは威力に耐えきれず破裂した。
更なる驚愕が雷門イレブンを包んだ、円堂のマジン・ザ・ハンドすら破られた……と。
そして、その得点により32/0
最後のホイッスルがフィールドに響いた。
試合終了である。
その音を聴いた、直後雷門中の面々は一斉に円堂の元へと集まる、円堂はダメージこそ大きいようで気を失ってはいたが、離脱してしまったメンバーほど大きな怪我自体はしていないようだった。
そんなこともお構い無しにレーゼは黒いサッカーボールを起動し、周囲の空間がまるで捻れたかのように黒く歪む。
ジェミニストームの面々が集まり、最後にニグラスがおめでとーと言いながらジェミニストームの元へと歩み寄る。
彼らのシルエットが薄くなっていき……空間の歪みが消えた頃には、そこにジェミニストームとニグラスの姿はなかった。
実際は催眠により一時的に雷門イレブンや周囲の人間を放心状態にさせ、その間に移動しただけではあるのだが、彼らはそれを脳内補正によって、突如消えたかのように錯覚するのだ。
試合直後のことである。
夕暮れが辺りを包み、あんな試合の後でなければとても美しい景色だと思えたはずだ。
ふと、瞳子は自らの新しい携帯に1件のメッセージが届いていることに気がついた。
差出人の名は『黒山羊秀子』
「……」
瞳子は携帯を操作し、メッセージには。
『豪炎寺くんにエイリア側から接触を測っています、彼の妹を吉良財閥の手の届かない場所に移動してください。
彼の父親と母親は医師会でもそれなりの力を持つ人物、吉良財閥も簡単には手を出せないとは思いますが、まだ幼く意識も戻っていないせいで自衛のできない夕香ちゃんは危ない。
やり方は瞳子姉さんに任せます
まだ、ジェネシス計画はマスターランク同士の牽制のせいか停滞してます、でも、急いで』
「……まったく、あの子は……」
大人びた思考能力を持つとはいえまだ中学生の秀子がこんなに尽くしてくれている、その事実に大人の自分が少し情けなくなる。
そして、瞳子はこれから悪役を演じなければならない、彼が雷門イレブンの精神的支柱を担っていることなどSPフィクサーズと今回のジェミニストームとの試合でとっくにわかりきっている。
だが、このまま集中力が欠けたままの彼を試合に出し続ければストレスやプレッシャーで彼自身が潰れかねない。
まずは豪炎寺くん無しでも、『全員』がそれぞれの強い意志で前に進まなければ勝利が掴めないということを教えなければならない。
瞳子はゆっくりと移動式の拠点であるイナズマキャラバンへと歩を進めた。
そこでは意識の戻った円堂や他の面々が何故か今回の試合を勝てせてあげれなかった瞳子を称えていたが、瞳子は鬼道や円堂が今回の試合の意図に気づいたのだろうと納得する。
「豪炎寺くん」
1人、意気消沈したままの豪炎寺の姿が目に映る、家族を人質にとられ……よく試合に出れたものだと彼への評価を高める。
だが、告げなければならない。
「あなたにはチームを離れてもらいます」
雷門イレブンの面々が自身の耳を疑った。
そして1部から、どうして?等と声が上がる。
だが、そんな中、豪炎寺は気づいた。
今回の不調の原因をこの女性は知っている。と
だが豪炎寺本人が納得したとしても、彼は納得しない。
「どうしてなんですか監督……?」
円堂の声が珍しくも暗くなる。
思わず、彼自身も意識せずに瞳子へと1歩踏み出した。
「豪炎寺に出ていけ、だなんて……」
「そうですよ監督、豪炎寺は雷門のエースストライカー、豪炎寺がいなきゃアイツらには勝てない」
同調した風丸、彼は比較的DFでありながらも前に出て点を勝ち取ろうという強い意志を感じるいい選手だ、だが、そんな彼にすら『豪炎寺に頼り切ってしまう』意志が微かにある。
「もしかしてミスったからか?」
背の高くスラッとした体格の色黒な選手、土門が声を上げ、円堂がそうなんですか……?と力なく再度瞳子に尋ねる。
「説明してください監督!」
瞳子だって本当ならこの場で説明したい、豪炎寺には力を出し切れない理由があるのだと。
だがしかし、それは同時に雷門を……いや豪炎寺を監視しているかもしれない吉良財閥の諜報員に聞かれる可能性がある。
僅かな可能性かもしれない、だがそのほんの少しの気の緩みが、豪炎寺修也という人間とその妹の人生に関わるのだから。
『今は』言えないのだ。
「……私の使命は『地上最強のチーム』を作ること、そのチームに豪炎寺くんは必要ない、それだけです」
握る手に力が籠る、本当なら彼ほどのメンタルを持ち、技術や肉体面などでも優秀な選手を手放すのはかなり手痛い……だが、まだ致命的ではない。
そう、この円堂守を中心としたこの雷門イレブンならまだ希望はある。
「でも、それじゃ説明に……」
なってない……そう続けようとした円堂、だが豪炎寺は歩みを進めた、そう、チームからの『一時』離脱の道へと。
「豪炎寺!」
円堂が豪炎寺を追いかける、皆の意識がそちらに向いた時、瞳子は踵を返しイナズマキャラバンから離れた。
彼らならまだ、勝機はある。
修正すべきは約2点、豪炎寺というエースストライカーがれ抜けたことによる攻撃力の欠如。
そしてDFを補欠選手でほぼほぼ経験のない目金が務めており、もしも対等な試合となった時にそここそ致命的な隙となってしまう。
この2点は次の目的地である白恋中学で解決出来る見込みがある。
そしてさらに今回の奈良遠征で得たものも大きい。
予想外ではあったが、財前塔子という優秀なディフェンス能力を保持しているMFも増えた。
そしてなにより、ジェミニストームとの試合による経験値は必ず彼らの血肉となる。
特に円堂守は最後のシュートを確実に目で捉えていた。
彼らならきっと、吉良財閥の暴走を止めるための力となる。
ふと、握っていた掌を開くと、薄く血が滲んでいた。
あぁ、私にもまだ。
人にかける情はまだあったのかと、ひとり瞳子は安堵する。
だがそんな暇はないとすぐに切り替えるのも彼女の長所である。
次の試合や、そしてジェネシスへの抵抗のために彼女は今できることをやるだけなのだ。
そう、彼らになんと思われようとも。
試合描写を書き終え、再度雷門対ジェミニストームのアニメを見た一言。
「実況のことすっかり忘れてた」
さようなら角馬!君のことは忘れない!!((