握手会で白坂小梅ちゃんのレーンに並んだ。けれどおかしなことがいっぱいで……。

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白坂小梅は存在しない

 荷物をまさぐられ、金属探知機を近づけられ。

 いざゆかん、握手会っ。

 

 今日も握手会場はすごい熱気であふれかえっていた。たくさんの人が並び、長いレーンが形成されていく。

 346プロはアイドルの数ははんぱない。だからレーンもその分多くなる。

 俺は特定の推しを決めない主義だから毎日違うレーンに並ぶけれど、それでも未だアイドル全員の握手を制覇できていない。

 

「今日は誰と握手しようかなーっと」

 鼻歌まじりに歩き回る。あんまりウロウロすると警備員ににらまれるからほどほどで決めなきゃなんねえ。

 ふと、とある白い看板が目に入った。

『最後尾 白坂小梅 』

 聞き覚えがあるけれど、誰だか分からない名前だった。真っ白な坂に赤くて小さな梅が咲いているかのような、綺麗な名前だった。

 

 よし、今日はこの子にしよう。

 

 握手券を握りしめ、レーンに並ぶ。ここのレーンも他に負けず劣らず長い。

 ウキウキしながら待ち、他に並んでいる人のファングッズから白坂小梅ちゃんの容姿を探ろうと目を光らせた。

 

 が、何かおかしい。

 

 見るからにゾンビのような人がいる。外だろうが会場だろうが完璧不審者だろ。なんで追い出されない。

 真っ白な着物を着た人がいる。ただし、えり合わせが逆だ。頭の三角の飾りといい、幽霊気取りもいいところだ。

 一見普通に見える男の子。でも顔色は真っ青だし、ひざが血で汚れている。おい誰か担架持ってこいよ。

 

 顔の青白い男の子は俺のすぐ目の前にいたので、一応声をかけた。

「えっと。体調とか大丈夫ですか?救護室行ってからの方がいいんじゃ」

 言うと、男の子はきょとんとした顔をした後、くすくすと笑った。死にかけた顔色とは思えないような、楽しそうな声だった。

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。これはえーっと、ほら、仮装です。小梅ちゃんはハロウィンとか大好きですから」

 百歩ゆずって仮装だとしたら、ハリウッド並みのコスプレだなおい。絶対体調悪いだろ。

 そう思いつつ、あんまりしつこくしてウザがられても困るので「そっか」とだけ返しておいた。

 

 まあでも言われてみれば、握手会のレーンというよりもハロウィンの仮装行列と言った方がしっくりくる人ばかりだった。

 他のレーンが比較的普通の男オタクでいっぱいなのに、このレーンだけ明らかにおかしい。老若男女、死にかけた格好をしている。あのおじいさん、目玉を落としたぜ。どういう仕組みなんだよ全く。

 そういえばお風呂に何日も入っていないような独特な匂いもしない。その代わりに漂って来るのは、血と消毒液と、少し腐ったような匂い。まるで死臭のような。考えすぎか?

 

 色々考えているうちに、列が進んできた。ハロウィン好きな小梅ちゃんとやらを拝んでやるぜ。まさか白坂小梅ちゃんもちょっぴりグロテスクな見た目なんだろうか。だったら、ちょっとやだな。

 

 前の男の子が握手する番になった。この男の子よりも小梅ちゃんは小さいらしく、姿が見えない。多分150cmないんじゃないだろうか。

「ずっと会いたかった。小梅ちゃん」

 男の子の声が聞こえる。すまん、俺そんな思いを持って並んでなくて。

「ありがとう」

 鈴を転がしたような声が聞こえた。脳がとろけそうな、甘くて小さな声だ。何度でも聞いていたくなるような、可愛い声だ。

 

 前の男の子の番が終わり、俺は前へ進む。握手の終わった男の子は、そのまま、消えた?

 どういうことだ。何か、トリックのようなものが仕掛けられていたのだろうか。動揺しながら白坂小梅ちゃんの元へ向かう。

 

 白坂小梅ちゃんは、ひかえめに言って天使だった。綺麗な金色の短髪は前髪だけが長くて、右目を完全に覆い隠している。左目は愛らしい琥珀色をしていて、肌は雪のように白かった。

 服はゴスロリ風で、ちょっぴりグロテスク風味だったけれど、それすら小梅ちゃんの愛らしさを高めるものになっていた。蜘蛛の巣のようなレースが、成長途中の胸を飾っている。

 この世の者とは思えないほど愛おしい少女。目の前に存在しているのかもあやしいほどに可愛らしい。

「白坂小梅、ちゃん?」

 聞くと、小梅ちゃんから両手を握ってくれた。

「来てくれて、ありがとう……」

 小梅ちゃんが微笑む。少女の笑顔に、大人っぽい艶を乗せた唇がアンバランスで、そこがまた良い。

 

 はがしの人が来て、握手が終わる。他の子の握手に比べると長めだったのは、白坂小梅ちゃんの話すスピードを考慮してのことだろうか。

 

「生きた人が来るのは……久しぶり、かな」

 

 そんな声が聞こえて、思わず振り返った。小梅ちゃんがこちらに向かって手を振っていた。思わず手を振り返したが、はがしの人に前へ行くよう促される。

 生きた人って、え?そういうシチュレーションなのか?

 

 終わった後、ニヤニヤロードと呼ばれる場所を全くニヤニヤもせず、むしろ困惑して通る自分に警備員が近づいてきた。やば、俺なんかしちゃったか。

 

「早く帰れ。戻れなくなるぞ」

 

 よく分からない言葉だった。その警備員をよく見ると、足が少し透けていた。まるで映画に出てくる幽霊のようだ。

 帰り道、携帯で白坂小梅ちゃんのことを調べてみる。そんなアイドル、346プロのホームページに載っていない。白坂小梅ちゃんなんていう、現役アイドルは存在しない。

 

 ただ、昔、ずっと昔、346プロが始まってすぐの頃。白坂小梅ちゃんというアイドルは存在したという。カルト的人気を誇り、346の総選挙で一位、つまりシンデレラガールの座に君臨したこともあったとか。でも、その後行方が知れていない。

 通りで名前を聞いたことがある気がしたんだ。でも、もうずっと昔のお話なのに、ネットに漂う白坂小梅ちゃんの写真は、ついさっき握手したときの白坂小梅ちゃんそっくりだった。



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