桜庭一樹さん著者「GOSICK―ゴシック―」の短編二次小説になります。

アニメを見終えてそれから原作を読み始めたので、ところどころ違うかもしれませんが、大目に見て頂けると助かります。少しで多くの方に楽しんでもらえれば幸いです。2話で終わる予定です。

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2話で終わる予定です。



前編

時は1924年、冬。ソヴュール王国。

この国はフランス、イタリア、スイスと接しており、公用語はフランス語で、首都はソブレム。国土こそ小さいが非常に豊かな国で、第一次世界大戦でも連合国の一つとして勝利を収め、「西欧の小さな巨人」と謳われている。

そしてこの国、ソヴュールのアルプス山脈の麓に位置するのは、聖マルグリット学園。ここは王国ほどではないが、それでも長く荘厳な歴史があり、貴族の子弟を教育する名門として知られている。元々はソヴュールの貴族の師弟だけが入学を許されていたが、先の大戦後は同盟国からも優秀な生徒を受け入れるようにしている。

 

「こんな事本当にあるのかな?」

 

雪降りしきる今にも凍えそうな寒い中、生真面目に読み物に更けっているのは、その成績を認められはるばる日本から留学しにやって来た、久城一弥(くじょうかずや)という少年だ。容姿は今にも吸い込まれそうな黒い瞳に、この学園に伝わっている怪談<春来たる死神>を想起させる黒の髪。その為か、学園の他の生徒達は彼のことを<黒い死神>と呼び、一人の少女を除き、彼に近づかないようにしている。そう一人の少女を除いては。

 

一通り読み終えた一弥は体をぶるっと一回震わせ寝床についた。そして朝。

 

「やっぱ積もってるなぁ」

 

一弥は寝床から体を出し外に目をやった。外は昨晩の雪で一面が銀世界だった。その美しさにしばらく一弥は見とれていたが、雪で反射した紫外線で<雪目>になることを思い出し、すぐに目を逸した。それから着替えを始め、生真面目に制服を整え昨日読んでいた本を携え、自室をあとにした。

学園内の食堂に出ると赤毛の色っぽい女性が一弥の話しかけた。彼女はこの男子寮の寮母のゾフィという女性だ。

ゾフィは湯気が立ちのぼる温かいスープと新聞を一弥の前に置き、

 

「今日は一段と寒からねぇ。体を暖かくしないと風邪引くよ」

 

一弥は一言お礼を言い、スープを口に運びながらその新聞に目を通した。すると一つの記事が一弥の目に留まった。その記事の見出しにはこう書かれていた。

 

「<もう一人の自分による殺人!? あの怪談は本当か?>かぁ。……ん? これって昨日読んでいた本に出てきた怪談とそっくりじゃないか。あとでヴィクトリカに話してみよう」

 

スープを飲み干し、一弥は食堂をあとにした。

外に出ると、猛スピードで一人の女子生徒が一弥に接近してきた。

 

「アブリル! そんなに急いでどうしたの?」

 

アブリル・ブラッドリー。彼女もここの生徒の一人で、一弥と同じく祖国から留学してここに来た。ショートカットの金髪とすらりとした手足が特徴の快活な少女である。彼女は入学早々とある怪盗の事件に巻き込まれその際一弥に助けられて以来、彼と仲良くなったのだ。

アブリルは目をキラキラと煌めかせ笑顔のまま一弥に迫る。

 

「ねえ久城くん。今日の新聞読んだ?」

「今朝の事件の事?」

「そう! 私が貸した本に出てきた内容とそっくりだったでしょ!」

 

一弥は持ってきた本をアブリルに返しながら、会話を続けた。

 

「僕も読んだ時はそう思ったけどね。それでそれがどうかしたの、アブリル?」

 

いつもはその屈託のない笑顔を見せるアブリルだが、今日は何か含みがある笑顔であると一弥は感じ取っていた。その予想は的中し、

 

「今日、二人で行ってみない?」

 

 

聖マルグリット学園の敷地の隅の方に位置する石レンガ造りで荘厳な建物、聖マルグリット大図書館。その中は、壁側には下から上までいつの年代かも分からないような本までズラリと並ぶ書棚と天井近くの空間には植物園と天井には宗教画が描かれている。

その空間にいつも一人の少女がいる。碧の瞳と長く端麗な金色の髪。その容姿から<金色の妖精>とも言われるその少女の名は、ヴィクトリカ・ド・ブロワ。天井近くのその空間で難解な本を放射状に並べ、一日中本を読んで過ごしている。

世間からは<灰色狼>と恐れられ、近づいてくる人間は殆どおらず、彼女自身知らない人間と話す事も殆どない。

 

「……遅い」

 

ヴィクトリカがしわがれた老婆のような声でポツリと呟く。話す人間などいない筈のヴィクトリカだが、ある一人の少年だけには心を許しているのだ。その少年の名は、

 

「久城め……。私がこれだけ退屈しているというのに来ないとは……。私が退屈すぎて死んでも良いのか、まったく」

 

ヴィクトリカが本のページをめくりながら待っていると、遥か下の方でガチャリと戸が開く音がした。それに続けて階段を上がってくる音が聞こえた。

 

「やっと来たか」

 

ゼーゼーと息を荒くしながら、一弥がやって来た。

 

「遅いぞ。久城。これだけ私を待たせたのだから、よほどの物を持ってきたのであろうな?」

「ごめん、ヴィクトリカ。日本から荷物が来てたみたいだから、取りに行ってたら遅くなっちゃったんだ」

「言い訳など良い。今日は何を持ってきたのだ?」

 

一弥は袋をガサゴソと音とを立てて探り、一つの透明な袋を取り出した。中には、色とりどりの表面に凹凸状をもつ小球形のお菓子が入っていた。

 

「はいこれ」

 

ヴィクトリカは渡された袋から一つのお菓子を手に取り、不思議そうに眺めながら、時折匂いを嗅いだりしてそれを見ている。

 

「これは何なのだ? 宝石か?」

「これはね。<金平糖>って言うんだ。甘いお菓子だよ」

「何ッ!? 甘いのか!?」

 

ヴィクトリカは手に取った一つを口に放り込むと、さっきまでの表情とはうってかわって、嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 

「良かった。機嫌直ったんだね」

 

一弥の言葉にヴィクトリカはハッと我に返りそっぽを向きながら、

 

「べ、別に直ってなどおらん! ただ今回はこれで勘弁してやったのだ! 感謝したまえ、久城」

 

一瞬顔を曇らせる一弥だが、そう言っている間にも口の中に<金平糖>を放り込むヴィクトリカを見て、一弥は柔和な笑みを浮かべた。

それから一弥は思い出したように、今朝の新聞に載っていた事件についてヴィクトリカに話した。

 

「どう思う? ヴィクトリカ」

「……つまらん」

「えっ?」

 

<金平糖>を食べながら読書に戻るヴィクトリカに一弥は少しムッとし、

 

「ちょっと聞いてるの? ヴィクトリカ。ねえねえ」

 

初めは読書に没頭していたヴィクトリカだが、しつこい一弥に耐えかねて、

 

「勿論聞いている。だが、あまりにもつまらなすぎて考える気も起こらんのだよ。それにたまには自分で考えてみるのもいいと思うがね」

「何だよそれ。本当は分かんないんじゃないの?」

 

一弥のその一言に本を読む手を止め、ヴィクトリカはグイっと一弥に顔を近づけて反論する。

 

「な、何を言っている! 私の<知恵の泉>に不可能はないのだよ。それに今夜屁こきいもりと行くのだろう? ならここで私が解いてしまっては興ざめというものだ。もし、どうしても分からないと泣きついて来たなら、解いてやっても良いぞ、久城」

 

その言われように今度は本当に起こったのか、一弥の口調はさっきよりも強くなった。

 

「分かったよ。 ヴィクトリカがそう言うなら自分で解いてみせるよ。 それに男はそう簡単に泣きついたりしないんだよ!」

 

ドタバタと慌ただしい音を立てて階段を下っていく一弥に聞こえるか聞こえないかの声でヴィクトリカは呟いた。

 

「まあ君の中途半端な秀才の脳で考えてみたまえ」

 

 

午後9時。夜になってグッと冷え込んで来たのか、外は雪が降っている。一弥はアブリルとの待ち合わせ場所で待っていた。しばらくしてアブリルがやって来た。

 

「ごめん! 久城くん! 待たせちゃった?」

「大丈夫だよ。今来たばかりだし」

 

安堵の表情を見せ、アブリルは荒れている呼吸を整えた。そして、多少緊張した面持ちで一弥に尋ねた。

 

「あの……久城くん。この事ヴィクトリカさんには……?」

「話したよ。事件の事も。でもさ、ヴィクトリカったら<たまには自分で考えたらどうかね>だって。せっかく退屈しないように持ってきたのにさ……」

 

怒っていながらも寂しげに見える一弥のその表情に、アブリルは奥歯を噛んだ。うつむき加減のアブリルを見て、一弥は声をかける。

 

「アブリル? どうかした?」

「う、ううん! 何でもない!! 行きましょ」

 

二人は白い息を何度も吐きながら、怪談が目撃された場所に向けて歩いていた。一弥達が歩いて出来た足跡は新雪に埋もれ徐々に見えなくなった。

 

「そういえば、久城くんは冬休みはどうするの?」

「そうだな。故郷に帰るには期間が短すぎるしなー。アブリルはどうするの?」

 

一弥の質問に対しアブリルは少しモジモジしながら答えた。

 

「私!? 私は……ねえ久城くん。その……もしよかったら冬休み一緒にどこか……」

「あ! アブリル! ここじゃないかな?」

 

そう言って一弥は何度も記事と今の場所を見比べている。その傍らにいるアブリルは、明らかに怒りの表情を浮かべているが、その後ため息をついてアブリルも記事を見始めた。

 

「久城くん。ここよ! ここ!」

「そうみたいだね」

 

二人はゴクリを息を呑む。もし記事と怪談が本当ならば、ここで被害者はもう一人の自分を見て、そしてその自分に殺された。雪はいつの間にか止んでおり、その代わりに周囲には霧が立ち込めて来ている。家を灯りもチラホラと見える。二人がしばらく見ていると前方でぼんやりと人影のようなものが見えた……気がした。

ヒィっとアブリルが声をあげる。一弥も驚きから自然と一歩後ずさりするが、そこで――

 

「……久城くん」

 

二人の悲鳴が盛大に夜空に響く。声をかけた本人もそれなりに驚いており、村の人々もその悲鳴に反応したのか外に出てきた。気を取り戻した一弥が声をかけた本人を見る。見覚えのある顔だった。

 

「け、警部!」

「全く何だね! 人が声をかけるや否や悲鳴をあげて。こっちまで驚いたではないか! とりあえず、村の人に謝りなさい」

 

ブロワ警部に促され二人は謝り、その場をあとにした。

二人に声をかけた人物は、グレヴィール・ド・ブロワ。ヴィクトリカの腹違いの兄でソヴュール警察の警部している。容姿、服装、立ち居振舞いなど、どれをとっても見事な貴族の好青年なのだが、前髪だけをドリルのようにした奇抜な髪型の所為で、勿体ないことにそれらが霞んでしまっているのだ。

 

その学園の帰り道、一弥は月明かりに照らされ、金色に輝くドリルの髪型を持つブロワ警部に尋ねた。

 

「警部。何であの村にいたんですか?」

「久城くん。それはこっちの台詞なんだが」

 

最もな指摘もされ一弥は苦笑いをする。ブロワ警部は、髪に積もった雪を払いながら一弥の質問に答えた。

 

「まあいい。私は今朝の事件の調査に来ていたのだ。凶器すら見つかっていない状況の上に被害者が殺された時、一緒にいた男に話を聞いても分からずじまいなのだ。それに新聞社は変な噂を広め始めるしな」

「<もう一人の自分は死をもたらす>って話ですか?」

 

鼻息を荒くしてブロワ警部は答えた。アブリルも悲鳴をあげた割には、怪談の話になると興味津々のようだ。

 

「<もう一人の自分が殺した>なんて解決で、納得すると思うかね? いたずらに事件が拡大解釈される前に解決しに来たというわけだ。で、君たちは?」

 

一弥は今朝の新聞で見た記事でここに来たことを伝えた。それを聞いてブロワ警部を不思議そうな顔をした。

 

「いつもならあれがサクッと解決しているものだが……今回は聞いていないのかね?」

「警部……。あれじゃなくてヴィクトリカですよ。聞いたんですけど<自分で考えろ>って言われました」

 

一弥のその反応にブロワ警部が難色を示した。ブロワ警部はアブリルに少し時間をもらい、一弥の肩に腕を回し小さな声で話し始めた。

 

「久城くん。まさか妹と仲違したのか? だとしたら早く仲直りしたまえ」

「別に仲違いしたわけじゃないんですけど……。それにブロワ警部こそ、たまに自分で聞いて下さいよ」

「何を言っている。君を通じて聞いているではないか」

「それじゃダメじゃないですか……。それに今回ばかりは僕はヴィクトリカに頼るつもりはありません!」

 

一弥のその主張にブロワ警部は?を浮かべたので、一弥は一部始終を事細かに説明した。

 

「久城くん……。そんなつまらないプライドの為だけに……」

「つ、つまらないとは何ですか!? 僕だって男です! 今回ばかりは自分で解きますからね!」

 

子供のように一点張りの主張を続ける一弥にブロワ警部は何か言おうとしたが、痺れを切らしたアブリルが割り込んできた為、ブロワ警部は口早に、

 

「とにかく! そんなつまらないプライドは捨てて早く妹と仲直りして、解決してくれたまえ。では私は失敬するよ。夜道は危険だから気をつけたまえ」

 

雪が降る中、ドリルの髪型をしたブロワ警部は髪に付いた雪を払いながら遠くに消えていった。

今まで蚊帳の外にされていたアブリルが一弥に言った。

 

「じゃあ私もそろそろ帰るね。今日は付き合ってくれてありがとう」

「じゃあね、アブリル。また明日」

 

 

後編に続く




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