機動戦隊アイアンブラッドサーガー悪魔と少女と機甲ー   作:野生のムジナは語彙力がない

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お帰りなさい!指揮官様!
投稿が大分遅くなってしまい申し訳ありません

ウクライナ侵攻で同じロシア系の人々が殺し合うという現状は、ちょうど今やっているチュゼール内乱での状況と似ているなと思いました。平和ボケした我々にとっては同族で争うなど理解しづらい感覚ではありますが……どんな気分でやってるんでしょうね? 言いたいことはもっとありますが1つだけ……誰かこのクソッタレな状況を何とかしてくれよ。どうせ勝っても勝てないのに……いったいどれだけ血を流せば済むんだ?


前置きが長くなり申し訳ありませんでした
それでは、続きをどうぞ……


第43話:勝利の後始末

チュゼールでの戦いから1週間後……

 

 

 

大国であるチュゼールを舞台とした、シャラナ王女率いるカピラ陣営と反乱軍ないしブラーフマ陣営による覇権争いは、反乱軍陣営の将であるブラーフマが戦死したことで、一気にカピラ陣営優勢の流れとなり、一応の決着を見ることとなった。

 

その後、シャラナ姫は軍を南下させ天界宮へと進出。

未知の戦力を抱き込んだカピラ陣営に対抗すべく、ブラーフマは先の遠征に戦力の大半をつぎ込んでしまっていたことで、手薄となった天界宮には少数の防衛部隊しか配備されていなかった。

 

しかし、天界宮を包囲する圧倒的な戦力差を前に、天界宮に残ったブラーフマ陣営の残党はロクな抵抗もままならず武装放棄、崩壊しかけた天界宮の頂上には降伏を意味する白旗が高々と掲げられ、無血開城が行われた。

 

かくしてシャラナ王女は天界宮の奪還に成功。

さらに天界宮の行動に連動するような形で、チュゼール各地に散っていたブラーフマ陣営の残党たちも次々と降伏、一切の抵抗なくシャラナ王女の軍門に下るのだった。

 

そもそもがブラーフマの私怨から始まった内乱なのだ。恐怖政治によって戦争を強いられ、ブラーフマが戦死してそれがなくなった今、反乱軍の兵士たちもこれ以上、無益な同族殺しなど望んでいなかった。

 

かくして、チュゼールの行く末を巡るこの血生臭い内乱は、シャラナ姫側の逆転勝利という形で幕を閉じることとなった。

 

そして、歴史は勝利者のものである。

シャラナ姫の南下と並行して行われたモービィ・ディックの情報統制により、主君殺し、行き過ぎた私刑、人身売買、賄賂、虐殺行為、神への冒涜、違法薬物の製造販売などといった、開戦から今日に至るまでのブラーフマのしでかした悪業の数々が、全世界に向けて白日の元に晒された。

 

それと同時に、ブラーフマに目の前で実の父親を惨殺され、城を追われながらも、僅かな戦力を率いて正面から巨悪に立ち向かったシャラナ姫の勇姿を讃えるプロパカンダを流した。

 

世界中に張り巡らされた情報網を通じて、これらの情報は瞬く間に世界中へと伝播し、その結果、ブラーフマの残虐性は全世界から批判されることとなった。その一方で、逆境を乗り越え勝利を掴んだシャラナ姫は悲劇のヒロインとして多くの人々の同情を買い、世界中から賞賛の声が響き渡った。

 

それはチュゼール国内でも同様だった。

『浄化戦争の再来』と称されるブラーフマ陣営のテクノアイズ製無人戦車の大量投入、そして破壊神『シヴァ』の復活。先の戦いにおける出来事はブラーフマへの批判材料として紐付けされ、神話と広大な土地を信仰するチュゼールの人々の怒りを買った。

『浄化戦争の再来』という常軌を逸したブラーフマの非常な振る舞いは、チュゼールの地に眠る神の怒りを買った。だからこそブラーフマは天罰を受けたのだ……チュゼールの歴史家や文化人たちは、皆口を揃えて今回の内乱をそう結論づけた。

 

そして、シャラナ姫の活躍によって神の怒りは鎮まり、チュゼールの地に安寧の時が訪れた……全土に拡散されたその事実が人々に周知されていくにつれ、英雄扱いされたシャラナ姫の支持率はうなぎ登りとなり、様子を見ていた地方の藩主たちも手のひら返しでシャラナ姫の元へ参画、こうして分裂しかかっていたチュゼールは統合されることとなった。

 

結局のところ、元凶であるブラーフマ1人を生け贄にして、シャラナ姫を見捨てるつもりだった藩主たちは全てを丸く収めたというわけだ。

 

シャラナ姫がこの国を救った。

 

世間では、その『結果』ばかりが取り上げられ、内戦終息に至るまでの長い過程が論題に上がることはなかった。どうして、明らかに劣勢であったはずのシャラナ姫側がこの戦争に勝利することが出来たのか?

 

『白鯨』

即ち、モービィ・ディックと呼ばれる者たちがシャラナ姫の裏で暗躍し、勝利に多大な貢献をしていたことも知らず。

モービィ・ディックによる情報統制とミームの拡散、そして空中散布された記憶処理材が目撃者たちの記憶を消去し、シャラナ姫や一部の将校以外の人々からその存在を隠蔽した。

 

他国に頼ることなく自分たちの力だけでブラーフマに抗い、歴史の勝利者として新たにチュゼール王としての座についたシャラナ姫のことを、前王のような軟弱者と吹聴し見下す者はいなかった。

 

 

 

 

 

『白鯨』(モービィ・ディック)所属

クィークェグ級空中戦艦

ー船首甲板ー

 

 

 

 

 

「……終わったな」

 

「はい。終わりましたね」

 

仮面の部隊長(アルファ・ワン)ことネームレスの言葉に、同部隊に所属する騎士・ビアンカが同意を示した。ネームレスは空中戦艦の主砲、その直線上にある舳先部分に堂々と直立し、眼下に広がる雲海を見つめていた。

 

ネームレスの背後にはビアンカの姿があり、さらにその背後には副隊長(ツー)であるミュラーと、2人の騎士たちがリラックスした状態で甲板上の柱にもたれかかるなり、腰を下ろすなりしている。

 

チュゼールの上空約5000メートル

空気の薄い極寒の世界。それでいて圧倒的な強風が吹き付ける中、驚くべきことに白鯨・薔薇十字騎士団に所属する5人の騎士たちは、まるでなんの影響も受けていないかのように甲板上に佇んでいた。

 

「……って! 何で皆さん平気なんですかぁ!?」

 

ただ1人、新米騎士のカロルだけを除けば……

無理もない、見ているだけで足がすくんでしまう程の極限の世界に、何の説明もなくいきなり連れてこられたのだ。寒さと恐怖でガタガタと身を震わせながら、姿勢を低くし、強風に飛ばされてしまわぬよう必死な様子で主砲の固定具に抱きついている。

 

「カロル、声を荒げるな。肺が凍りつくぞ」

 

柱に軽く身を預けながら、カロルの方を見ることなく副隊長のミュラーは短くそう告げた。

 

「俺たちは常に最悪の事態を想定して行動している。場合によっては、こういった極限の状況下で機甲に頼ることなく活動せねばならない。これはそのための適応訓練だ」

 

「どういう状況ですかそれ!? だ、だからって……だからって、何もこんなところでする必要はないじゃないですかッ! はぁ……はぁ……ここは寒いし空気も薄いし飛ばされそうになるし、人のいるべき環境じゃないですよ!」

 

カロルの長い髪が強風で激しく乱れる。

しかし、今の彼女にはそれどころではなかった。

 

「ここに俺たちがいるが?」

 

「というか、皆さんなんでそんなに余裕なんですかッ! 私なんて柱にしがみついているだけで精一杯だっていうのに、命綱なしでなんで堂々と立っていられるんですか!? リーダーさんなんて……あ、あんなギリギリのところにいて、……お、落ちちゃいますよッ!?」

 

強風の中、カロルは舳先のギリギリに佇むネームレスを指差し、気が気でないといった様子でミュラーに訴えかけた。

 

「やかましい、いずれ慣れる」

 

「そ……そんな、無理ですよぉ!」

 

涙目になったカロルの言葉にミュラーは小さく息を吐くと、その場で軽く手を叩いてみせた。

 

「ICEY、いるか?」

 

「…………」

 

その瞬間、甲板の一角に小さなオーロラが出現したかと思うと、その中からまるでカーテンを開けるかのように、藍色のバトルスーツを身につけた少女……ICEYが姿を現した。

 

「ICEY、新米に手本を見せてやれ」

 

「…………」

 

ミュラーの指示にICEYは静かに頷くと、どこからともなく右手にブレードを出現させ、それから傾斜角が45度にも満たない甲板の側面を勢いよく疾走し始めた。

 

「ちょっ……え、えええええッ!?」

 

「〜♪」

 

狼狽えるカロルを横目に、ICEYはさも余裕そうな表情で甲板の上を高速で動き回り、強風の中を幾度となく跳躍し、艦を傷つけないようにしつつブレードを用いたコンボを試した。

 

命綱もなく縦横無尽な動きで約20秒にも渡って美しい太刀筋を披露し終えると、彼女は高く跳躍し、実に10メートル近い高さにある艦橋の頂きに触れ、それから高速回転と共に甲板の上に華麗な着地を決めた。そして、ICEYはおっかなびっくりといった表情で自分を見つめるカロルの視線に気づくと、

「貴方もやってみる?」

……そう言わんばかりの表情で持っていたブレードを差し出してきた。

 

「……む、無理です遠慮しますッ!」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「…………」

 

「隊長、先程から何を見ているのですか?」

 

無言のネームレスにビアンカが問いかける。その瞬間、ひときわ強い風が騎士たちの間を通り抜けるも、しかし、強風はビアンカの長いブロンドの一本すら動かすことは出来ない。

 

「……いや、何も」

 

否定の言葉を口にしたネームレスだったが、その視線が動くことはなかった。空中戦艦の周囲を覆い尽くす真っ白な雲海、どこまでも広がっていると錯覚してしまうほどの壮観な光景は、彼の心に何かしらの影響を与えていた。

 

『あの〜、みなさ〜ん!』

 

その時、部隊全員の通信装置から間延びした少女の声が響き渡った。咄嗟に、副隊長であるミュラーが通信機のスイッチを入れる。

 

「ツーだ。ポヨーナ、どうした?」

 

『その……お休み中のところ申し訳ないんですけど、次の戦場に向かって欲しいと、騎士様たち宛に指揮官さんからメッセージが来ているんですけど』

 

「エイハブが? 全く……人使いが荒い」

 

イヤホン越しに耳を押さえつつ、ミュラーは思わず艦の後方にそびえ立つ艦橋へと振り返り、小さくかぶりを振った。

 

「それで、次の戦場は?」

 

『それが……グレートブリテンだそうですけど』

 

「……!」

 

その時、騎士たちの間に衝撃が走った。

ネームレスは仮面の奥に鋭いものを光らせ、ミュラーは眉間に深いシワを作り、ここまで微動だにしていなかったビアンカの長いブロンドが、まるで意思を持っているかのようにざわめく、他の2人の騎士も同様に小さく反応した。

 

「ブ、ブリテンって……帝国で一体何が!?」

 

なんの前触れもなく自分の故郷の名前が論題に上がったことで、カロルが戸惑いを露わにする。

 

「オール・アルファ、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない」

 

ネームレスは部下たちを宥めると、通信機のスイッチを入れた。そして仮面の中で小さく息を吐き、身につけていた白いマントを素早く翻し、艦橋へと視線を送った。

 

「了解。何処へだって行くさ、マスター」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

【交信ログ:No.231】ー記録開始ー

 

 

 

【オンライン:A】

【オンライン:Q2】

 

 

 

Q2:エイハブへ

情報統制が完了しました。

世論は完全にシャラナ姫を支持する流れとなっており、逆にブラーフマと彼に賛同した者たちを戦争犯罪人として裁くべきだという意見が溢れています。彼らを弁護するものはおりません。所詮、死人に口なしです。もはやこの流れを止められる者はいません。

裏切った者が最終的にどんな末路を辿ることになるのか、チュゼールの地方を収める藩王たちへのよい見せしめとなったことでしょう。今後少なくとも30年はチュゼールで今回のような内戦は起こらないでしょう。

 

Q2:また情報統制を行うと同時にミームを拡散、さらに記憶処理薬を空中散布しました。もはや、チュゼールの地に我々の存在を知る者はシャラナ姫や一部の将校を除いて他にはいません

報告は以上です。

 

【オンライン:Q1】

 

Q1:んじゃあ、今回の戦争はもう終わりってこと? ふーん、案外あっけなかったわね

 

Q2:まあこんなものだろう。

考えの古い老人が作り上げた軍隊など、所詮、有象無象の集まりに過ぎなかったということだ。

 

Q2:また、チュゼールでの核爆発をブラーフマと結びつけるようなことはしませんでした。彼の存在がファントムをチュゼールの地に呼び寄せたのはQ4からの報告で明らかとなってはいますが、あくまでもブラーフマはこの件とは無関係であるというように世論操作を行いました。

 

Q1:あれ? 今回の一件は勿論のこと、市民の虐殺から子犬の屠殺まで、人権団体や動物愛護団体が黙ってないようなありとあらゆる罪をこと細かく被せておいて、一番ヤバそうなそれは糾弾しなかったんだ?

 

Q2:事態がややこしくなってはかないませんからな。はい、全てキャプテン・エイハブ……貴方様の指示通りにです。

 

A:ご苦労。

 

Q1:やっほーエイハブ♪ そっちはどう?

 

A:問題ない。そちらの進捗状況は?

 

Q1:こっちはエイハブリアクターもとい相転移エンジンの解析が完了したわ♪ エネルギー変換の仕組みも理解できたし完璧に再現……ううん、今の私ならバルバトスに内蔵されているもの以上のものを、より安価で大量に作れるわ!

 

Q1:今更だけど、エイハブとエイハブリアクターって名前似てるわよね? すごい偶然! 分かりやすいように、今後はこう呼んであげましょうか? 指揮官……あはっ、どう? 懐かしいでしょ?

 

A:Q3、そちらはどうだ?

 

【オンライン:Q3】

 

Q3:はい。こちらで進めている量産型Vの第2計画はもう間も無く完成します。葵博士はよくやってくれました。彼女はもう完全にこちら側の人間です、Q4の送ってきたクロノクル・ノヴァの開示に必要な抹殺対象リストからの除名を検討してもよろしいかと

 

Q2:今回の戦争でパワードの戦闘データは十分に収集できました。さらにV2の生産に必要な資金の調達も既に完了しております。貴方様の指示があれば、今すぐにでも計画を実行に移すことができます。

 

A:流石だな。3人とも

 

Q1:ふふん、もっと褒めてもいいのよ?

 

Q2:四重奏の名は伊達ではありませんから

 

Q3:いえ、大したことではありません

 

Q2:して、エイハブ

貴方様がこの話をするということは……

 

Q1:つまり……いよいよってこと?

 

A:そうだ。

我々はまもなく『世界の敵』として大規模侵攻作戦を開始する。当初の予定通り、第一段階の攻撃目標はソロモン。嘘で塗り固めた歴史で成り立つ現在を作り出し、そして傲慢にも世界を裏側から支配せんとする害虫どもを1匹残らず殲滅し、社会の腐敗を摘出する。

 

A:四重奏の諸君……いや、セラスティア、オスカー、そしてハインリヒ。今、この場にいないQ4にも伝えておけ、まもなく……『オペレーション:アイアンブラッド』の幕が上がると

 

Q1:了解! あはっ! 楽しくなってきたわね!

 

Q2:ソロモンへの一斉反攻作戦……

まさしく『世界の敵』である我々に相応しい初陣ですな。

 

Q3:御意

ついに、この時が来るのね……

 

A:具体的な作戦決行の期日と概要は追って知らせる。各自、それまでに必要な備えを怠らぬよう務めよ。

全ては、失われた未来を取り戻す為に……

 

Q1:分かってるわよ♪

他ならぬ指揮官の頼みなら、尚更のことね

 

Q2:見ものですな。

貴方様の行動で、世界がどのように変革するのか

 

Q3:ええ、必ず成し遂げてみせましょう。

そして、あの子が生きる明日を……必ず

 

【Q1:オフライン】

【Q2:オフライン】

【Q3:オフライン】

 

 

 

 

 

A:みんな、ありがとう

 

 

 

 

 

【交信ログ:NO.231】ー削除済みー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

『白鯨』(モービィ・ディック)

空中艦隊はチュゼール領空より撤退

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに1週間後……

ババラール連盟領内

OATHカンパニー本社

 

 

 

「〜♪〜♪」

 

 

 

「…………」

すぐ近くから聞こえてくる誰かの鼻歌を感じ取り、三日月は夢の中で自分の意識が徐々に覚醒に向かいつつある気配を感じた。

 

「心の奥底に小さな〜願いが〜眠っていた〜♪」

 

聞き覚えのない歌

しかし、その歌声には聞き覚えがあった。

 

「……」

 

歌声の主が眠っている自分の周りを忙しなく動き回る気配、三日月がうっすらと目を開けると、そこは四方を白い壁で囲まれた病室と思わしき場所だった。

部屋の中心にはベッドが1つあり、その上には三日月が仰向けで寝かされている。ベッドは彼の為に作られた特注品なのだろう、背中に移植された阿頼耶識システムのコネクターがベッドの中に沈み込む形となっており、普段は横向きに眠る三日月でも違和感なく仰向けで眠ることができていた。

 

天井には換気用のシーリングファンが目視可能な速度で回転していた。眠ったままの状態で視線を下げると正面には液晶テレビ、右手側の窓際にはオリーブ色のカーテン、部屋のどこにも時計はなく、三日月は代わりに壁に掛けられたカレンダーの日付を見つめた。

長いこと眠っていたからか時間感覚が狂っているらしく、窓から差し込む日差しを見ても、三日月にはそれが朝日か夕日なのか見当がつかなかった。

 

「だけど本当は忘れていた〜♪」

 

三日月から見て左手側、彼の枕元には幼い少女の姿があり、囁くように歌を口ずさみながら、様々な医療機器が収納されたサイドラックの上に花瓶を置き、その中に花を生けようとしているのが見えた。

 

アイルーだった。

可愛らしいワンピース姿の少女は手にした花束の中から白い花を一輪だけ優しく抜き取り、その白く瑞々しい花弁の1枚を指先で軽くなぞると、ニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべて花瓶の中へ差し込んだ。

 

「げんじつは〜、いつも〜♪」

 

「…………」

 

三日月はうっすらとした表情のまま彼女を見つめた。しかし、アイルーは彼の覚醒に気づいた様子はなかった。三日月は彼女が生ける花へと手を伸ばそうとするが、そこで動かそうとした左手に違和感を覚えた。

 

まるでロープか何かで固定されているかのようである。視線を向けると、三日月の手首には点滴の針やら何やらがいくつか刺さっていた。指にはパルスオキシメーターが取り付けられており、三日月の生体情報がサイドラックの中に置かれたバイタルセンサーに反映され、ピッピッ……とラックの中で一定のリズムを刻んでいる。

 

「だ〜か〜ら、もう一度立ち上がれるなら〜♪」

 

「アイルー……」

 

「それはひと組の〜♪…………るる?」

 

乾ききった喉を無理やり言い聞かせ、三日月が弱々しく彼女の名前を振り絞ると、アイルーはそこでようやく三日月が意識を取り戻したことに気づき、驚いた表情を浮かべた。

 

「あ! 三日月お兄ちゃん起きたなの!」

 

アイルーは持っていた花を素早く花瓶に押し込み、慌ててベッドに身を乗り出して三日月の顔を覗き込んだ。そして、三日月が意識を取り戻したことを改めて確認すると、さも安心したような表情を浮かべた。

 

「三日月お兄ちゃん、おはようなの!」

 

「うん…………おはよ」

 

「よく眠れたなの? 1週間以上も眠り続けるなんて、三日月お兄ちゃんにしては珍しくお寝坊さんなの〜」

 

「…………」

 

1週間以上……?

アイルーの言葉が三日月の脳裏で反芻する。そこで、先程ぼんやりと見つめていたカレンダーに刻まれた日付を思い出し、三日月はゆっくりと身を起こした。

 

「ぐっ……」

 

しかし、起き上がろうと四肢に力を込めたその瞬間……三日月は全身に激痛を感じてうめき声をあげた。ファントムとの戦闘でバルバトスが受けたダメージが今頃になってフィードバックされたものなのだろう、酸に蝕まれ切断を余儀なくされた左腕と、砲撃によって吹き飛ばされた右腕と両足に幻肢痛が生じ、起き上がることすらままならず、三日月は再度ベッドの上に倒れ込んでしまう。

 

「あっ……お兄ちゃん!? 痛いなの!?」

 

苦しそうにする三日月を見て、アイルーはたじろぐ。

 

「えっとえっと……い、今、ミドリちゃんかお医者さんを呼んでくるから少し待っててなの!」

 

そう言ってアイルーは病室から走り去ってしまった。人を呼ぶならベッドヘッドに取り付けられていたナースコールを使えばいいだけの話だったのだが、突然の出来事にそこまで思考が及ばなかったようである。

 

「…………っ」

 

痛みで朦朧とする意識の中、一切の身動きが取れず、三日月は病室の天井を凝視し、ただひたすらにこの幻肢痛が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。

 

「…………」

 

果たして、アイルーはどこまでミドリを探しに行ったのだろうか? たったの数分が何時間にも感じられるほどの激痛に三日月が苦しみ続けていると、そこでようやく病室に何者かが入ってくる気配があった。

 

「三日月さん……」

 

しかし、それはアイルーの声でもミドリの声でもなかった。かと言って聞き覚えがないということもない……それは、三日月にとって最も大切な人物の声だった。

 

「……テッサ……?」

 

痛みに耐えながら、三日月はうっすらと目を開けた。するとそこにはアイルーの姉であるテッサの姿があった。しかし、彼女はいつもの露出の多い服装ではなく、全体的に肌を覆い隠すような黒い厚手のジャケットを着込んでいる。

 

「痛い、ですよね」

 

痛みに呻く三日月を見て、テッサは胸に手を当て心配そうな表情を浮かべた。ややあって意を決したように三日月の枕元へ歩み寄ると、耳元に顔を近づけ、三日月の髪を優しく撫でた。彼女の身につけていたルビーの首飾りが、三日月の右肩に触れる。

 

「私には、三日月さんが抱えている痛みを理解することはできません」

 

耳元で囁かれたその言葉と、間近に感じられる彼女の温もり、そして肌の柔らかさに、三日月は少しだけ体の痛みが和らいでいくのを感じた。

 

「だけど、三日月さんが深く傷ついているということだけは分かります。信じていた人に……かけがえのない大切な家族に突然裏切られた気持ち、それは私にとって……大好きなお母さんが敵になったってことと同じだろうから」

 

三日月の瞳を真っ直ぐに見つめ、テッサは続ける。

 

「もしそうだったとしら……私が三日月さんの立場だったら、きっと私にはとても耐えられないと思う。自分の力ではどうしようもないって、いろんな感情でいっぱいになって、何もできなくなっちゃうと思う」

 

「…………」

 

「私……ミドリさんに頼んでアーカイブを見せてもらったんです……あなたの。三日月さんは、ここにくるまでたくさん傷ついてきたんですよね? 私とそんなに年も離れていないのに、その体に既に一生分の苦しみを背負っている。もう、三日月さんは十分に頑張ってきたんでしょ……だったらもう、傷つかなくてもいいんですよ?」

 

そう言って、テッサはジャケットの内側に手を入れた。内ポケットから手を引き抜き、彼女が取り出したもの……それは何かしらの薬品が封入された1本の注射器だった。

 

「テッサ……?」

 

「三日月さんが……三日月さんさえ良ければ、私に三日月さんの痛みを肩代わりさせて下さい。三日月さんを苦しめるものは、三日月さんの邪魔をするものはみんな私が叩き潰します。だから三日月さんは……もう……傷つかなくていいんです。もう、あなたが……三日月さんが苦しんでいるのなんて私は見たくないです」

 

虚ろな目で注射器のキャップを外すテッサ

顔に暗い影を落とし、重苦しい雰囲気に包まれた彼女の姿は、まるで鉄華団の悪魔と呼ばれていた頃の自分の生き写しのようではないか、三日月は心の奥底でそう直感した。

 

「あなたの邪魔をするものは誰だって、何だって……私が消します。だからファントムだとか、オルガさんだとか……三日月さんが辛くなってしまうものはみんな忘れて、楽になりましょう……」

 

くすくすと冷淡な笑みを浮かべて、テッサは注射器の針を三日月の右手にあてがった。

 

「安心して、眠っていてください……」

 

囁き声が三日月の脳裏に響き渡る。

注射器の針が、ゆっくりと肌に差し込まれた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「三日月くん! しっかりして下さい!」

 

「……っ!」

 

三日月がふと我に帰ると、いつのまにか目の前にはミドリの姿があった。彼女の隣にはアイルーの姿もあり、両名とも心配そうな表情で三日月のことをジッと見つめていた。

 

「三日月くん……よかった、どうやら大丈夫なようですね。アイルーちゃんから貴方が痛みを訴えているということで慌てて飛んできたのですが、どこか痛みはありませんか?」

 

「えっと……ん、大丈夫」

 

三日月は仰向けの状態で試しに腕を回して足を軽く動かし、それから身を起こしてみたものの、つい先ほどまでの幻肢痛が嘘だったかのように綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。

 

「三日月お兄ちゃん、ほんとに大丈夫なの?」

 

「うん、俺は大丈夫。心配かけてごめん……」

 

アイルーはなおも心配そうな表情を隠しきれない様子だった。三日月はそんな彼女を安心させるために頭を軽く撫でてあげると、アイルーはいつもの天真爛漫な笑みを浮かべるのだった。

 

「それでミドリちゃん……テッサは? さっきまでここにいた筈なんだけど」

 

「テッサさんですか? いえ……私が来た時には誰もいませんでしたが、アイルーちゃんは見ましたか?」

 

「お姉ちゃん? ううん、アイルーも見てないなの」

 

「……そっか」

 

「……?」

 

三日月の様子に違和感を覚えたミドリは、少しだけ部屋の周りを見回してみた。1時間ほど前に三日月の様子を見に来た時と何ら変わっていないように見える部屋の内装……しかし、ひとつだけ変わっているものがあった。

 

部屋の片隅に置かれたゴミ箱、僅かにだがその位置が1時間に見た時と変わっているようにな気がした。そっと中を覗き込んで見ると、アイルーの持ってきた花束の包紙などのゴミなどに混じって、空の注射器が入っているのが見えた。

 

何でこんなものがここに……?

ゴミ箱から回収した注射器を見て不審に思いつつも、動じた様子を見せない三日月の様子を見て、ミドリはあえて何も聞かないことにした。

 

「ねえ、ミドリちゃん」

 

「あ……はい、何でしょう?」

 

「戦いはどうなったの?」

 

「…………」

 

三日月の問いかけに、ミドリはどう答えて良いものか少しだけ逡巡した後、思い切って全てを打ち明けることにした。

 

「三日月くん、いいですか? 落ち着いて聞いてください」

 

非常に込み入った話ということもあり、ミドリは一旦アイルーを下がらせ、そばにあったパイプ椅子を開いて三日月の近くに腰掛けると、それから言葉を続けた。

 

「チュゼールでの戦闘から2週間……その2週間もの間、あなたはずっと眠り続けていました。あの日、チュゼールの落日と呼ばれたあの戦いで何があったのかを、我々OATHカンパニーは全て把握しています」

 

「バルバトス……いや、オルガは?」

 

「……残念ながら」

 

ミドリは俯きがちにかぶりを振った。

 

「我々は敗北しました。三日月くんやベカスさんたちの攻撃も、サーモバリック爆弾による爆撃でさえも……あの怪物はいとも容易く無力化してしまいました」

 

「怪物……」

 

「ごめんなさい……それは言い過ぎでした」

 

「いいよ別に、そう思っても仕方ないから」

 

「…………話を続けます。そればかりか、アレはチュゼールの地に封印されていた神……十二巨神・シヴァと呼ばれる伝説の存在を捕食し、取り込みました。極東での前例もあることから、ファントムは以前より力を増したと見ても良いでしょう。アレがどのような力を会得したかについてはまだ憶測の域を出ませんが、警戒するに越したことはありません」

 

「うん……でも、それだけじゃない」

 

三日月は静かにチュゼールでの戦いを回想した。

 

「はい……新たに現れた2つの個体、我々はこれを『サイクロプス』『リカントロープ』と呼称しています。どちらもファントムと同等……もしくはそれ以上の戦闘力があると推測されます」

 

山を思わせる巨大な体躯を持つ青い機甲、そして人型から獣型への変形機構を有する緑の機甲、データベースで参照した2機の特徴を思い返し、ミドリは言葉を続けた。

 

「しかし、いくら強大な力を持とうとも彼らは所詮道具に過ぎません。それら強力な機体を管理し、必要に応じて戦域に投入する存在があります。チュゼールだけではなく日ノ丸、そして極東においても彼らが裏で関わっていることが我が方の調査で明らかとなりました。そう、全ての黒幕……それがソロモンと呼ばれる組織なんです」

 

「ソロモン……」

 

ミドリの発したその言葉に、三日月は表情1つ変えることなく呟き返した。しかし、彼の内側から湧き上がってくる猛烈な敵対心だけは、目の前のミドリは勿論のこと、少し離れた所にいるアイルーでさえもはっきりと感じ取ることができた。

 

 

 

 

 

「それが俺たちの……本当の敵」

 

 

 

 

 

to be continued...




ところで、ついにウルズハントのopが公開されましたね!
アプリのリリースも秒読み段階という事でしょう!

機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝:『ウルズハント』のリリース、それは即ち本作の終了を意味しております。
ウルズハントのリリースまで本作の連載を続けると宣言してから4年くらい? ほんとうに長かったです……リリース延期に延期を重ねて、それに合わせてこちらも当初想定していた着地点に延長、さらに延長を重ねて……ようやってこの時が来たって感じです。ほんと、長かったのです。(明らかに後発のUCエンゲージに先を越される中、よくぞ作ってくれました……!)

新たに描かれる鉄血の物語、これで鉄血の人気が再加熱されることを願っております! 3年もリリース延期してその結果もの凄い人気が出たウマ娘の前例もあるし、4年くらい延期したんですからきっと上手くいきますよね! ただでさえ素材がいいんですから!

やってみせろよウルハン!
なんとでもなるさ!
ガンダム(フレーム)だと!?
(とまあガンダムっぽいミームを使ってみたのですが、この43話の文中にはこれ以外もネットミームが組み込まれていたりします。よければ探してみてください)

まあまあまあ……
次回の更新までにリリースされていることを願って
それでは、また……

アイサガで貴方の好きなキャラを教えてください。(回答はこちらではなく気軽にコメントの方へお願いします)

  • 境界戦機もっと流行れ
  • 鉄血・ブレットもっと流行れ
  • 水星の魔女×鉄血のオルフェンズ?
  • あと、アイサガのエンディングも作ります

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