艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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1-1.黒い艦娘

 降り注ぐ太陽の光が、海の底まで照らしている。波間には層を成す珊瑚礁が覗き、魚たちは森林浴をするように游ぐ。海面下は揺蕩う色彩の王国となり、生命に満ち満ちていた。

 

 一方地上は灼熱地獄であった。今、真っ白な反射板となった砂浜を、黒い艦娘が、ふらり、ふらりと歩いている。彼女の病的に青白い顔は猛暑に引きつり、目に灯るべき生気はほぼ失われていた。そうして歩き続け、やがて浜の先にある岩礁に腰を下ろす男の前で足を止め、口を開く。

 

「やっと……見つけたであります……」

 

 男は短髪にランニングシャツ、白い夏袴の出で立ちで、釣り糸を海面に垂らしていた。白い軍帽が岩に引っ掛けてある。それを見て黒い艦娘は己に空元気を注入した。

 

「ごきげんよう、釣果はありますかな?」

 

 そう言い直して、腕を自らの背に回して、男の背後から彼女は近づいた。そうするのが洒落ているとでもいうように。

 

「いやあそれにしてもまったくたまらない暑さですなあ。貴殿を見つけるまで相当歩かされたのでありますよ。自分、生来日照が苦手でありまして、次からは冷房完備の屋内で待っていてもらいたい。して、自分の歓迎パーティはどこで開かれているのでありますかな。まずはキンキンに冷えたラムネでも頂きたいなあ。それから豪勢な食事であります。血沸き肉踊るステーキを所望する。自分、小食なので、厳選された美味しいところがちょっとだけあればいいのでありますが」

 

 男は微動だにしない。黒い艦娘の方には一瞥もくれず、海面を見据え続けている。

 

「えっ、無視?」

 

 今まで猛暑を歩かされたせいか、感情と人格を失った声が出た。ようやく男は彼女の方を見上げる。

 

「ああ? 誰だ貴様」

 

 男は太陽が眩しそうに睨みつける。

 

「誰だ、では無いのであります。自分はあきつ丸。本日付でこの僻地に派遣された揚陸艦でありますよ。しかしまさか通達が行っていないとは…この泊地はもう終わっているな…」

 

 色々と不満が噴き出しているあきつ丸。しかし男はそんなことには気に留めず、片眉を上げる。

 

「ああ、お前が新しく来た艦か。話は聞いている、今日からうちの艦隊に加わるらしいな。よろしくな」

 

 ふむ、と彼女は首を傾げる。

 

「話は聞いている…? よろしくな? ならば、自分の歓迎パーティはどこで催されているのでありますか」

 

 最大の謎が、彼女にはどうしても解けない。

 

「歓迎パーティ? そんなものが必要なら先に言っておけ。まぁ喜べ、ここで釣った魚を、晩に振る舞ってやる予定だ」

 

「魚でありますか」

 

「なんだ、魚はダメか? ここの魚料理は旨いぞ、食ってみれば分かる」

 

「いや、そうではなく…、なんだかその場の思いつき感があるというか…もっと、出迎えとか…歓迎とか…」

 

 あきつ丸はぼやき出す。彼女はここに来るまでのフライトを思い出していた。彼女の意識が数時間前までに遡っていく。

 

 赤道直下の国、インドネシアはリンガ泊地に、あきつ丸は飛ばされていた。便宜的に「人」と呼ぶなら、人事異動であった。全く予期せぬ異動であった。精鋭の艦が集まる呉鎮守府から、何の噂も聞かないリンガ泊地へ、有無を言わさず異動させられた。

 

 空港でジャケット買いした洋楽を聴きながら、サングラスの下であきつ丸は目を閉じていた。リクライニングに響く飛行機の振動を微かに感じながら、彼女は歓迎されるべき自分の姿を想像していた。彼女は歓迎されねばならなかった。

 

 何せ自分は大本営直々の命によって呉から派遣された超エリート。陸軍とのパイプも隠し持つ大本営秘蔵の艦。彼女は容易に想像することができた。自分を囲む泊地の面々、労いの言葉、羨望、期待の眼差し、そして豪華な食事。果たしてどのような厚待遇が自分を待っているのだろうか。せいぜい期待に胸を膨らませてやろう――

 

 そう考えないとやっていられなかった。あきつ丸は知っていた。南国の楽園なんて、所詮、南洋幻想に決まっていることを。暑いだけの常夏の島なぞ、どこを見渡しても馬鹿ばかりであろう。どうして自分が、この自分が左遷、何故…。苛立ち紛れに頬張ったポップコーンが喉に詰まってむせ涙が出た。

 

 そうして降り立ったインドネシア、リンガ諸島のあばら家を訪れたとき、あきつ丸はそこが鎮守府の機能を有する泊地であるとはすぐに認識することができなかった。鄙びた村のさらに外れ、周りを囲むは旅人の木。トタンと塩ビ波板で補修されたそのその木造一軒家こそが、リンガ諸島の防衛を任された泊地であった。

 

 その家の前であきつ丸が戸惑っていると、中からエプロン姿の駆逐艦五月雨が現れる。自身が本日付で着艦することになったあきつ丸であることを伝えると、話は聞いていると五月雨。ところが、いま提督は不在なんです、と彼女は言う。申し訳ないけれど、今はどうしても手が離せない、料理の火の番ができるのが自分しかいない、だから一人で提督を探して欲しい、と済まなそうに続ける。それから提督の居場所を書かれた地図を持たされ、再三頭を下げられてしまっては、あきつ丸も面食らったように引き返すしか無かった。

 

 というわけで、全天の日射を一身に受け、指示された場所に向かった黒い艦娘あきつ丸。その道程は当初思っていたより長かった。二、三時間は浜を歩いたか。しゃり、しゃりと砂が鳴る。本当だったら今頃、自分は呉の自室で、紅茶でも飲みながらゆったりと読書をしていたのに、と妄念が浮かんでくる。そのような理想を一度でも思い浮かべてしまうと、この現実というものに実感が持てなくなり、自身が否定されているような苦しさを感じてくる。酷暑にあきつ丸の心身が屈服し始めた頃、岩礁の上で釣りをしている男の姿が見えてきたのだった。

 

「どうした。おい、聞こえてるか?」

 

「提督殿……」

 

 これまでのことを思い出しながら、肩を揺さぶられるあきつ丸。その朦朧とした意識の中で、彼女は言う。

 

「せめて…せめて自分は、個室が欲しいであります……」

 

 そして彼女は熱中症で倒れた。

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