艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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3-2.洞窟にて

 潮騒の音が空洞に響いている。鍾乳洞の壁面が薄明るく照らされていた。その中にある手作業で舗装されたようなステップを、長靴の音が一段一段と下っていく。その度ごとに、洞窟に映し出される影も揺らめいていた。カテナリー型に垂れ下がる鍾乳石たちの影が、刻々と洞窟の模様を変化させ、ある人影が、その中に長く伸びている。

 

 その人影は、片手に光源となるランプらしきものを乗せている。その光源からの光が、洞窟内を怪しく昏く照らし出していた。

 

 いや、影に映っていたのはそれだけではない。光源を持つ人物に付いてくる動く小さな影法師がある。戦闘機模型の影を運んでいるような二つの影がある。走っていて、ずっこけた影がある。他にも、鍾乳石の影から顔を覗かせるようなものも。それらは影の中に潜んでいる。それらは小人のようである。あたかも、妖精のようである――

 

 洞窟の中を、その人物はずっと下っていく。そのうち、広い空間に出た。吹き込む涼やかな風の中に、わずかにアンモニアと磯の臭いが混じっている。目の前の蹲っている少女に向かって、たった今洞窟を下ってきたその人物は声を掛けた。

 

「探したでありますよ、雨見殿」

 

 光源――幻燈機の明かりが座り込んでいる雨見を照らした。あきつ丸がその肩にそっと手を触れる。ところが、声を掛けられた雨見は、ぴくりとも動かない。ただぼおっと、目を開けて前方を眺めているだけだった。あきつ丸は雨見の体を揺すってみる。強く揺すってみる。ぐらぐらと赤べこのように首が傾くが、雨見は意識を保っている様子がない。まるで魂だけが抜かれてしまったようだ。

 

「うーむ、こいつは気を当てられてしまっているな……」

 

 そうしてあきつ丸は幻燈機を掲げて、洞窟の奥にまで光を送った。

 

 ぬめったような白い肌が光を反射する。石灰岩の中に、浅く呼吸をする生命体が紛れている。暗闇の中から現れたその生物は、石柱に磔にされた深海棲艦、四肢をもがれ欠損部に鎖を繋がれた、憐れな姫級だった。先ほどから鼻をつく異臭は、この生物に近づくほど濃く空間に溜まっている。あきつ丸は手で触れられる距離まで近寄ってそれを見上げた。

 

「いやー、これはとんでもないものを見つけてしまったでありますなあ。この形状、泊地棲姫に違いない。六年前にこの近海でロストした筈の大ボスであります。生きていたんだなあ」

 

 驚いたように彼女は言う。いや、あえて口にしているという感じで、彼女は言葉を続けていた。

 

「どうしてこんなところに封じられているんだろうなあ。こんな風に手足を切断されて。誰かがここに繋いで、生かさず殺さず管理していたのでありますな。おかしいなあ、話では泊地棲姫は戦艦武蔵と共にロストした筈なんだけどなあ。ねえ、明石殿?」

 

 あきつ丸の眼は、泊地棲姫のさらに奥の岩陰の一点を注視していた。あきつ丸が問い掛けて、その先にあった微かな呼吸が止まった。しかし観念したように、工作艦明石が姿を表す。

 

「……何で私がいるって分かったのかな、あきつちゃん?」

 

 彼女の手元の懐中電灯の明かりが点いて、逆にあきつ丸を照らしだした。

 

「別に、当てずっぽうでありますよ。人の気配は感じていたので、誰だろうなあと考えたところ、矛盾を含んだ昔話を語ってくれた、明石殿をまず疑ってみただけであります。どうしてここに泊地棲姫がいるのでありますか? それより、明石殿は何故ここに?」

 

 あきつ丸に問われて、明石は困ったように眉を潜めた。

 

「えーっと、矛盾って言われても、分からないわ……。私も、この深海棲艦がこんな風に生きていたなんて思わなかったし、六年前の話に嘘は一つもついてないよ、あきつちゃん。私は、雨見ちゃんを探してここに来たの。ほら見て、この貝殻」

 

 明石は紫色がかった貝殻をあきつ丸に見せる。

 

「これはこの間雨見ちゃんが拾ってきた貝殻。この辺りでは見ない種類だと思ったんだけど、詳しく調べてみたら、この近辺に広く生息する二枚貝が変形、変色したものだったのよね。これと同じような侵食を受けている貝殻がこの洞窟付近には特に多かった。その侵食の元凶を探していたら、ここに辿り着いてしまったってわけ」

 

「ふーん。雨見殿を探しているうちに、貝殻探しになっていたわけでありますか、おかしな話だ」

 

 あきつ丸がせせら笑う。

 

「雨見ちゃんが家を出てどこかに行くとしたら、こっちの浜かと思ってね」

 

「熱にうなされているのに貝殻を探しに? まさか。明石殿はもう少しまともな嘘をつくべきだ」

 

 突き放すようなその言葉に明石は笑顔を崩さずに、あきつ丸に問い返した。

 

「じゃああきつちゃんは、なんでこんなところにいるのよ」

 

「自分でありますか? 自分は雨見殿の見た夢が気になっていたのであります。洞窟から自分を呼ぶ声が聞こえると、雨見殿はうわ言で毎晩うなされておりました。その夢を精神分析学的に解読して、ここまで辿り着いたのでありますよ」

 

 あきつ丸は飄々とそう言う。表情を変えない明石の握っている貝殻に、一筋の亀裂が入った。

 

「あなたも、大嘘つきみたいね……!」

 

「気が合いますな。初めて見た時から明石殿は自分と同類の臭いがした」

 

 二人の艦娘は向き合った。洞窟に風が吹き込んで音が響いている。あきつ丸は溜息をひとつつき、自分の制服から黒い軍隊手帳を取り出し、明石に突きつけた。

 

「申し訳ないが明石殿、あなたを軍事違反で拘束させてもらう。容疑は機密生物の違法所持、化学物質による深海棲艦の不正な操作、それから深海棲艦との取引。分かっているだけでも大変な反逆罪であります。抵抗はしないでもらいたい」

 

 彼女が持っている軍隊手帳は黒色をしていた。それが証明する所属は、艦娘の所属である海軍ではなく、揚陸艦の彼女の出身にあたる陸軍を示していた。陸軍憲兵――あきつ丸は、軍隊の闇の中を跋扈し違反を取り締まる、軍事警察の一構成員であった。

 

「なるほどね、そういうことだったんだ」

 

 明石が嬉しそうな声を上げる。

 

「この時期に新しい艦娘がうちに来るなんて珍しいと思っていたけど、裏切り者探しの憎まれ役、それがあなたの本来の任務だったのね」

 

 あきつ丸はそう言われて不機嫌そうに明石を睨みつけた。

 

「ええ、おかげ様で大変だ。始めは深海棲艦の操作の疑惑を調べることが任務だったのであります。この泊地の海域は、平和すぎた。ここ数年で、他の海域の戦線は激化しているのに、ここだけ六年前と変わらない。意図的に戦線を動かしているのではないかという疑いがあったのであります」

 

 あきつ丸は石柱に繋がれている泊地棲姫を指差す。

 

「あれの存在で謎が解けました。姫級が体内に蓄えている、深海棲艦のコロニーを構築するための集合フェロモン。それをこの泊地棲姫から抽出し、周囲の海域にばら撒く。そうすることで、この近海から他の海域に深海棲艦を集めることができる。そうでありますな?」

 

 明石はそれを肯定した。

 

「ええ、そうよ。でもそれは泊地の為を思ってやったことで、将来的にも集合フェロモンの合成技術は大本営に益となるはずよ。研究することがそんなにいけないことかしら? それよりも、深海棲艦との取引って、どういうこと。私がそんなことをした証拠でもあるっていうの?」

 

 あきつ丸は悲しそうな顔をして、明石の目の前に、磁気テープが収められたカセットを投げた。

 

「工廠の中で発見した、深海棲艦と明石殿との無線通信記録であります。ここに、泊地棲姫と深海棲艦の技術を交換する約束が交わされていた。動かぬ証拠であります」

 

 明石の顔から表情が消える。無言が場を包む。あきつ丸は帽子を深く被り直した。

 

「泊地から明石殿が雨見殿を連れてこの洞窟に来るまでを、観測機が確認しておりました。その時既に、雨見殿にはほとんど意識が無かった。そして、泊地の浜に、足あとを付けさせたまま、海伝いにあなたがたはこの洞窟までやってきた。途中ご丁寧に、雨見殿の上着を沖合の岩場に隠して。明石殿、あなたは泊地を売ったな」

 

 俯いた明石の表情が、沈黙に翳る。

 

「ふ、ふふ、ふ」

 

 明石の暗闇の底から、押し殺したような笑い声が聞こえた。

 

「全部、見てたんじゃない……!」

 

「雨見殿を見守っているように、提督に頼まれてしまったからな!」

 

 鬼気迫る意志であきつ丸は明石の元へ一歩踏み出す。明石は後ずさりする。あきつ丸が幻燈機を輝かせようとしたその時、あきつ丸の背後で、物音がした。

 

「あ、雨見殿……?」

 

 振り返ると、雨見が立ち上がっていた。眼の焦点が合っていない彼女は、突然布を引き裂いたような嬌声を上げる。

 

「きゃはははははははは! あきつ丸! 無駄だよ! もうお終いなんだよ! この泊地も、艦娘も、人類も!」

 

「当身っ」

 

 あきつ丸がすかさず頚椎に手刀を入れると、雨見が意識を失い崩れ落ちた。それを彼女はそっと座らせておく。

 

「何も見なかったことにしておこう……」

 

 姫級の深海棲艦は周辺の生物に強く影響を与えることが確認されている。動植物なら生態が歪められ、人間なら精神が侵食される。雨見は泊地棲姫の近くに長く留まりすぎたせいで、気が触れてしまったらしい。

 

「しかし一般に処置が早ければ症状も残らない。明石殿、ここは大人しく投降して、雨見殿を泊地で療養させるべきであります」

 

 あきつ丸は明石にそう打診する。しかし彼女は答える代わりに単装砲を構えていた。その照準は、あきつ丸ではなく、雨見を向いていた。

 

「明石殿……何のつもりでありますか……?」

 

「あきつちゃんも、分かっているんでしょ。私が何のためにこの場所までその子を連れてきたのか。分かって、言っているんでしょう?」

 

 あきつ丸はたった今絶望したように、はっとして明石を見つめた。彼女は、明石の意図を全て分かっていた。深海棲艦に泊地を売り、雨見をここで殺すつもりだという明石の意図を。しかし、それを認めることができなかった。自分を仲間だと認めてくれた者を、どこかで信じたいと思っていた。この泊地の六年間の支えであった雨見を殺す筈が無いと、どこかで考えていた。

 

「やめてよ、そんな目で私を見ないでよ」

 

 悲痛な声で明石が言う。しかし手にした単装砲の照準に迷いは無い。まっすぐに、雨見の額を貫かんとしている。輝き――あきつ丸の幻燈機が光を噴出して輝き始めた。

 

「自分は……明石殿が、誘拐事件の犯人でなければいいと思っていました」

 

 あきつ丸の声は、やり切れなさや怒りや悲しみで震えていた。そして、それに呼応するように、幻燈機の輝きも脈打つように増大していく。輝き――

 

「子供を攫って、深海棲艦の餌にするような、明石殿が、そんな下衆でなければいいと。これ以上罪を重ねる必要はないと、そう願っていた……」

 

 幻燈機は、ついに泊地棲姫の足元までをも照らしだす。顕になった、積み重なった子供の死体。裂かれた肉片。地面に転がっていた腕に、血液の付着した見覚えのある銀時計が巻き付いていた。アリの腕時計。

 

「貴様、楽に死ねると思うなよ……!」

 

 あきつ丸は悔しさに涙を流していた。明石は冷ややかに言い放つ。

 

「私はね、艦娘をやめてみせるよ、あきつちゃん――」

 

 言い終わるや否や砲声が大気を劈いた。立ち上る硝煙の狭間で、あきつ丸は明石を睨みつけていた。雨見の体には傷一つついていない。

 

「指一本、触れさせないであります」

 

 物質化した影で織られたベールが、雨見の体を包みこんでいた。砲弾は、その影に阻まれ、何も貫くことなく弾かれている。明石が嘆息する。

 

「やっぱり意味不明ね、その兵器。タングステンの砲弾をこんな至近距離で防ぐなんて」

 

「影は、夜と亜鉛から合成されている。夜に落ちたこの空間で、あなたはこのあきつ丸に勝つことはできないでしょう」

 

 既に洞窟全体に、幻燈機の光が及んでいた。光が強くなるほど濃く溜まる影の檻に、明石は完全に囚われている。壁面に浮かぶ影の妖精たちが、明石を見つめている。実体の無い艦載機が、鍾乳石のひだの間を暗躍する。

 

「なるほど、海上戦より、こういう狭い場所での対人戦に適してたのね。始めから、人を捕らえる為の武器だったんだ」

 

「喋っている余裕は無いでありますよ――影よ、拘束しろ!」

 

 プロペラ音が鳴り響く。岩場から飛び出す実体化した固定翼機が二機、明石目掛けて風を切る。その機体の上にはそれぞれ十センチ二等身の小人が乗っていて、カウボーイの如く荒縄を手に振り回していた。

 

「お前の陰謀もこれで終わりであります!」

 

 迫る固定翼機を前にして、しかし明石は自信ありげに笑った。

 

「今よ、夕立!」

 

 そう暗闇に呼びかける。

 

「――ぽい?」

 

 聞き慣れた声と共に、あきつ丸の背後から人影が飛びかかった。背中に衝撃を受けあきつ丸は地面を転がる。

 

「ぐああっ!」

 

 その反動で幻燈機が転がり落ち、洞窟内の影がろうのように溶けて消えた。急襲を仕掛けた駆逐艦夕立は、そのままあきつ丸を締め上げる。

 

「ゆ、夕立……殿、どうして……?」

 

「ごめんね、あきつちゃん。難しい話は分からないけど、明石に邪魔が入ったらこうしろって言われてるっぽい」

 

 夕立は言う。万力のような力で、あきつ丸の体を固めている。苦しみに、あきつ丸は呻いた。

 

「ありがと、夕立。あなたがいてくれて助かったわ」

 

「でも明石、ほんとにあきつちゃんが悪いことしたの?」

 

「うん。あきつちゃんは雨見ちゃんを誘拐しようとした悪い子なんだ。だから、しっかり押さえておいてね」

 

 あきつ丸の上で信じられない会話が成されている。

 

「ば、馬鹿な……そんなことがあるものか……! 夕立殿……この深海棲艦の下にある死体の山が、見えていないでありますか……悪人がどっちなのか、分からないのでありますか……?」

 

「明石、あきつちゃんが何か言ってるっぽい」

 

「ああ、あんまり間に受けちゃだめだよ? 夕立から逃げようとして言ってるんだから」

 

――まさか、夕立殿にはこの惨状が見えていない?

 

 あきつ丸の脳裏に夕立への疑問が生じる。明石に洗脳されている可能性に思い当たる。そして自分を放置して流れていく二人の会話に、彼女は自分が窮地に追い込まれているのを悟った。明石は、落ち着いたように言う。

 

「あきつちゃん。普段、この姫級は集合フェロモンを体内で作らないように、ある薬品を常に投与してあるの。でも今は、その効果を増強させる薬を注射してある。こうするとどういうことが起こるか分かるよね?」

 

「ま……さか……」

 

 あきつ丸は最悪の状況を想像する。人員の足りない泊地の近海に、深海棲艦が跋扈する状況。

 

「私はその混乱に乗じてここを離れさせてもらうわ。悪いけどあきつちゃんも、そこでロストしたことになってもらう。バイバイ、あきつちゃん――」

 

 明石が冷酷に、あきつ丸を見下していた。

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