艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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3-3.レ級

 瀬戸は疲弊していた。深海棲艦の群れに囲まれ、岩場に立て篭もり、絶望的状況に陥っていた。始めはたった一体の駆逐イ級を相手にしていればよかった。瀬戸は駆逐イ級の向ける射線から身を引き離すように海に飛び込み、イ級の心臓に向かって鋼鉄の隙間に銛を突き立てその活動を止めさした。その反撃が、瀬戸にできる最後の手段だった。しばらくして血の臭いに惹かれたように深海棲艦が集まってきて岩場を取り囲み始める。瀬戸は乗ってきたボートを岩場の影に隠し、イ級に突き立てた時に折れてしまった銛を心許な気に眺めていた。

 

「クソッ、参った……」

 

 一か八か、ボートを最大船速で走らせて逃げ出せないだろうか。しかし海上で補足された時、待っているのは無残な死である。瀬戸の頭上で砲弾が炸裂し岩壁が弾けた。岩の塹壕は天然のもので、当然完全なものではない。その隙間から、駆逐ハ級と瀬戸がお互いを同時に確認した。

 

「ぐっ……」

 

 逃げ出そうとする瀬戸をハ級が機械のような冷たさで狙おうとするその刹那、ハ級の胴体が何かに撃ちぬかれ火を上げる。次いで、聞き覚えのある懐かしい声がした。

 

「提督ー! 探しましたよぉ、大丈夫ですかー!」

 

 五月雨の声がする。

 

「提督、まだ死んでないよなー? てやんでい! おいてめえら、あたいの提督に手を出してみやがれ! ただじゃおかねーからな!」

 

 涼風が怒鳴っている。

 

「いつ提督が涼風のものになったんでち。っていうか親父趣味だったんでちね……」

 

「ろーちゃんもいますって!」

 

 潜水艦たちも駆けつけていた。それぞれはその練磨された火力をもって、深海棲艦たちを掃討し始める。圧倒する雷撃が、正確無比な射撃が、敵を確実に沈めていく。瀬戸は間近で艦娘たちの勇壮を見て、驚きの念に囚われていた。

 

「お前ら……こんなに強かったんだな……」

 

 人間の規格を超えた力をその身に秘めた、戦う少女たち。海の上で舞う彼女たちの姿は、いつか遠く昔に読んだ物語の、ヴァルハラの戦いを瀬戸に想起させた。非現実的な光景から、魂の気高い闘いを連想したからだろうか。しかしすぐに、瀬戸は意識を現実に引き戻す。瀬戸はここにいない艦娘のことに気が付いた。

 

「五月雨! 明石と夕立、あきつ丸がどこに行ったか分かるか? それに雨見も」

 

「えっ、皆のことですか? わ、分からないです……」

 

 五月雨は戦闘中に突然質問されて戸惑う。瀬戸は一人考えていた。自分をここに招いた状況に策謀じみたものを感じ取っていた。考えたくは無いが、誰かが裏切った可能性。状況が混沌としていること。それから、海に出てからここに来るまで、自分のことをじっと監視し続けているどす黒い視線に、瀬戸は気付いていた。

 

 戦いに気を取られている艦娘たちはまだ気付いていない。瀬戸が、一番始めにそれを発見した。その深海棲艦は、瀬戸の視界が届く限界の遠方からこちらを眺めていた。ぬらりと鎌首をもたげる龍のような白い尾部。色素の失われた肌と、黒いフードつきパーカー。こちらを小馬鹿にするように敬礼している、ぞっとするほど美しいその少女は、六年前、泊地を精神的壊滅状態にまで追い込んだ深海棲艦、戦艦レ級。当時この近海で初めて発見されてから、レ級は、諸海域に出没するようになった。そして、たった一体で幾つもの艦隊をロストさせた。ついた仇名が、小さくも巨大なる悪魔。海に出る者全てが、その存在を恐れた。

 

 そのレ級が、戦う艦娘たちを眺めていた。五月雨が、自分たちに向けられているその熱烈な視線に気付いたのとほぼ同時に、レ級は跳躍した。そして飛沫を巻き立て、四人の艦娘の中心に着水する。

 

 艦娘たちの表情が凍りついた。

 

「そんな……嘘……」五月雨が怯え、伊58が言葉を失う。

 

「こいつが……六年前の!」涼風が敵愾心を燃やしていた。

 

「ハハッ――サァ、アソボウ!」

 

 レ級が慣れたように喋り、艦娘たちに向き合って戦いを始めようとしたその時、激流がレ級の体を突き上げた。

 

「ろーちゃん、あれが皆の仇だって知ってるって! 手加減しません、はい!」

 

 呂500が放った魚雷の水圧で空高く吹き飛ばされたレ級は、しかし上空で身を翻し、周囲に艦載機をばら撒いた。レ級は呂500に視線を落とし笑う。

 

「マズハ、オマエカラカ――?」

 

「駄目! 呂号、逃げるでち!」

 

 伊58が叫んだ直後に、夥しい量の爆撃が呂500に降り注いだ。一同は叫ぶ。爆音に呂500の悲痛な呻き声がかき消された。爆撃が過ぎ去ったあと、そこに呂500の姿は無い。レ級が再び着水し、今度は五月雨に尾部の砲塔を向けた。超弩級戦艦の主砲だ、直撃すれば、駆逐艦の装甲が耐えられる道理はない。

 

「アハハハハハハ! 苦シメ、ソシテ死ネ!」

 

「うう、こんなところでええ!」

 

 十六インチ口径から砲弾が繰り出される。五月雨は、舵を無理矢理に右舷側に切り、それを間一髪で躱した。しかし、背後の岩場が轟音に砕け散る。五月雨がはっとして振り返る。

 

「嘘……」

 

「提督ーーー!」

 

 五月雨と涼風が提督の方を見た。初めから、レ級は五月雨と泊地の司令官が直線上に並ぶ瞬間を狙っていた。五月雨が躱せば、提督を失う。より精神的に苦しめようとするレ級の算段だ。

 

「そんな……また誰も助けられないの……?」

 

 五月雨が、弾け消えてゆく泡のように呟いた。

 

 着弾の衝撃に岩壁に叩きつけられた瀬戸は、朦朧とした意識で艦娘たちとレ級の戦いを見ていた。掠れゆく視界の中、逆上した涼風が、レ級に向かっていく。レ級は尾部を一閃、横薙ぎに切り払った。涼風の腹部に一筋の線が走り、そこから彼女の腸が溢れ出す。失血に意識を失って、涼風は海中に膝をつくように沈んでいく。レ級の笑い声が響いている。悪夢のような惨劇を見ながら、瀬戸は、無力感に意識が引き込まれていた。

 

 瀬戸は思う。

 

――俺は、こんなところで何をやっているんだろう。

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