呂500が海岸に立つ。闇夜の中に、波の音が打ち寄せていた。彼女の瞳から、一粒の涙が溢れ落ちる。
「でっちー……」
レ級との戦いから一週間が経った。あれから毎晩、呂500はこの海岸に赴き、伊58との日々を追憶している。この地で彼女と共に過ごした、美しき日々たち。今やそれは遠い過去のものとなってしまった。彼女はもう、呂500の傍にいないのだ。これから、呂500は一人で生きていかなければならなかった。
自分は、親友なしでやれるだろうか。まだ、そのような強い気持ちになることは到底できそうにない。辛い時、悲しい時は、またこの海岸に来てしまうだろう。それでも今は、強がって前に進んでみよう。頑張っている自分を見て、伊58も喜んでくれるに違いないから。
「でっち。ろーちゃん、もう行くね……」
呂500は、親友に別れを告げる。胸が悲しさで満たされて、どうしようもなかった。
「あばよ……でち公――」
そう呟いて海岸を去ろうとする。その時、呂500の耳に、微かに誰かの声が聞こえた。
「――――――――――――」
それは懐かしい声である気がした。
「――――――――――――」
はっとして、近くからしているその声を辿って草木を掻き分けてみると、そこにはあの日ロストした筈の伊58が小さく縮こまっていたのだ。
「死んでねええええでちいいいいい!」
彼女は歯を鳴らし体を震わせ、掠れた声で叫んだ。
「で、でっち……!」
呂500は余りのことに放心する。
「ハァ……寒い……寒いでち……ありえない……目が覚めたら真っ暗な洞窟の中に流れ着いて……一週間水だけで彷徨い続けるなんて、ありえないでち……寒い……声が……もう出ない……暗いの怖い……寒いでち……帰りたい……泊地に帰りたいでち……」
朦朧とした意識で呟く伊58に呂500は頭から突っ込んだ。
「痛ぁっ!」
「でっち! でっちいい!」
呂500は泣きながら擦り寄って、涙や鼻水を伊58の頬にこすりつけていた。
「わぷっ、ろ、呂型、汚いからやめるでち! あ、でも温かい」
「でっち、ろーちゃん会いたかった、会いたかったよお……」
懐で泣きじゃくる呂500を眺めていると、伊58も体の力が抜けてしまった。
「はいはい……私は生きてるよ」
「でっち、もうどこにも行かないでって」
「行かないよ。もう洞窟はこりごりでち」
呂500の肩を抱いて、伊58は溜息をついた。それから彼女の体温を感じて、やっぱり温かいと伊58は思うのだった。
「おかえり、でっち」
「ん……、ただいま」
少し照れたように、伊58が言う。
三日後に、あきつ丸と明石が泊地を発って本国へ向かった。泊地の環境はまた少しずつ変わっていく。それでも彼女たちの、共に戦った仲間を思う気持ちが変わることはないだろう。失われた人々を悼みながら、彼女たちは、今日も前へと進んでいく。 了