艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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1-3.海上哨戒

 太陽は一周回って再び頭上にある。水上に四条の白波が立っていた。尾を引くように海を滑走するのは、四つの人影。それに追随するように、二つの魚影があった。いや、それも人の影、艦娘の影。

 

「今日は敵さんもいないんじゃないでち? こんなにいい天気で、補給船なんて動かないと思うなあ」

 

 海面から顔を上げた伊58は、艦隊帰還を打診する。そう言った彼女に向かって、夕立が頬を膨らませた。

 

「えーっ、今日は一度も戦ってないっぽいー。まだ帰りたくないー、酸素魚雷打ちたいー」

 

 夕立はいやいやをする。駄々をこねる夕立を、この中で一番の年長者らしい明石が、そんな日もあるってばと宥める。

 

 照りつける太陽の中でも、波の上を思いっきり走ると、飛沫がたって心地よい。天然のクーラーの中にいるようで、涼風は伸びをして目を細める。

 

 少し離れた場所で潜水中の呂500は、透き通るような海の底に沈んでいる鉄くずの塊を、不思議そうな面持ちで眺めていた。珊瑚や苔に覆われて錆びついたそれをよく見ていると、突き出た両端の鋼は鳥の翼のように見える。とすると、二つに別れたあの塊は、折れた戦闘機の胴体だろう。崩れたキャノピーの内側には魚群が棲みついており、趣向をこらした水族館のようだった。

 

「ach so」

 

 漏れた呟きが泡となって、海中を昇っていく。

 

 あきつ丸は艦隊の最後方で、ため息をついていた。何だろう、この緊張感の無さは。呉ではあまり戦闘に駆り出されることのなかったあきつ丸であるが、哨戒とは本来こういうものだったろうかと思案する。戦闘の最前線で日々繰り返されていた命のやり取りを、当事者ではないが間近で見ていた者からして、ここでの業務はピクニックのように見えた。命を懸ける現場特有の張り詰めた空気が感じられない。

 

「これも元々この地域の警戒度が低いせいか…環境が異なれば戦況も違うのでありますな」

 

 そう独り納得するあきつ丸。南西諸島周辺は、周囲が島に囲まれているために深海棲艦が入り込みにくく、水深が浅いために敵の出没ポイントも限られている。つまり、不意打ちの危険性が少ない。海軍の上に位置する組織である大本営は、この近辺の海域を、最も安全な戦線のうちの一つと評していた。

 

 それでは今自分たちは何をしているのか。あきつ丸はもう一度任務を確認しようと、昨晩読んでいた業務日誌の内容を思い出す。最近の泊地の艦隊業務は、敵補給船の進行ルートを補足し打破することであった。その際に可能ならば敵の根拠地を押さえられたらいいし、敵のはぐれ艦隊などとの会敵が見込まれるために、一応の警戒は必要であるとのこと。

 

 なるほど、これは腑抜ける、と彼女は思った。

 

 あきつ丸の目の下は黒い。慣れない雑魚寝に、昨晩はあまりよく眠れなかったのだ。それから南洋の食事も彼女の身体に合わなかったらしく、何度か厠に立ってしまった。こういう神経質なところが自分の欠点だと自戒してみるが、人としての性質だけは変えようがないとも彼女は思う。軍靴に搭載された小型蒸気タービンを回す熱で身体は火照っていたが、あきつ丸の心内は高揚とは程遠かった。

 

「おーいあきっつぁん! 状況はどうだい?」

 

 よく通る声で涼風が言う。あきつ丸はただ後方に位置していたわけではない。力合観測機というヘリによく似た艦載機を飛ばし、海上を監視していたのだ。あきつ丸はそれからの報告を手元の幻燈機に受け取る。

 

「うーん、敵影ナシであります。っていうか、おやっさぁん! みたいに言わないで欲しい」

 

「なんだい、じゃあもう少し見回ったら、帰投しようか」

 

 艦隊の旗艦である涼風が方針を決める。潮風に黒髪がなびいている。

 

 ところが、観測機に反応があった。前方十一時の方角に、船影アリ。大勢の人間を載せた、商船が見えた。あきつ丸は観測機から送信されたその映像を確認する。上空から近づく観測機に気付き、手を振る乗船員。それは観光客がカメラに手を振るようなものじゃない。深刻な顔で次々に身を乗り出し、必死に宙に縋りつこうとしている。彼らは助けを求めていた。それも逼迫するような至急のものだ。

 

「商船であります。何か異変が起こっているようだ」

 

 あきつ丸は艦隊にその報告を伝令した。何か通常ではない事態が起こっているようだ。

 

「いや、あれは何だ…?」

 

 彼女は力合観測機から更なる報告を受けた。商船のその先、獲物を付け狙うフカのような魚影が四つ見える。生き物の臭いを辿ってきたのか。浅黒い鋼殻が海面に覗くと、それが深海棲艦の群れであることが分かる。

 

「敵艦発見! 商船の先、十時の方角であります!」

 

 そう言ったあきつ丸の、全身を空気が包み込む。艦隊の雰囲気が、先ほどまでとまるで異なっていた。年頃の少女らしく喋っていた彼女たちから今やヤワさだけが弾け飛んで、充満する精神に口を固く結んでいる。笑ってみせる者さえいる。特に夕立は、あのような姿だったろうか、爛と輝く瞳に、その立ち姿に、狂気が滲んでいるような気すらした。

 

「おっしゃー! 行くぜ皆、全機爆走、標的はぐれ艦隊!」

 

 涼風の号令に、応と声を上げて皆が走りだす。その勢いに、あきつ丸は若干と出遅れてしまった。

 

 ああ、忘れていた。艦娘とは、こういう存在だった。人の身には過ぎた力を発揮する機会があれば、心の何処かで嬉しいのだ。枷が外れて、少しだけ自由な飛翔に近づける気がするから。

 

 かくいうあきつ丸も自身の腹の底に火が灯されたのを感じていた。目を閉じる。この熱が人命の為に駆動するのならば良い。いま、商船の人々は自分たちに助けを求めている。艦娘の力が求められているのを強く意識した。それだけであきつ丸は何にも負けない気がしてくる。どこまでも走れる気がしてくる。やることはたった一つしかなかった。

 

 すぐさまあきつ丸も艦隊に追いつく。商船の元で明石は、乗員たちに安心するよう言っていた。

 

「私たちが来たからにはもう大丈夫です。すぐに危険は取り除きますからね!」

 

 後方十数メートルの地点に駆逐イ級の群れがいる。特定の統制作用や、人型深海棲艦の司令塔は見られない。いわゆるはぐれ艦隊であると認識した。

 

 駆逐イ級のその姿を例えるなら、鋼鉄で武装した鮫だろうか。生物という見方を捨てれば、鋭く研磨された砲弾のようにも見える。しかしそれはこの深い海のどこかで生まれた生命に違いない。深海より現れたゴーストシップと、誰かが呼んだ。

 

 既に艦娘たちは戦闘を開始している。白波が交差するように立ち、涼風と夕立は標的を惑乱する形で迫る、その隙に伊58と呂500は海中深くに潜っていた。イ級は海上の二人を見据え、鉄門のような頤を開く。粘膜を引き裂き喉の奥から現れた5inch単装砲が、彼女らに向けて鉛弾を一斉射。それを難なく躱した涼風と夕立の前に、次の弾幕が予備動作無しに直ちに張られた。薬莢はもろとも呑み込まれ、イ級の体内で生成された火薬の反応煙が、油で濡れる喉の奥から立ち上っていた。

 

 直後、轟音と共に直径十メートルほどの水柱が上がる。海上に突き抜ける泡の壁に、二体のイ級の胴体が引き裂かれるのが垣間見えた。伊58の酸素魚雷が着弾したのだ。キャビテーションの圧力は、分厚い鋼鉄の甲板も容易に引き裂く。その奥で標的から逸れていく魚雷の軌道があった。ウェットヒーター式の雷跡が海上に刻まれている。

 

 魚雷を起爆させるには、動く標的に対して正確に信管部を当てなければならない。惜しくも標的を逃したあの魚雷は、先の魚雷を発射した艦、伊58の練度の高さを物語っているといえた。

 

 ところが、逸れた筈の魚雷は数百メートル進んだ先で飛沫を上げて転身、その後またあてずっぽうな方向に直線運動をしては転身を行う。そうして変針を幾度も繰り返しながら、その兵器は猛烈な勢いでイ級との距離を縮めていった。標的を平面的に模索する試製Fat式魚雷その近接信管が、イ級の生体反応を感知する。

 

 デトネーション。次いで起こる空洞現象による水圧の衝撃が、イ級の顎部を吹き飛ばし、鉛色の内臓を暴露させる。

 

「やったあー! ろーちゃん上手にできました!」

 

「あんなもん撃てば当たるに決まってるでち!」

 

 伊58が呂500の特注兵装に文句を言っている。

 

 降り落ちる水飛沫、火薬と油と鉄錆に似た血の臭い、浮かぶ深海棲艦の破片の中に紛れて、たった一匹生き残ったイ級の瞳が嚇と光る。その口から突き出る単装砲の照準が呂500に向いたとき、上空を白く長い髪が舞った。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

 

 飛沫の中へ高く跳躍した夕立が、俯瞰の視点から残党を狙う。鋭い砲声と共に、イ級の頭蓋を夕立の連装砲が精密に撃ち抜いた。

 

 そのまま夕立は敵を飛び越え着水。イ級の体内火薬からは爆炎が上がり、それから声も上げずに海の底に沈んでいった。

 

「やるねえ夕立、また腕を上げたんじゃないかい?」

 

「うーん、これで終わりっぽい?」

 

 涼風の労いに、夕立は物足りなさそうな慣性で海を滑っていた。

 

 敵は少数の駆逐艦のみで編成されたはぐれ艦隊であったが、一瞬のうちに海域を制圧してみせた味方の腕前にあきつ丸は舌を巻くほかなかった。中でも夕立の運動性能は異常値ではないだろうか、あのような三次元的な戦い方をする艦娘は、呉でも見たことが無い。そういえば、駆逐艦夕立の二つ名は「ソロモン海の狂犬」であったか。

 

 ともかく、周辺の安全を確保することができた。艦娘としての役目を果たした艦隊は、商船の方へと向き直る。

 

 乗船員たちは未だに怯えている。無理もない、とあきつ丸は思う。怪物に襲われていたところに年端もいかない少女たちが海上を疾走して駆けつけ、突然現代兵器を用いた大立ち回りを演じだしたのだ。常識的に考えてみて、あきつ丸は少し笑ってしまう。状況を飲み込めないのも当然だ。

 

 見ると、商船に乗っているのは子どもたちが多数である。みな南洋の人間らしく、肌の色は浅黒い。あきつ丸は、乗船員たちの緊張をほぐそうと、軽く声を掛けようとした。「もう心配はいらないでありますよ」と。

 

 トリガーの上がる音がして、あきつ丸の目の端から、金属状の円筒が伸びた。工作艦明石が乗船員に対し、25mm機銃を向けている。あきつ丸は目を疑った。人々の顔は青ざめ、船上の子どもたちは恐怖に身を寄せあっている。

 

「ちょっ、明石殿、何をやっているのでありますか!?」

 

 状況が飲み込めないあきつ丸を涼風が手で制した。明石は言う。

 

「何か怪しいと思いましたよ。深海棲艦の蔓延るこのご時世、商船を走らせるなら泊地に一報を入れるべきです。その申請もなくこんなに多くの子どもたちを連れて、どこに行こうっていうんでしょう?」

 

 明石はこの船の船長であるだろう男を見抜き、彼に銃口を定めている。ほとんどの子どもたちは布切れ一枚ばかりの見すぼらしい格好をしていたが、大人たちは随分とまともな生活をしているように見えた。

 

「この子どもたち、恐らく先日の震災によって行く宛を無くした者たちでしょう。あなた方は彼ら彼女らを外国へ売ろうとしている。違いますか?」

 

 明石は当然のように、男たちに分かる言語を使用する。怯えた目で艦娘を見上げる子どもたちが、その眼の奥で真の助けを求めていることに、あきつ丸は難民ビジネスという単語を思い出し呟きが漏れる。

 

「なんてことだ…」

 

 艦隊は、難民を売り物にする裏世界の現場に直面していたのだ。明石は操舵員に機銃を向け強い口調を崩さない。

 

「さあ、船を岸まで戻しなさい。そこであなたたちの身柄を拘束します。抵抗できると思わないでくださいね。先ほど私たちの武力は見せた筈ですから」

 

 その後あきつ丸たちは、操舵員を残して大人全員の手足をロープで縛り、身柄を拘束した。陸に着いてから、駐在の警官を呼び男たちの身柄を引き渡す。それから子どもたちの身元を一人ひとり照合しながら、各自治体に連絡を取り、国境を越えて活動を行っている非政府組織にも救援と事件の解決を要請した。非政府組織の職員が来、事の顛末を話すと驚かれたが、自分たちが泊地の艦娘だと説明すると納得したようである。

 

 それから、拘束した男たちの情報を聞いた。彼らは震災によって住む家や家族を失い、身寄りも希望も存在しない子どもたちに、外国には楽園がある等の情報を吹き込んでは連れ去り、売春婦や奴隷として売りつけている人身売買組織の一員であった。その組織の全貌は今まで杳として知れなかったが、今回の現行犯の阻止は、その摘発の一助となるかもしれない。

 

 ところが、子どもたちの中には、未だ外国に行くことで救われると信じている者がいる。あの船の中にもそういう者がいたことを、非政府組織の職員は言う。だとしたら、あの時彼ら彼女らの目に映っていたのは、六人の救済者ではなく、救済の糸を切ってくれた悪者であって、艦娘たちを恨んですらいた筈である。あの時あきつ丸たちを見上げていた視線の一つ一つには、本当は様々な感情が錯綜していて、その裏にはもっと深く濃い混沌が横たわっていたのだ。

 

 人身売買が根絶されない理由の一つとして、インドネシア政府の中枢に、その犯罪組織を手引する者がいる可能性が昔から示唆されていた。この世界の闇は海の底よりも昏い。

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