艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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2-1.夜

 食事の雰囲気は呂500が場をとりなしてくれたお陰でなんとか回復した。

 

「そういえば今日は海岸で何か拾ったんですって、雨見?」と言うと、雨見はポケットから綺麗な藤色の貝殻を取り出して見せる。

 

 普段は行かない浜の方に落ちていたの、と雨見が呟く。それを見て、確かにこっち側の浜では見ない色をしてますね、と五月雨が言い、ただ流されてきただけか、それとも環境に違いでもあるのかしら、などと明石が学術的な考察を始める。周りが関心を持ってくれたのが嬉しかったのか、雨見の表情は段々と明るくなっていって、あきつ丸は一息をついた。

 

 その後の食事はまた雑談で過ぎていった。

 

 温泉から一足先に上がり寝間着に着替えたあきつ丸は、艦娘寮と称された、十一畳の部屋に自分の布団を敷いて潜り込んでいた。その部屋を包むように、今は見ない蚊帳が張ってある。その裾を潜るようにして、他の艦娘も雨見もやってきた。雨見と夕立や呂500たちが遊んでいる隣であきつ丸はしばらく泊地の活動日誌を読んでいたが、消灯時刻ということで電気が落とされてしまう。別に異論は無い。郷に入れば郷に従うだけである。文句は腹の中に仕舞っておくが。そう思って、あきつ丸はしばらくの間、暗闇の中にいた。

 

 虫の声。湿った夜の空気に、他人の眠っている息使いが微かに聞こえている。日中はじっとりと暑かったが、夜は風が入ればそれなりに涼しい。あきつ丸は目を閉じて木々のざわめく音を聞こうとした。じっと耳を澄ませていれば聞こえる気がした。しかし、思ったようにはいかない。波の寄せる音は聞こえてくる気がする。泊地は村の中で最も海岸に近い。

 

 あきつ丸は足音を立てないようにこっそりと部屋を抜け出し、玄関から外に出た。鎮守府の外の景色は完全に闇の中に溶け込んでいる。少しだけ目が慣れてくると、景色の輪郭が、人の息づく村々が見えてきた。

 

 闇の中に、ぼおっと明るい塊が浮かんでいる。ゆらゆらと揺れるそれが近づいてくると、電灯を持った瀬戸提督であることが分かる。瀬戸はあきつ丸の姿を認めると、怪訝そうにした。

 

「なんだ、トイレか。あんまり一人で出歩くなよ。艦娘とはいえ夜は安全じゃないからな」

 

「いや、トイレでは無いのであります」

 

「じゃあなんだ、本国が恋しくなったか?」

 

 電灯の光が暗闇からあきつ丸を浮かび上がらせている。

 

「別に、ちょっと歩こうと思っただけで…」

 

 瀬戸はあきつ丸の顔を覗きこんだ。その眼の奥に言いたいことがあるのを見たのか、不思議そうにして言う。

 

「そこに座って話すか」

 

 あきつ丸はその言葉に無言で従った。

 

 木組みの長椅子に腰掛けて、黒い艦娘は夜空を見上げる。遮蔽物の無いところで見上げる空はどこまでも広い。裏側から月明かりに照らされた雲は何か別の生き物のように見え、心がその中に落下していきそうだった。詩人精神があったなら詩の一つでも詠んでしまいそうだ。

 

「綺麗でありますなあ」

 

 あきつ丸はぼそりと呟く。

 

「そうだな。ここの星はよく見える」

 

「そこだけはこの泊地を認めるであります」

 

「他は不満ばかりか? まあ流石に、ここが快適な職場であるとは口が裂けても言えんがな」

 

 瀬戸は自嘲気味に言う。不満があるのならなるべく改善しよう、と付け加える。

 

「いや…、始めの頃は文句ばかり言って本当に申し訳なかった。今思えば恥ずかしい限り。自分はこれからこの泊地の良い所を一つずつ見つけていくことにしたのであります」

 

 あきつ丸がこの場所で生活することになるのはもう変わらない。彼女としてはこの数日の間に気持ちを入れ替えたつもりだった。

 

「構わない。文句だって何だって言えばいい。うちに来たからには娘みたいなもんだ」

 

 瀬戸は言う。

 

「それ…最大級のセクハラだって自覚してるでありますか?」

 

「懲戒免職は覚悟している」

 

「そんな覚悟いらないであります」

 

 どうやら冗談の一つや二つは飛ばせる提督のようである。結局艦隊の雰囲気というのは提督の気質に左右される。泊地における家庭的な雰囲気は、この男が容認しているからこそだろう。

 

「提督殿、一つ聞いていいでしょうか」

 

「ああ。雨見のことか?」

 

「…その通りであります」

 

 言う前に質問の内容を当てられる。瀬戸も今日の夕食の様子を気にしていたのかもしれない。雨見の禁句。母親について。

 

「先に言っておくべきだったかもしれないな。雨見の母、つまり俺の妻である瀬戸岬は、あいつを産んだ後に死んだのだ。その後は家を引き払って雨見をここで生活させている。何しろ繁忙期は一人でいさせることになっちまうからな」

 

 雨見を泊地で生活させる提案は、五月雨がしたものらしい。家で一人になっている幼い雨見を見かねて、自分が岬のように彼女の面倒を見ることを条件に、提督に頼んだのだ。他の艦娘が承諾するか分からなかった提督だったが、いざ生活を始めて見ると、誰もが雨見と家族のように接してくれた。

 

 瀬戸が最も懸念していたのは、艦娘はある日突然戦没することがあることだ。もし家族の一人がまたいなくなってしまえば、雨見の心に深い傷を残すだろう。そのために、必ず泊地に生きて戻ってくるようなルールを定めた。結果的に、艦隊の結束が強まったようだった。

 

「なるほど、そうだったのでありますか」

 

 つまりは、雨見の母親の話題は、皆出さないようにしているということ。同時に、泊地の雰囲気がどのように作られていたのかも、あきつ丸は知っていく。

 

「ところで、俺の方も二つほど聞いていいか?」

 

 瀬戸とは大分打ち解けた気がしてきた。

 

「なんでありますか?」と応えるあきつ丸。

 

「運動不足と聞いたが…、お前どうしてうちに来た? 筋肉痛を訴える艦娘を俺は初めて見た」

 

 見苦しいところを、襖一枚隔てて聞かれていたようだ。

 

「し、仕方ないのであります。自分は戦闘向きではないので、呉ではベンチを温める役も任せてもらえなかったといいましょうか」

 

 あきつ丸は必死に弁解してみせる。瀬戸は、笑わなかった。

 

「ここは戦闘が激しい場所ではないが前線だ。戦えない艦娘を寄越す必要はないだろう。それでもお前はうちに来た。一体何の任務を受けている?」

 

 瀬戸はあきつ丸を見据える。

 

「お前、ただの揚陸艦じゃないだろう」

 

「はて、何のことやら。」

 

 あきつ丸は薄く笑った。疑われることには、慣れていた。やはり、始めはこうであるべきだと彼女は思った。陸軍出身という経歴を持って生まれた時から、疑われなかった日はない。家族と呼ばれ信頼されるより、居心地がいい。

 

「自分は大本営の采配でここに飛ばされてきただけでありますよ。偉い人間の考えることは、自分にはあずかり知らないところだ」

 

「ただ俺は、お前を信用できるかを見極めたいだけだ」

 

「娘と言ったのは、あれは嘘だったでありますか」

 

 冗談めかして言われて、提督は少し押し黙る。それから二つ目の質問を投げかけた。

 

「今日の午前に、人売りの現場に遭遇したと聞いた。そのことでお前の意見を聞きたい」

 

 何故自分に、とあきつ丸は尋ねようとしたが、提督はその質問を全員に聞いているのかもしれなかった。現場に遭遇した艦娘全員に。だとしたら、提督が聞きたい要旨は次のようであると予想した。

 

「艦娘が、深海棲艦ではなく、人間を相手にしたことについてでありますか」

 

「お前はそこを問題だと思うか」

 

 提督は表情を変えず、じっとあきつ丸の眼を見ていた。本当に、本心からの意見を聞こうとしているのかもしれない、と感じとって、正直に言う。

 

「いえ……、自分個人として感じたのは、この地ではこれが普通なのかもしれない、という愕然でありました。貧困にあえぐ子供たちがいて、人攫いがいる。天災によって身寄りの無い者たちは、格好の標的となるでしょう。必然的にこの世界で起こっている非人道的所業、その一端を垣間見て、動揺しなかったといったら嘘になります。しかし、そうして動揺している中で、艦娘として自分に出来ることはないか、ごく自然にそれを考えておりました。あるならば今すぐそれをやろうと、そう思ったのでありますよ」

 

 それからあきつ丸は身を粉にして働いた。あれほど大変な仕事になるとは思っていなかったが。

 

「そうか。流石だな…」

 

 提督は呟いた。

 

「自分がお前らくらいの年齢の時だったら、耐えられたかと思ってな。艦娘から見て守るべき人間が、互いを食い物にしあってるんだ。それを目の当たりにしても迷わないというのは、もう立派な軍人だと俺は思う。明石や涼風あたりにも聞いたんだが、あいつらも同じことを言ったよ。艦娘は、皆そうなのか? 一介の軍人よりも強靭な精神を持っているのか」

 

「まぁ、艦娘は軍人ではなく軍属でありますからな」

 

 あきつ丸が笑えない冗句を飛ばした。ところがそれは真実を突いていた。だから迷う必要もないというのがひとつ。

 

「それに、あんまり艦娘の外見で年齢を判断しない方がいいでありますよ。身体改造自由自在でありますからな、自分たちは」

 

「まさか、艦娘に年齢を聞くと竣工年を答えるというのは」

 

「それは都市伝説であります!」

 

 実は戦前生まれだとしたら、会話が成り立っているのが恐ろしすぎるだろう。

 

 夜も更けてきた。虫の声が、静寂の中に滲んでいる。

 

「明日も早い。そろそろ中に戻ろうか」

 

「…そうでありますな。今夜は色々と考えが聞けて良かった。提督が守ろうとしているもの、守れたらいいでありますな」

 

「俺が守ろうとしているもの…?」

 

 瀬戸は振り返ってはたと止まる。

 

「あれ。守りたいのは皆の笑顔だとか、てっきり提督ならそんなことを言うのだと思っていましたが」

 

「いや…そんなこと、考えたことも無かったと思ってな」

 

 瀬戸が苦々しげに笑った。

 

「ああきっと、皆そんなものなのでありましょう。お休みなさいであります」

 

 あきつ丸は微笑する。ああ、おやすみ。と、瀬戸も部屋に消える。

 

 あきつ丸は、再び暗闇の中で考えた。そろそろ自分も与えられた仕事を始めよう、と。

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