艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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2-2.ろーでち

 波打ち際を、伊58と呂500が歩いていた。その隣を、あきつ丸が付いて行っている。潜水艦二人の素足が冷たく濡れていた。

 

 三人は、ある探しものをしていた。銀時計である。村の災害避難所にて、アリという名の少年に頼まれたのだ。アリは雨見と同じくらいの年齢で、災害によって両親を亡くしている。ムジという犬が、残された唯一の家族だった。肌身離さず持っていた筈の父親の形見の時計が失くなっていることに気付いたのは、今日の昼過ぎ。その日の午前は、アリは一人でムジと遊んでいたのだという。ところが午後になってムジの行方が知れない。同時に腕時計も見つからない。恐らく時計を咥えたままどこかに行ってしまったのだろう、という推察であった。

 

 というわけで三人はまず、その犬を見つけようとしていた。住民に聞きこみをしたところ、つい先ほど、この海岸付近で目撃されたそうだ。その時に犬が時計を咥えていたという目撃情報も得ており、まず先に犬を見つけるという作戦行動で三人の方針はまとまっていた。ちなみに犬種はキンタマーニ・ドッグ。インドネシア原産の中型犬である。

 

「ねえでっちー。リンガ泊地のリンガって、どういう意味なんですって?」

 

「……」

 

 冷たい波を足で切る呂500に、伊58は不機嫌そうにして答えない。

 

「でっちー?」

 

「うるさいなあ。どうして今聞くんでち」

 

「ひょっとして機嫌悪い?」

 

 呂500はきょとんと首を傾げている。伊58は彼女の相手をしたくないようだ。

 

「……あきつ丸に聞いてくだち」

 

 自分でありますか、とあきつ丸。呂500を手招きして、耳元でリンガの意味を教えてやる。それを聞いて、彼女が驚いたように手を口にやった。

 

「ええー! でっち、えっちー!」

 

「何ででち!」

 

 リンガはサンスクリットで男性器を意味していた。

 

 依然黙々と歩き続ける伊58にかまって欲しいのか、呂500は「ところででっち」と話しかける。

 

「ろーちゃんが昨日と変わったことに気付いた?」

 

 呂500は嬉しそうにしている。伊58は彼女の方を見ないでぼそっと言う。

 

「……髪飾りが今日はでいごでち」

 

 その通りに、髪には普段のツツジの飾りではなく真っ赤なでいごの花が差してあった。照れたように、呂500は自分の飾りを触る。

 

「えへへ、正解ですって。ろーちゃん似合ってる?」

 

「はいはい、似合ってるでち」

 

「でっちも今度おそろいにしよ?」

 

 つれない態度の伊58だったが、呂500は無邪気に彼女の腕に抱きつく。伊58はぼそっと言った。

 

「ゴーヤには似合わないよ」

 

「そんなことない、可愛いですってきっと。はい!」

 

「はぁ、仕方ないなあ」

 

 呂500のキラキラした瞳を覗き込んで、伊58は観念したように呟いた。

 

 あきつ丸はそんな二人の隣で歩いている。

 

「あのー、お熱いところ申し訳ない。やっぱこの辺にはいないようであります。観測機には反応ナシ」

 

 あきつ丸は犬探しの為に、観測機を飛ばしていた。そのうち一機が彼女の元に戻り、広げた巻物の白紙部分にインクが滲んでいくように吸い込まれていく。そうして、そこに欠けていた航空機の文様の一部となる。観測機は真っ黒な影のような物質で構成されており、あきつ丸が手元に持っている幻燈機が巻物に映し出す影から生み出されていた。

 

「前回の時も疑問だったけど、それ…一体どうなっているんでち」

 

「ナイショであります」

 

 あきつ丸が微笑んだ。ちなみに、巻物もあきつ丸の背後を囲むように浮いているように見える。何かワイヤー状のもので吊るしていると考えられるが、全く奇術にしか見えない。今は丸めて仕舞い込んでいる。

 

「ところで、お二人はどれくらいの仲なのですかな。随分と長い間柄のように見えますが」

 

 あきつ丸が二人に聞いた。伊58と呂500はお互いに見つめ合う。

 

「あー…実はそんなに長くはないんでち。大体三年くらいかなあ。呂500がU-511としてうちに来たのがそのくらいで」

 

「三年は、十分長いでありますよゴーヤ殿」

 

「付き合いだったら五月雨や明石の方が長いでち。変に懐かれちゃって」

 

「懐くってー。でっちひどいなあ」

 

 呂500が少し拗ねる。

 

「要するにこいつがまだ新米の時にゴーヤが面倒を見ていたんでち」

 

「でっち、愛してる」

 

「はいはい」

 

 伊58は歩きながら、ぽつりと呟いた。

 

「泊地は平和でち」

 

「ゴーヤ殿?」

 

「今はこんなに平和だけど、いや今も平和とは言えないけれど、でも昔よりは随分よくなったでち。あの頃は酷かったなあ」

 

「でっち、それろーちゃんが来る前の話?」

 

「うん」

 

「でっち、苦しいなら無理に思い出さなくてもいいんだよ」

 

「ありがと」

 

 

 

 

 

「でっちはろーちゃんの一番大事な友だちなんですって。親友って言うの、提督に教えてもらいましたって」

 

 でも今ならばはっきりと分かる。この性格こそが、彼女が元々持っていた気質だったのだ。つまり呂500は、人見知り気質の、底抜けに明るい少女だったのである。性格とは分からないものだと、伊58は心底思う。そして、呂500のことをちゃんと知れて良かったと。

 

 自分も、先輩面がしたかっただけなんだろう。思い返してみればあの頃の自分は人の面倒を見ることで救われていたところがある。あの頃の自分たちは皆そうだった。五月雨も。明石も。

 

 それでいうと目の前の黒い艦娘は、呂500と真逆のように伊58には見えた。表面上は明るく。腹の底では何を思っているのか分からない。彼女には、人知れず苦しみを抱えているような、あるいは苦しみを求めているような、そういう言い知れない孤独を感じる。苦労人とはまた違う孤独者特有の。

 

「あきつ丸は寂しくなかった?」

 

 ふと、呂500が聞いた。

 

「自分でありますか?」

 

「うん。ここに来たときは一人だったって。ろーちゃんも同じだったから、気持ちが分かるよ」

 

「そうでありますなあ」

 

 あきつ丸はぽかんとした。それからふふっと笑う。

 

「自分はずっと一人でしたから、慣れてしまってあんまり感じないのでありますよ。それよりも泊地の家族的な雰囲気には驚きました。自分は馴染めているかなあ」

 

「ばっちりですって。あきつ丸はもうろーちゃんたちの仲間だよ。今はどう? 寂しい?」

 

「いえ。愉快で実にいい気分であります」

 

 嘘つき。伊58はそう思った。暗闇の底で寂しそうにしているあきつ丸の相貌が見えた。

 

 飛ばしていた観測機に反応があったようだ。歩いているとすぐに、伊58たちにもその姿が見えてきた。

 

 それは両耳をパタパタと海風に揺らせて遊んでいる犬、によく似た髪型の艦娘夕立だった。浜に打ち上げられたフナムシを、木の枝で突いている。

 

「夕立殿ー、この辺で黒い中型犬を見ませんでしたかー?」

 

 あきつ丸の呼びかけに顔も上げず、夕立の頬はぷくっと膨らんでいた。いじけたように、フナムシを転がしている。何だか物凄く、機嫌が悪く見えた。

 

「黒い中型犬…が何っぽい?」

 

「…を探しているのでありますが」

 

 恨めしそうに眉を曲げ、夕立の頬が膨らむ。

 

「知らな―い」

 

 フナムシがひっくり返された。

 

「夕立殿はここで遊んでいるのでありますか?」

 

「遊んでるわけじゃないっぽい」

 

「どう見ても遊んでいるようにしか見えないのでありますが…」

 

 その言葉が彼女の機嫌を更に損ねたらしい。夕立の頬は限界まで膨らむ。それから喋ろうとしてぷすーっと空気が抜ける。

 

「いいのかな。私を怒らせると、犬のことなんて教えてあげないんだから」

 

「知っているのでありますか、ムジのこと」

 

 ぷくつーん。夕立は拗ねて顔を背けた。その様子はどうやら知っているらしい。

 

「ムジ、あの犬、ムジって言うのね。まあとりあえず、あきつ丸には謝ってほしいかな」

 

「ごめんであります。よく分からないけど」

 

「早いでち、謝るの」

 

 呂500はフナムシが藻掻いているのを好奇心旺盛に眺めていた。

 

「あっち」

 

 と、夕立は村の方を指差す。

 

「でも行く必要はないっぽい。あきつ丸たちが探してるのって、銀色の腕時計でしょ。犬が咥えていたやつ。提督も付いて行ったからたぶんもう持ち主に返されてると思うけど」

 

「提督…? なぜそこに提督が出てくるのでありますか」

 

「知らなーい。散歩でもしてたんじゃない?」

 

 どうやら「提督」と「犬」がNGワードらしい。絶対に言わないようにしよう、と伊58は納得。そうでないとなかなか話が前に進まない。ところが、なるほど、とあきつ丸は手を叩いた。

 

「夕立殿は提督と犬がそんなに嫌いなのでありま――」

 

「わあああ! ゆ、夕立? 結局のところなんでそんなに怒ってるんでち?」

 

 あきつ丸の口を塞いで、強引に言葉を被せた伊58の内心に、ひょっとしてあきつ丸って空気が読めないんじゃ…と疑念が募ったが、夕立はぶちぶちと心情を吐露し始めた。

 

「聞いてくれる? 提督ってほんとありえないんだから!」

 

 それから主観的で要点の得ない夕立の説明を三人は聞いていたが、それを一言でまとめると、提督に不当に怒られたのが納得いかない、ということだった。状況は、次の通りである。

 

 夕立は、数十分前に、黒い中型犬をこの浜で発見した。その口には銀の腕時計が咥えられていて、夕立はすぐさまそれを盗品だと判断。すかさずその中型犬を捕まえようとするも、突然襲いかかってきた艦娘に犬は激しい抵抗を見せる。引っかかれたり噛まれたりと暴風のように暴れるので、夕立も噛み返したり組み伏せたりと犬と同じ次元上で応戦。そうしてようやく中型犬にヘッドロックが決まったところで、提督に見つかったのだという。

 

 瀬戸提督は夕立が犬を苛めていると判断し、きつく叱った。生き物の大切さを説き、お前の押さえの効かないようなところが心配なのだといつものように説くも、夕立は自分の言葉が信用されなかったショックでその内容も右から左だった。その間に犬が腕時計を咥えているのを見て、提督は犬を飼い主のところまで戻すことを思いつく。だから提督は犬を連れて、村の方へと向かったのである。

 

「だからね、もう大丈夫っぽい。時計も、持ち主のところに戻ったから」

 

 夕立はそう言って、事を仕舞おうとする。ところが、それは誤りである。三人は顔を見合わせる。

 

「それだと困る! その犬の飼い主は、時計の持ち主ではないのであります!」

 

「急ごう、でっち、あきつ丸!」

 

 三人はきょとんとする夕立を置いて村の方へと駆け出した。

 

 送電線が木々の葉の間を縫うように伸びてくると、村の集落が見え始める。背の低い家屋が建ち並ぶ道で、運搬機を押す少年がその汗を拭った。あきつ丸たち三人が村へ向かい始めた同時刻、ある家の庭の中に、瀬戸提督と見知らぬ男の姿があった。隣で黒い中型犬、ムジが舌を垂らして尻尾を振っている。

 

「わざわざすみませんねえ、時計が見つからなくて困っていたんでさあ。助かりましたよ旦那。どうやってお詫びをしたらいいか」

 

 男が言う。提督は頭を振った。

 

「通りがけに見かけただけだ。礼には及ばない」

 

「相変わらず朴訥な人だなあ。どうですかこれから一杯でも」

 

 盃を傾ける仕草をする男に、にやりと笑う提督。

 

「ふむ、それも悪くないな」

 

「おっと、分かる男じゃねえですか旦那!」

 

 この男は、快活に笑っていた。提督から受け取った腕時計をポケットに忍ばせ、家の中に入っていこうとしている。それなりに富裕な身なのだろう。土地を持ち、震災に対して家も健在で、広い庭に犬を放っている。犬を脱走させないための庭を囲む有刺鉄線は、手に入れたものを誰にも触らせないようにする男の性質が表れているように見えた。ただ、それでも犬はどこかに生じる綻びを見つけだしては逃げていくらしい。晴天から吹きつける熱風に庭の雑草が戦いで、ムジが欠伸を一つする。

 

「ところでその腕時計、貴様の腕にはめるには小さすぎる調整のようだ」

 

 男は歩みを止めた。

 

「わざわざポケットから取り出して使うのか?」

 

 あきつ丸たち三人がその家の前に到着すると、黒いランニングシャツに海軍の白袴という、いつもの出で立ちの提督と鉢合わせた。

 

「お前ら、どうしたそんなに息を切らせて」

 

「て、提督殿、腕時計は…」

 

 説明もなしにあきつ丸が聞く。瀬戸の手には銀の腕時計が握られていた。

 

「ああ、こいつを探しに来たのか。慌てて来たってことはこの時計の本当の持ち主を知っているってことでいいか?」

 

「話が早くてありがたい…。何か手違いがあったらどうしようかと」

 

「そうか、やっぱりか」

 

 提督? と呂500が首を傾げる。瀬戸は時計を盗まれるのではないかという懸念を持って三人が駆けて来たことを悟ったらしい。

 

「いやな、初めはここの家の者に盗られそうになったのだ。まぁ、少し問い詰めたら返してくれたのだが」

 

 何事も無かったかのように瀬戸は言う。

 

「よくその適当さで返してもらえたでありますな…この時計、カルティエの機械式では…」

 

「日本円で四十万は下らないものだ。俺も欲しい」

 

「盗っちゃダメでありますよ」

 

 瀬戸は三人に時計を渡す。アリという少年のものだとあきつ丸が教えると、驚いていた。

 

「それは危ないな。うちで預かれたらいいのだが。聞いたところ、その少年は避難所に暮らしているのだろう」

 

「ムジだけじゃなくて、アリ君も引き取ってあげたら良かったんですって」

 

 呂500はムジの首筋を撫でていた。そうしていると、ここの家の者への文句が零れたのだろう。

 

「だから、たった今時計を盗られそうになったばかりだったんでち。そんな奴があの子を育てられる筈がないよ」

 

 当然だとばかりに伊58が言う。瀬戸は少しだけ口元を緩ませた。

 

「あれは典型的な小悪党だ。まぁ、そんなに悪い奴じゃないさ」

 

 そうして、瀬戸は泊地に向かって帰っていった。散歩の途中だったのだ、と言って。あきつ丸はその背中を見ながらぽつりと呟いた。

 

「初めて会った時は釣りをしていたが、提督って案外とサボり常習犯なのでありますか」

 

「あれも十分小悪党でち」

 

 三人は呆れたように提督を見送った。

 

 薄暗い家の中に掛け時計の音だけが響いている。台所の蛇口から水滴が垂れかかり、手前の机の上には食器が煩雑に散らかっている。部屋の片隅で、男が一人膝を抱えて震えていた。

 

 男は苦笑いを浮かべている。

 

 あのまま泊地の提督にしらを切り通して時計を返さなかったら、彼は自分の悪事を見過ごしただろうか。恐らく、分かった上で見過ごしただろう。その代わりに、もっと大きな疑いを自分に掛けた筈だ。

 

 この頃多い子供の失踪事件の犯人を、泊地の提督は追っていると聞く。

 

 あの眼は、一人の人間を推し量る眼だった。取るに足りない悪党なのか、この世から滅却せるべき悪党なのか。自分という人間の底を、ひと目で見透かされたようで、男は笑うほかない。

 

「あいつ、なんて眼をしやがる……」

 

 溜息をつく。それから、心を入れ替えて、男は少しだけ真面目に生きようと思った。

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