艦これ南の島生活   作:うずしお丸

7 / 18
2-3.熱病の雨見/保健室の明石

 子供の失踪は依然続いている。失踪届のほとんど出ないのは、消えているのが身寄りのない子供ばかりであるからで、難民ビジネスが関与しているのは明らかだった。アジア諸各国はそれを緊急の事案だとして、泊地に問題解決の協力を依頼している。深海棲艦の影響下で海上を監視できるのは、艦娘において他はなかった。

 

 ところが泊地の人員不足は知れている。瀬戸はこの案件は数年単位では解決しないだろうと考えていた。救える命は救いたいが、近隣の村の復興支援も疎かにはできない。これからのことに頭を悩ませながらふと窓の外を見ると、雨脚が強くなっていた。

 

 瀬戸が仕事をしているすぐ背後では、雨見が布団の上で息苦しそうに眠っている。五月雨がその隣で、雨見の額の手ぬぐいを新しいものに取り替えていた。雨見は高熱を出していた。五月雨は彼女の看病を付きっきりでしていた。

 

 雨見は数日前から体調を崩している。医者は栄養失調だと診断し、ビタミン剤を処方し十分な休養を取るように言ったが、雨見は日を追うごとに衰弱していた。遂には熱を出し、床に臥せってしまった。瀬戸は雨見の喘ぐ呼吸の音を聞いていた。

 

「雨見ちゃん?」五月雨が気付く。

 

「お父さん」

 

 雨見は薄く眼を開いていて、うわ言のように呟いた。瀬戸は座卓の電灯を消し、どうした、と雨見に穏やかに語りかける。

 

「真っ暗な穴からね、声がするの」

 

 雨見は息苦しく喘いでいた。喘ぎながら、自分を追いかけてくるものから逃げるように、言葉を継いだ。

 

「浜辺で遊んでいたらね、岩の後ろにね、真っ暗な穴があったの。その奥から誰かが雨見を呼んでるの。優しい女の人の声で、おいで、おいで、って。でも物凄く怖いの。真っ暗で。ひゅうひゅうって洞窟から音がして。海の音が凄く大きくて耳に響いて」

 

 そこまで言うと、雨見はわあわあと泣き出した。飛び起きて、瀬戸の腕の中に抱きつく。五月雨は驚いていたが、雨見は怯え震えて、瀬戸を強く掴んでいる。

 

「怖い夢を見たんだよ」

 

 瀬戸は雨見の背を擦っている。

 

「お父さん、私死ぬの?」

 

「死ぬもんか」

 

 雨がトタン屋根を打つ。雨見はしゃくりあげながらも、段々落ち着いてきたようだ。

 

「おかゆ、食べられそうか?」

 

「うん」

 

 泊地の離れは、工廠として利用されている。外観は母屋とあまり変わらないが、中のほとんどは工作艦明石の私物と化しており、旋盤や加工機などの工作機が所狭しと並ぶ町工場のような部屋と、各種薬品が揃えられ、常時皮膚の培養や遺伝子実験が行われている通称「保健室」に分かれていた。何故そう呼ばれているかというと、薬品棚や実験装置を部屋の真ん中を仕切るカーテンで隠してしまえば、まるで日本の学校の保健室みたいな内装だからである。明石が白衣を着てそこにいる時なら、艦娘の悩み相談も受け付けているという。

 

「で、今日は何の用かな」

 

 明石が落ち着いた様子でコーヒーを一杯口に含んで尋ねた。パイプベッドの上にはあきつ丸と涼風が腰掛けている。

 

「あー話というほどでも無いのですが、日誌のバックナンバーを読みたいなあと。提督殿は忙しそうなのでこっちに来たのであります」

 

「あたいはただの付き添いー」

 

 涼風が元気よく手を上げた。

 

 なるほど、と明石は頷く。

 

「あきつちゃんは真面目だねー。とりあえず、コーヒーでもどうぞ」

 

「ありがとうであります」

 

 あきつ丸は両手でマグを持って一息つく。

 

「ところで明石殿は何者なのでありますか。修理工? 遺伝子工学者? 確か海上では、救急箱を持っていたような」

 

「元はアイテム屋さんだったりして」

 

「うーむ不思議だ…」

 

 はぐらかされたような気分でいると、「日誌のことだけどね」と明石が言う。

 

「五年前のより後ろのは無いんだ。ごめんね」

 

「……ゴーヤ殿が当時の惨状を少しだけ口にしていたのでありますが、そのことと関係が?」

 

「うん」

 

 くつろいでいた涼風も、話に参加する。

 

「五年前っていやああたいが着艦した頃かい。ああ、確かにあれは酷かった。あたいが来たのは作戦の後だったから、何て声を掛けたらいいかも分かんなかったしさ。でもその頃も、提督は日誌を付けていただろ?」

 

「うーん、当時の記録は夕立が全部破いちゃったんだよね。データは全部本国に送ってあるから見れないことは無いんだけど、詳細は日誌の方だから」

 

「あーそういやそうだったか…」

 

 言ってから、涼風は深く頭を下げていた。

 

「あの時は、何も出来なくてごめんなさい」

 

「もう……、いいんだってば。本当に、涼風が来てくれて私たちは救われてたんだよ? 泊地を立て直せたのも、涼風がいなかったら無理だった」

 

 明石は笑いかける。顔を上げた涼風の眼は赤く滲んでいた。

 

「だって、あたいは、何も出来なかったんだ……だから、ただ自分の仕事をするしかなくて……あたいの、いつも通りにするしかなくって……」

 

「それにどれだけ助けられてたか。皆涼風を見て、自分たちもいつもみたいに、仕事をすればいいんだって分かったんだ。謝るのは、私たちの方だと思う。ずっと苦労を背負わせちゃって、ごめんなさい涼風」

 

 明石が涼風の手を握る。涼風の頬を大粒の涙が伝っていた。

 

「あたいはっ……皆が好きだから、苦労なんかじゃなくって……、うっ、うわあああ――」

 

 明石は涼風の隣に座り、彼女の肩の震えが収まるまで抱きしめていた。

 

「あきつちゃんは、この泊地の五年前のことを知りたいんだよね。あの作戦のことは、泊地の皆、普通は口にしないわ。それは、皆の心に刻み込まれた消せない傷だから。それでも、あの作戦があったからこそ、この泊地の今がある。私たちはあの敗北の上に、今の平和を必死で積み上げてきたわ。もしあなたが私たちの歴史を受け入れる覚悟があるなら、教えてあげる。五年前のことを」

 

 あきつ丸は頷く。

 

「是非、教えてほしい。自分を、この泊地の本当の仲間にしてほしいであります」

 

 明石はあきつ丸の覚悟を見て取り、ゆっくりと語りだした。

 

「あの戦いを越えてこの泊地で今も生き残っているのは、五月雨と夕立、伊58と私だけ。作戦の指令を本国から受けたとき、私たちも修羅場になると思っていたわ。覚悟もしていた。でも、あれは本当の地獄だった――」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。