艦これ南の島生活   作:うずしお丸

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2-5.悪夢と胸騒ぎ

「あんまり遠くには行くなよ」

 

 そう言いつけておいた雨見が浜辺を歩くのを、泊地の庭先から瀬戸がポケットに手を突っ込みながら眺めていた。透き通った海の浅いところに珊瑚礁と魚がいて、それを雨見はじっと観察していた。仕事の合間に時折訪れるこうした穏やかな時間。瀬戸はこのひと時を見守っている。そうしていると、ふと、彼の胸の奥を不思議な晴れ晴れとした感情が満たすことがある。

 

 この平和な時間がいつまでも続けばいい。自然とそう思う。その考えが拙い理想に過ぎないことは知っている。だが、自分たちはその願いを持ち続けることで、ここまでやって来ることができたのだ。何かを願うという力が、人間の強さなんじゃないか、この頃彼はそう思う。

 

 雨見が瀬戸を呼んでいた。両手を振っている。

 

「お父さーん! 海の中に、面白い魚がいるよー!」

 

 雨見は瀬戸に魚の名前を教えてもらいたいのだろう。早くこっちに来て欲しいと、小さく飛び跳ねていた。仕方が無い、と若干重い腰を上げ、瀬戸は日の照りつける浜辺の方に向かおうとする。

 

「見て見て、大きな、黒い魚――!」

 

 太陽が輝いていた。雨見が喜んでいた。砂粒が風に吹かれ、貝の断片を覆い隠した。雨見の背後に現れた黒い影が、その鋭い牙を無防備な雨見の首筋に食い込ませた。雨見は瀬戸の方を向きながら、まだ自分が襲われたことに気付いてないように、手を振り上げている。柔らかい人体が、巨大生物の重みにひしゃげていく。

 

 弦の切れたような音が瀬戸の中で鳴り、目に映る全てがコマ送りの無声映画のような不安定な光景と化した。瀬戸の脳が、現実を受け入れることを拒絶している。青白い眼をした真っ黒い生物の下に、雨見が死んで、血だまりが生じている。滅裂な感情が、瀬戸の腑の底を突き抜けて、喉元で精神が弾けた――

 

「――!」

 

 叫びを上げて、夢から覚めた。瀬戸は全身に汗をかいていた。仕事中に執務机に突っ伏して眠っていたらしい。振り返ると、布団に雨見が寝かされていた。額の冷却ジェルシートが熱に乾いて剥がれつつある。

 

 深く息を吐いて、瀬戸は立ち上がる。執務室を出て、風呂場に向かおうと土間を踏んだところで、寝間着姿のあきつ丸に出会った。あきつ丸は歯ブラシを口に突っ込みながら、目を丸くしている。

 

「提督殿、どうしたでありますか? 何やら物凄い雄叫びが聞こえましたが」

 

「いや、ちょっとな……」瀬戸は口ごもる。

 

「ははあ、その様子だと悪夢でも見たのかな。そうだ、自分が夢占いでもしてあげましょうか。こう見えて自分、夢分析には詳しいのでありますよ。提督殿の性の悩みをずばっと解決してみせるであります。というか、性の悩みに違いない。寡夫の元に美少女が集まって何も起こらない筈がない。寡夫の元に美少女が集まって何も起こらない筈がない」

 

「どうして、二回言うんだ」

 

「別に、ライトノベルのタイトルみたいだと言いたかったわけでは無いのであります。というかむしろエロゲーっぽいな……。いや、問題はそういうことではない。問題は、提督殿の性の悩み、じゃなくて、提督殿が一体何に思い悩んでいるかということなのでありますよ。別に、夢の内容を教えてくれるだけでいいのだが」

 

 瀬戸はあきつ丸の申し出を断った。

 

「やめておこう。俺は、あまりそういう分析が好きじゃないからな。それに、どうしようとも、人は心理下の恐怖からは逃れられないだろう」

 

 あきつ丸はそうでもない、と言う。

 

「鈍感になれば、人はあらゆる苦しみから楽になれるでありますよ」

 

 そして彼女は懐から、十八番の武器である幻燈機を取り出した。

 

「それに、こいつで暗示をかければ、嫌なことは一発で忘れられるであります」

 

「お前のその武器は何なんだ……」

 

 あきつ丸の冗談に聞こえない冗談に瀬戸は戸惑うしかなかった。それから彼女はぽつりと言う。

 

「そういえば提督殿。今日、明石殿に、この泊地の過去についてを聞いたであります」

 

 別れようとしていた瀬戸は、ぴたりと動きを止める。別段表情を変えるでもなく聞き返した。

 

「そうか。お前はどう思った?」

 

「別に何とも」

 

 彼女は言う。

 

「ただ、この泊地がどのようにして生まれたのかが、分かりました」

 

 その言葉を聞いて、瀬戸は困ったように頭を掻いた。

 

「頼みがあるんだ。雨見を見守ってやってくれないだろうか。そしてもし、俺の居ないところで雨見に何かあったら、お前も、雨見を助けてやってくれないか?」

 

 あきつ丸は当然だというように、口端を上げた。

 

「お安い御用でありますよ、提督殿」

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