また、ジェノ様、誤字修正のご協力誠にありがとうございます。
今の私からは想像出来ないかも知れないが、昔の私は喜怒哀楽の激しい元気な女の子だった。
嬉しい事があれば腹が捩れる程よく笑い
嫌な事があれば顔が真っ赤になるまで良く怒り
悲しい事があれば涙が枯れるまで良く泣き
何かがあれば全身全霊で楽しんだ。
今みたいに、人の奥底には黒い感情があるなど信じていなかった。
どんな人でも暖かい心があれば、きっと悪いモノなんてやっつけられると疑わなかった。
人を助けたい、笑顔にしたいと、そう思っていれば誰しもヒーローになれると
個性が発現するまでは、そんな妄想に想いを馳せていたのだ。
あの頃の私はまだ左腕が大きくなかった。
ので、毎日の様に鬼ごっこやかくれんぼ、縄跳びなどの体を動かす遊びをしていたし、おままごとや折り紙などの女の子らしい事も結構していた。
『不和ちゃんは本当にお声が綺麗ね〜。とても楽しそうに歌うし、先生、目も耳も幸せになっちゃうな〜!』
そんな数多ある遊びの中で、私は特に歌を歌うのが好きだった。
自分で言うのもなんだが、私の声は鈴の音の様に凛としていて、万人を魅了してしまうほど綺麗だ。
男の子でも女の子でも、大人でも子供でも、老若男女が私の声を褒め称える。
それだけは私の数少ない自慢の一つで、誰にも負けないと自負していた。
『〜〜〜〜〜♪だからね、だからね!私、大きくなったら歌で皆を笑顔にしちゃう、そんなヒーローになりたいの!私の声さえ聞こえれば、怖さなんて吹っ飛んじゃう、そんなヒーローに!』
『そっか〜、それはいい夢だね。不和ちゃんならきっと素晴らしいヒーローになれるよ。じゃ、そんなヒーローになる為にも先生、張り切っちゃうぞ〜!もう一曲歌おっか!』
『うん!〜〜〜〜〜〜♪』
『しかしあの子は本当に声が綺麗ね〜』
『個性は発現しているのかしら?』
『まだみたいよ。でも大方あの左腕が個性じゃない?』
『なんにせよ、きっと素晴らしいヒーローになるに違いないわ。だってあんなに歌が好きな良い子なんですもの。』
そんなんだから、当時の私は自分こそが選ばれた存在だと浮かれていたし、周りも私を囃し立てたんだ。
『〜〜〜〜♪ッ、ッ〜〜、??』
誰もが私はヒーローになれると、信じて疑わなかった。
あの時までは、誰も。
『これからの人生、喋る…いや、言葉を発する事が出来ない生活になると覚悟してください。』
『ーーーー』
ある日、いつもの様に歌を歌っていたら周りの人達が急に体調不良を訴え始め、個性が発現したんじゃないかと病院に駆け込んだ矢先。
そんな死刑宣告は唐突に訪れた。
『そんな…ふ、負の感情、でしたっけ?どうにかならないんですか…?この子、歌が大好きなんです。毎日毎日、歌で皆を明るくするヒーローになるって、一生懸命練習しているのに、それなのに、それなのにこんなことって…!』
『そ、そうですよ先生!なんかこう、なんかないんですか!?最新の科学技術を使ってとか…!』
『…大変申し訳ないんですが、難しいとしか…。愉花ちゃんが歌を歌って、それを聞いた人が体調不良、若しくは苛立ちや不安などの良くない感情が出始めた、ですよね?
その状況からして…彼女の声に負の感情を増大させるなんらかの特殊な音波が含まれていると考えられます。
先程メガホン、携帯電話、テープレコーダーなど機械を通して聞いてみましたが…残念ながら、彼女の個性は相当に強力な様で…全てダメでした。
補聴器などをつけていても掛かりますし、正直、もう手の打ち所が…。』
『そ、そんな…ウゥ…!』
『おい!あんた医者だろ!なんとかしろよ!』
『む、無理言わんでください!人口の8割が何かしらの異能を持っている現代社会、唯でさえ最近では既存の異能と混ざり合って複雑な個性が出始めていると言うのに、一人一人に対応できる医療なんてあるわけないでしょ!そもそも個性は病気ではなく【個性】なので、医療でどうこう出来るものではありませんよ!何の為に一斉個性カウンセリングが有ると思ってるんですか!』
『じゃぁあんたの個性でなんとかしてくれよ!』
『私の個性は【集草】です!』
『本当に医者かあんた!』
『あっ、言ったな!?人の気にしてる事言っちゃったな!?バカにしないでください!医者が皆が皆、医療向けの個性じゃないんですよ!?それに家では庭掃除が捗ると評判です!』
『知るかァァァ!?』
『どうしたんですか先生!?そちらの方も、病院ではお静かになさってください!』
泣き崩れる母、激昂する父、慌てる医者、止めに入る看護士、当に阿鼻叫喚の中、私はずっと黙っていた。
ーーいや喋れなかった、という方が正しいか。
『(もう…喋れない…?歌っちゃいけないの…?)』
そんな失意と絶望に沈んだ私は、個性云々関係なく、言の葉を告げなかった。
明るかった道路は、真っ暗な畦道に変わり。
軽かった足は、錆びついた楔に囚われ。
華やかな未来は、冷たい冷たい霜に閉ざされて。
まるでこれからの
『ね、ねぇーーーー』
『ふ、不和…!?クソ、頼むから喋るなよ!?イライラする…!』
『いや、その…プリントーーーー』
『てか近づくな!あっち行け!』
『きゃっ!』
『クソ…!その声さえもイライラする…!なんで平然と学校来れるんだよ!さっさと声帯取っちまえば…!?』
『ちょっと〇〇やりすぎ〜』
『ウルセェ!テメェらだって同じようなこと考えてるだろ。』
『そんな事思ってないよ〜〜クスクス』
『(でも実際、本当に不快だから近づかないで欲しいよな〜)』
『(まぁそれは言えてる。てか学校に来て欲しくない。)』
『(ククッ、お前それは言い過ぎだろ〜〜。)』
『(敵個性とか生まれて来る意味無いよな。)』
『(将来、あいつがなんかしでかした時に俺たちテレビに出るかもよ)』
『(まじか、今の内に考えておこ〜)』
『ーー…!』
人間とは怖いもので、昨日まで仲良くしていた人でも何かしらの異常が見つかるとすぐ裏切り大衆に付いていく。
この5年はそんな人間の怖さと社会の冷たさを知った5年だった。
そんな事を考えながら、突き飛ばされた拍子に散らかってしまったプリントを集める。
この左腕も随分と大きくなってしまったものだ。
『ごめんね…ごめんね…!』
『父さん達は…親失格だ。』
あの日、病院から帰ったら母から泣きつかれたのを思い出す。
曰く、普通の個性に産んであげられなかった事。
曰く、私の夢を応援出来なくなってしまった事。
ーーーー曰く、私の声を聞いて、負の感情を抱いてしまった事。
その他色々な事を不甲斐無いと、情けないと、私に懺悔してきた。
『大丈夫だよ…パパ、ママ…!私はきっと大丈夫…きっと…私にも素敵なヒーローが来てくれるよ…!』
そんな私の言葉も彼らを苦しめる要因となっているんだろう。
あの日から、私の両親は逃げるように、罪を償うかの様に毎日毎日働き詰めだ。もう何ヶ月もまともに顔を合わしていない。
本当に、あの日を境に私達の時間は、完全に狂ってしまった。
『(大丈夫…大丈夫…)』
そんなんだから、学科でいじめられているなんて話した暁には、心労で二人とも死んでしまうだろう。
だから、私が耐えれば良いのだ。下手に反応しなければ、きっと面白くないと私から皆離れて行くはず。今を乗り越えれば、必ず何かがあると、そう信じて毎日歯をくいしばりながら過ごしていた。まぁ、不登校になったらなんか悔しいという意地もあったんだろうが。
『(どうせ先生に言っても、嫌な顔されるだけだろうからな…)』
小学生なら絶大な威力を誇る一言、〝先生に言いつけるよ〟すらも喋れない、喋らせてくれないこの現場。
孤独。孤独だった。誰か一人でも友達がいたら、何かが変わっていたかも知れない。
しかし、悲しきかな、初対面の人でも個性は普通にかかってしまうし、そもそも根も葉もない悪評が流されているせいか、人が近寄ってこない。
個性が発現するまでは、あんなに人が集まってきたというのに。
『(次の時間は…音楽か…)』
そんな私は、まだ歌が好きだった。声の綺麗さだけは誰にも負けるつもりはない。なんとかここで挽回しようと、毎回真面目に授業を受けている。
受けているが
『はーい、じゃあ合唱コンクールも近いので、歌の練習をしましょうか。男子はこっち、女子はこっち、〇〇ちゃんはピアノ弾けたよね?じゃ、あっちで練習して。あと…不和ちゃんか…まぁ適当にそこら辺にでも座っといて』
現実は余りにも非常だ。挽回するチャンスすら与えて貰えない。声がダメなら楽器を!と思っていても私の腕ではカスタネットを叩くのが関の山だ。
『ダッサ〜そこら辺に座っておいてだってよ』
『当たり前だろ。あいつが歌ったら、それこそ死人が出るわ笑笑。』
『違いない。』
悔しかった。憎かった。
私を差し置いて、楽しそうに歌っているのが羨ましくて羨ましくて、どうしようもなかった。
心の奥底で沸沸と昏い昏いヘドロが溜まり始める。
これが解き放たれたら、私は文字通り敵になってしまう。
それほどのものが、徐々に徐々に溜まり始めたんだ。
あぁ、もう限界だ。
強く握りしめた左腕を振り上げようとして。
右手を噛む事で必死に理性を保ち、私は隅で座りながら自分自身と戦っていた。
『〜〜〜〜♪』
そんな私にも小さな楽しみという物がある。
それは誰もいない裏山で一人寂しく歌を歌う事。
どんなに辛い事があっても、苦しい事があっても歌は私の心に付着した汚い汚れを溶かしてくれた。
『〜〜〜〜♪』
ここで歌を歌っている間は、何もかも忘れられる。
まるで、歌手になって舞台で歌っている気分になれる。
虚しい奴だと、いい加減現実を見ろと、そう思われるかも知れない。
ただ、こんな短い時間だけでも夢ぐらい見ても良いだろう?
幻想に身を委ねても良いだろう?
妄想に浸っていても良いだろう?
それぐらいは許して欲しいものだ。
『〜〜〜〜♪っと、今日の分はお終いか…』
ページをめくると裏表紙が露わになる。
この本に書いてある歌は全て歌ってしまった。
『また本屋に行って何か買うかな…』
そう言って、今日の数少ない楽しみを終わらせ、誰もいない家に帰ろうとした途端。
後ろからパチパチと手を叩く音がした。
『!?』
驚いて振り返る。そこには同い年ぐらいの男の子が、なんかキラキラした目を向けて来ながら立っていた。
あ、焦った〜!クラスの人かと思った…いやクラスの人じゃなくてもやばいか…!
『……』
『ん?』
ペコりと頭を下げ、彼の横を走り抜ける。
あぁ、ここで歌えるのも最後か。明日から裏山で歌っていた事をバラされ、より一層いじめられる事になるだろう。
また、人が来なさそうな場所を探さなければ…
いや、これを機に辞めてしまおうか。ちょうどこの本も歌いきったし、いつまでも叶わない夢を追い続けるというのも、癪だが現実的ではない。
そうだ、これを機にもう歌うのをやめてーーーー
『あれ、どこ行くんだ?もう歌わないのか?』
『うわっ!?』
そんな思考を、走り抜けた筈なのに並走してくる彼の言葉が遮ってくる。
え?え?私達初対面だよね?なんでこんなにグイグイくるの?
しかしこれ以上一緒にいられても両方嫌な気持ちになるだけだろう。彼の言葉を無視して、走るスピードを上げる。
これだけ露骨に避けていますよとアピールしたんだ。流石にもう追ってこないだろう。
『なんだなんだ、今度は鬼ごっこか?けどここら辺凸凹してるから危ないぞ?』
!?まだ追いかけてくるのか!?鈍感ってレベルじゃないんだが!くっ、なかなか足も速いし、単純な走力じゃ振り切れそうにもないな…だが!
『ん?そっちに道はないぞ?』
ここら辺の事は私が一番熟知している。足の速さが駄目なら、障害物を利用すれば良い。草をかき分け、木の枝の隙間を縫い、崖を登って、小川を超える。
走って、走って、走って、息が切れ、手に膝をついてしまうほど走り抜いた所で後ろを振り返る。
そこには誰もいない。どうやら完璧に巻けたらしい。
『ふふ、残念だったな名も知らない男の子め。私の方が一枚上手だったようだ。ふふ、ふふ!』
そんな勝利宣言をしながら自然と笑みが漏れてしまう。止めようとしても、中々止める事が出来ない。
どうやら自分は先程の事を鬱陶しいと思いながらも、中々に楽しんでいたみたいだ。
まぁ、鬼ごっこなんて久しぶりにやったし…良い運動になったから良しとするか。今日はグッスリと眠れそうだ。
そんな事を考えながら、立ち上がり今度こそ帰ろうとする。
『わ!!!』
『キャァ!?!?』
驚かされた。
『あははは!キャァ!だって!あははは!ど、どうやら
ププっ、私の方が一枚、う、上手のようだっはっは!』
『…!』
悔しさと羞恥心で顔が真っ赤になる。まさか先回りして後ろの草陰に身を隠していたとは…!
『ヒーヒーヒー!?息、息できない!』
『わ、笑うな!幾ら何でも笑いすぎだろう!?』
『だ、だってあんなにドヤ顔で私の方が〜とか言ってたのに、くふ、俺が脅かしたらめっちゃびっくりして尻餅ついたんだもん!ププププっ、ブフーーー!』
『ば、バカにして…!』
『ふふ、ふふ!し、しかしお前女なのにこんな所に来るんだな!ここら辺は結構段差とかあって危ないのに、急に走り出すし、見てるこっちがヒヤヒヤしたよ。迷子になったらどうすんだ?』
『ふ、ふん!私はここら辺の地形に詳しいんだ!毎日来てるし、迷ったりなんてするわけないだろう!』
『え?毎日来てんの?なんで?』
『そ、それは…』
まさかクラスの人に虐められているから、気晴らしに歌っていました〜何て言える筈もない。第一初対面の人にこの話をするのはリスクが高すぎるだろう。
『べ、別に君には関係ないだろう!じゃ、私はもう帰るから!』
そう言って逃げるように彼に別れの挨拶を飛ばし、走り出す。そのまま、近くの茂みを通り抜けようとして。
『え?おま、バカ!?そっちはーーーー』
『へ?』
踏み出した足が空を切る。目の前に現れたのは、3、4メートルはするであろう崖。どうやらカッカしていて道を間違えてしまったらしい。本当、私って運が無いな、と浮遊感に身を包まれながらそんな事を考える。
どうか、骨折程度で済みますように。そう神に祈りながら、来るべき衝撃に備えて、堅く目を瞑った。
『…ここら辺の地形には詳しかったんじゃなかったのか?』
『ぅ…ぐす…ふぐぅ…すび…』
『な、泣くなよ…俺だって結構痛かったんだぜ?』
『うぅ…うえぇぇん…いだいよぉ…!』
『ま、参ったな…こんな時に木津がいてくれれば良いんだが…よ、よしよーし、泣くな泣くな〜。男だろ?』
『わだじば女だよっ!』
『突っ込める気力があるならまぁ大丈夫…なのか?でも見たところ擦り傷と打撲、捻挫ぐらいだし、骨折はしてなさそうだからなぁ…もう少したったら降りて木津の所に行こう。きっとあいつなら治せるだろうし…あ、木津ってのは俺の友達な?』
あの後、あともう少しで落ちるという所で、この男の子が私の腕を掴んでくれた。お陰で、頭から落ちる心配は無くなったんだが…。
『お前、以外と重いんだな…!』
『重く無い!』
その言葉に切れた私が暴れて、バランスを崩した彼と仲良く転げ落ちてしまったんだ。彼も私ほどでは無いと言え、割と擦り傷が出来てしまったので本当に申し訳ないと思う。だけど女の子に重いって普通言う?言わないでしょ?
『…ひくっ…ひくっ…』
『……』
『…ぐす…ぅぅ…』
『……』
『…ずびびび』
『あ、あーと、えーと』
『…?』
この静寂?が気まずかったのか、彼が必死に話題を提示しようとしてくる。別に私は気にしてないし、どうせすぐに別れる事になるんだろうから、無理しなくて良いのに。
『そ、そうだ!まだ自己紹介をしてなかったな!俺の名前は感野!感野障助!気軽に障助と呼んでくれ!お前は?なんて言うんだ?』
『ぐす…私は、不和、不和愉花』
『不和愉花な、オッケー!不和、愉花…不和の方がなんか柔らかい感じがするし、呼びやすいから不和って呼ぶな!よろしく!』
『…まぁなんでも良いけど…』
『はっはっは、テンションの低い奴だなぁ。もっとあげてこうぜ?』
『…怪我が痛いんだが…』
『あ、そっか。忘れてた。好きなもの何?』
『え?今の話の流れで好きなもの聞くの?凄いな君』
『君じゃない障助な!因みに俺はゲームと友達と…後ヒーローが好きだ!』
ヒーローという単語が出てきた瞬間、ズキリと胸が痛む。
ははっ、最早末期だな。人の好きな物を煩わしく思うなんて、最低過ぎる。
『私は…歌を歌うのが好きかな…皆私の歌を聴きたくないみたいだけどね…』
『あぁ〜だろうなぁ。さっきめちゃくちゃ歌上手かったしな!俺感動したよ!聴きたくないっていう奴は相当性格捻くれているんだな!』
『え…感動?』
『あぁ!お前の歌聞いてたら、なんか背中がゾワワってして、気分がぐんぐん上がっていったよ!俺、あんなに綺麗な声初めて聞いたもん!』
『…嘘だね。君も私をからかう気なんだろう?』
『え?いや嘘じゃないけど』
『いいや嘘だ。私の声を聞いて綺麗だけで済むはずがない』
『いやだから嘘じゃないって』
『ふん、信じないぞ。そうやって私をぬか喜びさせておちょくっているに違いない。今までも何人かいたんだ。もう騙されるもんか!』
『だ、騙され…?何言ってんだ不和、本当の事だよ!お前の歌は人を元気にできるって!』
『うるさいな!君はバカなのかい!?だって、私の声を聞いたら皆…!』
『なんだと〜!?バカって言ったな!?バカって言った方がカバなんです〜!』
『くだらないな!全く持ってくだらない!』
『くだらないとはなんだくだらないとは!俺は全然くだらなくない!寧ろくだるだろ!』
『訳わかんないよ!バーカバーカ!』
『く〜!頭にきた!人がこんなに誉めてるのにそんな仕打ちはないだろ!』
互いの頬を抓り、引っ張り合う。
くっ…何処までもしつこい奴だ…!いつまで私の声が綺麗だの、歌に感動しただの、嘘をついてくるんだ。
私の個性は負の感動。発動条件は声を聞くこと。
こんなに私の声を聞いている癖に、嫌悪の念を向けて来ないなんてーーーー
嫌悪の念を向けて来ない?私の声を聞いているはずなのに?
『痛タタタタタ!このぉ…?』
突然力を緩めて、手を離した私を不審に思ったのか、彼も抓るのをやめ、怪訝な表情を浮かべてくる。
そんな、まさか、ありえない。確かに私達は言葉を交わしていて、それで、彼は私の歌も聞いていて
『ね、ねぇ?イライラしないの?』
いるはずがない。勘違いするな。
『悲しくならないの?』
私が願った存在など、唯の幻想に過ぎない。過ぎないんだ。
『気持ち悪くならない?怖くなって来ないのか?』
だから、もしかしたら…なんて考えるのはやめるんだ…!
きっと彼も、我慢しているだけで、内心では…ーーーー
『はぁ?急にどうしたんだお前。なんでお前にイライラして、悲しくなって、気持ち悪くなって、恐怖を抱かなくちゃならないんだ?そういうお年頃なのか?』
すらりと私の心に入り込んでくる、ぶっきら棒ながらも悪意は感じれない言葉。それは、ひび割れた私の心を少しずつ繋ぎ止めていく。
『本当に?』
『ホントだよ』
『本当の本当?』
『ホントのホント』
『本当の本当の本当?』
『ホントのホントのホント!』
『本当の本当の本ーーーー』
『しつこいな!ホントだって言ってるだろ!』
『で、でも今怒ってる…』
『これは別にお前の声を聞いてイライラしてる訳じゃないの!お前の声めちゃくちゃ綺麗で感動してるってさっきから言ってるのに、全然認めずウジウジしてるお前にイライラしてんの!過度のけんそう?けんとう?は返って嫌味に聞こえるぞ!』
『だって…』
すらり、するりと、次から次へと私の中に彼の言葉が入り込んできては、欠けた所を直し、底に溜まっているヘドロを掬っていく。
信じて良いのだろうか。この暗闇で照らされた僅かな灯火を。いや灯火とも言えるか分からない、電池の切れかけた豆電球の様な希望を、私は信じて良いのだろうか。
近づいても消えはしないか。
離れては行かないか。目前で吹き消したりはしないのか。
『だってもクソもないの!お前の声は綺麗だし、歌は落ち込んだ人を元気にすることが出来るくらい上手くかったよ!お前の周りの人がどう思ってるかは知らないけど、少なくとも俺はお前の声でイライラなんかしない!怖くもならない!寧ろワクワクするよ!
自信持てって!
ーーーーお前、歌で皆を笑顔に出来る、そんな素晴らしいヒーローにきっとなれるからさ!』
五年前に言われたきりで、もう二度と聞くことはないと思っていた。友達からも言われない、先生からも言われない、親からさえ言って貰えなかった。
そんな言葉を、数時間前にあったばっかりの男の子が、
感野障助が、何の躊躇いも無く私に投げかけてくれた。
『ぐぅ…うぅ…!』
氷解する。氷解する。私の心に巣食っていた黒い黒い氷が真っ白な純水へと溶けていく。
止まらない。止められない。この光を手に入れてしまったらもう手放す事は出来なくなるだろう。
それでも良い。寧ろそれが良い。
軽い女と思われても仕方ない。悲劇のヒロインぶっているだろと言われても言い返せない。でも、この光がある限り、私は何とか立ち上がり続けられる気がして。
『うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!』
『え!?ちょっ、え!?な、泣くなよ!?ごめんもしかして言い過ぎた!?』
そんな光に溶かされた水は身体中を駆け巡って行き、遂に私の涙腺から外に漏れ出した。
『もう少しで〇〇公園だからな。我慢しろよ。』
『…うん』
あの後、彼に抱きつきながらずっと泣き喚いてしまい、山を出るときにはすっかりと日が暮れていた。
そんな中私は今、彼におんぶをされながら、自分の家まで送って貰っている。
因みに傷は、木津ちゃんなる人が大体直してくれた。彼に背負われている私を見て、凄い複雑な顔してたが。
『ったく、驚かせんなよな〜。急に泣き出して、めちゃくちゃビックリしたんだぜ?』
『…ごめん』
そして私は、結局彼に私の個性や身の周りのことを話した。
話したら、距離を置かれるんじゃないかと怖かったけど、彼はかなりの変人の様で、笑いながら
俺の友達には会話をするだけで洗脳出来る奴がいるから、まだまだだな
と謎理論で認められた。ドヤ顔で。何故か少し腹が立った。
『ここか。結構大きい家なんだな。』
『あ、ありがとう』
彼の広い背中に身を委ねて、小気味好いリズムを楽しんでいると、あっと言う間に家に着いてしまった。
『じゃ、今日はありがとう。こんな、家まで送ってくれて。楽しかったよ。』
『ん、別に大丈夫だよ。流石に怪我人を一人で返す訳にはいかないからな』
『そっか。…じゃ』
そう言って踵を返し、家に入ろうとする。名残惜しいがもう遅い時間だ。次会えるのはいつだろうか。そもそも次なんてあるのだろうか。そんな考えが頭の中でグルグル回る。
…でも、またあの場所に行けば会える気がしないでもない。
『不和』
『?』
『……』
扉を開けようとして、後ろから声がかかる。振り向くと、先程までとは別人と思えるぐらいに真剣な顔をした彼がいて。
何かを言おうとして、口を閉じ、また何かを言おうと口を開き、結局閉めるの繰り返し。
『やっぱいいや』
『え?』
『いや、その、お前が個性関係の事で色々あったって聞いたから、何か元気になる様な言葉を掛けようとしたんだけど…ほら、今夕焼けも綺麗だし、何かこう、な?また次があるよ的な事が言いたかったんだけど…悪りぃかっこつけ過ぎた。俺バカだから全然思いつかないわ。』
『…ふふっ、確かにそれは少しかっこつけ過ぎだな。ドラマの見過ぎだ。』
『それに俺みたいな奴がうだうだ言っても全然説得力ないし、お前も何知った様な口を…!ってなるかも知れないからな。辞めとくよ。もうお前の周りの奴らの事をうだうだ考えない。もう一切口出しもしない。そうだよな。わざわざ考える必要ないもんな。俺は不和愉花と言う人間が少しでもそんな奴らと仲良くやって行けるようにする事よりも、俺が不和愉花と言う人間と少しでも仲良くなって、一生忘れられない様な思い出を作れるようにするよ。残念だったな、不和!もうお前の友達枠は俺がトッピした!これからは周りが嫉妬するくらいお前を連れ回してやるから覚悟しとけよ?』
そんな、側から聞いたら告白とも取れる様な言葉を彼はスラスラと恥ずかしげも無く言ってゆく。クソ、もう涙腺は枯れたと思ったのに、また泣いてしまいそうだ。
『くさっい台詞だな〜。それこそちょっとかっこつけ過ぎじゃないかい?それに少しぐらい口出ししてくれてもいいんだよ?』
『うっせ!自分でも少しヤバイなって思ったよ!なんだ、もう嫌になってきたか?』
『まさか。これから毎日退屈しなさそうだなって思っただけさ』
『そうか。じゃ早速明日、学校終わったら直ぐにあの裏山に集合な!合唱コンに出られないんだったら、せめて俺たちだけでもパーと歌っちまおうぜ!な!』
『…うん!』
『へへっ、じゃ、今度こそ。"また明日"!』
『また明日!』
そう言って、彼はもうすっかり日が落ちてしまった暗闇の中を走って行き、やがて見えなくなる。
また明日、なんて久しぶりに言ったな…。今までは、今日までは、また明日会う様な友達はいなかった。
『ふふっ、また明日、また明日!〜〜〜〜♪』
けど、やっとそんな事が言える人ができたんだ。
少しぐらい、浮かれ立って良いだろう?
そう、初めての友達に喜びを抑えきれなかった私は、そのまま部屋に駆け上がり、本棚に並べてある歌詞表を漁り始めた。
それからは、毎日が楽しくて楽しくてしょうがなかった。
『最近不和が大人しいな…』
『身の程を弁えたんじゃね?』
学科では相変わらずいじめられたままだが、放課後の楽しみが出来てしまった私には無傷も同然だ。
暴言は聞き流し、嘲笑はガン無視を決め込み、表情はピクリとも動かさない。物を隠されたりしたら問答無用で先生に言いつけ、チクリ魔と詰め寄られても知らんぷり。実力行使に来たら左腕をチラつかせれば皆黙る。
そんな過度な反応をしなくなった…この場合はしたというべきなのか?よく分からないが、周りの人があまり関わってこない様になった。別に大丈夫だ。問題ない。
だって私には、障助が、障助達がいるんだから。
学校が終わったら即下校し、裏山に向かう。何度も何度も訪れているその場所は、最近障助の友達である木津ちゃんや心操と一緒に整備をして、今ではすっかり立派な秘密基地となっている。
『よっ、不和。遅かったな。』
『待ちくたびれたぜ』
『ごめんごめん!そんなに私遅かったかい?』
『心配するな不和。このバカ二人が異常に早いだけだ。』
『『誰がバカだ誰が!』』
『帰りの会をこっそり抜け出して帰ろうとする奴は誰がどう見てもバカだろ』
私が着く頃にはもう皆集まっている事が多い。最初は他愛無い話をして、それから歌を歌って、その後に皆で森の中を走り回って探検する。
そんな何気ない小学生の日常、それが堪らなく楽しかった。
毎日の様に会っては毎日の様に遊んで、皆で川に行ったり、プールに行ったり、駄菓子屋に行ったり、親も連れて旅行に行ったり…挙げていったらキリがない程私達は長い年月を共にした。
それから、五年、六年、中1、中2と身体と心が成長するにつれて、個性も強くなってしまい、もうまともに会話をする事が出来なくなってしまったけど。
それでもなお、あの三人は変わらず私と関わり続けてくれて…
私はとても幸せだったんだ。
「それで今に至るって訳か…」
目を開ける。目の前に広がるは真っ白な天井。
この場合はなんと言えば良いって言ってたっけ…確か…
「知らない天井だ…」
「おや、起きたかい?」
ふざけていると横から声がかかる。首を横に動かすと、そこには雄英の屋台骨と言っても過言ではない人物、リカバリーガールが立っていた。
どうやら私はあの後保健室に担ぎ込まれたらしい。あれ程の怪我を保健室で済ませられるって本当に雄英すごいな。
「ほら、治癒には体力を使うんだ。ミルキィお食べ。」
「……」
「…先程の試合は見ていたが、本当に普段は喋らないんだねぇ。辛い事もあっただろうに…せめてここだけでは好きなだけ喋っていいさね。あんたの声は凄く綺麗だったから、挨拶くらいは言って欲しいもんさ。」
「…ぁりがとぅ…ござぃます…」
「どういたしまして。」
そう言って笑いかけてくるリカバリーガール。やはり年の功と言うかなんと言うか…安心感が違う。私の声を聞いても、表情に出ないくらいには自制できる程の胆力も持ち合わせているし、やはりプロヒーローというものは一枚も二枚も上を行くんだな。
「し、失礼します!不和!?大丈夫か!?」
そんな事を考えていると、ドアを乱暴に開け飛び込み様に安否を確認してくる人がいる。
障助だ。
何処までも空気が読めなくて、不器用で、気が弱くて、とっても優しい男の子。
私を救ってくれた最高の
「先生!怪我は治ったんですか!?跡は!?後遺症は!?」
「こらこら病室では静かにするさね!怪我は全部大丈夫だよ。今は体力がないからむりだが、時期に歩ける様になるさ。」
「良かった〜!おい皆!大丈夫だってよ!」
「ほんと!?」
「良かった良かった!」
「髪は女の子の宝なんだから、ちゃんと家帰ったらケアしなさいよ!」
怪我の容態を聞いて安心した彼が外にいるクラスの人達に安否を伝える。皆心底安心したという顔つきで保健室に入ってきた。
「へへっ不和どうだ?皆お前の事心配で駆けつけてきてくれたんだぜ?いい奴らだろ?」
あぁとっても。とってもいい人達だ。勝てなかった私にもこんなに優しく接してくれる。
なのに私は喋れない。さっきはリカバリーガールだったから大丈夫なだけで、この場で一言でも発したら数人は体調が悪くなってしまうだろう。
あぁ嫌だ。お礼すら言えないこの個性が恨めしい。
友と一緒に笑い合えないこの個性が憎たらしい。
目の前にいる想い人に愛を伝えられないのが堪らなく苦しくて、胸がはち切れそうだ。
どうして、どうして、どうして、こんな個性に生まれてきてしまったんだろうか。
どうしてどうしてどうしてどうして…ーー!
ポンッと頭に何かが乗っけられる。俯いていた視線をあげると、そこには私の頭に手を乗せ赤子をあやすかの様に撫でてくれる彼がいた。
とても優しく、暖かい手つきで私の髪を梳いては離し、梳いては離し…頭を撫でられるのって気持ちが良いんだな。
「不和」
「?」
あの日、玄関の時の様な声色で名前を呼ばれる。それが堪らなく嬉しくて、涙が出そうになる。
「まあ、色々言いたい事はあるんだ。いっぱいな。でも俺バカだからさ。上手く纏められなさそうだから一言だけ先に伝えておくよ。」
そう言って私の肩に手を掛けて、目線を合わせてくる。出会った時はそこまで変わらなかった身長だけど、今はすっかり差が出てしまった。だから、久しぶりに目線が同じになって、少し懐かしいというか何というか、ついつい小さい頃の障助と私を当てはめてしまう。
あの時玄関で聞いた言葉と同じように切り出した彼は、一体どんな言葉を掛けてくれるのだろうか。
頑張った?
お疲れ様?
それとも終わったら一緒に飯行こーーーーーー
「やっぱお前めちゃくちゃ綺麗な声してるよな。」
目を見開く。息を呑む。時が止まったとはこういう事を言うんだろう。彼の言葉が耳朶を打ち、意味を理解するまでには少し時間を要してしまった。
「これが終わったらさ、また皆で歌を歌おう。今回は人数が増えたから、本当に合唱コンクールをやってる気分になれるぞ!」
あの時の様に、すらりスラリと私の中に潜り込み、この数年ですっかり引っ付いてしまった心の錆を削ぎ落としていく。
あぁ、やはり君は、私が一番喜ぶモノを無自覚で渡してくるんだから。いつもの不器用と察しの悪さはどこに言ったんだい?
「だからさ、今はゆっくり休んでいてくれよ。大丈夫。お前が、歌で皆を笑顔にするヒーローになる為にも、俺頑張るからさ!任しとけ!」
あーあーかっこつけちゃって…自分が一番怖くて、今もプレッシャーに押し潰されそうな筈なのに、それでも私の事を励ましてくれる。本当にバカだ。底抜けのお人好し。涙腺が徐々に緩んでくる。
「ーー本当、おつかれさん」
そう言って、もう一回私の頭に手を乗せ、軽く抱きしめてくる。
そんな事を言われたら、もう任せるしかないだろ。ホント、狡い人なんだから。
なら今だけ、今だけでいい。もう少しだけ甘えさせて貰おう。
ワガママを言わせて貰おう。
重い腕を持ち上げ、彼を抱き返す。強く、強く、私と言う跡が残るくらいに強く抱きしめる。
「う…ぐす…うぇぇぇぇぇん!あいつ何なんだよォォォォォォ!?強すぎるでしょ!?」
そのまま顔を彼のお腹に埋めて、感情の限りを尽くす。明日から、ちゃんと負の感情を司る不和愉花に戻る。
だから、今は私自身に宿っている負の感情に振り回されよう。
お前はきっと素晴らしいヒーローになれる
その言葉を、大切な人から貰ったから。
今だけ、は…今だけは…
普通の女の子に戻っても良いだろう?
「あばばばば…!」
「障助ェ!?」
「ヤバイへんな音鳴り始めたぞ!?大丈夫か!?」
「あ、でもなんかちょっと幸せそうな顔してる。」
「そりゃあの…ね?が当たってらから…」
「今すぐ息の根を止めてやるよ」
「木津!?」
「顔笑ってないぞ!?」
「誰か、2人とも止めてくれェ!?」
「病室ではお静かに!!!」
その後、色々阿鼻叫喚だったんだが、その話はまた後ほど話させて貰おうか。
めでたしめでたし。
急ピッチで書き上げたので、編集する所がある可能性があります。御了承下さい。