空振り三振   作:T-

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今回も中々の難産。いつもより暖かい目で見てもらえると幸いです。


十一話

「おーイテテ…不和め、強く抱きしめすぎだろ…俺この後試合なんだぞ…」

 

そんな、聞く人が聞く人なら血涙を流す様な独り言が言霊となり目の前の虚空へと消えていく。

不和騒動により、なんやかんやで休めなかった第1試合の休憩が終わった今、俺は選手控え室の椅子に腰掛けていた。

 

いやーしかし凄かったな。2つの意味で。実際クラスの何人か(男ども)は人殺せそうな目付きしてたし、約一名は実力行使にでようとしてたし。しょうがないね。思春期の男子だもの。やっぱ、ね?わかるだろ?夢と希望ってこういう事を言うんだなって思ったもん。まぁあいつは…その、すらっとしててカッコいいと思うぜ。うん。

 

「しかし不和が負けるとは思わなかったな。なんなんあいつ。チートだチート、ご都合主義だ。どうやって勝てってんだよ。不和の個性抜かれるような奴に俺の個性通用すんのかなぁ。怖えぇよ…マジ怖えぇよ。皆の前であんな恥ずかしい啖呵切った手前、下手な試合出来ねぇよ…!」

 

なんであんな事言ったんだ俺…!いやまぁ本心だよ?本当に不和の事を思っていったけどさ?皆が見てる前で?頭撫でて、抱きしめて?後は俺に任せろ?何処のラノベの主人公だよマジ恥ずかしいなヤベェ!?多分久しぶりにあいつの声と大人びた喋り方を聞いて色々舞い上がったんだなそうです女の子の声聞いて舞い上がっちゃう変態野郎はここにいますおまわりさんほんと恥ずかしいこれ絶対黒歴史になるじゃんほんともー!!

 

「〜〜〜〜…!!クッソー!これも全部爆豪のせいだ!あんにゃろう木津にボコボコにされちまえ!そんで準決で木津と当たって俺が負ければ良い!よし、これでいこう!」

 

そんなお門違いと言えるのかわからないが、爆豪に対して愚痴を吐く。結局他力本願かよしまらねぇな。しかも俺が木津に負ける前提だし。しょうがないね。あいつ喧嘩強いし、決勝はあの氷結野郎が来るだろうから、俺だと相性悪いんだ。緑谷と違ってポンポン氷壊せないし、なんか緑谷が煽った所為でトラウマ克服したらしいし。あいつこそチートだろてかヒーロー科チーターしかいねぇのか。

はいそこ、男の癖に情けないとか思わない。俺よりか木津の方がよっぽど男の子してるから。

 

「その為にも、俺がこの試合を勝たなきゃな。」

 

弱音を吐いた所で気分を一心、決意を固める。気を引き締める。いくらその場の勢いとは言え、あんな啖呵を切ってしまったんだ。確かに下手な試合は出来ない。ヒーロー科編入の件も頭に入れると、せめて普通科から2人は準決以上の成績を残しておいた方が良いだろう。

 

不和が取られた(ワンストライク)。まだ二回あるが、油断は出来ない。

 

「それに、あいつらの未来もかかってるんだ。リカバリーガール先生も言ってたし、ショウちゃん、張り切っちゃうぞ〜〜。」

 

ふざけた言葉を吐く事で虚勢を貼る。緊張で固まらないように身体を誤魔化す。

 

あいつらとも約束したんだ。

 

必ず勝ってみせる。

 

例えどんな汚い手を使ったとしても。

 

ヒーローらしからぬ行動だとしても。

 

全てはヒーローになるその為に。

 

そんな決意を再確認し、俺は先ほどの保健室でのやり取りを思い浮かべた。

 

 

 

 

 

時は遡り、保健室での出来事。

 

不和が泣き疲れ、眠ってしまった事により拘束を逃れられた俺は、木津に説教をされながらも、抱き着かれた事により痣を直して貰っていた時だった。

 

「ほぉ、これは凄いねぇ。あんた、怪我を悪化させるだけじゃなくて、治す事も出来るのかい?」

 

「え、あ、あたし?あぁまぁ、単純に傷を塞ぐ事は出来るぜ。これは体内(ナカ)で切れた血管を塞いだだけだし、あたしは悪化させる方が得意だから、リカバリーガールみたいな治癒は出来ねぇけどよ。それにあたしの個性は痛みまでは消せないから、そんな万能って訳でもねぇぜ?」

 

「いやそれでも応急処置としては大したもんだよ。体内で切れた血管を塞ぐという精密なコントロールが出来るなんてね。」

 

「へ、へへっ、そうか?なんか照れるな。まぁ小さい頃からこいつは怪我ばっかしてたし、それのお陰かもな。」

 

そんな様子をリカバリーガールが横から覗いてくる。評価は上々。考えてみれば確かに傷を操れるってなんか攻撃的なイメージがあるけど、こういう使い方も出来ればヒーラーみたいな役職にもつけるよな。木津すげぇ。一生付いて行くっす。

 

ーーってそうだよこれ普通科のヒーラー達を売り込むチャンスじゃね?

 

「先生。先生の個性って治癒力超活性化ですよね?身体の治癒機能を一時的に向上させるっていう…」

 

「ん?なんだい?確かに私の個性は治癒力超活性化。大体の怪我はこれで治せるさね。只、治癒には体力がいるから重症の場合は少しずつ回復しないと疲れすぎて逆に死ぬ事になるよ。」

 

「そうですか!先生、ここだけの話俺たち普通科、C組にはヒーラー系の個性って結構いるんですよ。例えば…易辺!」

 

「へ?僕?」

 

急に呼ばれて驚いてる易辺を引っ張っていき、リカバリーガールの前に持ってくる。そのまま易辺に個性を発動させるように促した。

 

「じゃ、先生。易辺が今から個性をかけますから」

 

「し、失礼します」

 

「何がなんだか良く分からないが、宜しく頼むよ。」

 

易辺の掌から淡い光が溢れ出す。その光を浴びたリカバリーガールは驚いた様な顔をした後、凄いねぇと感嘆の声を漏らした。

 

「先生、どうでしたか?」

 

「いやはや、これは凄いねぇ。みるみるうちに疲れがとれてしまったよ。どういう個性なんだい?」

 

「ぼ、僕の個性は『疲労回復』って言って、僕の掌から溢れるこの光に当たると疲れが回復します。ま、まぁ、その…やっぱり木津ちゃんやリカバリーガールみたいに万能ではなくて…1人つき1日3回までしか回復出来ないし、自分にはかけられません…」

 

「それにしても大した個性だ。これで普通科だなんて、少し惜しいねぇ…相沢先生の言っていた事も中々どうして的を射ていたって訳かねぇ。」

 

そう言って、保健室にいる普通科の面々を眺め始めるリカバリーガール。後もう一足か?

 

「そうなんですよ先生!他の奴らも結構有用な個性を持っていましてね!…ここからが本題なんですが…どうかこの体育祭の間だけでも良いので、こいつらから数人、保健室に置いてくれませんかね?」

 

「「「え!?」」」

 

俺の突然の提案に、数人のクラスメイトが驚きの声を上げる。上げた奴ら全員ヒーラー系の個性か。そりゃ驚くわな。

 

「……いいのかい?ここに易辺坊や達を置くという事は、もれなくアンタ達につきっきりで個性が使えなくなるって事さね。先程の試合で身を呈して削った爆豪坊やの体力も回復する事になる。それは、不和嬢ちゃんの努力を無に帰す事になる。それもちゃんと考えているのかい?」

 

そんな厳しい言葉が俺の身を貫く。確かに、そうだ…。ここで易辺達を置くという事は、もれなくヒーロー科達に塩を送る事になる。ボロボロになってまで戦った不和の努力を無駄にする事になる。それは…余りにも不和が可哀想だ。

けど、普通科から少しでも多くのヒーロー科編入者を出す為には、リカバリーガールの所にヒーラー系の個性持ちを置いた方がいいのは目に見えている。だからーーーー

 

「…おおよそ、私の所で色々働かせて、個性を認めてもらい、私の様にヒーラー系ヒーローとしてヒーロー科編入を検討してもらう、って所かね。確かに私はそういうヒーローに詳しいし、病院との繋がりも深く広い。良く考えられた策だが…ちょっと考えが甘いさね。」

 

「ーーーー」

 

バレていた。余りの考察力に思わずたじろいてしまう。まさか横の繋がりまで当てにしている事もバレるとは思わなかった。

だけど。

 

「残念だが、私の所にいても、ヒーロー科に上がる事は出来ないよ。」

 

「なんでですか先生!?こいつらは確かに有用な個性の筈だ!易辺だけじゃない。香川や消木のような心を安らがせたり、物を消毒したりできる個性の人もいる。ただ、あの試験では相性が悪かっただけでーーーー」

 

「だから自分達だけ依怙贔屓をしろと?」

 

「…!」

 

「アンタの気持ちは分かる。友達の夢を叶える為に、こうして行動を起こし、先生に掛け合うなんて、とても素晴らしい事さね。それは評価出来る。

ーーーーただ、私はヒーローでもあり、教師でもある。

一教師として、アンタ達を特別扱いする事は出来ない。今ここで働いて、応急処置や治療について学ぶ事は全然構わないさね。むしろ大歓迎さ。けど、だからといって私の一任だけでアンタ達をヒーロー科に編入させる事は、出来ない。これだけは覚えておいて欲しいさね。」

 

「そ、そんな…」

 

そう簡単には行かない。行ったら苦労はしない。幾ら自由が売りの雄英とは言え、所詮学校。形式美の塊だ。俺たちだけを特別扱いする事は出来ない。

今までもいたのだろう。俺たちの様に、先生に掛け合った人が。でも、それでもここ数年はヒーロー科編入者の話を聞かないって事は…つまりそういう事なんだろうな…。

 

「い、いいよ障助くん。先生も困っているだろうし…わざわざありがとうね。僕は大丈夫だからさ。」

 

「そうね。確かに先生が言った通り、私たちが保健室に滞在してしまったら、貴方が不利になってしまうし、不和ちゃんの努力が報われないもの。だから私たちの事は気にしなくても良いのよ。」

 

「易辺…香川…そうか…すまん」

 

尚もリカバリーガールに食い下がろうとした俺を、易辺と香川が声を掛けて静止する。本当にもう…俺はどうして肝心な所で使えないんだろうか。俺がもっと口下手じゃなければ、こいつらに気を使わせなくても良かったのに。

 

「先生…無理言ってすいませんでした。じゃ、不和の事、宜しく頼みます…」

 

そう言って詫びを入れ、次の試合を観戦すべく踵を返し、保健室を出ようとして

 

 

 

 

 

 

「どうしてそこで、頑張ると言えないんだい?」

 

 

 

「…ッ!」

 

背中からそんな言葉が掛けられる。振り返り、睨む様な目つきになってしまったままリカバリーガールを見ると、呆れた表情をしながら不和の頭を撫でていた。

 

「何故そこで、怖がって逃げてしまう。何故そこで、俺の事は構わないで良いからと2人をここに留めようとしない。」

 

頭を撫でながら、リカバリーガールは責めるように次々と言葉を吐いていく。いや、実際責めているのかもしれない。あんな事を言っておいて、一歩を踏み出せない、俺を。

 

「怖いのは分かる。保守的に立ち回ってしまう事も分かる。

けど、それでアンタは本当に男かい?何故、ここで食い下がらない。何故、二人の言葉に甘えてしまう。」

 

「そ、それは、先生が、不和が恵まれないって…」

 

「いや違う。それは甘えだ。逃げているだけだ。後は俺に任せろって今もう一度言いなさいな。それとも、さっきこの子に言った言葉は嘘なのかい?」

 

「ち、違う!嘘なんかじゃない!」

 

いやなんなんだこれは。どうすれば正解なんだ。さっき先生はC組をここに置いていくことは不和への冒涜だと言った。そして今は、何故C組を置いて、敵に塩を送るというリスクに飛び込まないのかと叱責してくる。まるっきり矛盾だ。言うことがチグハグだ。いやほんとどうしたマジで。じゃあ、俺はどうすれば良いんだよ。一体全体、どうせれば良いんだよ

 

 

 

「体育祭で結果を残しなさいな。」

 

葛藤と苛立ちが混ざり合う俺に対し、そんな分かりきった答えを提示する。

 

「体育祭で結果を残せば良い。易辺坊や達をここに置いて、不和嬢ちゃんが頑張って分まで勝ち進んで、それで良い結果を残せば、自ずとアンタ以外の人の功績も浮き出てくる。それなら、私も校長先生に胸を張って伝えられる。分かるかい?」

 

…分かる。理解は出来る。元々俺たちはそのつもりでこの体育祭に挑んだ。そして、思った以上にシビアで、しのぎを削る体育祭にびびった俺はこのショートカットとも言える様な策を思いついた。確かに最初は当たって砕けようとした。でも、これは傲慢で貪欲な考えかもしれないが、俺は望んでしまっている。C組が俺たちを信じて、助けてくれた事により。

当たり始めたチャンス(ファール)を、(ヒット)にしたいと、そう、望んでしまっている。だから、俺は少しでも勝率を上げたいんだ。

 

「確かにそうですが…せっかく爆豪の体力を削ったっていうのに…そう簡単に出来るとはーーーー」

 

「よっしゃどんどこい!任せろみんな!易辺はどんどん回復しろ!香川ちゃんはどんどん良い匂いがする空気を出しな!その他医療系の個性持ちはリカバリーガールの指示に従って手伝え!自分が使えるって事を、遠慮なくアピールしろ!」

 

俺の言葉を遮って、隣にいた木津が周りを激励し始める。こいつ…!何やってんだ…!次全回復した爆豪と当たるのはおまえなんだぞ!

 

「おい木津ーーーー」

 

「そぉい!!」

 

「ぎゅぶ!?」

 

そんな木津に声を荒げようと向き直った瞬間、まるで予測してたかの様に、木津が俺の顔を両手で挟んできた。

めっちゃイテェ!?何すんだこいつ!?

 

「ほいきじゅ!なにひゅんーーーー!?」

 

再度詰めようとした俺の顔を挟みながら、木津がぐいっと俺の体を引っ張る。そのままゴチンとおでこをぶつけてきた。視界が紫紺に染まる。彼女の吐息が喉にかかってくすぐったい。いやほんとどうしたんだこいつ。この体勢めっちゃ恥ずかしいんだが。後なんか良い匂いする。

 

「腹くくれよ障助。先生がここまで発破かけてくれたんだ。応えるっきゃねぇだろ。な?」

 

そんなイケメンボイスで俺の耳を蹂躙した後、ニコッと笑い、俺の頭に手を置いてくる。

 

「それにアタシは大丈夫だ!あんなナリヤンヤローに負けなんかしねぇぜ!だから安心しろよ障助。お前はいつも一人で抱え混むんだから。少しは頼れ!」

 

そう言って、顔を離し、背中をバシリと叩いてくる。痛かったが何故かそこまで嫌な気持ちじゃなかった。ヤベェこれが新たな扉の第一歩?こんな一歩踏みたくないんだけど?

…ったく。

 

「本当にお前、女かよ。」

 

「あははは、ぶっ飛ばされたいか?」

 

「勘弁してくれよ…」

 

本当に、男より男すんだからこいつは。俺じゃなかったら今のは落ちてたね。男女関係なく。天野なんてめっちゃ顔赤くしてるし、あいつ惚れたな。本当、木津さんったら、タラシなんだから。お前今年俺よりバレンタインもらったら許さねぇかんな。

 

「さ、こっちの嬢ちゃんはこう言ってるが、アンタはどうするかね?」

 

背中をさする俺に、再度リカバリーガールが問いかけてくる。

 

…迷いはある。自己中心的な考えが消え去ったと言えば嘘になる。爆豪を回復するなんてとんでもないと囁いてくる俺が、まだ俺にいる。

だけど…

 

「?」

 

こうやってこいつの笑い顔を見てると、なんかどうにでもなっちまう様な気がするんだよな。本当、木津さんまじ木津さんだわ。

 

「あーもー!やるっきゃないよな!チクショー!結局これかよ!良いよ腹くくるよ!ショウちゃん、皆の為に張り切っちゃうぞ!リカバリーガール!結果残したらちゃんと報告してくださいよ!それと、皆の事は宜しくお願いします!どんどん使っちゃってください!」

 

「任しておきな。みっちりと叩き込んでやるさね。」

 

「あ、あの…お手柔らかにお願い…!」

 

「易辺ェェ…!お前も道連れなんだよォォ!俺たちゃこっちで頑張るから、お前らもそっちで頑張れやぁぁぁ!」

 

「ヒェっ!?」

 

「あっはっはっは!頑張れよ!」

 

「き、木津ちゃんまで…!?」

 

そんな光景に、障助ザマァ!と煽る者、よし俺たちもと意気込む者、ヒーラー系個性の奴ご愁傷様と哀れみの念を送る者、木津ちゃんカッコいいはぁはぁ一生付いて行きますと木津に惚れる者、その他様々な反応をするが、皆心に抱いているモノは一つ、ヒーロー科に必ず行く。それだけだ。

 

「やはり慣れない事はするもんじゃないさね。余りにも顔に迷いの相が出ていたから、発破をかけてみたんだが…自分でも引いてしまうぐらいには無茶苦茶だったね。やはりこういうのはナチュラルボーンヒーロー様に限るこった。」

 

騒ぐあいつらをみて、心をあっためていると、横からリカバリーガールが謝罪の言葉を吐く。いやまぁ、確かに矛盾していたし、今思うと急だったな。見抜けなかった俺がいけないんだろうが。だが、確りと彼女の発破は、俺のエンジンに火を入れる着火元になったらしい。本当、年の功には敵わないや。

 

「わざわざ俺なんかの為にありがとうございます。すいません。睨んでしまって。」

 

「いや睨んでしまう様な事を言った自覚はあるさね。まぁ…私も一教師。頑張っている子供の背中を押したくなるもんさ。ただ、余り無茶はしないように、発破かけた手前、こんな事言うのもなんだが、体を壊してしまったら元も子もないよ。」

 

そんな俺に対し、最後の最後まで気を使ってくれる。

…本当、年の功には敵わないや。

 

「まぁ…殴り合いしに行くのに怪我するなは無理かもしれませんが、肝に命じて置きます。じゃ、そろそろ休憩終わるんで。…宜しくお願いします。」

 

深々と頭を下げた後、今度こそ踵を返す。ここでも、色々なモノを他人から分け与えて貰った事を自覚して、取手に手をかけ。

 

「頑張りな」

 

そんな先程とは違う餞別が背中に投げつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てなわけで負ける訳にはいかないんだよねぇ!!」

 

迫る黒腕を、体を捻る事により回避する。そのまま体を半開きにし、無防備なソイツの横っ腹に腕を叩き込んだ。腕は見事に相手の横っ腹にめり込む。が、効いているのかわからない。

 

俺は今、絶賛二回戦戦闘中だ。あのまま物思いに耽っていたらいつのまにか試合が始まっていた。いや、考え事してたら試合始まってたって普通に頭おかしいな。気が抜けてるってレベルじゃないんだが。

 

「黒影!」

 

『アイヨ!』

 

「ーーッ!」

 

二回戦の相手は常闇と言う奴だ。体内に、黒影なる生物を宿している。この個性、中々に厄介なもので、サシのバトルになると単純に二対一になる。攻撃力こそそこまで高くはないが、その分汎用性と機動力に長けている様で

 

「シッーー!」

 

「!、黒影!」

 

『アイヨ!』

 

こうして、接近して攻撃しても大抵黒影にガードされてしまう。常闇自体の身体能力は余り高そうではないが、それでもヒーロー科、悪い訳ではない。リーチ長い上に、限界も分からないし、先に黒影を倒そうとしても、何故か単純な物理攻撃では有効ダメージにならない。いや一回戦目に戦っていた八百万とかいう奴もチートだったが、こいつも中々だな。あいつが途端に可哀想になってきたんだが。

 

「ーーーー」

 

個性を発動する為、意識を集中させる。カチリと体の中で何かが噛み合う音がした。かけれる。かけれるが…

 

「くっ…!?またか、奇怪な術師め…!黒影!」

 

『アイヨ!』

 

「アイヨじゃねーよ!そんなのズルだろ!」

 

掛けたところでだ。黒影に守られて、本体に有効打を与える事が出来ない。いやマジチート。ヒーロー科マジチートだわ。二対一とか不平等だろ。なんかハンデくれよ。

 

「ま、そんな事言ったら俺も大概だけど、な!」

 

再度意識を集中させる。カチリカチリと体の中で何かが噛み合う音がした。これならどうだ、ヒーロー科?

 

「さぁ、最終決戦といこうじゃないか、黒の異端者よ!これが最後の攻撃だ。受けてみよ!」

 

「黒の異端者…!」

 

よしなんかソワソワしてやがる。これで間違いなくこの挑発に乗ってくれるだろう。なんか中学二年生時に患う不治の病にかかっている匂いがしたから、やってみたが案の定そうだったな。仕方ないね。男の子は誰もが通る道だもの。

 

じゃ、本当に終わりにしよう。

 

個性をかける。

 

「!?なんだ…!?足に力が…!どっちが上だ…!?どっちが下だ…!?」

 

途端、常闇がバランスを崩し、転げ回る。立とうとしているが上手く地に足をつけないらしい。まるで、()()()()()()()()()()()()()()、そんな動きだ。

そんなチャンスを見逃す程、俺はあまちゃんでもなんでもない。勝てば良い。例えそれが汚い勝ち方だとしても、勝てば良いのだ。

 

「!だ、黒影!」

 

『アイヨ!』

 

流石と言うべきか、俺の足音を聞き、自分の危機を察したのだろう。すぐに黒影に向かって俺を迎撃するように指示を出す。やっぱヒーロー科ってすげぇや。俺たちに出来ない事を平然とやってのけるもん。そこに痺れるし、憧れもするんだよね。

 

 

だけど、これとそれとは話が別だ。

時間がある訳じゃない。早くしなければ個性が解けてしまう。

しかし、それを黒影が許さない。俺の足を止めようと拳を振りかぶりながら突進してくる。一々相手にしていたら、時間を食うが、だからといって無視する事は出来ない。取る選択肢は二つに一つ、回避か防御か。

 

「そんなもん、回避に決まってんだろッ!」

 

防御は一回足が止まってしまう。足が止まってしまっては、相手の思うツボだ。わざわざツボに入っていく必要はない。

しかし、また回避でも、大袈裟にし過ぎると返ってタイムロスだ。相手の攻撃は直線的、威力はそこまで高くない。ならばどうするか。

 

答えは簡単。回避は回避でも、最低限の回避ができれば良い。

 

そのまま相手の攻撃にわざと突っ込む様に走り出す。これには黒影も驚いたが、彼?は命令を遂行するまで。直ぐに気を取直し、迎撃の姿勢を崩さない。

そこそこの距離は、一瞬にして取り払われ、たちまちゼロ距離へと移行する。そのまま黒影の拳が、俺の顔に吸い込まれていき

 

「…ッァ!」

 

僅か首を10センチ傾ける事でそれを回避する。勿論、最小限に最小限を重ねた回避行動、無傷では済まない。黒影の爪が俺の頬を切り裂き、紅化粧を施した。

 

しかし、それだけでは止まるに足りない。

 

そのまま黒影を無視し、全力疾走。向かうはまだ床に伏せている常闇。慌てて黒影が俺の事を追いかけるが、もう遅い。

 

「さぁ、チェックメイトだ」

 

最後の最後まで、彼の好きそうな言葉を呟き、助走に乗せた蹴りを一閃、彼の腹に叩き込む。ドガッという生々しい音が鳴ったと同時に彼はその場から弾かれるかの様に吹っ飛んで行き、場外を超えた所で止まった。

 

「常闇君、場外!よって勝者は感野君!」

 

『またしても何をやったかわかんなかったぞ!?一体あいつの個性はなんなんだ!?感野 障助、二回戦も難なく突破だァ!』

 

「ふー、ひやっとしたぜ。パンチで頬切れるとか怖すぎんだろ。地味にイテェし。」

 

こりゃまた木津のお世話になるかな。

 

そんな事を考えながら、ブーイングも混じる歓声を背中に受け、闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




心操の影がどんどん薄まって行ってる気がする…

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